忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこ 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、

黄紺、なのさ。


2020年 5月 22日(金)午後 9時 41分

 昨日、ふと近郊の人のいない、しかも史跡なんかが残っているところを歩くのも、ぼちぼちいいかななんて思いはしたのですが、こう巣籠もり生活に慣れてしまうと、それと違うことをするのって、なかなか難しいものですね。しばらくして却下してしまったので、今日は、いつも通りの時間が過ぎて行っただけ。ホント、人と話さないので、何か違ったこともしていかねばとは思い始めただけでも、良しとすることにしておきます。今まで、そないなことを考えていなかったというか、お出かけは、まずは映画から、落語かな、そないなレベルで考えていると、なかなか初めの一歩は大変です。でも、そうじゃない初めの一歩もありということが、頭に浮かんだだけで、とりあえずは良しとしておきましょう。今頃はと、考えると落胆が大きいので、考えないようにはしているのですが、最近、北ドイツの紀行文を読んでいるため、どうしても想像が膨らみます。その本に、1箇所だけ傍線を引いてました。ということは、以前にも、1度読んでいたのですが、全然、記憶にありませんでした。恐らくオペラ紀行などを、毎年するようになる以前に読んで、あまりライブ感覚になれなかったものと思われます。その本、フレンスブルクから始まります。実は、今行ってたはずのオペラ紀行の最初のスケジュールでは、デンマークのコペンハーゲンに入り、島を鉄道で辿り、ユトランド半島に渡ってから南下、ドイツの第一歩を、そのフレンスブルクに印すとなっていました。国境に町フレンスブルクは、ハンブルクから列車で2時間かかるため、なかなか行くのが難しい、キールからでも1時間ですしね。そんなで、デンマークから入り、そうすると、あとは、どうしても北ドイツ重視になっちゃう。そのニーズに合う紀行文、とっても身近に感じてしまってます。まだ入ったことのないシュヴェリンにも行くとは、一旦、なってたのが潰れました。というか、潰しました。デンマークに行くと、外すことになったポーランドに、やたら行きたくなったうえ、トドメは、ワルシャワで「ウェルテル」を観ることができるように、スケジュールが組めるということが判ったことでした。そんなで、ちーとは、追体験になってるかなというところですが、そないな思いで作り上げたのに、残ったポーランドも行けなくなったということになります。デンマークを選んでもダメなものは、結局は、ダメだったのです。その本を読んでいると、そのフレンスブルクとシュトラールズントに行けてないのが、自分的には痛いですね。
 あとは、ルーティンをこなすだけ。オペラ紀行のチケット払い戻し請求は、今日はフランクフルト歌劇場にレターを出し、オペラ配信は、ボローニャの「アッティラ」を観終わると、待望の「指環」です。オランダ国立歌劇場のプロダクション、全4作が、期間限定で、順次、公開されていきます。今のところ、第1彈の「ラインの黄金」だけです。バイエルンの「パルジファル」も手掛けるピエール・アウディのプロダクションです。ハリー・クップファーの「指環」も、メタリックで無機質な装置、衣装でしたが、無機質さでは、このプロダクションも負けていません。とりあえずワルハラに集う神々、ラインの乙女には、そないな印象が残っています。果たして、物語が、人間界に移ったときに、装置や衣装が、どのようになるのか、注目点です。「ワルキューレ」と「黄昏」の、各々のブリュンヒルデの姿形はどうなるのか、今から楽しみです。

★本日行くはずだったオペラ
デッサウ劇場で「セヴィリアの理髪師」(ヨハンネス・ヴァイガント演出)。デッサウは、初めて入る町になるはずでした。実は、今日のポイントは、オペラは二の次、デッサウを組み込めるということが第一だったのです。オペラの演目、演出、歌手は傍らに置き、デッサウということを優先して選んだものでした。バウハウスの博物館は、ワイマールとベルリンのものは、既に行っているのですが、デッサウは、町にすら入ったことがなく、ですから、行きたい博物館には行けていないのです。ところが、今回、すんなりと入りました。近郊の町2つも、候補に上がっていたのですが、あっさりと町で決めたのでした。にも拘らず、オペラ紀行自体がキャンセルとは、酷い、酷過ぎます。


2020年 5月 21日(木)午後 11時 12分

 昨夜から、えらく気温が下がった日。トレーナーを着て、もう一度、外を歩くとは思っていませんでした。この頃、昼前のウォーキングに出かける前の時間帯に、この時期に行くはずだったオペラなどの払い戻し請求の作業をしています。今回は、ドイツだけではなく、お気に入りのポーランドでもオペラを観る予定だったのですが、各劇場からチケットを買ってますから、各劇場の払い戻し方式に応じた手続きをしなければならないため、話が厄介というか、この手続きの厄介さは、日本も同じですが、こちらとしては、日本の国立劇場関係がやっているように、劇場の設定したフォームを使い、クレジットカードを使い、チケットを買った者には、そのまま逆戻りをしてくれたら、何もしなくてもいいはずです。これが、ドイツの場合、なかなかないんだなぁ。ベルリン・ドイツ・オペラが、今回、その方式を採っていました。でも、チケット購入者のデータを持っているはずなのに、払い戻しの手続きをしなければならない。あわよくば、チケットの払い戻しをしないで、そのお金を寄付してもらえないかという考え方がちらついてきます。だって、キャンセルになった公演のチケットの扱いを、フォームでは尋ねますからね。黄紺は、2回の旅行キャンセルで大損をしてますから、寄付などできないので、返金を要求。それを書いて「送る」ボタンを押すと、直ちに、自動配信で受付を伝えてくれたのですが、そこには、「公演前4ヶ月以前に購入された場合には、クレジットカードのデータは削除されていますので、改めてデータをお知らせ下さい」と書かれていて、落胆。楽だったはずの払い戻しが、結局は普通の払い戻しになってしまいました。個人情報を守るということからだとは解るのですが、煩雑になるばかりと愚痴が出てしまいます。こういった風に、手間がかかっても、クレジットカードへの返金をすることを前提に払い戻し作業を進めてくれるのは、実はかなりの少数派です。ヴァウチャーを出したり、銀行への振り込みが普通です。銀行も指定がありますから、使えません。もちろん、黄紺は、ドイツに口座を開設なんてしてませんからね。となると、クレジットカードへの払い戻し請求のメールを書かねばならないのですよ。それに対する反応もいろいろですから、また、それに対応しなければならないのです。劇場からのメールは、ドイツ語あり、英語ありです。この頃、いきなり、日本語への自動翻訳をかけることにします。それから、元のメールで確認を取ります。実は、今まで、こういった手続きでは楽勝だったベルリン国立歌劇場が、払い戻し完了メールを送ってくれたとき、このときは、「日本語→ドイツ語」の流れで解らなくて、最後に「日本語→ドイツ語→英語」にして、ようやく、自分には不必要な記述に悩まされていたことが判りました。自動翻訳を使っても、原語で、どのような表現を使ってるかが気になります。訳語によっては、日本語の方が、逆に混乱を招くこともありますからね。こんなですから、結構、神経質になってしまいます。時間もかかってしまいますが、時間はありますから、ゆっくりミスをしないように続けて行こうかというところです。
 動きとしては、あとは別段変わらぬ一日でした。オペラの動画は、今日も、しっかりと楽しみました。フランクフルト歌劇場の「指環」は、どうやら1回限りの配信のようで、それだと、時差の関係で無理と判断、諦めねばならないことが判り、新たに探索した結果、ボローニャ歌劇場の「アッティラ」にしました。この映像はDVD化されているものと同じだということが判ったため、様子見だけをしようと覗いてみました。DVDのお値段が高いものですから、諦めねてはいたものの、チャンスと看てしまったのですが、これが大当たり。歌手がいいのは判ってました。タイトル・ロールを歌うダルカンジェロ、フォレストを歌うファビオ・サルトリ、オダベッラのマリア・ホセ・スリと好布陣。驚いたのは、マリア・ホセ・スリの力強い歌唱。ベルリン・ドイツ・オペラ(マノンレスコー、サイモン・ラトル指揮)で聴いたとき、こないに良くなかったよと、すっかり歌手陣の充実に魅せられてしまい、こんなの、序盤で止められるかの気に。帆船の帆をモチーフにした装置も洒落ていて、結構、このプロダクションのとりこになってしまってます。言うまでもなく、ダルカンジェロのかっこ良さが要だということは、間違いないですよ。

★本日行くはずだったオペラ
フランクフルト歌劇場「バラの騎士」(クリストフ・グート演出)。好きなオペラ、気になる演出家と、揃ってしまいました。難解なプロダクションを見せられてきたクリストフ・グートが、よりによって「バラの騎士」を、どのように料理するか、気になりません?


2020年 5月 20日(水)午後 10時 42分

 ようやく、テレビ電話がつながりました。実際に、目の前で、DやSが動いているのを見るのは、前回のテレビ電話以来。息子がビデオレターを送ってくれているので、どないな感じかは解っていたつもりでも、Sが変化の激しい時期なため、新鮮。画面を通してでも、生で黄紺を見るのは久しぶりということで、Sの方は緊急気味でした。だけど、見てない間に、二人で遊ぶようになっていました。お兄ちゃんにちょっかいを出すようになってきていますから、二人だけで遊べてしまってるのです。Dも、うまくかげんを取れるわけでもないので、見ていてハラハラしてしまいます。足元のおぼつかないSが、変な倒れ方をしないかとか、自分の態勢が、どないな具合かなんて考えはしないでいるDが、何かの拍子に頭を打たないかとか、画面を通じて気がもめる話です。気分上々ということで、黄紺は、途中からチューハイのロング缶を開けてしまいました。これを、いつもだったら、ぼちぼち夕方のウォーキングかという時間から始めたものですから、夕方のウォーキングの終盤は、久しぶりに陽が落ちたなかのものとなりました。おまけに、缶チューハイを1本空けてしまってましたから、トイレを繋ぐようなコース。でも、なんとか、普段通りの時間をかけて、ウォーキングを完了。もちろん、昼前のウォーキングは順調なものでしたから、本日のルーティンは、無事こなすことができました。今日は、オペラ紀行のチケット払い戻し作業もしてましたから、オペラ配信のお世話になる時間は、さほど取れなかったのですが、ライン・ドイツ・オペラ(デュッセルドルフ)の「セルセ」は終わりました。バロック・オペラって、中毒性があるのか、連続して観たい気もあったのですが、配信されているオペラでは、極少数ということで、しばらくは我慢となります。

★本日行くはずだったオペラオペラ
フランクフルト入りして1泊後、ザールブリュッケン劇場での「メリーウイドウ」(アロン・シュティール演出)。今までザールブリュッケンには入ったことがなく、1度は行かなくっちゃということで、こじ開けるようにしてスケジュールに入れた町だったのです。たとえ、今後、同じようなオペラ紀行が組めたとしても、スケジュールに組み込むのが、なかなか難しいもので、そういった意味で、とっても残念感が強い日ですね、今日は。


2020年 5月 19日(火)午後 10時 32分

 楽しみにしていたテレビ電話が、今日も順延。Dが、何やらやらかしたみたいで、テレビ電話どころではなくなったみたいでした。怒られるようなことをするのは、タイミングを図ってして欲しいと言っても、こればかりは大人の我が儘になってしまいます。おかげで、アクセントが付くはずだった日だったのに、全く平凡な日に逆戻り。晴れると、やはりいいですね。日に2回、ウォーキングをするというのが、完全に身体に染み付いてしまったようです。実は、今日が、オペラ紀行への出発日だったのです。初めて、昼間の飛行機で、北京経由でフランクフルト入りすることになっていました。朝、大阪を出て、夕方にフランクフルトに着くというパターンです。今まで、この飛行機だと、朝が早いのと、トランジットに時間を要する北京空港での時間が、トランジットできないほどではないのですが、かなり際どくなるかもということで避けていたもの。とにかく朝が早いということは、関空で前泊をすればいいことで、また、北京空港でのトランジットも、経験を積んだことで大丈夫と判断したことで、初めて、このスケジュールを押さえたのですが、あっさりと潰れました。3月の緊急帰国と言い、今回のキャンセルと言い、大損です。ですから、話題の10万円は、ホント、ありがたい。コロナが原因ですから、立派にもらう根拠があります。はっきり言って、そないな額では足りないよ。で、早速、申請しようとしたら、書類が届くのは、随分と先らしい。テレビで支給されている人の様子が映っていた(Youtubeでテレビニュースを観てます、コロナ騒動以後は)ので、すぐにでももらえるものと思ってしまいました。オンライン申請も可らしいので調べると、こないなところに、マイナンバーが忍び込んでました。てなことで、アナログ人間に戻り、郵送書類を待つことにしました。これ一つとっても、こういった見識って、やがて負けるだろうなの予感がしてなりません。安全を人質に危険がまかり通らねば成り立たなくなる気がしてしまってるからです。そして、その安全を確保する手段として、身を切ることが最善となっちゃ、勝ち負けははっきりしています。そないなことを考えていた一日、家での楽しみは、オペラ配信の恩恵を受けること。今日は、グラインドボーンの「後宮よりの逃走」のラストを観たあと、ライン・ドイツ・オペラの「セルセ」をチョイス。ライン・ドイツ・オペラは、デュッセルドルフとデュースドルフというルールの2大都市をカヴァーする歌劇団と言えばいいかな。これだけの大都市2つをカバーするのは、ここだけだと思います。地方の小都市が、複数で歌劇団を持つというのは、結構あるのですが、ここまでの大都市が、単独で歌劇場を運営してないこと自体が稀有のこと。察するに、ルールという工業地帯では、伝統的な文化など不要という考え方が、かつてはあったのでしょうね。「ルールには大学は不要」という考え方に通じるものがありそうです。その「セルセ」が、何と、今シーズンから始まったベルリン・ドイツ・オペラの「指環」の新演出を担当したシュテファン・ヘアハイムのプロダクション。黄紺的には、生で観たハンブルクの「フィガロ」が、強く印象に残ってです演出家です。半ば過ぎまで観ましたが、今のところ、まあまあかなぁの感じ。でも、デフォルメするポイントへの目、そして、一旦、捕まえると、きっちり見せてくれる、やはり実力者です。洒落っけもありで、只今、お楽しみ中です。


2020年 5月 19日(火)午前 7時 28分

 昨日は、またしても、夕方から雨。夜半になり、降りが強くなっていきました。でも、ウォーキングは、2回、しっかりとできました。午前中は、まだ雨が降ってなかったもので、通常通り。でも、夕方、出かけるときには、もう雨が降っていたのですが、幸い、小降りだったもので、傘さしウォーキングのつもりで出かけることにしたのですが、歩き始めてから、こういったときのために、雨よけのある公園があったじゃないかということで、そちらへ。ガード下的なところを利用した公園が、近くに2箇所あることを、比較的最近、見つけてあったのを思い出したのです。頻繁に大阪に出かけるときなどは、京阪電車の定期券を買うのが常なので、雨の日は、よく駅構内を避難場所として利用していたのですが、今は、そういうわにはいかないので、狙いの公園に行ってみると、同じような考えでか、他にも人がくつろいでいて、正解の場所。近くにトイレもありということで、真夏の日除けに活用すること、大いにありだなとの、新たな狙いも定まりました。そんなで、日々のルーティンはこなすことができたのですが、一つ、楽しみにしていたことが、ポシャりました。テレビ電話で、DとSと会えるはずだったのですが、Dが、恐らくほたえ回ってたのでしょうね、昼寝をしないものだから、とりあえず延期になりました。まだ、昼寝の要る年齢ですから、これは仕方ありません。そんなですから、オペラ配信を楽しむ時間が増えました。今日は、グラインドボーン音楽祭の「後宮よりの逃走」。モーツァルトの5大オペラに数えられながら、上演頻度のさほど高くない作品。黄紺も、生では、かなり前にイスタンブルで1回、ドイツでは、ドイツ語台詞でありながら、エッセンで、1回観たことがあるだけです。今回、数ある候補から、この配信をピックアップしたのは、デヴィド・マクヴィカーのプロダクションだったから。それこそ、大スター演出家ですものね。装置や衣装は、時代、場所を設定すると、徹底した統一性をもたらすのは、お得意のところ。ブッフォの楽しさを伝える芝居になっている、さすがのプロダクションです。可笑しかったのは、彼の大成功作品、もちろんグラインドボーンのプロダクションですが、「ジュリオ・チェザーレ」で使われた大枠の装置に酷似した装置が使われていたこと。グラインドボーンは、再演などしないと思うので、以前の装置は残してないはずとは思うのですが、あまりにそっくりなので、びっくり。ひょっとしたら、それを狙っての装置作りだったかもしれないなと思ってしまいました。正に看板に偽りなしの好プロダクションでした。


2020年 5月 17日(日)午後 9時 50分

 首と肩の痛みがとれると、途端に平凡な生活に戻ってしまっています。平凡な生活に、何らのアクセントが欲しいと言っても、こないだのようなことは、ごめん被りたいですがね。昼前は、ごく普通にウォーキングがてら買い物。帰って昼御飯ですが、今日は、体調が良かったのか、お昼に餃子を食べようとしたからか、チューハイを1本呑むことにしました。お酒は、もう毎日呑むことがなくなっているので、呑みたいと思ったときは、調子がいいときと勝手判断。でも、喜んで呑んでたのは、2/3くらいまで。あとは惰性。ということは、いい調子とは言えないなと反省。でも、お酒を呑んだためか、昼寝をすることができました。昨夜、たっぷりめに睡眠が取れているのに、昼寝までしてしまうと、たちまち、今夜の睡眠が気になってしまってます。しかも、昼寝の間に、息子からテレビ電話のお誘いの電話があったのですが、あっさりとスルー。DとSの顔を見るのが、1日、後ろにずれてしまいました。この間、息子からはビデオレターをもらってはいたのですが、ライブで話せるのは格別です。昼寝は、夕方のウォーキングも狂わせてしまいました。明日は、また雨だと天気予報に出てますから、やっておかないとの気持ちで、慌てて出かけました。おかげで、夕飯前に、トルコ・サッカーと、2回目のコロナのチェックをすることにしています(定刻にするようにしています)から、結局、夕飯が、やたら遅くなってしまいました。昼寝をしている間に、もう一つ、大事な連絡が入ってました。年に2回ある、かつての同僚との飲み会、予想通り、中止連絡でした。日にちは6月の末になっていたのですが、今のご時世、花見ならまだしも、閉じた空間での集まりは厳しいやろなと思っていたので、納得の決定でした。
 そないなことをしながら、家でオペラを、今日も楽しみました。今日は、ウィーン国立歌劇場の「ナクソス島のアリアドネ」。オーソドックスな演出と言えばいいかな。少なくとも斬新な印象を与えるものではないのは、ウィーンだから、致し方ないでしょう。スヴェン・エリック・ベヒトルフのプロダクションでした。この人、ウィーンの「指環」の演出もしている大物ですが、黄紺的には初遭遇でした。ソフィー・コシュが作曲家を歌っているプロダクションが、もう一つ、Youtubeにアップされています。バーデン・バーデンの公演です。そちらも、早い内に観ておきたいのですが、そろそろ、アムステルダムとフランクフルトの配信で「指環」が始まりますので、ちょっと先になってしまいそうです。その頃までネット上に生き残っていてくれればいいのですが、、、。


2020年 5月 17日(日)午前 5時 40分

 昨日は、一日中、雨。しっかりと降りました。時々、小降りになるので、そのタイミングを掴まえ、傘さしウォーキングに出かけようかと思っていたのですが、小降りになっても、すぐに強い降りになってしまうものだから、結局、ウォーキングを主としたお出かけは諦め、ウォーキングは副次的なものとしてのお出かけに。昼前は、同じ方角に、スーパーが2つあるのを見据えて、雨足がひどくなれば、いつでも近い方に変更するつもりで出かけ、結果として遠い方へ行け、かなり満足。でも、夕方はダメでしたね。大回りコースを歩くと、ズボンがひどいことになると思った瞬間、あっさりと諦め、小回りコースに。この道すがらにあったスーパーが空いていたので入ってみると、土曜日だからでしょうか、普段やってない早めの時間帯ながら、値下げを始めていたので、買いだめをしてしまいました。雨足が強くなったおかげで、通らないはずだったスーパーに行けました。2回のお出かけで、こんなですから、1万歩に届きませんでした。致し方ありません。この1週間で、1万歩行かなかったのは2回目。歩くだけで、首や肩に痛みが走ったあの日以来でした。しかもですよ、あの日よりは、歩数が少ない。元気なのに、それはいけません。こないな一日でしたから、パソコンの画面を観ている時間が長大なものになりました。中心は、オペラ配信の恩恵を受けることです。まず、昨日の残りが少し。パリ・オペラ座の「ドン・パスクワーレ」。この公演、今はバレエ公演にしか使わないと聞いているオペラ座の舞台を使ってのものでした。豪華絢爛のインテリアに対し、とっても現代的に洒落た装置という対比に、目は釘付けになりました。そして、もう1つの釘付けになったのがナディーヌ・シエラ。やはり、この人、華があります、スターとして、欠かせない華を感じます。次いで観たのは、モネ劇場4本目となる「マクベス」。期限を考えたり、他の配信のラインナップを見ると、モネ劇場ものは、あと1本だと思い、「蝶々夫人」と迷ったあげく、「マクベス」を選択。いずれも、装置のサムネなどを見た限りでは、B級プロダクションっぽい、それはそれでいいのですが、まだ付いていけそうだったのが「マクベス」だったというわけです。このプロダクションでは、マクベス夫人をメゾの歌手(ベアトリーチェ・ウリア・ボンゾン)が歌ってました。確かに、マクベス夫人は声域が広いので、高音の出るメゾなら狙い目と思わせられた好演。この歌手だけはB級だなどと書いては、失礼千万と思いました。そう言えば、随分昔、日本で1回だけ、日本で「マクベス」の実演に接しているのですが、そのときもメゾの歌手が歌ったのを思い出しました。考えたら、あれから、日本では、「マクベス」のライブは観てないはずです。イスタンブルでも、「マクベス」は観ているのに、日本ではないのです。3時間かかるオペラを、夕方に観終わりました。3本目があります。と言っても、さすがに座椅子に座っての長丁場は、体にいけません。首や肩から痛みが消えたとは言え、普通の肩こりが進みます。ですから、3本目は、ちょっとした様子見。これは、現在、生配信をしているものではないので、以前、生配信されたものが、Youtube上に残ったのか、それを、何らの方法でYoutube上にアップしたのか、こないなことが可能かどうかも知らないのですが、DVD化されたプロダクションなもので、それをアップしてしまってるかの、どれかだとは思うのですが、とにかく観ることができるので観ようという、ちょっと危ういことをやろうとしているかもしれません。ものは、ウィーン国立歌劇場の「ナクソス島のアリアドネ」。ソフィー・コシュが作曲家を、今は亡きヨハン・ボータが歌手を歌い、ティーレマン指揮という豪華な布陣のプロダクション。さすがウィーンと思わせられるものです。黄紺は、ヨハン・ボータがタイトル・ロールを歌う「ローエングリン」のチケットを買ってあったのですが、その前に亡くなってしまい、聴くことのできなかったテノールです。さわりだけを観ただけなので、ソフィー・コシュの姿は観ることができたのですが、ヨハン・ボータはまだ出てきておりません。このあとのお楽しみ、です。


2020年 5月 15日(金)午後 9時 44分

 首と肩の痛み、ほぼ終息です。異変が、はっきりと起こってから1週間、その前の不自然な腰の痛みや、猛烈な肩こりと思っていた痛みが出たのが、もう1週間ほど前でしたから、2週間かかったということになります。振り返ってみると、一番のピークは、薬を飲んだタイミングじゃなかったかなと思っています。ですから、おかしいと思ったときは、我慢せずに、さっさと薬に頼るということです。幸い、今回は、正に痛み止めの役割を果たしてくれました。なかなか痛み止めが効かなかったところ、7月に痛みが緩和されたことから、合う薬に出逢えたとは思ってましたが、7月のときも、12月のときも、こないに解りやすく効いてはいなかったもので、この薬がダメになったら、どうしよう、薬を使い過ぎて、ダメになったら、どうしようが先に立ち、我慢してしまう傾向にありました。でも、今回のことで、こないに効くのなら、さっさと痛みをなくして楽になろうの気になれるようになりました。首や肩の痛みが消えるにつれ、腰の痛みも消えていってます。椅子に座り立ち上がるときはもちろん、座るときも痛みを感じながらでしたので、やっぱり、それは尋常ではないのだとインプットしておくことにします。今回、最初は、ひどい肩こりだと思っていましたが、考えたら、手術の後遺症として、既に、手術前には経験したことのない肩こりが残ったのですから、ひどい肩こりではなく、後遺症が大きく出ているという風な考え方をとるのが賢明だと思えるようになりました。ですから、「ひどい肩こり」と感じたときは、痛み止めを飲めばいいのです。そしたら、楽になれるはずです。薬は、多めに出していただけていますので、十分、ゆとりがあるので、試す値打ちがあると思えるので使ってみることにします。
 今日は、夜半から雨という天気予報に則して、一日中、曇り空。夕方などは、雨がいつ降りだしてもおかしくないと思えるほど、足早に暗くなっていましたが、夕方のウォーキングも、無事、支障なくできました。特に、この間、鬱陶しい気分だったのですが、雨に遭ってなかったのじゃないかな。ま、これはラッキーだったと思いましょう。毎日楽しみのオペラは、モネ劇場の「ホフマン物語」が終了。やはり、演出がいいと楽しいですね。そして、昼からは、パリ・オペラ座の「ドン・パスクワーレ」を観ることにしました。第1候補だったゼンパー(ドレスデン)の「ローエングリン」は、DVD化されているものだったことが判り、却下。持っていますから。第2候補のオランダ国立歌劇場(アムステルダム)の「ドン・カルロ」にアクセスしようとしたのですが、配信終了期限前なのに、アクセスができず、またしても、却下というか、仕方ありません。ロリャンド・ビリャソンがタイトル・ロールを歌うプロダクションだったのですが、こないなことでダメになるとは、心外。で、第3候補だったのが「ドン・パスクワーレ」。でも、サムネの画像を見ると、どこかで観たことのあるもの、しかも、最近。ということで、自分の記憶と格闘、判りました。ロイヤル・オペラ(ロンドン/コヴェントガーデン)のライブビューイングで観たプロダクションで観た装置だったのです。ブリュン・ターフェルがタイトル・ロールを歌うというので観に行ったあれ、、、ちょっと迷いました。他に、幾つも候補があるからです。ロンドンとパリとは違え、同じプロダクション(ダミアーノ・ミキエレット演出)。なのに、観ることにしました。理由は1つ。ノリーナをナディーヌ・シエラが歌ってるから。黄紺は、ベルリンで2回聴いています。1回は、「ドイツ・レクイエム」(バレンボイム指揮)のソリスト、もう1回は「リゴレット」のジルダです。やはり、ジルダの印象が強く残るもので、ノリーナも聴いてみたくなりました。ナディーヌ・シエラの場合は、観たくもなりますしね。そんなで、こちらを、只今、視聴中ってところです。


2020年 5月 15日(金)午前 6時 2分

 首や肩の痛みが、かなり治まってきたかなの感じがしてきているので、試しに痛み止めに頼らなければ、どんな感じになるかを、午前中に調べてみました。というのも、一昨夜、午後9時前頃に薬を飲んだものですから、その6時間後なら午前3時になります。幸い、一昨夜は、睡眠障害も出ず、朝までと言っても、午前5時台には目覚めはしたのですが、一昨日までだと、何かクッキー系のものを食べ薬を飲んだのでしょうが、試しに昼食後まで飲まないことにしてみました。本来なら、その時点で、首や肩に痛みが出ているはずなのですが、ちょっと強いかなと言える肩こり程度なものですから、これなら、このお試し、大丈夫かなと思え敢行。でも、時間が経つにつれ、首から肩、背中が重くなっていきます。そうしている内に、もう左の首の痛みはとれており、肩甲骨辺りに固まる痛みも、左側は楽になってきています。結局、最初から痛みのあった右首の中ほどのしこりがあるかのように感じた箇所から右肩甲骨にかけての筋が、最後まで残りそうと思えてきました。家では、朝からオペラを観たりして過ごし、頃合いを見て、午前中のウォーキングへ。やはり、時間が経った分、上半身の緊張が高まり、ということは、全体的に痛みが増してきているのですが、何となく熱っぽくもなってきています。でも、外に出ると気分が変わるから気にしないことにして、ウォーキングへ。確かに開放感って、気分にも身体にも、ホントにありがたい。歩き出すと、身体が軽い感じがするので、少なくとも、そう感じられるのが嬉しかったなぁ。熱っぽさも、ちょっと薄れた感じ。そして、下向きではなく、前を向いて歩けるばかりか、目を上向きに動かしても、首の筋肉が吊り上がり痛まないのが、こんなに楽なことで、嬉しいことかを実感。何かにつけ、普通であることって大事なことです。今回も、嫌と思うほど考えてしまいました。ウォーキングから戻り、昼食を食べて、薬を飲むと、ぐったりとするのは、日課のようになっていたのですが、昨日は、実際には、ぐったり感は出ましたが、横にならなかったら、ならないで過ごすことができました。替わりに、座椅子に座りながら居眠りをしてましたが、一昨日までの、とにかく横になりたいというまでは行かなかったようです。夕方のウォーキングも、いたって順調。もう大丈夫です。念のために、夕食後にも薬は飲んでおきました。もう下り坂に入ったので、大丈夫でしょう。あとは日にち薬ということなのでしょうね。
 昨日のオペラは、モネ劇場の「ホフマン物語」。モネ劇場の配信が、今上がっているオペラが5/17までなので、焦っています。週末に向け、他の歌劇場もアップをしてくるというのが、このオペラ配信の特徴なので、なかなか目移りしてしまって、交通整理に困っています。この「ホフマン物語」は、この間観たオペラで覚えてしまったクリスツォフ・ワリコフスキのプロダクションです。この人のプロダクションの特徴と看る両サイドを固める、このプロダクションでも採られていました。ホフマンが、自分の恋物語を聴かせてやると言った酒場の装置を残し、酒場に集った人たちで、ホフマンの恋物語を再現するようになっています。おもしろい趣向です。3本続けて、そそられるような趣向を見せられると、これは要注意の演出家です。ポーランド人の演出家と言えば、黄紺の頭には、すぐさまマリウシュ・トレリンスキの名が思い浮かびます。ワルシャワで観た「蝶々夫人」の幻想的な舞台に魅了されたからなのですが、それに次いで、頗る付きの優れものの演出家発見です。


2020年 5月 13日(水)午後 9時 46分

 肩と首の具合のその後です。うがいができるかどうかを、1つの指標にすると、昼前のウォーキング後のうがいは、かなりこぼしながらも、ぎりぎりできたというところで、顎を上げることができるようになってきていました。でも、ぎりぎりでした。薬の有効時間を6時間と看ています。但し、使っている薬は、胃に負担がかかるということで、一緒に胃薬も飲むのですが、処方薬をもらったときに、必ず食事をしてから飲むように指示されていますから、基本的に朝食を摂らない黄紺は、夜中の3時に飲んだあと、昼食後まで飲まないでいたため、昼食を食べた辺りが、今日は、一番きつかったな。完全に薬切れの状態で、やはり痛みは出てきます。随分とはましにはなってますが、でも出ます。それだけではなく、今回、よく感じるのですが、痛みが出る周辺の筋肉が、えらく疲れる感じがするのです。熱でも出るのかなと思わせる倦怠感が出るため、すぐに横になりたくなります。ところが、痛みが復活してきてますから、そういったときに、寝るのに時間がかかり、当然、痛みを耐えながらですから、ストレス溜まりまくりですが、横になると、ホッとできます。もう、横になり、仰向けになっても、肩や背中は痛まなくなってますから、楽です。そうしている内に、薬が効いてきて、起き上がる気になれる、起き上がると、もう、先ほどまで感じていた発熱の心配は消えてしまってます。やはり、上半身の筋肉も緊張し、薬でほぐされているのでしょう。痛みですが、不思議なことに、後から痛み出した左首や左肩の方から楽になってきています。それに対し、右首から右肩甲骨にかけては、かんかんに張っているという感じで、1本鉄の棒が入ってんじゃないかと思うような感じで、変な力が入ると、そこが痛みます。あとは、これが、少しずつ和らいでいくということなのでしょうか。腰に回る気配はなさそうですが、振り返ってみると、右首に痛みが出る前の1週間、ずっと腰が痛かったのは事実で、もちろん、去年の7月の痛みとは比べられないほどの軽微なもので、日常生活には支障がないながらも、いつもとは違う痛みがあったことは事実なので、あれが、今回の前兆だったのかなと思い始めています。今日は、日に2回のウォーキングは、通常通り、完了。昨日は、歩いた距離が短かったからでしょうか、今日は、えらく軽く歩くことができました。前を向いて歩けるようになりましたしね。でも、まだ、身体を回転させると、ぐきっと来ます。痛むのが怖いので、まだ身体全体を使い、周りの確認をしながらのウォーキングです。
 オペラを観るのも、かなりラハトな気分になりました。ただ、座てっるだけでも辛かったのに、オペラなんてところじゃないはずなのに、観てたんですね。で、ラハトに観れたオペラは、モネ劇場(ブリュッセル)が配信している「ポントの王ミトリダーテ」。モーツァルトの作品です。名前は知られてはいるのですが、上演機会が稀な作品。それが配信されているというので、飛び付きました。


2020年 5月 12日(火)午後 9時 38分

 首と肩のその後です。目指す医院は、歩いて15分ほどのところ。昔からお世話になっていることもあり、こういったことが起こったときを想定して、昨年、救急車で搬送されたあと行った病院、即ち、黄紺が頸椎の手術を受けた病院に行き、すぐにでも必要な薬を出してもらえるよう段取りを組んであったのです。もう、この時点で、昨年の韓国でよりは、痛みのひどさ、拡がりは上回っていたのですが、歩くのまで辛いとは思っていませんでした。今までのところ、腰には大きな痛みは出てないですからね。でも、歩くと、首や肩に響いて、とっても歩き辛い。往復の途中、何度か立ち止まり、また気合いを入れて歩き出すの繰り返しでした。帰って来ても、すぐには服用するわけにはいきません。かなり胃には厳しい薬だということで、食事をしてからの服用です。食事の準備もそうだったけど、食事すること自体が辛いものがありました。その間、ますます痛みはひどくなっていっているように思えました。痛みがひどいからでしょうね、上半身の筋肉が緊張している感覚までしました。もう、この時点では、どうしていいのか、全く判りませんでした。人に助けを求めに行くにも、もう歩くこともできないと思えました。和室がきついということで、ベッドを求めにホテルに移ることを考えても、そこへの移動が絶望的と思えました。歩いてダメなら、車の振動には耐えられそうもありませんでした。もうどうしようもなく、柱にもたれて茫然としていました。横になりたかったのですが、もう、この時点では難しくなっていました。座っていまから、自ずとお尻がしびれ出します。それを考えると、絶望でしかなかったのですが、そんなときに、ふと首の緊張が解け、首が軽くなった気がしました。まさかと思い、横になろうとしても、痛みは消えていますから、あっさりとゴロリと横になれたのです。薬が効いたのです。今まで、こないにはっきりとした形で効用が出たことがなかったものですから、劇的に変わるって、このことだと思ってしまいました。おかげで横になっても、身体は回転自由となり、好きな態勢で昼寝をできましたし、起きてからは、トルコのコロナ情報を得て記録することができましたし、夕方のウォーキングまでできちゃいました。でも、薬の効用時間の目安は6時間ですので、ウォーキングから戻ってくると、逆戻りが始まり、今の時点では、簡単には横にはなれないと思っています。第一、ちょっと動くだけで首に痛みが走り、やたら首、及び、その周辺に緊張が走っているのを実感できますからね。このあと薬を飲み、効いてきたら眠るとしましょう。あと、平常に戻るまで、どのくらいかかるのでしょうか。そして、腰に痛みが回らないことだけは、祈るしかないですね。


