忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこ 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、

黄紺、なのさ。

2022年 1月 3日(月)午前 6時 38分

 元旦の一昨日は、いろいろと身内の中であったけれど、2日目になると、もう、あっさりと普通に日に戻ってしまった。寒さも、ちょっとはましになったかな。お天気は良く、昼前のウォーキング時の休憩&読書の時間には、いい陽射しがあった。これは、嬉しかった。夕方のウォーキング時では、毎度のように凪で嫌な風がないのが嬉しい。まことにもって、普通の一日だった。
 トルコのコロナ情報収集も、日々の数的データを集めただけ、ほとんど。だから、自由になる時間も多く、NHKプラスで、嬉しいことに、「ブラタモリ」の再放送ものを観ることでき、過去の新春スペシャルものの内、「大宰府編」を観た。「成田編」は、動画サイトで、かつて観ることができたときにも観ているので、割愛。ま、「成田編」まで観てたら、昼前のウォーキングに障りが出ちゃうので、諦めたというわけでした。今年は、この鶴瓶とのコラボ番組は、NHKの中を、2人でぶらつくなんて企画になっていました。それは、夜の10時から観ることができた。「奥渋」と呼ばれるエリアができてるのですね。林田アナも出演。えらく雰囲気が変わっていた。それ以外では、まず、YouTubeにアップされている「美の巨人」から1本、ピックアップ。かなり古いもののようだったけど、過去のものを取り扱う番組は、新しい発見に揺れさえしなければ、いつ観てもいいというのが嬉しい。昨日観たのは、「エカテリーナⅡ世/エルミタージュ美術館」。美術館に収容されている絵画に焦点を当てるのではなく、美術館の設立、発展に焦点を当てたものだった。だから、題名にエカテリーナ2世の名が付いているというわけ。だから、番組は、エカテリーナの生い立ち、ロシアへの移動、ピョートル3世との結婚、夫を殺し帝位に就く、そして、コレクションが始まり、それを収容する器として宮殿が造られ、建て増しされていく姿を追いかけるというものでした。知らないこと、いっぱい、これは有難い番組でした。記憶に残しておきたいポイントをメモっておきます。①エカテリーナはシュテッティン生まれ、コロナ禍さえなければ、シュテッティンに行ってたのに。ホテルまで予約してあったんだから。そのときの下調べでは、エカテリーナのエの字も出て来なかった②結婚に当たり、ロシア正教に改宗していました。言われてみれば、そうだろうなんだけど、今まで考えたことなかったので、目から鱗でした③ピョートル3世はおもちゃの兵隊ごっこに夢中、エカテリーナは愛人集め、その一人、軍人グレゴーリー・オルローフがピョートル3世追放&暗殺に関わっている④帝位に就いてからコレクションが始まる、プロイセンの商人から買った225点が最初のコレクション、オランダ、フランドルの作品中心で、目玉はフランス・ハルスの「手袋を持つ若い男の肖像」⑤1772年、パリのクロザ家から購入したコレクションが最大の成果。ラファエロ「聖家族」、ティツィアーノ、ジョルジョ-ネ、ルーベンス、レンブラント「ダナエ」などが含まれている。その仲介をしたのはディドロ⑥1775年、冬宮の傍らに小エルミタージュを建てたのが、展示用宮殿の初めてのもの⑦1787年に、旧エルミタージュ完成、「エルミタージュ」とは、隠れ家、個人的な離宮を表すフランス語、さすが啓蒙専制君主ですね! ⑦冬宮に対し夏宮もある、こちらは、ナチスにより破壊されてしまったので、現存のものは再建もの。30分間に詰め込まれた番組。収蔵の絵画については、時を替えて放映されたものと思います。だから、美術館自体の成り立ちをしっかり知ることができました。
 オペラ配信は、新しい、最新の配信ものをピックアップ。ボローニャ歌劇場の「アドリアナ・ルクヴルール」(ロゼッタ・チュッキ演出)で、何よりも目玉は、タイトルロールをクリスティーヌ・オポライスが歌っていること。ただ、字幕はイタリア語だけなので、事前に梗概をしっかりと読んで臨みました。このオペラ、著名なオペラのわりには、ドイツでは遭遇できなかった。1回だけ、オペラ紀行を始めた初期に、フランクフルトで観ただけ。だけど、イスタンブルでも観ている。1幕は、コメディーフランセーズの楽屋。そのど真ん中に、昔の貴族の寝室にあるベッドのようなもの、但し、ベッドじゃないから細長くないものが設えられている。そこから、オポライスが登場するんだけど、何となく安っぽい。オポライスの持つ華やかな姿に合わそうとして合ってない。早い話がダサいのです。2幕はブイヨン公のお屋敷だったっけ、とにかく貴族の館なんだけど、衝立状にした広間のガラス窓が設えられてるんだけど、ちゃっちくて、これも、ダサいよ。このオペラの注目のキャラ、ミショネの陰が出ていない。表の顔だけしか表現できていないとか、えらく突っ込んでるわりには、居眠りばっかしてた。まあ、毎度のことですが。突っ込んでも、観直す気になるケースもあれば、そうではないときがあるけど、今回は後者に属するな。
 落語も聴いた、盛りだくさん、この上ない。①古今亭志ん輔「愛宕山」②古今亭菊之丞「景清」③桂宮治「強情灸」(2020/11/30 柳家三三独演会夜の部)の3本。①は、志ん輔で検索した中からピックアップ。東京の「愛宕山」も聴いておきたかったので、いいチョイスと思ったのだけど、、、。まず、山登りからスタートする。舞台は京都のまま。芸妓だけが京言葉。上に上がってから、間なくかわらけ投げに入る。小判撒きは、20枚を1枚ずつ。一斉に撒く場面はなし。「キラキラ光りながら」という描写で、一気にフェードアウトするんだけどな。全体に、拡がりを感じさせないテキストであるとともに、口演もそう。志ん輔の口演は、まるで街中の風情。東京弁だからかもしれません。この街中みたいだと思った瞬間、完全に拒絶反応が出てしまった。となると、居眠り。これはいけないと、時間を変えて、もう1回、聴いたけど、同じだった。居眠りを、全くしないで聴いて、そうだったから、めっちゃ、印象悪いということです。やたら早口だし、お茶屋遊びの贅の究極の先にある粋さも出ていないと感じました。②は、①を検索していると、「古今亭」繋がりで「菊之丞」ものが引っかかってきて、そうだとばかりに、「菊之丞」で検索してみて発見。いい東西比較になるということで、飛び付いた次第。もちろん上方からの移植ものだけど、ほぼ、テキストも踏襲している。でも、活劇部分はカットは、言うまでもないところかもしれないけれど、観音は出て来ないうえ、雨のあと、目が見えるようになっているという展開には、のけぞった。観音を出すと、親孝行話に傷がつくとでも思ったのかな? そのわりには、おこもりで女と絡む箇所は残してました。さすが、賽銭箱を蹴倒しての描写は割愛してたけど。どうしても、元の上方の形が頭に入ってるものだから、突っ込んでしまいますね。そういった構成は別として、菊之丞がいい。にわかめくらの空威張りと底にある親孝行の温もりという、この噺のポイントが上手く出てますね。上手い! ③は、話題の人ということでのチョイス、人気の噺家さんで実力の伴う人を、新メンバーに、今度は選ぶだろうと思ってたけれど、納得の人選。でも、宮治の口演、聴いたことなかった。余計なお喋りをしているのは、何度も聴いてるので、そのキャラは、よく解ってたし、これだと、いい噺家さんだろなと思ってはいたけど、実際の口演を聴いてなかったので選んだというわけでした。思ってた通り、達者なお喋り、立て板に水という江戸っ子はお見事、挿し込みが冴えるんだろうなとも予想してた通りだったけど、客席の反応はイマイチでした。手垢の着いた挿し込みを聴かされたという風情の反応でした。それが、却って可笑しい口演です。


2022年 1月 2日(日)午前 5時 28分

 2022年の元旦の記録です。と言っても、書くことはほとんどない。朝方は、いつものように、トルコのコロナ情報収集に時間を使い、頃合いを見て、弟の家に行ったのです。そこで、「日曜美術館」の正月特番を観て、これにほっこりしたけど、いつものように、メモを取りながら観ることができない環境だったのが、残念。今年のアートシーンを予告してくれました。MCは、いつもの2人ではなく、アナウンサー氏はナレーターに徹し、替わりに水原希子が登場。TVを、基本的には観ない黄紺でも知っている、いや気に入っているタレントさんなものだから、余計にテンションが上がり、首肯できるコメントに、彼女が登場した意味に満足感を味わえました。中でも、「大地の芸術祭」(新潟県越後妻有地域)、行きたいと思った。これって、以前の「日曜美術館」でも、番組1本、作ったこと、あったんじゃなかったっけ? 廃校を利用してアートの展示があったり、森の中にもあったりと、歩き回れるかどうかは知らないけれど、行ってみたいよなと思わせられるもの。番組の中で、修学旅行に多くの生徒さんが来ると言ってました。これは、この特番一番の「へぇ~」となりました。今の生徒はいいな、こんなの見せてもらえるんだから。正に「修学」ですね。青森美術館の展示もおもしろかったですね。八戸美術館のオープンに合わせたトークを、オンライン配信で視聴したときに、ちらっと青森の美術館情報が流れたのが気になってたんだけど、おもしろい展示を持っているのが判り、至極、納得。既に始まっている「メトロポリタン美術館展」の紹介もあった。ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの「女占い師」とルカス・クラーナハ (父)「パリスの審判」を取り上げていました。クラーナハは、黄紺的には、ドイツで随分と観て来た印象だから、横に置いておいて、同時に来ているフェアメールやブーシェは出てきませんでしたが、それは、好みというものでしょう。そういった銘品としては、東京国立博物館の「国宝展」も凄い展示ですね。手持ちの国宝、全部公開って、気風が良すぎます。最高の水墨画と言われる長谷川等伯作「松林図屏風」評して、コメンテーターとして登場した漫画家ヤマザキマリさんは、「これは樹木を描きたいんじゃなくて、霧を描きたいんだ」と言いました。ちょっと圧倒された言葉でした。「生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展」は、俳優の永山瑛太さんが紹介してたけど、このジャンルが入ってくること自体、アートの世界の拡がりを感じさせます。森美術館館長にしてキュレーターの片岡真実さんが紹介したのは、金沢寿美という作家さん。その制作の様子にカメラが入りました。新聞紙に鉛筆を使い、記事を消していく。残す部分の記事や写真でメッセージを残し、且つ、フェードアウトしたときの姿も考えているというユニークな作風。「消えゆく昭和の名建築」なんてコーナーもあり、解体が決まっている「中銀カプセルタワービル」の紹介があり、最後は、菅原小春による「よさこい」に対する熱い思いが紹介されて、おしまい。1時間が短かったな。今年も、おもしろシーンを見せていただけるということでしょうか。
 この「日曜美術館」のスペシャル版が終わってから、午後5時まで弟と喋りっぱなし。久しぶりに、いっぱい喋れました。日本語、忘れてなかったのが、これで判りました。そのため、すっかりスマホいじりをしてなかったため、家に戻り、開けてみてびっくり。息子からメールが入っているわ、電話も入っていた。要するに、Zoomを使って、DやSとお話をさせようという考えでした。DとSが、いきなり電車のおもちゃや、電車のクッションを持ち出すものだから、見せたがっているのは判ったけれど、何が何だか判らなかったけれど、どうやら、クリスマスのプレゼントでもらったもののようでした。Sは、この人、誰なんだろうと、怪訝な顔をしてたけど、やっぱ、付き合いの時間が長いDの方は、テンションが高くなるから、言ってることが、よく判らない。息子の通訳が要ります。先日から、息子と話題になっていたアラブ料理のお店、行こうということになったけれど、スパイシーなんじゃないって、心配してた。子どもには無理かもと。チュニジアとモロッコ行ってるくせに、そうじゃないって知ってるはずなのに、すっかり普通の日本人っぽいこと、言ってたな。そのお店、ヨルダン系のお店なので、これは知らんと思ってしまったのかもしれません。「コフタがあるようやでぇ」「キョフテや」「ハンバークの煮込みや」と言っておいたんだけど、忘れてんのかなぁ。そんなで、夕方の楽しい一時。いいお正月になりました。


2022年 1月 1日(土)午前 6時 12分

 新珠の春だけど、これは、昨日の記録。いつも、夜に書きかけて寝てしまい、朝になってから書き足しているのが、今日は、年を越えてしまったのだ。
 また、寒くなってきました。4、5日前に氷点下を記録したけれど、それに近い下がり方になっている。夕方のウォーキングに出かけようとしたら、地面が濡れている。傍らを、隣のご主人が通られたので、「雨が降ってたんですね」「全然、気づいてませんでした」と言うと、笑いながら「雪ですよ」と言われ、余計に寒くなってしまった。丁度、黄紺が、夕方のウォーキングに出かけようとしたときは、雪が、一時、止んだところだった。慌てて、傘を取りに入り、正解。ウォーキングの途中から雪。半ば以後、かなりの雪になったため、傘を使うといいんだけど、使うと、手袋を持って出てなかったものだから、傘を持っている手が冷たくなってたまらない。右手の痺れが酷いものだから、動かなくなってしまう。左手を多めに使うと、それはそれできつい。天気予報だと、年末が押し詰まったところから正月にかけて、かなりの寒波が来るのは判ってはいたけれど、雪は辛いよね。昼前のウォーキング時は、普通に寒かっただけだったので、そのつもりで出かけたら、表に出た途端に、雪を知らされたってことでした。
 今朝のトルコのコロナ情報収集は、オミクロン株のせいで、感染者数急上昇のため、さすがにコロナ関連の記事が多かった。そこへさして、これも、コロナ禍の影響なんだけど、トルコのサッカーも、冬のブレイク期間を取れないで、タイトな試合スケジュールが続いている。12/30までトルコ杯のスケジュールが入り、1/7には、トルコ・リーグの後半戦が始まるのだから、大変。だから、今朝も、サッカー情報収集に勤しんだということ。そないな朝だったのに、ウォーキングに出かける前に時間ができた。そこで、最近、チェックしてなかった「世界ふしぎ発見!」の新作をチェックしてみた。すると、「アイヌ文化」という文字が画面に出ていたので、それを、動画サイトで視聴することに。でも、「アイヌ」専用の番組ではなく、1本の番組に詰め込まれたトピックの1つだと判明。でも、いいやということで視聴してみた。「新しい日本の旅」(2021/12/4)というもので、明治初年に来日したイギリス人たちが追いかけた日本を特集しようという変化球。その中に、アイヌ文化を追いかけた御仁がいたというわけでした。それも含めて、記憶のために、内容をメモっておくことにします。①(日光)アーネスト・サトウの探訪、ガイドブックまで作成、輪王寺大猷院(家光の墓所、狩野探幽筆の獅子図)、別荘ブームの基を作った、中禅寺湖が人気、アーネスト・サトウの別荘跡は、その畔にあるが、中禅寺湖が故郷のウインダミア湖に似ている、このトピックは「ブラタモリ/日光編」で取り上げていましたね②(精進湖/富士五湖)ハリー・ホイットウォーズがご執心、富士五湖で最も美しいと認定③(前二子古墳/群馬)アーネスト・サトウがご執心、崇神天皇第一皇子の墓だということで、「天皇家の墓を知りたい」というニーズに惹かれて関心を示した、玄室の赤色の壁が酸化鉄によるものと発見④(正倉院)クリストファー・ドレッサー、正倉院の美と出逢い、その収蔵物の調査を依頼される、欧州でのジャポニズムの火付け役の1人⑤(アイヌ文化)イザベラ・バードの旅、実際、平取というアイヌの集落に入る、番組では二風谷を紹介、最後の熊送りは昭和52年、織物/アットゥシの模様はフクロウをデザイン化したもの、鮭は食用だけではなく、衣服や靴の素材にも使われた、スコットランド博物館に木彫のマキリ(刀)が残っていることから判るように、バードは記録を残している、文字を持たなかったアイヌ文化の傍証(年代特定などの)に役立っている。
 午後の一時は、オペラ配信と落語という定番メニュー。オペラ配信の方は、居眠りをしながら「蝶々夫人」を完走です。時代設定は、既に書いた通りで、新たなコメントは不要。ただ、2幕では、右半分にある家と舞台中央だけにしか照明は当たっていなかったのが、3幕になると、全面に照明が当てられる。視野に入るのは、 1幕と同じ。そういった中で、ハミングコーラスのあと、一旦、照明が落ちます。映像が照射されるのは、緞帳ではなく、なんちゃらというスクリーンで、そこに映像の投射ができる一方、半透明だから、その向こうができるというもの。3幕に先立ち照射された映像は、それ以後の展開の根幹部分、蝶々さんの死を暗示していました。ここで、ちょっと捻りを加えた演出があった。ケイト・ピンカートンは、舞台に、一旦出るとはけるまでは、舞台に出ずっぱり。通常は、一旦、はけてから出るというものだけど、その必要性がある場面(蝶々さんの目にいきなり触れささないため)では、シャープレスの陰になり蝶々さんの目に触れないようにする工夫。これだと、「目に触れささない」という意志を表すことができている。好演出。いよいよ自死の場面に入るところで、スズキを遠ざける。オケでは、2回、ティンパニーの激しい叩きつける音が出される。これは、蝶々さんの決意を伝えるもの。意志の強さを感じたスズキはたじろぎながら従う。通常のプロダクションだと、スズキは子どもを残す、残さないは別にして、はけるのじゃないかな。でも、このプロダクションは、子どもを連れて、舞台後方に行き、そこに舞台後方に向かい座り込むという手を使った。この方が、蝶々さんの自死の意志の強さ、それを追認するスズキの共感が、よく現れている。これも、おもしろい。そして、最後、「蝶々さん」の声をかけながら、ピンカートンが戻ってくるところが、黄紺的初見。ピンカートンが戻って来たときには、蝶々さん、未だ小刀を突き刺していない。ピンカートンの目の前で、しかも、ピンカートンに身体を向け(だから後方に向いて)突き刺す。これは、やられてみると、めっちゃ納得。蝶々さんの意志を、最高度に表したものですね。このプロダクション、時代設定といい、最後の場面に見どころ満載と言い、なかなかやってくれます。コロナ禍での上演です。コーラスの皆さんはマスク着用のまま、歌ってました。歌手陣は、その一方で、ディスタンスなしという大胆さも、凄い!
 落語は2本。①三遊亭金馬(三代目)「孝行糖」②笑福亭生喬「稽古屋」(2018/6/23 法輪閣祝/10回記念!上方落語をきいてよの会ーさっぽろ)。①は、金馬で検索してのピックアップ。マクラで、売り声をたっぷり。これは、最高の聴きもの。客の反応も、それに応えるもの。えらく長く、マクラが続くということは、ネタが短いということ。冒頭で、もうお奉行さんからご褒美もらっていた。主人公は与太郎。金馬の与太郎は、今はできないだろうな、このキャラ、危ないのを通り越しています。水戸藩の屋敷前で大きな声を出して打擲されるという流れでした。こないに短かったかなと、上方ものと比較しようと考え、生寿ものが、少なくともアップされていたことを知っていたので、それを探そうとすると、師匠の生喬の音源も出て来た。そこで、方針転換。先日、東京もので聴いた「稽古屋」があったので、それを、チョイスというのが②。ところが、これは、ショートカット版だった。いきなり芸事で女にもてる話になり、稽古屋へ。最後も、騒いで帰ってしまい、そこで下げ、「大方尻に火が付いたんでっしゃろ」と、ここで、蛍踊りが活用されてました。生で生喬ものを聴いたことがあるけど、ここまでだったかと思うほど、とっても笑福亭仕様の仕上がりぶり。それを、大阪以外でやっちゃうんだから、生喬の度胸、見上げたものです。


2021年 12月 31日(金)午前 5時 20分

 昨日は、今週2つ目の映画を観ようかと考えていた日。でも、行きそびれてしまいました。時間は大丈夫だったんだけど、しかも、ある程度までは、行くつもりで動いていたにも拘わらず、時間が徐々に迫って来ると、モティベーションが落ち行くのが判ったものだから、止めてしまった。となると、ごく普通の一日。ただ、大晦日には、早じまいをするマートもあることから、計画的な買い物をしておこうと、昼前のウォーキング時と夕方のウォーキング時と、その両方に、別々のマートに行き、正月3ヶ日分の食糧の仕入れをしておいた。毎年、これを気にしながら過ごして、過不足が出てきてしまうので、今年はと思っているのです。
 午後の一時は、結局、一昨日と同じ。新たなオペラ配信の材料も見つけてあるので、1つにはそれ。も1つは、いつものように落語&講談の音源を聴くというもの。「ブラタモリ」の「南紀白浜編」の2度見でもしようかと、映画はやんぺを決めるときには、そうしようと思いながら、いざ、そうなってみると、すっかり失念。結局、一昨日と同じことしか、頭をかすめなかった。忘れにも程があるってことは、もう意味をなさなくなってきています。で、オペラ配信は、新たに、ソフィア王妃芸術宮殿(ヴァレンシア)の「蝶々夫人」(エミリオ・ロペス演出)をピックアップ。超モダンな歌劇場として、初めて映像で見たときに目が釘付けになった歌劇場、そこで、なかなかユニークなプロダクションが上演されています。開演前に、緞帳に、旭日旗、鈎十字が映り、それにアメリカの軍艦らしきものが被さって行くような映像が映ります。だから、時代は太平洋戦争の前か。でないと、アメリカの軍人が、日本に立ち寄ったりしてはいないでしょうから。だから、太平洋戦争のビフォーアフターで、物語は展開するとなっています。1幕は、障子をモチーフにした日本家屋の装置が右半分ほどにあり、背景と、舞台前面に上から斜めに切った桜をモチーフにした花々の壁が吊るされているといったもの。なかなかオシャレ。背景は、最後になって判るのだけど、映像の投射でした。水面に絵の具を垂らす映像が、最後に投影されるからです。花々が、それにより搔き消されていく。まるで、ピンカートンと蝶々さんの蜜月が掻き消されるのを暗示するかのような映像が投影され、1幕は終わります。2幕が始まる前に、再び、緞帳に映像が映ります。判りやすい、原爆の投下です。緞帳が上がると、舞台は、まるで、原爆投下直後の風景を想起させるものです。1幕で出ていた日本家屋は崩れ、舞台には瓦礫。蝶々さんとスズキの髪や着ているものは、焼け出されの女性です、まるで。その光景を確認しただけで切り上げました。かなり、居眠りをしたので、1幕の後半から観直す必要があるようです。
 で、落語&講談は、次の2本。①桂まん我「応挙の幽霊」②神田松鯉「五平菩薩」。①は、東西比較の意味で、上方版を確認しておこうとの算段。まん我の口演は、生で聴いているはずとは思いつつ、ピックアップ。東京ものとは、本筋では変化なし。細かなくすぐりなどが、各々の進化の過程で変化をしたという風情です。演じ手の違いもあるのでしょうが、まん我の口演が、やたら明るい。これは、上方風味が、そのまま現れたという印象。ネタの中身からして、そこまで陽気にしなくてもいいほど、テンションが上がっているのが、まん我の口演の特徴です。扇橋の口演を聴いたあとからでしょうか、そういった印象が残りました。②は、見つけようとして見つけたのではなく、偶然、見つけた。ましてや、題名すら聞いたこともないネタだったもので、迷うことなしでチョイス。でも、このネタ、あまりおもしろくない。浅間山の噴火で住めなくなった村、多くの人は、村を出て行く。なんとかして村に残った井戸掘りの職人が、村の再興を期して、生きるためには必要な井戸を掘り当てようと苦労を重ねる物語。そりゃ、そういったこともあったろうと思える浅間山の噴火。物語性という意味では、聴き手が見透かしてしまうネタのため、聴いていて、さほどおもしろいネタではないと思えたのが悲しい。浪曲でもネタ化されているようなのですが、だからと言って聴きたいと思うほどのネタじゃないけど、若い講釈師さんも受け継がれた音源がアップされていたり、琴梅さんが、このネタを「日本の話芸」で口演されていたりで、黄紺が考えるようなネタじゃない雰囲気を、ネット上の情報で感じてしまいました。
 あとは、一昨日から始めた落語&講談の視聴をエクセルにまとめるのに時間を取ったくらい。やっぱ、データ入力は面倒なこと。でも、そうして振り返っていると、もう、聴いたことすら忘れてしまっているものもあり、最近は、検索をかけていない噺家さんが出て来たり、そんなことを見つけるたびに、やっておかなくちゃならないと思い、この面倒な作業を続けている黄紺でした。


2021年 12月 29日(水)午後 10時 24分

 あと少しとなってきました。新年は、目の前に来ています。クリスマスも、もう過ぎてしまってるけど、なんで、日本は、クリスマスが過ぎさしてしまわせるのか、これが不思議。クリスマスツリーなんて見かけないけど、ヨーロッパにせよ、トルコにせよ、この時期、クリスマスツリー飾ったままだよ。そう言えば、トルコで売っているクリスマスカードには、新年のお祝いの言葉も並んでる。2つのイベントは並列という感じだから、クリスマス用の電飾なんかも、当然のように、そのまんま。どうして、こないにせわしないのかね。クリスマスは、有効需要を生む宝の山としか見てないからなんでしょうね。だから、あっさりと過ぎてしまった。正月も、あと1週間すれば、過ぎてしまったものになっている。せわしないなと、これ、昼前のウォーキングで考えていたこと。夕方のウォーキングをしているときは、冬至から1週間経っているのに気づき、そうだ、2週間前に、あとの2週間が、一番暗いときだと思ってたこと、思い出した。この頃は、もう暗くなってから、夕方のウォーキングに出かけるものだから、その暗いのが嫌なものだから、2週間前にそんなこと思ってたけど、気が付くと、その2週間が過ぎてしまってた。なんて、あっさりと時間は過ぎて行くのでしょうね。
 午後の一時は、オペラ配信と落語と、この間と同じだけど、今日、はたと気が付いた。落語の音源、アトランダムに聴いているので、すぐ忘れてしまう。だから、ここにメモりはしてるけど、その簡単な記録、早見表のようなものがあると便利だろうなと思い、それを作ることにした。古いのはいいから、この春先ぐらいからのものをメモることにした。エクセルに情報入れておけば、検索をかけたら、既に視聴済みだとかが判る。同じネタを聴くときも、違う噺家さんのものを選ぶことが、簡単に判る。データが膨らみ過ぎない内にやっておいた方が賢明と、手を出した。「GUNLUK」を辿れば、いつ、何を視聴したかが判るので、そこからのデータ拾いを始めた。1回ではできないので、ほどほどでやんぺ。視聴した日にちも入れておいてるので、そのときの自分の感じたことも、それで、あっさりと検索できる。これが、新しいこと。便利だけど、データを入れるのが面倒だけど、やり出したら、やらないと勿体ないから続けます。
 その落語、今日は、新たに4本、視聴した。次の4本です。①桂文紅(四代目)「首の仕替え」②入船亭扇橋(九代目)「応挙の幽霊」③入船亭扇橋(九代目)「御神酒徳利」④6代目三遊亭圓生「九段目」。①は、昨日、居眠りをしたため、「色事根問」の途中から聴き直した。「芸」のところで切り上げ、首屋に向かいました。上物の首から始まり、徐々に格落ちしていくという流れ。このネタ、現松喬で聴いたことがあるけど、この箇所に入ると、もう、その時折の流行りで行くしかない。時事ネタのパレードになり、最後は、金を払わないで帰る男が、「首切られたら金をもらうのはこっちの方じゃ」という下げでした。②は、東西比較のつもりでピックアップ。上方では、そんなに出る噺ではないので、まん我の音源がアップされていたので、それを先に聴いてからとも思ったんだけど、全く忘れているというわけでもないので、先に東京ものを聴こうの気になり、扇橋ものをチョイス。すると、これが、抜群にいい。幽霊相手にひるまず、幽霊の相手をする男の酔狂ぶりが、いいな。掛け軸を、5円で仕入れて90円で売ろうかという道具屋だから、度胸で相手するというよりか、ずるさのようなものが先行して、それが酔狂さを支えているといった風情。それが、扇橋の抑揚を押さえたお喋りぶりにドはまり。晩年のものではないので、聴き取りやすいということもあり、これ、扇橋ものの最高傑作かもしれません。③は、それに気を良くして、扇橋では思い出のネタを選んでみました。黄紺は、扇橋の真打披露興行に、リアルタイムで遭遇してんだけど、そのときのネタがこれだったから、思い出のネタとなるわけ。目黒名人会でのことです。でも、この音源、良くない。映像の配信だから判るんだけど、もう、扇橋の晩年、首が、常に触れてたけど、もう出てる。だから、滑舌が悪くなっており、②とは大違い。ひょっとしたら、「日本の話芸」で流れたものかもしれません。30分に収めようと、露骨にカットした部分が判る編集でしたから。がっかりだったけど、最後まで聴きました。④は、以前から狙いの音源。知らないネタだからというのが、その理由。でも、また、半ばで寝落ちしてました。また、聴き直しですな。毎日、こんなの、ばっかです。
 午後の一時の後半は、オペラ配信。「ウエルテル」完走です。2幕まで、ずっと屋内を示す装置の中で進められてきたこのオペラ。恐らくとの予想が的中。第3幕は、1年後、ウエルテルが、シャルロッテのもとへと戻ってくる場面。その装置は、部屋を出て行こうかという廊下の装置が、舞台奥に向かい縦に配置されていました。そして、第3幕終了時には、その廊下を小走りに出て行くシャルロッテの姿、後に残されるアルベルトの姿で幕ということで、的中の確認ができました。コロナ禍で観たボローニャ歌劇場のプロダクションと発想は同じでした。市民社会道徳が確立していこうかという時代の作品なわけですから、パラダイムを突き破るというのは、大変なもの。それを、家で表すという手が、ボローニャともども採られたということです。第4幕、幕が上がると、既に、ウエルテルの胸には血糊がいっぱい。その場面は、極端に照明を落とし、道具として出ているのは、2幕までに出ていた長椅子。そこと、正中の部分だけに照明が当たりという感じで、屋内から出てしまっている2人の逢瀬、最後の逢瀬を表していました。コロナ禍での公演という制約の多いなか、これだけは表せられると踏んだプロダクションでした。ただ、ディスタンスを考えたものだっただけに、人の動きに制約がかかってしまうのは、コロナ禍では致し方ないこととはいえ、あまりにも痛いですね。一方で、歌手陣の、そのプロポーションも実力の内というのが、現代の先端を行くオペラでしょうが、このプロダクション、残念ながら、そうはうまくいかないもの。ですが、歌唱力には、いいものがありました。特に第3幕のデェットは、正に聴かせどころに仕上がっていました。


2021年 12月 29日(水)午前 5時 47分

 年末には、少なくとも1本、映画を観ようと考えていた。時間があるからということだけど、そそらない映画を、無理やり、観ようというわけではない。観ようという気になっているものを、全部観てしまうか、ピックアップするかは、その時折の気分次第。少なくとも、映画探しをしている中で記憶に留めておいたものがあったということ。その中から、昨日は、韓国映画「ただ悪より救いたまえ」を、京都みなみ会館で観た。映画探しをすると引っかかったのが、ファン・ジョンミンの出る映画。さして、ファンではないのだけど、有名俳優だからということで、観ておこうの気になる。大きな外れがなく、韓国映画に浸れるということで、ファン・ジョンミンが引っかかると、いつも観てしまう。昨日も、そうだった。でも、この映画、クレジットを観て驚いたのが、早い話が、黄紺が虚けていただけなんだけど、ファン・ジョンミンの次に、イ・ジョンジェと出たから、びっくり。もう、絶句しかなかった。ファン・ジョンミンと対決する殺し屋をやってたのに、気づいてなかった。頭の中、ぐるぐるしちゃいました。あのチョン・ジヒョンと共演した「イルマーレ」や「黒水仙」がぐるぐるしちゃったのです。「あの、殺し屋だ」は、我ながら酷かった! 2大俳優の共演だったのです。京都みなみ会館のHPにチェックを入れたら、紹介文の冒頭に2人の共演が書かれていた。普段、必ず、そういった梗概めいたものをチェックしてから映画館に行くのに、昨日はしてなかった。ファン・ジョンミンを、名前か写真で見かけ、それで良しとしてたのですね。ところがですね、そないなビッグなスターの出る映画にしては、内容は完全にB級もの。だって、ストーリーらしきものって、あると言えないほど、ちょこっとだけ。ファン・ジョンミンの役は、取ってつけたように、元国の情報員、でも、組織解体後、その特殊な任務だからということでしょうか、命を狙われるという立場。でも、このプロットは、映画の筋立てとは、ほぼ無縁だったので、取ってつけたようと書いたのです。それよか、その任務で東京で殺した男の弟が殺し屋で、これが、イ・ジョンジェなんだけど、この殺し屋が、ファン・ジョンミンを突け狙うのが、話の本筋。そのファン・ジョンミンが、東京での殺しを終えたとき、かつて愛した女がバンコクで殺され、その間にできた子ども(この存在を女が殺されて初めて知るという設定になっていた)が誘拐されるというニュースが飛び込んできた。これが、情報員であったことと関係があるのかと思っていたら、そうではなかったみたいな進行。ファン・ジョンミンは、そこでバンコクに飛ぶが、これを、イ・ジョンジェ役の殺し屋が追って来るという展開で、ここからは、この2人中心で進む。ファン・ジョンミンに関わる人物なら、誰でも殺すという殺し屋。その殺し方も、「兄が在日で肉の解体業やってた」「俺は、そのやり方で殺す」というのがモットーと来ている。異様なキャラなものだから、あのスマートなイ・ジョンジェだとは、クレジットで名前が出て来た時も、直ちには判らなかった。かつて、映画で観たときからは、時間が経った分、かなりおっさん化しているけど、いざ、イ・ジョンジェだと判ってから、スチール写真や、公式サイトの写真を見ると、間違いなくイ・ジョンジェです。この映画、序盤は東京、ちょっとだけ、仁川が入ったようで、ほとんどはバンコクが舞台の映画。そこで、丁々発止、ファン・ジョンミンが、娘を助けに動くと、そこへ、イ・ジョンジェが現れるの繰り返しと言っていいかな、結局は。その隙間を、タイのギャングが埋めたりはするけれど。だから、ストーリーは、どっちがどっちをやっつけるのか、娘はどうなるのか、それだけ。その中で、黄紺的に光ったのは、唯一、ファン・ジョンミンの助けになる、おかま役の韓国人、性転換手術をしにバンコクに来ていながら、お金がなく目的を達してないという設定。そこで、ファン・ジョンミンが金を出してやると言って味方に惹きつけるのだけど、これを、パク・ジョンミンがやってます。名前を見て、思い出せなかったんだけど、この人、「空と風と星の詩人~尹東柱の生涯~」に出てた。めっちゃ上手いんだわ、この人。特にラストの逃げるシーン、この人の演技力、凄いよ。そんなで、ストーリー的にはB級だけど、暴力シーンを売り物にしているだけあり、迫力満点。それだけで見せるのだから、韓国映画の底力、恐るべしって、今に始まったことではないですが!
 いつものように、京都みなみ会館からの帰りは、ウォーキングがてら、歩いて帰るというもの。昨日は、最近の気温低下にしては、わりとましな一日だったので、歩き出しても、なかなか身体が温まらないということがなく、なかなか快適。午前中の、若干短めのウォーキングと併せて、きっちりとルーティンにしているウォーキングをすることができました。
 それらの隙間を狙い、YouTubeを利用しての落語の時間も、しっかりと確保。2本半聴いています。3本目は寝落ちしているので、2本半なのです。そのラインアップは、次の通り。①柳家小三治「厄払い」②桂宗助 (現八十八)「馬の田楽」③桂文紅(四代目)「首の仕替え」。①は、東西比較でのチョイス。東京ものは、与太郎登場になってた。これを、与太郎にしちゃうのかと、半ば絶句。すると、金や餅を入れる籠のトピックはカットされていた。あれ、入れると、与太郎じゃ、きつい。上方のアホは、アホなりに賢い、すかたんをするけど、自分なりに考える。籠のトピックでは、用心籠持って来て、笑いを作る上に、その大きな籠を持ち、厄払いをする姿を想像させるという仕掛けになっている。これは、与太郎には無理だもんね。そんなことを知らないで聴くと、おもしろくできた噺になっていた。おまけに、小三治の与太郎がいいな。テキストだけをなぞるのではない、呼吸までが与太郎になってた。さすがです。でも、最後が、あっけなかった。鶴亀で落とす前で切ってしまってました。「東方」朔と「逃亡」を掛けた下げになってた。与太郎噺に拘ったのかな? ②は、一昨日聴いた小三治の口演の口直し。都会の噺として聴き直したかったのです。子どもの悪さが入り、ホッとしている黄紺です。田舎道を馬が1頭で歩いて行く姿より、堺筋を歩かした方が、可笑しいのにね。ま、田舎道を歩かした方がリアルだけどね。③は、文紅ものがあったというのでチョイス。地味な噺家さんだったけど、この口演も、思い出のまんま。古臭い言い草を踏襲している。それも、文紅らしい。前半が、「色事根問」で推移。そこまでしか記憶がないので、寝落ちしてしまったのでしょう。また、聴き直すことにします。


2021年 12月 28日(火)午前 6時 54分

昨日は、ほぼお出かけなしの一日。ほぼというのは、1ヶ月少し前に受けた定期健診の結果を取りに、掛かりつけ医に行ったということがあったから。コロナ禍で、間の開いた定期健診だったけど、これまでと同じ内容。ノーマルな幅に入ってないものもあるけれど、それは、これまでと同じ。薬で対処するしかないというけど、投薬をするまでにも至っていない、要するにやり過ぎ治療の範疇に入る程度のことらしい。年に1回の定期健診だから、11月に受けることを覚えておかねばなりません。昨年までは、胃カメラと同じ時期で覚えやすかったのだけど、今年は、2つが離れてしまったから、忘れてしまいそう。大腸検診やレントゲン撮影も、11月に移ったから、一緒のものがあるので大丈夫を思っておくことにしましょう。そんなで、日に2回のウォーキングだけが、お出かけ。かかりつけ医に行ったのは、その内の昼前のウォーキング途中に寄っただけ。寒い一日。今冬初のマイナス気温。昼前に出かけるときですら、+2度ほどだったから、これ以上のことはないはずと思えるから、寒さの目安ができた。でも、12月末で、そういった日が来るって、早いよね。
 午後の一時を含め、空き時間は、オペラ配信と落語&講談という組合せは、一昨日と同じ。オペラ配信は、新たに、モンペリエ歌劇場の「ウエルテル」(ホセ・ダリオ・イネッラ演出/ブルーノ・ラヴェッラ原演出)。基になる演出があるということは、コロナ禍の公演で、コロナ対応をしていないということなのか? しているようにも見えるので、原演出があるところにコロナ対応にしたのかもしれません。確かなことは判るものではありませんでした。前半(2幕最後)までしか観ていないので、確かなことは書けないのですが、全編、観たところまでは、屋内設定。ひょっとしたら比喩かとも思ったんだけど、そうでもなさそう。壁には、大きな葉っぱ模様の絵が並ぶ。クラシックな造り、衣装も時代がかっている。ゲーテの時代としても、庶民の暮らしぶりには見えない。屋内には長椅子が置かれているだけ。ダンスパーティーからの帰りの場面も、ここでやる。但し、天井を持ち上げていることで、屋外を表わしているのだろうか? そういった装置の意味が掴めていない黄紺ですが、このあと観ていて判りそうもないな。どうも演出意図を探ろうとして立ち往生しているというところです。
 落語&講談の方は、飛び飛びに聴いている。まとまって聴いているわけではないけど、全部で4本、次のようなものでした。①6代目三遊亭圓生「蕎麦の殿様」②柳家小三治「馬の田楽」③一龍斎貞山「実説四谷怪談」④柳家一琴「羽織の遊び」(2019/6/16らくごカフェ柳家一琴の会)。①は、一昨日、「殿様」ものを聴いたことで、「殿様 落語」で検索すると引っかかってきた。これまた、知らないネタだったのでチョイス。これも、「千両幟」と同じで、延々と殿様ネタのマクラを振っている。それはそれで、聴いていて楽しんだけど、気になるのはネタ。蕎麦打ちを知らなかった殿様が、それを知り、自分でもやってみたくなりやるのだけど、出来が酷い。それを、家来が美味いと言って食わねばならないという、そういったネタ。「大名将棋」と同じですね。パワハラ・ネタです。②は、東西比較で選んでみた。その前に、上方の口演を聴いておこうかとも思ったのだけど、それほどの時間がなかったので、東京ものを選んだ。筋立ての根幹は同じだけど、設定が違う。上方は堺筋が舞台だから、正にメーンストリートで馬を探すというもの。移植をしたとき、それに違和感を持ったのでしょうね。田舎が舞台。しかも、悪ガキはいるんだけど、連中が悪さをするところは、リアルタイムで描かれない。馬引きが居眠りをしている間に、気が付くと馬がいなくなっている、目の前に悪ガキの1人がいたので、馬の行方を聴いたら悪さを白状という流れ。そこから馬を探し回り、最後は酔っ払いを登場させ、下げを言わせるというもの。ずっと田舎言葉で語られます。その小三治ののどかな言葉つきが、頗る付きでいいですね。でも、口直しが要ります。都会の噺を聴きたくなったから。それほど、田舎の空気が出ていたということになります。名演じゃないかな。③は、今年亡くなった人繋がりで、ピックアップ。貞山の晩年でしか聴いていないので、ちょっとハスキーな声だと思っていたら、とんでもありません。若々しい、気魄満点。枯れた貞山も良かったけれど、これもいい。だから、ネタにドはまりの口演です。音源って、これが嬉しですね。芸人さんの歴史を辿ることができます。「実話」が付いた「四谷怪談」、「実話」が付かないものを知らないものだから、その意味を把握できないでいます。金貸しを殺す侍、家の2階に隠しておくのだが、それを、偶然、飯炊き男が見つけるというもの。侍にニヒルさがあり、緊迫感漂う口演です。④は、20分、時間ができたので、お世話になっている一琴のチャンネルを開けてピックアップ。このネタ知らなかったから選んだんだけど、単に知ったというだけのネタですね。よく生き残ってきたと思えるネタ。金持ちの若旦那を掴まえた若い衆、吉原に連れて行ってもらうことになる。しかし、若旦那は、せめて羽織を着て行ってくれと言う。でも、若い連中、羽織を持っていないので、知り合いから借りて来る。そこまでが前半。その1人が、大家の家へ行き借りに行くのが後半。大家のカミさんとのやり取り。羽織を貸す貸さないのやり取りを聴かせる噺になっており、それだけの噺。絶句しました。もう1度、書きます。なんで、生き残ったの?


2021年 12月 27日(月)午前 6時 16分

 昨日は、今年最後の日曜日。日曜日と言えば、毎度、朝方の「日曜美術館」に遊んでもらった。実際、随分と勉強になり、なかでも、関心のほぼなかった日本画を観るようになったり、現代アートへの関心も一層深まったことは間違いないのです。で、今年最後は、なんと、「ゲルニカ」が取り上げられた。題して「ピカソ“ゲルニカ”〜“実物大”8K映像の衝撃〜」というものだった。8Kというのが、何を意味するのか知らないけれど、高感度のカメラで撮り、それを、実物大で再現して、更に、拡大なんかがやりたい放題だから、細部の鑑賞もやっちゃおうという企画。それを、MCの2人だけではなく、作家の高橋源一郎と平野啓一郎、画家の横尾忠則、小学生などに見せ、感じたことを喋らせ、合間に、絵にまつわる解説を挿し込むという番組になっていた。その中で、記憶に残るもの、記録しておきたいことをメモっておくことにします。①ソフィア王妃芸術センターでの展示、いろいろと入れ替えがあるというのを知った。入れ替えないのは「ゲルニカ」だけで、あとは入れ替えるのだそうです。黄紺が行ったときも、知り合いの絵描きが行ったときも、ミロとの二人会的な展示で、ゲルニカの重みの横で、ちょろちょろとする、ふざけたミロの作品とのコントラストがおもしろかったのが、強烈に残っている。知り合いの絵描きも、同じことを言っていた。だけど、他の人に言うと、怪訝な顔をされることが、1度ならずあった。そのときは、「こいつら、ミロを知らないんだ」と決めつけていたんだけど、この番組で、己の愚かさに閉口してしまいました。たまたま、知り合いの絵描きのときもミロだったに過ぎないのでした。②中央部分に三角構図が使われているのに気づいていなかった。しかも、二等辺三角形になってんだって! これって、古代から使われたいた古典的技法。③鳥が上部に描かれているの、気が付いてなかった。その鳥、一部だけ、白く塗られている。馬は涎を垂れていた、倒れた男の手には皺がいっている。拡大されていると、よく判ったが、気づいている人は気づいてるんですね。④ピカソの最初のデッサンは、空爆の5日後、8日後にはモチーフが描かれ、10日後には描き始めている、そして、1ヶ月で完成、その過程を、また、この作品が出来上がっていく変化を、その当時の愛人が写真に残している。⑤完成作になかったものがあり、その1つが太陽で、反ナチスを表わすもの、でも、実際の絵には、その替わりに電球としている、ピカソは意味するものを語っていない、タペストリーを張り、色彩を考えていたが、最後はモノクロにした、グレーのグラデーションで変化をつけている、7~8種類のグレーを使い分けている。⑥ゲルニカ爆撃2ヶ月後、パリ万博で公開、批判を受けたが、ピカソは、何も語らず、その後、アメリカやイギリスを回覧するなかで、評価が定まって行った。⑦ドイツによりパリが占領されたあと、「ゲルニカ」を見たナチスの将校に、「描いたのはあなたか」と問われ、「描いたのはあなただ」と返したという。⑧横尾忠則の言葉がおもしろかった。自身、ピカソ展(ニューヨーク)を観て画家に転向したそうで、そのときの衝撃を、「豚で入りハムで出て来た」と言っていた。馬には生殖器が描かれており雌馬だと判る、また、牛には睾丸が描かれていることから雄牛だと判る、乳首をボルト風に描いたりする遊び心が見える、戦争とは関係ないエロチックなものを入れることで、ゲルニカを抱える社会の問題を強調していると指摘していました。⑨平野啓一郎が言ってたこと、堅固なものを解体して再構成して描いてきたピカソ、解体するものがないものがゲルニカ、当事者性について、当事者じゃなかったから描けた、当事者であれば描けなかったかも? そして、いつまでもゲルニカが求められているのは戦争が続いているからとの指摘。
 昨日は、お出かけなしの一日にしたので、午後の一時は、たっぷりあった。おまけに、真冬の寒さに突入したので、ウォーキング時の休憩&読書なんてやってられないものだから、ウォーキングに要する時間も減り、そのおかげで、午後の一時が増えた。そのため、隙間狙いの落語もゆったりとした気分で、そして、オペラ配信も楽しんだ。落語からメモると、次の4本を視聴した。①柳家小せん「新聞記事」(2013/11 汲沢寄席)②柳家喜多八「盃の殿様」③柳家喜多八「近日息子」④三遊亭金馬(三代目)「池田大助/佐々木政談」。①は、一昨日、寝落ちしてしまったので、リベンジ。「阿弥陀池」は3部構成になっているけれど、「過ぎし日露の戦い」はカットされ、その第1部の仕込みの部分から始まる。もちろん、題名に残っているように、第1部の新聞記事のくだりは、もちろん残っている。そして、第2部のばらしで、おしまい。第3部の「米屋」はない。ばらしのところに、「阿弥陀池」のわりかしベタなくすぐりを残してたんじゃないかな。以前、どこかの寄席で、生で、この噺を聴いたとき、その辺も含めて、インパクトが弱すぎるとも思ったもので、これも改悪ものだとの認識が、頭に入っていたのだけど、存外、そうでもなかった。まとまっている感があったからでしょうね。小せんのテキストが、そう思わせているのかもしれないけれど。②は、小せんのチャンネルを見ていると入っていたネタ。でも、「新聞記事」を聴いたときに、悪くはないけど、ちょっと聴き辛さのある録音だったので、他の噺家さんの口演があればと検索をかけると引っかかってくれた。このネタ、題名しか知らなかったけれど、落語らしい、いいネタですね。問題は、バカ殿の描き方でしょうね。あまりにどうしようもない人物が出るのは、黄紺は嫌いなのです。染丸系の「幸助餅」の幸助が、そのいい例。この殿さんも、その系統に入る。でも、最後の「盃を送る」という発想が救っている。そこへさして、この口演、喜多八が抜群。この殿さんに、公家的雰囲気を持ち込み、キャラを作っているのが可笑しくて、いいのです。この人、細かく喋っても、このネタだけではなく、めっちゃ滑舌がいいから、変化に富ませたお喋りができる。だからでしょうね、最後の九州から江戸までの道行で使われる宿尽くしが、見事に決まっている。③は、その喜多八を、他の口演でも聴きたくなってのチョイス。1つには東西比較の意味もあった。東京ものでは、三三の口演を生で聴いたことがあるけど、おもしろくなかった。上方の元ネタが、あまりに濃いものだから、そういったテイストは、東京では嫌われるんだろうなと、その口演を聴いたときに思ったものだったけれど、喜多八ものは違った。同門なのに、違った。喜多八のそれは、見事に上方テイストのまんまだった。客席も、ドッカーン、ドッカーンだし、そんなのを聴くと、やっぱ、「近日はこれでないとね」と思ってしまいました。滑舌がいいから、しょうもないこと言いの男との掛け合いが抜群、自由自在とはこのことです。お見事! ④も、東西比較のためにチョイス。大岡越前でやってました。だから、動画の題名には( )付きで「佐々木」が入ってました。東京ものでは、ぴっかり☆で、生口演を聴いたことはあります。そのときは、佐々木さんでやってたはずだから、両用なのでしょうね。ほぼ場所の設定と、その大岡越前への変更以外では、下げを言わないで、「池田大助、幼少のお話しでした」で降りたくらいが違いでした。いつ聴いても、明快な語り口が心地よい金馬でした。
 オペラ配信は、「ねじの回転」(モネ劇場)を完走。前に見たときは、半ばまで進んでいたんだけど、登場人物の把握ができていなかったので、女家庭教師が、その派遣先に入った辺りから、観直すことにした。それから最後まで観たことになります。昨日も、途中で居眠りをしたので、その前のところまで戻るということをしているので、かなりの時間をかけてしまっています。でも、完走。梗概の読み直しをしておいたこともあり、今回は右往左往することはなかったけれど、元々が判りにくい物語のうえ、演出が判らなくしていた。いや、人のせいにするよりか、難解で理解できなかったというのが正解なのでしょう。ドレスデンで観た「アルチーナ」だったと思うけど、それと同じく、前後に舞台が切られ、横動きを、各々の舞台がするというもの。それで、場面転換をしているのですが、幽霊と現実の人物の描き分けでもなく、単に場面転換用に使っているようで、そうかと思うと、戸棚の中から幽霊が出てきたりする。幽霊が見えてないはずのグロース婦人と、見えている家庭教師、幽霊が出てきているときの描き分けが、よく判らないしと、黄紺の頭は混迷を深めるばかり。結局、何らの統一性を考えるのを、最後にはギヴアップしておりました。その一方、知らない歌手陣でしたが、全員、とっても素晴らしい。オケピットでは、マスク着用の人がいたので、コロナ禍でのプロダクションですが、舞台は、それを思わせるものは、何一つないもの。それって、コロナ禍では、生で観た、びわ湖の「カルメン」とこれだけですね。でも、解らなかった、、、、、。


2021年 12月 26日(日)午前 5時 46分

 昨日は、今年最後となる市民向け公開講演会の予約をしてあった日。あと1週間残っている今年中に、映画を観に行くことぐらいが、今のところ、頭に入っているお出かけ予定。そういったことをしなければ、新年の1週間ちょい、お出かけ予定はなしという状態。年末は寒くなるようなので、嫌な時期に重なったと思っています。で、昨日のお出かけ先は、アスニー京都。随分と、お世話になりました。その最後は、「アスニー京都学講座」で、お題は「明治国家の出発と岩倉具視」、お話をされたのは、先日も、同志社新島館で聴いた京都市歴史資料館の松中博さんでした。今、同資料館で、岩倉具視関連の特別展が開かれているということで、京都市繋がりで、こちらの講演も企画された模様です。先日の講演は、岩倉らの米欧回覧に関わる話題がテーマでしたが、昨日のお話は、明治政府で、どのような事蹟を残してきたかということ。維新の著名人が幾人もいるなかで、岩倉具視の立ち位置を、時系列的にお話しいただけました。その中でも、朝鮮への軍派遣を唱える西郷の動きに、どのように応じて行ったか、それと、明治十四年政変という言い方があるようで、大隈重信排除という政変での動き、この2つが、お話の重要な位置を占めていました。その2つのポイントに至る前に、岩倉の人物像、若い明治天皇の成長を支える岩倉の姿をお話されました。なかでも、天皇を支えるべき華族の育成に尽力している点がポイントのようです。ここで、同志社でも出ていた華族銀行の設立に動いたことが大きなポイントですね。ただ、この辺りのお話では、例に漏れず、居眠り。でも、2つの事件関連は、大丈夫でした。1つ目は西郷との決別ですが、発端は、米欧回覧に出ている最中にあるようで、この旅の途中に、同道していた大久保や木戸が帰国をしているのは、その関連だったということを知りました。明治初期には、不平士族がいたことは言われます。また、新体制になじまない人たちがいたはずですから、そういった内憂を外に逸らせようという西郷的発想が出てくるわけは解る、それと同時に、新体制も固まらない内に対外的な動きを見せては、逆に動揺を誘う、ましてや、征韓が成功すると、新たに、清やロシアと国境を接することになり、穏やかとは言えないというのも解るということで、かなりの紛糾があったようですね。参議というターム、覚えました。政府の中核を成す成員です。その中の意見が真っ二つ。薩摩の西郷と大久保は、これを機に袂を別ったそうです。大久保の目には、米欧回覧で見た光景があったようで、明治国家建設には、まずは殖産興業だろうというので、西郷との決別を決意したそうです。参議の間では同票。三条と岩倉に一任となり、そこで、三条が意見を変える。元々、征韓には反対だった三条が、ここまで対立が深刻になった上は、迂闊に反西郷で動くと大混乱必定ということで、西郷指示に回り、余計に息詰まる。最後は天皇の判断となったところで、裏で動いた者がいたようで、結果は、西郷の征韓論は否定される。結論だけは知ってたけれど、えらく煮詰まった展開、その上、裏での暗躍、大久保などは反西郷の立場を明らかにするときは遺書を認めていたと言います。近代国家の夜明けは、まだ、その前の感性で動いてました。ま、そうでしょうね。三条などは、煮詰まったところで、身体に変調をきたし、離脱を余儀なくされたとか。明治十四年政変までの間に、西南戦争は終わっているので、西郷は自決、木戸孝允は病死、大久保は暗殺をされているので、「維新の三傑」は、既に、この世を去っている。大久保って、暗殺されたの知らなかった黄紺には、大隈重信が追放されることになる明治十四年政変なんて、知ってるわけはなかった。ここで、三傑がいなくなっているということは、その替わりとなる新世代の台頭ということです、ここで、伊藤博文や井上馨が出て来るようです、第一線に。大隈重信は、財政のプロパーだったそうで、そのために執った政策が、己で邁進してしまうという点があったようですね。西南戦争で国家財政はひどい状態、それを回復しようとして外債発行を企図したのが、反感を買う始まりとなったようで、開拓使官有物払下げ問題で、同郷の薩摩系商人に払下げようとして問題視されてしまう。今で言う、官民癒着ですな。そういった財政問題とは別に、米欧回覧を受けた憲法制定、議会開設の動きに対し、福沢諭吉との交流から、当時としては、急進的な考え方を持っていることが知られるに至り、排除に動いたということでした。この2つの政変に立ち会った岩倉具視。政治的駆け引きの「棚」だったと、岩倉の訃報を受けた伊藤が西園寺公望に語ったと伝えられているそうです。岩倉に話を預ければ、何とかしてくれる、按配してくれる、時間を確保したりもしてくれる、そういった存在で、維新の世界で活躍したそうです。
 昨日も、隙間で、落語を6本も聴いています。比較的短いのを、その時折、時間に合わせてピックアップしました。次の6本です。①春風亭一花「厩火事」②三遊亭兼好「置泥」③古今亭志ん生(五代目)「稽古屋」④6代目三遊亭圓生「千両幟」⑤五街道雲助「夏泥」(1990/5月下席/池袋演芸場建替え前の最後の席)⑥柳家小せん「新聞記事」(2013/11 汲沢寄席)。①は、一花ものを見つけたのでチョイス。噂の人ですから、聴いてみたかった。初めて、その口演を聴くことになりました。女が演じる女がいいですね。これで、前半の相談相手に格というほどの大層なものでもなくても、いまいちずっしりとしたものが出ると、鬼に金棒のような印象。お喋りは、噂になる安定感がありますから。②は、「泥棒」で検索をすると出て来た。「置泥」なんてネタあったっけ?という思いでチョイス。「夏泥」と同工異曲ってやつで、季節性を入れる入れないでの相違だということは、後の⑤で判明。コメント欄に、「“打飼盗人”を、大正末期に東京の初代柳家小はんが移植したもの」と書かれてあったので、な~んだとは思いつつも聴いてしまいました。噺の骨子は、「打飼盗人」のままで、細部をいじり倒している。そのときおりの感性で淘汰されていったものでしょう。移植もので、いじりの良し悪しを論じるほどのものではないですね。③も、東京ものを聴きたくてのチョイス。マクラで、志ん生は「音曲噺」と言っています。だから、鳴り物入りとなっています。マクラで「豊竹屋」の一部が入ったりしています。序盤で、染丸の口演同様、「色事根問」の抜粋になっていて、稽古屋に移る。ここで、志ん生の長唄かなんだか、黄紺には判らないけど、一節どころか長い唄が入ります。これ、やりたかったのかもしれません。いい喉です。そんなだから、稽古屋の場面は、好き放題にいじってはあるけれど、噺の流れ、テイストまで、上方のものを踏襲しています。④は、正に時間に合うものを探していたら、聴いたことのない題名の付いた圓生ものということでチョイス。延々とマクラが続き、相撲の蘊蓄、思い出話が出てきます。相撲漫談かと思っていたら、最後に、短く出てきたネタは「稲川」でした。だったら、「稲川」って題名、付けといてよ! ⑤は、「置泥」との比較でということでピックアップ。「夏泥」は、幾つも音源がYouTubeに上がっています。その中で雲助ものを選んだのだけど、この人の悪い癖で、引きずるような口演で終始。ちょっと我慢が要ったけれど、「置泥」との比較ができました。刀の長さを測るくすぐりは、この雲助の口演の方には生き残っていました。⑥は、上方の「阿弥陀池」の移植版。仕込みのところで、寝落ちしてしまったので、聴き直してから書くことにします。なお、小せんは当代です。


2021年 12月 25日(土)午前 6時 32分

 昨日は、世間的にはクリスマスイヴ。自分的には、盆も正月も、クリスマスも、普通の日。ヨーロッパだと、午後になると、急にゴーストタウン化する日。ドイツだと、午後2時半を境に、マートが閉まるから、それまでに、必死のパッチで、晩ご飯というか、夜のお酒の肴を買い求めねばならない日。ところが、初めて行く町だと、どこにマートがあるか判らないから、マジで必死のパッチだった。そのドイツも、オミクロン株で、今、えらいことになっている。そないなことを考えてしまった一日、昨日は、午後に映画を観ることになっていた。だから、午前中が窮屈に。それを見越して動いたから、無難に済んだかと思ってたら、夕方にひどい目に遭ってしまった。天気予報を過信するとダメという見本のような夕方。夜の遅くに雨と出ていた天気予報が狂い、黄紺が、映画を観ての帰り道、ウォーキングがてらに、早めに電車を降り歩いていると、来てしまいました。そのため、ジャンパーは、すっかり水に濡れ込んでしまいました。そのジャンパーを着てからだから、1ヶ月程前にも、同じコース、いや、同じようなポイントで、雨に遭ったこと、思い出してしまいました。
 で、映画は、12月上旬に人権週間が入っているということで、東山区が企画したイベント「東山人権映画の集い」での上映。人権映画として取り上げられる映画って、なかなか秀作が多いこともあり、様々な、自分の知らない問題への気づきを与えてくれるということで、贔屓にしている。だから、12月上旬のイベントには注意をしているのだけど、それらが告知される前に、既に、市民向け公開講演会の告知が済んでしまうことが多く、今年は、昨日のイベントだけが、黄紺のスケジュール表に収まりました。伏見区など、2回もイベントを設定してくれているのに、両方ともダメだった。そんなで有難い東山区の取組み。映画と講演というイベントでした。映画は「もみの家」、講演は、その映画を監督された坂本欣弘さんのお話を聴くことができました。主人公は、不登校になった高校生彩花。両親が、学校に行くか、もみの家に行くか迫った結果、もみの家にやってきた。そこは、彩花のように、社会に不適応を起こした若い人たちが集うところ。自然いっぱいの環境のなか、自らが農作業を行い、共同生活をしながら、自分を取り戻していく。そういった彩花の1年間の物語。自然に、そないな力があると、高台から見る、その地域の風景がいい、その気にさせてくれる。彩花にとっては、初めて見るこの上ないいい景色。砺波の散村の風景がロケ地だと、クレジットで知るんだけど、日没間近の風景は極上です。そこで、もみの家育ちで、そこを巣立っていく男子に、もみの家に来たわけを問われ、また、もみの家に来たわけを告げられる。自分だけじゃない、いろんな人がいる、各々が、各々の感性で生きているということを知る彩花、それを、見事に補強する砺波の散村の風景。見たこともない風景に、「様々」なが被って行きます。秀逸の場面です。そこで、人に目を向けることを学んだ彩花は、もみの家に馴染んでいきます。その彩花に影響を与えるのが、一人暮らしの婆さんと、獅子舞にチャレンジするという体験。人の気持ちに寄り添うことを学びます。そして、自分を追い込んでいくことを学んでいきます。そういったなか、終盤の白眉は、もみの家の女主人の出産場面に立ち会う場面。出産の感動を通じて、母親の過剰さにも理解を進める幅の広さを学んでいきます。最後、どうするのかな、どういった形で決着を図るのかが楽しみになっていきました。彩花は、そのもみの家から学校へ通う決意をするのです。その場面を、そのまま受け入れることができる映画です。高台の風景、出産への立ち合い、これらの挿入が、この映画に感動を与える場面であるとともに、この最後の彩花の選択を、あっさりと受け入れられるように仕向けられています。優れた映画作りだと思いました。優れものの監督だと思いました。講演では、元ネタがあること、但し、時代が合わない、集う若い人たちが異なる、けれど、行き詰った人たちを、違った環境に誘い、自分を見つめる時間を与えるということでは通じるものがあるということで、この素材を取り上げられたようです。彩花役の南沙良の瑞々しい姿が、とっても印象的です。この映画は、1年間をかけて撮られているんだけど、その間に、南沙良は、ブルーリボン賞新人賞などをもらい、大変なビッグな存在になってしまったので、扱いが難しくなったなんてお話もされていました。結末も違ったことを用意していたんだけど、出演者の意見を聞いて、このようにしたと、ちょっとエチュード的な映画作りをしたとのお話もあり、納得の結末です。演じる者からして、この結末が妥当だと思えたのは、先に黄紺も書いた通り。技も、パワーもある監督といった印象を持ちました。新作が出れば、観に行ってみることにしましょう。
 今日も、隙間狙いで、落語を2本、YouTubeで視聴することができました。それは、次の2本です。①林家染丸(四代目)「稽古屋」②林家正雀「毛氈芝居」。①は、「芝居」というキーワードで検索したら、引っかかって来た。現染丸の「稽古屋」は聴いているかもしれないけど、思い出せないものだから、ピックアップしてみました。「色事根問」の場面は簡略化、時間に合わせているようで、ラストの下げまでやっています。三味線との掛け合いなんて、お手のものといった感じで、好演。「稽古屋」で検索すると、幾つかの音源が出てきました。文珍や八方もあり、若い世代もありで、結構、豊富。東京の噺家さんのもあったので、こちらは、東西比較の種になるというので、頭に入れておくことにしましょう。②は、先日、歌丸の口演で聴いたところだけど、かなりの改変をしたというので、他の噺家さんの口演を探してみて、遭遇。師匠の彦六が、よく出していたようで、正に直伝というやつです。「蔦紅葉宇都谷峠」の文弥殺しの場面が、芝居がかりになるのだけど、正雀は、芝居の推移を地語り的に説いていきますね。確かに、歌丸の口演は芝居がかりが長い。ここを、ほぼ芝居掛かりでやってました。だから、噺自体が重くなると踏んだのでしょうね、全体が、正雀の口演の方が、田舎臭い雰囲気になっており、歌丸の口演では、そのテイストもいじり、バランスを取っていますね。そういった意味で、歌丸的改変は理に適っています。ま、現実と非現実(芝居)の区別のつかない大名が出て来るのですから、田舎臭い方が妥当とは思えるのですが、でも、それにつけても、バカバカしい大名ですね。


2021年 12月 24日(金)午前 6時 21分

 昨日も、引き続き、おでかけなしの日だったんだけど、昨日は、オンライン配信の予約をしてあった日だった。それが始まるのが、午後1時。だから、それまでに、お昼を済ませ、配信の接続が大丈夫かの確認をしておかねばならないとなると、午前中は、ちょっと詰めておかねばならない。火曜日ということで、マッチの情報を掴みたいし、当然、トルコのコロナ情報の収集があるので、結構、せわしなかった。おまけに、一昨夜、マッチのあったフェネルバフチェが、9人になってしまっている相手に勝てなかった、引き分けやて、まいったわ。腹立つので、昨日の「FUTBOL HABERLERI」から、フェネルバフチェのマッチはカット。ハタイ・スポルとコンヤ・スポルと、トラブゾン・スポルを追いかけるクラブ同士の対戦があったんで、そちらを取り上げることにした。こうしたこと、年に1回あるかないか。監督更迭で、代理監督が指揮を執っているフェネルバフチェ、ベシクタシュも代理。完全にトラブゾン・スポルの独走。今季は、折り返しもしてないのに、終わった感が出ています。
 で、オンライン配信は、「ぎふ気候変動適応セミナー」。岐阜大学と岐阜県が共同で組織している「岐阜県気候変動適応センター」の主催。どの地方公共団体も頑張っているとは思うのですが、こういった発信を、とっても地道に続けてくれている岐阜の取組みに、どうしても関心が向いてしまいます。内容も、黄紺にも解るものなので、安心して勉強に臨めるセミナーです。昨日は、第4回として、テーマを「温暖化×農業・林業」と設定して、次の2本の話題提供、及び、それを踏まえて、問題を深める意見交換をされました。話題提供の内容は、次の通りです。①「温暖化による果樹への影響は?~カキ・クリを例に~」(岐阜大学応用生物科学部/山田邦夫、岐阜県中山間農業研究所/神尾真司&荒河匠)②「温暖化で森林・農地雪害は増えるのか?」(岐阜大学流域圏科学研究センター/斎藤琢)。なお、仕切り役のモデレーターは、岐阜大学の原田守啓さんが務められました。実は、①は、しっかりと聴けたんだけど、②が、かなり怪しい。まとめを言われていたのは、しっかりと覚えているのだけど、その推論となる部分のレジェメを観ても、よくわからないのです。ということは、居眠りしていたみたい。ただ、このお話、東北地方の環境の変化分析で行われていた話題と似たものだったので、詳しい地図に落とし込んだ、気象モデルを使った結果を見たとき、同じような内容だと思えてことだけをメモっておいて、②はスルーしなければなりません。①が、前回のアユをテーマにした話題提供同様に、聴いていて、とっても興味惹かれました。各々の木が成長するに適した気温などの気象条件は判っているということで、その条件にあった地域を地図に落とし込むと、結構、広範囲で、まず、カキをチェックすると、可能となり、実際、現在、カキの生産が行われている地域が、すっぽりと収まってしまう。要するに、現在は、まことに適切な環境を持つ地域で、カキの生産が行われているということとなります。そこで、気候変動が起こると、その適切な環境は、どのような地域となるかのシミュレーション。もちろん、気温上昇を入れ替えて、このシミュレーションを試みるというのは定番。それを、地図に落とし込み、現在、多くの生産が行われている地域と照合してみると、悲しいかな、適切な環境となる地域が激減するため、そういった地域も外れてしまう地域も多い。そこで、気候変動のもと見られるカキの変化を調べてみるのが1つ。すると、これは、既に見られる地域が出ているということで、生産者農家の人たちへの聴き取り調査とも照合。変化は、色に現れてきています。気候変動が進むと、そういった色合いのカキが多数を占めてしまうことが想定できる。で、「お味への変化は?」となると、色の変化により、甘味が落ちたりといった変化がないかとの調査をすると、さほどではない、いや、甘みが増すといったこのよう。だけど、農家の声は、色に変化が出ると売れない、値段が落ちると言います。カキという果物、如何に色で味を決めているということが見えてきました。2つ目は、ならば、代替となるものはないかという研究。気候変動後に看られる環境で生産が可能と思われる品目で、且つ、商品となりうるもの。その条件として、温暖な気候を好む作物でも、越冬が可能かどうか、適切な作物でも、消費者の認知度が高くないと売れません、そこで、「スーパーに常時売り場があるが、国内生産の低いもの」という条件を入れて調べ上げた。そこで上がった品目4つ、「バナナ」「アボガド」「グレープフルーツ」「レモン」。アボガドは選外になると言われていたんだけど、何でか、メモってない。バナナは、意外性があったためか、対象外扱いになってたようだけど、最後に、おもしろいかもと言われていました。そういった中での有力候補は、残る2つ。もちろん、これらの検証は、気温という条件だけでのもの。当然、土壌や、輸入物とのコストの比較などの問題が見えてきますが、こういった研究って、おもしろいね。何もないところから、何かを編み出す、それが、地域の生活、広く、我々の生活を変えて行くかもしれない、めっちゃ、興味が惹かれてしまいました。クリの方も同じ作業。ただ、こちらは、クリの品種が話題になっていました。品種を複数植えることで、現在でも収穫時をずらさないと、収穫作業ができないほど、一時に集中するとか。そういった品種の数を多く持つことで、実際には対応が可能と言われていました。更に、品種改良を進めると、対応の幅も増える可能性が残るというお話です。クリに、そういった品種があることすら、実は、クリの専門家じゃない人も知らなかったようで、だから、黄紺なんかには、とっても新鮮な話題となりました。②の方は、スルーすると書きながら、1点だけ、メモります。気候変動、イコール温暖化なわけですが、それで、雪は減る、これは、素人の黄紺でも予想がつく、だけど、それだけではないというのが、気象モデルに入れると出て来るというのがポイント。高地は、逆に積雪量が増えるようですね。これが、東北地方でのセミナーでも言ってたことです。
 隙間狙いの落語、昨日も、3本、聴いています。次の3本です。①三代目林家菊丸落語「吉野狐」(2018/10/10第四回菊丸独演会/天満天神繁昌亭)②桂歌丸「毛氈芝居」③柳家一琴「徳ちゃん」(2012/3/2 らくごカフェ柳家一琴の会)。①は、菊丸のチャンネルで、過去の口演を視聴できるということでマークしてあったもの。「吉野狐」は、先代作だからと、当代菊丸が、襲名後、手掛け出した、そのときの高座の録画だと思われます。先代のことは、本人が、動画内で触れていました。音源は、6代目ものが残っているのは知られたことですが、菊丸によると、スタジオで原稿を眺めながらの口演だということで、それを避けようとしたみたいです。そこで、頼るのは、当代染丸。なんせ、ネタに関しては頼りになる師匠。染丸によると「松之助がやったことがある」「教えてもらってこい」となり、存命していた松之助師に教えを請いに行くと、「あんなおもろないもん、やめとけ」だったそうで、口演を聴くと、どうやら、6代目の音源を基に、自分で練り上げたのではないかと思えるものでした(先日の生寿の口演とほぼ同じテキスト)。冒頭の、命を助けるところ、羽交い絞めにしないで、「米揚げいかき」で、産婆さんを呼びに行く男を呼び止める仕種を使うものだから、絶句してしまったのですが、あとは無難でした。②は、「芝居」で検索すると上がって来て、「これ、まだだった」ということで、チョイス。最後に、歌丸自身のネタ解題が入ります。「五代目古今亭今輔からもらった、若いときに」「それから、2/3ほど変わっている」「元々は、芝居の部分は、最後の毛氈の場面だけだった」と言ってました。現実と非現実(芝居)との区別のつかない殿さんが主人公の噺でした。他に、音源があるようだったら、この歌丸ものと比較しなければなりませんね。元の姿、このネタ解題を聴くと気になってしまいました。③は、短いもので、何かないかと、毎度、お世話になっている一琴のチャネルを開けると、これがあった。気になっていた東京のネタだったのでチョイスしたんだけど、これ、どこかの寄席で、生で聴いていた。詳細は覚えてなかったけれど、噺家が、吉原に冷やかしに行く、冒頭の場面で、それが判ったけれど、先を覚えてないものだから、聴いてしまいました。「お直し」以上の淫靡さがある噺です。いや、「お直し」と比べると、悪いですね。くだらなさ過ぎだから。


2021年 12月 23日(木)午前 6時 47分

 昨日は、前から韓国映画を観に行くつもりをしていた。また、朝からも、そのつもりで動いていて、映画の上映開始時間が午後1時だということで、それでも、十分に行けるというメドが立ったところで、ネット上でチケットを買おうとしたところで、ちょっと待てよとなった。この映画、公開時に観ている、そして、あまりおもしろくなかった、退屈だったと思い出したのです。題名に「江原道」が入っているので、マークしてあったのだけど、サムネイル画像に出ている薄汚い部屋、これ、ラストシーンに出て来た部屋じゃないの? そこで、映画の終わり方には、やけに納得した記憶がある、でも、つまらんかった、つまらないのに覚えている。間違っているかもしれないけれど、やめる判断をしました。
 そこで、昨日は、一昨日同様、まるまるなんもなしの日にするのも手だけど、昨日は、出かけたい方を選んでしまった。大体、こういうときって、止めるんだけど、昨日は逆の気分になった。年末から年明けの予定表は、スカスカだから、出かけるのなら、今の内、しかも、いずれは行くつもりにしているものがあるじゃないということでの判断でした。博物館・美術館には、あまりに熱心には行かないことにしているため、いいものを外しているのだけど、これは行く気になってたというもの、それは、京都国立近代美術館でやってる「上野リチ:ウィーンからきたデザイン・ファンタジー」、それと併せて、同館でやってる「2021年度 第4回コレクション展」に行ってまいりました。デザインというものを、作家単位で特別展をするのって、少ないでしょう。本来的に消耗するもの的なのがデザインでしょうしね。そして、上野リチが、大戦間のウィーンで、デザインを学んでいる、なのにて言っていいかどうか判らないけど、「ファンタジー?」となるのが、やけにそそった。漏れてきていた作品を目にすると、確かに「ファンタジー」。この辺が、美術館に足を向けさせました。「コレクション展」の方は、同美術館の収蔵品を、キュレーターの方が、ミニテーマを決めて、作品を紹介するもの。これ、おもろいで、これだけ観に、今後も行ってみようかという気になりかけています。で、まず、「上野リチ」から。上野リチは、ウィーン工芸学校卒業後、ウィーン工房の一員として活躍し、日本人建築家・上野伊三郎との結婚を機に京都に移り住んだというキャリア、戦後には、京都市立芸術大学で教鞭ととった人。これは、美術館の前を通りかかったとき、こういった特別展があることを知ったときに、仕入れてあった。そのときから気になってたのが、上野伊三郎、なんか引っかかっていた。どこかで、この名前聴いているような気がしていたのだけど、思い出すわけがない。結婚相手が誰であろうと、本人の作品を楽しめばよいと思ってたのでしょうね、全く気になってなくて、実際、展示を観て、判りました。京都の近代建築で、必ず出て来る人でした。「スター食堂」の写真が出されていて、「あっ」と声を上げてしまった。壁絵なんかは、上野リチの方の担当だったようです。これで、一挙に身近になってしまいました。1920年代に美術を学んだとは思えないものですね。世紀末の作品の色合い、デザインに使われる、花、小鳥、葉っぱなど、こちらも、その組み合わせ模様を観ると、世紀末絵画を思い浮かべてしまう。テキスタイルのデザインには、幾何学模様も使われているけれど、テイストは世紀末を連想してしまう。同じころには、キュービズムあり、プリミティヴアートあり、一方で、印象派の系譜もあるだろうに、ファンタジー、これは、これで、凄い。「ウィーン工芸学校での教育」というコーナーでは、師匠筋に当たるヨーゼフ・ホフマンらの作品が展示されていましたが、テイストは似ている。ま、だから、卒業後、ウィーン工房の一員になってたのでしょう。そして、結婚で移住。彼女はユダヤ人なので、反ユダヤ主義を、これでかわすことができた。日本的な素材として、紅葉なんかを取り入れたりはするけれど、使う素材の基本、描き方の基本、色調の基本、この人、変わらない。伊三郎は、帰国後、上野建築事務所を作り、その作品を残している。その1つがスターバー(食堂)、内装デザインを、リチが担当している。ブルーノ・タウトに、夫伊三郎が請われて群馬県工芸所に行ったときも、一緒に行き、当地の素材を使った作品を残している。京都に戻って来て、京都市染織試験場で働き、軍に出す布地にデザインをしているのですが、それも、似たテイスト。ファンタジーを崩さない人です。「京都時代~ファンタジーの再生」と、そのコーナーには名づけられていました。上手く付けるものです。この人、戦時中、満州にも行っています。そして、戦後は、大学での教鞭。そういった時期の作品に、七宝のデザインも入っている。この人、ウィーン工芸学校では、七宝も学んでいました。戦後の大作として、最後を飾るかのように、日生劇場旧レストラン「アクトレス」壁画デザインの展示がありました。一コマのデザインが大きくなったのは、壁画だからで、一コマずつ描かれている素材やテイストは同じ。とにかく、一貫しています。全体として、小物の多い展示。平日なのに、人が多い。しかも、若い女性が多い。NHKでの放映直後ということもあるのでしょうね。チケットを買うのに、この美術館で並んだのは初体験なほどの入りでした。やはり、こちらの影響でしょうね。「コレクション展」の方のミニコーナーは、次のようなものでした。①西洋近代美術作品選②生誕150年・没後90年 都路華香③モダン/ポストモダン 揺れ動く建築と建築家④近代工芸の意匠⑤前衛陶芸の時代⑥香月泰男と洋画における「単純化」⑦キュレトリアル・スタディズ15:八木一夫の写真。この7つのコーナー、幾つかは、関連づいている。③は、上野伊三郎がモダン建築の顔のような存在だからの設定なのでしょう。「上野リチ展」絡みだということです。④⑤⑦も、1つの塊。⑦が大元でしょう。日本の前衛陶芸を牽引してきた走泥社を代表する作家八木一夫の個人写真が大量に発見されたことで、⑦が生まれ、「前衛陶芸」にフェードアウトしたのが⑤、それとの対比ということで④という設定となっていたと思います。④は「工芸」と広くしてあったけれど、ここに、きっちりと、富本憲吉、河井寬次郎といった著名な陶芸作家の作品が挿し込まれていました。①は、3品だけ、こういった「西洋の大家」の作品も入れとかなきゃ的に、シャガールを3点、観ることができました。シャガールなんで、作品名をメモっておきます。「屋根の上の花」「花と恋人たち」「母と子」。②はアニヴァーサリーということで、結構な数の展示がありました。作風というものが捉えにくい作家さん。「埴輪」の不思議というか愛嬌のある表情があるかと思うと、伝統的な日本画風味の作品、構図的におもしろかったのは「六歌仙」。男は全員、背中を見せているのが可笑しかった。③は、黄紺的ツボ、ベタなテーマだけど。上野伊三郎の「スター食堂看板のためのレタリング」なんて、京都市民にはたまりません。ル・コルビュジエの作品もありました。この美術館、1980年代に、同名のテーマで、特別展、やってるんですね。そのときの展示を紹介する新聞記事だったかな、そないなものの展示もありました。こう書いてくると、判らなかったのは、⑥が入っている不思議。全然、知らない作家さんだけど、作品を観ても、その場にある心が読み解けませんでした。でも、「運ぶ人」という作品、一回りして、もう1度、観に行ってしまってました。とまあ、すっかり楽しんで、気が付くと、2時間以上、美術館内を放浪してました。すっかり腰がいかれてたけれど、帰り道は、岡崎に行くと定番化している、円山公園を抜け高台寺まで歩き、そこから西へ折れるというコースを、ウォーキング替わりに、観光客の動向観察も兼ねて歩いてみました。多くはないけど、観光客いますね、若いの、ばっかりでした。
 隙間狙いの落語を聴くという習慣、すっかり板についてしまい、ホントに隙間を狙う癖がついてきたおかげで、昨日、2本、聴くことができました。①三遊亭遊雀「真田小僧」②桃月庵白酒「牛ほめ」(2012/12/14 横浜にぎわい座)という、短いものを2本です。いかに、隙間狙いだか、ネタを見れば判ります。①は、コロナ禍のなか、遊雀が、自宅からスマホを使い配信しているものからピックアップ。「真田」が付いているわけの判る部分までの口演で、それを求めていただけに、超ラッキー。②は、先日、「五人廻し」を聴いたときに、同じ日に、この口演があるということで、東西比較にいいということでマークしてあったもの。与太郎ものになっています。上方のアホは、与太郎じゃないよと突っ込みたくはなるけど、仕方ありません。普請ほめの言い草は、簡略化。与太郎では、そうせざるをえないんでしょう。掛け軸の箇所はカット。でも、娘をほめるところは残している。犬を牛と間違えたりと、小ネタも残っていた。こういった取捨選択を、まとめてみると、研究論文、書けるよ。牛ほめの箇所は、そのまんまでした。


2021年 12月 22日(水)午前 6時 32分

 昨日は、まるまる何もなしの一日。年末になっているということで、その時間を利用して、既に、半月以上前に印刷だけしてあった年賀状に住所書きをした。裏面はデジタル、表の住所はアナログにしています。デジタル部分は、書き足すスペースもないほど埋め尽くしてしまうので、せめて、手書きのところもあってもいいのじゃないかと思い、住所書きだけは手で書いている。こういったことをすると、つくづく、普段、字を書いてないことに気づく。手の麻痺もあるからかもしれないけれど、なかなか書くのが難しい。変な字になったり、筆圧が十分じゃなかったりするのだ。目も、やたら疲れる。そんなで、四苦八苦するほどの数じゃないのに、終わると、疲れてしまっている。書き終わって、去年もそうだったと思い出していました。
 いずれはと思いながら、ここまでやってなかったことをして、あとは、YouTubeを使い、落語を聴くことにしました。上手く整理して時間を割り振りすれば、もっと他のこともできただろうに、細切れの時間ばかりが余ったので、落語という選択肢が残った次第。計4本、聴くことができました。次のようなラインナップです。①桂ちょうば「三十石」②桃月庵白酒「五人廻し」(2012/12/14 横浜にぎわい座)③古今亭志ん朝「甲府い」④柳家一琴「紋三郎稲荷」(2017/3/12 らくごカフェ柳家一琴の会)。①は、上方ものを聴いて、圓生ものを聴いたあと感じた戸惑いの修正を図りました。思いもかけず、ちょうばの口演がYouTubeにアップされていたので、チョイス。20分ほどの口演で、適当にカットしながらのものでしたが、オール関西弁で一息つきました。と言いながらも、新しめの言葉を入れているので、なんとなく心細くなってしまいます。そんなに頻繁ではなけいけれど、新しい言葉が威力があるものだから、心細くなるのです。②は、先日聴いた喜多八の音源が、音が悪かったため、半ばで断念したため、替わりを探してみたところ、白酒の音源がアップされているのを発見。ここまで、白酒ものに遭遇してなかったので、早速聴いてみることにしました。今度も聴き辛かった。というのは、猛烈な早口だから。このネタは、題名が示される通り、「掛け持ち」を意味する「廻し」を認められていた吉原で、なかなか女郎に来てもらえない男たちのぼやきを、連続的に描くものだけど、2人目から、この猛烈ぶりが始まっちゃう。相撲取りのところでは、さすがにテンポは落ちてたけれど、まいったなぁ。白酒は、生でも聴いているけれど、そないなことはなかったので、これも、録音の問題? 知らんけど。5人の内1人は、帝国軍人を名乗っていました。これ、明治以後の噺だったの? 知らんかった。一方で、白酒の挿し込みの妙味が出ていて、これは嬉しかった。落書きに「脱原発」は笑ったなぁ! ③は、かねてから狙いのネタ。扇辰の音源がアップされていたので、聴いてみたかったのだけど、時間の関係で、短い志ん朝の音源をチョイス。贅沢なことをしています。これ、いい音源です。志ん朝の良さが出てる。実にいいテンポ。その中で、人の情愛が伝わって来る、お見事な口演。「法華」がモチーフになってるから、度々出すと、それだけで、客席が湧いていた。聴く者の感性とずれるようなタイミングで入るからでしょうね。そのタイミングを聴く値打ちがあります。黄紺は、このネタ、鈴本で、小三治の口演で聴いたのが、ちょっとした自慢です。④は、変な動機でチョイス。先日、笑福亭たまの会に、このネタが出ていたのを見た。すると、しばらく前に、圓生の音源を聴いていながら、その筋立てが思い出せない。そこで、毎度、お世話になっている一琴のチャンネルに入ってたのを思い出し、活用させてもらいました。そか、侍が、狐のぬいぐるみのような上着を着ていたので、お稲荷さんの眷属と想像する駕籠かきに悪戯する姿を描く、たわいのないものだったのですね。一琴は、どのネタを聴いても、その口演は安定感抜群なので、たくさんのネタをアップしていることもあり、こういったときに活用させてもらえます、安心して。感謝。
 昨日は、一昨日同様、かなり穏やかな一日。その前の2日間が寒かったので、こういった穏やかな日は、嬉しくなります。ウォーキングをしていると、ジャンパーの胸に空気を入れたくなるほど、温もります。でも、休憩がてら読書をしていると、昨日は、僅かながら風があった。これが冷たかった。今度は、フードを被って、寒さ対策。これって、一昨日にはなかったこと。でも、この温さは、今週いっぱいで終わりのようですね。週間天気予報を見ていると、最悪です。今ままでにない寒さのようです。最低気温がマイナスになってた。それが、幾日も続いている、やだぁ、絶対にやだぁ!


2021年 12月 21日(火)午前 6時 24分

 一昨日まで続いた4日連続の市民向け公開講演会へのお出かけは、一段落。昨日は、一昨日と同じ伏見区役所に出かけて、肺がん検診、要するに、胸部X線撮影を受けに行ってくるというのが、昨日のお出かけ。もちろん、予約時間が、うまい具合に、昼前のウォーキング時間に取れたので、日常のお出かけなしの一日と、ほぼ変化のない日となりました。このX線撮影の予約は、もう1ヶ月前に取ってあった。その時点で、最も早く受けられる日が昨日だった。めっちゃ、人気。まさか、そないなことになっているとは知らないで、11月いっぱいのスケジュールを確認してから予約のための電話を入れたんだけど、とてもじゃないけど、それでは間に合わず、改めて電話を掛け直したほど。ま、コロナ禍で行きにくかったのかな、それで、この時期に集中したのかもしれません。黄紺は、単に、予約するのを放置していただけ。それが、偶然、一昨日の伏見連続講座と連続になってしまった。せっかく、伏見区役所に行くのだから、普段は行かない旧伏見港辺りを、ウォーキングに取り込んでみた。寺田屋の前辺りから、運河に降り、三栖の閘門まで歩くのは、なかなかいいものです。かつては、その辺りを、大坂との間を往来する船が行き交ったのでしょう。運動公園になっているところに港は拡張されるけれど、その寿命は短かったということは、市民向け公開講演会で、いつぞや聴いた話。その前の2日間は、冷えに冷えけど、昨日は、穏やかで、ホントに有難いお天気。しばし以上の時間、公園のベンチで、休憩がてら読書をしていました。これは、一昨日は無理だった。時間が遅かったこともあるけど、寒すぎた。昨日は平日だから少ないのでしょうが、観光客らしき人も歩いてますね。そういった人たちって、中書島駅界隈に、レトロなスナックが、もう並ぶというほどじゃないから気づいてないかなと思いながらも、その気になって眺めていると、やっぱ、変だよと思うレトロなスナック、名前からしてレトロだし、造りもそうだし、変だと感じると、ここが遊郭跡だと判るまで辿り着ける人っているだろうかと、そんなことを思いながら歩いておりました。
 午後の一時は、2本立て。ともに、YouTubeを活用したもので、落語とオペラ配信を楽しみました。落語は、次の2本。①三遊亭圓生「三十石」②三遊亭圓生「城木屋」と、2本とも圓生を選んだ。伏見港界隈を歩いてきたため、「三十石」は、説明の要はない。東西比較にもなります。圓生は、マクラで、「圓喬が、上方からもって帰ったのを、先代圓生(即ち、実父)が受け継ぎ、自分に渡った」と、その来歴を語っています。更に、「(5代目)松鶴から下げを聴いているが、無理があるので使わない」とも言っています。噺は、伏見人形屋を冷やかして出て来た辺りからスタート。それからは、上方ものの筋立てを外すことなく、細かな改変を行いながら、東京に定着させたと思わせられます。港界隈の賑わいを省いたり、船中の妄想話は短縮したり、「兵庫船」に入っている問答を入れたり、独自の感性でいじっています。ただ、京言葉と使うところと、使わないと不自然なのに使ってなかったりと、ま、その辺はご愛敬として、わりかし上方テイストのある口演が可笑しい。そして、舟唄がいい。圓生、めっちゃ、声が通り、こういった唄が似合っている。盗人が出てというところまでやってくれているのが嬉しいですね。貴重なものを聴けて、満足! ②は、上方風味の入ってない圓生を聴いて、バランスを取ることに。「城木屋」って、存在は知っていても、初めて聴いたネタ。「評判娘」「伊勢の壺屋の煙草入れ」「東海道五十三次」で作られた三題噺。三題噺としては名作とされているものらしい、確かに、そうです。ただ、ちょっと飛躍があるのが難点かな。番頭が、急に蓄電して上方に逃げたり、また、戻って来て、やけな気になったりと、飛躍がある。東海道を往来させるために、飛躍が出てしまってますが、最後の宿尽くしで帳消しです。番頭が府中出身だということを、この往来のときに触れるのが、ネタふりになっています。歌丸も得意にしたそうなので、機会をみて聴いてみることにしましょう。
 オペラ配信は、モネ劇場の「ねじの回転」(アンドレア・ブレス演出)をピックアップ。「こびと」を狙っていたんだけど、配信期間が過ぎていました。これは、えらいことしてしまいました。そこで、代替ものです。なかなかミステリアスなもので、ブリテンものでは一番かなと思っているのですが、これが判りにくい。日本語字幕への変換も、先日の「バラの騎士」とは大違いで、こちらは、ごく自然に流れているのに、判らないのです。となると、居眠り。そこで、気づくと跳んでいるので、逆戻りして観る。でも、判らない、で、居眠り。3回ほど繰り返して、判らないまま、時間切れ。「ねじの回転」、以前も、配信で視聴したときと、同じこと繰り返しています。相性が悪すぎ、です。


2021年 12月 20日(月)午前 6時 43分

昨日は、日曜日だからと、毎週楽しみにしているのに、NHKプラスで、「日曜美術館」を観ることができなかった。時間になっても、「この番組は配信していません」と画面に出るだけ。靉光が取り上げられたときにも、同じことが起こったが、それ以来。著作権が絡んでるのかなぁ、何の説明なしで、そういった画面が流れるだけです。昨日は、「カワイイの向こう側 デザイナー・上野リチ」というお題だった。今、京都の国立近代美術館で行われている特別展に合わせてのオンエア。黄紺は、この番組を観てから行ける嬉しさに浸っていたのに、何とも無情なこと! 空いた時間に、「FUTBOL HABERLERI」を仕上げてしまい、そのおかげで、隙間も生まれ、落語を、YouTubeで視聴することもできたけど、でも、「日曜美術館」、観たかったなぁ。
で、昨日は、4日連続で行く市民向け講演会の最終日でもあった。昨日は、午後に、伏見区役所であった「伏見連続構座」に出かけてまいりました。「秀吉を襲った慶長伏見地震」というお題で、地震考古学者の寒川旭さんのお話を聴くことができました。秀吉の建てた指月城は、この大地震で崩壊します。そして、新たに伏見城を建て直すことを強いられる、これは、さすがに知っていた。それを呼び起こした地震そのものを紹介するというもの。しかも、地震学者として、阪神淡路大震災以後、防災の観点で、日本各所にある断層の調査に当たられた方。その調査は、同時に、考古学の発掘に新たな視点をもたらし、それが考古学の成果に繋がっているというのです。自己紹介がてら、また、仕事の内容の紹介ついでにお話されたのが、野島断層を、阪神淡路大震災の前に見つけていたということを、断層の発掘画像で紹介されていました。でも、いつ断層が動くか判らなかった、そないなお話でした。液状化現象(噴砂)という言葉を、阪神淡路大震災のときに、初めて知ったものですが、それは、大きな地震がいったときに起こるもの。それも、地層を調査することで判るということの説明をされていましたが、そういった地層があれば、逆に、そこで地震があった証拠にもなります。地すべりも地層で判る。地すべりとなると、地層が動くわけだから、その中にある遺物も一緒に動く。遺物は、炭素年代判定なんかで、時を特定できる。ここから、周囲の地層と比べて遺物が違えば、地震の発生年代が判る。それと、文献史料に残されている地震の記録と照合すれば万全となるわけです。とっても、おもしろいお仕事です。で、慶長伏見地震と阪神淡路大震災は、野島断層から六甲の断層、茨木・高槻の断層へと連なる断層が動いたもの。この2つは一体だと言われていました。慶長伏見地震で動かなかった野島断層が動いたと言われていました。慶長伏見地震の震源地(動いた断層のスタート地点)は明石海峡、そこから東の方が動き、そこから西、即ち淡路方向の野島断層は動かなかった。ところが、プレートの動きで溜まっていたエネルギーは、慶長伏見地震では動かなかったので、溜まったままで残っていた。それが、いつ動くか判っていたら、阪神淡路大震災の被害を押さえることができたと言われていました。ということは、神戸に、震災の被害が大きかったのは、断層の動きも関係あるけれど、あすこは地盤が弱い、それが大被害をもたらしたと分析されていました。この2つの自身が、元が繋がっているとなれば、黄紺には、ずっと気になっていたことがあります。阪神淡路大震災のとき、伏見は、あまり揺れなかったのです。東京生活を経験しているものですから、地震の揺れには慣れっこになっている点もあるのですが、それは、今、問題となっている断層が、伏見は通ってないからと思っていました。なのに、指月城は崩れた。その原因と思えることを、2点、指摘されていたと思います。断層がなくても「地震の波」が来る。振動が伝わってくると、自分的に理解しました。今一つは、城の構造に問題があった。上下を貫く柱を作ってなかった。建物としての耐震構造からして、無理があったということですね。だから、新たに伏見城を造るときには改善されたそうです。お話の中心は、慶長伏見地震による被害を受けた古墳など、それこそ考古学の発掘対象となる遺跡に見られる地震の爪痕です。正に、地震学と考古学が合体した地震考古学の面目躍如たるお話でしたが、講師の先生、ソフトなお話は有難かったのですが、黄紺の耳が遠くなっているというよりか、クリアさがない言葉が聴き取りにくくなっているのか、半分ほどしか解らない。「ブラタモリ」で紹介される地質のお話そのまんまかと思えるような楽しそうなお喋りに苦戦、聴き取りにくいと、居眠り。昨日は、居眠り自体が薄いのだけど、目が覚めると、また、聴き辛いで、この遺跡紹介、そこに見る地震の爪痕話が抜けていること多しなのが、勿体ない。でも、覚えているものもある。高槻の今城塚古墳の発掘調査。あの古墳、断層の真上に造られている。慶長伏見地震のときに、大規模な地滑りが起こり、形状が変わってしまったことが考えられる。それ以前には、継体陵との記録もあるにも拘わらず、それ以後は、その近くの大田茶臼山古墳が継体陵となっている。こちらは、断層から外れている。だから、地震の被害を受けなかったということで、継体陵と、このときに変えられたのではないかと言われていました。神戸の西求塚古墳では、大規模な地滑り跡の地層紹介を見せていただけました、これも、覚えている。休憩を挟んでは、南海トラフ地震について、近畿地方から東海地方、関東地方へと続くラインは、一連托生のようです。野島断層から続く一連の断層のどこが震源になるかで、動く動かない話があったけれど、これも同じ。関東地方で大地震があると、それは、プレートの動きでパワーが溜まってしまっている証拠。東海や近畿でも、イコール溜まっている。でも、動いていないとなれば、そう遠くない時期に、近畿や東海で動くということになると言われていました。それを踏まえて、南海トラフ巨大地震が起こるだろう、そう遠くない時期にとなるようです。地震は怖いけれど、こういった机上のお話はおもしろく聴けてしまいます。地質の話しから説かれると、めっちゃ説得力があります。「ブラタモリ」的おもしろさがあった講演でした。
 隙間で視聴した落語は、次の2本。①六代目笑福亭松喬「仏師屋盗人」(2004/3/25 ワッハ上方演芸ホール/第24回東西三人会)②桂源太「湯屋番」(2021/10/19 ビギン寄席)。①は、「仏師屋盗人」を、莫然と聴きたくなり、ならばと「松喬公式チャンネル」を調べると、予想的中で見つけた。盗人に入られた男がひるむどころか、逆に盗人を手玉にとる噺です。「打飼盗人」は出ても、こちらの出る頻度は負けてるなと思うと、聴きたくなった次第。「打飼盗人」も、同じテイストの噺です。ひるまない、おかしな男は、松喬の独壇場ですね。満足。②は、先日、由瓶の口演を聴いたときに、先に出た源太を褒めていたので、聴いてみたくなった。源太の年季明けは、コロナ禍と被っているので、2回聴いただけじゃないかな。元々、達者だとは思っていたけれど、なるほど、由瓶が褒めるだけのことはあるけれど、落研の手垢っぽいものを感じてしまいました。変に達者過ぎる。逆に個性が消えてしまっているという感じです。


2021年 12月 19日(日)午前 6時 13分

昨日は、4日連続で行く市民向け講演会の3日目。昨日は、今まで行ったことのない講演会。以前から知っていたことは知っていたのだけど、とにかく、こちらの日程と合わず、行ったことがなかった。第3土曜日に入ると、民博ゼミナールとバッティングするのです、毎回。昨日はたまたま、2つ、いや、他にもあったので、複数の講演会を比べたときに、いの一番に選ぶような内容だったこともあり、待望の「会場」に入れました。京都府庁の旧議場で行われる「旧議場土曜講座」に行ってまいりました。歴史的建造物での講演会。入るだけでも値打ちものでした。府庁庁舎を南側から見たときに正面にある建物です。今は、周囲が工事中なもので、直には入れないのですが、しっかりと目に収めてまいりました。で、お題は、「文化の発信地だった遊廓~島原を中心に~」、講師は、植山政雄(「道草」メンバー)さんでした。今年は、宮川町についても講演会があったしと、遊廓づいています。まず、位置確認から。黄紺は、アーバン・ウォーキングがてら、何度か歩いているので、これは判っている。おもしろかったのは「廓」という字の説明。「郭」にもなるが、これは、中国では都市を表わす字ということで、都市同様、周囲を囲われていることを示しているということです。壁のようなものを作らなくても、外の世界と隔絶していることを示していると言われていました。島原遊廓は、公的に認められたもので、町のあちこちに散在していたものを集めて統制しやすくしたわけで、その隔絶という思考と合致するというわけです。島原の起源は、宮川町の講演のときに聴いたのだったかな、秀吉のところに置かれていました。2人の浪人が、秀吉の許可を得て、二条万里小路に二条柳町を開設したのが始まり。浪人の1人が、林又一郎、その血統を追いかけると、林長二郎、即ち、長谷川一夫に至るというお話でした。これが、江戸時代に入り、六条三筋町、更に、朱雀町西新屋敷に移転されたのが、島原となるということです。しかし、他に遊里が出てくることから、元禄時代から廃れ始めるということです。その打開策として、島原に芝居小屋が作られたとか。確かに、江戸時代の遊廓というのは、「ブラタモリ~吉原編~」でもやってましたが、一大アミューズメントパークでしたから、老若男女の出入りする場だったわけなので、こういった手も納得のいくもの。そのときに、出口が東門1つだったのが、西門もできて2つになったそうです。今、西門のあったところに、それと判る、何だったっけ、目印になるものがありますが、元は、東のような門もあったようですが、車に衝突され破壊、新たに作り直されたものにも車が衝突、結果、門という形状のものは消えたということです。島原の遊女の格付けのお話が、これに続きました。講演のお題にもあるように、遊廓は、文化の発信基地というほどの技芸をも嗜む優れものだったはずですから、そういった技芸に対する能力で格付けが決まったのでしょう。上位の太夫、天神、鹿恋、、、と続くそうです。そういった遊女の住んでいたところが「置屋」、遊女が呼ばれて「揚屋」に向かったということで、「茶屋」という言葉ではなかったようです。今、建物が残っている角屋は揚屋で、輪違屋は置屋だそうです。次いで、江戸、大坂、京都の遊廓の比較話。人口構成からして、男の比率が多い(7:3)江戸に遊里が多く発生、遊郭の構造は、𠮷原と島原が同じだが、新町は町の構造に似ている。所在地が、𠮷原と島原が外れた位置にあるのに対し、新町は街中。遊郭を囲うという考え方は、𠮷原から始まり、島原も新町もそうなった。囲い方の強度なのが吉原、周りには、「お歯黒どぶ」という幅広の堀まであった。そして、入口は、有名な大門1つだけ。島原と新町は、札を持っていれば外に出ることができたが、吉原は、そうではなかった。外との世界との隔絶度は一貫していますね。締め付けの強さ順では、「江戸→京→大坂」となることが判ります。江戸の吉原について時間を割かれたあとは、寛永年間を代表する花魁の紹介がありました。吉野大夫、丁度、落語「吉野狐」を聴いたところだったので、ドキリとさせられました。夕霧太夫、人気で、島原から新町へ移籍したとか。高尾大夫に至っては、名跡化していたそうです。「紺屋高尾」などというネタが頭をかすめます。この名跡化していたトピックは、落語などでは、マクラで触れられますね。それらと、勝山大夫がピックアップされていました。大夫道中の違いや、そのときの歩き方の違いが入ったあと、最後に、明治時代へ。「芸娼妓解放令」に触れ、キリスト者からの非難、福沢諭吉の差別的文言が紹介され、それまでとは、異なった目に触れられただけで終わったのが、ちょっと片手落ち的な内容だと思ったのですが、ま、本題は、そこではないですから、目をつむりましょう。最後に、遊郭の基本、遊女の基本、時代を代表するファッション・リーダーであり、トップスターであったこと、それを観に、男女ともに、この遊廓を目指したこと を強調して終わられました。
 この講演会への往復は、格好のウォーキング時間。それと、朝のミニウォーキングを加えると、普段のウォーキングより、少々多め。でも、昨日は寒かった。完全に雪を降らしてきた冷たい空気に浸ったって感じ。ズボン下を、今冬初めて履き、でも、上着は、今まで同様で出かけたら、寒くて。ウォーキングをして温めるつもりが温まるというものではなかった。反省。今日から、今少しの厚着が必要だということ、ようく解りました。
 昨日は、隙間狙いで、落語を2本、YouTubeで聴くことができました。その2本とは、①桂文楽「鰻の幇間」(1967年)②柳家一琴「七段目」(2015年5月29日 らくごカフェ柳家一琴の会)。①は、由瓶の口演の口直し。やはり、騙して去っていく男に旦那としての風格を描いていました。鰻屋の汚さとか、揶揄する話は、ばらしの場面に取ってあったりと、納得の構成で、いいというか、最高のお口直しになりました。この音源、NHKのラジオ用に収録されたもののようで、最後に、文楽へのインタビューが入っているというもの。某宮様の前での口演、「素人鰻」の口演の思い出話をしてくれているお宝ものでした。②は、東西比較に、毎度、お世話になっている一琴のチャンネルを利用させてもらいました。細部は変化があるのですが、大筋で、上方からの移植に変更なしとまとめられると思います。まさか、一琴、上方の噺家さんからもらったわけではないですよね。一琴の場合、この可能性があるのを抜かしてた。上方の口演と似ていると、急に、これが気になってきました。


2021年 12月 18日(土)午前 5時 36分

 昨日は、4日連続市民向け公開講演会の2日目。それが、午前に入り、ウォーキングをしながら自宅に戻ったのが、午後1時半、ここからは、普段のお出かけなしの日に戻り、午後の一時を楽しんでいると、日が長く感じられた。これは、毎回、感じている。朝のお出かけなため、朝方はせわしないのだけど、それが完了してしまうと、ゆったりするのでしょうね。昨日は、その時間を使い、落語を聴いていたんだけど、時系列的に書くということで、講演会をメモることを先にしましょう。
 そのお出かけ先は、アスニー京都。今年最後の「アスニー特別講演会」がありました。コロナ禍のなか、なかなか頑張ってくれた、そういった1年だったと、この催しには感謝です。対策に自信を持ち、行政の催しの中では、異例と言ってもいいくらい、熱心に開催を続けてくれました。参加者が年配の人たち中心だということからでしょうね、対面にこだわり続けていました。昨日は、前回同様、「放送大学京都学習センターとの連携講座」と銘打たれていました。こうなると、どうなるのかは判らなずじまい。講演の進行は、全くいつも通りでした。そのお題は「千利休と戦国武将」。お話をされたのは、千里金蘭大学名誉教授/元放送大学京都学習センター客員教授/(一財)表千家不審菴評議員の生形貴重さんでした。テーマが茶道ということで、冒頭「侘び」「寂び」の定義をお話をされました。講演自体とは関係がなかったものですから、特別サービスですが、これは嬉しいサービス。だって、言葉は知っていても、正確には把握できていなかったのですから。「侘び」は「思い通りにならないこと」が原義で「身の丈」を表す言葉。「不完全美」の発見だと言われていました。「寂び」は、「生命力が衰える」ことが原義。「錆」も「寒い」も、ここが出発。「粗相な美」と言われていました。利休は堺の人、そのくらいは知ってるけれど、魚問屋の主人、茶に通じていたので、世に出た人ということです。武将は、まずは信長から。堺は、信長上洛の際は、三好を支援していた。その三好が信長に負けたことから、堺はパニック。莫大なみかじめ料を請求されたとか。権力を握った信長が行ったのが名物狩り。利休は、ここで、秀吉を通じて「井戸の茶碗」を献上し、信長との良好な関係ができていくようです。また、信長は、戦の合間に茶会を催し、軍団の結束を図り、相互の上下関係の確認を行っていたとか、それって、「荒茶」の世界じゃんと、落語・講談縁の話題、連発で、すっかり興奮。そういった茶会のエキスパートとして、利休は地位を築いていったとか。そのような環境のもと、旧来の茶道に替わる茶道文化を築いていったのが利休。それを、講演者は「文化の下剋上」という言い方をされていました。具体的には、茶筅に竹を素材として使ったり、茶筅の形状も、機能性重視の観点から変えて行ったりしたそうです。そのような環境下、発展を遂げるのが、茶道とともに発展を遂げる陶芸の道。楽焼の機能性重視の作陶が生まれるというのです。当時の習慣、濃茶の回し飲み(「荒茶」そのまんま!)に応じる保温性に優れた茶器を、楽焼は作り出して行ったというのです。信長の没後、山崎合戦で活躍した武将は、いずれもが、利休の茶道の弟子だったとか。中でも、高山右近に時間が割かれました。高槻の城主にして、キリシタン。福者に列せられたそうです。列福運動は、かなり以前からあったのですが、実際に、列福されたと言われていました。高山右近は、キリシタン排斥で、その地位が怪しくなったとき、加賀前田家に保護され、秀吉の時代、盟友、前田家ということで、身の安全が確保されるのだそうですが、そのとりなしをしたのが利休だったとか。史料でもって証明されていました。蒲生氏郷は、表的には棄教したということですが、根はキリシタンのままだったそうで、その死の床に、高山右近は蒲生氏郷の元に駆け付け、その告解を聴いてやっているそうです。2人の友情物語として紹介されていました。利休最後の弟子が伊達政宗。どういったわけかはお話はなかったということは、有名な話なんでしょうね、伊達政宗が謀反の疑いをかけられた際、それを救ったのも利休だったそうで、秀吉の元にやってきていた伊達政宗と、僅か10日間の交流を持ったそうです。そして、茶道の心を伝えたそうで、利休最後の弟子と言われていました。伊達政宗の疑いが晴れた翌日に利休追放が出されているということで、政争に巻き込まれた、石田三成なんかの讒言があったのだろうと言われていました。なかなか知らなかったことばかり。そこへ、名前だけは、黄紺でも知っている著名人が並ぶものだから、おもいしろいのでしょうね。それを、一次史料を駆使して、しかも、その史料を黄紺にでも解る易しい言葉に直し、教えていただけるものだから、一層、おもいしろい。おまけに、落語や講談でネタ化されている話題も出て来る、講談の物語理解にも役立つと、一石何鳥もの楽しさがあった秀逸の講演でした。
 YouTubeを使い、聴いた落語は、次の通りです。①古今亭志ん生「三味線栗毛」(1956年)②柳家一琴「角力場風景」(2016/12/18 らくごカフェ柳家一琴の会)③笑福亭由瓶「鰻の幇間」(2021/3/19 第112回ビギン寄席)④柳家喜多八「五人廻し」。全く一貫性のないピックアップ。その都度の思い付きで選んでいます。①は、「三味線栗毛」を聴きたかっただけでのチョイス。このネタは、喬太郎からもらったと言う鶴瓶の口演で、生で聴いたことがある。「錦木検校」という題名を付けています。喬太郎自身もそうですね。何でかと気になってたことが、判りました。このネタ、最後、取ってつけたように、当の「三味線栗毛」という馬の名前が出て来て、それをネタに下げができている不自然さを回避したのじゃないかな? それが、一の収穫。志ん生って、殿様を描かせても絵になる。しかも、この噺、将来の見えないくすぶっている侍が、一躍、後継ぎが回って来る噺だから、殿様になるビフォーアフターの描き分けが必要なんだけど、しかも、この殿様、ビフォーがあることを残した上でのアフターなもので、そこも、きっちりと出している、「凄いわぁ」と圧倒されるばかりの口演です。②は、毎度、お世話になっている一琴専用チャンネルで見つけたもの。東京の噺家さんは、まずはやらない上方臭たっぷりネタ。それを見つけてあったので、ここで聴いてみました。「みつをとれ/煙草/握り飯/小便」という流れ。「ヴぁい」という掛け声、「じょんじょろりん」も、きっちりやってくれています。「らくごカフェ」でやってるようですが、お客さん、大喜びでした。③は、京橋商店街のチャンネルで出している「ビギン寄席」の中で見つけてあったもの。由瓶が、この東京ネタをやっているということを知っていたのですが、聴いたことがなかったもので、チャンスと思っていたのです。由瓶の落語会には行かないからね。ゲストで呼ばれたときは、喜んで聴くのだけど、日に2席、由瓶の落語を聴くと肩がこるので、行かないのです。で、この口演、前半の仕込みが薄すぎるというのが問題だと思いました。仕込みが薄いと、ばらしで、いくらおもしろいくすぐりを用意していても、その値打ちは下がります。正に、そういった口演。謎めいた男を、もうちょっと遊ばせないと、、、結論を急ぎ過ぎです。④は、思い付きで、東京らしいネタとして「五人廻し」を思いつき、最初は、一朝の音源を見つけて聴き出したのですが、1988年の録音だったからでしょうか、一朝の声とは思えず、先日の若いときの歌丸の失敗があったので、止めて、変更。おかげで、喜多八ものに遭遇できました。生では、「漫談っぽいもの+小ネタ」しか聴いたことがないので、じっくりと聴かせる喜多八のデリカシーにはまっています。これも、若干、荒い口ぶりが、こういった噺にいい感じで迫ってるな、さすがと思って聴いていたのだけれど、録音が悪い。マイクが近すぎて、後半、ドタバタになると、何を言ってるのか、よく判らなくなっていった。まいったなぁ。そんなで、尻切れトンボになっちゃいました。


2021年 12月 17日(金)午前 6時 31分

 昨日は、午後にお出かけのあった一日。昨日から4日連続で、市民向け公開講演会に行くことになります。こういった混み方は、年末に差し掛かってきていることから、今年最後になるでしょう。と言っても、今年は、あと半月です。午後のお出かけ前に、ミニウォーキングをこなし、昼食時には落語を、YouTubeで聴くと、なかなか頑張りました。一昨日は、かなり厚かったトルコのコロナ情報収集も、昨日は、再び、薄くなり、こういった時間の使い方ができるというわけです。落語は2本、①春風亭昇太「へっつい盗人」②桂雀々「鶴満寺」。①は、昨日の居眠りのリベンジ。上方ものを、少しずつ間引いたもので、上方の賑やか系の「へっつい盗人」のテイストは、そのまんまでした。昇太は、明るい声だから、こういった上方テイストが合いますね。②は、ミニウォーキングの最中に、ふと、このネタが、YouTubeに上がっているか気になったので、あれば聴いてみようということでのチョイス。先代の染丸の音源があったらいいなとの淡い期待は、淡いまま。雀々ものが見つかってから、雀々もやってることを思い出した次第。もうマクラから、うるさいくらいに賑やか。どこかで聴いたことのある台湾人のマクラを振り切っていました。ま、ネタの雰囲気には役立ちはするけれど、これだから、雀々は避け気味なのです。このネタも、出ないですね。季節限定だからなのでしょうか? 「桜の宮」や「貧乏花見」よりは、桜がきれいに見えてしまうネタです。最後は、夜桜なのでしょうか? 夜桜を意識させるのは、このネタくらいかな? 能の「西行桜」といい勝負です。
 お出かけ先は、同志社新島会館。初めて入りました。前は、何度も通っているのですが、入る機会など、黄紺にはなかった歴史的建造物。昨日は、こちらで、同会館の北側にある京都歴史資料館の行っている歴史講座がありました。先日来、同資料館で行われている展示に合わせての講演会でした。お題は「岩倉具視にとっての米欧回覧」、お話をされたのは、同資料館館員の松中博さんでした。お話の流れは3部に分かれていると言えば、いいかな。まず、米欧回覧の具体的な行動、次いで、その視察旅行の成果その1として、鉄道建設に勤しむ岩倉、その2が、旅行中、接待として観たオペラに匹敵する日本文化の育成として能の活性化に勤しむ岩倉というものでした。ただ、1部の半ばあたりで、昨日も居眠り。別につまらんと思ったわけでもなく、知らない内に眠ってしまっていた。2部は、完全にと言っていいほど、落ちてしまっていた。3部の能のところで、タイミングよく覚醒、ホント、レジュメを見て、一番気になっていたところだったので、超運のいい話です。だから、その居眠りの頻度でメモっておきます。視察は、アメリカからヨーロッパに向かうというもの。アメリカでは、うまく行けば、不平等条約の解消なども目論んでいたそうだけど、片務的最恵国待遇ってことを知らないで、わざわざ、使節の一部が、確認に帰国して、再渡米するという始末で、結局、思惑は功を奏さないまま、時間ばかりが過ぎて行ったとか、ここで、かなり時間を食い、イギリスに向かい、予定していたヴィクトリア女王との会見もできなかった。女王は、夏季休暇に入ってしまってたんだって。資本主義の予想を超えた進歩、形だけではない民力の重要さ、表面的な近代化だけではダメとの認識を持って帰ったようです。それが、政治システムの構築、なかでも憲法制定の大事さ、国内産業の育成に向かわせたと言います。その後の明治政府の基本施策を生み出したというわけなのでしょう。出発が1871年ですから、フランスでは資本主義の矛盾のようなものが出てきている段階ですから、タイミングとしては、いいところに行っているような気がしました。2部では、日本鉄道会社の設立に向かい、それが成っていたことを、主たる話題にされていたようです、レジュメによるとです。そんなで、ここはスルー。3部は、能の支援。丁度、幕藩体制が崩れ、支援者を失った能役者ら、能楽関係者がいたことが、一つにはバックボーンとしてあるところへ、国の文化の重みを、オペラを観て学んできた岩倉が、その支援に動いたそうです。岩倉自身も、かなりの能の愛好者だったとも言われていました。実際、グラントが来日したときには、能で接待しているそうで、正に、この思惑を実践もしているそうです。具体的な活動は、能楽社の設立が目玉。この組織が気になったので、質疑応答で質問したのですが、どうやら、華族や実業家といった資産家のスポンサー団体のようです。能役者らの芸能集団を抱えたアンサンブル集団ではないようです。明確な答えではなかったのですが。「こないな目玉、調べておけよ」「能の中身じゃなくて、岩倉がやったことだよ」と、講演者に突っ込みを入れたくなる、浅い内容にびっくりしました。これで、芝能楽堂ができたそうです。屋内能楽堂というスタイルは、正に、オペラ鑑賞と同様、屋内で芸能に親しむというスタイルを作り上げたということで、歴史的なことであることには違いありません。その一方で、食えなくなった能役者、能三役の芸能者溢れていたんだよね。お流儀自体が消滅に至ったなんてこともあったのに、、、! そこまでの文化保護といった目は、ここで求めるのは無理なようです。


2021年 12月 16日(木)午前 6時 34分

 昨日は、お出かけなしの一日。このときとばかりに、YouTubeなどの動画サイトにアクセスしていました。午後の一時だけではなく、朝方も、トルコのコロナ情報収集が薄めだったため、時間ができ、その時間も活用させてもらいました。「日曜美術館」「落語4本」「オペラ配信」と様々に楽しむとになりました。
 「日曜美術館」は、「あこがれと苦悩と 洋画家たちのパリ」というお題で、明治期を含めて、3つの時期に分け、パリに遊学した6人の洋画家を、2人ずつ組み合わせて紹介してくれました。とっても、基本的な作家さんすら、この時代になると判らなくなる黄紺には、2/6しか知ってはいなかったのです。その6人とは、「黒田清輝、浅井忠」「安井曾太郎、梅原龍三郎(第1次大戦前)」「小出楢重、佐伯祐三(1920年代)」でした。「黒田清輝」、明治17年3月にパリに到着、17歳、法律を学ぶためにパリへ、ラファエル・コランとの出会いから画家へ向かう。その頃、パリは芸術の都という認識が日本にはなく、ナポレオンの国=法典、陸軍の国という印象の国だった。でも、その時代のパリは、印象派などの新しい空気が漂い、ジャポニズムの時代だった。①ラファエル・コラン/自画像②ラファエル・コラン/フロレアル(花月)習作③黒田/読書(パリ画壇に初めて認められる)④黒田/婦人像(厨房)(読書と同じモデル、自然の光を取り入れる、それは、当時の日本にはなかった)⑤黒田/湖畔(代表作、帰国後4年目の作品、締めった空気、日本の風土を表すことに成功)⑥高村光太郎/黒田清輝像。「浅井忠」、黒田帰国後7年でパリ入り、アールヌーヴォー(生活を芸術家する)を知る、日本にもそういったものがあったと見出す。⑦浅井/グレーの柳(1902年、京都工芸学校へ、デザインに日本美術の可能性を見出す)⑧浅井/牽牛花蒔絵手筥(朝顔を、浅井が描き、漆芸家が仕上げる)⑨浅井/巴里ルクサンブール公園(自宅に画塾=関西美術院、その生徒に模写させる)。「安井曾太郎」、関西美術院出身、1907年、パリへ、前年にセザンヌ没、人気が上がったところ、そのセザンヌに魅せられる、マティスのようなフォーヴィスムも人気だった、アカデミージュリアンで学ぶ。⑩安井/裸婦(セザンヌに共感)⑪セザンヌ/プロヴァンスの風景(単純化と強調が特色)⑫安井/花と少女(セザンヌ風絵画が日本に合わない)⑬安井/婦人像(琳派との出会いから独自の画風へ、“琳派になった安井”)⑭安井/女と犬。「梅原龍三郎」、1908年、パリへ、ルノワールの元へ。⑮梅原/ナルシス(帰国後、日本の美術に関心、絵馬、大津絵に関心、“池大雅になった梅原”)⑯梅原/北京秋天⑰梅原/竹窓裸婦。「小出楢重」、日本画専攻だったのが洋画専攻へ、1921年、パリへ、カーニュへ、その地に油絵を描く環境があることを見出す。享年43歳。⑱小出/Nの家族(世に出た作品、フランスに渡る2年前)⑲小出/自画像⑳小出/帽子をかぶった自画像(帰国翌年に発表、⑱の4年後、日常生活を西洋風に、南仏に似ていると芦屋に自宅)㉑小出/立てる裸婦(敢えて日本人女性をモデル)。「佐伯祐三」、妻子ともにパリへ、1924年、到着、エコール・ド・パリ全盛期、フォービスムにひかれ、オーヴェルニュ・シュル・ロワーズへ、だが、ヴラマンクに「このアカデミックが」と一喝されてしまう、モンパルナスにアトリエ、下町に惹かれる。結核から没、享年30歳。㉒佐伯/自画像㉓ヴラマンク/小麦畑と赤い屋根㉔佐伯/靴屋(コルドヌリ)(家の壁に生きたパリを発見)㉕佐伯/パンテオン寺院(1928年、亡くなる年の作品)。日本の洋画壇の基本の基本のような番組だったようです。いい勉強になりました。こういった基礎固めが、まだまだ足りない自分を知ることにもなりました。
 落語は、次のようなラインナップ。全く、そのときの気分、偶然に見つけたものもありです。①露の紫「狼講釈」(2021/7/20 ビギン寄席)②古今亭志ん朝「お茶汲み」③三遊亭竜楽「締め込み」(20141/41 東京都千代田区内幸町ホール)④春風亭昇太「へっつい盗人」。①は、京橋で定期的に行われている「ビギン寄席」(都がブッキング担当)の今年に行われた2回分、YouTubeにアップされているのを見つけ、その中からチョイス。紫が、このネタを手掛けているのは知っていたが、遭遇をしてなかったので、飛び付いてしまいました。恐らく、一門の新治からもらったのでしょうね。とぼけた食いはぐれの男、こういったキャラを描くのは、紫の得手。その一方で、聴かせどころの講釈で、声の高さが上下するのが、なんか、聴きづらいなと思ってしまいました。色々とネタが変わっていくので、そうなってるのだろうか? ②は、そないな題名の噺があるのすら知らなかったところ、有名どころの口演の音源が、幾つか上がっている。これは、押さえておこうと思い、迷った挙句、志ん朝をチョイス。これは、いいネタです。完全に二つ折りになるシンメトリー落語。仕込みとばらしが、見事に二つ折りになっている。今まで知らなかったのが恥かしくなるほど、いいネタです。③④は、上方ものと比較したくてのピックアップ。③は、上方の「盗人の仲裁」。そんなに変化はないだろうと思って聴いていると、確かにそうだ。だけど、最後に来て、びっくり。その家の主人が、盗人に酒をふるまうなんてのが入ってた。夫婦別れをするところだった、それを救ってくれたと感謝してというもの。可笑しいというか、蛇足というか、迷うところですね。竜楽は、そこを見越して、夫婦喧嘩のところを、えらく深刻に演じてました。さすが、竜楽と思わせられたところです。最初、ラストが、そんなことになるとは知らず、「なんと大層な臭い口演」と聴いていたのですが、ラストに来て、納得できました。上方の罪のない痴話げんかとは、大違い。盗人が原因だから、やっぱ、黄紺的には、変な改変と思えてしまいます。「盗人を内に締め込んでいる」というのが、題名の由来。④は、マクラで、昇太が、「大阪の方での落語」と言っています。「東京では、知られていないと思い、楽屋で聴いたら、皆、知ってた」なんてことも言っています。でも、「兄弟子から習った」とも言っていますので、誰なのか、気になってしまいました。そんなだから、上方ものと同じ流れのはずです。「はず」というのは、半ばで居眠りをしてしまい、聴き直す時間がなかったからで、また、聴き直すことにしましょう。
 昇太落語を聴き直す時間がなかったのは、オペラ配信の「バラの騎士」を最後まで観てしまいたかったから。夕方のウォーキングの時間を考えると、その余裕がなかったというわけです。ガーシントン・オペラのこの公演、コロナ禍のものですね。となると、やはり、ディスタンスを気にした演出となっているのが、気になります。コロナ禍のプロダクションが、おもしろくないのがここ。人間の活動を描きながら、その活動に制約が加わるものだから、おもしろくない。特に、大勢が出て来るところ、余り動かすと、ディスタンスが崩れるということで、立ったままの時間が増えてしまうものだから、衣装を着けたコンツェルタンテになっちゃうのが、最大の不満です。そないな突っ込みを入れながらも、この時期に「バラの騎士」を出したことに、そして、それを観れる有難さが、嬉しいですね。だから、詰めて観ました。幸い、時間にゆとりがある時期に選んで正解でした。ボックス型の舞台、壁に大きく描かれたバラが印象的な、そのバラの意匠は、大きなものでしたが、花の先のカーヴがロココ調で、「おしゃれ~」と思いながら観ておりました。


2021年 12月 15日(水)午前 7時 4分

 昨日は、夜のお出かけのあった日。しかも、それは落語会に行くためでした。午後6時半開演だということを確かめて、1日のタイムスケジュールらしきものを設定。その予定を立てると、必ず、ポイントとなる時間に、アラームを設定することにしている。これでも、時間設定自体をミスることがあると言えないので、万全とは言えないのが、寂しい現実。そんなで、午後の一時が圧縮されてしまったため、短めの時間でも、満足度の上がる落語を、YouTubeを使い視聴することにしました。結局、丸一日、落語詰めとなってしまいました。家での落語は、3本、聴くことができました。①桂文之助「包丁間男」(2019/3/7放送 NHK ラジオ深夜便)②林家正雀「星野屋」③桂枝雀「親子茶屋」。①は、「NHK ラジオ深夜便」が音源ということでチョイス。文之助が「包丁」を持っていることは知っていたのだけど、実際の口演では逃してしまっているということが、選んだポイント。東京が本場という話ですから、上方への移植での変わりようを観察したかったのだけど、変化の少ないネタじゃないかな? 終盤、兄貴の女を口説く男は、小唄でいいんでしょうか、唄入りとなっているのが、文之助の口演にはありました。流れるような口演に磨きがかかっています。ネタに合ってるなの印象。②は、「包丁間男」は、恐らく、文珍から文之助というネタの流れじゃないかと、勝手に想像したもので、頭に「星野屋」が浮かんだ次第。こちらは、ネタの流れは間違いないですからね。文珍が始め出した「星野屋」は、確か、小佐田センセがくまざわさんの手が入ったもののはずという記憶から、東京の元ネタを知りたくなり、このネタが思い浮かんだのでした。幾つか候補があったのだけど、上方での口演から聴くと、最も遠そうな口演をするであろう正雀を選んでみました。すると、筋立ては、文珍版と同じだけど、大きな違いがあった。母親が出て来るのが最後だけというもので、その強欲婆さんということは、下げでだけ判るというもの。だから、終始、事態の緊迫度が高く、下げが、いい緊張の緩和になっている。それに対し、文珍版は、冒頭の、旦さんとおはなとのやり取りの後に、母親が出て来て、その強欲キャラを見せつけ、おはなの本心も提示されてからのものとなるので、その計画がどのようになるかの方に関心が行くようになっており、且つ、滑稽味が増す仕掛けになっている。そういった視点で見ると、とってもおもしろい改変。これは、どっちがいいというものではないですね。両方ともおもしろい、お好きなものをどうぞというところです。ただ、こういった噺になると、正雀の口演は地味に過ぎるといったところでした。色っぽい噺にしてはということです。③は、検索を、色々としていると、検索に使った語とは関係ないものまで上がって来る、そういった中で見つけ、自分的に「親子茶屋」を、枝雀で聴いたことを思い出せなかったのでのチョイス。この音源は、独演会のような会の最後に演じられたもので、「昼まま」で出ない枝雀を聴けます。この口演も、凄い! ネタ繰りをしているかのように、言葉が溢れ出ます。そこに、ちょっとした感情の変化、もつれが込められているので、とってもリアル。特に、前半の親旦那と道楽息子のやり取りが圧巻です。「長男一知(現りょうば)は、11か12歳」と言ってますから、35年ほど前の口演と思われます。
 夜は、京都府立文化芸術会館であった「第264回上方落語勉強会」。若いころからお世話になっている落語会です。この会に行くと、毎回、さなぎ(昇蝶)で聴いた「崇徳院」を思い出す。それ程の歴史のある落語会です。その番組は、次のようなものでした。「やかん」二豆、「ガマの油」團治郎、「くまざわあかね新作Vol.46・お題の名づけ親はあなたです-その126/ハングル・フレンド」三扇、(中入り)、「正月丁稚」米二、「吉野狐」生寿。米朝、先代歌之助と、ブッキング担当が受け継がれ、今は米二が担当。中入り前に、小佐田センセかくまざわさんの新作のネタ下ろしが入り、そのお題を、客から集めたアンケートを見て、演者さんらで決め、トリの前に披露するという趣向が入り、トリは、若手が務めるという番組構成が特徴の会です。二豆が急成長。この人、粘っこいお喋りぶりが、入門時の特徴だったため、「これはしんどい」と思ったものでした。それが、「やかん」というネタもあるのでしょうが、きれいに解消。いや、このネタを得て、こないに軽くなったかもと思ってしまいました。米二一門、快調です。「やかん」は、東京ではポピュラーなネタだけど、それとも、東京のネタ? そうなんでしょうね、上方では、小鯛でしか聴いたことないネタです。二豆は、小鯛からもらったのかもしれません。知らんけど。それに比べて、團次郎でボルテージが下がりました。酒のネタは難しい、だから、「ガマの油」から挑戦だったのかもしれないけれど、難しいまま。上方で2大「ガマの油」と言えば、雀々と坊枝。ともに、ぐずぐず度が半端ではありません。やっぱ、このネタ、前半に仕込みが入るので、難儀なんかもしれないなと思います。冒頭から酔っぱらってるのとは違うのが、難度を上げてるのだろうなと思いながら聴いていました。新作はくまざわさんもの。ハングル教室に通う女が、娘との会話で訴えます。今までの友だちとは異なったキャラの、落ち着きのある女性が、その教室に来ている。その女性と友だちになりたいけど、接し方が判らないからと娘に相談を持ち掛けている。幾つかアドヴァイスを受け、実行に移すけど、失敗ばかり。でも、あっさりと課題は解けました。相手が、あっさりと友だちと読んでくれるという、とってもリアリティの高い結末が、頗る付きでいいもの。その前の、ドタバタとの対比が、めっちゃグーです。「正月丁稚」は、YouTubeで追いかけたところ。その締めという感じで、米朝版を聴けて、大満足。この噺、若い人、もっと受け継いでくれないかなぁ。季節限定が過ぎるものだから、演じ手が少ないのが悲しく思う黄紺なのです。「民俗資料的噺なんだから、受け継いでよ」、これが、黄紺の叫びです。生寿は、「このネタをするのは、うちの師匠と自分くらい」ということを言い、「米二師匠が、松鶴師匠で聴いたとき、よう判らんネタやったと言うたはりました」と、こっそり、笑福亭のネタだと言ってから、ネタへ入りました。黄紺も、この 3人とまん我でしか、聴いたことがないですね。まん我は、笑福亭ではないけど。笑いどころのないネタだけど、替わりにミステリアスなテイストのネタです。生寿は、このネタの下げにも繋がる、うどん屋の符牒について、マクラで触れなかったので、「大丈夫?」と思っていたら、若い二人とともに、表通りにうどん屋を始めたところで、その符牒説明を入れていました。それで、聴いていてホッとしたというところ。吉野の台詞回しが子どもっぽく聴こえてしまうのが、毎度の生寿の問題点。それ以外は、めっちゃ優れものの口演。終盤、ミステリアスな空気が高まっていく流れを、よく理解して、それに見合う口演を心掛けるところは流石です。48点は伊達ではありません。


2021年 12月 13日(月)午後 8時 10分

 今日は、京都学・歴彩館であった市民向け公開講演会に行く日。コロナ禍で、今日に飛んできたもの。同館でのイベントに行くときは、その往復をウォーキングに替えるというのが常なんだけど、それだけだと、普段のウォーキングの量に満たないのが、ちょっと気になっている。そこで、昼食前に、短めであってもウォーキングの時間と取るように努めている今日この頃なんだけど、それは、ひとえに、朝っぱらのトルコのコロナ情報収集と、試合のあった翌日の場合は、サッカー情報収集もするので、それとのバランスという大きな壁がある。昨夜は、久しぶりにベシクタシュが勝った試合があったので、それにメドが立てば、ミニウォーキング敢行と考え、収集を始めたところ、量があったわりには時間が残った。そこで、小1時間、少し、予定よりは後ろへ食い込んでしまったけれど、そこそこのウォーキングができて、満足。
 今日の講演会は、「京都を学ぶセミナー/洛東編」の第5回目。そのお題は、「白河院と平安朝物語~天狗譚と関わりを中心にして~」。お話をされたのは、京都府立大学教授の安達敬子さんでした。この講演は、呆然としなきゃならないほど、難解だった。1つには、一般市民相手に、平安朝期の物語、例えば「源氏物語」ならいざ知らず、マイナー系の物語を引用して、その物語の把握なんてできないなか、登場人物やら、物語の一端を話されても、頭が、全く付いて行かない。これは、まいった、ホント、解らない。となると、当然のように、居眠り。覚醒しても、解らないものは解らない。それが、最後になり、今日の講演の筋立てが解ったのです。なんで、いろいろな物語からの引用をしていたのか、個々について、詳細については解らないままだったけれど、講演の趣旨は把握できました。白河院は、東山と鴨川に挟まれた内で、平安京の北部に位置する地域にあった平安貴族の別荘地。藤原頼通の改修造営で、一躍、立派な別荘地として登場、摂関家が、そこを使うことになり、名を馳せるようになったようです。現在、京都市動物園のある辺りだそうです。そこは、やがて法勝寺となるところ、その間、50年ほど、平安中期に栄えたところだそうです。そういった風雅の地として、この白河院を上回る知名度誇るのが、ご存知、源融の屋敷、河原院。能「融」の舞台でもあるのだけれど、かつて、融が、有名な潮焼き遊びで、風雅の極みを尽くしながら、能の前場で明らかなように、廃墟となっている。能自体は、その廃墟に現れる融の幽霊、それが、昔語りとして、風雅を語るとなるわけだけど、その廃墟になってからも、放置されていても、風雅の土地という記憶が重なるなか、一方で、廃墟に横行する物の怪の舞台にもなったと言います。そういった土地として、河原院は、つとに知られた土地、風雅と物の怪の対比、そういった土地として、白河院が、河原院の跡を継ぐのだけど、如何せん、知名度は、河原院に劣るということで、平安中期には、河原院に替わり、確固たる地位を占めるものとして白河院があったのだ、ほら、こないな物語の中に、白河院が、風雅の地ばかりか、天狗が跋扈する地としての記述があるじゃないか、それを、細かに紹介されていたというのが、この講演だったのです。それが、最後になり判ったけれど、それまでは、苦痛の二文字。聴きに来られていた方たち、解ってたのだろうかと、余計な心配してしまいました。
 今日は、あと隙間狙いの落語を、2本、聴くこともできました。この「隙間狙い」に徹すると、いろんな落語の音源を聴くことができます。今まで、映像にこだわり過ぎていたことを反省。選んだ2本は、ともに、「30分まで」の制約を付けて、もちろん短いのはダメという条件も付いているので、この2本となりました。①三遊亭金馬(三代目)「高田馬場」②三遊亭兼好「花筏」。①は、知らないネタを、最近、ドはまりの金馬ということで、躊躇なく、目にした途端、選んでしまってました。ラジオ用の公開録音が音源だと、金馬の口演で判ります。ネタが短いので、マクラで、いろんな商売の紹介をしています。ガマの油売りの口上が入るけど、その金馬が素晴らしく、歯切れがいい、明晰そのもの。その口上の段階で元を取った気になりますね、これは! ネタ自体は、バカバカしいもの。仇討ちの名所高田馬場に人寄せをするために、親子で仇討ちの真似事をして見せるというもの。題名からして、中山(堀部)安兵衛の仇討ちのパロディだとは判ってはいたけれど、こないに軽い噺だとは思ってもいませんでした。②は、上方からの移植ネタを、東京の噺家さんで聴いてみようじゃないかとの魂胆でのピックアップ。筋立ては、上方ものをスリム化したもので、高砂に替えて、どこにするのかと思っていると、水戸に替わっていました。ただ、水戸は江戸の近郊だけど、高砂に比べると、町の規模が大きい。だからか、上方ものと違い、江戸の雰囲気で描いていましたね。それ考えると、上方の噺家さんの口演を聴いていると、ローカル感出していますから、噺を流れている空気が、かなり違うなの印象です。千鳥ヶ浜親子の会話も、江戸の町人親子の会話のようで、その空気が効いたままでした。これは、ちょっと口直しがいるな、申し訳ないけど。早い内に、上方ものを聴くことにします。


2021年 12月 13日(月)午前 5時 14分

 昨日は、京都市主催の市民向け公開講演会に申し込んであったのだけど、抽選に外れたみたいで、何ら連絡が来なかったので、結果、お出かけなしの日曜日。週末にお出かけなしの日というのは、最近、珍しいのじゃないかな? そんなで、朝は、ゆっくりと、日曜日のお楽しみ「日曜美術館」を楽しみました。「観て愛して集めて用いて考えた〜柳宗悦と民藝の100年〜」が、昨日のお題、記念すべき年だということで、国立近代美術館で特別展が行われているということでの、番組企画のようです。おかしな話です、民藝という、庶民の工芸品の収集というのは、こういった美術館では収集、展示されないことから、この運動は始まったはずです。それが、100年経つと、国立の美術館で回顧展が開かれるのですから、そして、何よりも「民藝」という言葉が、我々の間に定着し、愛でる気持ちが根付いているのですから、美術館で展示があるのに、何ら不思議感がなくなっているのですから、考えてみると、大変なことなんですよね。で、この番組で取り上げられたトピックを、初耳ものだけをメモっておくことにします。「日本民芸館は柳宗悦自身が設計」「武者小路実篤らと白樺派の活動をしているときに、浅川伯教(のりたか)が持ち込んだ朝鮮陶磁に魅せられたことで民藝の活動へ」「1926年、雑誌“工藝”刊行、日本民芸館設立に動く」「妻は声楽家、その収入がコレクションに」「最大のコレクションは栃木で見つけた門、日本民芸館の向かいに造った自宅の門に使う」「自宅のテーブルの上には、河井寛次郎、濱田庄司制作の陶器が、沖縄の陶器とともに並ぶ」「新たな発見として、、、柳が残した柳行李の中に表具に使っていたものが一式出て来た、朝鮮期末期最大の画家北山の絵画があった、表具にしようとしていたようだ」「大津絵の表具は自らの制作、椅子の生活になじむ割合、絵の上:絵の下=5:3とする」。「民藝」運動に関わった人たちを紹介するというのではなく、あくまでも柳宗悦に焦点を当てた番組作り。そのため、河井寛次郎や濱田庄司は、ほんの仲間として名前が出て来ただけ。最後の方では、民芸館に触発された作家さん(染色家の柚木沙弥郎、輪島塗の赤木明登、駕籠編み職人須浪隆貴)を紹介していました。「だったら、河井らの活動も紹介しろよ」と叫んでしまってました。でも、先日のアスニー京都での講演と併せて、「民藝」についての情報が、随分と入りました。こうやって続いて知ることになると、自分の中への溜まり方が違うでしょうね。まことに持って、運の強い話です。
 午後の一時は、先日のオペラ配信の続きが中心。ガーシントン・オペラの「バラの騎士」です。昨日は、第1幕、マルシャリンの元に、様々な売り込みらがやって来るところから、約20分程遡ってから観ることにしました。老いのプロットが出て来るのが、その人が集まった場面の最後の方で、ヘアメイクをしてくれた男に「今日は、ちょっとお婆さんにしたね」というところからですから、その前から、もう一度、観なきゃの気になったのでした。オクタヴィアンに、正直に、自らの不安を語るマルシャリンに、17歳と2ヶ月の若造に解るわけがないのに、誠実でありたいと思うマルシャリンは語る、いい場面です。それに対し、なんで、そんなことをいうのと駄々っ子のようなオクタヴィアン。これも、誠実さがあって、いいな。フーゴ・ホフマンスタールの独壇場ですね。そして、熱き2人のやり取りを癒すかのように、マルシャリンは、午後の予定を言います。ここで出て来る「プラター公園」の歌詞に乗るメロディは、黄紺的泣き所。そして、静かに終わる第1幕、ここが、このオペラ全体を要約した箇所だと思っています。マルシャリンの語り通りになっていく姿を、2幕以後は追っていくことになるのですから。それも解っているお年頃なのです、マルシャリンは。それが老いというものですね。昨日は、オクタヴィアンとオックスの「決闘」の直後まででカット。また、次回のお楽しみです。
 あとは、いつものように隙間狙いで、YouTubeを活用して、落語を2本聴くことができました。次の2本です。①柳家一琴「矢橋船」(2014/10/19 らくごカフェ)②林家小染「堀川」。①は、東京版を聴こうとの魂胆でしたが、この配信のコメント欄に、「立川雲水師から教えてもらい、こちらの言葉に直しました」とあったため、聴く前に答えが出てしまいました。雲水は、東京で上方落語をする噺家さん。黄紺も、1度だけ、確か上野広小路亭で聴いたことがあったので、想像力が働いてしまいました。そして、その想像通りの口演となりました。どういった形で、雲水の元に流れて行ったかはともかくも、米朝師の口演のままじゃないかなと思ったら、正に、その通りでした。②は、前日、先代のつもりで開こうとしたら、当代の音源だったということで、先代ものを調べた上でのチョイス。最初、「莨の火」を選んだんだけど、聴き出すと、小染の声とは思えないもの。なんか変だったので、即刻、中止にして、こちらを選び直しました。小染の「堀川」は、生で聴いたことがあります。そのときの記憶よりか、遥かに、この音源がいいです。その頃は、松之助の豪快なお喋りで、この噺を聴いて圧倒された記憶が鮮明過ぎて、小染の口演に、それと比較してしまっていました。今、その記憶が薄れたなか聴いてみると、とんでもない、いいのです。記憶に残る小染落語にしては、荒々しい口調に聴こえます。そういった演出かもと思えるもので、それが、このネタの喧嘩極道の表現に、とってもいい空気を作り出していると思えてしまいました。これは、名演です。「今、生きてたら、名人上手の名を欲しいままにしていただろうな」と、この音源を聴いて思ってしまいました。惜しい! 黄紺が生で聴いたときは、猿回しが出てくる前で切っていて、浄瑠璃は聴いていないのですが、これは、きっちりやってます。それも、聴かせどころになっています。


2021年 12月 12日(日)午前 6時 42分

 昨日は、びわ湖ホールであったコンサートに行った日。午後のお出かけだったので、午前中に時間ができれば、短めのウォーキングぐらいはしておきたかったが、その通りになりました。やっぱ、最近は、トルコのコロナ情報収集が、かなり薄くなっているので、データ処理中心になってきています。ただ、オミクロン株が飛び込んできたので、話題は、完全に、それが中心。ま、2年近く、コロナ禍が続いているので、書くネタも尽き、且つ、ワクチン接種以上の手がなくなってきている現状で、ぼちぼちと薬品が出始めているので、終わった感があるのじゃないかな? 知らんけど。
 びわ湖ホールでのコンサートは、ピアノ・トリオの演奏会がありました。滋賀県縁の3人の演奏者、ピアノの玉井菜採、チェロの河野文昭、ピアノの久末航の3人による演奏がありました。どうやら、アンコール前の3人の方の一人ずつのお話では、玉井さんが仕掛け人のようですね。河野さんとは、東京芸大仲間だしと、あとは、ベルリン在住の久末さんとの調整ということで実現したようです。プログラムが、なかなか良く、それも魅力だったのですが、次のようなものでした。「①ハイドン:ピアノ三重奏曲第25番ホ短調 Hob.XV:12」「②ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番 ホ短調op.67」「③シューベルト:ピアノ三重奏曲 第2番 変ホ長調 op.100 D 929」。ハイドンは、ピアノ三重奏曲は多く書いているようですが、演奏機会は少ないんじゃないかな? そもそも、ピアノ・トリオのコンサート自体が多くないうえ、ハイドンまでは珍しい。黄紺も、幾つかは聴いてはいるけど、どういった曲があるとか、全く思い浮かばない。ハイドンで室内楽と言えば、誰しも、弦楽四重奏曲でしょうからね。実際聴いてみると、モーツァルトのピアノ三重奏曲よりも、もっとピアノにシフトしている。モーツァルトだと、ヴァイオリンとピアノのための曲に、チェロが通奏低音として入ったという雰囲気だけど、このハイドンの曲では、ヴァイオリンは中音や高音補強っていったところ。それを知ってのチョイスだと、久末さんに花を持たせようというところでしょうか。軽やかなハイドンの音楽に合った、実に煌めく久末さんのピアノが印象的でした。②は、楽しみにしていた曲。荒削りな音楽、無味とも思える繰り返しが、却って、胸に迫るショスタコーヴィチらしい逸品。冒頭のチェロのソロ、先日、YouTubeの動画で、これを、初めてチェロだと知りました。ずっと、音だけ聴いていて、ヴァイオリンだと思ってたのです。それに続く、中音域のメロディーがチェロだと思ってたら、これがヴァイオリンだった。ちょっと、衝撃を受けてしまったのですが、この演奏では、冒頭のチェロの音の統一性を欠いてしまい、ちょっと緊張が緩んでしまいましたね。そして、このショスタコーヴィチの音楽って、閉鎖的な印象で聴いてきていた、要するに、かなり息詰まりしそうな音楽と聴いていたのですが、この演奏では、そういった閉鎖的なものとは感じさせない、緩さがありました。それが、この演奏の特徴なのかもしれません。2楽章だったか、3楽章の、あまりにも機械的な繰り返し続けられるヴァイオリンとチェロ、その特に玉井さんのヴァイオリンの実に正確な同質の音の繰り返しに、この日一番だとも思える迫力を感じました。③は、スタミナが要ります。長くて、楽章により、パワーが求められ、また。他の楽章では、繊細なリズムの刻みが求められ、神経をすり減らす、でも、聴いている方は、それを楽しませてもらえる。長さを長くは感じなかった演奏でしたが、スタイルが見えてこなかった演奏でもあったことも事実でした。アンコールは、メンデルスゾーンの2番のトリオ。この日のプログラムにはなかった、えらく抒情的な音楽であり、それに浸る演奏であり、いい音代わりになったなのアンコールとなりました。
 昨日は、コンサートをメーンに時間が過ぎてい行ったのだけど、正に、隙間狙いで、細かな落語を5本も聴いてしまいました。最近は、食事の友にすることもあり、落語の音源を聴く機会を増やしています。その5本とは、次のようになりました。①林家小染「たいこ腹」(2016/7/7収録NHK ラジオ深夜便)②三遊亭圓生「永代橋」(1978年)③桂枝雀(二代目)「兵庫船」④桂米朝「矢橋船」⑤桂歌丸「越後屋」。①は先代ものかと思いピックアップすると、そうじゃなかった。でも、ゲリラ的に、「NHK ラジオ深夜便」の収録ものを流しているというので、消されない前に聴かせていただこうということで聴くことに。でも、それが正解。この小染、抜群にいい。2016年だから、さほど前じゃない。かなり老けてしまった感の出ている小染の溌剌とした声が、とっても満足させてくれます。若いときの勢いが心地よかったのだけど、それを彷彿とさせる快演です。解説に入っているくまざわさんの大阪弁、気色悪い。変! ②は、「知らない」「短い」でピックアップ。マクラも長く、ホントに短いネタ。永代橋が落ちたという史実を踏まえたネタで、「粗忽長屋」と同じ発想。死者引き取りに本人を同行させる惚けた大家さん、しかも、下げが、名前で落とすというバカバカしさは、ちょっと引いてしまいました。「たへいにぶへいはかなわん」でした。③は④を探していて見つけたもの。「枝雀寄席」での収録でした。これが、実に名演。噺が流れる流れる、見事な話術。ただただ、感心するばかりでした。④は、米朝師以外では、このネタ、YouTubeでは見つからなかった。米朝師の口演を聴きたいというよりか、このネタの上方ものを探していたのです。というのも、先日、色々と検索をしていると、東京の噺家さんが、このネタを出しているのに遭遇したもので、元ネタのチェックをしておいてから、東京ものを聴こうとの算段なのです。最近は、このネタ、落語会では出ないですから、チェックが要るのです。⑤は、「20分で終わるネタ」で探してたら、「知らないネタ」に当たったものだからのチョイス。かなり古い音源です。歌丸の口演が、晩年とは異なり、ためも何もないもので、こないな時代もあったのだと思わせるもの。はっきり言って、ダメ。ネタもシシババもの。某ブログで、この口演のことを書いている人を見つけたけど、「恥」とまで書いています。落語にはシシババものは付き物だから、黄紺は、そこまでは思わないけど、「恋」と「肥え」をかけて落とすのだから、そう思う人もいるでしょうね。そう考えると、④もシシババものでした。
 昨日は、夜には、「ブラタモリ」の新作「南紀白浜編」があった日でもあった。パンダ園の前からスタート。観光の発展を地形と絡めて説く秀作でした。白い砂は、現在のものはオーストラリアから持って来たもの。元々、白良浜の砂は白かったのが白くなくなったのを、実験をして見せてくれ、更に、それが地形に及ぼした影響が、観光開発と関係があるとの話、更に、元に戻り、そもそも白い砂が多かったわけを、砂の分析、地質の特徴から説くという高度なもの。タモリは、凄かったんだけど、花崗岩の分布からして、この地にはないはずとの考えをぶつけていました。案内人は、「それを研究中」と回答。次いでは、温泉がテーマ。活火山のない紀伊半島に熱源があった、これがプレート移動に関わってとは、「へぇ~」です。それが出て来る道筋は節理となっている岩盤は判ったけれど、なぜ、そこに節理が多いのか、教えて欲しかったな。この温泉も、昔は自噴していたそうで、でも、それが難しくなったのも、観光開発で内湯が増えたからということで、今は、共同で組み上げねばならないようになっているそうです。お見事! 開発の衰退、そこからの再浮上、それを、地形や地質から解き明かしていました。


2021年 12月 11日(土)午前 5時 55分

 昨日は、午前中にお出かけのあった日。それが終わって帰ると、まだ、午後1時半というところ。朝のお出かけなので、一昨夜のUEFA欧州リーグの情報を、しっかりと押さえきれてないので、それをしないと落ち着かないけれど、少しは、朝にできているので、さほど、手間取らないで終了。あとは、いつもの時間が流れていきました。こういった風に、朝のお出かけが、大過なく終わってくれたらいいのだけど、朝、まるでお腹の弱い黄紺は、毎回、朝のお出かけがあるたびに、神経質になってしまっています。朝ご飯の食べる時間、水ものは控えるなど、どことなく、落ち着かないのです。で、そのお出かけ先は、アスニー京都。ちょっと無沙汰だな、もちろん、朝のお出かけですが、それだけ見ると、1ヶ月ぶりでした。毎度の「特別講演会」ですが、昨日は、「放送大学京都学習センターとの連携講座」と銘打たれていました。おかげで、同センター提供のシャーペンやクリアファイルといったグッズをいただけました。昨日は、京都大学フィールド科学教育センター特任教授・名誉教授&放送大学京都学習センター客員教授の吉岡崇仁さんのお話で、「人と自然のつながり」というお題でした。アスニーでの講演会は、日本史関係がほとんどですが、時には、自然科学分野の講演も用意されているのですが、途端に入りが落ちます。こういった傾向があるから、また、日本史関係のお話中心となっていくのでしょうね。歴史と言っても、日本史以外は、ほぼゼロというのが現状です。そんなことは置いておいて、肝心なところで、またしても居眠ってしまったこともあるのだけど、お話の狙いっぽいものを把握できなかったと言うか、言われていたことを理解していない上に居眠りをしてしまったという感じなのです。こんなことかなぁと思えることをメモっておきます。人間と自然の関係性を言われていたのでしょうが、それは、人間が自然に作り出した物語であり意識である。だから、その物語に多様性があるものだから、1つの物語と他の物語の間に齟齬を来たしてしまう場合があり、人間は、己の作り出してきた物語の調整に頭を抱える場合がある。それらの物語は、科学的に分析した場合の結果と、必ずしも一致するものではなく、矛盾をしてしまうものも多い。京大の研究林のある森林地区で、以前に比べ、下部の叢が大きく減少しているという事実がある。それでは、植生維持に無理が生じるということで、その原因となる鹿を捕獲・殺処分をしなければならないという現実がある。木や草の植生保護という目的と動物保護という目的が、齟齬を来たしてしまっている。海辺のテトラポットは、波を和らげ海岸の浸食を防ぐことで、人間の生活空間を確保しているが、一方で、美しかった砂浜の風景を潰してしまっている。この齟齬。人間の環境への関わり方で、利用や開発、破壊や、保全や保護といった関わり方を優先して決定する意識が、人間にはあるが、それは、何に由来するのか、ここにも、何らの物語が隠れている。こういったトピックを上げて、人間の自然に持つ意識の点検を提示されていました。住宅に使用する木材についての国産材への関心度を、地域や年齢、性別などによる違いを調査して、その分析を行ったりと、自然に関わる意識のチェックを話題にされていましたが、その調査結果の分析、なんで、そうなるのかというお話はなかったようなのが、気持ちがすっきりしないために、解らないとなっているのかなと思ったりしています。やっぱ、まともに聴いていても、内容を十全には把握できなかっただろうなの感じです。まいったなぁ、、、。
 午後の一時は、結果として少なめだったので、昨日も、YouTubeを利用して、落語を聴くことにしました。次の3本です。①柳家一琴「鬼の面」(2015/9/5 らくごカフェ柳家一琴の会)②五街道雲助「お初徳兵衛」③五街道雲助「鹿政談」(1988 上野本牧亭/東西交流落語会)。①は、「鬼の面」というネタが、チャンネルの一覧に見つけてあったのでチョイス。コメント欄に、「上方の桂雀三郎師匠が掘り起こした噺です。東京でも林家しん平師匠が古い本から起こした型があります」と書かれていました。しん平版は聴いたことがないので、よく判らないのですが、雀三郎版だと判るということで判断すると、テキストから考え、その雀三郎版を、上方の誰かからもらったと考えられます。ただ、違う点があります。上方の演じ方では、人情噺風に仕立てたい意図が見え隠れするのですが、さすが、東京の噺家さん、この程度では、東京の人情噺の仲間には入れられないとばかりに、滑稽味を出そうとしています。騒動の元が、旦さんの悪戯ですから、滑稽味を出す要素はある。更に、一琴は、旦さんが、自分が原因でありながら、妻を責める可笑しさを活用して、ここを、ちょっとデフォルメした。頃加減を心得ているので、爽やかな改変の趣があります。元来は釈ネタですから、程よい操作が要るのでしょうね。②は、江戸前の人情噺探しで、ピックアップ。雲助は、冒頭で、「船徳の元になる噺」「鼻の円遊が、船徳を創った」と言っていました。これで、ますます、そそられてしまいました。気になったので、ネット上で調べてみると、志ん生系の噺で、馬生から雲助へという流れで、でも、雲助は、それまでにあった滑稽味を削り、本格的な人情噺に仕立てたとありました。若旦那が道楽の挙句、船頭になったけれど、下手っぴな腕しかないとして、その可笑しさを追及していくのが「船徳」だけど、この噺では、その若旦那、年数をかけて、立派な船頭に成長していく。で、そこで船に乗せたお初との再会ができるという寸法。再会というのに気づかない徳兵衛、それを伝えるお初の熱い思い。ここが山場。その場面設定がいい。急な雨、大川で雨を凌ぐために、川にせり出した木の下に舫をかける。完全なる密室が迫る、2人の熱き邂逅。この密室感が、雲助の口演で、見事に出ている。野太い雲助の声質が、却って、その情緒を際立たせます。凄い口演です。テキストの刈り込みといい、その口演といい、稀代の高座です。今まで遭遇してなかったのを恨んでしまいました。③は、そんなで、雲助で検索、すると、上方からの移植ネタを見つけた。円生なども持ちネタにしているので、東京でも出ているのは知ってはいたけれど、東京の噺家さんでの口演は聴いたことがなかったので、これはいいとチョイス。だけど、こちらの雲助、重い、重過ぎる。この噺、こんなに重くしちゃいけない。やっぱ、侍の町ですね、軽妙洒脱に、庶民の目じゃない。リアルに侍を描いちゃってる。「だと、笑えないよ、この噺」と突っ込んでしまってました。


2021年 12月 10日(金)午前 6時 22分

 昨日は、お出かけなしの一日。となると、ルーティンにしているウォーキングを日に2回行うときが、外出時間。昨日は、陽射しが、たっぷりあり、結構なお天気。その割には、一昨日と比べて、さほど気温が上がってないなと思っていると、ウォーキングの途中で、休憩がてら読書をしていたとき、簡単に身体が冷えて来た。おまけに、風は冷ため。それで、気温に納得。むしろ、夕方の方が、暖かだった。朝方のトルコのコロナ情報収集が薄めだったこともあり、このときとばかりに、YouTubeにアップされている動画を観ようとした。隙間狙いなんかせずに、時間をかけて観ることができるものをピックアップできるということで、まずは、「歴史秘話ヒストリア」の中から、苦手な、でも、話題に良く上がる室町時代ものを探すと、ありました。「よみがえれ室町幕府、足利ブラザース」というお題が付いているものを見つけた。同幕府の末期の2人の将軍の事績を辿るというもの。具体的には、13代足利義輝と15代足利義昭兄弟。後者は、最後の将軍ということで、学校で習った記憶はほぼないのだけど、講談を聴いていると、よく出て来る。その一方、前者は「誰?」という反応しか、自分の中からは出て来ないものだから、正に、ニーズに合った番組でした。記憶のために、ポイントをメモっておきます。どこかで、役に立つはずです。〈足利義輝〉三好長慶(阿波)に攻められ、都落ち 近江朽木谷興聖寺に逃げる、そこで、銀閣寺に似せた庭、京の奪還を狙い、諸大名と書簡をやり取り、その中で、朝倉と本願寺との戦いを仲介、本願寺の信頼を得て、挙兵、三好と和睦、三好を重臣として取り込む、諸大名のバランスの上に立つ足利将軍位を回復したかのようであったが、三好長慶没後、三好との関係が反転、三好との確執が再燃、ついに暗殺されてしまう、享年29歳。なお、国宝「洛中洛外屏風」は、義輝時代の京都を描いたもので、義輝が作らせたとも言われている。その中に、義輝は、子どもの姿で描き込まれている。〈足利義昭〉兄義輝の暗殺を受け、逃亡生活、でも、その最中でも、大名に書簡を送り、支援を求めている、特に上杉に期待。三好は、対抗する将軍を用意。そのとき、支援に声を上げたのが信長。信長は、義昭を奉じることで、三好打倒、上洛を狙う。三好包囲網を作り、三好一派を放逐。義昭・信長協力体制が出来上がる。だが、両者は不和に。天下を取ったつもりでいる信長と、再建がなったと思う義昭にずれが。政権運営で、考え方に隔たりがあった。武田が三方ヶ原の戦いで勝ち、これを好機と見た義昭が反信長に。ここが、今まで解かってなかったのが判明。仲が良かったはずの2人が仲違いをしている。そのわけを知れたのが、最大の収穫。だが、当てにした信玄が急死、信長包囲網が崩壊、信長が義昭包囲、義昭の降伏、その後、義昭は鞆の浦の常国寺に身を寄せ、そこを「鞆幕府」とし、そこから挙兵。毛利輝元を味方に、本願寺、松永久秀も、上杉も。しかし、謙信の急死で、形勢は信長に。結果、足利幕府の滅亡。生き延びた義昭に、秀吉から義昭の養子になれないか打診があった、秀吉は将軍になろうとしたが、義昭は拒否、秀吉は将軍になれず。等持院が足利氏の菩提寺、そこには、歴代の足利将軍の木彫像がある、行ってこようかな? これは、今後、講談を聴くときの、とっても有難いお勉強になりました。基礎を固める、これ、大事と、つくづく感じ入りました。
 午後の一時、その第1部は落語。そのラインナップは、①三遊亭円歌(二代目)「四段目」②笑福亭松鶴(六代目)「正月丁稚」③林家正雀「藁人形」。①は、上方との比較をしたくてのチョイス。上方の「蔵丁稚」ですね。ましてや、円歌の音源があったので飛び付いた。これは、移植ものとしては珍しく、いじりがなく、ほぼ、上方ものと同じでした。それにつけても、円歌の口舌の爽やかさに歯切れの良さは、秀逸。②は、「七福神」探しのときに、検索に掛かっていたもの。YouTubeの検索の気の使いようは凄いものを感じます。「七福神」で「正月丁稚」も引っ掛けてくれるのですから。松鶴での「正月丁稚」は、同時代に生きてて、まあ、生では遭遇できなかっただろうので、こういった音源は有難い。黄紺的には、米朝一門以外の噺家さんで聴いた記憶が思い浮かばないですね。筋立ては、米朝系と同じでした。6代目の荒々しい声で描く定吉が、とっても印象に残る口演です。「持ちかねる」で「わぁわぁ言うております」で終わりました。③は、この間、色々と検索をしていると、正雀が、自身でチャンネルを持っているということを知ったので、その中から、長めのネタということ、聴いたことがないということで、「藁人形」をチョイス。「藁人形」と言えば「釘」「復讐」ということで出来上がったネタですね。女郎に騙され、金まで巻き上げられてしまった男を訪ねた甥が見たのは、鍋に油を入れて釘を煮る叔父の姿。そのわけを聴く甥。でも、解せないのが、釘を油で煮て復讐を試みるという方法。なんてことはありません、「糠に釘」を下げで使いたいためでのことでした。正雀の正攻法のお喋りにしては、あまりにバカにしたと思わせられる下げに、「あかんやろ」と突っ込んでしまってました。
 午後の一時の第2部は、オペラ配信に「バラの騎士」(ブルーニ・ラヴェッラ演出)がアップされているのを思い出し、それを視聴することにした。ガーシントン・オペラの、恐らくコロナ禍の中での公演と思われます、多分。ボックス型の舞台は、小箱の中の世界のよう、壁に大きなバラの意匠、左隅に昔風のカーテン付きのベッド。後ろの壁がスライドして、召使らは現れる。オックスの出は、左袖からでしたが。衣装も時代物だけど、簡素に、デフォルメってところかな。オープニングは、床からキューピットが現れるという仕掛け。時々、現れては悪戯をして行くという可愛いもの。ちょっと絵本の中の世界といった風情です。マルシャリンとオクタヴィアンの歌唱がいいから、今後、楽しみです。1幕で、大勢が引き上げ、マルシャリンが、己の老いを語るあたりで、お時間となりました。


2021年 12月 9日(木)午前 6時 16分

 昨日は、珍しいことに、夜に開かれた市民向け公開講演会に行った日。午後6時開始ということで、いつもの動きを、昼までは、いつも通りとし、それ以後は、繰り上げるということで過ごすことに。そうしないと、夕方のウォーキング時間を確保できないもので、午後の一時の短縮ということです。そんなだから、午後の一時は、伸縮性が大きい落語の時間にしました。そのラインナップは、次の通り。①6代目三遊亭圓生「首提灯」②三遊亭円遊「七福神」③柳亭市馬「雛鍔」。①は、「冬の落語」で調べると、入っていたので、不審に思い視聴。ところが、コメント欄に、「これで、円生は芸術祭文部大臣賞受賞」と書いてあるわ、落語が始まると、お馴染みの辻斬りの小咄、「胴斬り」という落語を、エッセンスだけ拾い出して小咄化したもののお喋り。なかなかネタに入らない上に、「斬る」小咄が2つ続いたので訝し気になってきたため、すっかり「冬探し」を忘れてた。なんのために、これを選んだかが判らなくなってしまった。更にネタに入ると、びっくり。上方の「首提灯」の前2/3がなかった。いきなり「斬る」話からスタート。ということは、絶妙のマクラを振ってたことになるなぁと、感心しきり。だから、「辻斬り」と「首提灯」を結びつけただけの、めっちゃ単純化した、それだけの噺。またか、というため息。でも、円生のネタ、それこそ数多いなか、なぜ、この口演に、大きな賞を出したのが、それも解せない。②は、上方の「正月丁稚」だからということで、チョイス。こちらは、移植版としては大ヒット作。上方は、元旦の、船場の大店の風景を点描した佳品と思っていたけど、こちらは、江戸の大店の、しかも、正月2日間の風景を点描してくれている。上方は、旦那を困らせるのが、丁稚。幼気な子どもが、縁起でもないことを言うというもの。江戸ものは、元旦が、下男と早桶屋(旦那の幼馴染という設定)が、旦那を困らせる。これだけだと、丁稚の方の幼気なさに軍配なんだけど、ところが、2日目にお宝船売りを出すので、大人で統一をしたのでしょう。この縁起物を売る風景を出すので、題名となるのですが、下げもいい決まり方で、秀逸。こちらはこちらで、江戸の正月の雰囲気が味わえました。見事な移植です。③は、余り時間が残ってなかったので、「20分以下」の口演で選んだもの。市馬での口演の音源は聴いているので、他の噺家さんの口演を選べばよかったのだけど、選んでいる時間が勿体ないと、これを楽しむことにしました。前半の銭を知らない子どものトピックから、後半の出入りの旦那と父親(植木職人)との会話に入る不自然さを感じちゃいました。前半のネタふりを活かすために、全く、前半とは関係ない人を出さなきゃならないということでの構成なのは解るけど、、、。でも、雛鍔のプロットがいいから、その不自然さが解消するのでしょうね。「上方に移植できるやん、これ」と思いながら聴いていました。
 で、夜の講演会は、「2021年度京都教育大学公開講演会」&「伏見連続講座」(京都市主催)と銘打たれたもの。京都市が噛んでいるということで、平日の夜にも拘わらず、人が詰めかけました。こういったイベントは、爺婆の天下だけど、わりかし中年以下の世代もいたのが珍しい。お題は、「京都伏見の戦争と感染症」、お話をされたのは、同大学教育学部教授村上登司文さんでした。平和教育の専門の方だそうです。お題からして、伏見には、かつて第16師団の本部があり「軍都深草」と呼ばれた時代があったことは、周知のことなので、スペイン風邪と、この軍隊との関連をお話されるのかと想像も、期待もしていたのですが、そうではなかった。京都教育大学を含めて、その軍隊の施設の何が、どこにあったかのお話。それと、スペイン風邪が流行したときの、伏見の被害、感染防止を訴えるポスター(これ、今、使ったらいいのに! 訴えることは同じ!)の紹介。この2つは交わるとことはありませんでした。なんか、無理やり作り出したお題に惑わされてしまった。ただ、2つを結びつけるものとして、「語り伝えることの大切さ」、確かに、「伏見の戦争」と言って、この地が軍隊の町だったということ、若い人、実感ないしね。臭いは馬糞、音は馬の闊歩する音、それが、この辺りの風景という想像、門衛跡を知っている世代の人間ですら、気が付かない。臭いと音のトピックで、厩舎跡が、戦後、紡糸工場に転用されていたのを思い出しました。世代に分けて、戦争の記憶が、どのように伝わるかを分けておられました。最早、現在は、アーカイブに残された映像資料に頼るしかない時代に入っているとの指摘、ま、そうでしょう。それはそれで、納得。で、それと、スペイン風邪は、別立てのお話で、スペイン風邪も風化が進み、今回のコロナ禍がなければ思い出さなかった。いや、黄紺などは、コロナ禍で、初めて知った。だから、「記憶の大事さ繋がり」での問題設定。でも、それだと、なんでもそうなるやんと、突っ込まざるをえなかったなぁ、、、(+_+)