2020年 5月 12日(火)午前 7時 21分

 首と肩の痛みのその後です。寝ることには、直前まで不安を持ってなかったのですが、昨年の韓国のときと、全く同じでした。あのときに比べ、痛みが、まだましだったことは救われましたが、とにかく首の筋肉に力が入ると激痛が走るものですから、仰向けになれないのです。ですから、握りこぶしを頭の横に置き、横向きに寝る。身体を回転させると、途端に首に力にかかるので激痛が起こります。そこで、横向きに寝るしかないけど、腰にしびれのある黄紺には、なかなかきつい。一昨夜は、1時間すると目が覚め、1回は、再び眠ることができたのですが、2回目では、しびれがひどく、もう、その態勢では眠れないので、なんとか仰向けになれないかチャレンジするのですが、そのたびごとに激痛ですから、すっかり目が覚めてしまい、夜中に起き上がり配信されてきているオペラを観ていたのですが、さすがに眠くなってくる。ここでいいことに気がつきました。一旦、横になってから仰向けになるために、首を固定する方法に気がついたのです。マクラは柔らかいから首が動く。だったら、絶対動かないウイスキーの空き瓶をマクラにして、身体を回転させると、全く痛みは出ない。そろりそろりと、空き瓶を抜くと抜けたばかりか、痛みは出ないまま、仰向けになれました。これで、僅かでしたが、朝まで睡眠を取れました。そして、何となく、一番痛みのひどかった首の中ほどのしこりのようなものが、うっすらとしてきているのです。これに気づいたのは、昼前のウォーキングの途中で。家に戻り、うがいにチャレンジすると、一昨夕、全くダメだったうがいが、辛うじてではあったのですが、できました。ところが、このとき、新たな変調が現れ出していました。今まで、何もなかった左肩に違和感が出ているのに、このとき、気づきました。まだ、まさかでした。去年の韓国では、左側だけだったという思いがありますからね。ところが、淡い期待でした。もう、夜半に入ると、完全に痛みは左が勝っています。ただ、展開が早いのが救いです。もちろん不安があります。腰に回らないかという不安です。首と肩は、不自由ですが、まだ動けます。でも、腰は、そういうわけにはいきませんからね。そんななか、ルーティンはこなせました。暑かったのです、ちょっとへばりましたが。ま、ストレスが大きな分、へばりも早いのかな。配信されているオペラ観賞は、「ユダヤの女」までは良かったのですが、次に観たキール劇場の「トロヴァトーレ」は、時間切れで、半分しか観ることができませんでした。この映像は、劇場内の公演ではなく、劇場横のマルクト広場なのかな、とにかく広い広場があるのですが、そこを使っての野外オペラでした。そういったことを、キールでやってんだと、そんなことを知ったのが嬉しくて観ていて、間を開けて観ようとしたら、跡形もありませんでした。仕方ないので、シュトゥットガルト州立劇場の「ボリス」をチョイス。「ボリスゴドノフ」ではなく、「ボリス」になっていたので、おかしいなと思っていたら、ムソルグスキーの作品に現代的に手入れをした改作ものでした。ただでも判りにくい叙事詩的オペラに手が入ると、さっぱりお手上げ。となると、居眠り、余計に判らなくなり、ギヴアップしました。昨日は、いろいろとついてないのがおびただしいですね。
 ここまで書いて、睡眠不足のせいで、寝てしまったので、昨夜のことも書いておきます。左肩が、痛みのピークに昇って行く時間帯になったんじゃないかな。右肩の痛みも、前夜に比べ少し落ちたかなという程度だったため、一層、厳しい夜となりました。ウイスキーの空き瓶を用いた身体の回転技、諦めかけたのですが、頑張りました。ただ、うまくいって仰向けになってからが、昨夜は大変。両肩が体重で痛むのです。でも、そのままの状態で辛うじてじっとしていられる。ということは、痛みというのは、慣れることができるはずだからと、仰向けになったまま、しばらく待つと、痛みが消えていくではありませんか。ということは、その姿勢で眠れたということです。ただ、1時間ほどで目が覚めるということの繰り返しでしたが。でも、仰向けで眠れると、右下、左下と、身体を回転させながら眠るヴァリエーションができましたから、同じ姿勢を続けたときに出る腰のしびれとはお別れできました。ようよう、朝を迎えることができました。この2日間の夜は、ホントに長い。いっそのこと、ベッドのあるホテルに行こうかと考えています。それで、ホテルの空き状況を調べたら、そうなんだ、ホテル、がら空きのことを思い出しました。コロナの恩恵を受けるのもありかなと考え出しました。今日は、処方箋を持ち、掛かり付けの医師から痛み止めを出してもらうことが、まずやらねばならないこと、これを書こうとして、なぜか日本語より、「en basta yapmam gereken,,,,,」って出てしまった。息子親子とテレビ電話して以来、誰ともしゃべってないからなぁ、、、。その様子を見~ので、且つ、症状がひどくなるようだと、ホテル住まいも選択肢の1つになってきます。もちろん、腰にまで痛みが出るようだと、間違いなく、そうするつもりでいます。


2020年 5月 10日(日)午後 9時 31分

 体調の悪いのが続きます。お酒を止めると、毒素が注入されないからか、あっさりとお腹の変調は快復。睡眠障害も、ここ2日は出てないので、ちょっと健やか。でも、それらと、きれいに入れ替わり、首から肩に痛みが出てきました。今のところ、右側だけです。最初、ひどい肩凝りかなと思っていたのですが、とてもじゃない、そないな範疇ではない、これは、またしても、頸椎の手術痕のなせる業と思っています。首からおかしくなり、痛みがひどくなるにつれ、肩にも拡がったという感じです。昨日は、まだ正面を向いて歩けたのですが、今日は、視線を下向きになるような態勢にしておかないと歩けないですね。正面を見ようとしたりして、視線を上げただけで、首の筋肉が引っ張られるのか、痛みが走ります。ましてや、横断歩道で信号を見るのが大変、後ろから車の気配を感じると、首を回せないものですから、身体ごと反転させています。でも、これでも、去年の7月、救急車で搬送されたときからは、全然楽ですし、去年の12月、韓国で首から肩に痛みが出たときに比べても楽なものですから、2~3日の我慢と思ってしまってます。ですから、こないなご時世でもあるので、病院にも行かないつもりでいます。大津まで行くリスクも、バカになりませんからね。しかし、きれいに5ヶ月単位で繰り返されています。ですから、5ヶ月後の10月は、コロナが落ち着いていても、黄紺は旅行ができなくなりました。やっぱ、こんな状態、怖い。実際、首から肩にひどい痛みが出ると、なんか、上半身全体が倦怠感に包まれてしまってます。痛みに対し、近場の筋肉が反応してるのでしょうね。だから、余計に気分が悪いのです。そないな気分ながら、配信されてくるバレエやオペラで気晴らしですが、ほぼ気晴らしにはならなかったな。だって、のべつ痛いし、スーパーな肩凝り状態が続いてるのですから、簡単には気晴らしなんかにならなかったですね。でも、観ないよりはいいかなという感じで観ておりました。昨日の残りを観たあと、今日新しく観ていたのは、フランドル・オペラ(アントウエルペン)の配信。どこかの歌劇場の配信サイトに紹介されていたので調べておいたのでした。すっごいプロダクションを見つけたのです。「ユダヤの女」というアレヴィの作品。黄紺も、ニュルンベルクで1回だけ観たことのある作品ですが、なかなか出ないことは間違いありません。そういったこともあり、マークしてあったのですが、スタッフ欄を見て、びっくりもびっくり、何と言う巡り合わせかと、自分の強運ぶりに酔ってしまいました。ペーター・コンヴィチュニーのプロダクションだったのです。実は、マンハイムの歌劇場が、このペーター・コンヴィチュニーの「ユダヤの女」を持っているのですが、黄紺は、せっかく上演があり、且つ、マンハイムに寄ることは、スケジュール上、全く問題がなかったのに、その公演を見落としてしまったということがあったのです。アントウエルペンとマンハイムの共同制作なのか、どちらかが制作したものを、どちらかが買ったのかまでは知りませんが、その黄紺の失敗を補ってくれるのが、このアントウエルペンが配信だったのです。まだ、全てを観終わってはいませんが、ペーター・コンヴィチュニーものとしては、ハレの「ジュリオ・チェザーレ」のように、解りやすくをポリシーに作ったような作品と看ました。小ネタを使いつつってところかな。色で、キリスト教徒とユダヤ教徒を表すというのは、なかなか歴史を押さえていてグッジョブですが、ユダヤ教徒の黄色は納得ですが、キリスト教徒(カソリック)の青は、どこから来たのか気になってしまいましたが、黄色は外せないから、それと対比するためにだけのセレクトかもしれません。客席を使ったりするのは、ペーター・コンヴィチュニー慣れをしていると、最早、常套手段ですね。このプロダクションでは、キリスト教徒とユダヤ教徒の溝の深さを出すのには、まことに効果的でした。オケピットが、いい具合に、両者の乖離を表す距離になっていましたからね。そんなで、大収穫で、本来ならば、めっちゃ盛り上がりのところが、不幸者は、そないな日に痛みが出てしまうものなんだね。


2020年 5月 9日(土)午後 10時 45分

 今日は、少し気温が下がったのかな。曇り模様から、夕方には雨も降りましたしね。結局、ほぼ天気予報通りだったのですが、幸い、雨足は強くなく、夕方のウォーキングも、いつもと変わらないほどの距離を歩くことができました。但し、途中の休憩がてらの読書はできなかったですが。ま、これは仕方ありません、天災ですから。自分の行動としては、ルーティンと異なるのは、昨日同様、ホテルのキャンセルのための作業。確認作業をして、間違いのないことが判り、これで安心。ただ、確認と言っても、数があるため、そこそこの時間を要したため、配信映像を観る時間にしわ寄せが来てしまいました。今日は、チューリヒ歌劇場が、3日間だけ配信するバレエ「ロミオとジュリエット」を観る日にしました。DVDを買ってあるのに、まだ観ていないため、通しで観ることができるいい機会だということでのチョイス。最近、年に僅かだけどバレエを観るようになっています。表現方法としての可能性の高さに、今になり気づいたからなのですが、ドイツに行くと、どうしても、オペラ優先になってしまうため、観る機会に恵まれていないということで、この機会を活用させてもらおうということなのです。やっぱ、ヨーロッパのバレエは、アイデアが豊富で、動きも、とってもアクロバティックなため、魅力を感じてしまってます。
 自分自身のことで書けるのは、このくらいなのですが、今日は、悲しい訃報に接した日にもなりました。笑福亭鶴志が亡くなりました。三金に次いで、巨体の噺家が亡くなってしまいました。松鶴直系で言えば、鶴瓶のすぐ下になる噺家です。ついこないだまで、繁昌亭チャンネルのチャットで、同時期入門の枝鶴とやり合ったりしたのが、記憶に新しいことです。撮影を繁昌亭ですること自体が危険だということで、繁昌亭チャンネルは模様替えをされてしまいましたが、それがなく、同じような配信が続けられてるようだと、鶴志と枝鶴のトークを、1回分の配信にする計画があり、日取りも決まっていたと聞いています。こんなことになるのなら、このトーク、実現させて欲しかったと思っているのは、黄紺だけではないはずです。どう見ても、我々の世界ではなさそうな風貌、師匠松鶴の思い出をマクラで、よく聴かせてくれました。豪快で、「らくだ」を聴いていると、こちらがどやしつけられている気になったしまいました。江戸噺「笠碁」を、上方で持ちネタにしたのは、鶴志が初めてじゃなかったかな。その「笠碁」ですが、繁昌亭開設後、さほど時間の経ってない頃、鶴志の独演会のチケットを買ってあったのが、仕事の関係だったと記憶してますが、行けなくなったので、息子に譲ったときに、「笠碁」を出しました。それを聴いた息子が、とっても喜んでいたので、ネタまで覚えています。昨年、上方落語界を揺るがす事件がありました。ありえないことが起こったので、何かのミスがあったに違いないと思ったのですが、ありました、米朝事務所のミスでした。動楽亭寄席に、鶴志と犬猿の仲という福笑、2人の出番が、同じ日に組まれたのでした。二人の仲を知らないという、ありえないことをやらかしてしまったのが、原因だそうです。幸い、同門の岐代松も出番をもらっていたので大事には至らなかったようですが、こないなことになり、なんか、誰かが会わせたような気がして、鶴志の訃報を聞いてから、そのことが頭から離れないので困っています。まだ、64歳だったそうで、もったいないわ、ホント。


2020年 5月 9日(土)午前 5時 51分

 どうも、一昨日から不調。2日連続で睡眠障害が出るかと思うと、一昨晩、晩酌を、久しぶりにしたところ、まるで食あたりに遭ったかのように、頻繁に下腹が変調。こうしたお腹の変調は、お酒を呑んだあとに起こる現象。膵臓炎経験者にとっては、具合の悪い前兆ですが、毎年受けている血液検査では異常はない。一時、呑む時間帯やお酒の温度に気を付ければ、異常が起こらないということを、経験知として掴み、その経験則でお酒を呑んでいたのですが、今回の変調は、時間帯には左右されてないようなので、温度調節を試さねばなりません。こんなことを気にしないと、お酒すら呑めない、悲しい話ですが、膵臓の怖さを知っているため気になってしまってます。お酒と睡眠障害に、何らかの連関性ってあるのでしょうか。不思議と、2つが重なっていることは、単なる偶然なのか。とりあえずは、目がしょぼついて困った一日。歌劇場からのオペラ配信を観ていると、居眠り。じゃ、まともに寝ようとすると、眠れないのです。これって、悪循環。そないな半寝をしながらにはそぐわないオペラを1本観てしまいました。オランダ国立歌劇場の「ヴェツェック」(クリスツォフ・ワリコフスキ演出)です。ほん数日後には、チューリヒ歌劇場でも配信される20世紀の最高傑作との評価もある「ヴェツェック」。チューリヒのプロダクションはDVDもあるからと、こちらを優先して、大正解。なんと、クリストファー・マルトマンがタイトル・ロールを歌い、相手役のマリーが、地元オランダで歌うエヴァ・マリア・ヴェストブロックでした。クリスツォフ・ワリコフスキのプロダクションは、先日のシュトゥットガルトでの「タフリスのイフィゲニア」もそうで、テイストとしては同じとは言えないか、舞台装置のコンセプトが似てるってことは感じてしまいました。舞台両サイドに縦に装置を配置するのが似てるだけなのですが、両サイドから圧迫されると、やたら中央部でのお芝居に緊張感が生まれるということを実践してみせる、そないなことだけで、「似てる」と感じさせられてしまいました。貴重な映像ですので、半寝で観たため、もう一度、時々、スキップしながらでも、観てみようかと思っているところです。
 昨日は、一つ、大切なことをしました。本当なら、あと10日ほどで、オペラ紀行に出かけるという筈でした。行けないというのは判っていました。既に、ベルリンの劇場などではキャンセルになってますし、飛行機もキャンセルになってますし、平常な状態ではないものですから、そもそも行く気がしないものですから、行かないことは、既成事実だったのですが、ホテルのキャンセルを放置してありました。安上がりの旅行費用にするため、こういった事態を想定せず、キャンセル不可のホテルを多く予約していたので、いつキャンセルしても、ダメならダメだから、コロナ騒動の推移を眺めてからキャンセルの連絡を入れることとしていたのですが、最近のドイツ情勢を見ていると、緩和に向かっているということで、これではキャンセル料は取られるなと観念して、キャンセルの連絡を入れました。もちろん、コロナで行けないからと理由を添えて。中には応じてもらえたホテルもあり、感謝なのですが、その中で応じてくれなかったホテルが、興味ある情報をくれました。ベルリンのホテルでしたが、ベルリンでは(ベルリン特別市の判断として)、5/25からホテルは再開するというものでした。そないな作業が終わりましたから、あとはキャンセルになっている歌劇場のチケット払い戻し手続きをすれば、今回のオペラ紀行は完全に消え失せます。黄紺の頭の中では、これでは、オペラ紀行は止められないという思いで、いっぱいです。今のところ、今年の暮れと、来年の復活祭シーズンを狙い、各歌劇場のスケジュールをピックアップしているのですが、そないなことをしながらも、行けるだろうか、行く気になるのか、来季は蹴飛ばすべきか、でも、それをすると、もう体力的にまずいかも、、、いろいろ考えてしまいます。「with コロナ」の社会で、果たして、レジャーとしての外国旅行なるものが成立するのだろうかと、そないなたいそうな気にもなってしまっています。そもそも検査数の少ない日本に対し、諸外国は、日本在住者に対し、厳しい態度を執ることも想定できるなか、いったい、いつになると、我々は外国旅行を制限なしでできるかという問題が横たわっています。オリンピックを開催したいなら、外国にも説明できることやらんとダメちゃう?と思ってしまいます。


2020年 5月 7日(木)午後 9時 35分

 ただただ、ルーティンをこなす変化のない生活。退屈だと思う反面、これを壊すのが、日につれ、怖くなっていっています。何が怖いかと言って、リズムのいい生活が崩れ、また眠れない、睡眠不足の日が、毎日のように続くのが怖いのです。また、ルーティンをこなしていってるとは言い、かなりタイトな時間を送っているもので、今できてることができなくなるのが、おもしろくないのです。毎日、昼前と夕方のウォーキング、ついでの読書、お気に入りのYoutube巡り、オペラ配信や手持ちのDVDでオペラを観ること、サッカーなどのトルコ情報の把握といったことになるかな。最近は、トルコのコロナ情勢把握に、わりかし時間を費やしてしまうので、こうしたルーティンのバランスが崩れるのが、ちょっと気になってしまってます。おまけに、これも、結局はコロナ絡みになってしまうのですが、オペラ配信に時間の制約があるものですから、それに振り回されている傾向が出てるかな。そうなんですと、ボヤキが出てしまいます。昨日見つけた、メトロポリタンからの配信で「ハムレット」を半ばまで観ていたのですが、終了時刻を間違い、後半は観ることができなかったのです。そないなことがあると、一層、時間に振り回されてしまうのです。何もしなければならないことってないのに、やたら時間が気になって仕方がなくなっています。先ほどの「ハムレット」断念ですが、仕方がないので、序盤で止まっていた、コヴェントガーデンの「コジ・ファン・トゥッテ」に戻ることにしました。こちらは、今月の10日まで配信継続中なので、こうやって戻ることができました。これはこれでおもしろいのですよ。アルバニア人の変装になるというのが、テキストにはあるのですが、このプロダクションでは、グリエルモとフェランドは、パンクなロッカーの姿で出てくるものですから、もう、それだけでおもしろい。ドン・アルフォンソをトマス・アレンが歌うという贅沢なもの。そして、この映像を観ていて、大発見がありました。動画に字幕が付いている場合、設定で、自動翻訳機能を使い、日本語字幕にすることができるってことを発見したのです。この機能って、どんな動画にも適用できるかどうかまで把握できてないのですが、その可能性を感じさせるものです。こないだうち、ベルギーのモネ劇場で、フランス語歌詞のオペラを観ていたら、フラマン語かオランダ語かは知らないのですが、形からはドイツ語に似ていたので、そうかなと思っていたのですが、こんなのも、上手く行けば、字幕があるってことは、日本語字幕に変換できるかもしれないということになりますね。ダメもとですから、設定のところを調べ尽くせばいいんだと、一つ賢くなりました。


2020年 5月 6日(水)午後 9時 40分

 今日がGW最終日とか。全く関係がないもので、カレンダーを調べてみました。大丈夫でした。緊急事態宣言が5/6までだったはず、だから、今日までという覚え方をしていたのが正しかったようです。最近、睡眠障害がお休みで、夜中に目が覚めることも激減し、睡眠時間も、正に人並みになってきているのですが、時たま、夜中に目が覚め、その後、眠れない、これは、まだ残っています。その多くは、手術の後遺症で起こる腰の痺れによるもの。身体を、どのように向きを変えても、痺れが気になり眠れなくなってしまいます。実は、その久しぶりが、昨夜勃発。午前3時前に起き上がり、二度寝もできなかった悲しい一日となりました。以前は、こんなのばかりで、二度寝をするために酒を呑むという悪循環。最近は、酒を飲むのを避けているにも拘わらず、寝つきも良く、睡眠時間も確保できてるため、結果的に呑まなくても良い。好循環だったのでしょうが、昨夜は呑んでしまいました。でも、二度寝ができなかった。おまけに、あっさりと食欲減退。呑むだけではなく、何かをつまみながらになりますから、お腹にいいわけがありません。あっさりと悪循環に逆戻りです。そんなで、昼間から眠くて仕方がない。途端に、歌劇場から配信されるオペラを観ていても、居眠り。これって、落語会に行き、睡眠不足で眠ってしまうのと同じ構造。それを、家でやっちゃいました。そんな状態ながら観ようとしていたのは、コヴェントガーデンの「コジ・ファン・トゥッテ」。でも、これは、全体の1割ちょいで、中断。たまたま、メトロポリタン歌劇場からの配信の次回の情報だけを得ようと、同劇場にアクセスすると、「次回」は今日だったため、メトロポリタンに乗り換えてしまいました。なんせ、観る機会のレアな「ハムレット」を配信していたものですから。黄紺も、ライブでは観たことのないトマのグランド・オペラ。更に飛びついた要素として、やはり、タイトル・ロールをキーンリーサイドだったというのが大きいと思います。キーンリーサイドは、キャンセルになったベルリン・ドイツ・オペラで、「パルジファル」でアンフォルタスを歌うことになっていただけに、ちょっとしたリベンジになりました。でも、居眠りをしながらの鑑賞は悲しいとしか言いようのないところです。今日は、午後に、僅かだけ雨が降りました。前線が頭上をすり抜けて行ったのか、明らかに気温が下がりました。夕方のウォーキング中に読書をしようとしても、風で寒くて、中途で断念。あっさりと、数日前に戻ったような感じになっています。


2020年 5月 6日(水)午前 3時 24分

 GWとともに、一挙に気温が上がっています。夏の雰囲気になっています。1週間ほど前、まだ、炬燵を入れてたのにと、いつもながらのことを感じています。一昨日、緊急事態宣言が、5月末まで延長されたのですが、これから、自粛を続けるのだから、それを、どのように維持していくのかの話題ではなく、どうなれば解除なのかが飛び交ってるのが理解できない。 検査数が少ないため、感染者の実態に迫っているとは言えない日本で、危機感のないこと、相変わらずです。少しずつ、テレビでも話題に上がってきている再生産数が出ないなか、日本の統計資料だけでは、信じられるかとなれば、不安が先立ってしまいます。逆に、もしこのまま終息方向に向かうことになれば、日本の特異性が浮かび上がるだけなんで、そこの探求も知らねばならない情報かなと思います。スペイン系Youtube(在バルセロナ)で、子どもたち向けのオンライン授業の実態報告と感想を、1本の動画でアップされています。このオンライン授業については、強い関心というか、問題を感じられているので、以前も、似たような動画をアップされています。問題点は、年齢が低い生徒対象のものに大きく出ているなというのが、画面を観ているだけで解ります。PC操作が難しい年齢です、慣れてない年齢です。しかも、Youtubeには、様々な制約があることは知られていますが、低年齢の者を守るはずの機能や設定が邪魔をしてしまったり、送る側も、そうした制約があることを知らずに送ろうとするとトラブったりして、なかなかスムーズに行かないのです。PCの扱いに慣れている世代なら、自身で解決をしてはいくでしょうが、低年齢だと、当然無理だから、親が付いてないといけない。複数の子どもがいると、親がうろうろするばかり。親は親で対応できれば良いが、でなかったら、授業は、そこでストップ。「with コロナ」の生活が待っているこの先、テレワーク、オンライン授業とか言って、在宅が増えると、親の負担が大きくなり、在宅勤務に支障をきたしてしまうとなっちゃいます。オンライン授業だと、コンテンツも、慣れてないものですから、なかなか一人でこなすのが厳しく、となると、また親に頼るということが起こります。今回、急にオンラインに切り替わり、暗中模索で進められているので致し方ないところがあるが、これからは、こちらにシフトしたシステムを作っていかなければならないわけだから、その努力を普段から積み上げている必要が学校にはあると、件のYoutuber氏は言われていました。そうした動画を観ながら、どうしても、日本と比べてしまいます。今回、コロナがアジアの病気のように言われてた時期に、感染者を出した中国や韓国は、コロナの押さえ込みに成功しました。日本だけが取り残された感がありますが、中国と韓国が日本より勝った要因は、このITの進み具合の違いだと思いました。中国系Youtube(在重慶)で紹介されていたのですが、95%がキャッシュレスだと言われてました。最近、スーパーに行くと、お金はトレーの上に置くようにとの指示を書いているところが出てきていますが、この段に及んでも現金の受け渡しをしなければならないというのは、なかなかしんどいですね。他の中国系Youtube(在武漢)の動画で観る長期に渡る隔離生活で、ネット注文ができなかったらと思うと、ゾッとしてしまいます。韓国の出前文化も、ネットの活用が半端ではないですしと、何かにつけて、後塵を受けてます。 GPS機能を使い、感染者の管理が功を奏した韓国。中国で使われた感染者マップのアプリ、同様のものがトルコで実用化されたというニュースを読んだばかりです。今の日本政府は、私権を制限するようなことをしながら、こうしたIT活用をしない口実に、私権の大切さを使います。何もしないことを隠すために。私権云々で、おもしろい出来事がありました。但し、トルコの報道で知ったのですが。外出禁止措置などは、私権制限に当たるとして、ベルリンかどこかで抗議集会を開いたら、外出禁止措置や定められた人数以上が群れたということで、警察により拘束されたというもの。これって、警察は、主義主張で拘束したのではなく、群れた、それは、感染拡大の危険性があるということで拘束しているのです。ウイルスの運び役になるかもしれない「群れる身体」が困るからなのであって、そうした「身体の持ち主」が誰であろうと、中身がどんなであろうと、一切、無関係だという「身体の拘束」です。今までの「身体の自由」を奪う「身体の拘束」は、「中身の詰まった身体」が対象だったんですね。
 ところで、昨日の楽しみも、歌劇場からのオペラ配信に尽きました。他の歌劇場の配信を観るつもりのところ、ひょっとして、新しい配信情報が出てないかと覗いたメトロポリタン歌劇場。なんと、ビッグ過ぎるプロダクションが、今日、配信されているではありませんか! ブリュン・ターフェル、チェチーリア・バルトリ、ルネ・フレミングが揃った「フィガロの結婚」だったのです。こないな映像があることも、この組み合わせで「フィガロ」が上演されたことがあるのも知らなかったもので、飛びつきました。ネットでも調べてみました。ライブビューイングには入っていません。ですから、いつの上演なのかも判りません。福井の友人にも連絡をとったのですが、回答が来てませんから、判らないのかなと思っています。ただ、先ほどの歌手陣の顔つきからして、そんなにも古いものではない、でも、指揮のジェームズ・レヴァインも歳をとってはいても、車椅子ではない、また、バルバリーナがダニエラ・デ・ニースだということで、そんなに新しいものでもないしと、制作年代に頭をひねっているところです。そないなことで、丸々1本、「フィガロ」を観てしまいました。何が凄かったかと言って、最後のスザンナのアリアがスーパーな出来栄え。アンサンブルに徹してたチェチーリア・バルトリが、待ってましたとばかりに、高度な技術を発揮。この待ってました感が、スザンナの心情に重なりました。たっぷり感のある「フィガロ」を観た関係で、夕方のウォーキングへのお出かけが後ろにずれ込んでしまいました。


2020年 5月 4日(月)午後 9時 40分

 自粛だからでしょうか、連休だからでしょうか、人の出足が遅くなっています。黄紺の外出は、相変わらずウォーキングのときだけですが、昼前のウォーキング時の街角は、確実に人が減っている印象。この時間帯のスーパーの混み具合も、一段落。目を疑うようなことはなくなってきています。どこにも行けないから、昼前まで寝ているのでしょうか。一つには、混み合うところは、避けるように避けるようにしているからかもしれません。替わりに、夕方のウォーキング時に公園を見ると、密ですね。但し、どの公園が混むかが判ってきていますから、あくまでも、そういった公園は、横を通りすぎるときに見てるだけ~。混む公園というのは、立地的に便利なところと開放的なところですね。近くに手頃な公園がなければ、そりゃ、集まってくるし、環境的に気分のいいところは、求心力があります。今日、昼前のウォーキングで、黄紺が休憩場所兼読書スポットに選んだのは、求心力のない公園。ここなら、集まらないだろうと判っているところ。案の定、しば~らく、黄紺一人だったのですが、そこへ、一人の男性が近づき、手にしたパネルを黄紺に示しながら、喋りかけてきた。「公園の管理をしている者ですが」「公園でも密になるところは避けて下さい」、これにはびっくりしました。普通なら、お仕事で話しかけられてるのだからと、「ご苦労様です」と言うのですが、びっくりして、何せ、その公園には一人しかいないところで、それを言われてしまったもので、出てきた言葉は、「この公園はダメなんですか」、うつけた話で、街中の公園閉め出しは、日本ではやってないのに、そないなわけの分からないことを言ってしまいました。完全に防衛反応が出てしまったなと、ちょっと反省。しかし、「ご苦労様」じゃ、この場合、皮肉に聞こえそうだから、どのような反応をするのが正解だったのでしょうね。
 家では、今日も、歌劇場からのオペラ配信を観たのが、大きな一日、いやいや、毎日、そうですね、最近。今日は、シュトゥットガルト州立歌劇場の「タウリスのイフィゲニア」というレアな作品を観ました。グルックの作品ですから、ホントにオペラ創成期の作品です。1週間限定ということもあり、飛びついた次第。クリスツォフ・ワリコフスキのプロダクションは、仕掛けが判ってしまえば、なんてことはないのですが、これが、なかなか見えてこない。もちろん黄紺だけかもしれませんが、黄紺が、その仕掛けに気づいたのは、半ば直前。なんてことはない、イフィゲニアが婆さんになってから、若い頃の重大事件を回想するというものだったのですね。やたら婆さんばっかり出てくるし、その婆さんたちが、特別な支援を受けた人たちのようにも見えるものですから、一体、このオペラを、どこに持って行こうとしているのかが、さっぱり見えてきませんでした。スキタイ舞曲のシーンでは、めっちゃ切れのあるダンスを見せる婆さんが出てきたりで、惑わされ続けました。そうしたプロダクションのうえ、指揮(ステファノ・モンタナリ)、オケ、コーラスの放つ緊張感が、シリアスな物語を、更に、そのグレードを上げていました。レアな作品だから、「珍なるもの観たぞ」だけで、十分、満たされたでしょうが、オペラを楽しませる要素まで、このプロダクションは持っていました。明日、また新しいオペラを観ることにします。もう選り取り観取り、ですから、次の作品を選ぶだけでも、楽しめます。


2020年 5月 3日(日)午後 10時 28分

 今日は、夕方に少しだけ雨が降ったので、その時間帯の、ウォーキングついでの読書ができなかったくらい。せっかく新しいドイツ史の本を用意していたのですが、全く読むことができませんでした。その替わりに、今日は、メトロポリタン歌劇場の配信オペラを、きっちり1本、まるごと観ることができました。配信期間が、よくわかってなかったため、気がつくと、ニューヨーク時間でかな、その辺りも解ってないのですが、とにかく今日までとなっていたため、今日一日で観てしまおうとなったのです。ものは「ルイザ・ミラー」。上演頻度の低いヴェルディ作品です。黄紺も、かなり以前に、シュトゥットガルトで1回観たきりです。そういった珍しさもあるのですが、これが、ライブビューイングで出たとき、ドイツだったかに行っていて観てなかったもので、まことにもって好都合な配信だったのです。何せ、キャストがいいですからね。タイトル・ロールにヨンチェバ、その恋人役にピョートル・ベチョワ、父親役にドミンゴといった布陣。筋立てが陳腐なため、あまり好きとは言えないオペラですが、今日は違いました。主役の2人は、正に旬の旬の歌手。この2人の歌唱は圧巻。ホントに聴き入ってしまいました。「ルイザ・ミラー」で、そのような経験をさせてもらえるなんて、望外の幸せ。一方のドミンゴは、3月にハンブルクで聴けるはずだったのに、コロナのためにダメになってしまってたのです。80手前のドミンゴに、再度、遭遇機会は、まあないと思いますから、せめてもの慰みにはなりました。さて、次は何にしようかな、自宅でオペラ、ありがたい話です。今後も、十分に活用させてもらいます。
 Youtubeへのアクセスは、一部を除き、ほぼコロナ情報中心となっています。トルコ関係は、日々、コジャ保健庁長官のツイッターから始まり、CNNトルコとヒュリエット紙の記事を追いかけるようにしています。最初は、サバハ紙を活用していたのですが、ヒュリエット紙の記事が明晰な感じがしたので、途中で乗り換えました。保健庁長官のツイッターを見ると、今日は、ビデオクリップが貼り付けてありました。医療関係者を支えようとの趣旨で作られた音楽ビデオです。なかなか感じのいい曲で、「YENİDEN SARILIZ」という題名が付いていました。第一感、「また接する日まで」という題名がいいなと思ったのですが、「トルコにとりこ」には洒落っけのないものにしておきました。使っている映像からして、どこかが作らせたものなんですが、上手いものです。乗せ上手だし、また、その必要性のあるときかもしれないですものね。そこまでは良かったのですが、長官のツイッターでは、そのクリップの次の呟きは、PKKとの軍事行動で亡くなった2人の兵士を悼み、更に次の呟きでは、エルドーアン大統領の檄がプロモーション映像にされたものでした。「コロナに負けないで頑張ろう」に、いろんなものを重ねるのには、さすがに着いていけねぇよ。トルコ以外では、やはりドイツ情勢が気になるものですから、ドイツ系Youtube(在ベルリン)は、毎日観ています。こちらでは、データを読むこと、また、日々のトピックとして、奈辺を押さえればいいかを教えていただいたように思っています。トルコの日々の様子を見るときのポイントに援用させていただいています。最近、イタリア系Youtuberの方(在ピエモンテ、在ロンバルディア/アルプス)も、データ解説をされるようになりました。そんなお話を聴きながら、緩和策を知ると、自分での意見を持てるようになりますね。Youtuber氏が、カメラを片手に、1次資料となる映像を配信していただけるのは、大変ありがたいことなのですが、それを観ての分析力がないと、自分の中に残っていくものではないなと思えるようになってきました。そういったなか、在ベルリンのYoutuber氏が、オーストリアの緩和後のレポートをされていたのが、目新しさを感じさせてくれました。そりゃそうでしょ、オーストリアは、ヨーロッパで初めて緩和策に踏み切った国ですから、何を聴いても新鮮です。再生産数は0.5台をキープ、だけども、ウィーンと他の地域では違う。やはり、ウィーンでは、再生産数の逆戻り傾向が出ているそうです。緩和策に移行するときの大切なポイントですね。スペインも緩和の第一歩を踏み出したようで、少しずつ変わってきてるのかなの印象です。最近、東南アジア情勢が、あまり耳に届かなくなってるのが気になります。マレーシア系Youtube(在クアラルンプル)を観るかぎりでは、まだまだロックダウンが続いているようなので、気を揉んでしまっています。


2020年 5月 2日(土)午後 10時 5分

 相変わらずの日が続いていますけど、歌劇場からのオペラ配信を観るようになってから、どうしても、大きな軸になってしまってます。最初、ベルリン国立歌劇場から、配信の知らせをもらったとき、一旦は飛びついたのですが、こちらの配信期間は、僅か1日だけだったもので、さすがに、それに縛られたり、時間切れで、途中から観ることができなくなることが嫌で、観ないつもりだったのですが、高校時代の友人に教えてもらったところからは、多くの歌劇場に飛べるサイトで、実際覗いてみると、配信期間も様々なことが判り、ならば観ることは可能と判断。それからは、スター演出家やスター歌手を求めて、さまよっています。昨日から今日にかけては、ヨーロッパを代表する歌劇場の1つ、チューリヒ歌劇場の配信のお世話になりました。こちらは、5日ほど前に案内をもらい、早速、アクセスしてみると、1本につき配信期間が3日ということで、ラハトな気分で観ることができました。今回観たのは「ナブッコ」。インテンダントのアンドレアス・ホモキと、音楽監督のファビオ・ルイージといった看板の2人がタッグを組んだプロダクション。演出や指揮だけではなく、歌手陣がすごかった。タイトル・ロールは、黄紺が生で聴きたくて仕方のないミヒャエル・フォッレでした。1度、ドイツ滞在を3日ほど延ばせば、フランクフルトでリーダー・アーベントに行けたのですが、さすがに長すぎるとして諦めてから、遭遇機会のない方。ザッカリアは、今や数少ない本当に本当のバス、ザッペンフェルト、知っていたのは、この2人だったのですが、あとの主役3人が素晴らしかったな。記して、記憶に残るようにしたいと思います。(アビガレージ)アンナ・ズミルノーヴァ、(イスマイーレ)ベンヤミン・ベルンハイム、(フェネーナ)ヴェロニカ・シメオニ。皆さん、黄紺が押さえてなかったのが恥ずかしくなるほどの、スーパーな実力者でした。昨夜から観出して、朝、昼とに分けて観たのですが、あとは、それと、ウォーキング&読書で、あっさりと夕闇を迎えてしまいました。
 残念なことがあります。またまたお酒が飲めなくなってしまいました。調子を見ながら、間隔を開けて飲んでみて、これなら大丈夫と思いかけていたのに、呆気なくダメになりました。膵臓でも悪いのかなと思うのですが、昔、膵臓炎で入院の経験があるものですから、かえって否定できてしまうんだよね、こんなやさしいものじゃないって。毎年6月に検診を受けるので、その結果を見ながら、医師と相談することにしましょう。とまあ、去年も、同じこと考えてたなと思い出しています。ずーっと、問題はないのだけど、変な調子なんだなぁ、これが。こないなこと言ってるのって、去年どころではなく、10年、いえいえ20年前、いやもっと前から言ってるんだなぁ。1年の内、空腹感があるのって、何日あるかなぁって思ってしまいます。


2020年 5月 1日(金)午後 10時 7分

 5月に入りました。つい最近まで、さほど気温が上がってなかったのに、ここに来て、急上昇です。もう、ウォーキングついでの、公園での読書も、日陰を選ぶようになってきています。最近は、ウィーンが絡むものばかり読んでいます。 ハプスブルク家あり、近代都市としてのウィーンがあり、留学記あり、はたまた、メッテルニヒ一代記的なものもありで、ウィーンを切り口に、ジャンルを問わず読むというやり方です。そないな読み方をしていると、いろんなところへとジャンプするかのように、関心が拡がるのが魅力です。フランス革命以後のフランスに関心が向いたかと思うと、いろんな国の自由主義運動にも興味が湧いてきます。ドイツものを読むと、どうしても、ユダヤ人のことを外せない気がするのは、極めてノーマルでしょうしと、多彩な関心が生まれ、どこに進んで行こうか、贅沢な悩みとなっています。もう、新たな本を買うと、せっかく断捨離をした意味がなくなるため、とにかく手持ちの本からのピックアップにしています。圧倒的に文学作品を、手持ちでないということに気づき、かなり動揺しています。ほとんど図書館なるものを活用をしたことがないのですが、これからは、頼りにしなければなりません。でないと、また、断捨離をしなければなりません。
 Youtube関係では、フランス系Youtube(在トゥールーズ)がおもしろかったかな。フランスの最新情報を教えてもらうことができたからです。フランスは、5/11から、外出禁止令を解除するそうです。全く自由に外出ではないのですが、100km以上の外に出なければいいっていうのなら、京都から大阪行けるやんと突っ込んでしまいました。死者数が400ほどあるなかでの決断だとか。コロナとともに生きる道を選んだようですが、大丈夫でしょうか。そういった選択は囁かれてはいますが、それを掲げてやろうというのは、リスキーじゃないかなぁ。ヨーロッパは陸続きだから、怖いなぁ。周りの国は、国境を開きにくいでしょうね。気になる実効再生産数は、どうなってるのでしょうね。動画では、その数値には触れておられませんでした。発表されているのか否かも判りません。日本の緊急事態宣言も、1ヶ月延びるようですね。専門家や政治家は、再生産数を見ての判断をしているでしょうから、もう信じるしかないかという気にもなります。でも、欧米に比べて、検査数が少ないなか、この数値に対する信頼度も変わらないか、気になっているところです。今朝のNHKニュースでインタビューに応じられていた山中教授が、検査の技術を持つ者はたくさんいるので、あとは(政治的)判断で、そういった技能を持つ者を有資格者にするだけで、随分と検査の拡大ができると言われていました。「私たちの仕事は、毎日PCR検査をやってるようなものなんですから」と。ニューヨーク州では、薬剤師の資格を持つ人にまで検査をすることを認めましたものね。トルコなんか、昨日の検査件数は、42000を超えてましたよ。このことについて、以前、弟と話したとき、厚労省の縄張り意識がじゃましてると言っておりましたが、果たして、どうなのでしょうか。スウェーデンの試みと、日本のわけのわからない緩さ、果たして、その運命は如何にと言って、他人事だったらいいのですが、そうじゃないもんね。


2020年 4月 30日(木)午後 10時 29分

 今日、またしても、オペラの公演中止の連絡が入りました。この11月に、びわ湖ホールでの上演が予定されていた「セヴィリアの理髪師」です。えらく早手回しの印象を持ったのですが、東京の日生劇場との提携公演でもあるので、そちらの方がダメになったのでしょう。実は、もう今シーズンは全滅でしょうが、秋から始まる来シーズンの公演にも不安を抱え出していたところです。毎年3月には、早いところでは、HP上に、来シーズンの予定を発表し始めるのが、ドイツの歌劇場の常なため、黄紺も、狙いの時期を定め、公演のピックアップ作業をしてはいるのですが、やりながら虚しくもなってきていたのです。これって、公演は再開するかもしれないけど、行っても大丈夫かなの疑心暗鬼の気になってしまってるのです。ワクチンができるまでは、行けたものじゃないよなという囁きも聞こえてきそうです。となると、自分自身の加齢との競争になります。ハンブルクから帰るとき、「これが最後のハンブルク」、いや「これが最後のドイツ」、いやいや「これが最後の外国」という気持ちで出てきたのが、本当になってしまいます。ドイツやトルコに行けなくとも、韓国は行けるだろうなと思っているので、さすがに「最後の外国」だけはないかなと思い、自分を慰めているところです。そんなですから、ドイツでのオペラ紀行、せめて来春ならと、ちょっと日延べをして、新たなピックアップ作業もすることにしました。ま、スケジュールを見るだけでも、オペラ好きにはたまらないものがあるのだけが、今のところの救いかもと思っています。そないなことを考えながらまたしても、普段と同じ時間が過ぎていった一日。DとSに、息子を通じて、「八景島シーパラダイス」のいるかショーの動画のURLを送ったのですが、観てくれたでしょうか。朝のNHKのニュースでやってたので、息子夫婦は気がついてるかと思ったのですが、気がついてなければと思い、送っておきました。少しずつ、Sが解ることが出てきてるので、間近で一緒に観たかったな。Dは、間違いなく大はしゃぎだとは思うのですが。


2020年 4月 30日(木)午前 6時 21分

 GWに入ったようですね。毎日、同じ生活の繰り返しですから、実感が湧いてきません。ましてや、昨日は、最近の土日と違い、人出が少なかったため、余計にGWの実感の乏しい日でした。さすがに、スーパーへの家族連れで行くことが批判されたのが効いたみたいですね。ホントにイマジネーションのない人たちです。いちいち言わないと解らないのかと思うにつけ、トルコ政府の出すガイドライン、指示事項、注意喚起の類いが、とっても具体性のあるものなのが思い出されてしまいます。一昨日も、ガイドラインの第2彈が出されましたが、同じことを書いているところでも、指示が、より細かくというか、この際には丁寧にと言った方が、より適切だと思うのですが、グレードアップしてました。そないな行き届いたものが出されているにも拘わらす、それを守れないのが、人間の悲しい性なのでしょうね。ラマザン始まりに重ねて、4日間の外出禁止明けの月曜日、また、その次の火曜日の報道写真を観て、愕然としちゃいました。パザルの映像を、ヒュリエット紙が掲載していたのですが、全く普通のごった返し、その前の4日間って、何だったのだろうと、びっくりするしかなかったですね。辛抱の足りない人たちです。中国系Youtube(在武漢)で観る緊張感とは、全然違います。そのあとに、偶然覗いたタイ系Youtube(在バンコク)のマーケットを観て、またまた仰天。他のタイ系Youtube(在バンコク)では、ロックアウトされた繁華街の姿を見せてもらってたものですから、余計にびっくり。結局、人間って、同じ生き物ってことのようです。言われないと解らない、言っても、なかなか解らない、解ったのかなぁと思っても、すぐに忘れてしまったり、勝手判断をしてしまう生き物のようです。でも、日本は、まだまだ先が長いようですね。ヨーロッパでは、初めて緩和に踏切ったオーストリアが順調のようです。ドイツ系Youtube(在ベルリン)の方が 、実効再生産数(この語句が正しいようです)から見ての判断として言われていました。オーストリアは、現在、実効再生産数が0.59まで下がっているそうです。これなら、緩和策が、どんどんと進んで行くことでしょう。ドイツは、この1週間ほどは0.9が続いていたのが、昨日になり1,0になり、ちょっと困った数字。一旦、0.7くらいまで行ってから、0.9辺りで推移していたのですがね。やはり、緩和策の議論が出て来るのは、この数字を睨んでのことのようです。ドイツが、正にそうでした。ドイツでは、この数字が、毎日公表されているようですが、日本やトルコでは、この発表が見当たりません。ネット上で探していたら、「公表するように」との呟きを目にしましたから、日本の数字を求めておられる方がおられるということは、出してないということですね。都知事の会見で、都知事と同席した専門家氏が、感染者数の減でも、慎重姿勢を崩さなかったり、政府が緊急事態宣言の延長を臭わせたりしているとき、いつも睨んでるはずの数字がこれのはずです。出すと動揺が走るのかな、そういった数字なのかなと思ったりします。ドイツ系Youtube(在ベルリン)でも、この数字の話が出てきたのは、そろそろ緩和話がといったときでした。Youtuber氏も、そのときになり、初めて、そういったデータがあることをお知りになり、それを、それ以後は紹介されるようになっています。ですから、今のところは、日本では、一般には公表されてないということは、ヤバい状況だと思っておくことが肝要かと考えます。
 この間の楽しみ、Youtubeを通してのオペラの無料観賞、パリの「カルメン」を観ているところです。豪華キャストのプロダクション、でも、主役の3人に、さすがに年齢を感じてしまってます。あのガランチャですら、それを感じないわけではないのですから、ロベルト・アラーニャは分別盛りのおじさんって感じで、ヤンチャ盛りという雰囲気がなくなってしまってるのは、仕方ないことですね、残念なことですが。ガランチャは、年増の女が誘惑って感じが、かえって出てはきているのですが、その誘惑されるロベルト・アラーニャが分別盛りでは、具合が悪い。でも、歌唱でカヴァーは、さすがです。ガランチャなどは、上半身をブラだけになるという、垂涎のお宝シーンが用意されてます。観ている方が、変なおじさんになってしまいました。カリクスト・ビエートのプロダクションが、またおもしろい。この人の作品では最高傑作じゃないかな。尻尾を巻いて帰ってきた3月のオペラ紀行では、この人の「ファルスタッフ」を、マエストリのタイトル・ロールで、ハンブルクで観るはずだったのですぞ。そないな残念感が、このパリのプロダクションを観ていると、ついつい思い出されてしまっています。


2020年 4月 28日(火)午後 11時 5分

 昨日から観始めた世界の歌劇場からの配信、1つ目のモネ劇場からの「カルメル会修道女の対話」が終了。オリヴィエ・ピのプロダクションは、舞台転換に凝ったものが観られ、また、理解するのが難解だったり、舞台以外のスペースも使ったりと、満足度の高いもの。このオペラ、生では1回(アーヘン)しか観たことがないのですが、替わりにDVDは3種類持っているので、それなりに観ているとは思うのですが、今日になり、初めて主役の名前に仕掛けがあるかもと思い始めました。2人の修道院長はよしとして、主役のブランシュ、彼女と仲の良い修道女コンスタンス、唯一生き残るマリー。「白」「安定」「聖母」となりますね。わりと安易な仕掛けのようになりますが、それにすら、今まで気づかなかった、浅はかなものです。次に観るのは、ガランチャがタイトル・ロールを歌う「カルメン」です。パリ・オペラ座の提供映像で、カリクスト・ビエートのプロダクション。ドン・ホセをロベルト・アラーニャ、エスカミリオをアブドラザコフ、ミカエラがマリア・アグレスタという、スーパーなキャスティングです。こんなのを観ーの、Youtubeも観ーので、時間が足りないわぁ。暖かくなってきたので、ウォーキングの途中、公園での読書もいい感じだから、しっかりと時間を確保したいですからね。Youtubeでは、イタリア系の動画で、最近、詳しいデータを出しながら、状況説明をしていただけるようになってきていて、解りやすいものが出てきています。1つは、在ロンバルディアのアルプスにお住まいの方、もう1つは、在ピエモンテの方で、この方は、アメリカ在住で、奥さんの実家、それがピエモンテにあるのですが、事態の急変で、アメリカに戻れなくなった方です。もう1つ、よく観るイタリア系Youtuberの方(在ロンバルディア)って、イタリアに里帰りをしていて、日本に戻れなくなってしまった方。こうしてみると、黄紺も危なかったなぁと、ついつい思ってしまいます。留め置かれるのがトルコなら、ぼんやりと時間待ちをしているでしょうが、ドイツだと、どうしていたでしょうね。そないなことを思ったり、アルプスの村に、何で日本人が住んでるのと、そないなことまで気になってしまうので、おもしろいですね。中国系Youtube(在武漢)では、隔離生活の様子を知るだけではなく、毎日の食卓に上がる料理が気になって仕方ありません。貴重なコロナ情報をいただくだけではなく、いつしか、配信されている方の背景や、コロナそっちのけで、異文化を楽しんでしまっている自分がいます。ところで、今日のウォーキングは控え気味。歩き過ぎると、腰などに負担を感じてしまうことになるので、2万歩超えはほどほどにしておくことにしています。今日で、1万6千歩ちょいくらい。なかなか出来すぎの結果です。


2020年 4月 27日(月)午後 10時 35分

 昨日、新国立劇場が、期日限定で、オペラを、ネット上で公開しているということを知り、早速、福井の高校時代の友人に知らせると、そのお返しに、そういったサイトを、一覧にしたサイトを見つけたと言って、国内外の歌劇場、オケの情報を送ってくれました。その中には、歌劇場自体から案内をいただいておりながら、調べもしてなかった歌劇場も幾つかあったのですが、嬉しかったのは、そうして調べても行きつかない歌劇場が含まれていたこと。その1つに、ブリュッセルのモネ劇場があったので覗いてみると、「カルメル会修道女の対話」が含まれていて、更に詳しく情報集めをすると、最後、1人だけ生き残ることになるマリーを、ソフィー・コッシュが歌っているではないですか! しかも、演出がオリヴィエ・ピとなっていたから、狂喜。ソフィー・コッシュがマリーを歌うDVDは、パリのプロダクションものが出てはいるのですが、それはそれ。ソフィー・コッシュのファンを自認する黄紺には、正にお宝。その他にも、いろいろと見つけていますから、手持ちのDVDで、オペラを楽しむのは、しばらくお休みです。なんせ、期間限定のサービスですから。コロナの副産物となりました。コロナ関連では2つ、メモっておきたいことがあります。1つは、中国系Youtubeを観ていて知った衝撃の事実。毎日観ている、隔離時の武漢市民の日常風景の動画で言っていたことです。知り合いの2人暮らしをしていた人たちが、15日間、外出をしてなかったのに、2人の内1人だけが感染してしまった。外との接触で、2人の間で違ったことがなかったか点検して、唯一、たどり着いたのが、配達を受けた苺だったそうです。1人が食べて(触れて)、もう1人は食べなかった(触れなかった)、この違いだけだったそうです。これは恐ろしい話、いや事実です。恐ろしいと同時に、人間技では防げそうな感じがしなくなりましたね。もう1つは、ずっと穏やかな話題、でも、コロナ絡み。土日には、混みあうため、この土日は避けてしまったスーパーマーケットに、週が明けたからと思い行ってみると、入口に小さな立札が。「入店制限をしています」「かごの数だけお入り下さい」。黄紺が行く幾つかのスーパーで、初めて見た入店制限でした。そんなの、1ヶ月前から、ヨーロッパじゃ当たり前と突っ込みたくもなりますが、ま、ちょっとは、安心して買い物に行けます。反対に、ヨーロッパでは、今頃になり、マスクの義務化を言ってますから、どっちもどっちってところですか。ここまでとは、一切関係のない、もう1つのトピック。久しぶりに、ウォーキングで、1日2万歩を越えてしまいました。そんなにたくさん歩いたかなという印象が残っているってことは、無理して歩いてないってこと、その証拠です。昨日も、ほとんど2万歩という歩数だったということは、快調の証拠です。いずれにせよ、結構なことですが、歩き過ぎると、また、それはそれで具合悪いので、ほどをわきまえて歩かねばなりません。加減ってやつは、なかなか難しいものです。気をつけましょうと、自分にハッパをかけておきます。


2020年 4月 26日(日)午後 9時 21分

 毎日、単調な時間が流れていくだけなので、時間が経つのが、とっても早いという印象。呆気なく、週末を迎えています。ホント、近頃、土日が、確実に判ります。ウォーキングに出かけ、公園で本を読む、これだけで、それが判ってしまう。子どもと遊ぶ親が増えました。散歩するのも増えました。だから、簡単に判るのです。また、密になるスーパーマーケットを、できる限り避けたいので、土日だけは、曜日の感覚をマヒさせてはいけないのです。できるだけ行かないよう、行ってもあっさりと出てくる、空いていそうなスーパーを選ぶ、でないと、異常ですものね。人数を減らしても、行く回数を減らせたとしても、やはり、外食する人、極端に減ってるでしょうしね。黄紺宅には、冷蔵庫がないものだから、ほぼ毎日、買い出しに行かねばならないものですから、ピンチです。そないなことを思いながら、中国系Youtubeの武漢市民の隔離生活を観ていると、まだまだ、こんなでピンチとは言ってられません。3日に1度の買い出し動画は、ホント、決死隊の雰囲気があるからね。幸い、読む本は、たくさんあります。観るDVDも、たくさんあります。観たいYoutubeを、たくさんキープしてあります。だけど、家にいるので、一番辛いのは、座ってる時間が長くなること。脊髄の手術の後遺症で、長く、同じ姿勢で座るのが厳しいからです。ですから、中国やヨーロッパのように、完全都市封鎖になったら、これで、ギヴアップしてしまうでしょうね。そういった意味でも、ウォーキングを分けてできる今は、ぶつくさ言いながらも、耐えることができてるのでしょうね。


2020年 4月 25日(土)午後 10時 10分

 ラマザンが始まりました。テレビでは、コロナと被ってしまったラマザンの様子を報道しているのでしょうか。念のために、イムサクとイフタールの時間を調べてみて、唖然。イスタンブルで、イムサクが午前4時台、イフタールが午後8時を回っていました。この時間帯って、8月にラマザンが来たときと同じやないかと思った途端、夏至から前後させると、4月は8月と変わらないとなっちゃいますね。週末だけではなく、のべつ外出禁止になっている年配の人たちの心のバランスが気になります。日本では、自粛疲れなんて言葉を聞くことがありますが、そないなことで、曖昧な行動を執る人たちに、聞かせなきゃならない状況です。武漢市民が、隔離時の日常を撮った動画も、いいお手本になるはずですが、響かない人には、何を持ってきてもダメかもしれません。トルコは、その辺りを見透かしたように、4/23をうまく活用しました。「国民主権と子供の日100周年」の日というわけで、また、トルコも大変な時期だということで、午後9時を期してのトルコ国歌唱和の呼び掛けをして、それを実行に移しました。市井の人たちが、どれだけバルコニーに姿を出し、また、テレビを観ながら、ないしはラジオをかけながら、大統領と一緒に歌ったかは知りませんが、演出のわざとらしさより、今回は、上手いなぁと思ってしまいました。国歌唱和に先立つ大統領挨拶も短く、一緒に乗り越えようというアピールと、ケマルが期待をかけた未来の担い手に、自分たちも思いを重ねようという主旨が、簡潔明瞭に語られ、余計なことは言わない、これに徹した演出はお見事。そして、歌ったらおしまい。これは、逆に残ります。歌いながら、画面は、多元中継になったのですが、医療関係者が整列をしながらの画面あり~で、彼らへの感謝とリスペクトも表されているもの。それを、ケマル縁の日にやっちゃう、出来すぎです。予告映像では、散々、ケマルを讃えていましたしね。外国の政治家って、やっぱ、パフォーマンスが上手い。エルドーアンもその1人。周りのブレーンがしっかりしてるんでしょうね。こういった演出という心づかいは、今の内務省の細やかな指示に通じるものを感じます。めっちゃ、気がつく。そんなのトルコじゃないよと突っ込みたくなる細やかさです。本当に、市民に感染を拡大させたくないんやと思わせるものがあります。毎日、チェックを入れてる保健省長官のツイッターには、時々、和ませることだけのための画像や映像だけの呟きがアップされます。これも、一連のコンセプトにはまります。そんなのを観ていると、どうしても、比較してしまうのは、いつものこと。無力感だけが残ります。こういった時期は、イデオロギーや普段の立場と関係なく、政治家を初めとして、テレビに出てくるコメンテーターにせよ、誰かれにせよ、コロナに関わる様々な局面で、どのような発言できるかが問われているとのろかなと思っています。要するに、普段は、そないな政党、歯牙にもかけてないけど、その政党の誰はいいけど、同じ政党の誰はダメだと言えるところに来てるかなと思っています。コロナが終息したら、支持するわけがなくても、ことコロナは凄いぞと思わせる政治家、出てきてもいいのにと思います。そういった意味でも、我々は分岐点に立ってるかもしれませんね。


2020年 4月 24日(金)午後 9時 16分

 ベルリン・ドイツ・オペラからも、今季末まで休演の知らせが届きました。ベルリンの2大歌劇場が、こうした措置を出したということは、その他の歌劇場も続くのじゃないかな。一昨日のドイツ系Youtube(在ベルリン)で、ブンデスリーガの再開日が論議されている話をされていましたが、今しがた、トルコの新聞サイトで、韓国が、5/8からシーズンイン(Jリーグと同じ春秋シーズン制なので「再開」ではない)するというニュースを見ました。最初は無観客で始めるそうです。これは明るいニュースです。ミリエット紙には、「感染を制御した韓国」というマンシェットが出ていました。韓国がそう言っても憚れないのは、感染者数の増え方だけではなく、ソウルに蔓延させなかったのが、凄い。テグで、巨大なクラスターを抱えながら、よくぞ踏みとどまる対策を執ったものです。中国の制圧でも言われていることですが、過去の感染症拡大での経験が生きているようです。置いていかれるのは、やはり日本かとなりますね。スーパーの混雑、公園の混雑、自粛要請に応じないパチンコ屋、、、一つ一つ対処していかなければならない。具体的に言わないと解らない人たちが多数だということすら解っていない。それに反して、トルコ内務省は立派。さすがに、最初の外出禁止令のときは、外出が許される人たちを具体的に細かく書いたまでに留まりましたが、2回目、更に、ラマザンが絡む3回目になり、とっても具体的。超エリート(日本のエリートの比じゃない)の内務官僚が考えるにしては、庶民の生活を熟知したうえで書いている。「超」を付けたくなるのは、そこなんだなぁ。最近、人が少なめの公園、混みあう公園は陽が暮れかかってからしか行かなくしているのですが、その公園で気になったこと。普段、見かけないゴミがあること。ひどいのになると、壊れたおもちゃが捨てられてある。明らかに、普段使ってない輩の仕業。群れちゃいけないのが解らない人は、ゴミを出して行くということみたい。そんなだから、普段使っている者がはじかれてしまい、場所か時間をずらさざるをえなくなるんやろね。 Youtubeは、コロナ関連の外国からの発信ものを、主として観る日々です。毎日欠かさず観るようにしている1つは、中国系のそれで、武漢市民の隔離生活を撮ったもの。こういった動画があることを、遅れて知ったものですから、時系列的に押さえようとしています。リアルタイムで観ていたら、ホントに緊張したでしょうね。「この家族、生きのびるだろうか」と思ってしまう内容です。幸か不幸か、遅れて知ったもので、長々と動画が、あとに控えているということは、それだけ、動画に映る家族が生きのびてる証しでもあるので、「無事」を前提に観ることができているのが、観る上では助かっていることです。そんなで、また、明け方に、1日分だけ前に進むことにしています。


2020年 4月 23日(木)午後 10時 2分

 今日は、ドイツから緊急帰国をしたとき、関空からの帰りに乗って以来の電車に乗りました、びっくりしました。あまりにも、乗客の少ないのに。その間、家の近くでウォーキングをして、そのついでにスーパーに行くくらいの黄紺には、驚くべき光景でした。往きの電車や、岡崎から円山公園、清水方向って、ニューヨークの映像と同じでした。見事な都市封鎖の姿を見ることができました。やるところはやってるんや、ほとんど店は開いてない。それに比べて、家の近所、、、情けないわ、ホント。普段と変わらないどころか、増えとるやないか、特に公園とスーパー。で、何のために出かけのかというと、コンサートのチケットの払い戻し。迂闊にも、京都の街中に出ることがあるだろうと勝手判断をして、銀行振込の依頼をしなかったチケットの払い戻し期限が明日だったのが、今日の外出の発端。でも、ホールやチケットカウンターの閉鎖はお知らせをいただいたいたのですが、払い戻しの期限を書いてなかったと思っていて(ホール側は書いておいたと言ってました)、改めて連絡が来ると思っていたところへ、本来の払い戻し期限が明日に迫ったきてしまったのです。仕方がないので、朝、ホールに電話をしたのですが、繋がらないようにしてある。何らかの業務をしている旨をHPに書いているのに、繋がらないようにしてあるのです。もう一つ、文句を書けば、休館に伴う払い戻し期限の延期について、HPには一言も書いてない。ま、主催公演じゃないから、こういうこともあるかと思い、マネージメント会社にリンクが貼ってあったのでしょうが、そちらに行くと、こちらはこちらで、ホールの払い戻し要領が、ホールの休館には対応してなくて、休演前のままという無責任な表記。これでは埒が開かないので、マネージメント会社に電話をすると、運よく繋がった。が、ホールで買ったチケットは、ホール側が払い戻しも担当するので、判らないと、無責任な回答。ただ、状況が飲み込めたようで、少なくとも、困っている人間がいる、その責任の一端が自分らの方にあるのは解ったみたいで、何とかしてホール側と接触し、回答するというお言葉。そのあと、変な電話がかかってきたので、まだ、この時点では80%ほどの理解だったと思うのですが、ホール側と連絡をつけ、ホールですぐにでも払い戻しが可ということだったので、不要不急ではないので、出かけたというわけでした。すると、ホールの人曰く、「5月いっぱいに延ばしたのですよ」、あれれれ、、、。おかげで、街に出かけられました。自粛中の都会の風景を見ることになりました。で、やったらやれると思ってしまったのでした。チケットの払い戻しの件で、もう一つ、出て行かねばならないことが起こるかもしれません。実は、今日、もう1枚、持って行くはずだったのですが、チケットが不明になってしまってたのでした。完全になくしたと思いました。同じときに買ったチケットは、しっかりとキープできているのに、同じフォルダに入れてあったチケットが消えていたわけですから、なくしたと思っても間違いはありません。今日行ったホールと同系列のホールだったので、黄紺の記憶違いで、銀行振込にしてもらうために、チケットを送ったかどうかのチェックまでしてもらったのですが、やはりない。完全に諦めていたところ、家に帰った途端、閃きました。もっと早く閃かねばなりませんでした。ホント、急に閃いたのです。ありました。銀行振込にしっかりもらおうと作成した用紙に挟まれてました。ドイツに行く前に送ろうとしたのですが、受付日が、ドイツに行ってからしばらくしてからだったものですから、そのための封筒に入れて、しまったときは、忘れてはいけない大事なところに置いてありました。でも、払い戻し期限は切れてました。でも、払い戻し期限以前に、休館措置が執られたので、払い戻しができる可能性は、かなり高いと信じています。こうした変化があると、一日が楽しいですね。でも、外はびびりながらです。びびりながらでも、やっぱ、外はいいですね。


2020年 4月 22日(水)午後 11時 4分

 今しがた、メールをチェックすると、ついに来るべきものが来てしまいました。ベルリン国立歌劇場からのメールだったのですが、内容は、今シーズンは、全てキャンセルするというものでした。5/3まで、接触制限の延長を発表したあと、一部歌劇場から、休演の延長連絡が入っていたのですが、それとて、延長期間終了までの措置についてのものだったのですが、一方で、緩和策についての発表では、オペラのような多人数が集まることは、まだまだ先にならないとダメと言っていたはずと思ってたところに入った第一弾となりました。ま、予想されていたこととは言え、実際に、こういったメールをもらうと、寂しいものがあります。恐らく、他の歌劇場も、このベルリンの決定と同じ判断をするものと考えています。そのドイツですが、オクトーバーフェスト中止の情報が、既に入っていました。ですから、オペラは仕方ないですね。ドイツ系Youtube(在ベルリン)では、やはり気になる基本再生産数に関して、かなり突っ込んだ話をしてくれていました。ドイツは検査数が多いことで知られていますわね。日本とは、全然違う考え方で臨んでいるわけですが、数が多いからと言って、誰かれとなくやってるわけではなく、明確な基準を設けています。一定、コロナに繋がるかもしれない症状が出ていて、それに、感染を想起させそうな条件(中国などの滞在経験とか)を持っている場合となっているそうです。日本と、検査に関して、さして大きな開きがあるとも思えないのですが、検査体制が違うのでしょうね。こないだ話した弟は、この点を厳しく批判してました。もちろん、日本をですよ。その前提はさておき、気になるのは基本再生産数の推移です。ところが、これが、思いの外、下がっていません。3月下旬には1付近になっていたようで、それ以後、わりかし時間が経っているにも拘わらず、1は切っても、さほど下がっていないのが現状で、それは、検査数の更なる拡大とか、高齢者の入る介護施設や病院で感染者が増えたりということが、その原因と考えられるそうです。こういった風に、とっても客観的にデータに基づく対応を、きっちりと遂行してきたドイツで、今頃になりマスクの義務化が叫ばれ出しています。ポーランド系Youtube(在ワルシャワ)でも、ポーランドでの同様の対応が話されていました。マスクに関する捉え方の違いを文化論でするのもいいのですが、コロナ対策という観点からだとなりふり構わずといったスタンスからすると、そういった流れに嵌まらないのです。一方、アジアの動きとしては、マレーシア系Youtube(在クアラルンプル)から伝えてもらえた、封鎖の実態は、かなり厳しいもの。封鎖になってから動画をアップされていたときの様子からは想像できなかったものでした。車には1人しか乗ってはいけないとか、自宅周辺の散歩も禁止、スーパーマーケットへの入店時に体温測定、、、これは、なかなかのものです。イタリア並み、いや、イタリアでもやってない厳しさかもしれません。モッパンが売り物の韓国系Youtube(在ソウル)は興味津々。だって、韓国は、都市封鎖をしないで、この事態をクリアしそうなんですから。こちらの動画では、感染者の追跡、徹底管理には触れずに、市民の意識レベルの高さ、実行力を強調されていました。確かに、今の日本に対しては、一番、突き刺さるポイントですものね。結局は、日本に戻ってきてしまいました。で、明日からラマザンです。


2020年 4月 21日(火)午後 9時 52分

 こういうのを、自粛疲れというのでしょうか、土日の人出に驚かせられ、平日に戻ると、開店直後のスーパーに年寄りが殺到するのさえ避ければ、慣れてしまった程度の密になってるでしょうか、変化のない、知らない間に一日が過ぎてしまう、平々凡々たる時間のように感じてしまっています。当たり前ではないのに、当たり前のように感じ出してしまってるのですね。トルコでは、23日からラマザンが始まるのに合わせて、ここ2週間の週末出された外出禁止令が、ラマザン初日の木曜日から連続4日間になりました。こういった情報を得ることで、黄紺的自粛疲れらしきものから、我に返っています。そういったなか、今日、息子が嬉しいことをしてくれました。やり方は知らないのですが、Youtubeを仲間内限定で使えるように設定できるそうで、その特別なチャンネルに、DとSの近況を知らせる映像を乗せてくれました。Dは、マンションの駐車場を使い、自転車に乗っている姿を見せてくれました。Sも、まだ見たことのなかったつかまり立ちのポーズを見せてくれてました。Youtubeなり、テレビ電話なりを使えば、結構な埋め合わせができるものです。おかげで、かなりほっこりすることができました。早速、チャンネル登録をしてリマインダー設定をしておきました。
 ポーランド系Youtubeを見ていると、足早に適切な措置を執ってきたポーランドでも、4/20から緩和の第一歩が踏み出されたようです。イタリアが緩和の模索と聞いたときは、政治的措置じゃないかなと思ってしまいますが、ポーランドでは、そういったところに頭が行かないですね。政府の施策っていうのは、やはり、そんなであって欲しいなと思ってしまいました。もう1つ、印象に残った動画は、スペイン系Youtube(在バルセロナ)。小学生相手のネット授業は、ホント、大変。前に観たときも、そう思い、今回、新しい動画を観たときも、一層、思ってしまいました。もしテレワークをしながら、子どもたちのネット授業があると、それは殺人的かもしれませんね。でも、子どもって、観ているだけでおもしろい。こちらの双子ちゃんが、どうしても「3/4」の意味が解らないのとか、毎日観ている中国系Youtube(在武漢)の一人息子が、お手伝いをしたがるのだけど、上手くできないのとか、そうそう、今日、息子の作った動画では、Dが、黄紺と家内の似顔絵を描いてくれてましたが、わけわかんない。でも、そんなのを描こうと言うのが嬉しい。でも、黄紺には脚がなかったのに、家内のにはあった、、、これが、おもしろいというか、悔しい。トピックは、bu kadar です。小さい!