2021年 12月 8日(水)午前 6時 23分

 昨日は、午後の遅くに、オンライン配信でのシンポジウムを視聴する予定になっていた日。だから、お出かけはなし。でも、その配信が、午後3時45分という、まことにもって、中途半端な時間、しかも、その時間になっても始まらない。15分余待って、ようやく、YouTube画面が切り替わったかと思うと、とりあえずは切り替えておかなければ、視聴する人が逃げるとばかりに、そうしただけという雰囲気。まだ、準備をしている。あまりにもの段取りの悪さに唖然とするしかなかった。そして、宴会の司会といった雰囲気のMCの先生が出て来て、開会を告げたかと思うと、ただ始めますと言っただけで、自己紹介もなしで走りそうになったのには、その宴会係の先生、さすが、気が付いて言い直し。1人目の報告者では、画面が消え、音声だけ、その音声も途切れる。2人目の報告者のときに治ったかと思うと、今度は、画面が、やたら暗い。すごい配信があったものです。予行演習、やってなかったのかなぁ。このために、時間を調整したの、何だったのと言いたくなっちゃいました。それについての内容は、後回しにして、時系列的にメモっておきましょう。
 昨日は雨の日だったけど、お昼過ぎまでは、普段通り、動けてたので、傘さしウォーキングを、昼前には敢行。屋根付き公園で、休憩がてらの読書もやっちゃいました。ビザンツ帝国の跡を辿る紀行文という珍しいものを読んでいます。ぼちぼち、コンスタンティノープル陥落話が近づいてきているので、こういった環境でも読みたくなります。午後の一時は、短いながらも持ちました。さっさと家に帰り、長めの午後の一時にして、そこで読書の時間を確保すればいいのに、環境を変えたくて、読書は外でと決めています。で、午後の一時は、昨日も、YouTubeで落語&講談。注釈付きだけど、次の3本でした。①露の団四郎「雪の戸田川」(2011/7/3 承天閣/相国寺 納涼寄席)②林家正蔵(彦六)「双喋々雪の子別れ」③神田松鯉「赤穂義士本伝/大石東下り」。「雪」での検索結果で①②をピックアップ。ところが、①は音声が悪く、聴いてられない。でも、頑張って聴こうとしていたのだけど、進むと、余計にひどくなってきたので、半ばでカットしました。聴けるものをアップして欲しいな。だけど、「川のそばで、女と出逢う」怪談というのは判ったので、気になった。そこで、今度は、「雪の戸田川」で検索すると、黄紺の疑問に応えるブログを発見。黄紺の疑問以上のことを書いてくれていました。そもそもの疑問は、「お紺殺し」じゃないかと思ったのでした。となると、「怪談市川堤」と同工異曲となります。で、調べた結果、その通りでした。しかも、露の一門に伝わるこのネタの大元が、彦六の正蔵だと記されたブログを見つけたのです。講釈にも「お紺殺し」がありますが、出所は、そこでした。彦六の正蔵から五郎兵衛に伝わったようです。②は、「双蝶々」が、歌舞伎や文楽にあるので、そのアレンジものかとの気持ちで聴き始めたのですが、濡髪長五郎は出て来ない。引き窓という趣向もない。そういった元ネタにこだわらず、物語のポイント的部分のみ、受け継がれたもののようでした。罪を追った息子と両親の再会と別れが眼目です。そして、別れのあとに追手に囲まれる、捕り物になるという趣向。そこを芝居仕立てにしており、鳴り物も、ツケも入るというもの。そこで、「芝居噺」としていました。同じ「芝居噺」を名乗るにしても、上方とは趣向が違います。正蔵の台詞回しは、さすがに堂に入ったもの。聴きごたえ十分です。③は義士月だからと、一旦、「赤穂義士 雪」で検索。「間十次郎」がかからないかと期待したのだけど、ダメ。念のために、「間十次郎 雪の別れ」でも検索したけど、全くダメでした。そこで、単純に「赤穂義士伝」とした中からのピックアップ。でも、さほど引っかかって来なかったなぁ。ネタの好みで「大石東下り」をチョイス。いい話です。前半が人足とのトラブル、後半が本物との対面という流れ。特に後半がいい。討ち入りのために江戸に向かう大石一行、身分を隠して、公家の名を騙っての旅、そこで、当の公家と遭遇してしまうというもの。前半はチャリ的な内容だから、明るい口調。かなり若いころの松鯉師だから、今のような絞り出すような発声ではないので、まことに松鯉師だろうかと思ったほど。でも、後半は、その現在の発声に似て来た。緊張場面ですから、力が入って行くのでしょうか、その結果と思われ、迫力満点の口演。これも、値打ちものの音源です。
 オンライン配信のシンポジウムは日本気象学会が行ったもの。「気象学の最新知見を活かした地域との協働~地球温暖化時代の持続可能な社会への転換を目指して~」がテーマで、主管が三重大学ということで、同大学からの配信でした。内容的には、気候変動という大きな転換期に差し掛かり、その重大性を、いかに地域住民に理解を得て、対応策、適応策に理解を得るかということだと言えばいいといった内容でした。まず、4本の報告がありました。①近年の我が国の異常気象:顕著事例の実態・メカニズムと地球温暖化との関連(中村尚/東京大学)②地球温暖化で変わる大雨と大雪(川瀬宏明/気象庁気象研究所)③防災情報の効果的な発信~テレビの役割,多様化するメディアの中で~(多森成子/気象キャスター)④三重県の地球温暖化対策と防災・減災の取組(服部浩/三重県副知事)⑤シンポジウム(報告者4名、司会:立花義裕/三重大学大学院生物資源学研究科)。①が、画面なし、音声途切れのもの。報告後の質疑応答で、日本近海の海水温度が上昇しているわけを、温室効果で熱帯が拡がっている、そのため、偏西風、貿易風の吹き方が変わってきているからと言われていました。②では、IPCC第6次報告書の内容、気候変動は人為的な原因は疑うことはできないと断言したやつですね。その気候変動を過去の分析から解析したり、将来予測をするのに、今年のノーベル賞となった「気象モデル」が根本になっていることの解説、その仕掛けの紹介といったもので、人為的要素を入れ替えることで、様々なシナリオが想定できるということ、日本周辺の予測を細かく出すために、5㎞メッシュの高解度での分析を、日本独自で行っているといった、分析の方法の定番のお話をされた上で、その予測として掲げられている解析結果を伝えていただけました。こういったお話を「定番」と言える学習成果を、自分で確認できたのが嬉しかったな。③がおもしろい趣向。市民に気象、気候変動を伝える橋渡し役としてのお天気キャスター、また、そのスタッフの仕事、注意事項のお話でした。三重テレビで実際にお天気番組が、どのように出来上がって行っているかの紹介は、確かにおもしろかった。キャスターでもあり、気象予報士でもある人たちの、仕事への関りの深さ、並の仕事ではないですね。2011年の紀伊半島大水害の経験で、「これまで経験したことのない大雨」という表現を、気象庁が使うようになり、「特別警戒警報」が生まれるきっかけになったそうです。TVは、視覚で急を告げるだけではなく、言葉での表現の大事さを言われていました。お年寄りは、慣れたTVで、慣れたキャスターの言葉が頼りだというのは、頭に残った表現でした。④は、内容が多く、細かなものを、時間内に収めようと、苦労されていたという印象で、とてもではないけど、メモれるものではないので、割愛。⑤は、特段メモるものもないので、割愛。いや、時間オーヴァーもあり、内容的にもいいかとなったので、最後まで行かない内に、視聴を止めたのでした。大層なシンポジウムかと思っていたのですが、解りやすい内容でホッとした次第で、逆に突っ込みどころ多数のシンポジウムでした。


2021年 12月 7日(火)午前 6時 37分

 昨日は、全く予定の入っていない一日。ちょっと違うのは、月曜日ということで、トルコ・リーグの試合の結果を楽しむことができることと、夜は、YouTubeで「㊙ワールドニュース」を楽しむことができること。ただ、天気が下り坂のようで、あまり陽が射さないかと思うと、急に陽射しが現れるという、不安定なのがおもしろくない日。昼前のウォーキングで、休憩がてら読書をしていると、そのときは曇り、風も出て来る。厚手のパーカーっぽいのを着ていたので、フードを被って対応。いざ、歩き出すと陽射しが戻ってきたのに、腹を立てただけど、これも「天災」の1つですね。夕方のウォーキングの方が、むしろ暖かだったくらい。また、風が止んでただけかと思いますが。
 そないななか、YouTubeで落語と講談を、計3本聴いた。ラインナップは、①柳家一琴「橋場の雪」(2015/2/7 らくごカフェ柳家一琴の会)②古今亭志ん生「雪とん」③五代目一龍斎貞丈「南部坂雪の別れ」(1966/3/20 上野鈴本)。①は、このネタ、聴いたことがなく、前から気になっていたもの。最近、とみにお世話になっている一琴のチャンネルに入っているものだから、活用させてもらった。①で「雪」のネタを選んだということで、「雪」で検索すると、②が引っかかってきた。こういったネタがあるのすら知らなかったので、飛び付いたもの。ならば、「雪」と言えば、これがあるじゃないかということで、③は、ネタの名前で検索してみると、えらいものが釣れてしまった。五代目貞丈って、先ほど亡くなった講談界初の人間国宝貞水師の師匠。これまた、飛び付いてしまいました。だから、②と③は、ちょっとした歴史的な音源です。①のコメント欄に、「“夢の酒”の元の噺です」とありました。ただ、元ネタがあるこを教えてもらっても、そのネタ自体を知らないので、そのコメントに返す言葉がない。雪が出て来るんでしょうか? 「橋場の雪」は、雪がいいですね。これが、雪じゃなかったらと思うと、余計に雪がいいと思ってしまいました。夢の噺でした。それを聴きたがる女、かなりやきもち焼の女ですね。②も、雪が風情を作っています。題名の「雪とん」って何かと思っていたら、「とん」って擬態語でした。深い雪の中の幻想的な噺です。志ん生の口演が、まことにもっていい。最高傑作かもしれません。マクラから、完全に志ん生ワールドといって感じで、自在に噺を操っています。③は、同じネタでも、演じ手により、随分と構成が変わるもの。この口演での特徴をメモっておきます。大石は暇乞いを言ってだけで帰る。戸田があとを追いかける、自身の兄弟の消息を聴く。それに対し、大石ははぐらかし、何かは伏せたまま、戸田に巻物にしている連判状を預ける、紅梅という陽成院配下の女は間者で、その連判状を盗みに入る、だが、それを捕まえた戸田が手にした巻物がほどけ、連判状と知る・連判状を陽成院に見せるところで47士の名が読み上げられる。ラストは、討ち入りを報告する寺坂の語り。この語りが、貞丈の口演の白眉。それまで「それほどではないか」と思わせられていたものが、大逆転。そか、この山場に向けて、序盤は抑制していたんだと判る。見事なクレッシェンドに魅せられました。この「雪」シリーズ、いい試みです。題名に「雪」が出て来なくても、「雪」の出て来る噺、追いかけてみるのもいいかと思いつつ、おいおい、12月じゃないか、義士月ということで、講談、浪曲で、義士ものを追いかけるのもいいかと、いい連想。またの機会に探してみましょう。
 手持ちのDVDでオペラも観ようとした。「真珠採り」が終わってなかったので観ようとしたら、再生ができない。こないだまで、2回は大丈夫だったのだけど、ダメだった。仕方ないけど、機器自体に変が起こったかもと、違うDVDを入れたら動いた。あれ? 原因は判らずじまい。結局、新たなDVDを観ることに。かなり古いものだから、録音レヴェルが低い。メトロポリタン歌劇場の「アラベラ」。キリ・テ・カナワもので、手持ちの「アラベラ」では、一番の好物。これ、若きティーレマンが振っています。録音レヴェルが低いものだから、序盤の有名なデュエットを聴くと、居眠りをしてしまってました。「今日の居眠り」ってコーナー作ろうかな、毎日、どこかで出ます。キリ・テ・カナワの品のある歌唱、立ち居振る舞い、やはり、いいですね。
 夜は、毎度の「米朝事務所公式チャンネル」にアクセス。米柴・吉之丞による「㊙ワールドニュース」です。同事務所のTwitterで、「夕食のおともに」というコピーを、最近、使っているけれど、これ、気に入っています。正に、それだもの、黄紺には。でも、黄紺は、毎回、アーカイブに入ってから視聴しています。ライヴ配信の時間帯は、いつも、トルコのコロナ情報収集をする時間帯ですからね。だから、それを終えて、夕食をするときの、正に「おとも」になっています。やっぱ、このご時世、二葉の話題は挿し込まないわけにはいかないですね。動楽亭の昼席で、二葉が出たときは、大変なことになっていたようです。「お帰り願った人も出ました」、すごいね! あとは、愛媛の話題が豊富でした。先週も言ってたけど、かなりハードさが伝わるお仕事です。メーンの落語会に登場した正蔵の話題も。小ネタの多い中に、突如、現れた有名人でした。


2021年 12月 6日(月)午前 6時 43分

 昨日も、市民向け公開講演会にお出かけをした日。週末になると、この間、何かしらの予定が入っている、今日この頃です。これが、午後ということで、しかも、昨日は日曜日ということで、お楽しみの「日曜美術館」があるということで、結構、タイトな一日。まずは、「日曜美術館」のメモを残しておくことにします。昨日のお題は「発掘! 放浪の水墨画家 篁牛人」。篁牛人、また、出ました、知らない作家さん、でも、この人は、世間的にも無名だそうでした。それを発掘して、東京の大倉集古館で特別展を開催しているということで、MCが訪ね、その特別展を企画したキュレーターさんと眺めながら歩く一方、間に、作家の人生の解説が入るという構成。水墨画に、「渇筆」という独特の技法を持ち込み、上等の和紙に描き、他にはない質感を出した作品を残した作家。画家を志しながら、その機会に恵まれず、でも、描き続け、壮年期には、家族を顧みず、約10年に渡り、放浪。ようやく、60歳を過ぎて、パトロンに出逢い、そのパトロンの支援で、上等な和紙(越前和紙)を使い、大作を描くようになったという作家、酒の日々を過ごした作家、そのパトロンが、作家の作品を富山県に寄贈し、今では、富山には専用の美術館もあるそうですが、キュレーターさんが富山出身ということで、今回初めて、東京での大規模開催が行われたとか。和紙を得られず、そのため、水墨画を描けなかった時期の作品も含めて、その作品の紹介がありました。メモっておきますが、水墨画のイメージには合わない、アニメっぽい表情を見せる動物、小さな頭部に膨らんだ身体、とってもユニークで惹きつけるものがあります。富山に行けば、この作家の作品が観れる、これ、頭に入れておきます。それにしても凄いのは、作家の1枚の水墨画を観て、その只ならぬ才能を見出したパトロンが、凄い! その作品も紹介されていたけれど、MCが唸った、「この作品でですか?!」。①天台山豊干禅師(樹木が横に生えている、生き物みたい、イラストみたいな禅師)②風神雷神(風神の手足は異様に太い、雷神は筋骨隆々で風神を迎える、アニメ的顔つき)③林和靖図④山姥と金時(デフォルメされた金太郎)⑤雪山淫婆(頭を小さく描くことで人物の大きさがクリアになっている)⑥抽象画(放浪生活で金がなく渇筆ができないときの作品)⑦乾坤の歌(輪郭線なし)⑧山水画(高岡市の染物師と仲良くなり逗留、その逗留した部屋に残す)⑨烏とみみずく⑩アイヌのますつき(パトロンできたあとの作品、渇筆が復活、輪郭線がない)⑪ダモ(達磨大師を描く、再出発の大作)⑪西王母と小鳥⑫達磨図⑬老子出関図(最高傑作、巨大な牛、向かい合う鯉、左半分には老子は描かれていない、右半分が行方不明だったが、今年、発見された、牛人の甥が持っていた、右半分は巨大な老子、それに対する巨大な牛が左半分に必要だった)。結びの言葉が印象的でした。「時代が追いついていかないと評価されない作家がいる」。次回は「民藝」が、テーマ。あまりものタイミングに、びっくり、神がかり的です。
 お出かけ前の隙間を使い、落語を1本。短めの動画を探していて見つけたもの、春風亭一朝「庖丁」。「包丁」ってネタ、名前だけ知っていて、中身を知らなかった頃、大層な噺なんじゃないかと勝手に思っていた時期があった。とんでもない、勘違い。もったいぶって喋る、だけど、くだんないと思わせる落差がいい感じの円生の口演もいいけど、一朝のざっくばらん風味で、このネタ聴くのも、いいものです。いつ聴いても、どこかにぼんやりしたアホらしさが滲んでるのがいいです、一朝。人気があるはずですね。ついでに、弟子の一花が、夫の馬九らとトークをしている動画を見つけたので、お時間に合わせて観てしまってました。
 午後のお出かけ先は京都学・歴彩館。昨日は、毎年1回、行われているのかな、鴨川運河の顕彰活動をされている団体「鴨川運河会議」主催で行われたもの。題して「淀川流域における近代舟運の盛衰ー京都を中心にー」、お話をされたのは、近畿大学総合社会学部准教授飯塚公藤さんでした。お出かけ前までは、さほどでもなかったのですが、この講演の前半が、ほぼ全滅。朝の3時過ぎに目が覚めてしまい、それ以後眠れなかったのが、ここで爆発してしまいました。かなり覚悟はしていたので、仕方ないですね、昨日は。その完落ちだった時間帯に、後半に出される資料作りの方法が説明されているはずです。それ以外は、想像もつかない。細かなレジュメをいただいていたわけでもないので、こちらからの推測も難しい。ということで、後半に聴いたことで、記憶に留めておきたいことをメモっておきます。「貨物駅として使われていた伏見駅前に東洋紡績があった、その東には北恵美酒と記されていることから酒造会社らしきものがあった」「三川合流地点に小舟が集まっている、これは、水深が浅い木津川用に積み替えをしている光景(空中写真から)」「鉄道が敷設されて以後、舟運の量は微減に留まる、これは、貨物の種類により棲み分けが行われていたことを示す(1890~ )」「昭和に入ると、再び、舟運の量が増加、軍関係が想像される」、このくらいです。やっぱ、ダメですね。
 夜半、床に入る前に、落語を2本聴いたつもりだったけれど、2本目は、始まった途端に寝落ちしたみたいで、内容は、さっぱり覚えてないので、それは除外して、1つだけ、記録しておく。六代目笑福亭松喬「ちゃめ八」(1993/7/16 道頓堀浪花座・第7回松喬独演会)。幇間もので、最近は、全くと言っていいほど出なくなったネタ。文太くらいじゃないかな、持ってるの。「幇間腹」は、噺家さんに人気のネタなのに、こちらは、人気薄。盗人の気があるとかなんとか、そんなところが嫌われるのかなとか、考えながら聴いていました。松喬チャンネルの最新アップもので、これは音声だけの配信です。


2021年 12月 5日(日)午前 5時 56分

 昨日は、午後に、市民向け公開講演会に申し込んであった日。だから、朝から、それに合わせて動かねばならない。どうしても、ルーティンにしているウォーキングに充てる時間が短くなってしまうので、できるだけ、僅かでもいいから、午前中に、ウォーキングを確保したい。昨日は、それを、なんとかできた日。コロナ情報はともかくも、サッカーの方で、「ベシクタシュ、あんまりや」のニュースが、また流れたので、さすが、いい気がしない。昨季の優勝メンバーと変わらないのに勝てない。あまりに勝てないベシクタシュのニュースを聴くのが鬱陶しいのです。やっぱ、勝ってもらって、派手な優勝争いしてくれなくっちゃ! フェネルバフチェも、ガラタサライもダメだけど。今年は、もう、トラブゾン・スポルで決まりやね、ホント、まだ、半分も経ってないのに、誰しも、そう思ってんじゃないの?
 余裕ができただけではなく、ほんの隙間を見つけて、朝と夜に落語を3本、YouTubeで聴いた。最近、活用させてもらっている「柳家一琴チャンネル」からの1本は、朝方の隙間。「①看板のピン」をピックアップ。これも、上方から東京に移ったネタだけど、あまりいじりがないはずとの認識でした。その確認のためと言えば、ちょっと格好がいいけど、単に、そのくらいの長さの噺を探しただけ。このネタは、確実に覚えているのは、入船亭扇好の口演(池袋演芸場)で、東京ものの生を聴いているので、「いじりがないはず」と書けるのです。「看板のピン」のような小ぶりのネタを覚えているのは、そのとき聴いた、同じ扇好の「百川」が、とっても良かったから、それと一緒に出したネタを覚えているということなのです。確かに、一琴の口演を聴いても、そうだった。ただ、大きな違いが1点あった。上方は、冒頭、若い衆がごちゃごちゃ言っている。そして、傍らにいるおやっさんを博打に誘うというものだけど、東京ものは、いきなり隠居が出て来る、それに、若い衆が絡んで行って博打になるとなっていました。それと、看板を説くくだりがなかったな。だから、小さな違いというわけで、テイスト自体は同じですね。判ってたことの確認でした。夜に2本、②三代目三遊亭金馬「片棒」③桂米朝「商売根問」と、あまり大きなネタを選んでないのは、別々に隙間狙いだから。②は上方にもあるということで、比較の意味もあるけれど、先々代になるのかな、もう。その金馬は、名人芸を聴きたくてのチョイス。とっても歯切れのいい口演、この世代では際立ったんじゃないかな。「片棒」なんてネタにはドンピシャですね。金馬にはまる一方の黄紺です。この音源、玉置宏の解説が入るので、ラジオからの録音ものですね。有名な番組だったけれど、実際には聴いたことがないもの。その番組も偲べるという特典付きの音源でした。③は、ひょっとしたら、普段省かれる箇所が聴けるかもと期待したのですが、マクラの感じが、独演会だろうか、大ホールでの収録っぽい雰囲気があったので、その時点で、ほぼ諦め気味。確かに、その通りで、雀、ウグイス、がたろの順でおしまいという、よく演じられるパターンでした。残念。
 公開講座は、アスニー京都であった「アスニー京都学講座」。普段の「アスニー特別講座」とは別口で、こちらは、埋蔵物研究所や、市の文化財課の方が講師としてお話されているようですね。で、昨日は、「民藝運動が生んだ建築作品」というお題で、京都市文化財保護課の石川祐一さんのお話がありました。考古学的な発掘成果や近世以前の文化財といったことがテーマではないというところが新鮮な講演。このお話も文化財なんだろうけれど、時は大正以後、現代にまで繋がる、今後も、より大衆的に受け継がれていくであろう事象、事蹟がテーマ、アートの香りに包まれたお話でした。「民藝」って、普段使う語句だけど、これって、「民衆的工芸」の略語なんだということを、初めて知りました。しかも、柳宗悦・河井寛次郎・濱田庄司らによって提唱された運動の称号として作り出された語句だったとは、全く知らなかった。柳宗悦は、朝鮮文化の評価という活動で知り、「民藝」という活動に関わる人だと、その背後にあるものに目は行ってたけれど、河井寛次郎って、単に陶器の名工だとしか知りませんでした。冒頭で、この運動の中心人物だと知らされ、これは大当たりの講演だと、かなり嬉しくなったわりには、時々、居眠りでお話が飛んでしまったけれど、大筋を外すということはなく、とっても満足度の高いお話となりました。柳宗悦って、雑誌「白樺」の編集長をしていたことも、初めて知ったのですが、その自然主義的な立場が「民藝」に通じるものを感じます。そういった運動に関わった人たちが、建築物に関わった事績を辿るのが、この講演。大きく分けて、2部構成のお話。前半が、その第1世代。運動の創始者たちの関わった建築物の紹介です。柳宗悦は、「用の美」を掲げ、上手物ではなく、下手物、即ち、手仕事の評価(粗悪な工業製品批判)から出発したと言います。その特徴は、単に日本的な古民家の再現というよりか、日本的建築様式に西洋的なもの、それは、度々出て来たものでは、シンメトリーな造り、箱階段のようなものを取り入れ、一見、伝統的な家屋に西洋風味が加わったハイブリッド感覚だと言われていました。そして、栃木の職人の起用が多いとなれば、大谷石です。これ、「ブラタモリ/宇都宮編」で覚えたやつ。ここに、その証拠がありました。濱田庄司は、イギリス滞在経験から、益子に移住、自身、陶芸家でもあるわけで、益子で制作をするとともに、建築物にも関わったということでした。屋内に造る中廊下、朝鮮風床板(短い板の貼り合わせ、間に90度方向の異なる板を並べる)に特徴を看ることができるとか。河井寛次郎は、現河井寛次郎記念館(元自宅、兄が棟梁だったことから思い通りのものを作ってもらったとか)がすぐに思い浮かぶのですが、こちらも陶芸家らしく、この記念館は五条に残りますね。京都近郊の民家の意匠を使いながら、現実には存在しない民家を残したそうです。囲炉裏を取り込んだり、太い梁を使ったり、あくまでも意匠となっているようです。第1世代は、植民地や辺境(朝鮮、満州、沖縄、東北)への憧憬が、その意匠に見受けられるのが特徴だとか。一方で、意匠に西洋のものを取り込むだけではなく、建築物の中に近代の生活様式も取り込んでいるとか、子ども部屋、女性室、椅子座と和室の併用などです。確かに、マッチングが良く、画像などを見ていると、日本の伝統的スタイルかと見まごう光景です。第2世代で取り上げられたのは、上田恒次(ベンガラ好き、デフォルメされた民家意匠、ただ、ハイブリッド性は薄く、純日本風民家が多い、十二段屋本店など)、宮地米三(建物自体ではなく、コンクリート造りの建築物の中に民家的意匠を施すといった新しい考えが出て来る、三宮の高架下の鰻料理店竹葉亭が、その代表、スエヒロ本店もこの人の作品)、伊東安兵衛(民芸運動の意匠を現代建築の設計に表現しようとした)、更に、自ら工務店や建築事務所を経営する人の中から、熊谷吉太良(寿岳文章の邸宅、清水六兵衛の別荘など)、浦辺鎮太郎(日本工芸館、大原美術館分館、倉敷国際ホテルなど、民藝運動の意匠ではなく理念を継承)といった人たちが取り上げられていました。
 夜は、「ブラタモリ」の新作「富山編」のあった日。期待の富山は、ちょっと肩透かし。富山湾の独特の形状、それによる好漁場ぶりは、しっかりと伝えてくれたのですが、なぜだか、あの形状ができたわけはやってくれなかった。急峻な北アルプスから流れ出る幾本もの川の運ぶ土砂、礫が溜まりにくいトピックまでやりながら、なんで、急激に深くなるという富山湾が、どうしてできたかをやってくれなかった、もう一度、なんで? でなくて、神通川の変容に主眼が置かれていた。それと、富山という街の成り立ちを絡めたものに終始。そして、薬に収束させる、その薬関係が、現代の産業にも繋がっている、そのストーリーは判ったけれど、ここでも「置き薬」というタームを、1度も使わなかった。どうして? 「富山の置き薬」って、1つのタームじゃんと思うんだけど。もちろん、薬売りの仕掛けで、「置き薬」の内容は触れているのに、です。???が点った新作でした。次回は「南紀白浜」、ぼちぼち出てきそうと思っていたところでした。温泉地は、草津以来でしたっけ?


2021年 12月 4日(土)午前 5時 50分

 昨日は、全く、予定表は真っ白の日。のんびりとした日なんだけど、ルーティンにしているウォーキングって、わりかし時間を占領しています。家事もあるしとなると、どんどんと時間が過ぎて行ってしまいます。ただ、一昨日、積み残した年賀状の印刷と、D宛の特別年賀状は印刷まで終わってたけれど、S宛のものは、制作半ばで屯座してしまっていたので、昨日のノルマは、それを完成させること。これを、午後の一時のメーンに据えました。「Sをさがそう」というクイズ形式の年賀状。Dの赤ちゃん、ないしは、それに近い時期の画像を探して、Sの画像とごちゃ混ぜにして、その中から、Sにピックアップさせようという試みだけど、正直言って、無理。だから、Dと遊ぶ材料にでもなればとの気で制作。何枚かの画像の間には、バイキンマンの画像を、2枚入れると、レイアウトが引き締まりました。自分的には、とってもいい出来と自画自賛。D用の年賀状よりは、だいぶとクォリティーが高くなっちゃいました。去年は、2人宛にしたけれど、今年からは、別々にして出すことを、結局、自分が楽しんでいるだけなんだろうけれど、ま、いいか。
 そういった時間の隙間で、昨日も、YouTubeを活用して、落語を4本も聴いてしまいました。最近は、昼食時の友にもなっているので、聴く機会も、自ずと増えてしまっています。音声だけでも十分と知ってから、こういった楽しみ方をしていますが、ながらは止めています。食事だけは別にして。その4本は、次のラインナップでした。①春風亭一之輔「不動坊」②桂枝雀「産湯狐」③古今亭志ん生(五代目)「安兵衛狐」④柳家一琴「質屋庫」(2015/7/5 らくごカフェ柳家一琴の会)。②を除いて、東西比較をしたかったためのチョイス。②は、この間続けている狐シリーズの一環です。①の「不動坊」は、有名な対比があります。大元の上方は冬、怪談で冬という異色作。東京は夏と聞いたことがあったけど、一之輔の口演の中では、テキストには、一切、夏を示すものは現れなかった。でも、冬ではないでしょ、この口演では。でも、屋根の上に上がって、冬を思わせる物言いが出なければ、冬じゃないでしょう。となれば、怪談系ということで夏と考えなければならない。黄紺は、上方版を聴くとき、寒いなり、冬を表す表現以外で、冬を感じる場面があります。風呂の場面です。冷えた体を暖かな湯につけることで生まれるのろけ話、バランスがいいですね。だから、利吉は、どんどんと調子に乗っちゃう。これが夏だと、汗たらたらで湯につかって、のろけ話になります? ならないよ、汗だらだらで、あの展開は不自然だと思ってしまうのです。一之輔の口演は、リベンジ3人組のやり取りになると落ち着くんだけど、それ以外は、前のめりもいいところ。ちょっと落ち着かなかった、聴いていて。②は、狐で検索をして以来の気になるネタ。聴いたことのないネタだったんで、ひょっとするとと考えてたことが、ドンピシャでした。小佐田定雄作品でした。なかなか、ハートウォーミングな噺。有名な稲荷神社の中から産湯が選ばれたのは、下げと関係してました。あとは、どこの稲荷でも良かろうというものでした。枝雀は、先日聴いた「高倉狐」と同じマクラを振っていました。③は、「天神山」の改変もの。季節は秋となっていました。萩を愛でる話題が冒頭に出てきますね。でも、それだけで、秋の風情を感じさせるわけでなしという展開。総じて、「天神山」のトピックをかき集めて、エッセンスだけで仕上がてみたという代物。だから、長閑な春の陽気のファンタジーとかって趣でもなし、「芦屋道満大内鑑」のパロディ的部分もカットとなっています。改悪とまでは言う気はないけれど、「天神山」を楽しむ風情が消えて、幽霊と狐を嫁にしたけったいな男の可笑しな物語にだけなっていました。④は、一度、東京の寄席(池袋演芸場)で聴いたことがあり、えらくカットがされていて驚いた記憶があったためか、上方の元ネタを踏襲していたのに、逆に驚きました。序盤の旦那の語りも残っていたしね。ということは、黄紺が生で聴いたときのは、寄席用の短縮版だったのかもしれないけど、、、。ただ、④を聴いているとき、半寝になってしまっているので、もう一度聴いてみなければならないと思っています。存外多く、このネタ、YouTubeに多く上がっています。上方のものも加えると、ホント、多いのに、驚いています。ただ、一琴は、コメント欄で「夏になると一度はやる根多です」と書いています。怪異譚的噺ですから、東京では、そうなっているのでしょうね。ちなみに、上方は秋です。


2021年 12月 3日(金)午前 6時 53分

 昨日も、お出かけなしの一日。ただ、夜にオンライン配信を予約してあったという日。11月は、かなり密に出かけたので、こういった日が続くのもいいですね。ここ3日間、こういった生活が続くはずです。となると、いつものように、日に2回のウォーキングだけが外出時間。昼前のウォーキング、お出かけ時は、かなり寒いと感じたけれど、陽射しがあった分、歩くと暖まって来る。結局、休憩がてらの公園で、1時間、読書も兼ねて居座ってしまいました。でも、途中、陽が雲に隠れると、途端に寒くなる。ここまででおしまいと決めると、そのここに来るまでに、また陽が戻って来るものだから、居座ってしまってました。帰り道、マートに寄って、野菜の値段を眺めると、今、お安いのは、キャベツに、大根、レタスにピーマン。レタスが安いに事かえってという値段が付いていたものだから、衝動買い。夕方のウォーキングは、夜の配信があるため、少し早めに外出。保育園帰りの子どもの嬉々たる声が聞こえる。普段より、僅かに早いだけで、いつもと違う音が耳に入ってきます。未だ、あと3週間は、日中が短くなるのですね。
 朝方、昨日も、余裕ができたので、YouTubeを使い、落語を1本、聴きました。「菊江の仏壇」、これの東京への移植って知らなかったところ、それがあった。桂歌丸の口演でした。そのコメント欄を見ると、「白ざつま」も「菊江の仏壇」のことだとか。確かに、「白ざつま」ってネタがあるのは知っている。だけど、聴いたことがないから、それが「菊江の仏壇」の移植とは知らなかった。また、いつか聴いてみることにしましょう。上方で、生で聴いたというのは、先代文枝、千朝、米二だけじゃないかな? 米朝師は生では聴いたことがないはず。それだけ少ないのは、ネタ自体の汎用性がないからでしょうね。上方の「菊江の仏壇」は重い、やるせない、ひどい、ひどすぎるの感情を喚起するものだから、やり手が減るのもむべなること。そういった思いで、歌丸の口演を聴いて、随分と雰囲気を変えている。前半の聴かせどころは、番頭を味方に引き入れる道楽息子の語り。番頭の弱みを握っていることをじわりと仄めかす語り、後半の聴かせどころは、菊江を呼んでのどんちゃん騒ぎ、この菊江が白ざつまを着ているから、それを題名にしているようです。また、仏壇に入り、幽霊っぽくなるという仕掛けのようです。そないな聴かせどころなものだから、笑いの多い噺になってしまっている。仏壇に菊江を隠すところでも笑いが起こってしまってました。滑稽味を出す、ちょっと陽の入った口演で、上方の噺家さんで聴いていたのとは、えらい違い。こういった進め方もありなんかなぁと思っては聴いていたのですが、ラストで、お花さんは死んでいますから、この落差が大きい。それは、最後の場面を作り出すための素材に過ぎないのだという感じで、あっさりと割り切った口演でした。
 午後の一時は、あまり時間がなかったけれど、年賀状の印刷、昨日は、スムーズに進行。そして、DとS用に、特別仕様の年賀状作成。D用には、新幹線好きだからということで、頑張って、手持ちの画像からTGVを探しました。ストラスブールからシュトゥットガルトまで乗ったことがあり、確か、シュトゥットガルトで撮ったのがあったはずと思い探し、見つけました。シュトゥットガルト中央駅は行き止まり駅だから、正面から撮ったもの。これを添えて作りました。S用は、まだ、未完成なんだけど、コンセプトは「Sくんを探そう」。DやSの画像に息子の子どものときのもの、バイキンマンなども入れた画像を並べ、自分を探し出すクイズ形式のものを作ることにしました。題して「おしょうがつクイズ」年賀状です。
 夜のオンライン配信は、「花園大学人権教育研究会第114回例会」。一般に公開してくれているので申込んでありました。今回のテーマは、「遺伝学的検査の歴史からみる出生前診断・妊娠中絶―子どもを持つ/持たない、選んで持つをめぐる歴史から―」というもので、笹谷絵里(同大学社会福祉学部専任講師=小児保健、小児看護、医療史、生命倫理)さんのお話がありました。ただ、全く聴いたことのない病名が多く出てきたため、難解。そのため、半ばで寝落ちしてしまい、要領が解らない。まともに聴いていても、恐らく理解に苦しんだと思います。そんなため、メモるのはヤバいのだけど、記憶に残っている箇所で、残しておいても障りがないことだけをメモっておくことにします。①ほぼ新生児が受けている新生児マススクリーニング(先天性代謝異常等検査)というものがある、退院の日に採血をして検査ができる②検査で陽性が出ると治療用ミルクを与える、これが、所謂「早期発見」「早期治療」に繋がる(1970年頃に確立)③これを、出生前にできないかという発想で生まれたのが「羊水診断技術」、「出生前診断」が可能になる、「選んで生む」という「出生予防」の考え方が生まれる④「出生予防」の考え方の背景に「優生思想」があるということで、日本の「優生」に関する法律の振り返り、1940年に国民優生法。1948年に優生保護法など、ここは、法律の条文紹介、これはこれで、苦しい⑤このあと、「検査の対象疾患と出生前診断」というテーマに入っていくのだけど、ここからは全く寝落ち、しかも、判らない疾患ばかりが、レジュメを見ても出て来るので、ここで落ちたのが判明⑥ただ、疾患は判らなくても、お話の流れとして、大きなテーマは、代謝異常を発見して治療をするというのではなく、異常が遺伝性のものの場合は話が違ってくる、それこそ、メンデルの法則で、男親と女親の遺伝子の組み合わせにより、一定の確率で子どもに異常が出てくることは、中学高校の生物の時間で学んだ通り、1人目の子どもで、そのような遺伝子を持つことが判ったとき、2人目からはどうするのかという問題があるとともに、これを、出生前診断に導入した場合、両親の遺伝子が関わってきているわけで、代謝異常による場合と異なった判断が出て来る、こういったことを、様々な疾患を例に上げ、また、それを診断するスクリーニングの手法開発とともに、産む産まないという選択の幅が出てきていることを伝えていただけた講演だったはずですが、難解! 医療、保健衛生に関わっている人、友人にもいますが、偉い人だなと思ってしまいました。そして、知らなかった事実、かつて、兵庫県に「不幸なこどもが生まれない運動」というガチで優生思想を反映した施策があったことを知って、呆然としてしまいました。同時代を生きてたやんけ、それ、知らなかった己を恥じてしまいました。


2021年 12月 2日(木)午前 6時 32分

 昨日は、スケジュール表には、あるオンライン配信を聴く予定となっていた。その予約を入れてないのは、しっかりと覚えてたんだけど、家にいると忘れてしまっている。ウォーキングなんかをしていると、とにかく家に戻ったら予約を入れようと思うのだけど、家に戻ると忘れている。一昨日になっても、それを繰り返していたんだけど、昨日は、さすが、前日だから放置できないということで覚えていて予約フォームを開けると、「受付は終了しています」の表示。そりゃ、それが普通ですわね。ということで、あっけなく、何もない一日になってしまった。だから、昨日は、いつもの午後の一時に、ゆったりと時間が取れるということで、その時間を使い、年賀状印刷に充てることにした。毎年、1年間の間に撮ったトルコの写真を入れるのだけど、今年は、そういった写真がないので、「思い出の写真」として、2014年、カフラマンマラシュで、ラマダンのときのイフタールを食べているときの写真を選ぶ。自分は写らず、テーブル越しに街角の写っているものをピックアップ。いわゆる「イフタール・メニュース」という、あの時期に出る特別定食を写しているものです。全く、正月とは関係ないもの。ただ単に「思い出」というだけのもの。でも、その写真を撮ったとき、場所も覚えている。それだけでいいかなというところです。問題は、そのあと。プリンターなんか、最近使うことがないから、しまい込んであったものを出してきて、去年の年賀状印刷に使って以来で、果たして役に立つかが心配。ノズルの先がやられちゃって、ダメだったらどうしようと、こわもので設営。まずは、ノズル・チェック。これを、5回ほど繰り返しても、黒以外は大丈夫に、ほぼなったけれど、黒に至っては、やればやるほど、色が消えていく。そんなことあるかと思い、インクの交換要請が出始めていて、強制終了になってなかったので、まだいけるという気はあったんだけど、これが、もうダメかもしれないと思ったので、もし、ノズルがいかれていては持っていても仕方のない交換のインクになるかもしれないので、強制的にインクを替えてみて、正解。勘が冴えていました。ここで、2回、ノズルをクリーニングすると、プリンターは復活してくれた。ダメなら、どうしようと思い始めていたので、頗る、上機嫌。でも、この騒ぎに時間を取られ、さほど印刷をするわけではないのだけど、必要枚数、午後の一時の時間内ではできず、今日に持ち越しです。
 あとは、朝方の空き時間に、YouTubeで動画を観たくらい。もちろん、日に2回というウォーキングは確保した上でのことだけど。その動画、1つは「歴史秘話ヒストリア」、もう1つは落語を2本というラインナップ。日野富子の講演を聴いてから、その補いに応仁の乱関連を、以前観たけれど、もう少し周りを固めなきゃの気が残っていたのを、ようやく実現。わりかし、ある動画サイトに「歴史秘話ヒストリア」はアップされているので探すと、あっさりといいもの発見。「日本を変えた室町三大事件 観応の擾乱・嘉吉の徳政一揆・応仁の乱」というもの。応仁の乱は、日野富子で学習したけれど、前の2つが気になる。「徳政一揆」は言葉だけは解かるけれど、「観応の擾乱」って、聞いたこともない事件。これは有難いと飛び付きました。記憶に残すためにメモっておきます。①観応の擾乱、足利直義は、尊氏の弟、兄弟でうまく政治をしていたが、足利直冬の登場で、関係は一変。直義が直冬を養子としたことから、尊氏の息子義詮の地位が危うくなると考えた高師直が、直義に反発。この対立がエスカレートしていく。ここで、1つ目のびっくり。高師直が出て来た。「忠臣蔵」で出て来る高師直は、本来は室町時代の人間とは知ってはいたけれど、ここで出て来るんだと知ることができた。大ヒットです。直義は敗れ、出家、直冬は九州で蜂起の構え。そのとき、直義は、禁じ手を使った。南朝(後醍醐天皇の後継後村上天皇)に接近。ここで出て来たのかという気になった。南北朝の対立があったにも拘わらず、足利氏の中から、南朝に接近したのがいたということが、以前から気になってたのです。高師直は敗退、一族ともに滅ぶ。しかし、後村上天皇が、ここで、天皇位の独占を目論む。現状維持以上のことを求めたから、直義が孤立。家臣の暗殺も起こったことから、尊氏に攻撃されると思った直義、都を脱出。ここで、尊氏と直義の全面対決へとなり、尊氏が制圧。この戦いで、各家内にも分裂が生じ、結果として武士団が増えてしまい、「武士の世の到来」という歴史的意味があるんだって! ②嘉吉の徳政一揆。徳政令って、借金帳消しというやつですね。義満の死後、経済状況の悪化、徳政令の乱発。そこへ登場したのが、元青蓮院の僧義円、6代将軍として推挙され、義教を名乗る(1428)。ところが、この人、徳政令を出さず、幕府の法を掲げ、今で言う法の支配を試みた。借金に関する裁判を、義教自身が裁いたと言います。幕府の権威が高まる一方、反発も出て来る。正長の土一揆が起こったが、徳政令を出さず、これを武力で鎮圧。しかし、義教暗殺(1441)。徳政令を求めた坂本の馬借が立ち上がり、都に侵入、幕府に徳政令を要求。結局、幕府もこれをのむ(嘉吉徳政令1441)という経過を経るけれど、「幕府の権威を掲げた」ことは残ったという歴史的意味があったと言ってました。③応仁の乱、発端の10年前、畠山義就が、徳政一揆の収拾を力で押さえず、逆に地方の武士を取り込むというようなことを行っていた。そこで、細川勝元が、畠山の動きを警戒、義就を当主から追放。そのため、義就が蜂起。それを看て取った山名宗全が義就に同盟を呼びかけ、義就が上洛して、細川勝元に勝ったことから、応仁の乱へ(1467.5.22)。「細川勝元vs山名宗全(義就)」という対立の構図が、堀川を挟んで対峙。狭いところで向かい合っていたというトピックは、よく出て来る。「ブラタモリ/西陣編」もそうだった。長引いたのは、畠山内部の対立で和睦しようにもできない状況になったから。そこで、日野富子による収拾という、この間、知ったトピックが登場するのですね。発端の「地方武士を抱えた」ということを見越した日野富子による収拾という把握、合点です。めっちゃ、勉強になった。少し、室町時代については賢くなりました。
 落語の方は、次の2本。①柳家一琴「団子坂奇談」②入船亭扇橋「弥次郎」。①は、前日のリベンジ。今回はだいじょうぶでした、1回で通せました。「腕喰い」の方がいいな。下げは同じだけど、その下げが生きるためには、主人公の男が道楽をしてなきゃいけない、でないと、意味がない。そういった点で、この移植もの、弱い。こういった、マイナスへの改変、移植ものに散見できますよね。しかも、主人公の男と、腕喰いをする女の親父との会話で落とすというのは、了見が悪いな。②も移植もの。上方の「鉄砲勇助」。但し、構成がいじられており、北海道が前半、木曽が後半となっていました。マクラで、円生直伝だと言ってました。そのときの様子を、円生の物真似でやってくれます。これは必聴・必見です。NHKの公開録画での収録のようです。そないなことも、カットしないで放映されたものの動画でした。


2021年 12月 1日(水)午前 6時 2分

 昨日は、朝の時間の使い方により、映画を観に行こうと決めていた日。その映画の上映開始時間が、午前10時20分だったもので、トルコのコロナ情報収集や、一昨夜はマッチデイだったため、その情報を押さえておきたかった。そのメドがつかないと、出る気がしないからなのです。すると、うまい具合に、収集したうえ、余裕を持って出かけることができそうということで、映画に行くように舵を切りました。その映画は、京都みなみ会館で、この間、3連続で観ようと考えていた中国系映画。昨日は、その最後の1本、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・上海」でした。日中戦争最中の上海が舞台、そこに暗躍する闇の世界に関わる中国人と日本人(浅野忠信、堂々としたおっさんになってるのにびっくり!)。闇の力学に女が絡むという、最近の中国のエンタメ映画なら、ごくありふれた風景というところでしょう。ところが、筋立てが解らない。原因は、序盤に、主役級の男たちが死んでしまう、いや、ネタ晴らし的に書くと、死んだと思わせられてしまうのが、最大の原因。最近の中国のエンタメ映画、とっても、凝った筋立てを用意してくれるものだから、倒叙的手法なんて、朝飯前。韓国映画真っ青な筋立てを用意してくれる。また、ネタ晴らしが遅いものだから、ずーっと判らないまま状態が続いてしまうのです。凝るのもほどというのが要りますね。おまけに、その後の展開が、時系列的に進まない。前に戻ったり、後ろに引っ張るのも、戦後の場面まで出て来るものだから、頭の混乱は深まるばかり。そうなると、飛び飛びだけど、居眠りが出てしまう。元々が判らないまま進行する上に、居眠りでエピソ-ドが飛ぶ、しかも、殺しの場面が度々出て来るハードさがあるため、なぜ殺されるのかが判らないまま、前進。黄紺がダメ人間かと、確かに、複雑な筋立てをされると、混乱することは、ごく普通に起こるものだから、この展開はまいったと思っていて、自宅に戻ってから、筋立てなどを確認できないかとネット上でチェックしていると、視聴後の感想とぶつかった。たまたま、黄紺と似たような筋立て追うのが苦手な人かもしれないけれど、黄紺の感じたことと似たことを書いていた。ちょっと、ホッとしたけれど、よく解らなかったことは事実です。一方で、この映画、美術と音楽が素敵。ロケと、豪華なセット、それに、CGも使っているのでしょうが、重厚な上海の建物を再現してくれています。音楽は、単旋律中心のシンプルなものが、とっても印象的なものでした。
 京都みなみ会館に行くと、帰りは、いつものように歩いて帰宅。途中、最近、細かな値上げをして、嫌な気分になっているマートに立ち寄るのが定番。これが、昼前のウォーキング替わり。少し長めになるので、夕方のウォーキングに疲れが出てしまいましたが、こちらは、少し、いつものコースを削り気味で実施と、ルーティンにしているウォーキングには、結果として、障りはなく過ぎて行きました。
 昼間は中途半端にはなったけれど、そういったときは、伸縮自在に使える落語を、YouTubeで視聴することが一番。夜の隙間の時間も含めて、落語を3本、視聴できました。ホントは、もっと時間があったんだけど、①と③は、途中、居眠り。①などは、3度、繰り返しました。2回目は、前の1/4辺りから、3回目は、前から2/3辺りからと、要するに、その辺で居眠りをしているのです。気が付くと、いずれも、最後の方に来ていたというわけです。③などは、気が付くつ眠くて眠くて、そのまま横になってしまったんで、また、次回、聴き直しをすることにしています。その3本とは、①十代目金原亭馬生「今戸の狐」②桂米朝「卯の日詣り」③柳家一琴「団子坂奇談」(2018/9/2 らくごカフェ柳家一琴の会)。①は、狐シリーズとしてピックアップ。長屋のお向かいさんのやり取りが微笑ましい作品、ちょっとしたダジャレで落ちてしまう、終わってみると、そのダジャレが言いたいためにだけ、作ったような噺。出発点は、そこからだったんだろうなと思ってしまいました。それにしては、お向かいさんのやり取りはいい感じです。そう思わせられたのは、馬生の腕というところなんでしょうね。②は、この間、視聴するための作品探しをしていると、こちらの意図とは無関係で、いろんなものが引っかかってくる中で発見したもの。音源は、私的には、一門の方が持っているでしょうが、公になるようなものが残っているとは知らなかったもの。だって、昔は、米朝師、珍しいとは言いながら、出すことがあったネタだし、黄紺自身も、金毘羅の会での米朝師の口演を、生で聴いているんだけど、なんせ、内容が内容だけに、残しにくい噺。よくぞ、YouTubeに上がっていると飛び付いたもの。黄紺は、「卯の日詣り」という題名は、後年知るようになったもので、以前は、「せむし茶屋」「住吉詣り」で出していましたね。よくできた噺だと思う一方、「かったい」「せむし」は、現在では無理だろうな。ざこば、雀三郎、仁福かな、今、ネタとして持っている噺家さんは。これだけだと、耐えてしまう。伝承芸なんだから、誰か、若い人、落語会ではかけなくとも継承して欲しいね。ひょっとしたら、たまがするかもしれませんね。文我は持っているでしょうね、多分。③は、一琴のチャンネルを見つけたとき、チェックを入れておいたもの。コメントに、上方では「腕喰い」と添えてあったのが、とっても気になり視聴しようとしたのですが、冒頭しか記憶にないほどの居眠りなので、また、後日、視聴することにします。


2021年 11月 30日(火)午前 0時 27分

 今日は、この間、11月の月曜日に出かけていた一連の市民向け公開講演会の最終日のあった日。これが、午後1時開始、しかも、会場までは、徒歩小1時間の距離があるものだから、朝から、それに合わせて動いた。幸い、朝のトルコのコロナ情報収集が薄めだったことから、余裕の時間の使い方をすることができました。この2日ほどは、若干、濃いめの情報があり、且つ、サッカーも試合があったものだから、朝方が窮屈な感じだったが、今日は、そうではなかった。朝から、YouTubeを使い落語を1本聴き、ミニウォーキングもできたしと、結構な時間となりました。落語は、気になっていた桂枝雀「高倉狐」。「枝雀寄席」で収録した映像が流れていました。ネタで使う古い大阪弁がきれいにネタに収まっている、今、こないなことできる人いないなと、不思議なところで感心、その言葉遣いに対し、マクラでは、意識してるのかな、横文字系の言葉が、幾つも飛び出してくると、こちらも言葉に気が入ってしまいました。テンポといい、緩急が思いのままいい、こりゃ凄いと、久しぶりに枝雀を聴いて、圧倒されてしました。
 講演会は「京都文教公開講座2021(秋)」、京都文教大学が開催しているもの。今日は、「吸血鬼イメージの変遷にみる日本人のこころの深層」というお題で、同大学臨床心理学部臨床心理学科准教授の井上嘉孝さんのお話を聴くことができました。「吸血鬼」イメージを、心理学者が分析をして、日本の心性と比較しようという試みかというお題設定。ただ、その問題には、時間が足りなくて、「吸血鬼」を扱った物語、映画から見えて来る西洋の話づくりの特徴と、日本の説話などの物語に現れて来る特徴の比較検証を行ったというお話になったとまとめれそうな内容でした。ただ、このシリーズでお聴きしたお話の中で、バックボーンが広く、それを踏まえた上で、講演に間に合わせていただけたようなお話で、最も奥深いお話を聴けたかなという印象を持ちました。そう言えば、物知りだとは思っても雑なお話をされた講師の方がおられたなと、そんなことも思い出しておりました。仕込み多数でしたが、仕込みは持て余し気味。他のテーマに使われるような話題も散見できたなか、肝心な「吸血鬼」ものの系譜からが、今日のお題に沿ったもの。中世以来の民間伝承が基にあるのだろうということですが、それが物語として浮上してくるのは、18世紀からのこと。一方で、その時代は啓蒙主義の時代、闇に光を当て、合理主義が追求された時代なため、吸血鬼伝承の現実性が消えていく時代でもあり、翌19世紀には、ロマン主義の横行から、この伝承もフィクション化され、異物・怪物は、彼岸的存在から此岸の深層に潜むものと考えられるようになっていく、また、心理学的課題へと入って来たと言います。19世紀末には、心理学的分析の対象としての著作も出てきているとか。20世紀に入ると、今度は、映像で、吸血鬼イメージが登場してきます。3本の「ドラキュラ」映画が取り上げられていました。この変化が、時代を映す変化で、そそられてしまいました。1922年の「ノスフェラトゥ」では、無声だったこともあり、見栄えの怪異さを追いかけ、1958年の「吸血鬼ドラキュラ」では、音も入ったことで、会話が入り、戦いも入り、人間との関係性がテーマになっていく。1992年のコッポラ監督の「ドラキュラ」では、ドラキュラの悲しい過去が挿入されることで、吸血鬼に共感できるキャラ設定となっていっているというのです。こういった流れをまとめて、近代以前では「怪物複合体」が、18世紀以後、身近な死者が墓から蘇るという要素が加わり、愛憎、未練などの感情複合体となり、19世紀以後、フィクション化され(小説化され)、貴族的な悪魔という両義的イメージが出来上がっていく。20世紀になると、内省する吸血鬼という現代的なイメージが加わり、21世紀には、関係性に悩むイメージとなっていっているとなります。人間と共存し、愛し合う、それに悩むキャラとなり、正に此岸的存在というイメージが固まってくるそうです。そういった西洋での流れに対して、日本には、吸血鬼的怪物・異物の物語はないと言ってよく、初の吸血鬼文学は江戸川乱歩だったと言います。それが、現代になり、マンガの世界で、吸血鬼が、爆発的に人気キャラとして跋扈していると言います。萩尾望都の「ポーの一族」で描かれた吸血鬼は、「成長も変化も生み出すものもない不死者の孤独と悲哀」が語られると言います。「内省する吸血鬼」と言い換えることができるのですが、吸血鬼でないと表せることがきないキャラ設定をして、人間の様々な課題を考えさせるような作品は、マンガの世界に相次いで出て来ると言われていました。時代や場所設定を変え、また、でっち上げの状況やキャラを作り上げ、そこから人間とはと語り掛ける、自分とはと自分探しをする手法は、演劇の常套手段ですが、正に、そういった操作に活用されることで、吸血鬼イメージがどんどんと変わって行っているということなんでしょう。そこへさして、最後の方は、西洋の物語の結末と、日本の物語の結末との比較話をされていました。西洋のそれは、結婚や戦いでケリを付けるのに対し、日本のそれはそうじゃないというのです。「かぐや姫」で看ることができるように、かぐやは月に帰り終わる。地上と月という2つの世界が共存した形で終わるとなっているのが、日本の物語だというわけです。そういった物語の特質が、吸血鬼を生まない、現代のマンガに現れる物語設定に関わるというのでしょうか、その辺りが語られないまま、このおもしろい比較が語られていました。ケリがつけられないで、共に悩む、それが、マンガにも現れていることなのでしょうね。だから、「生きる死者」としての吸血鬼、言い換えると「死ねない者」の抱える苦悩といった「実存的苦悩」を表しやすいということでしょうか? 一方で、人間との関係性を追うと、自ずと、己の本姓が失われていきます。人間的吸血鬼といった矛盾を内包してしまうことで生まれる「関係性の悩み」も描き込まれて行っているということなのでしょうか? 萩尾望都は、1度は読んでおかないとと思ったのが、随分前のことになるのですが、読んでいない黄紺、お話を理解できたとは言い切れないのは、そういったものを読んでいない者の弱みなのでしょうね。なかなか、興味の尽きないお話。振り返ってみると、突っ込んでみたくなるところが幾つか出てきました。即座に頭が回転しないものだから、気になることが残ってしまいますね。
 今日も、京都文教大学までは、片道1時間近くの時間をかけ、歩いて移動。すっかり慣れてしまいました。これが、今日で終わりかと思うと、ちょっと寂しい。講演会の終了が、午後2時半ですから、いつも、帰り道、中ほどにある公園で、休憩がてらの読書をするのが定番化していたのも、今日でおしまいかと思うと、またぞろ寂しい。1日は、もう、それだけで終わってしまうけれど、これで充分でした。いずれも、雨が降らなかったのは、ラッキーとしか言いようがありませんね。


2021年 11月 29日(月)午前 6時 32分

 お出かけありの日曜日。かなり寒くなってきています。他所では、大雪が降っているというニュースが流れている。そのくらいは、TVがなくても判っている。日曜日と言えば、定番の「日曜美術館」。昨日は、MCの2人が、福岡市美術館に出向いての収録でした。昨日は、「孤独と反骨の画家 菊畑茂久馬」というお題、またまた、知らない作家の名前が出てきました。菊畑茂久馬、生涯、中央ではなく福岡で過ごした人だそうで、福岡に出向いての収録となったわけです。戦後、前衛美術集団「九州派」に参加。現代美術界を代表する画家として評価されながら、作品を、全く発表しない時期があり、しかし、藤田嗣治の戦争画、「炭坑画」を描き後に世界記憶遺産に登録された山本作兵衛にとの交流で、再び、作品を発表するようになった作家さんだそうです。この人、漁師であった父親と3歳で死別、母親と戦争時代を生き抜き、しかし、その母親も、戦後、若くして癌で死別という経験を持っていることが、後の作品に強く現れていると言います。番組で取り上げられた作品をメモっておきます。①舟歌(海を描く、父を追いかける、時系列的には⑦のあと)②天河十四(福岡大空襲+母の記憶、60歳以後の作品)③自画像(23歳と作品、画家で生きることを決意した年)④奴隷系図/オブジェ⑤ルーレットNo1/オブジェ(ものに振り回される社会を批判、アメリカの雑誌に紹介される、絵画の中に記号を持ち込む、ポップアート的)⑥藤田嗣治/アッツ島玉砕(菊畑はプロパガンダとして描かれ作品をプロパガンダを越えた名画と考える)⑦天動説五(藤田の戦争画、山本作兵衛の炭坑画に出逢い、再び、作品を発表するようになってからの作品)⑧春風(75歳の作品、妻の言葉“やっと青空が描けたねぇ”)⑨舟歌九(海は父親の記憶、連作)。途中、作品を発表しなくなったきっかけは大阪万博だったと言います。「芸術の商品化」だと考えたようだとのことでした。その菊畑を刺激したのが、藤田の作品、山本作兵衛の作品だったということでした。ついでに知ったこと、藤田嗣治は、戦争協力者として、戦後、批判を浴び、日本に居れなくなったそうです。それを知りながら、自身も、福岡大空襲でひどい戦争の惨禍を経験していながら、「アッツ島玉砕」に惹かれるのですが、この絵、確かに、戦意高揚とは言えない異様な戦争画ですね。これじゃ、プロパガンダにはならないよと思わせられるものを、黄紺も感じてしまいました。今回も勉強になった「日曜美術館」、後半の美術展の動向的な部分に、鈴木其一が出てきたら、それだけで目が吊り上がるようになってきました。もっと、勉強しよ、おもろいこと、いっぱい、残ってる!
 午後のお出かけ先は、京都コンサートホール。昨日は、こちらで、「京都市交響楽団第662回定期演奏会」がありました。オケの定演に行く黄紺的基準があります。曲目で選ぶ、次いで、演奏者で選ぶ、曲目で選ぶと言っても、マーラーとブルックナーが絶対で、あとはプログラミングのおもしろさかな、これが、従来の基準。これを、少し幅を広げようとしています。選択の幅が、コロナ禍で少ないのですから。このコンサートも、その拡張傾向の網にかかっているR.シュトラウスものが出ました。「英雄の生涯」が出たので、これは枠の拡大になるとばかりに、チケットを購入。コロナの影響もあり、人数制限をして、チケットを売ってるのかな、かなり寂しい入り。月2の公演にしても、多くの人が詰め替えるとの評判だった京都市響にしては、寂し過ぎました。そのプログラム、及び、出演者は次の通りです。①ホセ・マリア・ガジャルド:セビリアの侍[世界初演]②R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」 作品40、これがプログラム、指揮はジョン・アクセルロッド(京都市交響楽団首席客演指揮者)ギターがホセ・マリア・ガジャルド、箏が榎戸二幸、ナレーションがダニエル・オロスコといった布陣でした。①は、さすが、初演という作品なため、プログラムに書かれている梗概を、予め読んでおきました。で、ひょっとしたら、「これ、映画音楽っぽい作品?」との予感。これ、当たりました。箏とギターがいいアクセントになったイージーリスニングの雰囲気でもあり、とっても柔らかな音楽。ならば、椅子にぐったりと体重を落とし、まどろみ乍ら聴くことにしました。ちょっと、うとったきたところもあったかもしれません。午後の一時、贅沢な時間となりました。②を、生で聴くのは初めてかもしれません。いや、聴いているかな? とにかく記憶にはないですね。英雄は、R.シュトラウス自らのこと。冒頭、その英雄の動機が溢れます。チェロの頑張りどころ。ところが、音は鳴っているのだけど、薄っぺらに感じてしまう。暫し、考えている間に、批評家のぺちゃくちゃ喋りの箇所へ入っちゃった。京都市響の誇る木管群が活躍、途端に、満足感が満ちて来る。となると、英雄の動機への不満が蘇って来る。半ば以後、もう一度、英雄の動機が出て来るところで、判明。黄紺は、最近、京都コンサートホールに行くと、マイシートのようにしているお席があります。右サイドの3階席。パワーを最も感じれる位置だと思い、決めてしまっているのですが、昨日のオケの配置で、なんせ大人数を舞台に乗せなければならない、しかも、肝心のコントラバスを、舞台右奥に置いちゃったものだから、黄紺のお席からは完全に死角。低音補強が伝わりにくい、それが原因でしょう、間違いなく。ちょっとしたずれですね。いつも、もう少し前なんでしょうね、そこまでの薄さ感じないもん。マイシートに欠陥を見つけてしまいました。ま、お安い席で最高の席と思っていた黄紺のミステイクですが、変えるつもりはないな。他の席のデメリットが大きいからね。良かったのは、泉原隆志のソロ。京都市響のコンサートマスターだし、ソロ演奏は何度も聴いてきたけれど、最高の出来だったと太鼓判です。激しくもあり、可愛くもあり、とっても、表情豊かなソロ演奏、これを聴けただけで、このコンサート行った甲斐がありました。
 昨日も隙間時間に、落語を1本、YouTubeで聴きました。偶然見つけた音声だけの配信。柳家一琴が、自身でチャンネルを作り、自身の口演を多数配信してくれているのを見つけた中からのピックアップです。「祇園祭」(2014/6/15 らくごカフェ/柳家一琴の会)という落語。こないなネタがあるって知らなかったことが1つ、もう1つ、ピックアップのポイントは、このネタ、京都が舞台だということで、京ことばが入ると書かれていた点。というのは、一琴は、大阪府茨木市の出身(生まれは京都だそうです)ということを知っていたから、一琴ネイティブな関西弁が聴けるという点があったので選んだというわけです。おかしな噺です。あまり出ないわけが、あっさりと判明しました。京ことばが難しいこともあるでしょうが、「前半と後半が違う」という、構成に問題があり、とってつけたような後半という印象。無理やり、いけずな京女を登場させ、それに江戸っ子が腹を立て、啖呵を切るというもの。その啖呵が聴かせどころ、京ことばが聴かせどころと、無理やり仕上げた感があるからでしょう。珍しいものを聴いたかなというところでした。一琴は、上方の文華、銀瓶と3人で、若いころから会を持っているということで、親近感のある噺家さん。久しぶりに、その口演に接することができました。


2021年 11月 28日(日)午前 7時 2分

 昨日は、午後に市民向け公開講演会に出かけた日。11月の最終土曜日ということで、幾つかの講演会が予定されていました。さすが、京都です。大学が多いということに、大きな原因があるのでしょうね。昨日は、それに合わせて、時間を組み立てました。出かける前に、あまり余裕がなく、ほんのちょっとだけ、ミニミニウォーキングを入れたのと、昼食時に、いつもだったら、YouTubeにアップされているニュースを観るのですが、昨日は、替わりに、YouTubeを使い、落語を聴くことにしました。「狐」で検索すると引っかかってきたものの中から選んだ一品は、①三遊亭兼好の「王子の狐」。口演は、内容からして2019年のものと思われます。上方の「高倉狐」です。枝雀の口演のものが残っているようですが、黄紺的には聴いたことがあるのは、三林京子のすずめでだけ。でも、「王子の狐」の方は、先代馬生の口演を、生で聴いているのが自慢。生馬生は、恐らく、その1回きりだったと思います。東横落語会だったか、ホール落語で聴いています。その口演に比べると、元気いっぱい、威勢のいいのが兼好の口演。マクラでは、一之輔をいじり倒していました。
 公開講演会は、キャンパスプラザでのもの。毎年、京都の大学が連携して行っている「大学リレー講座」がありました。今年も、昨年同様、コロナ禍で、日程が不安定だったのですが、発表されたものは、全て、日程変更をして実施される模様。今年は、「老い」をテーマにしたものが多く、行く気がせず、昨日が、今年2度目の聴講となりました。今回の担当は同志社女子大学。同大学の現代社会学部社会システム学科教授の天野太郎さんのお話で、「観光と地域活性化-京都郊外地域における可能性-」というお題が付いていました。お題からは内容が把握できなかったのですが、観光がキーワードであったにしても、どのような切り口になるか若干、不安半分、期待半分の気持ちで参加。これは、ある意味では、観光業、地方の活性化を切り口にしての、消費意欲は、どのようにして喚起されるのか、されたのか、それを踏まえて、今後、どのような活動をすれば効果が上がるのか、その活動に、大学がどのような関わることができるのかが、お話の根幹で、黄紺的には、結果としてですが、求めていたものに応じてもらえた、とっても楽しいものでした。掴みは、国鉄のカレンダーに使われた1枚の画像。富良野の遠景が使われていたのですが、これが、富良野を世間に知らせる契機になった一物で、その後に「北の国から」で、富良野の知名度は固まったという画像だそうです。1976年のものだそうですから、「ディスカバー・ジャパン」がヒットして、その流れで、1枚の画像が、全国的人気の観光地を作り出したのだそうです。それは、その画像の左下1/3を占めた紫色の帯、ラベンダー畑の色だったというのです。この1枚の画像が富良野を変えたわけですが、これを、現在に置き換えると、インスタ映えして人気になると、一気に観光地としての価値が上がるというのです。これを、「インスタ観光」というそうです。今回、フィールドとされたのが宇治田原町。そこで、インスタ映えする1枚の画像が人気を呼んだというのです。正寿院の猪目窓がハート形をしているとことで人気を呼んでいるそうです。こういったインスタ映えした1枚の画像が人気を呼び、それを契機に観光が拡がった例として、「八坂庚申堂のくくり猿」が取り上げられ、その効果を検証されました。このスポットも、いつだったか、わりかし最近、清水寺界隈が、コロナ禍でどのようになっているかを探索に行き、偶然、通りかかった記憶が蘇りました。庚申堂を点として、その近くにある夢見坂を線として、更に、界隈全体を含む面へと、関心が高まっていくと、観光地としての安定した人気を確立できるという成功例が語られました。こうなると、季節に関係なく通年観光が生まれ、観光地としての安定した人気が生まれたと認定できるというわけです。「インスタ観光」の場合、インスタ映えするスポットがヒットしても、そこだけになってしまいます。点だけに終わってしまうことになってしまうので、点からの拡がりが大事だということですね。今時の若い人らはと思った途端に、黄紺の頭を過った1枚の画像があった。黄紺は、その画像を頼りに旅を計画し実行に移したことがあったことを思い出しました。その画像は、ハンガリーのペーチェに残る、全くトルコ風のジャーミー跡、現在は教会として使われている建物の画像を見て固まってしまったのでした。ハンガリーにトルコ風の建物が残っている。この前堤としては、かつてのオスマン・トルコがウィーンにまで攻め寄せたってことがあったということを知っていなければなりません。もう1つ知っておかねばならないのは、モスク(ジャーミー)には、地域によって形に特徴があるということ。だから、ペーチェの教会に目が釘付けになったのでした。こういったことが、今は、インスタグラムやツイッターなどで、簡単に周知がなされ、拡散し、世間の話題に、しかも、全世界規模でなるのです。1点だけでは、発展性を認めるわけにはいきません。庚申堂で明らかになったのは、「点~線~面」への発展です。季節性から通年性への脱却も大事なこと。その季節を埋めるということに、天野さんは学生を組み込んでいったと言います。京田辺のキャンパスは、宇治田原町に近いという利点を生かして、継続的に執り上げているのが、先ほどの宇治田原のハート形の窓からの拡がり。同志社女子大学の京田辺キャンパスは、その近くにあるということでのお勉強がてらの活動を紹介されていました。この講演の起承転結の「結」の部分です。特に、若い女性の旅への関心度が高いという利点、過疎が起こると、ごっそりと抜けるのが、正に、その世代。その世代の女性の動員、発想力の活用という2つのメリットがあります。ただ、彼女らは卒業していくので、地域連携をすることでの眼目は、大学が継続性を持ち、地域に関わる大事さも説かれていました。実際に出て来たアイデアが、宇治田原のフォトコンテスト。4枚のスポットを画像にして応募してもらう、「4枚」というのが、SNS世代らしい数字ですよね。この講演に合わせてかどうかは判りませんが、いや、講演を合わせられたのでしょうね、そのコンペの結果発表が、今日、宇治田原であるそうです。今日、予定が入っていなければ行ってみたくなりました。残念! そんなで、とってもおもしろい、今どきのお話。黄紺的には、デザインや、こういったマーケティングにも連なるお話、大好きなのです。でも、会場を見渡すと、爺婆ばかり、「インスタ」「ハッシュタグ」などというタームが続出、大丈夫だったのでしょうか?
 夜は、「ブラタモリ/糸魚川編」という新作の放映があった日でもありました。前回の「フォッサマグナ」の流れで糸魚川です、次回が、これも、待望の「富山」です。親不知子不知からスタート。江戸時代の街道には、びっくりしました。波を避けて、ときには洞窟に身を寄せての旅、参勤交代の大人数が、芭蕉も親鸞も、そして、義経一行も通った道、断崖の下の僅かの岸辺が街道とは、この新作、もう、これを知っただけでも満足。そのわけは、北アルプスが、直で海に突っ込んでいるから。大陸からの裂け目だったんだって! しかも、それが浸食を受けても維持されていく仕掛け、奥深い、台地の営みです。糸魚川市街では、雁木を見ることができました。北アルプスのスキー場に行くときの乗換駅だった糸魚川、その時間を利用しで駅前を歩いたときに見たことあります。雁木なんて、昔のものと思っていたら、とんでもなかった。現在でも変化はなかった。そりゃ、雪は降るもんね。塩生産の町だったって、これは知らなかった。それようの構造になっている街、それも糸魚川・静岡構造線が関係していた。もう1つの話題が翡翠。これも知らなかった。糸魚川に翡翠、へぇ~、です。話題豊富なところですね。「フォッサマグナ編」を観たあとだからでしょう、地味な印象を持ってしまったけれど、地味におもしろいというのも、いいんだなぁ。
 落語は、上に書いたものだけではなく、隙間狙いで、もう2本、聴く時間がありました。②柳家喜多八「七度狐」③古今亭志ん輔「夕立勘五郎」。②は、東京で「七度狐」があるのかと思ってのチョイス。「尼狐」という題名も使っているようです。上方の「七度狐」の山道で迷っているところから。テキストからして、上方のものを移植したものと思われます。他で聴いたこともないので、喜多八オリジナルかもしれません。寺でだけ鳴り物入りにもなっています。細かなテキストのいじりがありますが、そうなると気になるのは「伊勢音頭」、これは、「かっぽれ」に替えていました。喜多八って、おおらかキャラなイメージだけど、この口演は、とっても繊細、凄腕の持ち主だということが、よ~く判りました。③は志ん生作だそうです。短い噺を作っては小遣い稼ぎをしていた1つだそうです。短い噺、且つ、浪曲が大半を占めるということで、手掛ける人は稀なんでしょうね。長いマクラを振っても、22分くらいの高座でした。それにつけても、志ん輔の節は上手い。


2021年 11月 27日(土)午前 6時 56分

 昨日も、お出かけなしの一日。でも、夜には、オンライン配信を視聴するつもりだったので、ちょっと窮屈な時間には、なったかな。最近、滅多に、夜のお出かけは入れていない。というのも、夕方には、トルコのサッカー情報収集と、日に2回の内の2回目となるトルコのコロナ情報収集をしているので、その時間に障りが出て来るのを、一番、警戒しているのです。いつだったか、京都で、夜のコンサートに行き、苦しんだことがあり、まずは避けるという意志が働いてしまう。サッカー情報収集は、時間を、そんなにタイトに指定してないけれど、コロナ情報収集の方は、トルコ時間午後0時以後、できるだけ早い内にというのを目標にしています。その日の午前中にあったことのチェックをしたいのです。そして、午後の分は、日本時間では、朝方に収集するというペースを崩したくないので、これに障るのを嫌がっています。だから、今日も、夕方のウォーキングを、いつもよりは1時間ほど早めにスタート、それまでに、昨夜あったUEFA欧州リーグの結果以外のサッカー情報収集を済ませ、ウォーキング後に、日本時間では午後6時を待って、コロナ情報収集に入る。オンライン配信で講演が始まるのが午後6時半からになるので、それまでにチェックだけしておいて、詳細の点検は、オンライン配信後に行うようにとの計画、そして、それがうまく行った日でした。ま、それだけ、コロナ情報自体流れるのが薄くなっているということです。夕方は、基本的には、ヒュリエット紙を押さえることにしているのだけど、1ヶ月ほど前に、HPのレイアウトを変えてしまわれ、発信する内容自体が薄くなったいるので、最近は、CNNトルコも活用しています。基本は、CNNトルコだけでいいかもしれないけど、ヒュリエット紙にいいコラムが載るときがあるので、どうしても外せないでいます。
 で、そのオンライン配信は、いつもお世話になっているラボカフェ。昨日は、京阪電車の担当で、沿線紹介。お題は「悠久の歴史を有する深草~鴨川運河から見る地域の魅力~」と、なんと、伏見が取り上げられているということで、とっても楽しみにしていたのです。カフェマスターの岡田洋(京阪ホールディングス株式会社経営企画室事業推進担当課長)さんの司会で、鵜飼実幸(鴨川運河会議代表)さん、宮本拓海さん・松本裕貴さん(京都市深草支所若手プロジェクトチーム)のお話を聴くことができました。お役所のお二人は、深草の地理と、若い人たちに住みやすい深草というコンセプトでの取組み紹介だったので、メモることもないかなという感じで聴いていたのですが、鵜飼さんのお話は違った。「鴨川運河会議」という組織を作り、鴨川運河の紹介に努められている方なので、同会議の主宰する講演会などへ出かけたときにお目にかかっているはずの方。話が下手やった!! そうだったかなと思うほど、下手やった。これじゃ、鴨川運河を知っている地元の人間には、その魅力は判っても、見たこともない人には、判らないよ。冒頭に見せてくれた紹介映像も、編集が下手だったしね。場面の転換が早すぎて、とっても解りづらい、印象に残らないもの。恐らく、映像で、鴨川運河の概要は伝わっただろうとの物言いでお喋りになっていた、だから、バラバラなことを伝えてもわかるだろうの気でいたんでしょうね、判らないよ! そんなボヤキのなか、情報としてメモっておくことを記しておくことにします。「京都方面へは引き船、1人、ないしは2人で引いていた画像や絵が残っている」「田邉橋が最北、七条辺りまで14mの高低差があったので、閘門が8箇所にあった」「墨染の上の船溜まりだけではなく下にも船溜まりがあった」「その高低差は15m」「下の船溜まり直前に撞木橋があった、今の伏見郵便局前辺り」「インクラインの坂は、今の24号線を斜めに走っていた」「インクラインでの上下移動は船を台車に乗せていた」「今の近鉄伏見駅は、下の船溜まりに近く、当時は貨物駅だった」「軍都深草の配置図の中から知ったこと、今の深草中学校の東方と、今のJR藤森駅辺りに射撃場がった」「同じく、配置図から、今の伏見税務署も、元軍の施設で、京都憲兵屯所があった」「その他、現在の京都教育大学、同付属高校、藤森中学校、深草小学校、聖母女学院、青少年科学センター、京都医療センターは、全て軍施設跡」「極楽橋、旧深草庁は、同時期に造られ、来年が100周年」「現京阪藤森駅の旧名は師団前駅」「鴨川運河の上にあった旧京都市電稲荷駅から北に向かった画像にJR稲荷駅が映っている、これのわけは不明」「旧京都市電稲荷駅のレール跡、プラットフォーム跡が、一部だけだが残されている」「京アニが、キトロ橋辺りを素材につかったアニメ“たまごラブストーリー”という作品を作っている」「第二軍道橋脚に軍の星章五芒星の意匠が残る」「六芒星の残る橋脚があるが、これは京都市電気局水利事業の徽章」。情報は嬉しいものが、かなりありました。墨染のインクラインを細かに伝えてもらったのが嬉しかったですね。蹴上のインクラインは、「ブラタモリ」でも「世界ふしぎ発見!」でも紹介されているのに、撤去されたり、暗渠化されたりすると、途端にはみ子にされてしまうものだから、情報が薄い。鴨川運河会議の講演に行っても、橋重視、メモからは省いたけれど、業績を伝えたいのか、高松橋ばっか取り上げ、大事な墨染のインクラインを取り上げてなかったのが、どうしたのでしょう、この配信では、とっても多くの情報を出してくれていました。
 昨日は、昼間の時間、隙間狙いで、お時間に合わせて調整しやすい落語を2本、YouTubeで聴きました。①六代目笑福亭松喬「あんま炬燵」(1999/11/27 ワッハ上方演芸ホール)②桂米朝「鯉舟」。①は、なかなか出ないネタ。人を炬燵にするというのがまずいのか、「あんま」という語句を使わねばならないのがまずいのか、出ないですね。今は、生喬が手がけるくらいかな。この松喬では、実際の口演で、少なくとも1回は聴いている。その1回を、よく覚えている。枚方のさだ公民館でしたね。それだけではないと思うのだけど、思い出せません。最後、丁稚の冷たい足が腹に当たるのが想像されちゃって、思わず、身体に冷たいものが走る口演です。②も珍品。黄紺は、米朝師の生の口演には接したことがないのです。これは、はっきりしている。初めて、生で聴いたのは、亡き喜丸でだった。「月とすっぽんの会」という、当時の小米朝との二人でやってた勉強会、太融寺ででした。それ以後では、今、唯一やっていると言っていいしん吉の口演まで跳びます。川遊びの情緒もあり~ので、アホげな下げもいいしと思うのですが、出ないですね。そんなで、お時間がいいということもあったのですが、久しぶりに聴いてみたくなり、ピックアップしてみました。


2021年 11月 26日(金)午前 6時 6分

 昨日は、お出かけなしの一日。だけど、午後に、オンライン配信を視聴する予約を入れてあった日。それが、午後1時開始ということで、昼前のウォーキングは、いつもより、半時間余り、早めにスタート。夕方のウォーキングは、ごく普通ということで、ほんの僅かの変更で済みました。こういった日は穏やか、それに、外の世界と繋がってもいる、まことに結構と思っていたら、オンライン配信の後半1/4ほどを居眠りしてしまっていた。相変わらず、です。で、そのオンライン配信は、「第3回ぎふ気候変動適応セミナー」。1回、視聴させていただいたら、毎回、案内までいただけるセミナーです。前回は、既に予定が入っていたので諦めざるをえなかったのですが、今回は大丈夫でした。岐阜県は、気候変動への対応に熱心だなと思わせる内容だったという点とともに、黄紺にも解る内容だったこと、ローカルな視点に重きを置くのは、地方の特色に合った適応策などが必要だからですが、なかでも、岐阜県は、しっかりしているなの印象を、前回の配信で、強く持っていたこともあり、時間が空いていると判ると、速攻で申し込んでありました。行政とタイアップした組織づくりで、その相棒となっている岐阜大学からの配信でした。今回のテーマは「長良川のアユへの温暖化影響と適応策」。このセミナーに参加されたのは、次の皆さんでした。永山滋也(岐阜大学)、藤井亮吏(岐阜県水産研究所)、村瀬和典(郡上漁業協同組合)、平工顕太郎(長良川漁業協同組合)、それに、モデレーターとして、原田守啓(岐阜大学)という方々でした。おもしろいのは、研究者の方たちも、大学と県から、それに加えて、実際にアユ漁など、長良川や、その支流で漁業に携わっている方が入られていること。それも、うまく考えた人員配置です。平工さんが、長良川本流を活動のエリアとされている方、村瀬さんが、郡上八幡の方ですから、その支流の吉田川を活動エリアとされている方と、エリア別に参加されていること。これは、報告を聴くと、とっても納得の人員配置です。前半は、漁の様子を伝えるということで、平工さんの報告。これが素敵だった。実際の漁の様子を映像や画像で紹介していただけたのですが、その景色が素敵、それをカメラに収め、且つ、漁の方法なども解説していただける、これは、現場を知らない者には、めっちゃイメージが拡がる。この報告を、先にしていただけたものだから、永山さんによる、アユ漁をデータ化したり、その環境を数値化されたり、それを時系列的に比較したりされた報告が、とっても解りやすくなりました。前回で、こりゃ解りやすくしていただいているという記憶そのままのセミナーとなりました。平工さんの報告で記憶に残るものからメモっておきましょう。「昔ながらの木の船」「アユは岩の苔を削って食べるので、そのはみ跡がアユの居るところになる」「アユは1年魚、1年で卵からかえり、成長し、産卵をして、亡くなる、その過程で回遊する」「アスリートのアユほど、人間にはいい」「春に遡上、夏は縄張りを作り成長する、秋は、一転、群れて川をくだる、その時期のアユがなれ寿司にいい」「アユは、昼と夜で行動が違う」「天然アユの競り市場が、唯一、岐阜にある」などなど、おもしろかったぁ。次いで、永山さんの研究報告。「長良川のアユは、なぜ・いつ・どこにいるのか? 温暖化影響の予測に向けて」というお題でした。先に結論を上げてからのお話。その結論とは、次の通りです。①長良川のアユは、その流量・水温に反応しながら、流域全体の本川・支川をダイナミックに泳ぎ回る②支流は、本流の増水時にアユを守り(避難場)、夏の盛りには本流を冷却する、但し、その逆の場合もある③本流はアユを育てつつ産卵場へ運ぶベルトコンベヤー④アユの川下り(落ちアユ)は、水温と流量に強烈に支配されている。これらを、調査で得たデータで示されるというお話でした。アユの一生、これが、僅か1年間なのですが、これ、初めて知りました。稚魚時代を沿岸、海で育ち、これが冬、春になると、川を遡上、下流域で成長する。三角州が拡がるなだらかな下流域で過ごし、徐々に川を遡る。扇状地域に入り、夏には谷底平野まだ遡上、山間の谷で縄張りを張る時期で、「アユ漁解禁」とか言われる時期ですね。そか、「成長する前に取るな」というのが「解禁」の意味なんですね。縄張りを張るのは、餌となる岩の藻を確保するためのもの。秋になると、今度は、一転して群れを成して(縄張りを解くということ)、川を下る、所謂「落ちあゆ」の時期。ここで産卵場に向かう。アユが、自らの命が果てつつあることを知る時期でもあるそうです。ここで捕獲すると、子持ちのアユが取れ、地元では、なれ寿司にして食すそうです。「アユのなれ寿司」があるのを、初めて知りました。季節に従い、アユは動くということは、水温と直結しているということですね。ということは、気温と水量が関係しているということ、なるほど、気候変動により、アユの動きに変化が出て来る。となれば、それで生きている人たちの生活、いや、地元の文化にまで影響が出るということを意味します。ここで、このセミナーの意味を理解できた黄紺です。めっちゃ、おもしろい! そういった生活サイクルは判っていますから、本流だけではなく、多くある支流各所を調査ポイントに選んだ調査です。アユが、どこにそれだけいるかを調べるのは、水中にあるアユのDNAを調べるんだって。ここでも、PCR検査が生きているということです。それの有無、有れば、その量で、判るということです。夏の暑い盛りには、「土用隠れ」という言葉があるそうですが、暑すぎると、水温が低めの支流に避難したり、支流の冷たい水で冷やされる本流との合流地点に、アユが避難する、それを、データで示すことができたようですが、支流によっては、逆に水温が高い場合もあり、そうなると、そこにはアユは集まらない。また、豪雨になると、雨が濁るので、そういった川の流れも避けようとする習性があることも証明できたということでした。そして、秋になると、見事に本流各所でアユが認められ、時間の経過とともに、川を下る様子も確認できたそうです。餌場が多く、そのキャパも大きな本流は、生息場としてはいいのでしょうが、問題は、水温と川の清濁ですね。おもしろかったのは、漁獲数と水温の関係、これは、秋の下流域での調査、見事に、水温18度を境にアップダウンしてました。それ以下の日には、アユは、一気に下流へと動くというわけです。しかも、増水の日が大漁の日になるそうです。下流に動くということは、産卵場に向かうということで、アユ資源の確保にも重要なこと。その環境保全が大事で、ここで、アユがより長く過ごせるような環境が、また、アユ漁業の幸せに繋がるということですね。それだけではなく、支流の水温、安定した環境の大事さなど、とってもよく判りました。で、この報告のあと、皆さんで、気候変動に対する取り組みという大事なお話をされたはずですわね、当然。それがお陀仏とは、勿体な過ぎです。12月にも、このセミナーの続編があるそうです。今度は、「農業・林業スペシャル」だそうです。楽しみにしておきます。
 午後の一時に、この配信だけでは隙間ができたので、YouTubeを利用して、落語を1本だけ、聴きました。それは、桂歌丸「辻八卦」。これ、芝居噺だったんですね。かなり無理っぽい筋立て。易者に「忠臣蔵」を聴かせる、無理強いするというもの。それが長いから、めっちゃ不自然、それだけ、落語っぽくなるというわけですね。「忠臣蔵」の4段目、5段目、6段目までやっちゃう。ここまで不自然に突っ込んじゃうと、もう立派です。歌丸の十八番だったそうです、知らなかった。語り口の丁寧さ、明晰さは、抜群ですね。もっと、歌丸落語を追いかけてみようの気になっています。


2021年 11月 24日(水)午後 7時 34分

 今日は、今観たい、観ることができる中国映画の2本目を観る日。それが、午後0時50分に上映開始という、わりかし中途半端な時間だったため、触るのが嫌だけど、触らないわけにはいかない固まった生活時間を、前倒しに。ウォーキング時間の確保をしておかないと、普段の時間を確保できないかもということだった上に、朝方に所用が2件あった。それをも取り込んで、お出かけに障りが出ないように、ウォーキングを実施。今朝も、トルコのコロナ情報収集が薄かったのが、こういったタイトな日は助かります。今朝は、でも、先日観たばかりの「ブラタモリ/フォッサマグナ編」を、動画サイトにアップされているもので、観直すこともできました。やはり、この回は、扱っているものがものだけに、観る方も力が入ってしまっていました。
 今日の映画館も、京都みなみ会館。選んだ作品は「唐人街探偵 NEW YORK MISSION」。中国で大ヒットした映画との触れ込みですが、黄紺は、以前にも書いたように、最近の中国のエンタメ系の映画が、韓国映画並みになってきていると思い出している(遅いのかもしれないでしょうが)ので、積極的に観に行こうとしているのです。そういった環境のなか、おちゃらけムードたっぷりの映画だろうとの思惑で、今の水準でのおちゃらけ系を、どのように作っているか、その楽しみで観に行ってまいりました。中国のエンタメ系、ニューヨークのど真ん中でロケ、これ観ただけで、政治の世界のアホらしさが滲みあがって来るようで、それが、一番、おもしろかったな。主役の探偵2人は、イケメンのお兄ちゃんと、その叔父に当たるコメディ系俳優。後者のキャラは、ラジニカーントの映画の脇役で、いつも賑やかしの役回りを演じる俳優さん、思い出してしまいました。そういった凸凹コンビが主役というのは、それだけで陳腐なんだけど、それを堂々とやられちゃうあと、もっと臭くやれと応援気分になってしまいます。そのおちゃらけムードの一方で、推理ものとしての展開は、かなり上質のもの。その対比がいいのと、おちゃらけキャラの登場人物なんだけど、宛がわれている得意技が良くできている。イケメン男は、抜群の記憶、それを探るときがコンピューター画面のようになるのがおもしろい。タミル人コメディアン・キャラの方は風水に長けていると、このチャイニーズ・テイストが臭くておもしろい。彼らが探る事件が、とっても猟奇的なもの、それが五行讖緯説に対応しているというのが、とってもうなされた点で、痺れてしまいました。おもしろい着想をする脚本家がいるものです。そして、数ヶ月前に観た中国映画でもそうだったんだけど、推理が終わったのかと思ったら、終わってないで、その裏に隠されたものがあるというのは、定番化しそうな雰囲気。それをするためには、ネタふりが各所に要ります。もちろん観る者に変さを感じさせないで挿入する必要があるのは当たり前だけど、それが、きっちりと張り巡らされてるんだから、唸るのです。こういったレヴェルまで来ているので、韓国映画の質に肩を並べて来ていると思ってしまうのです。昔の中国のエンタメ系映画って、お金がかかっていそうで、特撮やCGも盛り込んで、手が込んでいるんだけど、筋立てやら、奥深さという点では、物足りなかったのです。目くらまし的な派手さ、豪華さに留まっていたのが、そうじゃない、今どきの中国映画は。だから、この映画も、B級映画的でありながら、いや、そのノリで作ろうとしているんだけど、B級映画にしては、ニューヨークでロケだよ、どんでん返し的な技も見せてくれたよ、となると、また、行く気になりますね、この手の映画が、中国から来ると。この「唐人街探偵」はシリーズ化されていて、今日観たのは「2」。既に、「3」も公開されているようで、「東京編」だそうで、妻夫木聡が出ているとか。その宣伝兼ねてか、妻夫木聡が、序盤に、ちょこっとだけ、この「2」にも出ていました。もう、この映画を観ても、中国は、もはや資本主義の申し子のような社会、大量消費社会に、ずぶずぶになっているなの印象。物の売り方が、日韓両国の仕方を、一層、デフォルメしたようなものになってるんじゃないかな? 東南アジアを歩いていると、ここいらはここいらで、大きな経済圏を作っている、その姿を見て、日韓両国が取り残されていかないかの懸念を持ったものです。物の売り方も、東南アジアのテイストとは異なるものを感じたものだから、余計に取り残されていくような感じがして、中国は、そちらに引っ張られていくのだろうな、だから、余計に日韓が置いてけぼりを食らわないか、そういった懸念です。ところが、最近、中国系YouTuber氏の動画を観ていたり、今日の映画を観たりしていると、中国の感性って、日韓系だなと思ったりしてきている。そういったことも考えさせられると、この映画の値打ち、大きいわ、ホント。
 いつものように、今日も、京都みなみ会館からの帰りは、ウォーキングがてら徒歩移動。今日は、午前中のウォーキングが、少なめだったということで、迂回コースとしました。それで、いつものようなウォーキングの歩数を確保。気温が、昨日から下がっているけれど、歩いていると、まだまだ大丈夫。一応、昨日から、厚手のジャンパーは着ているけれど、その下は、長袖のTシャツとアルダハンで買った薄手のカーデガンだけ。後者は、真夏に寒くて買ったものだから、ホントの薄手。それだけでも、ウォーキングをしていると、蒸れてきます。寒さに、極端に弱くなっているけれど、まだ、大丈夫なみたいです。


2021年 11月 24日(水)午前 5時 41分

昨日は、昼間に、京都市右京区のイベントに出かけることになっていた日。アスニーのいずれかで、チラシを見つけてと思うんだけど、どこかで情報を得て、予めチケットを購入してあったもの。それは、「京都市右京ふれあい文化会館開館20周年記念事業/音楽の息づくまち・右京〜太秦が生んだ世界的指揮者佐渡裕さんをお迎えして〜」というもの。地元出身の佐渡裕を迎えてのトークと、ミニコンサートをセットしたイベントです。目玉は、当然、佐渡裕なわけですが、チラシには、既に、コロナ禍で会館へ来れない場合には、リモートで行う旨が書かれていましたので、それでもOKということで、チケットは買ってあった。そのため、出かける前に、同会館のHPで確認を取ると、帰国はしているが隔離期間にかかるために、自宅からのリモート参加ということで、そのつもりで参加。舞台に垂らされたスクリーンを使い、対談相手の藤田裕之さんだけが舞台の一角に席を置き、スクリーンの佐渡さんと対談するというものでした。藤田さんは、先日、歴彩館の講演を聴いた元京都市副市長。その前には、右京区長をされていたとかで、以前にも、この会館で同様の機会があり、お二人は対談経験を持っているということでした。対談内容は、予め、佐渡さんが用意しておいた、自分の子どもの頃からの画像を映しながら、ここまでの半生を振り返るというものでした。ご当地ネタをサービスするものだから、ご近所から来られていた人たちには、たまらない企画だったんだじゃないかな。黄紺も、京都市民だから、大雑把な地名は解っても、距離感が判らない、ローカル過ぎると、全くのお手上げになるというハンデを抱えながら聴くことになりました。初めて聴いたこと、聴いたことはあったけれど、すっかりと忘れていた話題とか、覚えている範囲でメモっておくことにします。①教師の子どもだった②実兄も教師③母親は音楽家、ピアノや声楽を教えていた④京都市少年合唱団に入っていた⑤高校は堀川、大学は京芸だから、音楽は完全なる京都市育ち⑥元々はフルートを志す⑦地域の学校やコーラスの指導をしていた⑧タングルウッドでバーンスタインの指導を受けたのがきっかけで世に出る。このトークが1時間以上、休憩を挟んで、後半は、京都市交響楽団のフルート奏者4人(上野博昭、中川佳子、市川智子、西尾牧子)によるコンサート。プログラムは、次のようなものでした。①ドビュッシー(神田寛明編曲)「小組曲」(1. 小舟にて  2. 行列  3. メヌエット 4. バレエ)②F. ジャンジャン「スキー・シンフォニー」③M. ベルトミュー「猫」(1. ペルシャン・ブルー 2. ピューマ 3. シャム 4. 山猫 5. 木の上の猫)。これらに加えて、最後に、「くるみ割り人形」の「金平糖の踊り」が追加されました。いずれも、写実的な音楽が並べられました。お一人が、アルト・フルートで低音を支えるという演奏。フルート4本の演奏会って、そうはないものだから、これはこれで、貴重な機会に接することができたというわけでした。当初、なぜにフルート4本と思い出かけたのですが、なんてことはない、佐渡さん、最初はフルートを志してたんだということで、納得。会場は、JR花園駅近く。この駅で降りたの、初めてじゃないかな? 昔、ここに何があったのかなと思わせられる、住宅街の中に現れる緑地にありました。
 これは、12時半開演という、まことに中途半端な時間帯。お昼ご飯を食べて出かけるのは、中途半端だということで、緑地の中にあることを、ググってみで判っていたので、そちらで、日向ぼっこをしながら、パンをかじることにしました。午後1時からは、「NHK新人落語大賞」の放映があったのだけど、イベントと正面衝突で観ることができなかったので、帰りの電車を降りたところで、気になっていた桂二葉のTwitterをチェック。結果を知っていそうな人に、先日の浪曲の会で逢っていたのですが、あえて聴かないで、ここまで取ってあったのです。二葉のTwitterチェックをしたのは、二葉が取ったのではないかと思っていたから。というのも、コンペ当日から、この二葉と生寿のTwitterでの書き込みからして、この二人が取ったという臭いがプンプンしていたのです。コンペ直後に、「生寿・二葉二人会」の告知が、この2人からあったことも大きかったな。だって、この2人、ディープな落語ファンだったら判ると思うけど、絡みというものが、今までなかったのが、このタイミングでやるかと思ったからでした。で、どちらかだろうと思ってたのですが、昨日の朝だったかな、二葉の師匠米二が、「NHK新人落語大賞の録画予約をした」とTwitterに書いたものだから、もう、二葉だろうと、そら、思うわね。「もう、フライング」とまで言っていいほどの呟きでしたが、でも、まだ、半信半疑。だって、女性噺家で大賞取った人、今までいなかったのだから。しかも、去年のコンペで、「ある審査員の発言」が伝わっていたので、半信半疑にならざるを得なかったのです。すると、今年は、審査員の入れ替えがありました。「NHK、知ってたのか」と思いましたが、適切な措置ですね。採点を見ると、西高東低の評価でした。生寿が2位。なんせ、二葉が満点という完全優勝だったものだから、注目されないだろうと思いますが、生寿が優勝していてもおかしくない点数でしたものね。2人が、その臭いを出していたわけが、これで判りました。二葉のネタ、「天狗刺し」は、雀太からもらったものだそうですね。「上燗屋」に続き、雀太の濃~い持ちネタを、二葉流に消化した結果が出たものと思います。放映後、雀太と米二が握手している画像が、雀太のTwitterに公開されています。一昨日、雨のなか、傘をさしながら握手していました。アフロの二葉を、よくぞ、入門させました。「道具屋」覚えるのに半年かかったという有名な逸話がありますが、よくぞ、我慢して指導してくれました。兄弟子の二乗の端正な落語といい、間違いなく名トレーナーです。「覚えるの大変やったけど、いざ覚えると、二葉の描くアホがいい」「あとから、くすっときそうなアホなんです」、これ、かつて米二が、どこかで、二葉について書いたことです。これが、「天狗刺し」でも評価されたようですから、端から見抜いてたことに脱帽です。あまり出さないけど、二葉の「池田の猪飼い」のアホを聴いて、ホント、感心してしまった記憶があるけど、憎めないいちびりで、周りを和ませるアホ、そんなところですね。新たに「崇徳院」を覚えていると、二葉は、最近、呟いていました。これは期待できると、聴ける日を楽しみにしている黄紺です。


2021年 11月 23日(火)午前 6時 13分

 昨日は、映画を観ることにしていた日。今、京都で、気になる中国関連映画が、幾つか上映されているもので、その1つをピックアップしてみました。京都みなみ会館での上映だったのですが、いずれもが、この映画館での上映となるので、上映時間により振り分けようとしたのですが、最近の映画館あるある話ですが、コロナ禍もあって、あまり先のスケジュールを発表していないものだから、その中で、一番観たいと思っている映画、観落としたくない映画を選ぶことにしました。日本のドキュメンタリー映画「華のスミカ」です。横浜には中華街がありますが、その界隈に住む華僑の戦後の歴史、それは、また、彼らのルーツを辿るものにもなりますが、そういったものを追いかけた映画、これを外せないと思ったのです。国境を越えた人口移動に、かねてから興味関心を持つ黄紺は、ドイツのトルコ人など、追いかけてみたい人たちがいます。東南アジアに行くと、今更ながら、多くの華人たちが住んでいるのに、目が行きます。自分たちの固有の文化を保ちつつ、土地の文化にも馴染んでいる姿を見てきました。その日本版、となると、今まで、こういった映画などに取り上げられるのは、在日朝鮮人が多かったのですが、この映画は華人です。レア度が高いものだから、外せないと思ったのでした。タームとしては、1世を華僑と呼び、それ以後の世代を華人と呼ぶ習わしですが、この映画では、一貫して華僑を使っているので、このメモだけは、華僑で通したいと思います。映画は、林隆太監督の個人的なルーツ探しの様相だけど、それを探るとぶつかる華僑社会の現実。その辺りを彫り出そうという意欲を感じる作品。父親は帰化した中国人、母親は日本人という生まれを持つ林監督。自分に中国人の血が入っているということを知ったのは15歳のとき。そして、自分のルーツを探求しようとしたきっかけがあった。文化大革命のとき、まるで紅衛兵のような格好で悠然としている父親の写真を見つけてしまい、その写真を、父親に見せるところから、映画はスタートします。現在の父親は、飄々とした受け答えをする、いいオジサン風情だけど、写真の中の姿は、真逆の雰囲気。「それ一辺倒だった」と、写真の当時を振り返る父親。これをとっかかりに、戦後、2つの中国が生まれたことから派生した、華僑社会に持ち込まれた分断。それを象徴するかのように、学校の分断話が進みます。台湾系の人たちが、学校支配をしていくため、確か、学校管理をするため、台湾本国から校長が派遣されたと言ってました。当時は、日本政府も台湾を中国を代表するとしてたことも、こういった強い措置を執ることができた背景でしょうね。それで、学校を出て行くというか、出て行かざるを得ない大陸系の人たち。近くの民家で子どもたちの教育を行ったと言います。当時を知る人により、その場所の1つを訪ねるシーンがありますが、ホント、学校のすぐ傍の民家の並ぶところでした。やがて、大陸系の人たちは、近くに学校を建設。溝が深まっていきます。それを当時を知る人たち、中には、大陸系の学校の校章を作った元教師、監督の叔父さんといった人たちの証言で繋がれていきます。その合間には、当時の対立を伝える報道写真が入るかと思うと、2つの学校の風景、現在の風景が入ります。2つの学校、いずれに偏ることなく。その辺から、薄っすらと、その時代は時代で、現在は、そういった厳しい対立が解消、ないしは、緩和されているのではないかとの想像が働いています。台湾を訪問して、その現地の風景や文書館を訪ねて資料集めをする風景も出てきます。そういった予想が出て来る一方、追求が足りないのではと感じ始めることも出てきます。叔父さんは、大陸系の学校に通ったため、親戚の人には「赤」呼ばわりされたという経験談を語る一方、文化大革命時の教育に疑問を感じたことも告白されていました。で、「その叔父さん、その後、どうした?」という点については追っていないのが、気がかり。元教師の方は、学校が分断されたとき、先頭に立ってまで動いた人だし、また、その功労者として、数年前に大陸系の学校で紹介されているのだけど、その人、教師を止めている、わりかし早めに。そのわけは、この映画のストーリーとは関係ないかもしれないけど、それだったらそれで、コメント欲しかったな。でなければ、「なんで?」が残ってしまいました。この映画に足りないなと思っていたこと、それは、ラストの方に取ってありました。監督のルーツを訪ねる旅です。曾祖母が、中国に戻っているので、その子孫を中国に訪ねる旅でした。横浜中華街に住んでいる華僑の多くは福建省出身者が多いようですが、監督の親戚も福建省にいました。これが1つ、映画にケリを付けるために必要だったことと、現在の華僑社会の姿が、もう1つです。やはり、これは、映画の進行とともに感じ出していたことが当たっていました。融和に動いていました。きっかけは、中華街にあった関帝廟の火事だったと言います。その再建を、お互いに手を組んで行ったと言います。そんなで、国慶節を祝うイベントは別開催にしても、台湾系の人たちは、中華街を、大陸系の人たちがパレードをするときは、台湾の旗をしまい込んでいました。「今日だけは出すわけにはいかないよ」と語る店を持つ台湾系の人たち。ま、そんなだから、この映画も作れたんだねと思わせられました。
 昨日は、一日中、雨でした。だけど、京都みなみ会館からの帰りは、いつものように、ウォーキングを兼ねて、歩いて帰ることにしました。決して小雨ではなかったけれど、雨で歩くのが困るまではいかなかったことは幸いでした。でも、昼前のウォーキングは、雨のため、また、出かける前のタイトな時間だったため、ほぼできなかったので、かなり少なめだったけど、仕方ないですね、雨では。


2021年 11月 22日(月)午前 7時 3分

 昨日は、午後に落語会に出かけるということがあった日曜日。日曜日と言えば、朝は「日曜日美術館」がお楽しみ。昨日は、BSででも放送があったものの再放送。この間、続いているもので、時系列的には流してくれない。先週は、確か、ナポレオンじゃなかったっけと思うのだけど、昨日出て来たのはルイ14世、どういった了見で、バラバラにして流しているのか、黄紺などには見当がつかないけど、喜んで観てしまっています。そのお題は、「ルーブル美術館 美の殿堂の500年 “太陽王”が夢見た芸術の国」。フロンドの乱というタームは使わなかったけれど、ルイ14世即位から序盤の苦汁期から始め、終盤は、その没後のロココの時代もカヴァーした贅沢な内容になっていました。番組で取り上げられた絵画などの作品をメモっておきます。①イアサント・リゴー/ルイ14世の肖像(有名な肖像画、作家名を初めて知りました、足にはバレーシューズを履いてるのも、彼はバレエの名手だったとか)②レオナルド・ダ・ヴィンチ/洗礼者聖ヨハネ(妖艶な姿で表されるヨハネ)③ラファエロ/バルダッサーレ・カスティリヨの肖像(モノトーンで描かれた著名な人文主義者、ルネサンスの到達点とのコメントが入りました)④アポロンのギャラリー(黄金の空間、天井にはアポロン、このアポロンが太陽王の由来だとか、自身をアポロンになぞらえていた、太陽を讃える天井画)⑤ニコラ・プッサン/サビニの女たちの略奪(1663年に王立絵画彫刻アカデミーを作り、芸術家を育てた、その中から育った作品、古代ローマの逸話から採られた歴史画、女性の略奪の流れを1枚の絵で表現)⑥ルーベンス/マリー・ド・メディシスの生涯(連作24枚、イタリアからマルセイユに上陸する場面を取り上げていました、豊かな色彩、思わぬところに思わぬ色を組合せ、独特の色彩を生んだ)⑦ジャック・プラン/純金の宝石箱(この時代の金細工残っているのが珍しい、戦費調達のために潰されたので残っていない、アカンサスの葉は不滅を表す)⑧ピエール・ピュジェ/クロトンのミロン(ピュジェの中庭に置かれる彫刻作品、野獣の餌食になるミロン、栄枯盛衰がテーマ)⑨マルティン・ファン・デン・ボハルト(4体の捕虜、ピュジェの中庭に置かれる彫刻作品)⑩ジャン・シメオン・シャルダン/赤エイ(エイは庶民の大好物、その好物を描いた作品を庶民が論評、芸術を愛でる喜び)⑪ブーシェ/オダリスク(トルコの宮廷にいた女奴隷、ブーシェはアカデミー出身)⑫ジャン・アントワーヌ・ヴァトー /シテール島の巡礼(男女が結ばれるという島、そこに集う男女、右から左へと愛の物語になっている、時間の流れに沿っている、⑤と同じ手法、ヴァトーもアカデミー出身)。⑩以後が、ルイ14世没後の作品、⑩は、黄紺がスルーする静物画。静物画って、このタイミングで流行る、家に飾られる絵、即ち、庶民の家に、身近な素材が描かれたと言います。ブーシェとヴァトーがアカデミー出身だとは知らなかった。大家の作品だから、イコール、ルーヴルにあるというよりか、この時期に、アカデミー出身の作家の作品が、ルーヴルに並ぶようになった例として登場。これ一つとっても、贅沢な話だ。黄紺は、わりかし、ブーシェ好きなのです。
 そして、午後は、長岡京市中央生涯学習センターでの落語会。時々、行政が、地域住民相手の落語会を開いてくれるけど、これも、その1つ。アスニーのどちらかで、そのチラシを見つけたはず。この秋から冬にかけて、3回の開催。顔ぶれと、自分のスケジュールを照らし合わせて、1回だけチョイス。題して「長岡京奮闘落語会」。その番組は、次のようなものでした。文五郎「普請ほめ」、染二「不動坊」、(中入り)、小梅「おごろもち盗人」、米紫「子は鎹」。米紫がトリを取るのは、先日の米朝事務所チャンネルのライヴで告知していたので知ってはいたのですが、染二が2番手で出て来たのには、びっくり。どうやら、中入りで空気の換気をしたかったようで、2番手のあとに中入りを入れたための措置だったよう。小梅ちゃんが後に出ることになるので、極めて異例、コロナ禍は、こういった変則形を生み出しています。4人とも、コロナ禍で、お久しぶりの噺家さん、そういったことばかりとなっているのが、悲しいですね。城陽市で、定期的に聴けている喬介以外は、誰をとっても、久しぶりになってしまっています。文五郎は、「牛ほめ」の短縮形の「普請ほめ」の更に短縮形。なのに、マクラは、その割に長い。昔だったら、こっぴどく先輩に怒られていたかもしれません。繁昌亭のトップにでも出たときように刈り込んだのかもしれないけれど、物足りなさ過ぎでした。「燃えたら一晩」までカットしてました。「不動坊」は、先日、仁鶴の名演を聴いたばかりだったので、どうしても比較してしまう。どうして、そんなに突っかけたようなお喋りするのと、聴きながら突っ込みっぱなしでした。冬を強く意識させようとの思惑は好感を持ったんだけど、冬の寒さと前のめりの進行は矛盾していると思うんだけどな。小梅ちゃんは、大成長。相変わらず、口の重さ、僅かだけど、引きずるような口調は残っているのだけど、かなり解消どころか、そういった口調が、かえって抑揚を付けるのにいい感じになっている。軽い口調を挿入できるようになっているのが、その成長の証で、重めの口調が生きて来ていました。「おごろもち盗人」を始めたとき、一瞬、不安が過ったけれど、全くの杞憂でした。そして、お目当ての米紫。格の違いすら感じさせる高座でした。マクラから全開。ご近所さんなので、きっちり、そのネタ使ってました。さすがに抜け目がありません。徐々に男女のベタな小咄が入って来たので、「厩火事」かと思い始めていたら、そちらではなさそうになって行ったので、ガッツポーズでしたね。米紫の「子は鎹」は、以前聴いているはずなんだけど、そして、ここから二葉に伝わっているんですよね。米紫の口演聴きながら、母親が出てきたら、あまり女の重要な役のある噺をしない二葉なら、どうしてんだろう、聴いてみたいなと、余計なことも、頭に思い浮かんでしまいました。米紫と言えば、力一杯の口演だけど、その力も抜けた好演。マクラのたっぷり感、噺のたっぷり感、全て、米紫の力量に魅せられてしまってました。大正解!
 昨日は、朝の「日曜日美術館」、午後の落語会と、タイトな時間の制約があったものだから、ウォーキングは少なめ。長岡京市からの帰りのバス、半ばで降り、更に、途中でコースを、大きく迂回して距離稼ぎをして、ウォーキングをして、ようやく、1万歩余を確保。ま、昨日は、仕方なかったですね。


2021年 11月 21日(日)午前 6時 56分

 昨日も、一昨日と似た一日。週末に入ってるけど、トルコ・サッカーは、今週、国際マッチデイだったため、週末の試合は、土曜日からということで、その関係の情報が欠ける日。トルコ・コロナ情報収集も薄く、朝から隙間の時間が出たことで、動画サイトにアップされている落語を聴くことにした。昨日は、そないな時間を含めて、3本、落語を聴くことができた。お時間に合わせて、動画を選べばいいわけだから、今更ながら、結構な時代になったもの。で、選んだのは、①三遊亭圓生「紋三郎稲荷」②笑福亭松之助「莨の火」③入船亭扇辰「匙かげん」。①は、久しぶりに円生を聴いてみたくなり、且つ、隙間の時間を考えてのピックアップ。狸と狐のマクラが、結構、長いから、ネタ自体は20分程度かもしれません。ネタの冒頭は、「稲荷俥」を彷彿とさせるもの。「稲荷俥」の移植ものがあったかなと思いながら聴いていると、あっさりと方向転換、そういったことはありませんでした。侍のいたずら話ってところでしょうか。題名のわりにしては、小ネタ感のある噺ですね。②は、ごく最近まで、この組み合わせがあるとは、思いもしなかったもの。そして、聴いてみると、大変な問題作。そういった意外な展開が待ってたというところで、この3本では、一番のチョイスとなりました。なんせ、松之助の口演ですから、こういった型があるのかと思っている一方、全く聴いたことなしの箇所が多いので、オリジナルなものかもしれないと思っています。気になるところをピックアップすると、次のようになります。冒頭、細かいくすぐり多数、結構、古臭いけれど、その中に、鴻池、飯の旦那の名を出すものが出て来て、それに続けて、「その飯の旦さんが出てまいりました」でネタへ。少なくとも、客には素性が明かされた上での口演でした。そして、駕籠に乗る前に行き先を決めてしまう、駕籠屋は飯の旦那と知ってたかは不明のまま進行(最後まで不明だった)、道行の中の台詞なし、お囃子は陽気な雰囲気のものが入ってました、道行は短く、すぐにお茶屋に着いてしまう、駕籠屋は引き下がるので「飯の旦那」と知ってたということかとも思えるところもあったけど、定かではない。一見で入る、駕籠屋は何者かは告げない、店の者は正体を知らない(小判撒きのあと、伊八が後を付けるので)、小判撒きは伊八からの提案、小判は伊八が撒く。こんな展開だからか、昔から伝わる型なのかと思わせられたのですが、振り返ってみると、とっても物足りない。噺が小さくなっている。道行は、謎めいた雰囲気とともに、旦那の懐の大きさを表すところなのに、カット同然のような扱い。小判撒きを伊八の方から提案とは、とんでもない。こういった型があったのなら、現行の型にしたのは誰なのか、めっちゃ、気になってしまいました。③は、入船亭で検索をしてみてのチョイス。大岡越前もので、釈ネタですね。宝井琴調の口演で、生で聴いたことがあります。大家さんがいいですね、この噺の盛り上げどころ。ここがあるから、落語にもなるって感じ。扇辰の口演、総体として、大家さんが出てくる場面に合わせて、大仰になっている。えらく臭くなっている。この人、こんなだったっけと思いながら聴いてしまいました。
 午後にオンライン配信を視聴しました。久しぶりに、「民博ゼミナール」。オンライン配信を続けてくれています。これだと、行きにくい民博まで行かなくて済みます。足を運んで、ついでに、映像資料を楽しむことはできないけれど、仕方ありません。昨日は、「産後三・ 七日(サムチリル)間の変化~韓国の伝統慣習から産後ケア施設まで」というお題で、民族学博物館グローバル現象研究部の諸昭喜さんのお話を聴くことができました。お話は、「伝統的な産後の習慣」と「産後ケアの変化、現代に生きる伝統的な産後ケア」の2本立てというものだったと思います。「産後調理」というタームが、お話の核だったように思います。慣れないタームなんで、躓きっぱなしで聴くことになったのですが、伝統的な東アジアの考え方。「身体の異常を調整する」「体の理に合うように整頓する」過程を意味するという意味合いだそうです。また、「三・七日」は、7日×3=21日のことで、「産後儀礼の慣習を守る期間」で、調理に必要な大事な期間ということのようです。そういった考え方をベースに、具体的に執られていた慣習に触れられたのが前半でした。産室やしめ縄で示す「空間の分離」、「お産を守るサン神」、「産後の規律と飲食の禁忌」、ワカメスープが印象的な「産後の食べ物」、赤ちゃんの身体の動きを拘束するおくるみの話が出て来た「新生児に関する慣習」と続きました。後半は、そういった伝統的な慣習が、現代ではどのようにというお話。元々は自然にできることだった出産の「医療化」という表現を採られていましたが、家庭内で行われていた産後調理が、高度に産業化され、女性の社会進出、それに関し家族形態の変化、また、韓国社会が高度に産業化されることで、産後ケアを身内からサービス化、施設化に向かわせることになるというわけです。ただ、ここで、「漢方」ではなく、「韓方」が強く関わっている、伝統的な「調理」の考え方が強く関わっているとのいうことが、お話の骨子だったと思います。図で示されたもので印象的だったのは、日本の医療体系は、生医学が大きく漢方を取り込んでいるという図だったのが、韓国のそれは、生医学と韓方が、同じような円で、その一部だけが重なり合っているという図でした。なんで、そうなるのか、この肝心なところで、居眠りをしたようで、さっぱりとメモはない、記憶にもない状態です。だから、判らないまんま。またしても、情けない結果となりました。政策的に、韓方支援の体制が整って行ったというお話をされていたのは記憶があるのですが、、、。
 夜は、ブラタモリの新作「フォッサマグナ〜『日本』はどうできた?〜」でした。待望の「フォッサマグナ」、そして、大変な誤解に気づかされました。大糸線の走る溝(フォッサ)だけが、フォッサマグナだと思っていたら、とんでもありませんでした、あれは、フォッサマグナの西の端で、そこから東、かなりの幅の溝がフォッサマグナ、その成立は、大陸から分かれた2つの島の間の溝に、土砂や火山からの噴出土が溜まったものだった。その堆積した土砂、火山の噴出土の痕跡、更に、その溜まったものを突き破って、海底火山が生まれ、且つ、それが隆起した痕跡を見せてくれました。枕状溶岩なんてもの、初めて知りました。海底でしか見ることのできない、独特の形状の岩石が、地上で露出している。もう、最高! さすが、フォッサマグナ。コロナ禍で大サービスです、諏訪と言い、糸魚川と言い、もう、NHK、出血大サービスです。


2021年 11月 20日(土)午前 6時 6分

 昨日も、お出かけなしの一日だったけれど、午後にオンライン配信を視聴することができるように手配がしてあった。その前に、ウォーキングがてら、行かねばならないところがあった。京都市が行っている簡易検診 を受ける予約がしてあった。毎年なら、6月に行っているのだけど、今年は、ワクチン接種に人が、開業医に溢れ、こないなものに相手になってられないとばかりに、半年、遅くなってしまった。重大な結果が出てきたら、コロナのせいでしょう、さすが、この事態では。混み合うと時間がかかるかと思っていたけど、医師が関わらないでもできることがあるので、効率よく進めていただけ、あっさりと終わり、午後の配信に障るどころか、時間にゆとりまで生まれてしまいました。
で、その配信は、「京都女子大学史学科公開講座」。去年は、規模を縮小してでも、対面式で実施され、黄紺も「温州商人」についてのお話を聴け、大満足した記憶があるのですが、今年はオンラインでの実施。こちらの公開講座は、テーマが多彩で、興味を惹くお話が多いものだから、チェックをしていたら、今回のイベントを知ったという次第です。今回は、講演が2本、質疑応答なしでの実施でした。その内容は、①日本海軍における水路業務ー水路部の測量と図誌作製—(同大学准教授小林瑞穂)②近世中国の皇帝政治ー北宋時代の政治過程(同大学准教授藤本猛)というもので、今年もユニークなものが並びました。①は、公開講座でよくあるジャンル、日本史は日本史だけど、「こないなテーマで研究している人いるんだね」という意表を突かれたお題。②は、ベタなお題だと言えば、思いっきりベタだけど、中国史のベタなお話すら聴けないのが、公開講座のアキレス腱ですね。「こりゃ、国際化、あかんわ」と思うほど、外国ネタがレア。だから、黄紺的にはとっても嬉しいもの。でも、①はユニークとは思うけど、興味がない。②は、判りきったという内容だったけれど、中国史聴けるのが嬉しかったね。①は、そんなで、海図と水路誌の違いを聴いたけど、よく分からないまま、居眠り。熟睡してしまい、終わってしまいました。②が、宋という王朝の特徴と言えば、幾つか上がる、定番のものがあるけれど、ここで肝心なのは、皇帝独裁制という点。唐の貴族勢力とのバランスで成り立っていた政権とは異なりと、よく言われるお話なのだけど、それを、宋の都開封の構造から検証しようとの試み。清明上河図全面を紹介するというのも、掴みかなと思い眺めていたら、そうではなくマクラ的なトピック。ヴィジュアル的に開封の姿を見せ、王城の構造に入って行こうというもの。このお話では、そういった絵図的なものが多用され、それに言葉を添えるというもの。大内と言われていた内裏へと、徐々に迫っていきます。それを押さえたあと、皇帝の一日に入るという流れ。そこで、皇帝の政をしている姿、宰相以下、皇帝にお目通りする官僚たちの動きを押さえつつ、確かに、決済は、皇帝がやっているが、まだ、門下省なり中書省が生きていて、ここで、政策チェックをしていたという話題を導き出して行かれました。要するに、皇帝独裁制と言っても、実態はこうで、必ずしも、一人で決め、家臣の声を聴いてなかったわけではなかったってことを示すのが、この講演の主目的だと判りました。ただ、これって、講師の方の頭の中に入らねばならないお話だったなというのが、黄紺の印象。「そんなだったら、唐と変わらないじゃないか」「貴族が没落して、士大夫という新たな階層が取って代わっただけじゃないか」(ややこしくなるからか士大夫の説明は一切カットでした、妥当かもしれませんね)「じゃ、なんで、皇帝独裁制と言われるのか」、そう思った黄紺は、「皇帝独裁制」というものが、どういったものか、その言葉を使われる実態を知った者からは、「それほどじゃなかったのよ」になっているキライを感じてしまってました。質疑応答があれば、そこんとこ突きながら、「だったら、皇帝独裁制って言われるわけ、教えて」的なこと尋ねたでしょうね。先日、「水滸伝」をお題とした講演を聴いたところでした。徽宗の時代が「水滸伝」の世界ですよね。徽宗の時代というピンポイントのお話ではなかったのですが、徽宗は宋の皇帝、藤本さんは、なかでも、その徽宗の時代がご専門とか、短期間に2回も、徽宗が出て来るなんて、ちょっと信じられません。偶然とは言え、不思議な縁です。
 昨日は、隙間狙いで、落語を、YouTubeの動画で、2本聴く時間がありました。①笑福亭仁鶴「不動坊」②林家たい平「おかめ団子」の2本です。①は、「笑福亭」で検索をして眺めていると、仁鶴を聴きたくなり、「不動坊」をピックアップ。心地よいテンポです。突っ込みも、ナチュラル、言葉の掛け合い、細かな間の取り方、とってもナチュラル。「ひょっとして、これ、仁鶴ベストじゃないかえ」と思ったいい出来栄え。これを選んだことは、大ヒットでした。風呂場の場面、いい刈り取りしてたんじゃないかな。そういった意味でも、仁鶴の面目躍如といたところです。②は、「おかめ団子」で検索。志ん朝が出て来たけれど、前に聴いているので、迷わず、たい平をチョイス。★ 人情噺のジャンルに入るのでしょうが、ちょっとわざとらしい構造の噺です。以前、こないな感想を、このネタを聴いたときは感じなかったけれど、今回は、そう思ってしまった。親孝行のために盗みに入るって、手前勝手もいいところ。按配のいいところで、おかめさんの自殺場面、それを止める男は、盗みに入ってた。助ける心のある男は、親孝行のできるキャラだけど、盗みもできる、そういった展開にわざとらしさを感じたのだと思います。その後の展開も、そういった視線で見ると、また、嫌になる。そこを、曰くありげなしんみり口調で、元来は明晰な語り口調なたい平がするものだから、臭く感じちゃったのが、いけなかったのか。①が、あまりに良すぎたため、見劣りしちゃったからかもしれないのですが、②は、残念な感想を持ってしまいました。
 「★」のところで、寝落ちしてました。ホント、よくある寝落ち。毎日のようにしてる。これじゃ、昼間に講演会に行っても、居眠りするはずだわね。根本に、十分な睡眠が取れてないからでしょうね。これも、睡眠障害の続きなのかな。単に、加齢では済まされないものを感じます。


2021年 11月 19日(金)午前 0時 31分

 今日は、再び、お出かけなしの一日。今日を含めて、これから3日、そういった日が続く予定。しかも、お天気は最高。暖かくて、ホント、いい感じ。それが、3日続いています。寒いのが嫌いな黄紺には、ホント、有難い。そんなで、ルーティンにしているウォーキングが、とっても、心地よい。昼前のウォーキングなどでは、薄っすらと汗をかいたかなというところです。休憩がてら、公園で佇んでの読書が快適。ついつい、長い時間を過ごしてしまっています。
 午後の一時は、昨日のリベンジとばかりに、動画サイトにアップされている「歴史秘話ヒストリア」に、昨日の講演の内容に近いものがないか、探索してみました。「応仁の乱」を、何らの形で取り上げたものがないわけはないとの思惑から探してみると、な、な、なんと、そのものずばり、日野富子を取り上げたものを見つけてしまいました。題して、「悪女の涙が日本を救った⁉ 日野富子 足利将軍家の妻、母」。日野富子の生涯を、時系列的に並べてくれました。その間に、専門家が出て解説をするという、お定まりのコース。すると、その一角に、昨日、アスニー山科でお話を聴いた田端泰子さんが出て来られたので、びっくり。日野富子のスペシャリストであること、確認できました。そないな方のお話を聴いていながら居眠りとは、大胆に過ぎますね。番組の流れについていくと、田端さんのお話の中に出てきていながら、あっさりと忘れていたことを散見。これは、リベンジだけではなく、聴いていながら抜かしていたことの振り返りにもなり、正真正銘のベスト・チョイスとなりました。日野家が、将軍家と密であるということは、将軍にとっては邪魔にも映ったようで、6代義教は、日野家排除に動いたそうで、日野富子の日野家への拘りの強さ、日野家の血を引く将軍に拘る遠因が押さえられましたが、これ、聴いてましたね、昨日。ついで、義政との結婚。今参局に疎まれる富子、その富子を支える重子、その重子が黒幕になっての、今参局の追い落とし。これも、聴いていました、覚えていた。1459年から始まる天変地異、大飢饉。それに反応した将軍義政は、現実逃避を決め込み、無関心を装い、位を弟に譲ることを画策。当時、男の子のなかった富子は万事休すかと思いきや、願掛けが叶ったのか、後の義尚を懐妊。日野家の血を引く男子を得ることに。だけど、義政は、譲位に動いたため、話がややこしくなる。これに、畠山家の内輪もめが絡み起こったのが応仁の乱。その応仁の乱を収拾したのが富子。金を使った話は、昨日聴いていた。ただ、その金策のための政策が、守銭奴イメージを作り上げ、富子の悪評を築き上げて行った。権力へも拘りと併せて、富子に悪女イメージが付きまとう原因になったようです。後土御門天皇との不倫の噂もあったそうです。義政を支え幕府の立て直しを行う富子、朝廷対策、都の復興、義尚の英才教育と頑張ったとか。しかし、晩年には、義政と義尚が、側室を取り合ったりと、この2人、健在でした、誠に持って遊び人の父子です。が、義尚は、病気を機に心機一転。近江の六角征討に成功したりもするのですが、薄命の人、富子に先立ちます。翌年には、義政も没。でも、政治に向かい、後の将軍も用意。だけど、露骨だったのか、疎まれ、最晩年は幽閉の身だったとか。日野は、醍醐の近くの日野ですね。これも、この番組で知ったこと。日野家の菩提寺が残っているようです。法界寺ということなので、ググってみると、JR六地蔵駅から徒歩30分程で行けるようです。ウオーキングがてらに行くことできますね。六地蔵って、宇治に近い。茶づなと組み合わせれば、プチ市内旅行ができそうです。富子の墓は、上京区の華開院。これもググってみると、アスニー京都から徒歩7分と出ました。これまた、アスニー京都に行ったついでに覗くことにしましょう。も1つ、六角征討のために、富子&義尚が戦勝祈願をした明王院は滋賀県。でも、これは、比良の裏手の鯖街道沿い。車のない黄紺は、あっさりとギヴアップです。この番組を観て、かなり思い出しました。居眠りをしていたから全滅かと思ってたら、存外、聴いていました。正に、「hatırlama dozu」でした。
 午後の一時の後半は、手持ちのDVD鑑賞。「真珠とり」を、細かく分けて観ているのですが、今日が3回目。どこをとっても、きれいな音楽。金太郎飴のようなオペラです。今日の箇所では、ディアナ・ダムラウが、コロラトゥーラの技を見せつけてくれていました。また、書きます、なんで、このオペラの上演機会が少ないんでしょう、ホント、わけわからない。それほど、きれいな音楽が続きます。


2021年 11月 18日(木)午前 7時 1分

 昨日は、市民向け公開講演会をはしごした日。だから、お出かけは朝、帰宅は夕方と、お勤めに出かけたみたいでした。行き先は、アスニー山科と歴彩館。上手い具合に、山科から北山へは、地下鉄で移動できる。しかし、2つの講演会の間隔が2時間半。少し多い。そこで、ちょっと策を練ったのですが、結局は、足早に北山ではなく、北大路まで移動。天気が、頗る良かったので、北大路橋から鴨川の河原に降り、日向ぼっこ兼昼食とするのがベストと判断。昨日は、ホント、いい陽射しでした。最初は、時間を持て余すのではと思ったのですが、食後に、界隈のウォーキングを入れると、時間は、呆気なく過ぎて行ってしまいました。でも、2つの講演会、双方とも、結構な居眠り。いつものことだけど、頭に入ってないなと思うと、居眠りしている証拠。気が付いても修正できる力が、今の自分にはないのです。だから、以下のメモは、その範囲内でしておくことになります。
 午前中がアスニー山科での講演会。昨日は、「日野富子と山科七郷」と題して、京都橘大学名誉教授(元同大学学長)田端泰子さんのお話を聴くことができました。日野富子は、将軍足利義政の正室、足利将軍の正室は日野家から出すことになってたと言われてましたが、そのわけも言われていたけど、聴き取れなかった。義政の時代に応仁の乱が勃発。お話を聴いていると、義政って、ええかげんな恣意的な執政をしています。そのときの気分で、跡目争いに関わっていく。結局、これが大乱を導く。その経緯をお話されましたが、細かなお話なんできついなと思ったのがいけなかった、これが居眠りの原因ですね。この講演の趣旨は、この応仁の乱に、山科が、どのように関わっていったかが、1つのテーマなので、惣村・惣郷といったタームが頻繁に出て来た。地域に自治的な組織のはずですね、水の管理組織として生まれて行ったと言われていました。農民たちの組織となれば、なるほどと了解。山科七郷と言われる惣郷があったそうですが、それらは、乱が始まると、郷民は、禁裏警護に駆け付けたということです。そのわけも聴き落としています。戦線が周囲に拡がるにつれ、東軍が支援を山科に要請され、郷内での検討の結果、参戦、先日学習したばかりですが「足軽」として参戦した模様、これが、逆に西軍の恨みを買い、攻撃を受け、七郷の内六郷が消失となったとか。その応仁の乱を収拾させたのが日野富子。義政は酒におぼれ、執政どころではなかった様子。そのあと、「山城国一揆」のトピックに入ったようだけど、全く記憶に残っていない。次いで、日野富子の(山科の)高水寺再建のトピックに。ここは、ちょっと記憶がある。お目覚めのようです。高水寺に、応仁の乱後再建した清水寺のと同じ千手観音像を与えているそうで、深い関係は判るんだけど、そもそも、日野富子と山科七郷の深い関係というベースになっているものが判ってないものだから、結局、この話題も、解かってないのです。とこうなると、ほぼ全滅ですね。
 歴彩館は、「京都を学ぶセミナー/洛東編」。これは、コロナ禍で延期になっていたもの。それが原因で、昨日はダブルヘッダーになってしまったのでした。「牛若丸と弁慶の出会い~イメージの痕跡をたどる」というおもしろそうなお題だったためか、このセミナーでは、最多の聴衆が詰めかけたのじゃないかな。そのわりには、講演の内容は、さほど詰まったものじゃなかったなの印象。それは、講師の方の講演内容に問題があるのじゃなくって、突いても、さほど成果の上がらない課題を突いてしまったなと印象が残ったからでした。冒頭に、「先に結論を言うようですが」「よくわからないというものなんです」とお断りが入りましたし、徐々にお話を聴いている内に、「なるほど」と、その気配を感じ出したのが、この講演での居眠りの原因になったようです。ま、そんなだから、こちらは、朝方の講演のような、めっちゃ細かな事実を積み上げられることもなかったこともあり、筋立ての大まかなところは押さえているつもり。お話は、京都府立大学教授の本井牧子さんでした。説話文学の専門の方です。まず、我々が共通して持っている「牛若丸と弁慶」のイメージの遡りから。一旦、その遡りを小学校唱歌に持って行かれました。確かに、この歌自体を歌える年代の方たちが、多数、聴きに来られていますので、いい掴みですし、共通認識の確認にもなります。それに重ねて、歌川国芳の浮世絵で、2人の邂逅を描いたものを示されました。確かに、唱歌に歌われているかのように見えた邂逅ですが、あとで、この浮世絵については、遡れるとは言われなかったわけが判るのですが、見せられたときには、「江戸時代には、我々の持つイメージがあったのか」と思ったものです。なお、唱歌の歌詞と同時期に出された巌谷小波の「日本昔噺」の内容が符合することが押さえられていました。もう1つの前堤が驚きです。「弁慶」って実在はしているという史料を見せられたからです。「吾妻鏡」に、義経の家臣の中に確かに出ては来るけど、それだけというのです。ということは、弁慶物語は、全てが作り物ということです。それが、では、いつ頃からかという前に、「弁慶」挿話に欠かせないものとして、能「橋弁慶」が取り上げられました。「そうだ、これがあるから、かなり前から弁慶物語があったはず」「でも、かなりの風流能だから、そんなに古くはない、世阿弥よりはかなり遅いはず」と、これは黄紺の頭のなか。確かに、この曲の初見が「自家伝抄」ということでした。1516年のその書物には「佐阿弥作」となっているそうです。「佐阿弥」を調べてみると、室町中期の能作者、1458年没となっていた。但し、「作者不明」とも書かれているものもあるそうですから、当てにはならない。16世紀前半には、その存在は知られていたよう。「看聞日記」という14世紀末から15世紀前半に書かれた芸能や物語の記述の多い書物には、「九郎判官物語」や「弁慶物語絵巻」という語句が出てくるそうです。その具体的な痕跡は、同時期の中から探すと、松囃子という正月の祝言芸能や内裏の盂蘭盆会の灯篭の意匠に「2人の斬り合い」が出て来るので、その頃には、何らのイメージが作り上げられていたようだとのことです。成立時不明で、最近では、かなり遅そうと言われている「義経記」では、2人は五条の天神付近で邂逅、翌日、清水寺で戦っているとなっており、場所が違います。同じく、成立時期不明の「弁慶記」では、邂逅の場所が、清水寺以外にも、北野天神、法勝寺(法性寺)と様々なヴァージョンがあるそうで、なかなか五条大橋に辿り着けない。ところが、祇園祭の「橋弁慶山」、これは、応仁の乱以前からあったようですが、ここには「橋」が出てきている。狂言の「籤罪人」の台詞には「橋」が入っていると、複雑。結局、橋は能「橋弁慶」のイメージかなということでした。でも、その基は不明です。その辺の検証話辺りで居眠りをしていたようですが、結論めいたことは、どこからか、清水寺から五条大橋へと変わって行った、清水寺ヴァージョンは、「義経記」のような読み物から出て来たのではと言われていましたが、それだけではなく、元来の橋ヴァージョンでは、1回限りの対決、牛若丸が千人斬りをしていた、また、元来の清水寺ヴァージョンでは、複数回の対決、弁慶の千人斬りだったのを、今のようなイメージに統一してしまったのは、最初に出て来た巌谷小波だったのではないかとの結論でした。資料が乏しいため、かき集めての推論ですね。「よくわからない」と言われるのは、そういったわけでした。振り返ってみると、わりかし理詰めで、おもしろい推論ですが、生で聴いていたときは、冒頭でも書いたように、居眠りを誘うような曖昧さが支配していたように感じていました。


2021年 11月 17日(水)午前 6時 10分

 昨日は、浪曲を聴きに行った日。文化パルク城陽で定期的に行われている「京山幸乃浪曲の会」に行ってきました。この会には、濃~い演芸ファンも現れるので、黄紺的には、今や、外の世界と触れることができる格好の機会。ディープな演芸ファン氏と声を交わす機会のあったときの話題は、真山隼人くん。外傷性の脳内出血で、危ういところを発見され、何とか生き延びた浪曲師。変に気づいた曲師の沢村さくらさんの発見で助かったのだけど、何で、倒れたのかが気になること。まだまだ20代なのですから、年寄りの脳内出血とはわけが違います。あくまでも推測ですが、話していて思ったこと、深酒は、何が起こってもおかしくないということかな? その辺のお噂、伺うことができ、納得してしまった黄紺でした。
 肝心の浪曲は、この日も、曲師は一風亭初月さん。夜に、幸枝若・恵子・幸太の会を控えてたとかで、ちょっと落ち着きのない雰囲気。この日も、1つはネタ下ろし、それを含めた番組は、次のようなものでした。「小政の少年時代」「プラネタリウム解説/秋から冬の星座」「関の弥太っぺ」。「小政」は、幸乃さん自身で、複数回聴いている、幸枝若一門恒例のネタ。聴きなれているネタと思うと、後半、居眠りが発生。昨日の幸乃さん、マクラがたっぷりめになってた。これも、キャリアを積むことで体得してきたのでしょう。「関の弥太っぺ」がネタ下ろし。冒頭、「長谷川伸ものをしまう」と、幸乃さんは言ったんだけど、このネタが思い浮かばなかった、修業が足りません。浪曲のいつものようにされた刈り込みに、かなり粗い印象を持ってしまいました。弥太っぺが面倒見る気になった女の子の父親との関係とか、それを引き受ける実の祖母の心、8年後、助けた男に成りすまして婿に入り込もうとする男のキャラなどなど、かなり不透明な筋立て。長谷川伸の原作では、どうなってるのかなと気がかり。ということは、それを、しっかりと知っている人たちにとっては、あっさりと了解というところのネタなんでしょう。浪曲あるある話です。最後は歌謡浪曲となるもの。かなりの難物のネタと看ました。ネタ下ろしの粗さを感じたけれど、その粗さも新鮮。次回、このネタを聴けるときが楽しみな口演でもありました。
 昨日は、せわしなかった。夜は、アートエリアB1からのオンライン配信を聴くつもりだったから。でも、いつものように、城陽からの帰りは、ウォーキングを兼ねてのものとしました。その配信は、いつものラボカフェ。昨日は、「美術館のいま(11)〜八戸市美術館〜」というお題で、ゲストの八戸市美術館館長佐藤慎也さんによるお話、それと、いつものカフェマスターである木ノ下智恵子(大阪大学共創機構准教授/アートエリアB1運営委員)さんとのトークというものでした。八戸美術館は、11月にオープンしたばかりの新しい美術館。そのコンセプト、青森県の美術館事情などが内容でした。ただ、ここでも居眠りをしてしまっているので、感想めいたことだけをメモっておきたいと思います。佐藤さんは建築がご専門だそうで、その関係からでしょう、磯崎新の博物館論を引用されていました。これが、結構、気になった黄紺で、これは、いいもの聴かせていただけたと思っています。「①王宮型②均質空間③自由空間」と世代区分をしているようですね。納得できます。③には、ハンブルガー・バーンホフ現代美術館のような異空間の転用も入れておられました。それに対し「④参加型」という異なったコードを持ち込もうという試みをお話されていたと思います。もう1つ、印象に残ったのは、青森県の5つの美術館の連携と、八戸市内の文化施設との連携。青森県や八戸市の規模だからできるのかもしれないとは思ったけれど、地方の力、文化力、凄いものを感じました。黄紺と同じコメント寄せられた方、おられましたね。「行ってみたい、青森に」。その辺の2つがポイントだったと思います。トークでの突っ込み、その応対も聴いてみたかった。この間の寝不足が堪えていたとはいえ、勿体ないことしてしまいました。
 この午後以後のせわしなさに比べ、出かける前がゆったりしていたのが昨日の時間。だから、動画サイトにアップされている「ブラタモリ」を2本、観てしまいました。「渋谷編」「北海道スペシャル」。前者は、生で観ているので2回目、後者は、先日、観たばかりだったけれど、しかも、使われている映像は、個別に観たものばかりなのに、再度、観たくなってしまった優れものです。特に、スタジオ収録の実験が良かったもんね。そんなで、ゆとりの時間となりました。


2021年 11月 15日(月)午後 8時 21分

 今日から、再び、お出かけ予定が入っています。でも、先日までの11日連続などというとんでもないことはなく、3日だけ。その後は、自宅待機。でも、オンライン配信を受ける予定が2回入り、今度の日曜日に、再び、お出かけが入っているというのが、今後1週間の予定。お出かけと言っても、今回は、市民向け公開講演会が連なるということはなく、内2回は演芸という変化に富んだもの。その初日は、「京都文教公開講座2021(秋)」です。毎月曜日に、この間、開催されているもの。今日は、「日本の戦後史をふりかえる」というお題で、同大学総合社会学部教授遠藤央さんのお話があったのですが、これが解らない。このテーマは、実は、どないなお話が飛び出してくるか判ったものじゃないので、登録を躊躇しました。イデオロギーやら何やらで、方向性が変わって来る内容だからです。それが講師の方だけじゃなくて、参加者の中に、デリカシーの欠いた輩が紛れ込み、掻き回すことも想定されます。そんなで迷ったのですが、たとえ右翼っぽい流れになっても、そういった立場の人って、どういったことを眼目にしているのが、逆に判るじゃないかと思い、これは、別に右翼っぽい思想にだけではなくという意味ですが、それで、怖いもの見たさで受講登録をしておいたものでした。ところが、その想定は、ほぼ外れました。受講者の質問に、我田に水を引き寄せようというかのような質問がなかったわけではなかったのですが、それに対して、講師の方は、まともに折り合わないぞのスタンスで、はぐらかしたり、宥めたりするような応じ方をされたため、それ以上には流れは進まず、質問者の方も、まずい空気を感じ取れる人だったので深追いをしない節度もありで、これは良かったのです。そして、そういった応対をされる講師ですから、懸念していた、イデオロギーでリードするというスタンスではなかった。いや、そういった懸念を持っていたことを恥じなければならない内容だったのは解るのですが、、、。お話は、資料公開で出て来た新資料を基に、戦争末期から戦後における、日本政府のスタンスやら、アメリカ政府の態度を探るというもので、それが、黄紺的には判りにくかったのです。随分と、関係の書籍が出ているようで、お話は、そういった書籍で出て来る分析の紹介に終始するというもの。ただ、その事実が判ることで、というか、新資料に基づく分析に拠ったとして、日本政府の態度を、大局観が、そのように変わるのか、いや、その前提として、関係ある事象について、どのように捉えられていて、それが、どのように変わるのかというお話にならないものだから、ひょっとしたら、それらは、聴く方で構成してということだったものかもしれないのですが、解らないのです。しかも、トピックがどんどんと変化するものだから、頭が付いて行かなくなる。このテーマで、黄紺がついていけないとなると、かなりの難物だと思うのだけど、他の人、どうかなと思っていたら、案の定、個々のトピックを問う質問は、1つも出なかったから、解かってないんじゃないの、皆さんもと、勝手に断定してしまっています。1例を上げると、日本は、ソ連の参戦を知っていた。アメリカも知っていた(これは判っている、当たり前)、いや、日本は、ソ連の参戦を待っていた、そうする方が、米ソの緊張の中で戦後処理を進めやすいという読みなんでしょうね、事実、それで、天皇制を残せたわけですからね。でも、戦後の冷戦構造のなかの立ち位置まで考えてたってことにもなっちゃう、この、「でも」以下には触れられないで、このトピックは終わってしまった。だから、黄紺の頭のなか、ぐるぐるしちゃって、あとがついていけない。東京裁判で、アメリカ人弁護士は、この裁判自体に問題があると指摘している映像を見せていただきました。更に、原爆投下をしたことは裁かれないで、日本の戦争を犯罪として裁く矛盾まで指摘している。これをやられて、裁かれたいた方が驚いたと言います。それほどのことを、弁護人に言わせているアメリカの狙いは、、、、ここで止まってしまう。順序がバラバラになってしまうけど、思い出す順序で書くと、ポツダム宣言は「無条件降伏」というけど、「条件の付いた無条件降伏」というトピックでも、ポツダム宣言には、「無条件降伏」以外のことが書かれているのは、その文章を読めば判ること、占領を止める条件まで書いているわけですからね、そういった宣言文に書いてある条件なのか、それ以外の何かなのか、「無条件」ということ自体が「条件」と言っているのかが、お話では判らない。「原爆投下」は、「軍事的判断」であって、大統領のした「政治的判断」ではなかったとの分析もそう。原爆の威力は、2回のネバダの実験で解っていたと、それを、単に「軍事的判断」としていいのか。大統領判断とは断定できない資料が出てきているからと言って、そんなのあり?と思ってしまいます。たとえ、軍事的判断としたら、アメリカ軍の犠牲を食い止める、減らすのが目的になっちゃいますわね。などなど、です。こういったことを、個別に詰めて行かないとダメなんだけど、詰めが甘いお話というか、避けるお話だったもので、眠たくって、、、今日も、半ばで居眠りました。今日の居眠りの責任は俺だけじゃないぞは、心の叫びです。
 今日は、朝方も、講演会から戻ってからも、時間があったので、結構、動画サイトにお世話になり、「世界ふしぎ発見!」を1本、落語を3本も聴いてしまった。「世界ふしぎ発見!」は、「水の都・京都とミステリー・レイク琵琶湖のふしぎ」(2021.5.22)。実は、途中から、既に観ていることに気づいたので、こちらにメモ、残しているかもしれません。だから、粗く粗くメモっておきます。前半が、京都の疏水を切り口にして、京都の水がテーマ。南禅寺の水路閣だけではなく、加茂みたらし茶屋(下賀茂神社)を訪ねて、みたらし団子の謂れ(後醍醐天皇の御手洗池が起源だって!)、醍醐寺を訪ねて「水=醍醐味」から醍醐という命名となった、琵琶湖疏水の誕生のわけ(田辺朔郎も出てきました)、そして、疏水船に乗り大津へ、ここからが後半、琵琶湖博物館に展示されているゾウやワニの骨格が湖底に溜まって出て来るということから、琵琶湖誕生のわけ、縄文土器も溜まって出て来る、日本で唯一湖中の島に人が住む沖島での漁業、琵琶湖固有種の紹介も、三井寺は「三つの井戸」から出た名前、聖武・天武・天智の3人の産湯を取った井戸だって! 近江商人ネタから近江八幡に残るヴォリーズ建築、その流れでたねやのバウムクーヘン、旧長浜駅、敦賀港駅と、ついに目はヨーロッパへ。相変わらずの盛りだくさん。思わず、ロケの苦労に思いを馳せてしまってました。
 落語は、①桂歌丸「お若伊之助」②笑福亭松鶴(六代目)「ちしゃ医者」③三遊亭兼好「悋気の火の玉」。①は、「お若伊之助」で検索すると、志ん朝と歌丸が、YouTubeで引っかかってきた。志ん朝では、以前聴いたことがあったので、歌丸をチョイス。落ち着いた語り口が、人情噺を聴くのに安心感を与えてくれます。言葉が明晰なのが、いいですね。でも、「お若伊之助」は、最後がこける。せっかくの人情噺の強制終了という感じがしてしまいます。せっかくの歌丸の口演なのにと思っても、ネタだから仕方がない。「菊江仏壇」とは違ったやるせなさが残ってしまいました。②は、生で聴いたことありますね。全ての型が、もうここにありで、今も生き続けるくすぐりは、全部、入っていました。雀三郎は、星空ロマンを入れ、福笑いは、えげつなさ、きちゃなさを追い求めます。六代目の口演、ほのぼの感が残ります。③は、「悋気の火の玉」で検索。3人掛ったかな、その中から一の気に入りということで、兼好をチョイス。上方では文都がするので、聴いたことあるはずなんだけど、覚えてなかった。でも、「悋気の独楽」の二番煎じ感のあるネタですね。逆だったら、ごめんなさい、ネタに謝っておきます。兼好は、ここでもサブリナル効果的なくすぐりを入れるかと思うと、ベタなものも入れてた。そういった臨機応変さがいいのでしょうね。でも、なんで、「悋気の火の玉」で検索したんだろう? 己の行動に不可解さが残ります。


2021年 11月 15日(月)午前 5時 54分

 昨日は、お出かけなしの日曜日。まずは、朝方から、トルコ代表の試合をチェック。相手がジブラルタル代表。6点も入れてるから、ひょっとしたらと思い調べると、相手は、前半の早い内に10人になってた。でも、レッドカードが出た行為を動画で観ると、レッドカードでしょうね。自分の2本の足を使い、相手の足を挟みに行ってた。スローで観ると、やばいよ、これって思う行為でした。そんなで楽勝。グループリーグの2位に上がった。ライバルのノルウェー代表が、ラトビア代表相手に引き分けたのは、ついていた。トルコ代表とおあいこだね、これ。
 日曜日と言えば、「日曜美術館」がお楽しみ。「ルーブル美術館・美の殿堂の500年 〜革命とナポレオンのルーブル」というお題で、以前、BSであった放送の、地上波の放送ですね、これ。今回が2回目。主役はナポレオン、彼が、ルーブルを、宮殿から美術館に変えた張本人ということで、その特集でした。この番組、誰しもが知っている作品ではないものを取り上げ、時代を映してくれます。前回もそうだった。冒頭に、ここがルーブルだと判らせるかのように、「モナリザ」「ナポレオンの戴冠」は出て来たけれど、あくまでも掴みっていう感じでした。で、取り上げられた作品をメモっておきます。①(古代エジプト)書記座像(目は水晶)②アントワーヌ=ジャン・グロ/アルコレ橋のボナパルト将軍(27歳のナポレオン)③ヴェロネーゼ/カナの婚礼(ルーブル美術館最大絵画、イエスの初めての奇跡の場面、舞台は16世紀のヴェネツィア、不吉なものとして砂時計が描かれる、時のうつろいを示す砂時計は受難を暗示)④(1つのギャラリーが)神殿の遺構(アメンヘテプ3世頭像、プトレマイオス朝のミイラ、タヌテレレの棺)⑤ダヴィッド/ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠(ローマ皇帝のように頭に月桂冠、ナポレオンの背後に教皇を置き教皇を凌ぐ権力者を印象付ける)⑥クエンティン・マサイス /金貸しとその妻(富と欲望の象徴、神を忘れ欲望のままに生きる人間の姿、人間の業を描く)⑦アントワーヌ ジャン・グロ/エイローの戦場におけるナポレオン(ロシア・プロイセン連合軍に勝利したときのもの、一晩で5万人の戦死者という戦争の現実にナポレオンの顔は青白い、疲れ切っている)⑧アングル/グランドオダリスク(オダリスクはオスマントルコのハーレムに使える女性、その背中は長く伸びている、アングルはダヴィッドの元で歴史画を学ぶが女性の裸体画を描く。
 そして、午後の一時は、落語三昧。時間があったので、長編ものを聴くことができました。それは、次のようなものでした。①桂米朝「菊江仏壇」②三遊亭円歌(二代目)「さんま芝居」③林家正雀「万両婿」。①では、米朝師が、「このネタは難しい」と一くさり。確かに、冒頭の長台詞だけでも、超がつく難しいもの。そういった苦労の割に、演じ手にも聴き手にも、待望論はないのは、やはり、筋立てに無理があるからでしょうね。上手く演じられれば演じられるほど、切ないを通り越して、嫌~な気分になってしまいます。米朝門下の千朝、米二が、その米朝師の技を、今に伝えてくれています。②は、思い付きで「さんま芝居」で検索すると引っかかってきた。この二代目円歌は、黄紺には間に合わなかった噺家さん。もう少し早く、東京に行けていたら、その口演を生で聴けたのにと思っています。「志ん生、円歌に間に合わなかった」黄紺です。マクラは、古風で、今の感覚で聴くと、ちょっと生っちょろい印象。それを考えると、①で聴いた米朝師のマクラは、ヴィヴィッドに聴ける。①と②とのタイムラグなのかもしれません。ところが、ネタに入ると、見事なメリハリの効いた口演に圧倒されました。「こりゃ、名人に数えられるわ」と、しっかりと、その技を楽しませていただけました。それが、更に高揚するのが、後半に入り出て来る芝居の真似事になるところ。歌舞伎役者さながらの口調に、びっくり。いい声です、通ります。ここだけ抜いて聴くと、「この役者、誰?」と尋ねねばならないほどのもの。「さんま芝居」って、「田舎の噺じゃなかったっけ」と、聴き終わってから思ってしまいました。知らない内に、そういったことを忘れて、芝居に没頭して聴いてしまってました。③は、「林家正雀」で検索。すると、自身の運営する独自のYouTubeチャンネルを発見。③は別のチャンネルからのピックアップですが、今後の楽しみが増えました。「万両婿」、聴いたことがなかったのでチョイス。ところが、これ、「小間物屋政談」じゃないですか! 「小間物屋政談」で検索すると、そういったお題を付けて口演している東京の噺家さんがいましたから、両用のようですね。上方では、「小間物屋政談」で、塩鯛と文我が持ちネタにしていますね。ところが、この二人で聴いたことがあるのですが、40分くらいかけてやってたんじゃないかな。塩鯛の場合、もっと長かったかもしれません。ところが、正雀は22~3分。そないな長さでできるのかと思っていたら、テキストを切り詰めているのが、よく判る口演で、全てのエピソードをカヴァーしていました。正雀の明晰な口演が、その無駄のなさを、余計にクリアな筋立てに仕立てているようで、感心しきりでした。
 お出かけは、いつものように、ルーティンにしているウォーキング2回だけ。昨日は、昼前も夕方も暖か。風のあるなしで、随分とウォーキングをしているときの気分が変わる季節です。いよいよ、黄紺の嫌いな寒さが増す季節です。まだ、11月半ばだよと、風の強い嫌な日などは思ってしまう。最高気温も20度近く行っていて、これだから、冬、嫌だよね。どうしよう、耐えられるだろうか、この冬って、思ってしまっています。


2021年 11月 14日(日)午前 5時 49分

 昨日も、お出かけなしの一日。ただ、一昨日と違うのは、オンライン配信で市民向け公開講座に申し込んであった。それが、午後3時開始で午後4時半まで。こういった時間設定だと、他の予定なんかを入れやすいですね。おかげで、一昨日に続いて、動画サイトにアップされているものの視聴に、時間を回すことができました。もちろん、お出かけは、日に2回のウォーキングのときだけ。昨日も、一昨日同様、昼前が、風の影響で冷たく、夕方のウォーキングは暖かだった。夕方に風が止むことが多いので、内陸にありながら、大阪からは40㎞の距離だから、凪になってんだろうなと、勝手に考えています。日々のウォーキングで知ることになった、自宅界隈の傾向です。で、視聴した動画は、前半が「世界ふしぎ発見!」、後半が落語を聴いて、観ることにしました。「世界ふしぎ発見!」は、「南米大陸パタゴニア 絶景氷河と野生の王国」(2021.4.10)という、コロナ禍のなか制作されたもの。かつて放映した「パダゴニア編」を活用し、新たに、アルゼンチン在住で日本語の喋れる人をMCに起用して、間を埋めて行くという編成になっていました。いきなり、パダゴニアとは思えないと言っても、パダゴニア風景を知っているわけではないけど、「いくらなんでも、これ、スイス」という風景からスタート。バリローチェという町で、スイス人移民の町だそうです。アルゼンチンは、白人主体の国だとは知っていても、こういったピンポイントでの移民の町があるなんて、全くの想定外。びっくりの風景でした。掴みは、なかなかグーです。その後の展開は、自然の風景、そこに住む生き物中心の展開となっていました。①ペリト・モレノ氷河(2m/1日移動、崩落を見れる、溶けた水が潤滑油になるため動きやすい、氷河の上は凸凹)②フィッツ・ロイ(パタゴニアの最高峰3405m)③ナンキョクブナ(風が強く直角に曲がっている)④パン・デ・インディオ⑤世界最大の恐竜化石(竜脚類、40mの高さは7~8階ビルの高さ)⑥イスチグアラスト国立公園(世界遺産、アルゼンチン中部にあり乾燥した風に吹き晒されているがかつては森、そういった自然が恐竜王国を作っていた)⑦バルデス半島(現代の生き物の楽園)⑧マゼラン・ペンギン⑨パダゴニアに住む土着の人/ガウチョ⑨世界遺産クエバ・デ・ラス・マノンス(グレートジャーニーの果て、先住民の住居跡、手形が残る)⑩マプーチェ/コシャユーヨ(海藻を食べる、コーリ/じゃがいもと海藻のスープ)。もうごった煮の編集。振り返っても、すぐには思い出せないほど。
 落語は2本。①笑福亭松鶴六代目「人形買い」②三遊亭小遊三「汲みたて」。①の音源が残っているとは知りませんでした。第一、六代目のこのネタ、知らなかった。そんなで飛び付いた代物。六代目の溌剌とした声が、何よりもいい。「人形買い」自体、最近どころか、黄紺が落語ファンになってからも、これを持ちネタにしている噺家さん、ほとんど知らない。仁鶴、それを継いだと考えられる仁嬌くらいかな、となると、六代目の系譜ですね。ひょっとしたら、染左が持っているかもしれません、自信ないけど。長屋で節句の祝いに粽が届いた、そのお返しに人形を買った男2人、長屋で口うるさい男3人(八卦見、講釈師、神道者)に、買った人形を見せに行く。すると、各々が本業で答えてしまうため金を取られてしまうというもの。聴き終わり、出ないはずと思ってしまいました。古風の一言に尽きますね、ネタが。「六代目の溌剌とした口演だからこそ聴けた」、そういった印象を持ってしまいました。②は、このネタ、知らなかったから聴いたっていうところ。ネタの存在は知っていても、噺の筋立てを知らなかった。冒頭は、「猫の忠信」風。稽古屋の女師匠の男の噂。どうやら、それが事実らしいってんで、男3人が、師匠のデート(川遊び)の邪魔をしようとなり、それを実行。ついにケンカになってしまったところへ、肥汲み舟が通りかかる、下げが、めっちゃきちゃない! 「汲み立て」は、正に「肥え」のことだった。小遊三は、「蛙茶番」を聴いて、ろくでもない長屋の住人を演じさせると抜群だなと思っていたので、このネタも、正にどストライクの口演でした。
 で、オンライン配信。「宇治茶文化講座2021 第3回“宇治茶フィールドワーク(オンライン)in宇治市”」というものでした。以前、茶畑農家の紹介を配信していたものの続きです。お世話は、地元の京都文教大学が行っているもの。「宇治茶生産を、世界文化遺産に」との思惑がベースにあるイベントです。前回、配信を受けたとき同様、森正美(京都文教大学副学長)さんが、コーディネートされたようで、全体のMCを、この日も担当。内容は、その森さんと中畑伶威(お茶と宇治のまち歴史公園茶づな学芸員)さんのお二人が、「茶づな」の中を案内するというのが前半。後半は、「茶づな」の研修室を使い、小嶋秀子(お茶と宇治のまち歴史公園茶づな日本茶インストラクター)による、「お茶の淹れ方」ワークショップというものでした。後半は、前回も似た企画を観たため、9割方、居眠りをしてしまいましたが、いい情報を掴みました。お茶っ葉って、淹れたあと、それを溜めて、味付けをして「ご飯の友」にできるということ知ることができました。邪魔くさいから、せーへんけど。「醤油と味りんとで味付けして、雑魚を加えると美味しいですよ」と小嶋さん、「そりゃ、美味いだろうな」とは思ったけれど、「邪魔くさい」が先に立つ黄紺です。前後が逆になっちゃいましたが、「茶づな」の紹介、これ、前に、アートエリアB1からの配信で教えていただいていたので、2回目となります。だから、京阪宇治駅裏の宇治川河原に、えらい立派なものできてるの知ってました。「太閤堤」が、そのアートエリアB1からの配信の際はテーマでしたが、今回は、お茶を優先。でも、しっかりと、太閤堤の再現したものも、この歴史公園に取り込んでくれていました。ここでの、いい情報、いただけました。今、お茶の花が咲いているそうです。茶生産農家では、花を咲かせることはご法度。説明を受けて納得したのですが、花を咲かせ、実生なんて考えはないからです。そこに栄養分が行くことを防ぐ。繁殖は接ぎ木でできる、その方が、確実に茶の再生産ができますからね、だから、茶生産農家の茶畑では、お茶の花を見ることはないけれど、「茶づな」では、試みとして実生もやってる、だから、「花を見ることができる!」ということでした。行ってこようかなと、これは、「邪魔くさい」とは思わなかった黄紺でした。


2021年 11月 13日(土)午前 6時 49分

 昨日は、久しぶりにお出かけなしの一日。ひょっとしたら、映画に行くかもとも考えていたことは考えていたんだけど、時間も大丈夫だったのだが、家にいることを選びました。だから、お出かけは、ルーティンにしているウォーキングだけという一日。しかし、昼前のウォーキングは寒かった。急に冷え込んで以来、厚着をして出かけるようにしてるけれど、昨日の昼間は風が冷たくて、ウォーキング途中の休憩がてらの読書は、早々に切り上げてしまった。まだ、寒さに身体が慣れていません。夕方は、逆に、同じ格好でのウォーキングに出かけたら、今度は、途中から厚くなってしまい、一番上に着ている薄手のジャンパーのチャックを下ろして、身体を冷やしていたくらい。まだ、これが普通な気温だと思っているけれど、風は体感温度を下げてしまいます。
 そんな一日、この間、お出かけばかりだったので、動画サイトを活用して、この間、観続けている「ブラタモリ」の最新作シリーズばかりか、動画三昧の日としました。最近は、毎日のように、朝方のトルコのコロナ情報収集に時間を要しないものだから、午後の一時ばかりか、朝の時間も活用しての動画三昧となりました。まず、「ブラタモリ」は、「淡路島前後編」の2本。2回目の視聴になるけど、しかも、わりと最近なんだけど、もう忘れている。瓦をネタに、淡路島界隈が湖だったってこと、もう忘れてた。タマネギをネタに扇状地の重なり話と中央構造線が絡んでくる話も。やたら、野島断層ネタが、強烈過ぎるということなんですね。ちゃっかりと淡路の人形芝居も入れてました。確か、海原千里・万里(上沼恵美子姉妹)って、その環境で育ったんだったですよね、そんな古い、忘れていた話を思い出していました。
 この時とばかりに、「日曜美術館」も1本、ピックアップ。先日のクールベに次いで、19~20世紀にかけてのフランスの巨匠から、ドガを見つけました。「ドガ光と影のエトワール」(2010.10.10)です。姜尚中のMC時代のものです。黄紺は、リヨン美術館で観た記憶はあるのだけど、ドイツには、あまりないからか、実物は、あまり観てないなの記憶ですが、リヨン以外でも観たような記憶があるのだけど、それがどこかは思い出せない画家。この番組で、ドガって、結局、ほぼ何も知らなかったなの印象が残り、やはり、作家さんの背景、経歴を知っておくことの大事さ、先日のクールベ同様、よ~く解りました。晩年、ほぼ光を失っていた。踊り子さんの絵があるのは判ってたけれど、バレエ絵画を描かせたら唯一無二の存在だったほどの特化した功績があるとは、、、おかげで、同時代のバレエリーナの社会的位置も勉強させられ、「ボエーム」の世界に通じるパリの裏の顔を見た思いもしました。取り上げられた作品をメモっておきます。①エトワール(バレエ絵画の最高傑作、着地前の躍動感を表現、エトワールを見つめる奇妙な人物はバレエリーナの品定めをするパトロン、ダンス・フォアイエでバレエリーナを選ぶブルジョアジー、バレエリーナは囲われ者、それを背景にブルジョアジーの鑑賞する位置からのアングルで描いている)②バレエの授業(稽古場でのレッスン風景)③画家の肖像④馬車に乗る女性の後ろ姿(セミラミスにための習作)⑤エドモンド・モルビッリ夫妻(イタリア留学後パリの戻って来てからの作品、妹夫妻の隙間風まで捉える)⑥綿花取引所の人々/ニューオリンズ(叔父の経営するところ)⑦舞台の二人の踊り子⑧ジャン・ペロー「舞台裏」⑨アラベスクの終わり(パステル画)⑩浴盤/湯浴みする女(ドガのパステル画の最高峰)⑪自身を撮った写真⑫身体を拭く裸婦(写真)⑬浴後/身体を拭く裸婦(写真を基に描く)⑭青い踊り子(写真を基、1人ずつの写真をアトリエで撮りそれを4人組み合わせる)⑮踊り子たち⑯休息する二人の踊り子(晩年の作品)⑰右脚で立つアラベスク(左腕を前にしたバレエリーナ)⑱14歳の小さな踊り子(生前1回だけ発表、痩せた少女、コルセットとチチェは実物、頭部に髪の毛も添える、陶芸用の土、その上に銅、1度完成させたあとにもう1度作っている、公開時は不評)。光を失っていくことで、パステル画を描くようになっている。印象派の旗手として、登場して来た頃、ドガ36歳の時、普仏戦争の従軍検査で変が判る。同じころ、裕福だったはずが、父親が事業に失敗して、負債を残し没、弟は自殺という時期。彫刻も、そういったなか、制作していたよう。没後、150体ほどの作品が出て来る。そういったなか、生前で唯一公開されたのが⑱。痩せた少女は、当時の市民が求める女ではなかったため、不評。だが、内面の強い意志が表されている。モデル探しの結果、判明。デッサン帳に残る同じポーズの女性の傍らにモデルの住所、ベルギーからの移民でモンマルトルに住む(貧しいということ、正にボヘミアンの世界)、妹はエトワール、モデルの少女もバレエリーナを目指していながら、モデルになった翌年15歳でオペラ座解雇になっていた、以後は不明。バレエの世界って、市民社会の縮図ですね。社会のヒエラルキーを表す存在でもあったところに、ドガは関心を寄せたようです。オペラ座に年間シートを確保していたそうです。表も裏も観て、それを描く。いや~、おもしろい、勉強になりました。クールベに次いで、黄紺的に大収穫となりました。
 もう1本、観ています。それは、先日、放送があったばかりの動画。実は、その途中で寝てしまったため、ひょっとして、動画サイトにアップされてないか確認を取ると、「ブラタモリ」の最新作がアップされている動画サイトで発見。「ブラタモリ」同様、削られない前に観ちゃおうということでのチョイスでした。「歴史探偵」の「応仁の乱」です。足軽の登場、活躍ぶりを伝えるものです。番組でも言っていますが、戦国の世を迎えるに先立ち、足軽が登場していたという話。応仁の乱による、京都の荒廃、生活の困窮が足軽に庶民を駆り立てたという解りやすい背景。真如堂絵巻で、その姿も紹介されていました。武具なしなんていう輩も描かれていましたが、問題は、その武器。3mにもなろうかという長槍を持っていました。戦いのプロとの戦法は人海戦術、しかも、槍を上から叩きつけるという方法、ちょっと待って、その「叩きつける」という手、講談「長短槍試合」で出て来るじゃないか! 槍なんて知らない藤吉郎が、行きががり上、「長槍」を選んだ。で、その長槍を持った足軽に指示した戦い方が、この「叩きつけ」、「振り回せ」なんてのもあったな。なんだ、これだったら、藤吉郎は、長槍の使い方知ってたってことになっちゃう。大阪に行ける日々なら、すぐにでも、南海さんや南湖さんと、これ、話題にできるのにと思ってしまいました。


2021年 11月 12日(金)午前 5時 39分

 昨日は、一連の「市民向け公開講演会」行脚の最終日。その講演会も、コロナ禍で延期になったもの。そういったものが、上手い具合に、すっぽりとスケジュールを埋めて行った結果、こないなハードなことになりました。日々、異なったテーマで、いろいろな新しいことを知ることが出来たり、考えが深まったりと、嬉しいことは多々あるのだけど、一方で、時間の制約があるものだから、ウオーキングの時間稼ぎが、まずはきつかった。身体を動かす、日々、同じように動かしてきたものだから、そうしてないことを考えることがストレスになっちゃう。身体が動いていることの快感ていうのを、すっかり身体が覚えてしまっています。それと、日々、午後の一時と称して、いろいろしてきたけれど、それが制限されてしまいます。本を読む時間も制限されてしまう。どうも、ルーティンにしている事柄に制約がかかるのが鬱陶しいのです。でも、時間は24時間しかない、これって、若いころにも思ってた。もっと、自分に時間があったら、こないなことをしたい、そのしたいことが多いんだなぁ、好奇心ってのが多いのでしょうか。で、昨日のお出かけ先は、コラボしが21、びわ湖ホールの向かいです。こちらで、「滋賀の文化財講座/花湖さんの打出のコヅチ」がありました。年6回開催の内、今年は4回、行けました。コロナ禍で延期されたからか、昨日の講演会が最終回となったそうです。昨日は、「建造物のさまざまな屋根技法」と題して、滋賀県文化財保護課の菅原和之さんのお話がありました。「今年は、5件の文化財の屋根の修理を行った」と言われていましたが、その修理に当たる行政側のプロらしく、時には、タームが湯水のように出て来るといった方。こういった講演会や、美術館のキュレーターの話などを聴いていると、文化財の修理の専門家って、伝統的な技法を使う技術屋さんというよりか、アーティストであったり、歴史や考古学のプロだったりと、クリエイティヴな仕事のできる人たち、研究者というイメージが出来上がったきています。この講演では、そういった人による、様々な屋根を教えていただける、はずでした。でも、ここにきて最悪。ほぼ居眠りをしてしまいました。けど、いいレジュメがあります。覚えているところでは、ほぼ、そのレジュメ通りの進行だったうえに、良かったのは、屋根技法を説くパネル展示と、更に、一部実物(触れても良かった)が、会場後方に置かれていたものだから、具体的に何についてお話をされようとされていたかは、目で確かめてあるものだから、細かな専門的なタームや説明は判らないにしても、おおよその想像がつくのです。とにかく、伝統的建造物の屋根の種類を網羅されたお話です。形状ではなく、屋根葺き材を目安にした技法の説明でした。形状は、種類だけ触れられたのですが、それらの、滋賀県内で実用例のランキング順に並べると、入母屋造、寄棟造、宝形造、切妻造となるそうです。で、肝心の屋根葺き材のランクでは、①檜皮葺②瓦葺③こけら葺④銅板葺だそうで、それ以外の葺き方は、次の通りです(これ以下の〇数字はランキングではない)。⑤とち葺⑥よろい葺⑦茅葺となります。②④以外が自然素材、②は、仏教伝来とともに日本に伝わったもの、①の生産の仕方が、パネルで詳細に紹介されていました。檜皮採取から始まり、同じような形状に整形する、それを、驚いたことに、僅かずつずらして重ねて行くそうです。その重ねた姿が横から撮られた画像には、目を見張ってしまいました。あまりに緻密に重ねられているものですから。③と⑤は、使う木材の種類が違うだけ、「こけら」は「杮」です。これも重ねます。その重ね方が、こちらも凄い。木材にカーブを付けたりして重ねたりしないといけないところなんて、同形状のカーブにしなけらばならないはずですから、それを、1枚1枚作り上げるだけでも、気が遠くなる作業だと思いました。「熟練の技、ここにあり」です。⑤は、非常に特殊なもので、延暦寺の7棟だけに使われているそうです。現存では、それだけですが、国宝根本中堂も、建立当初は、これだったそうです。⑥は、①と③の合体版、県内では、重文豊満神社四脚門のみに使われている葺き方だとか。⑦は、一般農家でも使われていた、お馴染みのものです。④は耐久性が高いということで、江戸時代以後、庇に使われているそうです。ほとんど、メモることできないのかなと思ってたけど、ポツリポツリと記憶が残っていますが、やはり、パネルが有難かったですね。
 昨日は、朝方に、時間があったから、ということは、昨日の朝も、トルコのコロナ情報収集が薄めだったこともあり、刈られる前に「ブラタモリ」ということで、動画サイトに残る「諏訪編」を観ました。生放送でも観ているけれど、やっぱ、これ、凄いわ。諏訪は地形の宝庫です。最後は、「縄文海進」ネタになってたのも、圧巻! この言葉も、この番組で知った黄紺です。東京湾があったりなかったり、これは、海面上昇に因るもので、そういったことがあったってことは、この「ブラタモリ」でも、何度も話題になってたけれど、それに「時代」が付いたのは初めてで、とっても新鮮でした。考古学なんかの世界では常識なんでしょうが、なんせ、その辺に疎い黄紺には新鮮なのです。あと、もう少し残っていますから、楽しみは続きます。


2021年 11月 11日(木)午前 6時 19分

 昨日は、朝からお出かけ。まだ続いている「市民向け公開講演会連続11日間」の10日目です。お出かけ先はアスニー山科。昨日は、こちらで、「天龍寺の歴史と禁門の変」というお題で、天龍寺宗務総長の小川湫生さんのお話を聴くことができました。小川さんは、このアスニー山科での講演会のお世話をされるとともに、ご自身も古代史の研究者でもある田井さんの、小中学校の同級生。お二人の話しておられる様子を見て、そんな印象を持っていたら、小川さん自身から、そういった紹介がありました。「そんなで、京都の西の端から東の端へやって来ました」と、気さくなお坊さん。僧籍にある方や神職にある方が、ご自身の寺社について語られるときって、二様があります。研究者か素人か、でも、素人であっても、寺社については蘊蓄があるから、つまらんわけではないのだけど、黄紺的には、実証的に話される研究者のお話を好みます。昨日は、歴史は素人さんのお話になったため、お題になっている「禁門の変」の説明は、資料を読み上げるというものになったもので、ここで、大量の居眠り。その前の、開山となった夢窓国師の経歴から、既に、居眠りが始まっていたから、大量を書かないわけにはいきません。幕末、多人数で京都入りした武士は、寺院を宿泊地にしたらしい。「禁門の変」のときには、長州藩士が宿泊地としたため、それが追われてしまうと、根絶やしとばかりに、後を追った薩摩に、宿泊地とされたということで、焼き討ちに遭ったというのです。ですから、現在の天竜寺の大半は、その焼き討ち以後の明治になってからの再建ものになるというわけです。それが、本日のメーンとなる「禁門の変」の物語。当時の僧が、その一部始終を書き残しているということで、史料の読み上げになったというわけです。その前に、天竜寺に由来と創建に関わった夢想国師の来歴話となり、読み上げ後は、夢窓法師の思想となりました。天竜寺の由来では、元々は、嵯峨天皇の皇后が、この地に、最古の禅寺となるダンリン寺を建立、その後、荒廃していたところへ、後嵯峨天皇が、鎌倉時代に亀山殿という離宮を建設。その地を、南北朝時代、足利尊氏が、敵対した後醍醐天皇を弔う意味を込めて、天竜寺としたということです。「後醍醐を弔う」というのに、夢窓国師の関りがあったと言われていました。となると、夢窓国師、気になるところだったのですが、上に書いたように、その生涯のところで、居眠り。腰の痺れが酷く、午前3時半に起きたままでは、こうなる運命でした。ただ、終盤、夢窓国師の思想として、「自然観」「平等観」「平和観」のお話をされたので、少しは取り戻しました。夢窓国師って、よく名前を耳にすると思っていたら、「自然観」のところで、その答えが出ました。「庭作り」で、その名が出て来るのです、全国的に。京都では、苔寺こと西方寺がそうでした。「山水得失夢 得失有人間」、なかなかいい言葉です。「平等観」では、先ほどの後醍醐の弔い話を言われていました。それは、「平和」にも通じるということでした。
 昨日は、空いた時間に、それは、一つにはお出かけ前の朝、それと、午後の一時とに分けてでしたが。朝に観たというのは、午前3時半起きが噛んで来ています。その時間を活用して、某動画サイトで見つけた「ブラタモリ」の新作、スペシャルを、消されない内に観ておこうということにしました。「伊勢神宮スペシャル」「深谷」「館山」「木更津」、この4本を観たのです。凄い、気合い、入ってます! 「スペシャル」以外の3本は、NHKプラスで観てるんだけど、「ブラタモリ」は、2回、3回と観ると、その蘊蓄が、よく判ります。YouTubeに大量にアップされていた当時は、それ、やってました。で、やはり観直して、正解。特に、この関東の3都市編は、地形の濃~い話題が詰まっているから、2回観ないと、学習が進まないということが、よく判りました。「伊勢神宮」は、新作放送のときには2回に分けていたのを、1回にまとめた「スペシャル」。古市の風景に魅せられたのを思い出しました。近江ちゃんの某台詞まで、覚えてた黄紺には、たまらない再放送ものでした。
 夜は、アートエリアB1のラボカフェをオンライン配信を楽しむ日だったのですが、ここでも、居眠り。昨日は、ミュージックカフェの日で、「サポーターがチャントを歌い続ける理由―サッカースタジアムに木霊する叫びー」を、大阪音大が担当して、トークがあるというので期待大なものだったのですが、単に、ガンバ・サポーターでもある厚朴甲子朗(大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻)さんがカフェマスターになり、鈴木啓之(ガンバ大阪サポーター連合代表)さんと、ガンバの応援形態をお喋りするというもの。なんじゃ、それ! 「チャント」をカテゴライズして、日本だけではなく、世界各地の応援風景を紹介してくれるのかと、勝手な期待をしていた黄紺がおバカでした。「サッカーは文化だ」と思っている黄紺の早とちりというか、我田引水的期待が裏をかいてしまいました。居眠りばかりしているので、もう、配信を、途中で切ってしまいました。


2021年 11月 10日(水)午前 5時 4分

 昨日のお出かけは、午後に入っていました。朝方に、いつも収集する、トルコのサッカー情報も、国際マッチデイを控え、月曜日に試合が入らなかったため、手空きになったうえ、トルコのコロナ情報収集は薄い日ということで、朝方に時間ができた。そこで、久しぶりに、動画サイトにアップされている「世界ふしぎ発見!」の最新ものをチェック。やはり、コロナ禍で日本が中心、致し方ないのでしょう。そういった中で、リモートでプロデュースしましたと、そのコメントまで入ったものがあった。以前、同様の趣旨だったのじゃないかなと思える「台湾編」があったけれど、その「イタリア編」。現地に住む、日本語の話せる人をMCに起用し、リモートで指示を出しているようです。MCは3人、1人で全体をカバーしても良さげな個性派ぞろいでした。讃岐弁丸出しの日本生まれのイタリア人女性、イタリアに居を構える日本人オペラ歌手、昭和歌謡好きのイタリア人のオタク男の3人が、入れ替わり案内をするというもの、題して「地元っ子がご案内 イタリア・ローマ新発見!」(2021/2/20)。主な内容は、次の通り。①誰もいないコロッセオをドローンで撮影②ディオクレティアヌスの浴場(ミケランジェロが改修して教会に)③マルケルス劇場(ブラタモリでも流してたはず、今も人が住んでいる)④グルメ(チチェラ/豆、干柿、火山性土壌の坑道で栽培しているホワイトマッシュルーム、ピンサ/ピッツァに見えるけど米粉や大豆粉を使う、スップリ/伸びるチーズ、ポルケッタ/豚の丸焼き、パスタ/カチョ・エ・ペペ⑤パレストリーナ(フォルトゥーナ神殿/80年前発見爆撃を受け見つかった前2世紀の神殿、バルベリーニ宮殿/現考古学博物館)。最後の⑤が、黄紺には、正にツボ! 20年以上前に、ローマ経由でイスタンブルの往復をしたときがあったんだけど、飛行機の接続が良くなかったのを利用して、ローマで遊んだことがあったとき、ローマ郊外の町に行こうとして、アナーニに行くか、パレストリーナに行くかで迷ったことがあった。結局、アナーニを選び、それはそれで成功とともに、自分的「アナーニ事件」も経験してんだけど、また、イタリア来たときにと思いながら、行ってないところだったので、ツボなのです。フォルトゥーナ神殿の画像が気になってて、その正体を見せてもらえたのが、嬉しかったな。ここは、オタク男の案内だったのですが、彼は、「氾濫するナイル」をテーマにした古代ローマのモザイク画を紹介したかったようです。この博物館では、エトルリア期の金細工(粒金細工)を再現できる人がいるということで、紹介があったのもツボ。チビこい金の球、教えられて、とんでもない希少な作り方だと知りました。そう言えば、この金の小さい球、観たことあると、すっかり嬉しくなりました。映像の流れが悪いところがあったので、跳んでいる箇所もあるのだけど、コロナ禍で、これだけ見せてもらえれば、超ラッキーでした。ええもん、見つけました。
 午後のお出かけ先は、またまた、歴彩館。昨日は、定期的に行われている「資料に親しむ会」。お題は、「江戸時代のレシピ」。お話をされたのは、同館資料課の室和さん。お話はあっさりしたものだったのだけど、かなりユニークなもの。江戸時代の「職人尽絵詞」という絵図に豆腐職人が載っているということで、江戸時代の豆腐に関わる資料をピックアップ。そして、「豆腐百珍」なる豆腐料理のレシピの紹介、更に、ここがユニークなところなのですが、その中から幾つかの豆腐料理を、実際に再現するというもの。そして、それらの料理で使われる醤油に関わる絵図や略史、そして、豆腐料理を扱う祇園や南禅寺界隈の料理屋の絵図の紹介がありました。中には、現中村楼の基になる田楽屋、現奥丹の基になる丹後屋の描かれた絵図、豆腐料理が大関にランクされている料理番付なんてのが出てきました。で、メーンのレシピ紹介で取り上げられた料理は、次のようなものでした。( )内の表記は、「豆腐百珍」が付けた料理ランクです。①葛田楽/祇園豆腐(通品)②木の芽田楽(尋常品)③草の八杯豆腐(尋常品)④真の八杯豆腐(妙品)⑤高津豆腐/南禅寺豆腐(尋常品)⑥湯やっこ(絶品)。③と④に出て来る「草」と「真」は反対語だそうです。自分的に作ってみたいと思ったのは、やっぱ、落語に出て来る「田楽」ですね。「ん廻し」では、若い連中が、1つでも多く手に入れようとする噺ですから、人気の料理とインプットされているからです。でも、レシピには「白味噌使用」となっているのが、黄紺的には玉に傷です。ただ、今の豆腐と江戸時代の豆腐、同じなんだろうかと思ってしまいました。子どもの頃に食べた豆腐とも今の豆腐、違いますからね、めっちゃ、水分多くなってる。だから、江戸時代の風味とは、今の豆腐使ってると同じだとは思えないんだけど、、、。
 昨日は、このお出かけを挟んで、いいもの観てました。「世界ふしぎ発見!」の新作を見つけた動画サイトが、普段、あまりアクセスするところじゃなかったもので、「ブラタモリ」で検索してみた。すると、最近のものが引っかかってきた! YouTubeをはじめ、著名な動画サイトでは、「ブラタモリ」は刈られてしまい、以前のようには観れなくなっている(これが当然でしょうが)ので、NHKプラスでしか観てなかった、最新作だけを。ところが、NHKプラスは嫌らしく、再放送ものはNGで観ることができない、「ブラタモリ」だけかもしれませんが。コロナ禍でロケができないので、過去ものを編集して「スペシャル」を流しているけど、それも、再放送となるのでNG。なもので、黄紺は観てなかったところが、それらがアップされていたのです。おかげで、昨日は「三英傑スペシャル」「北海道絶景スペシャル」の2本を観ました。前者は「岐阜」「大阪」「名古屋」を辿ったもので、全て近江ちゃんもの。圧巻は後者、やっぱ、北海道はおもしろい、地形話の追加分まで凄かった。本放送でもなかった「東西衝突」ネタが入り、それを実験で見せてくれるというもの。美瑛の平原成り立ちも実験で見せていました。こちらは、「函館」「知床」「美瑛」「釧路湿原」だから、3人のMCが勢揃い。釧路湿原での林田さんの吊り下げ場面とか、知床での強酸性温泉話という名場面、出して欲しかったな。北海道は、「室蘭」も、「小樽」も、、、、とおもしろいところばっかだから、このスペシャルの第2弾、期待できるんじゃないかな?