2020年 4月 20日(月)午後 10時 28分

 昨日、スーパーマーケットの混雑ぶりをぼやいていて、そのあと、報道写真に映った吉祥寺の姿で、もうダメやね、この国。名古屋の大須もそうだったと、これも画像を観ました。そないなものを見ていたあと、今日も、オペラ公演の中止の連絡が入りました。2つのことが、直接結び付くわけではないのですが、この先、いつまで経っても、日本だけが取り残されていくように思えてくるからです。オペラやコンサート、落語会などが再開できないということは、いつまでも、自粛要請が続くということになると、日本、もうダメってことになっちゃう。爆発していて、感染者の把握をしてないものだから、いつまで経っても、日本だけは終わらない。その内に、世界の関心は、途上国の爆発に移って行くのでしょうね。
 基本再生産数という語句、アメリカ系Youtube(在ニユーヨーク)でも取り上げていました。そこで知ったデータで、新たな情報を掴みました。こういった知らない世界を把握するためには、情報の蓄積って大切です。武漢が「2.0~3.0」だったようで、ニユーヨークのピーク時が「1.4~1.8」、現在のニユーヨークが「0.90」ということで、緩和策の検討が行われているということになるそうです。緩和策が、ニューヨークでも話題になっているということで驚いていたのですが、しっかりと裏が取れたことになります。散々な状態が伝えられていたニユーヨークで、こういった快復方向に進んでいるということは、正にロックダウンの効果があったということになります。となると、そのようにならない日本に不安ばかりが増幅するばかりです。最近、Youtubeを観るときって、コロナ最優先になってしまってます。でも、残念なのは、対策がうまく行っているという韓国のコロナ関連の動画を、ほぼ見つけられていないのが、とっても残念な気がしています。韓国系Youtubeは、桁違いに多いので、見つけられてないだけかもしれないのですが。おかげで、普段観ている動画はご無沙汰気味。コロナ関係が濃いものですから、お腹いっぱいになってしまうからでしょうね。そんなで、あとは普段通りの一日。雨が止んだおかげで、たっぷり気味にウォーキングをすることができたと思います。


2020年 4月 19日(日)午後 10時 38分

 基本再生産数(英: basic reproduction number、独:Basisreproduktionszahl)という、疫学で使われる語句を、耳にするようになってきています。「1人の感染者が次に何人に感染させたか」という数字だそうです。昨日、弟と話していたときにも出てきていた語句で、弟が言うには、日本は、なかなか、この数字を出さないとなるのですが、そのわけが、毎日観ているドイツ系Youtube(在ベルリン)で判りました。実は、こちらのYoutuber氏も、初めて使う、初めて知った語句だということで、なぜかということまで話しておられました。ピークを迎えたあとの変化を見るのに、判りやすいデータだからだというわけです。確かに、感染の爆発を示すときに、よく使われるのが「倍になるのに何日かかったか」という数値。確かに、爆発を体感できそうなデータです。その爆発の勢いを知る必要がなくなったときに必要なデータというわけです。その話題が語られ出したドイツというのは、正にピークを過ぎてきているからであり、この数値の推移を見ながら、緩和に向けた政策について語られているようですね。実は、こうしたデータがあり、かなり有効なデータだと教えていただいた最初は、スペイン系Youtube(在バルセロナ)ででした。そこで言われていたデータ解説的なものでは、ピーク時のヨーロッパ平均が「3」だそうです。スペインが「4」だったために、目立った爆発を起こしたということになります。ちなみに、4/10のドイツで「1.1」、4/16のドイツで「0.7」だそうです。「1」が「横ばい」ということにですので、間違いなく下降線を辿っています。、翻って、日本はどうか、「倍倍数字」を、よく耳にするようになってきています。今日などは、Yahooニュースを見ていると、都道府県別に「倍になった日数」比較表が出されていました。これって、言い換えると、どこが、一番えぐい爆発を起こしているかということですから、とんでもなく要注意のデータですが、日本は、「爆発中」ということを示していることになるということですね。基本再生産数が、どのようになっているか知りたいですが、どこかにあるかを知りたい、なければ、出せる方法を知りたいのですが。頑張っ探してみましょう。そして、トルコなんですが、データが少ないという印象を拭えないのですが、この土日の外出禁止令を前にして、保健省長官が、かなり細かな発表をしたのですが、この基本再生産数を算出するための基礎データじゃないかなと思える数値を出していたのですが、それに基づき出した基本再生産数って、高いんですよ。当たってない可能性が、かなり高いので、その数字を書くのはやめておきますが、黄紺の心の隅にだけ掛けておきます。でも、快復者数が増えてきていることから、日々の感染者数の増え具合は、第5週から確実に伸びが抑制されてきていることから、ピークを頭抜けて早く迎えた国になるかもしれません。ですから、トルコの感染者数がイランを越えたという報道は、フェイクではないですが、実態を見てない、丁寧さに欠けるものです。元来、トルコを、ドイツと同じスタンスで臨んでいる国だという認識すら持たない報道ですね。コロナ問題が発生した当初、アジアの病気だなんて言われていた頃に感染者を出したアジアの国々の中で、未だにもたついているのって、日本だけじゃないのかなぁ。中国や韓国は、自分たちのモデルを作ったり、黄紺的には、ひどい目に遭わされた感が残りますが、シンガポールは封じ込めに成功し、台湾に至っては、新たな感染者ゼロが続いているとか。それに比べると、鬱陶しい国です、ホント。


2020年 4月 19日(日)午前 6時 34分

 テレビでは、繁華街から人が消えている様子が映し出されていますが、黄紺の周りでは、そんなに変わったとは思えない風景が続いています。かえって、スーパーなんかは、混みあっているのではとの印象。毎日、噺家さんや上方落語ファンの方のツイッターを眺めるのが日課になっていますが、時節柄、どうしても、コロナ絡みのツイッターや、また、リツイートが多いものだから、ついつい様々な関連ものを目にしてしまうのですが、その中に、スーパーのレジで働く人の呟きを目にし、共感するとともに、同情を禁じ得ませんでした。家族連れが多いというんですね、子どもが走り回っている、ソーシャル・ディスタンスを取るように書かれた仕切りなど、守ってられないほど混むものだから、怖くて仕方がないという内容です。これが、幾つも連なってる。そして、黄紺の周りでも、正に、それが起こっています。緊急事態宣言が出され、日が進むにつれ、スーパーの混み方がひどくなっていて、スーパーに行くのが、正直、怖い。ある人の呟き、「自宅にいるのも疲れたから、皆でスーパーに行くか」と言って来た人を知っていると。恐らく、そうなんでしょうね。混み合う公園を気にしてる間に、とんでもないことになってます。 ロックダウンして、警察が取り締まり、罰金刑に課せられるまで、解らないみたいです。いや、インドのように、警棒でしばかなダメなんでしょうか。夕方のウォーキングがてら、ドイツから帰国、ちょうど1ヶ月ということで、弟の家に行ってみました。知り合いに会ったのは、帰国後初めてです。ちょっとした手土産を持ってです、ま、1ヶ月放置してあったので、さすがウイルスも、寿命が尽きてるはずですからね。当然、弟とは、コロナに関するぼやき合い。ここに至る日本の現状の分析では一致していました。中国や韓国に対する評価も一致してたということは、先の日本の現状分析では、ひどい、惨憺たるものとなります。考え方をシェアして、お互いに納得しえたとして、この先、こないなところで生きていくことに希望ができるわけでもなく、なんとも鬱屈気分だけが残っただけでした。帰り道、嫌が応にも寄らねばならないスーパーで目にしたのは、買い物をにこやかに楽しむ母娘連れ、若いカップル、老夫婦、、、相変わらず、でした。お前ら、一人で来いよ、こないなときに複数で来るって、頭のなか、虫がわいている、黄紺には、そうとしか思えなかったなぁ。
 一方、ヨーロッパでは、1つの区切りという感じになっていた復活祭休暇明けの4/19が近づいてきたからでしょうか、緩和の方向を模索しようという動きが活発化してきています。外出制限が5/3まで延びたことを受け、一昨日、早速、ベルリン・ドイツ・オペラからメールが届きました。5/3までは休演とするというものでした。5/3という日で合っているというのが、なんとも不思議。5/4から外出制限が解かれ、オペラ興行も可と出れば、すぐにでも始めるつもり? でも、外出制限が解かれても、すぐにはオペラはできないだろうし、また、公演自体もできるとは思えないので、何とも不思議な時間の切り方でした。爆発的感染が出たスペインでも緩和が検討され始めています。スペイン系Youtube(在バルセロナ)で知ることができました。このスペイン系Youtubeだけではなく、マレーシア系Youtube(在クアラルンプル)で、奇しくも似た内容を取り上げられていました。インターネットを通じてのお勉強。片方が、幼稚園からの配信、もう1つが小学生対象だったから、もう付き添いの親御さんは大変。画面を通じて入る先生の指示を、子どもに聴かせねばならない、ときには先生の補佐役、また、子どもの協力者になり、一緒に考えたり、活動を一緒にしなければならない、これは大変。親はテレワーク、子どもはネット授業、この並立って、きついやろ、厳しいやろと思ってしまいました。そんなに、あっさりと片付けなくとも思うのですが、かなりムズい話じゃなかろうかな?


2020年 4月 17日(金)午後 9時 45分

 同じことの繰り返しだと、曜日感覚が消えていきます。辛うじて、ゴミを出す日で忘れないでおれる、そういった毎日です。今日は、一般的ゴミを出せる日だから、金曜日、間違いありません。最近、平日の午前中、ウォーキングをしていて感じ出しているのは、そういった時間帯に、小さな子ども連れの爺さん婆さんだけではなく、若いお父さんやお母さん。存外、お父さんがいる。息子は、4月からは、子どもを保育園に預けてないのですが、その保育園も、来週からは休園になるそうです。違う自治体なので、黄紺の周りで、そうした傾向が進むかは判りませんが、確実に、テレワークが進んでいるということでしょうか。昨日も、息子と電話で話してたのですが、テレワークに必要な、PC付属部品が品薄、値段の高騰を喫しているとか。実は、先日、テレビ電話をしたとき、黄紺のPCが音を拾わなかったため、マイクを買わねばという話をしていたときに聞いた話でした。で、そんなで、直に量販店に行った方が賢いかもという話になったため、早速、今日、ウォーキングがてら行ってみました。早い話が、ちょっとでも早く、DやSを見たいというだけのことなのですが、それが、あっさりと買えました。買えたのはいいのですが、実際、そのマイクを使い、テレビ電話をしてもマイクが役立たず。恐らく接続の仕方なんかでミスってるのか、むしろ、聞こえていた息子からの声もダメになってるので、息子の機転で、違うアプリを使うと、正常に作動。でも、買ってきた新しいマイクを接続しないで、作動。ということは、PC内臓のマイクは生きていた、ただ、前回まで使ったアプリだと、黄紺の声を拾ってくれなかっただけということが判った次第。そないなやり取りをして、正常に作動したタイミングで、Dが、昼寝からお目覚め。テレビ電話は、いいわぁ。顔も見れる、声も聞ける、言うことなしです、ほんま。ところで、ドイツでは、規制緩和に向けたガイドラインの第1弾が発表されました。即刻ではありませんが、項目立てとして、学校の一部再開なんかも入っていましたが、オペラやコンサートは、まだまだ先のようですね。5月中旬以後に予定していたオペラ紀行のキャンセル作業も、ぼちぼちとやり始めねばなりませんが、今さら急いでみても仕方がなかろうと、先送りにしています。でも、ドイツの緩和に向けた第一歩を見ていて思います。確かに、傾向としては、ピークを過ぎ下降線に向かってはいるのですが、感染者の実数を見ていると、この第一歩が恐ろしく見えてしまいました。一方で、ピークが見えたかという談話を出したのが、トルコ保健省。しかも、他国と違い、短期間でピークを迎えたとの見解を出したのはいいですが、予断を許さないのじゃないかな。そのトルコは、金曜日深夜から、2回目となる週末の都市(31)封鎖です。


2020年 4月 16日(木)午後 9時 42分

 同じことの繰り返しの毎日。今日も、特段、変化はなかったのですが、ただ、心配していた酒の呑みすぎで、どうも、お腹の具合がおかしい。量的には、多くは呑めないのですが、自分的適量は、少なくとも越えていた。痛むはずのない胆嚢辺りが重いのは、いつもながらのことだけど、食欲がなさすぎる。ウォーキングをすると、少しは出ていた食欲も、今は出てこない。そして、やばいと思うのは、いつも、お腹の変調。もう、帰ってきてから、4週間も経ってしまってますが、このドイツ旅行の後半は、バスを使った移動を、多く予定していたので、バスに乗る前日は、酒を慎むことにしている黄紺は、ここで、ある程度の酒断ちをできると踏んでいたところ、その期間に入るまでもなく、緊急帰国となったため、この間、全く酒断ちの期間を設けてこなかったツケが、ここに来て出てるのだと思います。ですから、昨日あたりから、様子を見ながら呑むことに、方針転換。うまく行かなければ、しばらくは、お酒のない生活ですね。こないな時期に、そうなると、ますます苦しくなっちゃいますね。コロナ関連では、最近、情報に遠ざかっていたフランスに関してのものを、在トゥールーズのYoutuber氏が配信されていました。ヨーロッパの各国が、緩和に向けた様子眺めの時期に入っては来ているなか、フランスは、まだまだ厳しいグループに入ってますね。外出禁止期間も延長され、学校の再開は9月になるかもという話も出てきているとか。学年初めが、日本と違いますから、これって現実的かもと思ってしまいました。気持ちが一段落をしてから追いかけ出したトルコですが、感染者第1号患者が出てから、第4週でピークを迎えた模様という発表があったのですが、実数の大きさが気になるところ。その発表の翌日には、人間の傲慢な認識を否定するかのように、新たな感染者の数がはね上がっていました。政府は、国民に不安を与えるようなことをしてはいけないのは言うまでもないですが、変に楽観視させるのも、どうかと思えます、この2日の展開は。先ほどのフランス系Youtubeで、映画館やコンサートの再開は7月中旬になるのではと言っておられました。日本では、どうなんでしょうね。すっかり干上がってしまった落語界。噺家さんや、上方落語協会、米朝事務所のようなプロダクションが、様々な試みを展開しています。やはり、昨日書いた教育の現場だけでなく、様々な分野で、コロナ以前と以後で、変わりそうな予感がします。その変化の時代に思春期を送った人たちを、「コロナ世代」と呼んだりして、、、。中国系Youtubeで流れる武漢市民の日常動画、明け方に、最新動画を、大元で観てみました。ロックダウン時同様に、食卓で対峙する若い夫婦。そこに流れる空気を感じさせてくれるもの。それを共有できるだけで、彼らも、自分も、誰それさんも、生きていることを共感させられます。素敵な動画を、こないな時期に、いや、こないな時期だったからこそ、いっぱい知ることができました。これは、感謝する値打ちのあることですよね?


2020年 4月 15日(水)午後 8時 56分

 いつに変わりのない一日。ドイツから帰ってきて、早くも4週間が過ぎました。2週間の自主的自宅待機期間が終わっても、それと、全く同じ2週間が過ぎてしまいました。落語や講談に対する枯渇感も尽き果て、もう求めることまで忘れてしまったようです。日々の習慣というよりか、もう惰性的に、噺家さんのツイッターだけは追いかけてはいますが、それとて、落語会のキャンセル情報も尽きてしまってきてます。いつ果てることもなさそうな日々ですものね。毎日観ている中国系Youtube(在武漢の方の日本語字幕付)で、ロックダウン10日目辺りでは、ロックダウンは2週間ほどで、地元市民の方たちは終わるものと思っているんですね。10日目辺りで、かなり疲労が見えますから、ロックダウン継続のときの衝撃は計り知れないものがあると思えます。その武漢市民の動画は、日本語字幕なしだと、ほぼリアルタイムで観ることができます。ちらっとだけ覗いてみると、動画に映る空気感が違いました。明るい。在重慶の方の動画も、そうですものね。日本で鬱屈した気分になっていると、ホント、そういった動画を観ると、贅沢ですね。その一方で、日本、大丈夫かと思ってしまう。そのいずれかの動画で観た、突貫工事での病院建設の姿を、イスタンブルのアタテュルク空港で見ました。もちろん、報道写真でですが。昨日のトルコ保健省長官の会見で、「ピークを過ぎようとしている」と言ったようですが、数だけを見ると、凄まじいものがあります。安心させたい気持ちが解る一方、トルコ人が、あっさりと、社会的規制を忘れないか、心配になってしまいます。ドイツ系Youtube(在ベルリン)を観ていると、ドイツは凄いなと、ついつい思ってしまいます。フェイクも、多数流れているかもしれませんが、情報の多様さ、それを拡散し受けとる態勢、内容のクォリティが半端じゃないなの印象でした。中でも、コロナ以後の社会を考えるというレポートの紹介が、なかなか気になるもの。教育現場への提言として、これまでの授業への回帰を優先すべきでないというものは、考え方として、目から鱗。この発想って、教育だけじゃないよと思うと、変にわくわくしちゃいました。世の中が変わりそうという予感です。とっても知的な追求に、こちらの動画、毎日、アクセスしてしまってる黄紺です。その動画の最後で、ウサイン・ボルトのインスタグラムを紹介されていました。彼のツイッターでも、同じ内容で出ています。「ソーシャル・ディスタンス」ではなく、「ソーシャル・ディスタンシング」と題し、我々のよく知る画像が貼り付けられていました。めっちゃ、おしゃれです。「ディスタンス」ではなく、「ディスタンシング」という造語を使っているのが、ミソです。もう、この鬱陶しい気分を、瞬間的にも、スカッとしてくれました。


2020年 4月 14日(火)午後 10時 21分

 ようやく雨が上がりました。まる2日間、閉じこもりがちの生活。黄紺にとっては、脊髄の手術の後遺症があるものだから、家に、じっとして座ってるのが、なかなか辛いものがあります。そういった意味でも、日々のウォーキングって、大切なのです。ウォーキングがてら、人の少ない公園で、休憩をとりながら読書をするという日常が戻りました。でも、その公園も、人が群がる公園ができたり、一つの公園でも、そのレイアウトにより、好き嫌いができますから、全体として眺めると、人の数は多いとは言えなくとも、一部のゾーンだけを見ると、群がっていると言わざるをえないところができています。ついこないだまで、そこは、俺のポジションだったはずのスポットが、最早、俺のものではなくなってしまった公園も出てきているのが、悲しいね。ま、子どもが群れているのはいいことのはずですが、フランスなどは、現在、公園も封鎖してますよね、群れると危険だということで。中国系Youtube(在重慶)を観ていると、封鎖解除前、解除直後、そして今を比べて、同じ公園の動画を見せてくれていました。その中の「今」の公園の動画に映る光景が、黄紺が、やばいと思い、ウォーキングのコースから外した公園のそれにそっくりです。やはり、日本はゆるゆる。夕方、ウォーキングをしていると、カバンを背負った子どもたちが、幾つかのグループで、相次いで、同じ方向に向かい歩いて行くので知ったのですが、塾って、やってるんですね。学校が休校で、塾通いや公園に群れる子どもたち、何か変な風景です。そないなことに突っ込みは入れながらも、徐々に過敏になっている自分に気がついてきています。人とすれ違いそうになると、道の反対側に渡ってしまったり、スーパーを出るときには、消毒ジェルがあると、使うようになっていたりしています。毎日更新されるので、こちらも、毎日観てしまっているドイツ系Youtube(在ベルリン)が、コロナ・データを発信されてから、丁度1ヶ月になるというので、この1ヶ月間を振り返っておられました。3/13開始でしたから、黄紺がドルトムントに居たときです。まだ、本当に何が起こっているか、判ってなかったと言える時期です。既に、ポーランド側から、ドイツとの国境封鎖は発表されていたにも拘わらず、事の重大さを認識できてなかったなんて、今から考えると信じがたいことですが、実際、そうでしたね。前にも書いたことがありますが、今回の問題で、どこで、事の重大さを、正確に認識できたかは、各自が検証する必要があると思っています。それとともに、人間の知とのせめぎ合いにまで至っているかを検証する必要があるかもと思っています。そうした検証ができるまでは生きていたいなと思っているところです。結構な頭の体操になりそうですものね。


2020年 4月 13日(月)午後 9時 37分

 今日も雨。ただでも、鬱陶しい日々なのに、やたらしつこく降る雨に、ずっと腹を立てています。フランスのように、昼間の外出禁止令が出たり、トルコの週末2日限定の外出禁止令が出ておれば、諦めもつくのでしょうが、やたら降り続ける雨に、無性に腹を立てている黄紺なのです。だから、午前中のウォーキングは諦め、ようやく小降りになった夕方になり、傘をさしながらのウォーキングを敢行。最後は、傘をたたんで歩くことができるようになりました。でも、雨のおかげで、夕方の買い物どき、帰宅時間だったにも拘わらず、街を歩く人が、えらく少ないと感じてしまいました。だったら、この際、雨の方がいいやと、あっさり、前言撤回です。家に長くいると、座っている時間が長いため、黄紺的には、とっても困ってしまいます。脊髄の手術をしているため、長く座ってられないため、ストレスが溜まってしまうのです。でも、今日のような天気だと、どうしようもない。そんなで観ていたYoutubeの中で拾い上げたトピックをメモしておきます。イタリア系Youtube(在ロンバルディア)を観ていて知った情報、イタリアの学校は、9月まで休校だそうです。日本は、どうなるのでしょうか。感染者数により、新学期から始まっている地域と、休校が続く地域とのギャップなんて問題も出てきているはずだし、これは、昨日、息子とテレビ電話をしながら話していて知ったのですが、新年度が、新しい学習指導要領の本格的な実施の初年度に当たるということです。ま、そういった報道を耳にしたということなのでしょうが、学校は学校で大変ですねじゃなくて、こういうときこそ、文科省の動きが気になってしまいますね。先ほど上げた在ロンバルディアのYoutuber氏、同じイタリア人として、イタリア人気質が、なかなか規制にそぐわないというお話をされていました。そのお話がインプットされたなか、違ったイタリア系Youtube(在ヴェネチア)の買い出しレポートの動画を観ていて、スーパーマーケット前に、指定された間隔を開けて並ぶイタリア人の姿に感動。おまけに、スーパーマーケットに入るには、マスクと手袋着用義務があるとか。ま、着けてないと、入口にいるポリスに入れてもらえないから、これまた、きっちりと守られていた。このマスクでは、ポーランド系Youtubeで、おもしろい動画がありました。かなり徹底した制限を、足早に実行に移していたと思ってたポーランドで、この時期にマスク着用が奨励されているというのです。他の規制に比べると、明らかにずれて、でも、やり出すと徹底するポーランドらしく、マスク着用義務となるそうです。ということは、ヨーロッパでの、マスクに対する感性というのが、あまりにも日本でのそれと違うのに、驚くばかりです。トルコは、週明けになり、31都市に対する外出禁止令が解かれたわけですが、今後、これを続けるかについては、内務省は、今のところ、何も言ってないそうです。マスコミからの問い合わせにすら、回答を示していないということです。正直言って、トルコが日本と似てるなという印象です。両者ともに、バタバタ感があるからです。さて、今後は、どうなるのでしょうか、今まで、人類を築いてきた知で対応しようとすれば、人類自体の首を絞めかねないことが起こっているように思います。そないな意味でも、軽率なことは止めてもらいたいのですが、それとても、人なんですがね。


2020年 4月 12日(日)午後 9時 56分

 今日は、雨の一日。天気予報では、昼頃から雨の予報だったと思うのですが、もうウォーキングに出かけよかとしたら、雨。小降りだったので、傘をさしながらのウォーキング。途中、ほんの僅かだけ止んだので、公園のベンチに腰掛けて本でも読もうとしたら、ものの2分もしない内に、また、雨。結局、その後の方が、雨足が強く、足元を、かなり濡らしながらも、1時間、ウォーキングを完了。さすが、雨足は衰えるということはなかったので、今日は、ウォーキングは1回だけ。でも、今日は、1回でもできただけで、ラッキーでしたね。そないな、雨の日曜日でしたが、息子が嬉しいことをしてくれました。まだ試みたことのなかったテレビ電話で、久しぶりに、DやSの顔を見れたこと。最初、スマホで試みて、失敗。でも、PCで試みて、成功。でも、黄紺のPCのマイクが変調をきたしているようで、音声は、電話でのやり取り。相変わらず明るいDは落ち着きがないのが、ご愛嬌。Sは、かなり大きく、しっかりしてきました。電車に乗り、この2人に会いに行くのは、やりたくないので、しばらくは、こうして、2人の成長を眺めることになりそうです。ところで、トルコで、都市封鎖をしている31の都市で、週末限定での、全面外出禁止に踏み切りました。感染者の増加率を、前日比で見ると、むしろ小さくなってはきているのですが、母数が大きいため、増加数だけを見てると、恐るべしとしか言いようのないもの。ただ、準備はしていただろうに、発表の仕方に問題があるのでしょうね、パニックが起こりました。日本でも、自粛を求めただけで、スーパーに列。高齢者が、その責を問われてましたが、同様のことが、トルコで起こってました。これとても、世界のどこを探しても、感染を防ぐ目的で飢え死にさせるなんてことはしてないし、できるわけない、そうは思えないんですね。トルコ人は列を作るので、きっちりと列を作り、パン屋、スーパーの前に並ぶ画像に、何とも言えない気分になりました。でも、パン屋は開けてるって言うけど、パン屋は、どのようにして、開けていいか知るのだろうとは思ってしまいましたし、パン屋というのは、ここで、トルコ語で「フルン」という語句の訳語に当てているのですが、自分ところで竈を持ち、パンを焼いているところですが、大きな町だと、必ずしも、フルンでパンを買ってるわけではないはずです。スーパーで買ったり、街中のスタンドで買ったりしているのですが、ミグロスやショック、BIMなどは、外出禁止期間は閉めると、各紙のまとめでは出てましたし、ましてや、街中のスタンドが開けてるとは思えないので、パニックるのも、解らないわけではないですね。ソーシャル・ディスタンスを2mというトルコで、長蛇の列、やっぱ、違和感あったなぁ。トルコらしいと言えば、そうなのかもしれないですが、普段、ありえないマスクを配布するデリカシーが、この発表には生きてはいませんでした。デリカシーを使い果たしたのかもしれません。その一方で、トルコ・サッカーの再開が、5月だの、6月だのと出ています。この長閑さがたまりません。


2020年 4月 11日(土)午後 9時 28分

 せっかく暖かくなってきたなと思っていたら、呆気なく逆戻り。昨日も、今日も冷えます。まだ、今日は、風が吹いてなかったので、少しは助かりましたが、厚着をせざるを得ませんでした。そないななか、ドイツ系Youtube(在ベルリン)を観ていて、ホッとさせてもらえた情報を観ることができました。配信されている方も、興奮気味に話されていましたが、客足が遠退きピンチに陥っている店や居酒屋、レストランが連係して作ったウェブサイトの紹介だったのですが、今、クーポンを買ってもらい、再開したときに使ってもらおうというアイデアで作られているのです。このお金とものとの交換を、時間をずらしてやっちゃおうというアイデア、黄紺も、「オーっ」と声を上げてしまいました。これが拡がると、お金の入ってこない時期に、お金が入ってきて、店の維持費とかを下支えすることになるという、優れもののアイデアに、黄紺も、すっかり興奮してしまいました。次に、こないな話もありました。数日前、息子から「惨状ばかり見て不安になっていてもしかたがないので、こういうのに支援するのはどうですか?」というメールが入りました。あとで知ったのですが、テレビや新聞でも紹介されたのですが、関西の小さな映画館支援の話でした。ほとんど、シネコン系の映画は観ず、こういった小さな映画館のお世話にばかりなっている黄紺は、早速、協力しようとスマホを操作しても、はじかれるばかり。今日になって、PCから試みて、やっと成功。これで安心をして、かつての同僚らに連絡。そのレスの中で、マスコミも取り上げていたことを教えてもらった次第。頭を使えば、なんか、いろいろあるもんだなぁと、今日は、ほっこりとさせてもらった日となりました。ほっこりついでに、中国系Youtubeから。イギリスで、医療関係者に感謝の気持ちを伝え、激励の拍手を、時間を決めて行われているという話題は、少し前から、イギリス系Youtubeで知っていたのですが、また、それが、アメリカ、ニューヨークでも受け継がれているというのは、マスコミも取り上げたようですが、中国系Youtube(武漢)を観ていて、その原型を観た思いがすることがありました。武漢の都市封鎖5日後くらいに、SNSを通じて、時間を定めて、「中国国歌を歌おう」というメッセージが流れたそうです。で、その時間近くなると、外が騒がしくなっているので、窓の外に目を向けると、マンション(中国の都市圏はこればかり)の窓が開けられ、いろんなところから、「武漢加油(頑張れ)」の声が叫ばれていました。この動画は、ホント、ほっこりどころか、震えます。他の動画では、ボランティアの人たちが、支援物資を配送していたり、医療関係者の送迎をしていたりする動画も、武漢市民が配信していますよ。こんなのを観ていると、行政の統率力もさることながら、都市封鎖解除って、武漢市民皆さんで獲得したんだなと思ってしまいました。でも、解除と言っても、第二波、第三波の到来も懸念されている昨今。人間って、弱いと同時に強く、また、強いようで弱いものだなと思ってしまいました。そんななか、入って来たのが、トルコの48時間、外出禁止令。トルコの感染者の伸びが著しいのを受けての発表です。例外条項などを見ると、かなり細かいので、周到な用意があったことを窺わせるのですが、実際の発表は、かなり唐突、しかも丁寧さに欠けるものだったようで、昨晩はパニックが起こったようです。しかし、感心したのですが、大勢の人が詰めかけたパン屋、マーケットの前では、皆さん、列を作っていました。列を乱す者には、「スラーラ」の声が、一斉に上がる文化のある国ですから、パニック状態でもカオスにならないのが、トルコですね。


2020年 4月 10日(金)午後 9時 58分

 今週は、火曜日と今日、歯医者に行ったことだけが、変化をつけてくれました。今どき、歯医者に行くのは避けたかったのですが、ドイツに行く直前に、前歯の裏側に穴ぼこができているのに気づきながら、今日まで放置してあったもの。幸い、痛みがなかったのですが、以前にも同じようなことがあり、痛みがなかったのですが、歯医者に見せると、立派な虫歯だったことがあり、どうしても戦々恐々としていたのですが、ドイツから帰ってきても、痛みがなかったもので、自主的自宅待機の期間でもあったので、先延ばしにしてあったもの。でも、予約を入れるのは、緊急帰国後、3週間辺りをメドにしてました。一応、念を入れたつもり。で、診察を受けると、虫歯ではなかった。同じような歯ではなく、以前、虫歯治療を受けた同じ歯で、そのとき受けた処置跡で、詰めものが取れただけでした。ですから、処置は1回でおしまい。今日は、歯のお掃除ということでの通院。アクセントを着けてくれるはずの歯医者が、たったの2回でおしまいとは、、、。そんなで、明日からは、希望のない単調な生活しかありません。昨晩、ドイツ系Youtube(在ベルリン)を観ていると、ドイツも、緩和に向かいそうとの見通しを言われていました。その境目は、4/19が復活祭だから、そのあとだろうということでしたが、確かに、1つのメドですね。ドイツの歌劇場の閉鎖の時期も、多くは4/19までですものね。但し、サッカーのように、多くの人が集まる場所については、もう少し先になるだろうとの見解。歌劇場も、この範疇に入るのでしょうか。そうしたYoutuber氏の見解は、一昨日だったかな、トルコ・サッカー記事の追っかけをしていて、たまたま目にしたものが、頭が飛びました。その記事には、ブンデスリーガの再開のメドは6月と書かれていたのでした。黄紺のオペラ紀行が、微妙なところに差し掛かってきてしまってます。ただ、オペラ紀行には、大きな関門が2つあります。もちろん、オペラが再開をしているという前提でのことですが、1つは、このオペラ紀行は、ドイツだけでなく、半分はポーランドなのです。しかも、出国をポーランドに予定しています。この間、ポーランドが、かなり、ドイツよりも厳しい制限を設けてきていることもあり、ここが、大きなネックになるかなということです。ポーランドは、オペラを再開するのか、いえいえ、ドイツとの国境を開くのかが気になるところです。2つ目は、そういった条件がクリアされたとしましょう。で、なんです。日本からの渡航者を、ドイツにせよ、ポーランドにせよ、受け入れてくれるかという問題があります。指数関数的に増えていく日本の感染者数、爆発的状況の日本からの渡航者はダメであれば、どうしようもないということです。そのためにも、日本の規制、もうちょっと、しっかりして欲しいものです。今日の小池都知事の記者会見の最後に、誰かが、怒号を上げて、保障金額をなじったというニュースを見かけましたが、怒号を上げるなら、制限の緩さをなじって欲しいものです。完全に狂ってます。ドイツ系Youtubeで、もう一つ、よく観ているのが、在デュッセルドルフの方が出されている動画。コロナ関連でも、何となく明るさをモットーにされているのが、ちょっと付いてけないところがあるのですが、そのテイストが、今は必要と思われる方がおられるのも理解ができるので、覗いてしまってる動画です。昨晩、黄紺が観たのは、デュッセルドルフからオランダへ買い出しに行かれるもの。たまたま、買い出し日が、この時期に日曜日になったかもしれないのですが、わざわざというほど遠くはないようなんですが、オランダまで出かけて行くわけが、黄紺にはありがたい情報となりました。オランダって、日曜日に、スーパーが開けてるんだって。ドイツ資本の「リードゥル Lidr」も、オランダにあれば開けてるってのが、おかしかったな。そないな呑気なことは置いておいて、日本の専門家は、北海道で味をしめたなの印象を持ってきています。北海道でできたことを、首都圏に持ち込み破綻寸前です。もう、破綻と言っていいかもしれませんね、残念ながら。どうして、日本は、中国モデルの踏襲は難しいかもしれなかったけれど、韓国モデルに習わなかったのでしょうね。後追いをする側は、先行せざるを得なかった国々を、先例として学べたはずだったのにと思ってしまいます。落語会にコンサートの全滅、こんなことが起こるなんて、未だに信じがたい状況です。


2020年 4月 9日(木)午後 9時 48分

 自分的には、ずっと変わらない日が続いています。見事に似たリズムで、毎日を送っているためか、極端な睡眠障害が起きてないのが助かっています。特に、ドイツから帰ってきて、時差ボケが解消してからは、このリズムは保たれてる、わりかしましな日々ってところ、です。そうそう、1週間程前だったかな、5月に予定しているオペラ紀行用の飛行機が飛ばないということで、代用便も何もなしで、選択肢はキャンセルだけという連絡が入りました。中国国際航空を押さえていたため、中国は、コロナの終息のメドをつけたようだったので、黄紺が予約している頃には飛ばすかもと、正直、思ってました。案の定、武漢は封鎖解除になりましたわね。でも、キャンセル。ちょっと、ホッとしました。オペラは再開せず、飛行機は再開だと、飛行機代はボツですからね。一応、これで、飛行機代はクリアですが、今度は、逆に、オペラが再開したら、どうしようになっています。ドイツがピークを過ぎつつあるというのは、ドイツ系Youtube(在ベルリン)で教えていただいているだけに、果たして行っていいものか辺りから考えねばなりません、もし再開したらの話ですが。まだ、閉鎖以後、再開については、劇場側からは、何の知らせも届いてないのが、実情です。ですから、ホテルのキャンセルなどは見合わせている状態。一応、念のために、同じ日程で、飛行機が押さえられるかは調べてあります。現時点で、トルコ航空を含めて、ヨーロッパ系航空会社の予約は取っていましたね。そんなで、様子見を決め込むしか仕方ありません。ま、ほとんど、ダメだろうとは思ってますが、、、。で、夢のような話はさておいて、周りを見てると、やはり、学校帰りの小・中学生の姿は、さすがに違和感があります。また、久しぶりに会ったのかなぁ、連れもって下校してるから、余計にハラハラしてしまいます。新しいクラスの発表とか、教科書渡しなんて、どないな手をとることも可能なはずなのにと、ついつい思ってしまいます。他所の県では、教科書渡しは、保護者にしてましたね。テレビ映像に映っていた保護者は、お行儀が良く、群れてはいませんでしたが、夕方のウォーキング途中、えらく騒々しい建物の前を通りかかったので、扉の隙間に目をやると、保育園にお迎えの親が群れてました。扉の隙間からウイルスが飛び出して来るのじゃないかと、ホント、恐怖です。そないな突っ込みどころはあるのですが、マスク度は、見事に上がっています。皆さん、どのようにして、マスクをゲットしてるのか知りたいほど、マスク度が上がりましたね。3月の下旬は、下がってたもんね。ということは、マスクはあるということです。ただ、ラサール石井が呟いていたそうですが、「朝、駅前に行列ができてたので、確かめるとマスクを買うためだった」、ま、ネタかもしれませんが、あながちネタではない逼迫感を感じさせます。そんなで、東京が、いよいよ指数関数的に、感染者数が増え出しましたよ。いったい、この先、どうなるのでしょうか。


2020年 4月 8日(水)午後 9時 24分

 緊急事態宣言が出たことで、世間は変わってるのでしょうか、それを、きっちりと確かめようともしていない黄紺。部分的に観たニュース映像で、鳥取砂丘に旅行に来ていたカップルを観て、びっくりしたくらいかな。Youtubeに流れるニュース映像は、適当にはしょられてしまうため、武漢の封鎖解除に関するニュース映像は観ることができず、それで、ニュース映像を観る気がなくなってしまったってとこかな。扱いの雑さに、黄紺的にはどん引きになってしまったためでした。コロナとの闘いに、ようやく希望を与えてくれるのは、見せてくれないみたい。こういうときは、さすがにテレビは、リアルタイムで観るものと思ってしまっている黄紺です。中国系Youtuber氏(在重慶)が言われていましたが、「外国の情勢を、正確に押さえている人と、そうでない人で、随分と考え方に開きがあります」と。然りのコメント。だから、武漢の今を観たかったのですが、、、。毎日、観ることを日課にしているドイツ系Youtube(在ベルリン)で、日本の緊急事態宣言を、ドイツで、どのように報道したかをピックアップされてました。その中で、黄紺が興味を引いたのは、日本は、戦前、強権的に私権を制限した歴史を持つから、罰則を伴う指示を出せないのだろうというもの。これを取り上げられたYoutuber氏は、そうした所見が出るのは、同じような罰則を、連邦政府が出せないようなシステムを、ナチス時代の反省から、ドイツではなっているからだろうと言われていて、至極、納得。更に、続けて、Youtuber氏曰く、「3/11のメルケル首相の演説にも、その辺の配慮があった」と。黄紺のオペラ紀行をズタズタにした、あの演説です。目立つ言葉については承知はしていたのですが、全文は読んでいなかったため、ネット上で探すと、日本語に翻訳されていた方がおられました。「開かれた民主主義に必要なことは、私たちが政治的決断を透明にし、説明すること、私たちの行動の根拠をできる限り示して、それを伝達することで、理解を得られるようにすることです」「連邦政府と各州が合意した閉鎖措置が、私たちの生活に、そして民主主義的な自己認識にどれだけ厳しく介入するか、私は承知しています。わが連邦共和国ではこうした制限はいまだかつてありませんでした」などなどです。とっても格調の高さを感じさせますから、説得力があります。そして、ネット上でも話題になった言葉が出てきます。「ここで、普段滅多に感謝されることのない方たちにもお礼を言わせてください。このような状況下で日々スーパーのレジに座っている方、商品棚を補充している方は、現在ある中でも最も困難な仕事のひとつを担っています。同胞のために尽力し、言葉通りの意味でお店の営業を維持してくださりありがとうございます」。この言葉を知ったとき、思わず、「ヴァイツゼッカー大統領ドイツ終戦40周年記念演説」が、頭を過りました。ドイツは、忘れていない、それを知ることができたのが、鬱屈した日々の一筋の光です。日本政府の躊躇いに、このドイツの感性に通じるものがあるのでしょうか。言葉化しているものだけではなく、そうでない動向も分析の要があるのかなと思っているところです。黄紺の日常であった、ちょっとだけの救いを、最後に書いておきます。ウォーキング・エリアにある行列のできるラーメン屋、今日も行列ができていました。でも、微妙に、ソーシャル・ディスタンスを取りながらの行列に、笑うしかありませんでした。中に入ったらダメなんだけど、身近なところで知ることができた、唯一の緊急事態宣言効果でした。


2020年 4月 7日(火)午後 9時 41分

 非常事態宣言が出た日。京都には出てないので、影響はないのでしょうが、どうしても、そうは思えないので、周りが気になったり、Youtubeに配信されているニュースを観てしまってます。とりあえずは、大阪には行かない、人寄り場所には行かない、ソーシャル・ディスタンスは守る、それらを守るとなれば、結局は、ドイツから帰ってからの生活を続けるしかないということです。ドイツ系Youtube(在ベルリン)を観ていて知ったのですが、オーストリアが、ヨーロッパでは、初めて緩和措置に踏み切るようです。成果が上がったということですね。確かに、国により温度差はあるとは思いますが、あのイタリアでもピークになったかなの分析、でも、案の定、イタリア系Youtuber(在ロンバルディア)の方が言われていた通り、街に人が出たそうですね。辛抱のできない人たちです。あのニューヨークでも、自粛疲れからか、週末に、公園に、人が出てきたところがあったとか。中国は、確実に終息に向かいつつあるようなと思っていたら、黄山の観光地に、人が群がっていました。ニュース映像で観たのですが、今しばらくの辛抱ができない人が、ここにも見っけです。その逆の人たちを観たのが日本でした。マスコミは、緊急事態宣言が出たら、東京を離れ、地方にウイルスをばらまくことになるかもしれない帰省が起こると網をはりました。その網にかかるほど、うつけたことはないのに、かかるアホたんがいます。しかも、マスコミは、若い人を狙ってるのが解ってないかなと思うのに、若い輩が網にかかってました。狙い通りの獲物を見つけたら、マスコミは、それで満足してるでしょうが、また、インタビューを受けたのが、また、アホげにロックダウンとごっちゃにしているから、一丁上がりで、そのごっちゃにした人、テレビに映ることができてました。緊急事態宣言が出そうと判ってんだから、今日になって、いそいそと帰省しようかというのが、一番のアホげな行動大賞だと思いました。黄紺的には、中止になったコンサートのチケット払い戻し手続きに忙しいというほどは、追いたてられてはいませんが、いちいち面倒。そんなで、一日が過ぎて行きましたが、今日は、虫歯かと気になっていながら、自主的自宅待機期間だったため、予約すら入れることのできなかった歯医者に行って来ました。帰国後、初めての名誉ある濃厚接触者は、歯医者氏となりました。2週間後に、その歯医者がカパルだと、事です。前を歩くのが、怖いわ、ホント。


2020年 4月 6日(月)午後 9時 53分

 いよいよ、緊急事態宣言が出るようです。出て、どうなるのか、出てから、また、明らかになってくるのでしょうが、これを出すことになった要因として、世論の後押しということが、巷間言われています。これだけで、緊急事態に対応できる能力が、現在の政府には欠けている、リーダーシップに欠けていると言わざるをえないなと思っています。こうした宣言なるもの、一般的に言って、唐突感があればあるほど、効果が上がるものです。3/11、ドイツのメルケル首相がガイドラインを発表したとき、「最終的には、国民の60~70%が感染することになるだろう」という言葉を知ったとき、ドイツにいたものですから、さすがに震えがきました。としながらも、未だ、その言葉の重みを正確に理解できていたとは思いません。それほどのインパクトのあるタイミング、内容で、こうしたものを発表すると、解りやすく、国民の信頼を得やすくなると思いますし、ドイツは、そうなってるんじゃないかな。めっちゃ心配性の人は、早くから、わけもわからなく自重を叫んでいました。そうではなく、自分の理性で判断して、どこから、本当にヤバいと思えたのか、それが、今回のコロナ騒ぎで、自分自身を検証しなくてはいけないことなんだろうなと思います。あの3連休に、アホげに花見に出かけ感染した人たちが、今、発症して、感染者数を増やしています。ですから、今のような感染者の増加を防ぐ目的で、非常事態宣言を出すなら、3連休の前だったのでしょうね。オリンピックにこだわり、経済にこだわり、で、出せない政府と、批判する人は批判するでしょう。確かに、的を得ていると思います。それだけなんだろうかと、思ってしまうのです。というのは、勝手放題をしてきた現政権ですら、非常事態宣言ほどの強権システムに慣れてないなという印象を持ってしまいました。そういった意味では、現政権は民主的と思えてしまいます。機が熟し、皆が納得してくれそうなところまで待っちゃいけないところで待ってしまったという要素が大きいのじゃないかなぁ。逆に、オリンピックや経済への影響が、その隠れ蓑だったと思えてきます。ヨーロッパのように、罰則規定を備えていないなか、どこまで実効性のあるものか、じっくりと観察の要ありです。それを見透かしたように、非常事態宣言間近に控え、石垣島が、この時期をとらえ観光に来島しないようにとの声明を出しましたね。そないな一日、ウォーキングをしていて、とっても違和感があったのが、制服を着た中学生が歩いている姿。なわけないだろうと思いつつ、ネットで調べると、京都市では、学校を再開してました。ウソだろう、マジで!と、思わず声を上げそうになりました。しかも、10日から、また休校だって、、、。バカじゃねぇの、ホント。非常事態宣言が出ようかという頃合いに、「密」な空間、機会を、学校が与えるなんて、信じられません。この間、話題となった吉の丞の妹さんの発信した動画のコメント欄に、中高生と思える人たちが、多数書き込んでいました。「怖いんです」「でも学校が始まります」。それに対して、「大人」と思える人がレスとなる書き込みをしていました。「怖ければ行かなくてもいいよ」「学校って、そこまでして行くところじゃないよ」。どこの教育長だったかな、午前午後に登校時間を分けたからと、再開に踏み切ったわけを話しているニュース映像を観ましたが、どんびき。黄紺の目には、自分の功績を引っけらかしているようにしか映らなかったもので。こうしたことを含めて、吉の丞の妹さんのアップした映像は拡がりのあるものだったですね。


2020年 4月 5日(日)午後 10時 41分

 風が強く、体感温度の低い一日。桜は満開ですから、所謂、花冷えの一日。黄紺宅近くにも、桜を観るには、格好のスポットと言えるところが、幾つかあります。中には、電車とともに、満開の桜をカメラに収めたい、撮り鉄の人たちが、三脚を立てて、しかも複数の人たちがいたのには、唖然。テレビで報じられている繁華街の様子とは違う光景です。我慢ができない人っているのですね。他のスポットでも、地元の人間が、横を通ったついでに、スマホで撮っているとは見えない人たちが、桜を求めてやってきています。地元の人間からすると、えらい迷惑。明日からは、桜が咲いてないところに、ウォーキングでは出かけることを心がけることにします。世の中、我慢できない人が多いようで、黄紺のウォーキング・エリアに、行列のできるラーメン屋があるのですが、昨日も今日も、行列ができてました。行列の密集度からして、店内の混雑、想像するだけで胸が悪くなります。今日も、Youtubeが、外の世界を教えてくれる大切なツール。なじみになっているイタリア系Youtuber氏、薬局に行くために外出をするという動画、ロンバルディア州の地方都市を、車で回りながら、街の様子を動画にしてくれていました。ゴーストタウン化してました。その姿に、お喋りがかぶりました。「こないだ出たときよりは、人も車も多いわ」、これには、目が点になってしまいました。それほど、人も車も少なかったのですから。ドイツ系Youtubeで、在デュッセルドルフの方の動画は、相変わらず、車を流しながらのものでしたが、ハンブルク港で見てきた光景かなという感じで、どんびきとなったハンブルク中央駅前の雑踏のような光景はないのだろうと、想像していました。一方、在ベルリンの方の動画は、データで来るものですから、いくら伸びが和らいだとは言え、聞くだけで緊急してしまいますが、その中で目新しい話題が提供されていました。抗体検査の実用化が進められているというもの。中国でもかなり動きが進められているようですが、確かに、これが出来上がると、誰が、コロナ対策に動けるかが判るので、早く、この検査ができればいいのですが、先日も、イタリア系Youtubeで言われていたように、ウイルス自体の進化、変形が生まれていては、対応できないわけで、なかなかしんどいことかもしれません。この在ベルリンの方の動画に対するコメント欄への書き込みが、かなり、その筋の方からのものがあるようで、正しく読みこなせれば、コロナ最前線を自分のものにできるものかなとは思っているのですが、かなりムズい。スペイン系Youtuber氏は、ご主人がイタリア人だということで、スペインだけでひなく、イタリアの情報も流しておられます。こちらの動画で目新しかったのは、コロナ騒ぎの背後でうごめく外交という話題でした。この両国の爆発が、あまりに急激で大きかったもので、両国はパンク、EU諸国もお手上げとなったところ、支援に動いたのが、中国とロシアだったとか。それを見て、慌てたEU諸国やアメリカからの支援がやってきたとかで、あまりに露骨な外交で、もう、あんぐり。でも、スペインは病床が足りなく、国際会議場を臨時病院にしている画像なんかが流れ、ただただ、驚くしかありませんでした。最後に、中国系Youtube(在武漢、在重慶)を観て思ったことをメモっておきます。戻り始めつつある中国の様子を知り、これらの動画を観ていて、なるほどなと思える箇所が幾つかありました。でも、モデルだとして、日本には適用するのはムズいかなとは思ってしまいました。よく言われることですが、一党独裁体制だから、効果的な手段を出せた、これは納得です。住宅環境が大きな要因となっています。ほとんど集合住宅だということ、幾つものマンションを、一括管理できる体制であること。入口は1つ、中は各棟共用。これは、一括管理には凄い有用。2つ目は、進んだキャッシュレス。人と人を介さない支払いが徹底されているのが、大きい。同様に、デリバリー・サービスが大きい。食糧などの生活必要物資は必要ですから、省くわけにはいきません。それを、キャッシュレスで宅配される(中国の場合はマンション前まで)わけですから、ものと人との接触機会が減ります。こないなことを見てみると、中国の立ち直りは、思いの外、スムーズじゃないかなと思えてきました。感染先進国として、その対策はモデルになってくるかもしれないと思いつつ、上に見た具体例は、日本に通用しないものですから、日本での恢復プロセスは、厳しいなと思ってしまいました。


2020年 4月 4日(土)午後 10時 29分

 ドイツから帰国後、自主的自宅待機をしていたため、自分が出てきたドイツを中心としたヨーロッパや、シンガポールが経由地であったため、真っ青になった記憶から東南アジア、それに、出所の中国に、コロナ関係の情報収集ばかりをしていたところへ、吉の丞の妹さんのインパクトのある動画を観てしまったために、アメリカの動静にも関心が向いたところで、はたと頭を過ったのが、肝心のトルコはどないになってるのかということ。トルコの新聞のサイトを眺めても、サッカーばかりに目が向いていたことを反省。すると、途端にビックなニュースが飛び込んできました。ブユックシェヒル+1(ゾングルダク)を封鎖しちゃいました。しかも、65歳以上と20歳以下には外出禁止。昨日の保健省の会見で、都市間移動を慎むことの要請が、強く出ているなという印象を持っていたところ、やっちゃいました。トルコの場合、都市間が離れているので、効果は大きいかもしれません。わけが納得できたら行動に移せる人たちだから、うまく行くかもしれません。で、ブユックシェヒルって30もあると出ていたので、びっくりして調べてみると、確かに30、でも、その中に、ムーラとか、アイドゥン、マラシュも入っていました。そこまで入ると、ブユックじゃねぇよと突っ込みたくはなりますが、そこまで封鎖すると、抜け落ちなしです。これからは、ソカクには、ポリスどころか、アスケリが立ち市民を監視するのでしょうね。チャルシュとか、どないになってるのか、気になるわぁ。日本の報道をチェックしていると、繁華街への人出が激減しているとか。かなり、自粛の声が高らかに響いた効果なのか、、、そうしたことを考えると、吉の丞の妹さんの動画、かなり、日本を変えたかもしれないですね。公開後、僅か3~4日程で、再生回数が500万回を越えるだけのインパクトがありました。そんなことを頭に入れ、夕方のウォーキングは、伏見の中心街を、端から覗いてみることにしました。自主的自宅待機期間には試みてなかったこと。で、実際に行ってみて、失望でした。土曜日の夕方だから、人出は、通常はもっとあるのでしょうね、だから、減ってはいるのかもしれないのですが、アメリカ流に言えば、人との距離6フィートは無理と判断して、メーンな通りとサブとなる通りは避けたほどでした。京都は、京都産業大学がクラスターになったということで、わりかし大きく、マスコミが食いついたネタがあっても、こないな印象でしたから、なかなか手強いものを感じます。ええかげんな連中にのみ天誅が下るのであれば、慰みにもなるのでしょうが、そうじゃないもんね。ドイツで、頭の中が切り替わってからは、「コロナで死ねるかい」という具合になってきています。生に執着しなくとも、コロナまみれになってだけは、死ねないよということになってきています。


2020年 4月 3日(金)午後 10時 32分

 今日も、同じ生活。予定表には落語会が入ってましたが、当然、中止。もう、落語会にコンサート、文楽も、総くずれです。放浪癖はないので、出かける当てがないと、同じような生活を繰り返すだけ。先ほど、息子からメールが入り、ついに自宅から歩いて行ける距離のところに勤務していた方が発症されたそうです。公的な発表を見ると、とっても適切な対応をされているようなので、大事はないとは思うのですが、気分的には気色が悪いものですね。黄紺的には、外の世界との接点として、ここ数日、テレビがないので、Youtube上で配信してくれているテレビ局のニュースを観るようになりました。活字で見るよりは、臨場感に勝るので、日々の日課になりつつありますが、あくまでも日本の報道だという前提で観ることになります。一方で、今日も、外国系Youtubeは、今の黄紺には必須事項。この24時間で観た動画をメモると、アメリカ系Youtubeを観てみました。きっかけは、広瀬すずも拡散したというか、ファンの一人が、大変な動画がアップされているからと、広瀬すずに拡散を依頼したことがきっかけだったようですが、米朝一門の噺家桂吉の丞の妹さんがアップした動画です。ディープな落語ファンなら知っているのですが、吉の丞の妹さんはニューヨーク住まいなのですが、その妹さんが、ニューヨークの惨状をレポートしたものでした。「日本も目の当たりにするニューヨークの二の舞を踏まないで」の一心でのレポートは、もう呆然とするしかないものでした。それと比べるとという言い方自体が変かもしれないのですが、同じくアメリカ系Youtubeで、早手回しに手を打ったと評価の高いサンフランシスコの巨大スーパーへの買い出しレポート。これなどは、アメリカのイメージを変えるものでした。スーパーに入るのに列ができているのですが、6フィート間隔で、雑ではあるけど、アメリカ人が開けながら並んでるんだもの、、、信じられないもの見てしまいました。店内に入ると、店の方が、コロナ予防のための注意喚起を言っている、アメリカ人もやろうとしたらやれるやんと、本気で思ってしまいました。毎日、追いかけているドイツ系Youtube(在ベルリン)で得た新ネタ。ドイツでは、州&特別市で、対応が違うようですが、指示に従わない人に罰則規定を持つように動いていっているようです。ブランデンブルグ州の規定を参考にということですから、ブランデンブルグ州は規定があり、その地域内にあるベルリン(特別市)が、その規定に準じる内容で検討しているというものでした。この段階に来て、感染防止に協力しないのは、犯罪と言っても過言ではないですものね。そうした殺伐としたレポートを観るなか、ホントに癒してもらえるのが、中国系Youtubeの武漢市民の隔離生活のVlog。男の子が生き生きとしています。ひとえに、穏やかな父親、明るい母親の賜物です。素敵な家族に、ついつい感情移入をしてしまいます。そして、手に入った食材を使った料理場面、食事場面に、かえって癒され、元気をもらっています。ぜひ、多くの人に観てもらいたいと思います。これ観ると、誰もが、この窮屈なときを耐えながら過ごせるように思えてしまうからです。


2020年 4月 2日(木)午後 9時 36分

 自主的自宅待機期間が明けました。そしたら、待ってましたとばかりに、「京都府民・京都市民の皆様へ緊急のお願い」なんてのが、今日の日付で出ました。その中に「海外から帰国された皆様へ」なんてのがあるので、間が開いた該当者ではあるのですが、目を通してみたら、「入国の次の日から起算して14日間は、体温測定を毎日行うなど、御自身の健康管理に留意いただくとともに、帰国された方は自宅待機を徹底してください」と書いてありました。国が、ドイツからの帰国者に制限を加えることを協議したのが3/18、即ち、黄紺の帰国日、実施が3/21で、京都府が出したのが今日(4/2)。昨日だと、エイプリルフールかと思うほど、間延びしてる。「体温測定」とか言われても、知らねぇよ、ホント。自主的には考えたんだけど、こないだの断捨離で捨ててしまったようで、だからと言って買いに行ったら、それだけで変な目を向けられそうだから止めたら、このお達し。こないに間延びしたこと言われても、もう一度書くけど、知らねぇよ。「大阪に行くな」「首都圏に行くな」のついでに書いたとしか思えない、まともに言えば。そんなで、夕刻になり、京都府の発表を知り、むかむかと来てしまっている黄紺ですが、自主的自宅待機期間が明けても、同じ生活の一日。だから、ウォーキングも、高らかにできるはず、ましてやいい天気で、健やかに出かけたのに、急に気温が下がったかと思うと、どないな加減か判りませんが、前線ができての雨。天災と諦めはしながらも、せっかくの解放日にしては、縁起が悪すぎ、でした。おかげで、ずぶ濡れになったかと思うと、20分ほどで、元の天気に戻るものだから、右往左往でした。でも、負けないで、日に2回のウォーキングはやり遂げました。今日の注目Youtube、イタリア系とドイツ系で、似た内容になっていました。イタリアでは、ピークを越したかなという報道があること(イタリア人のYoutuber氏、迂闊にそんなことイタリア人に言ってはダメと言ってました、すぐに解放的になるからと)、ドイツ系の方は、なんちゃらコッホ研究所のデータを使い、新たな感染者の数より回復した人の数が上回ってきたと指摘されていました。要するに、イタリアも、ドイツも、今、執られている措置が機能してきているようだということでした。それに対して、、、どうしても比較してしまいます。そうしたストレスがたまるなか、和ませていただいているのが、武漢のある家族の日常生活。そうした生活を支える人たちの苦労に、今日は、目が行きました。ライフラインを支えるために、頑張っておられる方が、それぞれのポジションにおられるということ。今日観た動画では、物流に携わっている方、マンションへの出入りを管理されている方、支援物資を供給という仕事に関わる方、その配布場所に来る市民の体調を管理する方、生きるために、様々な方たちが働いておられました。だから、若い夫婦と、なんか、めっちゃ可愛い男の子がいる、そないなことを教えてもらいました。最後に、もう一つ、書きます。既に書いたように、今日から自由の身だということで、落語を聴きに行くぞと思ってたのですが、2つの点で止めることにしました。1つは、落語会自体が総キャンセルの状態。も1つは、自分から諦められるようになったからです。後者に関しては、息子からの進言が大きかったのですが、トドメをさしてくれたのが、笑福亭喬介のツイッターでした。黄紺的には行ける日ではなかった3/31に勉強会を予定していながら、それを、迷ったあげく、キャンセルを告知したときの呟きでした。核心部分は、次のようなものでした。「命のリスクを背負ってまで落語会を出来ません。命があるから、物事を楽しめたり感動したり喜んだりときには怒ったり出来る! 命があるからです」「いつか落語会が開催されたときに本当に心から笑える健康な身体でありますように、ご自愛くださいませ。お願い致します。本当に申し訳ございません」というものでした。


2020年 4月 1日(水)午後 10時 21分

 自主的自宅待機14日目。ついに、最終日に到達しました。その記念日なのに、今日は、ほぼ雨の一日。午前中のウォーキングは、傘をさしながらもできたのですが、夕方は、雨が強く、ウォーキングをする勇気が出てきませんでした。たとえウォーキングに出かけたとしても、5分もしない内に、家に逃げ帰ることになったでしょう。しかも、この間の楽しみだった繁昌亭チャンネルからの生配信も停止。昨日の配信で、翌日の予定を言わなかったもので、おかしいなと思っていたら、そんなことになってしまいました。実際、繁昌亭にまで出かける噺家さんやスタッフは、出かけるだけでリスクを負うことになりますから、致し方のないことです。ですから、オペラのDVDを観る時間が多かったかな。コヴェントガーデンの「ドン・カルロス」の後半と、バーデンバーデンの「バラの騎士」の序盤を観ていました。もう諦めている5~6月に予定しているオペラ紀行で観ることにはなっている演目ではあるのですが。前者はロバート・カーセンものだし、後者はクリストフ・グートものなんだけどな。毎日、ここまで、黄紺の自主的自宅待機の友であったYoutubeも、このご時世、コンテンツが補えないのか、アップされるものが、明らかに減ってきています。中には、このご時世に相応しくないと判断され、アップを控えたままにされているYoutuber氏もおられます。1つの見識だと思いながらも、こうした時期だから、のんびりとしたコンテンツに接してみたいなとも思ってしまいます。そういったなか、偶然、今まで知らなかったYoutuber氏に遭遇してしまいました。1つは、イタリア系Youtube。在ロンバルディアで、戻っていたら、日本に帰れなくなってしまった方じゃないかな。イタリアの惨状を見るにつけ、日本に後追いして欲しくないとの思いで、急遽、動画をアップされたようです。学生さんの卒業旅行が、これからの爆発のきっかけにならなければ良いがと言われていました。興味を惹いたのは、イタリアのテレビ放送に出た専門家が、ウイルス自体の進化を懸念していたとの情報。初めて聴くものだっただけに、とっても気になってしまいました。ヨーロッパからの帰国者が持ち込んだ場合、第1次のときの感染力よりか強くなっているかもという不安が生まれました。2つ目のYoutubeは、中国系のもので、武漢市民が自宅待機生活を日々配信されている動画でした。このYoutubeが凄いのは、本来の配信者から許可を得て、元の動画に日本語字幕を付け、日本向けに配信されていることです。息子夫婦くらいのご夫婦に、乳歯の最後の1つがなくなった男の子の家族です。とっても明るい子なもので、Dに重なり、涙が出てきてしまいました。それ以外では、1つ、衝撃が走った情報を掴みました。ドイツから緊急帰国をする際、片道の航空券を買おうとしたとき、安いものを探すより、今まで利用してきた旅行社でだけ買うことにしました。全く知らないけど、安い、そうした旅行社を避けました。その時点では、お金の問題ではなくなってましたし、実際、ハーゲンでの衝撃のあと、一旦は、スカイ・スキャナーで調べてはみたのですが、安い航空券は、旅行社や航空会社になじめないところだったため、いざ緊急帰国と腹を決めたときは、なじみの2社だけに絞ったのですが、2社ともに、あっさりと取れるのが、実際に利用したエミレーツ航空とフィン・エアーでした。黄紺の判断は、ヨーロッパの航空会社は避けたかったという気持ちがありました。その間の急激な変化で、また、何が起こるか判らなかったからです。さりとて、東南アジアの航空会社は、シンガポール航空の二の舞を心配しました。ですから、決断は早かったです。エミレーツ航空、で、2社の内安い方を選んだというだけでした。そのような経過があったなか、今日、ドイツ系Youtube(在ベルリン)を観たのです。その中で、フィン・エアーは、3/16からドイツ発着便に制限を加えていたのです。ですから、フィン・エアーをチョイスしていたら、えらいことになっていた、帰国便を選んだときの判断が、運命の別れ道だったのかもしれなかったのです。不幸中の幸いって、正に、このことですね。Youtubeで、今一つ、書いておきます。日頃から贔屓にしているロシア系Youtuber氏(在東京)の最新動画を観て、唖然、唖然。3連休のあとの平日昼間に出かけた、都内某有名な桜の名所での花見というものでした。自粛要請前の撮影との字幕付の動画でしたが、そこに映し出された花見の光景に、どんびきとなりました。平日の昼間と思えぬ人出に驚異以外の何ものでもありませんでした。平日の昼間でこれ、いったい3連休のこの公園の姿を想像するだに恐ろしいものを感じてしまいました。こりゃ、未必の故意ってやつで、犯罪です。黄紺的には、明日から自由の身です。でも、感染から発症まで2週間説があるので、まだ数日は自粛するつもりだったのですが、今や、感染させるを心配するよりか、感染させられる心配が高まるばかりなので、ここ2週間と同じような生活をするつもりでいます。ネット上では、非常事態宣言を求める声が高まってきているということです。そのような環境で、2週間耐えてきたみた身にも、感染させられることを優先させても、後ろ指を指されることもありますまい。


2020年 3月 31日(火)午後 9時 48分

 自主的自宅待機13日目。今日も、外部との接点は、ウォーキングとYoutube。Youtubeで、いいものに出逢えたのは嬉しく思えた日になりました。その1つは、スペイン系Youtube。日本が、1ヶ月遅れで、スペインの後を追わないようにとのメッセージでした。奇しくも、スペイン在籍の有名サッカー選手らが、「ステイホーム」を日本在住者に向け発信した日でもあったので、とっても印象に残りました。それにつけても、海外に飛躍したスポーツ選手って、その運動能力のみならず、国際感覚に留まらず、人間としての輝きを見せてくれます。今回も、また、同様の輝きを見せてくれ、遥かに下の年齢ながら、リスペクトの気持ちが湧いてきました。もう1つのYoutubeは、中国系のもの。重慶在住の方の動画に接することができました。重慶は、武漢から1000km離れているとは言え、厳戒体制下に置かれていたのですが、それが解除されて来ている、その様子を伝えるものを観ることができました。当然、一挙に解除されるものではありませんし、市民も、2ヶ月の外出禁止のあと、一気に開放的になれるわけでもない姿を見せていただけました。そういった動画を観ていて感じたのは、制限や統制にぶれがなく、明確なコンセプトで貫かれているという点、そして、そうした統制を首肯できるものとして、市民が、よく理解している姿でした。今回のコロナ騒動で、先駆的にならざるを得なかった中国が、防御体制にモデルとなるものを作り出したのではと、その動画を観る限りでは思いました。そうしたいいモデルとなるものがあるのに、何をしてるのか歯がゆさばかりが残りました。既に、日本は、オリンピックのために後手を踏んでしまっています。それを取り戻さねばならない時期なのに、、、。補償問題なんて解決している暇なんかないと思うけどな。止めるつもりがあるなら、先に止めることだと思うけどね。いや、ヤバいよ、少なくとも東京は。黄紺は、ドイツで、はっきりと考えが変わりました。あの加速度的に動いた各国の対策に追い付けてなかったことを自覚できたときに、これは、大変なことが起こってると自覚できました。日本のニュース映像が、Youtubeに流れていたので、ちょっとだけ観たら、たまたま、アメリカの事情通という方がコメントをされていたのですが、その発言に納得も得心もしました。「あの権利を主張するアメリカ人が政府の言うことに従っている」、そうなったわけを話されるために振られた言葉でしたが、そうなんですよ、黄紺は、外国との比較で日本を見ようとしているからか、そうしたコメントが、とっても入ってきてしまいますが、自分のことで精一杯、いや、それで、何も困らない生活が送れるのが普段なわけですから、全くイマジネーションが働かないのかな。結局、力で押さえつけないと解らないというのでは、あまりにも悲しい。また、雨が降るようです。この鬱陶した日々に、雨は嫌だ。せめて、のんびりとウォーキングくらいさせてよ、あと1日、人のいないところを探して歩くから。


2020年 3月 30日(月)午後 9時 16分

 自主的自宅待機12日目。志村けんの訃報が入った日です。人工呼吸器を着けている、本人の言葉が出てきてなかったため、大丈夫かと思っていたところへ、最悪のニュースが飛び込んで来ました。ご多分に漏れず、番組のお世話になった者なため、衝撃でした。2つの場面が、ドリフでは思い出されますが、調べてみると、1つ目は、まだ志村けんが加入する前のドリフでした。でも、おかげで、一挙に東京時代の思い出が蘇りました。2つ目は、ひげダンスを真似していた、その頃、近しかった2人の男です。どういった場面だったか、その頃、自分が何をしていたかも、一緒に蘇りました。同じ時代を生きた人が、しかも、こういった形で亡くなると、却って、そうした思い出が、強く残っていってくれるかもしれません。ドイツに行く前に断捨離を敢行し、ものとともに、思い出も切り捨てた気分になっていたのとは、また違った感情が、今日は起こった気がしました。ウェブサイト上で、誰か有名人から死者が出るときが、早晩起こることがあるだろう。その方は、2段階で想定されてましたが、正に、その1つ目が起こってしまいましたが、そのときに、ゆるゆるの状況に気がつくかもしれないと。フランスは、外出禁止措置を延長しましたね。彼我の違いは、文化の違いでは済まされないところに来ていますね。ウォーキングで外に出るだけの毎日、黄紺的には、コロナを発症しなくとも、酒で肝臓がいかれてしまいそうです。


2020年 3月 29日(日)午後 9時 35分

 自主的自宅待機11日目。昨日の雨から、一転して、昼間は快晴。鬱陶しい話題続きなものですから、せめて晴れておいて欲しい。昨晩から今日にかけて、外の世界との接点として、Youtubeのお世話になっています。フランス系Youtubeを観ていて、通常、日本で流れていない情報を得ました。フランスもコロナ感染者が多くなっていますが、地域的偏りがあり、アルザス地方に感染者が多く出ているそうで、中でもミュルーズが目立つそうです。これって、何か見えてきますね。1つは、バーゼル空港、現在は不適切ということからでしょうね、名称は変わっているはずですが、この空港、スイスの都市名を持ちながら、フランスのミュルーズ市内にあります。ということは、フランス、スイス、そして、ドイツ、この3ヶ国が寄り集まった地域です。2つ目は、ミュルーズは、自動車産業の盛んな地域。確か、飛行機の生産拠点もここじゃなかったかな。この2つの情報が入ると、フランス、スイス、ドイツでのコロナ蔓延の背景が見えてくるように思えてしまいました。北イタリアでの蔓延と似た背景がなければ良いがと、頭が働いてしまいました。フランス系Youtubeを観ていて、地域的に集中しているため、アルザスが医療崩壊気味なようで、そこで、患者は、フランスほどではないドイツが受け入れているそうです。現代が、独仏関係では、最良の時代と言われていますが、正に、それを象徴する動き。この鬱陶しい話題に、初めてほっこりした話を聞けました。で、そのドイツですが、感染者数のわりには死者数が少ないと、話題に上がっているようですね。実際、フランスからの患者を受け入れることができるということは、重篤な人が少ないということの証左にもなると思いますが、そのわけが、ドイツ系Youtubeを観ていて判りました。明らかに検査体制の充実です。なんちゃらコッホ研究所の大成果じゃないかな。ネットで申込み、ドライブスルーで受けられるようになってます。だから、早期発見ができているということなのだということが、よく判りました。フランスでも、追随していると、こちらは、フランス系Youtuber氏が言ってました。人口密度が違うので、このドイツ方式が、日本で適用できるかは、確かに疑問ですが、こうしたことが、周りで進行していると、少なくとも、日本の超有名Youtuber氏が、わざわざ動画を作り、若い人たちに事の重大さを諭す必要なんてなかったのかもしれませんね。都知事は、抜け目なく、その有名Youtuber氏に、自身のツイッターで謝意を表したようですが、「それって、あんたの仕事でしょ」って、さすがに突っ込んでしまいました。でも、そんなにしてまで呼びかけな解らないのは、バカとしか言いようがないはずですわね。自分的には、日々のルーティングをこなしただけの、何の変化もなかった一日でした。

★ 本日行くはずだったコンサート
モーツァルト「イドメネオ」(ベルリン国立歌劇場/デヴィッド・マクヴィカー演出、サイモン・ラトル指揮、ビッグな公演で有終の美を飾るはずだったんですよ!!)