2021年 11月 9日(火)午前 5時 40分

 連日続く、市民向け公開講演会シリーズ、昨日も、まだ続いています。始まったとき、1週間だと思っていたら、しっかりと予定表を見直して、11日連続だと判明。これには、さすがに驚いています。なかには、同じ講演3回目なんてのもあったし、先日のSDGsは、さすがに期待とは違ったしと、ま、それは行ってみないと判らないことですから、その替わり、宮川町、河原院という超優れものもあったわけですからね。で、昨日は、京都文教大学のキャンパスであった「京都文教公開講座」に、先週に続いて行ってまいりました。昨日は、「中国四大奇書『水滸伝』の魅力に迫る~男前たちの物語~」と題して、同大学こども教育学部准教授林雅清さんのお話を聴くことができました。前回も中国ものでしたから、こういった講演会では珍しく、中国ものが2回続いたことになります。公開講演会の傾向が判ってきているもので、余計に嬉しいですね。まずは、下地ということで、中国文学の展開を押さえていただけましたが、お話の核心は、ここだったような気がします、振り返ると。文言と白話、韻を踏んだりという約束事に縛られている文と、そういった拘束から開放された文という意味での白話です、散文と読み替えていいような意味合いでの白話ですね。内容的にも、通俗的なものを「白話」という言葉を使うそうです。あとの質疑応答で、「“阿Q正伝”が白話じゃないのか」という質問が出てたけど、人の話聴いてない人がいるんだな、ホント、でも、ステレオタイプに20世紀の白話運動を知っているだけ、エライ! 「漢文・唐詩・宋詞・元曲・明清小説」といった言い方は、なんとなく知ってたつもりだけど、その違い、もうそっと丁寧に教えて欲しいものです。「四六駢儷体」を上げて、これが「漢文」だと言われても、「四六駢儷体」は美文だとは知っていても、「どのように美文だか、教えてよ」と言いたくなっちゃいました。でも、口先で「四六駢儷体」と言われても、外国語と同じ人、たくさんいると思うんだけどなぁ。韻を踏んだり、声調までルール化するんですね、詩って、これは、大収穫、その合わすルールの言い方も、どこかで言葉だけは聞いた記憶はあったけれど、その言葉、もう、その日の晩に思い出せないんだけど、字を思い出せた、「平仄(ひょうそく)」です。そういった約束事を持ったものが「詩」、「詞」との違いが判らない。ネットで調べてみても、判然としませんでした。単に、理解力が足りないだけでしょう。「元曲」は、「曲」が付いているだけに、音楽的に朗誦するような傾向が出て来る、強まるのに合わせた約束事を抱えた文のようなことを言ってられた、ような、、、。そして、明清に小説が登場ということです。長文が特徴、「水滸伝」は、章回小説と言い、語りの1回分の長さで区切られているようです。そして、おもしろかったのは、「水滸伝」が人気になるきっかけ。「水滸伝」の本体にコメントを入れたものが登場して来たからだと言われていました。それを代表するのは李卓吾なる人物。初めて知った名前でした。この人が、「水滸伝」本体に註釈を入れるものが出るようになってから、「水滸伝」の人気が高まったそうです。実際に、その註釈の入った本を紹介しながら、註釈内容にも触れてはいただけたのですが、この先生、お話が悪い言い方をすれば雑、いい言い方をすれば親しみやすい。思い付きで、註釈をピックアップをして読んでくれるのですが、いまいち、何で、それがヒットしたのかが伝わって来ない。註釈をカテゴライズして、こうだから人気が出たとはしてくれないものだから、結論だけ、教えられたことになってしまいました。刊行は元末明清初、作者も推定がついているようです。元にした史料の冒頭に「宋史」が出て来ていた。「梁山泊」の名が出て来る物語も下地になっているそうで、「水滸伝」の成立については流された感じ。雑だよ、ここでも。ストーリーをまとめるのは大変だろうけれど、雑さを感じたのか、ここで軽い居眠り。そのときの記憶とレジュメを併せると、108人の好漢が梁山泊に集い、朝廷に帰順して戦いを繰り広げる的なことを言われていたような、、、。ただ、時代が、徽宗期辺りにされているため、戦いの相手が遼であったり金であったりと、また、えらい混乱した時代に置いているために、話題も豊富に作り上げることができたようですね。全章立てを拾い上げたものをレジュメに書いていただいていたのだけど、その中から、適当に拾い上げ、こないなお話と、確かに、この先生、「水滸伝」に精通しているのは判るのだけど、ストーリーに関わる物語を系統だてて話すということをされない。雑。大学の先生というよりか、自分の知っていることを喋りまくる、蘊蓄を披露しまくる、普段なら迷惑なおっさん風情。108人の好漢紹介も、湯水のように知識が出て来るのだけど、その好漢をカテゴライズしない。やっぱ、迷惑なおっさん。前回の講師の方は、「めっちゃお人好しの中国人」イメージが早々に定着した一方、内容の聴き取りに苦労したけれど、なんか、似た講師が続きます。お題にあった「男前」は「好漢」ということなんですが、最後に、「気概がある」との言い換えだったかな、その程度であっさりと通りすぎてしまってました。雑。「水滸伝」って、「南総里見八犬伝」に影響与えたことも、最後に言われていました。聴いたことあります、その程度のことは。そう言われて初めて、「球」ではなく「星」が付いている話が出て来るのだと了解。そういった「水滸伝」の一端にちょっとだけ触れた、こんな機会がなければ、それすらないわけですから、そういった意味では、感謝です。しかし、雑!
 京都文教大学への往復は、昨日も、ウォーキングを兼ねて徒歩で移動。小1時間かかり、且つ、講演会の開始時刻が午後1時ということで、先週同様、先にキャンパスに入ってから、ベンチに腰掛けて昼食。いい感じの広場や通路にベンチが置いてあるものだから、野外の昼食が心地よい。往復コースの大学寄りでは、24号線沿いを歩かねばならないのが、玉に傷。そこから逸れて、太閤堤跡の方に向かうと、昔の街道って雰囲気になるのだけど、そないなことをしていると、どれだけ時間がかかるかと想像すると恐ろしくなるので、あっさりと諦めてしまっています。観月橋を渡ってからは、さすがに同じ道を歩くのはつまらんとばかりに、異なったコースを採ったものだから、往きよりは結構なオーバー。でも、いいウォーキングになります。これで、すっかり、雑なお話の帳消しとしましょう。


2021年 11月 8日(月)午前 6時 24分

 昨日も、お出かけを、午後に入れていた。ただ、昨日は日曜日だということで、朝の楽しみ「日曜美術館」がありました。NHKプラスで観たのだけど、昨日のお題は「よみがえる 天平の息づかい〜第73回 正倉院展〜」。今年の「正倉院展」の紹介でした。居ながらにして、今年の出展品の主たるものを鑑賞できる、ありがたい番組です。スタジオにゲスト2人を招いての進行。そのお一人、正倉院って、宮内庁の管轄なんですね、初めて知ったのですが、その宮内庁の担当者の方が、感覚が、とってもお若く、従って、ちょっとした言葉に日常に沿った言い方に変換されるものだから、おかしくって。そういったゲストの言葉遣いも楽しめる、いい番組でした。その中で、取り上げられた今回の展示物をメモっておきます。①螺鈿紫檀阮咸(琵琶を改造したもの、黄紺も知る銘品、インコの絵柄、琥珀も使う)②刻彫尺八(女性の姿を模様に、指穴の周りにも模様)③花鳥背八指角鏡④長斑錦御軾(クッション、寝転んで使うもの)⑤杜家立成(光明皇后筆/王羲之を真似たものだろうとのこと)⑥筆(日本最古/太い、軸に斑模様、キャップ付き、先だけぬらして使う有芯筆というもので紙でできているずんぐりとした筆先、再現していた)⑦瀑布彩絵半臂(衣装)⑧白瑠璃高杯(イラク、シリアで作られたもの、シルクロードを通って来たのだろう)⑨漆金薄絵盤(蓮の花の形、花びらに鳳凰、香を焚く)⑩五月一日経(写経、初めての公開)⑪白絁腕貫(腕カヴァー、使い込みの跡、写経所で使う、ネーム入り)⑫正倉院文書(役人の勤務記録、腹痛で欠勤のわび状や付け届けとしての生鰯の送状)。正倉院展は、知人などは、「絶対、観るべき」と言います。それほどの値打ちがあるということなんでしょうが、黄紺は行ったことはないのです。奈良に行けばいいのでしょうが、イコールで人混みと思ってしまうからです。そういった黄紺には、有難いね、この番組。
 午後は、京都産業大学ギャラリーで開かれている「能面面々—きょうの能楽に寄りそう面打—」という企画展関連行事としての公開講演会に行ってまいりました。全3回行われるのですが、巡り合わせが悪く、昨日の第1回だけしか行けません。昨日は、「能面は不思議」と題して、面打の大月光勲さんの話を聴くことができました。大月さんは、「現梅若実師の新作能だか復曲能をするときに創作面を提供している」と言われていましたから、相当な面打ちの方です。まずは、その梅若実の六郎時代の「恋重荷」で使った熊太夫の「阿古父尉」、三井美術館に残る「宝来女」、23世金剛右京の「西王母」で使った是閑の「増女」といった銘品を見せて、能面の魅力をお話されました。それを受けて、先人たちが、面打ちで考えて来たことを、世阿弥時代から時系列的に、江戸時代に入る前までを追って行かれるというのが、講演の趣旨と言えばいい内容でした。画像を見せていただけた面をメモっておきます。世阿弥時代は、愛智の「深井」(観世宗家蔵)、世阿弥時代に能が確立したということで、「翁」に関わる3つの面「翁」「黒式尉」「父尉」。再び、世阿弥時代の能面として、小牛の「笑尉」(「小牛尉」の「小牛」)、赤鶴の「飛出」「天神」「大癋見」「小癋見」、赤鶴や愛智といった面打ちの名は、世阿弥自身が書き残しているそうです。この時代の面は、目が丸く、口がU字には、まだなってないそうです。そういった面打ちは、専門家というか、それを生業とはしていなかったそうで、江戸時代に、やはり式楽化されてから、面打ちの家なんかが出て来ることで、生業となっていったとか。世阿弥以後、室町時代中期の面としては、日氷宗忠の「蛙」、般若坊の「般若」、ここで、一旦、名工たちの名を列挙されました。その中には、「宝来女」の宝来、「三光尉」の三光といった、黄紺も知る名が入っていました。再び、画像での銘品紹介に戻り、日氷の「老女小町」(梅若六郎家蔵)、「雪の小面」(金剛家蔵)、「花の小面」(三井美術館蔵)、金剛孫次郎の「孫次郎」。「雪月花」の三品の「小面」に関してお話が弾みました。「小面」は、女性面としては、やはり、世阿弥の複式夢幻能に適したものということですね。そういった女面だけではなく、世阿弥の思い描いた能を支えるものが、この時期に完成品となったということだということなのでしょうね。これが、「写し」が、このあと主流になっていく大元なのでしょう。「月の小面」は焼失とも、海外流出とも言われているそうです。こういった銘品は、面打ちのサイン替わりに、髪の毛を1本多めに描いたりしているとか。「孫次郎」は「オモカゲの孫次郎」と言って、亡き妻の「オモカゲ」を追いかけて打ったものだそうです。このエピソードを聴いて、納得、金剛流が孫次郎を本面としているわけが、です。但し、註釈が付きました。金剛流では、「“熊野”では使うな」となっているそうです。わけは、熊野は、故郷に帰れると喜びを見せる場面があるからだということで、合点致しました。それほど、哀しい気持ちが込められた面との思いがあるというのが、いいですね。具体的な面のお話は、ここまでです。江戸時代に入るからです。だから、その後にはと、ちょっとだけ概要話だけされたときに、「河内」「是閑」の名は出てきましたが、出ただけでした。最後に、括りとして、桜間道雄師、金剛巌師が、能面の大事さを讃える言葉を添えられていました。質疑応答で質問しました。「写し」の問題です。室町中期から江戸初期に完成形が出て来たこと、式楽化したことを上げられていましたが、おもしろかったのは、貴人面では、「平太」や「中将」、ましてや「十六中将」では表しがたい曲があるので、創作面の出る余地があると言われていたのが、実に新鮮でした。講演会終了後、近くにいた方から声をかけられました。黄紺の質問内容を捉え、「研究者の方ですか」とのお声でした。観能時にメモを取っていると(装束、面、所作のメモを取っています)、終了後、同様の声掛けをされたこともあるので、「また、来ちゃった」と思いながら、応対していると、お話内容が濃い、「ん?」と思い始めたところ、名乗られました。豊嶋彌左衛門(三千春)師に面を提供されているプロの面打ちさんでした。御年90歳。とんでもない方に声をかけられたものです。そこで、チャンスとばかりに、「オモカゲの孫次郎」が、現在使用されている孫次郎と、随分と違うので、そのわけを尋ねると、即座に返ってきました。現行の孫次郎は、河内の写しを基にしているということで、河内が出てきました、河内がアレンジしていたのです。かなり、哀しみが消えているように、黄紺には思えます。それで、多様性が出たってことでしょうか。「小面」「若女」(これも河内作品!)系以外では、「近江女」「孫次郎」は、立派な本面ですから、そこが河内のこだわりかもしれないなと思わせられました。もっともっと、爺さんの面打ち師とお話していたかったのに、付き添っておられる方がおられたので、長話ができなかったのが、とっても残念でした。ただただ、「おもしろいお話を聴かせていただいて」と感謝の言葉を述べて、お別れせざるをえませんでした。その後、企画展そのものを鑑賞。昨日の午後は、久しぶりに能の世界に、たっぷりと浸かることができました。


2021年 11月 7日(日)午前 7時 12分

 昨日も、お出かけの日。1週間連続だと思ってたら、10日連続となる模様です。それだけ、秋が深まってるってことかと思っています。昨日は、今週3回目の歴彩館。こちらで、「SDGsってなんだ!」というお題での講演会がありました。歴彩館主催で、日本史以外をテーマにしたイベントってあったっけと思うような、稀なテーマでした。で、講師は、レジリエント・シティ京都市統括監、元京都市副市長の藤田裕之さん。その肩書通りの内容だったと言えばいいかな。京都市の業績というか、なかでも、元々は教育委員会出の方だそうですが、副市長になってからは防災を主たる任務にしていたと言われていましたから、その関係のお話から環境問題関係のお話は聴けたのですが、SDGsって、それだけじゃないはずですよね。17の項目を切り取りでいいんだろうかとは思ってしまいましたが、そのような展開になっていったときに、軽い失望も起こったため、居眠りが出てしまい、ひょっとしたら、その間に、諸問題をもカヴァーされていたのかもしれないので、大きなことは言えません。ただ、京都は、地域のコミュニティが充実しているということを強調されていました。祖は番組小学校にありというお話から始まり、地域活動の様々、京都の人間であるなら納得できる部分ですね。防災の観点でも、その大事さ、そこから環境を大切にする心へとの展開。それに、京都会議議定書が絡んでくる。時はコップ26とうまく流れて行きました。後半がレジリエンスがテーマ、最近、やたら使われまくっている言葉。ようやく、その意味を理解できました。この講演会に行っての最大の収穫。個々のレジリエンス力の診断もやっていただけたのだけど、黄紺は、辛うじて、レッドゾーンの上でした。社会性がないからダメですね。終盤、人口問題を説かれていました。財政面の緊迫、超高齢化社会、、、聴くだに恐ろしい姿。DとSの顔が思い浮かんでしまいました。恐ろしい姿、ここで、このお話の中で、唯一、足りないトピックになったんじゃないかな。スライドには、「労働力の減」が出ていても、外国人労働者の導入や、そこに繋がる異文化理解、女性労働力の活用、そこに繋がるジェンダー理解といった、正に、SDGsに関わる問題が転がっているのに、触れられなかったのに、思わず「勿体ない」とお腹で呟いてしまってました。総じて、こういった講演会は、「行政の人ではつまらない」といったところです。こういったときにこそ、研究者、呼んで欲しいものですね。
 夜は、「ブラタモリ」の新作の日。テーマは「江戸の水〜江戸の水が東京を潤す?〜」で、ブラつかない「ブラタモリ」でした。「江戸東京博物館」の中だけはブラついていましたが、取り上げられた「玉川上水」は二元中継で紹介というもの。コロナ禍でのロケということで、こういったことになったのでしょう。いっそのことなら、羽村の玉川上水の取水口をブラついて欲しかったな。二元中継の相手は、ディレクター?だったのかな、彼女の歩いたところ、そして、尾根に持って行くルートを、タモリ自身に歩いた方が、「ブラタモリ」らしいですよね。その替わり、博物館内のブラつきで見せてくれた町人の生活は見れない、水道管に相当するものは見ることができない。なかなか、難しいところです。「ブラタモリ」の初期の頃に、この玉川上水ネタだの神田上水ネタは、何度か出てたような記憶があります。そのときの映像も使って欲しかったなと、文句が多い。屋内シリーズが続いた「ブラタモリ」でしたが、次回は、何と、「いつやるんだ!」と待っていた「フォッサマグナ」です、ついに! 「糸魚川編」だそうですので、ひょっとしたら、大糸線シリーズなんてのになるのかな、いや、もっと南へと辿るつもりなのかな、夢は拡がります。今年は、コロナ禍だからでしょうか、諏訪湖もやったしね、地形の目玉が、惜しみなく出てきます。
 NHKスペシャル/ジェンダーサイエンス(2)「月経 苦しみとタブーの真実」も観た。これ、めっちゃ、おもしろかった。月経に関して、NHKが頑張っています。先日も、世界の女性たち、その家族も含めてのトーク番組を放送していました。社会の進展に伴い、女性の生涯経験する月経回数が変わってきている。出産回数が減れば、それだけ、回数が増えるという仕組み、それだけ、女性の苦しみが増えるというわけです。月経が、妊娠時の胎児の寝床的役割をしているのだとの認識は、先年の「ためしてガッテン」で教えてくれたけれど、その仕組みを、より詳細に解説してた。母胎から栄養素を得る仕組みに、男性からの遺伝子も関与しているそうです。その寝床が子宮内膜、これを、1回ずつ作り治す、古いものは排出する、これが月経だと言ってました。いやぁ~、勉強になりました。昨日の最大の満足は、ここでした。


2021年 11月 6日(土)午前 7時 25分

 昨日は、午前中にアスニー京都で講演会に行き、その足で、四条烏丸の京都産業会館ホールに行き、「第68回日本伝統工芸展京都展」というスケジュール。後者は、この週末3日間だけの開催なもので、この3日間でのお出かけついでにくっ付けたもの。充実しているというか、しすぎていて、帰宅すると、かなりぐったりしていました。でも、両者の移動を、ウォーキングを兼ねてと捉え、徒歩でしたこともあったからでしょうね。50分弱なんですが、それに続いて、休息を取らないまま、展示を観て歩くなんてことをしたため、すっかり腰の負担が大きくなり、ぐったりしてしまったのでしょう。
 そんなで、まず、午前の部から。昨日のアスニー京都では、アスニー特別講演会として、「河原院 ~豪邸・廃墟・風雅の地~」と題して、京都先端科学大学人文学部歴史文化学科教授の山本淳子さんのお話を聴くことができました。この講演会も、コロナ禍の影響で、「1年半延びた」と、講師の方は言われていました。「河原院」がテーマになるお話は、黄紺的には待望のもの。だって、能「融」の舞台です。主人公源融は、光源氏のモデルにもなったと言われる人物。そないなことで知りながら、日本史や日本文学に疎い黄紺は、能「融」に描かれている姿は、どこから来ているのか、いや、本当にやってたのか、要するに、「最高の貴人が、豪邸を建て、その庭で潮焼きという賎なる仕事の真似事をして遊ぶなんてことあるのか」、これ、ずっと、気になっていたのです。そして、「その優雅を極めたという豪邸が荒れるのはどうして?」、気になります。だって、能「融」では、諸国行脚の僧が立ち寄ったところは荒れ果てているのですから。その辺を聴かせていただけるはず、このお題で、それらが抜けるわけはないとの思いでした。でもね、能「融」では、その荒れた河原院に月明かりが射す光景が、上手い演者にかかると見えてくるのだけど、そこでは、荒れているからこそ見えてくるものがある。もちろん、後景に、かつての栄華があってこその荒廃なわけだから、見えてくるのです。とりあえずは、源融の人となりから、お話は始まりました。ここで出て来たのが、よく出てくる陽成天皇の退位、藤原基経の暗躍、これに、源融も関わるようだ。この機を捉え、融は、自ら天皇位を目指したところが、基経に阻まれた。痛いところを突かれたのです。融は、天皇の息でありながら、母親が更衣の地位だったことから、早々に臣下に下り、源姓を名乗っていたため。そこから宮中に逆戻りすることは常ならずということで拒まれたというわけです。融のような地位にある者を「王氏」と呼ぶそうですが、その王氏の、天皇位争いの敗北の象徴のような存在が河原院だというのです。その裏にあるのが、藤原氏の権力伸長となるのです。そういった空気を慰めるように、融は、河原院を造り、ここで、塩竃という名所を愛でて、気を安らわせていた。だから、潮焼き遊びをやってたのですね。その融没後、息子の手から、宇多天皇の手に、河原院は渡ります。宇多天皇は、王氏であったにも拘わらず、基経との関係が篤く、そのため天皇位に就くに邪魔をされなかった。が、宇多天皇からすると、融の運命、己との比較が、頭から離れないものだから、融が地縛霊となり、河原院で寛ぐ宇多天皇の前に現れるという心霊現象が起こり、これ、皆の思いが共通なんで、「集団で起こったのだろう」なんて言われていました。それが、「あすこには何かある」的な都市伝説が生まれやようだとなります。「源氏物語」の「夕顔」に出て来る怪異現象も、場所も近いことだし、この都市伝説を活かした挿話のようだということです。平安中期には怪異思想が広まり、その象徴的な場所になっていたそうです。「怪異」の場としての河原院の一方、歌人にとっては、「風雅」の場として、しばしば、荒れた河原院を使い歌合せが開かれていたそうで、そういった機会に詠まれた歌の紹介もありました。中世的精神の「幽玄」「余情」に通じるものがあったのだろうとのことです。源融の血を引く安法法師、百人一首に名を連ねる恵慶法師、清少納言の父親清原元輔といった名が上がっていました、河原院に集った歌人として。「河原院歌壇」という言い方まであったそうです。滅びゆくものに風雅を感じる思想が読み解けると言っておられました。その血が、能「融」に生きているということなのかと、いたく納得することができました。五条大橋西詰をたらたらと下がったところに立つ「河原院跡」の石碑だけが、今、その跡を知ることができるものですね。枳殻邸が、その跡だとか言う説がありますが、その辺のお話は出てきませんでした。「大きな木の傍らの石碑だけ」と言われてしました。
 次に回ったのが「第68回日本伝統工芸展京都展」。昨日から僅か3日間だけだったので、「混んでいたら止めよう」との気持ちで行ってまいりました。警備員さんに「混んでます?」と尋ねてから入ったのですが、ちょっとしたデパートの特売場の雰囲気。人気なんですね、人が多い。でも、警備員さんが言われていたように、観るには「大丈夫」でした。入選作品が一堂に介しているからか、数が多い。資料を見ると、全てで421点。ぱっと見で、ゆっくり見ていると、腰をやられるということで、現代アートを観る要領で回りました。少し引きめに流しながら観て、「おやっ」と思うものを丹念に観る、これですね。そして、受賞作には、選考委員が選評を書いていますから、それは外せないので、じっくりと眺めることに。でも、その多くは、「日曜美術館」で紹介されていますから、1度は目にしているのですがね。一番、黄紺的に丹念に観たのは着物。おもしろい! 伝統の仕上げ方が異なるものだから、各々の主張が判ってくるので、余計におもしろい。圧巻は、TVで観たときも、これだけでも生で観たいと思った「風通織木綿着物“青海”」。照明のかげんで、TVで観たときほどは映えなかったけれど、グラデュエーションが凄い。江戸小紋の受賞作の模様、掴めなかった黄紺は、江戸の粋よりか、沖縄の紅型の華やかさの方が判りやすかったという、そないな目でしか見てられなかったけれど、でも紅型の「唐辛子」の挿入は、めっちゃ才能、感じてしまってました。「すごいことする人、見っけ」というノリです。富山の学校の先生の「乾漆銀平文はちす箱」も目が釘付けになりました。無彩色の華やかさが感じられたときって、「凄い」って思ってしまうけど、それです。贅の限りを尽くした艶やかさまで感じさせられました、などなど、既に、「日曜美術館」でもメモっているので、この辺で。腰がきつかったけれど、しっかりと楽しませていただきました。


2021年 11月 5日(金)午前 5時 58分

 昨日も、午後にお出かけ。今週は3回、歴彩館に行くのですが、昨日は、その2回目。「天橋立世界遺産講座」のあった日です。この講座は、全4回、行われるのですが、わりかし、あとになってから、その存在を知ったものだから、その半分の2回しか行けない。昨日が、その2回目。「ブラタモリ/天橋立編」でも言ってましたが、ここは、国府、国分寺があったところ。そこから、街も発展していったということが判っていますから、その大元の古代史編、即ち、このシリーズの1回目を聴いておきたかったのですが、ダメだったんだなぁ。そんなで、昨日は、「日本の名所と近世・近代の天橋立」というお題で、京都府立大学准教授の上杉和央さんのお話を聴くことができました。上杉さんは、歴史地理が専門で、天橋立をフィールドにされているようです。それだけではないとは思うのですが、天橋立の専門家には間違いない方。この一連の講演会の司会をされているのは、宮津市教育委員会の方なのですが、「世界遺産登録に向けての運動でお世話になっている」と言われていたほどの方でした。宇治茶のシンポジウムでもそうだったけれど、その趣意書など、多岐に渡る書類を認めなければならないようなので、その辺りに欠かせない人材だということは、お話を聴いて、よ~く解りました。お話の概要は、天橋立が、人々の関心を、どのような形で、歴史上集めて来たのか、それを、文献資料、絵図、絵画作品などを駆使して明らかにしていこうというものでした。まず、提示されたキーワードが「名所」、これを、どのように読むかで、天橋立の観られ方の歴史が浮かび上がるというのです。中世では、「ナドコロ」として現れて来るというのです。「ナドコロ」は「歌枕」と読み替えることができるとのこと。それだけ、景勝の地だということで、和歌に詠み込まれているということです。「大江山 いくのの道も、、、」は、黄紺でも知る有名な歌。その心を表しているのが、前回も出て来た雪舟作品。この絵の描き方の特徴があると、これまた、前回でも言われていました。視点は、当然、丹後府中側、成相山の方角から描いているのですが、これ、俯瞰図です。視点を、空に、鳥の目で描いているのです。この描き方が古い手法。この描き方に呼応しているのが、「無双霊境」との考え方。「霊境」と神聖視する考え方。細川藤孝(幽斎)が、この地に移って来たことと関係があるのだけど、昨日は、ここで、軽く居眠りしてしまっているので、吹っ飛んでいます。実際の風景を超えた観念的な美を看ることができると言われていました。だから、歌枕になったんだと。ところが、「メイショ」となると、実景(実際の風景)を描くようになり、描き手の立ち位置が現実のものになってくる。江戸時代になると、人の往来も激しくなり、旅で、実際に訪れる人たちも出て来ることから、その実景に価値が出て来るというわけです。狩野探幽、丸山応挙、歌川広重という名前も出てきました。実際、そういった絵師による、江戸時代の天橋立を描いた作品も見せていただけました。丸山応挙は、実際の風景を左右逆転させた天橋立を描いているようで、そう描いた方が、ボリューム感があり、より立体的に見えるそうです。江戸時代の絵師は、ホント、凄いわ、最近、ようやく、この年齢になって、そのおもしろさ、多才さに驚くばかりです。近世以前の「ファンタジー」「誘い」の世界が、「実際に行くべき場所」化してきた様子を表していると言われていました。そして、近代は「観光化」の時代です。大正年間にインフラ整備がされているようです。「傘松公園」(展望ができる)、宮津駅、天橋立駅、ケーブルカーとなるわけです。絵葉書に、傘松側からだけではなく、文殊地区側からのものが出て来るのは、この時期。鉄道効果ですね。「ブラタモリ」ほどは、鉄道のトピックは出て来なかったですが、言わずもがなのことかもしれませんね。有名な「股のぞき」は、傘松公園ができたればこその新たな目玉。文殊側に橋ができ対岸に繋がり、更に、それが回転をするということで、それが名物になる。海水浴場や、傘松公園側にスキー場まで造られ、レジャーでの賑わいが生まれるというわけですね。吉田初三郎という俯瞰図を、大正時代に描き、「大正の広重」を自負した絵師の「宮津橋立名所図絵」には、その海水浴場をしっかりと描き込んでいるということです。吉田初三郎の俯瞰図は、宇治市歴史資料館で観たことのあるもので、やはり、俯瞰図というものって、特徴があるから覚えているものなんですね。
 この講演会、終了が午後4時。それから、いつものように、三条駅に向かい、ウォーキングを兼ねて徒歩での移動。もう、この季節になると、鴨川の河原を歩き、その後半にもなると、夕闇が迫ってきます。あっさりと、1日が終わってしまいました。


2021年 11月 4日(木)午前 5時 54分

 昨日も、午後から市民向け公開講演会に行くことになっていました。充実した日が続きます。そのお出かけ先はアスニー京都。こちらで、「古典の日関連事業」として、「平安京復元模型を考える ~模型から見えるもの・見えないもの~」というお題での講演会でした。アスニー京都の1階にある平安京の復元模型に、音声ガイダンスを付けたのを記念して、その㏚も兼ねての講演会。お話をされたのは、京都市歴史資料館館長の井上満郎さん。ところが、これが、とんだ食わせもの。講演者の名前を見たとき、危険を、一応は察知した黄紺だったのですが、詰めが甘く、とんでもないことに! 井上さんの講演は、去年は2回聴きました。お題は違ったけれど、内容は同じ。この危険を察知したのでしたが、そこまで同じ話はしないだろという考えは、甘い、甘すぎました。入口で渡された資料に、目を通したところで、愕然。去年の2回分と、ほぼ同じだったのです。井上さんも、それを解ったうえでやられているようで、冒頭で、その点に触れられると、会場から笑いが漏れたということは、黄紺と同じように感じた方がおられたということですね。でも、えぐいな、同じ講演を3回も聴くなんて、あり得ない話です。しかも、同じ場所、同じ主催者で! お話は、平安京の範囲と今の京都とは違う、平安京の西半分は市街化される前に、荒れてしまったというお話。「平安」の意味。地名を付けて来たのが普通だったのが、変わってしまう背景、模型には現れない市井の人々の話に。お約束のうんこネタが続きます。綾小路に錦小路、臭い漂う講演です。死体を捨てる、いや、もうダメと思うと捨てる、芥川の「羅生門」の基になった説話を引き合いに出し、死体の捨て場としての羅城門が説かれていきました。「捨てる」となると、「子捨て」の話題があります。捨てられるということは、生きる後ろ盾を探せと言うことらしい。親からすると、このままだと、皆、死んでしまうということだったのでしょう。確かに、再現模型だけでは判らない平安京の姿がありますね。同じ話を3回聴いても、思うことは同じですね。
 この講演会に行く前、時間的に余裕があった、言い換えると、トルコのコロナ情報収集がさほどではなかったことを意味するのだけど、その時間を利用して、落語を1本、聴いた。YouTubeにアップされているものでも、音声だけを楽しもうとすると、おもしろいものが出て来る楽しさを味わってから、音源だけを配信しているものに凝っています。昨日は、一旦は「貧乏花見」を聴いてみたくなったので、それで検索をすると、当然、東京の「長屋の花見」も引っかかって来た。そこで、気が変わり、現在、演じられている「長屋の花見」の方に、「貧乏花見」に出て来る末尾が入っているかが気になったものだから、「長屋の花見」で選んでみた。三遊亭兼好の口演でした。すると、知らなかったことが、思いがけないところから出てきました。酒とツマミは大家が用意、そんな肴じゃ行かないと言う長屋の住人に家賃を払えと言う脅しをかけたり、常に噺の中心は大家さん。生活感というか、そんなものが、東京ものに薄いような印象を持ってしまいました。下げも、「茶柱が、、、」を使ってました。庶民としてのらしさは、上方に軍配です。当然、「貧乏花見」の末尾は入っていない。あすこが入ることで、このネタに重量感が出るのだけどな。上方から東京へ、幾多のネタが移って行っていますが、感性に合わせて改変されることも、ままあります。それで、土地合えば、それはそれでいいのだけど、中には、噺のいい雰囲気、折角の噺の流れ&展開を壊してしまうものもあります。「阿弥陀池」から「新聞記事」、やむを得ない、なんせ、上方の地名が噺のプロットになっているのだけど、もう少し、上手いいじりはなかったものかと思ってしまう。上方の大ネタ「天神山」「質屋蔵」は、無残な姿になってるしね、「辻占茶屋」もそうだ。「貧乏花見」の方が、長屋の住人が生き生きとしていると思うのだけど、東京の人には、「あまりに下品」と映ったのだろうかと思ってしまいました。そういった粋(いき)とか粋(すい)とかに無縁そうな人たちが、自身で花見と洒落込む、そこに素敵なエネルギーがあると思うのだけどな! それはそうとして、それにつけても、兼好の口演はいいな。サブリナル効果のようにして入れられるくすぐりが、どんどんと威力を発揮し、自分のワールドに引き込んでいきます。凄いわ。ただ、言葉の精選は、かなりモダン。そこに拘る人がいると、拘るでしょうが、、、、。


2021年 11月 3日(水)午前 5時 47分

 昨日も、一昨日に続き、暖かないいお天気。ずっと、このままでいて欲しいと思えるお天気でした。お出かけには好都合。午後に市民向け公開講演会に行くことになりました。これも、コロナ禍で飛んできたはずだとは思うのですが、よく覚えていない。時間が経つと、そんなものなんでしょうね。行き先は、京都学歴彩館。昨日は、こちらで、京都を学ぶセミナー「洛東編」がありました。今年のテーマが「洛東編」ということなんだけど、このシリーズ、今年で完結するはずなんで、来年からは、これに見合うような企画があるのか、ぼちぼち気になってきています。昨日のお題は「宮川町の成立と近代化 ―京の花街の空間構成―」というもので、京都女子大学教授の井上えり子さんのお話を聴くことができました。井上さんは、建築が専門だそうですが、お住まいが上七軒の近くだということで、夜のお仕事だと思っていた芸妓さんらが、朝早くから、忙しく動いている様子を見て、関心が涌いたと言っておられました。京都には、花街が5つありますが、祇園ではなく、宮川町という、その傍らの微妙なところを選ばれているのが、微妙に心に響くものを感じたのか、大盛況の講演会となりました。花街というタームを使うと、「業」として、「茶屋商売」だけではなく「遊女商売」を含むものであり、「職」として区分すると「芸妓」と「娼妓」に分けることができると、花街の分析に関わる基本から押さえられました。「業」も「職」も、秀吉の時代から登録制だったそうで、それは、引き継いでいかれるものだそうです。これが、宮川町の分析の視点になってきます。もう一つの基本として、花街を成り立たせている建物の確認が行われました。「歌舞練場」「稽古施設/技芸学校」「組合事務所(券番)」「茶屋」で成るということです。その花街の始まりとして、島原と祇園が押さえられました。島原は娼妓中心、秀吉時代以前にも、傾城屋から税を取る役人もいたようだがということですが、秀吉の時代に、定まった場所に集められ管理されるようになったということで、営業を許可された店には許可状が出されていたそうです。祇園の方は、八坂神社参詣の人を相手にできた茶屋の中には、茶汲み女に紛れて色を売る者がいたようで、これも管理下に置かれていくということでした。娼妓の紛れ込みを管理するということで、島原と異なった歴史を持つようです。で、宮川町は、祇園からはずれているだけで、荒地、耕作地状態が続いており、ようやく、17世紀後半以後、近くの建仁寺周辺から、徐々に市街化していくようで、後発地帯だったようです。その宮川町が花街として成立していくのは、18世紀半ばに、その記録を見ることができるとか。その背景は、祇園町の繫栄、人が来れば娯楽施設が生まれる、南座が、現在でも四条通にあるように、芝居小屋が立つ、また人が集まるということで、宮川町も有用な地域となっていったようですが、四条通に近い一町目と、五条通に近い六町目とでは、発展の仕方が異なったようです。一町目の茶屋は、ぴあを例に出されていましたが、そこへ行けば、エンタメ情報を得られる、また、お遊びの世話をしてもらえるという、総合娯楽サービス所的色彩を持って行ったようだということ、また、芝居小屋で賑わったことから、「陰間が多かったのが宮川町」と言われけれども、一町目は、娯楽サービス的な情報が行き交う茶屋中心で、絵図でも、陰間茶屋が確認できないと言われていました。黄紺的には意外だったのは、この地域の茶屋のサービスに、現在の「床」があったことです。意外だったのは、鴨川の風景を楽しむのは、鴨川の西側からだと思っていたからです。「山紫水明」、これは、鴨川を愛でる言葉ですが、ここには、「水(鴨川)」と「山(東山)」が入ってなければならないので、鴨川の東にある宮川町の茶屋に「床」もどきがあるのに戸惑い、講演終了後、講師の方に確認しました。絵図には、そういった床が描かれているそうです。風景どころか、わいわいがやがやするのが優先するほどの賑わいがあったのでしょう。で、「宮川町と言えば、陰間(男娼)や野郎(男の同性愛者)のたまり場」イメージを植え付けたのは、二町目~五町目でした。これを、地形から、また、残っている絵図から解き明かされる話は、おもしろかった! 河原を改修して、宮川町通という道路を作った。すると、その通りに沿い、町屋が生まれて来るが、その完成形の地図を見ると、出口が北しかない。「どんぐりの辻子」と書き込まれている。今の団栗橋を、僅かに東に入ったところ。その一角が水路で囲まれ、出口がそこだけとなると、黄紺でも解ります。遊女の逃亡を防ぐため、大門ともう1つしかなかった島原遊郭の構造です。吉原も、似た構造のはずですしね。ということは、新たな微地形が遊郭を示している。しかも、芝居小屋が近くにあるということで、陰間茶屋の本場を想起させてしまいます。そして、六町目は、水路を拡張したため、この遊郭街の拡張となったとなりました。最後は、明治以後の花街の近代化の問題。明治5年に出された「芸娼妓解放令」に基づき、人身売買的な娼妓の確保を禁止したり、借金の棒引きが行われたと言います。芸妓は、伝統文化・芸能の担い手化していくというわけです。技能の発表の場としての歌舞練場、技芸を磨く要請所的学校が生まれていくようで、現在の姿に近づいたというわけです。そういったお話の中で、宮川町の歌舞練場の取り壊しが決まったということが伝えられ、大きな衝撃が受けました。新たな歌舞練場の設計者は隈研吾氏と聞くと、今度は、どんなものができるかが楽しみになってしまった黄紺ですが、古いものは、1度、壊すと元に戻らないのだから、慎重な判断があったのでしょうが、ついつい気になってしまいました。
 歴彩館からは、いつものように三条駅まで、ウォーキングを兼ねて徒歩移動。帰宅は、午後5時前。時間があるものだから、遅めの午後の一時としました。昨日もオンライン配信で聴ける落語を視聴したと言っても、音声だけがアップされたものを聴いたことになります。とってもレアな音源が公開されているのを見つけてしまいました。①桂米蔵「池田の猪買い」(昭和45年10月)②橘家圓三「写真の仇討ち」という2本です。①の米蔵は、まさかでした。どのようにして録音がなされたのか、ちょっと訝しくなったほどの音源です。黄紺は、扇朝時代の先代歌之助、すずめ時代の小米を聴いているので、米蔵を、金毘羅辺りで聴いているはずなんだけど、その記憶がないのです。だから、余計にレア。現在、御年80歳ちょいのはずで、健在なはずです。去年、繫昌亭に出てるのだけど、コロナ禍で行けてないものですから、更にレアです。「池田の猪飼い」は、テキストは、普段聴くものと変わらないんだけど、喋る雰囲気が、えらく古風に感じます。ぶっきらぼうな喋りっぷりが、そないな印象を与えるのですが、そのレトロさがいいなぁ! マクラで、「噺家仲間内でLSDやってるやつがいる」というアブナイこと言ってるのも、時代を感じさせます。実名を出しています。売れてる噺家をからかう物言いですが、これには、のけぞっちゃいました。②もレア。そして、この音声を見つけたのはいいけど、そのYouTubeの概要欄に、円三が、今年亡くなっていることが書かれていて、大衝撃が走りました。噺家を、まともに続けていてくれたら、間違いなく名人呼ばわりされているはずでした。その円三が「写真の仇討ち」という珍品を手掛けていたことを知らなかったので、余計に嬉しいものを見つけた感があったのですが、きつい情報ももらってしまいました。10年近く前、恐らく、ざこばに請われてだったのだと思いますが、動楽亭昼席に出演したことがあります。その内の1回だけ、聴きに行くことができたのが、最後です。音源は、当然、若いころのものですから、将来嘱望と思わせられた、実にテンポのいいお喋り。「勿体ない」、また、この言葉が出てしまいました。


2021年 11月 2日(火)午前 6時 12分

 昨日も、お出かけの日。昨日から1週間、まるまる市民向け公開講演会に行くことになります。自分的に興味あるテーマが並ぶものですから、予定表に、びっしりと並んでいます。昨日は、宇治市内にある京都文教大学・短期大学に行ってまいりました。同大学は、宇治市内にあることから、宇治茶生産に関する公開講座を開いたりしていることから、先日も、京都府もタイアップしている宇治茶生産地域の世界遺産登録に向けてのシンポジウムのオンライン配信を視聴したところ。その配信もそうだったのですが、㏚のためのチラシが、アスニー京都なりに行くと置かれているので、思い出したのです。コロナ禍になる前、2度ばかり、同大学の市民向け公開講演会に行ったことがあったこと、日本史偏重気味の、こういった公開講座のお題と違い、宇治に特化したテーマや、世界に目を向けたテーマがお題になっていたことを覚えていたことから、同大学のHPにアクセスして、今回の一連の公開講座を知った次第です。昨日のお題は、正に、その両方を兼ね備えたもので、「~京都黄檗山萬福寺と日中交流~“普度勝会”を中心にして」となっていました。宇治の黄檗山、中国寺院の萬福寺ということで、ちょっとした殻を破るものでした。お話をなさったのは、同大学総合社会学科の中国人教員潘宏立さんでした。萬福寺の開祖は隠元禅師、隠元豆を持ち込んだことから、そういったところで、名前がポピュラーになっている高僧。出身は福建省福青、渡日は、福建省厦門から、潘さんは厦門大学の出身、そして、今、黄檗山のある宇治市の大学に務めてられると、何拍子も揃ったことで実現した講演と言えばいいでしょうか。ただ、潘さんのお話になる日本語が、これぞ、ステレオタイプ化された中国人の日本語、これが1時間半は、正直、きつかった。そして、お見受けしたお人柄が、実直、ソフトな中国人の典型という、これまたステレオタイプ化してしまいそうなものだから、独特のリズムに、リアクションが入り~ので、要するに、聴き取りが、上手くできなかったとなると、居眠りが後半になり出てしまいました。ただ、お話の流れは、解かりやすくするために、画像を見せながらの解説をしていただけたので、難解ではないのですが、総合的に、かなり苦しんだというのが正直なところ。まずは、隠元禅師の紹介から。明末期の高僧で、その名が、日本にも轟いていたようで、招請を受け、63歳のときに渡日。その後、20年、日本での活動後、日本で没。黄紺の関心を惹いたのは、その渡日について。鄭成功の仕立てた船でやって来ているというのです。長崎来港が1654年、中国史では、しかも、鄭成功が噛んでくると、えらいデリケートな時期にやって来ています。そのため、混乱の中国から逃れるためと、その目的を言う説もあるそうです。更に、司馬遼太郎は、鄭成功が、満州族の清を倒すため、日本の支援要請の意味を込めて、禅師を日本に送り込んだとするそうです。1644年に明が倒れ、明将呉三桂の先導で、満州族が中国内部へと入って来る時期。気になったので、レジュメをもらった時点で、慌てて、鄭成功の台湾入りを調べてみました。オランダのゼーランド城陥落が1662年でした。ですから、明が倒れて以後、既に、明復興に向け、鄭成功が動き出している時期です。ましてや、鄭成功は、日本に知己があることから、そういった考えが出て来るのでしょう。黄紺は、鄭成功が、明復興、そして、反清朝的なところはあったのは有名な話ですから了解なのですが、日本との関係は無知なため、質問を、質疑応答の際、提出して答えてもいただけたのですが、「反満州族ですから」は聴き取れたのですが、でも、秀吉は明遠征を企んだけど、徳川幕府に、そこまでの意志があったのだろうかと、いや、幕府とまでは行かなくとも、鎖国令の出ているなか、九州の大名や商人が動くとは考えにくく、結局、判らないままになってしまいました。渡日後、一旦は、長崎の崇福寺の住持を経て、黄檗山へ。今回のお話では、宗教的な切込みはせずに、その習俗的なお話が主でしたので、難しい宗教的理論のお話はなしというのが助かりました。でも、禅宗についての蘊蓄を聴けるのではとの、ちょっとついていけないかもしれないけど、その端っこにでも触れればいいなの気持ちはあったことも確か。でも、難しいかもとも思っていたこともあり、「助かった」という気も出てしまいます。禅師の伝えたものは、豆だけではなかったというトピックはおもしろかった。普茶料理、これは、昔、萬福寺門前の料亭に食べに行ったことがある。西瓜、蓮根、孟宗竹、木魚と並ぶと、「へぇ~」です。明朝体という文字もそうだそうです。寺の様式は、概観でも判る中国式、伽藍配置が中国式、レイアウトが、中央軸を設え左右対称になっている、これ、どこかのオンライン配信で教えてもらったことあったので、スムーズに理解ができた。布袋は弥勒菩薩の姿を表しているそうで、その大きな腹のわけは、その笑顔と関係があり、懐の広いことを示すそうです。范道生という福建省泉州出身の作家の作品だそうです。そして、普度勝会(ふどしょうえ)のお話へ。初めて耳にしたタームです。中国式お盆のことだそうです。これを、この萬福寺では行っているということで、これも、解りやすく画像を見せていただけました。中国テイスト満載です。シンガポールやマレーシアの華人街に行くと、紙で作ったお金が祭祀グッズ店に行くと並んでいますが、あの類を使っての飾り付けが異国情緒満載感を出しています。かなりの高額となるそうですが、「冥宅」という名の紙で作った家が、大雄殿正面に並んでいました。冥府から死者を迎えるということなのでしょうか。放生も、このとき行われるそうです。これ、観に行ってみたくなりました。日本の中に、こないなことやってるところがあるとは、近くに居ながら、全くの初耳でした。ただ、京都には華僑の数が少なく、やはり神戸から助っ人に来られて、こういった祭祀ができているそうです。更に、お話は、黄檗宗の本物、中国の黄檗宗の寺院が廃れていたということで、中国の篤志家が、崇恩禅寺の再建に当たり、それを気に、宇治の黄檗宗との交流が生まれているというトピックに入られたのですが、ここで、先にも書いた居眠りが出てしまい、詳細が判らないのですが、お題にもある「日中交流」とは、このことになります。最後は、こないなことで勿体ないことになったけれど、おもしろい内容でした。コロナ禍のなか、外国との交流話を聴けるだけでも有り難い。
 会場までの往復は、2年前もそうでしたが、ウォーキングを兼ねて徒歩ですることにしています。所要時間は、ほぼ1時間。格好のウォーキングになります。昨日は、朝方に時間があったもので、ミニウォーキングをしてあったものですから、普段以上の距離を歩いてしまいました。ただ、このコース、大学自体が国道24号線に沿ってあるものだから、伏見から行くと、後半は、この国道に沿って歩かねばならないのが、玉に傷ですが、普段歩かないところを歩ける嬉しさがありますね。
 帰宅すると、途中、公園で休憩がてら読書をしていたこともあり、午後4時半。これじゃ、遅めの午後の一時ができるじゃないかということで、動画サイトにアップされている落語を視聴。①瀧川鯉昇「佃祭」②春風亭柳朝(五代目)「掛け取り」をチョイス。ともに音声だけです。①は、ネタに入ってからもいいけど、マクラが秀逸。次から次へと変化を遂げる話題、飄逸とした雰囲気が伝わってきます。その中に、しっかりと下げに繋がる「梨」の話が挿し込まれていました。このネタ、前半の緊張と、後半の緩和の対比が秀逸な作品。後半がアホげになるのが、いかにも落語らしくって、黄紺的好物となっています。②は、柳朝が、こないなネタをするなんてということで、飛び付きました。「狂歌」「芝居」「ケンカ」と続きます。「狂歌」は、こなしているというお喋りの雰囲気だけど、まさかの「芝居」で気合充実。あないに、芝居の台詞がはまっているとは思ってなかったもので、これには、心底、驚かされました。「ケンカ」は、それはお手のものですから、後の2つが、スーパーな出来ということで、終わり良ければ全て良しということで、大正解のチョイスとなりました。


2021年 11月 1日(月)午前 5時 56分

 昨日は、年1回やって来る法事の日。毎度のことながら、弟の家に行き、そこから車で出発。法事と言っても、弟と2人で出かけるのが定番。昨日は、お天気がいいどころじゃなく、気温が上昇。琵琶湖畔の墓地を訪れるには、まことに好都合な日。先日、気温が急降下したときに、真っ先に、頭に浮かんだのが、この法事。屋外に居る時間が長いものだから、あの急降下が起こったときの気温だと、ギヴアップするかもと思いました。いつもは、11月の第1日曜日と決まっているのだけど、今年は都合で1週間繰り上がった。どうやら、それが、黄紺的には有難いことになったのかもしれません。一昨夜の雨が、気温を上げたようですね。
 昨日は、これが、午後の時間に入ったので、午後の一時はなし。替わりに、日曜日の朝の楽しみ「日曜美術館」を、NHKプラスで観ることができました。そのお題は、「北の息吹を刻む〜絵本作家・手島圭三郎 最終作へ〜」。北海道の大自然をテーマに絵本を生み出してきた手島圭三郎、名前は知らなかったけれど、紹介された木版画を観ると、本屋の店頭で見かけたことがあります。木版画特有の強い線が、とても印象的だからでしょうね、覚えています、しっかりと。その作者手島さんは、御年86歳。ここまで、年1冊のペースで出版してきたけれど、40冊目を最後に引退することを決意。その40冊目の製作過程をカメラが追います。それに被せて、経歴や、これまでの作品を紹介する(アニメ化)構成でした。紹介された作品は、次のようなものでした。①おおはくちょうのむれ②きたきつねのゆめ③きたきつねとはるのいのち④しまふくろうのみずうみ⑤エタッペカムイ。④が、47歳でのデビュー作。1982年の日本絵本賞受賞作。⑤は、「アイヌ神話のシリーズ」の1つ。トドとヒグマの争いを描いたもの。製作過程を観ていると、「これだと年1作になるわ」と思わせられる手間暇のかかるもの。「下絵を描き、壁に貼りながら構想を練る」「下絵を裏返してガラス戸越しに光に当てて、墨で線を描く」「そして、彫る」「1枚の絵を4枚の板木に分けて彫り、各々に色を塗る」「最後に絵の基調になる墨を塗り、摺る」、これらを、全部一人でする。「描く」「彫る」「摺る」、これを、一人でやっちゃうわけだから、時間がかかります。今回も、「日曜美術館」は、おもしろい作家さんを紹介してくれました。早速、この絵本をDやSに見せてやりたくなり、アマゾン屋さんで探すと、お手頃価格でとなると、難しいと判明しました。但し、番組で紹介された以外の作品だと、お手頃価格で大丈夫なんで、狙ってみようかなの気分です。昨日も、「日曜美術館」の新作で刺激をもらいました。最近、スタジオでのトークが入った新作が少ないですが、どのうような加減なのでしょうか? これも、コロナ禍の影響なのでしょうか?


2021年 10月 31日(日)午前 6時 42分

 昨日は、一昨日同様、お天気のいい土曜日。こういった日が続いてくれないかなと思う日でした。急激に冷えたときには、こういった日を通り越して、一気に冬に向かうのかと思ったけど、たとえ短いかもしれないけど、ここ数日は、ありがたい日が続いています。昨日は、午後にお出かけを予定していた日。コロナ禍で吹っ飛んだ講演会が、ここへ飛んできました。元は8月だったもの。こうやって延期してくれるところが多いのだけど、どことは言わないけど、あっさりと中止を選択するところがある。よりによって、超貴重と思えるお題を用意しておきながら、止めてしまう。講師の都合なんてことよりか、企画した側の熱意を疑ってしまうことがありました。で、昨日のお出かけ先は京都市学校歴史博物館、そんなで、久しぶりとなります。学校がテーマの博物館、市中心部の廃校となった学校を活用しての博物館です。昔の学校を残すということにも貢献しています。こちらも、コロナ禍で延期になっていた企画展 「京都における幼稚園のあゆみ」の関連講演会として開かれたもんでした。3回予定されており、あとの2回は、京都の幼稚園の歴史を、戦前と戦後に分けて行われるのですが、都合で行けないので、このシリーズは、昨日の1回だけとなります。昨日は、「保育現場における 『言葉』 の育み」というお題で、この博物館の前の学芸員で、現在は東京福祉大学准教授となっておられる和崎光太郎さんのお話を聴くことができました。お話の前半は、「言葉」がテーマではなく、保育を、法律は、また、教育行政は、どのように捉え、何を目ざそうとしているかというお話と言えばいいかな。保育の定義からお話は始まりました。「教育」と「養護」を合わせたものが「保育」。その保育を行うところが、幼稚園と保育所、認定こども園(この存在、知らなかった!)。各々の施設に入る資格など、複雑な規定(これは自分で調べた)があるようですが、ともに目ざすのは保育。また、その目的とするところ、目標とするところは同じだと言えると、「学校教育法」「保育所保育指針」という法的根拠を示して説明されていました。目標の「5領域」というトピックがあり、低年齢の子どもが対象であることが、よく判ります。「健康」「人間関係」「環境」「言葉」「表現」の5領域を「総合的に指導しなければならない」となっているそうで、生活の中で、それらが組み合わされて実現するもので、この領域を教えるというよりか、現場での生活、遊びの中に、それらが入っているかという「分析」をするときのための領域分けと考えられるという言い方だったかな? その内容を、揃えようとしているのが、「保幼小接続」として、中教審が考えていること。小学校に入って来る子どもが、別々の内容を指導されてきていると、小学校での指導が大変だという発想です。小学校から高等学校まで貫くカリキュラムでは、「生きる力」と「資質・能力」がテーマ。そこへと接続させようとしている。各々のテーマの基礎を育むのが保育。そこで、「資質・能力」が育まれている幼児教育終了時の具体的な姿として、10の「幼児期の終わりまでに育って欲しい姿」の記載が、「幼稚園教育要領」にあるということで、その紹介がありました。この「資質・能力」を、子どもの生活する姿から捉えたものは、あくまでも「5領域」となるということですが、この言い方、よく解らなかった。その「10の姿」には、「健康と心と体」「自立心」「協同性」などとともに、「言葉による伝えあい」が入っているということで、ようやく本題へ到着しました。そのお話が後半。「幼児教育終了時」の年齢まで、子どもは、言葉に関して、どのような発達段階を経ているのかが後半になるということです。でも、ここまでのお話、法律上の文言話であったため、慣れてない黄紺には、実に解りにくい。レジュメを観ながら、メモも観ながら、まとめたけれど、まとめになってなさそう。「総合的な指導」「領域は分析の項目」で留めておいてくれれば、そこで、もう「言葉」が出てきているのだからと思うのは素人の浅はかさかも。それだと、現在進行中の中教審の頭の中を紹介できない、その腹にある、幼児の指導の本音が見えてこないということなんでしょうね。お話が、回りくどいのか、聴いていた黄紺の頭の回転がついていけないで、文句を垂れているだけなのか、恐らく、後者でしょうが。そんなで、後半は、関係の本を読めば済むお話と言えば、傲慢か! 何ヶ月で、何ができるかという問題を、言葉に絞ってのお話だから、そう言ったまでですが、その言葉の発達段階が解ってない黄紺です。標準としての話ですが、うちの息子、わりと標準的な成長をしたものですから、こういった話を聴くと、「その頃、何してた」的な話題と被らせてしまっています。逆に、Ⅾは、2歳2~3ヶ月してから喋り出し、一旦、喋り出したら、余計なことばっか喋るものだから、つくづく標準だと思い知らされています。この発達段階という理解の仕方が、医学的見地より先行したため、言葉の出ない、遅い子どもさんを持たれる親御さんを苦しめた理論であることも思い出され、一概に、言葉を発達段階で押さえられると、緊張が走ってしまいますね。講演が終わったあとは、肝心の企画展を観ることにしました。学芸員さん1人で、これだけのものを準備される、毎回、学芸さんの能力の高さを思い知ることになりました。


2021年 10月 30日(土)午前 6時 20分

 昨日からこのあと、またぞろ、お出かけが続きます。季節は秋、コロナ感染の急降下に合わせて、市民向け公開講演会が、週末は重なることが多いけど、平日は、うまく棲み分けてくれているので、日々、頭を刺激してもらっています。昨日は、朝から出発。通勤の方と被る時間のお出かけです。アスニー京都であった「特別講演会」と「双京構想連続講座②」の合体した講演会がありました。「双京構想」って、京都市民が聴いても判らないということでの企画でしょうね。その構想が実現しようがしないが、どうでもいいけど、それに合わせて講演会が企画されるのは、謹んでお受けしますというところです。昨日は、その構想に相応しいテーマの講演で、前回とは、えらい違い。いやいや、今回が標準で、前回に無理があったということに過ぎません。お題は「皇室の歴史と京都の年中行事」、お話をなさったのは、京都産業大学准教授の久禮旦雄さん。この人、どこかで、お話を聴いた記憶があるのだけど、思い出せない、失礼な黄紺です。宮中の儀礼といったものの整備が、どのように、今のスタイルになっていったかを説き明かすもの。なかなか、おもしろいお話となりました。資料に現れてくるものを辿るお話、実証的にお話されると、どっぷりと、そのお話に浸かってしまうのだけど、でないという資料を持ち合わせてるわけでなし、どうしても、話者の言いたいことを、そのまま受け入れてしまいます。だから、このメモを読み返すときは、その心得を忘れてはいけません。まず、古代の養老律令から。奈良時代に、諸節の日取りが決められているとか。平安時代に入り、嵯峨天皇の時期が重要。宮中儀礼の唐風化が、一挙に進みます。服装も唐風に。ところが、宇多天皇の時期に、変換が起こる。ここまでが、中国文化色濃く受けていた時代。そこからの脱却、言い換えると、日本では、中国風を受容し、独自にアレンジをして、和風が生まれて行く時期ということで、さすが黄紺も知っている「国風文化」の時代に入る時期に、宮中行事の様態も、それに準じているというわけです。殊に、宇多天皇は、一旦臣籍降下をした人。藤原基経の後ろ盾を受け、宮中に復帰したという経歴から、民間行事に通じていたことで、民間信仰などの神祇信仰を取り込んでいったのだろうと言われていました。行事の具体的な内容に触れるという講演ではないものですから、その辺りに物足りなさはありましたが、毎日四方拝などが入ったと、ちょろっと蘊蓄が出ていました。次いで、お話は近世に跳びました。武士の時代になり、戦国の世を経ての時代に跳びます。宮中の行事に大きな変化が出て来るところへワープといったことなんでしょう。応仁の乱以後、廃れてしまっていたものが復興する時期へのワープしたわけです。後水尾天皇の時代に、「禁中並公家諸法度」が出て、天皇は諸芸能、学問が第一とされ、和歌の嗜み、神事を先にする家とされたわけで、それに伴い、「当時年中行事」が整備されたということです。絶えていた大嘗祭も、この時期に復興したそうです。次いで、系図では、傍系から天皇となった光格天皇の時期に、一層の復興が進みます。内裏の復興がなり、今の御所に天皇が移る時期です。聖護院にいた天皇が、仰々しく大デレゲーションで御所に入ったと言われていました。「歩いてもええ距離なんですが」とは、講師の方の弁、確かに、そういった距離ですね。この光格天皇が、生前譲位をした最後の天皇だったそうで、現上皇が誕生するときの先例となったというおまけ話が出ましたが、最後は、ちょっと急ぎ足。要するに、我々が垣間見る宮中のしきたりは、江戸時代に、その原型があるということですね。御所も、幕末に、一旦焼失したとは言え、今の姿が現れたのも含めて、それを、古くからあったものと即断するのは適切ではないということのようです。もちろん、旧の形が、あったことは言うまでもないことですが。
 この講演会から自宅に戻ったのが、午後1時半過ぎ。いつものように、1駅手前で電車を降り、お酒の安いマートを寄り、ウォーキングをしての帰宅です。これも、いつものように、遅めのお昼を、マートで買ってきたおはぎ2個で済ませても、午後の一時は確保できます。昨日は、動画サイトにアップされている「世界ふしぎ発見!」を、久しぶりに探索。コロナ禍で、最近の放送は、国内ばかりで、外国での取材がほぼなくなっていますが、コロナ禍直前の放送で、めっちゃレアなものを見つけ、それを視聴。「カリブ海の世界遺産 驚異の火山大国ドミニカ」というもの、番組でも言ってたけれど、このお題を見たら、誰でも、ドミニカ共和国を思い浮かべるのですが、ドミニカは、もう1つあった! 黄紺も知らなかった、大アンチル諸島の中に小さな島国が並ぶけれど、その中の1つです。ダイアナ妃がプライベートで好んだという国だそうです。お題にあるけれど、南米プレートがカリブ・プレートの下に沈み込むところにあるため、火山島となっているところだとかで、海中で、火山ガスが海底から泡となって出て来る、名前もずばり「シャンパンビーチ」の掴みは驚異です。次いで、世界遺産のモーン・トロワ・ピトン国立公園で訪ねたのは、沸騰する湖。熱帯雨林の豊かな雨が地下水となり、マグマで熱せられたものが沸騰して地上に現れた。世界でここだけだそうです。正に、自然の驚異です。火山ネタは、ここまで、あとは、熱帯雨林の豊かな自然、伝統楽器、漁業の盛んな様子(浅瀬がないため近場に漁場が出来ているという好条件)が知れる市場探訪、南米からカヌーでやって来たカリナゴ族の生活、豊かな自然は鳥の楽園ということで珍しい鳥の紹介がありました。正に、一期一会の経験でした。
 まだ、時間があったので、ネットに上がっている落語を1本。「春風亭」で検索したら、このご時世、「一之輔」ばかりが引っかかって来る。そういったなか、その師の春風亭一朝の口演を見つけた。「大工調べ」です。このネタは、一朝の師、先代柳朝の口演が極上のものでしたね。その思い出もあり、他のネタもアップされていたけれど、これをピックアップ。与太郎のキャラが弱いかな、そう言えば、与太郎って、一朝はやらないんじゃなかったかなと思うと、普通の与太郎とも違いを見つけることのできる、このネタの与太郎表現に苦しんでる印象を受けてしまいました。でも、啖呵は聴きごたえ、十分。そんなで、昨日の午後の一時は終了しました。


2021年 10月 29日(金)午前 6時 29分

 昨日は、お出かけなしの一日だったけれど、オンライン配信を3つ視聴する計画を立てていた日。上手い具合に、時間の棲み分けができていたので、その予定を立ててありました。そうなると、途端に、ウォーキングの時間確保がきつくなる。ところが、上手くしたもので、最近の傾向そのままで、朝のトルコのコロナ情報収集が薄かったもので、朝方にウォーキングの時間を確保できたので、普段の85%は、そのための時間を確保できたのは、大成功。夕方のウォーキングは、これはこれで、1時間、ウォーキングの時間を早めて、対応。夕方のトルコのコロナ情報収集も薄かったもので、これまた成功ということで、うまく時間を回して行けたのだけど、肝心のオンライン配信の中身が大変だったり、あっさりと、肝心な箇所で居眠りをしたりと、あまり褒められるようなことにならなかったのは、痛い。そんなで、心覚え程度のメモしかできないけれど、せっかく確保した時間、ちょっとくらいは記憶に留めておきたいものだから、できる範囲でしておくことにしましょう。
 第1弾は、午前10時半開始。送られてきたURLをクリックしても、いつもと違う。立ち上がってくれないのです。先日の宇治茶の配信で、最新版のZoomを入れておくようにとの指示があったものだから、アプリは大丈夫なはずなんだけど、おかしかった。ところが、どうしたのか思い出せないのだけど、出たことのない「登録」画面が出て来て、そこに、名前とメルアドを入れたら繋がった。ホント、ぎりぎり。冒頭の挨拶が始まっていました。かなり余裕を見て、アクセスして助かったんだけど、際どい時間にアクセスをしていいたら、諦めたかもしれません。同じ配信を、以前にも受けているので安心していたところを、足元を掬われかねませんでした。どうやら、Zoomのミーティングからウエビュナーに切り替えたと言ってたから、起こったことかもしれません。知れんけど! その配信は、「気候変動影響予測・適応評価の総合的研究(S-18)」の「第4回 S-18セミナー」。前回、場違いかなと思いながらの参加だったんだけど、わりかし素人を意識したお話だったもので、調子に乗り、今回も登録。ところが、二匹目のドジョウはいなかった。資料が英語で出て来るものあり、お話の中でも、タームが英語で入る、タームでなくても英語が頻繁に入る、これはまいった! でも、まだ、これはいい方で、学術的な概念とか、公式っぽいものが、ぽんぽんと入って来ると、英語以上に判らない。そのお話のお題は「ここまで分かったこれまでの気候,これからの気候 IPCC AR6(WG1)より」。お話をされたのは、国立環境研究所地球システム領域副領域長の江守正多さん。江守さんは、IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)のAR6(第6次報告書)作成に関わられた方、その人が、その報告書の概要を解説するというものでした。WG1(ワーキンググループ1)は、気象などの自然科学分野の学者グループを指すようです。現在の気候変動の現象分析、今後の予測に関する、最新の分析結果がこの報告書になるというわけで、しかも、報道でもあるように、今はCOP26直前の時期ということで、多くの参加者があったようです。幾つかの段階に分けてのお話でした。「①気候の現状」で、有名になった断言が出ています。「人間の影響が気候システムを温暖化させてきたことに疑う余地はない」というやつです。気候変動のオンライン配信を視聴する度に聴いてきた言葉です。トランプのような、パリ条約を破棄した輩はリングアウト宣告の言葉だけど、あのおっさんというか犯罪者は、まだ動いている。「ホッケースティック曲線」というタームがあるそうです。ホッケー用のスティックの曲がり具合のように、先端部で跳ね上がった気温ということです。「②気候の現状」では、「世界各所で、気候変動の極端現象が、既に始まっている」「それが人間の影響によるものとの証左が、前回報告書のときより強くなっている」。「③将来ありうる気候」では、「ここ数十年間で温室効果ガスの大幅な減少がないと、今世紀中に、地球温暖化は1.5度、及び2度を超える」。このシミュレーションは、何度も、こういったお話で見せていただいています。そのシミュレーションの大元が、今年のノーベル物理学賞ですね。「極端な現象の頻度と強度は上がって行く」、その具体的な事例が列挙されました。「気候の温暖化は、世界の水循環に大きな変化を生む」、降水量の変化のため、大雨だけではなく、極端な乾燥が生まれるということです。「海洋と陸域の二酸化炭素吸収源の力が弱まることが考えられる」「海洋や氷床の変化は、不可逆的なものとなる」と、恐ろしい言葉が続きました。「④リスク評価と地域適応のための気候情報」「⑤気候変動の抑制」、この部分が、最も難解なタームが並び、解らなかったところ。メモを読み返しても判らないですね。力の限界を超えました。そういった中で、聴いたこともなく、聴くと驚く内容が、質疑応答の中で出てきました。メキシコ湾流の勢いが弱まってきているそうです。論文の中には、「今世紀中に止まる」なんてのもあるとか。最後の沈み込みの力が減退するようです。わけは判りません。そうなれば、ヨーロッパなんて住めなくなるということでしょうか。
 この配信終了後20分ほどで、新たなオンライン配信を視聴することになりました。「気候変動適応における広域アクションプラン策定事業東北地域業務 第 3 回ランチタイムセミナー」と、これまで、2回、視聴経験のあるもの。隙間狙いという時間設定で異彩を放ちます。いい時間設定かと思う一方、昼休みも働けということかとも思ってしまいます。昨日のお題は「雪崩発生のメカニズム と気候変動」。講師は、防災科学技術研究所雪氷防災研究センターの中村一樹さんでした。中村さんのお仕事は、雪崩発生のメカニズムを追及するという研究者のものと、実際、雪崩が発生すると、その様態を観察して、その後の措置に示唆を与えたりするという実務者のものを、併せて持たれているというもの。よくTVの報道で、雪崩が発生したときに、「表層雪崩が発生しました」という言葉でだけ伝えられている裏に、こうした方の働きがあることを知っただけでも、大正解です。が、この講演の肝心なところで居眠りが出てしまいました。気象データを将来予測データにすることで、雪氷被害の予測に繋がる評価が可能となる「積雪変質モデル」を作られているそうです。着雪の予測、道路雪氷予測、雪崩予測などの情報を得られるようになっているとか。気象モデルが大元だということですから、ここでも、ノーベル賞の重みを感じさせます。で、雪崩の発生メカニズム。雪質のお話から始まったということは、それが関係してくるということですよね、でも、ここで切れています、黄紺の記憶は! レジュメを見ると、表層雪崩だけではなく、全層雪崩なんてものもあるのですね。詳細を聴きたかったぁ、一番の核心になると、居眠り発生のジンクスが嫌なところで出てしまいました。
 夜に3つ目の配信。おなじみのラボカフェです。昨夜のラボカフェは、「グローバル・ロジスティクスを考えるー鉄道の可能性」というお題で、講演&トークといった内容でした。講演は、東京大学大学院工学系研究科准教授の柴崎隆一さん。トークに参加されたのは、カフェマスターのアーティストユニットcontact Gonzo、建築家ユニットdot architects、大阪大学共創機構准教授&アートエリアB1運営委員の木ノ下智恵子さんでした。柴崎さんのお話がおもしろかった。この方、学者だけではなく、国交省の役人の経験をお持ちの方なんだけど、話しっぷりは、鉄と看ました。もっと広く、交通オタクの雰囲気が出てました。ここでも、半ばの世界経済史的な箇所で居眠り、及び、終盤のトークで居眠りをしてしまったんだけど、まずは、コンテナの話がおもしろかった。コンテナの出現って、20世紀の大発見だとう声を、黄紺も聞いたことがあります。そのわけが、柴崎さんのお話は解明してくれました。柴崎さん自身が撮られた、コンテナを使っていないカンボジアの港湾の画像と比較話は、コンテナの効用を、よ~く、判らせてくれました。コンテナには、大きさ、機能などで、幾つか種類があること、初めて知りました。全部が、同じ大きさだと思ってました。コンテナに合わせて、それを運ぶクレーンにも、また車にも、規格というものがあるそうです。言われてみてそうだと思うこと、コンテナの規格を決めても、実用的でないですね。積み替えの容易さは、ハブ・アンド・スポークという物流を生み出し、ドア・ツー・ドア的な運送を可能とする。盗難の心配も要らない、第一、コストが大幅減となる。コンテナ船が港に滞在する時間が短くなり、効率化が進み、且つ、大型化が進んだ結果、船会社も大型化、統合が進み、競争に備えて、航空会社のようにアライアンスを組むようになっているそうです。残りの1/4で鉄道が話題の中心に。鉄道は、車、船に比べて、中距離で、一番、費用面で効果的だとか。近距離は車、遠距離は船、スピードを求めるなら飛行機ということです。アメリカは、たいたい、車の守備範囲が州内となるそうです。ダブルスタッフ・トレインなんて、日本では見ない2階建てのコンテナ列車が走っているとか。架線がない(電気で動いていない)、しかも、トンネルなんてない地形だからこそできる、これで、コスパが良くなるというわけです。インドでは、これは効率がいいということで、電化したうえ、このダブルスタッフ・トレインを走らせるようになっているんだって! 架線やパンタグラフに工夫をして、これを増やそうとしているそうです。これは、おもしろい話。アメリカの列車による輸送を担当する会社は、4つに収斂。シカゴから西部と東部が分岐点で、そこで会社が変わるものだから、積み替えが要る。言い換えると、シカゴが物流の拠点になっている。輸送量を地図で表して見せていただけました。すると、シカゴで線が、特に太い線が交わっている。この「積み替え」ネタがおもしろかった。アメリカの場合は会社が変わるから、列車も変わるというわけですが、線路の幅が違うと、これが要る。広軌と標準軌というやつです。「アジア・欧州国際輸送ルート」という鉄道輸送法があるそうです。中国(連雲港がランドブリッジの基点)から欧州まで繋がっているルートが機能しているそうです。特に、コロナ禍で大人気。航空輸送が頓挫した影響があるそうです。でも、ここで線路幅の問題が起こる。旧ソ連域内は同じだけど、中国とカザフスタン、ベラルーシとポーランドで「積み替え」が要るそうです。そういったところで費用が発生、しかも、長距離のため費用がかさむ。そのため、中国政府が運賃を大幅援助で機能しだしているそうです。鉄道とは別で、運河のトピックもおもしろかった。スエズでの座礁事件のときの船の動き、それをGPSを使った映像で見せていただけました。あのとき、「4日ではけた」という報道は間違いとのこと。あのとき、本当の混雑は、その後だったそうです。4日ではけたのは、運河内に溜まっていた船。ところが、運河が通れないということで、運河に入る前の船が、運河の外で待機していたため、それらが押し寄せたからで、それらがはけるのに、4日どころではない時間が要ったそうです。なるほど、おもしろい。パナマ運河の方は、かなり狭い。そう言えば、そういった画像を見たことあったけれど、コンテナ船の大型なのには対応できない狭さだということで、拡張工事がされているそうです。あすこは、高低差があるから、どうしても難工事になるから、スエズのようにはいかなかったということですね。スエズを、1回、大型コンテナ船が通ると、通過費用って1億はいくと言ってられました。これには、カフェマスターさんら、一様に驚きの声。「でも、それが、エジプトの貴重な外貨収入なんだから」とプロはあっさりとしたもの。などなど、おもしろかったぁ! 途中、居眠りをしてなかったら、もっともっとそそられる話題が出て来たものと思われます。終わったのが、午後9時。黄紺的には、それから夕食としました。だって、「晩酌しながら視聴すると居眠りするから」と思ってたからですが、そうでなくても居眠りしてしまってました。


2021年 10月 28日(木)午前 6時 19分

 昨日は、某美術館に行く予定を入れていた日。ところが、数日前から、「行かないよな」の雰囲気。行きたかったはずの特別展があるのに、動かない時間を選んでしまいました。時間に拘束されるのがかったるいのですね。自分に問いかけるような書き方したけど、お出かけやら、オンライン配信やら、時間の拘束が増えて来ているのに、一方で嫌気が出ている証拠です。お出かけ先に文句があるのではなく、出かけることに抵抗が出てきてしまうのです。その予定を取っ払うと、一気にのんびり気分。日に2回のウォーキングをこなし。天気もいいので、昼前のウォーキング途中には、たっぷりと、休憩&読書の時間を取ることができました。最近は、中世のコンスタンティノープルを書いた物を読んでいます。昨日も、朝のトルコのコロナ情報収集は薄かったため、午前の一時を持てたため、動画サイトにアップされている「歴史秘話ヒストリア」から1本選びました。「古代日本 愛のチカラ よみがえる持統天皇の都」というお題の回をピックアップ。飛鳥をテーマにした講演のオンライン配信を受けたりする度に、古代史に関する己の浅い知識に呆れているので、これを使って、ファンダメンタルの強化を図ろうとの魂胆。確かに、メモるのも恥ずかしい内容だけど、メモっておきます。でないと、すぐに忘れてしまいそうだから。主役の持統天皇の前名は讃良皇女、この女性は、天武天皇の后でもあったということくらいは知っていたけれど、壬申の乱で戦った中大兄皇子の娘であったことは、黄紺的大発見。ややこしい系図が氷解しました。叔父と姪の結婚となるのですね。壬申の乱という兄弟げんかで、父親でなくて夫を取った女性、それが、主役の讃良。そないな複雑な関係だと知らなくて、系図を見ても仕方がないのに、眺めてたということになります。天智系と天武系があると言います。これは聞いたことがあるのだけど、改めて系図を眺めてみて気づいたんだけど、勝った天武系ではなく、天智系の方が続いて行く。また、気になることが出てきました。桓武は天智系なんですね。天武が即位して、事実上の共同統治だった。これは聴いたことあったけど、その事績なんて解らない。きっちりと触れてくれていました。唐風にすること。新たな都の建設、官僚の服装、髪型、立礼などがそうなんだって。和同開珎より古い富本銭は、ここで出て来る、初めて知った! で、肝心なこと、天武の時代って、まだ、飛鳥に都があり、このあとできるのが藤原京だった。平城京って、まだ、先の話なんですね。知らなかったぁ! 「天皇」という表現が木簡に出て来たり、薬師寺は讃良が病気になったのがきっかけで造られた、、、知らなかったことばっか。そして、天武の死、讃良が持統天皇として即位。ここで、藤原京ができる。天武の遺志を継いだということになる。ところが、また、新しい発見! 藤原京って、内裏がど真ん中にあるってこと。これは、唐風にしようとしたけれど、白村江の戦のため、唐と断絶状態だったため、長安の最新情報が掴めず、古い周令工礼記を基に造られたからと考えられているそうです。藤原京の巨大さは、平城京や平安京を上回るそうです。完成記念には、外国使節も。新羅との親交を強めて行ったことは、どこかで聴いたことがあった。内政的には中欧集権化が進む時期だから、権威の発揚という意味が、内外に必要だったのでしょう。やがて、天武・持統合葬陵となる陵墓の建設。「有名な一直線」は、ここで出てきました。いつ、どこでを知らないで、「一直線」は知ってた。どんどんと断片的知識が繋がっていきます。持統も亡くなります。合葬されるわけですが、その陵墓の中を探査した記録が鎌倉時代のものとして残っているとか、これ、知らなかった! で、判りました、なんの話に行こうとしているのか。持統は、天皇として、初めて火葬だったこと、です。それを証明することが、その史料でできるというわけです。持統は骨壺に入れられて埋葬されていたということです。これは、いろいろ勉強になった。番組は、「天上の虹」という里中満智子の漫画を使い進行するというものでした。
 午後の一時は2つ。1つ目は、YouTubeにアップされている「contact Gonzo」のパフォーマンスを観ることに。画像では見たことがあったんだけど、何をしているのか、よく判らなかったのだけど、動画を観ることで、動きは判ったんだけど、今度は、その意味が判らない。ダンスでもあり、格闘技でもありで、ま、パフォーマンスなんだけど、、、、。周りを観客が囲む中でのパフォーマンスで、1度、その観客が笑い声を上げたけど、そのわけも判らなかった。結局、「観た」というだけになってしまった。アートシーンなどの書かれたものなどを目にすると、その名を目にするユニット、気にはなるのだけど、勝手解説でいいから、そないなものないかなぁ。2つ目は、手持ちのDVDで観ていた「アフリカの女」の残りを完走。フランクフルトで観たプロダクションは、人類の宇宙空間への進出話になっていました。時間があったので、もう1本、観ることに。但し、ほんの序の口までだけど、その中に、素敵な男声デュエットのあるオペラ「真珠とり」。ライブビューイングでも流れた、メトロポリタンのプロダクションです。クイチェインとポレンザーニのデュエットです。このデュエットだけではなく、こないなきれいなメロディが続くのに、上演機会がレア。黄紺は、カイザースラウンテンで、「これが、生涯のワンチャンスかも」との思いで観たことがあります。そのときも思ったものです。「なんで、こんないいオペラが出ないの」って。DVDのおかげで、そないなオペラを繰り返し観ることができます。ディアナ・ダムラウが登場して、一声歌ったところで、時間切れになってしまいました。


2021年 10月 27日(水)午前 6時 53分

 昨日は、夜にお出かけを入れていた日。事前に申込みが必要なので、その時点で、夜は出たくないという気持ちが、今や定着しつつあるので、躊躇したのだけど、申込み制で、且つ、抽選制。もちろん数が多いときだけだが、ここは、いつもオーバーで、申込み制を採るときは当たったことがないので気軽に出すと、こういったときに当たる。当たってから、困っている。毎度のことながら、前へと圧縮して、夜遅く帰って来ても、トルコのコロナ情報収集だけにしておかねばならないというプレッシャーがかかるのが嫌なものだから、困るのです。圧縮すればいいじゃないの声が聞こえてきそうだけど、コロナ禍で、すっかり、そういった柔軟性がなくなり、決まった生活リズムでないと、嫌な感じになってしまうのです。でも、ま、上手く圧縮できた方じゃないかな、昨日一日。やれば、できるんだけど、沁みついた生活リズムが、身体にまとわりついてしまっています。
 午後の一時も確保。動画サイトにアップされている「日曜美術館」を視聴することにしました。とにかく観ることができるのがあれば、それから観て行こうとの考えで、昨日選んだのは「モディリアーニ〜仮面に秘めた人生」、檀ふみがMCを務めていた時代のもの。西洋絵画は後回しにしようと考えていたのだけど、観ることができるのであればの気持ちの方が、今や先行しています。モディリアーニは、生でいくつも観てきたけれど、その生涯などを詳しく調べたこともなくということで、これはこれで、とってもお役立ちでした。イタリア出身のユダヤ人、16歳で罹った結核で死にかけている、それを引きずっての35年の生涯、のっけから、この話題。もう、そこから知らないことばっか。これ知っただけで、モディリアーニの作風の一端が読めた感じがしたから、こういった話を聴くって大事だと、えらく肝に銘じました。21歳でパリに出て来てからの作品を追いながら、ゲストの岸恵子とのトークを交えながら、番組は進みました。紹介された作品をメモっておきます。①帽子をかぶった裸婦(攻撃的で生々しい、裏にもう1枚の絵)②モーラ・アブランテス③大きな赤い胸像④カリアティッド⑤カリアティッド(モディリアーニの最初の画商ポール・ギョウーム収集品、アフリカのプリミティヴアート、モディリアーニの人物像は、このプリミティヴアートにインスパイアされたもの)⑥ブランクーシ/にわとり(コンスンタンティン・ブランクーシを師と仰ぐ)⑦頭部像(モディリアーニ作彫刻、彫刻制作に魅力を感じてたが、粉塵は弱い肺にきついので断念、絵画に転向)⑧ポール・ギョームの肖像(「ただの絵描きになる」と言って描いたもの)⑨黒い瞳の女(瞳なし、アーモンド形目)⑩ジャンヌ・エビュテルヌ(モディリアーニの恋人)⑪婦人像⑫マリー・ヴァシリエフ/ブラックのための宴会(若い芸術家の保護者、その屋敷が現モンパルナス美術館)⑬シャイム・スーティン(ロシア出身のユダヤ人画家、モディリアーニが心を許した男)⑭赤毛の娘(恋人ジャンヌを描く)⑮ジャンヌ/病床のモディリアーニ⑯大きな帽子をかぶったジャンヌ・エビュテルヌ⑰木と家々(戦時下、ニースの隣カーニュでの作品、多くの画家が逃れた土地)⑱風景(風景画は珍しい、人の気配のする家が描かれている)⑲若い見習い職人⑳ルノワール/風景の中の裸婦(「いいお尻だろ」とルノワール自身が言ったという、モディリアーニと相反する生きる喜びの色使い、ルノワールもカーニュにいた)㉑扇を持つ女(最晩年の作品、デスマスクのようにも見える顔)㉒自画像(死の直前の作品、画家唯一の自画像)。モディリアーニのと独特の作風は、プリミティヴアートに出逢ったときに確立したものとか。ハンブルクで、ブリュッケの領袖的役割をするカール・シュミット・ロットルフの特別展を観に行ったときも、その色使い、姿形が、アフリカの土着の民族美術にインスパイアされていると、傍らの解説に書かれていたのを覚えている。カール・シュミット・ロットルフも、モディリアーニも似た時代を生きているので、そういったプリミティヴアートが、20世紀前半の若い作家に刺激を与えたということなんでしょう。いいことを教えてもらいました。カーニュで亡くなったモディリアーニ、その2日後に、ジャンヌ・エビュテルヌは後追い自殺をしているということを、視聴後、ウキペディアで知りました。もちろん、これも初耳のことでした。
 夜は、京都文化博物館別館ホールへ。歴史的建造物を使い、「第3回日文研-京都アカデミックブリッジ 京で語る医と文化-宗田一生誕100年」というイベントがありました。日文研と京都新聞の共催で開かれたものです。研究者の蔵書は受け入れないを原則にしている日文研が受け入れたコレクション。その受け入れに当たられた松田さんに言わせると、民博の持つ食生活に関わる蔵書に匹敵する、医事・薬事に関わる資料だと思い、受け入れを決めたと言われる量と質のものだそうです。その宗田一の業績、及び、宗田一が情熱を燃やした、医事・薬事に関わるシンポジウムでした。そのプログラムは、次のようなものでした。①挨拶:井上章一(日文研所長)②話題提供:松田清(京都大名誉教授)「宗田先生と京の蘭学」③パネルディスカッション:松田清、光平有希(日文研特任助教)、フレデリック・クレインス(日文研教授)、伊藤謙(大阪大総合学術博物館講師)、安井真奈美(司会:日文研教授)。②では、宗田一の略歴、業績を知るための著書解説がありました。医療文化史というものが、そのフィールドだったということで、単に医学や薬学の歴史だけではないものとのお話。だから、医に通じるとして、護符などのコレクションも行っているとか。日本の医学の発展に欠かせないということで、蘭学、洋薬(オランダ船が運んできた薬品)、漢方薬に関しても、各々、著作を残されているそうです。そういった人となり、業績、コレクションの紹介を受け、③では、パネラーとして加われた方により、若干細部に入った報告があり、パネルディスカッションのあるある話ですが、その報告が終われば時間は、あまり残っていないということで、会場から出た質問に答えるということで終わるというものでした。各パネラーの報告のテーマをメモっておきます。光平さんは、現在、コレクションの整理に当たってられる方。そこで見つかった宗田一自身の描き残したメモ的画像資料などを紹介されていました。宗田一は、絵描きになりたかった人だとも。フレデリックさんは、「京都の蘭学」というお話。解剖図の生々しい資料を配布され、「解体新書」に描かれているそれと、京での初の解剖の記録「平次郎臓図」と江戸での解剖の記録「施薬院解男図」の2つを比較されました。「解体新書」の解剖図は、オランダの影響を強く受けた描き方、抽象的、且つ理想化された身体を描いているのに対し、オランダの影響を受けないで、立ち会った絵師による記録図は、そのまんま、とっても写実的に描いていると分析されていました。それは、配布された資料を見ると、一目瞭然。日本の解剖図は、そのまんま、生々しいものでした。伊藤さんは「漢方」の紹介でしたが、短時間で猛スピードでお話をされたので、頭に残っていないのです。昨日は、一切、居眠りはしてないのに、こういうことがあります。その前のお話がインパクト強かったことも原因でしょう。そんなで、全体像として浮かび上がるはずだった、京都の医と文化にはならなかったけれど、普段聴けない分野のお話を聴けて、それはそれで正解といったところかな。
 久しぶりに、このシンポジウムのおかげで、京都の繁華街を歩きました。三条通を往来しただけだけど、久しぶりに歩いても、ついこないだ歩いたところという印象。街が変わったわけでなし、でも、時間は、かなりが過ぎているはずですよね。思いの外、久しぶり感がなかったことが、逆に意外な感じがしました。


2021年 10月 26日(火)午前 6時 39分

 昨日は、朝から雨の一日。これだけの雨が降ったのって、久しぶりじゃないかな。一時は、止めてくれと言うほど降ってたのに、最近は、とんと降ってなかった。雨が降っても、寒くはならなかった。ここ2日とは逆に、気温は上がってたのじゃないかな? そういった雨の日だったのだけど、午後にお出かけ予定を入れていました。タイトな日になるのではと思っていたけれど、朝のトルコのコロナ情報収集が薄くって、時間に余裕ができてしまった。そういったときって、ウォーキング時間確保のために、いつもの昼前のウォーキングの時間よりは早く出かけるものだけど、雨の音を聴いて、あっさりと断念。だから、午前中は、その時間を利用して、動画サイトに出ていた落語を1本聴いた。音声だけのものには、わりかし貴重なものを見つけることができます。選んだのは、四代目林家染丸「向うづけ」。平成14年収録とのコメントが付いていました。現染丸は、ネタの豊富な人、ちょっと人に合いそうじゃないネタは、持っていても口演はしないということも聞いたことがあるけど、これも、その類に入ると思われるネタ。ちょっとだけ、口演して、あとは持っておくということにしたのかもしれないなと、勝手な想像を働かせて聴いていたところ、変なところに、たどん屋と最上屋のおなごしが出て来た。現在は、「向うづけ」と切り離されて口演されることの多い「くやみ」の部分を入れているのだ。原「向うづけ」では、アホが丁場に座ってから現れる弔問客の中に出て来る人たち。でも、この口演では、アホが、冒頭、嬶に言われて隠居の家に行く前の、隠居の家で弔問客を待ち受ける人(ここにも丁場があるということになってしまう)が出て来て、そこへ、件の2人が出て来たので、一挙に終盤に入ったのかと思い、思わず、聴き返してしまったほど。初めてです、このパターン。染丸に、こんなのやられると、こういった型があるのかと思ってしまいます。ホントにあるのかもしれません。流れとしては、この挿入以外は、常のショートカットされた「向うづけ」と同じでした。だから、件の2人のあとに、アホが隠居の家に現れ、御寮人とのやり取りがあり、丁場を頼まれるとなっていました。
 午後は映画。夏から週1のペースほどで、映画を観てきました。わざわざ減らしたほど、観たいと思わせられた映画が並んだ。特に京都シネマに、いいものが並び、間に京都みなみ会館にも行くということで、そのくらいの頻度になってしまっていました。このあとの京都シネマのラインナップを見ると、さすが息切れ状態。今のところ、京都シネマでの上映予定の映画の中からは、今年中に観たいと思える映画はないので、ひょっとしたら、昨日が、「今年のラスト?」なんて、気になり行ってまいりました。選んだのは、スウェーデンのドキュメンタリー映画「グレタ ひとりぼっちの挑戦」。グレタ・トゥーンベリの活動を、1人で「学校ストライキ」を始めたところから撮っていました。コロナ禍のなか、気候変動に関するオンライン配信を視聴する機会が増え、先端のお話を聴いていると、根本の方向性のお話になったときに、必ずと言っていいほど、グレタ・トゥーンベリの立場、意見が出てきます。それ程の影響力を持っているのだと、巷間、マスコミが伝えるところでは知らなかった重みを感じていたものですから、この映画は、黄紺的には待望のものでした。京都シネマでは、一番広い部屋で対応して、そこ見合う客が入っていましたから、それも、年齢層がバラバラででしたから、注目度の高さが判りました。カメラは、グレタ・トゥーンベリの出かけ先、飛行機を使わないので、列車や船での移動、なかでも、国連総会への出席のときにはヨットで大西洋を横断していますから、そういったところへも入っています。父親が常に同行しています。その2人が宿泊するホテル内にも、カメラは入っています。要人との会見の場にもといった具合で、丹念に追いかけており、国連総会でのメッセージ発表が締めになっているという構成です。アスペルガー症候群と診断されているということも、この映画に先立ち、映画資料を見ていて、初めて知りました。環境問題を、学校で知ったときには、その衝撃で緘黙状態になったりと、それ以後の症状については、父親から解説が、序盤に入っていました。その症状の自覚を、グレタ・トゥーンベリ自身は持っています。父親の言葉からすると、話題に人となり、人との交流をしている姿は「信じられない」となります。グレタ・トゥーンベリの素敵な言葉が、「アスペルガー」を使って、ラスト辺りで出ます。「世界の人が、気候変動について、アスペルガーになって欲しい」と「拘り」を求めていました。既に書いたように、問題の方向性について重要な発言をしていることが判っているので、その語録の収録場面を観たかったのですが、ほとんど流れなかったな。2箇所、らしきものが流れただけ。EU首脳との会談後、会場の席に着いたグレタ・トゥーンベリは、通訳のヘッドフォンを、途中で外します。首脳の発する言葉の至らなさにうんざりといった気持ちを、そういった行動で表しているのですが、その後、カメラに向かい、「あれだけ、具体的な資料を出して言っているのに」と言うところ。で、具体的に何を言ったのかは出て来なかった。2つ目は、どこでだったかは忘れてしまっているのだけど、「酸性雨も、〇〇も、〇〇も」と〇〇は思い出せないのですが、様々な社会問題を、全て気候変動と結びつける発言をしているところです。そんなですから、映画製作の方針の基本は、「若い世代からの声」というもの。だから、グレタ・トゥーンベリに呼応して、世界各地で立ち上がった同世代の人たちの映像が、結構、挿し込まれていました。そういったコンセプトの映画だったら、観に行ってたかな、それは思ったな。だから、映画としては、グレタ・トゥーンベリの個性、個人を知れたという点ではプラス評価、社会的に注目を浴びている姿は、別段、マスコミも伝えているのだから、映画を観に行くまでもないことということで、マイナスじゃないけど、特段、評価すべき点ではないような気になりました。


2021年 10月 24日(日)午後 10時 49分

 今日も、昨日に続き、お出かけなしの一日。しかも、昨日と違い、全く、予定の入ってない一日。これは珍しい。緊急事態宣言も明け、秋たけなわということもあり、大阪にまで出かけて行かなくても、十分、黄紺のスケジュール表は埋まっているにも拘わらず、今日は真っ白。そんな日もあります。こう、毎日、予定が入っていると、こういった日にホッとしています。となると、日に2回、ルーティンにしているウォーキングをするときだけが、外出時間。ワクチンの2回目接種後出ていた副反応も治まり、腰の痛みも消えてしまっています。何が嬉しいかと言って、靴下を履いたり、ほんの僅か、腰を曲げるだけで痛んでいたのですから。外から戻り、靴を脱ごうとして、腰をかがめるだけで痛みがあるものだから、そっと曲げなければならない、また、一旦曲げると、今度は、腰を伸ばすのにも注意が要ると、何か動くたびに痛みと対面しなければならなかったのだから、ホント、助かっています。
 日曜日ということで、お楽しみの「日曜美術館」がある日なのに、今日は、再放送。しかも、それは、既に観ていた。ところが、突然、黄紺に閃きが起こりました。「日曜美術館」は1時間番組だけで、前の45分と後の15分が分かれています。前がテーマを設けて進む、この番組の本体。後は、最新の美術館情報を流してくれる(「アートシーン/展覧会情報」というもの)ものだから、前の方が再放送になっても、後の方は、古い情報を流しても仕方がないから、きっと、ここだけは、新しい、タイムリーなネタを流さないと、番組の体を成さないとの読みが、ドンピシャ、大当たりでした。今日は、しかも「特別編」と銘打たれ、1つの特別展の紹介をしていました。これが、おもしろかった! アーティゾン美術館という名が出て来たのですが、聞いたことのなかった美術館だったので調べてみると、なんてことはない、ブリヂストン美術館のことですね、こちらで開かれている美術展の紹介1本でした、だから、「特別編」となっていたと思われます。「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×森村泰昌 M式“海の幸”ー森村泰昌 ワタシガタリの神話」というのが、その美術展の正式名称。ピンポイントで取り上げられていたのが、題名にも組み込まれている「海の幸」を、森村泰昌流解釈で、且つ、森村泰昌流表現法で創られた新たな作品。「海の幸」は、最近、覚えた名作、青木繁の作品。森村泰昌は、自分がメイクを施し、作品に描かれている人物の顔になり切るという手法を使います。ですから、「海の幸」の漁師が、全て森村泰昌の顔にすり替わっている。その絵を観ながら、MCと森村泰昌との直接対話に興味が高まります。漁師が全員、同じ方向を向いている。左側ですね。彼らが手にする銛は、それを強調するかのように左側を指すように設えられている。青木繫は、明治末期、大正を見ずして亡くなっている。その先を見てみようじゃないかということで、「海の幸」の先の時代を時系列に10作品並べたのが、この「海の幸」絡みの作品。森村泰昌は、「海の幸」を観て、1点、気になることを言います。何本かある銛は、漁師たちが手で順に持っているのだけど、1本の銛だけは、よく眺めると、誰も持っていない。その話を「海の幸」を観ながら、森村泰昌はネタふりとして押さえておいて、時系列的に作品を見て行きます。大正時代のモボ、モガを思わせる作品、戦時中の正に戦争の場面が描かれた作品、前の東京オリンピックに今年のオリンピックの味付けをした作品、、、、と、1周します。最後の作品は、「海の幸」の右隣。海岸に宇宙人風の生き物が佇んでいます。その生き物が、「海の幸」から伸びた、誰も持ってなかった銛を握っていた。これは、驚いた。人間の物語が終わると、また、新たな生き物の物語へと繋がる、そこまでの遠くを眺める力を持つ、それが「海の幸」の凄いところということでしょうか。青木繫の作風も、森村泰昌は語っていました。下絵の線を消さないで残している、雑な印象を与えるかもしれないけれど、そうじゃない青木繫の描く線の荒々しさに、とんでもないエネルギーが宿るように見える。そういった魅力を語ったことも、最後の銛を握る生き物を見せるためのネタふりだったように思えました。これは、おもしろい作家です。「海の幸」の魅力も、新たに教えられたという感じがしました。この作品展がかどうかは知らないけれど、大阪に専用の美術館を持つことも知ったのですが、大阪はコロナまみれと思っている黄紺に、番組の最後に朗報が流れました。来年春に、作品展が京都でもあるとか。こえは、間違いなく、行くね、絶対!
 午後の一時は、さほど時間が取れたというわけではなかったのですが、何もない一日ということで、先日、観たなりになっていた、手持ちのDVDでのオペラ鑑賞。サンフランシスコ歌劇場の「アフリカの女」です。2幕の途中から、4幕の終盤までを観ることになりました。「アフリカの女」は、いわゆるグランドオペラですから、5幕ものとなるので、まだ、残っているというのが現状です。2幕が船出前、3幕が航海中、4幕になると、立場が逆転し、アフリカの宮殿というところです。ここでのというか、このオペラ最大の聴かせどころは、この4幕。「おぉ、パラダイス」という、素敵なテノールのアリアがあるのと、素敵なデュエットを聴くことができる、このオペラのハイライトと言える箇所を観たことになります。「おぉ、パラダイス」のドミンゴは圧巻です。このDVDは、1988年の公演を納めたものですから、33年前ですよね、ドミンゴも50歳手前だから、そりゃ、声の伸びが違います。アリアが終わった途端の観客の興奮が伝わってきます。黄紺も、その場に居合わせたなら、その興奮の片棒をかついでるかもと思える、超グレートな歌唱です。これ聴けただけでも、このDVDのチョイスは大正解ってところです。



2021年 10月 24日(日)午前 7時 31分

 昨日は、お出かけなしの土曜日。ただ、午後には、オンライン配信で市民向け公開講演会の予約があり、夜には「ブラタモリ」の新作が流れるという日でした。午後の配信は、ルーティンにしているウォーキングには障りはなかったのですが、夜に定まったものがある日は、夕方のウォーキングを、少し前へ持ってこなければならないのが、ちょっとだけの変化。完全に秋真っ只中のウォーキング、心地よくとはいきません。木枯らし一番的な風が吹き、夕方は、まだましだったのだけど、昼間のウォーキングは、身体が温まるまで、時間がかかるは、襟の隙間からは、どんどんと風が入ってくるということで、かなり悩まされました。あっという間に、そないな季節になってしまいました。
 オンライン配信は、帝塚山大学の第462回市民大学講座。緊急事態宣言のおかげで、こちらの講座が、オンライン配信に切り替わっているチャンスを捉えたのでした。昨日は、「日本・中国の木彫像の樹種調査から見えてきたこと」と題して、京都大学生存圏研究所助教の田鶴寿弥子さんのお話を聴くことができました。田鶴さんは、農学部出身という理系の方、そういった方が、考古学の講演をされるという、なかなか珍しいもの。自然科学の、歴史学、考古学への応用が光る今日この頃、このお話も、そういったテイストのものとなりました。木彫の仏像、神像に使われている樹種を、科学的分析をして特定していこうというものです。その中から、そこに込められている、製作者の思惑、それを求めた時代背景を探ろうという趣向なのです。聴くだにおもしろそうなお題です。ただ、その前半、樹種調査の手法を説明していただいていたとき、昨日は、ここで居眠り。毎日のように、人の話を聴き、また、PC画面の前で、何やしらを眺めながら、居眠りをする日々が続いています。昨日は、ここと、夜半、どうして、床に就いたかを覚えていないので、こちらでも、居眠り。気が付いてベッドへということだったのでしょう。で、講演ですが、結論的部分、分析結果、そこからの考察的部分は、大丈夫でした。それに先立ち、こないなことを言われていました。木彫の樹種を調査するためには、木片をもらわねばならない。国内だけではなく、廃仏毀釈の際、かなりの仏像が海外流出をして、海外のミュージアムに保存されているケースが多いので、そちからの協力も大きいと言われていました。この研究の目新しさ、重要さから、強力が出ているということです。中国、韓国の木彫の仏像の分析との比較も重要ということで、ただ、韓国では調査がされているが、中国が難物。というのも、中国では、11世紀以前の木彫による仏像がレアだそうです。こちらも、一体だけ、フィラデルフィア美術館所蔵と言われていたかな、その時期のものの分析ができていると言われていました。そもそも、日本に仏像が入って来た初めは、輝く金銅仏だとされているとか。それを受けて、その後、日本では木彫による仏像が生まれたそうですが、その材料は主に 広葉樹であるクスノキだったのが、8 世紀に入ると、針葉樹による造像が開始されたそうで、その理由の一つが、「栢木(はくぼく)」という観念が日本に伝わったこと関係があるようです。ただ、その「栢木」なるものが定かでない。「栢木」は白檀の代用材として、中国では説かれているそうで、白檀が生育しない国では、白檀のかわりに栢木を使って仏像を作るようにと書かれているそうなのです。ところが、同じ時期の木彫の仏像が、中国ではレアなものだから、「栢木」を特定しがたいというわけです。では、日本の仏像はというと、「カヤ」の可能性が高いという分析結果が出ているようです。「栢木」が、当時の日本では、「カヤ」を指したからではないかということでした。フィラデルフィア美術館の十一面観音像の分析では「イトスギ」と出たそうです。ただ、未だ、一体の分析だがということですが、中国的に「イトスギ」とすると、興味ある符号が出て来るようです。弔いや葬儀に関わる木が「イトスギ」だと、当時考えられていたそうです。お話は、もう1点、「世界に広まった神像群のグループイング」というテーマでのお話がありました。出雲地方に由来するフィラデルフィア美術館所蔵の神像の分析です。同様の神像分析が、世界から出てきているようで、「朴木(ホウノキ)」でできているという分析結果です。その推論をメモるのを失念したのですが、聖徳太子関連のもの、但し、出雲地方特有のものかもしれないがとのことですが、「朴木」が使われている可能性が高いということでした。まだまだ、分析の数がないようです。ですから、現時点の「傾向」としてお聴きしておけばいいのかなというお話でしたが、いろんな人が出てきていますね。それだけでも、いい刺激になります。
 「ブラタモリ」は「つくば編」ということで、国土地理院と産業技術総合研究所(地質調査総合センター)の2箇所を訪ねるというもの。前者は、ちょっと予想していました、何を観るか、すると、大当たり。空中写真をずらしながら撮り、それらを重ねながらできる3D画像を基に地図を作成するという手法。その効果を、映像で観られて、ラッキーです。もう1つは、地形図を見ながら活断層を探す、それを盛り込んだ地図の作製法。この仕事、大変だけど、地形好きの人にはたまらない仕事でしょうね。後者は、地質標本を展示する博物館へ。岩石標本を作る職人技と、ボーリングをしてできた地質標本を基に、この研究所の地下の地質を探るということをやってました。もちろん、そういった地質標本を、全国で採取して、こちらで保存しているということでの、パフォーマンスでした。この番組の根幹となる地形、地質、その大元の資料が眠る場所ということですね。この日は、今までに登場された案内人の再登場が最も多かった回じゃなかったなか、それだけ、この研究所の協力があるということなんでしょう。なんせ、地質のプロに言わせると、どなたかが言われてましたが、「奇跡の番組」となるそうなんですから。


2021年 10月 23日(土)午前 6時 41分

 昨日も、朝からお出かけのあった日。午後1時半辺りには、帰宅。そこからは、普通の日に戻ってしまいました。お出かけ先は、アスニー京都。昨日は、こちらで、「双京構想連続講座①」がありました。京都に皇族に住んでもらおうという運動があるのですね。東日本大震災後、東京直下で震災が発生したとき、皇族が全滅するのを避けようというのが、主旨ということですね。そのためには、分散して住んでもらい、起こりうる全滅は避けようという運動です。世界遺産登録運動があり~の、首都機能の一部を京都に持ってこようという運動があり~のと、忙しい。世界遺産登録運動もそうだったけれど、この運動も、まずは、京都市民に知ってもらおうとの意図で進められているよう。そう言えば、去年も、同じ趣旨の購座があったのを、思い出しました。で、昨日の講演は、「幻想の“唐橋”―ミヤコを取り巻く三つの“唐橋”―」というお題で、同志社大学名誉教授の竹居明男さんでした。都の周縁部にある「唐橋」という名の付いた橋が、中世の文献を調べて、その名が付いた謂れを探索しようというもの。「唐」が付いていることから中国様を連想させます。具体的には、朱塗りであったり、欄干があったりということを指すことが考えられるのですが、その名のような姿をしていたのか、第一、そういった名が付いた橋があったのかを点検しようという試みの講演だったのですが、推論は、古文書の点検でとなると、聴いていて、正直、退屈。しかも、至った結論を聴くと、これって、こういった講演で聴いても、あまりそそられないなというもの、ましてや、「双京構想、、、」などと名を掲げた講演にしてはというものでした。選ばれた橋①は、有名な「瀬田の唐橋」から。初っ端から躓く結論。中世の文書には「勢多(瀬田)橋」「勢多(瀬田)長橋」とは出て来ることはあっても、「唐橋」とは出て来ない。なんじゃ! 近世の文書探索はされてないので、近世に入り、「近江八景」が流布することで出て来たのであろうとの見解を出されていました。橋②は、羅城門前の「唐橋」という地名を頼りに、橋の有無からの探索。いや、そこに橋が必要だったのかから探索されていました。で、これは、水の流れか水溜まりか、どのように言ってられたか、記憶から跳んでいるのですが、あったようで、且つ、橋もあったようです。でも、橋の名の由来は、近くを通る九条坊門小路の異称が「唐橋小路」だったことから引っ張られたってことでした。橋③は、鴨川の唐橋(韓橋、辛橋)。②で出て来た九条坊門小路が東に進み、鴨川を渡るところにあった橋だから、小路の異称からのネーミングは、あっさりと推論できるが、この小路が、②にも関わって来ながら、「唐橋」との異称が生まれた理由は不明とのこと。①~③を、こうして振り返っても、やっぱつまらない。②の橋があったことが判っただけでも収穫かと慰めねばならないものでした。文献点検のお話のところは、そのため、かなり居眠りの連発でした。この居眠りは妥当だと、後から考えても思ってしまいます。
 短めの午後の一時には、YouTubeを使い、落語を2本、視聴。①六代目笑福亭松喬「次の御用日」②桂雀々「鶴満寺」でした。①は、松喬公式チャンネルで視聴しましたから、奥様の素敵な紹介文も堪能。データも丁寧に記していただけています。平成10年10月21日、ワッハ上方演芸ホールでの第10回 松喬独演会」の記録映像です。この独演会で、普段出さないネタを披露していたのですね。マクラでは、ケルンから朝帰ってきたところ、このあと、すぐに中国へ行く、もちろん、仕事でです。正に、絶頂期ですね。丁稚が出て来る、言い換えれば、子どもが出て来る噺が好きだったのかな、そのやり取りが光ります。その分、奇声の「奇」の部分が、若干、物足りなさを感じてしまいました。②は、「鶴満寺」で検索をすると、これしか出て来なかった。「やはり、これしか上がってないな」とは思いつつ、雀々の賑やかと言えばいいけど、喧しい口演を聴くことになりました。マクラから、その喧しさは全開。でも、それが、正解です。台湾人の前での落語口演話なんだけど、喧しく喧しく喋れば喋るほど、ネタが生きてきます。花見の集団、権助を巻き込むアホげなやり取り、権助も酒盛りに参加、これ、喧しいほど、空気感が上がります。そして、夢のあとの下げ。雀々に合っています。でも、このネタ、ほとんど演じ手、いないですね。もったいない話です。でも、こういった空気出すの、難しいと思ってしまうのかな。


2021年 10月 22日(金)午前 6時 16分

 昨日は、朝からせわしない日と決めてかかってた日。だけど、結果は、そうではなかった。伸縮のあるトルコのコロナ情報収集とサッカー情報収集が、朝は詰まったけれど、思いの外、夕方の収集では手間がかからなかったことで、想定よりは、ゆったりと時間が流れることになりました。お出かけが午後にあり、夜は、狙いのオンライン配信があったため、後ろの方に、作業が溜まるようになると、今日は、朝からお出かけのうえ、欧州リーグの試合があるという、時間的には押しつぶされそうなことがあるため、えらく気になっていたのでした。
 で、午後のお出かけは歴彩館。緊急事態宣言が明けると、急に、こちらへのお出ましが増えています。昨日は、天橋立世界遺産講座というイベント。まず、天橋立を世界遺産にしようという動きあると、このイベントで、初めて知りました。宮津市が音頭を取っているようです。この運動を広めようということで、京都市民がターゲットにされ、こういったイベントが企画されたようです。今年で2年目とか。京都府は、茶畑の世界遺産登録待望もあるので、忙しいことです。おかげで、知的刺激を受けることができるということで、勇んで、その講演会に出かけたというわけです。昨日は、「中世都市・丹後府中と天橋立」というお題で、京都府立山城郷土資料館の伊藤太さんのお話を聴くことができました。お話は、雪舟作「天橋立図」に終始。この国宝が、中世の天橋立を、よく表しているいうことからでしょう、終始、「天橋立図」が、お話の中で取り上げられていました。ただ、加齢によるものなのか、判然としないのですが、クリアに音を拾えなくなっているのでしょうね。だから、聞こえたり聞こえなかったりすることが起こる。そこで、居眠り発生というパターンが、一番多いような気がしているのですが、昨日も、居眠り発生で、お話を、よく掴めていません。「ブラタモリ/天橋立編」で積んだ研鑚を、ちょっとした手掛かりに、記憶に留まっていることをメモっておくことにします。①「天橋立図」は、水墨画山水図(真景図)の技法で描いた最初の作品、丹後の首都「府中」を描いた都市図、洛中洛外図に先行②「天橋立図」は、複数のポイントから見た風景を繋ぎ合わせたり、実際の風景を左右逆転させたりしている③「天橋立図」は、平安時代に既に歌枕になっていた天橋立を前景に、府中を描いたもの、平安時代の名所図の伝統を引いている④「天橋立図」は、山口亡命時代の足利義稙に献じられたもので、時の権力との関係のなかで成立⑤府中は、古代の国府と同じところ、国分寺跡が残る、中世では、守護所として栄えた、守護所は、後に弓木城(図では、府中の左側)に移動⑥中世都市「丹後府中」の機能、景観、守護職などについて、肝心なところ、レジュメを見ても思い出せない、メモも取っていない、ここが最大の沈没どころだったようです。ということで、振り返ってみると、傷は、かなり甚大。日本全国に散らばる国府跡は国分寺跡の画像といった、傍証的に使われたものが、やたらと残っていて、本体がぶっ飛んでいるというのが、実態でした。
 歴彩館への往復は、いつものように、ウォーキングを兼ねてのもの。これは、昨日も同じ。講演会の終了時刻が午後4時過ぎだったため、家に戻り、PCの前に座ると、もう午後6時を過ぎていた。特急で、トルコのサッカー情報収集、次いで、コロナ情報の収集。午後7時からのオンライン配信視聴前にメドがついたのは、超ラッキーでした。で、オンライン配信は、毎度お世話になっている「ラボカフェ」。アートエリアB1からの生配信を視聴することになりました。昨日は、「枚方市総合文化芸術センター開館 ~能楽師・辰巳満次郎氏が熱く語る」と題して、当の辰巳満次郎師と、カフェマスターとしての岡田洋(京阪ホールディングス株式会社経営企画室事業推進担当課長)さんとのトークがありました。辰巳満次郎師は、シテ方宝生流能楽師という肩書だけではなく、枚方市PR大使という肩書をお持ちだということでの登場です。香里能楽堂が、香里園駅近くにあるということで、こういったお役を受けておられると判断するのですが、肝心の香里能楽堂は、道路拡張のため、客席(正面部分)が、大きく削られ、無残な姿になっていました。京阪電車から見える部分が削られてしまったというわけです。そういった縁で、枚方市総合文化芸術センター開館セレモニーで、「翁」を演じたり、同じ日の夜には「船弁慶」を舞われたそうです。辰巳満次郎師は、お若いころの風貌しか記憶に残っていなかったのですが、とっても貫禄のある風貌、翁の直面の画像を観ると、いい感じでしたね、これは、ホント、そう思いました。ご自身のHPを見ると、今は、拠点を東京に移されているようです。定期公演(七宝会)は、寝屋川のアルカス・ホールを使って行われているとか、時代の変化を感じます。京阪電車の走る音を聴きながら、香里能楽堂で演能を観たのが、懐かしく思えます。お話は、その開館時の様子、そして、新しいホールである枚方市総合文化芸術センターの紹介。こないなものが完成していたのですね。建設中の姿は覚えているのですが。そして、能の基本の紹介。カフェマスターが、能に関しては、あまりにものずぶの素人ぶりが、さすがに気になってしまったのですが、ま、仕方ありません、世間の代表という感じで、却って良かったかもしれません。終盤のQ&Aで出て来たQは、そういった内容だったですから。そういった中で、黄紺は、マニアの質問を送りました。これは、全部読まれて、場違いだったことを知り、送ったのを後悔したのですが、後の祭りでした。その質問は、、、「船弁慶」、宝生は増を使われるものと思っておりました。その辺りの選択の心をお聞かせください。「船弁慶」に使った面を紹介されたときに、これは「孫次郎」と言われたからでした。あれ、「宝生の本面は増じゃなかったの」ということでの質問でした。これは書かなかったのですが、「孫次郎」は、金剛流の本面と、黄紺にはインプットされていたもので、余計に気になった。裏には「宝生は増への拘りがあるはず」との思いがあったのでしたが、、、。回答がありました、あっさりと、生きた女性は「孫次郎」を使いますと断言。亡霊として後場で出て来る女性は増ということなのでしょう。「へぇ~」でした。「いつから?」と突っ込みたくなったのですが。そんなで、自分的楽しみも入れ~ので、1時間半、楽しませていただきました。ただ、びっくりしたことが1つ、めっちゃ狭い空間で仕舞を披露されたことです。よりによって、長刀を振り回す「船弁慶」の知盛をされました。目の前に客席、「長刀で客の首を斬るつもり?」と突っ込まないではおれませんでした。


2021年 10月 21日(木)午前 7時 34分

 昨日は、朝から、まる1日、お出かけの日。午前中に市民向け公開講演会を聴き、午後は、その足でミュージアムに向かうという、はしごをした日でもありました。まず、朝から出かけたのは、アスニー山科。「特別講演会」と銘打たれ、コロナ禍でも続けられるようになっています。昨日は、「牛と秦氏とおまつりと」というお題で、田井茂実(アスニー山科専門主事)さんのお話を聴くことができました。田井さんは、この施設のスタッフとして、毎回、この講演会の司会を担当されている方で、いつも、顔を合わせている方。ただ、コロナ禍対応で、アスニー山科のYouTubeチャンネルを使い、ご自身の講演を配信されています。それが、長岡京に残る北辰信仰を辿る、なかなかおもいしろいもの。その講演でも、かなり秦氏などの渡来人に造詣が深いという印象を与えておられたもので、昨日のお題は格好のもの。期待大な講演会でした。牛と祭祀が関連を持っていたという辺りから、このお題の核心に近づきそうなお話。牛は草を食って生きる動物ということで、草は、痘痕(あばた)を表す「くさ」という語の音が同じだということで、その「くさ」を食ってくれるということで、疫病退散に関わる動物として、よく出て来るということが提起されました。郷土玩具「赤べこ」の黒い斑点は痘痕を表すものだとか。そういった牛と秦氏との関連を提示されたのが、前半のお話。それと並んで、「牛頭天王」「摩多羅神」との関係も引っ張り出されていました。例示が続くと、同じことが、場所を変え出て来るものですから、ここで居眠り発生です。そのあとのお話への繋ぎは怪しいのですが、記憶に残っているものをメモることにします。疫病退散意外に、牛と祭祀という関りがないのかの点検がありました。そういった一般的なお話から核心に迫るという趣向です。真言宗や天台宗では、牛に関わる秘薬があったり、道教では殺牛祭神が存在していたり、韓国(と言っておられたと思います)の雨乞いの習慣に、牛を犠牲にするものがあり、牛を使う理由が「竜神は牛が好物」と即答で返って来たりしているので、祭祀に牛が、よく出て来ることを知らせたあと、今度は、色について、興味ある事例を祇園祭から引っ張って来られました。「駒形稚児」という習慣があるそうで、今は、稚児は長刀鉾しか出ませんが、画像で示されていましたから、そうは古い話ではありません、その稚児は「白馬」に乗るのが習わしとか。ここに、祇園祭が、疫病退散以前かた持つ意味があるとのこと、「白」は「晴れ乞い」を意味する色だそうです。となると、「黒」は、逆で「雨乞い」となります。「竜神」「雨」と、「水」に関わるものに収斂させて、且つ、ここで、秦氏と関連付けるという流れ。秦氏と言えば「治水」、更に「殺牛祈雨」にも関わっていたのだろうとのことでした。「牛頭天王」には「牛」が含まれているからいいとして、「摩多羅神」と祭祀では、「太秦の牛祭」が想起され、ここで、秦氏と牛が出て来る。北辰信仰にも関わっていただろうとのお話でした。ここで、参加者の机の上に、予め置かれていた、田井さんご自身で作られた「蘇民将来」護符のお話。この護符、長岡京で出土したもののレプリカ、日本最古の護符だそうです。その「蘇」は古代の食品、ミルクから作るもの、これ、聞いたことがあったけれど、「蘇民」は、だから「牛飼」だった。牛繋がりです。牛に関わる祭祀、ここでも登場しました。配布された資料には、「牛を屠って雨乞いをする習慣を持つ土地一覧」が載せられてあり、そこには、その土地近くに「秦氏の跡」がないかのチェックを入れてありました。1箇所を除き、全てマークが付いていました。ですから、京都周辺だけのことではなかったということですね。最後に、渡来人の文化の痕跡が、豊かな文化を生み出していたこと、伝来してきたものの「ええとこどり」をしてきて、それが、日本の文化の礎になっていることでまとめられていました。
 この講演が終わったのが、午前11時半、JRを使い、山科から瀬田へ移動。今年、2回目となる、滋賀県立美術館に行ってまいりました。リニューアル記念展の第2弾「ボイスオーバー 回って遊ぶ声」が開催中だったからです。作家や、時代などのピンポイントのテーマを決めないで、時空を超えたテーマ設定がおもしろくて、第1弾に続いて行ってまいりました。「ボイスオーバー」とは、映画の台詞に、異なった言語で、同じ台詞を被せる手法だそうで、「作品の発する言葉を聴こう」「お互いに発する言葉がクロスオーバーするのを聴こう、楽しもうじゃないか」とのメッセージだそうです。偶然、ギャラリートークの時間になったため、今回の展示のプロデューサー役となった学芸員さんから、そういった説明を、直接伺うことができました。この美術館は、大きな展示室が3箇所、そこを、今回は「6つ+3」に分けての展示。ギャラリートークで言われていましたが、学芸員さん、作品の選択だけではなく、展示室の区分、作品の配置、照明など、一切を差配されるんですね。魅力的なお仕事で、とっても創造的です。若いころには、展示を楽しむことしか頭にはなかった黄紺も、そういった配慮にも目が行くようになり、それを楽しもうという気になってきています。「①美術館の産声─小倉遊亀と滋賀県立近代美術館─」は、この美術館お約束の小倉遊亀作品。「或る御神像」の独特の顔つき、「月」の日本画とは思えない大胆な人物像に、目が行っちゃいました。「②いくつもの風景」では、塔本シスコ作品が3点、塔本シスコという婆さん作家を知って、本物、観たかったので、超ラッキーでした。いつもお花畑という雰囲気、いいなぁ。アンリ・マティスのオセアニアの風景が2幅。「時」も「空」も超えました。かと思うと、滋賀の風景も並ぶ。茨木杉風の「近江八景図」、8つ数えられなかった情けない黄紺です。「黒川翠山写真コレクション」は比叡山の諸風景の写真です。速水御舟にも出逢えました。「洛北修学院村」と「その下絵」が、ここで、他の部屋にも1品出てたかな。「洛北修学院村」が、この日一番の出逢い。予想通り、色合いが独特。木々のふくよかな茂り方に目が行っちゃいました。志村ふくみの「紬織着物」を置くのは勇気が要ったことでしょうね。その点、ギャラリートークで触れられていました。「③日々つくる」「④自分だけの世界」の2つの部屋が、黄紺の苦手な部屋。現代アートで、おもしろいと、未だ思えない作品群。面とか、線などの組合せの作品や、意図がくみ取れない作品が並んじゃった。そういったなか、段ボールに描かれた小幡 正雄作品で、どのような描き方をしているのか気になり、作品に近づき過ぎて、セキュリティの方に注意されてしまいました。結局、おかげで判らないまんま。ポスターにも使われているイケムラレイコの「思考」は、目に慣れていたこともあり、圧倒的な存在感があります。耳から木が生え、手が伸び、何になってたかなぁ、「へぇ~」と思っちゃうから、現代アートはおもしろい! 「⑤交差する線」と、ゲストの部屋「田村友一郎 / アンディ・ウォーホル」が同じ空間だったため、どうしても、まずは、アンディ・ウォーホルの「マリリン」に目が行ってしまい、⑤はスルー状態。いや、そういった配置にした学芸員さんの意図を読めなかったのかもしれませんね。「マリリン」は、ドイツだったと思うのですが、どこかで、この作品、観ています。それと「電気椅子」を展示して、共通項としての「死」をテーマにしたとのメッセージが掲示されていたけれど、よく判らなかった。アンディ・ウォーホル作品の掲示板の隙間にブラインドを配置、そのブラインド越えに見える「ナイヤガラ」をイメージしているよう。コーナーに二折れのモニター。そこに、実写の、しかもドローンを使った実写。そこに字幕が流れ、「2人の自分の対話」が流れる。ポストモダン的に軸が入れ替わるように、台詞は書かれていました。それと「死」を、どのように繋げればいいのか。そう言えば、ドローンを、滝つぼに飛び込ませるように急降下させるシーンがありました。ナイヤガラが選ばれたのは、もちろんマリリン・モンローの作品にあるからですが、、、、。「⑥見えるものの先に」では、速水御舟もあったけれど、鎌倉時代の「不動明王二童子立像/重要文化財」と白髪一雄の「不動尊」などの3点を、対話させることに注目。全くの抽象絵画と古仏の対話、これ、やりたかったから、このテーマを選んだのではと思わせる展示室でした。次いで、仕切りの向こうに、ゲストの部屋「中尾美園 / 小倉遊亀」。失われた小倉遊亀作品の復元です、制作過程を墨で認めた巻物も作品と言っていいのかもしれません。小倉遊亀の残した下絵、中尾さんの下絵込みでの展示。これもありだなと思わせられる、興味のある展示でした。そして、最後は、3つ目のゲストの部屋「ドットアーキテクツ / 美術館の4年間の記録」。休館中の4年間の活動を知らせるということを作品にしたもの。展示物の区切りとして、大きなキノコ。各展示物には、布で作った小さなキノコを配置したというもの。期待のドットアーキテクツは、「ところで、何をしたの」と思えるようなもの。アイデアは出しただろうが、キノコの製作をしてたの? 配置の演出? インスタレーション作品って、そう思わせることもアートなのかもしれないけど、、、、。第1弾と比べると、ちょっと、パワーは落ちたかなという雰囲気、全体的に観て。でも、ギャラリートークというおまけが付いたから、とんとんかな? 2時間半ほど、遊んじゃいました。すっかり腰をやられた感あったけど、瀬田駅までの歩きでの戻り、どうってことなかったのが幸い。また、この美術館、行きます。知らないこと、楽しませてもらえるからね。


2021年 10月 20日(水)午前 5時 34分

 昨日は、お出かけなしの一日。ただ、夜にオンライン配信の視聴をするつもりでいたので、夕方のウォーキングを前に持ち上げたため、午後の一時が狭くなってしまった。おまけに、昼前のウォーキングに出かけるのに、家でぐずぐずしていたため、前も抑え込まれた感じで、かなり短い午後の一時。だから、その時間を使いできたことって、ほんの僅か。「FUTBOL HABERLERI」の最新版をアップする作業を行ったことと、YouTubeの「米朝事務所アカウント」チャンネルで、毎週、楽しみにしている「㊙ワールドニュース vol.073」という最新版を観た程度。この動画は、毎月曜日にアップされるので、その日の生配信ではなく、アーカイブに残ってからのものを、ほぼ月曜日の内に観てしまうのだけど、一昨日は、序盤だけ観ただけだった。どうやら、最近頻発している、晩酌の僅かな酒量で、PCの前で眠ってしまってたようです。先日などは、「無職旅 musyokutabi」チャンネルで、毎度、観ている「GeoGuessrライブ」をつけっぱなしにして、ほぼ1本、寝てしまうということがあった。よくぞ、終わる間際で目が覚めたものだと思います。なんで、そのタイミングで目が覚めたか、あとで考えても判らないなんて情けないことがあったけれど、ま、それに比べればましかと、あくまでも下を見る生活が沁みついていることを認識してしまっています。
 夜の配信は、お世話になっている「ラボカフェ」。昨日は、「障がいがある人の表現フィールド〜その後世界は変わるのか。パラリンピックを終えて〜」というお題でのトークがありました。参加されたのは、次の方々。カフェマスターとして、NPO法人DANCEBOX事務局長の文さん、ゲストとして、森田かずよ(義足のダンサー・俳優)、川村匡(文化庁地域文化創生本部総括・政策研究グループリーダー)大谷燠(NPO法人DANCEBOXエグゼクティブ・ディレクター)の3人の方が参加されました。前半は、ゲスト3人の方による、ご自分のフィールドからテーマに沿った報告がありました。森田さんは、パラリンピックの開会式にダンサーとして出演された方。障がい者のパフォーマンスに注目が集まり、自身でも影響を受けたと言われているのが、ロンドン・パラリンピックだったそうで、あれが、障がい者にアートやパフォーマンスへの希望を芽生えさせたと言われてました。だから、東京パラリンピックを、「これだけ多くの障がい者のアーティストがいるかを可視化する機会」だと思い、オーディションを受けに行ったと言います。実際、そのオーディションに合格し、このパラリンピックに出場した人の中に、吸引の要る人もいたということで、それが実現できる体制、具体的に言えば、吸引の時間を把握しているアクセス・コーディネーターの活躍が大きかったことを知りました。そのパラリンピックの総合的な演出を担当していたのがウォーリー木下という名前が出て来て、びっくりしました。関西で活動していた著名な劇団「Sunday」の主宰者でもあったその人でした。次いでお話された川村さんのお話が、このトークのツボでした。行政の取組が、黄紺などの頭の中身よりか、遥かに前方にいることを知ったからです。「文化芸術基本法」という法律ができており、その実施のための計画に基づき、具体的なアクションが行われているというのです。そうなったのは、ここ5年のことと言いますが、そこまで先行ってんだの感慨しか生まれて来なかったなぁと、ため息ばかりです。いつからか、行政が先を行っている。環境問題然り、障がい者問題然り、です。行政は、法律がありで、仕事ができる。その法律を作ったのは政治家なの、それとも、行政法というもの? 川村さんのお話を聴いていると、仕事でしている有能なお役人というだけではないものを感じてしまいました。特に、後のトークのところで、障がい者による文化・芸術活動は、まだまだこれから、その持つ可能性に期待がかかる。新たな創造活動に必要なものという見解を出されていたのには、正直、驚かされました。モチベーションを持ち、この人、仕事してると思わせられたからです。大谷さんは、神戸アートビレッジセンター館長も努められている方。これを知って、急に身近に感じてしまいました。元来は、様々なアートを開拓するお仕事をされていたのかな。そういったなかに、障がい者のためのダンス・ワークショップを行ったことから、障がい者の活動に関わるスタートを切ったと言われていましたが、その中で、「障がいはオリジナリティ」「そこからの創造に魅力がある」と言われていましたが、この発言は、川村さんの認識に通底するものがあります。障がい者の表現活動自体に、他にはないものがある、アートの視点って、ホント、いろいろと教えられる。最近、アートに気が向き出した視点が、これだと言いたくなるおもしろさです。「プロとしての活動とお楽しみとしての活動」、もちろん障がい者のことなんだけど、そこまでテーマが拡がるところまできている、これが、障がい者の表現活動の立ち位置なんだということも、実に新鮮、知らないこと、多すぎました。アートを切り口で、いろんなことが見えてきますね。
 今日は、そのアートを求めて、お出かけを予定しています。詳しいことは、次回の「GUNLUK」にメモることになるはず、です。


2021年 10月 19日(火)午前 6時 44分

 引き続き、寒い日になっています。昨日の朝などは、11度なんて表示が出ていました。洗濯をすると、半袖のTシャツばかりというのに、この気温の低さは、あまりと言えばあまりの仕打ち、です。気候の激変のなか、昨日は映画を観る日に充てました。京都シネマで、韓国映画「偽りの隣人 ある諜報員の告白」を観てまいりました。民主化以前の韓国が舞台で、冒頭、金浦空港の場面で、次期大統領選出馬を考えるイ・ウィシク(オ・ダルス)が、国家安全政策部により拘束され、その後、自宅軟禁状態となり、ユ・デグォン(チョン・ウ)が監視チームのリーダーになり、チーム3人によるイ・ウィシク一家の盗聴が始まる。これが、表題で表されている。原題は「이웃사촌」で「隣近所の人」だから、展開を示唆する内容になっているが、英題に至っては「BEST FRIEND」と、結末を予感させるものになっている。名作ドイツ映画「善き人のためのソナタ」のテイストに似た展開。盗聴をすることで、イ・ウィシク一家の人となりに触れていくことで、終盤では、国家安全政策部の指示に従うかのようにして、イ・ウィシク一家のために動くと変わっていくユ・デグォンとその部下という筋立てになっている。それは、題材を知れば、その展開が読めるので、そこを、どうハラハラさせながら、意外性も盛り込みながら引っ張って行くのかが、この映画の勝負所と看たのか、監視の場面は、シリアスな題材ながら、結構なおちゃらけの雰囲気。ユ・デグォンの部下2人にその役割が与えられている。ユ・デグォンのキャラを、武骨な硬派にしてあるので、それとの対比を狙ったものと看ました。もう1箇所、決定的な場面で、そのおちゃらけを採用。終盤、イ・ウィシクが市民が待つ会場に向うとき、命を狙われます。同じような場面が、その前にもあり、そこでは、イ・ウィシクの替りに、娘が命を落とすという事態になるものだから、今回も重い展開を予想していると、それを防ぐために動いたユ・デグォンは、「変な男」になり、というのは、裸になり、パンツ1枚で車道を走り回り、道路を混乱に陥れることで、ユ・デグォンの命を狙うトラックを通れなくするという、おちゃらけで阻止してしまいます。この行動を執る前、部下の男も阻止の仲間に引き入れる言葉が、とってもシリアスで感動的なものだから、そのおちゃらけぶりが異彩を放ちます。異彩は、正に監督の異才にも通じるなと、黄紺は感心しきりでした。国家安全政策部のえぐい酷さ、部長は、やたらデフォルメされています。それとの振幅の大きさで、観る者を楽しませようとのエンタメ精神が垣間見える手法かなと思いました。そういった振幅を楽しみたいと思える人には、お薦めだな、この映画。こういった構成の映画です。ましてや、冒頭の拘束が、金浦となってはいたけれど、エレベーターに押し込まれるシーンがあり、且つ、その後、命を奪わずに自宅軟禁状態にするという、これだけで、十分、イ・ウィシクにキム・デジュンが重なります。軍政末期を捉えた映画、こういった暗部を映画にできる、エンタメにできる韓国の民主主義は、やっぱ強いなぁと思わせられてしまいます。ユ・デグォン役のチョン・ウは、「応答せよ1994」でブレークした俳優さんだとか。黄紺は、このTVドラマは観てないけど、有名なドラマなんで、幾度かカットを目にしているのでしょうね、「どこかで見たことのある俳優さん」という感じがしました。一方のイ・ウィシク役のオ・ダルスは、「ついに主役をするまでになったんだ」と思えるほど、幾度となく脇役として登場する映画なりを観た俳優さんです。調べてみると、「親切なクムジャさん」「国際市場で逢いましょう」などに出ていました。
 この映画が、丁度、いつもの夕方のウォーキング時間とバッティング。だから、昨日のウォーキングは、昼前は通常通り、夕方のそれは、京都シネマの往復を充てたのですが、自宅に戻ると、ほぼ午後7時という時間帯でしたから、完全なる単純往復。いつもだったら、自宅最寄り駅2つ手前で降りて、ウォーキングの距離を稼ぐのが、できませんでした。だから、結果として、昨日のウォーキングは、ちょっとだけミニになってしまったことは、仕方ないね。映画は、わりかし、若めの人が観に来ていたな。夕方は、おばさまが減るという時間帯だからかもしれませんね。それとも、韓流好きでも、こういった軍事政権下ものというジャンルは、好まれないのかもしれませんね。これも含めての韓国なんだけどなと、黄紺などは思ってしまうのですが。


2021年 10月 18日(月)午前 6時 18分

急激に、夏が終わり、秋真っ盛りの気候になっています。とっても解りやすい気候の変化。北から寒気団が入って来ることは、先日の東北セミナーで教えてもらっていたこと。真夏の陽気の日に、雪が降る話を聴いて、びっくりしたものでしたが、そのまんまになりました。寒気団と暖かい空気の出逢い、雨が降って解らせてくれました。一昨日、半袖で出かけたのに、昨日は、3枚着て出かけねばなりませんでした。「どうせ歩いている内に脱ぐだろうから」と、カバンに突っ込んでもいい上着を引っ掛けて行ったのですが、最後まで、脱ぐなんてことはありませんでした。夕方からは、トレーナーを着こみ、更に、薄めの上着を引っかけねばならなかった。
   そういった激しい変化のあった週末、朝は、お目当ての「日曜美術館」を、NHKプラスを利用して視聴。昨日のお題は「将軍からの贈り物 フランスの古城で新発見 幕末の美」。フォンテンブロー宮殿で、日本の美術工芸品が発見されたというのです。幕末の日本から皇帝ナポレオン3世に贈られた贈答品だそうです。その紹介と、それが、いつ、どのように、また、なぜを解き明かす番組となっていました。久しぶりに、MC2人がスタジオから、ゲスト2人を迎えてのもの。現地レポートは雨宮塔子、懐かしい顔です。フランス在住だそうですね。「①佐野の渡図屏風」が、謎解きの、1つ目の手がかり。なんせ、裏が全面金箔と贅を尽くしたもの。公式のプレゼントの証だと言います。幕府からフランス皇帝へと渡ったことが推測できるそうです。「②掛け軸/山水図」が、ものを特定しました。水墨画に金泥を塗る豪華さ、表装も豪華、只者ではありません。その表装に関し、その記録が幕府に残っており、それが、見事に符合したというわけで、文久遣欧使節団が持参したものだということです。これら以外の贈答品も紹介しながら、それらに、幕府が込めた意味合いを紹介していました。「③両紙箱」(崇徳院のおかげで、これが何か瞬時に判る、蒔絵が施され、蓋の裏にも装飾)「④紅葉に青鳩図」(幕府お抱えの狩野派絵師狩野春川友信の作、徽宗作“桃鳩図”を折り返した位置に置く意匠、中国で皇帝の象徴となっている青鳩を表すことで、仏皇帝を讃えるばかりか、王権としての幕府を強調)「⑤立田紅葉図」(歌にも詠まれる立田川は日本的なもの、青鳩の中国的なものと対象を付け、日本の強調)「⑥源氏蒔絵箪笥」(漆塗りの箪笥、源氏物語からの21の場面を描く、その絵が人物なしの“留守模様”と言われる描き方、物語の内容を知っていることが前提という描き方から、相手におもねらない意図を持つとされている)「⑦山水図」(子孫に残る絵、狩野友信の父中信の作、フランスに残る山水図とそっくり、狩野派では模写が奨励、それで腕を磨き工夫が入る、但し、同じ絵を描いてきたとの批判が狩野派には生まれたという)。となかなかのものが出て来たという紹介だったのですが、その周辺の豆知識も教えてもらえました。狩野派や、当時のジャポニズムの傾向、いや、知られないジャポニズムがあったのではと思わせられる点まで、話しは拡がっていました。ジョポニズムで流行った絵は、庶民の好む浮世絵とされてきました。だが、今回出て来た作品群を観るにつけ、公の絵ばかりでした。幕府お抱え絵師の作品、そういった宮廷文化でのジャポニズムがあったのでは?と想像が拡がっていくというわけです。また、今回は、偶然、見つかったわけですから、そして、文久遣欧使節団は、フランスだけを訪問したわけではないので、他の国にも、同様の品が眠っている可能性も考えられると言ってました。おもしろいなぁ。「日曜美術館」の守備範囲の広さには、たじろぐばかりです。
 昨日は、午後にお出かけがありましたが、その前に町内のお仕事。時間にして僅かだけど、それと、午後のお出かけをくっつけることに。そうすると、ウォーキングのちょっとした距離稼ぎになるかなの思惑です。行き先が京都学・歴彩館ですから、その往復をウォーキングに替えるという定番の行動に、ちょっと距離でかせごうという考えでした。で、歴彩館では、「京都を学ぶセミナー/洛東編」がありました。緊急事態宣言のために、どこやらからか回って来て、普段は、このセミナー、日曜日なんかにはやられないんだけど、入っちゃいました。昨日のお題は「醍醐寺の桜会」、お話は、種智院大学准教授の西弥生さんでした。お若そうな女性の研究者、その方が真言密教が専門とは。何が惹きつけたのでしょうか、その辺を尋ねてみたくなりました。ただ、黄紺は、この日も不届き者で、間を置きながら居眠りを繰り返していたため、細かなお話は判らないのですが、流れは掴めているかなと思うので、粗いものをメモっておくことにします。醍醐寺の創建は874年。だが、問題の桜会は、中世の早い時期に途絶えている。だから、継続性という意味では、さほど深いものがあるわけではない。素人目では、秀吉の花見が、あまりに有名なものだから、醍醐寺伝統の営みかと思ってしまいます。が、そうではない。ということで、そもそも桜会とはということに向っていく。すると、この行事、雨乞い行事に関わっていることが判って来る。平安時代には、雨乞いの祈祷が流行ったものだから、そのコンテキストで捉えることのできるものとのこと。文字による記録や、「天狗草紙」のような絵巻に表されているものから、醍醐の桜会の姿が浮かび上がってきます。ところが、これが絶えてしまう。音楽、ダンスを入れたイベントのようなものであったので、風俗の退廃を生み、且つ、経費の増大が懸念されるようになったからで、醍醐寺の桜会の休止が言われ出したというわけです。そこに、雨乞いというピンポイントな効力よりは、オールマイティな仁王経法の採用、そこへ、醍醐寺内部の対立が絡み、休止に至ったようだとのこと。その後、桜会の復興を企図した門跡もいたようですが実現せず、醍醐の花見を迎えるそうです。そのときの門跡?義演は、これを契機に桜会の復興を望んだそうですが、実現に至らなかったとか。それより、武家との縁を頼りに、宗教的空間の再建を優先させたようだとのこと。戦国の世を経て、伽藍の再建、何よりも真言宗の復興を求めたわけで、桜会の背景となる宗教的空間の確保があってこその考えだったようだと言われていました。そして、現代、昭和に入り、醍醐天皇一先年御忌奉賛事業として桜会の復活が実現に至ったそうです。中世からは途絶えていたということなんですね、結局は。そないなものとは、考えもしてなかったなぁ。桜祭り的な行事が、何らの形で続いていたと、ぼんやりと思ってただけですが、やはり聴いてみるものです。でも、それだけ絶えていたものと知り、ちょっと頼りないもののように思えて来たのも事実かな?