2020年 3月 28日(土)午後 8時 52分

 自主的自宅待機10日目。朝、息子からメールが入ってました。大阪の難波で働く人に、また、滋賀県在住者で、感染者が出ているので、大阪への電車移動は慎むようにというもの。前日に、自主的自宅待機が、あと少しで明けるので、明けたら、「それを記念して(大阪での)落語会に行く」なんて、黄紺がメールを送ったレスだったのです。週末に入ってます。また、運悪く、桜が見頃になってきています。先週の3連休のように、アホげな花見が繰り返されるのでしょうか。昨晩から今日にかけ、興味をそそるYoutubeを観ました。1つ目は、息子も誉め、黄紺もはまっている著名なインド系Youtuber氏の緊急帰国の動画。恐らくムンバイから帰国できる最終便だろうと言われていました。かなり強権的に統制が敷かれている、食糧の調達も厳しくなってきている、統制が厳しく、住民と警察との間にトラブルが発生している、そんなで、帰った方がいいと判断されたようです。救援機の必要も説かれていたほどの厳しさのようです。インドの厳しさと、ついつい周りの緩さを比較しています。こうした厳しさを、市民が受け入れてるなと思えたのが、セルビア系Youtubeを観たときでした。ポーランドが、足早に手を打ったなと、以前、こちらに書きましたが、セルビアの徹底ぶりも、凄いものを感じさせられました。午後5時から12時間の外出禁止は、まず凄い。更に、外国との交通遮断、都市間の交通遮断、それだけではなく、市内公共交通機関全面ストップ。日本の都心部も、このレベルまで来ているのじゃないかと、ゆるゆるなもので思ってしまいました。じゃ、ドイツはどうなのと、ドイツ系Youtubeも観てみました。やはり、予想通り、黄紺のいた頃に比べ、規制は強化されていました。ですから、緊急帰国は正解だったと思います。外出するときの同伴人数に制限があったり、飲食店では、店内飲食はダメになっていたり、規制は進んでいます。一番びっくりしたのは、レーヴェ(ドイツの代表的なスーパー)の外側の映像だけだったのですが、中に入れる人の数を制限してました。しかも、外に待機する人は、1.5~2m間隔で並んでいました。そうした要請があったようです。この入店人数を制限するという手は、ポーランドで以前から執られていたものですね。ただ、このYoutuber氏、致し方ないとは思うのですが、腰が引けていて、街中の映像は、ほとんどが車中からの撮影。しかも、最も人が集まる地域は、ぎりぎりかするところまでは車で流してますが、肝心なところはパスしていました。デュッセルドルフは、ちーとは解るため、思わず突っ込んでしまいました。「中途半端だぞ」って。でも、ライン川沿いは、人の数は少ないでしょうが、黄紺が、ハンブルク港で観た光景と似かよったもので、のんびりと散歩する家族の姿などが散見できました。ようやく、都知事にせよ、首相が、直接、都民、国民に、直接語りかけるような姿を見せ出しています。ドイツのメルケル首相が、それをしたのが、今月の11日。あの衝撃が、黄紺のオペラ紀行をずたずたにしたわけですが、ただならぬことが起こっているということは伝わってしまいました。オリンピックにこだわり、都民や国民の命、おろそかにしましたね、日本は。志村けん、大丈夫かなぁ。

★ 本日行くはずだったコンサート
ルネ・フレミング・リサイタル(ベルリン国立歌劇場、アメリカ人のスター歌手をヨーロッパで聴ける機会って、そうは多くないんだよね、、、。またまた、涙)


2020年 3月 27日(金)午後 8時 45分

 自主的自宅待機9日目。あと少しで、自宅待機が明けるというのに、事態は悪化をたどっているみたい。こないだの3連休が、 臨界点だったかもしれませんね。オリンピック延期という決断を先延ばしにした政府、東京都も関係してんのかな、一方で、ヨーロッパやアメリカの厳戒体制に比べて、ゆるゆるの日本を見くびったのか、若い人が出歩いたようで、ヤバいね。「デカメロン」でも、10日間だったのに、もう随分と日にちが経ってしまってます。息子は、Dを保育園に預けるのを休止することを考えているようです。そないなことに頭を悩ませながら、来季のオペラのプログラムが発表されつつあります。毎年、今頃から、各歌劇場に、山積みされる来季の案内も、どの歌劇場も閉鎖ですから、倉庫に山積みなんでしょうね。黄紺も、ウェブサイトに発表されてるもののチェックを始めていますが、正直、虚しいところがあります。これらに、ホントに行けるのだろうかと、ついつい思ってしまっています。

★ 本日観るはずだったオペラ
プッチーニ「トゥーランドット」(マグデブルグ劇場/ミキエル・ジケマ演出、黄紺は、この演出家のプロダクションを追いかけています。見せる楽しさがありますからね、、、でも、ダメだった!)


2020年 3月 26日(木)午後 10時 38分

 自主的自宅待機8日目。昨夜というか、明け方というか、午前4時少し前に、目が覚めてしまったので、メールを見ると、ドイツ鉄道(DB)からメールが入ってた。よくDBから送ってくる広告メールとは、レイアウトが違うので、目を通し、且つ翻訳サイトで確認すると、何と、3/13以前に予約したチケットで、4/30まででキャンセルしたものについては、返金に応じるというものでした。まさかと、我が目を疑う英断です。今回の旅行の後半は、経費削減のため、バスを使うことが多かったもので、ちーとは慰めになるかと思っていたところに、このメール。ビバ、DBです。こんなだったら、全部をDBにしときゃ良かったなんて、都合のいいこと考えてます。夕方に、タイ系Youtubeを観て、街角から人が激減している映像を観て、やはり、日本、立ち遅れてるなの印象。黄紺は、自主的自宅待機なもので、繁華街に出かけることはありませんが、ウォーキングに出たときに見る、ウォーキングエリアの光景って、普段と変わらないし、どんどんとマスク率が落ちていっています。それだけ買いにくいのかもしれないのですが、先ほどのタイ系Youtubeの映像に映ったマスク率とは違い過ぎてるのに、唖然となりました。そないな一方、今日は、都知事の記者会見があったり、政府は、入国制限に関し新たに発表を行ったようで、ですが、間延びしてません? 後手ばかりのような、そないな気がしてしまいました。日本の蔓延の勢いを、あっさりとヨーロッパ各国が凌駕してしまったからでしょうか、後手ばかりと思ってしまってます。そないなこと以外は、全くルーティンをこなしただけの一日。あっさりと、陽が暮れてしまいました。

★ 本日観るはずだったオペラ
ヴェルディ「シモン・ボッカネグラ」(ハンブルク州立歌劇場/クラウス・グート演出、プラシード・ドミンゴ、ラモン・ヴァルガス出演 ドミンゴだということで、早々に押さえたチケットだったのに、、、【涙】)


2020年 3月 25日(水)午後 7時 55分

 自主的自宅待機7日目。ようやく半分にきました、長いわぁ、単調やわぁ。お酒の量が増えました。ウォーキングは、増やすとやばいので、こちらは変わらず。お金を使う機会が激減。生活用の買い物で使うだけ。だから、ちょっとだけ贅沢しています。ランクの1つ上の肉を買ったりする程度ですが。読書量が増えました。そろそろといい時候になってきているので、ウォーキングに出かけたときに、途中にある公園や、腰かけのある広場で読んでます。最近は、推理小説を読む気がしなくて、わりかしまともな本を読んでます。今日も、2回のウォーキング。そのついでに読書。自宅でだと、ほぼしてないですね。家では、DVDやYoutubeばかり観ています。そうそう、昨日、Youtubeで知ったコロナ話を書いてましたが、Youtubeで、コロナを素材にすると、広告収益が入らないそうです。というものは、それを度外視してアップしてくれているということ。それ考えると、使命感みたいなもの感じちゃいました。さ、これから晩酌です。

★ 本日観るはずだったオペラ
ヴェルディ「ファルスタッフ」(ハンブルク州立歌劇場/カリクスト・ビエート演出、アンブロジオ・マエストリ、クリストファー・マルトマン出演 極めつけとは、正に、これ、、、なのに!)


2020年 3月 24日(火)午後 7時 53分

 自主的自宅待機6日目。昨日の深夜、何気に観たフランス系Youtubeに、びっくり。買い物に出かける動画だったのですが、外出するだけで、政府の決めたフォームに従っての外出証を作成しなければならず、また、外は、ほとんど人影がなく、そうした外出証のチェックをしたりするパトカーが停まっているというもの。Youtuber氏は、日本食を買いたいが、ちょっと遠くなるので、これでは行きにくいとばかりに断念してました。この雰囲気は、ポーランド系Youtubeでレポートされていたと同内容。思わず気になったので、ドイツ情報を得ようとネット上で探していると、まず目に入ったのが、マスクをしているドイツ人の画像。マジって、突っ込んでしまいました。ま、もっとも、その画像が、ドイツのものか、イタリアのものなのかは、黄紺には、確認の術もないのですが、ニュースサイトに載っていた画像ではありました。また、確かな情報でも、今日23日からは、ドイツでも、不要不急の外出は避けるということで、ポーランドやフランスと同じようになっているかもしれません。スーパーぐらいしか、店は開けられないようですから、ハンブルク中央駅前のトルコ人の店も閉店ってことなのですね。信じられない、です。黄紺も、さすがに、あの雑踏はやべぇと思いましたが、規制はかかったのでしょうか。なんか、気になっちゃいます。今更ながら、帰ってくるという判断の確かさを噛み締めているところです。で、今日も、ルーティンワークをこなしただけの一日でしたが、もう一つ、記憶に残ることがありました。今、オペラやコンサートの払い戻し手続きをしているのですが、今日は、4回行く予定だったベルリン国立歌劇場の手続きをしました。ここは、払い戻しについての連絡をくれていたので、あっさりと済むとは思いつつ、数が多いので手間取るかとも思いつつ、払い戻し手続きの詳細を読むと、クレジットカードへの払い戻しが書いてない。ゲルゼンキルヘン同様、よく判らない(ちょっとだけ調べちょっとだけは判りました)銀行口座を連絡せよのメッセージ。仕方ないので、クレジットカードへの払い戻しを求めるメッセージを作成、やり取りの手間を省くため、クレジットカードが良しとなった場合を想定しての内容も加えて、でも、もしダメな場合はどうすればいいのか不安な気持ちで、メールを送信。すると、自動送信で受付メールが返ってきた。それを読んで思わず、「ふざけるな」「そないな内容を自動返信で送るなら、初めから、そうした内容で連絡せんかい」と、激しく突っ込んでしまいました。その内容は、「クレジットカードへの払い戻しを希望される場合は、その旨、ご連絡下さい」「購入された際のクレジットカードにだけ払い戻しできます」。要するに、黄紺のような要請内容のメールが、大量に届いたのでしょうね。それを、自動返信に書くなんて、思いやりの欠片ぐらい持ってよ、ホント。それどころか、払い戻し案内を書いているHPに、明示しとけよ、、、かなり腹が立ちましたね、これは。穏やかな日々ではあるのですが、やはり気になってしまうのが、つい先日までいたドイツ情勢。てなことを思いつつ、トルコの新聞サイトを開けたら、ファーティフ・テリムがコロナ検査で陽性が出たなんてのが飛び込んできて、びっくり。トルコ・サッカー界に激震が走りました。

★ 本日観るはずだったオペラ
ベルリーニ「ノルマ」(ハンブルク州立歌劇場/キム・ヨナ演出)


2020年 3月 23日(月)午後 9時 36分

 自主的自宅待機5日目。全くと言っていいほど、生活のサイクルが同じ。同じような時間に起きて、すぐに午前中のウォーキング。帰って来ると昼食。そして、午後2時から、繁昌亭チャンネルの生配信を観て、その後、ちょっとだけ雑用。今日だったら、オペラのチケットの返金手続き。これが面倒。そして、夕方のウォーキング。今日などは、家に帰ってきたら、もう真っ暗になってました。2回のウォーキングで、1日2万歩を、ほんの僅かに切る程度。今日は、最近では多めかな。それから、すぐには夕食にはしません。晩酌をすると眠たくなりますからね。トルコ・サッカー情報のチェックに入ります。でも、休止に入っているので、目ぼしい話題は、ほとんどない。日々アップしているニュースに取り上げる話題を見つけるのに、一苦労どころではない。でも、探し出します。普段だと、歯牙にもかけないニュースもピックアップしております。これが済むと、ようやく夕食。晩酌は、チューハイのロング缶1本と決めています。二度寝のための睡眠薬替わりに、夜中や朝方に、二度呑みをしなければならないものですから。このパターンを、2週間続けようとしています。まだ、半ばにも達していません。かなり、鬱陶しくなってきています。
 ところで、今日、フィリピンYoutouberの動画を観ていて、おもしろい発見がありました。ケチャップって、トマトだけだとしか思ってなかったものですから、バナナ・ケチャップなどというものが存在していることを知り、ひっくり返るほど驚いてしまいました。

★ 本日行くはずだったコンサート
ベルリン国立管弦楽団定期演奏会(ベルリン国立歌劇場/アントニオ・パッパーノ指揮、幻想交響曲など)


2020年 3月 22日(日)午後 9時 26分

 自主的自宅待機4日目。今日、タイ系Youtubeを観ていると、旅系Youtuberとコラボをして、最近の情勢についてのトークをしていましたが、その中で、この旅系の方、バンコク入りして以後、2週間、自主的ホテル待機をしていたそうです。ホテルと自宅との違いはありますが、やってること同じ。これに癒されたのが、今日最大の話題。これは、日本でも報道されていると思いますが、タイは、飲食店の営業はできなくなりましたね。ドイツは、どうしてるんだろうか。こないなニュースに接する度に、ハンブルク中央駅前の雑踏が思い出されます。ついでに、あの駅前のことを書いておくと、トルコ人の店が多く、外国人の行き交う姿が、とっても自然な地域。その辺は変わらなかったのですが、そういった中に、今回は、アブナイ系が紛れ込んでるなの印象。ちょっと、新世界の雰囲気が出てきていました。そないなところ、規制なんか、やろうとして効くんかいな。だけど、バンコクの歓楽街、効いてましたね。でも、黄紺の生活は、あまりに平々凡々たるもの。ま、外の世界との接触は、ウォーキングとYoutubeだけという生活。テレワーク落語会って、ホント、ありがたいわ。

★ 本日観るはずだったオペラ
ボイート「メフィストフェーレ」(ケムニッツ劇場/バラーツ・コヴァリク演出)


2020年 3月 21日(土)午後 9時 23分

 自主的待機生活3日目。世間的には、3連休の2日目。普段は、一人でいても、何ら苦痛はないのですが、軟禁が基本ですから、誰かを呼び寄せるわけにもいかず、さりとて、公共交通機関を利用したり、人が集まるところにも行けずとなると、かなり息苦しいものがあります。人間、ダメとなると、普段はやりたくなくとも、やってしまいそうとか、やりたくなるもの、正に、その状態。先は長いよ。普段から、付き合いを、きっちりとしてないと、こうしたときって、置き去りにされてる感が、簡単に出てきます。今日も、昼間と夕方のウォーキング以外は、外出はしていません。ウォーキングのときも、人のいなさそうなところを選んでいるな、確かに。時差ボケの方は、全く快復の兆しはなし。先週の今日は、ゲルゼンキルヘンにいたんだと、今日、何度、呟いたことでしょう。

★ 本日観るはずだったオペラ
クルト・ヴァイル「マハゴニー市の興亡」(マグデブルグ劇場/コルネリア・クロンブホルツ演出、名曲“アラバマの月”聴きたかったぁ!)


2020年 3月 20日(金)午後 8時 43分

 自宅待機生活2日目です。昨夜、12時前に横になるも寝つかれず、結局、朝の5時前まで、Youtubeを観たり、DVDを観たりで、結局、時差ボケがひどくなってしまってます。加齢が進むにつれ、時差ボケ解消に、随分と時間がかかるようになっています。そうしたなか、タイ系Youtuberの動画を観ていて、その何気ない一言に、耳がそば立ちました。「日本ではトイレットペーパーは、もう大丈夫なようだし、マスクも、アマゾンで買えるようで、、、」、これ、1つの動画の冒頭で語られた挨拶替わりの言葉だったのですが、トイレットペーパーはスルーしちゃったのですが、マスクのところで、「あっ」と声を上げたまま、固まってしまいました。自宅待機を続ける黄紺とは言え、いつマスクが要るか判らないので、帰国後、ウォーキングなどで外出する機会には、マスクを求めていたのですが、全敗でした。まだ、アマゾンが身についていない(DVD&書籍購入以外では使わない)ため、マスクを、アマゾンで調達することを考えなかったため、正に福音でした。早速、試してみると、あっさりとゲット。今日の夕方には手元に届いておりました。息子と買い物に行くと、すぐにスマホで、商品の種類、値段を確認して、量販店に向かって行きます。そない習慣になっている人からすると、こうした黄紺的思考回路は、あまりにも鈍く、うつけたものに映るでしょうが、ホントに、頭が、そうはなってないんだなぁ。でも、おかげで、マスクの心配は解消です。急いで、息子や弟夫婦に、メールで知らせましたが、送ってから、アホっちゃうと思われてるやろなと、ちょっと後悔。でも、そないなことが、黄紺には新鮮な出来事になるということほど、何もない一日。大体、今日から3連休だと気づかず、航空券を買った旅行社に電話をして、昼間から電話を切ってやがると、一瞬、むっとしてしまってたり、、、。シンガポール航空を使えないなか、捨てた航空券ですが、使えないという事実に、どのような対応がされているのか、その様子を聞こうとしたのです。ところが、電話を入れてから、1時間ほどしてから、シンガポール航空から、メールが入りました。「あなたの乗るベルリン発便はキャンセルされました」「対応については旅行社とご相談下さい」というものでした。いずれにしても、明日に持ち越しです、この件は。また、キャンセルとなったホテル代や鉄道切符代の補填が、保険で出ないかも調べたのですが、これは無理みたいでした。補償の対象項目には、どないに読んでも該当しなかったですね。あと、歌劇場などのチケット代金の返却手続きは、まだ、手を着けていません。数が多いのと、カッセ自体が閉まっている今、あまりに早く、メールを送ると、こちらの送ったメールが、メールの山に埋もれてやしまいかと心配しているのです。確かに、今週に入ってから、各歌劇場からのメルマガが、ほぼ停止状態なものですから、カッセが機能してないと判断しているのです。ま、これは、公演中止を知らせる歌劇場からのメールを、もう一度、ゆっくりと読んでみなければなりません。数が多いので、立ち往生しているというのが、正直なところです。そないな後始末をする一方、休日のルーティング、日に2回のウォーキングはこなしました。自宅待機のなか、人混みを避けながらのもの。でも、途中の買い物だけは、どうしようもありません。生きなければならないものですから。
 そういった鬱屈したなか、素敵な情報が、夕刻に飛び込んできました。桂宗助の桂八十八襲名決定の情報です。米朝事務所が発表したそうです。八十八は、「やそはち」と読みます。米朝師の俳名です。これまで、襲名という形で、この名前を残そうという試みがあったと聞いていますが、実現しました。で、これがあったから、宗助の上方落語協会入会があったのかな、そないな邪推もしてみました。吉報、吉報、です。

★ 本日観るはずだったオペラ
プッチーニ「ロンディーヌ」(アイゼナハ劇場/ブルーノ・バーガー・ゴルスキ演出 10年ぶりのアイゼナハが流れてしまった! Ne yazik!)


2020年 3月 19日(木)午後 7時 53分

 昨夕、帰国。僅か1週間ほどの帰国。なんか、自分が自分の家にいるのが、しっくりこない、居心地の悪さを感じさせられる緊急帰国です。時差と、帰国に関する気の張りか、いくらお酒を飲んでも、一向に眠くならないため、午前3時を回ったあたりで、横になると、あろうことか爆睡。目が覚めると、ほぼ12時でした。目が覚めたからと言っても、どこかに出かけるわけではない日が始まっただけです。ご飯を食べ、とりあえずの旅行の後始末をしているだけで、時間が過ぎていきました。夕方になり、ようやくウォーキングでもしようと出かけると、そのタイミングで雨。空を見て、明るい方に進み、買い物ついでのミニウォーキングに変更。うまく、雨からは逃れて、途中にあった公園では読書の時間。もう、ミニウォーキングの後半では、暗いなかを歩くというもの。相変わらずのことをやってます。

★ 本日観るはずだったオペラ
ビゼー「カルメン」(ベルリン国立歌劇場/マルティン・クセジュ演出、ダニエル・バレンボイム指揮、アニタ・ラフヴェリシヴリ、マイケル・ファビアーノ、イルデブランド・ダルカンジェロ、クリスティーヌ・カーク出演 Ne luks!)


2020年 3月 8日(日)午後 9時 37分

 いよいよ、オペラ紀行に、明日、出発です。飛行機のチェックインも終わっていますので、突発的なことがない限り、ドイツに行くことができます。そういった日を控えているからと自重はせずに、今日はお出かけ。がらがらの京阪電車に乗り、大阪に向かいました。1週間前も、同じような状態でしたから、悲惨としか言いようがありません。で、今日の行き先は百年長屋。今日の午後、こちらで、「第18回曲師の会」がありました。沢村さくらさん主宰の会です。その番組は、次のようなものでした。全員「トーク」、南湖(沢村さくら)「山内一豊とその妻」、(中入り)、真山隼人(沢村さくら)「徂徠豆腐」。冒頭の「トーク」では、三味線入り講談をしていたと伝えられている美当一調の話題が、大きく取り上げられました。全く知らない名前。侍の家の出だそうで、なんと、音源が残っているということで、それも聴かせていただけました。講談というにしては、定形句の型があり、それに合わせて、軽く節のようなものが付いており、最後に切れるところでは、明らかに節と言えるものになっていました。また、肝心の三味線は、音源が古く、録音状態は良くないのですが、微かに三味線が使われているのも確認できました。聴いた感じでは、浪曲の芽生えと言った方がいいかもしれません。桃中軒雲右衛門より前の人だそうです。そんなお話を聴き、また、事前に稽古も積んでおられたからでしょうね、実演は、とてもスムーズ。南湖さんが、三味線と、自身の声が被らないように、声を出さず、三味線を流すというのが、講談のいい間になっていました。ただ、三味線と合わすに相応しいネタだったかな。南海さんヴァージョンの「山内一豊」ですから、ギャグが満載ですから、合わせるさくらさんに難しい役が回ったかもしれません。隼人くんも、浪曲を一席。澤孝子師からもらったネタ。これ、前に聴いたときは居眠りをしてしまったから、覚えてないのだと思います。筋立ては、講談と同じ。ま、隼人くんが、「釈ネタから、、、」と断ったわけですから、最もらしいネタだったのだと思います。マクラで、また、こないなことを言ってました。「赤穂義士外伝に入るのですが」。これも、そうだったのですか。関係者だとは、ネタの中で出てくるものですから、判っていたのですが、「外伝」でしたか。抜き読みに進化させたということなのでしょうね。
 昨日の「神々の黄昏」について、大事なことを書き忘れていました。ジークフリートが、全てを忘れ、隠れ頭巾(何で、これを忘れてないんや!)を被り、グンターに成り済ますところ、舞台上にはグンター役の石野さんが出てました。カメラは引きっぱなしでしたが、明らかに体型が違うので、間違いありません。そして、歌唱は、マイクを通じて(だと思います)行うというものでした。黄紺的には初めてでした。DVDや生で観たプロダクションでは、全て、ジークフリート役の歌手が舞台に上がってましたから。グンター役の歌手を舞台に出すと、自ずと歌唱に困るわけで、今回のようにマイクを使うか、舞台裏で歌うしか手がないので、グンター役の歌手を出すのは嫌われるのかと思っていました。ですから、ここは、観る者の想像力にお任せということがお約束と思っていたもので、この「指環」4部作最大のサポライズだったかもしれません。これだったら、「パルジファル」の場合、あの剣の空中制止、見せてくれるかもしれない、なんて妄想に耽ってしまいました。


2020年 3月 8日(日)午前 8時 56分

 昨日は、何も予定を入れず、旅行準備をする手筈だったのですが、3日ほど前に、びわ湖ホールからメールが入り、この週末に予定されていながら、公演中止となったオペラ「神々の黄昏」を、無観客で上演し、それを、ライブ配信をするというのです。これば、観なければということで、朝から、段取りよく、旅行の準備を済ませ待機していると、オペラ紀行用に押さえてある航空会社から、チェックインを求めるメールが入り、それに関わっていると、いつの間にか「神々の黄昏」は始まっておりました。チケットを買っていた人以外でも、観ることができるということで、視聴者数は1万人を越える盛況。ところが、2回の休憩を挟み、6時間を要する長丁場。昼間から、手持ちのラクを呑みながら堪能させていただきました。そのキャストは、次のようなものでした。(ジークフリート)クリスティアン・フランツ、(ブリュンヒルデ)ステファニー・ミュター、(アルベリヒ)志村文彦、(グンター)石野繁生、(ハーゲン)妻屋秀和、(グートルーネ)安藤赴美子、(ワルトラウテ)谷口睦美、(ヴォークリンデ)吉川日奈子、(ヴェルグンデ)杉山由紀、(フロスヒルデ)小林紗季子、(第一のノルン)竹本節子、(第二のノルン)金子美香、(第三のノルン)高橋絵里。装置は、前の3作同様、古典的なもの。3人のノルンやジークフリート&ブリュンヒルデの住まいは、「ワルキューレ」などで使われた岩場、グンター&バーゲンの屋敷は、遠目にライン川を望むことを前提に、屋敷内と広いベランダ(屋上?)、最終場面は、グンター&バーゲンの屋敷の奥、ライン川に面したベランダ部の台上に、ジークフリートの遺体を置くと、前面に垂らされた透けるスクリーン、背後のスクリーンにも燃え上がる火の映像が投射され、ジークフリートとともに、ブリュンヒルデも火に包まれていくというもの。ブリュンヒルデの自己犠牲を、舞台上に具体的に表したものでした。ここまで、丁寧にテキストに応じた動きを表したのは、初めてでした。そして、やがて舞台の映像は、ラインの流れへと変わり、それに、ジークフリートの動機が高らかに鳴り、終演となりました。概ね、古典的なプロダクションでしたが、おもしろかったのが、ノルンを、ブリュンヒルデらの住まいと同じ場に出したこと、そして、冒頭のノルンのハケは、岩場にある穴に下がっていくというもの。それと、ジークフリートの命にかかわる場で、例えば、物忘れをさせる飲み物を口にする場では、ジークフリートにだけ、薄い青っぽい照明を当てるというアイデア。ちょっとクサイかなというアイデアですが、分かりやすいと言えば分かりやすい。でも、嫌味な印象を与えるものではなかったも確か。ちょっとしたアクセントになってたと思います。そういったアイデアが入ると、観ている楽しみが出てきますね。歌手やオケについては、ネット配信のために、音的に正確に把握できているとは思えないため、メモを残すのははばかれるところですが、ジークフリートを除いて、概ね良好という印象を持ちました。ジークフリートのクリスティアン・フランツは、高音を出すときに、ずり上げるような発声をするのが、気になって仕方ありませんでした。歌唱やオケが、概ね良好に聴こえたから、ついに最後まで観続けることができました。ワイマールのプロダクションがDVD化されていますが、それに、バーゲン役で出てられたのを観て、強烈なインパクトを受けた妻屋さん、シュトゥットガルトのアンサンブルのメンバーでもある石野さんは、生でアルマヴィーヴァ伯爵を聴き、好印象を持っただけに、生で聴きたかったな。でも、ライブ配信とは、いいアイデアでした。その一方で、再演はないのかなとも思ってしまいました。


2020年 3月 7日(土)午前 0時 45分

 今日の昼間は、オペラ紀行に持って行く手持ち資料の印刷。最後の点検でもあるのですが、今回は、小さなミスを発見。ベルリンでのある公演が中止になってため、新たな公演の手配をしたのですが、それに伴う修正をしたつもりだったのが、してなかったり。ちょっとした思い込みによるミスが見つかったりと、細かなことの修正をしていると、目がちかついて、またミスを犯したりと、時間ばかりが経っていき、未完成のまま、夜のお出かけ。今日も、カフェモンタージュでのコンサートです。今日は、「J.ブラームス」と題して、昨日と同じ5人の方たちのアンサンブルを聴くことができました。そのプログラムは、次のようなものでした。「J.ダヴ:ピアノ五重奏曲」「J.ブラームス:ピアノ五重奏曲 ヘ短調 op.34」。ダヴの曲は、昨日演奏されたものと同じもの。ショスタコもブラームスも、1曲だけだと、ちょっと公演時間としては短いということからの措置だと思うのですが、おかげで、昨日で味をしめた曲を、2回も聴くことができました。1度聴いているからでしょうね、ちょっとだけ楽しみ方を知っているというのは、より視野を拡げてくれたように思えました。結果、この曲の持つ変化の豊かさを、一層楽しめることになりました。ブラームスは、この2日間を通じて、初めて上里さんが、第1ヴァイオリンの席に着かれました。途中、ちょっと近藤さんがリードされてるような箇所を見受けるところがなかったわけではありませんが、もうド迫力の第4楽章を初めとして、よくまとめて行かれました。昨日は、久しぶりに最前列に座ったのですが、左端近くだったため、バランスを欠いたなの印象だったため、今日は、2列目の真ん中寄りの席に。ただ、昨日の席が良かったのは、チェロを正面から聴けたこと。かなり明るい音色が、いたく印象に残りました。入りは、2日ともに同じような入り。無断キャンセルありのため、予約数だけ席を用意されていたので、来られなかった数が読めるという状態。わりかし若い方の方が占有率が高かったなが、この2日間の特徴かもしれません。遊び場が減っているなか、とっても有難い2日間でした。
 今、この文をアップしようと、何気なくメールボックスを開けると、チューリヒ歌劇場から来シーズンのプレミア情報が、メルマガとして入っていました。3月に入ったということは、そういう時期ですね。チューリヒの目だったプレミア、抜き出しておきます。①ボリス・ゴドノフ(バリー・コスキー/ミヒャエル・フォッレ)②シモン・ボッカネグラ(アンドレアス・ホモキ)③ホフマン物語(アンドレアス・ホモキ)④カプリッチョ(クリストフ・ロイ)⑤ランメルムーアのルチア(タチアナ・グルバカ/ピョートル・ベチョワ)、、、さすが、チューリヒ、です。


2020年 3月 6日(金)午前 7時 5分

 昨日は、朝から息子が車を出してくれたので、この間の断捨離作業で出た大量のゴミを処理場に運んだり、また、追加作業をしたりしておりました。結構な疲労が残り、息子が帰ったあとは、眠くて眠くて。そして、夜はカフェモンタージュへ。かなり厳しい制約を求められての開催となりました。コンサートによっては、中止になったものもあるのですが、昨日のコンサートは開催が決断されました。遊び場所に困っていた黄紺は、喜んで出かけてまいりました。そのコンサートでは、「D.ショスタコーヴィチ」と題された、次の5人の方たちのアンサンブルを聴くことができました。(ピアノ)松本和将、(ヴァイオリン)近藤薫、上里はな子、(ヴィオラ)安藤裕子、(チェロ)江口心一。そのプログラムは、次のようなものでした。「D.ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲 ト短調 op.57」「J.ダヴ:ピアノ五重奏曲」。予約数だけ、席を用意されていましたが、無断キャンセルOKということで、3割近くは空席だったかな。また、恒例の前説も、終電後のレセプションもカットと、できるだけ会場滞在時間減を考えられた公演。でも、黄紺は、いつもと同じような時間に、会場に着いたため、時間カットと言っても、あまり関係がなかったかな。ちゃっかりした客は、予め際どく到着する旨を連絡しておき、席の確保までしてもらっていました。そんななかでのコンサート。カフェモンタージュで、ほとんど出たことのないショスタコをメーンに据えたプログラム。もう一人のダヴは、昨日初めて知った作曲家。この作品が2009年の作曲ということで、ブリテンの後継ぎ的な評価のあるイギリスの現代作曲家だそうです、ネット上での情報では。ショスタコは狙いの曲。おもしろい曲です。なんとなく神秘的な感じもあれば、不安定なメロディの繰り返しが、かえって気がつくと、ノーマルさを感じさせ、不思議な安穏さを生んでいきます。「ムツェンスク郡」で見せるような、激しい感情の発露も見せます。なかなかの佳曲と考えています。一方がダヴ、全く初めての曲だったのですが、ちょっとジャズっぽいテイストを感じさせるかと思いきや、ストラヴィンスキーが入ってきたりするのですが、概ね聴きやすい。ショスタコより、古典的な香りのする作品。いいもの教えていただけました。松本&上里カップル以外の演奏者は、初遭遇の方たちばかり。でも、調べてみると、皆さん、大変なキャリアをお持ちです。第1ヴァイオリンは、上里さんではなく、近藤さん。そのはず、この方、東京フィルのコンマス。安藤さんは、紀尾井シンフォニエッタ東京のメンバー、江口さんは東京都交響楽団の副主席と、東京で活躍されている方たち。いいプログラム、素敵な演奏、なのに、何と巡り合わせが悪いのでしょう。何の不安もなく、聴ければ良かったのですが。もう一度、この方たちの演奏を、今晩、聴くことができます。今晩はブラームスです。


2020年 3月 5日(木)午前 4時 55分

 昨日は、ツギハギ荘での「あかねの部屋」に行くはずだったのが、中止。遊び場所を奪われた黄紺は、ひたすら断捨離作業。3時間近くも、やっちゃいました。ようやく、こういった作業に、身体が慣れてきたのかなぁ。腰が、その長めの時間に耐えてくれました。一つには、昼間は、ずっと雨だったため、ウォーキングに出る気になれなかったため、断捨離作業に没入してしまったのかもしれません。それと、今日、また、息子が手伝いに来てくれるから、頑張って、出せるゴミは出しておかないとの気にもなっていたことも、大きいかな。それと、オペラ紀行が、直近に迫って来ているため、息子の助けを借りるのは、しばらくできないというのも、大きいかな。ところで、オペラ紀行絡みで、ぎゃっということが、昨日、一つありました。航空券を買った旅行社から、ひどいメールが入りました。このあと、3月中の出発便に乗る人たちには、キャンセルや変更があっても、一切、連絡はしないというものでした。そういったことの有無から、そして、キャンセルなどがあった場合、自分で、航空会社と折衝せよというものでした。「またかい」というのが、正直な第一声。まざまざと、台風で関空閉鎖時の悪夢が蘇りました。奇しくも、あのときと、同じ航空会社ときている、このアンラッキーさ。一応、その航空会社が、黄紺の乗る予定の飛行機については飛ばすとの情報は持ってはいたのですが、あのときと違い、減便数は少ないはずだから、旅行社は仲介するはずと信じていたのが、あっさりと裏切られました。一つだけ、よいしょすると、事前に、「できない」と連絡してきたことです。台風のときは、到底こなせないのに、こなそうというか、そのフリしたもんなぁ。今回は、幸い、帰国の際の出発地に連泊することになっているため、何かあったときの対応はしやすいかなと思っています。ま、出たとこ、勝負。飛行機に関しては、幾つかの修羅場を味わってますから、度胸だけは、ついているつもりです。ところで、ドイツの日本人に対する対応で、個人的に嫌な情報を得ています。遠縁の者が、ごく最近、ドイツ入りしたときのものです。具体的には書きませんが、発想は、ライプチヒのサッカー場での事件と同じだと、黄紺は感じています。ドイツも、日本と似た病理を抱えていますね。そちらの方が、気になっている黄紺でもあります。