2021年 10月 17日(日)午前 5時 54分

 昨日は、午後にコンサートに行く予定を入れていた日。こういった日は、昼前のウォーキングが潰れになることが多いのですが、買い物ついでに、極ミニなウォーキングを楽しむ時間を、昨日は取れました。でも、出かけるためには仕方ありません。で、お出かけ先はアスニー京都。昨日は、こちらであったコンサートに行ってきました。「アスニーコンサート」と称して、月1ほどのペースで、4階に大きなホールがありますから、ここを利用してのコンサートです。昨日は、「泉原隆志によるヴァイオリンコンサート」がありました。このコンサートは、コロナ禍で延期になっていたもの。泉原隆志は、京都市響のコンサートマスター。そのソロコンサートは、当然、コロナ禍以前に聴いて以来となります。ピアノは多川響子というのもお久しぶりというところです。おなじみと言える組合せでのコンサート、そのプログラムは、次のようなものでした。①J.マスネ: タイスの瞑想曲②J.ウィリアムズ:映画「シンドラーのリスト」メインテーマより③N.リムスキー=コルサコフ/ジンバリスト編曲:「金鶏」の主題による演奏会用幻想曲④A.ピアソラ:忘却、鮫⑤C.フランク:ヴァイオリンソナタ イ長調。泉原さんのトーク入り、フランクの前には、多川さんもトークに加わるという趣向。①②で掴みはOKというプログラミング。「シンドラーのリスト」は、16歳で観たと言ってたから、その辺の高校生とはちゃいます。③は、ベルギー留学時の恩師イゴール・オイストラッフ(!)から勧められたものとの思い出話が入り、「言われたからやったけど、とっても難しい」、確かに超絶技巧の難曲。「金鶏」の筋立ても説明していただけました。④の鮫の方も、かなりの技巧を求められるもの。それにつけても、ビアソラの曲が出ることが増えましたね。昔は、とっても特別というか、とっても趣向をこらしてるなというときしか出てなかったけどねと思ってみても、やはり、いいと感じられ、人気が定着すると、どこでも出るとなるようです。そして、メーンはフランク。ヤッシャ・ハイフェッツは、人生最後のコンサートに、この曲を選んだと言われています。名曲中の名曲。フランクが、イザイの誕生日祝いか、結婚祝いだにかプレゼントした曲だそうです。ハレの曲だったんだと突っ込んでしまってました。ところが、あろうことか、このフランクの半分以上で、居眠り発生。一昨夜、午前2時40分に起き上がったままのツケが、ここで出てしまった。それまで、不思議なことに、眠気すら来なかったのにと文句を言っても始まりません。一番大事なところでやっちゃうミス、自分の人生に付きまとっています。なお、アンコールは、「ポギーとベス」からでした。
 アスニー京都からの帰りは、いつものように、自宅最寄り駅の1つ手前で降り、お酒の安いマートに迂回しての道筋。雨は大丈夫でした。で、夜は、NHKプラスを利用して「ブラタモリ」を観ることに。昨日は「NHK」。世田谷区の放送技術研究所と港区の放送博物館をぶらつくというもの。前者で未来を見聞し、後者で過去を振り返るというもの。前者では、フィルム状のペラペラ・テレビ。これには、黄紺もびっくり。場所を取らないので、コストさえ折り合いがつけば、やがて広まるんでしょうね。放送博物館は、放送発祥の地愛宕山にある。幾度となく前を通りながら、黄紺は入ったことがありません。ラジオ放送の始まりからテレビ放送の開始くらいまでだったかな。これは、楽しめそうな博物館です。スタジオ巡りでもするのかと思っていたら、完全に肩透かし。過去から未来へとつなげるストーリーになっていました。放送機器については、タモリの方が、案内人より詳しいなんて場面も。そう言えば、この番組は、地質に関する話題は、全然、出て来なかった。そういうときもあり~ので、楽しんでいます。来週は「つくば」だとか。何をするんだろうと思い、HPを見ると、国土地理院行きます。そういうことだったのねと、期待が、一挙に上昇してしまっています。


2021年 10月 16日(土)午前 4時 40分

 昨日は、お出かけなしの日だったんだけど、夕方から始まるオンライン配信の視聴があったので、午後がタイトになった日となりました。でも、朝のトルコのコロナ情報収集も薄かったこともあり、午後のせわしなさを補うことができました。午後の一時では、上方落語を、ネット上に公開されているソースを使い視聴することにました。そのラインナップは、①四代目林家染丸「茶屋迎い」②六代目笑福亭松喬「いかけ屋」③三代目林家染丸「源兵衛玉」というもの。①は、思わぬものを見つけたという感覚。「茶屋迎い」、染丸、やってたかなぁという感じです、黄紺的には。一方で、なんでもできる人、でも、口演の記録も見たことがないという代物だったのだけど、これが、頗る付きのいい出来栄え。しっぽりとした2人の会話がいい。2人が再会した狭い部屋、旦さんが下男の格好をしているため、通された狭い部屋の感覚が出ていて、そのしっぽり感が増すのです。だから、下げが決まる。秀逸な下げとなります。これは、いいもの見つけました。②は、「松喬公式チャンネル」にアップされている映像です。素敵な奥さんのコメントの中に、「平成22年10月15日 ワッハ上方演芸ホール/第9回松喬ひとり舞台噺 はなし 話の会より」と記されていました。松喬、59歳の高座です。マクラで、春団治から許可をもらったときのことを喋っています。一門以外では、初めて許可が下りたそうです。「稽古をお願いしたら、君につけたら、こちらがしんどい」と言って断られたというのもおもしろいエピソード。本体は10分程の噺ですから、というか、いかけ屋の部分だけで、春団治の口演の部分を、松喬も口演しています。なので、春団治との経緯のあと、長いマクラが続き、自分の娘の噺、子どもの頃の思い出と、徐々に、ネタの世界に近づく話をやってます。テキストとか、子どもの雰囲気、これは春団治のものを踏襲、下げを、松喬の作ったものを加えていました。「いかけ屋に小便や」というものでした。これはレア、超貴重な映像です。③は、ネタが珍しいうえ、先代の染丸ものということでチョイス。記憶の中にある染丸の声質よりも、かなり野太く、かなり勘が狂ってしまいました。いや、黄紺の薄~い記憶の方が間違っているのでしょうね。録音も、いいとは言えないことも関係があるのかもしれません。ただ、半ばで居眠りをしてしまったので、後日、再チェレンジをしようかと思っています。
 夜のオンライン配信は、花園大学の「人権教育研究会 第113回例会」。コロナ禍以前には、足を運んで参加もしたことがあるということで、チェックを入れると、オンライン配信での参加が可であった。今回は、「メディアとジェンダー―マンガが人を傷つける? でも、どうやって?」というお題で、同大学の文学部教授の 秦美香子さんのお話を聴くことができたのですが、めっちゃ難解。差別が起こる構造を、理論的に解き明かすというもの。ラカンの流れを持つと言われていましたが、ドゥルシラ・コーネルの言う概念「イマジナリーな領域」を使っての分析でした。問題設定は、次の6点。①人はどんな表現によって傷つけられるのか?②そもそも、表現が人を傷つけることは可能なのか?③少数派の「傷ついた」だけが注目されるべきなのか?④少数派が少数派の表現によって傷つけられた場合、どちらの意見が優先されるべきなのか?⑤表現によって傷つくなら、そんな表現は見ないようにすればいいだけではないか?⑥より良い表現のために、我々に何ができるのか? とはなっているのですが、解ったようで解からないのです。ましてや、お話をメモする能力は、黄紺にはないですね。と言いながら、チャレンジすると、人格(ぺルソン)は、ペルソナ(ジェンダーのようなお面)との折り合いを付ける(関係性をどのように築くか)という終わりなきプロジェクトを行っている。それが人格形成というもので、人間は、それを行う自由を平等に持っている。これが、イマジナリーな領域の自由であり、人権だとコーネルは考えるというわけです。でも、そこで、その自由と平等を冒す、それを「格下げ」という表現を採るそうですが、それが問題だとの指摘です。例示された、黄紺的には、一番わかりやすかった例示は、こういったものでした。同性愛者が仲良くする姿を見た異性愛者が不快になった、「傷ついた」ことを問題視する言説、これは、上の6つの問題立ての③になるわけですが、では、その異性愛者の主張を認めることができるのかと言えば、それはノン。なぜなら、同性愛者の姿を見て不快になったからと言って、「格下げ」が起こったわけではないから。その人のセクシュアリティ自体に影響を及ぼすわけではないからということです。こういった分析に使う、使える概念だというわけです。ただ、この概念、後半の質疑応答でも指摘されていたことですが、極めて個人的な側面を持ちます。「奴隷」というペルソナを強いられている人間のイマジナリーな領域ということが成り立っても、「奴隷」という状況を変えられるわけがないじゃないかという指摘です。なるほど、です。それは、このコーネルの理論が出されたときから話題にはなってたとだけ、秦さんからはお話はありましたが、ラカンの言う人間の想像界の中での理論ということなんでしょうか? 幾つか、世間で話題になっている、特に、マンガ、アニメの世界の専門家で、それが、この講演を本来の出発点でしたから、幾つか例示され、その分析をされていました。フランスの「Charlie Hebdo襲撃事件」、千葉県警の「戸定梨香」、海女モチーフの「碧志摩メグ」、黄紺は、フランスの事件しか知りませんでした。①~⑥、そして、この具体的な出来事、「イマジナリーな領域」での分析が妥当なのか、じっくり勉強しますというところなんでしょうが、頭が付いていくかしらん!?
 夜中の2時40分に目が覚めると、腰の痺れが、またまた酷い状態。起き上がるしか、手がなかった。PCの前で座っていたけど、今度は、座るのも辛くなる始末。立ち上がり、足の組み方を替えたりして対応。そうこうして、これを書いている間に、エムレ・ベレズオウル監督が、バシャックシェヒル・スポルを率いての初戦で、セルゲン・ヤルチュン監督率いるベシクタシュに勝っちゃった。バシャックシェヒル・スポルに拍手だけど、チャンピオンズリーグを控えるベシクタシュ、大丈夫かと、それも心配している黄紺です。最近、TRTのラジオを聴けないので、NTVの速報を横目で見ながら、YouTubeで「ジェットストリーム」を聴きながらのことでした。


2021年 10月 15日(金)午前 7時 47分

 昨日は、またしても、行動を狭めてしまった日。昼間に、予約してあった気候変動に関わるオンライン配信での講演を聴き、終わった途端、家を飛び出し、生の講演会に行くつもりをしていた。ところが、一昨日同様、無理することに抵抗があり、あっさりと午後の予定はボツに。予約の要らないイベントは、諦めるときも気が楽です。で、お昼間という働く者にとっては、隙間を狙った抜け目のない企画におじゃましました。東北地方環境事務所の行う「東北適応・第2回ランチタイムセミナー」です。昨日は、「気候変動で雪は増える?減る?」というお題で、気象庁気象研究所応用気象研究部の川瀬宏明さんのお話を聴くことができました。時間が短いイベントなものですから、お話をされる方も大変。まず、「日本の雪のおさらい」。雪の降るわけ、日本海に降るわけと、太平洋側に降るわけを、分けてお話がありました。次いで「地球温暖化と将来気候変動予測」をテーマに。昨年発表されたIPCCの第6次報告書で、温暖化といった気候変動は、人間の所与であることを疑い余地のないものとした点、その影響が、既に、各所で現れているという点、気候などの極端現象をもたらしている点をあげ、同時に、将来の懸念する姿にも触れています。このまま進むという点、気候変動に対する措置の目安を出している点、そういったことをピックアップされていました。次に「将来の気象を予測する」では、気象モデルを使い、その予測する方法を簡略にお話になりました。タイミングよく、真鍋淑郎氏がノーベル賞を受賞されました。事前に送られてきた資料にはなかったトピックが、この講演のスライドには入っていました。この気象モデルというのには、将来の自然起源の要素(太陽活動度の変化、大規模火山の噴火など)とともに、将来の人為的要素を想定します。二酸化硫黄の排出量変化、黒色炭素(すす)の排出量変化、土地利用変化などとともに、温室効果気体の濃度が入ってきます。ここに、どういったデータを入れるかで、当然、予測が変わって来るわけですね。よく出て来る「+2度モデル」だの「+1.5度モデル」というわけです。これに基づいて、文科省・気象庁の出した「日本の気候変動2020」を引いて、この講演の本題となりました。これでは、「降雪・積雪は減少、雪ではなく雨が降るが、大雪のリスクが低下するとは限らない」となっているそうで、その状況と仕掛けを説いていただけました。状況では、雪の再現と将来予測ということで、今までの雪の降り方、それと比較して、2度上昇シナリオ、4度上昇シナリオではどうなるかというものでした。その結論が、上記の内容となるというわけです。付け加えると、東北地方の日本海側、太平洋側を問わず、積雪量は減り、且つ、ピークが後ろにずれる予測だそうです。仕掛けは、温暖化で、日本海がより暖かくなり、水蒸気が多くなるが、平野部では、雪ではなく雨が降る。しかし、雪雲の発達が大きく、山間部での大雪が起こることが想定できるということでした。高い山での雪の量に関しては、北アルプスの北部での2000m以上の山での予測データがあるということで、それを紹介されていましたが、多雪年では、温暖化するほど増えるという予測になっているそうで、これは、東北地方でも同様だろうと言われていました。短時間の講演にするには、勿体ないくらい情報の詰まったテーマですが、それを、お昼休みという隙間狙いの時間設定ですから致し方ありません。参加者で肩書が出ている人たちを見ると、引いてしまうほどの専門家ばかり。でも、内容は、黄紺でもついていけるもの。ありがたい。そして、こういった気候変動の講演を聴いていると、耳慣れた内容が増えて行きます。すると、新しいことが何かが判るようになってきています。少しずつ、賢くなっていっているというところです。そうなると、気候変動の行く末を見届けたくなる、今日この頃です。
 このオンライン配信に合わせて、昨日の午前中は、若干、早めに動いたため、いざ、配信が終わると、えらく午後の一時がたっぷりとあったので、まずは、動画サイトで見つけてあった「美の巨人」からピックアップ。たくさんアップされているかと思っていたのだが、簡単に視聴できるものは僅かです。その中から2本をピックアップ。1つ目は「クールベ/画家のアトリエ」(2013/10/5)。クールベは、ミュージアムで見つけても、セザンヌともども、スルー気味だったこともありで、逆にピックアップ。「画家のアトリエ」という一品を読み解こうというもの。まず「①アングル/泉」が登場。新古典主義のアングルと、同じ素材となる「②泉」との比較。②がとってもリアル。クールベはこれだということを、この掴みの作品で見せてくれました。新古典主義隆盛のなか、レアリスムの絵は受け入れられなかった。「③画家のアトリエ1855」(私の芸術的人生の7年間を要約する現実的寓意」は不思議な絵。有象無象が集まる左半分と、落ち着いた印象を与える右半分、この対比、その中央にモデル、画家、でも、画家の描く絵にはモデルは描かれていない。そういった絵を読み解くために、クールベの生涯を辿り、且つ、作品も紹介された。「④ナー橋1837」(故郷オルナンの橋)「⑤絶望の男1834-35」(自画像、パリで挫折、故郷に戻る)「⑥オルナンの埋葬」(風俗画を大画面で描く)「⑦市場から帰るフラジェイの農民たち1850」。クールベの絵は、二月革命で叫びをあげた貧しい市民、農民、そこへ登場したナポレオン3世抜きにしては語れないということでした。③の左半分では、権力を掴んだナポレオン3世や、その閣僚を描き込み、右半分では、ボードレールのような仲間や支援者を描き込んだというわけで、クールベ自身の人生と社会そのものを描き込んだ作品だったというわけです。晩年には、パリ・コミューンにも関わった人だったってこと、初めて知りました。全然、知らなかった。完全に、クールベを見る目が変わりました。感謝。
 2つ目は「上村松園『牡丹雪』戦火の中で生まれた美人画の傑作」(2017/2/18)。「①多から舩」「②牡丹雪1944」。②は軍の献納画展に出品された作品だそうです。それにしては、場違いな作品です。女性が2人、降りしきる雪の中を、和傘をさし歩く姿。画面はスペースが多く、雪を強く印象付けます。2人の家紋から見て、裕福な家の娘と侍女。この絵を読み解くために、松薗の作品が幾つか紹介されて行きました。「③人生の花」(花嫁姿、24歳の作品、画家として生きる決意をした作品、滅びゆく美しさを残す)「④蛍」(家の中で見つけた蛍)「⑤青眉1934」(松薗59歳の作品、母の思い出を描く)。で、②です。暗喩のように描き込まれた着物、2人のアイテム、そこから読み解いていました。着物の役割には季節感を届ける、これは、解かる。色合い、柄で見れば判ります。この作品に描き込まれている着物は、「春の訪れ」を表す。和傘に込めたメッセージ、それに、簪の旧来の意味合いを加えると、魔除け。邪悪なものから守り、やがて来るであろう穏やかな春を待つ、これが、この絵に込められている。松薗にとっては、戦時下、失いたくなかったもの、それが京都だったのだろうと結論付けていました。松薗の絵を、固めて観ると、生で観たくなりますね。そのチャンスが、先日まで京セラ美術館であったのに、スルーしてしまったよ!
 手持ちのDVDで、オペラも、しっかりとみました。確認すると、あまりDVDの出ていないサンフランシスコ歌劇場のプロダクション。メト、シカゴに次ぐステイタスをアメリカでは持つ歌劇場ですね。珍しい「アフリカの女」です。ドミンゴが、ヴァスコ・ダ・ガマを歌い、タイトルロールをシャーリー・ヴァーレットが歌うというものです。シャーリー・ヴァーレット唯一のDVDです、黄紺の持つ中で。グランドオペラですから、長くて、筋立て自体が壮大。まだ、船は出ていません。2幕の後半まで観ただけで、1時間15分程経過してしまってました。グランドオペラは5幕ですから、先は長い。でも、この公演、1988年ですから、ドミンゴの声が若々しい。黄紺は、コロナ禍で、80歳に手が届こうかというドミンゴの歌唱を聴けなかった。そんな恨み事も思い出しながら観ています。


2021年 10月 14日(木)午前 3時 2分

 昨日は、予定では、某ミュージアムに行くつもりをしていた日。でも、先日の夜のお出かけが堪えたのか、出かける気に、さっぱりならない。おまけに、当該ミュージアムのHPを観ていて、展示品が幾つか掲載されているのを観て、十分と思ってしまった。だから、昨日、行くのをやんぺにしただけではなく、行くこと自体をやんぺにしました。一旦、そう決めると、なんか、ゆったりする、これが、いいね。そう思えたから、この選択はグーだったってことかな。おまけに、朝方のコロナ情報収集が薄かった。18歳未満の子どもに感染拡大が観られるようで、データ的に跳ね上がった日にも拘わらずにだ。自分的には、そのため、時間ができた。そこで、朝から、動画サイトで見つけた「歴史秘話ヒストリア」の動画を観ることにしました。「災害と日本人」というお題。コロナ禍の放映、東日本大震災10年を期に制作されたようで、「災害」がテーマ。おかげで、「ブラタモリ」の「仙台編」「浅間山編(名称はこれで良かったかな?)」で扱ったトピックが、視点を変えて観れるのではとの期待で、チョイス。この番組で扱われた災害は、「①仙台平野/869年の貞観地震など」「②天正地震」「③天明の大噴火1783.7」「④防災を説く地震学者今村明恒/関東大震災1923、南海地震1946」。①では、地質から、弥生時代にも、大きな津波が来ていることが判っている。②では、大垣城が焼け、長浜城も焼失、秀吉に大被害を与え、家康討伐を断念。これが、豊臣家滅亡に繋がるという筋立て。③では、火砕流で焼けた木の跡が、今では、森の中の穴ぼこになっている。鎌原観音堂に向かう石段途中の2体の遺骨は、火山被害を代表するもの。「ブラタモリ」では、ここを掘り下げたような記憶が残っている。復興を指導した黒岩長左衛門の対策も触れられていました。④で話題となった今村明恒氏は、史料を丹念に調べて、危険を知らせたそうです。防災についての姿勢ができていなかった時代、動かない行政、自身で防災意識を涵養する活動をしたなど、一人の地震学者の活動を伝えていました。「歴史秘話ヒストリア」も追いかける値打ちありそうです。動画サイトには、幾つもアップされているので、これからも楽しませてもらうことにしましょう。
 日に2回のウォーキングは、こういった日の定番。合間を使い、昨日は、3ヶ月半ぶりに散髪屋へ。先客がいなかったもので、あっさりと完了。午後の一時を、しっかりと取れた。こちらにはメモってなかったけれど、3日ほど前に、前半分を観ていた手持ちのDVDでオペラ鑑賞。メトロポリタンのライブビューイングで流れたものだけど、DVDもゲットしてあります。「メアリ・ステュアルダ」(ダヴィッド・マクヴィカー演出)。3作とも、ダヴィッド・マクヴィカーが新しく作り変えたテューダー朝シリーズの1本。ジョイス・ディドナートが、果敢にソプラノの大役に挑んだプロダクション。このオペラを観るたびに思うことは、同じ。重い、です。だって、タイトルロールの運命は判っている。エリザベス女王との心理戦。お互いの内面を掘り下げるという、そういった意味でも、重い。上手く歌われると、余計に、その重さが身に沁みます。更に、ジョイス・ディドナートは「歌える役者」なものだから、一層重くなってしまうのです。コロナ禍で制作されたオペラは、制約が大きいため、おもしろさも下がっているため、最近は、手持ちのDVDから観ようとしています。そういった中の1本でした。
 腰の痺れが、特に酷い夜。就寝してから2時間で起き上がっています。ここまでえぐいのは、初めてだわ! これを書いただけでは、まだ無理そうなんで、今しばらく、PCの前に座り、何かすることにしましょう。苦々しい夜です。


2021年 10月 12日(火)午後 10時 50分

 昨日は、トルコ代表のW杯予選があった日。W杯出場には、他力本願的になっているトルコ代表、辛うじて、その状態を維持しました。しかも、後半ロスタイムで、一旦、流されたPKのチャンス、ヴィデオ判定システムで復活で勝つという、際どさ。悪くない代表メンバーだとは思うけれど、こう結果がはがゆいものとなると、全体的な重量感に欠けると思えて来た。自慢だったはずのディフェンス陣も、自慢しちゃだめだったのかもしれません。ここ2試合、ボランチには、ベラト・オズデミル中心に組まれている模様。彼が出る出ないで、トラブゾン・スポルが違うと思えてから、いい選手だと思ってしまっています。今回の2戦の目玉でした。そもそもは、前のラトビア代表戦がケチの付き始めだったのでしょうね。過密な試合日程で、うまく選手起用のマネージメントに気を付けってるなとは、シェノル・ギュネシュ監督の采配を観ていて思ってたんだけど、裏目に出ちゃったのでしょう。しかし、えらい際どいところで、監督を交替させたものです。昨日の試合に引き分けていたら、トルコ・サッカー協会批判が出たんじゃないかな。幸い、冒頭に書いたことで、平和に進んでいます。
 今日は、サッカー情報収集が、朝に大きかったもので、コロナ情報収集はさほどではなかったんだけど、併せると、結構な分量。あとが閊えているものだから、せわしなさ感が増したけれど、無事にクリア。午後のお出かけがあったのです。京都学歴彩館での市民向け公開講演会、緊急事態宣言解除で再開されました。今日は、「資料に親しむ会」がありました。本日のお題は「終戦直後の資料に親しむ ~昭和21年(1946)を中心に~」というものでした。同館所蔵の京都府行政文書は、昭和21年度までのものが重要文化財に指定されているそうです。まず、そのわけのお話から。要するに、敗戦後だけど、まだ、法体制は戦前のままだったということです。憲法自体、実態はそうでなかったと思いますが、大日本帝国憲法が生きてたんですから。そういった区切りから、21年までが重文となっているとか。その微妙な昭和21年に、京都でという制限を加えて、おもしろ文書というか、時代を表す公文書をピックアップして、それらを紹介するというコンセプトでの講演会でした。講師は、同館資料課の白川哲夫さんでした。ピックアップ資料の柱を、「食糧援助」「伝染病対策」「旧軍地の活用」「佐々木惣一」「都新聞」と立ててのお話だったのですが、前2つは居眠り。欠片すら思い出せません。「旧軍地、、、」は、辛うじて、舞鶴港の活用の話の一部が残っています。湾の形状が、東西の舞鶴を生んでいますが、戦後、別々の行政区分になる可能性もあったようですが、両者を併せての新興化計画が策された結果、1つとして残ったそうです。「佐々木惣一」が取り上げられたわけは、この時代の雰囲気を示しやすい学者だったからでしょうか、よく判りません。憲法学者で、滝川事件に抗議をした強者の一方、大日本帝国憲法の改訂に反対をしたという人物だそうです。「都新聞」は、ラジオ番組の広報的な報道がおもしろいという観点でのピックアップ。座談会に呼ばれた顔ぶれの紹介でしたが、大下弘がいるかと思えば、今でいうテキヤの大将も含まれているおおらかなる人選でした。そんなで、自分的には狙っていた講演会でしたが、墓穴を掘ってしまいました。
 終わってから、同館の展示室での展示「リアルに甦る!吉川観方と風俗史考証の世界 ーコレクションの写真を中心にー」を観てまいりました。これが、おもしろい。吉川観方は、日本画の作家だけど、もう1つの顔として、風俗研究家としての顔を持っている。その顔を、主として紹介したもの。部類の収集家であった吉川観方、リアルタイムの風俗というよりか、歴史上の風俗を追いかけ、それを再現、画像に残すという作業をしてくれています。そんなで、舞台や映画での時代考証に活用されたとか。京都府は、硬軟自在に、貴重な資料を守ってくれているようです。
 歴彩館までの往復は、お隣さんの京都コンサートホールとの往復同様、ウォーキングを兼ねてのもの。昨日は夜、今日は昼間、やはり、昼間に限りますね。周囲を見渡しながらのウォーキングは、気分的に、ここまで違うのかを実感できました。


2021年 10月 12日(火)午前 7時 00分

 昨日は、立派な予定の入っていた日。夜、京都コンサートホールに音楽を聴きに行くことになっていました。ですから、夕方までは、普通の1日。昼前のウォーキングは、いつも通り。午後の一時は、昨日に続き、落語の動画を観ることになりました。居眠りをしてしまったところを確認するのが目的となりました。それを含めて、ラインナップは、次のようになりました。①六代目 笑福亭 松喬「夢八」②笑福亭松鶴六代目「月宮殿星の都」③六代目笑福亭松喬「首提灯」。①と②は、居眠りをしていたところを中心に聴いたのですが、①で、今、手掛けられるときは「吊りの番」だけですが、この松喬の口演では、時間で言えば、「吊りの番」は、全体の1/3だけ。夜番の失敗の原因が夢見になるということで、その夢見の失敗談に移行して、仕事がないとなります。ですから、「吊りの番」が本題とするならば、長いマクラが展開されている、しかも、筋道が明確なマクラが続いているという感じです。ですから、ここを、大幅に縮小、原形を留めないほどの縮小されたのが、今の姿ってところです。恐らく、これは、勝手な推測ですが、露の五郎兵衛のところで変わったのかな説を取っておこうかと思います。②の居眠りの箇所は、天上に上がってから。ここはつまらないという印象だけが、この噺を聴くたびに感じたそのままでした。雷の五郎蔵宅でのもてなし、月宮殿での祭に移り、そこでの星に関わる言葉遊び、通力のあるつづらの番、それを盗む徳平衛、雲間から落ち自宅に落下という流れでした。仕掛けは雄壮に見えて、実態は小さく、華やかさにも欠ける、面白みも少ないとなると、口演される機会は減るはずです。①と③は、ともに松喬の妻子が運営するYouTubeチャンネルでの視聴。奥さんの書かれるコメントが、とっても素敵です。手持ちの映像や音源を公開してくれています。③は、ガンが発覚する直前の「ひとり舞台ファイナル」(2011/12/9、大阪ABCホール)でのもの。奥さんも書かれていますが、「10年が経とうとしています」。年明けの松喬一門会で、出演予定のなかった松喬の出囃子が鳴り、客席が騒然となるなか、私服で高座に上がった松喬、ガン発覚話をしてくれたのを覚えています。「既にステージ4」だと言った記憶ですが、自信はないのですが、「重篤」と思えるステージだったので、客席がどよめいたのも覚えている。「首提灯」は、噺の背景の明るさが問題だと、いつも書きます。それに加えて、上燗屋を屋台と言っています。更に、道具屋は、地面にものを並べると言っています。落語「道具屋」の風景と同じです。しかも、夜。明るさの対比が浮かび上がります。道具屋との対話、もう少し落とし気味に喋って欲しいなとは思いました。上燗屋の明るめの口調を持ち越してしまっていると思えたからです。これが、途端に、猟奇性に反映していまいます。だから、上燗屋だけだと、松喬は抜群、でも、「首提灯」になると、ざこばを取りたくなります。
 夜は、京都コンサートホール小へ。京都市交響楽団メンバーによるアンサンブル、京都ラビッシュ・アンサンブルのコンサートがありました。最近は、ほぼ毎年行っているコンサート。昨日のコンサートは、昨年、コロナ禍でできなかったもの。ベートーヴェン生誕250年記念が「251年記念」に変わり、プログラムも、そのままで行われました。京都ラビッシュ・アンサンブルの顔ぶれは、次の皆さんです。[ヴァイオリン]田村安祐美、片山千津子、[ヴィオラ]小峰航一、[チェロ]渡邉正和、[コントラバス]神吉正、[クラリネット]鈴木祐子、[ファゴット]仙崎和男、[ホルン]小椋順二。そして、プログラムは、「①ベートーヴェン:ヴィオラとチェロのための二重奏曲 変ホ長調 WoO 32/2つのオブリガード眼鏡付き」「②ルドルフ大公:七重奏曲 ホ短調」「③ベートーヴェン(U=G・シェーファー編):八重奏曲 変ホ長調 (作品4・作品103の編曲)」。①は、小峰さんと渡邉さんお二人の演奏。眼鏡遊びを入れた趣向。しばらく見ない内に小峰さん、えらくおじさんになられていました。②は珍しい。ルドルフ大公が作曲をしたと、その存在は知ってたけど、それが演奏されるということは、まあ、ないだろうな。いい感じのメロディを残したなとは思い、また、展開も工夫をしようとしているなとは思うのだけど、何か物足りない、そか、工夫してるなと思わせたら、その時点でマイナスかと思ってしまいました。だから、③でホッとしました。それとも、単に、③の編曲が良かったからだろうか、そないなことを言うと、ベートーヴェンに失礼です。ベートーヴェンは、様々な組合せの室内楽を多く残してくれています。アニヴァーサリーのときって、そういったのが発掘されて、生で聴ける好機なんだけど、恨めしいのはコロナ禍となります。結局、このコンサートだけとなってしまいました。演奏では、田村さんのヴァイオリンがコケティッシュで、終始、と言っても、②と③だけですが、魅せられてしまいました。下支えをするアンサンブルに乗り、軽やかで、そう、コケティッシュなんです。
 京都コンサートホールへの往復は、夜とは言え、ウォーキングを兼ねたもの。夜の鴨の川原を歩きました。昼前のウォーキングは普通でしたから、2つ併せて、びっくり、2万歩を大きく超えてしまっていました。最近は、歩数が1.8万歩なんてことも稀になってきているのに、どうしたんでしょう! あまり疲労も感じず、夜の川原で休憩を取るわけにも行かなくて、終点の三条駅までまっしぐら。自宅に戻ると、午後11時に近い時間となっていました。


2021年 10月 11日(月)午前 6時 8分

 今、京都で行きたいミュージアムが2箇所あるんだけど、その1つに、昨日は、行けたら行こうかと思ってた。わりかし、スケジュールに、いろいろと詰まっており、珍しく、日曜日に、こうしたところに行ってもいいかと思ってたんだけど、結局、行かなかった。なんでか解らないけど、のんびりと気儘な時間を過ごしている姿とを見比べると、どうしても、気儘な時間を取ってしまった。ということは、お出かけなしの平凡な一日。日に2回のルーティンにしているウォーキングは、いつも通り。昼前のウォーキングは、日本酒の買い出しがてらのもの。近所で、一番安い、安物の日本酒を売っているマートを入れてみました。
 日曜日と言えば、お楽しみ「日曜美術館」のある日。昨日は、「遠い日の風景〜谷内六郎の世界〜」というお題。谷内六郎生誕100年記念の番組です。また、生誕100年を記念して、有名な「週刊新潮」の表紙絵を、ほぼ収集しているという横須賀美術館が、その記念の特別展を行っているということもありでの番組でもあったようです。横須賀美術館では、常時、50点の谷内六郎作品を入れ替えながら展示しているそうです。黄紺的地方美術館巡りの有力情報です。「週刊新潮は、明日、発売です」、これは、昭和を生きた者には忘れられないコピー。未だに、耳の奥に残っています。その画面には、毎回、谷内六郎の表紙絵が出ていました。週刊新潮創刊号以来、谷内六郎の表紙絵だったそうです。一方で、谷内六郎は59歳で病死をしたそうです。ということは、もう41年以上前のことなんですね。でも、くっきりと、あのCMを覚えている。谷内六郎は、その作品に、メモを書き添えて残したそうです。この番組では、そのメモ書きと絵そのものを重ねて紹介してくれました。それらをメモっておきます。「、、、」の部分は、NHKプラスの意地悪で読めなかったところです。①春の終点(線路を描く子ども)②人形のリフト(雪景色)③パーマ屋さん(洗濯ばさみでパーマ屋ごっこ)④かげに乗る子ども(火の見やぐら、秋の陽ざし)⑤失敗(植木鉢を割った子ども、見つめる子ども)⑥買ってもらった気持ち⑦迷った街の、、、、⑧かぜ熱の晩⑨虹色のタングステン球⑩帰りの道(鶏頭の花が咲く)⑪海坊主⑫パトカーの光⑬犬が沢山吠える夜⑭終戦の秋(暗闇の向こうにアメリカの煙草)⑮行ってしまった子⑯電気飴(空に浮かんだ男、綿飴を作る、それが雲になる)⑰島も、就職にテープ、、、(集団就職)⑱ばんそうこうを張る(高速道路のスピード感を表現)⑲虚村の学校(廃校に集う葉っぱの生徒)⑳やまびこの住む場所㉑月夜の蚊帳㉒ポンポン船の夜明け、、、㉓センコ花火の、、、㉔ミンミンゼミのお経㉕月光の曲㉖雪の落ちる音㉗工場にいた魚㉘面白半分(ねむのき学園との交流)㉙秋のかげろう(透き通る風船と風車)㉚こがらしのパレード㉛貝のゆめ㉜夕焼けを消す人㉝夜の公衆電話㉞迷子になっていた夢㉟虹を織る人(最後の作品)。とても想像力豊かな構想に魅せられました。身近な絵だったもので、改めて見る絵の広がりの大きさに驚くばかりでした。そういった、昨日も新たな発見がありました。知っている作家さんだけに、解説を入れてもらわねば解らなかったもどかしさもあったため、どこか新鮮な趣がありました。
 午後の一時、昨日は、YouTubeの動画で、落語を視聴することにしました。その前に、上手い具合な繋ぎを発見。それを観てから、YouTubeに向かうことになりました。その前のものとは、NHKプラスを利用しての「日本の話芸」の鑑賞。昨日は、柳家さん喬の口演で「鴻池の犬」があったのです。冒頭、さん喬によるミニトーク。そこで、この口演には目新しい点があるとされたのは、シロが、鴻池にもらわれていったクロを訪ねて、大坂まで行くという物語にしたこと。その旅の道連れに、お伊勢さんに向かう「おかげ犬」を入れたのが、秀逸。「おかげ犬」と記した首輪で、餌をもらえ、スムーズな旅ができるというもの。名古屋での別れというエピソードまで入る、洒落たものになっていました。東京に移植された噺を知らないので、再会譚は、どのように運ぶのかが判らないのですが、この口演では、シロに拠る「その後の話」はカット。そりゃ要りません、江戸からの道行が入っていますから。そのカット分を除けば、現在の上方の展開のままと言っていいかと思います。「一丁目」と「三丁目」という表現も、そのまま活かされていました。ただ、その2匹が、さん喬落語にしては、えらくふにゃふにゃしたキャラだったのが可笑しかった。大阪弁を使うテレも、さん喬にありましたしね。そんなで、珍なるものを聴かせてもらえたというものでした。それに続いて2本、いずれも「笑福亭」で検索をしたところ見つけたソースでした。1つ目が、六代目笑福亭松鶴「月宮殿星の都」(音声だけ)。序盤は「商売根問」。水を飲ませてもらう部分が入り、次いで「うなぎ屋」。うなぎ屋に行ってからの箇所が、エッセンスだけを踏襲。そして、うなぎに導かれ天へという流れ。この辺りで半寝になり、よく覚えていない。どこかで、聴き直します。下げは「へその仇は長尺で」というものでした。もう1つは、六代目笑福亭松喬「夢八」。独演会の模様を収録したと思われる動画でした。今、松喬師の妻子が、YouTubeチャンネルを立ち上げ、手持ちの動画を公開してくれています。その内の1本です。なんせ、松喬の「夢八」は珍しい。マクラで、「昔、“八集め”をしたときにネタ下ろし」「それ以来、16年ぶりの口演」と言っています。“八集め”とは、「ざこ八」「八足」「夢八」を指します。「ざこ八」はともかくも、あとの2本がびっくりのネタですね。その「夢八」、序盤に「夜番(やばん)」のトピックが入りました。「夜番のコンペ」「八兵衛による夜番の失敗話」が入りました。松鶴も「夢八」残しているはずなので確認できればいいのですが、これやってたかなぁ? 現在、「夢八」を手掛けている噺家さんは、知るところでは、たまが、これと同じだったかは覚えてないけど、本題に入る前の部分を入れている以外は、皆さんカットしてますから、とっても、この松喬の残したものは、貴重です。その本題に入ったところで、またぞろ半寝になってしまったので、こちらも、もう1度、視聴することにしましょう。
 ところで、落語界では、昨日、激震が走りました。「小三治の死」が明らかになったのです。亡くなる5日前には、高座を務めてたと言いますから、突然の訃報だったようです。黄紺は、昨年の12月に京都で、小三治を聴いています。「錦の袈裟」でした。老いは感じはしたけれど、まだまだ大丈夫といった印象だったので驚きました。市馬のコメントが、ネット上に流れていました。落語協会会長としてだけではなく、兄弟子でもある小三治を追悼するものでしたが、かなり、身体を傷めていたようで、薬の量が半端じゃなかったそうです。調べてみると、リュウマチに悩まされていたそうです。10日単位が、東京の寄席興行の基本単位ですが、小三治は、10日通しを拒んでいたと伝えられていました。間に休む日を入れてたと言われていました。その背景は、これですね。好きなバイクを、病のために止めたとも出ていました。目黒名人会で、真打昇進興行で観たのが初めての遭遇でした。それだけの時間が経ったということなんですね。「ブラタモリ/渋谷編」に次いで、東京時代の思い出が、小三治のおかげで蘇ってしまいました。


2021年 10月 10日(日)午前 7時 21分

 昨日は、お出かけなしの一日だったけれど、午前中にはオンライン配信の予約をしてあり、夜には「ブラタモリ」の新作がありということで、自分的には充実した一日。但し、2つも予定が入ってしまうと、なかなか窮屈。そうなると、行動を左右するのは、トルコのコロナ情報収集とサッカー情報収集。後者は、一昨日、W杯予選があったので、既に、量的にたっぷりとある。となると、コロナ情報によっては、かなり窮屈になるところだったのだけど、昨日は薄かった。1日に3万人を超える新たな陽性判明者数が出ていて、薄いというのは、どうかとも思うけれど、ネタは尽きてしまってる感じ。だから、政策的に変わらないと、話題のネタがなくなってきているというのが、本音でしょうね。そんなで、窮屈さからは開放されました。
 午前中のオンライン配信は、「宇治茶の文化的景観 地域フォーラムin和束町」というイベント。京都府と京都文教大学とが連携して開催されたもの。黄紺は、今まで、京都文教大学が行う市民向け公開講演会に参加したことがあるので、今年はどうかとHPを調べて、このイベントを発見しました。「宇治茶の文化的景観」というのが、世界遺産登録を狙っているということ、このイベントで初めて知りました。その㏚も兼ねてのものと考えられるイベント、京都文教大学は、宇治にキャンパスがあるということで、地元連携の一環と考えられます。今まで、宇治関連の公開講座を実施されていましたからね。その内容は、次のようなものでした。①講演「世界の中の宇治茶と和束の文化的景観の価値」(山口敬太/京都大学大学院工学研究科准教授)②講演「地域資源を展開する」(藤井孝夫/京都先端科学大学 バイオ環境学部食農学科教授)③パネルディスカッション「宇治茶の文化的景観を活かしたまちづくり、宇治茶の継承と発展」(堀忠雄/和束町長、上嶋伯協/和束町茶生産者、籠嶋渉/和束町茶生産者、藤井孝夫、山口敬太、コーディネーター/森正美/京都文教大学副学長)④お茶の淹れ方講座(Aグループ講師/上嶋伯協、Bグループ講師/籠嶋渉)。①では、序盤、フランスのシャンパーニュ地方やブルゴーニュ地方のワイン生産の様子が話されたようです。ようですというのは、えらい失敗をしでかしたもので、黄紺は、その一部しか聴けていないのです。こういったオンライン配信のあるある話なんだけど、予告時刻になっても始まらない。配信が、想定通りできないということだったのでしょう、実際、待機しなければならないのですが、そこで、アホたんなことをしてしまったのです。暇なんで、Zoomの設定を立ち上げて遊んでいると、フリーズを起こしてしまい、PCの再起動。また、PCが古くなってきているからか、その立ち上がりに時間を要し、元に戻ってみると、そのフランスのお話の後半に入っていたのです。要するに、フランスのワイン生産の景観が、世界遺産指定を受けているというので、それを参照にして、宇治茶の生産が、世界遺産指定に見合っているかの検討をしようというわけです。もちろん、こういったベントですから、肯定的な内容が語られるわけですが、強調されていたのは、生産の様子、しかも、歴史的推移が景観に現れているという点、また、そこでの生活も景観に現れているという点、しかも、茶生産としての特徴、具体的に言えば、畑、集落、茶工場の一体化という特徴を目視できる、大規模経営に呑み込まれていない家族経営という点が景観に現れている、これは押しだと言われていました。時間のこともあり、資料は、かなりはしょられたので、それはいいとして、良かったのは、そういった景観を、フェードアウトしたものや、家族経営の様子、歴史的推移が目視できるという、その姿を画像で次から次へと見せていただいた点。これは、見応えがありました。②の講師の方は、現在、和束町史の編纂事業を進められている方、また、和束町出身で、生産農家の上嶋さんの同級生とか。ということで、和束町の地域概要、地形、産業など、和束町についてのお話でした。「江戸時代中期に比べると明治期に入ると茶生産にシフトしている」「でも、砥石、マンガン鉱山も生業としてあった」「明治期に既に輸出用の茶生産が行われている」「その輸出業者の中に三木楽器の創始者もいた」「機械化が進み増産を支える、戦後、茶畑が増える」「てん茶生産が平成10年頃から進む、抹茶ブームというやつ」「抹茶アイスがハーゲンダッツに入り、スタバに抹茶なんちゃらというメニューが入り、飛躍的に伸びる」「泥岩があることで砥石が取れた、花崗岩やホルンヘルスがあることでマンガン鉱山があった、チャートがあったからでしょうか、珪石採掘も行われていた」「旧マンガン鉱山への道、その入口には、鉱山主の顕彰碑が残っている」「養蚕も行われていた、1930年代がピーク」「茶業が生き残ってきた理由として、専業特化したこと、そのためか、マンパワーが集中した、人の知恵が茶業に凝縮したということか、アーティストの世界などという言い方がパネルディスカッションで出ていました」、、、こういったトピックが出てきておりました。③では、生産農家のお二人の職人ぶりが、そして、今の時代を解ってらっしゃる、完全なプロフェッショナルな姿を拝聴できたのが素晴らしかった。上の代から受け継がれてきたお話、ご自分らでの改良、新しいニーズへの対応、先を見込した目、いずれもプロです。こういったプロに徹した方の生産されたもの、飲みたくなりました。第一、行ったことのない和束町、行ってみたくなりました。宇治田原には、遠い親戚がいるんだけど、そこすら行ったことがないから、ましてや、和束は遠い。調べてみると、京都からだと、加茂まで行ってからでないと、公共交通機関がないことが判りました。一旦、木津まで行かなくてはならないというのは遠い。④はおまけ。Zoomのブレイクアウト機能を使用して、二手に分かれるという趣向。黄紺に送られてきたのは、キラー・カーン似の籠嶋さんのお茶だったので、そちらへ誘導されました。配信元で誘導していただいたようで、籠嶋さんの配信の方に行くように指示が出ました。この機能、「最新のZoomでないとダメ」というメッセージが、予め届いていたので、頑張って、Zoomのアップデートしておいたんだから! 飲み込んだお茶の香りが戻ってくるのも楽しむのだそうです。煎茶用に改良されたものではない茶葉を、敢えて煎茶として飲ませる趣向、凄い、プロの目です。
 「ブラタモリ」は、2度目の「渋谷編」。ホント、初期にありましたね、1回目。あのときは、渋谷川に焦点が合わせてあった記憶です。以前、「渋谷」は「谷」なんだと、知人に教えられ、ようやく地下鉄銀座線の3階乗り場のわけを知った黄紺でした。それを外すわけにいかないということで、アニメーションで解説。その前に、トゥクトゥクに乗り、公園通り、宮益坂、道玄坂を一回り、坂を印象付けてくれていました。途中、タモリが、井の頭線高架脇の親父ゾーンを解説。昔は、親父ゾーンじゃなかったけど、他が、どんどん変わり、あの一帯が変わらなかっただけなのに、いつしか、親父ゾーンになっちゃった。松濤にも行ってました。古代人の集落跡が出て来るそうです。水が出て来るということで、松濤に残る池を訪ねたわけでした。そこで、水が出るわけを観に行ったのが、今回のハイライト。あの渋谷の地質を確かめることができるワンチャンスを捉えた好企画。「渋谷粘土」という地層があることを見せてくれました。関東ローム層に沁み込んだ水が、この粘土層で沁み込まなくなり、湧水となる。なるほど、です。駅の成り立ちがおもしろかった。大山街道との交差点でした。踏切から高架に変わり、更に、高架下を削った。坂の一番下を下げたそうです。確かに、歩道と車道に高低差があった。不自然な段差だという記憶がありますね、そう言われれば。最後は、進化する渋谷。いずれ、坂を下らないで往来ができるようにするんだって。黄紺には、まだ、瞼の奥に都電が走っていた渋谷駅前の姿が残っています。天現寺に所用があるときは、往きは広尾から歩き、帰りは都電で渋谷に出ていた。あれから、とんでもない時間が経ってしまいました。


2021年 10月 9日(土)午前 6時 5分

 昨日は、オペラを観る日。オペラ紀行なるものがなくなった今、また、大阪や兵庫には行かないと決めている黄紺にとっては、びわ湖ホールでのオペラ公演は、とっても貴重な機会。昨日は、「びわ湖ホール オペラへの招待」と題したオペラ公演。同ホールのアンサンブルの歌手を中心とした公演ですが、客演も入るということで、その客演が、ミュンヘンのアンサンブルにも入っていたことのある中村恵理だということで、その出演する日をターゲットにして行ってまいりました。4日公演の初日、平日ということもあり、相変わらず高齢者が多い。あとは、暇を持つおばさんといった客層。黄紺の座席を取った1階では、前方両サイドに空席があったくらいの盛況。演目は、珍しい「つばめ」。今まで、日本で、1度だけ観たことがある。ドイツでは、丁度、断念して帰ってきた去年の3月に、アイゼナハで観ることになっていたというもの。世間的には、失敗作とされているオペラ。「西部の娘」の座折で、出口を探すなか、オペレッタにまで手を拡げ、そこからの脱出を図ろうとしたとされている作品なものだから、簡単には遭遇機会のないオペラ。今回、なぜ、取り上げたのかは不明だけど、歌手の陣容が適度だということ、音楽的にも、無謀なところもなし、時間的にも2時間弱と、作品的に程よいと考えられたのかもしれません。キャストなどを記すと、次のようになります。(マグダ)中村恵理、(リゼット)熊谷綾乃、(ルッジェーロ)谷口耕平、(プルニエ)宮城朝陽、(ランバルド)平欣史、(ペリショー)市川敏雅、(ゴバン)有本康人、(クレビヨン)美代開太、(イヴェット)山岸裕梨、(ビアンカ)阿部奈緒、(スージィ)上木愛李、指揮:園田隆一郎、演出:伊香修吾、管弦楽:大阪交響楽団。舞台前面に透けるスクリーンを設え、そこに、時代物の映画を思わせる場面説明、キャストなどが出る。装置は、1、2幕は、上から垂らした布に、情景を表すものが描かれているというもの。「つばめ」「春から夏」という季節設定に馴染むもの。時には、布ですから、揺れたりするものだから、淡く、せつないという空気を出してくれている。ちょっとしたアイデアです。ただ、安っぽい印象が拭いきれないところが、傷ということでしょうか。1幕は、マグダの部屋ということですが、人が集うにしても、エキストラは出さないから、こじんまりとした光景。おまけに、中村恵理は、やはり、この人、スープレットがお似合いという雰囲気で、およそ高級娼婦という雰囲気が出ない。だから、華やかさに欠けるという舞台。揺れる布はいいんだけど、ちょっと寂しかったけれど、既に、1幕から、中村恵理の歌唱は抜きんでており、2幕以後に期待は残って行きました。2幕はブリエ、ここで、コーラスが、会場に集う人たちとして登場して、やはり、コーラスの迫力だけではなく、人が多くいるというだけで、その空気が明るくなり、人いきれのパワーを感じる。だから、ほぼ歌うところでしか登場させないコーラスで、個々の出逢い、やり取りは、舞台には歌手だけを置くという演出でも、1幕とは空気が違った。コロナ禍を意識したのかなという印象もあったことはあったのだけど、人的パワーに頼って欲しかったな。中村恵理は、ますます快調。格の違う歌手が1人混じっているという、そのまんまの舞台。お針子姿は、やはり似合う。それもサポートしているものだから、余計に格が上がってしまってました。1幕からそうだったんだけど、プルニエの宮城朝陽とリゼットの熊谷綾乃の動きや歌唱が、なかなかいい。難しいステップを入れながらの歌唱も、しっかりとこなしてました。オペレッタ的第2のカップルがいいと、舞台は引き締まりますものね。第3幕に入ると、布を使った装置はやんぺになり、客席を海に見立てた海岸べり。後景に堤防兼道が設えられているもの。マグダの悲痛が頂点に達します。それをどこまで理解できているか、ルッジェーロのおぼっちゃまぶりは出てたんだけど、いかんせん、谷口耕平のパワーが寂しい。バランスを考えると、抜きんでた歌手を客演させるのも考えものですね。このオペラ、生で観ると、いい音楽だと思ってしまう。前もそうだった。でも、筋立ては、「椿姫」の後半カットというものですから、やはり頼りない。「人気がないわけは、これか」というものを感じました。オケは、甘美な音楽が出っきらないもどかしさがあったのが、物足りなかった点。冒頭では、演出の伊香修吾のプレトークがあり、このオペラの舞台の根本となる時代の空気を伝えていました。19世紀後半の市民社会道徳なんて、説明すること自体が野暮と思うのですが、日本での上演では仕方のないことかもしれません。このプレトーク、いつぞや、時と場所を飛ばしたプロダクションを登場させるという、日本では「大胆」と考えられる公演があったとき以来のことですね。これやるなら、大ホールでの公演のようなプレトークを、別立てで設定する日を設けて欲しいな。つまみ食いじゃないもの聴きたいですね。
 びわ湖ホールへの往復は、いつものように、ウォーキングを兼ねたもの。それだけだと、通常のウォーキングよりは少なめになってしまうので、昨日は、午前中に、時間的余裕があったものだから、ミニウォーキングを敢行。それにつけても、昨日は暑かった。湿度も高いしと日本の夏は、まだ続いていました。もう、そのミニウォーキングから、Tシャツは、汗でぐっしょり。ここでも、気候変動を感じてしまってました。夜は久しぶりに、NHKプラスを使って、「72時間密着」のドキュメンタリー番組を観てしまいました。北海道を転戦するローカルなプロレス団体を追いかけるものだったからです。この時期、新たなものを流しにくいのか、7年前に取材をしたもの、そして、最後に、7年後の同団体の様子を入れるという特別ヴァージョン。ローカル色抜群のいい雰囲気。ええもん、1日の最後に観てしまいました。


2021年 10月 7日(木)午後 11時 15分

 今日も、お出かけなしの一日というか、自重の一日。昨日行かなかった美術館に行く時間を取ることはできたのだけど、やはり、腰に不安を抱える今は、自重が一番を選択しました。そうは言っても、かなり楽にはなってきています。元々、腰痛はあるのですから、痛みがなくなるとか、特に、朝方、立ち上がるのに痛みが消えるとかは、土台、無理な希望になってしまっている今の状態を考えると、かなりましになったかなというところです。でも、酷い痛みを経験してしまうと、尻ごみをしてしまい、慎重になってしまっています。
 そんなで、今日は、普通の一日。ルーティンにしている日に2回のウォーキングは、しっかりと実施。別段、いつも通りに行って、腰が悪くなった気配は、今のところなしということで、やはり快方に向かっているのでしょうか。ただ、今日は、夕方にオンライン配信のトークを視聴するつもりだったので、わりかし、時間を繰り上げて、夕方のウォーキングは実施。それにつけても、暑い。もう10月も1週間、経っているのに、夏の気配のままです。9月の後半に、気温が、かなり下がったので、このまま行くのかと思ったんだけど、とんでもありません。寒暖の差が大きいのは、この季節の特徴だけど、この2、3日は、夜も、えらく下がったとは言えない状況。昼間は、気温が上がるだけではなくて、湿度も高い。だから、ウォーキングを、普通にすると、汗ばんで、Tシャツは交換をしなければならない。これは、通常、9月末で終わるはずなんだけど、今年は、完全にずれ込んでいます。今日は、しかも、その夕方のウォーキングを早めねばならなかった。オンライン配信は、午後6時開始だったからです。トルコのコロナ情報収集夕方版は「午後6時以後」と決めているので、それは、オンライン配信が終わってからにすることにしたんだけど、サッカー情報の収集は、オンライン配信までに済ませておこうの魂胆、それも計画通りいった。なのに、オンライン配信が外れだった。そのオンライン配信というのは、ロームシアター京都からのもので、「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2021 AUTUMN」関連企画。今、ロームシアター京都の前の広場には、このイベントのためのモニュメントが設えられています。題して「The Moving Mountain」、気で造ったジェットコースターです。黄紺は、向かいのワクチン集団接種会場に行ったとき、同シアターでの京都市民寄席に行ったときに、そのモニュメントを見ているため、気になって仕方なかった。その製作者のオスカー・ピータースさんも、オンライン参加されるというトークイベントが、オンライン配信されるというので、楽しみにしていたのです。塚原悠也さんとジュリエット・礼子・ナップさんという、お二人のディレクターとのトークというのが、この配信の内容でした。ところが、通訳の方の音声が悪く、ほぼ聴き取れないという状態。オンライン配信でのあるある話と言ってしまえば、それだけの話なんだけど、これを視聴するために、今日の時間の流れを合わせて来たんだと思うと、腹が立つのじゃなくて、情けなくなってしまった。「失った時間を、俺に返せ」の気分です。


2021年 10月 7日(木)午前 7時 2分

 昨日は、予定では、某美術館に行くつもりをしていた。だけど、夜半の腰の痛みは、なかなかなものだったので、美術館歩きは、最も、黄紺の腰には禁物なことは判っているので、起き上がる前には、断念を決めておりました。朝方、何気に、ロシア系YouTuber氏の動画を観ていた。最近、流行りの「ワクチン接種体験」を映像にしていた。在日本のYouTuber氏だから、日本での接種体験。その中で、思わぬ副反応を教えられました。「モデルナ・アーム」というターム。接種を受けた辺りが、この人は、接種後3日目に痒みが出ていた。「腫れも、少しある」と言ってたかな。そういった状態のレポートをしたあと、「いわゆる、モデルナ・アームですね」と言ったのです。黄紺も、1週間前ほど前から、同じ症状が出て来ていました。注射を打った箇所ではなく、その僅か下の部分です。そういった症状に名前が付いている、そこまで、一般的な副反応なんだと、びっくり。慌てて、ネットで検索。出てきました、痒みだけではなく、腫れ、痛みという症状も加わっていました。これだけ、明確な副反応に遭っているので、似たタイミングで出た腰痛を調べてみると、出るわ出るわという感じで、レポートが出てきます。驚いたことに、それに、「手足の痺れもあった」とのレポートもあり、更に、びっくり。黄紺は、常時、腰痛、痺れがあるものだから、それらを疑ってはみていたところ、先日、ここにも書いたことだけど、台湾系YouTuber氏が、同様の接種体験動画で、副反応として腰痛を上げており、ならば、「黄紺の腰痛が酷くなったのは、これだ」と思ってはいたのですが、最早、太鼓判をもらった気になってしまいました。更に、痺れが、このタイミングで酷くなっていることも、新たに、副反応に追加しなければならなくなりました。となると、黄紺の副反応は、総合的に考えると、かなり酷くなります。1回目は、こないなことはなかったのに、噂通り、2回目のあとは、発熱、関節痛、腕の痛みに加えて、これらですから、可哀そう過ぎます。PCの前に座っているのも、痺れがあるので辛さが増しています。一番酷いのは、横になると、腰の痺れが辛い。寝返りをうって、何とか凌ごうとするんだけど、腰痛が酷いものだから、この寝返りを打ったり、起き上がるのが一苦労。ベッドから降りてからの歩き出しに勇気が要る。足を踏ん張ると痛いものだから、歩みを進めるのにも勇気が要る、一歩足を出すたびに、痛みが走るものだから、歩行が怪しい、これが、一昨夜の状態。昨夜辺りから、腰痛のピークは超えたようで、歩行に苦しむことは、さすが、消えて来ています。寝ていても、痺れが酷くなると、最後の手段は、腹ばいになること。そうすると、腰はベッドと接しないので、腰は助かるんだけど、今度は、頸椎の手術をしているから、首が、完全には回らないから、めっちゃ辛い。その態勢で眠ることができた場合でも、最長、20~30分で目が覚める。その間に、腰の痺れが治っていたらいいんだけど、そうではないと、もう、横になれる手は残っていないので、起き上がるしか仕方がない。それが、真夜中だろうが関係ありません。ただ、椅子には腰掛けることはできる。接触面が違うからです。この間、どれだけ、午前3時台、4時台に起き上がったことか!
 工事も終わり、元の生活に戻っても、こないな状態だから、何か、落ち着かない。でも、自分で、どうすることもできない。ただただ、時間が経ち、痛みや痺れが弱まるのを待つしかありません。この痛みがあるからと言って、運動しないと、またぞろ、他に悪影響が出て来るので、日に2回のウォーキングは、頑張ってすることにしています。痛みは、慣れることで和らいでいくものです。ですから、歩き出しは辛くても、あとは痛みは消えて行くのだけど、迂闊に休憩を取り、ベンチに腰掛けると、立ち上がるのに一苦労。振り出しに戻っちゃうのです。歩くことで腰に負担が増すのも警戒しなければならないのですが、普段のウォーキング量だと、まあ、負担は大きくないとの経験知があるので、普段量を目標にウォーキング。昼前のウォーキングは、腰に重みのようなものが出て来て、ちょっときつかったけれど、いつものようにできました。この経験が生きたのか、腰痛が快方に向かい出したのか、判断はできていないけれど、夕方のウォーキングは楽だったなぁ。雲泥の差で、快調とまで言っていいほどの気分、体調で行うことができました。
 午後の一時は、「つばめ/ロンディーヌ」を完走。「椿姫」っぽくもあり、「ボエーム」っぽくもあり、「こうもり」っぽくもあり、で、どうなのとなるのかなぁ、このオペラの人気のなさって、そんなこと考えてながら観ることに。でも、これって、毎度、です。尻すぼみ感もあるし、プッチーニの頬を撫でるようなメロディアスな音楽でもないわけではないのだけど、物足りなさ感が残ります。黄紺の観たワシントンのプロダクションは、実に上手く、人を動かす楽しみがあるんだけど、明日、観ることになっているびわ湖のプロダクション、大丈夫だろうかと、わりかし心配しています。一応、予習は終了というところです。


2021年 10月 6日(水)午前 4時 48分

 昨日も、朝の8時前に、大工さんが到着。午後3時半近くまで、仕事をされていました。新しい流し台の設置、周りの壁の補修という仕事をされていました。そのため、黄紺は、その時間帯は、家に待機。水もガスも使えないなか、買い置きの食事で間に合わせ、ずっと、我慢の待機時間を過ごすことになりました。PCを使い、YouTubeなどの動画を観たり、音声だけの放送を聴いたりしていると、やはり、お尻が痺れる。そこで、ベッドに移り、そこで読書、でも、ベッドで座っていても、痺れは許してくれないで、今度は、ベッドに横たわり、音声だけを聴く。でも、いい気持ちになり、結局は昼寝をしてしまっていた。音声を楽しんだのは、「桂あさ吉の内弟子日記」「滋賀県立美術館/アーティストトーク“ボイスオーバーのラジオ”」。前者は、あさ吉が、米朝師の元で内弟子修行を積んでいた日記を、全部読み切るまで続けるためにだけ、チャンネルを立ち上げています。週の1回、15分ぐらいの番組、これは欠かさず、聴いています。後者は、美術館の開催中の展示に絡む広報的放送だけど、リニューアルされてから、嬉しいことに、作家さんに、テーマを与えて新作を発表してもらっている、その作家さんが、このトークに参加されているのが魅力。その中に、「ドットアーキテクツ」を発見。アートエリアB1でのオンライン配信で知ったユニット、その活動ぶりは、その配信で知り、好奇心が頭をもたげてしまった作家集団。その人たちが、今、滋賀に行けば体験できる、これは楽しみです。山科での講演会の流れで行く予定を、今のところ立てています。
 動画は、動画サイトにアップされている「日曜美術館」を2本、観ました。「緑とおにぎりとアートの里〜越後妻有の10年」「秋野亥左牟 辺境の向こう側を見た男」。前者は、越後妻有という過疎地区を舞台に繰り広げられている現代アートの作品展示。こういった、町ぐるみ、村ぐるみを会場にしたアートの展示、それと同時に町おこし、村おこしというのは流行りなんでしょうか。この番組で、よく紹介されています。MCの姜尚中が、アナウンサー氏と、現地を訪ね、幾つかを観ながらの映像も入っています。紹介された作品群をメモっておきます。①國安孝昌/棚守る竜神の塔(棚田を守る竜神の姿)②(津南町)滝沢達史/やまもじプロジェクト(中学生と大きな文字一緒に作り、最後は燃やす)③ジャネット・カーディフ&ジョ-ジ・ビュレス・ミラー/ストーム・ルーム(歯医者だった家屋を使い夕立を再現)④(松之山)塩田千春/家の記憶(廃屋を利用、黒の毛糸で家中を編む、村の人が持ち込んだ古いものをも編む)⑤ルーシー・ブリーチ/オーラル・ファイバー(村人の耳型を蜜蝋で取る)⑥松澤有子/enishi(廃校活用、体育館を待針で埋め尽くす、婆さんが手伝う)⑦石塚沙矢香/うかのめ(婆さんの一人暮らしだった家、白い糸に米を繋いだものが天井から吊るされる、その家に残されていた食器も取り込む)★(川西)車座おにぎりプロジェクト⑧(中里)青木野枝/空の粒子⑨(松代)アンティエ・グメルス/内なる旅(ブナ林に光ものを吊るす)⑩鉢&田島征三/絵本と木の実の美術館(廃校となった小学校を活用、流木に彩色したものを組み合わせる)。
 2本目の主役秋野亥左牟、知りませんでした。また、新しい作家を知りました。母親は、文化勲章まで受けた作家秋野不矩(①青年/裸で立つ息子の姿)。軍国少年として育ち、戦後の価値観の変更に打撃を受け、その後、共産党に入党、武装闘争に参加したが、共産党の路線変更で挫折。母親のインドでの活動に同道し、インドにはまり、以後、ヒッピー生活、世界を回る。なかでも、ネパールで観た曼陀羅に衝撃を受け、絵の持つ力を知る。母からもらった岩絵の具で描き始め、インドの絵を絵本として発売(②プンクマインチャ)。40代、カナダで会った和子さんと結婚、妊娠を機に日本に戻る。沖縄に家を作り16年住む。海人(うみんちゅ)としての仕事。「③はまうり③たこなんかじゃないよ」という絵本は、この時期のもの。1993年、家族とともに沖縄を出て、作品を持ち全国を回る。68歳で、再び、旅に出る、ペルーへ。「④たいようまでのぼったコンドル」が、そのときの作品。〇数字で記したものが、番組の中で、名前付きで紹介された作品。その他、多数の絵巻が紹介されていました。作風が、現地の人が描いたのかと思わせられるタッチ。アマゾンで調べると、「プンクマインチャ」が、簡単に手に入るようだったので、早速、購入しました。自分で読み、眺めたあとは、DとSに渡そうとの魂胆です。「たこなんかじゃないよ」は、番組中で、沖縄の子どもが読み繋ぐという形式で、絵も物語も紹介され、これは、DとSに見せてやりたいと思わせられたのがきっかけです。それにつけても、「日曜美術館」を観ていると、自分の視界が拡がる、そういった実感を持つことができます。
 こないなことをしているので、ルーティンにしているウォーキングは、夕方の1回だけという日が、2日続きました。一方で、腰の痛みが増してきて困っています。普段の腰の痛みのひどいもので、首や肩から始まる痛みではないのですが、度が過ぎると困る。ベッドから置き上がったり、椅子から立ち上がったりするときは、気合が要ります。そこへ来て、腰の痺れがひどい。日によって、さほどではない日もあり、でも、ひどいときは、もう午前3時台で起き上がらねばならない。今日もそうです。嫌な一日になりそうです。


2021年 10月 4日(月)午後 10時 18分

 今日、明日と、台所の改修工事のため、大工さんが入られることになっています。既に片付けて、でも、未だだろうと思うと、表の戸を小突く音がして、びっくり。去年と同じ大工さんが入られるので、要領が解ってもらっているので、気配を察して出て行かないと、戸を小突いでくれたのです。時間にして、まだ8時前、早いよ! 去年、こないに早くから来られてたかなのお時間。「段取りを付けようと早めに来ました」とは律儀なお言葉、そうなんです、とっても、丁寧で、律儀な方なのです。作業準備のため、足場を確保したり、戸を外したり、そうこうする内に、もう1人の大工さんも到着。この方も、去年、1日だけだったけれど、補助に入られた方なもので、顔見知り。去年に比べて、狭いし、2人でしなければならない仕事ってあるのかと、既に、2人来られると聞いていたので、ちょっと不思議に思ってたんだけど、これは、黄紺の思い違い。存外、大掛かりな工事だったのです。昔のものであっても、小ぶりのシステムキッチンを外し、運び出すには、1人では無理なのが、見ていて判りました。壊れた流しの補充は、そのシステムキッチンを交換しなければならないということだったのです。しかも、床を、先日、黄紺が、平衡感覚がやられていることからバランスを崩し、踏み抜いてしまっているため、とっても危険な状態。踏む抜いてから、それまでに比べると、倍以上の危険な状態になってしまってたのです。壊れたものを取り外して、初めて判ったことがありました。黄紺も、長年住んでいて、初めて知ったこと。システムキッチンの一部だけが、要するに流し台の付いている部分だけが、丈を短くするため、下部がカットされていたのです。それは、出窓との関係で、切らないと置けないという構造。「単に、出窓を低くすれば、そのままシステムキッチンを挟み込めばいいだけなのに」「出窓を下に下げても、下にあるマンホールの蓋は取れるのに」、これは、大工さんの言葉。黄紺も、見ていて、その方が合理的。家を建ててから、システムキッチンを設えるときに、初めて気が付いたことが想定できる、無計画な設計が見えてきました。黄紺が入る前に住んでた人は、家内の親戚なんだけど、頭の働く人だったのに、えらいミステイクをされています。だから、大工さんの口からボヤキが出ます。気の毒に、嵌め込めば済むだけのシステムキッチンの下部を切り取らねばならないのです。「うまく切れるやろか」、そのお気持ち、よ~く解るけど、やってもらわねばなりません。そんなで、冒頭から黒雲。次なる、黒雲は、システムキッチンは、小さなものだけど、3部に分かれている。その2/3は取り外しができる、これは、あっさりとされていました。ところが、残りの1つが取れない。結局、無理だということが最後には解るのだけど、作業上、取り外した方がいいとかで、取れないものを取ろうとしたものだから、もろくなっていた壁のタイルが、ボロボロボロ、、、壁がいかれてしまいました。これまた、変な、昔のシステムキッチンのせい。余計なお金がかかってしまうことになりました。「見てくれはいいから、火を使うところだから、それに耐えるようにだけはして」とだけ、お願いしておきました。あとは、作業でした。ただ、このシステムキッチンを取り外したことで、いいことが1つ判りました。古くなった水道管の取り換え工事もお願いしてあったのですが、これは、湯沸かしを変えたとき、ガスの施工業者から、「錆が酷いので、早晩、水漏れが起こるので、早急に交換工事をした方がいい」と言われていたのですが、水道管の取り換え工事となれば、「壁をはつらねばならない」「それは大工事」とばかりに、今まで寝かしてあった。幸い、水漏れは起こらないで済んでたんだけど、流しが傷んだことで、「今しかない」とお願いしたところ、やはり、餅屋は餅屋です、そういったことは珍しくないから、対応策を持ってました。「水道管を外の壁に添わせて、あとは内部へ通じる穴だけ開けるためにはつればいい」、なるほど、です。確かに、外壁を水道管が這っているのは見てくれは良くないけど、壁をはつってなんて工事をすることを考えると、遥かにいい。じゃ、それでよろしくになってたんだけど、それすらしなくて良いことが判った。システムキッチンを外した、問題の台(この上にカットしたシステムキッチンを乗せていた)の内部に、水道管が顔を出していたのです。はつる替わりに、システムキッチンを外すれば、事足りたというわけです。だから、その水道管を操作すれば、あっさりと、黄紺のニーズに対応できるという、まことにあっさりとした工事で完了。これは、びっくりした。要するに、流し台が壊れたおかげで、水道管が、どのように配備されているかが判ったという次第。床の補修は、狭い台所なもので、1日で、時間が足りました。ホント、何年ぶりかで、台所を、堂々と歩けます。ただ、新たなシステムキッチンを備え付けるとことまでは行けてないので、今晩は、ガス、水道は、基本的にはなしの生活です。ま、想定内です。
 今日は、工事が入ったため、家に閉じこもったまま。傍らで、工事の音が入るもので、じっくりと音楽を聴くわけにいかず、さりとて、じっと目をこらす動画を観るわけでもなく、のんびりと時間を過ごしていると、弛緩したのか、やたら眠い。ノイズがあるなか、少なくとも1時間は、昼寝をしてしまいました。いつものウォーキングも封印。夕方のウォーキングは、作業が終わってから、時間は大丈夫と思い、敢行。また、明日のお昼を買うことを狙うと、結局は、昨日と同じコース。そうすれば、安心して食糧の買い出しが可能だと思ったからでした。


2021年 10月 4日(月)午前 6時 24分

 昨日は、何もなしの、普通の日曜日なんだけど、今日、明日と、台所の改修工事が入るので、何となく落ち着かなかった。改修の間は、台所が使えないと、たちまち食事が困る、コーヒー一つ飲めない。水回りは、そこしかないので、いろいろと困ることが出てきそうだと考えると、不安が先行してしまう。去年の改修工事のときは、生活空間の移動で済んだので、こういった不安はなかったのだけど、ガスも水道もある台所を押さえられると思うと、不安が出てきてしまうものです。ライフラインがなくなるというのは、気持ちのいいものではないのです。とりあえずは、このあと、大工さんが来られてから、その様子伺いです。今日の昼食だけは、とりあえずは確保することにしました。そこんとこを考え、夕方のウォーキングを行うことに。単に、そういった食べればいいだけの食糧を、一食分揃えただけですが。水は買えばいいし、コーヒーを沸かすのは我慢すれば済みます、食事は、外食は嫌だけど、コンビニ弁当にでもすればいいじゃないかと、自分に言い聞かせています。
 日曜日の楽しみは、当然、NHKプラスで「日曜美術館」を観ること。「アニマルアイズ〜写真家・宮崎学〜」というお題でした。こういった世界に疎い黄紺は、初めて知ることばかりですが、宮崎学という写真家も、例外ではありません。しかし、世間には、おもしろい人が要るのですね、頭のいい人、いっぱいいるのですね、昨日も、それを感じてしまいました。できるだけ自然な動物の姿、動物目線の画像を撮る写真家です。そのためには、動物の習性を知る、獣道を知る、動物の生活サイクルを知る、それがなければカメラを設置できるものではないということです。赤外線を使い、動物の動きを捉え、同時に、照明のスイッチ、カメラのスイッチが入るという仕掛けを作るのも、宮崎さん自身。生まれ故郷の伊那谷を本拠に、山の生き物を追いかけている写真家です。木の実の食べかす、ちょっとした凹みから、動物の通った跡を感じた宮崎さんの設置したカメラが、思惑通り進むかが、この番組でのポイント。魚眼レンズを使い、空も組み込んだ作品も、目が行ってしまいます。番組用の設置だったと思うのですが、2回目の点検で撮れていることが判り、観ていてホッとさせられました。こういった動物の生態を撮るだけではなく、おもしろい写真集を出されているとの紹介もありました。「鷲と鷹」(日本に生息する種全てを撮影、これ、驚異のことだそうです)「Death in nature」(1匹の鹿の死体を写し続ける、死が他の命を育む姿が判る、最後は土に還った、仏教的九想図の発想)「アニマル黙示録」(人間世界を人間の営みを動物目線で撮る、高速道路の下で融雪剤に含まれる塩分を求めて群がる鹿など)。1996年にはチェルノブイリを訪れ、強制立ち退きを強いられた村を観たことが縁で、福島にも通い、持ち主から頼まれ、立入禁止家屋にカメラを設置して、その家屋の変化を撮る。草が生え、動物が跋扈、人間の儚さを撮ったようだとナレーターが入りました。こうなると、単なる動物写真ではありません。動物を通して見える自然世界、人をも含めた自然の営み全体が見えてきます。凄いわ!
 10月の予定表を見ていて、今週、オペラを観ることになっていたことに気が付いた。日にちが、しっかりと、頭に入ってなかった。あまり観る機会のないオペラなもので、予習をすることにした。手持ちのDVDでしようと思ったら、DVDの中から探さねばならない。「つばめ/ロンディーヌ」なんだけど、DVDは2本あるはずなんだけど、整理して置いているわけではないので、これが大変な作業。とにかく、2本の内、見つけた方を観ようと思い探し出した。4割ほど探したところで、ようやく見つけた。プロダクションは、こちらを見つけた方がいいかなと思っていたもの。ワシントン・ナショナル劇場のプロダクションでした。もう1本は、メトロポリタンのプロダクション。ロベルト・アラーニャとアンジェラ・ゲオルギューが夫婦だった時代のものだけど、ワシントンの方を気に入っている黄紺です。で、2幕の頭まで観ました。それで半分です。途中、2回、元に戻り観ることに。それだけ、居眠りをしてしまったということです。「成功作とは言えない」とされているオペラ、いや、オペレッタを目指したとも言われている作品。そう思って聴いているからか、ちょっと軽めにメロディアスに作っているような気がして来た。今まで、そないには感じたことなかったんだけど。ワシントンのプロダクション、社交場の雰囲気に納得な分、観たくなったのだろうなと思いながら観ていました。びわ湖ホールでの公演ですが、どのようなスタンスで見せてくれるのでしょうか? 今年は、これが、生でのオペラ、最後になるはずです。


2021年 10月 3日(日)午前 7時 41分

 昨日は、お出かけなしの一日だったんだけど、わりかし、せっついた一日。原因は2つ。1つは、昼間に、長時間のオンライン配信の予約をしてあったこと、もう1つは、夜、「ブラタモリ」の新作が放映されたこと。この時間的制約の中に、日に2回のウォーキングと、朝と夕方のトルコのコロナ情報収集、サッカー情報収集を、いつものようにしようとすると、できないわけではないけれど、コロナ情報収集により変わっては来るものの、タイトな時間が想定されてしまうのです。ところが、うまいことしたもので、昨日は、コロナ情報収集が軽めだった。これで、余裕ができたけれど、それは、あくまでも結果論だから、端から、そうだとしては動けないのです。そのため、気持ちは、前掛かり的、そないな日でした。
 オンライン配信は、関西大学の配信するもので、「第37回かんだい明日香まほろば講座」というイベント。関西大学が、明日香村と連携して、飛鳥に関わる問題を発信してくれています。昨日のお題は「東アジアから見た飛鳥の庭園~苑池発掘調査20周年~」というもの。庭園を切り口にして、飛鳥時代と同時代の東アジア世界を読み解こうとする試み、着想がおもしろいですね。とっても、そそられてしまったものでした。そのプログラムは、次のようなものでした。①講演「発掘された飛鳥の庭園―飛鳥京跡苑池を中心に―」(鈴木一議/奈良県立橿原考古学研究所主任研究員)②講演「新羅雁鴨池(月池)の構造と出土遺物の特徴」(井上主税/関西大学文学部教授)③パネルディスカッション(鈴木一議、井上主税、今井邦彦/進行/朝日新聞専門記者)。①では、飛鳥京跡苑池が、問題の「飛鳥の庭園」を指し、その発掘調査結果、それから判ることがお話になりました。飛鳥京跡苑池は、1999年に発見された新しい遺跡。でも、それが王宮関連で造営されたとなると、古代律令国家、中央集権的な国家成立と関わる大きな発見。史跡に制定され、詳細な発掘調査が行われ、近年では、「飛鳥・藤原京遺跡」として世界遺産登録候補に上がり、それに向けての調査発掘も行われているとか。③でも話題になっていましたが、「庭園」は広場ではなく、単なる池でもない、人の意図が、明確に入った護岸工事を伴う池があり、池には島があり、池は方形であったり、方形とともに曲線を組み合わせた岸を持つ池があると、ここでも、人の意図を感じさせるものの存在が肝要なものです。それが飛鳥にあった。考古学的発掘でも、文献史料に出て来る律令国家体制確立の時期に符合するものだそうです。発掘調査に基づくレポートのところで、居眠り、これが目玉だったかもしれませんが、PCの前でぐったりしておりました。でも、主旨は解っているつももり。こういった庭園の存在のルーツを2つ上げられていました。中国の影響、殷の時代に、既に、こういった庭園の確認が看ることができるそうです。そういった大陸からの影響とともに、既に、日本にあった流水に関する感情、信頼、信仰があったようだとのお話でした。②のお話をされた井上さんは、鈴木さんの元同僚、樫原考古学研でも発掘に当たられた経験を持つ方、こういった日本、朝鮮双方の考古学に通じた方が出てきているのですね。考古学の展示なんかを観に行くと、如何に、国境なるものは意味のないものだと痛感しますのでね。でも、研究となると、それが邪魔をする。そこを超える方を、実際に現認するという機会でもありました。雁鴨池は、1983年、初めて渡韓したときに行ったところ。既に、発掘調査が終わり、再現が成っていたか、ほぼ成っていたかの時期だと思います。「1975年の発掘調査資料によると、、、」と言いながらお話をされていましたので、黄紺の記憶に符合します。でも、現在の空中写真を見せていただいて、びっくり。この雁鴨池を含む一帯が、史跡公園となり、「料金所はここです」との説明が入っていました。古墳公園からわりかし歩いた記憶、前を幹線道路が走っていた記憶、そんな記憶が蘇ります。あれから、50回以上の渡韓経験を持ちながら、慶州には行っていません。観光化が進む姿が伝えられ、そうなると、どうしても避けてしまっていました。統一新羅の容姿を整える、これが、雁鴨池の造られた背景。飛鳥時代に相当し、遣新羅使が668年以後始まり、百済滅亡後、新羅への倭国による接近が始まる時期と言います。壬申の乱(672)の勝者は親新羅政策を執って行ったそうです。正に、律令国家が出来上がっていく時代、王権の強化が看られる時代に、こういったことが起こり、それに伴う、王都に相応しい庭園が出て来るようです。王都における池の位置も、長安や飛鳥のそれとの相似形だと言われていました。ここでも、池の構造のところで居眠り。微かに覚えているのは、二辺が直線、あとの二辺が曲線。直線の岸には池に突き出たスペースが5ヶ所造られていたそうで、復元されたときには、その内の3ヶ所が復元されたそうです。そう言えば、そういうのあったような記憶があります。③では、①②のお話を踏まえて、MC役の今井さんの問いかけに、お二人が答えるという進め方。その中で出て来たトピックをメモっておきます。「古墳時代には流水の祭祀があった、弥生中期遺跡でも確認できる」「流水祭祀は、中国や朝鮮にはないようですが、似たものとして井戸の祭祀が確認できる」「宮殿の内部の庭園は、中国の場合殷から、但し、使用目的は不明。夏の遺跡では大型の建物で囲まれた広場はあるが、池はない、池が出て来るのは殷から」「古代朝鮮の宮殿に伴う庭園は三国時代が最古、宮殿、宮域整備は王権の伸びに伴うもので、高句麗では5世紀、百済は、文献では6世紀、新羅では7世紀」「飛鳥の石像物(猿石など)は庭に関わるものではないか、酒船石は水関連だろうし」「方形の池に次いで現れる曲線的護岸は海の岸辺の再現ではないか、百済では、都が扶余時代に出て来る(6世紀後半)、益山にあった別宮では方形の池確認」などでした。庭園の目的ですが、「愛でるもの」と、現代人は考えてしまいがちですが、古代信仰との関連、権力の象徴的な観点から考えたらいいのかな、でも、宴席にも使ってたようだとのお話もあったので、両用かもしれません。雁鴨池に相当するほどの規模だと、飛鳥の苑池も、大変な価値のある史跡であることは間違いありません。川があり、丘ないしは山があり、都城があり、その姿は、慶州と飛鳥は似ています。でも、飛鳥には羅城がない。おもしろいですね。
 「ブラタモリ」は「淡路島後編」。後半の主たるトピックは2つ。淡路瓦と玉ねぎ。瓦と言えば、当然、土が話題となります。細かな、混じりけのない絶好の土が取れるわけということで、淡路島を含めて大阪をすっぽりと巨大な湖がったという話題。これ、知らなかった。それとプレートの力、川の流水の注ぎ込みから離れているということで、礫が混じらない細かな土が生まれたという、めっちゃディープなお話。玉ねぎは、水はけのいい土地としての扇状地があった。扇状地ができると水はけがいいか、この話題はカット、それどころではないディープさ。狭い島に広い扇状地が生まれたのは、3つの扇状地が重なったから、そのわけがポイント、プレートに中央構造線のおかげが重なったというお話。おまけ周囲の山が乾燥した風をもたらす。玉ねぎは、乾燥させると甘さが増す、これ、初めて知りました。最後に、淡路島の南沖合にある島へ。この島、中央構造線の向こう側にあるから、淡路島より古くからあった。そこへ奇岩があるものだから、「国産み」神話がかぶってくるというお話が加わりました。2回に渡る「淡路島編」、「神戸編」で出た話題も加えると、この地域、地形的に、めっちゃ話題豊富ですね。そうそう、「鳴門編」もあったから、細かく分けて、番組作っています。次回は、2度目の「渋谷編」です。「谷」のお話ですね。地下鉄が3階に上がらねば乗れないことを知ったときの驚きが蘇ってきます。懐かしい、あれから、どれだけの時間が経ったことでしょう!


2021年 10月 1日(金)午後 10時 13分

 今日は、予定が入ってない日ということで、そういった日のために取っておいた計画を実行。お昼前のウォーキング時間を活用しようかと思ったのですが、既に、手回しよく、昨日の間に、昼ご飯の用意までしていたことに気づき、では、食べてからにと変更。時間の制約の緩いところは、自在に動かすことができます。従って、いつものように、昼前のウォーキングは実施。幾つかのコースの内、最近、ちょっとした変化版を作ってから、よく使うコース。ちょっとしたことでも、変化があると嬉しいものです。で、午後に出かけたのは、京都産業大学ギャラリー。新しい展示が企画されると、案内を送っていただけます。別に、その義理を果たすことを旨としたわけではないのだけど、テーマがそそられてしまう、それがあるものだから、行こうという気になるのです。今回は、ゼミ展示「シュルレアリスムと雑誌」/所蔵品展「下嵯峨薪炭商 小山家に伝わる学びの道具」というもの。「ゼミ展示」ですから、京都産大の学生さんたちが、ゼミで学習したことをまとめてくれているということでしょうが、同大学図書館所蔵品を使ってということですから、結構、本格的なもの。しかも、学部の学生さんでしょうから、黄紺の理解力でもついていけるかもと思わせられたのです。お題が良かった。「シュルレアリスム」と来ているから、20世紀ものです。昔だったら、あっさりとスルーしたでしょうに、ここに来て、現代アートなり、なんなりに興味を持ってしまったものだから、そそられてしまったようです。展示は、「シュルレアリスムとは何ぞや」からスタート。追いかけられていたのは、アンドレ・ブルトン。名前くらいは聴いたことあるけど、その事績は、とんと知らない。でも、シュルレアリスムと言えば、ダリを思い浮かべてしまう。それを、詩作でとなれば、どのようになるのか、とんと見当が付かない。同時代の「文学におけるドイツ表現主義」って講義を、大学時代聴いて、1回で止めた、そういった記憶が蘇って来る。ヴィジュアルと文学の越すに越されない境い目を感じてしまったな。アンドレ・ブルトン、ダダにも噛んでたようですね。でも、分かれた。どう違うんだろ? 今なら、なじめるかなとは思いながら、展示を眺めていたのですが、やっぱ、しんどい。ナチスからすると、「退廃芸術」として固められるということで、お約束のアメリカへの逃避。メキシコでは、トロツキーと会っているそうです。共産主義との関りもあるようですね。ますます、複雑になってしまい、ドツボにはまったという印象。やっぱ、1920年代は、奥が深いわ。勉強したいと、かねがね思っているところ。そこにたどり着く時間が、自分には残っているかなと思ってしまいました。つまみ食いではないもの、得てみたいです、この時代について。
 帰りがけ、美術展などを紹介するチラシ置き場、これを見て行くのは、こういった施設に行ったときの定番。そのなかに、ようく知っている写真が、あるチラシに載っていた。「なんで?」と思い、手に取ってみると、京都のさるギャラリーで開かれている展示会のもの。そこで、初めて知りました。有名な「最後の宦官」の写真を撮った人が、アンリ・カルティエ・ブレッソンだと。気になるので、更に追いかけると、ロバート・キャバらとユニットを立ち上げたことのある、超著名な報道写真家だと知りました。「宦官の写真」は、黄紺の勝手判断と異なり、1948年、北京で撮った作品だということも知りました。黄紺は、清朝崩壊直後だと勝手判断していたのです。実際は、崩壊時に出て来た宦官の30数年後の姿だったのでした。京都で、この写真展はあるそうなので、また、時間を作って出かけることにしましょう。
 そんなで、思わぬ副産物のあったお出かけ。帰りは、いつものように、アスニー京都に出かけたときのヴァージョン。自宅最寄り駅一つ手前で降り~の、お酒の安いマートに寄り~ので、自宅に戻ると、もう6時間近。あっさりと、10月の初っ端は過ぎて行ってしまいました。


2021年 10月 1日(金)午前 6時 30分

 昨日も、お出かけなしの一日。雨が降らないので、いつものように、日に2回のウォーキングは、平常通りに実施。このいつものようにが、嬉しい。ところが、昼前のウォーキング、久しぶりに、自然が多いコースを採ろうとしたら、そこへの道が工事中。立ち番をしている人、地図まで用意して迂回を求めていた。狙いのコースを採るためには、とんでもない迂回と聞かされ、あっさりと断念。方向を違えることで、簡単に他のコースに割り込むことができました。夕方は、靴を買えるマート込みのコースを採用。2ヶ月に1足くらいの割合かな、ウォーキングには、意外な投資が必要です。
 午後の一時は、短め。というのは、昨日同様の時間帯で、オンライン配信を視聴するつもりだったので、ちょっと窮屈なもので、この午後の一時で調整。一昨日と同じく、YouTubeを使い、落語を視聴することにしました。3本、視聴することができたのですが、そのラインナップは、次の通り。①桂宗助(八十八)「馬の田楽」②笑福亭生喬「加賀の千代」③桂米朝「釜猫」。②以外は音声だけ。①は、昔はレアではなかったけれど、最近は出なくなった。古いと感じるのでしょうか、若い人たちが持ちネタにしなくなったのかな。一番最近、生で聴いたのは梅団治だったはず、です。大坂のメーンストリートの堺筋を馬が通行していた時代の噺です。黄紺は、それが、かえって嬉しくて、時々、聴いてみたくなるのです。八十八で、生で聴いた記憶がありますね。随分、前方のことだと思いますが。前半は、子どもが悪さをするところ。後半になると、馬方が馬を探して堺筋を彷徨するというもの。だから、たっぷりと堺筋を歩ける感じがして、お気に入りの噺なもので、ピックアップ。いつ頃の録音でしょうか? 最近の八十八、もっと、やんちゃな子どもの描き方いいだろと思うので、そないなこと、想像してしまってました。「加賀の千代」は、東京では出ているようですが、上方では、この生喬だけ。その生喬のネタ下ろしを聴いているという縁があります。そのときの感動を、よく覚えている。生野弁天寄席、今はなくなった落語会でネタ下ろし。円都でしか聴いたことのなかったネタだったもので、びっくりしました。「鰻谷の由来」を持っている生喬ですから、納得のネタだったのですが、まさかとすら思っていなかった、不意を突かれて、ホント、驚いた記憶があります。序盤は「掛取り」、そっくり。再度、聴いてみると、ここに出て来る喜ぃ公、ちょっとアブナイ系ですね。いや、生喬のキャラ付けが、そのようになっています。聴き終わると、「その下げを言いたかったのね」と、毎回、なっちゃう、そういったネタです。「釜猫」は、八十八でも動画がアップされていたのですが、既に「馬の田楽」で視聴済みということで、米朝をピックアップ。米朝の口演で、このネタ聴いてないので、好都合でした。道楽息子が主人公。座敷牢扱いの若旦那、一計を案じて脱出を考えるのですが、全て、父親の知るところに。放蕩息子が主人公にしては、汚いネタ。シシババネタというところです。変化のある、おもしろい噺ですが、若旦那の道楽者ぶりを描くというのは、若い噺家さんには敷居が高いのかな? 最近では、八十八が、頻繁に出すにも拘わらず、拡散しないですね。昨日は、最近出ないものを含めて、珍品を視聴することになりました。
 今夜も、ラボカフェのお世話になりました。これが、午後7時、配信開始となっていたのでした。昨日は、「都市のアーカイブ ― その実践と創造的活用」と題したトーク開かれました。本来は、1年前に企画されていたことが、1年ぶりに開催にこぎつけたとありました。プレゼンテーターとして、Nathaniel Parks(シカゴ美術館アーカイブ・ディレクター)さんとKatja Leiskau(ドイツ建築博物館アーカイブ部長)さんのお二人が出演。時差の関係もあり、オンラインでの講演を収録し、それに日本語通訳の言葉を被せたもの。「ドイツ建築博物館」は、フランクフルトにあるもの。黄紺にとっては、フランスのナンシー駅が、ドイツの手によるものと教えてもらった思い出の博物館です。後半のトークには、ディスカッサントとして、五十嵐太郎(建築史・建築批評家、東北大学大学院教授)さんと渡部葉子(慶應義塾大学アート・センター教授)さんが加わり、モデレーターは、植木啓子(大阪中之島美術館学芸課長)さんと木ノ下智恵子(大阪大学准教授、アートエリアB1運営委員)さんといった顔ぶれで行われました。映像での参加のお二人は、各々のアーカイブに収録されている資料の解説が主たるお話だったと思います。それに、各々の博物館の沿革が加わり、収集業務、方針をお話されていたようです。というのも、かなり専門的なタームが飛び交い、よく分からないのです。そして、丹念に聴いても、そそられない地味なお話。後半のトークとは色合いが違ったな、内容的に。そもそも、シカゴもフランクフルトも、大阪との共通項は、水都、川の町。そういった都市の博物館の役割、なかでも、アーカイブの役割、それを、企画していた側は求めていたのでしょうが、うまく、それが伝わっていなかったという印象。そんなことが判ってきたため、お話の途中や、トークの途中で、かなりの居眠り。外してしまったという後味だけが残りました。


2021年 9月 30日(木)午前 6時 35分

 昨日は、久しぶりのお出かけなしの一日。替わりに、午後には、繫昌亭昼席のオンライン配信を観るつもりをしてました。それを頭に入れて、朝から動くつもりだった。そして、それで動いても無理がないと判った時点で、オンライン配信用チケットの購入に動いたのですが、ここで頓挫。丁度、繫昌亭のチケット購入方法が変わる端境期であることは頭にあったので、まだ、ここまでのぴあに申し込めばいいと確認後、当の購入サイトに入っても、狙いの公演が入っていない。ここまで、毎回、繫昌亭昼席を視聴するときは、今回同様、当日の朝の動きを確認してから購入しているので、全く変わったことをしているつもりじゃなかったため、びっくり。何かの間違いかと、他の方法で、関係サイトにアクセスしても同じ。この9月は、繫昌亭開館15周年特別興行が打たれていたので、ひょっとして、この間は、オンライン配信がなかったのかもしれないとは思ってはいるのですが、そういった情報は、今の今まで目にはしていません。が、とにかく、ダメでした、買えませんでした。結果、楽しみにしていた「八十八襲名披露」の大事な公演を取り逃がしてしまいました。
 替わりに、午後の一時は、YouTubeで落語を視聴することにしました。2本観ることができたのですが、それは、①笑福亭仁鶴「牛の丸薬」②桂枝雀「高倉狐」でした。①は、仁鶴没ということで、運よく見つけたもの。「牛の丸薬」、確かに、仁鶴、持ってたなということでチョイス。大体、松鶴も米朝も持ちネタにしていたわりには、受け継ぐ人が少ない。米朝直系でも、千朝、米二、米団治はやらないしね。八十八(宗助)から小鯛に伝わったのは判ってるくらいで、若い噺家さんで、これ持ってる人、いましたかね。そんなことを考えるほど、レア化してしまっているネタ。舞台が田舎、しかも、ピカレスクものというのが、使えないと思われてしまうのか。炬燵が出て来る関係で、季節限定なのも避けられる原因かもしれません。その田舎の空気、どよよんとした田舎の空気の中で演じられる口演が揃っていたかと思うのですが、黄紺は、それでいいんじゃないと共感していたものだから、この仁鶴の口演は新鮮です。音声だけでしたが、声の調子からして、かなり若い時期の録音と看ました。しかも、どよよんとしていない、実に明るさに満ちた空気を出しています。とってもおおらかな田舎に、おおらかな干鰯売りに化けた詐欺師が現れるといった風情が、なかなか秀逸。長閑さを前面にだした口演で、それが、とっても新鮮だったのです。ひょっとしたら、仁鶴ベストかもと思えた口演でした。②は、枝雀が「高倉狐」をするというのを知らなかったことからのチョイス。第一、「高倉狐」を持ちネタにしてるの、すずめしか知りません。こちらも、音声だけの配信でした。こちらは、枝雀のイメージ通り。賑やかに、狐を騙して嬉々とする男。実に陽気。だから、下げに至る終盤が光る口演。さすが、です。もうちょっと、落語を聴きたかったけれど、夜にあるオンライン配信が、午後7時開始なものだから、自重。
 とにかく、午後7時までに、トルコのコロナ情報収集、サッカー情報収集にメドを立てておかねばならないと頑張って、午後7時開始のオンライン配信を待機。「音楽ラボカフェ」のお世話になりました。いつもの「ラボカフェ」に「音楽」が付いている日。「"SOUNDS GOOD!?"〜音楽の響きをめぐる今〜」というお題で、音響のプロが集い、その筋のトーク。ゲストとして、浅原宏之(オンキヨーブランド ホームAV事業部門音質責任者)さんと徳永暁人(作曲家/編曲家/シンガー/ベーシスト)さん、それに、カフェマスターとして、澤田青空(大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻)さんが加わったトーク、総合司会的役割で挨拶をされたのが、薗田郁(大阪音楽大学助手)さんでした。音楽のリスニング環境は大きな変化を遂げている姿を、オーディオ機器という発信側、また、その機器を使い、発信するソフト制作側がゲストとして登場し、リスニング側代表として、カフェマスターが絡んで行くというトークです。オーディオ関係は、黄紺的には、昔は、多少なりとも解っていたつもりですが、その後の進行、変化の激しさには、ほぼついていけないかも、でも、ちょっとは解るかな、解れば、その最先端のお話、これからの聴取体験がどのようになるかを知ることができると、ちょっと淡い期待も持って視聴。まず、浅原さんから、黄紺のような者の参加を見透かしたように、音楽のリスニング環境の歴史を教えていただけた。そればかりか、とっても基本的なこと、音の発信側、その技術者の基本中の基本として、「音って、どういうもの?」「いい音は?」ということで、「倍音」についての講釈。いい復習的な感じでのお勉強です。「倍音の形の差が、楽器の違い」「高音の倍音は小さい音、でも耳に入っている、頭で理解している」など、なるほどと聴いている内に、居眠り発生。解っていたお話を、自分で強制終了して、どうするんだ、ホント! 気が付くと、3人でのトークに入っていた。「新たな聴取体験」というところで、おもしろい話が続出。オンキョーの方がゲストということで、オンキョーの製品の中から、おもしろそうなものをチョイスしてましたが、配信ライブの普及が著しくなってきているなか、特にコロナ禍で進行したわけでしょうが、ライブ感を出すためのマルチ・チャンネルをワイアレスで繋げ、それと映像を組み合わせるという機器。しかも、映像と音とのタイムラグを防ぐことのできる技術が入っているというもの。要するに、自宅で、ライブの興奮を味わえるというわけです。音とノイズの関係では、興味あるお話が。「CDは圧縮されていない、必要のない音が入っている、ノイズに強い」「サブスクリプション/mp3は、圧縮された音(出せばいい音だけ出している)、ピュア過ぎるためノイズに弱い」、この話の発展形で、意図的にカットされる音というのが、耳に届かない音ということです。で、CDに収録される何でもが入っている音との聴き比べのトピック。カットの度合い(圧縮の度合いに関わって来る)にもよるが、ブラインドでの音当てをしても、「判らない」と、ゲストのお二人は言ってられました。だから、CDの世界は淘汰されたってことになるのでしょうね。そして、このトーク一番の名言が、浅原さんから出ました。黄紺も、唸ってしまった言葉は、「言語が、その国の音を作っている」。日本の発信側は、日本語に対応した音作り、フランスの発信側は、フランス語に対応した音作りをしているというわけです。これは、深いお言葉。シャンソンを聴くためには、フレンチ・ポップスを聴くためには、フランスのオーディオ機器を使い聴取するのがベストとなります。浅原さんのお仕事は「音質の管理」。オンキョーはオーディオ機器メーカーですから、機器を作り、搬出するまでの音質を保つ、そういったプロの言葉は重い。居眠りが、なんとも勿体なく感じた瞬間でした。


2021年 9月 29日(水)午前 6時 57分

 昨日も、お出かけした日。それだけではなく、時間が、上手くいくものだから、オンライン配信も申込んであったという、多彩な一日となりました。それだけではなく、それに合わせてのウォーキングも、バッチリ、やればできるんじゃないと思える、時間配分のさじ加減も立派、そないな一日、まずは、敢えて昼どきを狙ったオンライン配信の視聴。「東北適応・第1回ランチタイムセミナー」というのが、その配信。東北地方環境事務所主催のものです。企画自体に、更に、チョイスされているテーマが、ローカル色があり、そして、ランチタイムという隙間狙い的な設定に、目が行ってしまいました。3回シリーズでの企画の第1回目、昨日は、「気候変動と狩猟環境~野生動物とどう向き合っていくべきか~」というお題で、小国町猟友会の蛯原紘子さんのお話を聴くことができました。蛯原さんは、地元のマタギに同行を認められた方、しかも、女性。こないな人いるんだと思わせられた人選です。気候変動がテーマだけど、マタギという生業がユニーク。序盤では、その熊狩りの手順が入ります。そういったマタギだからこそ感じる気候変動の影響を、マタギの視点で捉えるというもの。「雪がないと熊が見つけられない」わけではなく、落葉していれば見つけられるので、それはいいけれど、シバが邪魔で歩きづらく、枝葉の音で熊に逃げられやすくなったり、渡れない沢が出て来たり、熊がシバ等に隠れるので見失いやすいということが起こるのが、雪がないと困る点。熊狩りそのものの問題点よりか、報道で耳にすることが増えた人里への出没問題。気候変動で、結実が悪く、餌がないと、動物は、行動範囲を広げて、餌を探す。それが、里への出現となるわけで、「動物は環境に反応しているだけ」という言葉が重い。ただ、これが繰り返される。そのわけも説いていただけた。食糧のある里を食糧倉庫と認識した熊は、里近くで冬眠をするようになる、そりゃ、熊からすると安定した場所になる。里近くで子育てをすると、そこで成長した熊は、その地を食糧倉庫と認識して、毎年、里への出没を繰り返す。なるほど、「環境に反応」して筋道の立つ熊の行動です。だから、「人に慣れさせないこと」「人を見たら逃げるという関係の維持」が対策として重要だと言われていました。とっても、おもしろい切り口。ランチタイムを狙ったオンライン配信。あと2回が楽しみになってきました。
 午後の遅めに、昨日も映画を観てまいりました。上映時間が、この午後にあるというのが、火曜日から木曜日という制約があったため、2日連続もやむを得ないとの判断でした。京都みなみ会館で、ドキュメンタリー映画「息子のままで、女子になる」です。LGBTerを追いかけた映画。主人公はサリー楓さん。時系列的には、慶応義塾大学大学院で建築を専攻する学生時代から、卒業後、建築設計会社で働くところまで。卒業記念的に、はるな愛がグランプリになったことのあるビューティーコンテストへ出場したり、LGBTerの就職支援活動や講演活動に関わったりする姿を追いかけたもの。冒頭、両親に電話をするところからスタートします。映画を撮っていること、コンテストに出ることの通告、映画への出演依頼を言う場面です。映画を通じて、楓さん自体にあった両親との葛藤が伺わせられます。親のさりげない言葉、親から言わせると、「男の子だから男として育てた」となるわけで、そのギャップに苦しむ姿が浮かび上がってきます。父親は、顔出しで出演されています。そのくらいの方だから、頭からの無理解というわけではない分、そういったさりげない、気に留めない言動が、楓さんの不安、躊躇といったものを生んでいただろうことが想像されます。ただ、映画の編集でそうなっているのかもしれないのですが、もう少し、お父さんに語らせて欲しかったなと思いました。コンテストに出場することが、女性として生きていくことの自覚、世間へのアピール、そういったことだったのでしょうね。実際、女装をして街を歩くようになったり、院の授業に出るようになって、まだ、1年とか1年半と言ってたかな。就職を前に、そういった自分の確認作業に見えました。立ち居振る舞いなどを指導するスティーブン・ヘインズ、この映画の製作にも関与しているようですが、この人の指導がいいな。コンテストの審査員に、どこかで聞いた声、でも、思い出せない、クレジットを見て、「あっ」と声を上げてしまった。カルーセル麻紀の名を見つけたからです。毒説で、楓さんのステージを斬っていましたから間違いないでしょう。とっても、活発に社会に出て行こうとしている姿に感銘を受けました。とっても行政では先進的な取り組みをしている渋谷区役所の研修での講演、LGBTer採用を進める「優良企業」とのマッチングの企画、そういった「優良企業」は、「LGBTerが受け入れられる社会が実現すれば、そのときには、その会社は、既に、新たな先を見越した取り組みをしているだろう」との認識、記憶に残ります。院での指導教授とのトークが良かったな。初めて、女装で現れたときの話、「アメリカじゃ、よくあること」。個別のトピックでは、ホルモン注射を受けること、ホルモン剤を飲み続けること、そこに至る過程など、貴重な証言です。発信力を持ち、学歴も持ち、ルックスも良くというアピールポイントがあることを活かす自覚のある人でもあるなと思いました。そこに、覚悟が看えました。でも、まだ、その覚悟の要るのが、今の日本だということですね。
 上映終了が、午後5時半。ちょっと躊躇したんだけど、京都みなみ会館からの帰りの定番、ウォーキングがてら歩いて帰る、これを、昨日も実践。昨日は、昼間、気温が上がったので、まだ、その余熱の残るなか、とっても、ウォーキング環境が良い。うっすらと汗が出る、これ、いいですね。マートに寄ったこともあり、帰宅は、午後7時間近になっていました。


2021年 9月 28日(火)午前 1時 49分

 昨日も、午後にお出かけ予定を入れていた日。映画を観ることにしていたのです。基本的に、午後に観るのをベストとするため、コロナ情報収集に障りがないということで、そうしているのですが、その午後に上映時間があるのが今週ということで、昨日に持ってきました。全く同じ理由で、今日の映画を観る予定。だから、先週の金曜日から連続5日の外出日となる予定です。で、昨日の映画は、ボスニア映画「アイダよ、何処へ」。かなり前だけど、「ボスニアの花」という評判作の監督ヤスミラ・ジュバニッチ作品。久しぶりに観る旧ユーゴ紛争が舞台となった映画です。「ボスニアの花」では、民族浄化の名のもと、セルビア人によるレイプで生まれた子どもの問題を取り上げた監督は、今回は、ジェノサイドが行われた「スレブレニツァの虐殺」そのものが取り上げられました。悪名高いムラディッチ将軍指揮下の蛮行、それが起こっていく経過を追いかけます。主人公は、スレブレニツァに駐屯する国連軍の通訳をするアイダという女性。セルビア人勢力によるスレブレニツァ進撃から始まり、住民の避難、避難先は森の中、それと、国連軍管理地域。でも、避難民全てを収容できる規模ではない。そこへ、ムラディッチから国連軍に連絡が入り、交渉となる。住民代表として3人のボスニア人、それを引率する国連軍。でも、交渉などというものではなく、一方的押し付け。スレブレニツァを立ち去ることを強制し、それを、ボスニア人管理下の都市まで送るというもの。それを真に受ける国連軍。アイダは、通訳の仕事をしているため、国連のIDを持っているが、夫や息子2人は、そうではない。夫が住民代表になるということで、国連軍管理地域には入れるが、いざ移送となると、危険を察知したアイダは、国連軍の移動に3人を入れてもらおうと動き回るが、それがうまくいかず、結局、3人は移送、虐殺となってしまう。生き残ったアイダ、ここで、タイトルの「何処へ」が問題となる。これ、日本語に訳しちゃダメです。原題は「Quo vadis, Aida」ですから、確かに、「Quo vadis」は、「(あなたは)何処へ(行くのか)」だから、「何処へ」で、全然、間違いではないのだけど、元来は聖書の言葉、更に、シェンキェヴィチの小説の題として使われたもの。特に、この小説で、迫害の嵐が吹き荒れるローマから逃れようとするペテロに対し、イエスが顕現して使う言葉。それを聴いて、ペテロはローマに引き返し、殉死するということになります。そのペテロ(岩)の(墓の)上に建てられるのがローマ教会と、キリスト教の物語は続いて行きます。ここまでの内容が「Quo vadis」にはあるのに、それを消して、翻訳すればいいってことじゃないやろと思ってしまいました。「クォ・ヴァディス、アイダ」でいいのです。解る人は解る、解らない人は調べることができる、でも、「何処へ」だけだと、調べるということはしないでしょう、ということは、解らないことを残したまま、映画を観たことになっちゃいます。わざわざ、「Quo vadis」という語を使う監督の意図が消されてしまいます。アイダは、スレブレニツァに戻ってきます。元の仕事、教員という仕事に戻るためです。家族がともに住んでいた家を訪れもします。新たな住人から、残されていた家族の思い出の品を受け取ります。そこには、どうやら、セルビア人が住んでいるようでした。遺体の発掘現場から出て来た遺品も見つけます。そして、教壇に立つアイダ。学習発表会が最後の場面です。子どもたちの姿を見るだけでは、誰がボスニア人で、セルビア人、クロアチア人かは判りませんが、子どもたちの発表を見る保護者席には、追われたボスニア人の女性、追い出したセルビア人の兵士、セルビア人のかつての教え子の姿が見えました。そこへ戻ってきたアイダ。そういった環境、しかも、ムラディッチは追われる身になっても、スレブレニツァはセルビア人支配地域に入ってしまっています。この姿が、「Quo vadis」と声を掛けられ引き返したペテロの姿に置き換えられるというわけですね。「逃げないで向き合う」、このメッセージは、「サラエボの花」でも、監督が示したメッセージでした。この映画でアイダ役の俳優はセルビア人、また、ムラディッチ役もセルビア人俳優が演じています。ここにも、同様のメッセージが込められているような気がしてしまいました。
 一気に秋めいてきている、ここ数日。1年の内で、一番の季節かもしれません。寒暖の差も大きく、昨日などは、昼間は、夏の装束で十分な気温。さすが、短パンはもう要らないかと思っていたのですが、そうなると、まだ、しまい込むには早いようです。昼前のウォーキングはいつもどおり、夕方のウォーキングは、京都シネマへの往復で替えることにしました。腰は、未だ、立ち上がるときに時間を要します。いきなり立ち上がることはできない状態だけど、僅かずつですが快方に向かってるかなというところ。先週の金曜日の夜のことを考えると、かなり楽になっています。


2021年 9月 27日(月)午前 6時 4分

 昨日も、お出かけをした日。これで、3日連続です。幸い、緩やかだけど、腰は快方に向かいつつあるようです。一昨日、試しにウォーキングを、予定通りしても問題はなかったようです。午後にお出かけ予定が入っていたのだけど、昨日は日曜日ということで、お楽しみの「日曜美術館」をNHKプラスを利用して視聴。これがあるってことは、時間の制約が生まれ、且つ、朝のコロナ情報収集の状態では、一層、制約がきつくなるのだけど、ま、そこそこの量だったかな、サッカー情報も掴んでおかないとダメなこともあり、最初は、てんぱり気味だったけど、なんとか、「日曜美術館」の始まる頃にはメドが立っていました。「日曜美術館」は、「横尾忠則 ART IS LIFE」というお題。さすが、横尾忠則は知っている。もちろん、作品ものはずだった。ところが、これが、とんでもない虚けた話。グラフィックデザイナーから画家に転身した横尾忠則なんて、知らなかった。唐十郎の芝居のチラシやポスターを描いていた、あのタッチしか知らなかった。完全に、ここん十年の活動を知らなかったってことになります。現在85歳、風貌を見ても、かつての片りんもない、普通の爺さん。でも、キャンパスの前に向かうと、言うことが違う。「描き続けるのは好きではなくなってきている」「でも、そのときに何を描くかを見てみたい」、こんなことを言われると、確かに、横尾忠則と思っちゃう。東京都美術館で開催されている「GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は?」という名の作品展に合わせての番組です。紹介された作品をメモっておきます。①ディナーパーティー(グラフィックデザイナーから画家に転身したときの作品)②実験報告③薔薇の蕾と薔薇の関係(裂かれた画面を貼り合わせている)④如何に生きる⑤ジュール・ヴェルヌの海⑥トイレットペーパーと女⑦連作/暗夜行路(Y字路シリーズ)⑧交差する時間(これもY字路)⑨思い出劇場(伊香保温泉で)⑩フランスからの依頼肖像画130点より⑪高い買い物⑫二刀流再び(不自由な手で描く)⑬連作/寒山拾得⑭滝のインスタレーション(1万枚の滝の絵葉書による)⑮沈黙の滝⑯懐かしい霊魂の会合(神戸の震災、空襲の記憶などが複合的に描かれる)⑰死者の誕生⑱原郷。
 そして、午後からは、ロームシアターへ。昨日の午後は、こちらで、「第357回市民寄席」がありました。年に1回の5席出る日でした。メンバーもなかなか重いもの。番組は、次のようなものでした。染八「軽業」、文三「嬶違い」、塩鯛「つぼ算」、(中入り)、春雨「親子茶屋」、福笑「狐の恩返し」。市民寄席で「軽業」を聴いたと言えば、小米の口演。後の枝雀がトップで出て、これをやった。もう50年近く前のことです。わりかし前の方の席で、真っ正面だったのを覚えている。オーバーアクションなしの時代の口演、ホント、上手い、達者と思ったので、よく覚えている。それを考えると、熟練度の上がったと思っている染八落語も、同じ場所で聴くとひよっこみたい。口上言いが奇声にも似た大声を出すのは、リアルかもしれないけれど、噺に、余計なアクセントが入り、興冷めでした。以前に聴いたときはそうじゃなかったのにと思ったのですが、広い会場を意識してしまったかなといったところ。プログラムによると、「嬶違い」は、円都から先代文枝に伝わったものとか、その円都には先代歌之助からとか。円都までは、あっさりと納得なんだけど、先代歌之助が出て来て、びっくりでした。文三は、マクラで噺の骨格を、比喩を使って説明してからネタへ入りました。虚けた噺で、とっても落語っぽいネタ。甲高い円都の声が、耳元で蘇るのが判った、「なるほど、文三も甲高いわ」と、声の質で、京都市民寄席で聴いた円都の姿が蘇りました。塩鯛の「壺算」って聴いたことなかったよねって感じで、楽しみにしていたはずだったのに、ここで居眠り。マクラを話す塩鯛の姿を観て、聴いて、年齢を感じてしまいました。パワーダウンを感じたのまでは覚えてるんだけど、、、。でも、半ばで覚醒。パワーダウンなんて、とんでもないことに気づきました。入口で変な誤解をしてしまったことを反省。やっぱ、すっとぼけた味わいは、相当なものがあります。人に合ったネタですね。いいネタが続きます。春雨の「親子茶屋」は、初もののはず。その口演の特徴を、若旦那が、えらくヤンキーぽいところと看ました。「お茶屋遊びの粋さって、分かっとるんかい」という風情に、ちょっとげんなり。それが効いたのか、華やかさに欠けたのは痛かった。福笑の「狐の恩返し」は、最近、福笑のよく出すネタであることは判っていながら、実は、聴いたのは初めて。序盤が睡眠障害の男への相談ごとが占め、後半は、なんと競馬へと展開。そこで、恩返しをしてもらうという構造。福笑も70歳を超えて、さすがに、パワーダウンを感じる、今日この頃。口演も、新作のパワーも、です。昨日の高座もそうでした。このネタだと、まだ、前半はいいけど、後半には競馬の実況中継が入るものだから、余計に、その傾向が目立ってしまいました。久しぶりに、「入院」聴いてみたくなりました。あの無茶苦茶ぶり、破壊的なネタのパワー、それを思い浮かべるということは、それだけ、パワーダウンを感じたということです。
 この落語会が、午後1時半開演ということで、昼前のウォーキング時間は取れなかった。「日曜美術館」に化けたってところです。そこで、ロームシアター京都を出ると、京都の有名観光コース巡りでウォーキングに替えることにしました。岡崎に行くと、よく採る手。円山公園辺りは、まだ、人出はあまりなかったけれど、清水寺が近づくと、かなり増えていた。産寧坂を上がったところで、清水寺方向に向うことを止めました。それだけ、すれ違う人が多かったからです。八坂の塔方向に尾根を下り、清水坂へ折れるというコース。さすが、東山通から西は観光客はほぼゼロ。あいつらは、六波羅蜜寺なんか行かないんでしょうね。もったいない!
 夜、台湾系YouTubeを観てたら、「えっ」と思う情報を得てしまった。YouTube動画で流行ってる「ワクチン接種体験レポート」、その台湾編。台湾は、日本からのアストラゼネカの情報は知ってたけど(だけど、提供が5回目に入ったことは知らなかった!)、もう、モデルナ、ビオンテックものも入っている。中国絡みの問題もクリアしたみたい。それだけではなく、台湾製ワクチンも選択肢に入っていた。「メディジェン」という名だそうです。調べてみると、フェーズ2のあとに、緊急使用の認可を出したと出ていました。それだけ、ワクチンの逼迫を感じます。これが1つ目の「えっ」。2つ目は、YouTuber氏の接種後の副反応レポートで、「腰痛」を上げていたこと。実は、黄紺の、ここにきての腰痛、副反応じゃないかと勘ぐっていたところに、このレポートだったもので、思わず、前のめりに! 「やっぱ、そうだったのか」「だから、いつもの腰痛と違うんだ」ということで、最近の腰痛問題に答えを頂いた動画となりました。但し、黄紺の腰痛の原因がそれだと断定していいかは、知らんけど!!


2021年 9月 26日(日)午前 6時 24分

 腰の痛みに、かなり振り回されています。でも、時間が経つにつれ、右肩下がり、楽にはなりつつあるかなぁ。一番、辛いのが、座っていて立ち上がるとき。何かにつかまり、少しずつ様子を見ながら立ち上がります。だから、動き出すまでに時間が要るものだから、電車に乗ったときなど、気を使います。ぼんやりとしていて、駅に到着してから立ち上がろうとすると、降りれないかもしれない。そんな情けない感じだけど、今回の腰痛は、2年程前から悩まされてきたものとは違うので、立ち上がれば、すぐに動き出すことができる。電車を降りても、すぐに動き出すことができる。一昨日の夜は、寝ていても痛むくらいだったので、ベッドから立ち上がるのに工夫が要ったけれど、腕を上手く使えば起き上がれる。そして、ベッドから立ち上がるのは苦労するけれど、あとは痛むからと言って歩くのに困ることはない。そういった意味では、同じ腰痛でも、かなり気は楽なのです。今朝は、かなり楽になっているので、このまま元に戻るのかなと思っています。今回は、単なる老化からくる足腰の痛みのひどいやつ、普段からある痛みがひどくなったやつと思っています。頸椎の手術とは無関係だろうなということです。
 そんななか、昨日は音楽を聴く日。今月は2回、京都市交響楽団のコンサートに行くことになりました。先週はびわ湖ホール、昨日は京都コンサートホールでした。「京都市交響楽団 第660回定期演奏会」の日でした。そのプログラムは、「ワーグナー:ジークフリートの牧歌」「ワーグナー(デ・フリーヘル編):楽劇“ニーベルングの指環”オーケストラル・アドヴェンチャー」というワーグナー尽くし、それが狙いだったのです。指揮はクリスティアン・アルミンク。コロナ禍中で、大規模な編成のワーグナーが聴ける、ありがたい限り、先週はマーラーでしたから、連続的に、こういった後期ロマン派の大編成ものを聴くことができました。それだけでも、秋、本格化という印象です。冒頭、うっかりしていて、プレトークがあるのを失念していた。時間に余裕がありながら、出遅れてしまい、途中からしか聴くことができなかった。「ジークフリートの牧歌」は、いつもまどろみ乍ら聴くことにしています。居眠りOKの気分で、だって、寝起きのコジマへのお誕生日プレゼントの曲ですからね。その気分で聴くと、穏やかな冒頭の音楽が、なんと心地よいのでしょうか。起き上がろうとしても、まどろみが深くなってしまいます。なぜか、この曲を、生で、初めて聴いたときを、しっかりと覚えている。東京文化会館の東京都響のコンサート、渡辺暁雄の指揮だった。後半がマーラーの5番だったから、それとワンセットになって覚えているのでしょう。まだ、客が入らなかった時期の都響、でも、若い楽団員の気の籠った演奏に強く惹かれた思い出のコンサート、次に都響のコンサートに行くと、もう、同じ文化会館が満員だった。東京は、これがある。黄紺のように感じた人たちの口コミ、今ならSNSで、あっと言う間に拡がる、その規模の桁が違う。そういったこともあり~ので、よく覚えているのです。「指環」の方は、どういった編曲かが気になる。でも、4作を1時間で演奏となると、つまみ食いだから、「あすこが欲しかった」というのは無理筋と思いながら聴いていても、「ジークフリート」での、いきなり「小鳥」には、さすが驚いた。編曲者は、オランダ放送フィルだかのパーカッションの奏者で、エド・デ・ワールドに献じられたものとか。この人の編曲ではなかったけれど、この「指環」の通しの編曲版は、大阪交響楽団で、1度、聴いています。あのときは、当時指揮を執っていた児玉宏のアレンジしたものだったはずです。でも、選ぶのは、結局は似たものだったのじゃないかな。どういった編成だったかは覚えてないけれど。昨日の京都市響は、よく鳴りました。最近、京都コンサートホールの客席の中でのベスポジを見出したと思っている席で聴いたからでしょうね。以前、このホールで聴くたびに、毎回、そうは思えなかったのが、ベスポジを見つけてからは、「これだ、これだ」と思えるようになり、且つ、ワーグナーとなると、効果満点です。そこへさして、木管名手たちが聴かせてくれました。これは、毎回のお約束、です。
 腰がやばいので、いつもの京都コンサートホールへの往復の方法を採るか、考えました。とにかく、往きはいつもどおりにしようということでスタート。これは、かなりきつかった。帰りは止めようかとも思ったのですが、三条駅までは、どこでも逃げ場があります。やばいと思えば、出町柳駅、丸太町駅という京阪電車の駅ばかりか、市バスの停留所は、ちょっと道を逸れればいいわけですから、それを頼りに歩き始めた。歩き続けると、思いの外、歩ける。しかも、時間が経過した方が楽になって行った。いつものように、丸太町橋の脇で小休憩。あまり休憩を取ると、逆効果と、ほんの3分程腰かけて、再出発。相変わらず立ち上がるのに一苦労だけど、完走できました。朝、起き上がっても大丈夫だから、完走は正解だったと思ってます。頑張って無茶になってはいけないけど、そのギリギリまではやらないとの気でやって、正解でした。鴨の河原は、歩いているだけで爽快だもんね。それが良かったのかな?


2021年 9月 25日(土)午前 7時 4分

 どうも、腰が変調。数日前から、座っていた状態から立ち上がるとときに、痛みが出て、ゆっくりとしか立ち上がれなくなっていたのが、更に進んでしまった感じ。ベッドに横になっているだけで痛む。うまく腕を使わないと起き上がるのが困難。思わず、ベッドでこれだから、畳の部屋のままだったら、大事件になってた。ベッドに腰掛けた状態から立ち上がるのも勇気が要った。夜中にトイレに立ったときが、一番酷かったかな。朝、起き上がるときは、そのときに比べて、まだ、ソフトにはなっていた。いろいろ、考える。この2年間、悩まされてきた腰の激痛とは違う。首なり、肩には、異変のきっかけとなる、塊のような痛みは、全く出ていないので、腰痛と言っても、違った種類のもののようなのです。普段から、足腰に痛みがあるのだけど、それのえぐいものって感じかな。ウォーキングが原因なのかな? 今の身体の状態からして、日に2回のウォーキングは過度かのかな? そう考えると、ちょっとまてよとなる。水曜日がワクチン接種の日、翌木曜日は、副反応で発熱だから、ウォーキングは自重。昨日のお出かけに備えたわけですね。要するに、ウォーキングは控えた日が2日も続いたのに、これだと、ウォーキングとは無関係かもと思ってしまう。いやいや、ここまで続けてきたウォーキング疲労が、このタイミングで出たってことかもしれない。しかも、昨日は、3日ぶりということで、いつもよりか、多めの時間を、ウォーキングに充てたしなとも思ってしまう。とにかく、様子見です。苦しめられた激痛とは違うけれど、痛み止めを、また、もらいに行けば、なんとかなるかもと思うので、様子見します。でも、今日のウォーキング、どうしようかな?
 昨日のお出かけ先はアスニー京都。「アスニー特別講演会」に行ってまいりました。昨日は、「京の観音浄土 清水寺 ~過去の災害に学び未来へ託す~」と題して、清水寺執事補・京都市社会教育委員・立命館大学歴史都市防災研究所客員協力研究員の森清顕さんのお話を聴くことができました。「今年の漢字」の清水寺貫主森清範さんの息子さんだと紹介がありました。「災害」という文字が、お題に入っていたので、文化財としての寺社仏閣での、そういったお話を聴けると、楽しみにしていました。「ブラタモリ/高野山編」で、地面に埋め込まれたスプリンクラーに驚きとともに、感動すら覚えたからです。ここまで進んでいる、ここまでやらなきゃならないを感じたからでした。でも、昨日のお話、こういった講演のあるある話で、内容が盛りだくさん過ぎて、肝心の狙いのテーマは、猛スピードですっ飛ばされてしまい、なんとなく、凄い対策が執られていることは判っても、具体的に、何をされていたのかが残らないというものとなってしまいました。そこに至るまでも、おもしろいことはおもしろいものではあったのですが。清水寺そのものの初めからお話がありました。まるごと清水寺がお話の対象になってました。となると、由緒から。「清水寺縁起絵巻」という重文指定の絵巻が、東京国立博物館にあるそうで、それを基にしたお話。3人の人物が主人公です。延鎮、行叡、坂上田村麻呂です。この3人の共通項が「水」、やはり、「音羽の滝」の帰するのでしょう。「ブラタモリ」では、この水に焦点当ててましたよね。東山断層の際から出て来る水。それを絵巻では3人の絡む物語になっていました。清水寺の御本尊は観音様。随分と庶民に愛されたということは、清水寺門前の賑わい、能で言えば「花月」、落語だと「景清」で判ります。観音について説いているのが「法華経」。中国で6回翻訳され、その内3つが残っているそうで、その中でも、一の人気が「妙法蓮華経」、これ、なんと、鳩摩羅什訳だそうです。「へぇぇぇぇ~」が出てしまいました。観世音菩薩の名を唱えること、その声で、菩薩の助けが入るとの教え、その実践が、庶民の間に浸透するのが観音人気のようです。その観音信仰を表す「浄土」としての清水寺ということで、清水寺は、一つのランドスケープになっているというお話が、このあと続いたのですが、ここで、残念、居眠り。「安置されている御本尊の位置から見ると」というところから出発されていたのですが、ここで途切れている。おもしろそうなところになると、また、居眠りでした。なかなか、防災話、時計を見ると大丈夫かと思い始めていたのも覚えています。防災に入り覚醒。「自然災害対策」「火災対策」「人的被害対策」の3本の柱が防災のポイント。境内山中に雨量計を設置、モニタリングを行い、通行止め措置を執ったり、境内の耐震測定、これは、寺内の様々な箇所に設置されている図を見せていただけました、自動火災警報器、放水設備、貯水設備など、火災に備えてのもの、その配置図も見せていただけたのですが、速くて解らない。更に、寺内だけではなく、周辺地域の防災も関わってきます。人的被害対策として、防災用の器具を、日常的に周辺住民が使えるようにして、器具のメンテナンスに役立てたり、住民が使用法に慣れておくという視点は、なるほどと感心しました。図面多数、スピードが凄く、ギヴアップ!


2021年 9月 23日(木)午後 9時 44分

 Dün ve bugün farklı. Dün gecesinden yan etkiler güçlü oldu. Aşı yerindeki ağrı az da bile arttı. Vücüdümün yukarı yarısındaki eklem ağrısı arttı. Şu ağrı ateş belirtti. 37.5 dereceden yüksekti. Onun için her gün gibi yürüşten vazgeçmem lazımdı.
 一番心配なのは、明日、予定しているお出かけ。毎回、検温があるものだから、それが判っているのに行けない。いっそのこと、ワクチン接種証明書を持参して、それを見せようかとも考えたけれど、うるさいのが、面倒なのが来たと思われるのが出来の山で、引き返さねばならないだろうと思うから、そうなると、時間と運賃の無断になるので、ま、朝の検温を待つしか仕方ありません。こんくらいの発熱だと、3日目は平熱になるとは、巷間、言われてるけどね。黄紺が、世間基準かどうかは、明日にならないと判りません。嫌やわぁ、ホント、副反応。
 そんな発熱が進行中のなか、1本のオンライン配信を予約してありました。市民向け配信は、文学は少なめ、ましてや、現代文学をお題にするなんて、めっちゃそそられてしまったのでした。今日、お世話になったのは、京都橘大公開講座 。こちらで、同大学文学部日本語日本文学科教授の野村幸一郎さんが、「三島由紀夫の文学と思想」というお題でお話なさったのです。三島事件から、今年で51年だそうです。よ~く、覚えています。前の晩、しこたま酒を呑み、昼に起き上がり、すっごい二日酔いのなか、TVを付けると、ワイドショーに、突如、臨時ニュースが飛び込みました。紙を持つMCの手が震えていました。声も。あまりにも衝撃的だったということを、そのような形で覚えています。様子は、詳しくは判ってなかったなか、最後の一言が、強烈なインパクトでした。「三島は、既に死亡」でした。その日の夕刊に、朝日新聞でしたが、有名な見出しと写真が出ましたね。恐らく、あれ以来、新聞に生首の写真が掲載された(調べると号外だけだったそうです、当時、東京にいたため号外を受け取ったようです)ことってないんじゃないかな? そんなで記憶に残る三島事件、様々な読み解きがされているようですがと言っても、あの事件以後、三島の作品を読むことを止めたので、その思想的背景を、今となって聴いても、なかなか解るものではないのかもしれないのですが、50年経って、どのような言い方をされるか、当時の空気を知る者として聴いてみたくなりました。お話の筋立ては、三島と226事件、また、226事件の思想的支えとして処刑された北一輝と三島、これを探ることで、三島が、当時、何を考え、何に不満を持ち、何を目指そうとしていたのか、その読み解きに、三島の代表作「金閣寺」(黄紺は読んでいない、止めたんで)を援用するというもの。なかなかおもしろいお話だったと思います。まず、北一輝の思想の柱から。「社会民主主義」「天皇機関説」「アジア主義」とされました。それと、226事件の青年将校の思惑と重なるのは「社会民主主義」、要するに農民らの窮乏を救え、それを天皇は知らない、取り巻きが悪いから、それらを排除しようの決起だと看ます。更に、青年将校には「天皇機関説」的な発想はなく、「国体明徴論」だと言います。それを受け、三島は、「国体明徴論」に共感していると言います。「社会民主主義」「アジア主義」を唱える北一輝を嫌ったと言います。逆に、それに共感をしたのは新左翼の運動だったと規定。三島は、「西洋的文化の拒否」「非西欧」の考え方で、憲法に規定された天皇制自体が「西欧化」だと捉えたと言います。226事件のときに執った天皇の行動に批判的で、それを、天皇の西欧化と規定したとか。だから、「天皇機関説」はもっての外となるわけですね。こういった考え方で、226事件の青年将校に共感したわけで、このコンテキストで「金閣寺」を読み解くと、三島事件が判るというのです。「金閣寺」の主人公は、「金閣寺に拒まれ、扉が開かない」状況のなか、最後は、それでも生きようとした。「戦後社会と折り合いを付けようとしていた」三島の姿を看て取れると言ってられました。だが、市ヶ谷では違った、あすこで出された檄は、それとは逆になっていたということでした。「金閣寺」を読んでない黄紺は、言われるがまま、そんなんかなと思ってしまった次第です。あのとき、強烈な違和感を感じた思い出があります。事件前、ごく普通の週刊誌で盾の会を伝える記事を見た記憶があります。フラットな紹介するだけの記事だった、いや、伝えること自体に思惑を読まねばならないのですが、黄紺は、そのときフラットに見えた。見えたばかりに、「ごっこ」をしているのだと思ったばかりか、三島とともに自死した森田必勝らは、どれほど、理解、関与していたのかを訝しく思ったものでした。だから、「心中」「情死」報道がしっくり入ってしまった。新左翼とまではいかずとも、価値観の転換が叫ばれた時代、余りもの復古的な行動に違和感を感じたものでした。だから、アンチテーゼを身体を張って見せた、「昭和元禄」の虚けた社会に活を入れようとした、それにしては命をかけることかなと思ったものでした。市ヶ谷のバルコニーから檄を飛ばす三島に対し、下に集まって来た自衛官らは、罵声を浴びせたと報道されました。実際、生の声で檄を飛ばす三島の声が、下に届いたかすら判らないなかのパフォーマンスでした。そのずれのようなものが、「国体明徴論」への共感というところで解けたように思いました。いや、そこしか看てなかった、ということですね。三島の出自から解き明かそうとの試みもあるそうです。その中で、三島は、水戸の藩士に繋がることが判ってきているそうです。父親は高級官僚ですから、血筋も大事な研究対象かもしれませんね。


2021年 9月 22日(水)午後 9時 1分

 İkinci doz oldum. Moderna aşında birinci doz olduktan 4 hafta sonra iknci doz oluyorlar. Birinci dozdan aşı yerindeki ağrı daha hafif şimdilik. Başka yan etki hiç yok. Aşı olmam hakkında bu kadar. Çünkü aşı üzerine yazmam gareken başka yok.
 てなことで、今日のトピック、最大のトピックはこれだけ。自分のこと以外を付け足しておくと、会場は同じでも、地下から地上に上がって来てました。なんか、広さが違う、いえいえ、レイアウトを変えたんだと、会場を出るまで思ってたら、出たところが地上だったので、入口階から下に降りなかったことに気づいた次第。待つ場所も、接種場所も、狭めてありましたから、それを目的に、階を変えたのかもしれません。それだけ、接種する人が減ってきているということなのか、ワクチンのストックがないのか、よく判りません。そして、何よりも、若い人が増えた。前も横も、若い人だらけだった。若い人、苦しむのかもな、副反応でと思いながら眺めていました。先ほど、家に戻って来てから、笑福亭喬介のオンライン配信しているラジオで、弟子の喬明が、ワクチンを打ったことの報告番組というか、苦しむ喬明いじりの番組を聴いていたんだけど、注射を打った左腕が上がらないようです。でも、その程度なら御の字じゃないかな。息子の嫁さんなどは、寝込んだという話ですから。さ、これで、無事、DやSに会わせてもらえるかな? でも、まだ、少なくとも2週間先じゃないと、ダメなんですよね。その間に、Dは5歳になっちゃう。丁度、1週間先が、Dのお誕生日だからね。お兄ちゃんになってるんだろうな。
 台所の改装の見積もりが上がってきました。黄紺が、ワクチン会場にいるときに、業者から電話が入った。さすがに出るわけにはいかず、終わってから、改めて電話を入れる。文書になったものを、家まで届けてくれました。昨日、言ってた金額の半分でした。そりゃそうだろう、いくら、やまこ張るにも程があるという金額を言われて、「なわけないでしょ」「奥の部屋〇〇円だったですよ」と突っ込んだほど。後で考えると、やまこ張っておいて、それよか低い金額で見積もり立てると、「勉強した」となるからなんて考えたけど、それほど下心のありそうな業者ではないことが判っているので、お願いしているので、単に不慣れなだけと思うことにしました。流し台、床、水道管、この3つを、一気に直してもらいます。
 今日は、ワクチン接種を受けたということで、毎日のルーティンにしているウォーキングはなし。外出も、接種会場の往復+α、「+α」は、みやこメッセの向かいのロームシアター3階の部屋を使い行われている「オペラの扉」という展示を見学したことを指しています。新国立劇場のオペラ公演の措置模型、衣裳などを展示してくれている。今年の演目紹介もあった、映像は、2013年の「アイーダ」公演を流してた。ゼッフレリのプロダクションを買い付けてるんですね。あの、本物の馬などの動物が出るあれです。それと、あとは、ちょっとした買い物に出かけた程度で、自重の日です。晩酌もなしという、考えると、健康的な日でした。


2021年 9月 22日(水)午前 6時 49分

 昨日は、連休明けということで、台所の補修のために、業者に電話。早々に、様子を見に来ていただけました。落ちた流し台、踏み抜きそうな床、錆びて水漏れの心配のある水道管、一挙に、お願いしました。流し台が落ちたことで、早々にやらねばならなかった箇所の補修の決断がついた格好です。錆びた水道管の仕替えって、壁とかを、大幅にはつっての大工事になると思い、避けて来てたんだけど、聞いてみると、そないな大層なことはしない、1箇所、水道管を通す穴を開ければできるということです。その替わり、水道管が、外を這うようですが。考えてみりゃ、そうだよね。水道管が錆びるなり、何なりで替えねばならない度に、壁をはつってたちゃ、堪りませんわね。頭の良い人たちは、代替案を編み出すものです。今更ながら、さっさとやっとけば、水漏れの不安からは、もっと早く解放されていたでしょうに。この打ち合わせにために、午前中のウォーキングに障りができてしまった。仕方ありません。だから、1日トータルで見ると、昨日のウォーキングは、いつもの90%くらいかな?
 昨日は、1本、オンライン配信でのシンポジウムのようなものの視聴予約をしてあった日でした。「JICA緒方貞子平和開発研究所ナレッジフォーラム(第9回)“世界の異常気象に我々は何をなすべきか?”~気候変動適応への取り組みの最新動向と高まる国際協力の重要性~」というイベントに申し込んであったのです。どのような人たちが集まって来るのか、全く見当つかずでの申し込み。JICAなり、緒方貞子なる人物は知っているのだけど、この組織自体に見当がつかないけど、それは、黄紺が世間知らずなだけと思い、申し込んであったのです。そのプログラムは、次のようなものでした。①基調講演:JICA緒方研究所特別客員研究員&茨城大学地球・地域環境共創機構特命教授三村信男「気候変動適応への取り組みの最新動向」②トークセッション「三村信男×成田大樹(JICA緒方研究所客員研究員/東京大学准教授)×JICA緒方研究所上席研究員(モデレーター安達一郎)③質疑応答。①がハイライトでした。主たるお話は、ICPP(国連気候変動に関する政府間パネル)の成立と活動内容。第5次報告までの経過と、現在、公開が準備されている第6次報告のスタンスといったところでした。三村さんは、その報告作成に関わって来られた方、また、現在進行形で関わられている方です。1度、どこかのオンライン配信でお見かけしたことがあります。専門は海洋土木だそうです。まず、IPCCでの論点の変化から。第4次報告書(京都議定書発効直後)までは、気候変動リスクが、人為的な作業におけるものとの特定の時期。それを検証してた時期。このままだとえらいことになるとの、その原因の特定とともに、それに、地球的規模で取り組まねばの確定の時期。京都議定書の段階というのは、まだ、「そないな時期だったんだ」と、この間の変化の大きさを納得。2013~2014年に出された第5次報告書が、緩和・適応を柱とするリスクマネジメントを柱とするもの、これを受けた形で、パリ協定(2015)が出る。「脱炭素社会」「1.5度目標」なんての出て来るというわけです。そして、今、第6次報告は、パリ協定と同年に出たSDGsを絡めようとの試みだというわけです。「持続可能社会と気候変動対策の関係」を探るというものだと言われていました。これが骨子。それらを傍証するお話が、その後は続きました。判りやすく、最近の日本に看られる気候変動の影響とか、対策としての緩和策と適応策とか、パリ協定の中身とかです。第6次報告に至る前に、国際会議の様相の変化にも触れられていました。若い人たち、女性、途上国の研究者、様々な分野の研究者の参加、SDGsが絡む検討だということが、こういったことからも判ります。その新たな報告書への論議のポイントとして、気候変動は、様々な分野に及ぶということ、気候変動による影響リスクが拡がりを持つということですね、生態系へも、沿岸域では水没や浸食が起こり、農業や水産業への影響、となると、農村だけではなく都市の生活への影響が出る、健康被害も問題となる、経済活動から安全保障にまで広がって来るという認識です。一層の国際協力の必要が大事になって来る。また、各分野の専門性の深化、科学的アプローチの大事さとともに、地域の経験といった地域的アプローチとのすり合わせの大事さを説かれていました。そういった視点に立つと、SDGsの視点がないと、新たな歪みとなるというわけですね。経済格差の解消、男女共生といった視点が盛り込まれていなければ、対策にはならないということです。大きな話です。気候変動に向き合うということは、そういうことなんだという目を教えてもらったといった印象。2030年に、どういった結論、いや到達点かもしれないけれど、せめて、それを見届けたいなと、改めて思った次第です。②では、成田さんが、ケニアの例をあげ、「開発援助と気候変動対策」という視点でのお話をされていました。①でお話をされたケーススタディですね。③で出たお話で、1点だけメモっておきます。「不確実性の中で対策を進める」場合のポイントとして、「現在(当面)の問題の解決」「将来の変化を織り込んでの対策」「様子を見ながらの対策、柔軟な対策」を上げられていました。ま、そうかなというところです。


2021年 9月 21日(火)午前 6時 4分

 昨日は、お出かけなしの日だったのだけど、一昨日、台所の流しが壊れたことから、台所の改装に動こうと決断したため、まず手を打ったのは冷蔵庫の買い替え。古い冷蔵庫を処分して、その下の床を変えようとの魂胆なのです。そのためには、使えなくなっている冷蔵庫の処分をしなければならない。一番、手っ取り早いのは、新しい冷蔵庫を買い、そのときに古いのを引き取ってもらい、処分も、同時に委託するという手。息子に聞くと、「新しいのを買えば、やってくれるよ」ということで、まず、量販店に行ってから、そこのところを確認してから購入にかかりました。もう1つ気になったのは、古いのを処分したあと、新しいのをどうしておくかという点。これも、事情を話してみると、「引取りと搬入を別にすることも可、但し、そのための料金が要るかもしれないが」とのこと。この2つが大丈夫ということで、気になっていたことは解決したのだけど、店員さん、こちらの意図を察して言われたことが、更に安心を生みました。「大きな冷蔵庫でもキャスターが付いているので、誰でも動かせます」と言って、実際に動かして見せてくれました。ということで、結局、搬入と引き取りを別立てにする必要がないことも判明。普通に、新しいのを買うことになりました。霜取りの必要のない冷蔵庫にすると、想定外の大きさにはなったけれど、これで、古い冷蔵庫のときのように、水漏れで、床が傷むということもないので、大きさは譲ることに。あとは、今日、狙いの業者に電話を入れて、改装を引き受けてもらうことになります。水周りの専門業者なんで大丈夫とは思っているのですが。その業者なら、床の補修という、もう1つの改装もやってもらえるので助かるのですが、、、。
 この冷蔵庫購入は、昼前のウォーキングがてら。その量販店は、いつものウォーキング・コースの半ばにあるので、がてらにできるのです。夕方もいつも通り。至って普通のウォーキングでしたが、この頃、万歩計で歩数を見るたびに、ため息ばかり。確実に歩数が減っている。週単位にせよ、月単位にせよ、確実に右肩下がり。これが、気になって仕方がない。これ書くの、何度目かですな。それだけ、自分で気にしている。
 午後の一時は、昨日は、「ラボカフェ」のお世話になるはずだったのだけど、確かに、オンライン配信を視聴するため、PCの前に座っていました。但し、座りながら、ほぼ全滅と言っていいほどの居眠り、あっか~ん! 昨日は、「GDP THE MOVIE〜ギャラクティック運輸の初仕事〜を語る」というお題で、カフェマスターの木ノ下智恵子(大阪大学共創機構准教授、アートエリアB1運営委員)さんがMC役で、contact Gonzo(アーティストユニット)とdot architects(建築家ユニット)という2つのユニットの皆さんがトークをするというものだったのです。昨年の振り返りで、この2つのユニットがタッグを組んで、パフォーマンスというのか、インスタレーションというのか、黄紺には、その辺りの定義付けはできていないのですが、そうった試みを、ここまでの1年をかけて続けてきたわけですが、今年は、「鉄道」「経済」「パーティ」といったキーワードを持ちながら、映像制作を試みるようになっているそうですが、そのコンセプトなり、制作過程といったことが、トークをしながらレポートするというのが、昨日のイベントでした。だが、眠ってしまった。「ギャラクティック運輸」というのは、仮想上の企業、そのためのユニフォームとなる仕事着も作られている。その企業で働くなりしている人で、映像に登場する人たちのキャラ作りもできている、筋立ての概要もできているらしい、更に、制作過程の映像の一部も流されたようですが、ほぼ居眠りをしていたので、この話しの筋立てを書けるのが不思議な気になっているところです。が、肝心な、制作中の映像のコンセプトなり、方向性の具体的はお話は、全てダメときているので、とっても、もったいない。ため息ばっかが、出てきてしまいます。
 夜、YouTubeのアーカイブに残されている「米朝事務所アカウント」チャンネルの動画を観ていると、目覚ましが鳴った。夜10時から、NHKプラスで、「世界はほしいモノにあふれてる“―BLUE― 色をめぐる旅”」を観るつもりをしていたのです。ここに、トルコのブルーを追いかけるという話題が入っていると知ったからでした。ブルーモスクなんかを紹介したあと、トルコ人&日本人カップルが小物販売に関わっているということで、密着。彼らの買い出しに付き合った、その行き先は、なんと、マルディンでした。この時節柄、TV画面からにせよ、マルディンが映るなどいう思いがけないことが起こりました。見覚えのある修道院前とか、ウル・ジャーミーの傍らに拡がるチャルシュの風景は、もうたまらなくなるほど、嬉しいものがありました。そのウル・ジャーミーに行ったとき、20歳くらいのお兄さんと子どもたちが遊んでた。マルディンに行った頃には、すっかりクルド語に耳が慣れていたところ、突然、聴きなれない言葉での会話を聴いたものだから、思わず、「今、あんた方が話していた言葉は何語?」と尋ねたことがある。あっさりと、トルコ語で答えながら、「アラプチャ」と言われたときの驚きは、そうはないもの。アラビア語ネイティブな人たちが、トルコにいることを知った嬉しい瞬間でした。そういった思い出が重なります。ええもん見せていただけました。


2021年 9月 19日(日)午後 11時 28分

 今日は、何もなしの普通の日曜日だったはずが、夕方に来て、思わぬことが発生。昼前のウォーキング、午後の一時と言ってもお昼寝が多くを占めたけど、ここまでは順調に時間が推移。夕方のウォーキングのつもりで、バタバタしている最中に、とんでもないことが発生。台所の流しを使ってたところ、その流しが、ガクンと下に落ちてしまった。幸い、四辺の内一辺は持ちこたえたので、だらんと下に垂れ下がってしまったというのが、正確な書き方。長年使ってきていたため、ステンレスも錆び、そこが割れ出していたのは気づいていたのだけど、それが重さに耐えかねたのか、下へ落ちてしまったのです。一辺は錆が進んでなかった関係で持ちこたえた状態。ここに至って、初めて、この流しの構造を知りました。下からの支えもなく、水の流れる管も支えになってないことを。幸い、その管は生きているので、流しとしても生きているのだけど、ガクンと来た状態では流しを使えないどころか、このままでは、重さで、いずれは、残りの一辺も割れてしまうことが起こる。当然、補修をするなり、入れ替えるなりのことをしなければならないのは、この期に及んでは、あっさり覚悟をしたんだけど、業者に入ってもらうまでは落ちてもらっては困る。運の悪いことに3連休。とりあえずの処置として、垂れ下がった流しを下支えする手を執らねばならないと一計を案じました。ゴミに出そうとしていた大量の空き缶を使うこと、それとの間には、蚊取り線香の缶で埋める、見事成功しました。これで落ちようがないようにはなったけれど、流しは使えるけど、水が飛び散る可能性は大。えらいことになりました。こういった場合の業者って、水廻りの専門ですよね、となると、ここ毎年お世話になっている業者に、また、お世話にならなきゃならない。「なんぼ、儲けさせるねん」と、思わず、叫んでしまいました。とりあえずは、火曜日に電話します。ついでに、台所の改装しようかなの気になっています。そのためには、また荷物の移動が要るけど、何とか、息子の支援なしでできるかな?
 そんなで、のんびり生活が一変でしたが、夕方のウォーキングに障りが出た以外は、普通の日曜日だった。ということは、「日曜美術館」を楽しみました。今日は、「伝統は冒険のために〜第68回日本伝統工芸展〜」というお題で、同展入選作16点、一挙、公開となりました。メモっておきます。①しんたにひとみ/乾漆銀平文はちす箱(6角形の模様に蜂、銀の板を繰り抜いた作品、正倉院収蔵品がモデル、作家は修復の専門家)②中村信喬/陶彫彩色「星河」(博多人形)③知念冬馬/琉球紅型着物「朧型・島唐辛子」(琉球紅型着物)④小宮康義/江戸小紋着尺「川蟬」(2羽の川蝉の組合せ、目を凝らさないと判らない)⑤小林佐智子/風通織木綿着物「青海」(最高の評価、波しぶきを表す、光から透けて見える様々な青が素敵、黄紺にも圧倒的な色合いに見えてしまった)⑥安達征良/硝子花入「五月雨」(硝子の内側に筋、雨の滴りを表す)⑦水口咲/乾漆箱「新雪」(見る方向で変わる色合い)⑧甲斐幸太郎/桜拭漆器「望春」(木工、足が付いていることで躍動感が生まれている)⑨三浦信一/黒檀嵌荘匣「深山彩」(季節の移り変わりを表す)⑩松枝崇弘/久留米絣着物「森の光」(最年少受賞者26歳)⑪高田和司/木芯桐塑和紙貼「蒼天」(鷹匠の人形、でも鷹はいない、鷹の舞う空を見る目、作家は仏師)⑫五十嵐誠/楓造彫装箱(5mmに満たない細かい模様)⑬近藤亮平/布目象嵌花文箱(作家は32歳)⑭羽石修二/窯変筒花器(のこぎりの歯で櫛目、ほろ酔いで製作)⑮林恭助/窯変流光彩深鉢⑯高橋阿子/蝋型鋳銅花器(蝋で型を作る、即興で形を取るおもしろさ)。これらの作品は、全国を巡回するそうです。京都には11月初旬に来るそうで、もう行く気になっています。
 午後の一時は、大阪府立環境農林水産総合研究所が配信している「第15回大阪湾セミナー」の2本の動画を視聴。専門家筋の動画かもしれないのですが、ちょっと横入りの気分で申込み、今日、視聴することになりました。「①平年値で見る大阪湾の環境変化」「②大阪湾で近年漁獲された珍しい魚たち」の2本でした。浅海定線調査報告というもの。今年は、「平年値」に変化が出るということのレポートのようでした。10年ごとの観測データを出している節目の年ということで、ここまで、30年間の10年ごとのデータ比較をしようというものです。表層と低層と、1つの項目に対し2つのデータを取っています。項目は、「水温」「塩分」「透明度」など。で、結論は、気候変動=温暖化の影響、及び、環境規制の影響を確認できたというものでした。②は、大阪湾では見られたことのない、ないしは、長年見られたことのなかった魚3種を紹介するものでした。いずれもが、大阪湾よりは暖かな海を、常なる棲家とする魚。これは判りやすい内容。四国南岸沖はともかくも、済州島近海を棲家とする魚まで現れたと言ってました。これはあかんでと思うしかない判りやすさです。これは、いろんな人にも見て欲しいな、判りやすいだけに、どうしても思ってしまいます。これらの動画は、さして長いものではなかったのですが、なんか、動画を観るの、疲れてしまった。と思うと、急に横になりたくなった。で、あとはお昼寝。うつらうつらしなからの1時間余、いい季節になってきているから、気持ちいいこと、この上なしでした。


2021年 9月 19日(日)午前 5時 41分

 昨日は、久しぶりにコンサートに行く日。場所がびわ湖ホールだったもので、開催は確認済みだったのだが、昨日の朝は、台風が近畿地方を通る日。JRが動くかが、そのため気になって仕方がない。最近は、計画運休とやらが流行っているので、これはまずいと、気になる。びわ湖ホールに行くには、JRを使うか、京阪を使うか、2通りの方法があるのだけど、京阪を使うと、運賃が高い。できれば、JRで行きたいのだけど、動かなければ話にならないので、一応、京阪で行く準備をしておいて、JRの運行状況を見ては、臨機応変に対応することにした。ダイヤ検索をすると、JRの方が20分もゆっくりと出ることができる。京阪は、コロナ禍で、電車本数を、特に週末は減らしているため、タイミングが狂うと、とんでもなく時間がかかってしまう。ただ、台風は、近くを通ったようだったけれど、勢いが、全くない。さほどひどくはならないで、治まって行った。そのタイミングで、JRの運行状況を見ると、湖西線のダイヤが乱れていたり、運休と出てたりするが、東海道線は何のコメントもない、ということは、心配など要らなかった、けど、最近のJRって、そないなことないはずと疑り深いが、信用することにしました。だって、外は平常に戻ってたので。で、その通りでした。ただ、東海道線は、「線路内に入った人がいた」とかで、遅れてはいましたが。
 そのコンサートは、「マーラー・シリーズ第2弾!」と銘打ったコンサート、別立てで、「沼尻×京都市響」と出ていました。このコンビで、マーラーを演奏していこうという試みです。台風かなんかで聴き逃した8番は含めないで、去年の4番から数えての「第2弾」のようです。コロナ禍のなかで、ホルンを8本揃える必要のある大がかりな曲を聴けるのは、ホント、夢のようです。しかも、オハル状態で。一応、びわ湖ホールの対応では、客席50%までの販売ということのようです。ですから、客席は空席が目立ちました。数で50%ですから、市松模様ではない客席というのが、びわ湖ホールの特徴。プログラムは、「マーラー:交響曲 第10番~アダージョ」「マーラー:交響曲 第1番“巨人”」の2曲。10番は、未完成ですから、補筆した完成稿もありますが、それは、マーラーの残したスケッチを基にはしていても、マーラーの作曲ではないので、黄紺は、アダージョで十分と思っています。そんなわけもあり、なかなか出ない。黄紺は、いつ、どこすらも覚えてない昔、確か、「アダージョ」を1度だけ、聴いているはずです。「巨人」は、マーラーの定番すぎる曲なんで、「花の章」を入れたりする変則版(こちらが原典だけど)なら、「巨人」を目当てに聴きに行くのだけど、まあ行かない。だけど、今回は違った。10番もさることながら、今、このご時世で、「巨人」を生で聴ける有難さは、何ものにも替え難いと思ったのです。だから、今回は、とにかく、1に「巨人」、2に10番ってところでした。長さの関係で、10番の方が先に演奏されました。10番は演奏したことないんじゃないのと突っ込みたくなる、腫れものに触るような演奏と言えばいいかな、よく言えば、丁寧に演奏しようとの心根が見えて来る演奏と言えばいいでしょう。おもしろくないのです、早い話が。何かがあって、こうだと感じられないものだったってことです。これは、残念の極み。それに対して、「巨人」の奔放さは良かったなぁ。沼尻さんと、オケの一人一人が、赤い糸で繋がっているような素敵な演奏。2楽章なんか、沼尻さん、指揮台で、ステップ踏んでたもんね。それに合わせて、弾むわ弾むわ、また、その音楽が感じがいいのでしょね、ステップに磨きがかかるというものでした。一事が万事、こういった雰囲気で進むものだから、聴きなれた「巨人」なのに、気持ちが高ぶっていました。ラストで、声、上げたくなったな、いい演奏でしたし、えらく京都市響が鳴ってたことは間違いありませんでしたから。
 びわ湖ホールの会場で、休憩時間、バルコニーから下のフロアを見ていると、かつての同僚が歩いているので下に降り、呼び止めてみました。コンサートで、ちょくちょく見かけるのですが、昨日は、ちょっと様相が違った。その元同僚が「大変なことに」と言い出したのですが、聞いてみると、癌が発見され、ステージも高いと言われたとか。もう止めてよの思いがしました。今年、それで、1人、友人を失くしてんだから。息子さんがプロの歌手を目指して、現在、外国の音大に留学中。いい成果を残してられるようで、黄紺も、その息子さんの舞台を、その元同僚の息子さんだから聴いたわけではないのですが、留学中の息子さんの様子を聴くのが、その元同僚と会ったときにお楽しみなんです。そういった、これから大きくなって行こうとしている息子の姿を追いかけたいだろうに、薄情な話です。今のところは、言われるまでは異変など考えもしなかったので、話していても、話として聴けていました。だけど、これだけは止めてよと、いくら叫んでみても詮方ありません。
 本日のウォーキングは、ほぼびわ湖ホールの往復だけといったもの。但し、帰りは、自宅最寄り駅の1駅手前で下車、且つ、お酒の安いマートに寄っての迂回コース。でも、普段の85%程度というところ。致し方ないですが、何か、やり足りないことを置いてきた、そないな感じがしています。外は、台風一過の特有の蒸し暑さ。でも、もう全体的に涼しいためか、さほど、大きな負担じゃなかったな、そういった意味で、台風自体の威力がイマイチだったってことでしょうか。


2021年 9月 18日(土)午前 6時 16分

 昨日も、朝からせわしなかった。一昨日同様、朝一番で、トルコのコロナ情報収集はいつものこと。そこへ、欧州リーグの試合があったものだから、その情報を収集。フェネルバフチェは勝ち越しのチャンスを逃したが引き分け、ガラタサライは、なんとラツィオに勝った! これは、驚いた。でも、よく見ると、ガラタサライの得点は、「お笑いゴール」。ラツィオのGKが、一人でにオウンゴール作っちゃった。贔屓目に観て、ガラタサライが無得点に封じたことは褒めておこう。その進捗具合で、午前11時10分上映開始の映画を観に行こうと考えてた。その映画、京都シネマでの上映は、午前中ばっかなものだから、こういう風に、黄紺の朝の動きにより、行けるかどうかが分かれてしまうのです。昨日がダメなら、火曜日と考えてたんだけど、その火曜日は臨時休館ということ、行ってから知ったため、結果として、昨日、時間ができて正解となりました。で、狙ってた映画は、マレーシア映画「夕霧花園」というもの。全編、マレーシアが舞台だし、原作もマレーシアで出版されたもの、制作もマレーシアだけど、監督や女性の主演は台湾、男性の主演は、日本人役ということで日本(阿部寛)という国際的なもの。主役の女性はマレーシアの華人という役柄だから、台湾で問題はないという仕掛けになっている。マレーシアの映画で、日本の戦争が噛む物語、そういったところに惹かれました。黄紺的には、日本のマレーシア侵出を扱ったマレーシア映画を、もちろん知りません。どのようなタッチの映画かも調べないで、その2点でだけ観に行ったところかな。すると、なかなかポイントが多く、筋立ても、サスペンスタッチで、謎解き的な要素もあり、エンタメ映画として観ても、おもしろい映画じゃないかな。ただ、扱われている素材は、なかなか生々しいものがあります。映画を前に進める要素に、日本軍の蛮行があります。慰安所、そこで、主役のユンリンの妹は働かせられ、敗戦が決まると、その慰安所から何から何まで爆破して日本軍は逃走。そこから、唯一逃げることができたのがユンリンという設定、それが、主人公の心の底に澱となり沈んでいる。そのユンリンが、1980年代、裁判官として出世するなかで、かつての恋人=日本人庭師がスパイの嫌疑をかけられていることを知り、その探査に当たるということから、物語はスタート。時代は、その1980年代、戦争の時代だから1940年代、それと、ユンリンと庭師有朋が出会う1960年代(でいいと思います)、この3つの時代を行きつ戻りつしながら、物語は進行。80年代の歳をとったユンリンと、それ以前のユンリンは、別の俳優が演じるのだけど、これが、全く違和感がない。これは、何でなんでしょうね、でも、お見事としか言いようがない。ユンリンは、自分だけ逃亡できてしまったという負い目と、妹に対するむごい仕打ちに対して日本を憎んでいる、にも拘らず、日本文化を表象するような有朋に惹かれています。きっかけは、妹が、日本の庭に魅せられていたという事実。この妹も、日本軍に痛めつけられても、一途に日本庭園の美を語り続ける。1つの個体に二律背反するものが潜んでる。ユンリンもそうだ。有朋もそうかもしれない。最終的には、スパイだった、それも山下財宝の隠し場所を作り、それを守るというスパイとしての顔と、その隠し場所を、ユンリンの身体に刻むという背反するような行動を執る。ユンリンに一目ぼれをしたと言うフレデリックも、その類に入るかもしれない。ユンリンにフラれ乍ら、ユンリンと有朋の思い出の場所を守り続けていた。主要な登場人物は、いずれもが、判を押したように、二律背反するキャラを、行動を持っている。まるで、「戦争」と「平和」の比喩のようである。「憎しみ」と「慈しみ」を、同時に抱えるキャラを登場させているところに、この映画の特徴があるように思います。有朋が庭師で、且つ、居残ったマレーシアの土地、しかも、キャメロンハイランドに日本式家屋を作り、庭園を造るものだから、この光景が異様というか、何とも言えない。ジャングルにそういったものを出現させているのですから。ロケはどのようにしたのか? まるまるオープンセットを造ったようでもあり、家屋内部は日本で撮影し、合成したのか、これが、とっても気になりました。それと、1960年代の場面で現れる、キャメロンハイランドにあると設定されているコロニアル建築は、見事。黄紺は、マレーシアの主要都市を制覇しながら、キャメロンハイランドは、個人では行きにくいので行ってません。ので、情報を持ってないので、キャメロンハイランドに実際にあるのか、他の場所にあるのか、とっても気になるほどの見事さです。マレーシアでは、何ヶ所もでコロニアル建築は観ていますが、その見事さは比ではないほど、素敵なものでした。そんなで、見どころ多数。考えどころも、しっかりとありで、映画としては、大変満足の逸品。若い人が多く、観に来ていたなぁ。阿部寛人気なんだろうか? それも、やたら気になってしまったのでした。
 昨日も雨。台風が近づいているからなのでしょうね。夕方のウォーキングは、雨が止んだかと思い出かけたら、途中、猛烈な降り。もう真っ暗になってた時間帯に、いきなりの激しい雨はいただけません。それも、急なる激しい雨に、いつも遭うところで。もう嫌になっちゃいます。


2021年 9月 16日(木)午後 11時 10分

 今日は、朝から忙しかった、慌ただしかった。朝にすることにしている、トルコのコロナ情報収集の時間がかかったこと、そこへ、いよいよ、ヨーロッパのカップ戦が佳境に入って来たから。チャンピオンズリーグに欧州リーグと、目白押しです。昨夜は、ベシクタシュが登場。現在のトルコのクラブでは、最も充実した選手構成と思われるベシクタシュでも、ヨーロッパの強豪相手ではきつい。はっきり言って、昨日のベシクタシュの試合が試金石だと思ってた。ここできついと、欧州リーグと位は下がっても、フェネルバフチェもガラタサライも厳しいと思っているので、あっさりと答えが出ちゃいました。ヨーロッパのマジェラが、年内に終わるかもしれません。で、それらの情報収集に頑張った。というのも、上手く情報収集をさばいて、午後は映画を観に行こうの魂胆。昼前のウォーキングに障りは生みたくないとなると、なかなかきつかった。でも、でけた。ということで、午後は、京都シネマで中国映画「大地と白い雲」を観てきました。内モンゴルの都市化と遊牧民の生活との対比がテーマだということで、気になっていた映画。でも、なかなか乗らなかったのだけど、まともな上映時間で観るなら、今日が最後だったので、そうなると観たくなってしまった。よく考えると、週初めだと、空いていたうえ、かなり自由に時間が使えたのに、そういったときは乗らなかったのです。で、この映画を観て、確認できたこと、最早遊牧なんてできない、やってない、牧畜です。土地に囲いが作られ、勝手に、他所の土地に入り、羊に草を食べると、問題になる。そういった時代に入っています。実際、それを解らせようとの配慮と思しき場面が用意されていました。しかも、移動は、車やバイク、その中での牧畜です。景色は遊牧感、たっぷりなんだけどね。トルコのアルダハン辺りで見かける光景とは、ちょっと違うな、そういった意味で。そういった変化の進む土地で、牧畜生活をする夫婦チョクトと妻のサロールの物語。夫のチョクトは、外の世界に憧れ、実際、草原での生活を離れ、外の生活を楽しみ、なかなか帰って来ない。一方のサロールは、この草原での生活を望み、夫の誘いには乗らない。この映画、それが繰り返されます。どこで変化をつけるのか、出口を見出すのか、それを、このエピソードでかと思わせられることが繰り返されます。中でも、サロールが流産をしてしまうとき、30年ぶりに故郷に、モンゴル語が解らない妻とともに戻って来る人を迎えたとき、スマホでの会話をしたとき、ようやく子どもをさずかったときなど、出口が用意され、それが実現されません。なかでも、最後のエピソードとなる、2度目の妊娠が判ったときに、チョクトが折れて、大団円に向かうのかと予想を始めていたら、思わなかった高みのラストが用意されていました。映画では、引き延ばして観る者には判らなかったのですが、チョクトは、2人目の妊娠を知りながら、外の世界に憧れ出て行ってしまう。しかし、その間に、子どもが産まれ、サロールは、草原での生活を捨て、町に移住していました。子どもを抱え、動物の世話をするなど、ありえない状況に置かれてしまったからです。不本意な移住をした後に、チョクトが戻ってきた家は廃屋になっていました。彼は戻る場所を失ってしまっていたのです。家という戻る場所、家族という戻る場所を。戻る場所、言い換えれば、モンゴル人としてアイデンティティを持ちながら、外に出ようとしていたことを思い知らされる羽目になったということですね。「そこまでのイマジネーション持てよ」との突っ込みは可能かとも思いますが、それほど、激烈に、モンゴル人の生活の様態に変化が生まれて来ているということなのでしょう。イマジネーションを超えた動きをしている、それが、内モンゴルの現状だと教えてくれているような映画です。中国映画が、エンターメントとして、社会問題を考えるということが、猛烈な速度で進んで行っているように思えて来ています。国際社会のスタンダードが進行し、それで、中国固有の問題に切り込んでいくと、今まで、そないなことがなかった分、視界はとんでもない広さで拡がっているように思えてなりません。とにかく、中国映画のエンタメとしての面白さに、興味津々となってきています。


2021年 9月 16日(木)午前 5時 55分

 昨日は、朝からお出かけ予定のあった日。アスニー山科での特別講演会が、午前10時開始だったもので、朝から、それを見込んでの動き。ベシクタシュのチャンピオンズリーグでの試合が一昨日だと思い込んでいたため、朝から忙しくなるぞの気でいたら、マッチは昨日でした。チャンピオンズリーグは、火曜日と水曜日の両日を使うので、勝手な思い込みは禁物。そんなで、余裕で時間は確保。トルコでは感染拡大が続いているのだけど、関係の記事は、対面式授業再開ネタが尽きると、ネタ切れ状態で、コロナ関連は少なめだということで、時間的には余裕となった次第。昨日の特別講演のお題は「蝉丸仙人説の発生と展開」というご当地ネタ。冒頭、「平家物語」の道行で、この辺りを通りかかったとき、「四宮河原」で蝉丸の話題が出て来るほどと言われたくらいのご当地ネタです。区域的には大津市内になるそうですが、逢坂山には蝉丸神社があるしと、やはり、ご当地。お話は、京都女子大学文学部教授中前正志さんでしたが、この先生、今どきの方ではない。真正面に座ったまま、用意されたプリント資料を持ち、それを基に、1時間半、しゃべり続けられました。真正面に座られたということは、一切、スクリーンの使用なし、全て口でプリントに書かれている箇所も言われるものだから、今どきではありません。大学で、学生さんたちを、きっと手こずらせてるんじゃないかな? でも、それと、内容の質の問題は別もの。1686年と言いますから江戸時代に入ってからの「本朝列仙伝」の「蝉丸伝」に「仙人」と出て来るが、平安末期の大江匡房の「本朝神仙伝」には蝉丸の名はなしということで、蝉丸を仙人とするはいつからかを追いかけようと、細かな史料の詮索話。あの喋り方、この地味な進め方に、よくぞ、居眠りをしなかったと関心なんだけど、でも、やろうとされていることは判ったので、ついていけたのかな? 1686年から、蝉丸と言えば、あの歌なわけですから、「百人一首」関連なものが多く出てきましたが、目星の付くところまで遡る作業。そういったなか、蝉丸仙人説は、3つの系統があることが判ってきます。それらが、「和歌関連」、なかでも「百人一首注釈書」を通じて伝えられていっていることが判っていきます。それが、「和歌」「百人一首」という枠を越えて広まっていくというのが蝉丸仙人説という流れだそうですが、仙人といえども、いずれもが、「どんな仙人?」という点には関心を示していないとか。蝉丸仙人説に連なる、もう1つの文言「行く処しらず」は、「本朝列仙伝」が初出だそうで、「仙人」と不可分の用法の語句だそうですが、それが、この蝉丸と関係あるとのご指摘。「古今和歌集」の中に「よみ人知らず」と記されている和歌に、後で「蝉丸作」とされているものがあり、そこに「行く処しらず」に類する語句が使われていることからの引用だろうとのこと。ここに「蝉丸仙人説」に関わる一切が揃うことになりました。非常に実証的な細かなお話、研究者は、こないなことをしてるんだと知ることができました。黄紺的には、蝉丸と言えば、かつて、山口昌男の書を読み、文化の読み解きのヒントをもらったときに素材としていたもの。山口昌男は能「蝉丸」を使っていたので、ならば、能にヒントが埋まっているはずと、能にのめり込んでいったものです。そういった思い出があるもので、蝉丸には反応してしまったのだけど、黄紺の関心とは違うところで、講演は進んで行きました。でも、ちょっとした豆知識はいただけたとは思っておりまする。
 昨日は、もう1つ、予定が入っていました。夜に、お馴染みのラボカフェで、「リアルとフィクションから語る駅・鉄道の新たな魅力」というお題のイヴェントを視聴することになっていました。昨日は、ゲストに鉄道ライターの杉山淳一さんをお迎えし、まずは、その杉山さんのお話を伺ったあと、カフェマスターのcontact Gonzo(アーティストユニット)、dot architects(建築家ユニット)、木ノ下智恵子(大阪大学共創機構准教授、アートエリアB1運営委員)の皆さんとのトークをするというものでした。黄紺は、杉山さんのお話は、最後まで聴いていたのですが、その後のトークで完全に居眠り。始まった途端、沈没、終わった途端、覚醒と、ふざけたことになりました。杉山さんは、陽気な鉄ちゃん、そういった人は、喋りたいことが溜まっているので、聴いていて、何やら圧倒されるものがあります。序盤は、杉山さん自身が攻略本を書かれているという「A列車で行こう9」というゲームのお話。大都市から、ある日、1本の鉄道が敷かれ、駅が生まれる。そこから、その周辺が、どのように変わっていくか、それを眺め、且つ、プロデュースできるというゲームソフト。それを作るためには、鉄道なり、駅なり、街作りなりのデータを、ゲームに組み込んでおかねばなりません。それが、この日のテーマにピッタリ。そこには、駅というものを見る目に、どのような知が詰まっているかが判るというものです。鉄道と街の活性化との関連で語られましたが、これは、鉄道の持つ力として語られ尽くして来たこと。それを、ゲームソフトにかこつけて言われているだけかなと、ちょっと使われている手は新しいけれど、それを支える知はかわらないぞと思っていたところへ、やはり、鉄の話は、鉄の目からしか見えない、言えない話になってくると、俄然、聴く立場の者はヒートアップ。鉄道を基点に、町の発展を加速するためにはとのトピックで、鉄道の運行の技術的な裏付けや、運行方法で操作できる、人の移動量の加速化をお話されたこと。鉄道を、単線から複線へ、更に、すれ違い設備、追い越し設備を作るだけど、運行方法が多様になり輸送量の増加が期待できるというお話は、そそられてしまいました。京阪電車で言えば、大阪方面から萱嶋折り返しや、枚方市折り返しを作ったり、特急や急行を作るだけで輸送量は増える、連結車両(途中で分離)進行方向逆転のポイント、退避できるプラットフォームなど、そういった手で輸送量増は可だというお話。「急行運転は輸送力を減らす」という話題もおもしろかった。スピードアップできた車両を投入すると、輸送力という点ではじゃまになる。でも、JR東日本では、それを承知で新車両を作っている。そして、旧い車両の速度のまま運行するのだそうです。でも、新車両ばかりになった途端、一挙に速度アップすることができるので、そこで、スピードアップを一斉にする。車両の交代が、10年余で行われている現在では、これが、輸送力アップのコツになっているとか。山手線や大阪環状線のように、利用頻度が高い路線での車両は、それだけ、耐久年数が短いだけに、この戦略を採っているとか。なりほど、解る、おもしろい! 駅は人を集めるばかりか、そういった人たちのコミュニティの場。駅の持つコミュニティ機能のお話です。国鉄時代は、民間の経済活動の邪魔になってはいけないということで、商業活動は、ごく限定的だったということです。制約が多かった。商業・情報センターとして、様々な活用がされているお話へと移りました。駅ナカのトピックは、以前、このラボカフェで行われましたが、ここでも、その話題に。駅ナカは、商売優先話だったと記憶してますが、ここでは、様々な活用法が紹介されました。その行き着く先は、「駅は街の中心にあって活用され、鉄道機能がなくても残る」という姿。鉄道機能がなくなってもコミュニティの拠点とした姿が残るというわけです。現に、無人駅、鉄道機能がなくなった駅の活用法が紹介されました。切り口が変わると、扱われる材料が変わり、お話自体が新鮮になりました。


2021年 9月 14日(火)午後 10時 18分

 今日も雨、これが、夜半から降り出し、雨音も、さほど強くなかったものだから、朝になると止むだろうと思っていた。確かに、霧雨のようになり、一時は傘なしでも歩けたけれど、長くは続かなかった。結局、日がな一日、まるまる雨の一日。腹立つわぁ、ホント、雨が、よく降る。お出かけしようと思うのなら、行きたいところがないわけではないけれど、どうも腰が重い。家で、あれをして、これをしている方が、おもしろそうに感じてしまうものだから、止めてしまう。ま、止めれるわけだから、その程度の関心なのでしょう。でなかったら、黄紺の性分では出かけるはずだと思ってます。となると、雨の中、ルーティンにしている日に2回のウォーキング、やりました。昼前は、うまく屋根付き公園を組み入れ、読書もし~ので、普段の状態をキープできたけど、夕方は、見通しが甘かったな。思いの外、雨脚が強かった。途中修正も可能なように歩き出しながら、その修正可能な場面で、見通しを誤ってしまった。いつでも戻れる円環コースに入らないといけないのに、大丈夫と看て、直線コースに入り、どんどんと自宅から離れ出したものだから、異変に気付いたときは修正不可能。思いの外、細い雨じゃなかったので、ズボンがぐっしょり。さすが、夕方からは、短パンを止めてのウォーキングだったけれど、膝の下が、やたら重くて、脚にくっついて来ている感を感じたときには手遅れでした。もう、後半は、膝から上も雨に濡れて、更にズボンが重くなってしまってた。明日の午前中、そのズボンを穿いて出かけるつもりだったのだけど、ほぼアウトでしょう。この天気じゃ、乾きそうもない。その犠牲があったことで、曲がりなりにも、日に2回のウォーキング、いつもと同様の時間、やっちゃいました。こんなの自慢にも、何にもならないわ、もう、サイテー、です。
 午後の一時は2本立て。1つ目は、昨日、「日曜美術館」で青木繫という作家を知り、久留米市美術館に辿り着いたところ、この美術館、YouTubeを使い、主たる所蔵品を、短い解説を字幕で流しながら紹介していることを知りました。他のミュージアムでもやってるだろことですが、ちょっと見をすると、ここの動画、えらく可愛く、且つ、コンパクトに仕上がっており、楽しめそうだと発見。1本が5分を超えないように作ってある。更に、切り口を作家単位にもしてあり、きっかけとなった青木繫は、当然のように、名が上がってます。てなことで、これを観て行こうじゃないかと考えたのです。今日は、その第1弾というところです。〇数字は、何本目かを表しています。一応、通し番号が動画に付いているので、それに合わせてメモっておきます。今日、視聴したものです。①坂本繁二郎/放水路の雲(雲が主役)、海老原喜之助/雪中猪(ブルーで雪景色、猪が可愛く見える)、児島善三郎/ミモザその他(その他も花、溢れた感がいい)②高島野十郎/蝋燭(蠟燭1本、ゆれゆれ揺れる炎)、牛島憲之/樹(青空をバックに淡い緑)、須田国太郎/阿蘇外輪山遠望(地獄温泉)(手前が暗く遠景が明るい、そこに外輪山)③「風景」梶原貫五/朝の牧場、坂本繫二郎/夏野(雨上がりの雲が独特、そこに虹、16歳の作品)、瑛九/黒の中の点④「風景」床次正精/富士、坂本繫二郎/ヴァンヌ風景、吉田博/風景⑤「反射する光の表現」森三美/農夫(道と木がシンクロしてる)、藤島武二/日月潭(台湾の淡水湖)、高島野十郎/ぶどうとりんご(1粒ずつから光)⑥「包み込む光の表現」古賀春江/中州風景(夜)(100年前の福岡の風景)、北島浅一/鳩(光に溶け込む淡い風景)、青木繫/帰漁を待つ母子(夜釣りの帰りを待つ、海の幸と同年の素描)⑨「青木繫1」海(布良海岸での作品)、海景(円光寺板戸)(海の幸の翌年、焼け釘で描く)⑩「青木繫2」天平時代、月下滞船図。
 2本目は、ご無沙汰のオンライン配信でのオペラ視聴としました。コロナ禍の制約のもと、上演されたプロダクションは、制約を多く、どうしても興趣に欠けるきらいがあり、避け気味だったのですが、そういったカテゴリーに入るものをピックアップしてみました。ローマ歌劇場の「イル・トロヴァトーレ」(ロレンツォ・マリアーニ演出)です。野外の公演でした。ローマ歌劇場と言えば、カラカラ浴場での野外オペラを上演するのですが、舞台の背後を見ても、それらしきものは見当たらずで、どこでやったのかは不明ですが、野外公演には変わりはありません。ディスタンスを考えてのプロダクションなものですから、コンツェルタンテとまではいかなくても、それに少し毛の生えた的なプロダクション。装置として使われるのは、椅子、長机くらいじゃないかな。それで、ディスタンスを考え、動きは制限、元々、ディスタンスを取って舞台に出てますから、コンツェルタンテみたいとなちゃいます。「またか」と思うと、居眠り、これも定番。そういった予想が立ちながら、これを選んだのは、ルナ伯爵をクリストファー・マルトマン、マンリーコをファビオ・サルトリが歌うとなっていたからです。でも、居眠りをすると、その歌唱もボツになっちゃう。だからと言うので、かなり元に戻り、再チャレンジ。でも、また、居眠り。また、アズチェーナが若い歌手(クレマンティーヌ・マルゲーヌ)ものだから、アズチェーナとレオノーラ(ロベルタ・マンテーニャ)と混同してしまうお粗末。「声域が違うだろ」と、自分に突っ込んでしまってました。


2021年 9月 14日(火)午前 6時 50分

 昨日も、お出かけなしの一日。映画でも観に行こうかと考えなくもなかったのだけれど、行くなら、他の日に回そうという気に、なんとなくなってしまい、何の変哲もない一日になってしまいました。雨にもたたられることはなく、朝昼の寒暖の差が大きく、めっきり秋めいた一日というところかな。昼前のウォーキングは、日本酒パックの安いマートに行くため、普段は使わないリュックをしてウォーキング。そこにお酒を入れて帰ろうとの魂胆です。最近、リュックを使うのはこのときだけ。あとは、肩掛けの布製のカバンが定番となっています。昔は、これが多かったので、久しぶりというところです。ぼちぼち、夕方のウォーキン後には、Tシャツの着替えも要らなくなるのじゃないかな、夕方は、それほど、爽快で、いい環境になってきています。
 午後の一時は、昨日は2本立て。まず、1つ目は、「山桃忌」記念シンポジウム「柳田國男と“海上の道”」を最後まで行きました。一昨日の続きということで、3本目の報告から。「“文化不毛の地・播磨説”と柳田國男、そして今」(松岡秀隆/僧侶)があったあとは、報告者3人と司会の方とでトークがあるというものでした。松岡さんは、柳田の行動の記録を基に、人となり、スタンスといったお話だったのですが、結論めいた「詩人性」や「特異な感受性の持ち主」と言われれば解るのですが、その証左として上げられる行動や、関りのある人物を上げられても、こちとら、さっぱり理解できなくてギヴアップ状態でした。シンポジウムになると、どうしてもそそられるのが、回遊魚絡みのお話。そこで、それ限定でメモっておきたいと思います。「石見から佐渡へ/技術の移転、漁の仕方が伝わった、それは漁師を連れて行ったため」「鉱山労働者の蛋白源として、世界的にシイラを看ることができる」「シイラを取っていることが男の誇り、これは地域的拡がりのある文化」「島が島らしく生きていくためと架橋の課題」「離島振興と橋は密接だが、橋には、吸い出し効果があり、人も、文化も出て行く」「釣り針の移動と、魚名の移動、科学的な分析(遺伝子)が一致」「そのような総合的な探求、柳田が生きていたらはまるだろう」、、、こんなところかな。「山桃忌」って、毎年あるんですね。こうやって、コロナ禍のため、オンライン配信で接することができたわけで、知らなかった世界、見せていただけたわけで、思わぬコロナ禍のおいしいところとなりました。
 もう1本は、昨日も、ネット上にアップされている「日曜美術館」からピックアップ。「青木繁〜文人たちの愛した画家」を選びました。没後100年と言ってたので、2011年の放送分です。MCは千住明の時代。青木繫、知らなかった。そういった人を優先的にピックアップしています。必然的に日本人作家中心となってしまってる。28歳で夭逝した作家、それまでに評価され、また、評価されたため、作風を変えると、今度は外される。だが、漱石らは、しっかりと受け止めていたという作家だそうです。というのも、漱石はイギリス留学の経験があるため、当時のイギリス、彼の場合はロンドンですが、当地で、流行りの作品を目にしていることもあり、青木繫に目が行ったようだと、解説が入っていました。「ラファエル前派」、これも知らなかった、ロセッティ「プロセルピナ」、ミレイ「オフィーリア」が紹介されていましたが、そういった作風に触発されたような作風、それが評価されなかった方。でも、漱石は理解したってことです。取り上げられた作品をメモっておきます。①海の幸(裸の男たちの群像、最高に評価された作品、房総で描く)②わだつみのいろこの宮(古事記の世界を描く、出展時酷評、しかし、漱石が「それから」で評価)③黄泉比良坂(古事記から生と死と言えばあれ、蒲原有明/象徴主義の詩人が衝撃を受ける)④大穴牟知命(古事記から、母性の偉大さを描く)⑤月下滞船図(風景画、筑後川の畔を描く)⑥漁夫晩帰(穏やかなタッチ、「海の幸」とは好対照)⑦秋声(これを最後に中央画壇と切れる)⑧朝日(最後の作品、唐津は海の方角に朝日は見えないが海と朝日を描く)。時系列的には、①は③のあと、②は④のあと。⑤以後が、久留米に戻り、九州放浪時、そして、行き着いた先が唐津だった。「古事記」に取材している作品が多いというのが特徴。ヨーロッパの絵画が、ギリシア神話に取材しているのと似ているなの印象です。明治という時代に、どのような絵画が流行ったかすら知らない黄紺ですが、少なくとも、青木繫は、古事記に取材した作品、その一方で、「海の幸」の力強さが、当時の画壇に衝撃と、受け入れがたい斬新さを持っていたことは覚えておかねばならないと思っています。そういった作風と比べると、久留米に戻って以後の作風の、何と、穏やかなことでしょう! 尖っていたものが取れたような、そういった作風。もう少し長生きしていたら、落としどころはどこだったのか観てみたい気にはなりました。視聴を終わってから、確認の意味で、ウィキペディアで調べてみて、びっくり。青木繫の孫が石橋エータローと出ていたからです。この系譜にも物語があるようですが、思わぬ名前が出て来た衝撃は、半端じゃなかったなぁ、びっくりしたなぁもう!!