2020年 3月 4日(水)午前 6時 17分

 昨日は、久しぶりにメトロポリタンのライブビューイングを観る日。今シーズンの2回目となります。当初は入洛して、一緒に観るはずだった福井の友人は、このご時世からかキャンセル。作品のポピュラリティが低いうえ、この騒ぎということで、客数は激減していました。エンターテインメント業界は、大打撃もいいところですね。で、昨日は「ヴォツェック」(ウィリアム・ケントリッジ演出)。そのキャストは、次のようなものでした。(ヴォツェック)ペーター・マッテイ、(マリー)エルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァー、(鼓手長)クリストファー・ヴェントリス、(大尉)ゲルハルド・ジーゲル、(医者)クリスチャン・ヴァン・ホーン。そして、指揮はヤニック・ネゼ・ セガン指揮という布陣。途中休憩なしのため、ライブビューイングとしては初めてらしいですが、MCの登場は、開演前と終演後だけというもので、主役2人に対するインタビューも、カーテンコール直後というもの。舞台は、半円状に階段が組まれ、階段の上部にスペースがあり、そこに、ヴォツェックの家などが組まれたり、奥に向かい八つ橋の一部的な板が渡されているというものだったのですが、舞台前面にスクリーン、例の内部の透けるスクリーン、それと、階段上部背後、かなり手前に設えられているホリゾント、この双方に画像&映像を投射したり、階段上部にもテレビ状のスクリーンが置かれることで、小ぶりの画像&映像が出てくるという構造になっているという装置でした。そういった画像や映像を観ていると、コンセプトは「戦争」に収斂させて行っているように捉えるのがいいのかなと思えました。その象徴的な演出が、ラスト、パペットが一貫して使われたヴォツェックとマリーの子どもが防毒マスクをかけて現れたことかと思います。ですから、同じ戦争でも、細菌戦や化学兵器を使った戦争を想起させるものになっていたように思えました。この作品は、20世紀の矛盾に満ちた世界を、下級兵士ヴォツェックを通して表した作品、しかも、この20世紀の新たな矛盾というものは、既成の音楽では表し得ないものとして、十二音技法がドはまりしていると考えるのは、言うまでもなく黄紺だけではないでしょう。でも、下級兵士から戦争に思いをはせるというか、プロレタリアートと連携するような下級兵士、独占段階に入った資本主義社会の矛盾を想定していたため、もちろん、作曲された時代を考えれば、的を得た、このオペラのコンセプトだったのでしょうが、このプロダクションは、より現代的に歩を進めようとしたのでしょう。資本主義も、幾重にも様変わりを見せ、先進資本主義国では、プロレタリアートの中産階級意識が進行してしまったあとの時代に必要なプロダクションとして、現代の戦争、それと、個を対置させようとしたのかなと思わせられたものでした。そうだからでしょうか、主役2人の歌手のキャラから来るのかもしれないのですが、泥臭さが減り、わりかしお上品なヴォツェックであり、マリーだなの印象でした。黄紺的には、アンドレアス・ホモキのプロダクションの持つ閉塞感が、この作品のベストと思い込んでいるところからの視点かもしれないのですが。注目のヤニック・ネゼ・ セガンの指揮、朝の公演なもので、結構な居眠りをしながらの鑑賞だったため、演出ほど音楽作りにメモを残す自信がないのですが、この点においても、かなり絶対的な基準を持っている(ハンブルクでのケント・ナガノ)ため、比較してしまうのですが、緻密さでケント・ナガノに軍配でした。


2020年 3月 3日(火)午前 6時 13分

 週末は、厳戒体制下の大阪で遊び続け、週明けは休日。時間がたっぷりあるわりには、時間がなくなった原因は、昨日、Youtube上で行われた「テレワーク若手上方落語・上方講談グランプリ」のアーカイブを観ていたため。かなりの頻度で、落語会が中止になっているのを逆手に取った「テレワーク落語会」。昨日の朝10時から、4部構成で、計12人の噺家さん、講釈師さんが、登場しました。日曜日に、しかも、直前の声かけで、それだけ集まったのが凄いし、仕事からあぶれた証拠かもしれないのですが、桂紋四郎宅からの配信。昨日の朝10時過ぎに、そのチャンネルを開くと、なんと、雀太が、朝っぱらから「宿屋仇」を口演しているのに遭遇して、びっくり仰天。「本気や」というコメントが、また、刺激を与えてくれました。昨日は、落語会に行ったため、アーカイブのお世話になったということなのですが、Youtubeの規定で、チャンネル登録者数が千人を超えないと、「投げ銭機能」を使えないので、当グランプリは、違った方法で「投げ銭」を集め、それを、「最多グッジョブ・ボタン数」を獲得した優勝者の賞金に当てていました。その前5日間の「テレワーク落語会」の出演者ギャラは、それで充当。おもしろい試みです。もちろん生で落語を聴く方がいいのは当たり前。でも、聴く機会が激減するなか、編み出された落語に触れる機会の創出に大拍手です。考えてみれば、普段、生の上方落語に触れられない人たちは多数いるわけですから、そういった人たちにとっては、まことに朗報となっているはずです。それを見透かしたように、このグランプリの優勝者桂雀太が、ツイッターで次のように呟きました。「1人で協議の結果、1番遠くでご視聴いただいた方の処へ赴き、そこで生ワークをして、それを#テレワーク落語会にすることにしました! 皆様のご祝儀(優勝賞金)は、その旅費に充てさせていただきます」。なんか、時代が動いている感がします。そういった新しいことがあると、時間が経つのも早い。あっさりとした一日になってしまいました。でも、買い物ついでなんかで、日に2回のウォーキングは欠くことはありませんでした。


2020年 3月 1日(日)午後 6時 38分

 今日も落語を聴く日。自粛ムードの漂うなか、これで、3日連続で落語を聴きに大阪に向かいました。金曜日はまだしも、週末に入ってからは、電車は閑古鳥がないています。そして、黄紺も、ついにマスクを着用してのお出かけとしました。昨日までは、マスクなしで、人寄り場所に出かけとったんかいと突っ込まれそうですが、そうでした。マスクは、手に入らないものと決め込んでいたのと、金曜日に出かけた際、北浜から堺筋本町界隈のマスク率の高さから、マスク着用の必要性なしと思ったことが大きかったのです。その一方で、今日からマスク着用に踏み切ったのは、「マスクは手に入る」と確信したからで、実際、あっさりと買えました。というのは、これだけマスクをしているのだから「買えるはず」と認識したということです。必要性については、二点あります。あまりにもマスク度が高いものだから、着用してない者への数による圧迫が凄まじいのです。誰かに嫌な顔をされるなんてことはないのですが、完全に数の暴力で、精神的に良くないのです。もう一つは、黄紺は軽いアレルギーがあり、普段の環境にないものが飛んでいると、すぐに気管が反応し咳が出ます。昨日の帰りも、環状線の大阪城公園前駅から乗った人か、ドアが開いたときに入ってきた外気かが業をして、むせかけました。ところが、今の環境で、マスクなしで咳はしにくい。京橋駅までむせ続け、駅に着いた途端、外に飛び出し咳をするということがあり、これは困った。そんなで、朝から近くのスーパーでマスクを買うことにしたというわけでした。オペラ紀行に行く航空機内では、マスクをしようとは思っていたため、「マスクは手に入る」ことを知っただけでも、いい経験になりました。で、今日の落語会は、千日亭であった「染左つれづれ噺の会」。今日は、予定では、福井から高校時代の友人が来て、一緒にメトロポリタンのライブビューイングを観ることになっていたのですが、友人からはキャンセルの連絡。軒並み中止ですから、ライブビューイングはいつでも観ることができるということで、今日は落語会を選んだというわけです。その番組は、次のようなものでした。希遊「道具屋」、染左「本能寺」、呂好「井戸の茶碗」、(中入り)、染左「辻占茶屋」。希遊は、できちゃったなどで見かけていたので、姿形は知っていたのですが、落語を聴くのは初めて。なかなかどうして、歯切れが良く、緩急を心得る、しっかりとしたお喋り。落研出身かな、上下を切るのに慣れているな感があるように見えてしまいました。楽しみな人が増えたなの印象です。ここまでは良かったのですが、肝心の「本能寺」から頼りなくなってきた、もちろん自分自身がですが。半寝で、「本能寺」「井戸の茶碗」という大ネタを聴いてしまいました。呂好の「井戸の茶碗」は、先日の勉強会は、完全にダメだったのに比べると、かなりはましだったのですが。そういったなかでのメモを記しておきます。「本能寺」は、鳴り物がしんどかったなという印象。「本能寺」をネタとして持っている噺家さんが、そもそも少ないわけで、打ち合わせをしていたとしても、アクシデントは起こるもの。鳴り物が入らなかった箇所があったのじゃないかな。その不安は、噺家さん自体にも伝染するかもしれません。狭い高座ということもあるでしょう。染左の型がピリッとしてなかったような、但し、半寝の目でのことですから、あやふやなことを書いたかもしれません。「井戸の茶碗」では、呂好の年齢からして、どうしても、千代田卜斎が描きにくそう。逆に、高木作左衛門は、年齢的に近いからでしょうね、溌剌としていて、清廉な青年武士の雰囲気。千代田卜斎親子には、あまり貧しさを感じないというところも、気になりました。風格という観点では、清兵衛さんと千代田卜斎で、身分ほどの違いは感じられませんでした、半寝の目には。大ネタの締めは「辻占茶屋」。久しぶりの遭遇です。一番最近で聴いたのは誰か、これが思い出せないので、結構な前になると思います。染左でも、複数回聴いているはずです。そう言えば、前回も染左だったかも。でなければ、生喬という気がしてきています。三味線を入れるタイミング難しそう。「本能寺」と「辻占茶屋」を同時に出すというのは、ほとんど三味線方いじめ。サディスティックと言ってもいいくらいですが、それを受け持ったのは岡野鏡ちゃん。試練の日だったはずです。「辻占茶屋」では、ちょっと声が小さなところがあったのは、反省点ですね。その辻占の場面も、この噺の売りですが、筋立てを考えると、四ツ橋の場面で暗さ、静かさが出ると、楽勝と思ってます。すると、そのあとの南地に戻ると、一挙に明るさを感じ、バカバカしい下げが生きるように思うのです。ただ、この後半部に居眠り度が上がり、染左の口演の雰囲気が思い出せないのです。この会が、通い慣れた千日亭ラストになります、もちろん自分的に。上のトリイホールは、お寺の本堂として、また、貸しスペースになるみたいなのを、今日、初めて知り、全て無くなるものと思い込んでいた黄紺は、肩透かしを食らった感じを持ってしまいましたけど、千日亭の場所は、どうなるのかは判らずじまいでした。


2020年 3月 1日(日)午前 4時 32分

 昨日の催しは、相次ぐ中止。いい公開講座が林立していたのですが、軒並み中止。大学関係は中止ないかもという考えは、甘いものがありました。そういったなか、いい演芸会を見つけました。昨日予定されていた演芸会が、主催者側からの通告で中止が決まったのですが、出演予定だった芸人さんが、自分たちで会の開催をしたのです。本来の会は「質屋寄席」。出演予定だった智丸さんから、中止のメールとともに、新たな会、題して「コロナを吹き飛ばせ!演芸会」の連絡をいただき、そういった会があるのを知り、応援したい気持ちもあり、急遽、昨夜、予約を入れました。場所は百年長屋。この狭いスペースに、豪華な顔が集いました。その番組は、次のようなものでした。智丸&真山隼人「挨拶」、智丸「天狗刺し」、染八「ちしゃ医者」、呂好「代書屋」、南湖「清水次郎長外伝/大瀬半五郎」、(中入り)、真山隼人(沢村さくら)「水戸黄門/散財競争」、幸助福助「漫才」、新治「七段目」。冒頭の挨拶で、この会の経緯が判りました。「質屋寄席」のブッキング担当は、元々、亡き福車、これは知っていたつもりだったのですが、福車亡きあとの後継者を考えもしてなかったのですが、それが智丸だそうです。理由はカットしますが、従って、今回の中止の連絡は、智丸を通じて、各出演者に連絡がされたことになります。その連絡を受けた隼人くんから、逆提案され、今回の会が実現したそうです。それが、冒頭の2人による「挨拶」になったというわけです。ただ、元々の出演者を、しっかりと把握してないので、中途半端な書き方をしますが、幸介・福助、染八は、急遽参戦組は確かですが、呂好がどうだったかは不明。それ以外の出演者は、元々の出演者ですが、元々の出演者から抜けた人がいるかどうかも把握していません。せっかく、そのようにして生まれた会でしたが、「入りは寂しかったな」。でも、ホントの演芸好きが集まったということもあり、空気は頗る上々で、楽しいものとなりました。智丸の「天狗刺し」は3度目くらいかな。坊さんを捕まえて、京の街中を歩く場面は、全面カット。いきなり、甚平衛宅に戻って来て、間違いを指摘されるとなっていました。下げも、高僧に何をするかと怒る坊さんを指し、「天狗になっている」というもの。前の下げは、突拍子もないことを言い、「それを、あんたに相談に来たんや」というものだったと記憶しています。染八は、またまた、福笑からネタをもらいました。思いっきり汚い「ちしゃ医者」です。マクラで、弁明しなくてもいいのに、やっちゃってました。噺の流れの中で、「これ、福笑師匠からもらいましてん」、これだけを入れればいいのにと思いました。当然、福笑ネタが、簡単に入るものではないはずですが、「蓮の池」をもらった最初の方の口演に比べると、間違いなく、福笑テイストをこなしているなとは思いました。この間の精進の証明じゃないかな。呂好の「代書屋」は、確かネタ下ろしのときに聴いているはず。それ以来の遭遇となります。鶴志からもらったネタだったはずです。前回の記憶は、最初から最後まで、平板に過ぎたという印象。それに比べると、抑揚が生まれてました。山が、幾つも用意されてました。ただ、その山が、中盤から後半にかけて、乏しかったのが残念でした。南湖さんは、会場入りのときに顔を会わせたので挨拶をすると、「こないだと同じネタになります」と一言囁いていただきました。そう言えば、こないだの南湖の会で、「このネタを、何度か口演の機会があるから、口ならしをしておきたい」と言ってられた。でも、肝心の発表の舞台、東西交流の会が中止になってしまいました。若手の噺家3人のあとに、出番の南湖さん、やたら貫禄を感じさせた高座でした。この会の仕掛け人隼人くんは「水戸黄門」。このネタ、同じ百年長屋で遭遇しているのですが、そのときは居眠りをしてしまった記憶が残っているもの。冒頭、「かの上岡龍太郎さんが、こないなアホなネタが、、、」と言われたものと言ってから、ネタへ。確かにばかバカバカしいもの。道楽息子が吐き出した柿の種がご老公の口に。怒ったご老公、新町の名店に上がり込み、その道楽ものに、散財競争を挑み諌めるというものだけど、その使った手が無茶。権力の乱用もいいところです。そんなで、確かにバカバカしい一席でした。浪曲の持つ多様性という顔です。幸助・福助の漫才を身近に聴ける至福の時間のあとは、トリの新治。重しとなるいい番組。ちょっと細くなったかな。最近、顔の艶が戻り、体調は完全快復を見せてもらっていただけに、ちょっと気にはなったのですが、単なる加齢の成せる業でしょう。調べてみると、来年70歳、納得です。ネタは、新治で初めて聴くことになった芝居噺。「今日は、三味線にはやしや福さんが来られています」と、三味線方を紹介してからネタに入るというのは、新治らしい。実は、トイレに行った際、福さんをお見かけしていたのですが、どなたか判らず、考え込んでいたもので、黄紺的には嬉しい情報でもありました。「七段目」は、恐らく新治オリジナルなものと思われる箇所が、幾つか入ってました。番頭も、思わず、芝居の真似をしてしまったり、七段目の芝居への入りを、少し前倒しにして、情景の情報を与えてくれたりと、首肯できる工夫と看ました。ただ、若い人の「七段目」を観慣れているため、年齢的なところから来る身体の切れに寂しさを感じないわけにはいきませんでしたが、これは無い物ねだりになります。それを、台詞の言い回しが補うというのが、ベテランの高座ですものね。もうお腹いっぱい。文楽劇場での「上方演芸特選会」に匹敵するグレード。楽しかったぁ。隼人くんも言ってましたが、このご時世に、場所を提供された百年長屋のオーナー氏にも感謝です。


2020年 2月 29日(土)午前 8時 43分

 昨日も、中止のメールが入りました。連絡が入らないので強行かと期待していた「神々の黄昏」が、ついに中止を発表しました。滋賀県の損失はいかばかりか、継続できるのか、そんなことまで考えさせる中止の発表です。その辺りまでを視野に入れての発表だったと思いますが、残念の極みです。そんなで、続々と中止の連絡が入るなか、唖然としたのが、来週に予定されていた、元同僚たちが集まる年1回の巡検の延期連絡。奈良の田舎を歩くというものなのに、中止に唖然とするしかありませんでした。確かめてみると、誰か一人がクレーマーになったみたい。オペラ紀行に出かけようとしている者には、強烈な一撃ですね。でも、気にせずに、昨日は、落語を聴く日に当てました。実は、昨日は、午前中に京都市内で市民向け公開講座を聴き、夜は、大阪で、民博主催のシンポジウムに向かう予定でした。このシンポジウムは、「ドイツのトルコ人」から日本への将来的な移民について学ぼうというものだったため、とっても関心のあるど直球のテーマでした。衝撃の大きさは半端ではありませんでしたが、考えてみると、民博って国立だったので、官邸の要請には逆らえずということなのでしょう。そんなで、がら空きとなったため、落語会や映画を探したところ、行き着いたのが、とある落語会。高津神社で行われた「ごぶりゅうの会」でした。2015年入門の噺家さんの同期会です。まだ行ったことがない会、まだ遭遇したこともない噺家さんがいる、これが決断ポイントでした。その番組は、次のようなものでした。全員「トーク」、文路郎「お忘れもの承り所」、小きん「動物園」、りょうば「鷺とり」、(中入り)、遊真「幽霊の辻」。「トーク」で気づいたのは遅かったのですが、2/4の確率でサラブレッドがいるというグループ。先代文枝の孫と枝雀の息子。りょうばの方は、随分と遭遇機会もありますが、小きんは見るのも初めて。文路郎もそうでしたから、「トーク」で、4人が出てきたときは、小きんと文路郎の区別ができませんでした。ただ、後で判ったのですが、声を聞いていたら、間違いなく判ったはず。間違いなく、文枝のDNAは受け継がれていました。ということは、「トーク」で、小きんの声を聞いていないということ。文路郎もそうだから、結局、「トーク」は、りょうばと遊真の漫才になっていました。わりかし真面目な話をしかけるりょうば、それに、いい感じの突っ込みが入っていきました。この二人が、前座として、よく使われ、あとの二人が前座として使われている姿を見たこともない、わけが判ったように思えました。「トーク」だけでなく、落語に入っても、納得。文路郎のマクラの内容は、わりかしおもしろいのだけれど、友だちとの雑談口調。演出ならともかくも、「トーク」でも明らかなように、そないな器量を持ち合わせているとは思えませんでした。小きんは、後から上がったりょうばも言ってましたが、喋りっぷりが、あまりにも古風。師匠の小文枝は、そないな口調でなしとなると、どこから、どうしてという疑問が付いて回ります。しかも、この4人では、年齢的に一番下(キャリアでは一番上)なものですから、余計に不思議さが増してしまいました。この2人のネタ選びにも不満。自分たちの勉強会で「動物園」は、ダメでしょう。「お忘れもの」も、文枝一門では「動物園」的扱いのネタですから、同様のことが言えると思うのですが。一方の2人は、落語でも聴かせてくれました。「鷺とり」は枝雀ネタ。りょうばは、完全に、それを意識していましたね。雀とりのところでは、黒田節を省いたり、鷺の嘴を、手や腕を使い表したり、鷺の目覚めのシーンは枝雀コピーにならないような努力をしたりしていました。そないな気の使い方を見せながらも、とっても流れる。小ぎみ良さは抜群。ここで、グレードがぐーんと上がりました。中入りを挟んで、遊真の登場。またまた、噺家さんには人気ネタが出ました。最近は、ちょっとはブームが収まったかと思っていたのですが、遊真は、きっちりと目を着けていたようです。やはり、りょうば同様、噺が流れる。流れるのだけれど、繰り返しにダレを感じてしまってる空気が流れてしまってました。婆さんの喋りに、「なんやろ」ではなく、「またや」の空気が流れてしまうのです。やはり、原因は、婆さんの喋りにありそう。語りの中に入れる、ちょっとした間かなと思いながら聴いていました。そう考えると、佐ん吉の口演が懐かしくなってきてしまってました。そないな気が起こり、家に帰ると、話題の紋四郎主宰の「テレワーク落語」に佐ん吉が出て「佐野山」を喋っていました。そうそう、これこれと、遊真の口演が単調だと気づいた次第でした。婆さんの話を聴く男の態度はいいのですがね。考えてみたら、このネタも枝雀ネタ。りょうばで、強く枝雀を意識させられたのが、中入りを挟んでも続いてしまいました。


2020年 2月 28日(金)午前 5時 41分

 昨日は、どこにも出かけなかった日。元々、昨日は、片付けの手伝いに、息子が来ることになってた日だったもので、何も入れてなかった日。ところが、息子の得意技、直前になり変更を言ってきたため、何も入れられなかったのです。まだ、オペラ紀行の準備が完成してないもので。ですから、朝から、そればかりをしてました。Simカードを買わない替わりに、事前に下調べをして、それをシート化して持って行くのは、わりかしワードとの格闘になります。ようやく、ほぼできたかな。あと少しだけ、ベルリンでの催し情報を把握すれば完成と言えます。そないにして、時間を作ったいるのに、無慈悲にも、昨日の安倍首相の自粛要請に呼応して、中止を決め込む団体の多いことに、びっくりしてます。大阪市と枚方市、いいか悪いかは別にして、動きがフライング気味かと思ったんだけど、同じ動きになりました。学校も休むとか。家に子どもだけというところ出てきて、大丈夫なのかな。そのフォローできているのかな。そないなことで、黄紺的叫びを書けば、「遊び場所を奪わないで」となります。国や地方公共団体が関わる市民向け公開講座が閉じられたのは、きついね。一番楽しみにしていた、民博主催の「ドイツのトルコ人」に関わるシンポジウムの中止。ここまで出すのが遅れたのだから、3日遅らせてくれたら良かったのにね。こういった講座系の中止は、参加者が年配の人が多いということもあるのでしょうね。そこへ来てトドメを刺されたのは、ツギハギ荘の3月半ばまでの閉鎖。それ何すんねんというところで、会場使用者が判断するならともかくも、会場を貸す者が閉め出すとは、これは想定外の反応でした。そういった感性の持ち主がオーナーさんだということをインプットしておきます。一方で、一方的にキャンセルされた芸人さんが、その非道(恐らく中止の通告だけでノーギャラだと思われます/黄紺の勝手判断ですが)に対抗するかのように、芸人さん自身が、他会場を借りて会を主催するという動きがあるのに、ちょっとした芸人魂を見た気がしました。そんなで、黄紺の予定表には「中止」の文字が、たくさ~ん。慌て、今日の落語会に予約を入れました。で、昨日は、何もない日だったため断捨離作業もやりましたよ。でも、2時間やったものだから、腰が悲鳴を上げています。大丈夫かなぁ。立ち上がったり、単に歩くのもヤバくなってきている(痛みがひどい)ので、マジ、ヤバいのです。ウォーキングもしてないものだから、夕方から集中して歩くと、一層、腰に負担が来てしまった雰囲気。オペラ紀行前だよ。でも、頚椎の手術痕の影響ではなくて、単なる加齢から来てるのだろうと思えるのが、慰めかな。


2020年 2月 27日(木)午前 1時 19分

 今日は、午前中から午後にかけて、息子に手伝ってもらい家の片付け。今日も、2回、ゴミ処理場まで、車を出してくれました。でも、オペラ紀行が迫るなか、最低限の目標には行けてはいますが、断捨離を完遂するのは無理な情勢です。そして、息子に付き合ってもらい、時間調整をしてのち、久しぶりに落語会へ。今夜は、船場寄席であった呂好一人勉強会に行ってまいりました。コロナウィルスで騒がしいなか、吉の丞の会もあるということで迷ったのですが、最近、無沙汰にしている呂好の会を選ぶことにしました。その番組は、次のようなものでした。呂翔「狸賽」、呂好「癪の合薬」「井戸の茶碗」「八五郎坊主」「二十四孝(だと思う)」。ゲストなし、前座として、弟弟子を迎えただけで、呂好奮闘4席という勉強会。しかも、「癪の合薬」は、口演2回目、「二十四孝(だと思う)」はネタ下ろしという大奮闘でした。黄紺的には、まず、呂翔が初遭遇。姿形も思い出せなかったのですが、実際に目にすると、どこかで見ています。どこであるかは思い出せないのですが。高座は初遭遇ですから、繁昌亭ででも見かけたのかもしれません。高座に上がると、緊張しているのだと思いますが、チック症状じゃないかな、眉間に皺を入れて喋るのが気になります。特に、今日の高座のように、低めで、最前列との距離が短いと、高座で受ける圧迫感が大きいので、出やすいでしょうね。毎度でなければいいのだがと思ってしまいました。その呂翔の高座の後半から、早くも居眠り。大阪へ行く電車の中で眠ってましたから、悪コンディションでした。息子が来てくれる1時間前から、片付け作業をやってたもので、さすがに今日は、その疲労が原因でしょう。呂好の口演で、まともに聴けたのは、「癪の合薬」だけ。「井戸の茶碗」「二十四孝(だと思う)」という大きなネタは、ほぼ全滅でした。そないななか、書ける範囲内のことをメモっておくことにします。「癪の合薬」は、二乗の口演では、春と秋とを使い分けています。姉妹のお出かけのわけを言う冒頭のところで使い分けています。今の時期なら春かなと思っていたところ、呂好は秋の噺にしてましたから、両用ではないようですね。全体を通した感想では、何やらダイジェスト版を聴いた雰囲気。あまり引っ張るとやらしくなりますが、なさすぎると、やはり寂しいのは、笑えるツボがはしょられる場合。なんか歯ごたえを感じないまま、終わってしまったの印象。不得手なのかな、こういった滑稽噺。「八五郎坊主」は、それとえらく真逆の印象。勝手し放題の無頼漢の空気が、よく出ていて、「癪の合薬」とは、出来栄えが天と地の差があると思っていたのに、居眠り。「たけくらべの会」でも出すようなので、聴き直すかと、ちーとは考えないでもないのですが、、、。あとは書けません。欠片ほども書けないほどの居眠りだったからです。


2020年 2月 26日(水)午前 4時 00分

 昨日は、息子家族と一緒に、弟の家に行く日。大きくなったDを、弟夫婦に見せようというのが、そもそもの発想だったのですが、その話を息子にすると、じゃ、皆でと、話が大きくなり、そないなことになったのですが、ここにきて、Sが風邪をひいてしまったため、Sはキャンセル。一人家に置いておくわけにいかず、結局、弟の家に行くことになったのは、息子とDとだけになってしまいました。弟の家では、姪っこの子ども2人(HとR)の保育所送り迎えをしているため、この2人も合流することに。ここに、初対面の3人が顔を合わせることになりました。年齢順に書くと、H(f)→D(m)→R(m)となります。この3人の年格好が、一世代上の息子の世代3人と、よく似ています。ましてや、その3人が、揃って顔を合わせるということもあり、大にぎわいのうえ、とっても和んだ空気があることから、安心感があるのでしょうね、HDRの3人がやりたい放題。この風景は、まるで一世代上の3人のときと同じどころか、間違いなく上回っていました。本来なら、あともう一人Sが、これに加わるわけですから、えらいことになります。Dは、初めての場所にも拘わらず、走り回っておりました。家に帰ってから、いつものように眠ったでしょうか。興奮で寝なくて、息子らを困らせているかもしれません。でも、楽しかったぁ、ホント、楽しかったぁ。思い出すだけで、顔がほころんでしまいます。HもRも、どうだったでしょうか。姪っこを困らせているかもしれませんね。


2020年 2月 24日(月)午後 7時 20分

 今日も、お出かけなしの日。大阪まで映画を観に行くことも考えていたのですが、実際、当日になると、オペラ紀行の出発が、徐々に近づいている今、この間続けてきた断捨離作業、まだ完成していない旅行準備に当てた方が落ち着くだろうと判断、結局、出かけるのを止め、そのお仕事に加えて、日に2回のウォーキングをすると、あっという間に夕方でした。片付け作業は、中腰でしてしまうことになるので、あまり連日はしない方がいいのですが、片付け途中の家は、どうしても落ち着かないものですから、続きをしてしまいますね。ただ、家の中にゴミを置いておくスペースがなくて、そんなには続けられはしないのですが。


2020年 2月 23日(日)午後 7時 40分

 京阪電車の定期券が切れ、ということは、旅行が近づいているということなのですが、そのため、お出かけは控え気味。出かけても、京都中心にということを考えてのスケジュール立て。今日は、正に、家でまったりする日に当てました。こうした日は、ゆっくり気ままにできる、そういった日に睡眠障害が出ても、うまく二度寝さえできれば、ストレスも溜まらないし、身体も辛くないのです。実は、昨晩、寝付きは良かったのですが、2時間半ほどで、目が覚めてしまい、サッカー中継を聴いておりました。おかげで、ベシクタシュとトラブゾンという注目の試合を、ライヴで押さえることができました。週末に、眠れないと、これが救いです。でも、朝から出かける予定があるときに、いくらサッカー中継を楽しんだからと言って、満足な睡眠時間を確保できてないと、昼間が辛いんだなぁ。昼間が眠い、これ、救いがないわぁ。でも、今日のように、予定を入れてないときは、気楽、気楽。で、昨晩のサッカー、おもしろかった。トラブゾンに対して、ベシクタシュ、大健闘です。勝つかもと思わせてくれましたもんね。今夜は、フェネルとガラタサライの一戦があります。ダービーが、一節に二つもあるという、豪華な週末です。今季のスケジュール、上位同士の対戦が、わりかし早くあります。後半がつまらなくなるかもしれないなと思っていますが、その前に、トラブゾンが優勝してしまうかもしれませんね。そして、昼間は、お出かけなしの定番を辛うじて維持。ウォーキングに時間をかけると、断捨離作業の時間やオペラ紀行の準備の時間が取れないので、えらく時間に追っかけられてしまいました。まったりするはずだったのが、結構、外れてしまったなの印象。あえなく、夜になってしまいました。


2020年 2月 23日(日)午前 3時 44分

 昨日も、京都アスニーである市民向け公開講座に行く日。昨日は、「アスニー京都学講座」として、京都市歴史資料館の井上幸治さんによる「平安京の中間管理職」という演題のお話を聴くことができました。今まで聞いたこともなし、意識もしたことなしの人たちに焦点が当てられたお話ということで、楽しみにして出かけたのですが、ここでも、またまた居眠り。なので、いただいたレジュメで、解る内容だけをメモっておくことにします。平安時代中・後期の貴族たちを、そのヒエラルキーで分けると、次のようになります。①一位~三位=公卿②四位・五位=諸大夫③六位以下=侍④無位=凡下。我々が、日本史を読むとき、おなじみの人物、藤原道長、菅原道真などという人物は①。安倍晴明、紀貫之は②。我々が知りうるのは、高々、ここまでなんだけど、諸大夫や侍という位階に相当する中間管理職や下級官吏が、実は多数を占め、支配層を形成しているとは言え、決して、平安朝の貴族の持つ雅なイメージからは程遠い人たちがいたことは、完全に吹っ飛んでいます。そのあたりの人たちに焦点が当てられたのが、このお話。そういった中間管理職の 一つに太政官の外記に焦点を当てたのが、この講演となりました。外記(げき)の職務が、一番の話題であったようです。外記とは、太政官の職員で、少納言局(外記局)の構成員。そのお仕事は、次の3つとか。①除目(じもく/人事会議)の準備、人事関係資料の作成・管理をしていた②外記日記の作成=日々の儀式の記録作成(儀式の出席者のチェック)③申文(もうしぶみ/申請書)の作成。これを見ると、めっちゃ事務屋さん。平安時代の貴族と言えば、歌舞管弦を嗜む、そんなのしか持ってなかったイメージ。でも、平安京で働いていた官人とは、この講演で話題にされた人たちが、大半を占めていたはずと言われていました。確かに、お役所に出仕して、仕事をする、とっても地道な日常があったという、ごく当たり前のことが看過されていたことを知っただけでも、このお話は値打ちは十分あるもの。その臭いに反応しながら、居眠り三昧とは、まことに勿体ない話ですね。


2020年 2月 21日(金)午後 11時 31分

 今日は二部制の日。午前中に、市民向け公開講座を聴き、夜は講談会に行くというもの。まずは、午前中の講談ですが、毎度おなじみの「ゴールデン・エイジ・アカデミー」。2月のテーマは「戦国時代の武将たち」ということで、今日は、「京都から見た本能寺の変ー信長と光秀」というお題で、奈良大学文学部教授の河内将芳さんのお話を聴くことができました。今日も、予想されたこととはいえ、居眠りの時間になってしまいました。ですから、その場にいた記録として、いただいたレジュメから、ちょっとだけ判った内容だけをメモっておくことにします。話題は、なぜ、信長が本能寺に居て、信忠が妙覚寺に居たのかということ。この点は、以前、花園大学での講演で聴いたこととかぶるのですが、信長は、安土に居を構えていて、京都には、何ら用事があったときにしか来ていないというお話から想像できます。本能寺&妙覚寺というのは、その時期の宿泊地の流れを把握している者なら、誰しもが殺れたということでしたが、何のためにについて、今日のレジュメを見ると、信長で、話題に上る将軍任官に関する何らの返答とされていました。ということは、任官の働きかけなるものがあったということになりますので、それはそれで議論になると思います。信忠の方は、堺見物絡みとなっていました。レジュメからは、それくらいしか、手繰り出せないですね。
 京都アスニーを出ると、ちょっとだけ寄り道をしてから帰宅。今日も、夜までは自宅待機。そして、夜は千日亭へ。今夜は、こちらで、「南湖の会」がありました。今日も、開演前に、一海くんの空板が入り、先日と同じ「三方ヶ原戦記~鳥居と成瀬~」が読まれました。そして、主役の南湖さんの読まれたのは、次のようなものでした、「善悪二筋道」「はぶ娘」「清水次郎長外伝~大瀬半五郎」。南湖さんは、いつものように、マクラを、あまり振らないので、おかしいなと思っていたら、直後にネタ下ろしが控えていました。難しいと言われているというのは、以前から聞いていた「善悪二筋道」のネタ下ろしでした。南鱗さんからもらったそうです。「二筋道」というのは、兄弟の行動が正反対なのを受けてのネーミング。その兄弟が、再会したとき、兄は盗人になり、弟の金と命を狙います。その二人の関係が判るときには、兄は命がないという筋立て。その終盤の場面、兄か弟か、台詞が判らなくなった箇所があり、南湖さんに、検討をお願いしたいな。このネタ、幾人かの講釈師さんで聴いてきましたが、笑いを取り込んだ演出って、南湖スペシャルというところでしょうか。今日の探偵講談は「はぶ娘」。沖縄出身の毒婦ということでの題名。する悪さは美人局。序盤は、毒婦かどうか判らない仕掛け。 鹿児島の弁護士の妾になり本土に渡り、正体が徐々に判ってくるのだけれど、後から考えると、話の中では、何も悪さはしていない。いいカモを捕まえたという程度だし、カモとなった弁護士が悪さには気づいていない。ただ、主犯格の男と再会(脱獄したため)し、その男との関係が再燃するということで、裏で悪さをしている。男が脱獄しているということで、後半は、その男の追求話。でも、捕まっても、また、脱獄してしまうので、エンドレスっぽい雰囲気で切り上げて、おしまいというものでした。何度か聴いているはずですが、完全に筋立ては覚えてなかったなぁ。「大瀬半五郎」は、東西交流で琴調師からもらわれたもの。3月の発表会に向けての口慣らしということでの口演でした。ネタ自体は、黄紺的には初もの。筋立ては、いたって簡単。大瀬半五郎が兄を殺されたため、その仕返しに出向き、2人を殺めるところまでというもの。琴調師の芝居がかった口調、身ぶりが、目に浮かんでくるようなネタですね。こうしたハードな任侠ものって、旭堂では聴けないものですから、新鮮なものがあります。南湖さんに、もう少し野太い声があればいいのになぁと思いながら聴いていました。すると、それを外すようなギャグが入ります。南湖スタイル、こちらでも炸裂してました。