2021年 9月 13日(月)午前 6時 5分

 昨日は、お出かけなしの日曜日。ま、日曜日と言っても、普段と変わらない日ですが、黄紺的には。昨日は、雨は降るなんてことを考えてなかったら、また、降った。昼前のウォーキングの途中、あれっと思うと、雨粒が落ちてきていました。雨雲レーダーを見ると、先日、酷い目に遭ったときのような状態だったため、引き返しにかかったけれど、昨日は、家に帰り着いてからは、ちょっと雨脚が強くなっていたけれど、ウォーキング中は、降っても小雨だったので、結局は、通常通りのウォーキングになったけれど、自宅からは離れないようにだけは歩くようにしていました。おかげで、買い物に誤算が生まれたけれど、これは仕方ありません。夕方のウォーキングは、曇天だったけれど、雨には遭わなかった。それにつけても、雨が多い、多すぎます。
 日曜日の楽しみと言えば、「日曜美術館」の放送。昨日は、通常の放送ではなく、BSで放送されたものの再放送。おかげで、普段は観ることがかなわないBSの番組を観ることができました。「ルーブル美術館(2)永遠の美を求めて」が放送されました。19~20世紀の収蔵作品から幾つかが紹介するというもの。冒頭が、①ドラクロア「民衆を導く自由の女神」だったので、「その路線なのね」と判断したのですが、その後が違った。おもしろい切り口でした。しかも、19世紀後半の、著名なフランス絵画は出て来ないで、この時期の空気を代弁する作品だけではなく、この時期に、ルーヴルに収蔵されたもの、新たに発見されたものが並ぶとともに、時代の空気も表すかのようなラインアップに好感。いいもの見せていただけました。その作品群をメモっておきましょう。②サモトラケのニケ(言わずと知れた、ヘレニズム期最高の逸品、1863年にフランス人が発見したもの、土中から出て来たバラバラのものを復元したのが、現在の姿)③フェルメール「レースを編む女」(19世紀後半、ルーヴルに収容、レースを編む手元がクリアに描かれ、編む女の心のありかが見えてくるよう)④アンゲラン・カルトン「ヴィルヌーヴ・レザヴィニョンのピエタ」(15世紀の作品、1834年見つかったもの、老婆のようなマリアが目を引く)⑤テオドール・ジェリコー「メデューズ号の筏」(無名の見捨てられた人たちが救いの船を待つ姿、実話に基づく作品、画家の言葉“真実こそが美である”)⑥ドミニク・アンリ「トルコ風呂」(のぞき穴から見た雰囲気で、ハーレムの女性を描く)⑦ジョルジュ・ダ・トゥール「ダイヤのエースを持ついかさま師」(宗教戦争時代の作品、第1次大戦後、注目を浴びる、欲望のために他者をあざむき、騙す姿は、20世紀の人間の闇を表すと評判になった)⑧グレゴール・エアハルト 「聖マグダラのマリア」(ナチスの侵攻でルーヴルは作品を避難させるため、各地に隠したが、ナチスに奪われた作品)。19~20世紀の作品、その感性で同調されるような作品に、長らく興味を示してこなかったため、解説を入れて作品が紹介されると、いずれもが新鮮です。今更ながら、関心を示さなかったことを反省です。
 昨日は、腰の痺れが酷く、午前4時過ぎには起き上がってたこともあり、午後になると、さすが横になりたくなり、昼寝へ。でも、昨日も、実際には眠れてなかったと思います。結局、起き上がり、時間があったため、先日来より観ているYouTubeに配信されている動画を視聴。「山桃忌」記念シンポジウム「柳田國男と“海上の道”」の続きです。お時間に合わせて、昨日は、シンポジウムに先立つ2つの報告を聴きました。①「柳田が島学・島に残したもの」(長嶋俊介/鹿児島大学名誉教授)②「“海上の道”と魚利用の文化」(橋村修/東京学芸大学)の2本です。①は、佐渡への海上の道を取り上げられていました。海流や風に乗り島伝いに人とモノの移動です。それとともに、柳田國男のスタンスを、「地域の境」を超える目、それも、「生死」「自然と生きもの」の境を超える目と表現されていたことに首肯できるものを感じました。②がおもしろい視点です。こないなことを研究対象にされている方がいるんだと、目から鱗の印象。回遊魚を追いかけることで、その行き先の、同じ魚に対する感性、採収、調理、祈りなどを比較対照する、そういった研究です。橋村さんは、なかでもシイラという回遊魚に着眼され、海上の道を辿っておられる方。その視点は、柳田國男のそれと重なる、とってもおもしろいものでした。シイラの場合は、日本近海だけではない海域にまで回遊するので、それも追われていました。その跡は、まるで、柳田國男の「宝貝」の地図に重なるとも。まだまだ続く、このシンポジウム。報告も、まだ1本、残っています。それから、オンラインでの意見交換と続くことになっています。たっぷりと、楽しませてもらっています。


2021年 9月 12日(日)午前 5時 51分

 昨日は、お出かけなしの土曜日。久しぶりに、「ブラタモリ」の新作が出るというので、それを楽しみにしていた日。お出かけなしとなると、日に2回のウォーキングは、いつも通り。夕方なんか、涼しくなってきているのに、ウォーキングの最後できつくなってきている。1日の歩数も、徐々に減ってきているのと併せて、やはり体力の退化は否定できない事実のようです。ウォーキングがきついと、例えば、オペラ紀行に出かけても、昼間の空き時間、うろつくと体力を消耗してしまうことに繋がるので慎まねばならない。となると、昼間は、ホテルで寛ぎ、ビールでも飲んでればいいのかもしれないけど、暗いなと思うから、第一、身体に言い訳がないので却下してしまうと、そもそものオペラ紀行が成り立たなくなってくる。やはり、根本的なところで終わった感を認識せざるを得なくなってきているようです。
 昨日は、お出かけはなかったのだけれど、オンライン配信の楽しみは確保してあった日。毎度、お世話になっているアートエリアb1からの配信「ラボカフェ」の配信があったのです。昨日は、「ハイドンマラソン、振り返り企画<第2弾>」として、日本センチュリー交響楽団副首席コントラバス奏者の内藤謙一さんと日本センチュリー交響楽団ホルン奏者三村総撤さんのトークがありました。ということで、ハイドンの交響曲の中から、お二人の使われている楽器にシフトしたお話を聴くことができました。なかでも、各々の楽器が成長過程だった頃に、ハイドンは活躍していたようですので、楽器に対するスタンスのようなものもお聴かせいただけたと思っています。ハイドンの交響曲の中には、コントラバスのソロがあるということで、7番「昼」の3楽章のトリオを聴かせていただけました。7番は、ハイドンの交響曲でも一押しの作品、黄紺的にはですが。そこから、ハイドンが用いていたコントラバスは、現在のものとは異なる古典楽器というお話へ。ハイドン時代は、今のとは弦の調整が異なり、開放弦でDdurとなる。また、5本の弦の内3本を選ぶと、短調の調性にもなっているというもの。シューベルトの作品も、旧い楽器を想定しての作曲となっているようで、ベートーベンの第9は混合だそうです。また、ハイドンのオケにはコントラバスは1人だけ、いつもソロ、ヴィオラ、チェロも1人という場合が大きく、他と同じパートを弾くことが多かったそうです。ベートーベンの「英雄」もそういった箇所があると、お二人で話題にされていました。次いで、話題は管楽器のソロ。ソロ楽器として使われるのは、オーボエがメーン。圧倒的にメヌエットのトリオに使われることが多いそうです。管楽器のソロと言えば、フルートは音程を合わすのが厄介。この楽器も発展途上ですものね。フルートは木管楽器という区分だし、縦型が横型になったし、複雑なキーが付いていったしと、このトピックは有名なもの。しかも、おもしろかったのは、地域によりピッチが違った。この調整が、フルートで対応するのが生半可ではなかったからなようです。ということで、まずは、オーボエのソロが入る9番3楽章と38番3楽章、フルートも1曲90番2楽章。フルートの場合は、緩徐楽章にソロが入ることが多いそうです。ハイドンのスコアには入っていないチェンバロの挿入の話題。これは、マエストロ飯森さんのアイデアだとか。通奏低音的に和音を決めておいて、メロディは即興で弾くという、当時の流行りを挿入したというもの。70番4楽章が紹介されました。最後のソロ楽器は、三村さんが、自身で持ち込み、時にはお試し吹きまでされてのホルンがネタになりました。まずは、73番「狩」4楽章を聴くことからスタート。題名付きから判るように、狩で使われるホルンの様子を再現したもの。で、当時の貴族がスポーツとして嗜んだ狩の話題から、そこでは、伝達手段で使われたホルンがあった、遠くまで届くことが必要だったホルンが。そこで、ホルンという楽器も発展途上だったというお話へ。複雑なロータリー部分が加わるモダンホルンが生まれるのが1815年、それ以前は、調性に合わせて、管の長さを調整していたというややこしさ。しかも、使われ方が、狩仕様だから、強く吹いていた。それがハイドンの時代。モーツァルト、ベートーベンでは、管に右手を入れる奏法が定番になり、音程の調整もでき、且つ、音色もマイルドになっていったそうです。ま、今の演奏法ですね。ハイドンの場合は、右手を入れない、入れている場合もあったかもという端境期だそうです。楽器が変化を遂げるのは、産業革命の影響があったのだろうということです。これは、管楽器だけではなく弦楽器に対してもあったとか、そう言えば、ピアノは、ベートーベンの時代に、しかも、ベートーベンの後期に今のピアノが完成するわけですからね。有名な話だけど、ベートーベンの32曲のピアノ・ソナタは、ピアノの成長過程に対応していると言われますよね。社会も変化、聴く者の変化もある。となると、作曲家も作曲法を考える、新たな変化に対応する曲、作曲技法が開発されていく、で、やがて、ワーグナーに至るというわけですね。こういった大きな話へと、最後はなって行きました。これは含蓄のある、素敵な話題。いいお話を聴かせていただけました。
 夜は「ブラタモリ/松本編」。国宝松本城、黄紺も行ったことがあります。国宝の城5つの内、行ったことのあるのは、ここと松江城だけ。あとの3つ、この2つより、かなり京都寄りなのに行ってないのです。姫路城、彦根城、犬山城ですね。「ブラタモリ」で城が出て来ても、天守閣には入らないのが定番なんだけど、この松本城もそうだった。にも拘らず、今や危なくて入れない伏見城には上がっている、但し、こちらは再現もの。松本城の周囲を古地図を手にぶらつく、「ブラタモリ」本来の姿が続きました。水が豊かであることの確認です。となると、なぜそうなのかという、定番の自然地理の世界へ。複合扇状地、これが、今回のトピックでした。扇端部に水が出て来るという話ですね。それが、2つ重なったというのが複合扇状地。道の話題も大きな柱。善光寺街道と野麦街道が交わり、中山道にも近い、それに導かれて、武田の軍勢がやって来た。糸魚川~静岡へ続く断層が、ここでも登場。松本盆地を俯瞰して見ると細長いのが判ります。ここの盆地が、この断層線に沿っているということですね。ついでに、大糸線に進んで欲しかったな。次は、淡路島だそうです。となると、またしても断層だ! 阪神淡路大震災でできた断層、あすこ、確か、博物館になってるんですよね。生々しい活断層の姿、見せてくれるのでしょう。「国生み」の神話もあるし、能「淡路」の世界ですが、これもネタになるのでしょうね。


2021年 9月 11日(土)午前 7時 31分

 昨日は、かなりせわしない一日。朝からアスニー京都に出かけ、それが終わると、取って返して、オンライン配信を視聴するというもの。これが終わったのが、午後3時40分、ここで、ようやく一息がつけました。まず、朝からのお出かけは「アスニー特別講演会」。昨日は、立命館大学の本郷真紹さんが講師で、「日本仏教の形成 ―聖徳太子から最澄へ―」というお題のお話を聴くことができました。日本史に疎い黄紺には、こういったフェードアウト気味のテーマの方が合ってるかもと、楽しみにしていたもの。ただ、時間の関係で、最澄どころか、桓武天皇ですら、満足にはいけなかったのですが、大変熱のこもったお話に、ついついそそられてしまっておりました。仏教の受容・展開というのは、時代時代の政治状況とは密接不可分だった。日本書紀は、中国の史書同様、勝ち組の認めた歴史だった、こういった、ある意味では、歴史を読み解くのには当たり前だったことを組み込んでいくと、古代史に新たな地平が浮かんで来るというお話でした。十七条憲法の有名な字句「和を以て貴し」の「和」は、「乱れていた世界が和む」姿を表すもの。ということは、太子の時代は、物部氏、蘇我氏といった豪族が争った時代、それを和ませる役割が仏教に帰せられたことではないか。太子は、天皇に、法華経を進講する人だから篤信家であることは間違いないのだろうけれど、まずは、朝廷内の対立を和ませるため、仏教を活用したのだろうということでした。極めて政治的な意味合いでの仏教の受容となります。太子直系の上宮王家の滅亡も、権力闘争。「皇統の統一」と「皇族財政産の接収」を目的に行われたと言われていました。蘇我氏一味に後の孝徳天皇が加担していた可能性もありとの見解でした。日本書紀は勝ち組の歴史ですから、このあとの皇統の認めたものだから、この間の、法隆寺や四天王寺の記述が消えているということです。国家仏教への萌芽は、国際関係が関わっている。壬申の乱に至る国際関係、朝鮮半島情勢の緊迫が、国内の引き締めに使われた。天皇中心とした中央集権化の方策に仏教が活用された。外に目を向けさせ、国内を引き締める、いつに変わらない手だと日中戦争を例に引いてのお話は、解かりやすい。律令国家体制の確立に、仏教が活用されていく姿を、仏教内部のお話も含めての解説でした。更に、天平仏教の充実に欠かせない人物が、藤原光明子。疫病(天然痘)蔓延を背景にというか、それを利用して仏教国家体制の強化が図られていく。東大寺が創建される時代です。国家体制としては、国分寺&国分尼寺が、王権の象徴として各地に造られていったとなります。そこへ、鑑真の来朝。鑑真は、このとき、天台宗関連の経典を持って来朝しているということで、最後の最澄のネタふりだったのですが、この辺りで、ほぼ時間切れ。ほとんど、頭に残らない形で、神仏混淆、桓武の悩みなどが触れられましたが、既に時間オーバー、でした。最澄まで持って来れば、鎌倉仏教までを見通せるということは、「ブラタモリ/比叡山編」で覚えたこと。鎌倉仏教の祖となる主要人物が、比叡山で、皆さん、修業を積んでますからね。でも、この講演はおもしろかった。でも、お題の設定が大きすぎました。聖徳太子と最澄は、200年違いで亡くなっているということで、アニヴァーサリーが来年だそうで、この大がかりなテーマが生まれたそうです。この2人をテーマにした公開講演、確かに、去年から増えて来てますよね。
 急いで帰宅。でも、10分延長されたことが大きく、午後の部の開演までに帰れたとしても、昼ご飯を食べれるか心配だったのですが、狙いの韓国即席麵作る時間、辛うじて確保できました。で、午後は、オンライン配信での「関西健康・医療創生会議シンポジウム 2021/ウィルスと人間社会」を申し込んでありました。その主なる内容は、次のようなものでした。①基調講演「ウィルスと生きる」(座長:橋本信夫/NPO法人「関西健康・医療学術連絡会」理事長/神戸市民病院機構理事長、講師:松浦善治/大阪大学感染症総合教育研究拠点 拠点長/大阪大学微生物病研究所特任教授)②鼎談「コロナウィルス・パンデミック時代を生きる」(岸本忠三/大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任教授、松浦善治/大阪大学感染症総合教育研究拠点 拠点長/大阪大学微生物病研究所特任教授、井村裕夫/関西健康・医療創生会議議長&日本学士院長)。目玉は、松浦さんによる、コロナ解説。ウイルスと細菌の違いから説き起こされたので、これはいける、黄紺にもついていけると思い聴き始めました。新型ウイルス、その感染の仕組み、ワクチンの開発、なかでも、mRNAワクチンの仕組みと展開。お話は、とっても基本的なことの紹介といったものなのですが、細胞の構造のお話に、当然入って行くわけですが、これはあかんね。どこの部分を切って、繋いでとかってお話になって来ると、聴きなれないことなものだから、あれれれという感じ。おまけに、タームが英語で出て来て、且つ、それが多いものだから、接続詞や助詞だけが日本語になっていくから、さっぱり判らない。思わず、昔、韓国の博物館で観た李朝期の文書史料を思い出した。ほぼ漢文の中に、接続詞や助詞だけがハングル表記になってるあれを。あのときは、逆に解ったけれど、今度は、解らないパターン。終盤は、さすがの居眠りしてました。鼎談では、岸本さんが、ちょっとアブナイ雰囲気、今どき、言葉を選ばないで喋る学者って生き残ってんだの空気を出すものだから、傍らの松浦さんは半笑い。でも、この人、大変な学者でした。関節リュウマチ用薬品「アクテムラ」の発見者だそうで、それが、コロナに有用であるお話が出ていました。また、松浦さんは、「ワクチンのハイブリッドな使用法はあり」だとの見解を出されていました。このシンポジウム、YouTubeにアップされるようだと、松浦さんのお話の居眠り部分が、解らないだけじゃないかどうかだけはチェックしておきたいのですが、司会の方がアップするようなことを言われていて、今のところ未確認です。
 この配信が終わったのが、午後3時40分、ようやく、時間に追われることから解放。そないな1日だったけれど、この京都アスニーへの往復は、結構歩くので、夕方のウォーキングと併せれば、1日のウォーキング量を確保。でも、疲れていたようで、さすが、夜はPC画面を前に眠ってしまってました。


2021年 9月 9日(木)午後 10時 49分

 昨夜は、強い雨が降り続き、その雨音を聞くだけで、憂鬱な気分。朝には、なんとか止んではいたけれど、一体、どれほど降るのでしょうか? 気候変動の1つの現象なのでしょうね。今日は、午後にお出かけが入っていたので、あまり昼前のウォーキングに時間を取れないかと思っていたのだけど、トルコのコロナ情報収集が、さほど薄くはなかったのだけど、うまくさばけて、1時間ちょいを確保。いつもの昼前のウォーキングの7割以上は確保できました。時計を眺めながら、戻る時間に合わせてのウォーキングでした。
 午後のお出かけは文化パルク城陽。こちらのプラネタリウムでは、そのスペースを活用して、イベントが、結構、開催されてんだけど、黄紺は、その中から、落語と浪曲には、都合がつく限りでは行っています。緊急事態宣言で、2度、延期と中止になったことがあったので、今回も心配だったのですが、今日は開催。どうも、ダブル・スタンダードだから戸惑います。HPへの掲載もずさんなものだから、うろうろさせられました。でも、実施、それはそれで嬉しい。だから、気持ちよく開催して欲しいんだなぁ。で、今日は、「京山幸乃浪曲の会」がありました。いつものように、三味線は一風亭初月さんで、浪曲2席に、間をプラネタリウム解説が入るというもの。演目は「河内十人斬り/おやなの別れ」「雷電と八角」でした。この会では、ネタ下ろしを必ず入れるとのことで進められているのですが、今日は「河内十人斬り」。師匠の幸枝若や兄弟子の幸太のお二人がよく取り上げているネタです。でも、こういったお話は、長いものを切り刻んで出される。そこへさして、浪曲の刈り込み、ええとこどりが入るものだから、どうしても、単発ものは弱くなってしまう。全体像が解っている人には、切り刻んでも解る、でない者は「どうなってんの?」と突っ込んでしまう。ネットで調べると、「河内十人斬り」は10段構成だそう。その中に、確かに、「おやなの別れ」はあった。2人の主人公の1人が、妹に会いに行くだけの話だったというのが、今日の口演を聴いたときに感じた率直なところ、「だから、やらないんだ」とは、ディープな演芸ファン氏と交わした言葉。でも、ここを取り上げるということは、筋立てをきっちり解っている者には意味があるんだろうな、深い味わいてなものがあるのだろうなと、半分突っ込み気分で聴いておりました。2つ目の「雷電と八角」は、講談からの移入もの。浪曲でも、東西を問わず、ルーティンと言えるほどのネタ。やはり、おもしろいから、そないな拡がりを持つのでしょう。幸乃さん、初舞台のネタだそうです。幸太くんの開いている加古川の舞台だったそうです。黄紺も、幸乃さんを、一心寺で初めて聴いたときも、これだったと記憶しています。小野川部屋で相手にされなかったエピソードは、谷風から、初戦の相手が八角だと知らされたところで入ります。旭堂の講談では、小野川で小物扱いをされて辟易とする場面が冒頭に入ってから谷風を訪ねるとなるのですが、時系列を覆した構成になっています。どっちがいいのでしょうか、黄紺には判断がつきかねているところです。そして、幸枝若恒例で、雷電と八角が組み合ったところで切り上げられますが、講談では、組み合うどころか、いきなりの張り手で、八角はあの世送りになってしまいます。そして、締めで、雷電が、生涯、横綱を拒んだわけとされるトピックになりますが、変なところで、切り上げましたから、そこは、当然、出て来ないというもの。幸乃さん、慣れたネタということもあり、「河内十人斬り」に比べると、声も安定。自信を持った口演だったと看ました。今、コロナ禍のなか、黄紺的には、生で浪曲を聴ける唯一の機会です。そういった意味で、ホント、ありがたい会です、と同時に、京山幸乃という1人の浪曲師が、修業期から羽ばたく様子をリアルタイムで観れるという場になっています。


2021年 9月 9日(木)午前 6時 59分

 昨日は、お出かけなしの一日。今日こそは、天気は大丈夫だろうと、勝手判断がいけなかった、思い込みはいけません、また、雨が降りました。びっくりしたのは、昼前のウォーキング。思いの外、曇っていたけれど、雨は想像だにしなかったけれど、出発をして10秒で、雨が降ってきた。思わず、声に出して、「ウソだろ」と言ってしまってました。でも、降っても霧雨程度だと、ここでも、勝手判断。こういったときの定番、屋根付き公園で、休憩&たっぷりめの読書をしてから、屋根から出ると、雨は、ほぼ止んでた。「やはり、そうだった」と思い、普段通りのウォーキングへ。だけど、これが誤りでした。その後、あっと言う間に、水が路上に浮くような降りがあるとは、ホント、思いもしなかった。最近の雨の降り方、えぐい! えぐすぎる。降る量は同じにして、時間を延ばせば、そないな水が浮くような降りって、そうはないだろと思うのですが。さすが、夕方のウォーキング時は順調。でも、昼前は、まだ、蒸し暑さが残るけど、夕方は、ホント、爽やかになりました。このまま、秋になるのだろうかと、まだ、半信半疑の黄紺ではあります。
 午後の一時は、一昨日の取り返し。「第42回山桃忌」のオンライン配信の続きです。講演「柳田國男が活性化した八重山の芸能」(沖縄国際大学名誉教授狩俣恵一)を、居眠りをしたところから視聴しました。でも、居眠りが起こるわけ、判りました。Zoomを使ってるのでしょうね、狩俣さんのお話がそれで、マイクが良くないのでしょうね、聴き取りにくい。そこへ、聴きなれないタームを並べられたり、イマジネーションを超える内容のお話をされると、頭が追いつかないのです。それに、呆気なく反応したのが、一昨日だったのでしょうね。琉球舞踊なり、八重山舞踊なり、全くの素人には、これではいけません。結局、改めて視聴しても、こちらの理解力不足もあるのでしょうが、どちらがどちらへと影響したのかが判らずじまいでした。もういいやの気分だったのですが、映像は見せてもらえなかったのですが、音源を使い、舞踊用の音楽を聴かせてもらえたのが、嬉しかったな。沖縄には国立劇場があり、この先島諸島に伝わる音楽、舞踊が上演されていると聴きます。大阪の国立文楽劇場でも、国立繋がりで、沖縄の伝統芸能が上演されたことがあったのですが、黄紺はスルーした記憶があります。高々、TVで沖縄国立劇場の公演を観た程度ですが、なんか、取っ掛かりを頂いた気になっています。琉球舞踊の都会的なテンポの速さに比べて、八重山のそれは、実に長閑。それに、すっかり惹かれてしまいました。
 もう1つ、配信もののお世話になりました。先日、動画サイトで「日曜美術館」を観ようとして、あっさりと方向転換して、「永久凍土」の番組を観たので、じゃ、「日曜美術館」だということで、1本、ピックアップ。「アートで街が変わる〜金沢アートプラットホーム」(2008)です。檀ふみのMC時代のもの。21世紀美術館の前からスタート。MCと一緒に、同美術館館長氏も動向。市内各所に展示されたアートが紹介されました。テーマは「自分たちの生きる場所を、自分たちでつくるために」。こういった試みの好きな黄紺には、格好の番組。全編、様々な試みを堪能しました。それらを、メモっておきましょう。①丸山純子/空中花街道(レジ袋でできた花が上空に浮かんでる、市民に呼びかけ花を作るところからアート、コミュニケーションが生まれます)②カミン・ラーチャイプラサート/31世紀こころの美術館(市民の思い出の品を出してもらい、それらを並べる、観る者も、自分の人生を振り返ることになる)③友政麻理子/カミフブキオンセン(民家に設えられた紙吹雪の温泉の横にTV、そこから流れる架空の温泉の物語、それは市民が作る、その物語を作るのに家族が集まるところからがアート、ここでもコミュニケーションが生まれた)④牛嶋均/ころがるさきの玉、ころがる玉のさき(大きな玉のオブジェ、市民がそれを勝手に作り変えることができる、市民同士の共同が惹起される)⑤KOSUGE1-16/どんどこ! 巨大紙相撲(皆で巨大な紙のお相撲さんを作るところから遊ぶところまで、ここも市民との共同、市民同士の共同)⑥トーチカ/PIKA PIKA PROJECT IN KANA AWA 2008(光のおばけ、その光の筋は市民の描いたもの、それをデジタル処理)⑦青木千絵/BODY 08-1 BODY 08-2(椿原天満宮の拝殿に漆のオブジェ)⑧金沢アートボールでアート作品をレンタルする試み⑨アトリエ・ワン/町家の再生プロジェクト(古民家の改装、引き出しギャラリーとして箪笥の引き出しに絵があったり、押し入れに映像が用意されている)。おもしろいな、ホント、おもしろい。リアルタイムで、この番組観てたら、早々に、金沢へ行ったでしょうね。第一、黄紺的地方ミュージアム行脚プロジェクトには、いの一番に、21世紀美術館、入ってるしね。


2021年 9月 8日(水)午前 6時 7分

 昨日は、お出かけを入れようかなと思ってた日。でも、一昨夜、落語会に出かけたということで、自重。夜に出かけて、次は、昼間に出かけるというのが、何となく重く感じてしまうのです。「自重という手があるやん」と、他の日に回せるので、可能性は残しつつ、基本は回さないスタンスで変更、自重が妥当でしょう。ということで、お出かけなしの一日。随分と涼しくなりました。朝晩と昼間の寒暖の開きが大きくなりつつあります。陽も、随分と短くなった。秋分の日は、もう目の前です。夕方のウォーキングから戻ってくると、もう真っ暗です。これが、やがて、出かける時間から暗いという日がやって来るのでしょう。今から、寒いのはやだコールです。
 昨日の午後の一時は、先日、前の1/4ほど視聴したものの続きを観ようと考えました。「第42回山桃忌」のオンライン配信を視聴しようと考えていました。ターゲットにしたのは、記念講演「柳田國男が活性化した八重山の芸能」(沖縄国際大学名誉教授狩俣恵一)。冒頭では、沖縄界隈の島嶼部の言語的区分のお話。大きくは2分される。北部方言とされるのは、沖縄本島と奄美諸島。南部と北部と、更なる区分があります。南部方言とされるのは、宮古島、八重山(石垣島界隈)、与那国島とに分けられるそうです。その中の八重島が、今回のテーマ。まずは、柳田国男の沖縄滞在の後付けが行われました。自身では、音楽や舞踊は解らないとして、岩崎卓爾なる人物を派遣して調査に当たらせたようです。それを受けてなんでしょうね、柳田国男の功績は、東京で開催された「郷土舞踊と民謡の会」に八重山の人たちを招請したことですね。その反応を看れば、その重要性が判ります。沖縄県知事に要請してもなしのつぶて。そこで、件の岩崎卓爾に手紙を送る。それで実現するのだけど、県知事がスルーしたのは、素人の八重山の人たちのパフォーマンスを見せるのを恥かしいと思っていたり、八重山の舞踊そのものを、琉球舞踊の亜流と看ていて、ここでも恥かしい、見せるに値しないとの判断があったということです。それを引っ張り出したのが大きい。八重山の人たち自身も、不安ななか送り出し、公演自体を、ラジオを聴き、その反応を知り、戻って来た人たちを熱烈歓迎したそうで、ここで、八重山の芸能が認知されるに至ったということでした。では、芸能とした場合の分析ではどうか、琉球舞踊との比較話、評価のお話に進んで行きました。柳田国男自身は、琉球舞踊が伝わったとしても、「八重山化に意味がある、それを辿るべき」との主張をした一方、折口信夫は「純なものを見たい」「もっと八重山流のものがあってよかった」との見方を出しているそうです。で、その検証を、狩俣さんが進めようとされるところで、居眠り。完全に途絶えてしまいました。ま、アーカイブに残っています。配信期限も、まだまだ先なので、大丈夫です。でも、いいところで寝てしまっています。そこまでの展開が、きっちり頭に入っているのに、急遽、ダウンしてしまっています。
 そんなに眠いのなら、昼寝をしようと、居眠りをしていたことに気づいたとき、傍らのベッドに横になる。このパターン、最近、多い。でも、横になっても眠れない。今の今まで寝ていたのに、眠れない。ほんの1~2分、うとっとするのが関の山。昨日も、これ。結局、30分ほどして起き上がる。なんか、時間を無駄にした気分になってしまいます。午後の一時、余った時間も中途半端になるしと、鬱陶しいこと夥しい、ホント。


2021年 9月 7日(火)午前 7時 14分

 昨日は、夜にお出かけのあった日。だから、昼間は、いつもの変わらない時間が過ぎて行きました。昼前のウォーキングは、平常通り。夕方のウォーキングは、そのお出かけで替えようとの魂胆でした。すると、上手い具合に、普段と変わらない距離と時間を稼ぐことができました。昼間は、気温は上昇するんだけど、朝夕は、急激に気温が下がります。かなり、秋めいてきています。で、お出かけの時間までに、動画サイトにアップされている「日曜美術館」を1つでも観ようの魂胆から、新ネタを探していると、人を移り気にさせるコンテンツを見つけてしまい、あっさりと変更。NHKの「BS世界のドキュメンタリー」で流れた番組が、その動画サイトにアップされていたのです。ドイツで制作されたもので、「薄氷のシベリア 温暖化への警告 On Thin Ice」(2020)というものでした。その動画サイトのコメントには、「温暖化によるシベリア永久凍土崩壊=炭酸ガスとメタン、新ウィルス、森林火災」と書かれてありました。思わず「これか」と声が出てしまいました。気候変動に関わるお話を聴いていたときに、トピックとして知ったもの。これは、いい補習になると思い、飛び付いてしまいました。温暖化、一番わかりやすいのは「氷が溶ける」といったもので、氷河が崩壊している映像には驚かされるものですが、この番組の冒頭では、「なかなか凍らない川」のために困るトナカイの遊牧民に密着してました。餌を求めて移動する遊牧民、でも、川が凍らないと渡れない。そこで、待機する遊牧民の姿です。次いで、ボーン・ハンターの映像。永久凍土の中から骨探しをする人たちです。次なる問題は、この永久凍土に閉じ込められているものがトピック。ボーン・ハンターらは、その掴み。動物の皮・肉も見つかるそうですが、同時に、それは、新種のウイルスも閉じ込められていることを意味している。実際、出て来たトナカイの肉からトナカイ遊牧民に炭疽菌らしいものが感染。「地域の封鎖」なんて措置が、ツンドラ地帯で執られたことがあるそうです。それに加えて、恐ろしいナレーターが入りました。「人類の出逢ったことのないウイルスだと、免疫ができていない」と。カラ海の離島でゾウゲカモメの調査をしている専門家が映ります「生息数減」を、その専門家は言います。しかも、廃屋の屋根の上で繁殖活動をしている姿が映し出されます。専門家は、温暖化で北極熊の生態の変化の結果だろうと言われていました。北極熊は、流氷に乗り移動しながら、アザラシを獲り生きている。ところが、肝心の流氷が来ないため、餌がなく、替わりにゾウゲカモメを貪り食った結果だろうということです。街中に現れた、しかも、瘦せ細った北極熊の映像も映っていました。水位の下がる川、乾燥が進み、火災が多発、結果、森林消滅、生態系への影響ばかりか、炭酸ガスの吸収する源が失われ、温暖化が進む、悪循環です。タイガ上空の空気の調査をする専門家たち、「温室効果ガス濃度が上昇」していると言います。有機物の層を閉じ込めていた永久凍土が崩れ、各地にできるクレーター。内部のメタンガスが押し上げた結果だと言います。そして、メタンガスが大気へと溢れる、また、悪循環です。北極海の氷が溶け、未発見だった島が現れ、ささやかながらロシアの領土が増えたそうですが、正に、温暖化を象徴する姿として、番組は閉じて行きました。日本政府は「北極海経路の活用」などと、呑気なことを言っていますが、その裏に進行しつつある恐ろしいことに思いを馳せねばならない、いいお勉強になりました。
 そして、夜のお出かけは、久しぶりに生落語。スカイプラザ浜大津であった「第21回 しがらくご」に行ってまいりました。この落語会、1回、すっ飛ばすと、なかなか情報が入らないんだけど、たまたま眺めた「ねたのたね」で見っけ。胃腸炎とかでダウンをしていた二乗を気にしながら行ったところ、受付に、その姿があり、一安心。「大丈夫ですか」と声を掛けると、PCR検査の話をやり出した。「ちゃいます」「お腹は?」、なんか二乗らしいな。で、番組は、次のようなものでした。歌之助「平の陰」、そうば「天狗さし」、二乗「馬のす」、紅雀「宿屋仇」。なかなか新鮮な番組。どれ1つをとっても、「この組み合わせじゃ聴いたことのない」、それらが並びました。歌之助は、篠山に開店するカレー屋の話題から。自然と拍手が上がりました。それだけで、好事家が客席に揃っていることが判ります。1日20食限定だそうです。行ってみたいけどな。ネタの方は「平の陰」とは驚いた。米朝一門で、この笑福亭のネタをする人、いたかなぁ、全く、思い浮かばない。そんなで興味津々。そこを意識したのか、カラーを変えようと、いかにもというところはカット。冒頭の文を選ばせたり、末尾がころころと変わったりするのは、カット。当然ながら、「グッドバイ」は入る余地もなかった。異なるテイストをということなのかもしれないけれど、こちとら、慣れてないものだから、戸惑いだけが残ってしまったな。「天狗さし」は、近頃、噺家さんに人気になってきているよう。二葉もやり出してるし、二乗は、以前からやってるし、、、、。冒頭の、儲け話のうつけたやり取りが大きいと思ってる黄紺、あのバカバカしさが沁み込んでないと、噺の骨格となる、アホげな空気が漂わないからです。だって、坊主を天狗と間違うって、飛躍し過ぎてるもの。そうばはどうかなと聴き出したのだけど、「ちょっと平板だな」と思うと、うつらうつら来てしまった。昨日は、ここだけで済んだけど、また、やっちゃいました。二乗は、体調報告から「馬のす」はネタ下ろしをして間なしということで、早めに来ての稽古と考えたけれど、結局、釣りに、釣り道具に見とれる、ぐだぐだ話。休んでたので口慣らしなんでしょう、普段の二乗には稀なるぐだぐだ話を、おかげで聴くことができました。「馬のす」は珍品。二乗も言ってましたが、歌之助も持ちネタにしている。確か、「馬のす」を聴いたのは、その歌之助の口演以来じゃないかな。珍品になるはずです。難しいうえ、おもしろくない、その典型のようなネタですね。先が読めてしまうのが痛いですね。1つ、いいこと発見。「二乗、お酒のネタ、もっとやればいいのに」ということ。ひょっとしたら、そのお試しに、このネタ、やったのかな? トリは紅雀で「宿屋仇」。マクラなしで、いきなりネタへ。紅雀のキャラに合うだろうなと期待の口演。ツボにはまったときの紅雀のテンポの良さ、リズミカルな運びは、群を抜きます。そして、その期待に、見事に応えてくれた好演。兵庫の3人連れの喧しさも納得、このいちびりようはいいな、過剰でもなく、いいいちびり。隣の侍、怒るの納得です。ということで、かなり満足度の高い落語会。今月は、もう1回、落語会に行けるはず、です。


2021年 9月 6日(月)午前 6時 48分

 ようやく晴れた日曜日。安心して、ルーティンにしているウォーキングが、ゆったり気分で行うことができました。午後に、オンライン配信を視聴する予定にはしていたけれど、時間的には窮屈なことはなく、そういった意味でも、ウォーキングを満足感を持ってできました。暑さは戻ったとは言え、昼間でもクーラーをかけることもなく、夕方のウォーキングなどは、心地よさまで感じました、空気を。となると、最近、ウォーキングをしていて顎を出してしまうことが、ままあったのは、やはり暑さのせいとなりますね。
 昨日のお楽しみは、「彦八まつり」、今年も、生国魂神社では行えず、「デジタル」が前に付いていました。午後の喜楽館でも、また、夜の繁昌亭でも、「彦八まつり」を冠に戴いた特別番組が組まれ、これらは、有料でのオンライン配信、それ以外は、YouTubeを使っての無料配信が行われました。黄紺は、午後0時開始早々というわけではなかったのですが、午後の喜楽館での公演前のYouTubeを使っての生配信と喜楽館での配信を視聴しました。総合司会は、小文枝と紫という珍しい組合せ。福楽の「人生相談」、紋四郎と華紋がMCを務める「らくごでポン」、雀喜の「太極拳」、大道芸シリーズで、仁福の「バナナの叩き売り」なんかを観て、いよいよ、喜楽館からのライヴ配信を観ることになりました。その番組は、次のようなものでした。<地車囃子=桂坊枝、桂春雨、桂文昇、笑福亭呂好、桂治門>、林家花丸「刻うどん」、<彦八辻舞台=林家染雀「後ろ面」、露の眞「どじょうすくい」、暁あんこ「珍芸」>、桂米団治「七段目」〜仲入〜桂文福「河内音頭&彦八音頭」、笑福亭福笑「幽霊狂詩曲」、<住吉踊り=米団治、あやめ、生喬、染雀、生寿、眞>。地車囃子は、開演前は、喜楽館前で、そして、開演後は舞台でと大サービス。繁昌亭で、同時進行で、15周年特別興行があった関係で、地車囃子の定番メンバーの呂鶴&呂翔師弟の姿がなかったのが惜しまれたのですが、文昇は健在で、見応え十分。落語の1席目は花丸。その花丸の「刻うどん」は珍しい。聴いたことあったかなと思わせるもの。普段出さないネタを出してくれるのも、ご祝儀っぽくて、いいですね。「辻舞台」の染雀と真は、定番の持ちネタを披露。暁あんこは、いきなり「真似はしないでくださいね」と念押しして始めたのが、なんと、「人間ポンプ」。カメラワークが良くなく、最初、何を始めたのが判らなかったのですが、徐々に、「まさか」と思い始めたら、その「まさか」でした。まだ、できる人がいたのですね。博物館行きの幻の芸です! 米団治は定番の「七段目」。他の噺家さんのヴァージョンと違うのは、「七段目」に持ってくるため、「五段目」「六段目」の前振りが入るってことです。確かに、唐突感が減るというメリットがあります。文福は、定番ネタに加えて、「彦八音頭」を披露。「河内音頭」の音頭取りは坊枝、その坊枝に加えて、春雨らがバックダンサーを務めて、「彦八音頭」が披露されました。作曲はリピート山中、作詞は誰だったかな、新作だそうです。福笑の「幽霊狂詩曲」だと思う作品は、初遭遇。「へっつい幽霊」に出て来そうな気弱な幽霊が出てきます。夏の繁昌亭でシリーズとして行われている「怪談特集」用に作ったものと思われます。そして、トリは、「彦八まつり」らしく「住吉踊り」。締めは、「かっぽれ」の幾つかのヴァージョン。間に、ゲストとして、米團治の「桃太郎」が入りましたが、やはり、この人の踊りはものが違う。見せてくれました。この「住吉踊り」のためにだけ、生寿が参戦。生喬と師弟で、「かっぽれ」の二人踊りを披露してくれていました。
 この配信が終わったのが、ほぼ午後4時半、その後は、夕方のウォーキングに出るため、YouTubeからの配信は諦めました。夜、何の気なしに、「彦八まつり」専用のTwitterがあるだろうと思い、何が呟かれているのかをチェック。すると、なんと、このYouTubeを使っての無料配信がアップされていました。そこで気になっていた、棗ちゃんの「ダンスレッスン」を観ることができました。巨体の棗ちゃんが、キレキレの動き。姉弟子でもあるMCの紫によると、自身のTwitterにもダンスシーンをアップしているようで、黄紺は知らなかったのですが、知っている人は知っているものだったようです。ポイントレッスンが入り、最後は、鶴太&二豆という、これまた、「パラパラ」とは無縁そうに見える2人をバックダンサーにして、ダンスを披露してくれました。まだ、残ってるでしょうから、観れてない箇所、今日、チェックすることにしましょう。アホげにおもしろかった福楽の「人生相談」に、パート2があるそうなんで、重点的にチェック、です。映像の編集は、テイストから判断をして喬介ですね。自身のYouTubeチャンネルで、喬明相手に、「やっと、編集が終わった」と言ってたの、これだったのですね。宣伝用の映像と言い、大変な労作です。さて、来年は、大丈夫なんだろうか? 疑問を抱えてしまうのが、この1年半の経験知です。


2021年 9月 5日(日)午前 6時 47分

 昨日も、朝から雨。今日こそは、雨は上がってるだろうと思って迎えた朝、でも、雨は降っていました。その雨は、途中、止んだりはしたけれど、結局は夕方まで続いた。いい加減にして欲しい。とにかく、外に出るのが躊躇われる。そないななか、朝は、止んだと思う時間帯があったんだけどね。昨日は、午前中に、オンライン配信のお世話になることになっていたので、いつもよりか、かなり前倒しにして、午前中のウォーキングをスタート。ただ、トルコのコロナ情報収集がそこそこあったため、情報集めを後回しにしなければならないことも生じてしまいました。そういった中でのウォーキングのため、しかかりと時間を確保できず、普段よりは3割ほど低い内容のものとなりました。幸い、夕方のウォーキングは、雨が上がった直後のようで、一人前のウォーキングをすることはできました。
 午前10時半開始のオンライン配信を予約してありました。見つけたきっかけは、ほとんど覚えてないのだけど、「男女共同参画」と「防災」を並べてのテーマ立てに気を惹かれてしまった配信でした。それは、「舞鶴市男女共同参画セミナー“防災と男女共同参画”」。お話をされたのは、関西学院大学災害復興制度研究所主任研究員・准教授の斉藤容子さん。会場とオンライン配信の2本立て、講師の方は、神戸からZoomでお話をされるという形式。こういったスタイルが、すっかり定着しています。災害が発生すると設置される避難所に関するお話が中心でしたが、そこに至る前の「逃げる」というテーマでのお話も興味が惹かれました。男女により、情報の収集の仕方が異なるというお話。男性が、行政、警察の呼びかけといった社会的な動きに反応し、女性はご近所からの情報に反応するというデータが出ているそうで、情報の流し方の参考になるとか。次いで、避難所の画像を幾つか見せていただけたのですが、100年1日、姿は変わっていない。コロナ禍では、密を避けるということで、ようやく変化が出たということです。法的には、避難所は「7日間」となっているため、TVなどで観る光景になってしまうのだそうで、でも、実際には、もっと長引く。そういったなか、避難所の運営に関しては、避難してきている人たちの自主的なものとなっており、行政は、それを支援するというスタンスが避難所の基本。でも、そうは思っていない人たちが多く、そのギャップで、よくトラブルが起こる。避難所の運営が、その自主的な運営が、うまく回転するかどうかで、過ごし方に差異が出てきてしまうのでしょう。そこに、男女共同参画の重要性が出て来るというのが、お話の骨子。生じる問題点を、色々と教えていただけました。プライバシーの欠如(着替える場所がない、授乳の場所もないなど)、そのため、避難所に行けなかった、行かない人が出て来る、そのために、情報に疎くなってしまう、生理用品の配布も、男性職員は、平等性から各戸に均等配布、女性職員が入ることでトイレに設置するという発想が出て来た、性に基づく暴力(Gender-based violence)としては、世帯主への義援金配布もその1つ、平常時にあることが起こるという視点、避難所は社会の縮図、東日本大震災では、それまでの経験から、政府は早くに対応した(発生後早々に通知を出している)が、通知を受け取る側が鈍感な場合があり不徹底だった、発生のケースに4通りある。加害者と被害者の組合せのこと。ワクチン接種予約でも、オペレーターを怒鳴りつける輩がいたというわけですから、いろんな被災者もいるということでしょうね。正に、社会の縮図。少数でも起こしてはいけないこと、これを忘れてはいけない。「家族←家族(又は恋人←恋人)」の場合は、日頃からあるものが、厳しい環境下で顕在化する、子どもへの暴力も、こういった視点で起こっているとの報告もありました。これらの話題のほか、トイレの設置、コロナ禍での課題(密を避けるということで動かなくなりエコノミー症候群が出て来たなど)などなど、広く、避難所生活の課題も教えていただけました。これらの課題解決には、男女共同参画の大事さ、行政としては、支援する立場から、その視点を持ってのサポートが要るのだけど、自治体が設置している防災会議委員に女性が入っていない、ごく僅かというのが常態であるため、女性の視点が入ってきていないという根本的な指摘がありました。舞鶴市は、昨年、講師の方が指摘されたためか、今年度は女性が入られたとか。とっても具体的で解りやすい、そして、首肯できるお話。いいもの聴けたと思っていたら、最後、質疑応答のとき、会場で立たれた1人の婆さんの指摘が凄かった! 「LGBT」についての取組みはどのようになっているか? 男女共同参画という視点に捉われていると抜け落ちるポイント、黄紺的には、この視点、この指摘があるまで、すっかり忘れてた。あかんね!
 かなり、昼前にスパーク。午後の一時は、時間があったのだけど、動画サイトにアップされている「日曜美術館」の過去動画を1本観ただけでした。「闇をえぐる眼 山下菊二」というお題の番組。山下菊二、名前だけは、どこかで見かけた程度、どのような作家さんなのかは、この動画を観ることで、初めて知りました。この番組も、姜尚中がMCをしていた時代のものです。山下菊二という人、凄まじい戦争体験をしています。実際、その体験を、自身で書き残しています。中国での加害体験を、戦後も引きずった人、忘れに忘れられない体験から、社会運動に強く惹かれていった、それを、独自の手法で描いた人、それが山下菊二という人でした。徳島生まれで、元来はシュールレアリズムに影響受けた作家だったそうです。徳島県立近代美術館に保管されている山下菊二の遺物に残る従軍時のデッサンに、戦場での人間の姿を表したのか、「植物と動物の一体化」という異様な表現が出て来ています。残虐なことに加担した、そのときの自分の反応に恐れ、人間の怪物性を認識したような表現になっているというナレーターの言葉が重なりました。戦後、そういった体験から「ルポルタージュ絵画運動」に関わります。社会運動の意味を込めて、作家活動で社会問題を告発する、そういった運動だったようです。但し、山下菊二は、寓意性を持たせた絵を描くことで、それを表していった。その傑作が、①あけぼの村物語。地主に怒った住民が地主を襲撃する場面を描きながら、「地主が出て来ない」「襲撃の場面が出ていない」作品、でも、この絵、「(襲撃を受けた)地主の視点で描いている」「襲撃の場そのものを描いている」という作品でした。そこへ、苦悩の日々を送っていた住民が、それまでに味わってきた苦悩が重ねられている、この絵の評価が高いわけが、徐々に判ったように思いました。その他、紹介された作品をメモっておきます。②転化期(ベトナム戦争最中に描く)③椿劇の檻(松川事件を題材)④ダリの模写⑤マルドロールの歌(植物と動物の一体化)⑥新ニッポン物語⑦生活戦線⑧犬人(徳島風土を描く)⑨わたしと鳥と音楽と(部類の鳥好き)⑩死んだ人がわたしを産んでくれた⑪仕事をひろう(コラージュ作品)⑫戦争と狭山裁判(コラージュ作品)⑬彼の話。


2021年 9月 4日(土)午前 6時 59分

 昨日も、お出かけなしの一日、しかも、雨。天気予報だと、昨日から晴れると出てたはずと言っても、現実は雨。しかも、一日中の雨予報。こんなに、今まで、雨、ふったっけ? そして、雨が降ると、気温が下がる。もう、昨日などは、窓を閉めてる方が多かったんじゃないかな、それほど、涼しい。昼間でも涼しいので、窓は半開きにしている。その雨に、午前中は負けてしまった。雨脚の強さに、傘さしウォーキングも断念。致し方なく、家事と読書の時間。ま、その方が、自分で時間調整が容易い。というのも、午後1時開始でのオンライン配信に登録してあったのです。だから、雨脚の弱まるのを待って、ウォーキングは欠かさないはできず、時間で切って行動を考えていたというわけです。
 そのオンライン配信は、国立環境研究所気候変動適応センター主催の「令和3年度 気候変動適応セミナー」。その内容は、①講演「農林水産省における気候変動適応に係る施策について」(農林水産省大臣官房環境バイオマス政策課・地球環境対策室環境企画官湯地信也②講演「国土交通省における気候変動適応に係る施策について」(国土交通省総合政策局環境政策課交通環境・エネルギー対策企画官青柳曉典③パネルディスカッション「省庁間や国・地域間における気候変動適応に係る連携について」(参加者は講演者2名と国立環境研究所気候変動適応センター職員)。国の政策を聴けるということで、登録してあったものですが、これも、会議に参加してみると、参加者の肩書が、また、その多さに、既に失敗感を感じてしまった。地方公共団体、ないしは、地方の関連団体の方が多数登録されていて、正に、お仕事として参加されているという風情を感じてしまいました。これは、気候変動についてお勉強したいという気で登録した黄紺などが来るところではないとの認識です。事前に送られてきていたレジュメも、その量にびっくり。これを基にしてのお話だったら、項目を拾い上げながら、「ここにこれこれが書いてあります」的な進め方でないとこなしきれない、半端じゃない量でした。そして、その通りの展開。農水省と国交省の担当している業務の分類、その項目立ての拾いながらの紹介、それと、法律の話。項目を見れば、内容が解る方ばかりが聴いているといった調子で進むものだから、置いてけぼり感、満載になってしまい、農水省の方のお話は、開始早々に沈没。幸い、その後に休憩が入ったので覚醒はしたのだけれど、国交省でも同じような運びで、ギヴアップだったなぁ。ま、「気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)」で見つけるものは、主催が、国、地方、民間にせよ、かなりハイレヴェルなのは判ってはいても、こういったレヴェルの違いは、どうしようもない。端から判っていれば、予感だけで避けるものもあるのだけど、これなどは、完全に見誤ってしまったってことです。
 このオンライン配信が午後の一時の一角を占めたのですが、時間があったので、DVDで観ていた「セヴィリアの理髪師」、全部、観てしまいました。やはり、後半もおもしろかった。絵本で、開くと、作り物が浮かぶというものがありますが、バルトロの家がその手を使った装置に、びっくり。背後の壁が前に倒れると、置かれてあったピアノが、その中に取り込まれてしまいました。もちろん、壁には、楽譜のモチーフが描かれていました。嵐の場面は、五線譜が前面に吊るしで降りて来て、背後に木の葉が舞い落ちるという幻想的なもの。最後の場面、2人が忍んで来るシーンは、五線譜が1枚、端っこがまくれ上がるように巻いている、それだけが装置。その巻いているところから忍んで来るとしてあった。とまあ、洒落ているものばっかで、それだけでも楽しませてもらえる、ローラン・ペリーの好プロダクション。更に、びっくりが用意されていました。最後のアルマヴィーヴァによる長大なるアリア、これが歌われました。ミシェル・アンジェラン、初遭遇の歌手でしたが、軽くて高音の出る人だったので、ひょっとするとの期待は出ていたら、やってくれました。改めて聴いてみると、大変だわ、これ。おかげで、久しぶりに、このアリア、聴けました。それに加えて、ロジーナが、えらい美形。メゾには、ホント、次から次へって感じですね。カトリーヌ・トゥロットマンという名前は、要インプットです。但し、歌唱は口先で声が出る、黄紺の好きでないタイプでしたが。フィガロのフローリアン・サンペ、バルトロのペーター・カールマン、芸達者且ついい歌唱で申し分なしといった布陣。いいものに、出会えました。


2021年 9月 3日(金)午前 6時 19分

 昨日は、日がな一日、雨に悩まされた、何もない日。雨は、夜中から降り始めていた。結構な時間降りそうとの天気予報だったので、強い降りを想定していたのだけど、それは、ほとんどなく、夕方のウォーキングの最中だけだったんじゃないかな。そないな一日だったけれど、なんとか、こういった日の定番、日に2回のウォーキングはやりおおせることができました。距離&かけた時間は、いつも通り。昼前のウォーキングは、90%が傘さしウォーキングだったけれど、屋根付き公園で、休憩がてら、しっかりと読書の時間も確保。雨が降ると、涼しいので、読書がはかどります。夕方のウォーキングは、出がけは雨が止んでいたので、しかも、雨雲レーダーを見ても、ウォーキングをする時間くらいは雨は大丈夫だろうと思った程だったんだけど、南の空を見ると、さすがに、傘なしで出かけるのは大胆と思い、持って出かけて大正解、でなかったら、大変なことになっていました。大丈夫と思っていると、自宅を中心にした円環コースを採らないんだなぁ。直線的に動くようになってしまう。昨日などは、昼前のウォーキングで、その円環コースを採ったものだから、似たところを、日に2回とも歩くのはやだと、採らなかったのがいけなかった。強くて激しい降りが2回来ました。1回目で、やばいと思ったので、ショートカットしようかと思ったのだけど、電気屋でトイレを借りている間に、小止みになってた。ならばと、通常コースを採り、失敗。2度目の方が、えぐかった。たちまち、路上に水が浮く程の強い降り。履いている短パンも、短時間でしっとりする感じ。もう、いや!
 午後の一時は、先日観ていた手持ちのDVDで、オペラを観た。前回は、かなりの居眠りだったので、序盤に立ち返って観ることにしました。パリはシャンゼリゼ劇場のプロダクション。楽譜をモチーフにした装置や小道具が冴えています。ロジーナが2階から姿を現すときは、五線譜が背後に開き、ドッキリ。ロジーナが、バルトロに監禁されるかのようなシーンを見せるときは、上からの吊るしで、五線譜の線の部分だけが降りて来て、それが鉄柵となっていました。バルトロの家にやってくる兵士たち、手に金属らしきものを持っている。何やらの武器そうに見えさせて、実は、楽譜立てだったりする。ローラン・ペリーの技、めっちゃ冴えています。お洒落だしね。動きに細やかな指示が出て、それが行き届いている。ロッシーニのオペラは、音楽的に繰り返しが多く、リズムも、比較的単純なものが多い、となると、バロック・オペラと同じく、簡単でノリのいい振付を付けやすいのでしょうね。歌手は、どうしても動きが制限されてしまうもので、単純で動きの少ない振付でないと困る。そういった制限内で、おもしろ可笑しい振付が冴えています。そういった演出面だけではなく、字幕の付け方にも納得のいくDVDだけに、興味が尽きない。フィガロって、既婚者でした、このオペラの段階では。となると、後日談となる「フィガロの結婚」は、フィガロの再婚話となります。それどころか、このオペラの詞章に、フィガロは子持ちと出て来る。じゃ、その子どもは、どうしたのかが気になってしまってる黄紺なのです。それだけではなく、「バルトロ」という名前を使った言葉遊びまでやってます。それを、字幕に乗せてくれています。そんなで、観尽くした感のするオペラで、相次ぐ発見は有難い。パリの観客は、このプロダクションの面白さが解ってるようで、熱烈歓迎というところです。それを、こうして、DVDで観ることができるとは、有難い時代に生きていると思ってしまいます。まだ、後半の序盤まで、さて、後半には、どないな仕掛けが待っているのでしょうね、楽しみです。
 夜は、木曜日のお楽しみ、YouTubeの「米朝事務所アカウント」チャンネルで、「米印ワールド大喜利」が流れる日。黄紺は、毎回、アーカイブで観ているのですが、いつもは4人の出演で流しているのだけど、昨日は、都合で2人がお休みで、残った佐ん吉と鯛蔵で流した。以前にも、佐ん吉とちょうばで流したことがあったけれど、はっきり言って、2人でやったときの方が、おもしろい! 大喜利的内容はyeter状態なもので、トークにシフトした方が楽しめるから。でも、大喜利であっても、トークであっても、佐ん吉が光りますね。この世代で、佐ん吉が、本職の落語のコンペでも抜けているのは、この臨機応変さ、アイデア、そういったものが、落語にも生きてるんだなぁと思ってしまってます。トークのしっかりしている人、おもしろい人って、お喋りに、決めるタイミング、絞めるタイミング、そういったものに、抜けてるんだなと思ってしまいます。ベテラン勢で言えば、かつては、「落語、やってんの?」なんて揶揄された八方やきん枝(現小文枝)の落語を聴いたときに思ったと同じことを、佐ん吉のトークを聴くと、思い出す今日この頃です。


2021年 9月 2日(木)午前 7時 15分

 昨日は、午前中に、お出かけが予定に入ってた日。朝のトルコのコロナ情報収集状態により、かなり苦しくなる可能性があった日なのですが、最近の薄い情報量ということで、セーフ。水曜日の午前中のお出かけと言えば、アスニー山科の「特別講演会」。緊急事態宣言下ということで、会場が狭いということもあり、開催を心配していたのですが、決行。感染者が増えても、こういったところに集まって来るのは年配の人が多数を占める、今や、その年代のワクチン接種率は80%超え、ならば、決行ということではなかったか、これは、黄紺の推測。でも、開催は歓迎。お出かけ先が減っているので、歓迎しちゃうのです。昨日は、「見立ての美意識~日本文化の源泉をさぐる」という、文学がテーマ。こういった講演会では少数派。黄紺的には嬉しい企画。あまりにも、日本史にシフトしたテーマ選びに、それはそれでおもしろいのだけど、間口の広い黄紺には、とっても物足りなさが残る。そういったところでも、扱うのが古典であっても、文学となると有難い。お話をされたのは、京都産業大学文化学部教授の小林一彦さんでした。「見立て」と言えば、すぐに思い出すのは、落語の「お見立て」。遊女を選定するときに使う用法と、広辞苑だかなんだか、大辞典には出ているそうですが、ここはそうではない。いろいろと意味があるようですが、ここでお話の対象になっているのは、「何かになぞらえる」的な意味内容での使い方、ないしは、「見立て」という意味内容に匹敵する表現、意識はないかを探索するのが、テーマ。術語としての「見立て」は、近世の俳諧で使われるようになったものだけど、同様の意味内容での表現方法が、それ以前にはなかったのか、それを、和歌の世界で探求するというのが、お話の趣旨でした。まず、「見立て」の用語法の特徴からの押さえ。見立てられるものは自然現象で、見立てるものは、身近なもの、生活に関わるものという原則。この間にある想像力が、「見立て」のポイント。身近なもの同士では「見立て」にならず、「まぎれ」「まがひ」であるとの押さえ。この想像力を掻き立てる作用を導くものが、知識、教養というもの。それらが整理されていて、初めて想像力が働き、「見立て」の世界が生まれるというものでした。文学的な系譜で言えば、中国に、そういった作風があるとか。この辺り、うとっと来ているので、詳しくは頭に入っていないのが悲しいところ。でも、レジュメを見ると、この「見立て」の活用は、万葉集の時代から使われている。古今集なんかになると、レトリックが過剰になっていきます。縁語や掛詞で遊んだ上に、実際には起こっていない自然現象を目の前に引き出し、身近な風景との対比を詠むなんて技巧も使われるとなると、余程、想像力が豊かでないと、付いていけるものではありません。でも、実際には、技巧の目立ってくる「古今集」では、そういった技巧を使い、独特の表現法、美意識を涵養していったようです。あとの1/3ほどは、画像を使いながら、兼六園や京都のお庭、京料理に観ることのできる「見立て」の数々を見せていただけました。兼六園が、箏の見立てになっているのを、初めて知りました。有名な灯篭は琴柱、目の前の小橋が箏本体、池の水が音の流れ。お見事! 東福寺のお庭は、雲間から頭を出そうかという龍の見立て、富士山という銘の入ったグラスは、ビールを入れると、その見立てが判るという、現代作品にも生きている、最後は、彩り豊かな四季に見立てる京料理。狸のおかげで、すぐに「梅」を読み解けた黄紺、これが教養ということになるのでしょう。
 会場への往復は、昼前のウォーキングを兼ねたもの。いつものように、帰りは、一駅前で降り~の、お酒の安いマートに寄り~ので、距離稼ぎ。そういった迂回コースを採り自宅に戻っても、ゆったりと午後の一時を楽しめ、且つ、若干のお昼寝タイムまで取れた午後となりました。但し、このお昼寝は、ご近所の方が来られて、破られてしまいましたが。で、この時間を使い、昨日は、動画サイトに上がる「世界ふしぎ発見!」の中から、1本、ピックアップ。「踊るセネガルはおもてなしの国」(2016/07/02)を選んでみました。久しぶりに、竹内南海江出演のものを観ることができたのが、嬉しかったな。ピンクの湖ラックローズは、塩の採取場、湖底に塩が溜まっていると、先日観たジプチものに次いで、塩のトピックが出てきました。サンテグジュペリが「星の王子様」で取り上げたバオバブは、このセネガルのものだったそう。その絵が出て来たあとに、吟遊詩人グリオの歌唱を聴くと、アフリカ感が増しますね。セネガルのカラフルな民族衣装を、寸法を測り、仕立てるなんてことの発端は、生地の光沢に特徴があるということで、砧を打つところからロケをしていました。なかなか、凝っている。それを着ての、身体の部位がバラバラに動かせるダンスは見栄えがするけど、竹内南海江、さすが、その道のプロと言えど、慣れないことは難しいうえ、それなりの年嵩を重ねてしまってることが判るもの、仕方ありません。奴隷貿易も、歴史のトピックとして扱われるのは定番。その奴隷たちの収容施設があったゴレ島をロケ、そこには、今では、超エリート女子学校があり、その学校の様子もロケしていました。そして、この番組の定番が、もう1つ、現地で生活する日本人を訪ねる、日本文化を探す、これで、取り上げられていたのは、青年海外協力隊で来ている人たち、どういうわけか、100均の店を経営するお兄さん、フランス語を使った俳諧コンペが話題に。最後のトピックは、水産大国セネガル。主たるたんぱく源が水産物、就業人口でも水産業が多数を占めるというお国柄、ルアーを使った蛸釣り漁、水産市場(思わず、ノリャンジンの市場を思い出してしまった!)、カキの養殖、そして、海産物を使った料理と、セネガルの知らなかった顔を観ることができて、正解。黄紺的セネガルは、民博の展示に影響されてるもので、あすこで観た以外は、ないというのが現実なので、ありがたかった!


2021年 9月 1日(水)午前 6時 37分

 昨日は、お出かけなしの日だったのですが、オンライン配信の予約がしてあった。その配信開始時間が、午前10時半だったものだから、昼前のウォーキングをどうしようか、迷った。そこで考えたのが、朝のトルコのコロナ情報収集により変えるというもの。で、結果は、昨日も、トルコのコロナ情報収集は薄かったもので、配信開始時間まで余裕ができたものだから、配信開始時間前にウォーキングを終えておりました。平日なので、まだ、出勤に向おうかという人たちを目にする時間帯に、ウォーキングをスタート。下手を打ってはいけないと、確実に時間に戻って来れるように、コース設定。その配信は、「第3回 S-18セミナー:今後の我が国の沿岸分野における気候変動対応 – アンケート調査とブルーカーボン」というもの。黄紺は、黄紺変動について、一般的なお勉強のためならとピックアップしたものだったのですが、Zoomで参加をすると、「名前」のあとに「所属」を記すことが求められていた。黄紺などは、何も書くものがないので、そのままにしておいたのだけど、参加者の一覧を見ていると、その「所属」が書かれていて、正直、ドン引き、自分の来るところではないなと思ってしまったのです。大学名、公的機関名、地方自治体名、民間の団体名が並んでいるのを見て、そのまま退出しようかと思いました。それほど、豪華なものが並んでいたということです。黄紺は、厚かましく、「退出するのはいつでもできる」「日本の最先端にいる人たちが何を考えているのか知るチャンス」と考え、そのまま参加。こういったときって、Zoomは便利。誰でも参加可なら、それを守ってくれます。オープンにされているということで、一般人にも眺めることは許されているということですね。ところがですね、いざ視聴してみると、幾つか出て来たテクニカルなタームは解らなかったけれど、お話の筋書きが判ったどころか、聴いて良かった、知らないことを教えていただけたということで、大正解のピックアップでした。配信は、まず、港湾空港技術研究所/沿岸環境研究領域/沿岸環境研究グループ/グループ長の桑江朝比呂さんより、「今後の我が国の沿岸分野における気候変動対応:アンケート調査とブルーカーボン」というお題のお話を聴いた後に、質疑応答が成されるというものでした。お話は、別個のテーマを2つ、お話しなさったということになります。1つ目が、沿岸環境に、何らの寄与が想定される学会や研究機関、研究者、学生らへのアンケートの結果紹介というものでした。行政が、適応策に関心があり、研究者は、現象の解明にシフトするのは致し方ないにせよ、それを、アンケートという形で迫られると、お互い考え直さねばならないことと言わねばなりません。また、国も研究機関や民間は、影響や対策にシフトし、大学は、現象や影響にシフト。緩和策は、どこも関心が薄め。年長研究者は気候変動に興味が薄いという具合だけれど、現象を理解しないと対策はできないという考えが基本にあるようだとかなど、まとめられていました。個々の学会が、キーワードに対し示す関心が判り、細かく見ると興味があるものです。2つ目のテーマが「ブルーカーボン」。初めて聴く言葉でした。浅海生態系、即ち、マングローブ、湿地干潟・海草藻場、海藻藻場が、それを指すのですが、そういった海域での植物が、炭素吸収に役立つというのです。そりゃ、植物ですから光合成をするはずですから、それらを脱炭素に役立てようという試みがあるということを、初めて知りました。黄紺が知らないということは、一般的には、あまり知られてないどころか、これを、脱炭素に活用しようという認識自体が、学者の間でも、新しい問題だということを、このお話で知りました。どのくらいの見積もりを立てることができるのかすら、まだ、把握されていません。その算出方法を、質疑応答の中で、岩手県の環境行政に関わる担当者が質問されていたくらいでしたから。要するに、岩手県の海岸地域に、該当場所がどのくらいあるのか、浅海域の面積は、土の資料を用いれば判るかというところから回答されていたくらいでしたから。海洋生物に取り込まれた炭素をブルーカーボンというわけですが、取り込まれたあと、それが海底土壌に堆積し、そうすると、なかなか分解されず、数千年間保存されるということが判ってきているので、これを脱炭素社会化に利用しない手はないということです。でも、堆積されるということは、また、新たな環境問題を起こさないかとの質問も上がっていました。でも、大気中で進行する現象との比較をすると、ごく僅かなものになるということで、ゴーだそうです。具体的には、海藻の養殖、それも、外洋での養殖がいい、そして、食用にしないことが条件。外洋にして、深海に落とす、これが効率がいい、他への影響が極めて小さくなるとのことですが、外洋にすれば、当然、費用面で割高になるので、この藻場で魚を集め、水産業との連携を図れば、持続可能にすることができるというアイデアが示されていました。企業化できれば持続可能にすることができる、いや、その必要があるということですね。このブルーカーボンの仕組みを知っただけで、もう、この配信を聴いた値打ちがありました。大正解!
 午後の一時では、先日、動画サイトにアップされている「日曜美術館」を観ようとして、横道に逸れてしまったので、昨日は、本筋に戻り、1本をピックアップ。「郷愁に染まる風景~版画家 川瀬巴水~」(2013/12/15)にしました。丁度、千葉市美術館で行われていた特別展に合わせての企画だったようです。MCが井浦新の時代、大林信彦監督もゲストとして参加するというものでした。川瀬巴水、またまた、新しい名前です。終わってから思ったこと、これだけの作家を知らなかったなんて、程があると、己に突っ込んでしまいました。それだけ、日本の美術に、ここまで関心がなかったということですね。川瀬巴水は版画家。大正から昭和にかけて、 旅に生き、懐かしい風景を版画に残した作家。美術商渡辺庄三郎との出会いをきっかけにして、「新版画」の推進に当たった人物。江戸期の浮世絵の人気が下降を見せていた時期、渡辺庄三郎の誘いで、新しい版画の技法を開発した作家、もう、彫師、摺師との三者一体となった作品群を知ることになりました。得意とした夕暮れは雪のグラデーションを、版画で出す。どうすればできるのか、番組では、現代の彫師、摺師に依頼して、残っている版画を基に再現するという作業が行われていました。元の板木は、関東大震災で焼失したものだから、想像での再現でした。雪が激しく降る姿、これは圧巻です。この番組で、題名を付けて紹介された作品をメモっておきます。①雪の金閣寺②牛堀の夕暮れ③清州橋④芝増上寺⑤馬込の月(巴水ブルー)⑥明石町の雨(以下、「東京二十景」が続く)⑦御茶の水⑧矢口⑨新大橋⑩荒川の月(赤羽)⑪塩原おかね路⑫秋の越路⑬夜の新川 ガス灯の灯り⑭三十間堀の暮雪⑮時雨のあと(水溜まりに映る寺南禅寺)⑯佐渡相川町⑰上州法師⑱弘前最勝院⑲尾州半田新川端⑳埼玉田宮村㉑京都清水寺㉒平泉金色堂(絶筆、雪化粧、癌で亡くなる前の作品、残る下絵とは僧侶の位置が違う)㉓平泉中尊寺金色堂(亡くなる20年前、㉒と同じところを描く)㉔日光街道。


2021年 8月 30日(月)午後 11時 2分

 暑い日が続いています。先日の涼しい期間、暑い夏が恋しくなったけれど、それは、確実に夏が終わりかけている、寒いのは嫌があるからなんだけど、いざ暑さが戻ると、これはこれで嫌だから、ホント、勝手なもの。押し入れなどを開けると、かび臭い臭いがむーっと来る、これも、暑さが増すとえげつなさが増す。洗濯物を溜めて置いてある入れ物を開けると、暑さに比例して異臭が大きくなる。嫌なことばかりが、目に着いてしまっています。今日は、全く予定なしの一日だったもので、ルーティンにしているウォーキング2回と、午後の一時を楽しみ、夜は月曜日だということで、YouTube「米朝事務所アカウント」で、「㊙ワールドニュース」なる動画を観る日と決まっている。そんなで、昼前のウォーキングも順調、夕方も順調、最近、特に、夕方のウォーキングで顎を出していたこともなく、昼前のウォーキングでは、屋根付き公園で、しっかりと読書もし~のと、あまりに順調で気持ちが悪いくらい。
 トルコのサッカーも、序盤の3節が終わり、このあと、W杯予選の国際試合が組まれているため、ブレイク期間に入ります。フェネルバフチェが、好スタート、開幕3連勝。開幕3連勝しているのは、トラブゾン・スポルとフェネルバフチェだけ。でも、フェネルバフチェの選手構成、さほど変わったわけでない。ぺルカスは肩の脱臼から復帰していないし、オザン・トゥファンやジャネル・エルキンは放出。ギョクハン・ギョヌルもいない。変わりが大きくないなか、若手の選手が凄い活躍。ぺルカスが復帰したら、フェルディ・カドゥオウルはどうするのだろうと思うペレイラ監督の重用ぶり。ムハメド・ギュムシュカヤがいいですね。豪快なゴール、意外性もあったシュート、ひょっとしたら、あのゴールが、彼のサッカー人生変えるかもしれないですね。ヘルシンキとの欧州リーグの第2戦なんて、若手選手で勝ったようなもの。これが、フェネルバフチェに、今までなかったこと。トルコ代表に、今回、ついに召集されたサリフ・ウチャン、フェネルバフチェ時代に育て方あったと思うけどな。そないな今日この頃、先ほど、ヒュリエット紙で、コロナ情報を集め出したら、一般記事に混じり、プレミアリーグの決定が出ていて、びっくり。コロナで「危険」国に指定されている国へは、プレミアリーグ所属の選手は、代表の試合には送らないんだって! 国際Aマッチデイに逆らう決定、どうなるのでしょうか。明らかに、選手構成で不利になる国が出てきますわね。チャーラール・ソユンジュはダメで、オザン・カバクがプレミアリーグに逆戻りしそうなので、シェノル・ギュネシュ監督、アルパスラン・オズテュルクを招集をしたのかもしれないね。ホント、コロナ禍は、様々な話題を提供してくれます。
 午後の一時は、久しぶりに、手持ちのDVDでオペラ鑑賞。選んだのは、パリ・シャンゼリゼ劇場の「セヴィリアの理髪師」。ローラン・ペリーのプロダクションだということで購入したもの。装置が、楽譜をデザイン化したもの。歌手の動きも、えらくオシャレっぽく作ってある。楽譜の装置への活用と言えば、すぐに思い出すプロダクションがあります。ハンブルクの「フィガロの結婚」。序曲が、楽譜をなぞる映像から始まり、装置、衣裳まで、楽譜の奔放なアレンジ。そこまでではないにしても、装置がそうなっている。で、オペラの進行と楽譜の関りはとなると、らしきものは確認できていない。というか、かなりの居眠りをしながらの視聴なため、飛ばしている可能性も大きい。これは振り返りで追いながら観るべきかもしれませんね。ま、緊急事態宣言のため、出歩く機会も減っているので、後追いをする時間はあるでしょう。しかも、ネット上の配信と違い、終了期間を考えながら観なくてもいいのは、ホント、助かります。


2021年 8月 30日(月)午前 6時 50分

 昨日は、夕方にお出かけのあった日。日曜日なんだけど、パラリンピック一色で、お楽しみの「日曜美術館」はお休み。「これまでカットするか、オリパラよ」と言いたくなります。高校野球もじゃまやわぁ、ホント。ということで、昼前のウォーキングは、通常通り。でも、違ったことがあった。出かけて程なく、弟と遭遇。朝5時出発で、サイクリングをして来た帰りだとか。会ったのが、午前10時半頃だったから、「どんだけ走ってんねん」とは思ったけど、弟からすれば、「いつものこと」なので、突っ込まないまま。近くに住んでいながら、4月を最後に会ってなかったはずです。ま、ワクチン積極派と消極派だから、押しかけるのを躊躇していたのです。だから、久しぶりでした。しばし、立ち話、中身はワクチン。息子に「受けへんと、DとSに会わしたらへんと言われた」と言ったら、さすがに笑われました。弟は、掛かりつけ医で受けたため、嫁さんの集団接種会場での接種より遅れたとか。個人医院の過密さが伺われます。日本のワクチン接種を過剰サービスと思っているので、このウエットさが嫌いなのですが、ホント、「fazla nemli」なものですから、キモイっちゅうねんと突っ込んでいるのですが、、、怒ってみても、はみ子ですから、どうしようもありません。という話は、弟にはしないままのワクチン談義。長閑でいいです。かなり長く、立ち話をしてから、ウォーキングの再スタート。昼前の気温上昇が、昨日は、えぐかった! もう、汗まみれで帰宅。でも、家内は外気に比べると、気温が、かなり低いのか、ウォーキングのため体温が上がっているためか、家の中にいると、ホント、涼しい。クーラーを使わなくても、ちょっとした風があれば、もう極楽。最近は、ウォーキングから戻って、1時間ほどしてからしかクーラー使ってないですね。
 昨日のお出かけはロームシアター。緊急事態宣言でダメかと思ってたら、数日前、メールが入りました。「京都府緊急事態措置等が発出されている状況ではございますが、現状予定通り開催の予定としております」というものでした。やってくれます。会場のロームシアターは、ワクチン接種会場として出かけて行った都メッセの向かい。黄紺的には、「ワクチン接種会場に行ってるのに、その向かいに行って、何が悪い」の気だから、このメールには拍手しました。密という観点から言っても、接種会場の比ではないですからね。で、この日のイベントは、「“いま”を考えるトークシリーズ Vol.15 舞台芸術におけるこれからの創作と鑑賞 〜障害を持つ人々との協働を通じて〜」というもの。毎年定期的に開かれているイベント、途中から、この存在を知り、今まで2回行ったことがあるもの。正に、時代の先端を行く人たちお話を聴けるというもので、テーマに関心があるときには行くことにしています。昨日のトークの参加者は、次の方々でした。小野寺修二(演出家、カンパニーデラシネラ主宰)、和田夏実(インタープリター)・南雲麻衣(パフォーマー、アーティスト)、小倉由佳子(ロームシアター京都プログラムディレクター)。小野寺さんは、パントマイムの劇団を率いられている方。言葉を使わないパフォーマンスだという縁で、聾者との関係が生まれ、聴者と聾者の協働によるパフォーマンスを実践されている方で、このイベントの中でも、イプセンの「野鴨」という芝居での実践を、一部見せていただけました。南雲さんは聾者で、その小野寺さんのパフォーマンスに参加されている方であり、和田さんとの協働で、手話を取っ掛かりにしたコンテンツを発信されたりしているパフォーマーでもある。和田さんは、両親が聾者ということで、ネイティブ・ラングウィッジが手話という方。その手話の通訳をしたり、南雲さんとの協働でされている作品つくりをされている。インタープリターという肩書になっていることから、そういった作品制作の技術面のプロということですね。お二人の作品を、一部見せていただけたのですが、アートとも見える作品で、手話を使った表現方法の活用、その可能性を追求されている方と看ました。このトークで、一番辛かったのが、この和田さんのお喋り。口の先でお話されるという特徴を持たれており(ネイティブじゃないからかもいれないのですが、その辺は定かではない)、しかも早口、特に、南雲さんの通訳をされるときは、一層、早口になるところから、黄紺の聴取能力を超えていました。そんなで、この作品の説明が理解できなかった。そればかりか、南雲さんの通訳は、ほぼ理解できなかったこと。小倉さんは、ロームシアターの概要、また、ここまで行われたきた障がい者との協働や劇場運営面で取り組んできたお話をされました。そういったわけで、かなり聴けてないところも多いのですが、その中で、最も印象的だったことをメモっておきます。和田さんの言われていた、通訳をするときに感じ、とっても苦労することは、聴者と聾者のずれ。文化が違うという言い方はされませんでしたが、黄紺的にはそのようにも思えました。小野寺さんは、「野鴨」の撮影、編集をされた方が、聾者の方だったようで、すると、思わぬカット割りになってたり、編集になってたりすると言われていました。音響を使ったパフォーマンスの撮影、編集となると、より顕著になるようで、聴者は、音をきっかけにしてカット割りをしたり、転換を図ったりするが、そうはならないのが聾者。これは、人が歌を歌っている姿を見て、聾者は、その人の歌の上手さを理解できることに通じるという。南雲さんも、客席にいた聾者の方も、大きくうなづかれ、これはびっくり。小野寺さんは、「現代では、表現方法は出尽くしたと言われないでもない」「まだ、気づかれていない表現の可能性があるかもしれない」、このスタンスでお話が進んで行ってたことをまとめられました。これは、大変な気づきになってしまいました。行って良かった、かなり聴き取れなかったけれど、この話題だけは、しっかりと聴き取れた、それだけでも、このトークを聴けた値打ちあったように思えました。そして、和田さんと南雲さんの創造活動の奥深さ、黄紺などのイマジネーションを遥かに超えたところにいそうな奥深さ、そういったものがありそうで、これは、しっかりと聴き取れなかったもので、あくまで予感と書いておきますが、しっかりと、このお二人のお名前はインプットしとかなきゃの気になりました。


2021年 8月 29日(日)午前 6時 55分

 黄紺的には、ほぼ関係ないんだけど、世間は週末に入っている。昨日は、お出かけなしなんだけど、2回が2回とも、手を着けたことが、相変わらずの居眠りで、中途半端になってしまった日となりました。何もないので、日に2回のルーティンにしているウォーキングは、いつも通り。但し、疲れやすくなっているのは続いている。夏バテか、体力の減退かは、秋になれば答えが出るでしょう。その間に、オンライン配信を視聴する予定はあったんだけど、それだけでは時間が持たないほど、今日びのトルコのコロナ情報収集は薄くなってしまっている。がためにできた時間を活用して、一旦は、動画サイトにアップされている「日曜美術館」を観ようと選び出したところ、気になる動画に遭遇。あっさりと切り替えてしまったのは、「世界ふれあい街歩き・ライプチヒ」という代物。NHKの番組です。MCが旅人気分で、ロケ班の声に被せて行く番組、結構、愛用はしてるんだけど、ライプチヒとなると、このご時世、懐かしさが溢れて来てしまい、「日曜美術館」は打っちゃらすことにしました。中央駅からスタート。ニコライ教会の前の道に入って行くので、黄紺御用達のインド屋さんが観れるかと思うと、肝心のニコライ教会も出さないで、マルクト広場に行ってしまってる。夏のロケだから、黄紺の知らない光景。目の前で窯で焼くパン屋を撮影するのだけど、その向こうに、大人気のカレーヴルストの店があるのに、そこは目もくれない。傍らにトマス・キルへがあるのに、その傍らの通りを南下。先ほどのカレーヴルスト屋の前の道です。となると、黄紺のお世話になるマートのあるパサージュに入ったようで、後から出た地図では、そこへ行ったように見せかけて、あのゲーテだったっけ、誰か著名人が通ったというパサージュに行ったみたい。先ほどの、スルー2題と言い、勝手が過ぎます。物語を作って、勝手にルートをこしらえている。TVって、そないなものだと言ってしまえばそれだけのことなんだけど、でも、奔放が過ぎます。NHKらしく、途中で街ガイドが入る。すると、途端に、ニコライ教会が出て来~の、トマス・キルへの裏のバッハ像が出て来~のと、我が儘が過ぎます。で、そのあとも、奔放。急に、南西部に。黄紺のよく行く現代アートの博物館より、更に川越の西側。運河のある風景かと思うと、近代建築群の並ぶ住宅街、おまけに諮ったように、自宅に招待され、その内部も見せてもらうという展開。そこからどこへと思うと、「家族に乾杯」のように、地元の人が出て来て地元のグルメ案内、、、で、ここで、居眠り。気が付くと、MCが替わり、ハルツ山地へと出かけてた。どうやら、ライプチヒで2本、撮ったようですね。だから、MCが替わり、場所も都会を離れたようです。なんか、楽しめたようで、そうではない。都心部、もうちょっと歩いてよ、「街歩き」って、番組名にも入ってるのにと思っても、好き放題だから、もう、続けるのを止めました、あっさりと。
 オンライン配信の方は、昨日も、アートエリアB1からの配信「ラボカフェ」でした。昨日は、「アートとデザインの境界を語る vol.1」というお題、とってもそそられるものだったのですが、、、。ま、それは後程にして、ゲストは、岩渕貞哉(『美術手帖』総編集長)さんと上條昌宏(『AXIS』編集長)さん。著名な雑誌の編集長さんを東京から呼ぶというだけで、この企画の大きさが判ります。カフェマスターは、植木啓子(大阪中之島美術館学芸課長)さん、木ノ下智恵子(大阪大学共創機構准教授)さん、矢島進二(公益財団法人日本デザイン振興会常務理事)さんの3人、計5人でのトークがメーンとなるものでした。順番として、まずは、ゲストお二人による短い問題提起があってから、5人でのトークになるという流れでした。お話を聴いていて、アートとデザインの境界なるものは、時に応じて、歪むもののようですが、基本としては、「問題提起」を担当するのがアート、「問題解決」を担うのがデザインという視点。だから、社会に繋げていく、いや、社会に繋がっていくものとなる視点で判ったような気になってしまいました。毎度、カフェマスターを担当されている木ノ下さん、この人は、現代アート展のプロデュースなんかもする人のようだということが、この間の配信で覚えたことなんだけど、とっても、解りやすい分類をされていました。「誰にも頼まれてないのに作る」、それがアート、「(クライアントがいて)外からの依頼で作る」「そのために、時代により価値が変わる」のがデザイン。上條さんも、デザインに「社会的動機」「エンパシー」という言葉を、アートには「個人的動機」「インパクト」という言葉を重ねられていました。アートには「作品」という言葉を使い、デザインは、単に「デザイン」であって、「作品」という言葉を使わないといった風に、各々の区別に関わる属性っぽい話題が拡がっていきます。では、評価として使われる言葉はどうか? 「美しいということ」「コンセプト重視」「空間を支配する力」などが出てきたところで、先が消えてしまっています。こないなおもしろい話題が出てきているところで、居眠りをしてしまったのです。最後の3つは、アートに関わる評価の言葉なんでしょうね、今、使われるか、過去に使われたとかということで、じゃ、デザインは、どうなんでしょうね、ちょん切れてるだけに、気になります。ここでも、何度か書いてきたけれど、現代アート(この語法も話題になってた、、、)にはまりかけている黄紺にとって垂涎のテーマだったのにな、悲しいあります。


2021年 8月 28日(土)午前 6時 59分

 ワクチン接種の副反応も、ほぼ消えた昨日、堂々とお出かけの日となりました。昨日の朝まで、副反応がずれこんだらやだなと思っていたところ、とっても軽いものだったので、大丈夫だろうと思っていたら、そうなりました。なんせ、昨日のお出かけ先は検温をするものだから、いくら、「この発熱はワクチン接種の副反応」と言っても、そうではない確証を示せるものではないので、結局は、お出かけ自体を自重せざるを得なくなると思っていたので、常態に戻れて、一安心。で、そのお出かけ先は京都アスニー。先週に続き、「アスニー特別講演会」がありました。緊急事態宣言下でも実施される貴重な市民向け公開講演会です。昨日は、「琵琶湖・竹生島の歴史と文化財~豊臣大坂城唯一の遺構の謎~」というお題で、長浜市市民協働部学芸専門監の太田浩司さんのお話を聴くことができました。太田さんは、以前にも、お話を聴いたことがあり、とても話し上手な方なので、楽しみ倍増のお話となりました。テーマとなっている竹生島、黄紺は行ったことがないのです。謡蹟でもあるので、行こうとして調べたこともあるのですが、長浜や彦根からの船では、船に乗るまでが遠い、浜大津からも船が出てるんだけど、びっくりするほどのお値段、そんなで、あっさりと断念したことがある。だけど、関心は高いところ。まずは、概要から。虚けた話なんだけど、竹生島って、琵琶湖最大の島だと思ってたら、2番目だったし、思いの外、北にある。そりゃ、浜大津からの船賃が高いはずと、今になり納得。ドローンではなく、ヘリコプターを使い撮った空中よりの写真も見せていただけたのですが、北側には何もない。海鵜の糞に晒されている姿に、びっくりでした。弁才天と観音菩薩が祀られている宝厳寺と都久未須麻神社がある。琵琶の名手平経正も、木曽義仲との合戦に向かう前に立ち寄っている。浅井三代も篤く信仰。信長が、光秀に命じ、艦砲射撃で建物を壊滅させている。そこで、秀頼の命で、片桐且元が奉行となり再興。1942年に、伽藍最上部に弁才天堂が建立されて、現在の姿が固まったそうです。次いで、竹生島の景観を、絵図を使い検証しようとするもの。「竹生島絵図」「菅浦与大補下荘堺絵図」「竹生島祭礼図」「生島祭礼図」「竹生島絵図」「厳金山宝厳寺之真景」。それらの絵図の中心の話題は、現在残る「観音堂」「渡廊」「神社本殿」が、そういった絵図で、どのように描かれているか、です。でも、ここで居眠り。すっかり抜け落ちています。検証された建物群が、どのように描かれているか、それにより、これらの建物群由来の傍証としようという試みだったはずが、ダメでしたね。現在、それらの建物群に使われている建付けの様式は、装飾の意匠の統一性、その様式からして、これらが、元来から一体のもので、しかも、全てが焼失してしまった大坂城の唯一の遺構と、「ほぼ確定している」と、太田さんは言われていましたが、とんでもない遺物なのです。今の大阪城公園駅の前辺りにあったろうと考えられている「極楽橋」を、一旦は豊国廟に移し、それを、更に、竹生島に移したものと考えられています。それを指揮したのがねね(最近、また「ねね」が有力になってるとか)と秀頼親子、浅井の血を引いている2人だからこそ、浅井縁の地に持ってこようとしたのではないかと言われていました。底には篤信の気持ちあればこそです。そのため、大坂の陣で焼失を逃れたというわけです。その遺構を修復し、且つ、議論のあるところだがと前置きをして、装飾も元に戻し、安土桃山文化の姿を再現作業が行われたそうです。その画像も、しっかりと見せていただけました。修復前の画像から修復後の画像に移ると、会場からどよめきが上がりました。黒色の漆に、金の装飾、見事なレリーフ、自然などよめきです。橋だけでこれなわけですから、大坂城全体は、はたまた聚楽第はどうだったか、想像を超えた豪華さだったのだと思わせられました。太田さんは、何度も強調されていました。「コロナ禍が治まったら、ぜひ竹生島へ」「ここだけしか残ってないのですよ」、確かに、めっちゃ値打ちものだということ、よ~く解りました。
 京都アスニーへの往復は、いつものようにウォーキングがてら。ここで歩き過ぎるのでしょうね、夕方のウォーキングが、早々に疲労を感じ出し、短めに。でも、2回分を併せると、普段よりは、少々多めだと判明。疲労を感じ出したのは早すぎるのではなく、身体が自然な反応をしていたのだと、納得。空腹感を、普段、感じることって、まあない黄紺だけど、昨日ばかりは、身体に力が入らないひもじさを感じながら歩いていたほど。一つには、真夏に逆戻りしていることもあるのでしょうね。


2021年 8月 26日(木)午後 11時 46分

 Aşı olduktan sonra 1 gün geçti. Olmaktan önce ilgilendiğim yan etkileri çıktı. Ama çok az. Aşı yerindeki ağrı aşı olduktan hemen sonradan çıktı. Oğlum gibi koltuğum kalkamamak yok. Ateş normaldan çok az yüksek. Bu kadar. Onun için her zaman gibi 1 gündeki 2 defa yürüyüş yaptım, ama yüzde 85lik yaptım. Ateş yüksek olmaktan korktuğumdan.
 ワクチン接種レポートは、ごく簡単なものになりました。それだけ、楽勝だったということです。ソーシャルメディアを使い、副反応恐るべしの文言が飛び交ったのは、若い世代だからこそのようですね。実際に起こった、また、その起こったことを拡散させる手段を持ってたってことで、黄紺世代は、あまり起こってないところへさして、それを拡散させる手段に慣れてなかったってことだということが、よ~く判りました。結果として、解熱鎮痛剤を買いそびれて正解です。余計な出費をしなくて済んだのですもの。
 昼前のウォーキングがてらに寄ったマートで冷奴を買ってきて、今日は、昼呑みをしました。ワクチン接種当日は、お酒はダメと、会場で言われたもので、昨日は自粛。その分を、昼呑みで回復しようという魂胆です。常温の日本酒、夏は、これに限るのですが、それで、1合だけ、昼呑みをしました。その後、YouTubeで、ジオゲッサーをプレーする動画を観ている最中に、居眠り。早々に、飲酒効果が出てしまいました。しばらくしてから、眠っていたことに気づき、そこで、今日の午後の一時は、昼寝と決めました。空調をつけ、2時間、いい昼寝ができました。そんなで、全くのぐうたら生活。予定では、発熱でダウンしているはずだったんで、ま、いいかの気分です。
 何もしなかった一日だったのですが、今日も、朝のトルコのコロナ情報収集が薄かったもので、余った時間活用ということで、動画サイトにアップされている「世界ふしぎ発見!」を視聴。これが、歴代最高のロケの1つになるであろうというもの。「地上で最も暑い場所アフリカ アファール トライアングル」(2018/6/30)をピックアップしました。ロケ地はジプチ。大地溝帯の裂け目から溢れるマグマは圧巻! すごいもの見せていただけました。まずは、首都ジプチシティから。市場に行っても、農産物は外国産ばっか、暑すぎて、うまく育たないとか。次いで、塩の結晶で白いアッサン湖。「世界一塩分濃度高い」「死海より濃い塩分」、この地は、アラビア半島が裂けて離れて行ったところ。しかし、その後、火山活動で陸地に、そのため、標高が低い。エチオピアに続くダナギル砂漠は塩の採掘場。サハラ砂漠を乗り切る岩塩運びの姿を、ここでも観ることができました。目分量で、見事に、あの岩塩盤を削っていきます。このときのロケ地の気温は53.1度、凄いロケです。そして、ついに、エルタ・アレ火山へ、臭いがひどくなるどころか、地下水が、マグマの熱で上昇するときに、途中の様々な金属を溶かしながらなもので、地表の色は様々。自然の成せる業と言いつつも、これも得難い光景でした。その後に、先に書いた「マグマに接近」映像が流れました。靴の下からの高温に悩まされながらの撮影でした。最後は、アッベ湖の奇岩風景と、その近くのタミロ村に住むアファール族の生活が紹介されました。これは、濃~いアフリカ、濃すぎるアフリカの紹介です。こういう優れものの「世界ふしぎ発見!」を観ると、今度も佳作に出逢えるのではと、次を探してしまっています。細かな楽しみとなっています。


2021年 8月 25日(水)午後 10時 56分

 昨夜、午後3時過ぎに目が覚め、最初は、さして気にもしてなかったのだけど、いざ、トイレに立ち寝直すと、腰のしびれがかなりひどい。ワクチン接種してからだと寝返りをするのに困ったという人の呟きを目にしているものだから、翌日だと困るなと、そればかりが気になり、また、腰の痺れが治まらないものだから、もう4時過ぎには起き上がってしまっていた。そんなだから、接種に出かけるまでに、時間を持て余し、ネット上にアップされている動画サイトから「日曜美術館」を1本、ピックアップ。ここで選んだのは、「たけしが選ぶピカソの絵画」。北野武をゲストに迎え、MCとピカソを語るというもの。また、たけしの映画との相似性を探るなんて試みもされるもの。まずは、たけしのチョイスで①「泣く女」。キュビズムの時代になってからの作品。恋人であった写真家ドラ・マールを描いたらしい。「悲しみと怒りが同時に描かれている」とたけし。同じ題の作品を、ピカソは幾つも描いているそうですが、②その内の2枚の「泣く女」が紹介されました。③「海辺の母子像」が「青の時代」の到来を見せるもの。北野武監督初期の作品は「北野ブルー」で評判に。「あの夏、いちばん静かな海。」を流してくれました。いい映画だけど、たけしの映画は興行成績が上がらないと言われたのを、この映画を観て納得した経験を持っています。モノトーンに近い映像作りだったのを、よく覚えていたけど、ブルーは、言われて納得というところでした。「自然の中にあり、他の色を求めない、夜も表現できる、許容量がいっぱい」、青に関するたけしの言説です。「青の時代」が出て来たので時系列的に、ピカソの作品を追いながらトークは進んで行きました。使われた作品をメモっておきます。④石膏トルソの像⑤自画像⑥サルタンバンダの一家(「バラ色の時代」に入る)⑦葡萄の帽子の女(キュビズム)⑧海辺を駆ける二人の女(ギリシア彫刻との出会い)⑨アトリエ・画家とそのモデル 〇と鎌を握る腕(〇は不明)⑩ゲルニカ(原寸大)⑪男の顔(90歳の作品、スタジオに生ピカソが登場)。黄紺的ピカソの思い出は、どこで観たのか思い出せない青の時代の「ピエロ」と「ゲルニカ」。「ゲルニカ」の置かれているミュージアムは、ミロとの二人会的なところ。巨大で、人間や馬の喘ぎや嗚咽が聴こえてきそうな「ゲルニカ」の周りは、ミロのふざけたような絵でいっぱい。お互いがお互いを引き立たせている、そんなミュージアムだったのが、めっちゃ印象に残っている。ドラ・マールが、出来上がり作品に至る前での状態をカメラに収めています。フランコやナチスを連想させるキャラクターがあったり、共和国政府のスローガンを思わせるものが描かれていました。しかし、出来上がりでは、個別的なものは消えています。左上の牛の首が、その名残で、これがフランコを表そうとするものだったようだけど、今は、種明かしをされるまでは判らない。それで、普遍的なテーマがクリアになってきているとの解説が入りました。しかし、何を選んでも、「日曜美術館」って、そそられますね。
 そして、午前10時30分に予約してあったワクチン接種へ。都メッセでの集団接種会場で受けました。予定していた電車より10分早い電車で出かけたものだから、ロームシアター京都に寄り、チケットを引き取り。それでも、10分程早く着いたら、同時刻の予約の中では、明らかに後半。30分後、即ち、午前11時予約の人が、10時30分にもなってないのに、続々と入って来たのには驚かされた。集団接種だから、早すぎても邪魔になるだろうと考えるのは、黄紺のような間の抜けた者の考えることのようです。会場の準備も、早く来る人たちを想定してのものとなっていたので、2度目の驚きでした。とってもシステマチックに動いていました。これも、驚きだったけれど、考えてみれば、接種が始まり、もう何か月も経っているのですね。呼び込みがあり、「書類の確認」「予診」「接種」「接種済の事務的チェック」「15分待機」「再度、事務的チェック」でおしまい。全部で40分で終わりました。途中、3度目と4度目のびっくりがありました。「予診票」に1つ、空白を作っていました。係の人に聞いてからチェックした方が良かろうの判断ででした。「書類の確認」のところで、その書類を渡すときに、「1つ、空白があります」とわざわざ言ったのに、聞いてないんだなぁ、しかも、チェックを入れてない箇所を見逃してる。「これ持って、次のところへ行ってください」、違うやろ! 「ここ、抜けてますよ」と言って、ようやく気付く有様。「予診のところで言ってください」「(問題ありの方に)チェック入れておきますから」で、「予診」のところで、その書類を出し問診、「ハイ、何もありませんね」、「えーっ!」、「ここ見て下さい」と、今度は、問題ありのチェックが入ってる箇所を指さすしかなかったな、びっくりするわ、ホント。確かに、次から次へと来るから、危ないわ、人為的ミスって、こういった環境で起こる、そのいい事例です。接種の瞬間、心臓が縮んだと感じた、「あっ、これ、あのときと一緒」、10年程前、胃カメラ検査を受ける前に弛緩剤注射をされたときに感じたあれです。そのときは、心臓がとんとんと来たものだから、慌てて近くにいた看護師さんに連絡、医師もすぐに来てくれたのだけど、黄紺の様子を観て、大丈夫と思ったのでしょうね、「そこで休んでおいてください」と、椅子の腰かけて寛ぐことを求められ、不安になったけれど、結局は、3分程で治まった。でも、明らかに、とんとん来たので、とっても気色の悪かった思い出がある。その後は、そんなことはなかったので、すっかり忘れていたけれど、急に、同じことが起こりかけたので思い出した。でも、今日は、あとのとんとんが来なかった。瞬間、縮んだと感じただけだったので、ま、いいかと、黙っておきました。もう1つは、直後から注射の箇所に違和感。夕方になり、腕の上がりが大丈夫か気になり出しているけれど、今のところ、大したことではなさそう。熱も、今しがた測ってみたけれど、36.0度と平熱。でも、明日ですね、世間で言われているのは。今日はお酒もダメと言われたものだから、ついにアルコールの切れる日となりました。少なくとも、今年になってからは初めてです。ウォーキングも特別設定はなし。「ワクチン会場の往復+α」程度です。「+α」と言っても、一駅先まで歩いてから、帰りの電車に乗った程度。とっても、大人しい日となりました。


2021年 8月 25日(水)午前 6時 13分

 昨日は、お出かけなしの一日。この間、涼しかったのだが、一昨日から蒸し暑くなっている。昨日は、束の間だったけれど、実に久しぶりに空調を入れた。と言っても、真夏のどうしようもない暑さというほどではない。おかしな天気が続きます。しかも、ほんの僅かだけど、昨日も雨が降った。ホント、鬱陶しい。だけど、こういった日の定番、日に2回のウォーキングは、予定通り。なんか、疲れやすくて、この2日間、夕方のウォーキングの後半では、顎を出してしまっています。そういった意味でも、体力が落ちているのを感じてしまっています。
 今日のワクチン接種に備えて、昨日は、体温計を買った。解熱鎮痛剤も買おうとした。息子にも問い合わせ、ネットでも調べ、買おうとした薬は買えませんでした。鎮痛剤棚のそこだけが、どこのドラッグストアを回っても、すぽっと空いていました。副反応が気になるということが拡散しているからでしょうね、原因は。「米朝事務所アカウント」チャンネルで、毎週、配信されている【㊙ワールドニュース】でも、米紫が言ってました。接種を受けていた日に、その配信があったところ、冒頭で体温を計り、動画の終わりでも体温を計り、どのくらいの差があるか、それが動画のれっきとした一部になってたくらい、発熱は当たり前のように起こるものと知りました。体内に異物を入れたくない黄紺は、ワクチン接種も嫌だし、投薬も嫌という人。だから、痛み、発熱には耐えることに決めました。そしたら、異物も入らないし、余計な出費も不要と、一石二鳥です。でも、憂鬱なことは、確かです。
 午前中のトルコのコロナ情報収集が少なめだったということで、昼前のウォーキングを始める前に、動画サイトに出ている「世界ふしぎ発見!」を1本観ることにしました。ピックアップしたのは、「ツワモノたちの国ジョージア」(2018/07/28)をピックアップ。栃ノ心が大関になり、ジョージアに一時帰国をしたおり、ロケが行われたようです。草野さんまで、ジョージアに出かけて、MC役の一部を務める貴重な回です。草野さん、サングラス掛けて現れると、胸板の厚い人なので、なんか、地元でぶいぶい言わせている怖い人みたいでした。栃ノ心の地元での人気は凄まじいのが印象的。ましてや、着物姿で現れるから、人が群がります。でも、着物、持って帰るだけで大変だろうと、余計なこと考えてしまってました。栃ノ心の故郷ムツヘタは、世界遺産の町、その城塞に上がってのロケが入ってました。お父さんの家、同じく角界で活躍した黒海の家もブドウ農家。クヴェヴェリという壺を使い、ワインの醸造をするそうですが、それが世界最古のワイン造りだそうです。洞窟都市ヴァルジアは、カッパドキアですね。崖が崩れて、地下都市が露出してしまったそうですが、やはり地震だったのでしょうね。砂金が取れたようで、それを目指して、人やものが動いたそうです。これは知らなかった。バトゥミも出て来てたな、人の流れネタとして。トルコで見かけたバトゥミ観光を呼びかけるポスターに描かれた風景、映像で観ると、迫力ありますね。そして、終盤は、伝統的歌唱法とオリジナルな文字と、相変わらず、盛りだくさんな情報満載となっていました。草野さんは、1泊4日の弾丸ロケだったそうで、出演はトリビシだけ、でした。ま、そうでしょうね。
 夜は、昨日も、アートエリアB1からのオンライン配信を楽しみました。ラボカフェですが、昨日は、アーティストトーク「Gonzo dot partyの"事実"と"妄想"を語る」というものがありました。contact Gonzo(アーティストユニット)にdot architects(建築家ユニット)も加わっての、このアートエリアB1を使ったパフォーマンスを、一部、客を入れて、それも含めて配信をした過去映像を振り返り、その映像を観ながらのお喋りをするというもの。アートエリアB1運営委員の木ノ下智恵子さんが司会、同じく久保田テツさんが、オンラインでの参加というものでした。コンセプトは「経済」「party」。最初、何が始まったのかも判らなかった。しばらくしてから、パフォーマンスとか、インスタレーションとか言われるものが展開しているのだということが了解できた黄紺。現代アートにはまってしまっている黄紺には、とってもそそられる有難い配信。監視カメラ21台を配備して、会場内の様子を入口のモニターで見せたり、パーティグッズ、お金の音を聴かせる装置、積み上げられた丸太の上には「GDP」の電飾、傍らの大きな壁、それを指して、ウイリアム・モリスの名前を出した解説が入り、その壁の向こうがパーティ会場、遠巻きに客が入っている前でパーティが始まる、そのための腸詰ウィンナー作り、壁の下方を切り抜き、丸太の搬入、そこから、御柱立てが始まるというパフォーマンス。足元には、パン生地を投げかけたものが拡がっている。その後が、映像配信。「パーティをする前のパーティのCM製作」「貨幣を作る型(丸太を使う)を作るパーティ」「粘土で貨幣を作り、自然乾燥させる」「話し合い、貨幣について、単位などを決めた」「(パーティ用に)ドラッグクイーンのメイク」「パーティにおけるダンスを習おう」「no party、モノトーンで」「最後のパーティ=解体」という流れでした。はしょりながらの振り返りだったので、意味は、自分の中で膨らみませんでしたが、何やらおもしろそうなことが進んでいる、その雰囲気はあったな、確かに。これが、この1年余、コロナ禍の中で、この配信で流れていたようです。知らなかったので、仕方ないけど、こんなの流す配信があるのですね。興味は掻き立てられた、そういった配信でしたが、今年も、新たな活動が行われるようです。今度は外さないようにします。


2021年 8月 23日(月)午後 11時 37分

 今日は、映画に行けるようだったら行こうのつもりだった日。条件は2つ、1つは、雨が降らないこと。2つ目は、この映画が、午前中に上映されるものだから、朝のコロナ情報収集に時間を取られると難しくなります。ましてや、週末のマッチ情報も、併せて押さえておかねばならないものですから、わりかしハードルの高い条件。まず、夜中は、かなりの雨。降り方がひどかったので、ダメだと思っていたところ、明け方に止んだみたい。一旦は、この計画、あっさりと反故だと思ったのでしたが、起き上がる頃には、様子が変わっていた。もう1つの条件は、ちょっとハードそうに見せて、過剰にはならなかったので、条件をクリアしてしまったものですから、事がスムーズに進んで、ちょっと自分じゃないみたい。それが確定してから、いつもより多めの朝食。自宅に戻ってくるのが、昼食には遅めになるための準備。で、行ったのは京都みなみ会館、今日は、こちらで、韓国映画「サムジンカンパニー1995」。「実話に基づいたフィクション」と冒頭に出たけれど、「サムジン」は「サムソン」だろうと、勝手に判断。公害垂れ流しの元凶という、もろヒールの役割を与えられていましたから、韓国では知られた事件だったのでしょうか? それを暴くのが、3人の高卒女性社員。「働く女性」、でも、そこで待ち受ける、「学歴差別」「男尊女卑」的空気の充満する大企業、それにも立ち向かわねばならない。95年と言えば、韓国経済が大発展を遂げる最中、今と違って、まだまだ、旧弊な儒教体質は色濃く残っていたということでしょう。そこで、たまたま、主役3人の1人が、垂れ流しを目撃してしまう。それを見て見ぬふりを強制する縦社会が貫かれている、男社会の中もそうなんだから、ましてや、高卒女子となると、ますます、ハードルが上がる。それに立ち向かう姿をコメディとして描く作品。正直、おもしろかった、です。いかにも韓流と言える、誰がええもんで、誰がわるもんか、それが、くるくると、何度も何度もひっくり返る。しかも、きっちりと、仕込みでは、逆キャラで描いてあったりと、かなり芸が細かい。そういった意味で、間違いなく韓流。しまいには、どこまで、真犯人を隠すのか、それを打破する手を隠すのかと思うほど、過剰に引っ張りました。「これまた、韓流やなぁ」と突っ込んでしまう一方、楽しんでる自分が、そこにありました。主役3人の女性のメイクを初めとして、90年代半ばの再現、小ギャグなんかが満載なんでしょうね、そこまでは楽しめない己の韓国度の浅さも思い知らされました。奥が深い!
 みなみ会館の帰りは、いつものように徒歩。これがやりたいので、雨の日ではダメなのです。これで、エネルギーを消耗したみたいで、夕方のウォーキングもそうだったけど、あまり歩く気が高まらなかった。暑いせいもあったかもしれません。久しぶりに蒸し暑い日でもあったのです。午後の一時も、一部、昼寝程ではないけど、ベッドの横になる時間をとりましたしね。İki gün sonraki aşı olacağım gün yaklaşıyor. Şu anda önermem gereken kayıtta yazmam gerekenleri yazdım. Şöyle yapmak için oğleden sonraki saatler kullandım. Aşı olmam lazım torunlarım görüşmek üzere!


2021年 8月 22日(日)午後 10時 57分

 今日は、本来なら、城陽市の博物館で、奈良電についての講演を聴いているはずだったのが、ご多聞に漏れず、緊急事態宣言のためにボツ。先日、中止の電話が入ったので、「中止ですか? 延期ですか?」と尋ねた。ちょっと曖昧な答え方だけど、やる気はないね、そういった空気を乗せての回答だった。企画しておきながら、「奈良電なんて」の気持ちが見えなくもなかったのが、悔しかったな。もう、奈良電の話を聴いて喜ぶのは、マニアックな鉄ちゃん、それも、年季の入った鉄か、それを知っている世代でしょう。黄紺は、桃山御陵駅の東にあった奈良電本社ビルを覚えている世代だから、まとめて、奈良電の歴史のようなもの聴いておきたかったのに、愛想がないって、このことです。
 そんなで、今日は、お出かけなしの一日。でも、また、雨が降った。昼過ぎまでは大丈夫だったんだけど、午後の遅めの時間帯は雨。いいかげんにして欲しい。去年の7月の末の再現ですね。あのときと同じく涼しい、おかげで、もう、どのくらい空調のお世話になってないのかも判らないほど、使ってない。息子が来たとき、買い出しに行って「暑い」と言ってつけたとき、「久しぶり」だと思った程だから、10日どころじゃないよ! 陽が落ちるのも早くなったし、なんか、夏は終わった感が出てきています。でも、また、ぶり返すのだろうな。
 昼間は、オンライン配信がありました。アートスペースB1のラボカフェの配信です。「あぐり展/オープニングトーク」が配信されました。このスペースを利用して絵画や焼き物の展示、あぐり展が開かれているということで、それについてのトークがあったのです。作品を提供されている樂描の会代表の本宮氷さん、カフェマスターとしての宮本友介(COデザインセンター助教)さんに加えて、お名前が判らないのですが、石笛奏者の方が加わってのものでした。樂描の会は釜ヶ崎で活動されている人たちのグループだそうです。その作品を、まずは見せてよと思ったのですが、なんで、ここで出て来るのと思う石笛の話題が続き、でも、その石笛が演奏されると、また、癒されるものだから、すっかり弛緩したのがいけなかったのか、またぞろ居眠り。最後は、ベッドに横になってた。その最後の方で、作品紹介がされていたけど、「もう遅いよ」と、PC画面に向かうことさえ拒んでいました。
 日曜日だということで、お楽しみの「日曜美術館」を待ってたのに、高校野球で休止。ざけんなよ、こないだまでオリンピックで中止、今度はパラリンピックで中止でしょう、その間も、なんたることよ、です。しかし、午後8時からの再放送分は放映がありました。過去映像です。「太子の夢 法隆寺の至宝」が放送されたのですが、これ、観たよと、運のないこと夥しい。でも、もう1度、観てしまいました。奈良国立博物館での聖徳太子没後1400年記念での特別展に合わせての放送、で、再放送はなぜと思ったら、今、東京国立博物館で、これ、やってんですね。でも、これは、凄い、特別展です。法隆寺から出て行ったものも集めている。法隆寺金堂から国宝の仏像、持ち出してる。教科書に出て来るものが、これでもかと出てきました。孝養像ネタがおもしろいですね。これは、現在からは想定外。これも含めての太子信仰だったんだと、納得。その太子信仰と民間信仰との合体もおもしろいですね。池田理代子がゲスト、しっかりとした調査ができる人とのインプット、太子を描いた作品があるとかでの出演。姿形も、きっちり調べてた。髪飾りネタがおもしろかったですね。ぶら下がった髪に花飾りとは、飛鳥の美に驚きしかありませんでした。
 TVと言えば、昨日の「ブラタモリ」が良かった。まだなのと思い続けていた諏訪湖がテーマでした。黄紺でも知る、大構造線の走るところ。それに岩石ネタが2つも重なり、縄文海進もと、話題は豊富。だから、いつやるんだろうと待ってたのです。コロナ禍で、放映が、再三途絶えるためのサービス企画なのかな? 御柱祭と言い、御神渡りと言い、ホント、話題が尽きないのに、取ってあったんだと思うしかない濃~い内容でした。次回は松本。国宝松本城がネタでしょう。これも、楽しみ。タモリが番組で言ってました。「黒四」のロケのとき、「天候不順で1日留め置きになったんで、糸魚川まで大糸線往復してきた」、これ、涙ちょちょぎれます。大糸線こそ、糸魚川-静岡構造線の上を走る鉄道だから、その気持ち、よ~く解りました。かつて、スキーに精を出していた頃、早朝に糸魚川に着き、大糸線に乗り北アルプスのスキー場に行ったこと思い出してました。糸魚川から徐々に谷あいに入って行く線路、今でも目に浮かびます。あれから、どれほどの時間が経ったのでしょうか? そう思うと、感無量なのです。


2021年 8月 21日(土)午後 11時 31分

 昨夜、夜中に、ちょっとしたアクシデント。トイレに立ち、ベッドに横になろうとした瞬間、傍らのテーブルの上にあるPCに繋ぐハードディスクのコードに、足を引っ掛けたものだから、ハードディスクが吹っ飛んだ。コードも抜けている。以前、平衡感覚が少し失われているために起こったことと似ている。あのときは、足で、PCとの接続部分を引っ掛けたため、ハードディスクがお釈迦になってしまった苦い思い出があるので、一挙に目が覚めてしまいました。一旦は、焦ってみたところでどうしようもないので、そのままにしてベッドに横になったのだけど、気になって寝てはいられない。どんどんと目が冴えて行くので、諦めました。起き上がってPCをつけ、幸い、今回は接続部分は破損してなかったので、ハードディスクが生きているかの確認。ラッキーでした。大事には至らなかったのは良かったけれど、とてもじゃないけど、二度寝なんかできないほど、目が冴えてしまい、そのまま、1日がスタートしてしまいました。これが、午前3時半では、酷すぎます。そのまま、寝ることなく、その後も過ぎてしまったので、気になり出したのは、午後にオンライン配信で、「みんぱくゼミナール」を視聴する予定だったこと。ウォーキングもしたしと、これもやばかった。寝てないのに、疲れが溜まることをしていては、余計に、そのオンライン配信に障りが出てしまいました。もう始まった途端と言ってもいいくらい、居眠りどころじゃない眠気に負けてしまいました。完落ちも完落ち、見事なまでの完落ちとなってしまいました。ですから、記憶の欠片すらないのですが、今日、「みんぱくゼミナール」で、何があったかだけはメモっておきます。「規則的配色がつくりだす宗教空間――敦煌莫高窟の千仏壁画」というお題で、末森薫(国立民族学博物館助教)さんのお話がありました。唯一、覚えているのは、敦煌の遺跡の中を、Googleのストリートビューイングのようにして観ることができるサイトがあるということ。しっかりと、確認させていただきました。こういった世界遺産系の遺跡や文化財を、ネットで観ることができるのですね。ネットの使い方、もっと勉強しなきゃと、今日も思ってしまいました。
 今日は、それくらいのトッピックしかないのかと言うと、実は、大ニュースがあるのです。「Aşı olacağım」 なのです。先日、息子と、自宅で吞んだとき、わりかし、この話しをしました。息子の殺し文句は、「だったら、DやSと会えないぞ」でした。それは承知の上でしたが、そのまま言われたばかりか、本当かどうかはいいとして、も1つ、息子は殺し文句を用意してました。「DやSは会いたがってる」というものでした。これに完敗しました。当初は、時間稼ぎでした。こないな新しいものを、こないな短期間で使うというのに抵抗感を持ってしまってました。アメリカまで弾丸ツアーまで行って接種する人まで出た来たのだから、そういった人たちには行ってもらおう、オペレーターに「殺すのか」なんて暴言を吐いてまで、早々に接種を求めた輩、黄紺にはいいモルモットでした。様子眺めの好材料となってくれました。接種するなら秋、うまくいけば、来年のペンテコステにはオペラ紀行に、「思い出しワクチン/hatırlama dozu」なしで行けるからと思ってました。でも、それは無理なようなんで、今、トルコが進めようとしている映画館などに行く場合の制限ができれば接種でも受けようかと思っていたところで、息子の巧みな言葉に負け、5日程前に、接種登録をしたところ、電話が入ってきてた。まさか、そないに早く接種の受付完了となると思ってなかったものだから、何かの不具合があったのだろうと思い、また、電話をしてもかかるものではないと思い放置してあったら、また、今朝、電話がかかって来た。既に、電話番号の調べがついていて、ワクチン関係だと思い電話に出ると、あっさりと接種日が決まってしまった。「ワクチン自体がなかったのじゃないかえ?」と突っ込みたくなるほどの早業。来週の水曜日にモデルナ社製です。若い世代が接種を受けるようになり、副反応について、ソーシャルメディアを使い拡散している。爺さん婆さん世代が接種を受けた時期と違い、接種体験で溢れている。ホント、それらで知識を得ると、受けようと思ってても、気が減退する現実。その話も息子とすると、「来るでぇ」、これには、更なる完敗でした。Onu için aşı olmaktan sonra nasıl geçtiğimi bu sitemde birdirmeye karar verdim. Benim raporum bekleyin!


2021年 8月 21日(土)午前 5時 43分

 昨日は、朝からアスニー京都に行くことになっていた。ところが、ここへ来て、再び、緊急事態宣言が出たため、実施かどうか気になってたんだけど、アスニー京都のHPに実施と書いていた。逆に驚かされてしまいました。この間、電話連絡やメール連絡で、市民向け公開講演会が、相次いで中止が伝えられてきたものだから、これもそうだと決めつけていたら、そうじゃなかった。同じ、京都市の主催でも、中止になってるのに、ここは実施。よく解りません。府の方は、徹底した安全策だけど、市の方は、主催団体に、それが市の部署であっても、任されてるとしか、考えられない状況です。アスニー京都は、定期的に講演会などを開催してきているので、この事態になっても開催のノウハウを持っているということですね。慣れたところは、執る手が判っているので、実施。でも、慣れてないところでは、怖い、勇気がない、とにかく安全策に流れる、まるで、人生の縮図を看ているような対応です。で、昨日のアスニー京都は、「近江の秘仏を訪ねる」というお題で、NPO歴史資源開発機構主任研究員の大沼芳幸さんのお話を聴くことができました。近江には秘仏が多い。仏は、説教する釈迦の姿であり、人前に姿がなければ、説得力がないはずなのに、秘仏とはという問題意識から出発。「本地垂迹」の持つ意味を解明するというのに、随分と時間を割かれました。そのために、日本の古来のカミの解き明かしからスタート。カミは、本来、自然に漂う気配で、そのために、実態がなく、姿もないものだったはずと、言葉では難解なところからスタート。漂う気配を感じるのは人間の感性であり、その感性の元になっているのが「願い=自然に対する人間の打算」と定義されました。その「願い」がかなえられたときの発露が「祈り」。でも、その祈りに対象物が欲しかった。そこを補ったのが、外来の神。その新たな神は、「姿=仏像、言葉=経典、家=寺院」を持っていた。これに倣ったというわけです。ここで、白洲正子の残した言葉が引用されました。「日本人本来の心情からいえば、神が仏に乗り移って影向したと解すべき」。山で修行する僧(泰澄、最澄、空海など)により、日本の神々が仏の姿に変えていく。だが、立木仏、荒彫、鉈彫などがあるように、仏像としては未完成なものが出て来るのは、仏の姿になることを拒むカミの姿だと言います。また、仏像の素材に、石や木に収斂するのは、自然に存するものへの依代的感覚だったのだろうということです。こういったことを踏まえての「秘仏」、天台宗系で、こういった措置が出て来るそうで、これは、「カミとしての属性を失っていないカミに対する配慮に基づく祀り方」だとされました。天台寺院は、これを反映して、神社本殿の空間構成と共通しており、奥深いところに仏像を安置する。元々はカミなのだから、人前に常在することを好まず、人間の心性として、元々は気配なのだから、その姿が見えなくてもご利益には変わりはないとして、こういった措置を受け入れるというわけです。お話の中に、近江だけではなく様々な地方の仏像を見せていただけました。流れとして出てきそうだった円空仏も見せていただけました。でも、白眉は、御開帳のレアな近江の仏像、いや、秘仏の数々。宗教学の講義を聴いているようなお話、でも、「本地垂迹」について知っているつもりの真逆のお話、なかなか興味の尽きないものです。奥は深い、思わず、この言葉が漏れてしまいました。
 アスニー京都への往復は、いつものようにウォーキングを兼ねてのもの、だけど、昨日は、ハラハラドキドキ。朝の天気と一転して、帰り道は雨との競争。で、その競争に負けてしまい、びしょ濡れで帰ることになってしまった。大丈夫かもと思い、最寄り駅1つ手前で降り、お酒の安いマート経由で帰るという、いつものルート、半ばで雨。マートの近くまで来ていたので、マートに寄ると、もう土砂降り。小止みになったところで歩き出した。これが、結果的にはびしょ濡れにはなったんだけど、正解だった。もう少し待ってたら、途中で滝つぼに落ちるが如し雨に遭ってた可能性大でした。昨日は、夕方にもウォーキングを敢行。今週は、雨で歩けなかった日もありで、その補充にいいかもと、雨上がりの夕方、歩いてみました。いつもの時間だったんだけど、もう、家に戻る時間になると、暗さを感じ出す季節になっています。あと1ヶ月で、もう秋分なのですからと思うと、もう夏も終わりですね。


2021年 8月 19日(木)午後 11時 50分

 今日も、また、朝から雨、しかも、強い降り、いいかげんにして欲しい、ホント。お出かけなしの日だったんだけど、午前中は、降りが酷いので、ウォーミングは断念。小止みになるのを待って、せめて買い物をと思っても、ダメ。意を決して、買い物だけと思って出たら、戻り掛け、自宅に近づいたところで、ようやく、普通の降りになった。嫌がらせのような降りです。夕方は、いつもより1時間ほど早めでウォーキングに出かけたんだけど、止んでからのお出かけ。止んで直後ぐらいだったかな、今日は、いつもより1時間、この夕方のウォーキングを早めたので。濡れに濡れた道路を見ると、傘を持ってのウォーキングにならざるをえませんでした。
 午後の一時は、短時間。そんななか、動画サイトにアップされている中から「日曜美術館」をピックアップ。たくさん、動画は生きていると思ったら、そうではないことに気づき、順にクリックして行って、生きていたら、それを観ようとの決意でヒットしたのが、「モネ、光を追いつづけた男〜科学者・西澤潤一が読み解く」。檀ふみがMCをしていた時代のものです。西澤さんはノーベル賞受賞者にして、大のモネ愛好家。話を聴いていると生半可ではない。その西澤さんが、開催中のモネ展を訪ねながら、また、スタジオで蘊蓄を語るという構成になっていました。モネの作品で取り上げられたのは、次の作品でした。①睡蓮の池②貨物列車③サンラザール駅④エトルタの日没⑤積みわら、雪の朝⑥ヴェトゥイユ⑦睡蓮⑧少年時代のモネが描いた風刺画⑨ルエルの眺め(初めての風景画/17歳)⑩アルジャントゥイユのレガッタ⑪橋からみたアルジャントゥイユの船着き場⑫日傘の女性⑬大運河、ヴェネツィア⑭印象、日の出(「印象派」の基となった作品)⑮かささぎ(構図に浮世絵から影響あり)⑯アンティーブ岬(前に大きな木を置く構図は浮世絵から影響)⑰モントルグイユ街、1878年 パリ万博の祝祭⑱ジヴェルニーの積みわら、夕日(1890年以後、連作に挑む)⑲積みわら、雪の朝⑳積みわら、夏の終わり、朝㉑ルーアン大聖堂の連作㉒ルーアン大聖堂、正面とサン・ロマン塔㉓睡蓮の池(60歳以後、自宅の庭の花々を描く、睡蓮の絵200枚以上)㉔ばらの小径㉕睡蓮、柳の反影㉖日本風太鼓橋㉗オランジェリー美術館/壁画(クレマンソーの求めに応じる)といった作品が紹介されました。絵の具の使い方など、子どもの頃から会得していて、その細かな使用であの絵画群を制作したそうです。光に拘り、細部に拘らない姿勢が独特の画風を生み出したようです。世はジャポニズムの時代。モネも、きっちりと、その影響を受けていたのですね。黄紺的には、モネは多作家だったので、著名な作家さんの割には、様々なところでお目にかかっていて、どこで、どんなということを思い出せないなか、どうしても思い出してしまうのは、チューリヒ美術館所蔵の睡蓮画。大きかった、淡かった、1つかと思ったらそうではなかった。これが、飛びぬけて覚えている作品。これを思い出すだけで、チューリヒ美術館は、黄紺の中ではグレードが上がってしまうのです。
 夕方は、急いで、トルコのサッカー情報、コロナ情報を集めて、オンライン配信に備えました。京阪電車なにわ橋駅のアートエリアB1からの、おなじみの配信です。今夜のラボカフェは、「鉄道芸術祭vol.10プレ企画」と銘打ってのシンポジウム「収益装置としての駅の進化と今後の方向性」が配信されました。まずは、加藤肇(産業能率大学教授)さんの講演。加藤さんは、元JR東日本でマーケティングを担当されていた、この道のプロ。お話は、東京をネタにしたお話。あちらの方なので仕方ありません。「都市と鉄道と社会」というテーマで、私鉄の発展状況の確認から入られました。丁度、時代に下るにつれ、生活区域が、下町から何層にもなった山の手へと展開していく姿とかぶりながら、路線が拡がっていきます。黄紺が東京にいたのは、その拡張の時代。よくお世話になった田園都市線は、既に長津田まで行ってましたが、まだ、玉電が走ってた。早々に廃止になったけど。ちょっとした生き証人の気分で聴いていました。それと、駅に商業施設ができていく話がかぶっていきます。ここで、社会の動きと重ねたお話が最高! まだ、この時期は「性分業制」「生産と消費の分離」の時代。短時間で便利なお買い物ができる存在でしかなかった駅の商業施設。だけど、バブル後、男女共同参画が進むと、駅にも変化がやって来る。ステーション・ルネサンスを掲げたのはJR東日本。恵比寿駅では、ビルの3階に駅があり、駅にビルが付いてくる、商業施設が付いてくるのではなく、地位が逆転していった。駅が3階というのが、それを象徴しているというのです。確かに、変わってからの恵比寿駅に行ったとき、黄紺は利用することがわりかしあったはずだったのが、勝手が違うどころか、駅に辿り着くのに困った記憶がある。商業施設の中に駅があるとなっていました。更なる進化は、駅改札中で商業運営が始まった。2005年のことだそうです。今じゃ当たり前の品川駅構内が登場したということです。こういった駅の姿の変化と重なる「駅ビル・駅ナカの消費の心理」が、おもしろかった。駅ビル・駅ナカは、デパートのように「計画的に買い物に行くところ」ではなくて、「非計画的な消費行動するところ」「衝動性の高い消費が行われるところ」だということ。「出会い」を求めることを目的化し、「気持ちスイッチ(会社の気持ちを持ち帰りたくない)」ができるところ。今日は、今週はよく頑張ったねと、(自分への)「ご褒美」を求め(そのため、週末に増え、高めのものを買う)、「会社でもない」「家庭でもない」「個」に戻れる(自分に戻れる)、そこが駅だという気持ちが、消費者の心理という分析がおもしろかった。で、そういったところは、コロナ禍でどうか、それが次なるトピック。大きなマイナス続き、中でも、駅ナカが一番厳しいそうです。「寄る場所」だったことから、厳しくなった。アフターコロナでも、ビフォーコロナに戻るとは言えない(テレワークで上手く行っている企業ありきだから、一例として)ので、「行く場所」への魅力がないといけなくなってきているとの分析。集客だけには苦労しなかった駅の商業施設が、そこに悩まねばならなくなるという現象が生まれて来ているというでした。後半1/3は、そのアイデアを出す場になったと言えば言い過ぎかもしれませんが、かなり、そういった話題で推移したように思えました。楽しみました。マーケティングの話って、さほど聴かないのですが、これは興味津々となりました。話題が明確だったからでしょう。最早、儲けるだけでは、集客が難だと判っているからかもしれません。その辺りもカヴァーしながらのシンポジウムだったかと思います。


2021年 8月 19日(木)午前 7時 3分

 昨日は、朝からまる一日のお出かけの日。朝方は、雨の降り方がひどいものだから、ほぼ、その内の1つは止めの気分。でも、念のために情報収集して、昨日でないとダメなことが判り(会期終了間近)、結果、まる一日のお出かけになりました。幸い、雨は、午後になってから小止みになり、やがて帰り道では、ちょっとご無沙汰の暑い陽射しに遭ってしまったことはしまったんだけど、おかげで雨の心配しなくていいのが、これは、救われた。でも、途端に、暑さに文句垂れてしまってました。つい数時間前まで、冷えるのは嫌だと思ってたのに、です。
 まず、午前中のお出かけ先はアスニー山科。昨日は、こちらで「特別講演会」があり、「秀吉造立の大仏と善光寺如来」というお題で、奈良大学文学部史学科教授の河内将芳さんのお話を聴くことができました。お話は、大仏殿の位置確認から。方広寺の位置+現京都国立博物館の北半分以上くらいかなという広大なもの。江戸時代の絵図では、抜きんでた大きさです。更に、三十三間堂をも包摂した寺院化にも動き出し、両者を築地塀を囲んでいた時期があったそうですから、一層の巨大化が看られたそうです。なぜ、この場所なのか、それは交通の要所で、誰の目にも着くからということ。三条大橋がなかった時代は、東海道は、現松原橋の五条大橋に出て来ていた。今の馬町へだったそうです。京都女子大学本部の北側、新校舎との間の道がそれですね。そして、大坂へは鴨川水系を使うとなると、その交差点になるからという、絶好のロケーションとなります。ところが、建設途中に地震。大仏殿は大丈夫だったけれど、大仏そのものは壊れた。日本中の1本木のいいものを集めて骨組みを造ったものだから大仏殿は大丈夫でも、大仏はダメだった。替わりに、甲斐国から善光寺如来を持って来た。巨大な大仏殿に小さな善光寺如来。堂供養も開眼供養もせぬまま崩れた大仏とその入れ物。替わりに、善光寺如来堂と化したところで、慶長2年に餓鬼会が行われた。堂供養の替りのよう。この辺りのお話が、めっちゃ新鮮でおもしろい。この時期は、文禄・慶長の役の最中。この餓鬼会、耳塚(当時は鼻塚だったとか)の前で行われた。朝鮮からの逃亡兵も多くいて、京都に舞い戻ってきている者もいたようで、民衆は、負け戦だということを知っていたと考えられるのに、そうではないとのパフォーマンスをしたらしい。これだけではなく、内憂外患だった秀吉のパフォーマンスだったとのお言葉、新鮮でした。しかも、秀吉の晩年は、人心が離れて行ってたとも。検地に事業で駆り立てられていては溜まりません。しかも、負け戦の対外遠征ときては、その方が自然です。善光寺如来招請も、結局は、死期が近づいていたことを認識していたとも看えるようで、ますます民心を離脱する話です。秀吉没後、大仏殿も焼失。正に、奢れるもの久しからず物語です。このお話では、そういった意味で、権力の陰の部分を聴いた気分になりました。いや、これが実像。いかに、虚像を見せられてきたかということですね。おもしろかった!
 アスニー山科を出ると、JRで山科から瀬田まで移動。雨は降ったり止んだり。でも、降っていても小ぶりだということで、瀬田駅から滋賀県立美術館への往復を、昨日のウォーミング替わりと見立て、歩くことにしました。ググってみると、片道37分、程よいウォーミングとなりますからね。黄紺的国内旅行のコンセプトは「地方の美術館巡り」と決めたので、その第1弾はここと決めていました。第2弾の予定はなく、アフター・コロナの世界ですが。リニューアルオープンした滋賀県立美術館、それを記念したコレクション展「ひらけ!温故知新―重要文化財・桑実寺縁起絵巻を手がかりに―」&企画展「Soft Territory かかわりのあわい」を観てまいりました。前者は、重文の桑実寺縁起絵巻の展示、それにインスパイアされた「①パノラマの視点」「②ストーリーを描く」「③祈りの情景」の3つの視点での展示が、絵巻に続きます。①では、琵琶湖、及び、湖畔の風景、②では、絵巻の成立を促す要素ということで、あの物語ではと飛躍、③も、絵巻に描かれている世界が、足利将軍が、桑実寺に仮幕府を置き、京への帰還を祈ったということからの飛躍と、インスピレーションからの飛躍で生まれるテーマ設定で展示が進むというもの。これはおもしろいですね。その中に、同館所蔵の作品を紹介したり、休館中に新たに所蔵されるようになったものを紹介したり、更に、このテーマに、同館自慢のコレクション、小倉遊亀の作品を絡めて行くという奔放さは、実に楽しい。後者は、滋賀県縁の作家さん、それも、若い人たちばっかの現代アート作品、しかも、新作を連ねるというのが、そのコンセプト。以前にも書いたように、現代アートは、おもしろいと思ったものを観る、そうは思わなかったものは、なぜ、ここにあるのか、誰かがおもしろいと思ってるからここにあるのだと考え、おもしろいところを探す、ここに時間の長短はあるのだろうけれど、自分的に、何も見つからなければ、さっさと流す。じゃ、ここで立ち止まってしまったのは、いきなり、第2展示室冒頭にあったガラス細工。金属と組み合わせた壺状の器も目を引いたのですが、そっちじゃなくて、透明なガラスにレリーフのように、表面に模様を刻み、そこに光を当て、その影を楽しむという作品。最初、何が起こっているのか解らなかった。何を楽しむのかすら解らなかった。また、その影がいい。水の中から上を見上げたときのような光景だなと思ってしまいました。作品か何なのかが判らなかったのが、壁に描かれた模様。近くにいたおばさん、係の方から説明を受けて、初めて気づかれていました。天井から床まで続くものですから、しかも、同じデザインで。デジタルの技だなとは思ったのだけど、そう思うと、今度は、どうして、ベタ一面に壁に貼り付けたのかが判らない。随分と目を凝らしたんだけど、判らなかった。そないなことをしているので、係の方は、黄紺には近づいて来られませんでした。庭に遊具が2つ。これは、庭に出るドアを開けてもらわねばならないということで、係の方に説明を受けました。ブランコと滑り台、ぶつかるように作ってありました。コミュニケーションがテーマでしょうね。元に戻り、廊下を歩くと、小さなスピーカーから子どもの歓声。遊具作品の補助でした。パフォーマンス系は2つ、12人の作家さんの参加の内、パフォーマンス系は2つ、ちょっと少ない。1つは、グルーピングの様子を映像で示すもの。こちらも、コミュニケーションがテーマと看たのですが、ちょっとベタな印象を持ってしまったな。おもしろかったのは、とっても広いスペースをもらった作家さん、その一角で製作してました。生活用品を使い、舟の製作中でした。ペットボトルで浮かし、帆は、再生可能ゴミに出すような素材を使い、それを縫い合わせるという、正に、その作業をやってました。黄紺は、そちらじゃなくて、網を使った「境界」の表現。その薄さ、ウチとソトの両義性を表すのに、格好の材料、その着想、それと、その内部と外部に置かれた「海」のイメージに絡める造りに惹かれてしまったのです。色合いとか、形状、凄いセンスに感服。壁には、作る、使う、そんなところをコンセプトに、小物が、いっぱい展示されていました。その色合いが、網の作り物に合わせられている、とっても惹かれてしまいました。とまあ、特に印象に残ったもの、メモっておきました。それにつけても、辺鄙な場所にある美術館です。その替わりに環境、抜群。駅から歩いて、恐らくと考えていた名神を超えた地域、隣は龍谷大学、草津の方に行くと、他の大学もある。1度だけ、あの辺りに行ったことがあるので、そうじゃないかと思ったのだけど、なぜ、行ったのかが思い出せない。どこかの大学に行ったのかなぁ。でも、自分が、「なぜ、大学へ?」と思ってしまう。でも、これだけ楽しませてもらうと、また行っちゃうでしょうね。「期待の館長就任」と、巷間、言われているので、とってもモチベーションが高かったのだけど、見事に、期待に応えてくれました。


2021年 8月 18日(水)午前 6時 36分

 昨日も、また、雨。しかも、かなり涼しい。迂闊に、窓を開けっぱなしてうたた寝をすると、寝冷えをしてしまいそう。雨の合間を見て、傘さしウォーキングを考えるのだけど、昼前は、半ばで断念。そのあとしばらくして、再び、滝つぼに落ちるような、ひどい降り。昨日は、その時間は長くはなかったけれど、降り続けるだけ降ったって感じ。夕方は、外に出てから、行けるかと思い、ウォーキングを開始。でも、15分ほど歩くと、地面の水が溜まりかけたから、そのまま進むのを止め、方角をマートに。ところが、買い物をして外に出ると、一転して、雨が止んでいる。おかげで、傘さしウォーキングをやっちゃいました。午前中に、満足に歩いてないものだから、エネルギーいっぱいでした。ただ、雨は、ものの10分もしない内に、また降り出しはしましたが。
 そんなで、時間にゆとりだらけの一日。とっても、ぐうたらな一日。だいたい、何かをしてないと落ち着かない性分なので、そういったことはレアなんだけど、ただ、漠然とベッドに寝転んでいたり、ジオゲッサーをしているYouTubeの動画を観たり、、、。バーチャルなオペラ紀行のための資料作りも、ちょこっとしたな。そんななか、唯一、まともだったのは、兵庫県福崎町の「山桃忌」のオンライン配信のごく一部を観たこと。福崎町と聞いて、兵庫県のどのあたりかも思い浮かばないのだけど、ここは、柳田国男の生家のある町。そこで、それを記念して、毎年「山桃忌」というイベントを行っていることそうです。なんで、そういったものを見つけたのか、これが思い出せない。しかも、今年で42回目だそうで、とっても歴史がある。逆に言えば、なぜ、今まで知らなかったのかが、不思議な感じがしてきているんだけど、とにかく、今年まで知らなかったのを、今年になり知り、その配信の視聴ができるように申込んであったのです。その動画が、一昨日から配信が始まったということで、ちょっとだけ覗いてみたということでした。「柳田国男と“海上の道”」というのが、今年のテーマ。それに沿ったシンポジウムが、配信されているというわけです。昨日、視聴したのは、その中から基調講演「“海上の道”再考」。柳田国男・松岡家記念館顧問/東京学芸大学教授の石井正巳さんのお話を聴くことができました。これが、なかなかおもしろかった。専門家の人たちでは判り切ったことのなのかもしれないけど、黄紺的には、そうではなかった。「日本人はどこから来たのか?」、これを、戦後、考えることは、1つの大事だった。戦前の神話の世界から脱した科学的な回答が求められるなか、有名な江上波夫の騎馬民族説も、その中で生まれたものと規定。柳田は、それを、民俗的な体験から解き明かしたというのです。「①対馬ルート②沖縄ルート③北海道ルート」といった3つのルートが考えられるなか、柳田は②を説いたというわけです。それを導き出した民俗的な体験を書いています。知多半島伊良湖崎でのこと、2つを挙げているそうです。1つは「椰子の実の漂着」、もう1つは「宝貝」、前者は、もう、それだけで南方を示しています。後者は「子安貝」のことです。子安貝は、文化人類学の本を読んでいると、必ずやお目にかかるトピックですね、「通貨」になる代物。だから「宝」なんでしょう。それは、柳田の中で「沖縄の首里で出逢った尚氏の宝貝コレクション」に繋がったわけで、また、柳田国男は、ヨーロッパ遊学で、そのもの自体を観て来ていると言われていました。それらに加えて、「稲作」に関わる言語分析を行い、「海上の道」、即ち「沖縄ルート」を導き出した。柳田国男の姿勢として、「人間の動きを、動物、植物と連続的に捉える」を持っていた、これが、このような分析を生む基本だと言われていたことに興味の惹かれたお話でした。最後の方で、海部陽介氏が、3つのルートの中でも、「沖縄ルート」だけは、3万年前の地形からして可能かどうかを試されたことを記された書籍の紹介もされていました。北海道は繋がっていた、朝鮮半島との距離はもっと短かった、しかし、いくら海が後退していたからと言って、「沖縄ルート」が可能かという実験ですね。短時間のお話だったけれど。柳田民俗学が、よ~く解るお話、堪能させていただきました。


2021年 8月 16日(月)午後 11時 19分

 今日は、午後に映画を観ることにしていた。ところが、朝のコロナ情報の収集が、あまりにもあっさりと終わったため、この頃、こういった傾向にあるのだけれど、そこで、映画を、午前中に観てしまおうと考え動き出そうとしたのだけど、急に動き出すと、どうもお腹に問題が出てしまう傾向があることを思い出し、考えた結果、却下。映画は、予定通り、午後に回し、時間があるのならと、ちょっとご無沙汰の「世界ふしぎ発見!」を観ることにしました。ネット上に過去動画は、まだまだアップされているものだから、消えてしまわない内に観ておく必要があります。で、ピックアップしたのは「香港 澳门」(2018/08/12)。両者が、港珠澳大橋で結ばれたことを期して放映されたものでした。ところが、この橋は空中からは映されはしたけれど、それだけで、それを糸口に、両都市を題材にした番組を作ったというものでした。香港の長州島の饅頭祭、マカオの酔龍祭という、2つのイベントに合わせてのロケ。饅頭祭が疫病退散を旨にしたものだということで、中国漢方の日本人の先生が登場、大阪のおばちゃんぶりが受けたのか、専門のお話以外の香港島の案内にまで引っ張り出されていました。それ以外の香港は、世界最長寿のパンダが生きた飼育体験持つパークがトピックとして出てきました。マカオでは、お約束のセナド広場、聖ポール天主堂といった、黄紺の言う「マカオ・ポルトガル村」の風景がたっぷりと。その流れで、話題はマカエンセ、パトワ語へ。クエスチョンでは、何と、パトワ語に入った日本語が問題になっていました。答えは「柿」でした。へぇ~~、でした。黄紺的には、香港は、返還直前に行き、その後、トルコへの行きがてらに2回、マカオは、返還直前の香港に行ったときに行ったことがあります。手垢のついた香港もあるけど、そうでないところも満載で、とっても気に入ったところです。マカオは、もっと原初的な中国だったと記憶しています。もう、25年前です。未だに、再訪したいと思っているので、これをチョイスしました。懐かしいと同時に、知ってるだけに物足りなさも残ったところでした。
 そして、午後の映画は、今日も京都シネマ。イスラエル・ドイツ映画「復習者たち」を観てまいりました。ナチスものは、ホント、後が絶えないですね。1週間前に観たところのナチスもの、こちらは、戦後の話題。実話に基づく物語だそうですが、ユダヤ人の中には、受けた被害を、成したドイツ人に返そう、復讐しようとしたグループがいた、そういったことがテーマの映画でした。幾つかのグループがあり、それらは、独自の主張で、復讐を果たそうとしていた。ここで登場してきたのは、イギリス軍に身を隠しながら、かつてのナチスの残党を探り出し報復をするというもの。そういったグループに入るきっかけが、映画の序盤。マックスという男は、そういったグループから、最も過激なグループに活動の様子探りに送り込まれる。そのグループは、ニュルンベルクで、ドイツ人の大量殺戮で報復を果たそうと計画していた。ニュルンベルクと言えば、ナチス縁の町。負の遺産として、ナチスの残した施設が保全され、学習の材料になっている。ニュルンベルク裁判の現場は、そのまま保全されています。飲料水に毒を混入させ、その殺戮計画を実行に移そうとしている姿が描かれていきます。ナチスの蛮行を眺めていた、これを罪とする、考えとしては理解できるものですが、それに対する報復となると、このグループの行動を最先端として、様々な言動が出て来るところです。その行動を考えるにつけ、残されたユダヤ人の苦悩、怒りが浮かび上がってきます。狂気が狂気を駆り立てては、また、新たな狂気を生むだけです。そういったことに、異なった答えを出そうという試みが、この映画で出されたように思います。実録ものなので、実際のグループは、最終的にどのような行動を執っていたのか? 知りたくもあり、どうでもいいように思いました。彼らの怒り、悔しさ、そういったものの一端に触れることができれば、それで、この映画の狙いは達成しているように思えたからです。瓦礫と化したニュルンベルクの街が再現されていました。クレジットを観ると、ウクライナでのロケじゃないかなと思えました。そういったものを振り返ると、かなり大掛かりな映画です。おかげで、臨場感たっぷりの映画となっていました。
 いい映画じゃないかと思える映画の上映が続きます。久しぶりに、かなり詰めて映画を観ることになっています。この映画も、京都シネマの一番小さい部屋でしたが、ほぼ満杯。「この時期に、これだけの密!」と思ってしまったときには、既に時遅しでした。こわごわ、映画を観ることになりました。黄紺は、前の方端っこの席を取るようにしているので、隣が空席となり、ちょっとだけ気休め。そないな経験をしながらも、映画を観ています。今、黄紺が持っている僅かの社会への出口なものですから。


2021年 8月 15日(日)午後 11時 34分

 凄まじい雨が止んで、ホッと一息の一日。ホント、怖いような降りだった。午後、物干し台に出ると、偶然、お隣さんも物干しに出て来られた。開口一番の挨拶が、この雨。お隣さんも、「怖かった」と同じ思いだったよう。「近くに崖とかがなくて良かった」と、どちらともなく言い合っていました。暑くもなく、そういった意味でも、穏やかで、落ち着いた一日、やっぱ、こういった日に出かけるべきだったと、昨日のお出かけを後悔してしまいました。そんなで、今日は、何もない日曜日。オリンピックが終わってくれたおかげで、朝から「日曜美術館」を観ることができた。8/15だということで、この番組も戦争仕様。「無言館の扉 語り続ける戦没画学生」というテーマで、学徒出陣で戦争に駆り立てられ、命を失った画学生の作品を展示する「戦没画学生慰霊美術館無言館」に展示されている作品、及び、この美術館を運営されている窪島誠一郎さんや修復家山領まりさんの活動を中心に紹介するものでした。もちろん、黄紺は、その存在を知らなかった。今年は、戦争とアートというミスマッチのようなものと出逢う機会を得ています。靉光を知ったり、先日は、戦争と前衛絵画の展示を観に行ったり、そうそう、パレスチナのアートについて「日曜美術館」で観たのも、今年でした。武器を使ったアートは、先年、民博でアフリカものとして接したことがある。パレスチナのアートにも、その手のものがあったと記憶します。戦前、戦中という、日本特有の風土が加わった作品群。若き才能が戦争により摘み取られたというコードでまとめられるもの、一方で、生涯最後になるかもとして描かれた作品が出てきます。そこに、解説として、画学生の最後が被せられるものだから、只ならぬ空気の生まれて来る番組になっていました。何よりもの衝撃は、日高宏典さんという画学生の「裸婦像」のモデルとなった女性が、この美術館に訪ねて来られ、美術館備え付けの自由ノートに書き残された一文。そのモデルになったときの思い出の文が認められていました。「裸婦像」の緊張したモデルの顔つきは、描き手の緊張をも喚起している、そういった空気を裏付けるかのような一文、その絵に、50年程してからの再会、この美術館、長野県の上田市の行きにくそうな場所にありますから、そこへ訪ねて来られて書かれたものです。穏やかけど、若き日の熱い思い出、そないなものを感じさせられ、暫し、茫然とさせられてしまいました。いつかはしてみたい地方の美術館巡りの1つに、新たなものが、間違いなく加わりました。
 午後の一時は、今日は、オンライン配信をされている「令和3年度滋賀県立大学春期公開講座」から2本をピックアップ。1つ目は、環境科学部環境建築デザイン学科講師の髙屋麻里子さんの「絵図と作事記録からわかる江戸大名屋敷」。絵図と作事記録という文献史料から、大名屋敷の様子を再構成しようという試み。萩藩毛利家江戸上屋敷を、具体的に取り上げられていましたが、大名屋敷の基本が、どのようになっているかが判らない黄紺には、内容の把握しにくい絵図で説明されても、目の前に絵は浮かばないものですから、その絵図に文字資料を重ねられても、なかなか響くものを得られなかったな。2つ目は、人間看護学部人間看護学科准教授の馬場文さんによる「子どもの貧困や虐待を防止するために私たちができること」。これは、虐待に重点を置いたお話。これはきつい。データでもって判りやすくお話をしていただければいただくほど、拒否反応が出てしまいました。子ども虐待は聴けないのです、黄紺の胸には入る余地がありません。子どもを可愛がれない人の話、ニュースで流れると切ってしまう者には、いくら学際的にお話しいただいても、聴き耳がないというのが正直なところ。身体が反応したってやつで、次第に上の空に。すると、いつしか眠ってしまってました。そんなだから、観直す気になれなかった。重点が「貧困」に拠ってると思ったのは、勝手な希望だったようです。そないなものだから、このオンライン配信、聴いて失敗感だけが残ってしまいました。


2021年 8月 15日(日)午前 6時 44分

 昨日は、朝から雨、しかも、凄い降り。ようやく小降りになっても、スマホで天気予報を確かめると、土砂降りマークだから、容易に出かけようという気にならない。昨日は、予定を入れていた、前から。博物館系だから、どこでもいいんだけど、困ったことが1つだけあった。企画展の終了日が近づいているのでした。ま、それだから、昨日が空いているということで、この日に行かなきゃの気になってたものだから、ちょっと焦ったけれど、滝つぼに落ち込むような音を立てながらの雨は、いけません。そのため、一旦は、完全に諦めた。そこで、家事をしながら時間潰し的なことをしていると、徐々に雨の降り方が大人しくなってきた。それが、わりと続いたものだから、とにかく、昼ご飯を済ませて、まだ、この状態だと、一旦、諦めた予定を復活させようじゃないかと思い、そのまま実行。結局、午後になりになり、その博物館へ行ってきました。高麗美術館です。ほとんど上賀茂神社の近くだから、伏見に住む者には遠いね。電車賃の節約を考え、往きは、地下鉄「北大路」駅から歩いて行きました。時ったま止んでは、また降り出すを繰り返していました。歩いて20分もかからない距離、瀟洒な住宅街を抜け、堀川通から僅か西に入るとあります。以前に行ったことがあるので、様子は判っているつもり。小ぶりの展示室が1つあるだけというミニ博物館。そこで、「-朝鮮半島の仏教美術展-朝鮮の仏さま」という展示が行われていました。朝鮮で仏教が栄えたと言えば、三国時代から高麗までですね。李朝は、やはり儒教の世界だから、仏教寺院は山に追いやられた。でも、そうやって生き残った。おかげで、自然を楽しみながら、古刹も楽しむということが、現在、黄紺の韓国旅行の楽しみになっている。そういった略史が冒頭にあり、どこの時代、また、どこの寺院だとか地域を特定することなく、仏様ばかりか、仏画、祈りの道具が展示されていました。黄紺は、仏教に詳しいわけではないので、仏様の名前は知っていても、阿弥陀仏の役割くらいは判っていても、その他となると、呼称は知っていても、確かに、日本は仏教国と思わせるのが、なんちゃら菩薩と聞いて、どのような役割を果たす仏様かは判らなくても、名前は知っている。それが解説には並んでいる。そこへさして、経文の種類が被って来ると、お手上げ。ついつい、解説も斜め読みになってしまう。そういったなかで、気になったこと、書いておきます。「七星信仰」って、道教だよねと思うものが入っている。虎が仏画に描かれている。こういったもの、近所の中国や日本にあるのでしょうか? 黄紺には、ローカルな特徴のように思えてなりません。なんちゃら神将なんてのも描かれている仏画もあった、仏様を守護する役割だとあったけれど、これもローカル? それとも? そういった仏画の素材として描かれているキャラが気になったのと、これは、韓国で寺院探訪をするとき、いつも気になってるのだけど、寺院配置と仏様の組合せ、大雄殿にはなんちゃらという仏様、また、なんちゃら殿にはなんちゃらという仏様といった風に、決まりがあるように看ていたのですが、解説文で、それが当たりだと判明。それと、仏様のお姿。朝鮮の仏様って、頭でっかちというほどではないんだけど、「頭頂部がおおきくない?」と、日本の仏像と比べて思ってたんだけど、これも当たりでした。頭頂部から何やらを発する、そういった力があると考えられ、そういった造り方をするそうです。目から鱗がぼとりと落ちた感じがしました。そういったお姿、朝鮮の仏様って、優しさとか温もりとか、そんなの感じさせます。「仏像」という言い方よりか「仏様」っていう表し方、まことにもって的を得ています。
 僅かの時間の滞在、小さな博物館でした。外に出ると、当然、雨。その降り方で、傘さしウォーキングをしようと無謀な考えを持っていました。JR二条駅まで歩き、帰りはJRで帰ろうと、すると、普段、通らない道を歩くことができる、アーバン・ウォーキングの魅力を、こないな日に思いついてしまったのです。ググってみると、所要1時間6分と出ました。距離的には申し分ありません。行こうと思ってしまったのです。当然、雨は降り続けました。京都の街中は碁盤の目状態に道が通っているので、方角は判っているので、適当に歩けばいいのですが、表通りは歩きたくないということで、ググってみることに。3本お薦めコースが出て来たなかから、その表通りを、できるだけ通らないコースを選択。結果的には、これがいけなかった。1時間も歩いていると、雨の降り方に変化がある。大きく2回、雨が強くなりました。その強くなったのが、表通りから遠い箇所、逃げようがない。もう1つは、冷えていたため、やたらトイレに行きたくなったこと。これは、ホント、ラッキーだったとしか言いようがないことなんだけど、そのタイミングで、トイレ付きの公園の傍らを通れ、問題解消。それが2回あったものだから、2回目のトイレに行ったとき、腹を決めて、丸太町通を横切ったとき、千本通に出ることにしました。逃げ場を見つけやすいかと思ったものだから。そして、JR二条駅に着いて、愕然。「風が強く、嵯峨野線は終日、運転休止」の貼り紙。あれれれ、、、! 仕方なく、帰りも地下鉄の利用。二条駅だったから地下鉄に逃げることができて、不幸中の幸いってやつでしたが、その地下鉄も、東西線が一部区間止まってたのですね。丁度、運転が再開されたところで、その一番電車に乗ったのじゃないかな? えらいマジェラになっちゃいました。夜半も、再び、滝つぼに落ち込むような音を立てて降る雨に、ホント、恐怖感すら感じました。ネットで、茶碗坂が崩落をしたことを知りましたが、崖のあるところに住んでる人、たまったものではありません。黄紺のスマホ、昨日は、何度、警報が入ったことでしょう! 「山科川、増水」にはびびったなぁ。かつて、大きな水害を起こした川ですものね。山科、大丈夫だろうか?


2021年 8月 13日(金)午後 11時 37分

 今日は、丸一日、外出なしの一日。1つには雨の一日が原因だったのだけど、それ以上の原因は、珍しく、昼間からお酒を呑んだから。朝10時の約束で、息子が、家のちょっとした手伝いに来てくれた。その手伝い自体は、さほど時間がかからなかった。そこで、しばしお喋りが始まったのだけど、話している内に、これだけのために、京都に来てくれたことが判ったものだから、ましてや、普段は車で来るのに、電車で来たのが判ってるものだから、じゃ、昼から呑もうとなってしまいました。近所のファミレスにでも行こうかという話も出たのだけれど、そうは近くにないので、ましてや、黄紺的には外食はしたくないこともあり、最終的には、息子が、近所のコンビニに酒の肴を買いに、ついでに冷えたビールとワインを買ってきてくれて、呑み出しました。実は、車で来ると思ってたものだから、1つ買い物に付き合ってもらうつもりだったのも、結局はボツ。久しぶりでした、息子と吞んだのは。一番話したのは、黄紺がワクチンを受けてないこと。息子は、既に、2回の接種を終えてます。そないなことがあり、勧められました。受けないつもりではないのだけど、今は、メリットを感じないうえ、接種者が増えることで、副反応の様子が伝えられ、それが鬱陶しくなっているという話をしていました。もちろん、DやSの話も。あっと言う間の3時間ほどだったかな。2人で、ワイン1本とロング缶1本ずつ、昼間から、今の黄紺には多い量。息子が帰って行くと、倒れ込むようにベッドに。目が覚めると、もう午後6時を大きく回ってました。目が覚めたとき、何が起こったのか、瞬間、解らなかった。なんせ、昼間に呑んだのって、この1年間では、正月だけだから、、、。昨夜、不規則な、そして浅い睡眠だったこともあるのでしょう、完全に爆睡でした。
 呆気なく、1日が過ぎてしまったのだけど、今日は、早々に、トルコ・サッカーでは、いいニュースが飛び込んできた。欧州リーグや欧州コンフェランスリーグの予備戦3試合で、全て、トルコのクラブが勝つという結果が入ってきたからです。ガラタサライは快勝、トラブゾン・スポルはPK戦を制し、シワス・スポルは延長戦を制しというもの。近年、トルコ・サッカー界は、ヨーロッパのカップ戦では力が及ばなくなってきてるので、正直、勝ち残るのはシワス・スポルだけだと思っていた。ガラタサライはきついだろうと思ってた。案の定、チャンピオンズリーグ予備戦では惨敗。そのメンバーじゃ勝てるわけないよというほどの顔ぶれで臨でいました。まだ、新シーズンの陣容が整わない内に、ヨーロッパでの戦いが始まった。そんなだから、勝てるわけないメンバー構成。その立て直しが、この間、できた。途端に、いい成績。隠れていた能力も引き出された。ケレム・アクテュルコウルっていい選手ですね、それを再認識させる試合でした。この3クラブに、フェネルバフチェを加えて4つのクラブ、欧州リーグと同コンフェランスリーグに幾つ残るのでしょうか。ベシクタシュが、チャンピオンズリーグ本戦から出れるので、全敗でも、ヨーロッパの戦いが終わるわけではないのだけど、1つでも多い方が楽しみが残ります。でも、本戦入り前のプレーオフは手ごわそう。ここに来て、ガラタサライは残りそうな気がしてきました。残りの3クラブは、如何なものでしょうか? そして、いよいよ、トルコ・リーグの開幕が、数時間後に迫ってきています。


2021年 8月 13日(金)午前 2時 20分

 昨日は、お出かけ予定が入っていたのだけど、止めました。1つには、夜に、Ⅾに電脳紙芝居を見せることになってたから。この2日、連続で映画を観に行ったため、電脳紙芝居の流れを思い出すのに時間が取れなかったので、その時間を確保したかったため。も1つは、朝からかなりの雨。全く、定番のウォーキングもできそうでない降りだったものだから、外出する気が失せてしまったため。お出かけは、歴彩館での京都市電に関する公開講座と映像上映会があったのだけど、上手い具合に、予約とか要らない会だったので、あっさりと諦めることにしました。そこで、その思い出すための時間を午後に使いました。結構な時間が要るものです。ついでに、今回見せたものの次に見せるように作ったものを流してみると、まるで、筋立てがあやふやなこともあり、そちらの思い出し作業もしていると、時間の経つのが早いったら、早いのです。あっさりと、それだけに捧げた時間となりました。順序は逆になったけれど、雨のひどかった午前中は、結局、今日、息子が来るので、様子を見られて文句を言われないように、お掃除。ひょっとして、DやSを連れてきたらと思うと、かなりのプレッシャー。その分、気合が入りました。
 約束の時間に、Zoomで息子の家族の姿が映し出されると、Sの方は嬉々として遊んでんだけど、Ⅾは、まだお食事中。その間、画面を観たSが、なんと、おもちゃ箱からバイキンマンの縫いぐるみを出してきた。新たな電脳紙芝居の登場人物にバイキンマンが入っているのを目にしたSが、おもちゃ箱から引っ張り出して来たのでした。可愛いぞ、S! 挙句の果てに、最後は、バイキンマンのどこを噛んでたのかなぁ、口に咥えて歩いてました。こいつ、賢いのか、変なのか、判りません。で、電脳紙芝居の反応は、、、よく判りません。ちょっと長いね。これが、まずかったかも。Ⅾの反応が判らなかったのは、上映が終わった途端、アイスを食べたがったⅮだったのですが、お目当てのアイスを、息子がくすめてしまってたことが判ったため、もう、電脳紙芝居どころではなくなりました。怒ってたなぁ、Ⅾ、「僕のアイスがなくなった」と言って。そんなで、わけが判らない状態で、終わりました。今日、息子が来るとき、Ⅾも車に乗せてくれば、埋め合わせにアイスを買ってやるのですが、一応、Zoomの画面越しでは、その約束をして落ち着かせたんだけど、だけど、子どものアイスをくすねると、ただでは済まないね。泣くわ、怒るわの、大騒ぎでした。


2021年 8月 11日(水)午後 10時 48分

 今日も、予定通り、京都シネマに映画を観に行ってきました。今週は、きれいに予定通りに動けています。ま、これが普通なんだけど、だから、先週の失態は何だったんだろうかと思ってしまいます。今日の映画は、スロバキア映画の「アウシュヴィッツ・レポート」。ナチスものが紹介されることは尽きないものがあります。そのため、全てをカヴァーすることはできないとも思うし、また、その気もないのだけど、この映画は、ひょっとしたら映画として外すかもと思ったのですが、スロバキア映画は珍しい。自分的には、このポイントが一番大きかったと思います。すると、テーマは重大で、且つ、実録ものだから、余計に重さを増してくるのですが、果たして映画として捻りや煌めきがあったかと言うと、決してそうだとは言えないものがあります。だって、映画の筋立ては、いたって単線です。アウシュビッツから逃亡を図り、アウシュビッツの実態を連合軍に知らせようと動く2人の男の行動開始から、その到達点までを辿るだけの映画なんですから。前1/3は、消えた2人を探すアウシュビッツのドイツ人将校、そのために、その2人がいた宿棟の人たちが詮索のために糾弾される場面。その期間を見透かしたかのように、身を潜める2人。その後は、いよいよ脱出劇。でも、ここはあっさりと突破。その後は、ひたすらの逃亡劇。実話だから、余計な脚色はしにくいのか、逃亡劇の障害になるのは、当人の体力、なかでも、1人が足を傷めたこと。途中、この2人に気づく人2人、でも、両人とも好意的。無事、国境を越えます。そういった意味では、アウシュビッツは国境を越えやすい位置。でも、歩きだから劇になる。この映画で最も興味をそそられたのは、その後。ナチス占領下のスロバキアのレジスタンスの元へ行き着く2人。でも、俄かに信じない、これがそそられた点、連合軍やレジスタンスは、収容所の実態を知らなかった。また、知ったからと言って、行動を起こせない人に掛け合ってしまった。連合軍に連なる人物が回ってくるので、それまで待てと言われる2人、「待ってる間に殺されていく」と訴える2人。ようやく回ってきたイギリス人と思しき男も、俄かに信じない。冒頭では、援助品をねだりに来たのだろうと思う始末。それを説明する2人、具体的な数字、それは、収容所でナチスの帳簿から書き写してきた死者の数。管理のために連合軍は、収容所の視察までしているじゃないかと言い出す始末。そんなだったんだと、これは衝撃でした。手が出せなかったんじゃない、知らなかった。それを知らせたのが、この2人だった。ここに来て、ようやく、この映画の価値に気づきました。実際には、彼らが求めたアウシュビッツへの空爆は実施されす、ハンガリーからアウシュビッツ送りのユダヤ人が救われたと出ました。そして、クレジットが流れ出すと、排外主義を標榜する言葉が、次から次へと生録音を使い披露されていきました。トランプの呼びかけも入っていたと聴きました。このホロコーストの経験が、その後も生きていない。それを知らせるものとなりました。映画というメディアを使い知らせることがあった、そういったスタンスとして、この映画を観ると、なかなかの値打ちもの。でも、これだけの時間を掛けなくても解らせる方法ってあるのだろうがとも思ってしまいました。
 今日も、この映画館への往復をウォーキングに替えました。もちろん、午前中は、いつものウォーキングですから、夕方のウォーキングに替えたというのが正しい言い方。でも、昨日とは違い、お酒の安いマート経由はやんぺ。2日続けてお酒を買いに行くほどの呑み助ではなくなっていますから。足の痛みも、ようやく慣れて来たかなぁという頃合い。これで、明日からは憂いなしでウォーキングができそうです。


2021年 8月 11日(水)午前 7時 18分

 昨日は映画に行く日。予定では、昨日今日と映画を観ることになっています。いい映画が揃ったことと、それらの上映時間が、黄紺的には都合のいい時間なのが今週となっているだけ。来週は、存外、空いているのに、そういったときに限って、こちらの都合に合わないとなっている。困ったものです。行った映画館は京都シネマ。台湾映画の「返校 言葉が消えた日」です。戦後、蔣介石政権下で敷かれた戒厳令下の白色テロがテーマ、でも、そのテーマにしてもホラー映画とは、びっくりです。国家による読書会迫害事件、即ち、読書をすることで様々な思想を吸入するだろうからということで、その自由を奪われた時代がテーマ。追いかける軍人、自由を求める学校の教員と学生という対立構図。読書会のメンバーであるファンが目を覚ますと、学校はまるで別世界の様相といったところから始まります。悪夢なのか現実なのか、その両者が交差しているので、何が起こっていることなのかが、判らない。でも、結局は、秘密の読書会が、密告者により暴かれ、読書会への参加者が殺されていくというのが事の顛末。密告者となると、内部の人間、それが、なぜなのかが判っていくと、な~んだ、よくある男と女の物語、三角関係に起因することが判る。でも、密告者はキープしておきたい相手が、その読書会の主宰者だったということを、後から知るという悲劇。そういった物語を、悪夢と現実の交差で進めるものだから、解りづらかった、正直。帰宅後、ネタばれ承知で筋立てを書いたサイトを見つけ、それを読んでみても、腑に落ちないところが残る。そこにホラーを入れて来るから邪魔なこと、この上ない。韓国でも、同じような時期に白色テロが起こっている。数年前、居昌(コチャン)事件の現場を訪れたことがあります。国家的犯罪として謝罪が行われ、事件現場が整備され、二度と起こしてはならないの考えから、現場は保存され教育施設という名の博物館がありました。台湾は、どうなんでしょうか? 本省人に加え、台湾には幾つかの先住民族もいます。そういったなか戒厳令を敷く独裁政権が入り込んでくる。現在、どのような総括がなされているのだろうか? 黄紺は台湾に行きたくて行けてないという引け目で、そういった時期の台湾の物語を読み解けない弱さを持っているので、判断に困っています。台湾では、戒厳令解除後、この映画に出て来る戒厳令遵守の軍人だとかは、どのような扱いになってるのでしょうか? そんなことを気にしながら観ることになりました。
 この映画への行き帰りを、いつものようにウォーキング替わりに充てただけではなく、昼前にも、通常のウォーキングができたため、昨日は、たっぷりめのウォーキングをすることに。でも、それは、今の黄紺に辛いこと。というのは、またぞろ新しい靴が足に合わないのです。毎回同じ靴を、これが起こらないと思っている靴で、初めて合わないということが起こってしまっているので、痛くてたまらないのに、多めに歩いてしまったからなのです。もう4日目くらい、我慢の日が続いています。ちょっと我慢の限界に来ているので、今日は、予備の大丈夫な靴を履くことを考えてる。これだと、足は痛まないけど、新しい靴に足が馴染まないままだから、それも困るんだよね。ここ2回は、新しい靴で悩まなかっただけに、不運としか言いようがありません。


2021年 8月 10日(火)午前 7時 18分

 昨日は代替休日とか、一昨日くらいまで知らなかった。そのため、映画に行く予定を入れていたけど、休日は、やっぱ行きにくいということで、翌日回し。結果、何もない、でも、台風が通過した日となりました。昨日も、朝夕とも、トルコのコロナ情報収集が薄く、時間に余裕ができ、朝は、前日同様、動画サイトにアップされている「日曜美術館」を観ることに。でも、なかなか難しい。サムネイルが出ていても、動画自体は消されているというパターンが、結構、多い。仕方がないので、次を探す。で、選んだのは、「仏像革命 円空の祈り」をチョイス。円空を取り上げた「日曜美術館」は、他にもあるようですが、これは、姜尚中がMCをしていたときのものです。円空、さすが、黄紺でも、その名は知っている、だけど、作風は知らない。考えてみると、ここまで著名な人物の名前だけ知ってるだけでは、さすがあかんやろと、番組開始早々に思ってしまいました。それだけ、その作品にはインパクトがあったからです。正に「革命」というお題がぴったり。江戸時代に出現した現代アートの趣ですから。この番組で取り上げられた円空仏は次のようなものでした。①金剛神像/飯山寺②観音像/浄名寺(下部は原木のまま)③秋葉大権現/秋葉社 ④聖観音座像/有珠善光寺(伊達市)(初期代表作、瞑想する姿)⑤十一面観音像/田舎館村(青森)(各寺院が城下に移され、その移された跡に円空仏、失った仏像替わりに彫ったらしい)⑥護法神/栃尾観音堂(奈良)⑦護法神/荒子観音⑧護法神/荒子観音2⑨護法神/音楽寺⑩十一面観音像/太平寺⑪善女竜王像/志摩半島立神少林寺(桜の立ち木に表情だけを彫る)⑫護法神、観音像/志摩半島立神少林寺(株や木に彫る、どこが顔か判らない代物)⑬粥川鵼縁起神祇大事(円空自筆の巻物)⑭佐女川神社御神体(北海道木古内町)(禊祭、寒中、仏像を持ち海に突入)⑮十一面観音像/高賀神社⑯善財童子像/高賀神社⑰善女竜王像/高賀神社。円空は、30歳を過ぎてから仏像を彫るようになった。江戸幕府の宗教政策(宗門改め)で寺院のヒエラルキー化が進み、ローカルな信仰の対象が奪われたとき、それを補完するように、仏像を制作し続けている。⑤が、その代表作。⑥が、北海道&東北行脚以後。それまで、発注者がいて仏師が彫っていた世界に、円空は自分のインスピレーションを出せることを知ったという作品。「アニミズムの精神そのまま彫った」という解説が入りました。⑬を見た白洲正子の孫信哉氏は、藤原氏に山に追いやられた神が鵼となり民を攻めに来る、土着の神々を鎮めるために遊行の旅へ出たのかも? そこで、各所に仏像を残して行ったと言われていました。⑮~⑰は、1本の木を3分にして製作。実際に3体を重ねて見せてくれてました。これらが、亡くなる数年前の作品。最後は、「円空入定塚」として残っている塚に、即身仏のように入り亡くなったと言われているそうです。そんなで、その地のある岐阜県が、えらく円空で町おこし的なことをしていることを、終わってから知ることになりました。いずれはやってみたい地方の美術館巡りの候補地入りです。
 午後は、オンライン配信で講演を聴くことにしました。申込みを済ませてあった「令和3年度滋賀県立大学春期公開講座」の中からピックアップ。「美食批評とフランス近代」というお題の付いた、同大学人間文化学部国際コミュニケーション学科准教授の橋本周子さんのお話を聴くことができました。概要には「いまにつながるフランス美食文化はどのようにして成立したのか。グルメガイドの祖とされるグリモの思想を手がかりとして、その歴史的経緯をたどりながら、近代という時代そのものの本質について考えます」となっている、正に黄紺のツボにはまる内容。これだけ読んで、グリモという思想家は知らないけれど、予想がつきました。フランスで、市民の間に、現在のようにレストランが普及し、そこで供されるフランス料理成る代物が市民の間で馴染みが出て来るのはフランス革命のあと。アンシャンレジーム期には貴族の館で料理人として働いていた人たちが、失職したために街に出て、己の手にある技術を生かして生きて行こうとしたのがレストラン開設の基。正に、フランス近代市民社会成立とともに生まれたのがレストランだったということで、その手のお話だろうとの推測の元に聴き出しました。知らなかった思想家の正式の名前はグリモ・ド・ラ・レニエール、1758~1837に生きた人、正に革命前から革命後、7月革命以後まで生きた人ですから、こういった話題のビフォーアフターを知っている人。ですから、黄紺の予想は、これだけで当たったなの印象。グルメガイドとなる「美食家年鑑」を著しているそうです。序盤は、美食に繋がる「グルマン」という語の変化から始まりました。元は悪徳を示す言葉で、貴族の間では「フリアン」という言葉が食べ物に対するものとして存していたのが、それが、徐々に入れ替わって行くのが、歴史的な変遷を象徴しているというお話。ちょっと難しい。なかでも、そういった変化に、即ち「+」の意味への転換に、グリモ・ド・ラ・レニエールが役割を果たしたというわけです。貴族社会の終焉は、同時に「社交societe」の終わりでもあり、貴族社会は終わっても、その「社交」に価値を見出したグリモが、「新たな食べ手」である新興富裕層、でも食べ散らかすだけであった彼らの美食の世界に再生・保存させようとした、そういった試みをしたのだということです。ただ、グリモの描く「美食家」は、かなり厳しいものがあり、「食審委員会」を作り、度が過ぎる「厳格さ」を築き上げて行ったようですが、そういった美食に込められた社交の輪を幾重にも拡げることで、新たな社会を築き上げることができるという考えを持っていたそうです。「美食の帝国」という呼称を与えていたとか。タームの話題が入ると、なかなかムズいところもありますが、総枠としては、さもありなん的なお話。近代の枠組みが出来上がっていくお話は、様々な角度から話題は尽きないと思います。これも、その1つ、おもしろい切り口のお話を聴けたと思っているのですが、ホント、市民向け公開講演会では、こういった話題が取り上げられないですね。その分、とっても貴重な配信だったと思います。
 昨日は、これで予定終了のつもりでした。ところが、夕方になり、息子からメールが入り、午後7時からオンラインでのお喋り。久しぶりに、DとSの姿を目にしました。Sは、ホント久しぶり。言葉を発するSを見たのも初めてとなりました。Ⅾの発した初めて聴いた言葉は「くまさん」でしたが、Sは「青」でした。間が開いたSより、Ⅾの顔つきの変化の方が大きかったな。あれじゃ、街で横を通られても判りません。相変わらず、カメラの前で変顔を見せるⅮ、散々見せると、もうおしまい的な態度。勝手に「バイバーイ」と言い出すⅮ。ようやく電脳紙芝居の第2作を見せる日取りが決まりました。第1作を覚えていると好都合なので、Ⅾに、その旨確かめると、まさかまさか、随分と前になるのに、覚えてた。これは、ホント、驚いた。確かに、2回目をせがまれて、1度に2回観たにせよ、これだけの時間が経ったのに覚えてる。これは続けようと思いました。大人になったとき、「子どもの頃、電脳紙芝居見せられてん」と覚えてくれてることは嬉しいものね。


2021年 8月 9日(月)午前 7時 30分

 昨日は、お出かけなしの一日。ただ、午後に、オンライン配信で興味のあるお話を聴こうとはしていたが、それだけが楽しみな日だったので、外出は、いつものように日に2回のウォーキングだけ。真夏であろうが、なかろうが、これだけは年中同じ。昨日も、朝のトルコのコロナ情報収集が薄く、時間に余裕ができたので、動画サイトにアップされている「日曜美術館」の中から、「安宅英一〜狂気と礼節のコレクター」をピックアップ。安宅コレクションについての復習をすることにしました。自ずと、そのコレクションを観ることができる喜びが重なります。もう45年ほど前の話になる安宅産業の破綻、そのときに、随分と話題になったので、また、そのコレクションが散逸しないで、大阪市立東洋陶磁美術館を造り残されたなんてことで、知っているつもりのことを復習しようとピックアップしてみました。MC が千住明のときのものです。収集作品に重ねて、安宅産業の破綻、コレクションの行方話が出て来るのだけど、中心は、むしろ、コレクターとしての安宅英一に、かなり熱いフォーカスの当たった構成。なかでも、その証言に立ったのが、そのコレクションの番頭役だった伊藤幾太郎氏、この人は、東洋陶磁美術館ができると、名誉館長になった人。タイトルに「狂気」と表されたけれど、狙った逸物に対する執念、思い入れが凄いものがあります。国宝2点も、そういう濃い思い、動きでゲットしたもの。音楽の支援者としても知られているそうで、初めて「安宅賞」って、同じ安宅だと知りました。中村紘子応援話も、中村紘子自身の証言で語られるのだけど、実業家にするには勿体ない感性の持ち主だと知りました。また、それを受け止める15歳の中村紘子も並じゃないですね。そういったエピソードが、収集品の紹介とともに流されました。で、紹介された収集品をメモっておきます。ちょっとした自慢になるけど、これらの品、ほぼ知ってる。観たことを覚えている。東洋陶磁美術館には、確か、2回しか行ってないはずなんだけど、、、。①加彩婦女傭②青花蓮池魚藻文壺③飛青磁花生(国宝)④五彩松下高士図面盆(万暦年間の赤絵)⑤白磁刻花蓮花文洗⑥粉青鉄絵蓮池鳥魚文俵壺(李朝/俵型のツボ)⑦粉青白地象嵌条線文祭器(中国の青銅器を模したもの)⑧黒釉扁壺⑨青花草花文面取瓶⑩青磁陽刻牡丹蓮花文鶴首瓶(立原正秋お気に入り)⑪油滴天目茶碗(国宝)。⑥~⑩が朝鮮もの。安宅コレクションには、中国ものは清がないそうです。関心を見せなかったそうです。これ、黄紺の性向と同じです。清になると写実に過ぎると思ってしまうのです。カラフルにもなり過ぎるように思う、これは、黄紺の感想。だから、中国ものコレクションとしては不十分だけど、朝鮮ものはそうではないと、解説が入りました。そういった意味で、朝鮮もの陶磁器のコレクションでは世界最高峰という形容が出て来るようです。ゲストの専門家が、朝鮮ものは「クエンチャナヨ」の精神で作っているとういうのが可笑しかった。中国ものは厳格に過ぎる、型にはまってると言いたかったようです。それだけ、朝鮮ものには、奔放さが潜んでいるということなのでしょう。とっても、満足。「日曜美術館」も、来週から再開かな? ようやくオリンピックが終わったようですから。でも、パラリンピックがあるか、、、! 危ないね。
 午後のオンライン配信の前に時間があったので、半分ちょい観ていたハンブルク州立歌劇場の「ランメルムーアのルチア」を最後まで観ることにしたのですが、また、居眠り。終わってから、もう1度、観ようとしている途中で時間切れになったのだけど、目新しい場面が2つ、ありました。1つは、ルチアによるアルトゥーロ殺害場面を見せたこと、これは初体験です。2つ目は、ルチアは亡くなっていない。座敷牢ってことになるのでしょうね、日本では、拘束されたままなのに、替わりの棺が出され、亡くなったと知らされたエドガルドが自害をするというもの。そのための準備が成されていたのですが、それまでは、そのわけが判らなかったのが、最後で氷解という仕掛けでした。でも、そうしたからと言って、何の意味があるのと問いかけたくなりました。そか、そう思えるから、こういったアイデアを使ったプロダクションを観たことがなかったのかと、現時点では思っています。でも、実際見せられると刺激的ですね。
 オンライン配信は、毎度お世話になっている「ラボカフェ」。昨日は、「京阪沿線カフェ」で、「京阪沿線の水力発電所〜くらしを支え続けるエネルギーインフラ〜」というお題が付けられていました。カフェマスターは、京阪ホールディングス株式会社経営企画室事業推進担当主幹長瀧元紀さん、ゲストはオンライン出演で、関西電力株式会社再生可能エネルギー事業本部京都水力センター所長の掛谷佳道さんでした。なかなか魅力的なテーマ。京阪沿線には、2つにグループ分けできる水力発電所が稼働しています。1つは、疏水&鴨川運河に絡んだもの、2つ目は、宇治川水系に絡んだものです。前者は、自ずと琵琶湖疏水の建設話が絡んできます。当初は、舟運を目的に造られようとしたものだったのだけど、田辺朔郎の提案で水力発電所構想が付け加わった。それが蹴上発電所に繋がっていく。日本初の事業用水力発電所の登場となるわけです。これが、第1期発電所。そして、第2疏水の建設に伴い、造られたのが第2期発電所。これが、現在残っているレンガ建築のもの。更に、電力需要の増加もあり、夷川発電所、墨染発電所、第3期蹴上発電所と出来上がっていったことになります。この第3期発電所が、第1期の場所に造られたため、第1期の建物が残ってないそうです。この一連の話になると、どうしても主役は蹴上。墨染発電所にもインクラインがあったのに、それすらも触れてもらえない、可哀そうな運命。いつも、兄貴分の蹴上ばかりが持ち上げられます。後半は、宇治川水系。ここには、水力発電の様式3種、全てが揃っているというお話。水路式の宇治発電所は、世界遺産宇治上神社側の傍らにあるため、向かいの平等院側から見えないように盛土、植え込みに囲まれるようにしてあるとか、初めて知りました。黄紺は、小学校の社会見学で行った記憶があるのだけど、水力発電所ってダムが見れると思い込んでいたものだから、とっても肩透かしを食った思い出が残っている発電所です。「なんで、ここへ連れて来られたんだろう」と、社会見学になってないんじゃないかとすら思った小学生の黄紺でした。ダム式が、でっかい天ケ瀬発電所、それと、揚水式の喜撰山発電所です。ここまでで終わりかと思ったら、天ケ瀬ダムで消えた発電所話が加わりました。志津川発電所、大峰ダムと大峰発電所です。これは知らなかったけれど、これらの建設のために使われ、戦後10年間だけ、観光用に運行されたのが「おとぎ電車」だったそうです。1回だけ乗った記憶が残っています。ただ乗ったことだけを。これらの水力発電所が、全て京阪沿線にあるということがおもしろい。そもそも、第1疏水の取水口(三井寺の傍ら)からして京阪沿線ですしね。そうそう、その取水口について、1つの謎が解けました。取水口の琵琶湖側に水門があったのが気になってたのですが、「閘門」だそうです。琵琶湖水面と取水口との落差の解消のためなんでしょうね。うわぁ~、おもしろかったぁ。楽しかったぁ!


2021年 8月 8日(日)午前 7時 4分

 昨日は、お出かけの日。でも、週に2回目、悪夢のようなことがあると、ちょっとした緊張。幸い、昨日は、問題なしで推移。余計な緊張は、単なる杞憂に終わりました。このお出かけが午後。昨日の朝も、トルコのコロナ情報収集が薄かったもので、その時間を使い、友人にメールを送ったり、YouTubeにアップされている「世界ふしぎ発見!」の過去動画を観ることができました。昨日観たのは、「ペルシャから日本へ イラン・シルクロード見聞録」(2017/06/17)。まず、シルクロードを駆け抜けたものとして、ガラスが登場。六角形にカットした器を、イランの博物館で示し、正倉院所蔵の白瑠璃椀と並べるという定番の映像。新しかったのは、平城宮出土の木簡の中に「破斯清道」という名の大学寮に務めた役人がいるというものが出てきているというトピック。「破斯」=ペルシアで、ペルシア人の役人が平城宮にいたということです。「破」ではなく「波」を使って「はし」と読ませ、それがペルシア人だということは、黄紺も知っている。「破斯」も「はし」と読めるから、これが画面に出たときは、ホント、びっくりしました。ものだけではなく、人もやって来ていた、これは、強烈なインパクト受けちゃいました。時代は下って、秀吉の陣羽織にペルシア織もあるという話題も。時代が、全然違っても、ペルシアのものが日本に来ている例ならいいということなのでしょう。あまりにものジャンプに、今度は、それでびっくり。次なるトピックはカナート。そのネタふりに、エルブルズ山脈からの雪解け水で潤う緑の風景、豊かな水での水田作りが出ていました。でも、カナートは乾燥地域のものだよね。乾燥防止のための屋根付き水路がカナートだから、このネタふり、単に水繋がりってところ。世界遺産のシューシュタル遺跡のカナートのスケールには圧倒されました。現物、観たいね。そして、最後のトピックがバム遺跡。全く知らなかった素晴らしいところです。シルクロードの拠点で、世界最大級の土の巨大都市、これは、ほんまものの世界遺産と思わせる風格があります。これまた、いいもの教えていただきました。黄紺は、結局、イランに行くことはなく、おしまいになりそうです。イランからトルコに入ってきた人とは、何度か、トルコで出会っているんだけど、自分では行かなかった。その残念感が、こういった動画を観ると高まります。
 午後のお出かけはアスニー京都。昨日は、こちらで、「アスニー京都学講座」がありました。京都市文化財保護課係長堀大輔さんのお話で、「京都の文化的景観をさぐる」というお題の講演を聴くことができたのでした。冒頭、「文化的景観」っていうのは、「ブラタモリ」のやっていることと、とっても解りやすい喩えを出されました。地形・地質といった自然を探り、その地の人たちの生活を探る、その姿を歩きながら探し、時には、古地図と比べてみたりして、歴史を知る、正に文化的景観を求める姿勢だとのことでした。文化財保護法で、定義されているようで、その具体的な選定基準として、8項目が上げられているそうです。「農耕」「採草・放牧」「森林の利用」「漁労」「水の利用」「採掘・製造」「流通・往来」「居住」に関する景観地と定めているそうです。次いで、それを解りやすくするため、具体例を示されていました。「農耕」に関しては「棚田」、「採草・放牧」に関しては、阿蘇の山焼きといったのが、文化的景観になるとのお話でした。その後、ちょっと居眠り。猛暑のなかの外出、いい空調の効いたところでは、眠りを誘われてしまいます。その間に、伝統的建築群との違い、名勝との違い、世界遺産とのカテゴリーの違いといったお話があったようです。覚醒すると、ちょっとした「チコちゃん」風になっていた。「文化的景観で地域を見る」と題して、クエスチョンに答えるというお話。例えば、「自然とのつながりから見る」というポイントでは、「大文字の送り火はなぜ遠くからもよく見えるのか」というクエスチョン、これ、「ブラタモリ」と完全に被りました。林田アナにラスクをかじらせてホルンフェルスの話題が出たあれです。答えは「マグマが熱かったから」という具合。「営みとのつながり」「過去とのつながり」「人とのつながり」という観点からのクエスチョンが続きました。後半はケーススタディとして「山科の街道景観」。追分の東海道と奈良街道の分岐点の景観から始まり、車石、小関越、四宮河原、山科地蔵、奴茶屋、五条別れ、現山科駅100周年、クランクの謎2題、失われた1里塚というトピックが続きました。追分の古地図にある高札場跡が確認できたり、道路標識を飛脚問屋が自前で建てていたり、飛脚の民営化の話題から「三度笠」の由来話、元来の東海道本線の経路&元山科駅話などでは、会場から「へぇ~」の声が。それがマックスになったのが「三度笠」。月3度走った飛脚が被った笠だからだそうです。ということは、「三度笠」が判る世代ばかりが聴いていたことでもありますが。「日通のマーク」ネタも飛脚絡みです。そう考えると、さすが「街道」がテーマになっただけあるってことですね。「走り井餅」が出て来るのではと待ち構えていたのですが、この話題はスルーでした。そんなで、ちょっと普段の講座とは違う雰囲気、ノリのお話。とっても楽しませてもらいました。1つだけ気になったのは、車石で、幕府だかが、これを敷き、スムーズな車の運行を図ったならば、轍の規制がなければならないはずと思ったんだけど、質問できないんで黙ってるしかなかった、これです。ま、仕方ありません、このご時世、どこでも質疑応答なしなんだから。


2021年 8月 6日(金)午後 8時 26分

 今日は、えらいアクシデントに遭ってしまった日。今週2回目です。先日は、当選葉書を忘れたのだけど、今日は、急なる変調が起こってしまい、先日と同じように、1駅目で電車を降り、今日は、トイレに駆け込んだ。それまで、全く変調の兆しすらなかったのにです。そして、これは無理と判断。すごすごと引き返してしまいました。行く予定だったのは、枚方市立総合文化芸術センター別館(旧メセナひらかた会館)であった「ウィルdeシネマ」というイベント。映画「his」の上映会があったのです。枚方市は大阪府だけど、黄紺は、勝手に大阪でないとし、コロナ禍でも足を踏み入れることがあったところ。コロナ禍では中止になってたけど、それ以前は、枚方市には戦跡が多いので、それを素材にした講演会に行ったりしていたら、今年になり、そういった「イベント再開」に踏み切ったとして、講演会の案内をいただいたりしたものだから、時ったま、枚方市のHPを覗いたら見つけた映画の上映会。一昨年には、これと同様の人権関連のイベントにも行ったことがあり、こちらも復活したんだと、先ほどの講演会は日程が合わず、結果的に断念したんだけど、この映画会は行けると楽しみにしていた。「大阪方面の京阪線に乗るのなんて、いつ以来?」「でも、昨日見たとこみたいだ」と呑気なことを考えているところまでは、何もなかったのに、、、。先日とは違い、キャンセルの連絡だけはできるようにしてあったので、早速、それを活用。連絡ができただけでも、ちょっと心休まりはしたけれど、事情が違うとはいえ、似たイベント2つとも、行けなかった、残念というよりか、情けないが先に出てきます。
 自宅に戻ると、なんか、疲れが出ました。しかも、それから、全く平常に戻ってしまっている。「また、来るのでは」という怯えた気持ちもあったのだけど、全くなし。逆に、「あれは何だったんだろう」とすら思ってしまってます。気が萎えたこともあるのでしょうね。ぐったりしたというところだったので、ベッドに横たわると、やたら気持ちがいい。外は30度以上は、間違いなくあったのでしょうが、そうやって、ベッドに横たわっていると、クーラーなしで、いやない方がいいやという感じで、そのままにしていると、小1時間だったけれど、眠ってしまった。別に、暑くて、汗だくになってたから目が覚めたという感じは、全くなしで、いい昼寝をした爽快感だけ。この暑い日に、逆に、これって異常かもと、書いていて思う。しばらく、椅子に腰かけボーっとしていて、それも、しばらくして、横になったときに感じていた爽快感から、暑苦しさを感じ出した。ここで初めて、クーラーをつけようかの気になりました。風が淀んだ感じで、暑さがまとわりついてくる感じ。これはいかんということで、クーラー。どうして、これがなかったのか、その前は。
 結局、何もなしの一日。昨日は、ヨーロッパのカップ戦に、トルコの3クラブが出場。それを押さえるのにも、時間を要するだろうなとも思っていたのだけど、以上のようなわけで、時間は余裕。しかも、トルコのコロナ情報収集が薄い。山火事一辺倒ですね。で、サッカーの方は、黄紺の予想が当たりそうかも。ガラタサライとトラブゾン・スポルはホームで引き分け、ガラタサライは、1週間前と比べると、選手構成が変わった。ようやく補強が進み、入団したての選手を起用できたおかげ。最近、ヨーロッパのカップ戦で、芳しい成績を残したのは、アレイサンダー・ソルロートがいたときだけだったというトラブゾン・スポルが、モルデ相手に引き分けたのは、まあまあかな。やっぱ、勝ったのはシワス・スポルだけだった。ま、相手がグルジスタンのクラブということもあるけど。そんなで、外れたら、トルコ・サッカー界にはラッキー。そんなで、1週間後を待ちましょう。


2021年 8月 6日(金)午前 7時 43分

 昨日は、お出かけなしの一日だったのですが、オンライン配信で講演を聴くことになっていました。ただ、その時間は、すっぽりと、普段の午後の一時に納まるものだったので、いつものように、日に2回のウォーキングだけが、主たるお出かけ。3日程前から、暑さが半端ない上昇。夜も寝苦しくて、たまりません。昼前に、洗濯物を干す時間が、お隣さんと重なったものだから、世間話、その中心は、この暑さ。もう午前中からクーラーを入れてると言われてました。納得の暑さです。黄紺は、その時間は、いつもウォーキングに出かけているので、まだ、午前中は、クーラーのお世話になってないけど、この間の暑さでは、とっても納得です。も1つの話題はワクチン。話を聴いていると、ご近所では、接種が進んでいるようです。人づきあいが多いと、接種圧力がかかるようです。お仲間でいるためには、ワクチン接種が要るというです。でも、副反応はえぐいというのが、共通認識のよう。落語家さんも、ツイッターで経験談をのせるようになってきた。YouTubeの配信でも、話題になることが出てきています。塩鯛が、接種の翌日38.7度まで上がったというのは、弟子の米紫が話題にしていたと思ってたら、隣のご主人、39度超えだったそうです。こりゃダメだわ、若い人たち、嫌がるわ。春雨は、夜中、痛みで目が覚めたと書いていました。そんなに痛む人がいるんだと、思わず、絶句。こういった話が、SNSで飛び交ってるんでしょうね。
 オンライン配信は、「令和3 年度 クレオ大阪子育て館 男女共同参画セミナー」として行われたもの。講演をされたのは、公務非正規女性全国ネットワーク副代表であり、明治大学ほかで兼任講師をされている瀬山紀子さんでした。お題は「コロナ禍の労働~非正規雇用で働く女性~」でした。コロナ禍の様々な様相を勉強しようというのが、黄紺的思惑。たまたま、ネットのどこかで、このイベントを知り、申込みをしてあったものです。瀬山さんは、埼玉で、元々は、男女共同参画業務に携わってられた行政畑の方。お話から、障がい者問題をも視野に入れた幅広い活動をされている方とお見受けしました。お話の柱は、①コロナ禍で浮き彫りになった女性の困難②非正規雇用と女性/非正規雇用とはーなぜ、女性たちは非正規なのか(正規になりにくいのか)③公務非正規の実態調査から④女性のジリツの課題と展望の4本でした。①では、具体的に、シングルマザーの生活困窮(学校一斉休校の無残な姿が凝縮したのがここ)、ケアワークの増加、DV・性暴力相談の増加、非正規雇用労働者の失業、女性の自殺者の大幅な増加、ICTの利用の格差(高齢/障害/女性)、これらは、日本での報道より、この間のトルコのコロナ情報収集の中で目にして来たもの多数でした。確認、再認識の作業ということになりました。まとめて、瀬山さんは、「これまでも存在してきたジェンダー不平等の構造がコロナ禍で課題として噴出」とされていました。困窮の度合いが深まれば、弱いところに課題は山積するというセオリーそのままです。女性、非正規、シングルマザー、、、とファクターが重なれば深刻度が増していきます。これらを、データでも教えていただけました。就業者数、雇用者数とも、女性は大幅減少、女性が多く働く飲食や観光業で大きな影響、自殺者のデータを見せていただけました。こういった状況を、「女性不況」という言葉で表されていました。それらをまとめて、「コロナ下の女性への影響と課題に関する研究会」による「緊急提言」という形で出されているのを、初めて知りました。この研究会、内閣府所属のものですね。やることやってます。これを基に、地方公共団体は動かねばならないはずですわね。ええこと知りました。②では、「非正規雇用=雇用の調整弁」として使われたということです。雇用側の常用手段です。そのために、予め調整弁を作っておくということですな。しかも、コロナ禍以前から女性たちの多くは非正規雇用だったということを、データで示していただけました。そして、「非正規雇用とは」という根本的な確認をされました。それは、正規雇用以外の雇用形態であり、そのために不利益が出て来る。有期雇用であったり、正規雇用との上下関係があったり、昇給や賞与と言った給与で差が付けられていたりするということです。では、なぜ女性は非正規になりやすいのか、女性はなぜ正規雇用に就きにくいのかというのが、次の問題。「年齢階級別労働力率」というデータ、年齢別でみて、どのくらいの女性が働いているかというデータです。男性と比べると一目瞭然。M字形をしています。出産年齢のところで凹むからM字形になる。1970年代と比べると、その凹みは小さくなっているとは言え、現在でも続いている。古くて新しい問題。働いていた女性だけに絞ると 、現在でも 、 働いている女性の46.9%が出産退職をしているということで、ようやく50%を割ったと言われていました。子どもを持った場合、“子育て”か“仕事”かの二者択一が、女性にのみ迫られており、正社員は、長時間労働ができる人によって占められ、そのため、会社組織は、“男性中心型労働慣行”が敷かれ男性主導型の場となっている、男性主導型労働の場では、女性たちの疲弊が大きいとなるわけです。次いで、女性=補助的働き手という前提はなぜ生じ、どんな問題を引き起こしているのかというお話へ。ちょっとまとめるのがしんどくなってきた。この辺りは、よく出て来る問題だから、割愛することにします。併せて、③④も割愛。実は、お話を聴いていて、この辺りに来ると、よく出て来るテーマだなと思い始めているのです。それが、コロナ禍で露出したということだなと思ったこと。一方で、この女性の出産を契機に起こる離職の問題は、スウェーデン・モデルが解決の手である、スウェーデンは人口が少ないからやむを得ず執ったのが発端ですが、とにかく、モデルがある。それが、頭にチラつくものだから、「問題点は解ったから」となってしまいました。そないなこともあり、ここで割愛させてもらいます。公務非正規も調整弁として使われてきたのは知られた話。特に、公務員攻撃をした大阪府では、一層、深刻になったはずと、政治状況に関わる話でもあるのですが、構造のお話になったもので、それはそれで大事なんだけどと割愛します。別に批判しているのではなく、単に書く時間がなくなってきたのでということです。これは、これを、いつか読んだときの自分への言い訳です。
 午後の一時は、若干、余裕ができたので、繫昌亭昼席のオンライン配信で居眠りしたところを、アーカイブを使い視聴。三扇の口演、久しぶりに聴いたけど、おばちゃん度が高まるにつれ、怖いものなし感が出て来て、いい感じになってきています。この日は、初遭遇の三枝作品を出してくれていました。いい酔いっぷりでした。


2021年 8月 5日(木)午前 7時 35分

 昨日は、朝から忙しい日。午前中に、アスニー山科で市民向け公開講演、幸か不幸か、朝のトルコのコロナ情報収集が、相次ぐ山火事のため、薄め。それで、余裕を持って出かけることができました。そのアスニー山科では、「特別講演会」として、京都女子大学非常勤講師の中村武生さんが「長州側から見た池田屋事件、付一橋慶喜と渋沢栄一」というお題でお話を聴くことができたのです。冒頭、司会の方から、講師の人気かもしれないけど、申込み者数多数で、参加が可となったのは、申込み者数の3/4というものだったそう。それでも、また当選してしまった黄紺、昨日は、その当選葉書を忘れませんでした。お話は、「八月十八日の政変」から「池田屋事件」までの間、その間、各勢力が、どのような思惑で動いたかというものでした。日本史、なかでも、こうも立て込んできた幕末史は、全くの関心の埒外だった、かつては。ですから、予備知識がほとんどないなか、かなりディープなお話と思えるものについて行くのが大変だったけれど、まるで講談を聴いているような展開、お話しぶりに聴き入ってしまってました。八月十八日の政変は、天皇の側から三条実美ら公家と背後の長州藩を朝廷から排除した事件。長州との対立が深まっていく。天皇の周りにいるのが、中川宮、会津、薩摩というところ。西洋との通商条約の破棄を巡る問題だったよう。長州や三条は、天皇自ら、外国と交渉して欲しいという見方で、攘夷を唱えていたよう。だめなら、実力でということなのでしょうか。通商条約破棄は、事実上できないので、狙ったのは横浜鎖港。実際、幕府は、池田長発らを派遣している。途中、立ち寄ったエジプトで、スフィンクスを背に写真と撮っているあれです。池田長発は、ヨーロッパに行き無理と考え戻って来るなんてことが、一方で起こっている。そういったなか、長州と三条の扱いを諮る朝議参預が開かれ、長州の喚問、三条ら公家の還送が決まり、それが実現しないと長州征討となり、緊張が上がる。ただ、この朝議参預内の思惑、天皇と島津が結ぶのを歓迎しない慶喜や大名がいることから、参預諸侯が辞任をしてしまい、空中分解。一方で、関東では天狗党の乱が起こり、実力行使が現実のものとなる。京都でもテロが相次いでいくという状況になってくる。長州の出兵も具体化する、京都では、慶喜が、長州の京都入りに備え、山科で軍事訓練をしている。その慶喜に仕官したばかりなのが渋沢栄一。そういったなか、新選組が、古高俊太郎(枡屋喜右衛門)を捕縛。長州のスパイと目された男、その男が、中川宮邸放火を自供したことが、池田屋事件に繋がるという流れです。細かなところ、史料だけのレジェメなため、よく判りません。お話の終盤、時間の関係で、そういった史料で裏付けされてのお話でしたが、テンポが上がるとついていけない。その辺りを、細かく、大河ドラマは追っているようですから、観てないとダメですね。中川宮って、めっちゃ大きな役割果たしているのに、全然知らなかった。天狗党って、こんなところに出て来るのですね。幕末がドラマで取り上げられ、人気の的になるのが垣間見えたことは確か。講談が聴けない今、違った形でお近づきになりたい気が出てきました。
 午後は、自宅で、繫昌亭昼席のオンライン配信。2週連続で水曜日のお昼の楽しみです。今週は、「笑福亭由瓶 第15回繁昌亭奨励賞受賞記念ウィーク」と銘打った興行。それに惹かれての視聴です。番組は、次のようなものでした。雪鹿「看板のピン」、雀五郎「遊山船」、三扇「焼酎はいらんかねぇ」、豊来家一輝「太神楽」、銀瓶「寝床」、(中入り)、<記念口上=由瓶、銀瓶、米紫、司会・三扇>、米紫「堺飛脚」、由瓶「杵屋幸兵衛」。雪鹿が、いろんな落語会の前座に呼ばれているのを知り、聴いてみたかったのが、ようやく実現。とっても、まとも、安定感がある、それが使いやすいのでしょう。もちろん、人物的にも好感を持たれていることもあるのでしょうね。納得の前座です。「遊山船」は2週連続となりました。今の季節だから、かえって嬉しい。冬に聴くわけにはいかないですから。随分と、ごちゃごちゃ感が出ていて、いい「遊山船」です。人の行き交う橋の上での噺ですから、とっても大事なこと。雀五郎の「遊山船」、何度か聴いていると思うのですが、こんなにいいとは! 三扇、一輝のところで居眠り、銀瓶の一部もそうだった。この配信、アーカイブが残るので、また視聴しましょう。ただ、銀瓶の「寝床」は、テキストを変えてきています。それがいいとは思えなかったな。少なくとも、「芸惜しみ」を省いたらあかんと思うけどな。「口上」は、米紫と銀瓶のお友だちトークといった感じが良かった。この配信、客席の反応がしっかりと入っていた方なんだけど、えらく受けていた。どうやら、好事家がたくさん詰めかけていた空気を感じてしまってました。米紫の「堺飛脚」も、ようやく遭遇。米紫しかやらないので、なかなか遭遇できない。アホげな噺だとは判っていても、聴いてみたい、でも、聴くと、アホげ過ぎた。でも、主役登場前のいいネタ選びです。「秘伝書」かと思っていたもので、思わぬ悦びとなりました。由瓶は、初日が「癪の合薬」だったものだから、ネタ選びに「?」だったのですが、ここに来て、大きめのネタを出しました。「杵屋幸兵衛」も、由瓶しか出さない。このネタの出自を、よく知らないものだから、なんでと思いながら調べもしていない。以前に1度聴いているので、思いがけない「ばらし=下げ」は判っているのだけど、家を求める男の困りが、素の由瓶っぽくって、いい感じ。困りに気合が入っています。もうちょっと、下げの言い方、落ち着いたらええのに。江戸の名人風に言ってみたらと思ってしまいました。
 暑さのせいか、ウォーキングが苦しくなっています。昨日も、山科からの帰りと、夕方にウォーキングを入れたのだけど、異様な汗が疲れを誘います。そこへさして、その疲労が腰に出て来て、辛い。夕方なんか、いい風が吹いていながら、どんどんときつくなっていった。だから、公園でベンチを見つけると、しばし座ってないとダメな具合。ごく軽い熱中症かなと思える症状が出始めていたのじゃないかな。ものの3分座ると、恢復できたので、危ないと思うと、ちょっとした休息が大事ですね。


2021年 8月 3日(火)午後 9時 55分

 今日は、ひどい失敗をした日。午後に、京都駅前のアヴァンティホールへ行くことになっていました。こちらで、「南区人権映画鑑賞会」なるイベントがあったからです。こういうったイベントの申込みサイトを、京都市は持っています。市関係のイベントを、一括して知ることができるものだから、時々、覗いてみる。そうした中で見つけ、申し込んだところ、当選。「彼らが本気で編むときは、」という映画を観ることができるようになっていました。ところがです、行くために、いつもの活動時間を、若干、前へ押し上げ、それも、すんなりと進み、実際、出かけました。ところが、電車に乗ったところで、その当選葉書を持って出ることを失念したことを思い出し、取りに戻っていては間に合わないので、瞬間、そのまま行き、無理を聞いてもらおうか、で、ダメなら帰ろうかと思ったのですが、瞬時に、打ち消してしまいました。コロナ禍のなか、人数確認も兼ねて、葉書持参を求めているところへ、「忘れましたはあかんやろ」と思ってしまいました。無理を聞いてくれるかもしれない、でも、「時節柄」を考えると、余計な不快感を与えてしまうと思い、そう思ったので、電車を、次の駅で降りました。そして、気分が重いなか、重いどころじゃないよ! 歩いて自宅に戻りました。せめて、ウォーキングの替りにしようと思ったからでした。昨夜、葉書持参を思い出し、その葉書を目に入るところに置きながらの悲劇でした。すぐにカバンに入れないとダメですね、こういうときは。今年初めてですね、この手の失態。去年は、時間を間違えることが複数回あったので、その対策を講じてから、ミスは出ていないのですが、この葉書持参が曲者です。メール予約、予約フォームへの入力、そういったことが常態化しているなか、この葉書を使う主催者がいます。実は、そのミス、今年2回目です。対策を講じてはいるんだけど、このミス封じは完全じゃないんですね。
 そこで、急に、気儘な午後の一時ができてしまいました。今日は、オペラ配信に使うことにしました。ハンブルク州立歌劇場の「ランメルムーアのルチア」(アメリ・ニールマイヤー演出)をチョイスしました。ただ、ハンブルクの「ルチア」は、生で観たことがあります。同じプロダクションだったら、どうしようと思いながらのアクセス。ところが、冒頭を観たところで、あっさりと、新しいプロダクションだと判り、安心して視聴することに。でも、安心したのか、失態から疲労して戻ってきたのか、かなりの居眠り。さすがに、ルチア登場の場面の記憶が残ってないのは「ルチア」を観たことにならないので、大幅に逆戻り。ところが、戻ったのはいいけど、ハープが気に入らない。「ルチア」で、下手なハープを聴くと、安楽真理子さんの素晴らしいハープ演奏を、いつも思い出す。メトロポリタンで、ネトレプコが歌った「ルチア」のハープの見事さは、例えようがない見事なもの、ついつい、その演奏と比べてしまう黄紺なのです。アメリ・ニールマイヤーという演出家、ボンの「サロメ」で経験しているのですが、なんか、便秘の苦しさのようなプロダクションだったような記憶があるんだけど、出たようで、出てないという感じと言えばいいでしょうか? まだ、この「ルチア」は、振り返りがあり~ので観ているので、時間をかけた割には、6重唱までしか観てないのですが、今のところ、不満が大きい。装置は横移動を使っています。上下2段に分割、部屋になってたり、上下を繋ぐ階段になっていますが、その効力は、出てるのか、出てないのかも、黄紺には掴めない。そういった装置に、再三再四、映像が投射される。その映像は、冒頭で見せられており、「封建体制打破」を叫ぶメッセージが込められたもの。投影されるときは音声カットだけど、冒頭で見せられているため、内容はそうだと思っているだけなんだけど、そういった映像が被されるものだから、不適切発言に対する「ピー」音のような印象を持ってしまいました。でも、その映像は、スクリーンに投射されるものではないものだから、ものが、よく判らない。しかも、出て来る頻度が高いものだから、視聴する立場で言えば、やたら鬱陶しい。そんなで、あまり楽しめたというものではないという代物、ここまでは。これから、いよいよ狂乱の場面です。今日も、いいところの前でカット。それが、いい方向に導いてもらえるかは、インシャーラー、ですね。


2021年 8月 3日(火)午前 7時 5分

 最近、トルコでは、感染拡大が起こっているにも拘わらず、コロナ情報の流れ方が薄い。その原因は、頻発する山火事、気候変動に関わるニュースが多いからと言えるでしょう。昨日も、そうだった。そのため、朝から時間を持て余し気味。ウォーキングに出かけるには早いということで、動画サイトに上がっている「世界ふしぎ発見!」を観た。「ラオスのことは何も知らなかったけど、ラオスは、、、だった」(2017/2/4)。内容はともあれ、「ラオス」との表示で飛びついてしまいました。まずは、意外性狙いで、フランスパンが定番という話題から。かつて、フランスの植民地だったと知ってたら、意外でもなんでもないことで、ネタ振り。ヴェトナムで同様の食材が人気と聞く、そのフランスパンを使ったサンドイッチの紹介。次いで、ルアンパバーンとシーバンドーンという観光名所の紹介。前者は仏教遺跡、後者はメコンの滝。それを観に来る欧米人で人気で、日本人には馴染みがないという組み立て。知ってる人は知ってんだけどなぁ。うちの息子ですら行ってんだから。中ほどは、レンテン族の村に行き、そこに滞在をしている日本人女性を追いかける。木綿布で、その名を知られる民族の村のようだ。黄紺の昔の同寮で、織物に関心を持ち、自身でも織ることを楽しむ人がいるんだけど、その人がラオスに織物を求めての旅をしたことがあると言ってたけど、ここの村のことだったんだろうか? 忘れていたことを思い出しました。この村の木綿糸から織布にまで仕上げる工程を、かなり詳しく紹介してました。それで出来上がった民族衣裳、子どもから大人まで、そのデザインは、皆同じ。ここは、かなりそそられてしまいました。最後の1/3のテーマは、象。ラオスの象を見せられると、かなり象のイメージが異なる。アフリカ象とは、体つきが違うということ、ようく解りました。生育環境の変化、これも、よく言われることですね。開発が進み、森が後退すると、象の住む場所を奪ってしまう、その話題でした。京都市動物園で、ラオスから贈られた象が飼育されていることも紹介されていました。繁殖を見越して築き上げられていく、係の人と象の信頼関係。そんな姿も紹介されていました。
 午後は、京都シネマで映画を観る日に当ててました。中国映画「ソウルメイト 七月(チーユエ)と安生(アンシェン)」を観てまいりました。若い女子の交友関係を描いた映画ということくらいの情報しかなかった黄紺、でも、それを、今の中国映画は、どのように描くか、それを観たかったというのが、本当のところです。かつては、インディーズの映画に、いい中国映画があると決めていたのだけど、最近、そうではない、一般に公開されている中国映画の多様性、質の高さ、それらが、普遍性も併せ持つものが出てきている、いや、既に、そういった映画が溢れるようになってるのを、比較的、新しく知るようになったというのが本音かもしれません。その程度の関心で観た映画、それが、見事に大当たり、スーパーな映画でした。物語は、2人の女性が13歳で出会ってから27歳のときまでの物語。今の時間は、それから数年後というところか? 冒頭、安生は、誰かに質問されている、「この現在大ヒットしているネット小説は、あなたがモデルでしょう?」と。でも、安生は否定する。小説自体を知らないというのだけど、そのあと、自宅に戻ると、PCを立ち上げ、そのネット小説を読み始める。てっきり、黄紺は、聞かれたので知り、何が起こっているのかを確かめるために読み始めたと、このときは思いました。ここからは、小説で描かれている物語の再現ドラマになっていきます。13歳で知り合う2人、七月の家庭で世話になることの多い安生。高校に進学、七月に彼氏ができます。でも、その彼氏にモーションをかける安生。三角関係の始まりです。高校を出るころ、安生は、彼氏を七月に譲る気持ちで、住み慣れた町を出ます。その別れのとき、七月は安生が自分の彼氏と繋がっていたことを知ります。そこから安生の放浪生活、七月の大学進学、銀行への就職という風に安生とは真逆の人生を歩んでいく一方、2人の文通は続いている。幾つのときだったかなぁ、かなりの時間が経過してから、生活に疲れた安生が、町に戻ってきます。しかし、時間の生む彼我の違いが大きく、2人はケンカ別れをしてしまう。一方で、七月は、高校時代から付き合い続けている彼氏との結婚話が進んでいる。しかし、偶然から、安生と男は出会い、関係が再燃、また、それを知ってしまう七月と、三角関係が再燃、、、こういった話が続くので、この三角関係に、何らの決着がついたところで、この映画は終わるのだろうと思って観ていました。そのわりには、客が多い。若い人が、結構、入っている。市松模様で席は売ってないけど、見事に市松模様風では完売の様子。この不思議感の方が当たっていました。この映画のおもしろいのは、ここからでした。この映画、倒叙映画と言えばいいかな? 推理小説のジャンルにある、情報を出さないことで読み手をミスリードする手。読み手は、勝手判断で、思い込む、そうさせるために、情報を出さない。これが、4重に張り巡らされていました。①小説の書き手②結婚式当日に男が来なかったわけ③七月の「状態」④七月の「その後」、もう1つ入れるなら、「小説は真実だったのか」ということになるでしょうね。次から次へと、ラストに向かうところで、これらが繰り出されるものだから、唸るしかありませんでした。おもしろい。韓流的おもしろさです。そういった映画を観ることができただけでも、大正解。いいもの選んだものです。


2021年 8月 2日(月)午前 5時 38分

 コロナ禍がえぐくなっている今日この頃、えらく密な日程となっている黄紺の予定表。でも、公共機関の主催するものが多いから、この中から幾つ残るだろうかと、今朝がた調べてみると、どれもこれも「中止」「延期」が出ていない。日曜日だから、その確認自体が無理だったかとも思ったのだけど、開催日まで、そんなに日にちがあるわけではないので、なんか不思議。後日、電話、メ-ルが入るのでしょうか。予定通り実施だと、10日連続で詰まっています。但し、オンライン配信のお世話になるというものを含めてだけど。これじゃ、息継ぎをする間もない。個々の内容は興味があるから予定に入れたんだけど、量が多くなるとげっぷが上がりそうなと思ってしまうのも、事実。かつて、ローマでベルリーニを観過ぎたり、フェッラーラでコローを観過ぎたときに感じた、あれです。ええもんでも観過ぎたら、あかん。それを思い出してしまってるんだけど、同時に、そないなことを言いながら、ベルリンでベルリーニ展やってると行ってしまって、「まだ、入るわ」と思ったこともあるしと、長閑なことを考えています。
 で、昨日は、オペラを観た日。びわ湖ホールでの公演「カルメン」でした。一番最近、「カルメン」を生で観たのは、メルシンで。あれが、一昨年の10月だから、それから、もう2年近くの日が流れたのですね。それだけ、トルコにご無沙汰ということになります。びわ湖ホールのプロダクションは、次のようなものでした。指揮:沼尻竜典、演出:アレックス・オリエ、美術:アルフォンス・フローレス、衣裳:リュック・カステーイス、照明:マルコ・フィリベック、そして、歌手陣は、カルメン/山下牧子、ホセ/村上敏明、エスカミーリョ/須藤慎吾、ミカエラ/石橋栄実、スニガ/大塚博章、モラレス/星野淳、ダンカイロ/成田博之、レメンダード/升島唯博、フラスキータ/平井香織、メルセデス/但馬由香、合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル&新国立劇場合唱団、児童合唱:大津児童合唱団、管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団。この公演は、毎年行われている「沼尻竜典オペラセレクション」として行われたものですが、同時に、新国立劇場と提携という顔を持っています。それで、オケが東京から来て、また、プロダクション自体、まるで、ドイツで観ているようなテイスト、お金のかかった装置になっていました。アレックス・オリエは、数年前、同じ組み合わせで「トゥーランドット」の上演があったので、その名前は記憶があるのだけど、実は、そのプロダクションの様子は、よく覚えていない。ただただ、合唱の素晴らしさが印象に残っている。でも、このプロダクションンは違った。末永く記憶に留まるであろう、見事な「カルメン」でした。装置は、ジュラルミンを使っているのでしょうが、鉄骨のみというもので、それで、四方が囲まれ、前面の壁は上下する。屋根も鉄骨、だから、思わず、金網デスマッチを想像してしまった。柱も、側面の壁の前に2本ずつある。これが、最終幕で威力を発揮する。1、2幕は、そういったケージ状態の舞台で、等分ではないけど、3分割が行われている。前面の壁前、緞帳があれば、幕前と言った感じ。その前面の壁が上げられると、舞台後方に、また鉄骨で舞台が造られている。だから、等分ではないけど、2分割が行われているというわけです、この分割が「ロマ対非ロマ」の二項対立に見合っている。3つ目は、マージナルなエリア。そう思うと、物語の多くが、そのマージナルなエリアで進行しているのが、よく判る。1幕は「非ロマ」にシフトしたマージナルなエリア、2幕は、その逆だ。考えてみると、各々の領域だけでは、物語は生まれない。その領域へ越境して来る者がいて、物語は生まれる。もっと生まれやすいのは、2つのエリアの出逢いの場、マージナルなエリアとなるわけだ。越境して来る者は、また去っていく。これは、人物で言えば、ミカエラとエスカミーリョ。じゃ、ドン・ホセとカルメンはどうなるというのが、問題。これが大きな問題。「カルメン」の物語、「ロマ対非ロマ」という二項対立だけではない仕掛けがあると考えています。これ、びわ湖ホールのプレトークでも話題になったトピック。実は、黄紺の質問が取り上げられたのだけど、「ロマ」のカルメンと「非ロマ」のドン・ホセは、「実は、同じカテゴリーの人間ではないのか」「だから、惹かれ合ってしまうのでは」というテーマです。3幕は、完全に「ロマ」の世界ですから、舞台には「区分」は持ち込まれません。そうなるだろうと予想を立てていたので、黄紺の狙い通り。じゃ、最終幕は「Nasil olacak?」、注目の装置、でした。冒頭は、闘牛士たちを迎える場ですから、3幕同様、「区分」なし。でも、3幕と違うのは、側壁沿いにあった鉄骨の柱が4本、舞台中央部に寄せていた。そして、いよいよ、ラスト、殺しの場面。その4本の柱の中で進行します。暴力でもって、ドン・ホセはカルメンを繋ぎとめようとします。殺すことで繋ぎ留めました。外の世界へと出ようとしたカルメンを、暴力で繋ぎとめたように見えました。だが、カルメンが倒れると、その4本の柱で囲まれたスペースの上から、天井部分が降りて来て、2人のいたスペースを圧縮した形になりました。まるで、「お前たちは、この空間からは出られない運命だ」と言わんばかりだと、黄紺は感じてしまいました。ここまで、主役2人を「同じ穴のムジナ」扱いしたプロダクションはなかったのじゃないかな? もう、黄紺は大興奮。「ええもん、観た」「オペラは、これでなきゃ」という興奮です。あと幾つか、特徴があります。1つ目は、衣裳、最後のエスカミーリョはマタドールの格好をさせていたけれど、全て、現代風。ジャケット、Tシャツ等々といった格好。鉄骨と併せ、無機質、時も場所も吹っ飛ばすことで、物語の普遍性を志向しています。ぱっと見では、ここを狙っているのかと思えるものでした。エスカミーリョのマタドール姿は、焦点化に尽きるでしょう。コローの絵のような手法です。2つ目は、1幕でカルメンの登場場面、即ち、ハバネラのところ、件の舞台上で歌います。「ロマ」アピールのショータイムの風情。ここで、背後が4分割のスクリーンとなります。カメラが4台使われました。舞台上舞台の左右手前端、正先、あともう1つは、舞台の正先かな? カメラマンは舞台上舞台の左端だけがついていました。このドイツで流行の手、日本では初見です。3つ目、コーラスを舞台には出したのだけど、元々、そうなのか、コロナ禍仕様なのか、その判断ができないのだけど、歌うときだけ出していたように看ました。1幕なんかは、ほぼ出ずっぱりでもいいのだけど、そないになっていたものだから、コロナ禍仕様かとも思ってしまったというわけです。相変わらず、新国立劇場のコーラスが咬むと、めっちゃ、素晴らしい。歌手陣は、ミカエラが一番かな。拍手も一番でしたしね。石橋さん、びわ湖ホールであったプーランクの「声」で、カヴァーから本番に出ることになり、それを聴いて以来、要マークの人。ミカエラでも、好演、とっても、納得の出来。カルメンの山下さん、初めてだと思います。「ハバネラ」では、完全に外れと思いました。でも、そこで出ないと思えた低めの声が、その後、恢復、すると、「いけるやん」的評価。動けることもあり、起用のわけが判りました。ドン・ホセの村上さん、日本を代表するテノール、でも、ドン・ホセの声のイメージじゃない。エスカミーリョの須藤さん、パワーはあるのだけど、声に色気が欲しいですね、この役では。黄紺的には、プロダクションの圧倒的説得力に、歌手が万全ではなかったとはいえ、もう大満足でした。こういったプロダクションの公演、大津でも、今後出して欲しいものです。
 帰宅するのが、午後7時前になりそうと思え、いつものように、びわ湖ホールへ行くときの往復はウォーキングを兼ねるということをギヴアップ。それが予想されたので、出かける前にミニウォーキングをしておいて、正解。うまく時間を使えたって言えますね。


2021年 7月 31日(土)午後 11時 5分

 今日は、予定通り、アスニー京都へのお出かけの日。コロナ禍の影響で、また閉じてしまわないか、それを気にしながら、HPで確認しないでのお出かけ。途中で、「今まで、いきなり閉じなかったはず」と決めつけ、スマホで確認もしないで行ってみました。むしろ、その時間帯、急なる天気の変化の方が気になっていたものだから。結局、アスニー京都到着2分ほど前に、大粒の雨にやられたけど、市民向け公開講演会は、通常通りの実施でした。今日は、「京都市考古資料館文化財講座」として、(公財)京都市埋蔵文化財研究所の中谷正和さんのお話がありました。お題は「中世集落の発見~富ノ森城跡発掘調査の成果から~」というもの。冒頭で、中谷さんは、「富ノ森城って聞かれた方おられますか」と問われると、お1人だけ、手が上がりました。恐らく、誰も上げないだろうとの予測での問いかけだったようで、驚かれる中谷さん。そんなだから、黄紺は知る由もない。なんと、横大路にある遺跡だそうで、「そないなところに、遺跡って」という意外性抜群でした。京都市南部クリーンセンターの西側地域だそうで、これを知って、更に、びっくり。だって、去年、断捨離をしたとき、息子の車で、何度、ゴミを処分しに行ったか判らないほど行ったところ。道路沿いには、いくら横大路とはいえ、今や、ビルなりが立ち並んでいるけれど、背後は畑か田んぼと思っていました。そないな状態になる前は、単なる荒地ぐらいにしか思っていなかったところに、「人がいた?」、俄かに信じがたい。しかも、地図で特定されました。すると、フェードアウトして位置確認ができたのですが、そうなんです、あすこ、三川合流地点間近、暴れる桂川、巨椋池が遊水池という役割を果たしていたという、これまた暴れた宇治川に挟まれたところになる、「そないなところに人がいた?」という意外性が、一層、高まりました。そこの発掘の第1次調査結果を基にしたお話が、この講演会でした。引き続き、発掘は、現在進行中とのことです。息子が、車で、黄紺宅に寄ってくれれば、乗せてもらって発掘現場を見に行くのですが、息子からは、とんと連絡がないものだから、望み薄です。地層は9層になっているそうで、その一番下の層は砂礫層などでできており、かつての川床を示すそうで、そこには、縄文時代から奈良時代の土器片が出て来るそうで、近くに人が住んでいたことを伺わせるようです。発掘で、最も古い遺構・遺物が出て来たのが、その上に重なっているもので、鎌倉時代後半から室町時代前半のもの。地質的には、洪水堆積物が少なく、地下水位が低かった(じゅくじゅくの湿地ではないということ)ので、人が住むのに適した環境が生まれた結果、そういった遺跡・遺物が出て来るとなるわけです。遺物についてのお話になると、先週同様、居眠りに誘われてしまい、断片的に覚えているものが、どの時代のお話だか、自分では整理できてないのですが、幸い、有難いレジェメがあります。木棺墓が出て来たお話をされていたのが、ここだったことを確認しました。ところが、その上の層では、洪水の頻度が高まり、冠水することを増え、氾濫原化の傾向が見られ出す時代、それが、室町時代後半から安土桃山時代。この時代のところで、溝が発見されていたことを、これもレジェメで確認。環境の変化で排水の要が生まれてのものなのか、環濠集落としてのものなのかは、第1次調査では判断できないと言われていました。その溝の埋土から、大量の淡水産の貝殻、牛や鹿といった大型動物の骨が出たと言います。これは、発掘などをされている方には、かなりの興奮を生んだようです。しかも、出て来たものに「加工痕」が確認できたと言いますから、貝殻も動物の骨もです、となると、当然、食用ということが想像されるところです。その上の層は、安土桃山時代から江戸時代前期頃までのもの。ここで、再び、洪水堆積物の流入量が低下したようで、地層が変わっているそうです。そして、その上に、再び、地下水位が上昇する、江戸時代中期から後期の地層が乗っているという状態だったそうです。そういった中で、室町時代や江戸時代の地層や溝跡から五輪塔が出て来たり、発掘現場の近くの墓場(元寺院跡)に、南北朝から室町時代と考えられる五輪塔が残っているので、この遺跡に、どのような社会が築かれていたのかを伺わせるものと考えられると言っておられたのですが、同時に、この遺跡の本体、中心部を発掘したわけではないようなので、その辺りの謎解きは、今後の発掘に係っているとのことでした。めっちゃ、ダイナミックな発掘です。えらい、たいそうな発掘になりそうな、そんな印象を与えてもらえました。ドローンで、遺跡の場所を把握したり、生物学、地質学の応用は、確実に考古学を進化させています。そういったお話も伺うことができた、考古学最前線のお話でした。
 アスニー京都への往き帰りは、ウォーキングに充てるのは今日も同じでした。一応、雨雲レーダーで確認。幸い、お昼と違い、雨には遭わなかったのですが。帰宅後、10分程してから、夕立どころではない、凄まじい降りとなりました。「スコールやん」と、午後に、シンガポールやマレーシアに居ると、必ずや遭遇したスコールになぞらえてしまってました。それ程、凄い降りと雷鳴。そうなると、ネットへの接続を自重。ケーブルで、ネットに接続してるものだから、念のための措置です。おかげで、夕方定番の、トルコのサッカー情報、コロナ情報の収集作業を直撃。またしても、雨に、大切な時間を奪われてしまいました。


2021年 7月 31日(土)午前 7時 53分

 昨日は、予定としては、アスニー京都に出かけることになっていた。ところが、数日前、アスニー京都からメールが入り、実施形態の変更が告げられました。理由は、当日になって判ったのだけど、オンライン配信での実施を告げられたのです。会場設置のスクリーンで視聴するもよし、自宅でZoomで視聴するもよしというものでした。となると、当然、自宅を選択。午前中の開催なものだから、これは有難かった。結果、お出かけなしの日となってしまったというわけです。でも、イベントが実施される時間は同じなわけですから、昼前のウォーキングの時間と正面衝突。少しは工夫して、時間を確保できはしたのだけれど、家事もあり、昼前は削り気味のウォーキング。それを補おうと意気込んだ夕方のウォーキングは、夕立に途中遭遇。降るとは思ってなかったため、雨対策を、一切せずに出発したため、大粒の雨に直撃されてしまった。雨宿りをして、雨雲レーダーを見ると、それから小1時間は止みそうもないので、濡れるのを覚悟で、小降りになった頃合いを見図って歩き出した。これが正解。あとで、雨雲レーダーで雲の動向を確認すると、まるで、台風の目に導かれるようなコース取りをしながら歩いたのを確認でき、強運を感じてしまいました。もう、一瞬で、道路に水が浮くような降りだったので、ホント、ラッキーでした。
 で、アスニー京都でのイベントは「アスニー特別講演会」。昨日は、「下衆と下人の平安京」というお題で国際日本文化研究センター教授の倉本一宏さんのお話がありました。冒頭で、オンライン配信に至ったわけの説明がありました。コロナの影響で、日文研は国の方針に従い、それとは別に、京都府のガイドラインの成せる業も影響したようです。県境を越えての講師の生講演ができないようになっているので、オンライン配信にしたということです。ちなみに、講師の方は、「東京と三重に家があるもので」と言われていました。今まで、頑なに、Zoomを使った配信を拒んできたアスニー京都ですから、この配信は、講師の方からの働きかけだったのだろうと推測しています。お話は、流行りの説話集・絵巻を基にして描かれている社会の様子は、平安時代中期ものなら、その200年後、300年後から描かれたもので、何らの意図を持っているものとして、史料としては使えないとの判断で、古記録のみにより、摂関期平安京の下級官人(「下衆」)と庶民(「下人」)の実像を掘り起こそうということでした。同題の本が、間もなく公刊されるということで、その本の目次をレジュメとして配布。その概要を個別に紹介したあと、より詳細は、聴いている者の投票に委ねるという手法、それを採ったわけがふるっている。「なうての落語好き」「名人は、当日の客の反応を見てネタを決める」「それをやってみたい」というわけです。①摂関期の平安京②下級官人の仕事③生活のあれこれ④恐怖の対象⑤平安京の人々、これが、その章立て。①は、先日も聴いた平安京の摂関期における状況、即ち、平安京の姿。寝殿造りで思い出される平安京だけど、「小家」がほとんど。②は、「下衆(下司)」と呼ばれた下級官人や、さらにその下部の階層の人びとの仕事の様子。「弾指」や「咳唾」なんて方法で不同意を表したり、「懈怠」が常態だったり、「禄でなし」の語源も。③では、闘乱事件、殺人事件、盗人、闖入、愁訴がテーマ。「闖入」では、とりばみ(執咋・取食・鳥喰)という興味のある習慣を話されていました。施餓鬼の一種だそうですが、それを当てにしての「闖入」とは、、、! ④は、疫病、火災、風雨と洪水、地震、触穢、怪異がテーマ。そそられます。洪水は、鴨川が暴れ川だったということで了解だけど、桂川は、最早出て来ないと言われていました。既に、氾濫原化していたからと。西京極辺りに、人が住まない、住めないわけです。平安京の西半分は荘園化していたと。「穢れは外から来る」という話、詳しく聴きたかったな。⑤では、諸芸、職人、遊興、宗教、男女がテーマ。ここもおもしろそう。結局、挙手の結果、黄紺は、「触穢」と「男女」に手を上げたのですが、今のご時世、「疫病」が当選。で、若干、詳しいお話をされることになりました。そのトピックを拾っておきます。「衛生状態悪い、小家で密、これが悪環境を作っていた」「庶民は貧しくて、栄養状態悪い、貴族は食するものに問題があり、栄養状態悪い、炭水化物多い、いい酒が良くない」「貴族、行動範囲が狭いので感染、見舞いに行き感染する」「貴族は痘痕を隠すための化粧だった」「疱瘡の大流行時には隔離施設を作っていた、隔離が大事だと判っていた」「牛車を使うのは穢にならないため、死が溢れていたため、死穢を避けた」「御霊会は疫病を鎮める目的」「死体を運んでもらえる人は鳥辺野へ、でなければ、街に溢れる」などなど。変化球的な話題だけど、黄紺的には、真っすぐの剛速球に見える話題、おもしろかった、全部、聴いてみたかったです。
 午後からは、平常に戻ったので、昨日は、その時間を使い、華紋と二葉がDJを務めた「華紋!二葉の落語家の出番です」(ABCラジオ)を聴くことにしました。Radikoで聴けるというので、先日、1度、試みたときはダメだったのですが、配信期限が昨日までだったので、もう1度、チャレンジ、すると、上手くいったのです。三栄企画の長沢社長という、上方落語ファンなら知っている有名人がゲストで出るという情報が流れていたのが原因。もちろん、DJの2人もお目当て。ところが、この番組、長い。なかなか、長沢社長出て来ない。午後の一時では出て来なかった。そのため、夜にもチャレンジして、ようやく出て来たと思ったら、そこでダウン。時間切れで、パーになってしまいました。でも、ラジオ初出演だそうで、これで、病み付きになってくれたら、一躍、大阪の人気者になるの、受け合うんだけどな。落語会で、この人の名前が出て来るだけで、トピックに入ってないのに、笑いが出るという、隠れたスーパーマンです。


2021年 7月 30日(金)午前 6時 39分

 昨日は、お出かけなしの日。いつものように、日に2回のウォーキングだけが外出時間。昨日は、順調に、ウォーキングをできました。なんだったのでしょうね、あの脱力感というか、空腹感、力の入らない感じ、あのときは、ウォーキング半ばで、5分ほど、公園のベンチで腰かけ、休憩を取ったところだったのに。そんなだから、夕方のウォーキングで、その休憩のための時間となると、思い出してしまった。「このあと、変だったんだ」と。でも、昨日は、変にはならなかった。ま、それが普通なんだけど、変なことがあると、その普通がありがたい。
 午後の一時は、先日見ていたオペラ配信で残してあった「トスカ」の最終幕。1幕と2幕で回転していた舞台が、今度は、奈落に沈んでいった。その屋根の部分と、すぐ下の部分に牢屋を設えての展開となった。だから、3幕冒頭で、装置が奈落に沈んでいく。その上に、カバラドッシ役のジョゼフ・カレージャは乗っていた。高所恐怖症だったらできない姿でした。牢の看守がいい人みたいで、カバラドッシを牢から出したりしてやっているというもので、トスカがやって来ても、2人の逢瀬を確保してやったりする。処刑の場面では、トスカは、その牢内で身を潜めている。そして、屋根の上に上がり、カバラドッシが亡くなっていることに気づくという展開。最後は、その屋根の上から、舞台背後へ、後ろ向きにダイビング。仏壇返しじゃないけど、背中から後ろへ真っ逆さま。ラドヴァノフスキのフィジカルの強さを見せつけてくれました。割り切りのいい装置の使い方は、既に書いたことです。それが最大の特徴で、好感を持つところだけど、一方で判らないのは、1幕の途中からだったかな、全裸の女性が、頻繁に現れる点。直感で、マリアかと思ったのですが、その確証を得られたわけでもなく、結局、その意図は判らずじまいでした。常に、このオペラには、「トスカの救い」という課題が残るので、それと関連づけたくなるのだけど、ダメです、ギヴアップです。終演後では、やはりラドヴァノフスキが、一番人気でした。正に、彼女の傑作と言えるものでした。
 いつもより、1時間早めて、夕方のウォーキング。というのは、午後7時半開始のオンライン配信を楽しみにしていたのです。アートエリアB1からの配信でしたが、昨日のラボカフェは、「児童図書の役割~18世紀ドイツ児童文学の成立ちから」というテーマが取り上げられました。このテーマにそそられたものだから、これに合わせて時間を組んだというわけです。ゲストは、こども本の森中之島館長の前川千陽さんと、大阪大学文学研究科准教授吉田耕太郎さん、それに加えて、カフェマスターとして、アートエリアB1運営委員の久保田テツさんが登場されました。冒頭、15~20分程度で、ゲストのお二人が講演。その後、久保田さんも入ってのトークとなりました。前川さんは、こども本の森中之島館の紹介話。そないなものができているって、ここで、初めて知りました。なにわ橋駅の傍らに、そんなものができてるなんて、去年3月から、大阪なんてデンジャラスなところには行ってないので、全く知らなかった。お話を聴いて、絶対に、DとSを連れて行くぞと決めました。一緒に、本を探すの、楽しいだろうな。そんな気にさせるお話でした。吉田さんのお話が、正にタイトルとなっているお話。お話が始まって間なしに、アリエスの「子どもの誕生」が出て来た。今のような「子ども」の概念が登場することで、「児童図書」が生まれる。な~んだ、そういうお話だったんだと、先が読めた。それを、本自体で解き明かす、語り手から解き明かすという流れ。本では、文字がいっぱいから絵の量の変化、語り手は、そう、大人が読み聞かせるのが、児童図書の始まり。それも、父親から、祖母や母親、その先に、子ども自身が手に取る本が現れて来るというものでした。これが、1830年代ということでした。それらを、具体的な本を史料として見せていただけるお話でした。「教育史」との関連とか、児童書の社会階層の違いによる受容態度についてのお話が出なかったので、18~19世紀の市民社会の成立に伴い、受容についても一律じゃないはずなのにと思い、その辺を突く質問を送ったのですが、もごもごといった感じで、ちょっと肩透かしだったな。アリエスを持ち出すのなら、近代化の中の1シーンとしての認識で、社会全体との変化とリンクしなきゃと思うのですが、、、、。


2021年 7月 29日(木)午前 6時 38分

 昨日は、久しぶりに、繫昌亭昼席のオンライン配信を楽しんだ日。コロナ禍で、繫昌亭が閉じていた時期もありで、随分と久しぶりになってしまいました。昼席の視聴するときっていうのは、まずはメンバー、次いで、記念の会、これが選ぶときの基本。昨日は、普通の昼席だから、当然、前者。その番組とは、次のようなものでした。呂翔「犬の目」、福丸「延陽伯」、遊方「憧れの一人暮らし」、ソフトクリームさわむら「ほがらか音楽」、文華「笠碁」、(中入り)、菊地まどか(虹友美)「温かい手」、染左「遊山船」、千朝「抜け雀」。今週は、文華がトリで、千朝が中トリというのが、他の日の番組。何かの都合なんでしょうね、昨日だけ、トリと中トリが逆転しており、その日に配信とは! 結果、千朝の上方落語協会復帰後初のトリに遭遇できたのじゃないかな? そういった貴重な日である一方、文華は繫昌亭大賞受賞者でありながら、なかなか重い位置の出番が割り当てられなかった人、それがトリとなっている、そういった意味でも貴重だったのにとなるのだけど、どっちか1人しかトリは取れないのだから、それは致し方ありません。その2人以外でも、実に粒が揃った好メンバーだから、外せなかったというわけです。おまけに、菊池まどかの出演、これは贅沢と言ってもいい。呂翔のような若手を久しぶりに聴くと、とっても成長の跡を観ることができます。目を患らった男を、やたら明るく描くことに努めている。それが上手くできてたかは二の次、そういった心をもって描こうとしている気持ちは伝わってきた。その描き方、納得できるものね。医者に、無茶される患者、無邪気な明るさで描くことで、お伽噺風味が高まります。福丸は、過度に端正過ぎる話しぶりが邪魔してしまうことが、ままある噺家さんだけど、時々、それを取っ払われてしまう口演を披露するときがあり、そのときの福丸は聴きものと思っている黄紺ですが、昨日は、その聴きものの福丸になってました。「八五郎坊主」とともに、福丸ベストに入れたい口演だと言いたいのです。風呂行ってから掃除をするというアホさに見合うお喋りだったと思いました。遊方は、お馴染みのネタ、もちろん、自作。繫昌亭昼席のオンライン配信を聴くたびに思うのは、客席の笑い声などの「余計な音」を入れないというシステム。そのため、客席の反応が、一つの空気を作り、それがまた、噺家さんにも影響を及ぼすなんて、そういったものを味わうということが難しくなっています。この環境は、遊方落語には悲しいこと。こういった配信で、いかに客席の反応を耳にしながら、寄席情緒に浸っているってことを思い知りました。遊方落語って、そういった環境で、生き生きしていることを知ったなぁというところ。ソフトクリームさわむらは、初遭遇。レジ袋で顔を作ったり、たらいに紐をつけて楽器もどきにしたり、けったいな芸人です。文華の「笠碁」は初遭遇。「笠碁」は、亡き鶴志だったはず、上方に持ち込んだのは。東京の噺の代表的なものと思われていたのが、それ以来、上方でも手掛ける人、多くなりましたね。文華も持ちネタにしているとは、それすら知りませんでした。生喬が、小里んからもらったとき、小さんの言葉として、「この雨、秋の雨なんだよ」を伝え聞いています。確かに、夏の雨では、情緒が吹っ飛ぶ。そないな話を聴いているので、めっちゃ違和感持ってしまった、季節外れという意味で。それを除くと、2人のいい歳をした親父の無邪気さが、いい感じ。やっぱ、文華はオールマイティという印象、ここでも感じたけど。下げで、もうちょっと間を持って欲しかったな。間を持っても、この日の客、下げだと判らなかったかもしれんけど。菊池まどかも久しぶり。「温かい手」は、以前、聴いたような聴いてないような? 時間制限があるので刈り込んである、だから、筋立ての背景が判らないのが、悲しい。フルヴァージョンで聴いても、判らないかもしれないけど、浪曲の筋立てにスリルのあるところ。それにつけても、菊池まどかの声はいい。堪能しました。染左は、コロナ禍の中では、京都市民寄席で聴いている。こちらは、夏真っ盛りのネタ。これを、以前、繫昌亭で出したとき、「板場/スタバ」のくすぐりを入れたことを、やたら覚えている。染左も、「そないなことするんだ」と思ったものだから。でも、昨日の口演ではやらなかった。客層を見て止めたのか、もうやってないのか、それが気になり出してしまった。時間的にフルでは無理なので、肝心の遊山船が出てくる前で、カット。仕方ありません。「この流れで、どのネタ、出すのかな、千朝」「第一感、鴻池の犬、でなければ、替り目」と思っていたら、「抜け雀」でした。見事に外れ。軽く、旅のマクラを振って、ネタへ。かなり気合が入っている。Dalga dalgaといった感じのようで、叩き込んでくるような口演。だから、前への推進力が凄い。噺の展開に引きずり込まれるといった印象。千朝のパワー、凄さを、再認識です。繫昌亭、来週の昼席は、由瓶の受賞記念ウィークになっています。これも聴くつもり。やっぱ、落語を聴くと、テンション、上がります。嬉しい、午後の一時となりました。
 あとは、ごく普通の日。日に2回のウォーキングだけが外出時間。昨日は、ほぼ1日、曇り空だったので、わりかし健やかにウォーキングができたはずなのに、夕方のウォーキングで変調。半ばで休憩を5分ほどとったんだけど、そのあと、しばらく、ボーっとしてしまった。珍しく、空腹感を通り越してひもじさまで感じる。身体に力が入らないからかもしれません。熱中症じゃないのかと、息子に言われたときの感じに、ちょっと似てた。でも、昨日は、そないな暑さじゃないのに。喉の渇きには変化は出てないしと、似てないこともある。結局、途中、マートに寄り買い物してると、その感じ、治まった。マートに入る、クーラーがある、で、治ったのなら、軽い熱中症? だったかもしれないし、そうでなかったかもしれない。そうだったとして、予防策を早めに執る、これをインプットしておいた方が賢明ですね。どうも、いかん。


2021年 7月 28日(水)午前 7時 15分

 昨日もお出かけの日。月末に入り、予定が、かなり入っています。その密な常態で、8月に突入予定です。でも、もう8月間近なんですね。去年の今頃は、長雨で、気温も低くという日だったのを、ようく覚えています。今年は、そんなこともなく、早々に暑い夏になっているけど、昨日は、雲が出たおかげで、直射日光が当たらない分、体感温度は下がったような印象。おかげで、お出かけついでのウォーキングが、楽だった。気温の上下で、こないに変わるものかと実感させてもらいました。トルコでは、バイラム明け、でも、コロナ患者が爆発。ようやく、それに伴う報道も出てきました。報道関係者も、バイラムから再起したという印象です。
 お出かけは、京都学・歴彩館。昨日は、こちらで、「京都を学ぶセミナー/洛東編」の第1回がありました。コロナ禍で、開催が延びていたものが、ようやく開催されたというわけです。昨日は、「吉田と称す公家と中世の吉田地域」というお題で、京都大学大学院准教授の吉江崇さんのお話がありました。「吉田」と聞けば、「吉田神社」と思い浮かべるのが、京都人の常。それを見透かしたかのように、冒頭、吉江さんは、それを否定。吉田神社が成立する前に、似た界隈で、勢力を張っていた「吉田と称す公家」が居て、その公家は、藤原北家に連なる一族だった、「今日は、その人たちのお話」と念を押されました。それが冒頭、それから間なしに席を立たれた方まで居ました。実は、黄紺も、吉田神社の由緒でも聴けるかな程度で出かけたもので、何が始まるやら、何も見当もつかないまま、お話が始まったものだから、早々に危険を察知はしたけれど、最早、手遅れだったようで、よく眠りました。ですから、配布資料を眺めながら、部分的に覚えている記憶を混ぜながら、ちょっとしたメモを残そうかと思ったのですが、レジュメを読んでも思い出せない、判らない。官位を持つ藤原氏は多いので、それを区別するために、「吉田」とか、なんとか、名乗ったようで、邸宅のある場所、及び、その側に浄蓮華院という寺があり、それの創建&継承と関係があるようなのですが、筋立てが判らない。ギヴアップです。
 この歴彩館に行くときも、電車の中で、急に具合が悪くなったりと、ちょっと悪夢の連続。気温が高く、汗をかいているにも拘わらず、やたら、トイレに行きたくなったり、往きからしておかしかった。講演の間に、睡眠をとれたおかげで、終わってからは、普通に戻っていた。様子からして熱中症の症状ではないのだけど、なんか、変が来てました。平常に戻っていたので、コンサートホールのチケット売り場にも行き、市民寄席のチケットを買いに行った。ところが、コロナ禍での売り方で、端っこの席を売っていない。ロームシアターにも確認してもらったのだけど、コロナ禍の様子で、詰めていいと判断すると、その端っこの席を売るかもしれない、でも、売らないかもしれないという。両脇を挟まれるのが嫌なので、買うのを諦めました。チケット売り場の方も、「あとで買われたらどうですか?」とのアドヴァイス。確かに、そうです。福笑、塩鯛らの出る好メンバーなんだけど、座席の位置優先のスタンスが勝ってしまいました。で、そこから、いつものウォーキング。途中、曇っているので、安らかに、丸太町橋傍らで、休憩&読書。そないなことをしてたため、自宅に戻ると、午後6時を僅かに回っていました。
 夜は、オンライン配信で、講演を聴いた日でもありました。これが、午後7時配信開始。歴彩館から戻ってから1時間もないなか、トルコ・サッカー情報を収集、コロナ情報収集もすることに。後者は、途中、トークを聴きながらピックアップするという、せわしないことになってしまったけれど、要点は、押さえたつもり。そのオンライン配信は、ちょっと無沙汰の「ラボカフェ」。京阪電車の駅構内「アートエリアB1」を利用して行われているイヴェント。昨日は、「鉄道芸術祭vol.10プレ企画」と銘打たれていたのだけど、その意味が、まだ判っていない黄紺ですが、8月~9月にかけて、その名目で、好企画が目白押しです。その「プレ」として、昨日は、「日本鉄道史のなかの渋沢栄一」というテーマ。ゲストの立教大学経済学部名誉教授の老川慶喜さんのお話と、カフェマスターのcontact Gonzo(アーティストユニット)、dot architects(建築家ユニット)、木ノ下智恵子(大阪大学共創機構准教授、アートエリアB1運営委員)の皆さんとのトークがありました。また、渋沢栄一かと思ったのですが、老川さんが、冒頭、渋沢栄一は、日本の鉄道会社47社に関わり、京阪電車もその1つに、「またかは失礼」となってしまいました。心を改めて聴き出したのですが、お話のポイントは、渋沢栄一が、なぜ、それほど鉄道建設に熱意を持ったのかという点。日本近代史に、全く弱い黄紺は、渋沢栄一の名前は、さすがに知っていても、その業績は知らない、経済人だとは判っていても。幕末、攘夷を唱えた人たちも、維新後は、熱心に西洋かぶれになっていくものですが、渋沢栄一もそうだったようで、でも、実際に洋行を経験すると、産業革命後の姿との彼我の違いは大きかったことでしょう。渋沢栄一は、フランスで感化されたとか、近代産業と鉄道は切れない関係。そこに目を着けたということです。渋沢栄一と言えば「公益」優先というタームが付き物のようですね。鉄道建設の目的は、地域経済の活性化、単なる鉄道会社の利益ではなく、地域の林業、漁業といった産業全体を視野に入れる、正に「公益」を考えている。鉄道建設も、中央との輸送といった縦のラインを作り上げるのではなく、地方同士を結ぶ横のラインを推進したり、「ブラタモリ/秩父編」(傑作の1つ)で出て来た秩父鉄道では、終点までの路線を主張したのが渋沢栄一だったとかで、結果、秩父のセメントが、近代日本の礎を作ったとなるトピックとかも出てきていました。鉄道の国有化(明治39年)に踏み切ったのも、渋沢栄一の功績に数えられていました。資金調達のために、大変な公債発行を伴ったもので、英断だったようです。それもこれも「公益」のためというわけです。そういったお話を基にトークだったのですが、2つのユニットの方たち、畑違いなものだから、無理やり、質問させられている感じ。むしろ、視聴者や会場からの方が質問にいいもの出てた。小林一三との比較話とか、でも、2人は、生きた時代が、少しずれていた。結局は、京阪電車のことは、ほぼ話題にはならなかったかな。ま、今後の企画であるかもしれません。


2021年 7月 26日(月)午後 10時 59分

 昨日まで、今日はお出かけなしの日になっていた。ところが、今週の映画館情報を集めてなかったというか、最新情報を確認してなかったことに気づき調べたところ、「ギャッ」と悲鳴を上げてしまった。全くノーマークだった映画が上映されていた。黄紺が、絶対に外さないインド映画、しかも、ラジニカーントものだったから、驚きは半端じゃなかった。最近は、コロナ禍のためか、これがあるんだよね。慌てて、今日の予定に指し込みました。場所は、京都みなみ会館、題名は「ダルバール 復讐人」、2020年作品なので、最新作になるのでしょう、少なくとも日本公開では。今回のラジニカーントの役柄はムンバイ市警察長官。ところが、冒頭は、その男が、次から次へと、悪漢と思えば殺していうというえぐいシーンからスタート。そこで、ちょろっと出て来る言葉が、「娘さんを殺されたそうで」。その娘が亡くなるまでが前半。と同時に、そこまで黒幕と思われていた男が殺されるというシーンも出て来る。それを知らない、警察。だから、荒れ狂う警察長官も、誰をターゲットにしていいか判らないから、悪漢と思えば、無差別に殺していくという図が生まれて来ていたとなる仕掛け。要するに、物語的に、本当の黒幕のすり替えが用意されていた。そのための仕掛けも施されている。一方で、娘が亡くなるところでも、物語の進行上の仕掛けが二重に施されている。最初、命の危険があると思われるのは、ラジニカーント演じる警察長官の方。ところが、意識の混濁だけで、それが回復するの5時間という見立て。その5時間の間に、事故で得た衝撃から起こる脳内の変化で娘が死んでしまうという設定。警察長官の意識が回復したときには、既に娘は死んでいる。ここで、「復讐人」の炎が燃え上がるという点と、娘が知っていた情報を伝えないまま亡くなるという事態が起こってしまう。これが、二重の仕掛けというポイント。だけど、娘は偉かった。自分の知っていることを、スマホに動画として残しておいた。ここで、タイムラグも生まれる仕掛け。でも、偶然、スマホに気づいたところで、物語は、一挙にスパーク、ラストに雪崩れ込んでいきました。いや~、エンタメとしては、楽しめる台本。3時間を引っ張ることのできる展開となっていました。最近のラジニカーントもの、そういった意味で物足りなさを感じていたものだから、取り戻したなという印象です。舞台を、マレーシアのタミル人社会に移し、その不十分さを補っていたこともあったしね。一方で、確実に、ダンスシーンが減っています。上半身の動きにシフトしているなの印象は、今に始まったことではない。調べてみると、ラジニカーント、70歳を超えていました。凄いわ、それで、この映画、撮っちゃうのって感じです。自分的には、そんなで、とっても楽しめたんだけど、客は、黄紺を含めて2人。そんなものですかね?
 京都みなみ会館は、いつものように、帰りはウォーキングを兼ねて、家まで歩くのが定番。午後3時過ぎが歩き始めだったものだから、西日の強烈さは、かなりのものがありました。特に前半、近鉄電車の高架の西側を歩いたときは、めっちゃ温かった。体温、とっても上がってたんじゃないかな。途中、背中に太陽を浴びるようになってから、一息つけました。今日は、これでおしまい。月曜日の夜ということで、YouTube「米朝事務所チャンネル」で「ワールドニュース」を観るのが、残りのお楽しみ。先週に次いで、笑福亭喬明の名前が、再三再四、出てきていました。確かに、可愛いけどな、、、! でも、彼女、天然で、いい応答できる、そういったキャラの持ち主として、重宝されていく予感のある名前をもらったばかりの噺家さんの卵です。


2021年 7月 25日(日)午後 11時 7分

 今朝も、トルコのコロナ情報収集は薄め。あっという間に、1日の新たな陽性判明者数が、12.000人を超えても、薄めの情報。内容的にも、似たものが続く。その一方で、医療従事者や保健行政は動いている。でも、報道は薄めという日が、きっちりバイラムの影響を受けている。去年、ここまで極端じゃなかった記憶があることはある。そこで、今朝も、動画サイトのお世話になり、「世界ふしぎ発見!」の過去動画を1本観た。「水の都・京都とミステリー・レイク琵琶湖のふしぎ」(2021/5/22)。ごく最近のコロナ禍のもとで、国内ロケが多く出ているものの中から見つけた「疏水」「びわ湖」もの。桜満開の蹴上からスタート。疏水は、そこだけじゃないし、鴨川運河もある、でも、TVで出るのは、いつもここ。インクラインも、ここだけじゃないけど、整備され、観光化されているから。いつもここです。南禅寺が傍にあるというのも強みです。「水」繋がりで、下鴨神社の御手洗池から「みたらし団子」、上醍醐の水が「醍醐味」だということで醍醐寺。そういった話へ振った後に、ようやく疏水の蘊蓄。田邉朔郎の名も出してました。その後は、疏水を往来する観光船が出ているようで、それに乗り大津へ。びわ湖ネタに移りました。びわ湖文化博物館の展示を紹介しながら、「古代湖」であること、また、びわ湖の構造も一くさり。1つの図で事足れると思えるいい図を見せていました。「ブラタモリ」より解りやすかったんじゃないかな。ここから、滋賀県の水ネタが炸裂、おもしろかった。「三井寺」に「井」が隠れているの、初めて意識させていただけました。沖島の人たちによる漁業、葛籠尾崎湖底遺跡資料館所蔵の縄文式土器、近江商人絡みで、ウイリアム・メレル・ヴォ―リーズ設計の洋風建築群、ラコリーナ近江八幡、旧長浜駅(敦賀からの列車輸送がここから琵琶湖の舟運に変わる分岐の港があった)、敦賀港駅&敦賀赤レンガ倉庫(敦賀は欧州への玄関口)と、琵琶湖ネタが、最後は入口出口になる敦賀までカヴァーしました。出発点が、京都の疏水ということを考えると、とっても壮大な構成です。お見事!
 今日はお出かけなしの日だったもので、ゆったりと日に2回のウォーキングは、いつも通り。なかなか、疲れが取れないですね。前日に疲労が残ったままだから、気の晴れ方は70%ぐらいか、、、。爽快さが減退してしまっています。健康のために動いている感が勝ってしまっている。身体が動いている、それを実感できるわくわく感が湧いてこないね、疲労の、いや暑さのせいですね。どうも、腰に疲れがたまる傾向が出ています。朝も起きられないなんて、黄紺とは無縁だと思っていたら、今朝はそうじゃなかったしね。そういった時に限って、頭の中、真っ白で歩いている。だから、疲労を感じやすいんだなぁ。他の余計なこと考えながら歩いている方が、ホント、賢明。こないなこと考えると、アスリートなんか、こないなことも訓練の内だろうなと思ってしまいます。
 午後の一時は、オペラ配信。あるYouTube画面に「トスカ」があったので、アクセスすると、コロナ禍あるある話で、演奏会形式ではなかったけれど、それに近い「セミステージ」ものだったので、「トスカ」なら、他に、知らない動画がアップされているかもと思い、検索してみると、勘が的中。レアルマドリードのプロダクション(パコ・アゾリン演出)を見つけてしまいました。まだ、アップされて間もないものがヒットしたようです。マドリードの「トスカ」と言えば、一旦、観ようかと思いながら、サッカーに化けてしまったことがある、黄紺的にはのことだけど。もう、20年以上前のことだけに、同じプロダクションの可能性は低いかもしれないけど、ちょっと胸が涌いた。それもあり、主役3人の顔ぶれが凄かったのが大きかった。タイトルロールが、サンドラ・ラドヴァノフスキ、カヴァラドッシがジョゼフ・カレージャ、スカルピアがカルロス・アルヴァレスという豪華布陣。ラドヴァノフスキは、コロナ禍でキャンセルになった「スペードの女王」を、ベルリンで聴くはずだった、ジョゼフ・カレージャは、そのベルリンでドタキャンされちゃた思い出がある。カルロス・アルヴァレスは、遭遇経験すらない、かすりさえしない超大物。音声環境が良くないのか、元々、こんなだろうな、ちょっと物足りなさが残るところもあるかもと思えたジョゼフ・カレージャ、カルロス・アルヴァレスの場合には、低音響かないようにしてるんじゃないかいと思わせられるところもあり~ので、進行。そういった条件付きで賛成的な出来栄えだったのに対し、最もグレートだったのはラドヴァノフスキ。彼女の出たオペラでは最高の出来栄えでしょう! 「恋に生き、愛に生き」をアンコールするほど、凄まじい歓呼が起こっていました。装置もおもしろい。場所が判ればいいという大胆さで、リアリティを排除の感じが伝わります。1幕、「教会が判ればいい」という具合で、ファサードの裏側に祭壇があったり、壁には、一見、ステンドガラスに見えて、そうではない。スライドで、祭壇画を際立たせたり、しかも、その祭壇画、1幕の最後には、女性の裸体像が並んでいました。テ・デウムの司式者のヴェールを剥ぐとトスカだったりと、ちょっと露悪的に進みます。2幕のスカルピアの執務室の両サイドの幕を落とせば、そこは政治犯を収容する監獄だったりと、判りやすさをモットーにした装置も出てきました。スカルピア殺しは、マリアを思わせる裸の女性からナイフを受け取り、実行というもの。「トスカ」の場合、毎度、悩ましいのが、トスカの救いの問題、でも、マリアを思わせる女性を登場させているなら、問題解決はあっさりとしていますが、マリアに見立てるのが当たっているかどうかは判りません。いつものように、クライマックスは残すというのが、黄紺の流儀なもので。


2021年 7月 25日(日)午前 6時 57分

 昨日は、午後にお出かけを予定していた土曜日。端からオリンピックに関心がないものだから、NHKプラスのお世話になろうと、番組表を見ても、おもしろくないこと、この上ない。というほど、TVのない生活を疎んでるわけではないのだけど、「日曜美術館」まで吹っ飛ばされたので、少しは怒っているのです。昨日の朝も、トルコのコロナ情報収集が薄めだったため、大体、午後にお出かけのある日は、余裕はないのだけど、ここ数日は余裕があるものだから、ついつい、何をやってるか、NHKプラスも気になってしまったときのお話。で、結局、この日曜日に「日曜美術館」を観れないなら、ゆとりの時間を使い、ネット上にアップされている過去映像を観ようじゃないかと探してみました。先日、偶然、「靉光」をテーマにした番組が、数年前にも流されていたことを知ったので、探し出してアクセスしたのだが、引っ張ってくるようで、結局、ダメだった。削られてしまったのかもしれません。そこで、近くにあった「流人絵師・英一蝶〜元禄快男児伝説」というお題の回をクリック。日付は描かれていなかったけれど、またしても、姜尚中がMCをしていたときのもの。7~8年前の放送かな? 英一蝶(多賀朝湖)、知りませんでした。でも、講談にもなっている程の有名人。亡き貞水師もゲストに出て、番組の後半で、その一節を読んでくれてました。そして、また、この男が凄い、またしても、とっても、凄い絵師を教えてもらえました。狩野派の門下として、研鑽を積んだ経験を持ちながら、そのエリアでは満足できず、自由奔放に、江戸庶民の風俗を描き、自身は、絵師であるとともに、幇間としてお座敷に出入りするかと思えば、俳諧師としても一家をなし、宝井其角と生涯の友でもあった。それだけではなく、その活動の流れから遠島を申し付けられ、流人として生涯を終えるかと思うと、綱吉逝去に伴う大赦で復活するという人生を歩んでいる。そういった人生経験、また、奔放な生き方が、その作品に現れている、凄いとしか言いようのないキャリア、その作品です。番組に登場した作品+αをメモっておきます。①雑画帖②竹林図(狩野派仕込みの作品ながら遠近の竹の描き分けが新しい)③立美人図(菱川師宣「見返り美人」の女性を理想化する態度を受け継いでいる)④投扇図(扇を鳥居に向け投げる動きの無邪気さ、その描き分け、躍動感が見事!)⑤四季河原納涼図⑥朝暾曳馬図(日本画にはない表現法である川面に揺らぐ「影」で写実性を高めている、俳諧の影響)⑦朝妻船画賛(小唄を傍らに認める、日本舞踊に今も残る)⑧板絵着色神馬図額⑨恵比寿像(新島の梅田家の庇護を受けたこともあり、同家に6点が残る、⑭までがそれら)⑩七福神図⑪天神図⑫布晒舞図⑬吉原風俗図巻⑭四季日待図巻(日の出を待ち徹夜をする人々、障子に描く「影」が斬新)⑮一球和尚酔臥図⑯不動図⑰雨宿り図屏風(雨宿りという一瞬の出来事に集う身分の分け隔てのない人々、傑作中の傑作)。③以後が、狩野派を出た作品。⑧~⑭が流人時代の作品。この時代は、風俗画は封印。神仏の絵しかないという。洒脱で、常に、庶民に立ち位置を置いている。目配りが行き届き、瞬間的な動きを捉える技は秀逸。その観察眼も並大抵なものではない。おもしろい絵師です。どれだけ、江戸の文化って熟れたのか、その奥の深さはとんでもないものを感じさせます。それを構成していた人ですね。
 午後のお出かけは、京都アスニー。昨日は、「京都市考古資料館文化財講座」の1つ、「古墳時代の京都」というテーマで、京都市文化財保護課の清水早織さんのお話を聴くことができました。清水さんは、考古学の発掘のプロ。そのお話は、新たな発掘があったときに行われる現地説明会って、こんなだろうなと思わせる、だから、行ったことはないので想像で書いていますが、そういったお話が、最後まで続きました。対象が古墳です。発掘から伺うことができる、被葬者や歴史的背景、そういったお話はするところじゃないという講演だったもので、正直言って、自分的にだと思うのだけど、おもしろくない。京都の古墳として取り上げられたのは、市の区分で言うと、西京区内。ということは、乙訓地域に連なる地域。実際、取り上げられた古墳の中には、市域がまたがっているものも、当然ありました。その地域に古墳が多くあるのは、黄紺でも知っている。他の地域にもあるのかなぁ、そういったお話はなかったので、不明なまま。取り上げられた地域は、山陰に連なる地域であると同時に、桂川流域に当たることもあり、正に、古代より人やものの往来のあったところだから、そこに、古墳を残せるほどの勢力を誇る人たちがいたことは了解なことです。この講演では、「山田桜谷古墳群」の発掘調査結果を伝えるというのが、目玉として考えられていたようなんですが、諸事情により、まだ、発掘には至っていないということで、発掘前のお話を聴けたので、ある意味ではラッキーだったかもしれません。なんせ、時が経っているため、木が生い茂り、目視することが難しい。ただ、土盛りの様子から、古墳ではと当たりをつけるようです。我々から見ると、単なる雑木林にしか見えないところでも、プロが見ると、そうではないらしい。実際、この古墳の現場写真を見せてもらえたのだけど、あれはいけません。木が邪魔をして、さっぱり判らない、素人目には。実際の発掘は、その木をどけることから始めねばならないわけだから、とんでもない作業だと知りました。そこで、その形状を知らねばならないと、出ました、「赤色立体地図」の作成。「ブラタモリ」でも、よく登場するあれです。木を取り去り、地形だけを浮かび上がらせることができるあれです。すると、らしい姿が浮かび上がってくると言っても、プロの目で判るようです。「ここに古墳がある」「前方後円墳だ」と言ってられましたが、黄紺の目には「そうなん?」程度、やっぱ、プロです。これ以後は、同様の地域にある古墳の発掘記録の紹介、取り上げられた古墳は、以下のものでした。「芝古墳」「天皇ノ辻古墳」「上ノ山古墳」「寺戸大塚古墳」「福西古墳群」「大枝山古墳群」「殻塚古墳」。そんなで進んだものだから、途中、かなり居眠りも出てしまった黄紺だったのですが、「天皇ノ辻古墳」だけは、とっても印象に残っている。というのは、ドローンを飛ばして、上空から、その古墳(ここは、そのまま残し公園にしている)を見せていただけたこと。見事に「前方後円」の形状を看て取ることができました。古墳を見るのは、ドローンに限ります。素晴らしい光景でした。
 京都アスニーとの往復は、いつものようにウォーキング替わり。昨日は、お出かけ前に時間があったこともあり、その時間を利用してミニウォーキングを敢行。だから、結果的に、普段と同じくらいの時間を宛がうことができました。が、どうも暑いなかのウォーキングです。かなり疲労が溜まってきているようで、夕方のコロナ情報収集後、ぐったり。その前も、外から戻って来たときも、そうだった。部屋の中が外気に比べ気温が低いので、それだけで清々しいものだから、すぐにはクーラーをつけてなかったのだけど、昨日は、これはまずいの気分で、慌ててクーラーをつけました。ひょっとしたら、ごく軽い熱中症になってたかもしれないなと思っています。歩いていたときは軽かったのですが。喉の渇きが、特にあったわけではなかったのだけれど、かもしれないなと思っています。去年のことがあるので、要注意です。とにかく、変だと思うと、身体を冷やすこと、水分の補給、休むこと、これですね。


2021年 7月 23日(金)午後 10時 49分

 朝一番、トルコ・サッカー協会公式HPを開ける。欧州カンファレンス・リーグの結果を知るため。案の定、シワス・スポルは勝っていた。相手は、モルドバのクラブとは言え、勝つと気分がいい。前日とは、えらい違い。シワス・スポルは、2年連続で、ヨーロッパのカップ戦への出場。トルコ・リーグでは、昨季の後半戦では、一番いい成績だったはずです。しかも、トルコでサッカー観戦をした最後が、シワス・スポルとアンカラ・グジュの一戦、もちろん、シワスでのこと。そないなこともあり、余計に、シワス・スポルがいい成績を残していると、気分が上がる。フェネルバフチェがダメなときって、いい替わりになっています。
 今日は、普通の金曜日かと思ってたら、違ったみたい。銀行に行くと、閉まっている。何かの間違いかと思い、ふと考えると、今日は、オリンピックの開会式のある日に気付いた。どうやら、それで、祝日を動かしたのかな。ニュースなどを見ると、4連休となっている。知らなかった。銀行で、連休が続くのなら、今日出そうが、明日出そうが同じだと思い、引き出すのはやんぺ。手持ちのお金が尽きたときに引き出します。うまく行けば、休日明けに持ち込め、余計な手数料を取られないで済むの魂胆。ちびてきたので、新しいスニーカーを買おうと思ってたんだけど、とりあえずは先延ばし。そんなで、昼前のウォーキングをしていても、人出が少なかった。皆さん、まずは、ゆっくりと朝寝と看ました。そのウォーキングがきつい。2日に1度、このきつさが出て来る。ま、今日は、昨日、猛暑のなか歩いたのが堪えたようです。やたら、腰が重い。一晩寝ても、疲労が取れてないってことですね。途中、休憩をしてからは、ちーとは楽になったけれど、先日も同じようなことがあった。その日の前日も、猛暑のなか歩いていたから、やはり疲労が取れ切ってないのでしょう。齢を重ねるとそうなると知りながら、以前と同じようなことをしてしまってるってことですね。だから、定番のウォーキング、ほんの僅か、短めにしました、ホント、ほんの僅か。気持ちの問題が大切ですから。
 午後の一時は、オペラ配信。「アンドレア・シェニエ」の後半を観たと書けばいいのでしょうが、ほぼ居眠り三昧。ということは、2幕までの前半部分でもそうだったから、全編、居眠りやったやないけと突っ込むしかありません。だからと言って、再度、頭から観る気になれない。「アンドレア・シェニエ」を観るのなら、手持ちのDVDを観るというところです。
 最近、YouTubeではまっているのが、FM東京で流れてた「ジェットストリーム」を聴くこと。今は亡き城達也がMCを務めてた番組を録音してた人がいるのですね。それを流してくれてるチャンネル、多数です。この「ジェットストリーム」を初めて知ったときのこと、ようく覚えている。西小山の友人のアパートに転がりこんでいた夜、これが流れ出したのです。友人は、「城達也の語りがいい」「ほぼ毎日聴いている」と言ってました。それだけはまった人、大勢なんでしょうね。こうして、今になって、YouTubeにアップする人が多くいるのですから。コメントを読むと、同時代を生きたと思われる人たちの書き込みが踊ります。1つ1つに共感を覚えてしまっています。今も、その内の1つを聴きながら、これを書いています。関空開港直後の放送が流れています。


2021年 7月 23日(金)午前 6時 40分

 トルコはバイラムということで、コロナ情報は、ほぼデータだけ。それが、朝も夕方もそうだった。どんどんと感染者が増えているのに、マスコミもだんまりというか、休暇に入っちゃってる。一方で、ガラタサライが「5:1」という惨敗。現在、ヨーロッパのカップ戦で、試合日程が明らかになっているのが、このガラタサライとシワス・スポル、トラブゾン・スポルの3クラブだけど、正直言って、対戦相手が決まったとき、「また、去年と同じ」と思ってしまった。ガラタサライとトラブゾン・スポルは勝ち抜くのが厳しい、勝ち抜けるのならシワス・スポルだろうと思ってしまったのです。すると、案の定、ガラタサライは、負けるにもほどがある、「5:1」とはと突っ込みたいけれど、ヨーロッパに出かけるメンバーじゃねえよと、始まる前から突っ込んでた。移籍市場が閉じるまでに日があるところでは、今のトルコのクラブでは、いい選手を押さえられない。話題に上るのは、契約が満了しパスを自身で持つ選手、でなければ、レンタル、それを、ヨーロッパだけではなく狙っているのだから、ホント、移籍市場が閉じるというところで、バタバタと決まるものだから、こないな早い時期に選手が揃っているわけない、だけど、ヨーロッパのカップ戦は始まっちゃう。だから、勝てない。負けるにもほどがあるという負け方をしてしまった。それが判っていながら、試合結果で、それを突き付けられると、気分が悪い。朝から不快な情報を目にしてしまいました。それを、「FUTBOL HABERLERI」に載せても時間に余裕があるので、昨日も、朝から、動画サイトにアップされている「世界ふしぎ発見!」を1本、観てしまった。「海と風が織りなす絶景 フランス灯台街道」(2020/1/18)を選んでみました。場所はブルターニュ半島。潮の干満が激しく、風が強く、天気が変わりやすい、岩礁が多いと、航海には悪条件が揃っているということで、このブルターニュ半島には、とっても密に灯台が設えられているというのです。その灯台を追いかけるものでした。放送された灯台をメモっておきます。①コルドゥアン灯台(フランス最古、内に礼拝堂)②サンマチュー灯台(横に修道院、元は焚き灯台)③トレジアン灯台④ケルモルヴァン灯台⑤イル・ヴィエルジュ灯台(欧州で最も高い)⑥エクミュール灯台⑦ジュマン灯台(岩礁の上に灯台)⑧クレアック灯台(最も明るい灯台)⑨ニヴィディック灯台。最後の方では、このブルターニュのブレスト出身の技師レオンス・ヴェルニーが、「ブラタモリ/横須賀編」でも出て来た「旧横須賀造船所」の建造に関わったということで、話題は、一挙にそちらに逸れてしまっていました。観音崎灯台は、その技師さんの建造によるものだそうで、日本初のフレネルレンズ使用の灯台だそうです。表面がギザギザになった、あのレンズがそれです。そんなで、ブルターニュ半島の景色を観ることができたのは、あまりないことなので良かったのですが、そして、灯台いろいろも、それはそれで良かったのだけど、それだけというのは、労多くしてだけに留まっていたようで、ちょっと外した感が残ってしまいました。
 これで、ようやくお出かけ。昨日は、今週2回予定していたミュゼ・ツアーの2日目にした日だったのです。昨日も、2つのミュゼを巡ってきました。1つ目は、御所の東側にある「京都市歴史資料館」で行われている特別展「こんにちは京都市電-京都市電関係資料をひもとく-」。特別展と言っても、人が30人程入れるかというスペースを使った展示と、映像資料を、隣の狭い部屋で観ることができるという小規模のものだったのですが、黄紺もそうだったけれど、「市電」と聴けば、がっつりと来る人が多いようで、混み合いはしなかったけれど、人が絶えるということはなかったですね。そういった意味で、ヒット企画でしょう! 自分の知っている市電の時代よりは、実際、運行されていた時間はかなり長いわけで、そういった意味で、知っている時代はノスタルジアで観ることはできても、それ以前となると、単なるミュゼの史料になってしまう。しかも、鉄の人にはたまらないであろう車両図面などの情報は、頭がついていかないとこともある。そうは言っても、知らなかった、知ってびっくりというものもある。出町線という路線があって、正に、この資料館前の寺町通を市電が走ってたとか、元田中で、叡山電車と交差していたのは、廃止まで続いたわけですから知っていたののですが、市電が叡山電車に乗り入れていた、これは知らなかった。市電のパーツ情報、展示で嬉しかったのは、方向幕。最初、判らなかった、だって、縦に伸ばして展示してあるものだから。こういったものの展示を観るよりそそられたのは、市電の映像資料。恐らく、個人が趣味で撮られたものなんでしょうね。市内各所の市電の風景を撮影してありました。祇園祭で四条河原町での折り返し運転、京阪線との交差を見せる七条京阪駅。あすこ、遮断機を使えなかった。京阪電車の通過に合わせて七条通の横断風景、かつて、当たり前のようにして執っていた行動、今や、こういった形でしか観ることが叶わないのは、ホントに不思議な感覚。以前は、市電の全線の経路を覚えていたけれど、今や、行先を表す番号を見ても、すぐには思い出せない。車庫ごとの色分け、その区分くらいは覚えている。車庫は、烏丸車庫と九条車庫が映っていました。自分的には、一番の思い出は烏丸車庫ですね。「カラシャ」と言ってた。15番の電車に乗りカラシャを通るのが日常だったことがあるのだけど、結局、映像資料では15番は、1度も現れなかった。替わりに乗ることのあった5番は、頻繁に画面に出て来てたけど。それだけ、15番はレアだったのか、なかなか来なかったもんなぁ、そないな昔を思い出していました。
 昨日も、2つ目のミュゼは岡崎。先日のように疏水縁まで行ってから昼食にすると、野鳩が寄って来るので、昨日は、丸太町橋傍らのベンチで昼食。ここは大丈夫でした。人通りが多いのが嫌だったけれど、ベンチもある、日陰だしと、贅沢を言っちゃいけません。で、岡崎は、初めて行く細見美術館に行ってまいりました。ここで、「細見コレクション 集う人々-描かれた江戸のおしゃれ-」という展示が開かれているのです。江戸時代の風俗画、及び、調度品といったものなどの展示です。構成は3部、①各所に集う人々②男の出で立ち、女の着こなし③時世粧(いまようすがた)というものでした。①が、「洛中洛外図」のモチーフを使った描き方をした市井図。京の風景、祇園祭に特化した風景、奈良、江戸へと世界は拡がっていきました、屏風絵です。図柄を見ていると、なんとなくパターン化しているのじゃないかと思えたので、需要の高まりから、売れることを見込んで、絵師たちが、幾つも描いたことなのでしょうね。②が狙いのコーナー。犬追物のようにテーマを設定してのものなど、街から市中を動く人にズームインといった作品の中に、お目当てがありました。ほぼ、ここだけという作家名の入った展示物。酒井抱一の「松風村雨図」。先日、動画サイトにアップされている「日曜美術館」の「鈴木其一編」で知った江戸琳派の始祖的絵師、姫路藩主の家に生まれながら町人文化に憧れ絵師となったという特異な経歴の持ち主、鈴木其一の師になります。それが、この特別展で展示されているということを、偶然知って、狙いをつけたというわけでした。能の素材にもなっている「松風村雨」の姉妹。潮汲みの姉妹のはずなのに、えらく気品高く描かれていました。美人画だからでしょうか。能だって、賎なる身分からほど遠い装束、ま、象徴芸ですから、そうなってるけれど、この作品でも、テイストが同様でした。おもしろかったのは、露骨な三角構図、しかも、二重の三角構図、使っていました。「へぇ~」と出てしまうところです。右隣には、葛飾北斎ものが2つ。「夜鷹図」も、最低ランクの娼婦でありながら、立ち姿が見事に決まっている。立ちんぼ商売とは言え、それが決まり過ぎてるのに困惑。「五美人図」も三角構図。幾つもの三角を看て取れる構図に、「へぇ~」のボルテージが上がってしまいました。抱一の左隣には、中野其玉と名の入った「元禄踊り図押絵貼屏風」。中野其玉は、鈴木其一の弟子の実子、孫弟子になります。酒井抱一からすると曾孫弟子、もう明治の人でした。身体の捻りに独自性を発揮、これ、琳派の傾向と、「日曜美術館」で言ってたようで、言ってなかったようで、、、。突っ込みながら、喜びながら、お目当ては値打ちものでした。③は、蒔絵、螺鈿細工ものなどの調度品中心。絵では、山東京伝の文句が入った「江戸風俗絵巻」がおもしろかった。タイプの違う男女1人ずつを描き分け、そこに文句が付くというもの。江戸後期の作品とだけで、絵師の名は出てませんでした。「絵巻」とはいえ、大部な屏風絵でした。
 先日同様、ちょっとしたミニウォーキングと、ロームシアターに寄り情報収集をしたあと、歩き出しました。青蓮院、円山公園経由で四条まで。人出のない、この界隈を楽しめるのは。コロナ禍と暑さのおかげです。でも、知恩院前の駐車場は機能しており、気の毒なのは、ここで働く警備員さん。暑いなか、いつ来るか判らない車を待たねばならないわけですから。閑散とすればするで、気の毒になりながら、傍らを通り抜けました。「芋坊」の傍らを抜け、料亭の並ぶ道を歩いたのだけど、ここも、閉まってる店、多かったな。閑散とした円山公園もいいけど、いいとは言ってられないのが辛いところですね。


2021年 7月 21日(水)午後 11時 27分

 猛暑日が続いています。3日も経てば、身体って慣れて来るものですね。昨日は、炎天下を、しかも、都心部を歩いたからかもしれないけれど、今日に比べて、かなりきつかった。それに比べると、日に2回のウォーキングをしていても、顎を出すなんてことなくなっています。昨年までの猛暑の中を歩く感じが蘇ってきています。今日は、お出かけなしの日だったので、この2回だけが外出。最近、トルコはバイラムに入ったからか、日々のデータは流してくれているのだけど、トピックとなるようなニュースが流れることが激減しています。データ的には、爆発の気配濃厚なんだけどな。デルタ株とかの勢いは、ワクチン接種が進んだヨーロッパ各国を吞み込んでしまってますが、それと同じことが、トルコでも起こりつつあります。西ヨーロッパの国々とは、人口面で違いがあるので、感染者が減ったといっても、日に5千人を割ったのが、この間の最低だから、増えると、あれよあれよという間に8千人台になっている。なのに、コロナのニュース激減はあかんやろと言っても、「普通に戻す」と言ってしまったからか、バイラムを盾に様子見の雰囲気です。おかげで、コロナ情報収集に時間が、今日も、かからなかった。そのため昼前のウォーキングに出かける前に余裕の時間、で、今日は、動画サイトにアップされている「日曜美術館」をピックアップ。ほぼ適当に選んだのは「田中一村」(2010.09.16)、これも、姜尚中がMCをしていた時代のもの。アップされている人、姜尚中のファンなのかもしれません。田中一村、名前を聞いても判らなかったけれど、奄美の絵を描き、その生涯を描いた映画「アダン」には記憶がある。観てないけれど、上映されていたのに記憶があることから、全く知らないわけではない。番組が進むにつれ、その人となり、キャリアが判って来ると、映画になるわけが解ったような気になりました。この人、東山魁夷ら、著名な作家と美術学校時代同期なんですね。それが業をなしたのか、大きな動機を持っているようです。日展や院展といった公募展に、一旦は入選はしても、あとが続かない、しかも、年月を経て行くと、ともに学んだ作家さんが、審査員に回って来る。そないななか、渾身の作品も評価されなかった。似たテイストを持った作家今野忠一の作品が評価され、自身の作品が評価されなかったことを機に、その作品を壊し、自身は奄美に渡ります。なお、この渾身の作品は、写真に撮られ、生涯持っていたことが、最後に明かされ、且つ、その写真をとることを求められた親戚の女性も、スタジオに出て来て、そのときの様子を証言するということが行われますが、本人は、それまでのキャリアを捨て、世捨て人のように奄美に移住し、そこで創作活動を、生涯、続けたという人物です。これは、確かに映画になります。しかも、奄美来島当初は、ハンセン氏病の療養施設に仮住まいしていたと言います。生活のために、島の産業紡ぎ工場で働いたと言います。生涯、奄美の自然を描き続けた、素材に驚かされ、島への慈愛、敬愛、そういったものを感じさせます。紹介された作品をメモっておきます。①アダンの海辺②榕樹(ようじゅ)に虎みゝづく③枇榔樹の森に浅葱斑蝶④初夏の海に赤翡翠⑤海老と熱帯魚⑥白梅図⑦白い花⑧秋晴れ⑨不喰芋と蘇鉄。⑥~⑧が、奄美移住前の作品。⑨を集大成との評価を、番組ではしていました。蘊蓄を聴くと、凄いね、ホント! 同時に起こりえない不喰芋の変化を一堂に介せさせたり、同様に、蘇鉄の雄花・雌花を同時に開花させたり、時の普遍化が行われています。これだけでも、凄いのに、作家の視点が、土着信仰の聖地、風葬の跡、換言すると、島の人たちの先祖に出逢う場を選んでいる、遠くには神の島が見える、島と一体化した生き様、そこに己の位置を見た、そういったことが伝わってきました。世の中には、いっぱい知らなかった凄い人、います。アートを切り口として追いかけてこなかった自分を恥じ入るばかりです。それにしても、「日曜美術館」って、どの回も刺激的過ぎます。
 午後の一時に先立ち、NHKプラスを利用して「世界街歩き」が「トレド」だったので、それを観てからにした。それが失敗。「トレド」は、スペインで行った最南部の町、そこまでしか行ってないのです、黄紺は。マドリードからバスに乗り、行った記憶があります。アシジほどではないにせよ、昔の風景が残っているという思い出があるのだけど、その思い出とは、かなり違う風景から始まった。黄紺が行ってから、かなりの時間が経っているので変わったのかなぁと、期待とは異なる光景がまずかった、呆気なく居眠り。結局、よく観ないまま終了。やたら眠いため、そのあとに観るつもりだった「アンドレア・シェニエ」の続きを観るのを止めて、今日は、お昼寝。クーラーも着けないで昼寝をしたものだから、暑くて、目が覚めること3~4度目かで、これは危険と思い、ようやくクーラーをつけることに。でも、1時間ほど、眠ったかな。おかげで、午後の一時のお楽しみは消えてしまいました。


2021年 7月 21日(水)午前 7時 15分

 今週は、予定というものが詰まっていないということで、かねてから狙いの美術館や博物館(日本語は、なんで、これを区別するんだ!)に行こうと考えている。昨日と、できたら、あともう1回を考えている。でも、一昨日からの暑さは異様。体温超えの暑さなんて表現が流行っているけれど、正に、一昨日からがそれ。いきなりだったから、かなり身体が慣れていないのが、危ないなと思っている。その暑さに顎を出しながら、昨日は、2つのミュージアム/ミュゼ(もう、これでいきます! トルコ語の方で)に行ってきました。昨日の朝も、トルコのコロナ情報収集が薄かったこともあり、早々に出発。まず向かったのは京都文化博物館。ここで行われていた「さまよえる絵筆 ―東京・京都 戦時下の前衛画家たち」展です。会期終了が迫っているということもあり、他にも候補がありながら、最初のチョイスです。「戦時下」「前衛」という、このミスマッチなお題に惹かれてしまいました。ついこないだ、このカテゴリーに入る靉光をテーマにした「日曜美術館」を、NHKプラスでは配信されず、悔しい思いをしたところだったということも、モティベーションになりました。その甲斐あって、靉光の作品3点を観ることができました(他にスケッチブック1点)。その内の2点、墨画が、自分的には、一番の輝いた作品だったかな。ところが、この展示、意外な始まり方をしました。「前衛」という言葉で表される表現法は、当時流行ったシュールレアリズムだったのですが、それが時節柄、使えなくなっていったということでしょう、いきなり西洋の古典絵画を思わせる絵画から始まったのには、びっくりしました。その後も、ドイツなどミュゼでは、スルーすることがしばしばという静物画、果物や魚、花などが素材として描かれるあれです。靉光の残り1品もそれでした。埴輪や仏像(難波田龍起の作品群、小牧源太郎の作品など)、地方の風景(吉井忠の東北作品群、北脇昇の京都の風景画など)などと、思わぬ展開です。「前衛」と「古典」、この二律相反する描き方こそ、1930年代、それ以降の時代を表象するような気がして行ったのも事実です。一方で、そういった制約の下に入る以前の作品も、当然、展示がありました。おもしろかったのは、「浦島伝説」を共通のテーマで、その物語を区分し、それらを、作家に分けて描いた連作。各々の抱くイメージをキャンパスにぶつけたって印象。その作家群の中に、知った名前を見つけてしまいました。田村一二、知的障害者の教育に人生を捧げた人ですね。資料展示もあり、作家さんたちの執筆した美術論、絵画論を認めたものです。「世界文化」という雑誌あったなぁ、家の書棚の端に隠れているかもしれません。映像資料では、「1935年」をテーマにしたものが、会場で流されていました。この展示に引っ添うということでの上映、京都の風景を扱っていました。朝日会館の壁画、もう、この時代にあったのですね、これが、最大の収穫。そんなで、約1時間ほどの鑑賞、貴重な機会でした。この展示の1階下では、京都の歴史+祇園祭の展示。以前にも観ているので、流しながら。でも、祇園祭の最新の映像は、きっちり観ることに。今年も、巡行は流れました。
 文化博物館館内は、今どきには珍しいほど冷えていた。上に羽織るものを持って行かなかったことを後悔したほど。でも、外は異様な暑さ。岡崎まで歩きました。水分だけは気を付けながらでしたが、身体の動きが鈍るのが判った、それほどの暑さ。岡崎の疏水縁の木陰にベンチがあったので、そこで腰かけ、昼食。店に入る気のしない黄紺は、出がけに、近くのマートで食料を確保してあったのです。食べ出すと、あっと言う間に集まって来る野鳩。扇町公園の雀と同じです。狙われてはダメと近づく野鳩を足で追い払いながら食べるんだけど、人間に慣れている野鳩は狙いを定めているのが判るので、落ち着かないったら、落ち着かなかったのです。
 2つ目のミュゼは、新装なった京都市京セラ美術館。地下が出入口になっていました。えらく人の出入りが激しい。嫌な気分になるほどです。「上村松園」「フランソワ・ホンホン展」「THE ドラえもん展 KYOTO 2021」と、この3つが並行して開かれているのですが、年齢層からして、「ドラえもん」かな? 黄紺は、そのいずれでもなく、「ザ・トライアングル」と名付けられたスペースで展示されている「宮木亜菜:肉を束ねる」。「展示されている」といっても、この人のアートは、インスタレーションやパフォーマンスという形式での作品発表なものだから、それを見せるスペースがあり、そこで使った鉄板が置かれ、布が掛けられているというもの。幸い、それを記録した映像が流されていました。鉄板の方は、「ザ・トライアングル」にモニターが置かれていたのでいいのですが、布に関する映像を観るためのモニターは、その布が掛けられている傍らが良かろうということなんでしょうね、その「ザ・トライアングル」から階段を上がった出口の傍ら。エレベーターの横。鉄板の方は、時間が40分もあるということで、立ちんぼを、それだけすると腰がやられると思い、一部しか観ることができなかった。長くて、女性の作家さんが、1人で折り曲げる、但し、身体全体を使ってだが折り曲げるパフォーマンス。布の方は15分程だったので、こちらは最後まで観ることができました。透明の壁面に掛けられている幕状の布を外し、それを前庭に持ち出し、その一部に切り目を入れ、その切り目にファスナーを着けます。それが完了すると、身体に布を巻き付け、その状態で屋内に入り、各展示室を巡り、最後に元に戻り、もう1度、元あったところに布をかけ、ここがミソです。架け終わった状態では、外に下半身が出ていて、ファスナーを通して身体が分断されている。そこで、ファスナーを通じて、身体を内に抜いて、おしまいというもの。意味は考えても解らない。「境界」「身体」「女性」、そういったファクターが入っているようです。何をイメージすればいいのか、考え続けてみます。
 帰りは、四条までウオーキングがてら歩いたけれど、無謀だと思える暑さでした。家に戻りぐったりしながら、YouTubeチャンネル「米朝事務所アカウント」で「㊙ワールドニュース」を観ると、最後の1/4でのけぞりました。前回で、ひょっとしたらとは思ったのですが、笑福亭喬介の弟子喬明ネタが爆発してました。「世界一のスキップ」という触れ込みの喬明のスキップが、上方落語界噺家の世界で沸騰するほどの人気だという空気、ようく伝わりました。こんなネタを流すものだから、暑さにうだっていたはずの黄紺の頭は冴え切ってしまったわ。眠気が覚めてしまいました。


2021年 7月 20日(火)午前 6時 54分

 今週は、先週と比べて、お出かけを含めて、予定表は、そうは埋まっていない。そういった週って、映画に行くことが多かったのだけど、今週は、そういうこともなしということで、おとなしめの週です。それに合わせたかのように、ようやく、近畿地方も梅雨明け。あっという間に、真夏です。2日前の夜との違いが大きすぎます。昼間は我慢できても、夜に入り、いつまでも下がらない気温に業を煮やし、夜遅くなってから、クーラーを入れました。スマホの温度計を見ると、28度を切ってない。それは、あかん。暑いのは身体に毒とばかりに、クーラーのお世話になってしまいました。
 何もない日は、定番の日に2回のウォーキングだけが、お出かけ時間。真夏の気候になっても、これだけは変わりません。昨年は、熱中症まがいのことに、少なくとも2回なっているので、そのときの様子は、頭に、しっかり入っているから、無理はしないことに。クーラーを入れたりしたのも、その辺を睨んでのこと。昨日は、コロナ情報収集に関して言えば、朝はすかすか、夜はがっつりといった感じ。夜は、ヒュリエット紙で拾うだけに、署名記事で、コロナのことを書いている。内容は、さして変わらないんだけど、トルコ発信のものは押さえようとしています。結果として、午前中のウォーキング前に、すっぽりと空き時間ができたことで、この時間を利用して、動画サイトに上がっている「世界ふしぎ発見!」を観ることに。昨日は、午後の一時にも、「世界ふしぎ発見!」の動画を1本観ているので、1日に2本、観たことになります、まずは、1本目からメモっておきます。「島国天国 カリブ 日本の真裏でふしぎ発見!!」(2021/4/24)でしたが、日にちでも判るように、コロナ禍のもの。取材先が外国となると、一工夫が。カリブにルーツを持つタレントを日本に置き、レポーターに仕立て、別立てで、現地スタッフで日本語のできる人を起用、MCは2本立て、そういった配置をして作ったものでした。日本側MCは、祖父がトリニダードトバゴ出身という片山ジェシー。ハーフやクォーターのタレントも多士済々です。そこで取り上げられたカリブの国は、そのトリニダードトバゴを含めて、ドミニカとアンティグア・バーブーダと3ヶ国、なかなかレアです。カリブ海って、歴史で大きな役割を果たしてきた割に、情報が薄い、関心も薄いので、大航海時代の理解のために、最近、わりと注視しているということもありで、このチョイスだったのです。トリニダードトバゴでは、スカーレットアイリスというトキ、真っ赤です。天然アスファルト、スティールパンバンド、リンボーダンスといったものが取り上げられていました。ドミニカは、カリブ海第2の島イスパニョーラ島の東半分、コロンブスとの縁の多い島です。世界遺産になっているサントドミンゴ旧市街、コロニアル建築好きの黄紺にはたまらない。ドミニカと言えば、やはり取り上げられました、日本人移住者です。1950年以後と解説が入ったので判ったのですが、新しいのですね。だから、1世が健在。巨人の投手だったガルベスもドミニカ出身だとか。野球学校の主宰者になってました。アンティグア・バーブーダは3つの島から成っているそうです。この国にも、コロニアルな造船所跡を含めた世界遺産があるそうです。なかなか、素敵な景色。それに、ダイアナ妃お気に入りのビーチも登場、日本との交流もひねり出すのは定番、中古車販売で人気だとか。
 2本目の「ふしぎ発見!」は、「恋の祭典!中国・最新秘境紀行」(2019/6/22)、中国の貴州省を取り上げたもので、これもレアなテーマ。世界自然遺産の梵浄山からスタート。カルスト地形の作り出した景観は素晴らしい。中国の豊かさの象徴のように、観光地の整備、多くの観光客が、この世界遺産に詰めかけている。「紅雲金頂」はアトス山の修道院のような光景です。また、巨岩の割れ目を利用して登れる。こんなのがあるって、やっぱ、中国は広い。貴州省の半分以上が、カルスト地形だとの解説が入っていました。でも、カルスト地形だということは、昔、海だった? この奥深い貴州省がそうだったとは、驚きです。「鎮遠古鎮」は、旧い街並みが凄い。その夜景が見せる。川下りの風景が映っていたけれど、その傍らでは、どうやら、無節操な喧噪があったようで、MCは苦笑い。それも含めて中国。YouTubeチャンネル「OrientalDS オリエンタルDS」に、最近はまってしまっているので、しっかりと中国独自の楽しみ方は学習できているものだから、これもあり、あれもありでの中国を受け入れてしまっています。少数民族の中でもミャオ族が多い地域。少数民族の文化も、すっかり観光資源になっています。でも、これが、これで大事だということ、先日のみんぱくゼミナールで学びました。調べてみると、ミャオ族もグループ分けできるようですが、この番組で紹介していたのは、長裙ミャオ族という人たちだったようですね。未婚の女性が付ける銀細工で角のある頭飾りの紹介に、かなりの時間を割いていましたから。そして、彼らの姉妹祭が「恋の祭」だというわけで、タイトルに使われているという仕掛けでした。これも、レアなもの。民博の映像資料で観るような番組です。大正解、です。
 午後の一時のメーンは、実は、オペラ配信。予定が詰まっていると、途中で切れてしまうので、観にくかったのが原因で、ちょっとご無沙汰。今回選んだのは、ハンガリー国立歌劇場の「アンドレア・シェニエ」(ファビオ・チェレーザ演出)。残念ながら、劇場の中とか、客席風景は映らなかった。その期待が1つあったことからのチョイスでもあったのですが。ハプスブルク帝国時代の姿が残る劇場ですからね。黄紺は、ここで、2回、オペラ観てる、これ、ちょっとした自慢。でも、このプロダクション、おもしろくない。象徴的かなと思うと、そうでもなし、だからと言って、写実的でもなしと、なんか、中途半端。そう思うと、居眠りをしながら、2幕まで進みました。いいのは、バラツ・コサールの指揮がいいのかなぁ、殺伐とした面を持ちながら愛を貫くオペラですが、その後者に重点を置いた音楽作りって感じがするのです。こういった行き方があるんだと思えるものです。タイトルロール役は別として、主役あと2人の歌手がいい、特に、マッダレーナを歌うエスツァー・スメギという歌手が光ります。そんなで、ヴェリスモの名作を楽しんでいます。


2021年 7月 19日(月)午前 6時 54分

 日曜日は、ほぼ毎週のように予定が入っている。お出かけがあってもなかってもだ。オンライン配信なんてのが、やはり、土日を狙って設定されることが多いからだ。昨日は、午後にお出かけがあったこともあり、タイトな動きが求められる。最近は、朝のコロナ情報収集が、とってもスムーズに進んでいるので、このタイトさも、かなり緩和されている。昨日も、そうでした。だから、日曜日の朝の楽しみ、「日曜美術館」も、ゆったりと観ることができました。昨日のお題は「ホリ・ヒロシ 人形風姿火伝」。またまた、知らないアーティスト登場です。人形師であるばかりか、その製作した人形とともに舞う「人形舞」を創設したお方。冒頭、稲垣吾郎が出て来て、このパフォーマンスに惚れ込んだことを、一くさり語っていたので、黄紺が知らない、でも、世間では知られたアーティストだということです。この番組、何が嬉しいかと言って、これ、全然知らなかったアートを、そのおかげで知ることができます。そんなで、3年前に奥さんを失くし、この人形舞を、二人三脚で行ってきたため、新たな作品を創れなくなっていたホリ・ヒロシが、人形制作から始めるところから、完成したパフォーマンスを追いかけるだけではなく、終わったあと、その人形を使い、新たな創作意欲を表すところまでを追いかけるドキュメンタリーになっていました。だから、昨日は、いつものMCの2人は現れず、件の稲垣吾郎も、冒頭で顔を出しただけ、あとは、ひたすら製作、振付、パフォーマンス、更に、その続きか、富士山の麓で、その人形を焼きます、それで、「風姿火伝」となっているのでしょうが、その後が、更に凄かった、鬼気迫る創作意欲です、半分焼けた人形を見て、創作意欲を表すところまでというまででした。石川県の仏像にインスパイアされた人形、その下絵描き、粘土での型製作、そこから和紙で首を作る、それに、顔を描いて行く、目は泥眼、能面をヒントにしています、髪の毛を植え付け、衣裳を設える、その過程で、プロデューサー役の奥さんからのサゼッションが入ったところでしょうが、今は、一人だけでの製作。人形が完成すると、振付師と三味線奏者との打ち合わせと続いて行きました。初めて、その舞を観たけれど、稲垣吾郎が惚れ込むのも、納得。不思議な世界が生まれます。なぜ、今まで、自分の目は、これをスルーしてたんだろうと思ってしまいました。縁なのかもしれないけれど、これだけの舞台芸術が抜け落ちていた、まだまだ、蒼いです。「日曜美術館」、このあと、2週間、オリンピックのためにお休みと、そのHPに出てた。また、オリンピックの野郎が邪魔をします。
 午後は、京都学・歴彩館へ。1週間に2回、歴彩館に行くことになりました。普通に戻ってるという実感が出ていますが、またぞろ、感染者が増えてきていますね。で、昨日は、「チェコのマッチラベルデザインと旅のお話し会」というお題で、中川可奈子さんのお話がありました。京都工芸繊維大学美術工芸資料館に勤務経験のある方で、デザイン研究をされている方です。チェコやポーランド、ハンガリーのデザインのポスターに関する著書を持っておられます。お話は、チェコを紹介するという面も持ったもので、マッチラベルのお話の前後が、それに充てられていました。ただ、漠然とチェコの画像を見せていただけたというもので、しっかりと、チェコの文化や歴史の解説が被せられなかったもので、そうした期待で聴くと、肩透かしってものでしたが、後半は、実際にチェコへ語学留学をされていた時の画像に、そのカレル大学の語学教室の様子、そこでの生活、なかでも、様々な食事をお話ながら聴かせていただけたのは、これはありがたかった。やはり、画像に、ご自分の思い出を重ねられると、それだけで、そのときの空気らしきものも感じさせてもらえるからでしょうね。プラハの懐かしい光景を単に見せていただけるより、名所旧跡でなくとも、このリアルな空気ってのが、いいですね。マッチラベルのデザインに凝ったものが現れるのは、戦前からあったようですが、戦後になると、社会主義体制に入ることもあり、その国家体制の推移も、そのデザインに反映すると言われていました。1960年代以後は、そのデザインに検閲が強まったり、チェコ事件以後は、国の宣伝活動に使われることも出てきていると言われていました。ただ、それを表すラベルは見せてもらえませんでしたが、データとしては、この手のものが38%にも上ると言われていました。一方、実際、展示もされたりしたラベルや、お話の中で出て来たデザインは、長閑なものばかり。10枚だったら10枚が、シリーズ化されています。これがおもしろかった。全体の82%が、これだと言います。実は、収集家のために、マッチラベルのカタログが出版されているのです。更に、そのカタログは、個々のデザインが掲載されていて、そのラベルが手に入ると、その上にラベルを貼り付けて行くようになっているとか。要するに、こういたマッチラベルは、様々なシリーズものを出すことで、そういった収集家の収集意欲を掻き立てるものとして設えられていたということです。「人工呼吸の方法」なんてのが、細かく解説してあったり、「歯を大切にしましょう」シリーズでは、歯磨きの仕方の解説がしてあったり、そないな実用的なものがあるかと思うと、図鑑的に「都市交通」ものや、旅行・文化シリーズでは「伝統的家屋」などがある、ま、これらはありそうなものですね。そういったデザインだけではなく、工芸がご専門ですから、印刷、色彩の分析もされていました。でも、ここが、すっかり抜け落ちている。ここで、居眠りをしていたようです。その前後は、しっかりと記憶があるのに、すっぽりと抜けています。レジュメを見て解った次第、でも、ここのレジュメを見ても、解らないタームがキーワードになっているので、また、その分析手法なんて知る由もないので、とっても具合の悪いところで居眠りが出たものです。そないなこともあったのですが、こういった市民向け公開講演会では、聴く機会の少ない外国もの、それを聴けたのが有難かった。中川さんは、初めての海外旅行先がオーストリア、ドイツ、そして、チェコだと言われていました。実は、黄紺も、息子との初めての海外旅行が、チェコとオーストリアでした。息子の春休みに合わせて休暇をとり、プラハからウィーンまで10日間をかけて駆け抜けた、そういった旅でした。まだ、息子が高校生のとき。そんな思い出があるものだから、チェコと言うと、ちょっと特別視してしまいますね。
 いつものように、歴彩館の往復はウォーキングに使います。昨日は、それだけではなく、「日曜美術館」を観たあと、少し時間があったので、ミニウォーキングを敢行。おかげで、お出かけ時間が迫ってきて、慌ててしまったのですが、結果、歴彩館の往復だけでは、ちょっと、1日のウォーキングには物足りなさが残るのですが、そこを補えて、満足。もう、雨は大丈夫かと思ってたのですが、夕立と、際どくすれ違ったようで、伏見に入ると、道路は水びたし。雨が上がったあとに伏見に戻ってきたようで、一応、ラッキーだったのだけれど、一時は、空模様を見て、アウトと覚悟を決めていました。こういった日もあるのですな。


2021年 7月 18日(日)午前 7時 4分

 昨日は、本来なら、祇園祭巡幸の日。中止なのが判っていながら、なんでか、祇園祭が気になっていた。あと何日なんて、考えてたりしてました。地元では、何かやってんでしょうが、それを確かめに行くわけにはいかないですね。自分的には、かなり立て込んだ1週間だったけれど、昨日も、お出かけはないけど、予定が入っていた土曜日。その前に、今朝は、コロナ情報収集が、とってもあっさりと済んでしまったので、朝から動画サイトにアクセス。「世界ふしぎ発見!」の中から、最近のコロナ禍ならではという作品をチョイス。以前にも台湾編で、同様のことが試みられていたけれど、それと同じで、現地在住のタレントを起用しての外国もの。「憧れの街 いまのパリ」(2020/11/28)を観ることにしました。MCは、美波と辻仁成。辻仁成が出て来るだろうなと思っていたら、ドンピシャでした。全編、パリはパリでも、通常の放送回のようには、名所旧跡を訪ねることはできないということから、パリ在住の日本人を訪ねるというのが、一貫してました。それはそれで、おもしろい。コロナ以前にはなかった企画を観ることができて、コロナ禍のおかげという言葉が、こないなところでも出て来てしまいました。そんななか、ヴェルサイユ宮殿(鏡の間)やプチ・トリアノンには、きっちり入ってました。出て来た日本人と言うのは、パリで日本酒の酒蔵を造った人、お稲荷さんを名物にしている日本食ファーストフード店の経営者、SDGsをテーマにグラン・パリなる新たなパリ改造に参画した人、赤色をモチーフにしてパリを描き続ける爺さん画家といったところでした。また、辻仁成は、行きつけのマルシェを案内してました。案の定、ヨーロッパあるある話で、マルシェは、各国の出店が軒を連ねるという側面も。同様のコンセプトで日本であったとしても、決定的に違うのは、アフリカ系店舗が多いことだよね。それが、おもしろい。ドイツはそないなことはないけど、フランスはそうだという印象、あくまでも、黄紺調べでということですが。
 午後は、「みんぱくゼミナール」のオンライン配信を予約してありました。対面式との両様で募集してあったはずですが、司会の方から、「今日は、オンラインのみ」と、警戒レヴェルは上がったままというところですね。で、昨日は、国立民族学博物館准教授の岡田恵美さんのお話で、「人はなぜ共に歌うのか?――インド北東部ナガの伝統ポリフォニーの事例から」というお題でした。お題の中に「ポリフォニー」なんてタームが入っていたので、ひょっとするとと思っていたら、予想が当たりましたね。こういった文化人類学の分野に、音楽の専門家でもある研究者が参入です。東京芸大で、音楽民族学(民族音楽学)を修められてきた方です。ですから、音楽採取をするとともに、自身で採譜までやっちゃう、音楽の分析から、社会、文化総体を分析できる人が出て来てるんですね。この分野の先達としては、どうしても、小泉文夫を思い出してしまう、旧い人間です。テーマ自体が優れものですね、単にインド北東部ナガという、インドの中では特異な位置にある地域の「民族音楽を探る」ではないのがいい、あくまでも、ケースステディにすることで、とっても、拡がりが出て来る設定です。そうは言っても、まずは、「ナガランド州概況」から。全く知らなかった黄紺には、聴くもの全てが初めてのもの。モンゴロイド系の人たち、だから、我々に似ている、そんな人がインドにいるなんてこと、初めて知りました。キリスト教のプロテスタントが大多数を占める。「指定トライブ」と言って、インドは、多くのエスニック集団に分かれていますが、その中で、州政府に指定された集団になると、様々な地位を保障されているということでした。ここに、広く「ナガ」と統一概念で呼ばれる民族が、多く含まれる。インドのナガ居住地域南部が、日本軍によるインパール作戦の場。ナガは、隣のミャンマーにも住んでいる。インド独立前に、ナガ独立が宣言されている。このときに、インド側とミャンマー側に分かれてしまった。そないな経過から、長年、独立紛争のあった地域。そのため、外国人が入れなかった地域でもある。特異な目で見られてきた。「ナガ音楽の特殊性」と、次には、問題の音楽に特化したお話。基礎的な押さえになるところで、半寝になってしまい、慌てた。しっかりしたレジュメをいただいているので、それを見ると、「州政府のポピュラー音楽振興政策と音楽産業の萌芽」「教会音楽の波及にみる特殊性」「ナガの伝統歌唱と再評価」という3本の柱が立っていました。音楽市場を作り上げていく戦略、ゴスペルっぽい音楽性、生き続ける民族音楽といった視点で、後半のお話の基を確認することができるようです。「Tetseo Sisters」という実の4人姉妹によるユニットの歌唱を聴かせていただいたあと、「チャケサン・ナガの伝統ポリフォニーLi」というテーマに移られました。実際の歌唱に採譜した楽譜、音楽理論が重なっていくお話で、音楽の素養がないと、かなり難解。一般的なポリフォニーの解説のあと、Liの分類では、リズムで区分、その区分が、伴奏のあるなし、使われる音、ヴィブラートで使われる音などに対応という分析、それらを、収録した音源で聴かせていただけました。歌詞では、定型句があり、それの音節が決まっているというお話は、超難解。小出しだったからでしょうね。「伝承における問題」を経て、肝心な「なぜチャケサン・ナガ社会ではポリフォニー歌唱が発展してきたのか?」というテーマへ。社会システムから解明しようという試みです。チャケサン・ナガの社会構造が、無階層、相互扶助で成り立っているという点、というのは、急斜面の棚田での農作業が生活の基本であることから、そういった社会システムとなっている。農業機具や農業用家畜は現在も使用されておらずというか、使うに使えない環境なため、協働作業が不可欠な社会になっているという背景があるというのです。そこで、「共に歌うこと」(行為) が連帯・相互扶助には不可欠になっているということでした。最後に、「伝統歌唱文化をどのように伝承していくか?」という課題に。学際的研究は、岡田さんも咬まれて進んでいるようですが、すそ野を広めるという点では、学校教育での指導、観光文化政策、コンテストような競争原理を用いた行事、芸能祭のようなものの動画配信を上げられていました。2つ目の「観光文化政策」が伝承に貢献というのが、目から鱗です。例えば、文化村のようなものを立ち上げ、そこで、伝承音楽を披露する機会を作る、地域振興、身銭を稼げるという視点でしか看てなかった自分を恥じ入りました。実際、タイのチェンラーイに行ったときに、街中にステージが設えられ、披露の場を設けるのを、単なる経済的な視点だけで看ていた記憶が蘇ってしまったのでした。博物館に伝統的なるものを収容するとともに、大事なこと、ようく解りました。とってもヘビーなお話でしたが、音楽にも長けた方の文化人類学的分析は、奥が深いものがありました。ムズかったけどね。


2021年 7月 17日(土)午前 5時 46分

 昨日も、再び、お出かけの日。文化パルク城陽であった「京山幸乃 浪曲の会」に行ってまいりました。今、黄紺的には、唯一の浪曲を聴く機会。だから、毎回、おじゃましている。前回は、コロナ禍の影響で、一旦は延長されたのだけれど、その延長先で、また、緊急事態宣言に掴まってしまい、結局は中止。別途、日を設定するということなので、減るわけではないので、ちょっとは安心。いつものように、三味線は一風亭初月という組合せでの口演、その番組は、「橋弁慶」「星空解説」「忠治と火の車お萬」というものでした。名物となっている、プラネタリウムを見せていただける時間を挟んで、浪曲が2席と、いつものパターン。その内の1席は、「ネタ下ろしをします」宣言で進んでいます。修行中の身の人に、定期的な会を作ってもらえるということは、前代未聞でしょうから、意気込む気持ちが伝わってきます。今回のネタ下ろしは後者。えらく難しいネタを、修行中でありながら、手掛けるものです。その前に「橋弁慶」、牛若丸と弁慶の出会いという有名なお話ですが、このネタ、初めての遭遇です。もう1つの方もそうでしたから、昨日は、とってもラッキーな日にはなりました。この「橋弁慶」、ちょっと変わっている。冒頭に、清盛が出てきて、「近頃、平家を狙う坊主がいる、誰か、これを退治せよ」との宣旨が下る。でも、誰も手を上げないなか、手を上げたのが悪七兵衛景清だった。最初は、三条の橋。ここで、弁慶は、景清とやり合う、が、景清の着用している防護の鎧が凄いからというので、一旦、対峙しながら逃走するという下りが入っている。そして、五条大橋に逃げて来ると、向こうから、若き公達らしき者が現れる。それが、牛若丸なんだけど、弁慶は平家の公達だと思い、戦いを挑むとなっていました。五条大橋での物語は、ポピュラーだけど、景清が咬むというのはあるのだろうか? 少なくとも、自分的には、このパターンを聴いたことはない。そういった意味で、新鮮な気分で聴くことができました。2つ目も珍しい。国定忠治ものって、上方では、ほぼ出ない。幸枝若師の口演で、このネタじゃないネタを聴いたようで、聴いてないようで、記憶が定かではないけれど、講談を含めて、上方では、ホント、聴かない。それだけではなく、幸乃さん、侠客中の侠客、国定忠治とは、えらいものを選んでしまったものです。ご本人も、ようく解っているようで、「時間をかけて育てていきたい」「だから、早い内から持ちネタにしておきたい」と、ご自分の意向を、しっかりとお持ちでした。忠治が年始回りの途中に寄った床屋で、お萬の存在を知った、その度量を試しに、身分を隠して土場へ。そこで、土場荒らしを装ってみたら、件のお萬が見せるだろう振舞い見たさでやっちゃうという、ちょっと、国定の親分にしては軽いお遊び気分。いよいよ、両者の対決かというところで、切り上げられてしまいました。ちょっと、切り上げが早いような気もしたけれど、幸枝若ネタのお約束ですから、従うしか手はないですね。いかにもという幸枝若ネタだから、節一つとっても、啖呵のテキストも、幸枝若風になってる。これは、真似るだけでも、とんでもない時間が要るでしょう。そこへ、男女の差で、キーから設えるのは大変じゃないかな? どのように変化していくのか、いかないのか、それ、見てみたいなぁ。そんなことまで思ってしまいました。
 文化パルク城陽の往復は、いつものように、往き帰りでは、異なった経路を採り、ウォーキングに充てることにしました。昨日は、時間的に余裕がなく、ウォーキングに充てる時間が、ここでしか確保することができなかったから、仕方ありません。曇り空で、ここ数日のことを思い出すと、また、嫌な気分になったけれど、結局、雨は降らなかった。浪曲の会場で会ったディープな落語ファン氏と言葉を交わしたとき、「東京の方は梅雨が明けたそうです」と言われてました。ということは、今暫しの辛抱ということですね。帰宅すると、時間的には、普段だったら、夕方のウォーキングに出かけている時間帯でした。それで、あっさりと、一日は、おしまい。呆気ないわぁ。


2021年 7月 16日(金)午前 7時 14分

 昨日は、お出かけなしの一日、だけど、また、雨にひやひやさせられた日。梅雨は、まだ、明けてないみたいですね。でも、上手い具合に、ルーティンにしているウォーキングを、いつもの時間にすることができた。夕方の方は、かなり際どかった。そろそろと思いかけていたところに、急に、大きな雷鳴。急だったもので、びっくりした。ケーブルでネットに繋いでいるので、雷になると、慌てて、接続箇所を離すことにしているので、急なる雷鳴は、そういった意味でも肝を冷やした。その大きな雷鳴の割には、続かなかった。雨も、さして降らなかったので、出かける用意をして、いつもの時間には、傘も持たないでウォーキングをすることができました。こういった、自分的に都合よく変わることもあるのですね。ここ2日間、ホント、雨にやられてたものだから、嫌なイメージばかりが先に立ってしまいます。
 午後の一時は、動画のお世話になりました。1つ目は、アーカイブに残っている市民向け公開講演会の配信。生で対面式でも参加できたのを、アーカイブに残ることを知ったため、それ用に申し込んであったのです。それは、「第78回京都大学未来フォーラム」での講演。京大卒業生でもある小松純也(演出家・プロデューサー)さんのお話を聴くことができました。お題は、「わからないものとの戦い~“気分”と“イノベーション”の狭間で~」。小松さんは、最近では、「チコちゃんに叱られる!」でヒットを飛ばした大物プロデューサー。お話の中で判ったのは、この人、在学中、「そとばこまち」で活躍していたのですね。授業に出ないで、進々堂なんかで、「日がな一日、書いてました」と。それが高じて、フジテレビ入社、ヒット作を連ねていったようです。TVを観ない黄紺でも知っている、過去に担当した、また、現在、担当している番組名が、幾つも出て来てました、正に大物、です。小松さん自身は、TV勤務を経験し、多くのヒット番組の制作に関わりながら、今は、そこから外れ、TV局にも、また、それ以外の媒体にも提供するコンテンツを制作する会社を興されているというキャリアをお持ちの方です。その方に、「TV局は危機の時代」と言われると、真に迫っています。ネットを使った配信は、それだけでも、時間を選ばず、一時に、多くのコンテンツを配信できるという、TVにはない特質を持っています。TV局の持つ熟練の技には、YouTubeは叶わないだろと言っても、ネットフリックスのようなものが現れてくると、そこのところも、あっさりとクリア。黄紺宅にはTVはない、その傾向が、若い人ほど顕著だと言います。20歳前後の人で、日に15分ほどしかTVを観ない人が、とっても増えているのが、何よりもない証拠で、TV局は危機の時代に立っていると言います。そういった中で、「チコちゃんに叱られる!」が、早々に評判になり、黄紺も、人から、早い内に教えらえているような番組を、TVに提供できたのは、なぜかという気になる問題に入って行かれました。その秘訣は「直観」だと言われていました。製作の着想に苦しみ、マーケティングに頼り、データを基に制作したものは、結局は、人に頼ったものだから、うまくいった試しがない。だから、自分の「直観」だと言います。「それ、おもしろいね」と思うことがあったら、その話を続ける、「他にはない?」と。その「直観」を磨くには、「自分で考えること」。ここでも、「自分が」が出てきます。でも、そうでないと、人とは違うことはできないわね。世の中の流れを、自分で見極め、イノベーションを知り、コンテンツに活かしながら、人が思いつかない斬新なものを創り上げて来た、様々なヒット作を生み出してきた本人から言われると、真に迫っています。1時間弱のお話でしたが、「今を生きてる」先端を行く人のお話は、それだけで迫力があるものですね。
 もう1つは、動画サイトにアップされている「日曜美術館」の中からピックアップ。「遣唐使美の遺産」(2010/05/02)を選んでみました。偶然でしょうが、またまた、姜尚中がMCをしていた時代のもの。もう1人のMCにゲストも入って、奈良国立博物館で行われていた「大遣唐使展」の会場を歩きながら、時々、解説の映像が挿し込まれながら進行するという構成。展示されているもので取り上げられたものをメモっておくと、①菩薩半跏像②聖観音菩薩立像(光背を外して展示)③観音菩薩立像④刺繍釈迦如来説法図⑤怪獣葡萄鏡⑥三彩貼花文長頸瓶⑦金銅密教法具⑧仕女調鳥図⑨仕女図⑩吉備大臣入唐絵巻となります。①は丸み、インドが入っている仏像。「半跏」は足を組んだ状態のこと。②と③には「2大観音像、夢の共演」のコピーが付いていました。この特別展の目玉の1つだということでしょう。②は薬師寺安置の仏像、光背を外して、背後の丁寧な仕上げ、写実的な製作が観ることができるように展示。③が②のモデル、だから「共演」。でも、雰囲気が、随分と違う。②は厳格、「人間を理想化している立派さ」を感じさせるのに対し、③は、「自然体、生身の人間、リアル」と言った言葉が流れていました。④は、遣唐使が持って帰ってきたもので、刺繍作品。再現に取り組んだ刺繡職人氏、「少ない技法で作られていることが判った」、僅か2つの技法、「相良縫い」「鎖縫い」だけで、これだけの写実性を出そうと考え、出せている技に驚かれていました。糸の色を変え、グラデーションを試みている凄技は、さすがに、黄紺でも理解できた。⑥は、唐三彩逸品。⑦は、空海が持ち帰ったもの。2日連続で、密教法具を観るとは、、、。前日の悪夢が蘇ってしまいました。⑧に描かれている女性は、ふくよかで、横に拡がった髪を持っている。8世紀に中国の女性観に変化があったというトピック、これがおもしろかった! それ以前は、スレンダーな女性。その証拠が⑨で、髪も高く結っていることから、モードも変化していることが判る。ここで博物館の学芸員氏が出て来て解説。女性の美を一変させたのは、楊貴妃。⑧の女性が楊貴妃スタイル。楊貴妃が美の姿を変えてしまった。玄宗皇帝の思い者は、中国だけではなく、遣唐使などを通じ、日本にも伝わり、美の世界を変えてしまったということです。「へぇ~」でした。平安時代の女性が「下ふくれ」美人なのも、全部、ここからです。⑩は、黄紺も知る超有名作品。ボストン美術館からの里帰り展示という貴重な機会だったようです。また、番組で取り上げた箇所が、傑作なところ。囲碁勝負で、吉備大臣が、八百長を仕組んだ、相手の石を飲み込むという大胆なごまかしをした。それで勝ったために、おかしいと気づいた唐の人たち、「飲み込んだなら出るはず」と、吉備大臣のうんこを調べるという、まことに笑える場面が出て来る。中国側の役人らは、滑稽に描かれているところに、気位の高さが現れています。解説が入りました。実際の吉備大臣は、唐の皇帝だったかに、道教、道士のお持ち帰りを勧められたが、それを拒否したエピソード。仏教の障りになるものには断固たる姿勢を示したことのようです。おもしろいな、「日曜美術館」。めっちゃ、ためになります。知的刺激は抜群、です。


2021年 7月 15日(木)午前 6時 54分

 昨日は、お出かけの日、しかも、2つの市民向け公開講演会をはしごをするという贅沢な日だったにも拘わらず、2つとも、居眠り三昧だったという過激な日でもありました。この2部制になったのは偶然。午後の分の申し込みがしてあったところへ、緊急事態宣言期間中に開催予定であったものが、午前中に移ってきたのでした。うまい具合に、時間がずれ、しかも、移動も簡単。山科駅から大津駅へと、JRで1駅移動すればいいのだから、偶然とは言え、出来過ぎだと思っていたら、この様です。朝のコロナ情報収集も、上手い具合にさばけ、お出かけ時間までに終了。ここまでは良かった。ちょっと聴覚面で後退が看られるのかなぁ、昨日の講演会、ともに、声が籠って聴こえた。このご時世なものだから、シールドはしてあっても、講師のお二人は、いずれも、マスク着用のまま話されたものだから、元より聴こえは悪いところへ、籠ったお喋りだったのが、しかも、聴き取れないわけではなく、時々、「ん?」となる程度でも、ダメでしたね。ですから、記憶の残る範囲で、メモを取っておくことにします。でないと、聴けていた分までなくしてしまいます。
 午前中は、アスニー山科での「アスニー山科 特別講演会」。昨日のテーマは、「東寺と信長・秀吉・家康~東寺文書を読みとく~」というもので、お話をされたのは、東寺文化財保護課課長の新見康子さんでした。戦国の3傑は、こうした講演会では人気者で、様々な角度から取り上げられますが、東寺を切り口にしたのは初めて、しかも、軸は東寺にありですから、興味津々だったのに、ダメだったのです。「禁制」というタームが、配布された史料のキーワード。寺域に「禁」を敷けるということは、それを出した者の権力を知ることができるというわけです。信長の出した「禁制」には、「天下布武」という印章が。この言葉が、印章として使われていたことを、初めて知りました。文書に、花押ではなく、印章を使うということが、この時代にもあったのですね。信長入洛までの経緯を手短に触れられ、ちょっとした確認になりました。入洛時、信長は東寺に宿所を構えたことも、初めてです。本能寺の変前の信長の宿所から、信長の動向、思惑を探るという講演は聴いたことがありますが、そのとき、東寺は出てなかったと思います。恐らく、その後がテーマだったのだと思います。三好長慶の没後、不安定な京都に来ても、足利義昭を奉じていても、都の南端部に居を構えていたのですね。それを見透かしたように「禁制」を出してもらった東寺、ギヴ・アンド・テイクの関係が見えてきます。レジュメでは、本能寺の変後には、織田信孝に「禁制」を出してもらっているそうです。不安定要素の除去という狙いがあるのでしょうか? 信孝が話題に上がっていたのは、薄っすらと記憶は残っています。秀吉になると、デヴェロッパーぶりがテーマに。その前提として、東寺の被害のお話。火事と地震で、多くの施設が被害に遭っている、それを再建する、それを命じる秀吉名の文書が残っています。また、秀吉は、御土居の建造、検地の実施という事業を行っていますが、この両者で、現在の東寺の寺域が出来上がるというわけです。御土居の地図を示し、且つ、東寺を描き込まれると、ようく判りました。御土居の最南端部は、東寺を包み込むように垂れ下がった形状になっていました。フェードインした地図では、正に、東寺の境い目が御土居の境い目になっていることが判ります。寺領は、もっと広かったようですが、御土居で仕切られてしまったということのようです。家康に移ります。関ケ原以前は、西軍が京都を押さえていた。小早川秀秋が「禁制」を出していますから。講談を聴いているおかげで、あっさりと、その先が読めました。小早川秀秋は、寝返った男。ですから、関ケ原以後は、東軍サイドに組み込まれ、徳川家康の「禁制」が出ている。だけど、家康は警戒感を持っていた。なるほど、で、東寺にも、その影響が出て来る。「朝廷/豊臣氏/真言宗/東寺」というリンクを警戒したというお話をされていました。そういった政治的繋がりを切ろうと、東寺を文化施設化する試みを、家康は執ったと言われていました。その記憶はあるのですが、そのために執った方法が抜けており、レジュメを読み返しても理解できないのです。残念。思い出しながらメモってみると、流れは把握できているようですね。細部が跳んだということのようです。
 アスニー山科にいる間、外は雷雨。雷鳴が轟くなかの講演でした。終わった時間帯は、まだ、雨。幸い、会場から地下道を辿って行くと、JR山科駅まで行けるので、午後の講演会まで、雨が続くようだと、駅舎内で待機しておればいいかと思っていたところ、山科駅に上がると、雨は止んでいた。そこで、JR大津駅からびわ湖ホールの裏手まで行き、そこで、暫し、待機。午後の講演会に備えることにしました。会場は、びわ湖ホール真向かいのコラボしが21。ここでの「滋賀の文化財講座/花湖さんの打出のコヅチ」の第3回「滋賀県の仏教工芸~密教法具編~」を聴きに行ったのでした。お話は、県立琵琶湖文化館学芸員の田澤梓さんでした。金属工芸が専門と言われていました。思わず、「そないな人が、実際にいるんだ」と思ってしまいました。冒頭に伺った「密教法具の役割」だけは判っています。あとは、見せられた法具、その使い方は「秘」だということで、田澤さんも、「なんとか知ろうとはしているのですが、、、」と言われるほどの「秘」。顕教ではなく、密教の「密」はこれなんだと、納得するとともに、「意味の解らない法具を見てもなぁ」と思ったのも、居眠りを誘発したのかもしれません。使い方は「秘」でも、役割は判っている。「敵を殺傷する武器」「音を出し威嚇する道具」「同場を浄め荘厳化する」と3つ挙げられていましたが、なんとも勇ましい! 滋賀県各所に残る法具の紹介、なかでも、金勝寺所蔵の法具の科学的調査の報告をされていましたが、完全に沈没でした。
 午前と午後に講演会が入るという日だったもので、その往復をウォーキングの時間に充てるしか、ウォーキングをする時間が取れなかったのですが、帰りは、雨は大丈夫と判断して、いつものように、自宅最寄り駅の1つ手前で降り、酒類の安いマート経由で帰ると、びっくり。普段と、ほぼ変わらない歩数が、万歩計に出ていました。確かに、大津駅からの会場往復も、ちょっとしたウォーキングになってたってことのようです。でも、また、朝の出がけは雨の気配なし、でも、あとは、ずっと雨の心配をしながらのお出かけになってしまっていました。まだ、梅雨は明けていません。


2021年 7月 13日(火)午後 10時 54分

 今日は、4日ぶりのお出かけ日。それも、緊急事態宣言のために行く機会がなくなっていた京都歴彩館でのイベントが再開してからの、黄紺的第1弾となります。丸2ヶ月ほどは行ってなかったところ。久しぶりに歩くと、やたら懐かしい。夏の日に歩くと、去年の今頃、熱中症らしきことを経験したことを思い出していました。電車に乗ると、クーラーのおかげで、暑いところを歩いてきて熱せられた身体をクールダウンできるのが常ですが、あのときは、そうではなかった。20分程、電車に乗っていて、普段なら、すっかり冷えているはずの身体が冷えてなかった。それでまた、暑いところへ出たものだから、歴彩館ではぐったりしてしまったのです。このことを、その数日後、息子に会ったときに言うと、「それ、熱中症や!」と、バッサリ! 暑くなってから、初めてなんだよね、緊急事態宣言のおかげで、で、この悪夢のような出来事を思い出したのでしょう。歴彩館への道、あのときの感覚ではないことを確認しながら歩くハメになってしまいました。
 今日は、歴彩館で、「資料に親しむ会」という名称で、連続的に続けられている、同館所蔵の書籍、史料などを使い、それを紹介する市民向け公開講演会がありました。お題は、「写真でみる東京オリンピック前後の京都」、このお話も、コロナ禍で延期されていたもの、ようやく陽の目を見た企画です。今や、問題となっている東京オリンピックの開催に合わせた企画。お話をされたのは、同館資料課の大瀧徹也さんでした。「写真でみる」と言っても、同館所蔵の資料を使うということですから、大きな制約です。黄紺は、今日は、それはなしで、オリンピックに合わせた特別企画かと思っていたところ、きっちりと、その条件を満たされました。ただ、満たせば満たしたらで、お題に匹敵する内容を用意できるかと言うと、それは、また、違った問題となります。使われた資料、写真ですが、蜷川知事時代の後半、府の広報のために務められていたカメラマン氏の作品群が、歴彩館に寄贈されているそうで、それを使われました。だから、お題のようなポイントを目的に撮られた写真ではないという、大きな制約のもとでの写真群からのピックアップという労作となりました。知事を追いかけ、府の活動を追いかけ、これが目的の広報写真を撮られていたわけですから。そないなこともあり、東京オリンピックにピンポイントで絞ったものではなく、東京オリンピックがあった頃、1960年代の京都という設定で見せていいただくことになりました。つかみ的に「北山界隈」の写真からスタート、①海外からの賓客、ぞくぞく来京②東京オリンピックと京都のスポーツ③京のまちあれこれと、大きな柱を立てられていました。①では、ガガーリン、オランダのベアトリックス王女、西独リュプケ大統領、ポンピドー仏首相、皇太子夫妻と続きました。やたら、ガガーリンの写真が多かったですね。府庁前の人出は凄まじい、また、もみくちゃって感じで、今じゃ考えられない、セキュリティーなんて、あったものではないのが、可笑しい。②で、主役の東京オリンピックだったけれど、聖火リレーだけでした。サッカーの試合が、西京極であったなんて、誰も覚えてない、ましてや、知事の追っかけカメラマンが撮っているのでは、あるわけないですわね。聖火リレーの京都通過に2コースがあったって、解説が入りました。兵庫から福井へ抜けるルートは北部を通り、もう1つは、奈良から市内に入り滋賀県に抜けた。その後者の様子を撮影してたけど、やはり、府庁中心。黄紺は、この後者を、実際に観てる。友人がリレーに走ると言ってたので、観に行ったけど、たくさんいる伴走者の1人だったので、がっかりした思い出が残っている。大瀧さんは、写真を見ながら「煙が多い」と、よほど気になったと見え、2回、言いました。「てやんでぇ」と猛烈に突っ込みたくなりました、凄まじい煙だったんだから、火なんて見えたものではなかった! 「聖火」だからと言って、「火」が見えるものと思ってる、「こんちくしょうめ」というところです。京都のスポーツで、高校野球で始球式に立つ知事、鴨川の河原のローラスケート場、白川の仮設水泳場が出てきました。驚いたのは白川。観世会館のすぐ横っちょがプール替わりだった。ま、疏水で泳ぐのが定番だった時代ですから、そう思うと納得です。③では、京都駅、鉄が泣いて喜ぶ、北野線の線路だけが残る風景、阪急電車の延長工事の様子に併せて、混み合う四条通。市電の架線が、祇園祭の鉾が通れるように、空間を作ってあったこと、思い出しました。そんなで、久しぶりに観た風景、感慨はさほど起こらなかった。だって、いつも観ていたものばっかだったからでしょうね。珍なるものを観たという感覚に欠けるからでしょう。どうせなら、スライドショー的に数を見せて欲しかったですね。
 そんなで、小1時間、楽しんで、帰りは、いつものように三条駅までのウォーキング。ところが、これが大変だった。雨にやられたのです。出がけに雨雲レーダーで確認して、天気予報も見てのだったのですが、あのタイミングで降るかという、逃げ場に困る位置で雨、それも、強い雨が短時間、降った。出町柳駅に入るつもりで、雨が上がったあとも怪しかったので、そう決めていたのだけど、いざ、出町柳駅間近になると、大丈夫かなの気になり、鴨川の河原へ。雨のおかげで、ほぼ人はいない。このあとの30分程、ずっと、頭上で雷鳴が聞こえてたんだけど、ついに、雨が降らなかった。だから、ウォーキング完走できました。ぼちぼち、最後の雨になってもいいのだけど、引っ張ります、今年の雨は。


2021年 7月 13日(火)午前 6時 15分

 新しい週が始まりました。けど、週末が続いているような一日。オンライン配信で、おもしろいテーマのお話を聴くことができたのですが、これが、あまりない時間設定。夕方に、いつもやっているウォーキングの時間にかぶってしまうものだから、日々の生活のリズムの方を動かさざるを得なくなりました。その前に、ウォーキングを入れると、午前のウォーキングとの時間の距離が短い、昼食の摂り方で困るということ、天気予報を見ると、午後の早い内は、傘マークが並んでいるということで、あっさりと時間を動かしての通常のウォーキングは断念。配信が、予定通り終わった段階で、ミニミニウォーキングを入れようと考えることにしました。そう決めたら、それで動く、迷わない、これがモットーです。朝のコロナ情報収集も、あっさりと時間があったにも拘わらず、空いた時間で「世界ふしぎ発見!」の動画を観ることにしました。YouTubeなどの動画サイトで、まだ点検してなかったところを探ると、えらくいいものを発見。「トルコ・天空のピラミッド 巨大地下都市に隠された鉄の帝国」(2019/12/14)というもの。変なお題です。「鉄の帝国」は「ヒッタイト」、「地下都市」は「カッパドキア」、で、「ピラミッド?」、ヒッタイト関係でもカッパドキアでも、ピラミッドらしきものなんて聞いたことがない! これ、3つの要素をごちゃ混ぜにしたお題なのです。「ヒッタイト」「カッパドキア」は想定通り、「ピラミッド」は、ネムルトダーのことでした。要するに、トルコに残る古代&中世遺跡を一まとめにした、無茶苦茶なお題でした。おかげで、わけのわからなさに惹かれて、観てしまいました。ネムルトダーから始まりました。朝登山をしてました。転げ落ちた頭部石像は、横にある神殿から転げ落ちたもの、その下に、どうやら玄室らしいものがあるようだと言っていました。ピラミッドに積み上げられたのが小石なものだから発掘不能だとか。2つ目がカッパドキア。カイマクルの地下都市に入っていました。扉跡と思われていた大石の窪みが、鉄を流し込んだ跡と思われるということから、鉄の物語へ。ヒッタイトのはずですが、最近、気になっている、ヒッタイト以前のアナトリアで、鉄の使用は一般的であったことを証明していく筋立てになっていました。ヤッスホユック遺跡やカマン・カレホユック遺跡の発掘を進める大村幸弘さん夫妻が出て来て、この話しが展開するものだから、もう耳はダンボ。これらの遺跡からは、ガラスも出てきているようで、鉄、ガラスとなれば、火を扱う技術、高温化する技術を持ち合わせることとなります。特に気になる鉄はどこからに答えるにいい探査がありました。アナトリアの遺跡から出て来る鉄の成分に、この地域のものでないものが出て来る。それの探査です。結果は、なんと、現カザフスタン。その地に住んでいた鉄を持つ人たちが、何らの事情で、例えば、寒冷化で南下した、そして、アナトリア界隈に現れたというのが、考えられることと結論付けられていました。BC.2200頃の鉄が、アナトリアで出てきていると言いますから、従来の定説は覆っています、完全に。3つの古代&中世遺跡の合間に、ワクラワなどの甘味ものの話題が挿し込まれたり、カッパドキアでは、そこを住居にする人が出て来たり、話題作りに長けた優れものの回ですね、これは!
 午後の一時は、読書の時間に充てようと、この間、読んでいる十字軍関係の本を読んでいると、やたら眠い。そこで、横になると、とっても気持ちよかったのだけ覚えてる。気が付くと、1時間以上、知らぬ間に昼寝をしてしまってました。椅子に腰かけたまま、PC画面を観ていたはずが居眠りは、しょっちゅうだけど、ベッドに横にまでなってのものは、この間、なかったなぁ。それだけ、睡魔が強烈だったのでしょうね。おかげで、タイミング良く始まったオンライン配信は、しっかりと聴くことができました。そのオンライン配信は、「同志社大学アメリカ研究所春季公開講演会」。最近、よく同志社大学のお世話になっています。昨日は、「優生学運動とその遺産―身体管理のポリティクス―」というお題で、富山大学学術研究部人文科学系教授の小野直子さんのお話を聴くことができました。優生学、聴くだに、黒歴史ですね、人を、有用であるかどうかで判別する、それだけではなく、無用と思われた人を抹殺する、そないなことが、つい先ごろまで行われてたのですから。それを、歴史的に追ってもらえた講演でした。遺伝、優生学、これは、近代、いや、現代に入ってからの学問ですね。学校で習ったメンデルの法則、始原は、ここです。それに、社会にとって、望しい人間とそうでない人間という考え方とが結びつくと、恐ろしいことになる。だから、メンデルの法則が悪いのではない。自然の摂理を解き明かした法則に、特別な意味を付け加えて行くことが起こって来る。だから、それは、メンデルの法則が生まれて、半世紀も経ってから。そこで、メンデルの法則が復活というか、評価されるということです。19世紀後半は、良きにつけ悪しきにつけ、産業革命が成った市民社会が生み出す道徳観が支配する時代。この問題も、そこに根がありますね。効率や効果といった価値観で社会を分析していく時代。未だに、その価値観を引きずっている人が、国会議員に入っている国が、身近にあるけれど、その価値観がマジョリティとなると恐ろしい。望しいと思われる人間の多産を奨励し、一方で、望しくない人たち排除が起こる。都市化、移民の流入、労働争議の多発、そういった事態に、このような優生学が噛んでくると、嫌なことが起こる。ナチスの話題が、中途で挿し込まれましたが、このお話のフィールドはアメリカ。そのアメリカでは、州単位で、断種が行われていく。断種される対象は、当時の概念で言う精神薄弱者、犯罪者やてんかん患者、精神病者、アルコール中毒者、更に、貧困層などが含まれています。そういった人たちは、遺伝性的に、不適格な症状を持つから、断種の要があるという論理です。1907年に、初めてインディアナ州で断種法が成立、各州に広まっていく。ただ、科学の進展は、これをおかしいと考えだす。1920年代頃からだと言います。ナチスは、それを無視して、古い考え方で突き進んだことになります。そして、アメリカでは、1942年の連邦最高裁判所で「基本的人権を奪う」との判断が出ます。ところが、戦後、形を変えて、これが続いて行ってしまう。人口爆発、貧困、福祉政策の財政負担の増大、これが背景にあるということです。そこに「家族計画」という概念が入って来ると、自主的断種を装った強制断種が拡大したと言います。1960年後半~1970年代初め、「つい、こないだやん」と突っ込んでしまったところだし、「反優生学運動」ってあったなという記憶が蘇ってきました。その時期って、公民権運動が高まり、リブの運動を促しという時期と重なります。また、医学界でも、「インフォームドコンセント」の概念が生まれて来る。そうだったのか、「この時期には、なかった」ってことも、思い出された。黄紺が、大きな手術を受けたとき、「これが、インフォームドコンセントってやつだな」って思った記憶があります。30年前のことだから、今、話題になっている時期は、なかった。だから、暴走してたってことになります。医学界に、いかに倫理規定が大事かと考えさせられた瞬間でした。1978年に、ようやく、最終断種ガイドラインが出ています。しかし、それまでに、どれだけの人たちが、その犠牲になったか、統計を出せないそうです。「自主的」を装っているからだと言われてました。最後に、強制断種を可能にして来た要因を3点、まとめられていました。①経済的利害②優生学や家族計画と言った思想的枠組み③医師の「専門的判断」による医療行為としての手術です。いやぁ~、これは強烈なテーマです。詳細に、世間の人たちも知らねばならない歴史です。しかも、リアルタイムで生きて来た時間と重なるものだから、強烈さは半端じゃない。いいお勉強させていただきました。


2021年 7月 12日(月)午前 6時 52分

 昨日は、朝からいいお天気。これなら、一日中、大丈夫と思ってたら、とんでもない勘違い。午後も遅くなってから、雨。俄かに、信じられないほど、午前中は晴れていた。だから、昼前のウォーキングは、ごく普通に実施。でも、夕方のウォーキングは、傘さしウォーキングから始まりました。でも、実際に、傘をさしていた時間は、合計10分もなかったと思います。丁度、頭の上だけが降っているという感じで、遠くの空を見ると、青空が見えてましたからね。でも、この鬱陶しさ、いい加減にして欲しい。その一方で、ウォーキングをしながら、夕方など、涼しげな風が吹くと、梅雨が終わると、これがないんだなと思うと、それはそれで、うんざりです。
 朝は、日曜日の定番、NHKプラスで「日曜美術館」を観る。昨日のお題は、「わたしとイサム・ノグチ サカナクション 山口一郎」。山口一郎と、MCの2人が、イサム・ノグチの特別展をしている東京都美術館に赴き、その作品の観て歩きをする傍らで、イサム・ノグチの事績を紹介するという構成。いきなり紹介されたのが、光の彫刻。イサム・ノグチの作品群の中に、様々な照明器具を組み合わせての造形を楽しむというものがあります。イサム・ノグチは、当然ながら、その名を知りながら、作品については知らなかった黄紺には、かなりのインパクト。彫刻の枠を超えたアートですね、これは。懇意になった安藤忠雄からは、展示予定の会場をキャンセルまでして、その作品となる建物を借りての展示を行っていますが、ここでなきゃねと思わせる、周囲の環境との調和が、見事にまで果たされている。周辺の空間まで巻き込んだアートって印象。この空間をも巻き込んだアート作品の製作のきっかけは、日本の庭園に触発されてからだと解説が入りました、イサム・ノグチ、46歳のときだったと。「札幌大通り公園に滑り台」や「札幌モエレ山」は、その発展形。自身の作品により、環境すらも変えていく力を見せていました。「彫刻とは何か、彫刻で何ができるか」というコメントが、どなたかの口から出ていました。晩年は、20年間ほど、牟礼にアトリエを構え、毎年、ここへ通い、そこで石の彫刻制作に励んでいたとか。石工の和泉正敏さんがいたからだそうです。「石の声を聞く」、これを、和泉さんから教えられ、制作の補助をしてもらっていたとか。現在、その場は美術館になっているそうです。コロナ禍が明けたら、行ってみたくなりました。地方の美術館を巡る旅、それもいいなと思い始めています。各美術館の所属品を検索できるサイトも見つけていることもあるので。昨日も、朝からいいもの観たぞの感覚、めっちゃはまっています、「日曜美術館」に。
 昨日は、お出かけ予定なしだったのですが、オンライン配信でシンポジウム参加を登録してありました。東京には、緊急事態宣言は残っているけれど、オンライン配信で、活発に、様々なイベントは増えてるなの印象を持っています。だって、ここ数日、こういったことが、うまくバッティングしなかったこともあり、参加を続けることができています。昨日は、「環境3学会合同シンポジウム2021/気候変動適応策:わが国で直面する課題を克服するための研究の最前線」というイベントに登録してありました。オンライン配信のおかげで、気候変動についての知識のちょっとは知るようになったため、大胆にも、かようなイベントを見つけたために、登録してありました。そのプログラムは、次のようなものでした。①開会挨拶:栗山浩一(京都大学/環境経済・政策学会会長)②基調講演「気候変動による影響とその適応への取り組み」(肱岡靖明/国立環境研究所気候変動適応センター・副センター長)③講演1「適応策の現状と課題:適応格差の是正に向けた政策視点」(内⽥真輔/名古屋市⽴⼤学経済学研究科准教授//環境経済・政策学会)③講演2「⽇本社会の“適応”可能性を問う諸視点」(茅野恒秀/信州⼤学⼈⽂学部准教授//環境社会学会)④講演3「気候変動に伴い変容する⾃治体災害対策」(釼持⿇⾐/公益財団法⼈⽇本都市センター 研究員//環境法政策学会)⑤パネルディスカッション(登壇者上記4名 + コーディネータ: ⽇引聡/東北⼤学)⑥閉会挨拶:牧野厚史(熊本⼤学//環境社会学会会⻑)。ところが、難しかった、黄紺には。②は大丈夫でした。よく聴くお話でしたから。データを示しながら、気候変動の実態を解説するというものですから、これは、ここまで、随分と聴いてきた。対策には、「緩和策」と「適応策」があるという流れです。③から怪しくなってくる。この対策のポイントとして、社会や経済に対し、気候変動は、均等に影響を及ぼすのではないので、それを考慮して当たれというお話だったと思います。死亡率に及ぼす影響では、所得の違いで変わって来る、低所得国の方が大きく、また、適応能力にも、自ずと限界がある。気温上昇シナリオによってっも、上昇幅が大きければ、より格差は広まるということです。アメリカのデータを使って紹介されたのが、気温の学力に及ぼす影響、気温が上がれば学力が停滞するというデータです。大規模水害が企業に及ぼす影響という課題では、企業規模により違いが出てくるというもの。規模が小さくなると、衝撃に脆弱だったり、第一、備えが整っていないということです。被害を受けたことのある経験知が、リスク認知力を上げるというデータから、農家経営者の年齢によっても変わって来る。アメリカでは、穀物特化が地域ごとに進んだことが、気温上昇に対応できていないということが起こっているそうです。保険制度を取り上げられていましたが。これは解らなかった。こういったことを踏まえて、適応策に当たらねばならないという視点を教えていただけたお話でした。④⑤は無理、ギヴアップと思ったら、居眠りだから、余計に解らない。⑤など、法律の名前を聴いても、内容が判らないものだから、どうしようもない。③がぎりぎり、④から臨界点を超えてしまいました。ついでに、⑥のパネルディスカッションは、居眠ったままだったため、取返しもできませんでした。環境問題、理解したいけれど、このレヴェルまでくると、ダメですね。もっと、勉強できる機会増やさねばなりませんが、大概は、②の話で終わりなんだよね、そうか、各自治体がレポートされる災害の事例、それに、どのように対応したかですから、なかなか深みへとは進んで行かないところへ、このシンポジウムは、強烈なものがありました。先端って、そないなものかもしれませんが。


2021年 7月 11日(日)午前 7時 17分

 昨日は、雨が上がった日。夜中には降ってたみたいだけれど、陽が上がる頃には、雨音は消えてたんじゃないかな。お出かけ予定はなかっので、日に2回のウォーキングだけが、昨日のお出かけ。昼前のウォーキングでは、一昨日の帰り、雨に遭わなければ寄る予定だったお酒の安いマート経由のコースを含んだものに。別に、お酒が切れているわけではないのだけど、調理パンも安いものだから、3日1回は、行ってんじゃないかな。そして、夕方のウォーキングでは、雨が続くと行きにくいコースを採ってのもの。随分と雨が続いたものだから、このコースは久しぶり。なんせ、地道があるので、雨が降ると歩きにくいので止めています。昨日も、一日、雨が降ってないから大丈夫と思って行ったんだけど、考えが甘かったね。それだけ、水を吸ってしまっています、地べたは。熱海の土砂崩れが起こるはずですね。そないなことを、地元の人は知っているようで、人の出は少なかったな。
 昨日は、お出かけはなかったけれど、オンライン配信の予約はしてありました。丁度、午後の一時を充てることができる時間帯。そんなだから、通常通り、日に2回のウォーキングを、滞りなくできたというわけです。で、そのイベントは、帝塚山大学考古学研究所・附属博物館共催の「第460回 市民大学講座」。お話をされた方が、現在、近江の古瓦の特別展を行っていることもありと言っておられました、その関連イベントを兼ねてのものだそうです。従って、お題は、「考古学からみた寺院造営の諸相-近江愛知郡の古代寺院を考える-」、お話をされたのは、毎回、司会をされている帝塚山大学考古学研究所長・附属博物館長の清水昭博さんでした。事前に、パワーポイントのスライドを送っていただけたので、いいとの評判だけは知っている湖東の寺院についてのお勉強はできていたのですが、予習をいいことに、本番は、ほとんど端から居眠りスタート。ですから、ポイントは、事前学習用の資料を基にメモっておきます。①仏教伝来と初期仏教の様相、仏教伝来期の背景となる朝鮮半島情勢も。仏教伝来、即、受容ではなかった。物部氏や中臣氏のように、朝廷の神事に関わる氏族の者たちで反対派が生まれたからです。一方で、仏教推進派は蘇我氏。従って、仏教が受容されるには、蘇我氏が、物部氏を蹴落としてから。やがて、渡来系の人たちの支えで、飛鳥寺が建立される。そないな重要な位置も知らなかった頃に、行ったことがあります。飛鳥時代には、各地に確認されているだけで600もの寺院が建立されたとか。凄い! そこで使われた瓦が、それらの歴史を知る、大きな手掛かりとなるいうわけです。このお話のポイントです。飛鳥寺星組・花組、百済大寺(山田寺)式、川原寺式、法隆寺式、小山廃寺式といった瓦の展開は、仏教の拡大を示すばかりか、中央の政治動向、天皇家と仏教の関係を示唆するものとなっているそうです。瓦から、そないなことを知ることができるとは、目から鱗です。②問題は、ここからです。ここまでは、前説的な内容、だって、湖東なんて、一言も出て来てないのだから。問題は、こういった中央から攪拌されていった瓦とは異なった型の瓦が、湖東からは出て来るというのです。その代表が「湖東式軒丸瓦」の分布する近江愛知郡とその周辺地域。しかも、この地域には、寺院自体の数も多い。そのわけも解明されていきます。出土瓦の年代が、しかも、7世紀後半の時期に集中している。これらが解明されたときに、驚くべきことが隠れていた、そういった展開でした。実は、事前にいただいていたレジュメでは、その展開が読めなかった。だから、覚醒していたため、とってものめり込んでしまったところでした。数が多いわけは、尼寺の存在。男寺に当たる僧寺が、その始まりから女寺である尼寺の近くに建立されたという経緯があるそうで、これが、数の多さの原因。ということで、愛知郡の寺院をグルーピング、すると、カップリングが出来上がっていきました。中には、「僧寺」と墨書された土器まで出てきているそうで、わざわざ「僧寺」と書くなら尼寺があるはずとなります。そして、地方寺院が豪族の「氏寺」的性格をもっていたことを示しているそうで、ならば、そういった豪族が、問題の愛知郡にもいたことになります。依知(えち)秦公氏です。しかも、近隣に傍系氏族も多く居住したそうです(葛城氏って蘇我氏の傍系だと知りました、ラッキー!)。愛知郡にも、依知秦公氏の傍系と推測できる豪族がいる。そういった人たちが、愛知郡の寺院建立者と考えられるとなります。ここで、地方独自の瓦「寺町廃寺(広島県三次市)式」軒丸瓦の場合に跳びました。事前にレジュメを読んでいて解らなくなったところ、でも、これが肝心なところでした。ここで判っていることを愛知郡に応用すると、これが止めのおもしろいところ。この寺町廃寺式の独自性は、この廃寺は、記録に残る三谷寺で、その由緒で、百済からの渡来僧が住んだとあり、それが、白村江の戦ののち、三谷郡大領の先祖とともに来日した百済僧の禅師弘済であることも判っているそうです。「白村江の戦」が出てきました。渡来僧が噛んでます。それが、独自の瓦を生む。弘済の活発な活動が、瓦の攪拌も生む。これが、愛知郡にも適用できるというわけです。しかも、湖東式軒丸瓦と朝鮮半島の百済に建立された大通寺(韓国公州市)や西穴寺(韓国公州市)の出土瓦との類似が指摘されているそうです。ならば、湖東式が飛鳥など中央でなく、朝鮮半島の影響で成立したとなります。辻褄があってきました。では、なぜ、愛知郡にとなります。白村江の戦で戦死した朴市秦造田来津の配下に、依知秦氏をはじめとした地元愛知郡の豪族も多く参戦したことが考えられ、生き残って戻ってきた人たち、それに、渡来僧が同行していたことも考えられる。そういった人たちにより、戦死した人たちを供養するために、その事績を顕彰するために、寺院が建立される、朝鮮半島伝来の瓦を使った。広島の渡来僧じゃないけど、活発な活動をすることで、周辺地域へと、その瓦をが攪拌して行った。これは、壮大な話じゃないですか! 公州の大通寺、早速、調べてみました。きれいに整備されています。遺蹟が市中にあることを確認しました。そんなで、今度、韓国に行くときの1つの目標も提供していただけました。いや~、おもしろかった。
 午後の一時を、このオンライン配信に使ったのですが、少々、時間があったので、バーチャルなオペラ紀行のための情報集めを、昨日は、ライン・ドイツ・オペラ(デュッセルドルフ&デュースブルク)ですることに。黄紺の最後となるドイツでのオペラはデュースブルクでのことですから、ちょっと思い入れのあるところです。調べた時期では、「カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師」「アンドレア・シェニエ」というヴェリスモものが並んでいました。これは、ドイツでは珍しい。特に前者は、クリストフ・ロイものです。「ルチア」もあったな。これも、ロイですしね、でも、既に鑑賞済みなので忘れることにしますが、一体、どうしたことか、これだけ、イタリア、イタリアしちゃって! デュッセルドルフは、ちょとご無沙汰なんで、行きたいね。この町では、トルコ人経営のホテルを定宿にしていることも、思い出の1つなんだよね、そして、近くのトルコ人の店でテイクアウトして、そのホテルで食べるという、めっちゃトルコの生活も楽しむ習慣があります、古風なドイツのビアホールもあるんだけど、最近は、トルコにシフトしてましたね。もう1度、書きます。行きた~い!