2020年 2月 21日(金)午前 5時 48分

 昨日は、カフェモンタージュで音楽を聴く日。昨夜は、「はじめてのソナタ― シューベルト ピアノ作品全曲シリーズvol.17―」と題して、佐藤卓史さんのピアノソロの演奏を聴くことができました。このシューベルトのシリーズ、うまく日程に合わず、なかなか聴くことのできなかったもの。久しぶりに寄せていただくことができました。そのプログラムは、次のようなものでした。「30のメヌエット D41より - 後編」「6つのエコセーズ D697」「ピアノ・ソナタ ホ長調 D154(第1稿・佐藤卓史による補筆完成版)」「ピアノ・ソナタ 第1番 ホ長調 D157(第2稿)」。このシリーズ、実は、一昨日から2日連続のもの。一昨日は、南海さんの会があったので、昨日だけになったのですが、そのため、冒頭に置かれた「30のメヌエット」は、後半の半分だけ。オーナー氏の前説で、18歳のときの作品って言われてたかな。そうした解説なしでも、聴けば、その平易な展開で判ったと思います。そこへ、快活で弾むようなリズム、相変わらずキレイな高音とくれば、申し分のない演奏。プログラムを通じて、今まで聴いてきた佐藤さんのピアノよりか、音がよりクリアで、若々しいシューベルトに合っていたのじゃないかな。D154とD157は同じ曲。D154を改作して、D157を作ったようで、D154の方は全部残ってないのかな。何か説明をされていたのですが、よく聞き取れなかったので、そうではないのかなというところです。黄紺の頭には、カフェモンタージュに登場されたピアニストの中では、一番キレイな音を出す人だとインプットされていること、このコンサートでも確認させていただきました。ただ残念なのは、黄紺の体調。昼間から、パソコンの前に座るたびに、居眠りの繰り返し。危ないなと思いながら出かけて行ったコンサートでしたが、案の定、後半は半寝で聴くことに。息子と片付けをしたときから、昼間でも、やたら眠くて、夜になると、一層、眠い。そんなのを繰り返しています。今までは眠れなくて困っていたなが、逆転してしまってます。完全に変です。


2020年 2月 19日(水)午後 11時 31分

 今日は、まず、昼前に、息子と会い、一緒に銀行へ。お金の要り用ができたためだったのですが、いざ引き下ろそうとすると、用意して行った印鑑が合わない。可能性のある予備の印鑑も合わない。以前、銀行印に三文判を使っていたので、それはまずかろうと思い、金融機関への届け印を、全て変えたはずだったのに、抜け落ちがあった。そこで、銀行側と相談。幾つかの確認と、本人確認の提出を求められたのですが、そないなことになるとは思ってなかったもので、手持ちのものは限られているなか、健康保健証とは別に写真の載るものを求めらるということがありました。あるある話です。免許証のない黄紺は、予め判っている場合は、パスポートを用意して行くのですが、それはない。どうしようと、諦めきれずにカードケースをいじっていると、傍らにいた息子が、「写真がある」とカードケースを見ながら言うではありませんか。何かというと、「パッソリーグのカード」を見つけたのでした。すっかり忘れてました。早速、取り出し、行員さんの前に出したのはいいのですが、「ものが何か」「有効性の高さ」を説明する黄紺を前に、笑い出す行員さん、一挙に空気が和みました。だって、あのカードって、パスポートの情報を移して&写してるのですから、写真のない健康保健証より、値打ちがあります。結果的にはオーケーで、無事、お金も下りたのですが、最後に提出したものが返されたときに、尋ねてみました。「因みに、このカードは役に立ちましたか」「お写真を活用させていただきました」、「パッソリーグのカード」、バンザーイ、です。そんなで、時間がかかり、息子と遅めの昼食を済ませると、もう家に帰るのは面倒になり、そのまま大阪へ。千日亭で講談を聴く日だったのです。今日は、こちらで、「旭堂南海の何回続く会?」がありました。この間続けられている「太閤記続き読み/明智光秀の最期(七)~今度こそ間違いなく山崎久我畷大合戦~」と題しての読み物を聴くことができました。今日は、定刻になってから、一海くんが登場。「三方ヶ原」からの抜き読み。でも、ほとんど冒頭から居眠り。ネタが、何だったかも思い出せないほど。そして、南海さんの登場となっても、居眠りは続き、それだけで終わってしまいました。昨夜から、異様に眠いのです。息子と喋っていても眠く、電車の移動中も居眠り。眠れないのも困りますが、眠るのも困ります。


2020年 2月 18日(火)午後 7時 56分

 今日は、お出かけなしの日。その日を使い、断捨離の続きを、息子に手伝ってもらいすることにしました。この間、昼間に出かけることが多く、家内にゴミ出しのスペースがあるにも拘わらず、先に進んでなかったもので、今日は、朝から、頑張ってゴミ出しをしました。おかげで、息子がやって来た段階で、かなり腰が悲鳴を上げていたのですが、仕事は続行。一旦、ゴミ処理場に出したあとも、続きをしたものですから、断捨離は、結構進んだのですが、明日以降、腰に回ってこないことだけを祈るばかりです。ゴミ処理場からの帰りは、息子と別れてウォーキング。今日は、ホント、これだけの一日。疲れました。


2020年 2月 17日(月)午後 8時 10分

 今日は二部制の日。午前中に、市民向け公開講座を聴き、午後には、同様のトークショーを聴きに行ってまいりました。これで、同じような行動を、4日連続で執ることになりました。京都は、大学が多い関係で、こういった活動が盛んなことが、ホントにありがたいですね。まずは午前中ですが、仏教大学四条センターで行われた「京都新聞総合研究所 提携講座 もっと知りたい! 関西のミュージアム」シリーズでした。今日は「福田美術館」がテーマ。同美術館の学芸課長岡田秀之さんのお話を聴くことができました。福田美術館は、嵐山にオープンした新しい美術館。それが、この講座を聴こうとした最大の動機。司会者や講師の方から、冒頭に言われたのは、新型ウィルスの登場で、京都の外国人観光客が激減しているので、嵐山に来るなら今というお言葉。確かに、激減だし、地元の京都人は、まあ、嵐山には行かないですからね。半分客寄せ、半分ギャグで言われたものですから、一挙に空気が和みました。寄席で言う、客席を暖める効果のあったオープニングでした。知りたかったお話が冒頭に、入りました。個人名が付いているということは、誰かのコレクションを想像させます。アイフルの社長のコレクションだそうです。そして、コレクションの中身は、90%が近代日本絵画、内50%が京都画壇の作品、残りの10%が、江戸時代の絵画だそうです。黄紺も、最近、嵐山には行ってないので、場所は判りやすい渡月橋の脇ですが、美術館の画像を見せていただいても、以前には、そこに何があったか思い出せないのですが、有名な料亭に向かう道ですよね。そういった概要のあとは、現在進行中の展覧会「美人のすべて」と題した美人画、次の「伊藤若冲」について、展示されている、ないしは展示予定の絵画の画像を、解説入りで説明していただけたのですが、黄紺は居眠り。でも、目玉の上村松園の「雪女」は、しっかりと目に焼き付けることができました。
 午前中の講座が終わると、一旦、帰宅。自宅待機が、余計なお金ない使わないので、一番です。ついでに、僅かの時間を使い、家の片付けをしておりました。また、明日、息子が、ゴミ処理の手伝いに来てくれるものですから。そして、出かけた先は京都芸術センター。こちらで、「リレートーク゛藝・文・京゛Ⅱ~成熟社会における暮らしと芸術・文化」というイベントがありました。「超少子高齢化社会における芸術・文化」がテーマのこのイベント、ゲストとして登壇されたのは、次の3名の方たちでした。菅原直樹(俳優・介護福祉士、「老いと演劇」OiBokkeShi主宰)、加藤博史(社会福祉学者、龍谷大学名誉教授)、宗田好史(都市建築学者、京都府立大学教授)。なお、聞き手は、山本麻友美(京都芸術センター チーフプログラムディレクター)さんでした。まず、3名のゲストから、ご自分のフィールドから、テーマに関する報告がありましたが、それに先立つ司会者の言葉を聴き、びっくり。黄紺は、「少子高齢化社会」の「少子」に重きを置いたイベントだと思い込んでいたところ、そうではなくて、「高齢」に特化したイベントだと判り、勝手が違ってしまいました。そうとの認識があれば行っていたか、、、。他の公開講座ではスルーしてますからね。老いや死に対して、芸術は、どのように寄り添うことができるのか、それがテーマで、特に、菅原さんは、芝居を通じての実践者として、活動の報告をしていただけました。この方の活動を知ることができたのが、このイベントの最大の収穫でした。加藤さんのお話は、福祉の現場で高齢者との関わり方のスタンスをお話されたのだとは思うのですが、理念的に過ぎ、黄紺には、まとまって頭に入りませんでした。宗田さんは、高齢者問題を切り口に、ご専門の都市問題に取り組まれている方らしく、データを示し、説得力のあるお話のはずが、マイクを近づけないでお話をされるものですから、判らない。パワーポイントの画面を追うのですが、早口、待ってくれないものですから、理解できないまま、どんどん進まれるものですから、半ばで匙を投げました。報告が終わると、グループ討論、、、聴いてなかったよ。一応、不参加も可ということでしたが、誰も逃げ出さないものだから、参加。SDGsのときも、それがあり、逃げ出さなかった気の弱さを露呈してしまったのですが、今日も同じ。ところが、自分のことだからか、年配の人、よく喋る。だから、黄紺もぼそぼそと、意見表明。周りを見ると、どこも話が弾んでた。黄紺のグループも、皆さん、何やしら喋るから、いい雰囲気になっとるやないか。わりかし、若い人も来ていたから、年配の方たち、張り切ってしまったのかな。各グループの報告を聴くと、年配の人たちの体験談が多すぎ。爺さん婆さん、喋ったみたい。ここが、想定外の盛り上がりをしてしまったようで、最後のまとめは、時間薄の状態。宗田さんが菅原さんを絶賛されてました。黄紺も、この方の芝居作りの発想の豊かさ、新しさに注目しちゃいました。宗田さんが言われるように、1年後には、えらい有名人になっておられるかもしれません。ありえます。そういった人を、京都芸術センターは押さえているのですね。蛇の道は、やっぱり蛇です。


2020年 2月 17日(月)午前 3時 28分

 昨日も、市民向け公開講座を聴く日。京都学・歴彩館であった「府民協働連続講座」として行われた小松和彦さんの講演「魔界と妖怪 -京都の場合」を聴いてまいりました。小松さんは、文化人類学・民俗学の専門家、一時、その著作を、頑張って読んだ記憶のある者には、垂涎の的となる講演会。魔界だの、妖怪だのという語句が並ぶと、人集めには良いようで、会場には多くの人たちが詰めかけましたが、何をするのやらということなんでしょうね、小松さんは、長々と、ご自身の略歴、どのような研究をしてきたか、フィールドはどこか、魔界や妖怪に至る過程をお話をされていましたが、そこを長くされると、ほぼ解っている者にはかったるくて、、、。このような流れになると、めっちゃヤバくなるのです。眠たくなっていくのです。長い前置きのあと、ようやく、自身を、能のワキの定番「諸国一見の僧」に見立て、京都に残る魔界の入口を辿るという、ようやく本題に入っていかれました。入口は3箇所。①神泉苑②戻橋③鞍馬寺。そういった入口を、記憶の依り代(記憶装置)として、その依り代にまつわる物語を紹介されていきました。①では、空海と修円(守敏)とが、雨乞いの法術比べをした話が大半を占め、最後に、近くの二条大路が説話集では、百鬼夜行の地であることに触れておられたのですが、予め配布されたレジュメに、詳細に記されており、既に読んでしまっていた黄紺は、このお話の後半は覚えていません。完全に居眠りに入ってしまってました。そのため、②③は、レジュメから拾い、メモを残しておきたいと思います。②では、右京の荒廃から、そこへの境界になった戻橋が、特別の意味合いを持ってきたこと。戻橋の名の由来になったあの世との境界伝承、渡辺綱が鬼の腕を切り落としをした物語、泣き不動縁起、建礼門院の母親二位殿が橋占を行った物語、いずれもに安倍晴明がかんでいます。③では、藤原伊勢人による毘沙門天の発見の物語、東寺の僧峰延による大蛇退治の物語、鞍馬寺開山に至る鑑真の物語、能「鞍馬天狗」・幸若舞「未来記」・お伽草子系「天狗の内裏」に出てくる牛若丸の物語が出て来ていたようです。レジュメで振り返っても、わりかしベタなお話だったようですね。ですから、やはり馴染みのない話をするという意識が、小松さんに強かったことで一貫していたように思えてしまいます。ところで、冒頭、司会者の方からの紹介で、小松さんは、今や日文研の所長さんだそうで、阪大におられたところまでは知ってはいたのですが、すっかり関西の馴染みになっておられたことも、驚きでした。


2020年 2月 16日(日)午前 2時 21分

 昨日も、市民向け公開講座を聴く日。京都華頂大学の公開講座に、初めておじゃまをしました。本年は「第11回 華頂公開講座」として、テーマ「文化アラカルト・京(みやこ)」と設定して行われているもの。その第4回の講座に行くことができました。他の回は、スケジュールが合わず、断念していたのです。昨日は、「古代の和歌に詠まれた゛みやこ゛」と題して、華頂短期大学幼児教育学科准教授の水谷隆さんのお話を聴くことができました。この講演のきっかけとなるお話が、途中で入ったのですが、それが、結構、可笑しい。「令和」という元号が生まれたのだから、それに関わる話をしていただければの依頼が、係から来たそうですが、それだと万葉集のことになるから、「みやこ」は奈良になってしまう、、、?! ま、それでもいいということで、冒頭は「令和」の出てくる梅花宴を紹介していただけました。でも、水谷さんは、係の意図を汲み、梅花宴と京都を結びつけてしまいました。「令和」の出てくる梅花宴は、大宰府の役人大伴旅人らが、「みやこ」奈良を懐かしむ歌が詠まれている。ここが、京都まで引っ張って行く糸口。黄紺も、全く初めて知ったのですが、「みやこ」という言葉の持つ意味なりイメージが、時とともに変化して行くのです。それを、各時代の歌を手掛かりにして、読み解いて行こうというのが、本講演の主旨となっていました。「みやこ」を分解すると、「み」は「御」、「や」は「屋」、「こ」は「どこ=場所」、ということで、本来の意味は、「立派な建物」=「天皇の屋敷」。万葉集での初出は、柿本人麻呂の歌。額田王(天皇の気持ちを替わりに伝えるスポークスウーマン、巫女)も「みやこ」を入れた歌があるが、初期の意味合いで使っている。ところが、この時期は、天皇の代替わりごとに、都は変わっていた。変わると、「みやこ」だけが変わるだけではなく、臣下である貴族たちも付いて行くわけですから、その人たちも含め、「みやこ」が、天皇や貴族らが住む町を意味するように変化をしていくのだけれど、「みやこ」の意味するところは、単に「場所」を示すというだけで、膨らんだイメージが付いてはきていない。しかし、同じ万葉集に入っている歌にも、「みやこ」についての変化が現れてきます。聖武天皇時の宮廷歌人笠朝臣金村が、天皇を直接讃えるという歌から、天皇を讃える手として、天皇の住むところ、居るところを讃えるという歌を詠むと(「発明」と言われてました)、えらく支持を受け、それがトレンドとなっていく。単なる場所を指す言葉に、膨らみが生まれてくるのです。その次の変化に位置するのが、冒頭の梅花宴での歌だというのです。大伴旅人らは、「天皇賛美の歌を大宰府で詠んだ」わけです。となると、そこに、「奈良を懐かしむ」「ふるさとを懐かしむ」思いが入ったのです。これが、遣新羅使や越中守となった大伴家持に受け継がれていきます。懐かしいふるさと「みやこ」の歌です。ここで、ようやく都が奈良から京都に移ります。平安時代の「みやこ」です。まず、2つの特徴を指摘されました。①みやこの外部に視点をおいて詠む、称賛・思慕の対象として。これは、「伊勢物語」の「都鳥」を上げていただければ、あっさりと了解です②天皇を称賛するための「みやこ」歌はなくなった。これは、都が京都に固定され続けたからだろうと言われていました。これらの例示として、土佐日記の記述や、喜撰法師、能因法師らの歌を示しておられました。源氏物語で、「みやこ」が出てくるのは、北山、明石の物語のところ、即ち外部での物語のところだけだそうです。最後に、「きょう」と「みやこ」の使い分けが始まるのも、平安時代だそうです。「きょう」は場所を指す語句であり、「みやこ」には、素晴らしいという意味合いが入ってくる、即ち、「雅語」化していくというわけで、現代語も、それを踏襲してます。とっても、目からウロコのおもしろいお話。ウキウキ気分で聴くことができました。更に、最後の最後に、素敵なお話がありました。昨今の若い人たちは、文学や文学部というだけで敬遠しがち。情報学のような流行りの学問に流れてばかり。でも、そのコンテンツへの造詣も何もないなかで、そういった学問を勉強しても、ダメ。だから、文学部で勉強することの楽しさ、おもしろさを伝えて下さい。皆さんは、こういった話を聴きに来られているわけで、「そういったことを楽しむ姿を、若い人たちに見せつけてあげて欲しい」とのメッセージをお話されました。最後の「見せつけて」という言葉に本気度を感じ、大拍手。何せ、黄紺も文学部卒なもので、全く同感してしまったのでした。


2020年 2月 15日(土)午前 1時 16分

 今日は三部制の一日。午前、午後、夜と、いずれも、市民向け公開講座を聴きに行く日でした。それだけ、そそられるものが並ぶというのは、とってもありがたいこと。まず、午前は、京都アスニーでの、おなじみの「ゴールデン・エイジ・アカデミー」。2月のテーマ「戦国時代の武将たち」にふさわしく、今日も主役は明智光秀。題して、「諸説あり 奇々麒麟 明智光秀と琵琶湖」。お話は、(公財)滋賀県文化財保護協会普及専門員&NPO法人歴史資源開発機構主任研究員の大沼芳幸さんでした。光秀の話は、よく似た話が続きます。前半生はよく判らない。足利義昭と信長に仕えていた。義昭から信長に重心を移していく。信長配下で、政治、軍事の能力を発揮していく。まあ、そういった具合です。ですから、お話をお聴きしていての楽しみ方としては、何か新しい発見をされているのか、出自について、信長の戦略、信長との距離、場合によれば秀吉との距離も含めて、そないなところに関心を向け、聴くのがコツであり、ツボかと思っています。今日は、予め期待が、一点ありました。出自について、近江出身説ですが、存外、あっさりと通りすぎましたが、佐目の新しい標識なんてものを、画像では見せていただけました。「淡海温故録」に載っているのでしたね。むしろ、講師の方の関心は琵琶湖。それと、信長の統治戦略。その両者が絡んだところで、光秀の信長との距離が浮かび上がったように思えました。まず、信長の統治について、聖と俗に分けられた点が新しく感じました。聖では、自らが神となるという目的。これは、天皇を凌駕して、日本に君臨するという考え方。そのためには、天台の権威には天皇も従うとばかりに、比叡山延暦寺の攻略が実行に移されることになります。また、俗では、琵琶湖の水運を使い、流通経済を掌握し富の蓄積を図る。それをためには、都への要衡、琵琶湖の舟運の拠点坂本を押さえる。その坂本は、比叡山攻略の鍵となる要点でもあるということで、坂本が焦点化されてきます。その信長の戦略が理解し、且つ実行者としての任務を帯びるのが光秀で、比叡山攻略の任務も光秀の担当であり、そこに至るまでの前哨戦となる堅田合戦などで、正に光秀は大功労者になるわけです。そして、坂本を任された光秀、安土に巨大な城を構える信長。まもなく甲斐の武田も滅ぼし、琵琶湖直轄の要件が整った頃合いに、毛利攻めをする秀吉から援軍要請が舞い込み、光秀に毛利との戦を命じる信長。信長からすると、琵琶湖の制圧がなり、今後は、その近江と丹波は、オレに任せ、すると、聖俗ともに把握が完了し、代わりに、毛利との戦で切り取った分はお前にやると言われたときに、光秀が、ここにきて反感を持ったのではないか、坂本も捨てさせられる、年齢的にも臨界点を越える頃合いでしたから、そないなお話だったように思いました。今日も、弟が来ておりました。10日ほど後には、弟の家に、息子一家ともども集まる予定があるので、そないな話をしてました。まだ、弟には言わなかったのですが、断捨離中に現れたランブルスコを、その日には持って行こうかと考えています。
 京都アスニーを出ると、あまりお腹が減ってなかったので、コンビニでパンを1個買い求め、二条城横の公園で食べながら、時間調整。そして、ウォーキングがてら、歩いてハートピア京都に移動。午後は、こちらであった 「第334回日文研フォーラム」に行ってまいりました。今日は、「思想の越境と連鎖―尾崎秀実の中国論と゛中国農村派゛」と題して、清華大学人文学院(中国) 教授/国際日本文化研究センター 外国人研究員の王中忱さんのお話を聴くことができました。なお、後半の質疑応答の際のコメンテーターは、国際日本文化研究センター副所長の劉建輝さん、全体の司会は、国際日本文化研究センター助教の呉座勇一さんが務められました。冒頭、司会者の方が、早々に押さえられましたが、尾崎秀実は、ゾルゲ事件に絡んだということで処刑された人物で、共産主義思想の持ち主だったということまでは知られてはいるが、その思想的な背景なり、深みなどについては知られていない。正にそうで、黄紺も、そのくらいの知識しか持ち合わせていない。ただ、日本政府内部で高位の役割(近衛内閣参謀だった)を担っており、そこで知りえた情報をソ連に流していたことが、付け加わるくらいでした。表題を見たときには、尾崎の思想を中国の共産主義思想の系譜に嵌めるような作業かなくらいに思い、講演に臨んだのですが、何の話をされ、個々のお話が、流れの中に、どのように収まるのかが解らない。解らないと眠くなる、居眠りをして目覚めたら、余計に解らない。1つには、講演後、司会者がマルクス思想の基本について解説をしていただき、そう言えばそうだったか、そないなキータームがあったな程度なものですから、一般人には難しかったですね。ところが、今日は、コメンテーターの方が、頗る付きに良かった。我々のような者を見透かしたかのでに、ご自分の言葉で、要点をまとめて下さったのです。そのときのお話を基に、記憶に留めるべきメモを作っておきたいと思います。問題意識として、中国をどのように認識するかが、近代日本の課題だったとの押さえから入られました。農民に焦点を当てるか、資本家を当てるかで、分かれてしまうのだけれど、尾崎や、この講演のもう一人の主役「中国農村派」の指導者と見なされる陳翰笙は、中国の農村に着目して、中国のあり方、更に、尾崎の場合は、日本の農村に注目していたとなるようで、これは、20世紀前半の主役となる毛沢東と蒋介石を分ける分岐点にもなるというわけです。蒋介石の場合は、都市に注目し、欧米型の改革を進めようとした。でも、「釘1本も作れなかった」中国が、そのような視点で臨んでいたら、外部資本に頼らざるをえず、半植民地状態になること必至。実際、蒋介石との相克を制した毛沢東は、農村に着目し、そこに、マルクス主義の「階級」概念を持ち込み、土地問題から着手、中国革命を成功に導いたわけで、1949年に、中華人民共和国の宣言を行い、自力更正を打ち出すとともに、外国資本を一掃したがために、今日の中国があると断言されましたが、この展開、言葉なら、黄紺にも理解できるもので、至極、納得です。尾崎が、一貫して、蒋介石批判を展開するのも、目の向け方が違うところから来ているとのことです。更に、主役2人の接触の機会は3回あったはずと、まとめられました。①1931年/上海で(ゾルゲもいたのでは)②1934年/陳が東洋文庫に来ていた時期(この時期はゾルゲも東京にいた)③1936年/太平洋問題調査会で。尾崎は、日本の農村の救済も口にしていたようです。同時代を生きた226事件の若手将校たちも、同様の視点を持っていたことも事実なので、こうなると、従前の右翼左翼という分け方が無効になってしまい、「憂国」の言葉で括れてしまい、天皇をいただくかどうかくらいの対比になる、脱構築を招く、大変な人物で、ゾルゲ事件関与者だけの評価では済まないことになってしまいます。そういった人物だと断定されていました。会場からも、おもしろい指摘が出ていました。尾崎は、近衛内閣の参謀だったわけだから、近衛に、農村問題(土地問題)を、どのように囁いていたか気になる、また、太平洋問題調査会には、(ソ連のスパイとされている)ビッソン、ラティモア、ノーマンといった人物がいたので、彼らとの接触、意見交換も気になるというもので、とっても話題は尽きないような雰囲気でした。ソ連のスパイだとされた人物は、いずれもが、学者であり、知識人だったようで、スパイの持つ狭小なイメージで、眺められる問題ではないようですね。
 ハートピア京都を出ると、岡崎までウォーキング。ロームシアター京都で、予約チケットの引き取りを、時間があったのでやちゃいました。そして、夜は、仏教大学四条センターであった「ざっくばらん京都学講座」に向かいました。シリーズ化された名匠のお話を聴ける機会ですが、残念ながら、日が合わず、今回1回だけ、しかも最終回だけの参加となりました。今日は、「御所人形の魅力と継承」と題して、有職御人形司十二世の伊東久重さんのお話を聴くことができました。三頭身、白塗りの肌、木彫りといった特徴を持つ御所人形。宮中で人気を博し、その需要に応えるべく、江戸時代中期より、連綿と技を今に伝える伊東家の現当主と、このシリーズのコーディネーターの京都産業大学文化学部教授&佛教大学講師の吉澤健吉さんとの対談形式で、お話が進んだのですが、大半を居眠り。幸い、冒頭に、伊東さんが、テレビ出演をされ、御所人形について解説されている映像を見せていただけたため、最低限の情報だけは把握できました。ということで、三部制終了です。ちょっと欲張り、体力も尽きた感じです。間には、結構なウォーキングもできました。でも、それ以外は、何もできなかった一日でもありました。


2020年 2月 14日(金)午前 2時 24分

 昨日は、午前中から、息子に助けてもらいながら、断捨離作業。昨日も、過去の思い出を、大量のゴミとして処分しました。書籍も、特定のジャンルを設定して、雑誌や文庫本ともども、結構な数を処分しました。5年前に行った第1回断捨離作業で捨てられなかったものも、かなり処分に踏み切ると、かなり部屋が寂しくなっていきますね。そして、腰が悲鳴を上げる前に切り上げました。ちょうど息子の車に乗せることのできる絶好のタイミング。書籍を段ボール1個分を除いたゴミの重量は50kgでした。ゴミ処理場まで捨てに行った足で、そのまま大阪へ。春のオペラ紀行用にユーロを買う足で、ツギハギ荘に向かいました。昨夜は、「第12回落語芸術大学」がありました。講釈師の旭堂南湖&落語家笑福亭智丸という、大阪芸術大学の同窓二人が、自分たちの芸を披露するだけではなく、同窓の人たちの中からゲストも招き、トークも楽しめるゆる~い会が気に入り、スケジュールが合えばおじゃましています。更に、昨日は、ゲストが二塚直樹さんということで、とっても楽しみにしていた会でした。その番組は、次のようなものでした。全員「トーク」、南湖「伯円と伯山」、智丸「首屋」、二塚直樹「お喋りと歌」、(中入り)、全員「コント:刻うどん」、南湖「エベレスト」、智丸「酢壺池」。二塚さんが、大阪芸大の出身だということは知っていたのですが、その落研出身だとは、この会まで、全く知りませんでした。しかも、落研では、南湖さんの2年下、ということは、旧知の間柄だったなんて、びっくりしました。そないなことが、オープニング・トークで明かされました。まず、「伯円と伯山」から。以前に1回だけ遭遇した記憶があるのですが、内容を覚えてないということは、ひょっとしたら居眠りをしたのかもしれません。伯龍の弟子、伯海は、江戸をしくじり、大坂へ。でも、荒れた生活で、女房にも逃げられ不遇な生活。江戸に戻ると、伯海の弟弟子伯山が、神田派を担い、大変な人気。近づくのも憚れる伯海がやけ酒を呑んでいると、旧知の講釈師と会う。その講釈師は親切な男で、二人で会を開き、伯海の認知度を上げようの思惑。ここで、伯海は、伯円を名乗り、更に客をつかみ、 徐々に認められてきたある日、旧知の講釈師から、結婚を勧められたので、会ってみると、大坂でのぐうたら生活から逃げた女房。旧知の講釈師が二人の間を取り持っていたのですが、その講釈師が伯円に近づいたのも、女房からの頼みによるものだったという賢女房にダメ亭主的な物語講釈師版というところでしょうか。「首屋」をする噺家さんって、誰がいたっけと考えてしまいます。かなりレアな噺になっています。若手の噺家さんは、どうも、珍品を手持ちのネタにして、差別化を図ろうとしていますが、これも、その1つかな。実に他愛のない噺。智丸の口演って、こういう噺を聴くと、えらく可愛く聴こえてしまいます。いや、他愛ないと思えたのが、可愛い口調だったからかもしれません。二塚さんは、何とオペラ漫談的なお喋り。そないなことができるのも、落研出身だからでしょうね。タミーノの一節やカラフの一節、更に、日本歌曲(中田喜直・武満通)を披露されました。めっちゃ近場で聴ける幸せ、でした。中入り明けは、コントを3人で。屋号が「オペラうどん」でした。南湖&智丸ご両人は、もう1席ずつ、自作を披露されました。「エベレスト」は、実は初遭遇。結構、前に作られた作品のはずです。存在は知ってはいたのですが。で、聴いての感想。南湖作品の最高傑作群の仲間入りさせます。見事に、幾つかの糸を絡めてあり、イメージが新たなイメージを生むだけではなく、ちょっとした人生、しかも、これも複線で入り、違和感がなく入ってくるところへ、ドキュメントっぽくもあり、最後はファンタジーに衣替えをする。このような複線の複線を絡めるあなたの頭の中、どんな構造なのと思ってしまいました。富士山とエベレスト、全く違う山が、1つの噺で、違和感なく存在できるのは、2つの人生が語られるからでしょうね。特に、ご自分の登山体験から入られるのが、素敵な下地になっていることに、終わってから気づかせられました。「酢壺池」も佳作。民話風落語ってところ。元になる話があるのかな。それとも、土台から全てが自作なのでしょうか。いずれにしても、想像力が凄いわ。飛脚に手紙を託する神たち、中身は知らせない、しかも、飛脚は無筆にしてある。飛脚の運命は、神に握られてしまっているという根本的な構成がよくできてるなと思ったところ、思い出した講談ネタがありました。「無筆の出世」でしたっけ。「試し切りにお使い下され」との書状を持ち使いに出される下郎、偶然が、この男の命を救いますが、凄まじいパワハラ。神と人との関係に置き換えられますね、それが、智丸作品ってところでしょうか。このように振り返ってみると、えらくグレードの高さを感じる会でした。異能の主宰者二人に、二塚さんが入ったのですから、当たり前と言えば当たり前なのですが、、、。


2020年 2月 13日(木)午前 10時 10分

 昨日は二部制の日。午前中に、市民向け公開講座を聴き、夜には音楽を聴くというもの。京都に住む者の二部制のベーシックな一日となりました。まず、午前中は、仏教大学四条センターで行われている公開講座「もっと身近に植物園!」に行ってまいりました。黄紺お気に入りのシリーズで、今回のテーマは「冬」。お話をして下さったのは、佛教大学非常勤講師&京都府立植物園公認ガイドの袴田良子さんでした。このシリーズのお話は、とってもゆるく、癒される気になるため、毎回、楽しみにしているもの。昨日は、会場に着くと、やたら眠たく、開演前は、ずっと椅子に座り眠っていました。その効果は抜群で、ほぼ居眠りをせずに済むという素敵な時間になりました。冬だから、あまりお話になる材料は乏しいのではと思っていたのですが、とんでもない思い違いをしておりました。決して大きくはなくとも、花を咲かせる草や木の多いことに驚き、また、落葉樹の葉のない樹型を眺め、嗜むなんてのもあるというお話を聴き、植物園での新たな楽しみ方も教えていただけました。画像ともども紹介していただけた草木の名を記しておくことにします。シモバシラ(吸い上げた水が氷外に出てくる)、ヌマスギ、メタセコイヤ、ニワウルシ、ヤマコウバシ(新芽が出るまで葉が落ちないことから受験生の縁起ものになっている)、シダレエンジュ、カナクキノキ(鱗芽)、オオカメノキ(裸芽)、コブシ、トチノキ(葉痕に水分を吸い上げた痕が見える)、オニグルミ、シナサクグルミ、アリオドシ(一両のこと)、ヤブコウジ、カラタチバナ(十両のこと)、マンリョウ、センリョウ、ヒヨドリショウゴ(有毒)、ツルコウジ、ノウヤガキ(ツクバガキ)、クスノキ、ローバイリテーベルス、ニベア、水仙、レンテンローズ(四旬節に花をつける)、ウメ(白梅)、飛梅、マホニアチャリティ、柊、ナンテン、山茶花、シナマンサク、セツブンソウ、カクラハンノキ、ハブルティス~~、原種水仙、キッソスガンタプリクス、スノウドロップ、ジャタエリカ、ノニケラ、有楽ですビワ、オビルギ、オオベニゴウカン、シュンクリンオカンチャ、キンカチ、ハイドゥンツバキ、菜の花、福寿草、フキノトウ(取らないで下さいの表示)、バイカホレ、セリバオーレン、ユキクリジュ、オニシバリ(夏に落葉)、ウグイスカグラ、ミズバショウ、キンキマメザクラ、ノニゲ、エキウモプレデ。
 午前中の公開講座が終わると、そのまま帰宅。いつものように自宅待機。手頃な時間があるということで、断捨離の続きをすることに。でも、簡単に腰にきてしまうので、長くは続けられないのが痛いのですが、ま、ゴミを置く場所が、そうはないので、ぼちぼち進めているといったところです。そして、夜はカフェモンタージュ。昨日は、久しぶりに関西弦楽四重奏団(ヴァイオリン/田村安祐美・林七奈 、ヴィオラ/小峰航一 、チェロ/上森祥平)の演奏会。しかも、昨日は、チェロがもう一本(福富祥子)加わり、聴ける機会が、そう多くはない(と言うわりには聴いていますが)「F.シューベルト:弦楽五重奏曲 ハ長調 D956」が演奏されました。前説に立たれたオーナー氏、ドイチェ番号から判るように、シューベルトの最晩年の作曲。すぐ後ろには、ピアノ・ソナタの傑作が控えていますものね。しかも、シューベルトは、ベートーヴェンの名作群、後期弦楽四重奏曲を知っていただろうと言われていました。これを聞いただけで、否応にもハードルが高くなり、そのハードルに見合う、傑作が生まれていきます。そないな曲を生で聴けるだけで、恵まれているとしか言いようがありません。一方、関西弦楽四重奏団は、カフェモンタージュには、久しぶりの登場。黄紺が聴けなかったシューマンのピアノ五重奏曲以来との説明が、これまた、オーナー氏から紹介されました。今回のコンサートは、当初、昨日の1回だけだったところ、追加公演まで組まれました。ということで、既に、一昨日1回、本番の演奏を済まされている状態でのコンサートはなったわけでした。なぜ、それにこだわるかと言うと、1楽章で、ちょっと不満を感じてしまったのです。今まで感じたことと違い、ヴァイオリン2本にパワーが足りないぞと。力強さと言った方がいいかと思います。それと、全体として、リズムの刻み方に楽しさがないというか、几帳面過ぎる人を目の当たりにすると、ちょっと付いていけない感が出てくるものですが、ちょっと、そないな気分が、顔を出したというところでした。緩叙楽章のチェロのピチカートの刻みも退屈だったしと、前半に満たされなかったのです。で、思ったのは、昨日は2回目の本番なのにと思ってしまいました。力強さは、徐々に高まってきた感はありましたが、そこまでに留まったという印象でした。 2回目のベートーヴェン連続演奏会は、全部聴くことができたのですが、確かに、全曲を通じて、一律に素晴らしく良かったわけではなかったと思います。常に平均点以上は聴かせてもらえる中に、キラッと光るものに出会ることに喜びを感じるものじゃないかなぁ。そうした意味では、今回のシューベルトは、前半と後半で分かれてしまったかなの印象でした。





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