2021年 7月 10日(土)午前 6時 27分

 昨日は、午前中に予定が入っていた日。京都アスニーに出かけてきました。「アスニー特別講演会」のあった日でした。お題がお題だったからか、出足は、いつも以上。やはり、京都は、話題に豊富です。地元の話題=全国的にも関心を呼ぶものだから、そりゃ、行きたくなります。そのお題は、「京都五山送り火の今昔話」、お話は、大文字保存会理事長の長谷川英文さんでした。大文字をテーマにして、その詳細を聴くというのは、黄紺的には、初めての経験。京都人なもので、大文字には思い出はあります。子どもの頃、伏見の自宅近くの北を見通せる場所から、見えました。祖父母の家の近くの九条大橋から観たのが、大きな思い出。こないにはっきりと、しっかりと観えるものかと思ったものです。単に、距離が縮まり、見晴らしが良くなっただけだったんですが。家の近くからは、ノーマルな大文字より、左大文字の方が、よく見えた記憶があります。それはそうでしょう、右大文字は、南に向いてないのですから。それに対し、左大文字は、南に角度を切っています。この2つ以外にあるというのを知った、それが九条大橋だったような気がするのだけど、詳しくは覚えてないし、あすこからは、今といくら違うと言っても、そうは見えないはずですからね。自分的に革命的だったのは、知り合いのつてで、市役所のほん近くのビルの屋上から観たとき。これは見事だった。「妙法」が見えた。「舟形」も見えた。しかも、それまで以上に北上してます、近づいているから、大文字1つをとっても、大きかった。でも、このときですら見えなかったのが、鳥居型。これが、一番南だからですね。これを観たのが、友人の勤める会社の支店が五条通にあるからということで、そのビルの屋上に上げたてもらったとき。ついに見えました。実際、嵯峨野の現場で見ると、鳥居型のある山は低い、だから、簡単に見えないのです。そないな思い出のある大文字。冒頭で、いきなり驚きのお話。大文字は、現行の5ヶ所以外にもあった。史料的に判っているだけではなく、その遺構も見つかっているところがあるそうです。「一」という字があったとか、その他には、どんな字があったのでしょうか? 前半は、1つ1つについて謂れをお話しいただけました。伝承的なものを含めてです。右の「大」は、足利義政と関係があるようで、伝承かもしれませんが、そのため、相国寺の方を向いている、それが、南を向いてないわけ。「妙法」は、ほぼ天台宗ばっかだった京都で、法華に変わった寺&地域があった。その寺&地域が、今も伝えているそうですが、それを記念して、まず「法」から始まった。それに、後代、「妙」を加えたそうですが、「法」の左側に山がなかったが、右側に山があったので、字の並びとしては、左から始まる現代風になっている、なるほど、目から鱗です。「舟」は、今も伝えている西方寺の開祖が、入唐からの帰り、海が荒れたところ、経文を唱えると、海が治まった、その記念だそうです。左の「大」は、新しいそうで、江戸中期って言ってたかな、ただ、この山、岩場なため、最初は、手松明から始まったそうです。「鳥居」は、化野と関係があるそうです。「西院」と書く駅が2つあるけれど、嵐電の方は「さい」と読むということを、その近く住む人に教えてもらったけれど、「賽の河原」から来ているそうです。化野も同様ですね、市中に捨てられない遺体を捨てに来た、その弔いの意味を込めた、正に「送り火」で始まったと言われていました。今も、保存会は西院地域の人たちが担っていると言われていました。この一連のお話の最後の方から、何を言われているのか解らなくなってきた。一昨日の夜、眠りが浅く、何度も目が覚めた分、ここで埋め合わせになったようで、暫し、居眠りが始まる前だったようです。気が付くと、送り火に使う木のお話になっていました。足らない分は、木を業者から求めねばならないようですが、実際、木の伐り出しから始められるそうです。画像を交えてのお話、とんでもない手間暇が掛かっています。木を細かくしながら、その都度、乾燥する必要があるようです。それを仕分け、文字の書き込みができるように、木の一面を削る作業がある。そして、当日、火床への設置、井形に組むようですが、担ぎ上げねばならない、点火は暗くなってから、タイミングを合わせねばならない。「妙法」は、以前は、太鼓を合図にされていたそうですが、それだと、風のかげんで聞こえない場合があり、ずれてしまうので、今は合図の光があるそうです、こういったときは、音より光ということですね。そして、燃えると15分、準備開始が2月だそうですから、あまりにも呆気ない話です。コロナ禍の昨年の点火についてもお話がありました。黄紺は知らなかったのですが、密を避けるということで、ポイント幾つかだけに点火されたそうですね。「大」が「大」に見えなかったので、「今年は工夫します」と、秘策を練っておられるようです。こないな苦労話を聴いた以上、今年は、必ずチェック入れます。最後に、ちょっといいお話。東の山で、死者を迎え入れ、それが「大」、次いで「妙法」で浄められ、「舟」で西方に送られ、再び「大」へ、その出口となるのが「鳥居」。死者を、再び西方へと送り出すという構造になっている、正に「送り火」を具現するようになっているということでした。もちろん、冒頭のお話にもあるように、現行以外の文字だか形があったようなので、このお話は、今の姿を見ての意味付けにしか過ぎないのですが、「できた!」ってやつで、いい閉めのお話だと思えました。
 このお出かけ時は、太陽も出て、めっちゃ明るかったので、天気予報チェックなんてしなかった。これが、とんでもない間違い。帰りは雨。普段だと、京都アスニーに行くと、その往復をウォーキングに充てるのだけれど、見事、外れ。強い雨のなか、あっさりと戻り、買い物もついでにできなかったので、ビスケット系で昼食替わり。情けない。短い午後の一時で、YouTube「米朝事務所チャンネル」での「大喜利」を楽しんだだけ。家事もあり、それをしていると、雨が止んだ。それを捉え、代替ウォーキングに出発。公園のベンチは、いくら雨が止み、この時期、乾くのが早いと言っても無理なので、屋根付き公園で休憩&読書をして、梅雨の最中のウォーキングを、傘を手に持ったままで、たっぷりとすることができました。前の2日間が、雨のため、通常の半分しかできてなかったので、ちょっと回復した気になることができたかな。ここで頑張ったこともあり、また、前日の薄い睡眠のおかげで、椅子に腰かけたまま、また、居眠り、そんなで、睡眠障害に振り回された日でもありました。


2021年 7月 9日(金)午前 0時 7分

 今日は、多忙な一日。というのは、夕方から夜にかけて、2本のオンライン配信を、1本は予約済で、もう1本は予約の要はないけれど、テーマからして覗いてみたい感があり~ので、結果的に、自分を追い込んでしまいました。しかも、朝から雨。午後には止んだのかな、でも、その時間帯は窮屈なことになっていたので、結局、ルーティンにしているウォーキングは、昼前の1回だけ。これで、1/2のウォーキングしかできていない日が2日続いてしまった。でも、雨の日に、2日連続でやっただけでも褒めてみてもいいかなってところ。今日の昼前も、7割以上、傘さしウォーキング。ただ、雨と言っても、ウォーキングに出かけた時間帯には霧雨状だったので、自宅を中心にした円環コースを止めてみました。結果、それで良かった。なんか、この3日ほど、同じところばっか歩いてた感があるので、こないなことでも嬉しくなっちゃいました。
 午後の一時と言っても、昼食後のちょっとした時間に、YouTubeでない動画サイトにアップされていた「世界ふしぎ発見!」の「森山未來が探る! 神秘の国イスラエル」(2019/08/31)を観ることにしました。イスラエルに1年間滞在経験のある森山未來がミステリーハンターになって進めるもの。ま、イスラエルというのが、黄紺的には狙いだったのだけど、森山未來自身が、スタッフをもリードしながら進む場面もあり~ので、単に、なかなか観れないイスラエルを観た以上に付加価値のあるもので、大正解のチョイス。森山未來は、テルアビブにいたそうで、その噂に聞くテルアビブのリゾート地的映像を、しっかりと観ることができました。テルアビブって、イスラエル建国時には砂浜だけの土地だったとか。海岸の要所に都市が造られたということですね。さすが、世界からユダヤ人が集まっているだけに、各地の食材が混在しているのが嬉しい反面、中東のファーストフードと言えばお約束のファラフェルも登場。食いてぇ! それと、やはり、イェルサレムは出さないで行かないというわけで、しっかりと見せてくれました。最近、十字軍国家の本を読んでいて、丁度、イェルサレムの街の構造が出てきたところ。4箇所に区分、その4箇所目が判らなかったのが、あっさり解決、アルメニア人地区でした。番組では、ユダヤ教徒の生活ぶりを丁寧に紹介していました。これも、なかなかないんじゃないかな? 安息日に関する戒律、なかなか厳しい、キリスト教が枝分かれするのも、了解ってところですね。そんなで、これは、内容が詰まっていました。大正解です。
 オンライン配信の1つ目は、京都みなみ会館に行ったとき、案内のチラシが置いてあったことで知ったもの。それは、京都精華大学の行っている「アセンブリーアワー講演会」のオンライン配信。この講演会、各界の著名人を招請してのもので、今年度の前半期は3回の講演会が計画されていたのですが、今日は、その3回目。黄紺は、都合で、今日だけ予約。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授の斎藤幸平さんの「人新世の“資本論”」という講演を聴くことができました。NHKのニュースでも紹介されてましたね、この人、この本。そんなで、この講演会をオンライン配信で聴けるということで、飛び付いていたのです。コロナ禍が掴みで、ただ、「この1年間が現実で、それまでが夢という考え方」という押さえから始まりました。貧困が、今、始まったわけではなく、コロナ禍で、より顕在化しただけということで、コロナ禍が治まり、それで元に戻れるのか、戻っていいのか、戻ると、格差は広まるばかリ。そこで、「脱成長」を訴えるわけですが、そこに至る緻密な展開がお話の中心、時には、苦手な経済学、社会学のタームが出て来ては困りながらも、おおよそは理解できたつもり。一例として、エコを唱える商品が謳歌しています。消費者も、その商品を買うことで、一定社会貢献している気になっているけれど、それは、企業の成長戦略の一環であり、それで売れれば売れたで、生産が過剰になるだけで、現実の危機を克服しない、有害であるだけ。総じて、「緑の資本主義」の根本にあるのは、成長。太陽エネルギーがエコだと言っても、それの需要が増えれば、生産性が上がり、価格の降下が起こると、需要は増え、成長が促されるだけで、回りまわってエコになっていないという矛盾。幾つか、こういったことに関する事例を上げていただけました。リチウムの例、パーム油の例などです。二酸化炭素の排出の実態を例に、どこをいじれば変えられるかのトピックも、解りやすいもの。豊かな10%の人たちが、二酸化炭素の排出に関わっているので、この人たちの生活を変えることが手っ取り早い、いや、核心だということです。今までの生活を維持することではなく、今までの生活が問題だったとの意識をもつ想像力を求めていました。たとえ、二酸化炭素の排出の規制が成されても、それで済む問題ではなく、社会の抱えている構造自体が、矛盾を生むように出来上がっていることに目を向けるべき、すると、ジェンダー不平等、経済格差、競争社会といった問題が見えて来る。気候変動だけに問題を矮小化してはいけないと言われていました。だから、脱成長を唱える場合、どのような社会を求めるのか、「豊かさ」とは何かというテーマが見えていないといけないと言います。そういったところから、目の前の問題、政策的課題に当たるべきとのお考えですね。そういった考え方に立った場合、マルクスの「資本論」が示唆に富んでいるということのようです。コロナ禍は、確かに、このような脱成長を唱えるには、いいタイミングです。それまでは考慮だにしなかった人ですら、耳を傾けざるを得ない状況を作り出したわけですから。でも、日本と欧米の格差は、ここでもあるようですね。確かに。コロナ禍、いや、それ以前にも東日本大震災があったじゃないか、あれで、ドイツは、脱原発に舵を切りました。一方の日本は、当事者にも拘わらず、原発を、脱炭素の有力な柱にしています。この違いやね。フランスなど、飛行機の国内線廃止に向おうとしていると言ってました。彼我の違いは大きいね。
 この講演会が終わると、急いで、トルコのコロナ情報収集に勤しみ、間に合いました。1時間10分後には、次なるオンライン配信が始まりました。おなじみになってきている「ラボカフェ」です。京阪電車の駅構内を使ったトーク、それの生配信を視聴する時間だったのです。今日は、「ハイドン・マラソン、振り返り企画<第1弾>」として、「“ハイドンマラソン”を楽しむための音楽講座」がありました。日本センチュリー交響楽団が進める、ハイドン交響曲全曲演奏、それに関わるものでした。出席は、望月正樹(日本センチュリー交響楽団楽団長)と内藤謙一(日本センチュリー交響楽団副首席コントラバス奏者)のお二人の予定が、途中から、同楽団首席指揮者の飯森範親さんも参加というものでした。お話は、ハイドン・マラソンの発端、飯森さんの指揮者としての特徴、内藤さんのヴィオラ・ダ・ガンバの生演奏、ヴィオラ・ダ・ガンバの楽器としての特徴など、そういったお話の合間に、楽団の持つ音源紹介がありました。各曲、ごく一部ずつではあったのですが、その曲目をメモっておきます。①Sym.Nr.104「ロンドン」4楽章②Vc協 D-dur③Sym.Nr.47「回文」3楽章④マレ/ヴィオラ・ダ・ガンバ協⑤J.S.Bach Vc suit Nr.1サラバンド(生演奏)⑥Sym.Nr.97、1楽章(コロナ禍再開第1号コンサート)。


2021年 7月 8日(木)午前 8時 15分

 昨日は、一日中、雨の日。山陰地方で豪雨になったようだが、京都でも、午後の雨が凄かった。もう、音が違った。午前中は、雨が降っていても、傘さしウォーキングができた。瞬間的に雨が止むときすらあったので、雨も終わるのかと思っていたら、逆だった。そんなで、夕方のウォーキングなんて、しようかという気にもならなかった。昨日は、午後6時開始で、オンライン配信があったので、一応、それにシフトして、予定を立て、ポイントとなる時刻が判るように、目覚ましを設定してはあったのだけど、それらは、全部、スルーしました。夕方にすることにしているトルコ・サッカーの情報収集は前に上げ、コロナ情報収集は、オンライン配信が終わってからするという風に、交通整理をしてありました。その上で、ウォーキングができるように予定を立ててあったということですたが、、、。そんなだから、いつもの午後の一時は割愛、でした。
 オンライン配信は、花園大学の「⼈権教育研究会 第112回例会」を予約してありました。花園大学は、市民向け公開講演会などで、以前、お世話になっているので、HPをチェックしていたところ、見つけた一般公開のもの。確か、教科書問題を取り上げた「人権教育研究会」に参加させてもらったことがあり、初めてではないですね。今回は、生参加とともにオンライン配信もありということで、夜の開催ということで、オンライン配信を選んだというわけです。お題は、「“AI美空ひばり”は冒涜か:人工知能が死者を代弁することをめぐって」という新しさを感じさせるもの、お話をされたのは、同大学文学部教授(仏教学・人文情報学・情報歴史学)の師茂樹さんでした。お題にある「AI美空ひばり」は、NHKが、AIを駆使して、美空ひばりに新曲を歌わせるという番組が放送されたことを指します。秋元康が新曲のために詞を提供しというものです。これは、今でもYouTubeで観ることができるということで、事前学習用にと、そのURLが送られてきました。同時に、あと2つのURLも。1つは、「Unfinished Votes(果たせなかった投票)」、アメリカの銃乱射事件で亡くなった高校生を、AIで蘇らせ、アメリカ⼤統領選挙2020 における、銃規制派への投票をよびかけるというものです。「自分は亡くなっているので投票に行けないので」ということがタイトルになっているという趣向です。実際に選挙に使われ、冒頭では、両親が、「亡くなった息子のメッセージを聴いて」と言っているというものです。もう1つは、韓国のMBCが放映した「あなたに会った 너를 만났다」、先のアメリカの映像は、英語がよく解らないので、まだ受ける印象は大きくないのですが、こちらは、韓国語と言え、話すことは解らなくても、シチュエーションが判りやすいものだから、強烈なインパクトがあります。子どもを失くした母親が、その亡くした子どもと再会するというものです。また、それがよくできていて、母親の発する言葉に対応して、子どもが反応するように作ってあるので、めっちゃリアル。母親は、特殊なメガネをして、バーチャルな世界が見えるようになっているのだけれど、スタジオでは、何もないところを、そのメガネをかけた母親が、子どもを障り、語り掛けているだけ、その光景とバーチャルな光景が交互に放映されるものだから、強烈なインパクトがあります。こういった3つの例を基に、この講演会は進行していきました。故人の再現は、例えば歴史小説などで、実際に行われ来たこと、確かに、そう言われればそうだけど、故人が動き、言葉を発するという映像は、何か違うという印象を持ってしまったことも事実。1つには、バーチャルな映像を創るために、故人のデータをできるだけ多く学習させてある。しかし、美空ひばりだと、秋元康が詞を提供し、インターヴァルでは、バーチャルな美空ひばりに、聴く者に対し、メッセージを言わせている。となると、これは、再現する者の意図が組み込まれているわけだ。その危険性を、師さんは、解りやすく、特攻隊の例を出されていました。「お国のため、家族のため」という言葉を誰しもが残して逝ったかのように、あとから付け加えるのと同じレヴェルの危険性を指摘されていました。死者に仮託して、生きている者がメッセージを発信する、それが政治性を帯びてくると、危険性が増すということです。また、それは、死者への冒涜にも繋がるということですね。一方で、「天国のおじいちゃんも“よかったね”って言ってくれると思うよ」というたわいないもの、歴史小説も、エンターテイメントとして、同様のたわいなさの範囲のものもある。ヘイドン・ホワイトの「実用的な過去」を引用して、「歴史学的な過去(historical past)」と「実用的な過去(practical past)」を紹介されていました。「倫理的に正しければ、死者に代弁させることは正当化されるか?」という観点で、3つの例を分析もされていました。美空ひばりの語りかけは「よくあるいい話」とも取れる。「Unfinished Votes」は「人権侵害に対する対抗」という点で評価できる。「あなたに会った」は「喪失の克服」にはなっている。だけど、「感情の操作」ではないかという批判も生まれて来る。3つの例に共通なのは、「死者の代弁は許されない」という点、なかなか難しい。これらの例というか、現在取れる方法では、製作者の意図が入ってしまうが、もし、今後、もし、「人為的ではないデータ駆動の「声」ができたとしたら?」ということも想定して、何らのガイドラインを作る必要があるだろうと言われていました。オンライン上では、死者と対話できるサイトまで登場していると言います。もちろん、故人のデータを学習させて、縁のない人とまで交流ができるというものだそうです。故人が、そのようなことをすることを、どのように感じているのか、それは、故人に確認できないことですね。そんなで、ここまでくると、AI技術の素晴らしさを堪能する時代どころじゃないなというのが、黄紺の正直な感想です。黄紺の知らないところで、世界は、どんどんと動いて行き、人間が、ここまでに獲得してきた価値観を揺るがしてきているということですね。いい勉強になりました。


2021年 7月 7日(水)午前 0時 12分

 今日は、映画を観る日。京都シネマで「バケモン」という映画を観て来た。笑福亭鶴瓶を追いかけたドキュメンタリー映画。17年間、当てもなく、鶴瓶を撮り続けてきた山根真吾監督の手持ちの映像を編集した作品。終わってから知ったのだけど、コロナ禍のため、世に出すはずではなかった撮りだめ映像を公開することになったという話までは知っていたのだけど、その意味がイマイチ解ってなかったのだけど、映画館に無償提供されたものとか。従って、収益は、全て上映映画館のものになるというシステム、これを知って、ようやく「コロナ禍での上映」の意味が判った黄紺。それを知っていたなら、より一層、映画館に足を運ばねばの気になっていたことでしょう。それを知らなかった黄紺は、とにかく、このご時世、噺家を追いかけたものは観ておこうの気持ちで、映画館に足を運んだ次第でした。映画は、無学で、鶴瓶が、毎月続けている会、但し、コロナ禍のため、収容定員を大幅に減らしての公演から。そして、鶴瓶の公私に渡る映像を撮るきっかけになった、最初の「らくだツアー」で撮った無許可の映像へと進んでいきます。この映画、そういった動機付けになったということから、再三再四、「らくだ」ネタが出てきます。「らくだ」というネタ紹介、歌舞伎に移植されていること、師匠6代目の十八番だったこと、その松鶴の墓と、このネタを完成させたという桂文吾(鶴瓶は3代目だと思っていたら4代目だったことが、後半に明かされる)の墓、歌舞伎座公演での特異な演出、その感想を述べる福団治や文福、坊枝の姿といった映像が挟まれていく。その「らくだ」ネタが切れる合間には、他の公演の様子、志の輔や談春といったゲストを呼んだ公演、「らくご」以外のネタを演じる鶴瓶の姿、「錦木検校」「徂徠豆腐」「山名屋浦里」といった、比較的新しい持ちネタが並んでいました。「山名屋浦里」では、タモリ登場の秘蔵の映像も出てきました。今は亡き、先代松喬、鶴志の姿も出てきました。それも、いいけれど、楽屋での風景がいい。時には、楽屋を訪れる著名人の姿があるかと思うと、一般の人もいる、スタッフもいるという風景が、この映画ならではのもの。「青木先生」という私落語も出て来ると、当然、鶴瓶の生まれ育ったところや、昔の同級生との交流の風景も。そして、また、「らくだ」ネタに戻る、これを繰り返す編集でした。これは、落語ファンが観た方が、おもしろいでしょうね。TVの人気者鶴瓶を観ようでは、解らないだろうな。なんとなく、鶴瓶、頑張ってるなは解るでしょうが。鶴瓶噺の基になると言われているメモ書き、それを溜めて溜めてしていると言われていますが、楽屋でメイクを受けるとき、いつも、そのメモ書き(からの抜き出しメモ)を見ている、その光景だけでも、ディープな落語ファンは、あれがあれだなと解るのだけど、ま、あの紙切れは何だ程度でしょうね。となると、「らくだ」の演出が変わると言っても、しっかりと伝わったかと思ってしまってました。京都シネマの一番狭いスペースの上映だったこともあり、ほぼ満席。京都シネマは、オハルデが解かれると、全席、入れてしまいます。チケット予約をしてから、しまったと思ったのですが、後の祭り。黄紺は、映画館では、特にコロナ禍では、前方の端の席をチョイスするのですが、幸い、隣は空席。それを狙ってはいたのだけど、混み方を見て、ヤバいと思っていたのですが、隣は空いていたのが、せめてもの慰み。息苦しい2時間でした。
 今日は、この京都シネマの往復と、午前中の、少し減らしめで行ったウォーキングで、1日分としました。映画館からの戻りに時間をかけたものだから、帰って来て疲労が出てしまい、夕方のトルコのサッカー情報&コロナ情報取集が済むと居眠り。1時間半ほど眠ってしまい、ようやく元気回復できました。やはり、蒸し暑いと、ウォーキング後の疲労は大きいようですね。


2021年 7月 6日(火)午前 7時 20分

 昨日は、谷間の1日。お出かけ予定やら、オンライン配信やらが続くなか、何もない1日にした日でした。各地で豪雨になっているようです。南から湿り気のある空気が入っているのでしょうね、暑くて、湿度の高い日々、と言いながら、空調を入れるまでもない気温。まだ、昼間は、30度ぎりぎり超えたくらいですから。、まだ、我慢のできる範囲です。でも、つい先日まで、朝夕は急激に気温が下がっていた身には、なかなか堪えはしますね。そこへきて不快度が増していた、肩と首の痛み。まだ、しこりのようになったものが残っています。このまま終息してくれたなら、ごく軽めの変調で過ぎたことになるのですが。今回は、今のところごく軽いもの。一時、手は上げられなかったけれど、気が付くと、外から帰って来たときの定番、うがいはいつも通りできています。痛くて、背後に首を反らすことが難しくなるのが、変調となったときの姿だったのですが。今回は、そこまでも至ってはいません。でも、首にシフトしたかと思うと、また、肩にしこりのようなものが移っている。鬱陶しいのと、いつ爆発するかという不安が入り混じった日が続いています。
 日に2回の定番となっているウォーキングは、いつも通り。午後の一時も、いつもの時間帯。昨日は、日曜にNHKプラスで「日曜美術館」を観ることができなかったフラストレーションから、ネット上の動画サイトにアップされている過去映像を観ることにしました。姜尚中がMCをしていた時期のものが、ネット上で多くアップされているなという印象ですが、その中から「いま、アジア美術がおもしろい/激変する社会と向き合う画家たち」(2010)をピックアップ。アジアの美術って、全く知らないもの、それに惹かれて選んでみました。存在は知っていた福岡アジア美術館所蔵の作品の紹介でもあります。冒頭では、姜尚中が、同美術館を訪ねる場面も用意されていました。番組のコンセプトは、お題にもあるように、アジアの社会の変化、それは、国により異なるという個別性があるのですが、それに触発され、どのような作品が生まれるか、それだけではなく、時代の変化で、同じ作家が、どのような変貌を遂げて行くか、それも追いかけるというもの、しかも、映像入りで。現在の映像は、番組に合わせて取材ができるでしょうが、過去映像は、どうしたのでしょうが、美術館が持っているのか、NHKの所蔵のものか、これは気になってしまいました。姜尚中の訪問に合わせて画面に出た作品は、シーマ・ヌズラット(パキスタン)の「無題」、ネクタイという男性性を表す素材を使い、女性の位置を表現するというアイデアに基づく作品、スボード・グプタ(インド)の「スタート・ストップ」、高層ビルのような器の積み上げという作品で。不安定な現代社会を表しているよう、アウン・コ(ミャンマー)は、1ヶ月間、同美術館に滞在して作品を制作していた、現代美術ならではの試みです。VTRに移ってからは、ファン・リジュン(中国)の作品は、不気味な笑いを浮かべる男たち、誰もが同じ顔をしています、天安門事件の後遺症が見えるもの、ツェレンナドミティン・ツェグミド(モンゴル)の「オルホン河」は、高い崖から流れる滝の上に女性の頭部が描かれている、自然と神という印象を与えるという解説が入っていました、同じ作家の「月夜の物語」では、前の作品と異なり色彩が暗い、社会主義体制が崩れたあとの自由化、でも、格差が生まれ、都市への集中が起こりと、現代モンゴルの抱える問題を象徴しているよう、こちらも、自然に浮かぶ女神という構図なんだけど、ツェガンダリーン・エンフジャルガル(モンゴル)の「月の子どもたち」も、その暗いモンゴル社会、過去映像では、無邪気に遊ぶ子どもたちを、子ども目線で追いかける作家の姿、それが一転して、現代モンゴルでは、マンホールの中で生活する子どもたちの様子が映る、同じ作家は、「皇帝の軍隊」「襲来」では、過去の威勢の良かったモンゴルを描いていました、プラソン・ルームアン(タイ)の「牛の集会」「黄金の大地」で、世界的人気作家に、世界の画商が求める作品を描かねばならなくなるが、それを描き続けるのではなく、自身の描きたいものを描く姿を追いかけていました。とっても新鮮、世界や社会の先端行っている感が、現代美術にあるからそそられるんだなの実感が出てきていましたが、こうやって過去と現在を対話させることで、社会変遷を確認できる、しかも、この番組は11年前のものだから、それを、また後から眺めている面白さがある。そんなで、詳しいメモを取りながら観ておりました。
 午後の一時の後半は、ドイツの歌劇場の来季のラインアップの追いかけ。ドレスデン州立歌劇場が、ようやく開いたので、その情報をまとめてみました。この歌劇場は、建物自体が観光資源ということもあり、観光客相手のプログラムを組む傾向があるのですが、その傾向が、一層進んだなという印象。ポピュラーな演目が並んでいます。昨季、プレミアを迎えるはずだった、宮本亜門のプロダクションの「蝶々夫人」は、復活祭の時期に陽の目をみるようです。あまり褒めたものと言えないクリーゲンブルクものの「ドンジョバンニ」が、ペーター・マッテイとアーヴィン・シュロットの組合せで出ます。アーヴィン・シュロットがレポレロに回ります。「アイーダ」では、ティーレマンが振り、クラッシミラ・ストヤノフ、フランチェスコ・メーリ、ゲオルグ・ザッペンフェルトという豪華版が出ます。ベルリン・ドイツ・オペラやライン・ドイツ・オペラ(デュッセルドルフ&デュースブルク)も開いたようなので、この作業、忙しくなるようです。こうやって情報収集してはいるのですが、かなりの部分、ヴァーチャルの気分です。本気で行けるとは、そうは思ってないということです。でも、まだ、体力はあるので、行けたら行ける、だから、調べておこう、ダメもとでというところです。


2021年 7月 5日(月)午前 7時 42分

 昨日は日曜日。1週間が、とっても早い。この週末は、慌ただしい内に、どんどんと時間が過ぎる感じ。昨日も、午後にお出かけ予定があったので、せわしない午前中のはずだったところが、最近の日曜日朝の楽しみ、「日曜美術館」を観ることができなかった。NHKプラスでは配信してなかった、なんらの事情で配信できないのでしょう。毎回、テーマが違うので、できるものとできないものがあるということのようです。そのために、せわしないはずのところに、エアポケットができちゃた。おかげで、ジオゲッサーをするところを配信しているYouTube動画を、しっかりと観ることができた。最近のこのゲームには、あまり街中が出なくなってきています。そのため、面白みが、ちょっと減退気味です。そないな日曜日を送りながら、久しぶりに、肩から首に移動しながら、普通を超えた痛みが走っている。変調が出たときの様態と月日をメモにして残しているのですが、11ヶ月ぶりの変調です。昨日の朝までは、右肩の背中側に、痛みのしこりができていた。一昨晩など、掛けてあるタオルを取るのに、空いている手で、使おうという手の肘を上げねばならないほど、動きが落ち、力が入らなくなっていた。それが、朝から下火になっていったかと思うと、替わって、首筋の異様なこり、痛みが出てきています。昨晩などは、寝返りをするのに苦労していた。右に寝返りをうつとき、左腕でマットを掴まないと、うまくできない。首に痛みが走るもので、簡単にできないのです。ベッドから身体を起こすときも、うまく腕を使うと楽に起きることができると、いろいろと考えねばなりません。これ以上、ひどくなると、痛み止めの世話にならないとだめかもしれないなと思い始めています。
 昨日のお出かけ先は上京区総合庁舎、場所は、烏丸今出川西入というところです。同志社大学の西側です、そこで、歴史シンポジウム「応仁の乱後の御所文化 ~上の町(かみのまち)と御所~」がありました。京都市のイベント申込みサイトで見つけたもの。当の上京区では、京都市の掲示板に案内ポスターが出ていたようですから、地域限定イベントのようですが、申込みを受け付けてくれた。しかも、挨拶の中で言われていましたが、申込みが多数だったようで、当選者は1割の高競争率だったとか。めっちゃ運の強い自分にびっくり。こないなところで、運の強さを発揮して、もっと大事なところで、運が回って来ないのではと思ってしまいました。そのプログラムは、次のようなものでした。①基調講演「遺跡からたどる御所文化」(山本雅和/京都市考古資料館館長)②対談「応仁の乱後の御所文化」(冷泉貴実子/冷泉家時雨亭文庫常務理事、山科言親/衣紋道山科流30代家元後嗣、コーディネーター/山本雅和)。挨拶に市長が立ち、席には、上京区選出と思われる府議&市議が並ぶイベント。元お公家さんの後嗣が来られると、こうもなるかと、完全に場違いかと思ってしまったのですが、内容は、とってもおもしろいもの。①では、最近、聴いたばかりの内裏の位置の変遷から。東洞院土御門内裏が現在残る内裏の基、でも、当初は、現御所の1/4ほどの広さだったとか。これは初耳。秀吉や徳川の後ろ盾で拡張されていき、今の広さになったそうです。その頃にあった公家の邸宅跡も教えていただけました。近衛家は現同志社大学新町校舎、飛鳥井家は現白峯神宮、二条家は現国際漫画ミュージアムだそうです。秀吉の時代になると、聚楽第&御土居が造られるので、それに伴い、公家町が形成される。散らばっていた公家屋敷を御所周辺に固めたというわけです。寺町ができたのも、この時期だそうで、寺町の東側に御土居があり、その外側が河原町、即ち、鴨川の川原だったとか。この話しを聴くと、急に、当時の面影が浮かんできた、イメージを作りやすい言い方ですね。この頃の御所、公家屋敷の配置図は、江戸時代の図で残っている。それは印刷して配布までしていただけました。その変化をきたす、大きな要素は火災だったようです。御所も焼け、公家屋敷も焼けた。あとの対談で、冷泉さんが言われていました、「天明の大火はダメだった」「でも、土蔵は残った、中の文書が残った」「宝永の大火は、今出川通で止まった」。そういったことを繰り返して、今日の御所や冷泉家の姿があるのですね。明治に入り、東京奠都、公家の東京移住、都市整備で、公家屋敷が消えていきます。その遺構を、考古学的に示すというのが、この講演の白眉だったはずなのに、ここで居眠り。いつも、一番いいところで居眠りが発生してしまいます。仙洞御所などできるところがありますから、貴重なお話だったはずですが、ダメだった! ②がおもしろかった。会場から徒歩5分のところにある冷泉家、そして、かつてはお隣さんであった山科家のお二人の話が、今まで聴いたことのないお公家さんの実相を知ることができました。山科家自体を知らなかったのですが、衣紋道のエキスパート、そうです、冷泉家が歌道の家であるように、各公家は、官僚として仕えるとともに、それぞれ、その道のエキスパートとして、天皇に仕えていたのです。天皇を中心として、様々な技量の磨き上げが行われた、これが御所の文化、ひいては、日本の文化を大きく牽引して行ったということですね。冷泉さんは、西陣織を例に出されていました。御所に献納する衣裳製作技量の磨き上げが、とんでもな文化を生む、それと同じだというわけです。そのお話が、今回のテーマに関わることだったわけですが、それ以外にも、耳がダンボになる情報が多数。応仁の乱後、お公家さんたちは、京都に住めないと、地方に下っているそうです。冷泉家は、能登の七尾や駿府へ。駿府では今川氏の元で、歌道の伝授をしていたそうです。地方大名の憧れ、それに応えるという形で、身を寄せるというのが、公家の姿だったようですね。で、公家町の成立で京都に戻るということになるようです。山科家は、衣紋道だけではなく、天皇の食事にも関わっていたようで、なかなか下向が叶わなかったようです。でも、荘園も減り、困って行き下向を考えたようだと言っておられました。公家町の形成時に、冷泉家と山科家は隣同士に。3回、両家の間には婚姻が成立しているようで、お隣同士で縁戚の間柄でもある両家でした。冷泉さんは、おあばちゃん貴族、山科さんは、エリート社員風おぼっちゃん貴族という、なかなか、お二人の取り合わせが良く、聴いていて、おもしろかったなぁ! それだけではなく、きっちりと、ご自分たちの家系を対象化され、フラットに探求しようという目を持ってられることに、とっても好感を持ってしまいました。もともっと、お話、聴いてみたいですね。
 昨日は、このイベントの往復をウォーキングに替えました。往きは、さほど時間を充てることができなかったので、帰りに重点をおくものに。そのため、一挙に、普段の1回分以上のウォーキングとなると、家に帰り着くと、疲労が出ます。それだけではなく、熟睡ができますね。でも、朝、起きると腰に負担を感じてしまっています。これ、やばいよね、肩や首から腰に回らないか、ヒヤヒヤものでもあります。ちょっとひどい肩こりではない痛みなものですから、以前に起こったこと、またぞろ思い出してしまうものですから。


2021年 7月 4日(日)午前 7時 2分

 怒涛の週末、今日はお出かけの日。キャンパスプラザ京都で行われた、市民向け公開講演会を聴きに行く日でした。毎年、こちらを会場に開かれている「大学コンソーシアム京都大学リレー講座」というイベントがあるのですが、これは、京都にある大学が集団で、各1回ずつを受け持ち、公開講演会を行うというもの。昨日は、その内の平安女学院の担当。同大学国際観光学部准教授の古関喜之さんの講演で、「台湾バナナと日本-繁栄したバナナ産業の記憶-」というお題でした。テーマが「台湾バナナ」という点が、個人的にはインパクトがあり、他にも、講演会などがあったのですが、ファーストチョイスは、この講演会で揺らぐところはありませんでした。現在、日本で消費されているバナナは、台湾産はレアで、主としてフィリピン産だという確認から入られ、でも、その現況からすると齟齬をきたす「台湾バナナ」の記憶。確かに、黄紺にも、それがある。それが、講師の方によると、「絶滅危惧種」とまで形容されるほど、日本では見かける機会が少なくなっています。講師の方など、店先で「台湾産」と書かれているだけで、即、購入すると言っておられました。黄紺は、ほとんどバナナを食しません。それは、岩波新書で出された「バナナと日本人」を読んでから、バナナに貼られているブランド名を見て、フィリピン産だと判ると買わなくなったからです。この話しも、講演後のQ&Aで、講師の方は触れておられました。そないなこともあり、このテーマには関心大だったのです。現在の世界で、バナナの生産、輸出で名のある国で、バナナの商品化が進んだ原因は2つ、植民地化の中で生まれたケースと、多国籍アグリビジネスとして台頭したケースだと言いますが、台湾の場合は前者、フィリピンが後者となります。というとで、日本統治下で、商業的バナナ生産が出発点となります。集集を中心とした中部地域から南部での生産へと移って行ったようです。それは、バナナの積出港が、基隆と高雄の2港体制が、高雄1港体制への変換が関係あるようです。それが、主としてフィリピン産に凌駕がされていく、多国籍アグリビジネスの進出と関連していきます。1970年代半ばのことです。店頭に「デルモンテ」「ドール」「チキータ」というラベルの付いたバナナが並ぶようになるわけです。一方の台湾バナナは、伝統的に個人経営、流通にも中に入る業者が多く、価格では、フィリピンものに太刀打ちできないのです。多国籍アグリビジネスの生産・流通過程を、「砂時計型のフードシステム」と言われ、多国籍企業が関わる流通過程を少数のものが担っているため、価格を消費者レヴェルで押さえ、その負担を生産者に強いるという形になっているので、価格競争に勝てるという仕掛けと言われていました。それで、日本ではお馴染みだった台湾バナナが消えていくことになっているというわけです。でも、台湾でのバナナ生産は生きています。安定した国内需要があるからでしょう。そして、日本向け輸出を考え、新たな取り組みも行われているということで、その紹介もありました。輸出の自由化が進み、複雑だった流通過程を整理していっていること、また、これは消えてしまった台湾の砂糖農場をバナナ生産農場に充て、規模を大きくした生産を開始していることで、弱点の克服を図っているのだそうです。元来、「台湾バナナ」というブランドが日本にはあり、且つ、亜熱帯産のため、熱帯産よりは時間がかかる生産が甘い味で、しかも、日本との距離が近いことから、これが利点で、美味しさが増すといいます。確かに、「台湾産」というラベルの貼ったバナナを店頭で、まだ見かけるときがあるのは、こういった形で生き残ろうとしている姿なのでしょう。期待通りのお話、いいものチョイスでした。
 この講演会の往復を、昨日はウォーキングに充てました。特に帰りは、京都みなみ会館からの帰りに、プラス10分程で行けるじゃないかということで、キャンパスプラザから歩いて帰ることにしました。懐かしい、市電の道を使うのが最短と、ググってみると出たので、それを採用。でも、うるさい。その道すがら、マートに寄ることも考えていたので、なかなか、うるさい道から逃げられず、ようやく離れることができたときはホッとできました。夕方、帰宅した時間は、まだ早かったけれど、夜のTVのために、ウォーキングは、普段の8割程度で、昨日は締めとしました。でも、1回のウォーキングで歩いた距離は長めなので、わりかし疲労感は残るというものでした。
 で、TVというのは「ブラタモリ」。前回に続く江戸城編、今回は、外堀に船を浮かべて、ぶらつかない「ブラタモリ」でした。御茶ノ水界隈が、1つのテーマ。初期の「ブラタモリ」で出て来た台地を切り裂くネタを、堀から実感するというもの。あの丸ノ内線が、一瞬地上に現れるポイントです。東京医科歯科大の前の橋から堀を見ると、確かに深いですものね、そのわけがネタです。それと、「御茶ノ水」の語源、これは知らなかった、タモリの蘊蓄が炸裂してました。そして、取っておきは、明治になって造られた水路を使い、堀からだけしか見えない江戸城の石垣跡へ。加賀藩が造ったという証拠となる石垣への刻印。これ、「金沢編」でやってたそうです。完全に忘れてました。で、あの石垣があるところって、どこなのかな? 今のどこかを言いませんでした。わざとそうしたのかもしれません。さほど、外堀ツアーは多くはなかったけれど、貴重なもの、貴重な視点でのロケだったんじゃないかな。ポイントが少なめだったこともあり、過去映像がわりかし入り、桑子なんか、2回も登場してたしと、なかなか編集の苦労も見えて来た新作でした。この「ブラタモリ」、昨日は30分遅れの開始でした。熱海の土石流報道で、7時のニュースが延びたからでした。ずっとNHKプラスをつけっぱなしをしていたら始まりホッとしました。でも、あの土石流、凄まじかったから仕方ありません。黄紺は、ヒュリエット紙のウエブサイトで映像が流されていて知り、びっくりしました。自分の住んでる日本のニュースは、こまめに観なければならないな、これは自戒です。


2021年 7月 3日(土)午前 7時 42分

 怒涛の週末が、一昨日から始まっていますが、その2日目。昨日は、お出かけなしで、オンライン配信でシンポジウムに参加する日。でも、これが、午後3時開始で、3時間の長丁場。午後6時だと、夕方のウォーキングがままならない。だからと言って、昼前のウォーキングを拡張する元気もなしで、夕方のウォーキングは、ミニにすることに。でも、昨日は、常に雨が気になる、いや、実際に降った、ニュースを見ると、各地で大雨みたい。その端っこにいるようで、常に雨が気になるお天気。傘を持ってのウォーキングだったけれど、ほぼ雨には遭わない運の強さ。従って、昼前は、通常のウォーキング、休憩がてらの読書もたっぷりめ。ここまでは、のんびりとした半日。でも、長丁場となると、気合が要る。そないなことを言いながら、十二分に満足できるシンポジウムでもあったので、こちょこちょ言うことは論外。で、そのシンポジウムは、この間、3週間、オンライン配信を受けていた「同志社大学人文科学研究所連続講座2021 “〈性の管理〉の近現代史―日本・ヨーロッパ・アメリカ―”」の3回目としてのシンポジウムでした。まず、3本の講演、そして、その講演者と、前2回で講演をされた林葉子(同志社大学人文科学研究所助教)さんが司会をされたシンポジウムへと移りました。講演は、①内藤葉子(大阪府立大学人間社会システム科学研究科准教授)さんの「性と権力― 帝政期ドイツにおける性の〈世俗化〉を背景に」②橋本信子(同志社大学法学部嘱託講師)さんの「世紀転換期の中欧― ウィーンとプラハに見る〈性の管理〉」③秋林こずえ(同志社大学グローバル・スタディーズ研究科教授)さんの「米軍駐留と〈性の管理〉― 在韓米軍「基地村」女性の経験」というものでした。①では、19世紀後半の、市民社会が確立していくなかの「性の管理」というか、逆ですね、「性の管理」をテーマにして、19世紀後半特有の文化、社会が出来上がっていった姿をレポートしていただけたと言えばいいかな。市民社会確立と同義で、「再宗教化」という語句を使われていましたが、こういったタームは、黄紺的には、言わんとすることは解るのですが、初見。キリスト教道徳の確認のもと、新たな市民社会が成立していくということですね。ドイツは、刑法典で、売春を管理下に置き、風紀警察により監視させた。即ち、厳しい規制に従う限り合法とされたというわけです。が、実際は、密娼が、かなり数では上回ったとか。酒場やダンスサロンなどの女給という人がそれである。短期的に買春をする人が多かったからということです、ということは、貧困が基にあるということでしょう。仕事があっても、女性の賃金の低さという点も指摘されていましたし、一時的な金欲しさもあったろうということでした。公娼には、管理のポイント、性病検査が行われていたのは、日本と同じです。廃娼運動についても、お話があったのですが、この辺りの幅が、よく理解できませんでした。男性医師によるアプローチでは、科学の知による管理、即ち、医療・衛生の観点からの管理強化も進められたようです。1927年には性病撲滅方が成立、第1次世界大戦からの兵士の帰還が背景にあったとか。でも、廃止は、性産業の氾濫へと移るわけで、国家管理から資本管理に移っただけ。この国家管理から離れるわけを、黄紺は理解できてない。そして、その背後に潜む知を理解できていません。かなり難解、ポイントを掴めない難解さ。うーん、ムズい! ②では、かなり居眠りしているので、更に、うまく把握できていません。新生チェコスロバキア(第1次大戦後)では、公娼制度が廃止されます。二重帝国の伝統を受け継ぎたくないという点もあったのでしょう、更に、ドイツと異なり、宗教が絡まないなかでの廃止です。それを、ヤン・フス弾圧以後、当地では、宗教自体が下火になった伝統を持つと言われていました。ナショナリズムと民主主義が、そうさせたと分析されていました。③が、黄紺的には、とっても目新しいテーマ。韓国にフィールドを求め、駐留米軍の周囲に生まれた「基地村」が、そのテーマになっていました。軍隊と買春、ドイツでも取り上げられていたテーマです。「基地村」女性を米軍「慰安婦」と規定、確かに、性病検査を、米軍が、次いで、韓国保健省が管轄して実施、しかも、そういった女性は登録制。登録した女性は、検査を受け大丈夫だから買いなさいという構図。ニクソン・ドクトリンが出されたあと、米軍引き留め策として、「基地村浄化政策」が行われ、韓国政府は、かなり深く「基地村」政策に嚙んで行っています。1992年、基地村の女性が、米兵に惨殺される事件が契機となり、基地村の女性の/ための運動が高揚していったと言います。それが、2014年に、韓国内基地村米軍「慰安婦」国家賠償請求訴訟へと繋がっていくということになります。現在、第2審までの判決が出ており、上告審の最中だそうです。全体として、ムズかったことは確か。シンポジウムで出てきたことも、うまくまとめられないけれど、その中で、気になったことをメモると、帝国・軍隊との関係が深い、19世紀後半は、鉄道網の発展もあり、人の移動が大きく、ヨーロッパの地域的な格差で生まれる、貧困地域からk女性が集められ人身売買と言った人の移動、また、絵葉書でのイメージの容易い移動が起こった、この人身売買では、ハンブルクに集められ、アルゼンチンに向かうルートが何度か話題に上がっていました、日本からのルートでは、上海、香港経由でシンガポールへ、そこから各地へというルートが、それに対応すると言われていました、現在のアメリカで起こるアジア人ヘイトも、暴力で見ていい対象としてのアジア人女性というイメージの基に、基地村の女性が係っているだろうとの指摘、恐ろしい話です、今の基地村の女性はフィリピン人(フィリピンからの米軍引き上げが背景)、一時、エンタメ・ヴィザで入ってきたロシア人(2000年頃まで、そのヴィザ停止後止まる)、基地村の女性にとって、米兵との結婚が貧困から脱出に繋がるという思いがあっても、兵士のアメリカ社会での位置は低い、また、アメリカに住む韓国人女性でアメリカ人と結婚している場合、基地村の女性と看られる、日本の慰安婦問題に取り組んだ成果として基地村の女性の問題が浮かび上がってきた、ドイツ刑法は男性同性愛も罪になっていたが、科学の進展で性愛などの分類が進んでいっていた、大戦間、でも、ナチスが全てを破壊してしまったなどなど。
 結構、時間の制約のあった日でしたが、「世界ふしぎ発見!」のウズベキスタン編を観ることもできた日でした。もちろん、YouTubeのお世話になっています。クイズが3問ですから、また、黒柳さんの風貌からして、そんなに前のものではありません。そのため、構成が、少し目新しいのが特徴。サマルカンドの歴史地区や伝統工芸といった定番は1/3、残りは、日本語の堪能な副首相の案内でスルハンダリヤ州へ。そこで、野生のポピーを見せたり、そして、眼目の日本との関りへと移っていきました。シベリア抑留者が、このウズベキスタンに移され労働を強いられた跡の紹介となりました。草野さんの父親はカザフスタン抑留者だそうです。更に、リシタンという陶器の町に行き、そこにある日本語学校の紹介というもの。ちょっと不思議なウズベキスタンの紹介でした。いいものアップしているなと思ったら、そのYouTuber氏、ウズベキスタン人でした。


2021年 7月 1日(木)午後 11時 12分

 今週も、これから週末にかけて、お出かけを中心に予定が詰まっている。この時期になり、有難い反面、時間の制約ができてくるので、そういった意味では憂鬱と、勝手な話である。今朝のトルコのコロナ情報収集は、なかなかヘビーなものだったけれど、うまくさばけて、いつもより、ちょっと早めのウォーキングに出かけることができた。タイムリミットとしてセットしていた、正に、そういった時間に帰宅。早めの昼ご飯を食べて、午後からのお出かけに備えました。そのお出かけ先は、文化パルク城陽のプラネタリウム。今日は、そのスペースを使い、「城陽で喬介」という落語会がありました。貴重な、生落語を聴ける機会です。しかも、それが笑福亭喬介というのが嬉しい。落語会開演前10分間、プラネタリウム解説が入るというおまけも付いている。これにはまっているところがあり、なんとかして、Dを連れて行ってやりたいと、ここに行くたびに思ってしまっています。落語会は、喬介1人で3席、そのラインアップは、「寄合酒」「つる」「へっつい幽霊」。まず、マクラで話題のお弟子さんネタを、しっかりとしてくれました。ネット上では、喬介自身が流してない、また、他の人もほぼ流してないようなので、近況は初耳のことばっかり。でも、名前を付けました。「笑福亭喬明」だそうです。「明」という字が、噺家の名前として使われていない、それと、自分もそうだが、本名の一部を使えるからというのが、その決定に至ったわけとか。喬明の本名は「萌」、確かに、「明」が入っている。しかも、父親の名に「明」が入っているそうですが、それは命名後、知ったとか。さすが、喬介の「介」は、女性噺家には使いにくいので、「喬」をもらったようですね。しかし、こないなお堅い名を付けるとは、思ってもみなかったなぁ。今日も、その喬明が、中入り時に座布団返しに現れましたが、およそ落語との縁を感じさせない風貌。どんなキャラなのか、そのため期待が高まりますね。二葉のような個性満開のキャラだといいのですが。「寄合酒」は、若手グランプリ用の短いヴァージョン。10分ほどにまとめたようです。喬介は、あと1回、出場機会はあると、どこかで書いていた。弟子がいるというのに、コンペというのは変ですが、年数で切ると、こうなるのですね。雀太もそうだった。次の「つる」もそうだったけれど、何か、デフォルメが過剰過ぎるという印象を持ってしまいました。元々、喬介落語って、デフォルメ満載なんだけど、まだいけるという枠を飛び越えちゃったという印象。喬介は、ツギハギ荘の会でもそうだけど、いろいろと試してみるところがあります。それだけ、自在な描き方ができる度量の持ち主というところなので、今日の喬介が常態とは思えず、城陽の客には、この馬力がいいと考えての口演なんだろうと思います。それが、黄紺の口に合わなかったということなのでしょう。「へっつい幽霊」は、ネタが大きいので、そういった自在の変化は止めて、黄紺の知る喬介という印象。特に作ボンがいいですね。作ボンがいいから、熊五郎も引き立つという感じ。全体としては、それまでの2席と異なり、抑制したお喋り、そこへ、師匠伝来の凹凸が付いたしっかりした抑揚が入る、これは気に入りました。実は、黄紺的には、喬介の「へっつい幽霊」は初もの。それに、いきなりいいものに出逢えました。
 文化パルク城陽からの帰りは、ウォーキングを考え、自宅最寄り駅の1つ手前駅で降りて、買い物がてらの迂回コ-ス。この帰り道で雨に遭うかと思い、場合に寄れば、そのウォーキングを兼ねてということはできないかもと思っていたのですが、全くの杞憂となりました。むしろ、往きの途中に想定外の雨に遭ったくらいで、帰り道は、完全にセーフでした。それにつけても、雨を、始終、気にしてなければなりません。週間天気予報を見ると、この1週間は、連日、傘マークが付いていた。これは、びっくりしたけれど、梅雨は、簡単には終わらないようです。おかげで、朝晩が涼しくて。今夜などは、上に長袖を羽織っています。それはそれで有難いけれど、雨はやだなぁ。さて、明日はいかがでしょうか?


2021年 7月 1日(木)午前 0時 29分

 なんか、久しぶりと言える、何にもなかった一日。だから、ルーティンにしているウォーキングを、日に2回、外出は、それだけという日。そんなの、毎日書いてたはず。そういった日々と変わらないんだけど、ちょっと、お出かけが続いたため、そう思ってしまってます。しかも、今日は、明日からの緩和実施直前だということで、トルコのコロナ情報収集に手間どった。朝も、夕方も。だから、それほど、楽々に時間が過ぎて行ったわけではなかった。やっぱ、デルタ型の力量は半端じゃなさそうですね。データで示されるよりは、トルコの動きを見ていると、それが、差し迫った急なる課題だと判るところが、ある意味では怖い。ワクチン接種で急を告げるかのように、対象者を拡大していったり、接種場所の拡大にも取り組んだ。イスタンブルやアンカラのオトガルで、接種してんだって! 構内放送が入ると、人が集まって来るって、レポートされてます。その場で、手続きもでき~ので、迂闊に予約に四苦八苦するよりかは、楽に接種を受けられるみたい。AVMでも、やってるみたい。本気度が違うと思う前に、それだけスタッフを確保できるんだと思ってしまう。スタッフ確保で困ってるという話は出てきていない。ま、インフルエンザのワクチン接種が、エジザーネでできるらしいので、そういったことを考えれば、大丈夫なのかなと思ってしまう。1つには、ワクチンの確保ができてるというのが大きいのでしょう。中国製ワクチンの話題が、どんどんと減っていっている。中国あるある話とはいえ、あれはあかん。契約を結びながら、供給をしないって、何か、背後にあると考えてしまう。治験にも協力しておきながら、この仕打ち。トルコは、全面的に緩和するみたい。サッカーの試合にも観客を入れるみたいだし、勝算ありと看ているようですね。あと3週間ほどすると、クルバン・バイラムなんだけど、その前に、全面緩和ってと思ってしまってます。
 午後の一時は、まずは、ドイツの歌劇場探索。先日までやっていながら、暫し、中断していました。今頃なら、もう、どこもかしこも、新シーズンの公演予定がアップされている時期なんだけど、それが、コロナ禍だからでしょう、遅れてるので、手を着けだしながら、あっさりと頓座しておったのですが、先日、シュトゥットガルト州立歌劇場からのメールで、アップしましたということが伝えられたことがあり、アクセスすると、確かに、そうなっていたので、早速、拾い出し作業。一通り眺めてみると、この歌劇場の売りとなっているプロダクション+売れそうな作品、それが並んでいるという特徴を感じました。ここまで、この作業の完了している歌劇場では、どうも客入りの大きなものが並ぶ傾向。シュトゥットガルトでも、そうでした。このときとばかりに、売れ筋を並べているといった風情。ドイツは、それを気にしないで、進歩的な試みが多いのだけれど、コロナ禍のなか、致し方ありません。
 午後の一時、もう1つは、またまた「アグリッピーナ」を観ることに。そして、また、同じことの繰り返し。いい音楽だなぁに続いて、居眠り。なんか、1回目で観たところで起きていて、居眠りをしたところで、また、居眠りをしたみたい。なんじゃ、それって、ところです。もう、いいかな。これだけ、心地よく、ヘンデルの音楽を堪能できたのだから。ぼちぼち、次の作品に移ってもいいかなと思っています。


2021年 6月 30日(水)午前 6時 41分

 昨日は、ちょっとしたことのあった日。朝から、胃カメラ検査を受けました。毎年、この時期に受けているものということで、一昨日、予約の電話を入れたところ、「明日は?」と尋ねられ、それに応えたもの。数日前に予約が決まり、検査当日まで、嫌な思いをすることを考えれば、直前に決まった方が、嫌な時間が少なくて済みます。だから、即決でした。黄紺の掛かりつけの医院では、前日の午後6時までに夕食を終えておけというのですが、端から聞く気のない黄紺は、一昨日の午後8時半頃まで食べてました。毎年のことなので、問題は、今回も起こらずで正解。医者の説明によると、ワクチン接種に来る人が多くて、胃カメラ検査は、日に1人にしているとか。それだけ、ワクチン受けたい受けたい人がいるのですね。その一方で、各国政府が頭を抱える、若年層のワクチン忌避。昨夜の「クローズアップ現代」でも取り上げていました。「自分で正確な情報を掴んで、自分で判断して」が、この番組のメッセージでしたが、それを言われると、一番困るのが若年層。自分での判断回避が、SNSなんかに頼る。それを見透かしたかのように、ネット上ではフェイク情報が踊っている。そういった連中を作った来ていながら、でもないことを呼びかける社会に憤りが出てきます。ワクチン差別にも、「クローズアップ現代」は触れていました。ヨーロッパの動向もレポートされていましたが、具体的な手を打ち、それが実践されているところと、そうじゃないどこかの国との彼我の違いは大きすぎます。受けたい人はアメリカまで行って接種している、こういったファナティックな御仁がいるかと思うと、自分での判断をできないでいる人がいる。それをおもしろがって、フェイクを流すアホがいる。アホな社会です。で、胃カメラですが、順調に検査は進行。珍しく、最後のカメラを抜くところで苦しみました。カメラが入るときにすら苦しまなかったのに。結果は、特段、何もなしで終わって、ま、良かったかなというところです。
 午後の一時は、家事に勤しんだあと、ネット上の動画のお世話になった。ボン歌劇場の「アグリッピーナ」を観ました。2巡目の2回目です。今まで気になってながら書いてこなかったこと、それは、クラウディウス帝役の歌手の衣裳、メイク、鬘など、何をとってもトランプ元大統領に模してあること。であったとしても、何よりも、ヘンデルの音楽が心地よい。それが災いしたようで、この2回目の視聴でも、居眠り発生。「いい音楽だなぁ」、そこへ、リズムが単調なのが、眠りを誘います。配信期間は、もう少しあるようなので、また、観ることにします。
 2つ目は、観かけて観なかった、YouTubeに残る「世界ふしぎ発見!」の「幻の1000年帝国 ビサンチン(東ローマ/ビザンツ帝国)」(1989/10/21)。YouTuber氏、VTRで撮ってあったものを、CMカットの編集してデジタル化、それをアップしてくれてる。感謝の気持ちが湧きますね。おまけに、エンディング曲が、規律違反でチェックが入ったようで、その音楽もカットしています。そんなで観ることができたビザンツ物語、ふんだんに、イスタンブルが出てきました。冒頭に、サン・ヨルゴ聖堂、即ち、ギリシア正教コンスタンティノープル大主教教会が出て来たのに、びっくり。黄紺も、1回、行ったことがあるけれど、あっさりと見学できたので、撮影もできたのでしょう。でも、TVで出たことって、思い出せないなぁ。城壁、ボスポラス海峡、イエレバタン・サライ、アヤ・ソフィアといった、定番のイスタンブルの風景が並ぶ。イエレバタン・サライに関しては、「昨年、公開」と言ってました。ガラタ橋もちらりと映ったけれど、旧のもの、その傍らのイエニ・ジャーミーやムスル・チャルシュ、懐かしい! ベリーダンスが映ったかと思うと、テオドラ妃ネタから、ユスティニアヌス帝へ。こないだの高校構座でも言ってた、青組対緑組の対立話となると、ヒッポドローム、そのシーンは、エキストラを使って、再現までしてた。メフテルが出て来たかと思うと、滅亡。オスマントルコとの戦いのエピソードはなしで、替わりに、その後、トラブゾンに逃れたということで、な、な、なんと、スメラ修道院が画面に!! これも、珍しいんじゃないかな、TV画面に出るのって。「世界ふしぎ発見!」が、まだ、4問時代のもの、確かに、現行の3問制に比べると、クイズ中心って感じで、テーマに沿った映像の進行が慌ただしい。トルコが舞台だからかもしれないけれど、「もっと見せて」って言葉が出てきますね。野々村真が、まだ、セミレギュラーのような位置にいた頃だそうです。30年以上前の映像、でも、歴史が素材だから、いつ観てもOKだから、すっかり楽しんでいました。レポーター氏、ムスル・チャルシュでのロケで、店の人に「Bu ne?」って、トルコ語で聞いてました。偉い!


2021年 6月 29日(火)午前 6時 24分

 4日連続でのお出かけ最終日は、映画を観る日。それに先立ち、昼前のウォーキングは、休憩なしで実施。そのカットで、映画に間に合うとの判断。ただ、トルコのコロナ情報収集が薄かったため、迂闊にYouTubeで動画を観てしまったために、そうなってしまった。でなければ、通常通りの昼前ウォーキングを行えたはず。その動画というのが、偶然見つけたもの。YouTubeにアップされている「世界ふしぎ発見!」の中に、ビザンツを取り上げたものがあったはずと、そのチャンネルを開けてみると、お目当ての動画の概要欄に、NHKの高校講座で取り上げたビザンツ関係の番組の動画のURLが貼り付けてあった。同じ、ビザンツ関係を観るなら、お勉強をしてから観ると、理解が進むと、そちらを観てしまったのです。NHK教育TV「歴史でみる世界」(1990年頃放映)という番組で、高校生相手の番組でしたが、これって、高校生には難かろうという内容でしたが、黄紺的には、イスタンブルの姿を観れたということで、満足させてもらえました。学習院大教授の堀越孝一さんが講師を務めるものでした。ギボン「ローマ帝国衰亡史」からの引用を散りばめながらの進行。ギボンの史書は、1453年のビザンツ滅亡まで続いているそうですから、こういったときには便利なアイテムです。ビザンツ史というもの、6世紀のユスティニアヌス帝の時期までは、折に触れ接することのできるもの。でも、その後が難解になっていきます。ただ、馴染みがないことが大きな原因なのでしょう。セラスリウス朝、マケドニア朝と聴いても、よく解らないというのが正直なところ。ブルガール人の進出、ロシアの教化も、そうなんだろうとは思えても、内実が伴わないものだから、聴くだけの状態でした。そういったなか、目新しい情報をメモっておきます。①セプティミウス・セウェールス帝による破壊されたことがある②でも、再建を許可、それが、コンスタンティノープルの原型③競馬に熱狂する市民、そこからニカの反乱を誘発③ハギアソフィアは、4世紀にバシリカ式教会があったが、ニカの反乱で焼失、その後の再建④ハギアソフィアが円蓋式、、、なのは、アルメニアに起源があること。このメモだけでも、高校生には難しかろうとなります。
 午後は映画でした。京都シネマで、韓国映画「王の願い ハングルの始まり」を観てまいりました。この1年で、世宗ものが2本、公開されたことになります。但し、黄紺は、「世宗大王」の方は観ていませんが、今回の方は、主演がソン・ガンホということでチョイス。世宗の業績のなかで、ハングルに特化した映画。歴史エンターテイメントを標榜するためか、対立の構図を解りやすくするためか、仏教僧が、ハングル作成に寄与したというものになっています。史実が気になったので、ウィキペディアで調べると、そないなことは出て来ない。世宗のハングル作成に、臣下の間で異論があったことを表すための手のように思います。儒教の国、事大主義を採り、中国の動向を気にしなければならない、そういった環境のなか、対立軸を明確にするため、仏教僧が選ばれたのでしょうか。海印寺の僧シンミ登場の場面は、何と、韓国の誇る世界遺産、海印寺の木版大蔵経を収蔵する倉庫の中、これはびっくりした。映画で、初めて使用されたそうです。また、シンミを後方から応援し、世宗のハングル作成を支持する昭憲王后という構図で、ストーリーは展開していきます。そういった中で、世宗絡みのネタは、他には放り込まれず、個人的な病が、ハングル作成の苦悩に絡めて入れられる、とっても地味な展開。冒頭、日本からの僧侶の集団が、大蔵経木版の原板を求めにやって来る場面があります。「儒教の国になったので要らないはず」との申し出、それを一喝するシンミという場面です。日本の僧侶による強硬な申し入れが続いたもので、このトピックが、ハングル作成に関係があるのかと思うと、どうやら、シンミの品格の高さを示すためのトピックだったようで、これでも判るように、エピソード作りに苦労したのじゃないかな、かなり、世宗の動きを限定的にしたものだから。ハングル作成の苦労エピソードが、結構、文法面で難解なネタも入っていました。音声区分のターム、それに伴うハングル表記といったもので、普段、聞かないタームが並ぶものだから、かなり難解。パスパ文字の援用というエピソードも入っていました。でもこれらは、ハングル作成には欠かせないというこだわりだったのか、ハングル作成のエピソード挿入に苦しんだ跡なのか、どちらとも取れそうです。そんなだから、地味な映画です。「諺文」と名付けられたわけも語られていました。シンミは、ずっと諺文というタームを使っているように字幕は出てました。世宗は、もちろんソン・ガンホ、シンミ役がパク・ヘイル、この人、「グエムル-漢江の怪物-」で、ソン・ガンホと共演していたのですね。全然、覚えてなかった。昭憲王后が、亡くなったチョン・ミソン。映画の公式サイトを見ると、「海印寺蔵経板殿」だけではなく、「浮石寺無量寿殿」もロケに使われていたようです。「鳳停寺」も。「浮石寺」は行ってんだけど、全く気付かなかった。それよか、仏国寺が使われたのじゃないかと思っていたのですが、それは、公式サイトには出てませんでした。


2021年 6月 28日(月)午前 6時 25分

 日曜日です。お出かけを控える日曜日はせわしない。でも、昨日も、朝方のトルコのコロナ情報収集が、データを収集したくらいで、報道機関の扱う記事が激減状態。ここで余裕ができたので、時間に追いかけられることはなしで済みました。ゆっくり気分で、日曜日の朝の「日曜美術館」を、NHKプラスを利用して楽しむことができた。「三島喜美代 命がけで遊ぶ」が、昨日のお題。三島喜美代、初めて聞く名でしたが、予告映像を観て、期待感満々で臨むことになりました。現代美術はおもしろい、それを絵に描いたような存在。88歳の婆さんが作る作品が、凄い。瀬戸内の直島、巨大なゴミ箱のオブジェに驚き、ゴミの精巧さに、新聞紙の精巧さ、しかも、焼き物だ。現代の情報過多、飽食やゴミがテーマというところは、判りやすい。そして、その使う手が、めっちゃおもしろい。十三のアトリエでの制作現場を見せてもらえた。件の新聞の実物かと思える焼き物の制作過程を見せてもらえた。新聞を粘土に転写する方法、それを、くしゃくしゃに見える方法、直に、それを見せてもらえた。オリジナルなものだそうだ。陶器の新聞紙を積み上げた迷路、ドラム缶から、新聞紙がこぼれ出す、その傍らには、ドラム缶の中に、30年間放置されていた小さな缶が詰まっている、時間をかけて制作されたゴミと、本当のゴミが並置される作品、1万個以上のレンガに、新聞記事が焼き付けてある、そのレンガが、床に並べられてある、どれを見てもおもしろい。本人曰く、「ただおもろいから」。アイデアが頭につまり、また、何かを見ては、余人には思いつかない閃きを持つ、おもしろい作家を教えてもらえました。画面で紹介された作品名の一部をメモっておきます。「作品ーR」「変貌Ⅲ」「Package」「バナナ寿司」「作品 92-N」「もうひつつの再生 2005」「作品21-A」。
 午後のお出かけまでには、余裕があったこともあり、「アグリッピーナ」の観返しも、少しする時間があった。確かに、居眠りをしてしまってたところなど、結構な長いスパンで居眠りをしていることが判ったということは、新たな発見も目にしたってこと。このボン歌劇場のプロダクション、よくできている。オケとの連携、レシタティーヴォでは、通奏低音のハープシコードまで、演出家の手が行き届いている。バロック・オペラは、判りやすいリズムが使われることもあり、それに合わせて、音楽との連携が取りやすいのか、はたまた観映えのする場面を造りやすいのか、想像以上に、細かな指示が入っていると思いました。これは、触りだけでは止められない気分です。当分は、この「アグリッピーナ」を追いかけます。と言っても、配信期間があるので、急がねばなりません
 午後のお出かけ先は向日市文化資料館、「古代衣裳公開研修」と銘打たれた講演会、お題は、「正倉院宝物衣裳から長岡京期の衣裳を考察する」。お話をされたのは、古代衣裳研究家の山口千代子さん。この方も、来年80歳になるという婆さん。昨日は、元気な婆さん2人に出逢ったことになります。古代衣裳の再現に取り組み、この向日市でも、この資料館だけではなく、長岡京をテーマにしたイベントでの衣裳をも担当されている山口さんの講演でした。この筋では、全国に名が響く達人のようです。モデルは、正倉院収蔵物。でも、制作したものに、「正倉院」と付けることを、長く正倉院自体が許してこなかったそうですが、最近、軟化。この講演会でも銘打つことができました。実際に復元された衣裳を会場に持ち込み、それを、山口さんの指導の下、その復元に携われた方たちが、それらを披露されながらのお話。庶民は麻、貴族のそれは絹だそうです。ズボンとなった騎馬民族との関係のお話、袖も、その関連で、お話があったのですが、音響環境は整っていたのですが、興が乗ると、手持ちマイクがずれるものだから、聴き取りにくい。運悪く、気になる袖のところが、その聴こえないところだった。筒袖にはなってなかったのが、目で判るので、聴きたかったのですが、、、。それ以後、実際、衣裳を示しながらのお話になったのですが、その聴き取りにくいことが続いている内に、居眠りが出てしまい、せっかくの講演が無残なことになってしまいました。覚醒してから、つまみ食い的に聴いていると、「洋裁」「和裁」の知識がないと理解できないようなところがありました。反物の常識、着物制作の常識も判っていると、それとは違うことが明確になり、より一層、古代衣裳の理解が進んだようでしたが、とにかく居眠りで、全部がおじゃんという講演会になってしまった。せっかくの機会を失してしまいました。
 天気が怪しかったので、傘を持って出て、正解でした。まさか、往きに雨に遭うとは思ってなかったけれど、早々に役立つことに。雨が降り急いだかのように、帰りには、もう止んでいました。おかげで、帰りは、ウォーキング替わりに、歩いて帰ることに。半年は歩いてなかった道筋、短い往きの道で迷ったのに反し、帰りの道は覚えていました。が、毎回、迷っていたところ、ホント、決まって、同じ箇所で迷っていたのは覚えていたので、そこだけは、スマホでググってみて、正解。無事に完走。さすが、距離が長い。腰への負担が大きかったこと、椅子に腰かけ、ほっこりしていると、しっかりと感じることとなりました。


2021年 6月 26日(土)午後 10時 53分

 1週間が経つのが、早い。もう、週末、土曜日です。最近、トルコでは、コロナは終わった感が出ているような気にさせる報道具合なものだから、以前のように、コロナ情報収集に、時間を要しない。今日の朝も夕方も、そうだった。そのため、朝方から、時間に余裕が出てしまったものだから、YouTubeのお世話になっちゃいました。最近、あまり観る機会のなかったジオゲッサーの中継をしている無職旅氏のチャンネルにアクセスしたり、YouTubeに残っている「世界ふしぎ発見!」を観たりすることができました。その「世界ふしぎ発見!」は、メテロラを観ることができるというので、「メージング・ギリシャ 天空の修道院と神々が棲む山」(2017.11.18)をチョイス。なかなか観ることのできない修道院に、TVカメラが入った。そこに終始するのかと思ったら、それは、番組の1/3だけ。第2部はオリンポス山、第3部はクレタ島と、めっちゃ、盛りだくさん。そこまでてんこ盛りにしなくてもと思っても、先日視聴したポルトガルもそうだったしと、呆れて諦めるしかなかった。オリンポス山なんて、頂上まで登っているのだから、盛りだくさんどころではない。でも、この3つでは、黄紺的には、圧倒的にメテオラ修道院。修道院は、幾つもあるのですね。奇岩1箇所ではなく、幾つもの奇岩に修道院、中には、上へ上がる道もないなんてのもある、なのに奇岩の上には修道院がある、わけのわからない構造。東方教会らしいと言えば、それだけなんだけど、その分、そそられてしまっています。お宝映像満載でした。
 午後は、2日連続で、京都アスニーに行ってまいりました。今日は、京都市考古資料館文化財講座がありました。お題は「平安時代前中期の庭園を探る」というもので、京都市埋蔵文化財研究所の松吉祐希さんのお話を聴くことができました。平安京右京三条一坊六町、現在のJR二条駅西側にあった藤原良相の邸宅跡の発掘で出て来た庭園跡に残る2つの池の捉え方というのが、今日のテーマ。平安時代と言えば寝殿造り、寝殿造りの要件と言えば池、でも、池が2つというのは珍しい、ということで、今日の問題設定となったということでした。前半は、その平安京右京三条一坊六町の発掘結果の紹介。でも、ここで、居眠り。その構造は、言葉では、レジュメを用意していただいていたので解ることは解るのですが、そうは簡単に解るものではない。でも、画像などを使ったお話をスルーしてしまいました。後半は、発掘で記録の残る、しかも、問題の庭園と、よく似た時期に建設された庭園跡の姿形を点検することで、問題の庭園にあった2つの池の役割を考えようということで、14例の発掘記録の紹介がありました。講演としては、大変な労作です。すると、寝殿造りの池の特徴が浮かび上がってきました。規模が大きい、州浜がある、水深は思いの外浅い。それと、件の2つの池を比較すると、確かに、その1つに当てはまる。だから、1つ目の池は、饗宴に供された公的、人々が集い、楽しむ場という性格が認定できる。となると、もう1つは、、、貯水的意味合いを持つ池、何らの事情で1つ目の池の水が溢れたときの遊水地としての役割に供するために造られてたのだろう、私的目的の池と言われていました。そして、手の込んだことに、2つの池を結ぶ水路も造られ、平時には、2つの池を結ぶ流水をも饗宴の具にしていたと考えられると言われていました。とっても、実証的なお話。最早、一般市民向け公開講演会の域を超えた研究発表という内容でした。それを、居眠りを間に挟むとは、不届き千万です。考古学の発表は、耳慣れない分、とっても新鮮です。
 この京都アスニーへの往復が、今日の主たるウォーキング。帰りは、少しだけ、雨に遭いました。でも、天気予報では、そないな可愛い雨とは思えないものだったので、ラッキーと言えばラッキーだった。夜のトルコのコロナ情報収集も薄めだったので、サッカー情報の押さえともども、「ブラタモリ」前に完了。新作「江戸城」を観ることができました。コロナ禍対応もあるのでしょう、江戸城周辺を周回しながら、江戸城の秘密を探ろうというもの。「ブラタモリ」の最も古い時期に、取り上げられていたテーマも、似たものでしたね。台地を利用した城造りの跡を辿るというのが、大きなテーマ。九段坂が、台地の高低差を表していると、初めて知りました。何度も何度も歩いた道、そんなことの欠片も思わないで歩いていたのでしたね。神田の古書街を歩いて、帰りは、その九段坂を上り、東西線の駅に向かうのが、かつての定番でした。次回は船で巡るとか。お台場とか行くのですかね、でも、前にも行ってるしね、どうするのかな?


2021年 6月 26日(土)午前 7時 30分

 昨日は、せわしない一日。午前中に、京都アスニーに出かけ、終わるとすぐに帰宅。時間がないので、ウォーキングを挟んでの、いつもの京都アスニーからの経路。そして、午後3時から始まるオンライン配信での講演を聴いて、それが終わると家事が待っている。ようやく、午後6時前に一息。あっさりと夕方となっていました。
 午前は、アスニー特別講演会に申込みがしてありました。お題からして満員が予想されるもの、それは、「平安京をよみなおす」というもので、お話をされたのは、同志社女子大学現代社会学部教授・同志社女子大学史料センター長の山田邦和さん。京都アスニーに併設されている京都市平安京創生館に展示されている平安京模型の作成に携われたお一人だそうです。それで、お題が明確になりました。とても幅広いお題ですものね。考古学的に平安京の発掘、再現に取り組まれているのです。となると、平安京の実際の姿、その変化を紹介していただけるものとなりました。序盤は、発掘品から、呪術的な意味合いを見出した平安時代以後、現代に至るまでの発掘品に対する目をお話されたものですから、そっち系のお話かと思ったのですが、本題は、平安京の姿でした。言われてみて、再確認だったのですが、平安京の跡に、今の京都市域がある。だから、部分部分しか発掘できない。しかも、ずっと市街区域だったため、様々な時代のものが埋まっているはずです。それらを振り分けて、時代限定で、しかも全体像を再現するというのは、とってもハードなお仕事。という前説的なお話から、本体は、平安時代を前中後期と3区分、それに、鎌倉時代を加えての4区分での平安京の変化をお話しいただけました。それをメモっておきます。①平安京の右京南部(南西部)は、桂川があったため、造営が進まなかった、氾濫を繰り返すので着手できない②羅城は城壁を意味する、羅城門は、その入口、但し、実際に羅城があったのは南端部だけ、羅城門の脇だけ、ただ、考えられていたよりは長い、洛陽工業高校跡地の調査で羅城跡が出てきたため、想像以上には長い、、、「日本には城壁都市はない」と言われているけれど、こないなことはあったのですね、これは耳がダンボでした③中期以後、東に拡がる、東端が寺町通(京極)、その東は鴨川の氾濫原、だから、そこに生まれた町を「河原町」と言う、後白河の法住寺殿跡の一部が、現三十三間堂④平安京内部には、東寺&西寺のみが寺院、因幡堂、六角堂といった「堂」、即ち「持仏堂」は可だった⑤道長は法成寺、自分のための「寺」を造った、但し、平安京の外、現鴨沂高校の地、その西側に道長の本宅西御門殿(現仙洞御所)があった、その隣に法成寺を造ったことになる⑥後期以後、右京の寂れ方が著しくなる、役所が多かったのだが、役のある貴族が、自宅で執務していったことが大きかった⑦後期以後、北にも拡がる⑧平安末期、大極殿焼失、内裏は残ったが儀式だけ、更に、鎌倉時代に内裏焼失、そのため、天皇の本宅が内裏に、これを閑院内裏(二条城東側)と言う、建武の新政時に二條富小路内裏、室町時代になると土御門内裏、これが発展したのが、現御所。資料には、平安京の実態(また「うんこ」が出てきそうな雰囲気)、出土品といったものが用意されていましたが、時間切れ。大枠は知っていた話、でも、細部は目新しいことがてんこ盛り。とっても楽しませていただけました。
 午後のオンライン配信で聴いた講演は、先週に続いて、同志社大学人文科学研究所連続講座2021 「〈性の管理〉の近現代史―日本・ヨーロッパ・アメリカ―」、その第2回目。前半は、絵葉書に描かれた遊郭、遊女が素材に使われました。海外で、いや、海外での販売を意識した英語のメモ入り、中には、日本語のメモなしのものもあるようです。そのため、日本の公娼制度は、海外でも知られていた。次に、満州での公娼絵葉書、野卑な満州というコンセプトの加わったものとの指摘があったのですが、軽い居眠りをしたのか、しっかりとお話を把握できていません。昨日のお話の重点は、廃娼運動。救世軍などのキリスト教団体が、その中心となったということは、第1回目のお話で指摘されていました。そういった国内の運動と、海外の運動との連携が生まれて来るきっかけが、1911年の吉原大火。これが、海外に伝えられることで、日本の廃娼運動の進展にと、万国廃娼同盟会から使者が派遣されてきたとか。日本側の運動家として、山室軍平や油谷治郎七の名前が上がり、派遣されてきた人物として、モーリス・グレゴリーの名が上がっていました。モーリス・グレゴリーは、篤いクエーカー教徒だったと言います。油谷治郎七が「廓清」誌に、各国の存娼・廃娼事情を著しています。ここで、ようやく、ヨーロッパ各国の実態が話題になったのですが、各国の分類、実態のレポートをしていただけたのですが、黄紺の理解力が足らないのでしょうね、ここがテーマかと楽しみにしていたのですが、わりかし流された感が出てしまい、解らないまんまとなりました。「性の管理」を比較する際の着眼点を上げていただいているのに、どうして、それに従って分類しないんでしょうね。してたのかな、解らないだけだったかも? それとも、この着眼点と言うのは、日本の公娼制度の分類に戻ってたのかもしれません。最後は、公娼制度の時系列的な認知の違い。「モガの時代」になっていくことで、廓が古臭いものになっていくというお話です。でも残るわけですから、余計に「淫靡化」するということかな? ちょっと、話が進むと、やはり難解になっていくのでしょうか、メモを見ても、振り返ることが難しくなってきています。あと、もう1回、今度は、シンポジウム形式で行われますが、ついて行けるか、かなり不安になってきています。


2021年 6月 24日(木)午後 7時 53分

 今日も、梅雨の合間の晴れた一日。どうやら、この週末は、梅雨に逆戻りみたい。この頃、雨降りが嫌なものだから、それを、予め知りたくて、天気予報を、よく見るようになった。雨雲レーダーなんてのは、ちょっと曇りがちだと、ウォーキングの前に確認、屋内の気温が低いものだから、ウォーキング前には気温の確認、それもこれも、スマホで天気予報を確認する。TVがないものだから、あったときのようにTVつけっぱなし、時計替わりにTVつけっぱなしということがないから、自然と天気予報を知ることがないから、意識してやらないと、天気予報を見ない。それが、よく見るのだ。やっぱ、雨が嫌なのです。だって、今日もそうだったけれど、お出かけなしだと、外出は、日に2回のウォーキングのときだけだから、どうしても確認してる。ま、今日は、天気は関係ないけど、昼前のウォーキングのときは、気温確認にスマホを見ました。だって、外は暑いのか、屋内にいると判らなかった。それほど、外と内では、まだ、気温が違う。もう、そろそろ逆転をする時期なのだがと思っても、まだ、屋内は涼しい、気温が低い。そんなことを言っていて、去年は、7月末まで、それが続いてしまった。猛暑だけが気候変動じゃないという、典型だったので、よく覚えている。そうだ、あの時期に、家の改築をしたんだ。今頃は、週1~2回、息子が家へ来てくれて、断捨離をしてたんだ。あれから、もう1年、早い、早すぎる!
 午後の一時は、今日は、まず、散髪に行った。3月上旬に行ってからだから、3ヶ月半ぶり。ま、こんなものか、ちょっと早めという感覚。前髪が垂れてきて、暑いと鬱陶しくて仕方がなかった。6月初旬辺りから気になり出して、後半まで我慢、それを貫いて、今日、行くことにしました。あまり早く行くと、また、伸びてきて、暑い最中に、早めに散髪に行かねばならないので、いつものペースを守るために、6月下旬まで我慢と決めていたのです。それで、今日、行ったんだけど、この「6月下旬」がキーワードで、散髪のことを考えていたら、もう1つ、毎年、この時期にしていたことを失念していたことを思い出した。5月には、何度か、いや、6月に入ってからも、頭にあったのだけど、「まだ、早い」ということで後回しにしていたら、肝心の6月下旬に入っているのに、失念してしまっていた。それが、散髪の「6月下旬」がヒントになり、突然、今日、思い出した。毎年、この時期に胃カメラ検査を受けているのです。胃にポリープのある黄紺は、バリウム検査では、胃カメラに回されるのが判っているので、端から胃カメラを申し込むことにしている。ついでに、血液検査などの検査を定期的に受けるようにしている。それを失念していた。慌てて、掛かりつけの医院に電話を入れようとしたら、今日は木曜日で休院の日、一晩寝て、また、忘れてしまわないか、ヒヤヒヤものです。
 散髪から戻ると、そうだ、今日は、外出は、これを入れて3回だ、で、戻ると、まだまだ、午後の一時の時間があったので、「アグリッピーナ」を完走。また、途中、居眠りをしてしまったけれど、とにかく完走。で、ようやく、装置の正確な構造が判りました。回転舞台に常時乗っているのは、列柱だけで、壁状のものは、出したり出さなかったりだと判明。だから、衝立を置いていると、一昨日思ったのかと、あながち間違ってはいなかったことに、ようやく気付いた次第。ちょっと情けない。知らない人ばかりだけど、歌手陣が充実してます。今、こないな時期だから、歌手の需要もなかろうから、知名度の高い歌手でも招請したのかなと思い、キャストの再確認をしたほど、レヴェルが高かった。元々、元首都の歌劇場だけあって、町の規模にしては、レヴェルの高い歌劇場だとは思ってはいたけれど、なかなか、どうして聴かせてくれました。週末は、時間が取れなそうだけど、週明けは、まだ、配信期間が終わってないはずなんで、飛ばしながらでも観たい気持ちでいます。台本構成はいいとは思えないけれど、やっぱ、ヘンデルの音楽が上質です。そして、コロナ禍を上手く使った動きに、興味が持てているのでね。ヘンデル作品では、上演頻度が高いとは言えないこともあるので、繰り返し視聴する価値は、よけいあると思っているのです。


2021年 6月 24日(木)午前 6時 37分

 昨日は、お出かけなし、何かの予約を、オンラインでしているわけでもない、全く普通の一日。昨日や、今日は、週末から週明けにかけてのお出かけに備えているという感じ。となると、日に2回のウォーキング、ついでの買い物以外は、外出すらない日だったということ。昼前のウォーキングは、安ものの日本酒を、一番安く買えるマートを組み込んでのコース採り。京都の著名な観光地も通る。ま、平日だから、ほぼ人は来てないけれど。でも、巫女姿のスタッフは待機している。さすが、暇とは言え、スマホをいじっている姿は見たことがない、職業病かもしれません。いや、仕事熱心と言った方が適切ですね。日本酒を買うときだけ、リュックを背負って、ウォーキング。夕方のウォーキングは、普段のコースを、ちょっといじってみた。まだまだ知らない道が、ウォーキングをする範囲とは言えある。昨日も、ちょっといじっただけで、思わぬところに出て来たので、それだけで嬉しかった。細やかな喜びです、ちょっとした発見ですから。
 午後の一時は、前日の美術トークを聴いたからか、YouTubeにアップされている「日曜美術館」を観たくなった。知らないテーマが多いので、敢えて、そんななかから選ぶというか、大概は知らないものばっか、それだけ、自分が、この方面で疎いことを認識するばかりなんだけど、それだけ、新鮮でもある。だかた、適当にピックアップ。たまたま、お題に「朝顔」とあっただけで、これは、江戸時代の「朝顔ブーム」と関係があるだろうと想像して選んだのは、「踊る朝顔 江戸の絵師 鈴木其一の挑戦」。鈴木其一って、名前すら知らない。師匠が、江戸琳派の祖酒井抱一というけど、酒井抱一って? どこで見かけたか、この名前、なんかで見たことがあるけど、江戸の人とも、琳派の人とも、知ってるわけはなかった。そんな曖昧な人の弟子、知ってるわけはないけど、いきなりお題の「朝顔図屏風」を見せられ、その圧巻の迫力に驚いた。「すげぇ~」。それだけで、めっちゃ食いついてしまったのでした。取り上げられるだけの絵師です。師匠の酒井抱一ネタから、番組はスタート、えらい侍の出です。町民文化に憧れ、侍を捨て絵の世界に。そこへ弟子入り、格式の出だから、酒井家に仕えるといった状態だったのだけど、其一は、紫染の職人の出だから、時代が時代だから我慢の時代。でも、2人で吉原に行き、遊女の求めに応じた2人合作の絵が残っていたりする。微笑ましい作品「文を読む遊女」が残っているのだ。其一の変化、大成の契機は、江戸を離れての一人旅、京に上り、古典作品に触れることが目的の旅だったそうだけど、克明に残されている其一の日記「癸巳西遊日記」には、自然観察、花の写生、自然の景観に溢れている。これが、其一の40歳以後の作品に多大な影響を与えたとの解説。花などの自然をテーマにした作品群、其一の代表作とされる作品群に溢れて行くというのです。「夏秋散水図屏風」「椿に薄図屏風」、そして「朝顔図屛風」。光琳の杜若図に代表される、これは、さすが、黄紺でも解る、その杜若図は琳派の伝統の意匠、それを思わせる色彩感、朝顔の花と葉の色彩が、杜若のそれらを、確かに想起させます、が、意匠が、全く異なる。躍動感を感じさせます。凄い、デザイン力です。円環的に葉と花を配置、花のデザインを変えないで、葉のデザインに変化を入れる、そのアイデア、花と葉の色彩の調和は、さすが染物の家の出といった解説が入りました。一輪だけ描いた「朝顔図」、それまで、朝顔を中心に描いた絵師はいなかったとか。「朝顔ブームに沸いた」江戸時代、それを背景に、独立した画材になったのだろうと、ま、黄紺も、「朝顔」と聞いただけで、そこを連想しましたしね。その「朝顔ブーム」の紹介を、こってりしてくれていました。「変化朝顔」の図柄を描いたものが、多く残ってますからね。主に「変わった花」の紹介でしたが、黄紺が興味を、昔持ったのは「数咲き朝顔」。マニュアル通りに実行したけれど、呆気なく失敗の思い出がありまする。そんなことはいいとして、朝顔だけではなく、1つだけの花を描く試みは「向日葵図」でもしている。これは、植物学的にも貴重な作品だとか。江戸時代に、日本に入っていたとの文献史料にはない種を描いているそうで、これなど、江戸時代の博物学の流行りと関係があるのだろうとのことでした。もう爛熟した消費文化、江戸は凄いよ、こういった話になると。こうなると、「菊」も出て来るかと思ったのですが、それはなかった。替わりに「雨中桜花楓葉図」、春の雨は垂直で、秋の雨は斜め、そこに、桜と楓が描かれている、おしゃれぇ~! 「糸瓜に朝顔」と、晩年の朝顔が紹介されて終わりました。いやぁ~、おもしろかった!
 午後の一時後半は、オペラ配信。「アグリッピーナ」の続きです。これ、廻り舞台を使っているから、やはり劇場での上演、拍手が入らないから、やはりコロナ禍のものでしょうね。よほど、前日の居眠りが酷かったようで、装置まで観誤ってた。衝立状に観えたのは、舞台全体を観渡せてなかったから。最近よくある、回転面の1つに壁、このプロダクションでは、列柱、その裏側は、壁を背景に部屋となっているというもの。その部屋の部分のズームインを観て、衝立と観ていたことが判り、情けなくなりました。衣装も、ローマ風でもあり、現代風でもありのミックス。オットーネ以外の男(ズボン役のネロも含めて)、太っちょにしてある。ビンタをするときには、ツケのような音も入れたり、そのビンタを始めとした、人と人との絡みを、スタンスをとり、大仰なアクションで表現と、コロナ対応を連想させるけれど、それを含めた全体のテイストがコメディタッチにしてあることの一環と看えてきていました。「なかなか、おもろい」、そこへ、1幕ラストのオットーネの心に染み入るカウンターテノールの歌唱が良く、「ええやん」と思っていると、また、居眠り。そう言えば、「日曜美術館」のラストでやばくなりかけてたと思い出しておりました。とにかく、ラストまで行きます。そして、早送りででも観直そうという気になってきています。わりかし、おもしろいのです、これ。まだ、配信期間があるようなので、そんなことを考えています。


2021年 6月 23日(水)午前 7時 4分

 週明けの月曜日。1週間が経つのが、ホント、早い。いつの間にか夏至にまで来ていた。でも、黄紺の生活は変わらない。トルコでは、コロナ禍が過去のものになりそうな雰囲気。コロナに関する報道自体が減ってきている。一方、我が朝では、五輪の観客数が話題になっている。五輪会場が散在する状態を無視して、1箇所だけのプロ野球開催と比較する、全く勝手極まりない判断。よそ様との交流のない日々を過ごす黄紺は、人様からワクチン接種の様子を聴くことすらできていない。受けるなら9月以後の黄紺だけど、さっぱり、その関係の情報が入って来ないのはいただけない。こういったときのために、人との交流って大事だと思ってしまう。でも、現実はそうじゃないので、それに対応した手を考えねばならないということです。そないなことは判っていても、考える気は、あまりしないね。面倒だというのが先に立ってしまってます。
 梅雨の合間なのか、雨は大丈夫な日。ルーティンにしているウォーキングは、いつも通り。昼前のウォーキングが、少し多めだったので、夕方で調整。昼間は暑いと言っても、夕方になると、さほど汗もかかない。夜半になると、窓も閉めてないといけないほど、気温が下がる。これは有難い。こういった日だと、夏だと言っても助かるのだけど、そうはいかないのでしょう。去年は、7月末まで、こんな具合だった。雨も降ったけど。それも、めっちゃ多めの雨。気候変動を示すかのように。そう言えば、トルコの報道を見ていても、異常気象的な話題が、夏冬問わず流れている。おかげで、「洪水」を表す単語、覚えてしまいました。
 午後の一時は、オペラ配信。メルマガでお知らせをもらっていたので、しかも、期間限定ということで、それをチョイス。ボン歌劇場の「アグリッピーナ」(レオナルド・ムスカド演出)。最近、こうやって送られて来る各歌劇場のメルマガは、「シーズン終盤になり再開しました」的案内ばかりなんだけど、ボン歌劇場だけは、それまであったかな、いや、なかったはずのオンライン配信をしますといったものを送ってくれた。どういったかげんなのか、予想はしてはいたけれど、どうやら、予想通りかなといったところ。コロナ禍で上演準備が整っていながら、ボツになった公演じゃないかなと思っています。でも、映像を観ていると、オケはオケピットに入っているのが映ったけれど、舞台が、通常の歌劇場の舞台のように思えないのです。しかも、装置も、簡易ものって感じで、衝立に、時代、場所を表す程度の装飾が施してあるというもので、万一、中止になってもリスクを軽減できるって感じのもの。第一、ボン歌劇場は、何度も行っているので、舞台の感じは解っているつもりだから、その目で見ても、なにやらしっくりこないんだなぁ。歌手陣はしっかりしているので、不満はないけれど、運悪く、居眠りの連続。「アグリッピーナ」は、先日も、手持ちのDVDで観たところなので、途中、目覚めても、どこかは判るので、引き続き観てから、また、振り返ろうかと思っています。でも、「アグリッピーナ」って、台本的にいいとは思えないですね。ネロに帝冠を得させようという点は繋がっているけれど、後半はポッペイアの物語になり、アグリッピーナの影が薄れてしまいますからね。前半を観ていて、「この流れではなくなるな」と、後半の展開との齟齬を思い出しながら観ていたら、いつの間にか眠っておりました。
 昨日は、夕方にオンライン配信での講演&トークを視聴する日でもありました。毎回、好企画の続く「ラボカフェ」、京阪電車の駅構内のスペースを使ったイベントです、昨日は、「美術館のいま(10)特別編 〜"現代美術"の可能性を伝えることとは〜」というお題で、国立新美術館長の逢坂恵理子さんによるオンラインでの講演、その後、カフェマスターとして、毎回MCを担当されている木ノ下智恵子(大阪大学共創機構産学官連携オフィス准教授)さんとのトークというお品書きでした。前半は、逢坂さんのお話だったのですが、この音響環境が最悪。せっかくのお話が、ほぼ聴き取れませんでした。ただ、パワーポイントでのスライドを準備されていたので、おおよその趣旨は理解できるものの、後半のトークは、木ノ下さんの問いかけは判っても、それに対する逢坂さんのお答えは判らなかった。そんな環境での配信だったもので、簡単なメモだけ残しておきます。序盤は、逢坂さんのここまでの活動紹介。ICA NAGOYA、水戸芸術館現代美術センター、森美術館、横浜美術館という公立、民間を問わず、著名な美術館で活躍されてきた、その活動内容のレポートでした。横浜美術館では、横浜トリエンナーレにも関与、現代美術の紹介に寄与されてきた姿を見せていただけました。その活動歴が、国立新美術館長という肩書に繋がっているのでしょう。素敵だったのは、その間に手掛けられてきた展示作品の紹介があった点、いくら音声環境が悪くても、これだけは大丈夫。いずれも、現代美術の作品ばかりだったのですが、どれもこれも、おもしろい。後半のお話で、逢坂さんの自身が触れられているように、現代美術って、この「ぱっと見、おもしろい」と思える発見が嬉しいんだよね。自分にない発想や着想、意外性に驚くのだと思うのですが、そういったことを、ドイツの美術館巡りをして覚えた黄紺の眼に、その「おもしろい」が連続的に出ました。その「おもしろい」作品を展示されただけでも、逢坂さんの実力が知れるというものです。後半のお話が、その辺りを突いてきました。「現代美術とは」は、どストライクのトピック。1980年代からだそうです、「Modern Art」から「Contemporary Art」に替わるのは。「美術」という表現で感じた「絵画・彫刻」から拡張して、多様な表現が盛り込まれる「アート」に替わっていく。「同時代に生きている美術」と表現されていました。作品鑑賞も、「視覚」だけではなく「五感」を刺激するものに。作品展示空間を体感し、時間も体感させるものへの変化、作品制作の過程にも参加させたり、コミュニケーションを誘発させたりするものへとなっていく。そうそう、黄紺も、それが判ってきたから、現代美術にそそられていった。「現代美術に触れる」というトピックでは、「こうして観れば」的な、発想の転換を求めつつの「鑑賞の導き」を示されました。①作品の数を見る、時間をかける(長期的視点)②自分の好みから出発、わからないことを楽しむ(未知との遭遇)、、、これが最高!③知識による情報ではなく作品そのものを見る(観察力を鍛える)、、、そうそう、そうです、自分の中に引き出しをこさえて行く楽しみ④作品を読む、、、何が隠れているか考えよということですね、観察力、洞察力を養え、それを自分で⑤皆が同じ作品を評価するわけではない、多様な価値、それにより他者を知る、、、これはいい言葉です!⑥作家や作品の評価は移ろいやすいもの、正解はない、、、己の判断力の信頼というか、鍛錬というか、複眼的視点を持つことになる等々、ここが、お話の白眉。これらを踏まえ、「現代美術の可能性」として、①寛容と共感と想像力②人間と社会を繋ぐ架け橋③生きている時代を反映する現代美術は、従って、複雑な時代に生きる気づきを与えるから、人間性の回復に繋がるとまとめられました。現代美術をおもしろいなと感じ出してから、なんとなく覚えて来たこと、感じ出していたことを、見事に言語化していただけたと思えました。そういった目を持ち始めたからでしょうね、ブリュッケのように、生涯、アプローチすることはないだろうと思っていた表現主義の作品に対する関心も生まれました。奥が深いと思う反面、それらを楽しむ時間が少ないのが悲しいところでもあるよね、残念。


2021年 6月 22日(火)午前 7時 21分

 朝一番で、EURO2020の試合結果、確認。予想していたように、最悪の結果。僅か、得点1で敗退。最近にないディフェンス陣が目玉だったのに、3試合で7点も入ってしまった。内1点は、メリヒ・デミラルのオウンゴールだったにせよ、想定外の出来事。シェノル・ギュネシュ監督の選手起用を見ていると、監督の目線が見えて来るようでした。ボランチに苦しんだな、中盤で、調子の良い選手の見極めが大丈夫だったのだろうか、好成績を残したW杯予選のメンバーに拘ったのか、そんなことを考えてしまいました。今回の結果が、今後のW杯予選に影響しなければ良いがなと思っています。
 そんなで意気の上がらない日、とっても暑い日でもあった。そんななか、定番のウォーキングは、いつも通り。午後の一時は、オンライン配信での講演会を聴くことにしました。コロナ禍のために、今年はオンライン配信で行われることになった、京都府立大学の「桜楓講座」。昨日が、その内の1本が公開される日だったもので、忘れてはいけないと、初日早々に視聴することにしました。なんせ、その1本目のお題にそそられていたのです。「カリブ海のイギリス領から見た歴史と現代世界」というのが、そのお題。お話をされたのは、同大学文学部教授川分圭子さんでした。大航海時代、及び、それに続く時代のカリブ海っていうのは、黄紺的には穴なのです。コロンブスにシフトしてということは、スペイン、ポルトガルにシフトした大航海時代というのが、日本で知るカリブ海の歴史だけれど、確かに、ブラジルを除いて、スペインの謳歌したアメリカ大陸のイメージが出来上がているため、イギリス、フランス、オランダ、デンマークなどの、この地への進出が抜け落ち気味。ガイアナ3国は、西からイギリス、オランダ、フランス領だったし、ブラジルに、サン・ルイという、これでもかというフランス風の名を持つ町があったり、トリニダード・トバゴやガイアナには、インド人がたくさんいるし、ジャマイカは、イギリスの砂糖生産のメッカだった、ハイチの独立はフランスからだしと、断片的な知識はあることはあっても、体系的になってないきらいがあるので、この講演は、どストライクのお題でした。ですから、そういったことを見透かしたように、やはり、日本ではなじみがない、一方で、音楽的には、カリプソやレゲエといったジャンルで知られているといったように偏った情報がある。その辺を解った上でのお話で好感。掴みは、その音楽からでした。お話の展開をメモっておくことにします。①カリブ海の地理、そこにあったかつてのイギリス領②カリブ海、その周辺の各国の植民地、、、デンマークが入っているのがレアな話題、デンマークは東西のインド会社を持ってたのは、ほとんど知られてないですよね③コロンブスの航海の跡、行ってない島嶼、、、コロンブスはアメリカ大陸に行っている、ヴェネズエラだけでなく、中米にもタッチしている④コロンブスは、カリブ海の島をほぼ発見しており、スペインは押さえるが、銀の出るアメリカ大陸(メキシコ&ペルー)の方に関心が移った間隙をぬい、イギリスなどの植民が可能になった⑤イギリスによるカリブ海の植民の細かな経緯、イギリスは、スペインとの関係が悪化する1580年代以後、カリブ海進出、、、アルマダ戦争のあった頃ですね⑥1670年のマドリード条約で、スペインは、アメリカ世界のイギリス領の承認、ジャマイカがイギリス領となったのは、このとき⑦フランス、オランダ、デンマーク、スウェーデンの進出の様子、、、フランスは、ブラジルやフロリダへの進出もしたが不首尾だった、その名残がサン・ルイのようですね⑧18世紀末~19世紀初頭の変化、アメリカ合衆国の独立、フランス革命の影響(ハイチの独立、トリダード島がイギリス領に)、中南米諸国の独立(ウィーン体制の崩壊ってやつ!)⑨British America(イギリス領カナダ、13州植民地=アメリカ合衆国、イギリス領カリブ)、、、カリブは、プランテーションによるモノカルチャーの世界に、本国イギリスによる重商主義政策/植民地間の交易禁止が大きなテーマに⑩植民地時代のアメリカ世界の特徴、、、プランテーションと奴隷制(カリブ海の住民の9割は黒人奴隷)、密貿易の横行(交易禁止の裏側)、イギリスはスペインの植民地との間での密貿易を奨励=スペインの瓦解へ⑪合衆国の独立後、、、外国となった合衆国との貿易が叶わなくなり、カリブ海のイギリス領の経済の不安定化、自由主義の時代へ(独立、自由貿易、奴隷制の廃止)⑫奴隷制は去ってもプランテーションは残った(基幹産業は砂糖生産)、、、砂糖生産の状況、消費状況により経済動向が決まる、そういったなか、砂糖生産の拡大は、カリブ海経済に大きな影響、甜菜生産の拡大でイギリスが砂糖を買わなくなっていく(逆に言えば、イギリスは砂糖確保の安定化を図ったことになる)⑬インド人労働者の導入、黒人労働に替わる労働者の投入(黄紺的どストライク中のどストライクのトピック)⑭インド人を含めて外から来た人々(白人、ユダヤ人、黒人、インド人、中国人)、、、ドイツ人も来ていた、オーストリアも東インド会社を作ってたはずですね!、それだけではなく19世紀に移民がいますね、ドイツは、国内事情で流出していることがあることはアメリカ合衆国への渡来でも言われること、ユダヤ人の流入は、16世紀のイベリア半島からの流出から20世紀のナチスの迫害までの系譜、プロテスタント系植民地への流入が多い⑮例として、トリニダード島への人の流れ、、、フランス系白人が多いのですね、イギリス系白人が増えるのは19世紀以後、インド人が入って来るのは1830年代以後、現在、インド系住民33%だそうです(こことガイアナが多いはず、なんで、ジャマイカが少ないのかが、以前から気になっていること!)⑯イギリス領以外の国々、、、独立する国、しない国⑰植民地支配の遺産、、、国際状況に左右される砂糖生産、砂糖生産の保護へ、英連邦がその役割、でも、世間は自由貿易の流れへ(近年)、砂糖生産以外の産業=観光業⑰歴史の清算(先住民虐殺、奴隷制)、、、植民地支配で被った損害への賠償問題が浮上してきている、格差や様々な矛盾を抱える現在の社会構造を作り上げた責任の追及⑱アメリカ合衆国の影響力(アメリカの地中海化)、、、アメリカの関与が出て来るきっかけは米西戦争から、パナマ運河、軍事基地、軍事介入(グレナダ侵攻、ハイチ侵攻、なぜかパナマ侵攻が出なかった!)⑲中国・台湾の競り合い、、、ワクチンでも話題になってますね、でも、出なかった。メモってみると、とんでもない量です。その分、総花的だったと言えば、そうなんですが、黄紺には、それで十分でした。いい概説的お話をしていただけました。


2021年 6月 21日(月)午前 8時 6分

 昨日は、かなり内容の詰まった日曜日。2つのことを軸に、1日が組みあがりました。最近の日曜日の定番、NHKプラスで、朝から「日曜美術館」が1つ。午後は、長時間のオンライン配信でのシンポジウムを聴くというもの。それに合わせて、ウォーキングを組み込むと、あさっり、1日が終わってしまいました。「日曜美術館」、昨日のお題は「丸木位里・俊『沖縄戦の図』 戦争を描いてここまで来た・佐喜眞美術館」。今、なぜ、丸木位里・俊なのかと思ったら、6月20日でした。23日が近づいている日を選んでの放映です。気づくのに、ちょっと時間が要りました。放送の出発は嘉数高地から、普天間基地を見渡せるかのように、展望台ができていました。沖縄戦の激戦地からスタートということです。黄紺は行ったことがない。丸木夫妻が、「沖縄戦の図」が描かれているという報道を、リアルタイムに覚えています。丁度、沖縄に行った頃だったので、その報道を覚えています。その図が、沖縄にあり、それを展示する美術館ができていることも報道で知っていたけれど、こうやって、その美術館そのもの、その美術館のできた経緯に、初めて触れることができました。そもそも、この図を描こうという丸木夫妻の動機、それも教えてもらえました。「沖縄戦については、日本人が映した写真が残っていない、全て、アメリカ側の画像だけ」、なるほど、沖縄戦の映像や画像って、そうだわ、言われるまで気づかないといううつけた自分に気がつきました。そして、美術館の土地は、米軍の接収地だった館長さんの土地を米軍と交渉して、美術館建設主旨で返還されたものとか、これも、知らなかった。この図の制作過程は、映像で収められているそうで、それの紹介と、集団自決のあったというチビチリガマなどの戦跡が交互に紹介されていくという進行。製作では、遺族がモデルになっているそうで、その姿も映像に残されています。夫妻の共同製作が、どのようにして行われているのかも、初めて知りました。戦争に関わる大作を相次いで発表していることは、黄紺も知るところではあったのですが、位里の太い線、俊のディテールを詰める細い線と、その組み合わせで出来上がっているのですね。その分担の妙が、全体としての調和を生んでいることも判りました。この美術館、黄紺的には、ケーテ・コルヴィッツの作品を持っている数少ない日本の美術館と、頭にインプットされてもいます。そういった意味でも行ってみたい美術館なんだけど、沖縄は遠いなぁ。
 午後は、第36回かんだい明日香まほろば講座「日本書紀完成1300年記念~文字から見た飛鳥・藤原~」のオンライン配信を視聴。関西大学が、高松塚古墳発掘時に協力したということで続く、明日香村との連携、それに基づき、毎年、開催されている講座だそうです。黄紺は、たまたま今年になり知り、申し込んであったのです。日本史は疎い、ましてや、古代史など、全くでしたが、こうして、公開講座を活用して、少しずつ解って来ると、なかなかおもしろいですね。このシンポジウムは、昨年が日本書紀完成1300年だったところ、ご多聞に漏れず、コロナ禍で、今年にずれ込んだそうです。そのプログラムは、次のようなものでした。①挨拶(岡田忠克/関西大学地域連携センター長)②講演「木簡と日本書紀から探る飛鳥・藤原の都」(市大樹/大阪大学大学院文学研究科教授)③講演「『日本書紀』が書かれたことーその成立と構造ー」(乾善彦/関西大学文学部教授)④パネルディスカッション(パネリスト:市大樹、乾善彦、西本昌弘/関西大学文学部教授、相原嘉之/前明日香村教育委員会文化財課課長・奈良大学文学部文化財学科准教授、進行:今井邦彦/朝日新聞専門記者)。②では、飛鳥、及び、その周辺地区から出土した木簡を読み解きながら、当時の生活、週間、政治を探るという内容。それと、日本書紀の記述との照合という点も入って来るというもの。ここで、不覚にも、かなり居眠りをしてしまっているので、その内容的なものを覚えていないのです。③で覚醒。漢字が伝わって以来、文字に書くことは、決して普通のことではなかったということを前提に考えた場合、史書を編纂するとは、どういう意味があるのかという、なかなか興味のある問題設定。やはり、中国の影響は大きく、中国の「漢書」「史記」の構成に触発されているという前堤で、日本書紀の構成の検討、更に、風土記、万葉集といった、同時代の書物との連関性と、話は大きなものがありました(一体となった国家事業との位置づけ)。推古朝以後は、日本の国家体制を整えようという時代であったことから、日本書紀を作る必要性のあった時代だったから、中国の史書の本紀に相当するものを書こうとした、即ち、律令国家として国を統治するために必要なもの、統治の基礎資料を書き記そうとしたのだろうということでした。そういったことを、日本書紀の書かれている文体、漢文で書かれていますから、近来、中国語の観点からの分析も進み、その文体に、明確な温度差があるというのです。しっかりと中国語を踏まえた人が書いたか、若干、緩んでいる人が書いたかが判るそうで、それが、書かれている内容の熱量に比定するという、めっちゃおもしろい話。「巻24 皇極紀~巻27 天智紀、、、律令期が整う、しっかりと書こう」「巻14 雄略紀~巻21 用明・崇峻紀、、、当時の国家体制が整う時代、しっかり書こう」「巻22 推古紀~巻23 舒明紀、、、聖徳太子がスーパーマン、語られなければならない箇所、でも書きにくい箇所」「A:巻1・2 神代巻上下、、、もう1つ書きにくい」といった区分をされていました。日本書紀の「権威の書」という位置づけは、あとのシンポジウムでも、皆さん、一致したお考えでした。「古事記」は、そうではなく、もっと私的なものとの位置づけでした。「紀」と「記」の違いが、それを示しているとも。④では、西本さんのお話で、日本書紀の発表の仕方が、かなり大きなパフォーマンスであったことから、「権威の書」としての日本書紀の顔を持っている。「大極殿」というのは、発表の場として設えられたかもということでした。どうしても、天武は、壬申の乱を経ての「簒奪政権」のイメージがあるため、それが、天武の持っている負い目で、大きな権威発揚の必要性があったのだろうということです。一方で、大化の改新は否定はせず、でないと、国家的基盤が説明しきれなかったのでしょうということでした。相原さんは考古学からの観点からのアプローチでした。日本書紀で描かれてきている歴史的な舞台の信憑性を証拠立てるという作業です。幾つもの遺跡の発掘調査が示していることを、「日本書紀の記録は非常に正確、飛鳥時代は」と結論付けられていました。パネルディスカッションは、長時間に渡り、予定時間を過ぎても延々と続くものですから、途中で切らねばならないほどでした。記憶に残っているのは、神代期の記述は、やはり神話の世界、雄略天皇以後が読める内容。日向の天孫降臨は、天照が太陽神とされたため「日」に「向かう」ということで選ばれたのだろう。出雲の神話も、特別なものではなく、「風土記」には、似たような物語が残っている、たまたまか、最後の方で統治下に入ったから、出雲が目立つのだろう。日本書紀は中国の史書の記述に倣い、時系列的に年月日を記しても記述になっている、複数の資料を基に一貫した物語になっているのが日本書紀、1つの物語、即ち、天皇の物語にだけなっているのが古事記、従って、私的な物語、それが、「紀」と「記」の違いになる等々。とっても、おもしろかったです、最前線が、どこにあるのかも判るお話。徐々に、古代史に引き込まれそうです。以前、向日市で聴いた古墳の話も思い出すような話題も入っていました。宮と墓の位置は別立てであったり、巨大古墳は国際的な見栄っ張りだったり、定説になっているようですね。


2021年 6月 20日(日)午前 6時 54分

 昨日も雨の降った一日。梅雨は続いています。ただ、幸いなことに、雨の降り方が優しい。昼前のウォーキングは、雨の中だったけれど、細い雨で、傘さしウォーキングで、普段通りのウォーキングができました。夕方のウォーキング時は、うまい具合に、雨が上がった時間帯。終始、傘を手に持ったままのウォーキング。昼前では、休憩がてらの読書までしました。件の屋根付き公園で。夕方は。木のベンチは濡れてたけれど、石のベンチでは腰掛けることもできたので、ちょっとした休憩もできた。こちらを看ても、普段通り。
 午後の一時は、第3土曜日だったこともあり、民博ゼミナールのオンライン配信を予約してありました。昨日は、大阪の緊急事態宣言が解除前だったので、オンライン配信でのみの開催。YouTubeを使っての配信です。昨日は、「ヒップホップ・モンゴリア―韻がつむぎだす現代モンゴル社会」というお題で、同館准教授島村一平さんのお話を聴くことができました。島村さんは、モンゴルのシャーマニズムの専門家。それだと、しっくりくるのだけれど、イメージの話ですが、モンゴルのヒップホップなり、ラップというのは、頭の中で結びつかない、もう、それだけで、そそられるテーマでした。島村さんも、その辺を見透かしたように、掴みで、それに関してのお話をされていました。ご自身の興味は、両者の共通項として、「韻を踏む」点に気付いたからだと言われていました。モンゴルのヒップホップの発展は、モンゴルの社会体制と関係があるそうです。ソ連の崩壊に伴い、モンゴルの民主化も進み、それに伴い、西側の音楽が入ってきた。当初は、その窓口が、東ドイツとチェコだったため、ヨーロッパ系のテクノ・ラップが入って来て、90年代の終盤になり、アメリカものが入ってきたそうです。それらに刺激を受け、モンゴルの音楽シーンが変わっていきます。それを、時系列的に、ヴィデオ・クリップを紹介しながらのお話となりました。次第に変容を遂げて行くモンゴル音楽の系譜です。①受容の時代②モンゴル・オリジナルなラップの登場(頭韻+アジア音階のラップ)③海外の音楽の流用、例えば、坂本龍一の音楽に乗せたラップ④伝統音楽の流用によるモンゴル化(馬頭琴などの活用)。次いで、その音楽や歌詞の特徴が話題となり、「シャーマニズムとヒップホップの類縁」というテーマに。シャーマンたちの憑依に寄る言葉とラッパーたちの言葉の出方に、ともに韻を踏んでいることに類縁性を看るというお話だったようなんですが、かなり解りにくいところでした。歌詞の問題は、やはり、社会体制の変化に関係がある。現在のモンゴルは、かつての遊牧業の国ではなく、地下資源の国へと顔が変わった。人々は、都市に集まり、首都ウランバートルは、全モンゴル人口のほぼ半数が住んでいる。都市化、格差の拡大が進む社会、環境問題が深刻な社会。経済のグローバル化の中で、民族主義が進むといった面を持っているそうです。こういった社会構造の変化は、とっても耳新しい話題。そういった社会状況が、ラップの歌詞に反映してくる。権料批判、排外主義・民族主義、スラムのゲル地区がテーマに、鉱山開発に伴う環境破壊批判といった歌詞を持つラップの紹介があり、更に、女性ラッパーの紹介。モンゴルの女性の地位を反映したもの、とっても、自立的。そして、最後のテーマが「越境するモンゴル・ヒップホップ」。モンゴル以外のモンゴル人との関係です。大きな集団としては、中国の内モンゴル、ロシアのバイカル湖近辺のブリヤート族、この両者は、モンゴル地続きのところですが、それ以外にも、中国東南部、アフガニスタン、カスピ海近郊にも、モンゴル人がいるのですね。ま、かつての、モンゴル人の遠征を考えれば少なないかなと思う反面、多くは、土地土地で同化をして行ったなかで、逆に、これだけ残ったということで、それはそれで驚異でした。内モンゴルで、モンゴル人の蜂起を促すラップには、びっくり。ここにも火種があるのか、中国といった印象です。また、モンゴル本国への憧れ、モンゴルからは「南モンゴル」と看られて、差を付けられていたりと、知らないこと、結構、出てきました。そして、ブリヤートを含めて、3地域のモンゴル人のコラボが紹介されました。国は違えど、交流の進む姿を「声の公共圏」ができているということです。島村さんは、これらを「越境する」「結集する」と表現されていたけれど、民族主義が高じると「大モンゴル主義」じゃねえのと、つい考えてしまいました。民博ならではという切り口です。実におもしろかったです。1つ、残念だったのは、ラップ音楽になじめない黄紺は、どのラップを聴いても、同じにしか聴こえなかったことです。
 YouTubeでは、他に、おもしろいものを観ました。トルコのコロナ情報は減り加減なので、こういったことしています。「世界ふしぎ発見!」の過去映像と言っても、さほど古くないもの。「恋しちゃった台湾2021~グルメ・占い・神秘の森~」(2021/02/13)。コロナ禍で、海外取材に苦しむなかでのものということでチョイス。台湾人で日本語に堪能なタレントを起用し、且つ、ナレーターに、1年前に台湾取材経験のあるタレントを起用して、コラボをしたり、思い出の土地のコロナ禍での様子をレポートしたりと、なかなか苦心の跡が見えるの嬉しい内容。そこへ、人気の台湾ですから、行きたい人へ行きたい人ごみを選んだ夜市を見せる。あまり行かない東部も見せる、そんなところにも、コロナ禍の視聴者の心をくすぐっているのに好感。台湾には行ったことはないけれど、耳情報は、人一倍持っているので、行った人、行きたい人気分になって観ることができました。


2021年 6月 19日(土)午前 7時 4分

 週末に差し掛かり、梅雨の感じが戻ってきています。朝から曇天、ウォーキングに出かけたら出かけたで、途中から、ポツリと来る。夕方は夕方で、昼前のこともあるので、傘を持ってのウォーキングだけど、途中から雨かと思うと、さほど、酷くならない内に止んでしまう。でも、また、いつ降るか判らない嫌~な天気。正に、梅雨です。夜になってからは、また雨、今度は、本格的になってしまった。そのためか、気温は上がらない。その点は有難い一日。
 昨日の午後の一時は、オンライン配信で公開講演会を聴くことになっていた。開始が午後3時からだということで、それまでは、オペラ紀行ができればと、半信半疑だが始めている、来年のドイツの歌劇場の公演探し。まだまだ、新シーズンのラインナップが開いていません。一昨日だったかな、ニュルンベルク歌劇場のメルマガが届き、新シーズンの情報解禁のようなことが書かれていたので、早々にHPを訪ねてはみたけれど、未だ、ダメでした。ドイツの歌劇場は、新シーズンを前にして、その後の1年間の予定を、立派な冊子を作り配布するという習慣を持つ。どうやら、ニュルンベルク歌劇場は、その冊子配布をします的なお知らせメールだったみたい。結局、様々なプログラムの拾い上げは出来ずじまい。そんなで、手を着け出していたハンブルク州立歌劇場とベルリン国立歌劇場のチェック。ベルリン・ドイツ・オペラの方は、まだ、出てなかった。ゼンパーやライプチヒといった、例年、早めに出す歌劇場も、まだ、出していない。あとは、バイエルン国立歌劇場が出しているくらい。ざっと、それら、出ているところを、復活祭と聖霊降臨祭周辺を当たってみた。ベルリンが、クリストフ・グートの「ドン・ジョヴァンニ」に替えて、新しいプロダクションを出します。それが、復活祭特別番組の目玉のよう。バレンボイムが振るのは当然。6月には、ネトレプコが、なんと、「トゥーランドット」のタイトルロールを歌う、ピョートル・シュトルツェルのプロダクションで。コンサートでは、ケント・ナガノが、手兵を率いて、マーラーの3番、ブルックナーの7番を振る。ベルリンでは、定番、バレンボイムとアルゲリッチのデュオがある。ミュンヘンでは、ナディール・シエラとクレバッサという人気歌手が、ほぼ同時期に出る。前者は「ルチア」、後者は「ラ・チェネレントラ」です。久しぶりに、ミュンヘン行きますかと、実際行けるとなると、ベルリンか、ミュンヘンかという、究極の選択が待っている。ハンブルクは、ベルリンと組み合わせられるからいいけど、ミュンヘンは遠い。そんな妄想に更けながらチェックをしていると、時間の経過は早いですね。
 オンライン配信での講演会は、「同志社大学人文科学研究所連続講座2021 “〈性の管理〉の近現代史―日本・ヨーロッパ・アメリカ―”」の第1回目、全3回シリーズで配信があるものの第1回でした。同志社大学人文科学研究所助教林葉子さんのお話で、お題は「近代日本の公娼制度と〈性の管理〉」というものでした。ところが、講演が始まると、マイクがハレーションを起こして、ほとんど聴き取れない、時々、単語が耳に入って来る程度。止めようかと、早々に思ったほど。その内、気づくだろうと思っても、結局、気づいてなかったみたい。最後の、質疑応答の中で、どなたかが指摘されて、初めて気づかれていましたからね。でも、偶然が幸いしたようで、しばらくすると判るようになった。ちょっとしたマイクと口の距離に拠るのかもしれないけれど、ひょっとすると、会場に流れる音を拾っていたのではとすら思える、悪い環境の下での配信でした。聴きとれるようになってからも、完全ではないので、微妙なタームが出て来ると、判らない。それの繰り返し。特に、ほぼ聴きとれなかった序盤で、講演の枠組みをお話されていたものだから、まいった、ホント。そういったなか、お話で出てきたトピックを拾っておきたいと思うのだけれど、できるかなぁ、、、。①「性の管理」は、政策として、様々な形で行われてきた。近代公娼制度は、「性の売買の制度化」だし、売春禁止法は、「売買の禁止」。刑法の中に「姦通罪」を設けることで「性行為の相手を制限」。「検黴」といった「感染症対策」が行われていた。この対象になる公娼とそうではない私娼の差別、「人口のコントロール」と言える「堕胎罪」、「優生保護法」のような「生まれて来る子どもの質のコントロール」が行われてきた。②「買春」を制度化することで、「買春」を「労働」という考え方に持ち込むことで、差別は解消するのか? 「労働者」に対する管理(労務管理)という考え方で、「性の管理」がなされていていいのか? ③近代公娼制度の始まりは、「検黴制度」の導入から、こういった形での性の管理が始まったところから。終わりは、GHQによる「廃止の覚書」から「買春防止法」へと進むところ。④「検黴」の重視は、富国強兵を背景に「軍隊との関連」がある。④近代公娼制度は、全ての国民の性を管理する制度、「買春稼業」を公娼のみに限定、私娼の弾圧や娼婦性の監視に繋がる。⑤娼妓の実態、娼妓になることが「親孝行」だとの認識、結婚願望、、、この辺りを、廓で流行った唄で解き明かすという作業、これはそそられました。「さのさ節」は、その代表的は流行り唄だそうです。これは、大収穫! ⑥娼家を疑似家族と見せかけることで支配の強化を図った。⑦異性愛を前堤としていた近代公娼制度。⑧廃娼運動、キリスト教の宣教師が牽引役になったようです、「宣教師マーフィーの戦い」が事例として紹介されていました。宣教師が動いたということで、同志社に資料が残っていると言われていました。既に、1900年頃には、娼妓の苦境が広く認識されていたという背景。メモから拾ってみると、ストーリーが、少しは判ってきました。今まで気づいてなかった視点が盛りだくさんです。次回は、視点をフェードアウトして、同時期の世界の中で日本の公娼制度を捉えようとの試みだそうです。楽しみです、とっても、知的に刺激を受けるテーマで、且つ、お話内容でした。


2021年 6月 18日(金)午前 6時 49分

 昨日は、お出かけの日。最近、よくお出かけ機会があるのだけど、昨日、出かけると、あとは、1週間、その予定は入っていない。となると、急に、大事なお出かけと思えてしまった。滋賀の文化財講座「花湖さんの打出のコヅチ」という、ちょっとネーミングの評価に戸惑ってしまう、滋賀県主催の市民向け公開講演会に行ってまいりました。去年は、コロナ禍のなか、この講演会が再開されていることに気付かないまま、時間が過ぎてしまった思い出のある講演会。だから、今年は、きっちりと予定を押さえてあります。昨日は、今年度の2回目、「伝教大師最澄の生涯・思想と文化財」というお題でのお話を聴くことができました。お話をされたのは、滋賀県文化財保護課・琵琶湖文化館の井上優さんでした。さすが、滋賀県、延暦寺のお膝元だけあって、県の職員に最澄の専門家がおられます。とっても、手の込んだスライドとレジュメをご用意いただけました。黄紺的には、比叡山、延暦寺といったものには馴染みはあっても、天台宗、更に、密教というものに馴染みがない、もちろん、最澄の名前は、井上さんも言われていましたが、小学生でも知っている有名人、でも、どないな人なのか、解っていない黄紺なのです。同じ密教でも、空海には、様々な言い伝えがあり、そこかしこに物語が生まれているけれど、実際には、最澄の方が空海よりは日本を歩いているにも拘わらず(だそうです!)、庶民性というか、そういった物語が残っていない、だから、黄紺も馴染みがないというところのようです。お話は、最澄の生涯、そして、その思想という展開だったのですが、なんせ、盛りだくさんな内容、そのために、前半で時間を使われ過ぎ、それに気づかれ、半ばから、かなりのスピードアップ、思想面は、そのスピードが、更に上がり、難解なところに入るにつれ、加速度的にアップしていくものだから、あるある話とはいえ、慣れないテーマなために、ちょっと理解が苦しかった、そういった講演会でもありました。その中で、気になる、とっても当たり前のようなことも含めて、お話のトピックを、箇条書き的にメモっておくことにします。①最澄は、滋賀県の生んだ有名人、渡来系の一族、これは知らなかった②幼いころから利発さで知られたようで、12歳で出家、近江国分寺(!)に入寺、大国師・行表の弟子となる、15歳で得度、20歳で受戒③786年、国分寺を離れ、山林修行に意義を見出し、比叡入山、788年に延暦寺の基になる寺院の開創、有名な「不滅の法灯」もここから、「油断大敵」の四文字熟語の由来となる④和気弘世への進講を契機に桓武天皇の知るとこととなる、山林修行で人との交流を絶っていたのだが、人との交流を再開したことで、結果的に生じた事態⑤その縁から遣唐使の一員になる、空海と同時期に入唐⑥帰国後、遅れて、帰国した空海に教えを請う、だが、行動様式の相違で決別⑦廻国(日本各地を巡る)、それが、衆生済度、、、この辺りから、思想に関わってきているが、スピードアップで理解が苦しくなってくる⑧仏性論争、大乗戒壇設立運動、、、さっぱり理解不能、どうやら、南都仏教との相克、理論闘争のようなんだけど⑨臨終、死後、「大師」号が授けられる⑩最澄の思想、、、もう加速度付きまくりで無理、黄紺には、でも、その中で、印象に残ったのは、、、鑑真は、元来、天台僧だった、法相宗(南都仏教)の盛況のなか、天台宗は埋もれていた、それを、引っ張り出したのが最澄、最澄は経典重視、釈迦の言葉は、時期によりずれがあるよう、そこで、釈迦の人生の終わり、即ち、涅槃に近いところの言葉こそが重要との立場、法相宗との相違、法相宗は、生まれたところで、成仏できるできないという素質が決まっていた(五性格別)、それに対し、最澄は「一切衆生悉皆仏性」を説く(これが「仏性論争」?)、要するに、最澄は平等論者となる、最澄と言えば、「鎮護国家」という用語と結びついてしまうわけを教えていただけた、「経典の力で国境を守る」という考え方、当時の政治・社会状況は、軍事(蝦夷戦争)と造作(平安京遷都)が眼目、そういったなか、最澄は「守護国界」を説く、これは、法華経の説く「七難」に通じるもの、これを、井上さんは「国際平和主義思想」と言われていました。はて、そう言っていいのか、その後の、鎌倉仏教の批判は、「国家仏教化」していったところじゃなかったっけとは思ってしまった、でも、それを、最澄の責任に帰するとは別問題かもしれませんが、もっと、論を進めて欲しかったところ、でも、あの時間配分じゃ、望むことの方が無茶ですね。序盤の「渡来系出自」であったところ、十分に時間を取られていた部分で、ウトッと来てしまってましたが、あとは大丈夫、でも、しっかり聴ける態勢が、こちらに出て来ると、加速度が付いて行ってしまい、なかなか、頭がついて行かないところだったのだけど、幸い、丁寧なレジュメをご用意いただけていたので、ちーとはましだったかなというところでした。最澄をキーにして、南都仏教なんて、ホント、解ってないので、欠片だけでも触れられただけでも有り難かった、空海との相違も出て来たし、平安仏教の持つ姿勢の欠片にも触れさせてもらえたかと思うと、なかなかの成果でした、自分的には。
 講演会の会場は、びわ湖ホールの真向かいということで、往復が、日々のウォーキング替わりとしました。JR大津駅から徒歩で会場にアクセス、帰りは、自宅最寄り駅から1駅手前で降り、且つ、お酒の安いマート経由という迂回コースを採っての帰り道が、ウォーキング替わりとなるからです。でも、歩数や時間を考えると、普段の8割行くかなという程度だけで、滋賀県に、午後に出かけるときは、それで良しとしています。今週は、歩き過ぎの日があったもので、バランスを取っておかないと、腰に来るかもしれないので、少なめで、かえっていい日になりました。


2021年 6月 17日(木)午前 7時 1分

 昨日は、当初の予定では、繫昌亭のオンライン配信を観ることにしていた。ところが、朝になり、NHKのTV番組表を見ると、同じ時間帯に、「世界街あるき」でウラジオストクとなっていたもので、悩んだ。繁昌亭昼席も、桂三四郎の新人グランプリ優勝記念の週の配信で選んだもの。でも、他のメンバーを眺めると、仁智会長しか、そそられる噺家さんがいなかったもので、悩んだのです。ウラジオストクは、旅動画を配信するYouTuber無職旅氏のチャンネルで見かけ、わりかしそそられてしまった街、しかも、あまり放送の素材になって来なかった町だけに、余計にそそられてしまった。迷ったときは、内容で秤にかけるのではなく、異なった要素で比較する。すると、わりかし楽に判断できる。昨日は、内容で立ち往生だから、違う要素を持ち込んだ。「どちらが安い?」でした。NHKプラスは、全画面を見せないといういじわるをするけれど、それを我慢すると「無料」、これには、「有料」の繫昌亭のオンライン配信は勝てません。アーカイブでは観る時間がなさそうなもので、あっさりと、繫昌亭を断念。ウラジオストクを楽しみました。NHKらしく、町の歴史が入ります。なじみがないはずです。ソ連時代には、軍港ということで、外国人立ち入り禁止だったとか。納得。でも、海に面した素敵な街なのは、無職旅氏の動画で認識済み。海岸近くの市場から始まり、坂を上がり、港を展望する景色は絶品です。そんなで、ウラジオストクで満たされました。
午後の一時は、それだけではありません。今朝は、トルコのコロナ情報が少なかったので、午前中からYouTubeで遊んでいたのですが、その続きを観ることに。一昨日、「世界ふしぎ発見!」を発見したので、他にもないかと探査。すると、かなり大部なものがアップされていることを知り、その内の1本を選んでみました。黄紺の、まだ見ぬ国ポルトガルを取り上げたもの、題して「見たこともない世界へようこそ! 今行くべき国ポルトガル」(2018/1/6)。でも、この構成が総花的の典型。詰め込めるだけ詰め込んだ。だから、話題は豊富。ポルトガルを、本の上でも知らない人たちには、きついね、これは。焦点絞らないとダメと、突っ込みはしたけれど、ポルトガルで押さえたいところが、かなり出て来た。大航海の出発地点としてのアルガルヴェ地方、エストリル&ナバラ(サーファーのメッカとして)、星型の要塞都市エルヴァス、食のまつりでポルトガル食品、エヴォラ大聖堂(天正遣欧少年使節、諫早の千々石ミゲルの墓)、リスボン国立馬車博物館、マリア顕現(ナザレ、ファティマ)とまあ、すごい盛りだくさん。ファティマの記念祭当日に合わせてロケまでしてました。もう1度、書きます、総花的も、ここまですると、その勇気は驚異です。
 まだ、時間があった。繫昌亭昼席を視聴しなかったので、替わりにと、YouTube動画ではなく、音声だけにすると、マニアックなものが出て来るので、それで選んでみました。(初代)森乃福郎「長持」「豆炭」。森乃福郎は、珍しいネタを伝えてくれましたが、この2つは、その中でも超の付く珍しいネタ。ところが、黄紺は、この2つとも、生で、福郎でない噺家さんで聴いています。「長持」は現文我、さすが文我です。でも、いきなり、これが出たとき、「長持」というネタがあることすら知らなかった。あとで、福郎が伝えたネタと知った次第でした。「豆炭」は、その文我の弟子のまん我の口演でした。落語らしい、変なネタですが、この着想の奇抜さは、得難いものを感じます。なんせ、豆炭をペットにする男の噺なんですから。
 そんなで、PC画面で見る、様々な映像・音声に釘付け。夜は夜で、「歴史探偵」で徳川慶喜を観たということで、更に釘付け。でも、ルーティンにしているウォーキングも、雨の日だったけれど、普段通りこなしました。夕方は、雨上がり、でも、雨が心配で、傘持ちウォーキングだったけれど、昼前は、最後の最後、ちょろっとだけ止みはしたけれど、ほぼ傘さしウォーキング。しかし、どうしてでしょう、最近、雨の降り方を気にするときって、円環コースを採るものだから、同じようなところで、雨脚の強くなる姿を経験してる。「また、今日も」と、昨日も、一瞬思ったとき、同時に、「また、ここで!」と、ジンクスとなってることに気が付いた。でも、昨日は、瞬間、強くなりかけただけで済んだ。おかげで、狙い通りの傘さしウォーキングができました。


2021年 6月 16日(水)午前 7時 31分

 昨日は、映画を観た日。先週に続いて、京都シネマです。うまい具合に、いい映画が、分散して上映されているので、週に1本のペースで映画を観ることができています。観たのは、北マケドニア映画「ペトルーニャに祝福を(英題:Got Exists, Her Name Is Petrunya)」。初めて見る北マケドニア映画、ベルリン映画祭などで評価されたということで、日本でも公開されたのでしょう。この機会は逃してはいけないとばかり、以前からチェックを入れてあった映画。実際、そのような思いの方が多かったのか、映画自体の評判が広まっているのか、コロナ禍仕様の座席配置だったけれど、ほぼ満席状態に、びっくりしました。しかも、年齢バラバラ、男女の偏りもなしという客席に、2度、びっくりでした。しかも、おもしろい、よくできた映画です。結論めいたことを、冒頭に書くと、阪本順治監督の「顔」という作品が被ってきた、そういった作品でした。主人公のペトルーニャは、32歳で、美人でもなく、体型は太目、恋人もいない。大学で歴史を勉強したことに自信を持ってはいても、世間は、全く評価しない。定職に就いてもいない。今日も、母親に促され、縫製工場に面接に行くと、セクハラに遭い、不採用。その帰り道、地元の伝統儀式“十字架投げ”に出くわす。男たちが、寒中、裸になり、橋の上から川に投げられる十字架を拾い、それを拾ったものに「幸せ」が来るというもの。この映画、「幸せ」がキーワードなんだけど、「幸せ」に見放されたペトルーニャは、その十字架投げを見て、思わず川に飛び込み、しかも、男たちより前に、その十字架を拾い上げてしまう。怒る男たち、逃げるペトルーニャ。その様子は、スマホで撮影され、直ぐに、ソーシャルメディアにアップされた。自宅に籠り、十字架を離さないペトルーニャ、正教会の祭司に促され、ペトルーニャを警察に連行する警官。映像が、巷間、広まっているため、ペトルーニャが拾い上げたことを否定し、無理からに、十字架を取り上げにくい教会側、そこで、警察を動かしたということ。おかしな取り調べが行われます。「女が取ってはいけないから返せ」「子どもの頃から知っている」、しかし、調書をとる補助をしている警察官は、無理な取り調べをしていることで、ペトルーニャに同情的、でも、上司や他の警察官は、ペトルーニャを変人扱い。警察が拘束していることを知った男たちは、ファナティックに警察署に押しかけてきているので、ペトルーニャを開放しても、危険ということで、結局、署内に保護状態に。一方、十字架投げを取材していた女性のTVレポーターは、スキャンダルとばかりに、乗り気でないカメラマンを連れて、取材をしている内に、警察署にペトルーニャが居ることを知り、取材にやって来る。うまく作ってあるのが、このレポーター、男女共生の意識が高く、再三、パートナーに私的な電話をする場面があるのだけど、協力的でないパートナーをなじっている。そのスタンスから、関係者にインタビューをしても、いつも、自分のシナリオが先にありきのインタビュー。だからでしょうね、ペトルーニャも違和感を持つのでしょうね、ペトルーニャの頭には、男女共生といったことが、アプリオリにあるのではなく、「幸せ」と感じられる、それを探しているようなのです。警察署に保護&拘束状態にあるペトルーニャ、署の前には狂ったように叫ぶ男たち、この講図、隔てるのは、警察署の入口の壁、この二項対立的な構図が、署内にいても、警察官との間の見えない壁、また、警察署にやって来た祭司との壁に通じるものがあります。その中、署内で腰かけるペトルーニャの物言い、表情が、徐々にしっかりしていきます。この事態に、表情が曇ったり、塞ぎ込んだりとは、真逆の表情、物言いとなっていきます。これが、「顔」という映画に通じるものを想起させました。「顔が変わっていく」、これが「顔」という映画でした。それを、藤山直美が、見事に演じた作品。あの映画で、初めて、主人公の顔に変化が現れ出したのが、妹を殺し、逃亡中に乗せてもらった車の運転手に強姦されたあとでした。「相手にされなかった女が相手にされた」、これです、ペトルーニャの変化は、これです。何か、主張があるわけではない、別段、男女共生なんて標榜するつもりなんてない、だから、レポーターのインタビューを受けたり、支援を提案されたりしても、先に、レポーターの意図を感じてしまうと、スポイルしてしまうのです。そういったなか、いい場面があります。署内で、ペトルーニャの行為を「勇気」ある行為と看ている警察官がいます。それは、調書を取るときに補佐役をしていた警察官です。何かと声掛けをしてくれます。その2人の「ラヴシーン」と言っていい場面です。ここでも壁が用意されます。壁に手をかけているペトルーニャ、「勇気」を讃えながら、その警察官は、壁にあるペトルーニャの手に、自分の手を重ねます。ペトルーニャは、「私なんかのやったこと、動物的なのよ」と、本音を語ったように看えました。そして、「手を重ねてもらうに値しない」と言うかのように、手を引っ込め、壁に背中を向け、慟哭したかのように感じさせられました。これ、名場面だよ! 母親もやって来ます。母親のすることは、自分の「幸せ」に繋がっていかないことを、子どもの頃から知っていることを言うだけです。母親は理解できないまま去っていきます。検事までやって来ます。からかうような対応しか、できるわけはありません。ついに、署長は、ペトルーニャを騙して、十字架を取り上げ、金庫にしまい込んでしまいます。抵抗しないペトルーニャ。映画は終息に向かいます。暴れ過ぎた男たち、逆に、警察署のガラスを叩き割ったため、拘束されてしまいます。これで、解放が可能となったペトルーニャ。件の警察官が声をかけます。「また、連絡するよ」、うなずくペトルーニャ。外に出ると、祭司が、ペトルーニャに十字架を返そうとします。でも、ペトルーニャは受け取りません。「幸せ」を感じることができたからでしょうね。己の存在を、いろんな人たちが、いろんな形で示してくれた、それで十分でしょう、彼女には。そして、言います、いい台詞です、「あの人たちや、あなたたちには、それが要るでしょうから」。もう十分に、「十字架の恵みをいただきました」と言わんばかりでした。うわぁ~、いい映画です。「顔」では、逃亡を図る女は、最後、浮き輪を付けて海を泳いで逃げます、最高の笑顔でした。それに匹敵するラスト、です。
 京都シネマの往復は、いつものようにウオーキング。自宅最寄り駅2つ手前で駅で降りて、更に迂回して自宅に戻ると、すっかりと疲れてしまった。椅子に腰かけ、足をベットに乗せ、お昼寝。ベットに横になると爆睡しそうだったので、そういった格好で、小1時間のお昼寝。最近、これが続いています。昨日は、昼間、そこまで暑くなかったんですが、疲れました。起き上がると、軽く、YouTubeを観ようと、急に閃いた。「世界ふしぎ発見!」で検索。幾つもアップされているので、手っ取り早く、「砂漠に築き上げられた観光都市ドバイ。その驚異的な発展の裏にある、ドバイを治めるカリスマ一族の壮大な計画とは?」(2018/2/17)をピックアップ。久しぶりに観ると、草野さん、とっても、爺さんになってたけど、黒柳さん、むしろ若返っていました。ますます、怪物ぶり発揮にびっくりでした。ドバイの知らなかった歴史、そして、お題で、既に持ち上げている王族が、再三再四、登場。ハムダン皇子の持ち上げ方が、凄かった。それだけの能力の持ち主なんでしょうね。確かに、UAEは、幾つかの首長国が合体したものなのに、ドバイが、アブダビ以下に先行していることは、間違いないわけですから、その秘訣があるはず、そういった目で見ると、確かに、凄い能力ですね。そんなで、夕方の一時、いいお勉強になりました。


2021年 6月 15日(火)午前 6時 21分

 昨日は、小さめの博物館をはしごした日。朝のコロナ情報収集が少なくて済んだことから、午前中に出発することにしました。1つ目が、京都産大ギャラリー。こちらは、先日のオンライン配信で講演を聴いたところの展示がお目当て。第22回企画展「京都の庭を守ったひとたちー森蘊と法金剛院ー」が開催中です。オンライン配信でも紹介があった、マレス・エマニュエルさんが訪ねる、森蘊と共同作業をした庭師さんへのインタビュー映像が、観に来た者を迎えてくれます。これが、想定外の長さ、57分と出ていました。おまけに、会場内に設えられており、椅子も置かれているため、聞こえにくい。展示を観る前と観てからと2回に分けて観ることにしましたが、内容の把握はいまいちというところでした。黄紺が観ることができたのは、柳生陣屋跡、円成寺、森蘊邸宅の3箇所でした。全部で4人の庭師さんにインタビューしたと、確か、配信で言われていましたから、ま、あの状況では上出来でしょう。いずれもが、目に焼き付く、素敵な風景でした。少なくとも、円成寺には、生きている間に行きたいですね。展示は、ほぼ配信で紹介されていたのじゃないかな。法金剛院、東三条殿、浄瑠璃寺、鳥羽殿の4箇所の測量図などの展示に、測量器材や測量報告書、測量の依頼書と言った関係書類が展示されていました。それらの中で、配信では紹介がなかったのは鳥羽殿関係。大部な実測図の一部が展示されていたのですが、「なぜに、この部分?」という、最北端部が展示されていました。鳥羽殿と鳥羽離宮というのは別ものなの? 鳥羽離宮の跡地とされている安楽寿院や城南宮を含めた測量図を展示すれば「見栄えのするものを」と思ってしまったのですが、、、、。
 スペースが、さほどあるギャラリーではないので、時間は、いくらインタビュー映像を観ていたからと言って、さほど要るわけではありません。そういったことで、もう1箇所、歩いて行ける距離にあるギャラリーを用意してありました。これは、前回、京都産大ギャラリーに行った帰り道で見つけたところ。ウオーキングがてら、歩いて、遠目の駅に向かっていたから、見つけることができたのです。しんらん交流館付属のギャラリーで行われている“2021年交流ギャラリー「絵はがきでめぐる日本と戦争-ラップナウコレクション-」”という展示が、それです。「春の法要・4月2日の全戦没者追弔法会にあわせて開催」と、開催の趣旨が認められていましたが、会場内にも掲示されていましたが、本願寺が、かつての戦争に加担したという事実への反省の念が、こういった展示開催のベースにあると見受けました。「ラップナウコレクション」というのは、アメリカ人のドナルド・ラップナウさんと、日本人の妻ミチコ・ラップナウさんを指しています。ご夫妻が収集された絵葉書、その経緯が書かれていましたが、観光土産としての顔以外に、情報を伝達するメディアとしての機能を持つ絵はがきに注目され、なかでも日本の戦争に向かうときのものに特化して行かれたことで、今回、展示された絵葉書収集が成ったということでした。日本の統治の拡大、日中戦争、太平洋戦争の拡大、占領統治の正当化、ドイツやイタリアとの同盟へ向かう姿など、正にプロパガンダとしての役割を果たしていることが判ります。1つ1つが、そもそも判りやすいものだから、ゆっくり、じっくり観てしまいました。おもしろい切り口の展示です。黄紺は、たまたま通りかかったので観ることができたのですが、多くの人に観てもらいたい、そないな思いにさせられた展示でした。
 小ぶりのギャラリーとは言え、2箇所を回ると、わりかし重量を感じました。数は少ないけど、それだけ、内容的に濃いものだったからでしょう。この往き帰りをウォーキングにも充て、且つ、自宅最寄り駅2つ手前駅で降りてのウォーキングの追加なんてことをしたために、自宅に戻ったのは、午後2時頃だった。思いの外、時間を要しました。しばし、椅子に腰かけたまま、お昼寝。自然に眠っていました。完全に横になれば、夕方まで眠ってしまっていたかもしれません。椅子で眠ったため、小1時間でお目覚め。午後の一時ができました。「こうもり」完走しました。ただ、この動画、黄紺が、生で観たときからいじられたのじゃないかな。舞踏会と監獄の入れ替わり、1回しかなかった、2回だったと思ってた。「チャルダーシュ」の目的外使用も、違った。黄紺の記憶違いかなぁ。「チャルダーシュ」の前に、ロザリンデとアイゼンシュタインが舞台からはけなかったので、「?」が点ったのでしたが、すると、そのまま、舞台に残ったロザリンデが「チャルダーシュ」を歌い出してしまった。かなり不可解の気持ちになってしまっています。自分の記憶との齟齬ということなんで、確かめようがない。これは、ちょっとまいった! だから、「えらいもの見つけた」と思っていたのが、かなりトーンダウン。見つけなければ、記憶の中で生きてられたのにと思っても、詮方なし、です。
 昨日は、しつこく、夕方のウォーキングまで、普通にしてしまった。軽く30分ほど歩くつもりが、普通に歩いてしまった。体調はいいんでしょうね。昼間のお出かけがてらのウォーキングで疲れながら、恢復力があったということなのでしょう。最後に、万歩計を見ると、楽勝で、2万歩超えていました。逆に反省です。歩き過ぎた。腰を労わらねばならないのに、反省です。


2021年 6月 14日(月)午前 5時 39分

 昨日は日曜日。世間的には、何某かの意味のある日曜日かもしれないけど、自分的には、全く普段の一日。天気予報では、雨だったのだけど、実際に、雨が降ったのは、ごく限られた時間。日々、ルーティンにしているウォーキングには、全く障りはありませんでした。むしろ、曇天が幸いして、この間、続いていた暑さが一休み。心地よい風まで吹き、ウォーキングには、とっても有難い日となりました。でも、気温は、そこそこ高いのでしょうね、ウォーキングのあとは、Tシャツを変えることを選んだ日でもあった、そないな日でした。
 最近の日曜日のお楽しみは、NHKプラスで「日曜美術館」を観ること。昨日のお題は「七転八虎不二~変容する画家 タイガー立石~」。タイガー立石って、初めて聞く名前でした。赤塚不二夫の周りにいた人ということで、どこかで、そのお名前を目にしているのだとは思うのですが、さっぱり心当たりがないというのが、実際です。その生涯、それに沿って、作品群の紹介がありました。現代の作家さんには、全くと言っていいほど疎い黄紺にとっては、こうして紹介していただけると、目から鱗の連続です。また、とんでもない才能に遭遇してしまった感、満載です。1964年、東京オリンピックの年に、突如と現れた才能だそうです。「立石こういちのような」という作品で、一躍、注目を浴びたそうです。自己紹介となる作品、それまでの人生で目にしたものを取捨選択して、己を表してはいても、そこには自我の表現というものが見られず、むしろ距離を置いているという形での自己紹介作品と解説が入りました。「汝、多くの他者たち」、ストロボのような描き方が特徴の絵画作品で、このあと続く作品からすると異色に映る、純粋な絵画作品。「明治百年」「荒野の用心棒」といった作品では、既製作品、ものを使って、何やらメッセージ性を感じさせるもの。そういった絵画作品を表したあと、突如として、タイガー立石として、ギャグ漫画家としてデビュー。これが大当たり。赤塚不二夫が、「触発受けた」旨を語る映像が流れました。紹介された作品を見ていると、確かに、赤塚作品のナンセンスさに、相通じるものがありますね。更に、TIGER TATEISHIと改名し、漫画家に。台詞のないナンセンス漫画で、その個性を発揮し、言葉を経ないで、国際的評価も上がったということです。人気が出ると、引越しします。そして、新たな創作方法を編み出すというのも、この人の特徴。1969年には、ミラノに居を構えることに。漫画的なコマワリ絵画を考案して、国際的評価も得て行ったそうです。「Cubic Worlds」「Moon’s Satisfaction」「約束の時間」という作品の紹介がありました。一方、その時期は、イラストレーターとして活躍、日本だけではなく、ユニークな作品を求めていたと言います。「ミラノ10年目のダイアリー」という自身の予定表には、イラストレーターとして注文に応えていく姿が垣間見えます。だけど、人気が出ると、また、ミラノを引き上げ、千葉県の民家に移住。晩年の創作が行われます。「タイガー・ゲルニカ」が、ここでの作品として紹介されました。舐めたようで、にこりとさせられる作品。ギャグ・センスが、いろんな分野で華開くといった印象。平成になったことで描かれたのでしょう、1990年に「明治・大正・昭和」を表した三部作を発表、大作です。自分の目にして来たものを貼り合わせたような作品。その後、立石大河亞に改名。創作意欲、表現方法の模索は続きます。鉛筆で描いた巻き絵、陶器制作とジャンルは拡がってきます。陶器作品では、有名作家の肖像と、その作品を表裏、どちらが表で、どちらが裏かは判らない作品を残しています。ここにも、ギャグ・センスが光ります。最後に、晩年の作品「七転八虎富士」がありました。ホント、アイデアの宝庫、それを生み出すエネルギーに圧倒されるばかり。おもしろい。作品の展示は、関西圏から一番近いところを巡回するのは、高松市美術館、日帰りでも行けるところ。行ってみたくなりました。大阪にも行かないのに、適当なこと考えています。NHKの公式サイトには、“「売れっ子になりそうな危機」を感じると名前も住まいも変え、ジャンルすら捨ててしまう。ポップアート、漫画、工業デザインのイラストレーター、絵本作家、陶芸家。たえず変容し、七転八倒し続けた、立石のミラクルワールドへ”と書いてありました。全面的に納得ですね。
 午後の一時は、待望のフランクフルト歌劇場の「こうもり」(クリストフ・ロイ演出)をピックアップ。先日、偶然、見つけたYouTubeの動画。記録のためとかというものではなく、公開目的で撮ったことが判るカメラの動き、アングル。どういった加減で、撮られたのかは、今のところ判っていませんが、自分的には、とってもありがたいもの。このプロダクションの特徴は、装置が、邸宅の客間のようなものを、一貫して使うこと。舞踏会と言った場面はなし、替わりに、人の賑わいを出すために、バレエ数人、コーラス数人が、賑わいを表現するときにだけ出す。今回、初めて知ったのですが、コーラスの本体は、オケピットの後方で歌っていました。これ、歌劇場では気が付かなかった。バックステージで歌っているものと思っていました。アルフレードが、アイゼンシュタインとして収監された刑務所の場面と舞踏会の場面は、時系列的には同じなはずということで、これが交互に舞台に出て来る。看守は、オルロウスキと同じ歌手が演じる。カウンターテノールの歌手が、台詞もファルセットでというのがオルロウスキのとき、地声になると、もちろん衣装は変えるのだけど、そのときは看守となる、アリアの「目的外使用」と、黄紺は、勝手に呼んでいるのですが、本来の趣旨とは異なった意味合いを持たせて使う、これがある、これだけ並べば、そりゃ、初めて観た目には驚異でした。そこへ、ロイ作品ですから、とっても芝居を求めます、また、そういった歌手を揃えています。この動画でもそうです。台詞回しから、動きが、正に「歌える役者」が集っているものだから、凄いものを観てしまった感が残りますね。YouTubeの自動翻訳機能を使い、日本語字幕が出ることは出るのですが、台詞のときだけです。しかも、かなり、酷い翻訳なもので、実際の台詞の僅かなヒントくらいにしか使えないのが、ちょっと想定外。時々、耳に残るドイツ語の台詞が役立つときがあるほどだから、当てにすると、とんでもないことになるということを、頭に入れながら観ていると、居眠りなんてできないですね。そんなで、一挙に、2時間近く、この動画を楽しんでしまいました。でも、まだ、2/3ほど進んだところです。


2021年 6月 13日(日)午前 7時 13分

 週末に入りました。でも、変わりばえのしない一日。午後に、オンライン配信で、講演を聴くことができたのが、ちょっとした違い。あとは、普段通り、日に2回のウォーキングだけが、外出時間と寂しい生活。昼間は、気温が上がるけれど、夕方は、結構、爽やかな風が吹き、ウォーキングも心地よい。夏は暑いのは当たり前だけど、気温の日較差があると助かる。こんなだと、日中の暑さも苦はないんだけどと思ってみても、そういった時期も、また、短いんだろうな。
 「京都産業大学/ギャラリー講演会」というのが、オンライン配信で聴くことができた講演。京都産業大学が持つギャラリーでの展示に合わせて行われた講演会です。当初は、会場とオンラインの2本立てで計画されていた講演会でしたが、昨今の状況から、全てオンラインで行われました。1度、生での講演会に参加したことから、こういった、新たな企画があると連絡をいただけるようになりました。さほど広いスペースではないのですが、地味に、おもしろい企画のもとで展示が行われるので、毎回、楽しませていただいています。今回の企画は、森蘊がテーマ。この人に関しては、今年の初めころ、京都アスニーでも、講演会が持たれていたと記憶しています。そのわけが、昨日の講演で判りました。去年が、森蘊が係った庭園の復元事業のアニヴァーサリーの年だったそうです。ところが、コロナ禍のために、1年ずれての開催となったということで、展示自体も、現在進行形で開催中です。この講演を聴く前か、聴いた後か迷って、結局、聴いてからギャラリーに行くことにしました。企画展は「京都の庭を守ったひとたちー森蘊と法金剛院ー」という名称。その「法金剛院」がアニヴァーサリーに係わっているということです。講演のお題は「浄土を求めつづけた森蘊」で、お話をされたのは、京都産業大学文化学部准教授のマレス・エマニュエルさんでした。なお、森蘊は、元国立文化財機構奈良文化財研究所に籍を置かれていた関係で、没後、遺族から、残された資料を、同研究所に寄贈されたことで、同研究所の協力で、今回の企画展が実現したこと、また、8月だったかに、今度は、内容を改めて、奈良でも、同様の展示があるということで、同研究所文化遺産部長の内田和伸さんから挨拶があるとともに、2回の企画展の趣旨が説明されました。講演者も、同研究所で、その寄贈された資料の整理、分類に関わられた方。庭園史がご専門と見受けました。森蘊という方の成果を2つと、まず規定されました。1つは、庭園の復元研究。現在は残ってないものの測量をして、かつてあった庭園の規模や様相を、測量図や平面図で再現しようという試みです。森蘊という方は、これに寄与された。東三条殿、鳥羽殿などの測量を行ない、図面に、その昔の姿を再現する試みです。前半で、この成果を、残された図面を中心に見せていただけました。森蘊は、あくまで原型の復元ということでの調査をしていることが凄いことだと強調されていました。2つ目は、復元整備という仕事。こちらは、測量するだけではなく、元の姿に戻すという作業。法金剛院がそれに当たるわけです。平安時代後期の庭だそうですが、部分的に残っていた滝石組みの発掘、そして、出て来たに滝石組みに合わせて庭園の再現の試みだそうです。これは、復元ですから、その測量図はもとより、復元課程を画像として残したり、記録をするという作業をしています。実は、現在では、復元修理という仕事では当たり前になっている作業の雛型を作ったのが森蘊だということでした。現在も、森蘊の行った方法が踏襲されていると言います。その偉大さが、ようやく黄紺にも解ってきました。それが、とっても身近に感じさせる具体例を最後に取り上げられました。それが、浄瑠璃寺庭園の復元。こちらも、平安時代後期の庭園。復元時期が、1975‐76年と聞いて、思い出しました。確か、その当時、家内が言ってたように思います。「新しなった」と。その前だか、後だかに行ったときか、また、別の日だったか、そないな細かなことは覚えてないのですが、そないなことを聞いたことを思い出しました。一挙に、身近になったことは間違いありません。ただ、その話を家内としたとき、「ちょっとなぁ」みたいなことを言ってたことも思い出しました。講演の中で見せていただいた、ビフォーアフターの2枚の画像で、そのことも思い出しました。また、講師の方も言われていました。「当時は賛否があった」と。浚渫をして、また、雑木を取り除き、護岸を整えた姿は、きれい過ぎるのです。寂れた雰囲気が良かった思い出のある浄瑠璃寺庭園が一変すると、そういった意見も出てくるのも不思議ではないのじゃないかな。講師の方は言われていました。「庭は常に形を変えていきます」、確かに、草が生え木が生え、土砂が溜まり、雨風で石垣が崩れ、、、形を変える。だから、復元整備をするときに、元の姿にする意味があると。これも道理だと思えました。と、ここまで、身近になると、その奥の深さを体感するためには、早々に、こちらのギャラリーに行くことにしたいと思わせられました。


2021年 6月 12日(土)午前 7時 12分

 昨日も、暑い一日。梅雨は、どこへ行ったのか、NHKのニュースでも言ってたほど、嫌な雨に悩まされることがないだけ助かってるけれど、暑い。そういったなか、午前中からお出かけのあった日でした。京都アスニーが再開され、そこでのイベントも開催されたのです。さすが、きわどいご時世だったこともあり、人出は、いつもよりか少なめ。警戒しているのか、再開に気付いてない人がいるのかは、黄紺の知るところではないのですが、とにかく少なめであったことは確か。「神仏和合の京都文化学」というお題で募集されたんですが、 講師の石清水八幡宮権宮司、京都産業大学日本文化研究所客員研究員の田中朋清さんは、「石清水八幡宮における神仏習合~神仏習合の日本文化学の視座から見た神社仏閣の現在地を考える~」と、複雑なものに変えられていました。焦点は「神仏習合」に変わるものではありませんでした。冒頭、長々と、ご自身の紹介。それはそれでおもしろいもので、且つ、本題に入って以後の、お話のスタンス、宮司という地位でありながら、とってもフラットに語られるというフラットさの出て来る背景が判り、この冒頭の長いお話も、この講演の一部と了解。「神仏習合」の掴みは、石清水八幡宮の由緒から。祭神は「八幡三所大菩薩」、八幡神が仏道に入り大菩薩となったとなっていた。更に、開基が、弘法大師の弟子で、南都大安寺の和尚だった行教和尚と、「神仏習合」の姿が判りやすい。本題は、神道は、その神々が、自然崇拝と結びつき、万物に存在することから、人や言葉、人形が、神になりうるものとのお話に、神道なりの合理性を知りました。また、元々、神々は不完全な存在とされており、一神教に看られるような唯一絶体の存在とは考えられていない。なるほど、そこに、「神が仏道に帰依する」という物語が紡ぎ出されたのかと、納得。その仏教の受容は欽明天皇の時代。そこから、神仏習合が始まった。「伊勢神宮」もそうだったと、神宮寺となった寺院と神社の配置が曼荼羅になっていたことをお話されていました。石清水八幡宮は、青蓮院(天台宗)系の神宮寺となったそうです。それが、明治になり、分離。神社が国家管理に入る。神社の格付けも、ここからだそうです。伊勢神宮をトップに村社に至るヒエラルキーは、昔からあったものではないということです。分離されただけではなく、神宮寺の廃止、それに伴う、寺領の削減、寺宝の売却、散逸。これは、仏教寺院だけではなく、国家管理に入った神社には、内務省から役人としての宮司が入って来て、そういった寺領の処分だけではなく、神社の宝物も売却されていったとか。京都五山は禿山に、大徳寺に至っては、寺領が1/10以下になったそうです。これは、歴彩館の講演で聴いた記憶がありますね。石清水八幡宮の宝物も消えたそうです。八幡神は戦の神と捉えられた時代があるので、源氏や戦国武将の奉納したものがあったはずです。具体的に上げられておられました。でも、無くなった、それで儲けた役人宮司が、各所にいたようです。国家管理に入ったため、戦後のGHQの方針も堪えたようです。ま、それは言われるとして、視野の広さを感じさせたトピックとして、日本の戦後経済成長期に、農業が犠牲になっていく、工業発展の見返りにというお話、それと、振り出しに戻っての自然崇拝と結びつけて、神道を語っておられました。相変わらず、戦前の国家体制に組み込まれた神道を追い求める人たちとは、一線を画したお話。一貫したフラットなスタンスに、神道の歩く道をお考えになっている、正に、お題に掲げられた「現在地」に立脚されたお話と看ました。また、宗教人として、国際平和に関わるお仕事もされているそうです。自らの地位、それを発信源にできるなら、それで、何ができるかを考えられている姿勢に共感を覚えました。
 京都アスニーの往復は、いつものようにウォーキングに活用。帰りは、自宅より1駅手前で降り、且つ、マート経由で帰ると、結構な迂回コースとなることから、いいウォーキングになりました。夕方も、昨日は、ウオーキングを入れたため、普段よりは、長めの時間を充てることができました。自宅に戻ったのは、まだ、午後2時前。帰宅がてらのウォーキングは、暑いなかだったため、結構なお疲れ。午後の一時は、まどろみからスタート。それから、一昨日から始めたオペラ紀行用資料作り、要するに、来年の復活祭、ペンテコステの時期の歌劇場の予定を漁る作業。やはり、あまり出してないですね。コロナ禍の深刻な影響を感じてしまっています。とりあえずは、ハンブルク州立歌劇場が出していたので、そんなには拾えなかったのですが、拾っていると、有名オペラが並んでいます。これで、少しでも客集めをしようの魂胆なのか、そないなうがった見方が出てきてしまったラインアップですね。アルトゥール・ルチンスキが、パパ・ジェルモンを歌いますね。アンブロージオ・マエストリがシャープレスを歌う「蝶々夫人」なんてのもあったけれど、ここの「蝶々夫人」は敬遠気味なので、これはパスかな? そんなことで、一人で盛り上がっています。でも、ルチンスキは、今、一番聴きたい、そして、まだ聴いていない歌手の筆頭格に入る一人ですものね。聴けたら、いいですね。ハンブルクを出てくるとき、「これが、最後の外国か」と思ったこと、思い出してしまいました。


2021年 6月 10日(木)午後 11時 8分

 今日も、お出かけなしの一日で、特段、何もない一日。しかも、猛烈に気温が上がった日。別に、今日だけではないけど、もう、暑いとしか、言葉が出て来ない。まだ、30度を、ちょっと超えただけなのにと思いながらも、暑いのだから仕方がない。身体が慣れてないのか、ルーティンにしているウォーキングに、少しあごを出し気味。間なしには慣れるとは思うのだけれど、急激な気温上昇は、なかなか大変なものです、今に始まったわけではないけどね。昼前のウォーキングでは、大失敗。出発してから、予定していた家事を思い出し、半ばで切り上げねばならなくなった。寝る前に、自分に言い聞かせていながら、すっかり失念。よくあることとは言え、修正を考えるだけで面倒な話。ウォーキングもしたいし、でも、明日に回せない事情もありで、ウオーキングの途中切り上げを選択。ま、結果オーライかな。
 午後の一時は、一念発起、オペラ紀行ができるものとして動く決意をしました。成り行きは判らないけど、日本とドイツ、また、飛行機の関係で中継地となる国が、出入国、ないしは、トランジットで、どのような扱いをするかは、そのときにならねば判らない状況に入ってきたのかなと思い始め、まず、ワクチン接種忌避を撤回、9月以後に接種を受ける決断をしました。要するに、最悪、来年のペンテコステの時期のオペラ公演を観ようじゃないかの魂胆なのです。ドイツの歌劇場が力を入れるのが、クリスマス、復活祭に、このペンテコステ。クリスマスは冬だというのが気に入らないのと、まだ、早いと看ました。微妙なのが、復活祭。来年の復活祭の主日は4月17日。嬉しいことに遅い。ペンテコステが6月5日。この2つのキリスト教の祭儀に合わせて、オペラ公演の拾い出し作業を、ついに開始しました。1年ぶりです。6月くらいまでは、まだ、拾おうとしてましたからね、去年。幸い、健康状態は、去年の夏を最後にして、変なことが起こってないので、ちょっと自信を持って来てしまっているので、こないな考えを持ってしまっています。保健省長官の言葉を信じるなら、9月には、トルコに行けそうです。信じてへんけど。でも、ちょっと、その気になってきました。もう行けないと思っていたトルコに行けるかもと思わせる、でも、胡散臭さいっぱいの会見だったけどね。既に、現時点で、日本からはトルコへ、ワクチン証明があれば大丈夫です。ややこしいことはない。すかすかと言われた日本の方が厄介ですから、成り行きに注目は日本の方です。で、とにかく、ドイツの歌劇場の予定を調べ出しました。6月のこの時期なら、多くは、HPにアップしています。が、さすが少ない。ようやく、再開したところですから、目先でいっぱいいっぱいなのでしょう、致し方ありません。その中で、フランクフルト歌劇場がアップしてくれていました。その中に、クリストフ・ロイのプロダクションで、な、な、なんと、「フェードラ」が入っていました。これに黄色マーク。このマークは、これを外さないで、予定を組むための目印です。もう1つの注目は、元工場跡を劇場に改装したスペースを、フランクフルト歌劇場は持つのですが、そこで、ブリテンの「真夏の夜の夢」が予定されています。以前、1度、行ったことのある会場、再訪ができれば、ブリテンのいいオペラながら、上演頻度の落ちる作品に出逢え、且つ、「フェードラ」との組み合わせが可という、結構な情報を得ました。そんなで、情報収集だけでも楽しい。実際に行ければ、もっと楽しいのですが、さて、問題はそれだよねと、振り出しに戻ってしまいました。
 肩こりがひどいのと、フランクフルト歌劇場以外、ライプチヒ歌劇場ですら、まだアップしていない現況ではと、ペースダウンしたことで、今日は、そこで切り上げ、落語の動画を観ることにしました。2本観たのですが、それは、①笑福亭鶴志「死神」②桂枝雀「八五郎坊主」。鶴志は、昨日からの狙い。鶴志の「死神」は、持ちネタだったことすら知らなかったので、選択。思いの外、現代語感覚の言葉遣いをしているのが意外だったな。昨日、五郎兵衛師の口演が、まだ、残っていたかもしれません。それと比較してしまってました。幇間が、死神と出逢うというもの。気になる下げは、寿命が確保できたと祝杯をあげたところ、盃から酒がこぼれ、結局はお陀仏という、ちょっとふざけたもの。思わず、口直しに、他の噺家さんの「死神」を聴きたくなってしまいました。でも、考えたら、こういったアホげな落ち、ナンセンスな物言いも、鶴志の持ち味だったなと、感慨に耽ってしまいました。②は、枝雀ものが、大量に出て来たので、じゃ、枝雀をと選んだもの。なんせ、定評のあるネタだけに、どこもかしこも、おもしろい。この枝雀の口演が受け継がれ、現在に至っていると思うと、同じようなテキストが出てきても、処理の仕方が、全然、違う。台詞と所作の一体感、有機的な一体感が、ほんと、すごい。全身全霊の噺家さんだと、改めて確認。マクラでは、多くのショートショートを出してくれています。これも、貴重じゃないかな、この動画。ということで、時間のこともあり、今日は、上方の噺家さん特集になっちゃいました。


2021年 6月 10日(木)午前 6時 36分

 昨日も、お出かけなしの一日。ごく普通の一日。真夏のような日であるのは、前日と同じ。もう梅雨明けかと思い、週間天気予報を見ると、来週は、傘マークが続くので、そうでもないみたい。このまま、真夏に繋がるとたまったものではないと思っていたら、そうでもないみたい。去年は、7月後半の長雨で、えらく気温が下がったのを思い出しました。今年は、どうなんでしょう? とりあえずは、日に2回のウォーキングは、通常通り。午前中は、安いお酒を売るマートがコースに入るように、ウォーキングのコース設定。夕方は、久しぶりに、自然の多いコースを採用。なぜか、このコースを、最近、採ってなかった。相変わらず、犬の散歩に使う人が多い。
 午後の一時は、「チャルダーシュの女王」を完走。記録のために撮ったようで、一貫して固定カメラのアングルだけで、そういった意味では、おもしろみのない動画だけど、このオペレッタに接しられただけで、御の字。さすが、台詞場面で、うとっと来るところはあったけれど、わりかし居眠りなしでの完走となりました。これを鑑賞後、何気なく、YouTubeの検索に「Fredermaus」と入れてみた。すると、フルでの動画が幾つか出ていた。幾つかに、まず驚いたけれど、最初にクリックしたの、サムネイルの傍らに、小さく歌劇場名が出ていたのだけど、小さかったのでクリックしたときには判らなかった。そこで、実際の画面を眺めると、何となく既視感がある。概要欄には、何も書いてないので、仕方がないので、最後のクレジット画面を流すことに。既視感、大正解で、且つ、のけぞるほどの驚きでした。その動画、あろうことか、黄紺のオペラ体験の中でも、ウルトラ大事にしているプロダクションでした。だって、クリストフ・ロイのプロダクションのフランクフルト歌劇場のものだったのですから。おまけに、この動画、日本語字幕を出すこともできます。この先、近い内に観ます。これ、再度、観る値打ちがあるとともに、特異な進行をしているプロダクションなので、それの確認をしてみたいのです。まだ、同じオペラで、他の動画があったので、それをクリック。それは、ウィーン国立歌劇場のプロダクションで、なんと、オウロウスキをアグネス・ヴァルツァが歌っているものでした。これも、早速、URLをメモっておきました。この2つだけではなく、まだ、動画が流れているようです。やはり、世間的には、「チャルダーシュの女王」よりか「こうもり」の方が、人気は高いようです。
 もう1つ、午後の一時で、動画を観ました。落語の時間にしたってことで、露の五郎時代の五郎兵衛旦那の口演で「大丸屋騒動」。この血なまぐさい落語の動画を観れるだけで、有難い。以前にも、この動画を観て、こちらにも、そのメモの残したことがあったかもしれない、そう思いながら、貴重な映像を楽しみました。今の若い噺家さんには出せないだろうなと思える大阪弁の感触が、いいですね。それに加えて、芝居気たっぷりの五郎兵衛師のことですから、羽織の操作、見せますね。羽織の紐を解いたり結んだりで、人物の描き分け、身体の角度を変えることで、羽織がはだけたり、肩からするっと落ちたりと、えらくカッコいい! 更に、刀を振り下ろすときのシャープな動きに、妖刀の「妖」の雰囲気が出てる。若干、口演の流れがスムーズでないのだけが難だけど、頗る付きの貴重な映像で、名演です。まだ、時間があったので、「笑福亭」で検索。20分程の動画を探したけれど、探している内に、どんどんと時間が過ぎ、結局、諦める羽目に。さっさと、鶴志師の動画選んでおけば良かったと後悔。どんなものが上がってくるのか、そればかり追いかけてしまい、時間切れで、残念。またの機会です。
 夜半、NHKプラスを使い、「歴史探偵」を観る。秀吉の「中国大返し」がお題ということで、飛び付いた。講談を聴くようになり、こうしたお題に関心が高まってしまったのです。言われる前から気になっていた、短時間での引き返し。それを検証してくれていました。鎧を入れて運ぶ櫃なんてものがあったの、初めて知りました。大変な重量、それを担いで、特急で引き返し、食糧も、、、、ここで、寝てしまった。晩酌をした後だからと言っても、これは、酷い。「歴史探偵」の再放送分は、NHKプラスでは配信してくれないので、酷いのです。大概、こういった寝落ちで、一日が終わる、黄紺の日常です。


2021年 6月 9日(水)午前 7時 6分

 昨日は、お出かけなしの一日。もう真夏の暑さです。ついこないだ、暖房を入れたじゃないかと思っても、暑さの進行具合は待ったなしの感。まだ、6月上旬だよと言っても、暑いものは暑い。まだ、家内では、暖まらない部屋があるので、安穏とした日を送ることはできている。日に2回のウォーキングは、欠かすことなく実行。そして、やはり、昨日も、トルコのコロナ情報は少なめ。手を変え品を変え、報道の仕方を模索してきたマスコミも、終わった感が出てきているのかな。紙面作りが単調になって来ているため、ふっと、そんな印象を持ってしまっています。ヒュリエット紙を見ていて、ちょっとぎょっとした記事があった。集団免疫を確保するために必要なワクチン接種率を上げるために、非接種者にペナルティっぽいものを課すことを検討しているという情報。年齢層が下がると、ワクチン接種に無関心だ、第一、ワクチン対策の措置に従わないのも、その年齢層。だから、ワクチン接種率も上がらないという考え方が基になっている。HESコードを持ってないと、バスに乗れない、AVMに入れない、それを、非接種者に適用ということ。ここまで、トルコ的対応に、一つの考え方で統一された、一つの方法として理解してきたつもりだったけれど、それでも、これには違和感持ってしまった。そういったことが実現するかは、未定な話だけど、一方で、イスタンブル・レポートには、主たる病院の関係者が、接種者の年齢層が下がることで、予約を入れた人の接種率が100%というデータも紹介されていた。これで、年齢層が下がるとワクチン理解が進むと思ったのとは、印象が違う。無視する人と、能動的に動く人との両極分解ということなのかもしれない。かなり、興味の尽きないテーマです。黄紺自身、接種をしていないものだから、自分の問題のように思えてしまったのかもしれないとは思っているところです。
 午後の一時は、YouTubeのお世話になりました。前半は、またしても、「日曜美術館」で検索。わりかしアップされています。YouTubeではない動画サイトにも、結構、見つけているので、当分、楽しめるかなと思っているところです。その中から、昨日、ピックアップしたのは、「大正美人版画を極める 橋口五葉」(2008/01/13放送)。「大正」「美人版画」に惹かれてチョイス。橋口五葉という作家さん、初めて知りました。日本画に関する知識、ほぼゼロですから、いい勉強になります。鹿児島出身で、青年期に狩野派の日本画を学び、東京に出て以後、西洋画も学んだという人。漱石との出会いで、漱石の著作の装丁を任され、漱石も、とっても気に入っていた由、それをきっかけに、泉鏡花など装丁を依頼しているほど、その世界で名を成した人だそうです。西洋画では、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティに惹かれたこと、泉鏡花の装丁で、木版画を使ったことで、自身も、その魅力に嵌っていった、こういった流れで、美人画に辿り着いて行ったようです。「孔雀とインド女」で文展に入選、その後、2度、落選。その後に開花したのが、三越のコンペで1等を獲得したのが美人画「此美人」。アールヌーボー風の椅子&美人を描き、美人画に自信を持ち、その画風が、浮世絵の美人画風だったことから、当時、廃れていた江戸時代の浮世絵に傾倒していったということです。浮世絵に関する書き物も残すほどの傾倒ぶり。でも、生涯で残した美人画は7点のみ。但し、美人画を描くために、かなりの推敲をしたようで、とんでもない数の女性のデッサンを残しています。様々なアングルで、また、少しずつアングルをずらして描いたものです。その凝りようは半端ではないものがあります。41歳で急逝しているので、数が少ないということがあるのでしょうね。材料が残った分、余計に、惜しい才能という印象を持ちました。五葉作品を復刻された店の方が登場され言われていました。「この髪の毛、できませんでした」「神の本数を数えてもらえれば判ると思います」、それほど、繊細な作品、木版ですから、彫り師、摺師との呼吸が合わないとできない極上の作品だということですね。紹介された作品を記録しておきます。「孔雀とインド女」「此美人」「髪梳ける女」「化粧の女」「長襦袢を着たる女」「欲場の女」「紅筆を持てる女」「浴後之女」「夏衣の女」(後半の7点が「美人画」とされるもの)。これは、貴重な機会を得たものと感謝の1本となりました。日本画の世界も広がってきました。ほんの端緒だけど。奥は底なしのようにも思えますが。一方で、ロセッティという作家さんを知ったのも、大きいな。
 YouTubeのもう1本は、オペラ配信を楽しむというもの。ブルガリアのルセ国立歌劇の「チャルダーシュの女王」(ゲオルゲ・シメオノフ演出)をピックアップ。ただただ、「チャルダーシュの女王」を観たくて選びました。年に1回くらいのペースで、このオペレッタ観て来たのじゃないかな。ドイツのオペラ紀行で、よく見かける作品であることは間違いないけれど、確かに、最も上演頻度の高いオペレッタは、これか、「こうもり」じゃないかな。むせび泣くような、カールマンの音楽は中毒性があります。だから、デュッセルドルフで、これを観たとき、隣のおじさまが、音楽に合わせて口ずさまれたとき、文句を言う気にならなかった。「俺も、やりたいよ」で。そんなに好きなオペレッタってことで、「ルセって、どこ?」と調べたほどでも、観てしまっています。舞台が狭く、しかも、家並みっぽい装置が前にせり出しているからか、やたら狭く感じてしまう舞台だけど、1幕と2幕も同じ装置を使い、スクリーンを、ホリゾント中ほど上部に設え、場面を表す程度のものだけど、カールマンの音楽があればいい。歌手陣が、装置のようにはしょぼくないので救われています。そんなで、「燕の二重唱」まで観てしまいました。今だに、台詞が、ブルガリア語なのか、ドイツ語なのかも、判ってない録音状態だけど、カールマンの音楽があればいいのです。


2021年 6月 8日(火)午前 7時 23分

 昨日は、お出かけを決めていた日。この1週間で、一番、ゆとりができるのではと予測を立て、この日を、お出かけと決めていました。すると、それが当たり過ぎ。午前中は、通常通り使えると、昼前のウォーキングを考えていると、朝方追いかけるトルコのコロナ情報が、えらく少ない。トルコでは、コロナは過ぎつつあることになっているのでしょうか、コロナを扱った報道が少ないので、結果的に、ゆとりができてしまった。昼前のウォーキング前に、YouTubeにアップされている「日曜美術館」の動画を検索をして、1本をピックアップ。それを、丸々1本観てしまうことができるほどのゆとり。で、ピックアップしたのは、「奇想の迷宮/種村季弘の眼」というお題の回、2000年6月25日放送分だとか。種村季弘が、美術家じゃないのになぜというのが、基本的な動機。魔術だの錬金術、オカルトといった摩訶不思議な名を持つ著作を、多数上梓しているドイツ文学者。ま、美術評論なども、多数手がける人だから、取り上げられたのでしょうね。黄紺的には、そこまで守備範囲を拡げられなくて、その著作に接したことはない。だからこそ、こういった番組は、頗る付きで有難い。その内容を、箇条書き的にメモっておきます。①ヨーロッパの異端と言われる作家の紹介(フックス/一角獣の結婚、ベルメール/ドリアーヌ)②ドイツ文学者池内紀による種村賛歌③バロック的集合(歌川国芳/女の身体集合で描いた1つの絵、アーティン・ボルド、今道子/魚のような生ものでオブジェ作り写真に撮る)③若い作家へのエール(渡辺隆次/天界の図像、四谷シモン/機械仕掛の少女、赤瀬川原平/千円札で描いた梱包カバン、井上洋介に悦楽の共宴を看る)④身体・ねじれ(吉野辰海/影犬/ねじれいぬ、ヤンセン/自画像、土方巽の舞踊)⑤風(秋山祐徳太子/ブリキの彫刻作品)。一風変わった作品群、それに種村流解説、それを、著作を部分引用して紹介してくれるのだが、難解で、よく解らない。結局、不思議な世界を垣間見せてくれたことだけが解ったけれど、その不思議な作品群を観れたことが正解かな。
 そして、午後は、京都シネマへ。ドイツ映画「グンダーマン 優しき裏切り者の歌」を観てまいりました。タイトルにもあるゲアハルト・グンダーマンは、東ドイツの歌手。昼間は、コトブスの露天掘りの炭鉱で働く労働者。何回か、「ベルリンまで143㎞」という道路標識が出てきます。この露天堀りのシーンが、再三再四出て来るけれど、よく、こないな大規模な掘削機を撮ることができたなと思える巨大なもの。ここのシーンは、初めて、コトブス駅に降り立ったときの殺伐感に一致する。そこで働き、仕事が終わるとステージに上がり、自作の曲を仲間とともに歌うという歌手活動を行っている。そのグンダーマンの過去、言い換えると東ドイツ時代と、東ドイツ崩壊後の現在が交差して進行する。同じ俳優が、グンダーマンと、その妻コニー演じるものだから、反応の鈍い黄紺は、どっちの時代か、即座に判らないのが困ったところ。過去では、妻との出会い、結婚、労働者としての姿、共産党員になり党員剥奪を示唆されるに至る流れ、労働現場の矛盾を指摘していく姿、社会主義の本来の姿と信じ幹部に苦言を垂れる姿、西側での演奏活動といったところか。現在では、友人を監視したことの告白、すると、その友人もスパイで、グンダーマンを監視していたことを告白される、シュタージの資料が公になり、グンダーマンの活動も徐々に明らかになっていく、徐々に、本人の言っていることとのずれも明らかになって来る、何が明らかになっていっているのかを、ジャーナリストになっている娘から資料を見せられ、腹を決めるグンダーマン、娘から逆取材を受けるグンダーマンの言葉から「確信」のようなものを感じる娘、謝罪の言葉を期待しても、それは出てこなかった、バンド仲間への告白、そして、最後に、ステージに上がり告白。展開の中で、特徴的に感じたのは、個人的な生活、要するに、友人とコニーとの仲を裂いての結婚だったことに、かなり時間を割いていること、東ドイツの社会主義体制に、同じ社会主義を奉じる立場からの反撃を示している姿、それに対する体制側の人間の強固ではあっても、鉄血的な対応をしていない姿、その辺りか。そして、気になったのは、描かれて、黄紺が解ってないのか、それとも描かれていないのか、それが判ってないのだけど、グンダーマンがシュタージに協力に至るわけが判らない。西側での演奏活動の見返りなのか、党員剥奪を逃れる手段だったのか、その監視の必要性という点では、体制側とは矛盾しない考えの持ち主だったのか、だから、柔軟な対応を受けていたのか、、、? 「1984年までシュタージに協力していた」とステージで告白しています。「1989年まで」ではないのは、なぜか? 党員剝奪と関係があるのか? 疑問が残ったままです。そういった過去と現在の交差を繋ぐのが、グンダーマンの作った曲の演奏。グンダーマン役のアレクサンダー・シェーアが、全てカヴァーしているそうです。大変な数でしたよ。シュタージ本部を、ベルリンに行ったときに訪ねたことがあります。「善き人のためのソナタ」のラストシーンに使われた建物です。あのイメージが強いため、えらく人間味を感じさせるテイストに、結構な戸惑いを感じさせられた映画でした。黄紺的には「善き人のためのソナタ」の方を取るね。
 午前中は、ごく普通の日だったので、通常通りウォーキング、夕方のウォーキングは、京都シネマへの往復で、それに充てました。往きで1駅、帰りで2駅、ずらしての乗り降りをすることで、距離を確保。すると、普段の距離をほぼ確保。家に戻ると、丁度、普段の夕方のウォーキングが終わり、帰宅する時間に相当するものでした。


2021年 6月 7日(月)午前 6時 53分

 昨日は、お出かけなしの一日だったんだけど、かなり詰まった一日。ちょっとでも空いた時間があると、何かをしたくなる、結果、詰まってしまったという一日。天気は、さほど晴れ上がった日ではなかったため、無茶な気温上昇は控えられた日でした。だから、ルーティンにしているウォーキングは、極めて順調。詰まったとか、順調とかいうのは、トルコのコロナ情報収集が、少ないということの結果。まず、朝から、日曜日だということで、早々に、朝方のトルコのコロナ情報収集が終わり、且つ、ちょっとYouTubeで動画を観てから、NHKプラスのお世話になり「日曜美術館」を観ることができた。「壁を越える〜パレスチナ・ガザの画家と上條陽子の挑戦〜」というのが、その副題。パレスチナの画家なんて、全く知らない存在、その紹介者の上條陽子は、その名も知らなかった。自ら、創作活動をするばかりか、パレスチナの画家の作品を、日本で紹介をしている方だと、この番組で知ることになりました。なぜかは言われなかったけれど、上條さん自身が、ガザの訪問経験がおありだそうで、それを契機に、パレスチナの画家の紹介といったアクションもするようになったとか。それから、パレスチナの画家との交流を続け、日本にも、下手すると、再入国を忌避されるかもしれないなか、彼らを日本へと招請、その作品を紹介するばかりか、ガザについてのアピールをされるという活動をされています。ガザを「屋根のない監獄」と表されていました。壁で囲まれ、一方は地中海という構造、地上への出口は、イスラエルとエジプトへの検問所だけという現実に対する表現です。そういった上條さんの活動を受け、取材陣が入った。爆撃が起こる1週間前だったと言います。時期は、ラマザン明けの用意に忙しい時期だったということでした。取材対象は、3人の画家。その1人が、上條さんがガザに入ったときに出逢った画家、そして、日本に向け、上條さん宛に、自分たちの作品を、検問逃れを考え、絨毯送付のようにして送ってきた人たち。ソヘイル・サーレムは、ガザにない山を描く、それも、黒い山。失ったパレスチナ人の土地への憧憬が表されている。ラーエド・イッサは、日本に花の絵を送った画家。どういった花なのか、それが気になっていたという取材陣、実際に訪ねると、それは、窓辺に置かれたサボテンだった。乾燥地に育つサボテンにさす水がガザだと言ってました。「我慢」という言葉に置き換え、ガザを表していました。ムハンマド・アル・ハワジリは、かつてのパレスチナの風景を描く、土地がないから自然を活かした生活ができない、だから、動物を描きます。各々が、立派に、ガザを生きています、その表現でした。3人の最近の制作も紹介していました。ソヘイル・サーレムは、海辺の石を拾い集め、そこに、亡くなった人たちの肖像を描くという作品を紹介していました。「生きた証」を描くのだということでした。ラーエド・イッサは、ペットボトルを使った船が、海に漕ぎ出す映像作品を作っていました。脱出をイメージしているのでしょうか。ムハンマド・アル・ハワジリは、画材の不足を逆手に取り、スパイスを使った絵を描いていました。そういった表現自体に苦境が現れていました。最後に、上條さんの最新の活動。これがおもしろかった。不安定さを表そうとしているのでしょうね、ダンスをしている人を、即ち、動きのある人をデッサンして、彩色、それを切り抜き、その場の想いで、群がらせるという、2度とは同じものができないという作品でした。いや~、おもしろかった。朝から、めっちゃ、刺激をもらった番組でした。ますます、深みに走る「日曜美術館」です。
 午後の一時は、まずは、「アグリッピーナ」を完走。後半は、アグリッピーナというよりは、完全に、ポッペイア中心の展開。ダニエラ・デ・ニース奮闘です。かなり、大きくなっていました。映像で観るからでしょうか、数年前に、ドレスデンで観たとき、こんなに大きくなかったのにと突っ込んでしまってました。この舞台、2019年のものと書かれていましたから、黄紺がドレスデンで観たあとに、膨れたんだろか、、、。最後まで見て、一番印象に残ったのは、水道橋の橋脚を模した壁だったかな。それと、現代の衣装。その不思議な組合せで、古代ローマの物語を表していました。歌手陣の動きは、達者だなと思う程度で、「リナルド」を観たときの衝撃は、残念ながらあるとは言えないものでした。
 午後の一時は、事実上の2部制。オペラ鑑賞が前半で、まだまだ、時間的余裕があったということで、YouTubeのお世話になり、次は、落語の世界へ。そのラインアップは、①春風亭一朝「七段目」20200516/第13回文蔵組落語会②春風亭一朝「祭囃子」③桂雀喜「中学生ブルース」古典・創作一騎討ち/生喬・雀喜ふたり会 ~第13回上方落語をきいてよの会/2019.3.17 法輪閣札幌に於て。一朝が聴きたくて、検索をすると、①が上がってきた。主役の文蔵を聴かないで、一朝だけを聴いた。コロナ禍でのもので、どうやら、オンライン配信のみで撮ったもののようでした。若干の台詞、所作は違うけれど、現在、上方で出る「七段目」に、よく似たものでした。定吉が入った来るときの、派手派手な所作のような大きなものは、さすが、東京ではくさくなるのか、ないのは当然でしょう。でも、定吉登場のところでは入らなかったけれど、刀を抜いたところ、転がり落ちるところでは、ツケまで入ってました。ですから、三味線入りは言うまでもない。オンライン配信用にしては、贅を尽くしたもの。たい平で、2回、「七段目」を生で聴いているのですが、そのときは、2回とも、鳴り物なしでした。ですから、入れる人、入れない人、両方が、東京にはいるようですね。ま、一朝は、②をサービスとして聴かせてくれたくらいで、本人も言ってましたが、歌舞伎でお囃子経験もある人だから、入れるんでしょう。だから、こちらを標準視しちゃいけないなと考えています。と考えると、貴重なもの聴けたことになりますね。有難い、YouTube配信です。③は、実は、「桂千朝」で検索したところ、「鹿政談」のような、あまりにも聴きなれたものしか出てないので、スクロールしている内に、なぜだか出て来た。飛び付きました。札幌の、この会、おもしろい企画をしています。二人会の相棒生喬の発案なのか、それとも、主催者が、とんでもないディープな上方落語ファンなのか、ま、どっちかでしょう、雀喜の新作ものを、YouTubeの動画で観ることができました。「中学生ブルース」は、「秘伝書」の着想を、そのまま、買い手を中学生に移し替えたと言えばいい作品です。下ネタと思わせてかわしていきます。雀喜にしては、珍しいテイストです。
 この週末に「電脳紙芝居」の新作公開の約束ができていたのに、息子からは連絡なし。問い合わせると、DとSを風呂に入れたあとくらいの時間帝にレスが入り、「忘れてた」。これが、よくあるので、そうだとは思ってはいたけれど、やっぱりでした。だから、Dの顔も、Sの顔も見れなかった、一日の終わりに、がっくり、最後があかんかった日曜日となりました。替わりに、ゆったりと、NHKプラスで「ゲノム」の番組、観ることができました。


2021年 6月 6日(日)午前 6時 54分

 昨日は、雨が上がり、ホッと一息。普段の土曜日と言っても、世間が土曜日というだけで、自分的には、関係ない。いつものように、ウォーキングの際に、公園を通りかかると、やたらと人が多い、保育園児の集団が来てないところから、週末に入ったことを体感する程度。空いたベンチを確保するのがやっとと言うほど、子ども連れが沸いていました。
 昨日は、帝塚山大学の「第457回市民大学講座」に申し込んであった日。「奈良時代の仏像の制作技法について ~神護寺木心乾漆造薬師如来坐像・東大寺法華堂塑造執金剛神立像の模刻制作を通して~」というお題で、東京藝術大学大学院保存修復彫刻研究室技術職員の重松優志さんのお話を聴くことができました。前回に続き、テーマは塑像の仏像。木彫による仏像が出て来る以前の仏像制作技法である塑像としての仏像、時代は奈良時代が主。前回の講座で、塑像の仏像については、若干の知識を得ている。製作時期もその1つ。壊れやすいこと、そのため、調査が難しい、なんせ、国宝級のものなど、怖くて触れない。幸い、現代のテクノロジーは、X線のように、いじり倒さないでも、塑像の情報を得ることができる。前回は、残っているものの多くは欠片、要するに壊れたものから、原形の復元や、元の姿の情報を得るということがテーマでしたが、今回の講師の方は、彫刻の専門家、元来は、彫刻制作を目指して東京芸大に入り、大学に入ってから、文化財の復元、修理に魅力を感じ、この道に入られた方なものだから、「摸刻」ということができる。その大学での勉強の姿から紹介していただけたものだから、普段、フィールドとされている様子が、具体的に判り、このテーマへの自分的アプローチに、とっても助かりました。敦煌の莫高窟復元って、話題になったことありました、それにも関わっておられたそうです。「摸刻」という作業は、奈良時代に造られた材料を使い、同じ技法を追求し、その技法を使い、元の仏像を再現するというもの。再現する対象となる仏像を所蔵する寺院の許可を得ることがスタートとか、これが、なかなかの難題だそうです。神護寺の仏像の方では、芯となる「心木」ではなく、仏像の型を作り、その上に土という作り方でした。その型を作るに要るのは節無しの檜、その費用は桁違い。それは製作者の負担とか。凄まじい世界です。東大寺の金剛神立像の方は、「心木」の組合せ、それを立てる框の制作から始まっていました。ところが、その「心木」の上に土による塑形作りのお話から居眠り。肝心なところを抜かしました。ま、起きてても、あまり理解できてなかったかもしれませんが。使う粘土や混合物のお話をされていたのが、辛うじて記憶の片隅に残っている。気が付くと、漆の話題になっていました。ただ、模刻をすることで、奈良時代の職工の発想、技法の選択の意味が判っていったと言われ、そこで得た知識、技法が、今後の修理作業に役立つということでした。なかなか触れることができない、奈良時代の仏像製作法、慣れないターム、それも、仏像制作に関わるものだけに、恐らく、ここで聴いて、あとは2度と聞かないのではないかというものもあり、それだけでも、黄紺的には難解な代物でした。
 週末に、「電脳紙芝居」の上演予約が入っていたのだけど、昨日は、その連絡はなし。今日になるのかな。いずれになるにせよ、動作確認が要るので、昨日は、時間を見つけて、2回ほど、通してみた。完成してから間が開いているので、どうしても忘れている。思い出すのに苦労するかと思っていたのだけれど、存外、スムーズに展開。でも、同じところでミスる。BGMを入れるタイミングも考えてたつもりだけど、忘れてた。そんなで、制作だけではなく、実際の上演のための稽古にも、時間が要ります。でも、観てくれたら、嬉しいな。


2021年 6月 5日(土)午前 6時 47分

 昨日は、一日中、雨の日。それも、かなり強い降りの続いた日でした。こういった日が増えています。気候変動を、強く感じさせられた一日でした。もうウォーキングはダメかと、雨音を聞いていて思ったので、いつもの昼前のウォーキングは止めるつもりで、家でぐだぐだ、ホント、寝転んで、あわよくば寝不足を補おうとしてた、眠れなかったけれど。でも、食糧補給に出かけないわけにはいかないので、買い物だけはと覚悟の外出。すると、運がいいのか、後のことを考えると運が悪かったと言った方がいいのだけけれど、傘さしウォーキングができるほどの降りに変わっている。チャンスとばかりに、時間は、もう昼ご飯時だったけれど、傘さしウォーキングを開始。念のために、円環コースに。家から離れる距離を、ほぼ一定に保てるようにコースを採ったということです。でも、20分程歩いたところだったかな、前にも似たことがあった似た位置で、あっと言う間に降りが変わった。いっぺんに、飛沫が上がり、ズボンの裾に跳ね返って来る。たちまち、路上には水溜まりができてしまった。ホント、一瞬の出来事と言えるほど、急なる変化。道路って、ちょっとした凹みがあるから、そこに溜まるんだよね。タモリが言ってた、「水は低いところへ低いところへ流れる」「ちょっとでも低いところを見つける」、この当たり前のことを実感。そんなで引き返したんだけど、やっぱ、後悔しました。ちょっとした小降りに気を許した己を恨みました。辛うじて、買い物はしての帰宅。いつもの6割程度の歩数は確保できたけれど、靴は、ひどく濡れてるは、裾の跳ね返りはひどいはで、結局は、散々な目に遭ってしまっただけでした。夕方は、うまく止んだ時間を使えた。ずっとはダメだったけれど、9割方は、傘はささずに歩けたので、通常のウォーキングとなったけれど、靴は、こういった時用にとってあるもので出かけることに。ま、降りを考えると、ウォーキングは確保できたということで、我慢しましょう。
 午後の一時は、ちょこっとずつに手を出した、中途半端な日でした。「電脳紙芝居」の制作をするかと思えば、YouTubeで動画を観たり、「アグリッピーナ」の続きを観たり。少しずつに手を出したから、各々が、不十分にしか、頭に残っていない。思い出そうとしなければ、すくっとは頭に閃かないといった感じ。夕方に、息子からメールが入り、この土日のどこかで、「電脳紙芝居」の2作目の公開が決まったので、その振り返りもやってた。しばらく3作目の制作をしてたから、2作目の動作確認をしておかないと、公開が、上手くできないから。かなり忘れていました。どこで、クリックすれと、いい動きをするかを。だから、これは、公開日時に合わせて、何度か練習が要ることを確認できた。ちょうど、昨日が、Sの誕生日だったので、いいタイミングにもなってます。天安門事件のあった日、それが、Sの誕生日。いまだに、天安門事件の日には、あの日のことを思い出させる報道をしてくれるので、そのおかげで、Sの誕生日は忘れない仕掛けになっています。
 その一方で、昨日は、雨に惑わされたのか、大きなミスをしてしまった日でもあった。びわ湖ホールでの「カルメン」のチケット発売日だったのを、予定表に書いていながら、失念してしまってた。夜になり、今日の予定を確認して、「あれ?」というおバカをやっちゃいました。慌てて、買ったけれど、一番お安い席は売り切れ。金額で実害を受けてしまいました。物忘れがひどいことを、金銭面での損害で補わねばならない羽目に。ま、いつものことと、あっさりと納得もしてしまう、今日のごろです。


2021年 6月 4日(金)午前 6時 27分

 昨日は、一転、お出かけなしの平凡な一日。ところが、いつもと違う動きが起こってしまった。2階の物干し場に出ると、お隣さんの物干し場とめっちゃ近いものだから、時々、そこで隣の奥さんとお喋り。それが、昨日は、大盛り上がり。なんせ、ネタが、家内に出没が激しいネズミの話題になったものだったから。世間話をしても、そないな話をしたことがなかったので、びっくり。きっかけは、我が家の網戸が破れてたのを指して、「それ、ネズミにやられたのでは?」でした。ネズミの出没に悩まされていた黄紺にとって、どこから入って来るのかが、とっても気になっていただけに、ツボにはまってしまった。こちらの惨状を話す前に、お隣さんが、その惨状を教えてくれた。正に、我が家といい勝負以上。曰く、「古い家に出てるみたい」と、他にも困っている家があるそうで、散々、ネズミの悪行を聴かされた、いや、こちらも言った。それほど、ひどいのです。だから、お隣さんもそうだけど、ネズミ捕りの仕掛けを施しているが、捕まえても捕まえてもといった感じで、新手のネズミが現れる。これも、同じ。ネズミ捕りシートの安いお店も教えていただけ、とっても有意義なお喋り。おかげで、昼前のウォーキングが怪しくなったけれど、夜近くからは雨という天気予報だったので、昼前のウォーキングは外せないとばかりに、ここでの時間は確保しました。案の定、夕方のウォーキングに出かけようかという、正に、そのタイミングで雨。まいったけど、とりあえずは、傘さしでもいいからと、出かけた。でも、その雨、長続きをしなかった。おかげで、大半は、傘を持ちながらのウォーキングになったけれど、贅沢を言っちゃいけません。できただけで、幸せです。
 午後の一時は、やたら眠かったので、オペラ配信はやんぺ。音楽がない方が、睡魔も働きにくかろうということで、落語&講談を聴くことにしました。そのラインアップは、次の通りです。①桂文枝(5代目)「三枚起請」NHK大阪ホール②林家扇「辰巳の辻占」2020年5月4日月曜日四谷三丁目喫茶茶会記③神田松之丞「畔倉重四郎~牢屋敷炎上~」2020年1月4日〜15日「講談師神田松之丞 新春連続読み『畔倉重四郎』完全通し公演 2020/あうるすぽっと[豊島区立舞台芸術交流センター]。①は、文枝で検索をして、先代を引っ張り出したもの。「三枚起請」は、わりかし先代とは結び付かないものだからということでのピックアップ。うまい具合にカットを入れてあるので、ちょっとした割愛が判りにくい。が、聴いていて、こってり感がないところで、微かに跳んだのが判る程度の上手い編集が行なわれているようでした。かなり、晩年の収録だったのじゃないかな。顔立ち、テンポは、晩年のものでした。貴重な映像に感謝しながら、文枝繋がりのネタの選択。「辻占茶屋」で検索すると、ゼロではなかった。そこで、上方から移植された東京版を観ることにしました。映像込みなのが、林家扇の口演だったかな、そんなでチョイス。林家扇は、生で、1度、聴いたことがある。今回は、たまたまということでのピックアップとなりました。マクラが長かった。自分のチャンネルにアップしているものだから、内輪の人だったら喜びそうな話題が続く。で、ようやくネタへ。東京版が、自分的には、移植下手の類に入っていることの確認となりました。辻占の場面で、東京だからと言って、三味線との掛け合いでなくしたというのは、大きい。このネタの最大の売りを蹴飛ばした感じですものね。お茶屋の艶っぽい空気まで蹴飛ばしてしまっている。それと、上方の身投げの場が、四ツ橋という設定の秀逸さを確認。拡がりから来る、暗がり、微かに見えそうで見えない臨場感がいいですものね。そんなことの確認作業の手段にさせてもらったことになりました。このネタ、池袋だか、鈴本で聴いた記憶があるから、常の寄席で出ていたってこと、それほど、軽いネタへ変身してしまっているってことですね。ま、移植ネタあるあるです。扇の口演は、見た目ほどの特徴がないってところかな、これって、生で聴いたときも、そのように思った記憶があります。③は、偶然、見つけたもの。②が終わったあと、次なる候補動画に入っていた。どういった繋がりか、単に東京繋がりしか思いつかない。そや、伯山になる前に、これ、アップしてたなと、聴いたことはなかったのだけど、思い出した。お時間に合わせて選んだら、大団円の一歩手前だった。畔倉重四郎は、旭堂でも、どなたか読まれてた記憶があります。南湖さんか、南麟さんじゃなかったっけ、自身がない。他の講釈師さんかもしれません。だけど、内容、覚えていない。悪漢ものですね。なんせ、牢破りを促す牢内の会話が前半、後半は、その機会を待ち、実行の段階でへまをするけれど、結果的に火事が起こり、牢屋から一時解放されるという流れ。松之丞の前には、講談会では見たこともない大勢の人たちが詰めかけていました。これが、噂の松之丞人気かと、納得。「ブレイク前の松之丞を聴いているぞ」てのが自慢できる黄紺ですが、誰も、自慢する相手がいない。まず、講談自体聴く機会が、今はない。そこでしか、講談を話題にすることがないものだから、自慢の場がないのです。それが、講談界の宿命だと思ってたら、松之丞の出現、伯山襲名におののいた黄紺でした。講談界と言えば、貞山が亡くなった。貞水逝去に次ぐ、衝撃が走りました。貞山の思い出は、娘の貞鏡とともにあります。2回、東京の講談会で聴いてるんだけど、1回目は、丁度、貞鏡が二つ目に上がったときだったものだから、貞山が高座に上がると、客席から「娘さんの二つ目昇進、おめでとう」の声がかかった。笑みをこぼし、思わず、照れる貞山。2回目は、その貞鏡と出番が重なった日。帰りに下足に行くと、親子で、下足番をやってた。これには、恐縮した。昔、京橋のダイエーで、6代目の下足番に遭遇して以来の恐縮でした。ともに、お江戸日本橋亭の思い出です。渋い口演でした。決して、声はいいことないけど、その声が、却って記憶を厚くしてくれています。合掌。


2021年 6月 3日(木)午前 7時 30分

 昨日は、映画を観に行った日。今週が、黄紺的には、都合のいい時間帯に上映してくれるというので、木曜日までに行こうとしていた映画です。場所は、黄紺お気に入りの京都みなみ会館。ここで、韓国映画「ザ・バッド・ガイズ」。ヴァイオレンスものの娯楽映画です。韓国映画の、ここまで娯楽に徹した映画を観たのは、久しぶりじゃないかな、コロナ禍だけではなくての話。大阪まで行くと、韓国映画に溢れているけど、京都での上映は、数は知れたもの、ましてや、B級ものかと言えるような作品は、なかなか来ないね。だから、こういったテイストものが多いと観ただろうかと思いながら、行ってまいりました。昨日も、わりかし、トルコのコロナ情報が多い日だったけれど、なんとかさばけて、東寺まで足を運ぶ時間を確保できました。マ・ドンソク主演もの。以前、1度、観た記憶がある。B級映画って印象が残っているので、そのつもりで行ったけれど、筋立ては、そないな感じだけど、冒頭の、護送車の車列にぶつかって行く激烈シ-ンを観て、「金かかってる」と思わせられて、「B級なんて言い方したら、失礼」と、あっさり考え方を変えました。でも、コピーは「狂犬を解き放て!」なもので、なかなか、そのイメージがこびりついている。なんせ、刑務所に収監されている者を使い、警察の特別任務に当たらせるという筋書きも、すごい発想。マ・ドンソクの顔つき、体つきに合わせたものですね。それを率いる班長役の男が、なかなか渋い。しかも、癌を患っているという設定も韓国映画らしさが出ている。キム・サンジュンの役。はぐれ刑事役がチャン・ギヨン、若いときのカン・ドンウォンの顔つき、雰囲気に、えらく似ている。それに、紅一点の詐欺師女役が、「カンナさん大成功です!」のキム・アジュン。任務は、護送車から逃亡した者どもを追跡し、刑務所に戻すこと。その中に大物がいた。要するに、その男を逃がすための、冒頭の激烈シ-ン。その男の背後には大物がいるという、お定まりの展開。その大物と、日本のヤクザの大物が組んでいるという設定。ヤマグチ組と、実名が使われていたのに、びっくり。「そこから分かれた」と言ってたかな、日本のヤクザが韓国進出を狙い、その大物と結託しているという構造に、何て言ったかな、「植民地時代と同じだ」というような内容の台詞があったのには、思わず、吹き出しそうになった。日本人ヤクザ役の俳優さん、きれいな日本語喋ってたので、日本から呼ばれた俳優さんかなと思います。えらくくさい演技で、いかにもという雰囲気を出そうとしてました。このヤクザの男と喋るときは、韓国人は日本語を使うという、ここまで観て来た韓国映画の日帝時代の描き方を踏襲。やはり、B級かな、くさい展開に、そう思ってしまいました、最後に。でも、おもろかった。2時間弱が、別世界。それで、十分です。客は、黄紺入れて3人。40代後半(と勝手に想像)のおっさん1人、30代(と勝手に想像)の女性1人に、黄紺という、変な組合せも、なんか、可笑しかったな。
 京都みなみ会館からの帰りは、ウォーキング替わりに、歩いて帰宅。午前中は、いつも通りのウォーキングをする時間があったので、日に2回のウォーキングは、結果として、いつも通りといったところだけど、さすが、この京都みなみ会館からの戻りのウォーキングのラスト辺りになると、毎回、「あと少し」と、自分に気合を入れるのが常です。昨日も、そうだった。でも、爽快感は残りますね。


2021年 6月 2日(水)午前 6時 57分

 昨日から6月です。気候は、すっかり夏に入りました。ここから梅雨かなというのが以前のことでしたが、もう梅雨の雨は、たっぷり降り、それが明けたかのように、夏の雰囲気の出た一日でした。家内に居ると、つい先日まで寒いと言ってたのに、2階では、昼間など居てられない暑さ。階下の部屋でも、窓を開け放しての時間が、急に増えました。どこかで、この変化が出るのは判っているのだけど、それが、6月早々では、いかにも早い。お出かけなしの日だったので、日に2回のウォーキングだけが、外出時間。昼前のウォーキングでは、もう汗ばんでしまい、Tシャツの交換を、ウォーキング後にしなければならなくなってしまっています。毎年、これは5月末のことと、インプットされているけれど、こちらは例年通りと言ったところ。暑いので、途中の休憩は有難い。でも、木陰探しに苦労する季節。誰しもが、同じことを考えるので、先に取った物勝ちになってしまう。昨日は、黄紺がいいところを占めてしまい、はっと気づくと、お昼休みの会社員らしき人が、ちょっと坂になった草の上に座っていた。仕事の合間の食事って雰囲気が、格好から判ったので、なんか申し訳ない気になったけれど、その公園、よく利用するのだけど、夏は困ったちゃんだったことを、そんなで、昨日、思い出しました。木陰に腰掛けるところが少ないのです。毎年、夏には、あまり利用しなかったなということ、昨日になり、思い出しました。夕方は、部活をしているのか、どこかのスポーツクラブなのかは知らないけれど、高校生と思しき人たちが群れている。また、思ってしまいました。「あれだけ大きな声出してて、群れながら動いていて大丈夫なんやろか」、そないな気だから、連中の傍らを通らないと歩けないときは、ちょっとした恐怖感が出てしまいます。「人に慣れてないな」と、自分に突っ込んでいます。
 5/31を期して、トルコでは、緩和策が発表されました。ロックダウンのおかげで、感染者が減り、この段階的緩和の措置、2段階目です。その発表がある日取りが判っていたので、それに先行する日々は、連日、6/1以後の生活に関する観測記事が、トルコのマスコミで踊っていた。やれ、レストランはどうなる、交通機関はどうなるだのと姦しかった。その中で、黄紺が、一番違和感を感じたこと、それは、言い換えると、文化の違いを意識させられたことだったのだけれど、「マスクの着用義務」に関する報道。飛沫感染ということから、絶体視されていたマスク、それを、この段階で外すことが話題になるだけで、黄紺はドン引き。ところが、マスク文化は、明らかに違う。一つには暑くなる季節、去年で懲りたってことなんでしょうねと、せめて、そういった譲歩をしても、理解不可能でした。そして、閣議後の保健省長官会見でも、記者たちから出た質問に、それがあった。この会見を報道したヒュリエット紙の記事では、この問いかけが、最重要のような書き方をしてました。ここでも、あんぐり、です。長官は、「集団免疫ができてから」とバッサリ。この温度差も、おもしろいですね。この人、医者ですね。それを思わせる発言、いろんなところで垣間見せています。
 この報道が出る日は、覚悟の日となります。関連の記事が大部なものとなります。大統領会見、保健省長官会見、内務省通達、教育省長官からの発表、少なくとも、これらが同時に出ますからね。そこへさして、それらの発表に対するコメントが出たり、関連記事が出るものだから、覚悟の日となります。この木曜日までに映画を1本観るつもりなんだけど、端から昨日だけは省いていました。そんな呑気な時間は取れないと。ですから、朝方済ませるコロナ情報収集が、午後に深く食い込んでしまった。午後の一時としての時間は、かなり制約されてしまったので、昨日は、「電脳紙芝居」の制作を、ちょこっとしただけで、あっさりとお時間となってしまいました。ま、これも想定内だけどね。しかし、その3作目が、こういった僅かの時間の積み重ねで、9割方、できてしまった。まだ、第2作の公開もしてないのに。そうだ、6月に入ったということで、その第2作を「6月公演」として公開すること、昨日、息子に連絡しました。ただ、観てくれるかどうかは、判らないけどね。


2021年 5月 31日(月)午後 10時 54分

 今日は、お出かけなしの一日。この木曜日までのどこかで、映画を1本、観ようと思っているくらいが、お出かけ予定という寂しい生活。かなり、気温が上がってきています。夏の雰囲気が出てきています。もう、5月も終わりですから。いつものように、日に2回のウォーキングだけが、お出かけ。あとは、計ったように、似た時間に起床、食事、トルコのサッカーやコロナ情報の収集、午後の一時として、何か見繕う時間、その枠も似ている、時間も似ている、平々凡々たる生活、いいように言うと、とっても規則正しい生活。
 午後の一時では、今日は、久しぶりに、手持ちのDVDでオペラ鑑賞。かなり以前に購入しながら、コロナ禍のおかげで、オンライン配信されるオペラが多くて、そちらにかまけてたら、自分で買ったものを観る時間がなかった。せっかくという気持ちがある一方、DVDだから減るもんじゃなし、配信が終わるとか、時間の制約があるわけでなしと、どうしても後回しになっていた。幾つか、そういったものを、何気に観ると、これを放置するとは勿体ないと、自分の所業に唖然、忘れておりました。ロバート・カーセンものだからと買いながら、まだ、観てなかった。作品は、ヘンデルの「アグリッピーナ」。ロバート・カーセンのヘンデルと言えば、グラインドボーンの「リナルド」という超優れものがある。いや、ロバート・カーセンの最高傑作かもしれない。そのヘンデルなのに、何とも言えない呑気さである。で、「アグリッピーナ」は、アン・デア・ウィーン劇場のプロダクション。ウィーンの歌劇場で見落としがちなこの劇場、いいプロダクションを持っていると知りながら、DVDで手持ちなのは、これだけのはず。そういったものが、DVD化されてるか、知らんけど、、、。この「アグリッピーナ」には、ポッペイア役で、なんと、ダニエレ・デ・ニースが出ているじゃないですか! このオペラで、ポッペイアという役は、ど真ん中の主役ではないけど、タイトルロールがメゾの役だし、このDVDでは、そうではないけれど、ネロをズボン役にすれば、メゾが中心の2役を占め、ソプラノは、薄めのお役になっているという、ちょっと珍しいキャスティング。「アグリッパ」は、コロナ禍で閉じたメトロポリタンのライブ・ビューイングの最後の作品。デヴィッド・マクヴィカーの強烈な個性で、超おもしろ作品に仕上がったものだっただけに、どうしても、2人の超スター演出家の腕を見比べてしまいながら、観ることになってしまってます。デヴィッド・マクヴィカー版は、見事なキャラ付けにともなうデフォルメが功を奏した優れもの。初演時より札付きの評判もの、確かに、それだけのもの。それに対して、ロバート・カーセン版は、舞台は、完全に現代に移し替えて、上手く見せるという感じで、「リナルド」のようなデフォルメまで行ってないのが、ちょっとマイナスだけど、動きが、考えてある。人の置き方、それを、シルエットに使ったかと思うと、それは、場面転換のスムーズさに繋がっていたりと、全く持っての巧者ぶり。ただ、特異なキャラ付け、こればかりは、思い付きによるものだから、水もの的要素が大きいだけに、ここでは十分ではなかったのかという印象。まだまだ、半ばまでには至っていないので、これからが、おもしろくなるのかもしれませんね。最近、オペラ配信と言えば、コロナ禍対応のものばかり観てきたので、こういった制限なしでのプロダクションって、とっても、何でもありで、おもしろく観ております。一方で、余計に、コロナ禍での苦労に思いを馳せてしまいました。
 月曜日の夜のお楽しみは、YouTubeの米朝事務所公式チャンネルの「㊙ワールドニュース」。今日も、アーカイブに収蔵されてから、視聴しました。噺家さんの今の声を聴ける、とっても嬉しい動画です。いろいろの企画が拡がって行っています。遅いなと思う反面、ようやく、YouTube配信から、更に深みに引き込むことを考えだしていることを歓迎。確かに、YouTube配信自体が目新しいことであったので、ここまでは、それをこなすことに終始。コンテンツの盛り上げ、盛り上がっていたかは知らんけど、とにかく、方向はそっちだったけど、第2弾噴射の予感が出て来たなの印象。それを具体化しつつあるなということを、強く感じさせられたいい回。ライブでの落語会とオンライン配信を繋げる企画に手を出したり、YouTubeの動画の世界を、生の世界に持ち込もうということを考えたり、このチャンネルの新しい方向性を模索するなかで得た会場情報から落語会を生みだしたりと、なかなか発展性をシェアする、いいトークでした。こないな風にして、世間は変わって行くのだなとの思いで観ておりました。その辺の先端を見れるのは、巣ごもり生活をしていて、嬉しいことですね。


2021年 5月 31日(月)午前 6時 51分

 昨日は、明るくて、気温の上がった日曜日。一昨日、出かけたので、曜日が、頭に入ってる。昨日も、当初の予定では、お出かけが入っていた。でも、コロナ禍で、あっさりと中止。そういったお出かけなしを慰めるかのように、日曜日の朝は、NHKプラスで、「日曜美術館」を観た。先週の「フランシス・ベーコン」とは打って変わって、「太子の夢 法隆寺の至宝」という、ウルトラ古典のお題。それはそれで、そそられるものがあるということで、視聴。今年は、太子没後1450年というアニヴァーサリーの年だそうで、奈良国立博物館に、太子縁の品が集められているとかで、この企画。黄紺は、法隆寺に行ったことがないのです。小学校の遠足で、法隆寺や唐招提寺が組み込まれていたのに、運悪く、発熱。それで行く機会を失して以後、行こうとしていない。そういった者には、うってつけの企画。次から次へと、黄紺の目にもなじみのある仏像が現れて来る。それだけ、法隆寺には豊かな宝物群がある。そのわけを、ゲストの東京国立博物館の三田覚之さんが解き明かしてくれた。「法隆寺私財帳」というものが残っており、時とともに、書き替えられていることから判るように、備品管理の徹底が行われ続けて来たという事実があるというのです。保存の姿勢があらばこそ、今まで残ってきたというわけです。そういった遺物に、現代のテクニックが絡んでいくと、時空を超えてくるものが出てくる。太子自筆の書と考えられている文書の筆跡鑑定をするという試み。筆跡から性格鑑定をしようという試みです。横棒が長いから、強い意志があるとか、丸文字だから、和らいだ性格だとか、何となく、この番組のテイストにそぐわないものを感じてしまいました。我々の持つ太子像は、紙幣の絵で定まっている。そうなったのは、明治以後だとか。それまでの基本は、「少年」イメージ。それに、更なるイメージが重ねられる。それがおもしろかった。各時代に描かれた太子像の紹介。「聖徳太子絵伝」(平安時代/国宝)には、富士山を飛び越えたり、1度に聴き分けるといった超能力が出て来ていたり、ま、この辺りから、「太子信仰」なるものが生まれて行くのでしょうが。全国に残る太子像の7割がこれだという「孝養像」、番組では、鎌倉時代の作品を見せていただけました。様々な意味で、そのヒーロー度が上がって行ったということです。「太子信仰」が高まる要素です。「太子信仰」の具体的な姿を、西教寺(能登)で紹介していました。各地の風習と混淆していった「太子信仰」の姿の具体例です。「孝養像祀る/団子巻き/願掛け」の様子を観ることができました。解説が入ります。「神でも仏でもないから広まる、生身の人間で凄い人」だから、これだけの人気を博したのだろうと。もう1人のゲスト、池田理代子さんが、自身の描いたコミックに、そういったテイストで取り上げられているシーンの紹介もありました。「玉虫の厨子」には、梁の武帝に対する憧れ、皇帝は菩薩にならねばならない、それを達成した皇帝に憧れた太子、篤い仏教信仰を持ち、国の政治に関わったというイメージからすると、大変な変容ですが、そうだったからこそ、現代まで、その名が残り、一定のイメージで見続けられているということが判る、なかなか濃~い番組、とっても、おもしろかった。「日曜美術館」、いいね!! 「チョアヨ・ボタン」があれば、押したくなるような内容でした。
 午後の一時は、味を占めた落語鑑賞。「笑福亭」で検索したとき、福笑の口演が、幾つか上がったので、再度、検索したところから始めた動画選び、次の3つをピックアップしました。①笑福亭福笑「きょうの料理」(第7回上方落語をきいてよの会/札幌、腹筋を鍛えてきなはれの会2DAYs、2017.9.12 法輪閣札幌にて)②林家染左「小倉船」(第9回上方落語をきいてよの会-さっぽろ、札幌で林家染左はなしの会、三味線:はやしや絹代、鳴り物:桂阿か枝 2017.3.17)③柳家三三「田能久」。①②の札幌での会、生喬が呼ばれることの多い会とインプットされているのですが、福笑も呼ばれたことがあったこと、この動画で思い出しました。「きょうの料理」は、「日本の話芸」でも流れたことのある作品です。ルーチョンキ先生が暴走する爆笑ネタ。マクラが、わりかし、福笑にしてはおとなしめ。ちょっとアウェー感を感じつつ、様子見しながらお喋りしている風情が感じられるのが、黄紺的なツボ、です。「半ばです」で降りてしまっていました。②は、①をアップしているチャンネルで見つけたもの。上方以外では、なかなか聴けないでしょうね。それでのリクエストで実現したのかな。同じチャンネルには、染左の「蛸芝居」もアップされているので、ハメものたっぷりネタを求められての招請だったのかなと、勝手に想像してました。普段聴く染左の口演に比べると、何となく、流れが悪そうに聴こえてしまいました。そこにも、アウェーということを意識してるのかなと、ここでも思ってしまいました。舞踊「浦島」が入ったり、ツケがふんだんに入ったり、三味線との掛け合いまで入る。最後は、「猩々」のパロディまで入る、めっちゃ濃い。ここまでくると、染左が、これでもかと「見せてやる」感が出ていて、とっても流れが出ていた。やっぱ、「アウェーを意識してたな」と、また、勝手判断。③は、東京の噺家さんを聴きたくなり、なかでも、三三を聴きたくなり、検索。泥棒ネタ以外では、これくらいだったかな。元々、上方ネタなのに、ほとんど、上方の噺家さん、やらないね、このネタ。黄紺は、先代歌之助を、まず思い出すほどなので、それ以後、聴いているはずなんだけど、思い出せないのです。10分ほどの口演、寄席用かな、この動画も末廣で撮ったものと看ましたが、なぜ、それがアップされているのかは、不明。カメラの位置から考え、違法な撮影とは看えないのですが、出所は明らかにはされていませんでした。
 そんなで、楽しんでます。言うまでもなく、日に2回のウォーキングはばっちりです。気温の低い室内も、昼間には、窓を開けてもいい季節になってきています。これが、もう半月もすれば、暑さが、今度は勝ってしまうと思うと、いい季節って、ホント、短くなったものだと、改めて思わずにはおれませんな。


2021年 5月 30日(日)午前 7時 19分

 昨日は、時間に追われて慌ただしく、そして、一部、その慌ただしさに負けてしまった日となりました。幸い、朝にすることにしているトルコのコロナ情報の収集第1回目の量が少なく、時間に余裕ができたとということで、午前中のお出かけはスムーズ、それを、時間を決めて、終わっていないのに切り上げ、そして、自宅に戻り、午後のオンライン配信の時間に、若干の余裕まで見て間に合ったのに、その後がいけなかった。気温が上がったなか、慌ただしく動いたのが堪えたようで、オンライン配信で聴いた講演の序盤までしか、記憶にない。すっかり居眠りをしてしまったのです。そんなことなら、昼前のイベントを、終了時まで居てれば良かったと思っても、完全に後の祭り。それが、失敗です。また、夜には「ブラタモリ」の新作放映のあった日だったこともあり、夕方のトルコのサッカー&コロナ情報収集の慌ただしいことったら、もう大変。僅か45分のTV番組が入るだけで、えらく窮屈に。そんなことで、とっても、速く過ぎて行ったという印象の1日。この間の長閑な生活が一変した日となりました。
 午前中のイベントというのは、びわ湖ホールまでのお出かけ。今週は2回、びわ湖岸まで行くことになりました。「ビゼー作曲 『カルメン』プレトーク・マチネ」というイベントがあったのです。夏に上演されるオペラに向けてのプレトークです。毎度、びわ湖ホールで、同ホ-ル主催のオペラ公演があるときに行われるイベント。幸い、滋賀県はコロナ禍が薄いということでの開催。トークのメンバーは、毎回、固定されているのも、馴染みという感じで、いいですね。そのお三方は、沼尻竜典(指揮/びわ湖ホール芸術監督)、岡田暁生(京都大学教授)、藤野一夫(芸術文化観光専門職大学副学長/神戸大学名誉教授)。藤野さんが司会の役割を果たされるのも定番。冒頭から、藤野さんが、岡田さんに、「ビゼー」「ワーグナー」「ニーチェ」の3すくみの関係を振られたものだから、岡田さんのお話は、そこから。黄紺の知らなかったトピックだけに、お耳はダンボ。ニーチェが、ワグナーとの決別に、ビゼーを引き合いに出していたのですね。しかし、「カルメン」で描いた世界、感性、確かに、「ワーグナー」「ニーチェ」に通底するものがある。近代市民社会を突いているという視点で。ビゼーは、それを、「モビリティー」を属性に持つ「ロマ」から射たとなるわけですね。その「ロマ」を、また、「殺人」を、舞台に乗せた、これは問題作であると同時に、新たな「ヴェリスモ」の地平を切り開くことになったというお話、とってもおもしろいものがありました。それから、グランド・オペラ真っ盛りの1875年に「オペラ・コミーク」として作曲された作品で、それが、台詞版と、それを改訂したレシタティーヴォ版があるわけだそうです。黄紺は、どちらが元のなのかも知らなかった上に、いずれかが、現代の上演用に作られた改訂と、勝手に決めつけていました。最後の「質問に答える」を、途中で切り上げたことになったわけですが、運よく、黄紺の書いた質問が、いきなり取り上げられた。「“ロマ対非ロマ”という単純な二項対立だけではなく、カルメンとドン・ホセには、何やら、色恋とは別に通底するものがあるように思える。そう考えると、ミカエラは、完全に外部の人となると思うのだが、いかがでしょうか」というもの。藤野さんが、カルメンやドン・ホセの属性を離れた「純粋な愛情」という視点を持ち出され、岡田さんも同意されていました。この回答は、実は、黄紺には意外なものでした。近松も取り上げ、オペラでは「椿姫」「ボエーム」などで、繰り返し描かれていた、「手だれた男や女の純な恋への憧憬、その実行」、近松になると、「どこまでも落ちて行こう」となる、あの恋、です。そか、それでいいのか、、、でも、何やら、釈然としないところも残らないわけでもない。だからと言って、自分に展望があるわけではないのだが。そして、毎度、恒例の生コンサート。森季子(カルメン/メゾソプラノ)「ハバネラ」「セギディーリア」、迎肇聡(エスカミーリヨ/バリトン)「闘牛士の歌」、清水徹太郎(ドン・ホセ/テノール)「花の歌」という布陣でした。なお、ピアノは梁川夏子さんの出演でした。
 寝てしまったオンライン配信は、馴染みになっている帝塚山大学の第456回市民大学講座で、昨日は、「塑像と塼仏―土の仏の破片からわかること―」というお題で、同大学文学部講師の戸花亜利州さんのお話でした。木彫が一般的になる前の、塑像による仏像制作、年代的には、7~8世紀が、そのテーマでした。東大寺の持国天像、日光、月光の両菩薩像も、塑像だったってこと、初めて知りました。これで、これはと思ったにも拘わらず、ダウン。気合がなっていません。ただ、土ものですから、壊れやすい。完全な姿で残っているものは少ない、残っていても、欠片ばっか。でも、その欠片から、元の姿を再現できるのだそうです。ますます、おもしろいとは思った記憶はあるのですが。戸花さんは、元々は、城陽市の博物館の学芸員さん、ですから、具体的な報告の1つは、同市に残る平川廃寺から出土した欠片をケーススタディとして取り上げられるという身近さがあったにも拘わらず、ダメでした。
 「ブラタモリ」も、おもしろかったですね。最近、影を潜め加減の、街歩き、やってくれました。まさかという細い路地まで侵入、そこは、色街跡、現役でもあり、「切られの与三郎」の街でした。これ、知らなかった! お富さん、木更津の人だった。それほど、江戸との交流が深かった。「大坂の陣の遺族補償」に特権付与って、近世のトピックとは思えなかった。そういった歴史と、海岸跡や海への道とか、地形が上手く組み合わさって、優れものの回でしたし、近代、現代になっても東京との関係で、話題は山砂利に。見事な地層でした。そこへ連れて行かれるのに、タモリの乗った車両は黒幕で目張りがされていました。あの見事な地層をいきなり見せて、テンションを上げさせようとの演出も、お見事。波が地層に影響を与える、礫の向きが違うって、初めて気が付いた人がいるってことですね、偉大です。話題が、めっちゃディープだったけれど、これは、得難い話題ですね。素直に楽しめました。東京近郊は、プレートのネタだけじゃなくて、いや、それがあるから、話題豊富な上に、こういったものを見せられると、テンション上がりますね。


2021年 5月 29日(土)午前 5時 59分

 あっさりと、元の巣ごもり生活。たまに出かけると、お出かけ先は、時間が開いていても、さほど久しぶり感はないんだけど、いざ、何もなしとなると、そういった風景でも、懐かしくなってしまう。嬉しかったのは、気温が回復したこと。一昨日の夜は、あろうことか、暖房入れてましたからね。それほど、冷え込んだ。暖房のスイッチを入れながら、年に1度は、こないなこともあったなと、不思議と納得。でも、ちょっとした冷え込みへの耐久力が低下しているのが、嫌というほど解りました。だから、回復すると、それだけで爽快感が出て来る。となると、日に2回の、定番としているウォーキングが楽しくなる。公園に座っての読書の時間が、どうしても長くなってしまいます。今は、トゥルバドゥールに関する本を読んでいます。これを読まないで死んではの気で読みだしたら、やたらと傍線が引いてある。最初は、部分読みをしたかと思ってたら、最後まで、その傍線が途絶えない。すると、きっちり、最後のページに読了した日付を書いていた。読んでたことすら忘れていたということです。モワサックやらサンジル、ナルボンヌにトゥールーズと、懐かしい地名が出て来る。ま、ラングドックがテーマですから、そないな地名が出て来る。15年ほど前だったと記憶してるけど、この地域限定で旅行したことがある。トゥールーズに入り、マルセイユから出た、そないな旅行でした。ルシヨン地方なんて、フランスの辺境を歩いたときです。ナルボンヌからバルセロナ方向に行ったところにあるペルピニャンに投宿したところ、翌日の朝に、フランスあるある話のストライキに遭遇。代替バスで移動したり、サンジルのダヌシュマのお姉さんとケンカした思い出のある旅でした。トルコ語では、言い合い、怒鳴り合いの経験は、数度あるけれど、英語で言い合いをしたのは、あのときぐらいです。だって、最終バスの時間を知らないで、開館時間を決めてるんだから、どうしようもないと思ったもので、、、! それはいいとして、その旅のテーマは、「カタリ派」でした。それとトゥルバドゥールが重なる、それを期待してのチョイスです。でも、今、それを期待しているということは、その本には満足しなかったということを示唆してるのでしょうか、ま、最後まで読むつもりはしてはいるのですが。
 午後の一時は、最近、落語を聴いてないので、YouTubeにアップされている落語の口演を視聴することにしました。3本、視聴したのですが、そのラインナップは、次のようなものでした。①米朝「算段の平兵衛」(1995 平成紅梅亭)②金原亭馬生(十代目)「百川」③笑福亭たま「アマゾンの朝は早い」(2019.7.9 実験落語neo~シブヤ炎上まつり2019~)。まず、米朝ものを求めて検索。随分と、アップされている動画が減っています。恐らく違反行為で刈られたんかなと思っています。その中で残ったものから、「算段の平兵衛」をチョイス。このネタの秀逸な口演は、可朝と思っている黄紺。でも、ルーツは米朝。それを思って聴いていると、この写実性があってこそ、可朝ものが生まれたということの確認ができました。知らない田舎のピカレスク噺を聴かせてもらってるという感じで、惹きこまれました。田舎の、しかもピカレスクものということで、ここに粗野な雰囲気、野放図な空気を、可朝は持ち込んだ。このネタと、「坊主茶屋」は、ルーツが米朝とは思えない陰の空気を持ち込み、すっかり、月亭のネタにしちゃいました。そんな思い出も重なる、黄紺には、とっても大切な口演というところです。①をアップされているYouTuber氏の動画一覧を見ているなかで、②を発見。馬生の簡単なプロフィールを書いてくれてたんだけど、この人、54歳で亡くなったのですね。志ん生は長生きしたのに、弟の志ん朝ともども、長生きどころか、早く逝っちゃいました。黄紺は、1回だけ、生で聴いたことがある。「王子の狐」でしたが、それを聴いてから、そんなに経ってない時期に亡くなったって印象です。で、その「百川」ですが、意気のいい魚河岸の連中に焦点が合っているのではなく、百兵衛さんに合っている。だから、テンポが、緩い。近頃とは持って行き方が違う。だから、飲み込む「くわい」が「具合」とのダジャレで使われていることなんか、ちょっとした言葉遊びが印象に残るというスタイルになっているのが、とっても可笑しかった。いいものに出逢えました。③は、①を探しているとき、スクロールしていくと見かけたように思えて、「笑福亭」で検索すると出て来た。でも、6代目ものなど上がってきたのは僅かだったので、こちらも刈られてしまってました。仕方ないけどね。③の「炎上」は「円丈」に掛けてある落語会。この会があったことの記憶があるだけに、余計に聴きたくなった動画。たまが、東京に呼ばれての出演でしたから、覚えてたのだと思います。「アマゾン」を、どこかの会で出していたのは見かけた記憶はあるのですが、実際には聴けてなかったことも、ピックアップの要因の1つです。マクラで、ショート落語のサービスまでしてました。名刺代わりって感じで、東京を頭に入れてるなの口演でした。と同時に、円丈のアイデアにも感服。限定された台詞で、考えたら、「アマゾンって、そんなにコケにしてやばいよ」と思える「未開さ」にしてある。ニューギニアも、同様の「未開さ」にしてある。だから、可笑しいのだけど。とまあ、YouTubeで落語を視聴するのは、久しぶりでしたが、これで、気を紛らわせましょう。時々、午後の一時のネタ入りさせることにします。こうやって、視聴後、落語のこと書くのも、楽しいからね。


2021年 5月 28日(金)午前 7時 29分

 昨日は、数少ないお出かけのできる日。滋賀県は、制限付きでも、イヴェントを行ってくれています。去年は、探すこと自体止めてしまっていたため、気づいたときには手遅れだったことを、ふと思い出し、「打出のコヅチ」で検索をしてみました。すると、ドンピシャでヒット。今年も、コロナ禍のなか、実施をしてくれていました。滋賀県に緊急事態宣言が出されたときは、さすがに延期されましたが、でないときは、制限付きで実施してくれています。「滋賀の文化財講座」という名が正式名称。それを、「花湖さんの打出のコヅチ」という変な名を考案して冠名にしています。「湖」が入り、「打出」という地名を入れているのがミソのようですが、無理からという印象が拭えない命名法です。昨日が、今年度の第1回でした。そもそもが、びわ湖ホールに行ったとき、近くの街角に、案内のポスターを見つけて行き出したのが、縁の始まりです。で、昨日のお題は「芦浦観音寺の王会図屏風について~令和2年度滋賀県新文化財紹介~」で、お話をされたのは、県文化財保護課・琵琶湖文化館に籍を持たれる古川史隆さんでした。毎年、この講座の第1回目は、前年度に指定された新文化財の指定理由をメーンに、その価値を紹介することになっているそうです。もう昔のことを忘れている黄紺は、「へぇ~」でしかありませんでした。「王会図」というのは珍しい講図だそうです。中国の皇帝に貢物を献上する様子を表したもの。それを聴くと、黄紺の頭に浮かんだのは、ペルセポリスの宮殿跡のレリーフ、「あれと、同じ発想だな」、要するに、様々な異民族(胡族)が、手に手に貢物を持ち、宮殿に列をなす、そういった講図の絵を残し、皇帝の権威発揚を、これでもかと見せる「あれ」です。まず、お話は、王会図そのものを映し出していただきました。広い会場なもので、遠目からでは判りにくいものがありましたが、ポイントは十分見えました。確かに、手に何やらを持ち、皇帝の周囲に集う胡族たち、でも、顔つきや服装を見ても、「胡」という感じはしない。それが、屏風の大きさを表現する言い方だと「六曲一双」の大作となるそうです。芦浦寺は、初めて聴く名前。湖東の水陸の要地にある歴史のある寺だとか。そして、そもそも「王会図」とは、です。中国の皇帝を描いていますから、中国の文献紹介。ただ、「王会図」と「朝貢図」と2つがあるそうで、ともに、胡族の見慣れない姿を描くことで、皇帝の権威を表すものだったようですが、「王会図」となると、唐の太宗、李世民ですな、その皇帝限定に使う語句だそうです。それ以外の朝貢の姿を表すのが「朝貢図」。その違いを持っていたということは、李世民のグレートさが浮き彫りになりますね。「ユージェ李世民」です。ただ、時代が経つにつれ、両者の混同が起こる、ま、ありそうです。その認識、様式が、日本に入ってきた。室町時代には、その記述があるとかで、ですから、当の王会図は、それ以後の作品となります。日本に入って来ると、日本では、胡族に馴染みがないため、どれもこれも、漢民族風。それが、最初、王会図を見せてもらったときの印象そのものでしたから、納得。だと、このモチーフが生きて来ないではと思ったりするのですが、戦国の世になると、これで、「天下統一」のイメージを被せたのではと言われていました。「皇帝」に当たるのが「統一を成したる者」、「胡族」が「従う戦国大名」といったイメージへの変換というわけです。都合のいい変換です。ですから、そういった時代の作品で、且つ、描かれている人物の描法、岩と樹木の描法、そういったものの特徴を捉え、「狩野派」の作風と看られると判断。でも、狩野永徳の作風とは違う、確かに岩の描き方が、黄紺の目にも判るほどの違い。でも、人物は似てる、確かに。ということで、狩野派の後継の人たちの調査、これも、具体的に作風を比較しながら見せていただけました。狩野光信、狩野孝信、狩野山楽と。山楽が、この3人では一番近い、でも、相変わらず、岩がまだ違う。ということで、結論的には、山楽周辺にいた絵師ではなかろうかということでした。狩野派であることには、間違いないようです。そういったお話、対面式は嬉しいのですが、半寝で聴いてしまいました。うまい具合に、いいレジュメをいただけたので、しっかりと思い出せたので、助かりました。
 会場は、びわ湖ホールの真向かい。ですから、びわ湖ホールに行くとき同様、会場への往復を、ウォーキング替わりにしたのですが、これまた、いつものように、それだけだと、短すぎるので、帰りは、自宅最寄り駅1つ手前駅で下車、そこから歩いて戻り、距離を稼ぐことに。でも、これをしても、いつもの3/4くらいだったかな、ま、仕方ありません。これで、1日が終わりました、あっさりと、昨日は。
 夜、NHKプラスで、「クローズアップ現代」を観ると、ビオンテック社製ワクチン開発に当たったハンガリー人研究者カタリン カリコさんと山中教授とのオンライン・トークを流してくれました。NHKで、ビオンテック社が、今回のワクチン開発をしたと流しましたね。「ファイザー社」と並べて書かないと判らないだろうということでしょうか、「ファイザー社」の名も出していましたが、ようやく「ビオンテック社」の名が陽の目を見たという印象です。トルコでは、逆に「ファイザー」の名が出ない。時々、出ることは出ますが、こちらは、「ビオンテック」の名を並べておかないと判らないといった感じで、彼我の違いは大きなものを感じます。ビッグネームに惹かれる日本と、トルコ繋がりに導かれるトルコといった具合です。カタリン カリコさん、ノーベル賞の候補だそうです。「平和賞」までありうると、山中さん、言ってました。「医学」「化学」を含めて、どの分野でもらうのでしょうか? ホントに、「平和賞」だと、凄いし、粋な話です。黄紺は、このワクチンの抗体が切れかけているというニュースが流れ出し、「rapel doz」が俎上に上がったころを見て接種を受けるか、日本からの観光客受け入れを「ワクチン証明」付きで、「韓国」が受け入れを始めたら、接種を受けようかと思い始めています。「トルコ」でなく「韓国」なのは、飛行機内にいる時間が短いからということだけです。少なくとも、そこまでは生きていなければなりません。まだ、ちょっとした希望は残してあります。ですから、日本では慎ましやかな生活を続けています。散財と言えるほどではないにしても、外国行くだけで、黄紺的には散財となりますからね。


2021年 5月 27日(木)午前 7時 6分

 巣ごもり生活が続いています。予定表を見ると、昨日の欄には、山科で梯子をしようかと考えていた日になっていた。でも、残してはあったけれど、最近の事態に鑑み、早々に諦めていたから申込みすらしてなかった。単に、予定表のちょっとした思い出として残っていただけでした。そういったときに、消してしまわないのが、黄紺の流儀。昨日は、朝が、えらく冷えた日だった。トレーナーを着て、その上に薄手のジャンパーを羽織ってたほど。足には靴下を履いていた。5月の下旬でこれかと、でも、屋内だけかと思っていたが、昼前のウォーキングは、トレーナーを脱いで、薄手のジャンパーを着てで、十分でした。いい天気だったので、休憩がてらの公園での読書が心地よい。昨日使った公園は、保育園児で溢れていました。その傍らの空いたベンチに腰掛ける。どうしても、DとSの姿が重なってしまうので、その喧噪が、とっても心地よい。でも、黄紺は、小1時間、そこにいたけど、読書にのめり込んでいたのか、連中が帰って行ったのに気づかなかった。途中、先生が、「お茶の時間ですよ」「お茶を飲みましょう」とか言ってたのを覚えているけど、あれが、お戻りの合図だったんだろうか、そないなことを思っていました。とっても、長閑な光景です。夕方は、お酒の安いマートを組み込んだコ-スでウォーキング。いつものように、酎ハイとお菓子の補充目的で行くマート。米朝事務所のYouTubeチャンネルで配信している「㊙ワールドニュース」で、吉の丞が言ってた「しるこサンド」を見つけたので、飛び付いて購入。地域限定のレア性もあると聞いていたので、これは、飛び付いた。ところが、夕食後、食べてみたけれど、えらく歯ごたえのある爽やかさはあるんだけど、「お味は普通じゃん」というのが、黄紺の感想。ま、話題としては1つは買ったけれど、「次は、、、買わないだろな」というのが、黄紺的結論でした。
 午後の一時は、オペラ配信。「愛の妙薬」完走です。ほぼ完全に居眠りをしていたということから、ほぼ同じところから観直した。ようやく、仕掛けというか仕組みというか、そないなものが判りました。だから、完走できました。コーラスは出さない、これは判っていたのだけれど、そのコーラスの部分も、5人の歌手が歌っていたのです。だから、何か変というところだったのです。メゾが要るからということで、主役の4人に、1人入れていました。これも、判らなくしていたところ。その1人が誰だか判らなかったもので。結局、判明。ネモリーノが遺産相続をしたと噂をしあう村娘の場面がありますが、あすこで、ちょっとだけソロっぽい場をもらっている娘1人でした。その女性歌手が、他の4人とともに出ずっぱりだったのです。コーラスのメゾのパートを受け持ち、且つ、芝居的に動き回っていたのでした。その村娘の噂をし合う場面など、その娘役の歌手とドゥルカマーラとのデュエットになってました。今度は、ドゥルカマーラが、娘役の他のパートを歌うという仕掛けです。こないなことが、冒頭から頻繁に起こっていたため、変だと感じていたのだと思います。クレジットのところで、カメラが1周して、このプロダクションの仕掛けそのものを見せてくれました。スタジオでの録画、装置の前に小編成のオケが配置。ですから、歌手は、歌劇場と同じ構造での歌唱&芝居ができていました。オケは、丁度、黄紺が、ワイマールで「オネーギン」を観たときと同じくらいの編成。ヴァイオリンが2本なのか、ヴィオラと1本ずつなのか、それは判らなかったけれど、弦の弓が2本見えたと思えました。コントラバスが1本入っていました。それと管楽器とピアノ、もちろん指揮者はいます。こないなプロダクションでしたから、これのために編曲したのでしょうね。それとも、以前、どこかでの公演で使った楽譜があったのでしょうか。いずれにせよ、コロナ禍で制作された特別なものだったことには変わりありません。そういった意味で、貴重なもの観ることができました。昨日は、これを観るのに、居眠りなし。エライ! というのは、その前に、NHKプラスで、ジェノアの街歩きをする番組を観ていて、後半を、見事に寝ていたもので、もう睡眠が取れていたということでの結果でした。


2021年 5月 26日(水)午前 4時 19分

 昨日も、お出かけなしの一日。変化のない日々が続いています。いつものように、時間だけが流れて行きました。定番の日に2回のウォーキングも、順調。昼前は、家事をしてからだったため、あまり時間が取れないなか、わりかし歩いた方じゃないかな。夕方は、ちょっとした買い物がてら、最近、行ってなかったコース取り。でも、さほど変化があったわけではない。のんびりとした一日。
 午後の一時に、続きを観ようと、「愛の妙薬」を観たんだけど、前の続きが始まってから、5分ほどで熟睡。気が付くと、あの有名なアリアの前まで来ていた。その間は、全く覚えがない。あまりにも豪快な欠損のため、もう1度、観直す気にもなれずで、昨日は、オペラ配信は閉じました。眠気覚ましは、これに限ると、「電脳紙芝居」制作をすることに。主たる仕事は、素材屋さんにアクセスして、使えそうなキャラ集めをすること。まさかと思ったことで、良かったこと、「竜の子ども」のイラストを得ることができました。却って、困りかけたのは、昔の子どもを表す画像を探すのが一苦労。でも、見つけました。ないと覚悟し出したから、根を詰めてしまい、夕方のウォーキングに出る時間が怪しくなるほど。「昔の〇〇」ではなく「江戸時代の〇〇」で検索した方が、こういった場合、望みの素材を得やすいことを知りました。何事も経験です。そうそう、ウォーキングをしながら、第4作目の構想を練っていました。着想は良かったのだけど、どうも展開が思いつかないで、苦しんでいたのに、かなり明確な光明が出てきました。着想は、城陽市のプラネタリウムの落語会などに行くときに見せていただけるプラネタリウム。星座に関するちょっとした知識をもらえたこと。「春の夜空は動物園」というフレーズを、決め言葉として使われていたこと、それほど、春は、動物の名の付いた星座が多いというのです。それを活かして、夏なのに夜空を見ても、春の星座しか見えないというところからスタートするという思い付き。何か、天で異変が起こっていると察知、そこで、天に昇ると(昇竜のモチーフを使い昇天させる)、春の星に出て来る動物が眠ったまま、だから、先へ動いてないことが判る、そこで探査に当たるⅮ、すると、動物星座にはない動物がいる、それを、狸にしようと考えているのだけど、狸が、動物の居眠りを起こさせている、それは、狸の腹鼓が誘発していると判る、でも、なぜ、そもそも狸が天に昇ったのか、その原因は地上にありと睨むⅮで、舞台は地上に、狸の棲む山か村を探索、そこでは、狸たちが「春にちなむもの」を作り、それを売って豊かな生活をしていた。そこへ、天から知らせが入る(竜の子どもの役割)、狸以外にも、本来の星座にない動物が天に上がってきている、狐とイタチくらいにしようかな、そこで、「狸」「狐」「イタチ」に、何か共通のものはないかを探索、すると、皆、「春にちなむもの」を売っていることを知る、そこで、狸を問い詰めると、「春がブーム」だと言う、その傍らを「春風屋」が通る。確かに、「春がブーム」だ。なぜ、「気候変動」だからだということで、「人間の想い」「人間の行為」がそうさせているという展開にするつもりというか、これを、昨日、思いつきました。①怪獣もの②ハートウォーミングもの③日本昔話風④環境童話風と、これなら、異なるテイストの「電脳紙芝居」ができると、満足しているところです。
 ところで、トルコのコロナ情報収集をしていると、最近の大トピックは、「ビオンテック社製ワクチンの確保」ですね。数日前、ビオンテック社のウーウル・シャヒン氏とオズレム・テュレジ氏が、トルコの専門家会議のビデオ・コンフェランスに出て、1億2千万回分のワクチン提供を約束したことは、マンシェットを飾りました。その裏には、契約通りに、ワクチンの搬入をしないシノバック社があるということですね。遅々として進まない接種者数。それを補填すべく、ワクチン確保に奔走していたトルコ政府ですね。ロシア製ワクチンの確保も、その一環。ビオンテック社製ワクチンの確保は、本来は、シノバック社製ワクチンの補充のような位置だったはず、当初は、「不活化ワクチン」の効用を掲げていたのですからね、「mRNAワクチン」は、あくまでも数合わせ用といった印象を与えてました。それが、ここに来て裏返ってしまっている。マスコミの報道は、「mRNAワクチン」の啓蒙に躍起です。国産ワクチンも、以前は、この4月には実用化されていると言ってました。でも、今では、早くて9月。こちらは、「不活化ワクチン」。本来なら、シノバック社製ワクチンとのコンビネーションで、「mRNAワクチン」は補欠だった。そういったイメージで、なんとか、トルコでも避けられている「中国製」で行こうとしていたのが、きれいに手の平を返しました。それもこれも、「中国あるある話」を傍らに置いて進めて来たツケが回ったというところですね。中国の「ワクチン外交」、他の国では、どうなんでしょう? トルコでは、中国の火星探査機報道が、日本よりは遥かに多いのは、日本の嫌中的報道姿勢もあるけど、トルコでは多いというのも、ワクチン絡みと、黄紺は看ています。シノバック社製ワクチン、遅くても来てもらわねばならないし、このあとの「rapel doz」と、長官の言う3回目のワクチンのこともあるので、等閑にするわけにもいきませんからね。この辺りのこと、ヒュリエット紙のセダト・エンギン氏、見事にまとめてくれています。さすがの論客です。


2021年 5月 25日(火)午前 7時 41分

 昨日は、いつものように巣ごもり生活。淡々と過ぎた月曜日。週末であろうが、週明けであろうが、全く関係ないですね。週末になると、ウォーキング途中に見かける公園に、親子連れが出ていて、週が明けると、保育園児が遊んでいるという変化ぐらい。それで判るといったくらいの日常です。でも、昨日は、その保育園児が出てなかったな。天気が、あまり良くなかったからでしょうね。休憩がてらに考えていた公園に差し掛かった、正に、その時間に、雨がポツリと来た。さすがに、雨が来ると、公園のベンチに腰掛けるわけにはいかない。そこで、そのコースの終盤にある神社の休憩所まで、我慢。半ばに休憩所があってこそ、休憩になるんだけど、終盤では、いっそ、早々に家に戻った方が賢明かと思ったのだけど、やっぱ、家に居る時間が長いものだから、ちっとでも、外にいる方を選んじゃいます。これが、昼前のウォーキング。夕方のウォーキングは、お酒の買い出しがてらのもの。買った紙パックのお酒を入れるように、久しぶりにリュックを背負ってのウォーキング。安いお店までが、結構の距離なもんで、そうしています。通常は、そのお店を、ウォーキングの後半に入れるのだけど、昨日は、前半に入れてしまったため、わりかし長い時間、お酒を背負ったままのウォーキング。おかげで、普段と逆コースになったため、目に入る景色に変化が出ました。こうした、ちょっとしたことを楽しむのが、日常ですね。
 午後の一時は、一昨日、NHKプラスで観た「日曜美術館」がおもしろかったので、YouTubeに過去のもの上がってないか調べたところ、幾つか残っていた。そこで、その1つをピックアップ。本チャンで放送のあったときに観た記憶が、少しあるのだけど、お題が良かった、で、ピックアップ。「この人が語る、私の愛する画家」、ゲストは、姜尚中氏ということ、そして、愛した画家がデューラーだったことが大きなポイント。中でも、姜さんが選んだ絵は、アルテ・ピナコークの「1500年の自画像」。黄紺は、アルテ・ピナコークに、しかも、デューラーを目指して行きながら、狙いは、この番組の最後に方で出て来た「4人の使徒」でした。この「自画像」、覚えていない。何度も何度も、TV画面に出てきたため、そう言えばの気になったくらいだったのですが、姜さんは、ドイツ留学時に、この絵に魅せられたというところから始まりました。絵の解説が、ナレーションとして重なります。ただ、この動画、音が変な箇所が、幾つかあり、でも、なんとか内容は把握できました。ドイツの肖像画で、正面を見据えた絵は、これが初めてだそうです。知らなかった! それまでのデューラー自身が残している自画像も、確かに、斜め前を向いている。アルテ・ピナコークのものは、28歳のときのもの、それ以前の自画像を3点見せていただけましたが、確かに正面向いていないが、1つ前の26歳のときの自画像は、左眼の視線は正面に向いており、右眼は懐疑的な様子と、徐々に正面へと向かってきて、ついに28歳の自画像に至るということです。正面向き、それは、イエスを連想させるから描かれてなかった、それを、デューラーが描いた。しかも、左右シンメトリーでないから、とっても写実的で、そういった背景をも考えると、余計に、デューラー自身の強い内面が見えてくると、姜さんは言ってました。その強さは、デューラーの信仰だろうが、その信仰に支えられて、自分が、世界が見えていたことに動かされたと。その頃の、自分の立ち位置、アイデンティティを強く意識させられたということで、強い衝撃を受けたようです。この絵とは「鏡像関係」を感じるとも言われてました。見る者と見られる者が合わせ鏡になっているということですね、絵を見ている者が見られているという感覚、それを意識することで、見る者は、自身の内面を問いかける、正に、それを、この絵を見たときに感じたということなのでしょう。デューラーの厚い信仰心は、言い換えると、神への信頼、世界への信頼があるということで、16世紀の暗澹たる不確実な世界に生き、でも、人間全体では、いい方向に向っているのではないかという思いを持っていたのだろう、それに比定して言うと、姜さんは、子どもの頃、これ以上ない人に愛されてきたという経験があることから、人に対する信頼、世界に対する信頼がある、これは、デューラーの信仰に替わる、自分の底にあるものと言われてました。デューラーを知り、姜尚中を知るといった、なかなか優れものの番組、いいもの見つけました。
 もう1つ、午後の一時を利用して、動画を観ました。オペラ配信です。公開間なしにアクセスです。「ウエルテル」を観たあとだったので、ちょっと長閑めなのをピックアップしました。オペラ・ズィード(「南歌劇場」ってとこでしょうか? マーストリヒトの歌劇場)の「愛の妙薬」(マルコス・ダルビシーレ演出)を選びました。どういったスペースを使ったものかは判らないのですが、劇場で公開されたものではないですね。ですから、他の劇場の名前も並列的に書かれていましたので、コロナ禍で共同制作されたものと、勝手に想像しています。装置は、現代の屋内スペース。背後にベランダがガラス戸越しに見え、その向こうには、夜景が拡がるというもので、コーラスも出していません。後景部で歌っているようには聴こえます。それもあり~のだからかもしれないのですが、音楽に加筆され、ピアノが入ります。オケが画面には出て来ないものですから、確かなことは判らないのですが、編成を小さくしてあるのじゃないかな、それを補強するためにピアノを入れてるのじゃないかな、これは、黄紺の想像です。リビングで若者が寛ぐといった体で進行します。傍らにバーカウンターも用意され、ドゥルカマーラも、そこで、いろんなカクテルを作り、皆にふるまっていました。そこまでですが、今のところ、退屈です。目先が替わったことで、楽しいのではなく、退屈なのです。もう少し我慢してから、続けるかどうか、考えます。


2021年 5月 24日(月)午前 7時 56分

 昨日は、久しぶりの晴天。気温も上がった一日。そうなると、気分上々のウォーキングのできた日。ですから、夕方には、最近歩いてなかった、自然いっぱいのコースを選択。このコース、地道があるものだから、雨の日や、雨の後には行きにくいので、この間の雨で行けてなかった。ここに行けたのも、嬉しい。そんなで、ウォーキングには、大満足の日となりました。
 家内では、PC画面の定番以外では、オンライン配信のお世話になり、NHKプラスを利用して、朝と夜に「日曜美術館」を観て、いずれもが、満足のいくもの。この3本、記憶に残すために、その内容をメモっておきたいと思います。まず、オンライン配信は、先日もお世話になった京阪電車の駅構内にあるアートエリアB1からオンライン配信されている「ラボカフェ」。シリーズ「京阪沿線カフェ」の日で、お題は「お茶と人をつなぐ秀吉の一大土木事業 "太閤堤"~お茶と宇治のまち歴史公園~」。京阪宇治駅傍らに整備公開間近の歴史公園の紹介となりました。かなりの大発見が前堤になっています。その大発見を、黄紺は知らなかった。世間で、「太閤堤」が話題になってるようだとは、薄々、感じてはいたのですが、大発見が前提だったとはというところです。お話は、大野壽子(宇治市 都市整備部 歴史まちづくり推進課)さん。それに加えて、同寮の大島由光さんが、映像出演で、現地を案内するというものでした。カフェマスターは長瀧元紀(京阪ホールディングス株式会社 経営企画室事業推進担当主幹)さんが出演されました。大野さんは、発掘のプロ。開発があるための調査を行っていたところ、偶然出て来た大発見だったそうで(全長400m以上の出土です、凄い!)、そこが、国の史跡に指定されたため、歴史公園として整備、コロナ禍で公開が遅れているが、整備は完了している由。その様子を、後半に大島さんがレポートされ、前半では、大島さんが、太閤堤の紹介、そして、考古学的発掘調査結果を報告されるというものでした。現地調査報告では、1500人もが詰めかける大盛況だったとか、ま、でしょうね。正直、黄紺は、太閤堤の全容が解ってなかったですね。京阪宇治駅辺りの宇治川に太閤堤が造られたことすら知りませんでした。大阪府内のものと、巨椋池を突っ切るものまでは知ってはいたのですが。考えてみれば、大変な暴れ川だった宇治川が、巨椋池に流れ込む前にコントロールすることをしておかないと、巨椋池を突っ切る堤を造ること自体、無理ですわね。「槙島堤」というそうです。「槙島」は、現在も地名に、その名を残しています。お話の中で、特に興味を惹いたのは、石積みからの年代特定、安土城のそれと同じだそうです。それと、堤に「杭出し」「石出し」という仕組みを設えて、川の流れを和らげ、護岸の役に帰させるというもの。言われてみると、それをやっておかないと、どんどんと造った堤が、流れの力で壊されて行きますからね。そして、もう1点。積み石を補強するための松杭。これも、現物として残っている姿は、画像で紹介いただけました。使われた石は、上流の山にある粘板岩を持って来ているということでした。こういったものを造っても、宇治川の暴れ方は凄まじかったようで、堤を越えて溢れ出た土砂層が厚く堆積しているようです。そのため、江戸時代には、太閤堤の上に、新たな積み上げを行っていることも明らかになったようです。一方で、その堆積した土砂は、茶園を造るのには、格好のいい素材になったとか。それで、お題に「お茶」が入っているということです。従って、歴史公園に併設される展示館では、太閤堤だけではなく、茶園についての展示も用意されているということでした。それらの様子を、後半、現地紹介で見せていただけたわけです。歴史公園では、保存を考え、現物は埋め戻され、その上にレプリカものの太閤堤を見せることになっているようです。でも、これは、早々に観に行きます。最近、宇治に行くときは、京阪電車を使ってなかったもので、全然、公園整備には気づいていませんでした。ですから、この配信には、ホント、驚き、感激してしまってました。感謝、です。
 日曜美術館の1本目は「フランシス・ベーコン」。フランシス・ベーコンが、死の10日前に、友人に託した「バリージュール・コレクション」が、神奈川県立美術館で公開展示されるということに合わせた企画でした。このコレクション自体、フランシス・ベーコンの作品の管理団体は、本物とは認定していないそうで、このコレクションが出て来るまでは、処分されたと言われていたドローイングによる作品とか、家内で、フランシス・ベーコンが作品として描いたのではない、でも、フランシス・ベーコンの感性を知るには大事な描き込みのようなものが入っているのです。このコレクションが、バリージュールに渡されたときのことから、番組はスタート。バリージュール自身が、インタビューに答えています。親密な間柄、それも、ご近所さんということで知り合ったようで、フランシス・ベーコンの生声の入った長時間に及び録音も公開してくれました。初公開とだそうです。黄紺自身、フランシス・ベーコンの作品を、じっくり観たこともなく、それこそ、名前くらいしか知らない存在だったのですが、かなり生々しい感情の吐露を表現する作家ですね。この人、ゲイです。その辺りの人生も紹介されていたのですが、作品群にも、ゲイとしての感性が溢れているものを看ることができます。その生々しさを感じながら、ベンジャミン・ブリテンを思い出してしまってました。美術と音楽の違いはあれ、己のゲイとしての感性を、その作品にぶつけ、かなり執拗に追及している姿が重なってしまったのだと思います。ブリテン作品には温度差があるので、「ビリーバッド」の温度だと書けばいいかな。一番、熱いということ、です。「愛の肖像」という映画の紹介もありました。確かに、ありましたね、黄紺は、知りながらスルーしちゃったことを、この期に及んで後悔の念が出てしまいました。
 もう1本は、先週に流されたものの再放送。黄紺は、見逃していて後悔していたもの。こちらのお題は「ルーヴル美術館」。レオナルドダヴィンチの作品が、なぜ、ルーヴルに入ったか、いや、そもそも、ルーヴル宮が、なぜ、美術館に、美術の収集品が集まるようになったかが説き起こされました。フランソワ1世のイタリア遠征(番組では、王自身も、そこでの体験もきれいに描き過ぎ)、レオナルドダヴィンチのフランスへの招請、レオナルドダヴィンチの収蔵品の解説を挟み、シャルル9世の時代へ、サン・バルテルミューの虐殺の発端の場としてのルーヴル、ユグノー戦争(この名を出さなかった、単に宗教戦争、内戦とだけ)終了後のアンリ4世による、美術品の収集の復活、回廊(現在のグランドギャラリー)の設置、フランスに根付いたレオナルドダヴィンチの製作法/裸婦像の登場(「裸のモナリザ」登場)という流れでした。ちょっと、フランソワ1世やアンリ4世を、きれいに描き過ぎと突っ込みどころはありましたが、ま、美術館としてのルーヴルの成立話としてですから、仕方がないのでしょう。レオナルドダヴィンチの作品は、「モナリザ」は言うまでもなく、「岩窟の聖母」「聖母子像」が、ミケランジェロものでは、「抵抗する奴隷」「死こそは、暗き牢獄の終わり」が、裸婦像ネタでは、「裸のモナリザ」に先立ち「ガブリエル・デ・ストレ」を描いた有名な乳首を掴んでいる絵が登場してました。1点、超重大なネタが入ってました、レオナルドダヴィンチは左利きだった! 晩年は、衰えた体で、左一本を使い描いていたそうです。


2021年 5月 23日(日)午前 6時 53分

 最近、睡眠障害が復活の気配。夜中に、目が覚めることは頻繁。そして、小1時間ほど眠れない日が、そういったときの定番。でも、一応、知らない内に眠れてたんだけど、ここ2日連続で、そうはならないから、普通は起きない時間に起き上がっています。特に、一昨夜がひどかった。眠れないどころか、このところ、何とか凌いできていた腰の痺れが出てしまった。身体を、左右に振ってみたり、8割がた俯せに寝てみたりと、工夫はしてみたのだけど、ダメ。イラつくと、一層の腰の痺れが出たように感じてしまう。以前だと、起き上がって酒を呑むことを考えていました。酒の勢いを借りて寝ようとの魂胆でした。最近は、それはやんぺ。酒量が増えてしまい、身体に変調が出てきてしまったものだから、夜中や明け方の飲酒は止めました。断酒は意志力です。そうすると、不思議なもので、眠れなくても、眠れないのは辛いけれど、お酒の力を借りて眠ろうという考え自体が消えてしまった。晩酌で決めた量しか飲まなくなってしまいました。日本酒は1合半、ビールや酎ハイはロング缶1本、ワインはグラス3杯と決めています。いや、実際には、それ以上は欲しいと思わなくなっています。この前、息子家族と会ったとき、皆で回転寿司屋に行ったとき、息子から「飲まへんのん?」と言われ、初めて、こういったときなんか飲んでたなと、言われてから思い出したほど。だから、この間、眠れなくても、飲むという発想が出て来ない。2日連続で苦しい夜だったからか、さすが、昨夜は、夜中に1度も目が覚めなかった。それでも、睡眠時間は5時間余、それで満足しています。夜中に目が覚めないで、眠れない苦しさ、腰の痺れの気持ちの悪さを経験しないで、朝を迎えることができたのですから。
 昨日は、町内の仕事をした。年に1回回って来る町費集めに、僅か13軒の家を回るだけ。土日を狙わないと家内に人がいないことが多いので、そうしてる。そこで、時候の挨拶などするなか、決まって出てきたのが「また、降ってますか」「雨の中、ご苦労さま」でした。週末は、傘マーク出てなかったよなと思ってみても、雨は降った。時々、止んでは、また降っていた。降っていた時間の方が、圧倒的に長かった雨の日。だから、雨の中、町内を回ったけれど、日に2回のウォーキング時間は、上手い具合に降っている時間が、ちょっと隙間を見せてくれた時間帯に当たったため、ほぼ、通常のウォーキング時間を確保。せめて、このくらいの外出はさせてよの気になるほど、雨が続いていますね。気候変動の講演などがあると、掴みの話題にされそうだなと、つい思ってしまっています。
 午後の一時は、「ウエルテル」完走しました。見事に、歌手の力に圧倒されました。マスネの音楽に圧倒されました、ケント・ナガノ、グッジョブです。ここまで音楽が引き立ったプロダクションって、そうはありません。一つに、装置が邪魔をしてないことがあるなと思いました。引き立てているというよりか、この物語にはまり、音楽にはまりというところなんだと思います。ロランド・ビリャソンの迫力、初めて、彼の歌唱を聴いたときに知った、全身全霊を傾ける入れ込んだあの歌唱を思い出しました。黄紺的には、ロランド・ビリャソンには残念な思い出があります。1回だけ、生歌唱に遭遇しているのですが、ミュンヘンでの「ホフマン物語」ですが、1幕だけ歌い交替してしまったのでした。いくら広いミュンヘンだと言っても、「これが、世界最高峰の歌手の1人の声か」と、不満を持っていた矢先の降板でした。そんなだから、いい姿も、悪い姿も知ってるつもりだけれど、この「ウエルテル」は、正に最高の出来。スーザン・グラハムの楚々とした雰囲気が、ロランド・ビリャソンの情熱的な歌唱とは好対照なのも、いい。シャーロッテの夫役のルドヴィコ・テジエの憎まれ役としての存在感も、抜群。これは、人に紹介したくなるほどの見事なものでした。
 夜は、「ブラタモリ/館山編」。NHKプラスでは、再放送ものは観ることができないので、この機会を逃すことができません。TVがないから、NHKの契約してないから、見逃し配信も観ることができないのです。地形の話題が、たっぷりあると、やっぱ楽しい番組。関東地方には付き物の「プレート」ネタが、ここでも中心。プレートの作用で起こる隆起でできる地形にも様々なものがあるのが判ったのが、とっても美味しかったですね。隆起地形の境い目を、タモリが口にしてましたが、話題にはならなかった、これが、ちょっと残念。黄紺も、「なんで、そこまで?」と思ったものですから。埋め立ても、隆起が関係してた。隆起と言えば、ついつい地上を思い浮かべてしまう。そりゃ、海上の顔を出さなくても、それに続くところも隆起していることに、なかなか目が行かないことも学習できました。この話題のおかげで、イメージの拡げ方を知った感じもしました。何かに役に立つかな、思考法に。次回は木更津だとか、関東域でのロケが多いのも、コロナ禍ということだからでしょうか。いやいや、これらのロケのあと、また、ロケは中断しているでしょうから、新ネタが出て来るだけで有難い。そう言えば、取り上げ回数の多い京都、最近、出てませんね。やむを得ないことなんでしょうね。


2021年 5月 22日(土)午前 6時 37分

 昨日は、ちょっとした迂闊な一日。夜に予定が入っているのに、いつものように動いてしまったため、かなり動揺。別段、大した話じゃないけれど、今の自分には、ちょっとした事件。こないなことになりはしないか、予め、想定はしてあった。だから、アラームを使い、注意喚起の手を打ちながらも、そのときになると無視してしまうという悪い癖、これが、結局、慌ただしさを生んじゃいました。午後の半ばまでは、いつの通り。雨に悩まされながらも、昼前のウォーキングは、変わったところはなかった。だけど、その後がいけなかった。お昼ご飯を食べ、ほっこりしたのか、睡眠時間が短かったのか、PCの画面を眺めていると、やたら眠い。そこで、椅子にもたれ込んで、僅かだったけれど、居眠りをしてしまった。目が覚めても、やたら眠い。頭の中では、午後の一時は、前日の続き、即ち「ウエルテル」の続きを観ることになってるんだけど、それをすると、頭から寝ちゃうのが見え見え。ここで寝ると、夜が困る。この頃、またぞろ、睡眠が不安定なものだから、昼間に、寝てしまうことが、これほど明らかな場合、それはやってられないということで、あっさりと変更。眠らない第一の手は、「電脳紙芝居」の制作。頭を使いながらの作業ですから、これは寝ない確率が高いということで、第3作目を作り始めました。構想は出来上がっているので、やろうと思えば、いつでも出来るということで、これを選びました。第2作は、まだ、公開どころか、完成の連絡すらしていないのに、第3作製作開始です。息子の家の近くに池があるので、その池にまつわる昔話という仕立て。もちろん、でっち上げ。その池について書いてある本を読んでいると、その本の中から「助けてぇ」という声がするというところからスタート。今回も主役は、Ⅾとバイキンマン、その2人の耳に聞こえるというか、聞こえたようなので、本に耳を近づけると、2人は本の中に吸い込まれてしまう。その勢いで、何も知らないで、傍らで一人遊びをしていた弟のSまでもが、その後から本の中に吸い込まれてしまう。そのことを知らないままの先の2人。2人と1人が、別々の動きをして、本の中の世界を冒険するという物語。そして、3人が出会い、そこまでで知ったことを繋ぎ合わせると、その池の謎は解けるというのが、話の骨格にしてあります。とりあえずは、3人が、相次いで本の中に吸い込まれてしまうというところまで作っちゃいました。アニメーション設定をすると、後から吸い込まれるSのスピードが、いくら遅くしても速い。その方が、実は、スライドを観ている方からすると、何が起こったのかが判らないので、お話としては、突然のことがあるので、インパクトは抜群なのだけど、誰か判らないといけないので、「リプレー画面」を入れることを思いつきました。そして、本の中に消える直前にストップさせ、Sだと判らせるなんてことを思いついたのでした。この「思いついた」のがいけなかった。アラームが鳴りそうなので、アラームを消して作業を続けてしまった。夕方のウォーキングに出かける際に時計を見ると、ほぼ、いつもの時間。せっかく夜の時間の工夫が、わやくちゃになってしまったのでした。
 その夜の予定というのは、京阪電車の駅構内にあるアートエリアB1からオンライン配信されている「ラボカフェ」。昨夜は、「国立国際美術館×大阪大学×アートエリアB1・エクスチェンジ企画」と銘打たれた美術館シリーズ。この配信知ったのは、前回から。知るのが遅すぎたことを後悔しています。そういった人、多いかも。後悔するほどの企画です。昨日のお題は「ミケル・バルセロの作品に息づくスペイン美術と風土」。国立国際美術館での特別展に絡めた企画だったのですが、今は非常事態宣言の真っ只中のため、休館中。開催期間の終了が迫ってきていることから、そのまま終わってしまうことが、かなりの確率で想定されているなかですから、余計、貴重な配信となりました。講師は、岡田裕成(大阪大学文学研究科教授)、安來正博(国立国際美術館上席研究員)、それに、コーディネーターとして、カフェマスターの木ノ下智恵子(大阪大学共創機構産学官連携オフィス准教授)の3人の方でした。まずは、安來さんが、パワーポイントを使い、観ることのできなくなっている特別展の画像を紹介、併せて、ミケル・バルセロの作品を観ることができるということで、格好の導入。展示作品の幾つかについては、解説までしていただけました。「小波のうねり」「とどめの一突き」「時を前にして」「下は熱い」「JLナンシー」といった絵画作品、「トーテム」といった陶器の作品でした。次いで、ミケル・バルセロの作品を選びに、ミケル・バルセロのアトリエ(マジョルカ島)へ出かけたときの画像、マジョルカ島のパルマ大聖堂付属の礼拝堂などの建築に関わった作品、更に、パリに持つアトリエと、これ以上ない、初心者にはありがたい視覚に訴えるお話でした。その後が、岡田さんのお話。元々は、ベラスケスのような宮廷画家を専門にされている方だそうで、スペイン美術に造詣の深い方。ここ30年は、ラテンアメリカに残る、コロニアル建築を追ってきたと言われていました。ベラスケスなんて全うすぎるところから、コロニアル建築へとは、いくら、スペイン繋がりとは言え、おもしろい方がおられるのですね。で、そのお話がおもしろかった。そのポイントを箇条書き的にメモっておきます。①カッセルのドクメンタへの出品で世界的な注目を集めた(ドクメンタの開催時期にオペラを観にカッセルに行った記憶が蘇りました)②手法としては「アンフォルメル」の流れを受け継いでいる、ミケル・バルセロの作品の特徴と言える質感は、ここから受け継いでいる③ベラスケス、ティントレットが影響を受けた作家として上げている、但し、これは、現代作家の言う手で戦略的な物言いかもしれないが、質感に共通性を看て取れる④国連人権委員会の天井は、彼の作品だが、浮かし彫りみたいで、でこぼこ感が、作品の特徴をよく表している⑤マジョルカから見ると、アフリカが近い、実際、マリに拠点を持つ、インドやタイにも⑥ショーベー洞窟画の発見にもインスパイアーされているかも⑦バロックの漆喰を使った壁画とも繋がる、聖堂という文脈で言えば⑧1980年代と2020年という今の現代美術のスタンスの違いを感じる⑨フォーマリズムの典型という作品群、アフリカに刺激を受けたが、その形のアイデアを取り込むのに専念⑩現在の傾向と言われる「Socially Engaged Art」ではない、明らかに違いがある、アフリカ社会の問題性には入らない、様式のおもしろさに留まる、これが、1980年代の現代アートのスタンスであり、彼の作品の立ち位置⑪「Socially Engaged Art」の代表作品として、ガーナ人作家のEl Anatsuiの作品を見せていただけました、ミケル・バルセロの作品との違いを教えてもらえました。この作品、空き缶を素材にして作った衣服でした。そう言えば、アフリカのどこだったか忘れましたが、銃火器といった武器を素材に使ったアートがありましたね。この中では、やはり、現代アートの年代格差です、そそられたのは。社会活動、その意識をも、作品に取り込む、これを言われると思い出すことが、黄紺にはあります。ライプチヒに行くと、最近では、曜日と時間さえ合えば行こうとしている現代アート専門の博物館があるんだけど、そこで観た作品群で、そういった表現が成り立っていることを知りました。現代アートに関して、批判的に観ることのできない黄紺は、ただただ勉強するだけの受け身的な気持ちで観に行く博物館で観た作品、「Grenze」というお題の付いたもの。あとで、日本人の作品だと知るのですが、写真アートでした。小ぶりの写真が、何枚も並び、その下にメッセージが書かれていました。読んでみて、「Grenze」が、何の「境界」かが判りました。それらの写真は、全て「オーストリアの国境」を写したもの。今の時代ですから、オーストリア国境に、昔のようないかつい境はありません。単に草むらだったり、何もない変哲な場所だったりします、そこへ行ったときの感想が、その下に書かれていました。これも、平凡な内容だったと記憶しています。でも、なぜか、そこに立っている写し手の息遣いのようなものを感じました。その内容は、もう覚えてないのですが、写真を眺め、コメントを読むと、その写し手の気持ちを感じることができ、「これがアートなんだ」と、不思議な感じを覚えた記憶があります。同じ博物館で、ベルリンの壁が崩れる前に、ハンガリー経由で西側に入った人の経験談が流れ、映像、どんなだったかな、それは忘れてしまったのですが、思わず、立ち止まって聴いてしまい、迫力満点。逃亡劇をリアルタイムで眺めているような気にさせられた記憶がありますが、そのときも、「これがアートなんだ」と思った記憶があります。これなんですね、岡田さんが、「ミケル・バルセロの作品との違い」と言われたのって、そんなことを思いながら聴いていて、超おもしろかった、です。現代アートの底は深い。これって、ドイツに行き出してから学んだこと。でも、ミケル・バルセロの作品とは出会えなさそうです。たとえ、再開されても、大阪はデンジャラスですから、行かないと決めてますからね。


2021年 5月 21日(金)午前 6時 42分

 雨が続きます。こないに早い梅雨入りも珍しいことだけど、いくら梅雨とは言え、こないに雨が続く梅雨も珍しい。そう思っていたら、昨日、YouTubeで配信されている「かもによラジオ」でも、同じことを言っていた。毎週木曜日の午後に配信することを目標にしている、桂華紋と桂二葉のトーク番組です。落語会行けない、落語会自体がないなか、落語界と接することができる僅かの糸口ということで、「米紫&吉の丞の【㊙ワールドニュース】」ともども、今や、黄紺にとっては超貴重になっている配信。いつも、生配信ではなく、時間を合わせなくていいアーカイブで聴いております。頻繁に入る華紋の笑い声が耳障りなところがあるけど、人柄が、2人とも、いい味が出ているので、惹かれてしまっています。そうそう、雨が嫌だということでした。サマセット・モームの「雨」の気持ち、判るような気になってきました。若いころ、あれ読んだとき、「なんじゃ!」としか思わなかったのに、気だるく、日常が崩れる、それは、全て雨のせい、それそれ、でも、コロナ禍は、崩れても、持って行き先がないから、更に厄介かもしれません。昨夜などの雨の降り方、怖くなるほどの音を立てていた。壁を突き破って、家の中に入っては来やしないかと思うほどの激しい降り。一応、天気予報では言ってたけれど、実際、聞いてみると、半端じゃない激しいもの。気だるさどころではない、恐ろしい降りって、たじろぐしかありませんでした。
 それでも、昨日の昼前は、そないな降りではなかったので、傘さしウォーキングを一人前にすることができました。この時間帯は、まだ、大丈夫だった。夕方も、その気で傘さしウォーキングに出かけました。昼前と比べて、少し強めかなと思い歩き始め、「ひどくなれば戻りやすいコースをで行こう」のつもりが、その後、僅か2分で、そのひどくなってしまった。出かけて、あっさりと引き返し、その間、5分くらいかな、もう、足元は飛沫で濡れてました。断念して、正解としか言いようがない。おかげで、家内で読書の時間に。「百年戦争」の詳細な展開を読んでいます。ブルゴーニュ派だとか、アルマニャック派だとか、ややこしくてたまらんと思い続けていて、この辺、追いかけるという気になってなかったのを払拭、手を着けだしたら、やっぱ、そうだったけれど、それを我慢していると、ジャンヌダルクが出て来る状況が、徐々に飲み込めてきました。あの当時のイングランドの感覚って、海峡は、川と一緒ですね。国や民族を隔てるものじゃない、またいで渡る川と一緒。フランスの、どの諸侯も、そういった気分だったのでしょうね。ブルゴーニュ侯がピカルディを押さえたと同じ感覚で、イングランド王がノルマンディーの果てのルーアン押さえたってことなんでしょう。そういった感覚が判っただけでも、この辺の歴史を読んだ値打ちがありました。ホイジンガが、ブルゴーニュのどろどろを描いたわけというか、背景が判ったような気がしてきています。ディジョンに行ったのは、もう20年は前になりますね。黄紺は、パリは、北駅から東駅に乗り換えただけ。ブルゴーニュ、アルザズ。ロレーヌ、ラングドック、ルシヨン、シャンパーニュと辺境ばっか、フランスは行ってます。なのに、フランス・バスク、アキテーヌは行ってない。一番最後のフランスは、10年ほど前のストラスブールですね。そこから、TGVに乗り、シュトゥットガルトに向かったのが、最後です。そして、3~4年前、ケルンからアーヘンに行ったときに乗ったICEがパリ東駅行き(だったはず)、これが、フランスの香りに触れた最後だと思います。
 午後の一時は、オペラ配信に充てました。「さまよえるオランダ人」完走です。ラストだけ残していましたが、船を挟んだ大鉄塔、そこから、オランダ人の船にゼンタも乗りこみ、一緒に航海に出て行く体で終わりました。むっちゃ高い鉄塔ですから、その上で歌うの、高所恐怖症だと、もうダメなほどの高さ。それを撮るカメラも、見上げているだけではと、同じレヴェルの高さで撮ってくれていました。撮影だけでも大変なプロダクションです。座席は、地面ですから、この場面。観ることだけでも大変だったのじゃないかな。しかし、考えついても、普通、やらないだろうということをやって見せてくれたってことで、高評価です。それだけではということで、もう1本、パリ・オペラ座(バスチーユ)の「ウエルテル」(ユルゲン・ロゼ演出)を選びました。最初「ウエルテル」でも、他の配信を観るつもりをしていたところ、YouTubeの画面って、右側に「お薦め」が出るため、そこに現れたパリ・オペラ座版の方に乗り換えました。だって、ロランド・ビリャソン、スーザン・グラハム、ルドヴィコ・テジエが出て、ケント・ナガノが振っていては、乗り換えざるをえませんでした。パリ・オペラ座版と言えば、DVD化されているカウフマン&ソフィー・コッシュという素晴らしいものがあります。それと同じプロダクションかなという気もしたのですが、そうではありませんでした。このオペラ、ゲーテの作品にマスネが曲を付けたものだけど、どうしても、マスネの音楽に曳かれて、装置など、フランス風を求めてしまいます。だから、DVD化されているウィーン国立歌劇場のプロダクションには馴染めません。ましてや、あのDVD、タイトルロールをマルセロ・アルヴァレスが歌っているものだから、イタリアものになってしまっている。これはいただけない。だから、音楽作りも大切。カウフマン&ソフィー・コッシュ版では、ミシェル・プラッソンの見事な指揮ぶりが、それを支えていました。この動画では、その役割を、見事に、ケント・ナガノが果たしています。彩り豊かなマスネの音楽が流れます。おかげで、ロランド・ビリャソンの色に対抗してくれてます。もっと言えば、イタリア風になるところを消してくれてます。消し切ってはいないけれど、消す方向に引きずって行ってくれています。装置も、少し南部かと思わせるもの、それもいい雰囲気出しています。壁に描かれたつる草文様がグッジョブです。となると、いい味出していると思ってます。スーザン・グラハムをヨーロッパで聴けるというのも、そうはないんじゃないかな? そんなで、いいもの選んだぞというところです。


2021年 5月 20日(木)午前 6時 58分

 昨日も、雨。そのなか、映画を観に行った日。今週2本、映画を観ると書いてた2本目を観ました。来週でも上映はあるのだけれど、上映時間が気に食わない。今週の方がいいとなれば、昨日か今日しかない。時間の制約は、日々のトルコのコロナ禍で決まって来る。ましてや、昨日の朝には、トルコ杯決勝の結果が入っているというので、サッカー情報も、大きなものが入って来るということで、自分的予想では、昨日ではなく、今日、観に行くことになるだろうなと思っていたところ、コロナ情報が、思いの外、少ない日。サッカーの方も、トルコ・サッカー協会が、試合の経過などを配信していたものだから、かなり手間がカットできた。ならば、今日、どうなるかは判らないなか、余裕を感じられる日を選ぼうとの判断でした。その映画は、京都シネマで上映中の日本&ベトナム映画「海辺の彼女たち」。これが、「見逃していた」と書いていた作品。「僕の帰る場所」という優れものを世に出した藤元明緒監督の最新作だということを、「見逃していた」のでした。「僕の帰る場所」では、在日ミャンマー人家族の姿を、ドキュメンタリーかと思わせられるほど瑞々しい映像を出してくれました。どのようにして終わらせるのだろうと思って観ていると、ファンタジーっぽい手法を、そういったリアリズムに持ち込むという、映画でしかできない手を使われ、とっても印象に残りました。そもそも、いまどき、泥臭く、日本とアジアの関係を問おうとする、その姿勢にも、強烈な個性を感じたのでした。その監督が、今度は、日本のベトナム人技能実習生を取り上げたというのでは、もう行くしかない、そう思ったのでした。3人の実習生が、勤め先を脱走するところから、この映画は始まります。巷間、伝えられている半奴隷的な扱いを受けて来たことが、あとの場面での、3人の述懐で判ります。彼女らは、ベトナム人の仲介人を経て、ある海辺の水産業者に雇われます。パスポートなどは、前の業者に取り上げられていますから、それをなしでも雇ってくれるところということでしょう。また、そういったことが後を絶たないということで、暗躍する仲介業という仕事。そこで働く3人の女性。国にいる家族に金を送ることができることだけのために、働く。ポスターに使われているのは、このときの風景。ブイに付いた貝などを削ぎ落す作業をしている風景ですね。その3人の中で、冒頭から動きが、若干鈍くさせてあった1人に、身体の異変が起こります。彼女、妊娠をしていたのです。ベトナムを出てくる前に関係があった男性の子だと言います。が、その男とも、今は、連絡が取れなくなっている。あとの2人の助けを受け、病院に行っても、パスポートなどの書類がないということで、診てもらえない。そこで、偽造業者に金を出して作ってもらう。ここにも、似たようなことがあると見えて、闇の業者、これも、ベトナム人。こういったコミュニティができているということを示唆します。技能実習生を食い物にする日本の業者、そこに入り込んでくるベトナム人業者、裏社会が出来上がっています。「実話に基づく」と断っていただなくとも、容易に想像のつくこと。それを使い、ようやく病院へ。でも、慣れない病院への道、迷います。ここのシーンが、実習生の闇を象徴させるように作っているのですね。最初、彷徨する姿の意味が解せなかったのですが、辿り着いたのが、件の病院だったので、そういったことと了解。エコーで子どもを確認する女。帰り道、仲介人のベトナム人と会います。仲介人は、あとの2人のベトナム人実習生から事情を聞いていました。ここから、ラストに入って行きます。観ていて、また、どのように持って行くのだろうか、前作のような手を使うのかと、でも、ここでは、まだ、ラストに直結するとまでは思ってなかった黄紺。あの手を使い、ラストに持って行くのかと、ちょっと期待もしていましたが、外れました。替わりに、残ったのは、強烈な、いや、強烈すぎるリアリズムでした。お腹の中に、なんか、重しを置かれたような映画でした。ほんの僅かのシーン、日本人との会話以外、ほぼ全編、ベトナム語で推移する映画です。雪の海岸で作業するベトナム人女性3人、これだけで、この映画の持つ意味合いを見せているようでした。
 この映画を観るためのお出かけが、昨日の午後のウォーキング。往きは雨、帰りは、運よく、雨は止んでいました。この映画は夕方に上映があったため、午前中のウォーキングは、傘さしウォーキング。こちらも、最後は、雨が止んでいました。屋根付き公園をコースに取り込み、休憩&読書も、普通通りに。さほど広いスペースではないにも拘わらず、犬の散歩に、この公園を利用されている人がいて、その執念にびっくりさせられたけれど、自分の行動と、結局同じだと気づき、びっくりしている場合ではないと、己に突っ込みを入れてしまいました。夜、NHKプラスで観た「クローズアップ現代」もおもしろかったな。リモートワークが進むと欠ける「雑談」、これが、企業のイノーヴェーションに大切だと、これをも、リモートで補おうとする企業が出てきているのですね。「雑談」の気づき、これだけでも新鮮なのに、更に、その先を行っている。何の話なのか、さっぱり解らない企業、世の中に、いっぱいじゃないですか、特に、ボーイズクラブにいるような経営者が上に立っているところでは。コメンテーターとして出ていた合田文という人物、初めて知りました。自信をもった発言、見かけの年齢とはかけ離れた重みを持っているので印象に残ったので、ネットで調べてみると、企業人としてだけではなく、セクシュアリティにも積極的に発言している人物として、ますます、気になってしまっています。おもしろい、そして、若い人が出てきているのですね。


2021年 5月 18日(火)午後 11時 58分

 今日は、元に戻って、お出かけなしの一日。2日連続で、映画の日ということも考えないわけでもなかったのですが、貴重なお出かけなものですから、2日連続は、もったいな過ぎると、自重。普段の日に戻ったのですが、悪いことに、お昼どき辺りから、また、雨。その雨が降る前に、午前中のウォーキングから戻ってこれました。夕方のウォーキングは、雨の具合を見ながらのもの。出かけた当初は、楽勝とも思える細い雨。ところが、それが続かなかった。足元に跳ねる水滴の冷たさを感じるなと思い出すと、案の定、雨脚が強くなった。うまい具合に、アーケードのある商店街があったものだから、そのアーケードを活用して、雨のことを気にしなくてもいい状態でウォーミング。かなり、自宅からは離れた場所だったために、もっと雨脚がひどくならない間に、家に戻りたくて、そのアーケードを出ると、存外、雨脚は優しくなっている。以前なら、じゃ、元に戻り、ウォーミングの続きをしようだったんだけど、最近の黄紺は、今の内に、さっさと戻っておこうという考えが、先に立つようになっています。傘さしウォーキングは仕方のないところ。心がけが良かったと見え、後半には、傘をささないでも歩けるようにまで、小雨化しておりました。最後は、傘を手に持ったウォーキングに。こういった日もあるさと、上手い具合に出かけたものでした。
 午後の一時は、昨日の続き。「さまよえるオランダ人」の配信を観ることにしました。大がかりな装置に、どうしても惹かれてしまいました。そこで、今日は、オランダ人の登場場面から観直すことにしました。オランダ人の乗った船が入って来るのは、やはり、ドックを使っているようです。船を下から支えるレールのようなものが、船体の下に確認することができました。どうやら、そのドックに合わせて、鉄骨を立てたようです。高くて頑丈なものを築き上げています。でないと、でっかい船とのバランスが崩れるからかなと思ってしまいました。それだけではなく、船を眺めにやってくる大勢の人を表すのに、多くのコ-ラスの人たちを出すものですから、かなり頑丈な鉄骨を組んでおかないと、大変なことになっちゃう。それだけ、人の数も、装置に見合い、数的に多い。こういった華やかさすら伴う、大掛かりなプロダクションは、そうはないと思えるほど、ダイナミックだし、スケールに驚くしかありません。このプロダクションを制作した歌劇場をググってみました。リトアニアのバルト海沿いにある町でした。この南西方向に、カリーニングラード、かつての、ケーニヒスベルクがあるということも知りました。その港町という、町の立地条件を見事に活かしたプロダクションです。世界は広い、です。このオペラを観るまで、名前すら知らなかった。オペラを観ることで、世界が拡がってるという実感、味わっています。今日の配信は、いよいよ、ラストというところで、時間切れ。あとは、気になる、ゼンタの自死をどうするかです。これを残さねばなりませんでした。美味しいものは、最後まで残していた子ども時代を思い出してしまっています。


2021年 5月 18日(火)午前 8時 15分

 昨日は、突然、朝になり、予定を変更した日。というのは、朝、何気に、黄紺のお世話になっている京都の映画館の上映予定を眺めたところ、この間のコロナ禍で、上映スケジュールの調整が諮られたと見え、4月末に観る予定で、これまた、コロナ禍で、休映状態になっていた作品が、今週に移されていたことに気付いたことが1点。もう1点は、恐らく、黄紺の見落としがあったのだろうとは思うのですが、ひょっとすると、急に差し込まれたものかもしれないのですが、抜かしてはいけない作品が、今週、上映予定に入っていたのです。そこで、この2作品を、急遽、今週、観ることにしました。ずっと先まで、出かけることはないと思っていた黄紺には、いつでも予定を入れることができるのです。たまたま、昨日は、トルコのコロナ情報が少なかったもので、この日を逃してはならずと、午前中に上映が始まる前者の作品を、京都みなみ会館に観に行ってまいりました。それは、韓国映画「狼をさがして」。1970年代半ばに連続企業爆破事件を起こした「東アジア反日武装戦線」を追ったドキュメンタリーです。この映画が気になった動機の最大の点は、キム・ミレ監督という韓国の映画人が作っているという点。この監督、気になったので調べてみると、「土方」という題名の映画も撮っている。釜ヶ崎の労働者を撮った映画です。しかも、この人、在日の人じゃない。女性でもある。その映画の取材をしているときに、ある労働者から東アジア反日武装戦線の存在を聞き、この映画の制作を思い立ったと言います。ますます、そそられてしまいました。「土方」では、豊かさの歪みを、日本をフィールドに追いかけたもののようです。そして、「東アジア反日武装戦線」。映画の視点は明確です。日本帝国主義を批判し、それが、戦後も引き継いでいる日本企業、そういった企業を対象に爆弾闘争を展開して、多くの死傷者を出した。動機には見るべきものがあるが、手段を間違った。この視点は一貫しています。「狼」「大地の牙」「さそり」を名乗った人たちの行動、背景、そして、その後を追った作品ですが、この映画の視点は揺るぎなく、敢えてというか、言うまでもないからということでしょう、刑期を終えた活動家の取材でも、「事件をどう見るか」という問いは、1度も発せられなかったのが、何よりもない証拠かと思います。むしろ、何度も、「狼」の中心メンバー大道寺(将司)の俳句が、何回か取り上げられ、悔恨の気持ちが綴られていきます。マスコミが、決して報じていない、彼らの真実、その後、です。特に、ハイジャック事件で超法規的釈放がなされたとき、大道寺は、それに応じなかったですよね。処刑という形で殺されるかもしれないのに、それを拒否をしたときにも、何ら、そのわけを報じなかったマスコミ。ですから、彼らの動機となった背景など、見向きもされなかった。そういったところに光を当てた作品ですし、また、そういった人物たちがいた、でも、方法を間違った、それしか思いつかなかった思考にも至らなさも指摘するスタンスを見せています。逆に、韓国人だからこそ、撮れる素材のような気がしてきました。黄紺の知人に、大道寺らの活動に詳しい人がいました。今は交流がないので、この映画の感想を聴けないのですが、その知人も韓国人でした。但し、その人は在日でしたが。その人から、マスコミの伝えない真実を聴いていたため、この映画は、まことにすんなり入って来る流れではあり、それとともに、その後、彼らが、そのようになっているかを追いかけもせずでもあったので、その補いにもなる映画でした。大道寺は、釧路の出身で、アイヌに対する理不尽な仕打ちが出発点だったことを、高校時代の友人の方が証言されていました。齋藤和は、朝鮮史を学習していたそうですね、知らなかったことも多く出てきました。そんなで、気になっていた映画、観ることができました。もう1本は、木曜日くらいかな。
 自宅に戻っても、まだ、午後2時。ここから、いつもの午後の一時が始まりました。昨日は、新たなオペラ配信と「電脳紙芝居」の制作に充てました。「電脳紙芝居」の制作の方は、あと少しだったこともあり、無事、完成。1度、自分で流してみました。パワーポイントを操作しながら、語りを入れるという、実際の上映のように。思いの外、スムーズに進行。もう、公開の連絡を入れても大丈夫です。オペラ配信の方は、リトアニアのクライペダ国立歌劇場の「さまよえるオランダ人」です。野外公演で、それが、とっても大がかりです。正面に鉄骨の塔を2本立て、船員たちは、そこを駆け上がったり下りたりするダイナミックなもの。サイドにも鉄骨が組まれている。まさかとは思ったのですが、このセットが海岸部に設えられていたからですが、そのまさかでした。オランダ人の登場に合わせて、船が動いているのです。丁度、ドックに入って来るように、その2本の鉄塔の間に船が入ってきました。思いつく方も思いつく方だと思いますは、それを、実際にやっちゃったのには、驚くしかありません。もう、極め付きの実録ものってところです。ということは、まだ、半ばまでですが、もう1回、船が入って来るってことですよね。で、ゼンタの自死は、どうするのでしょうね。早くも、最終場面が気になってきています。盛りだくさんな1日ですね、こうして振り返ると。


2021年 5月 17日(月)午前 6時 35分

 あっけなく、また、1日が経ちました。昨日は日曜日とはいえ、自分的には、全く関係のない普通の一日でした。ただ、雨に見舞われています。梅雨入りしたとか、まだ、5月半ばだよと、さすがに言いたくなりますが、天気予報は、傘マークばかり。昨日は、一日中、雨だったわけではないのですが、間違いなく、雨が降っている時間の方が長かった。幸い、昼前のウォーキング時間に止んでるということで、出かけたのはいいけれど、ものの10分程で雨。傘を持って出かけてたので、一旦、雨が降れば同じと、屋根付き公園を通りかかったので、休憩時間も取れた。このくらいの雨だったら、十分、傘さしウォーキングができるという浅はかな判断。休憩後、傘さしウォーキングで歩き始めは良かったのだけど、歩を進めるにつれ雨脚がひどくなる。この判断を、昨日はミスってしまった。跳ね上がりの雨で、ズボンの裾がヤバくなってから気付いていてはダメですね。引き返すタイミングがあったにも拘わらず、その判断が遅れてしまいました。ダメと思った段階では、裾は、かなり濡れてるし、道路には水溜まりができかけているといった状態。そんなで、若干のショートカットに留まりはしたのですが、上着として着ていた薄手のジャンパーの左肩から腕の部分が、かなり濡れておりました。夕方のウォーキング前にみると、まだ乾いてない。かなり、雨を吸い込んだようです。夕方のウォーキングも、最初の15分程は降ってなかったのに、あっさりと雨降り。でも、夕方は、雨は長続きをしなかった。これは助かった。ですから、日々の定番のウォーキング、わりかしこなせました。ウォーキングが、全くダメかとも思っていた日だったもので、もっけの幸いとなりました。
 午後の一時は、わりかし時間があったので、YouTubeを、ちょこっと観たり、オペラ配信を覗いたり、「電脳紙芝居」作りをしたりで、変幻自在。YouTubeは、ロシア系と韓国系にアプローチ。ロシア人YouTuber、多いですね。もちろん、日本語での配信。昨日は、その内の1人が、フランス人YouTuber氏とコラボしてました。日本で女優を目ざすフランス人、そう言えば、中国系YouTuberの中に、日本でのお笑い芸人を目ざす中国人がいますから、特段、驚くわけではないのですが、それにつけても、いろんな人生を送る人がいますね。YouTubeを観ていると、それだけで、知らない世界が拡がって行きます。オペラ配信は、ニュルンベルク歌劇場の「オルフェオ」(イエンス・ダニエル・ヘルツォーク演出)を観ました。ニュルンベルク歌劇場も、こまめにニュースレターをオンラインで送ってくれています。この歌劇場のオペラ配信を観たのは、初めてのはずです。ニュルンベルク歌劇場のインテンダントになった途端、コロナ禍に見舞われているのじゃないかな、イエンス・ダニエル・ヘルツォーク氏。スター演出家の1人として、この人の作品が、オペラ紀行期間に上演されていることが判ると、その歌劇場を優先してスケジュールを組むということにしてました。解りやすく、楽しい舞台というのが、この方の方針かなと思っていたら、あるとき、ボン歌劇場で観た「ボエーム」のコンセプトに茫然とさせられた、強烈な記憶がある演出家です。「オルフェオ」は、上演準備が整っていたのが、ご多聞に漏れず、コロナ禍で上演中止になったものを、動画に残して、それを配信をしてくれているものですが、同歌劇場の案内には「映画に撮った」とのコメントが入っています。確かに、記録のための撮影ではなく、カメラのアングル、カット割りに、明らかに演出が入っていると見えるので、公開用に、わざわざと撮影したものですね、とっても、贅沢な配信と言えます。オケの配置にも演出が見受けられます。オケピットだけではなく、舞台裏(そこにもカメラが入っています)、また、モンテヴェルディの音楽解説を聴いていて判ったことですが、このオペラは、台詞を朗読するように音楽が付けられているのが特徴ですが、それが、通奏低音の始まりなようですが、そこへの作曲家の指示を、独自に解釈して、和声を付けるのに工夫が入れられたりしているようです。明らかに判るのは、ジャズ風アレンジが入るところが用意されてるところです。ですから、そういった音楽の中まで踏み込んでのプレミアだったようで、全体としての雰囲気も、とっても明るくなり、田園歌のような音楽に仕上げているように感じました。そういった試みが、イエンス・ダニエル・ヘルツォークの指揮のもと行われたからでしょうね、こういった手の込んだ配信までしてくれているのは。装置は出さないで、ホリソントへの映像投射、祝宴の場面では、舞台にカメラを2台持ち込み、ホリゾントに投射するという、最新の手法も導入、そのカメラに、スマホを使うというのは、黄紺も初遭遇の手でした。これを使うと、撮影者が、舞台に溶け込むという利点があることから、素晴らしいアイデアだと思えました。また、この場面の配信用のカメラのカット割りも、すごい高度なものですね。そんな舞台は、音楽の田園歌的テイストと相俟っているいるようで、総体としてのコンセプトに一貫性を感じさせる優れものです。さすが、スター演出家面目躍如たるものを感じさせます。これ、もう1度、観てしまうかもしれません。そないな予感がしてしまっています。「電脳紙芝居」の制作は、ほぼ終わりに近づいています。最終のスライドと、クレジットを作れば終わりで、頭からの点検で補正すれば完成というところまで来ました。この週末以後に公開できるかもしれませんが、あまり急がないようにしましょう。操作手順も、しっかりと頭に入れておかねばならないので、まずは、それのしっかりとした稽古をしてから、息子に連絡することにします。と、かなり盛りだくさんの一日となってしまいました。


2021年 5月 16日(日)午前 6時 58分

 昨日も、お出かけなしの一日。午前中は、家事があり~ので、なんか、動き回ったという印象。無理からに、その時間を溜めたっていう感じで、定番のウォーキングから戻り、さあ、お昼ご飯という時間帯になると、かなりのお疲れ。やはり、気温の上昇で、かなり身体がついていってない。そのため、動くと疲労を感じてしまった。これが、まずかったな。昨日は、午後の一時を、「みんぱくゼミナール」のオンライン配信を視聴するということになっていたのですが、ここに響いてしまいました。今、民博では、特別展「復興を支える地域の文化―3.11から10年」が行われているはずだったのですが、コロナ禍で、緊急事態宣言が出ているなか、民博自体が休館のため、会期が、その間に終了してしまうということになってしまうのですが、ゼミナールの方は、この3ヶ月間、この特別展に合わせて企画されていました。その最終回が、昨日だったのですが、特別展はダメになってしまったけれど、ゼミナールの方は、当初の計画通り、実施されました。このゼミナールの有難いことは、会場参加とオンライン参加を併用しているところ。休館措置が執られ、会場参加はダメになっても、オンライン配信は生き残るという仕掛けがされているため、このゼミナールの方は、無事に参加することができました。こないなことしているところ、適当に、全国の博物館をピックアップして探してはみているのですが、今のところ見つけてないのが現状です。それが判って来ると、民博の対応に感謝です。で、昨日は、「郷土芸能の持つ力」というお題が設定されたていました。お話をされたのは、こういった一連のイヴェントのコーディネーターとしての役割を担われてきた日髙真吾(国立民族学博物館教授)さんと小谷竜介(国立文化財機構文化財防災センター/文化財防災総括リーダー)でした。まず、日髙さんの方から、休館とともに、事実上終わってしまった特別展の紹介が、展示室の画像を交えて紹介がありました。東日本大震災に特化しない展示というのが、1つの特徴なのかなという印象です。文化財レスキューの仕事が本格化するのは、阪神淡路大震災以後だそうです。大災害がなかった数十年に高度経済成長が重なったと言われていますが、あすこが、ここでも出発点になったのかの印象です。そういった広い視野に立った展示の中に、今回のお話や前々回のゼミナールでお話のあった取り組みが展示されているようです。ところが、ここまでは良かったのですが、小谷さんの番になると、冒頭に書いたことが出てしまったのです。小谷さんが、とっかかりに自己紹介をされて、この3月までは。東北博物館にいた、そこで、震災復興に関わったと言われていたのだけしか覚えていません。レジュメをいただいているので、「郷土芸能の復興」がテーマだとは判ってはいました。そのための、人、ものの復興、人がいて集まり着手しなければなりませんものね、被災した芸能に使われるアイテムの再興、場合によっては新装、そういったことがトピックだとは想像できはしますが、それ以上のことは、全く覚えがありません、また、想像が及びません。特別展の展示内容の紹介でも触れられていた雄勝地区の復興が、具体的な取り組みとして紹介されていたようです。でも、手遅れです。がっくり、です。
 そんなで、不調に終わったオンライン配信での講演会。昨日も、わりかし時間があったため、お昼前のウォーキングに出かける前のちょっとした時間、そして、オンライン配信後のちょっとした時間を使い、「電脳紙芝居」の制作。手を着けだすと、気になって仕方ない。前進すればするほど、のめり込む中毒性が出てきます。1つには、アイデアが湧いてくるから、肩こりより、そのアイデアを実現していくことにのめり込んでいくからだと思います。この分だと、ここ数日で完成です。スライドの方は、あと少し。音入れの確認を、頭からして、不十分なところを補えば完成ですから、さほど根を詰めなくとも、出来上がりそうです。第1作目のトピックを挿入するアイデアが閃いたことが、最近のヒットです。「バルザックみたい」と、不遜なことを考えています。
 あとは、定番のウォーキングはいつも通り。夕方のウォーキング時は、かなりの曇天。念のために傘を持って出かけましたが、雨は夜半から。先ほど、スマホで天気予報を見ると、このあとの1週間、全部に傘マークが付いていました。もう、うんざりです。


2021年 5月 15日(土)午前 6時 57分

 引き続き、巣ごもり生活、継続中です。昨日は、当初、予定をしていた京都アスニーでの講演会が中止になった日でもありました。緊急事態宣言の延長に伴うことです。幾つも、そういったものがあります。公的な機関が主催のイヴェントは、このご時世、仕方がありません。そういった市民向け公開講演会に行くつもりの日だったということで、昨日は、午後の一時を使い、オンライン配信されている講演を聴くことにしました。視聴申込みをしてあって、2本、講演を聴けるのですが、まだ1本しか聴いていなかったもので、もう1本を聴くことにしたのでした。それは、「京都大学の知にふれる 公開講座春秋講義 令和3年度春季講座」で、お題は「意思決定を支える脳のメカニズム ー道徳的判断の研究事例からー」というもの。お話をされたのは、同大学こころの未来研究センター准教授の阿部修士さん。人間の脳の働きを、医学、心理学双方から探求するというお話です。普段、黄紺的には、ほぼ接する機会のないテーマだったもので、気になっていたもの。人間の脳の機能を探究する方法は2つ。1つは、MRに、特殊な仕掛けをして調べること。どういったときに、脳のどの部分が働いているかを調べられるようになっていると言われていました。それと、なんらの事情で、脳の一部を損傷されている人の心理的な様相を調べるという方法。何やら特異な言動、心理を示されるわけですから、それを分析すると、逆に損傷部分の機能が判るという仕掛けです。後者の手法は聞いたことはあったのですが、前者の方は初耳。そこまで、科学が進んだということなんですね。そういった手法を使い、人間の道徳的判断というものが、どのような脳のメカニズムで行われているかを見てみようというものでした。前堤として、人間の判断は、理性と情動(≒感情)の作用で決まって来る、各々が、脳のどの部分が機能しているのかを、探るのが1点目のトピックでした。心理モデルとして使われたのが、「トロッコジレンマ」と「歩道橋ジレンマ」。際どいモデルを用意するものです。いずれも、判断に迷うもの。トロッコジレンマは(比較的)許容されるといい、歩道橋ジレンマは(比較的)許容されないといいます。何となく、同意してしまいます。そのわけは、前者は、「1人を犠牲にしてでも5人を助ける」という「功利主義的」な反応を示せるからだと分析されていました。そして、それは、脳の「背外側前頭前野」の活動で、「合理的判断や論理的思考に関わる領域」を司っているとか。これが、MRを使っての分析からのものです。後者は、「人を殺してまでも助けるとは」ということで、「何もしない」という道徳的判断をするからで、これを「義務論的」な反応と分析され、脳の「内側前頭前野」の活動で、「情動(感情)に関わる領域」を司っているそうです。そのため、情動に関わる腹内側前頭前野に損傷がある患者さんは、功利主義的な判断の割合が健常者に比べて増加するというデータも披露されていました。お話の後半は、「公平性に関する意思決定」がテーマ。用意された「ジレンマ」に、「無知のヴェール」を被せるとどうなるかという心理的な実験から得たお話です。「無知のヴェール」とは、「年齢・性別・健康状態・才能・資産など」、判断する自分の「社会での立ち位置がわからない原初状態」に置く概念です。道徳的判断においては、「無知のヴェールについての思考が功利主義的判断を促進する」という結果が出るそうです。但し、その判断結果が、正しいものかどうかは判らないがということで。ただ、ここのお話を聴いていて、「無知のヴェール」を被せるってことは、「数値化」することじゃないか、余計な要素が入らないように、「公平」を期するために、我々がしてしまう、いや、してしまっている「数値化」することじゃないかって? そないな疑問も残りながらの、普段聴けないお話を聴けました。相変わらず、午後の一時は、睡魔が襲ってきますから、2回、逆戻りしながら聴く羽目に。ま、昨日は、時間にゆとりがあったので、焦ることはありませんでしたが。
 そうなんです、トルコのコロナ情報の出方が、がくんと減った日だったのです。正に、バイラム効果。今は、シェケル・バイラム、真っ最中です。バイラムラシュマックする日です。このために、ラマザンの最後の1週間ぐらいで、チャルシュを歩いていると、飴ちゃんが、てんこ盛りにして売ってる、そういった風景って、去年、今年は、どうだったんだろう。「お宅訪問はダメ」って、お上から、強いお達しが出てたけど。あの飴ちゃん売ってる風景って、わりかしカラフルなんだよね。飴ちゃんの包み紙が、光を彩豊かに反射するものだから、そうなんだよね。思いが馳せてしまいます。
 そんなで、時間があったものだから、日に2回のウォーキングは、余裕をこいてできたし、それだけではなく、「電脳紙芝居」の制作も進んだしと、誠に豊かな一日。ただ、いきなり夏に入った天気には、びっくりさせられました。ついこないだまで、屋内が寒いと言ってたのにと思っても、暑い。ウォーキングは、半袖で。昼前のウォーキングなど、汗で汗で、帰ってから着替えねばならないほど。昼間は、窓を開け放さないと暑いのだから、もう夏と言ってもいいほどでした。なんと、いい季節の短くなったことかと、呆れるしかないね、これじゃ。


2021年 5月 14日(金)午前 6時 47分

 巣ごもり生活が続きます。昨日は、幸い、曇天ではあっても、雨は免れた一日。それは、却って、いつも通りの平凡な一日ということになります。それが、こういった巣ごもり生活には、とっても、有難いこと。淡々と、普段の時間が流れます。日に2回の定番のウォーキングだけが、外出時間というのは、いつも通り。昼前のウォーキングは、銀行に寄ろうとして、しかも、自宅からは離れた支店を組み込んだウォーキングのコース。こうしたことを考えて、ウォーキングのコースを組むと、僅かの変化を作ることができます。親から受け継いだ不動産、その固定資産税を払わねばならないのです。固定資産税の第1期支払い期限が、今月末だというのに、昨日支払った固定資産税の通知は、毎年、5月の半ば以後。ひどいときには、20日頃に書類を送って来る、ひどい市町村があるものです。ですから、今年は、少し早めに送ってきたなの印象。以前、通知書だけ送って来て、支払いのための書類を送って来なかった市町村があった。期限が迫ってきているので、電話を入れたことすらある。控えを見てでしょうね、「送ったという控えがあります」、アホか、それは、てめえどもの「送った」控えで、「届いた」証明ではないのに、わざわざ電話をしているのだから、何らの通信トラブルがあったと思わないのか、不満げな対応にクレーマーになりかけました。「それ、せめて、特定記録郵便でも送ってるのか」「だったら、そないなこと言っても、まだ許すが」と怒鳴りかけました。毎年、この時期になり、支払いに行くときに、このこと、思い出します。夕方のウォーキングは、自然が、一番豊かなコース。ここを、夕方歩くと、帰宅途中の高校生を、よく見かける。部活帰りでしょうね、いや、「このご時世に部活やってんだ」と、思わず、そないなこと思いました。部活帰りの高校生たちは、楽しいのでしょうね、大きな声を出し、群がって家路についている。マスクをしていても、あごに下げている、多くはマスクはしていない。だから、「部活してるんだ」と思ってしまう。連中とすれ違うとき、できるだけ、ディスタンスを考えてしまいます。ちょっとのすれ違いくらいでは大丈夫なんだろうけれど、人に慣れていない今日この頃、一瞬、身体が強張ります。
 午後の一時は、昨日は、わりかし、時間に余裕があったので、いろいろとオンライン配信を観たり、「電脳紙芝居」の制作もちょこっと、また、ちょこっとに戻ってしまってます。オンライン配信は、まずは、チューリヒ歌劇場の配信。この歌劇場は、10年以上前に1度だけ行っただけなのに、律儀にメルマガを、頻度高く、送ってくれる。世界最高峰の歌劇場の1つであることには間違いないので、とっても嬉しいところです。短期間だけど、「ムチェンスク郡のマクベス夫人」のメイキング映像を、この間、配信してくれています。全編、ドイツ語が流れるので、せっかくの同歌劇場のインテンダントにして、このプロダクションを制作・演出をしているアンドレアス・ホモキのお話も解らないままなんだけど、そのアンドレアス・ホモキものの一旦は、当然観ることができるというので、1時間の配信、そんなことで、途中、居眠りも入り~のだったのだけど、完走してしまいました。装置が、ロシアという土地や、時代性も飛ばしたものとなっていました。ま、どろどろ劇ですから、別に、場所、時代を選ばない、男と女のどろどろ劇ですものね、それはしやすいというところでしょう。となると、どのような動きを付けるか、演出家の腕の見せどころとなれば、そりゃ、アンドレアス・ホモキなら、やっちゃうでしょう、おもしろいはずだなの空気が、ぷんぷんしちゃいました。一方で、このオペラを、ロシア臭いっぱいにして、「ロシア特有の土着性を追いかけるのもあり」という誘惑に駆られてしまってました。その装置、ぱっと見、今では、DVDでしか観ることができなくなったヴィリー・デッカーのプロダクションの「椿姫」(ザルツブルク、メトロポリタン)を想起させるものでした。配信ものでは、最近、YouTubeを、あまり観てないものなので、幾つか観ることに。その中で、一番気に入ったのは、中国系YouTubeの重慶案内。重慶在住の日本人YouTuber氏のチャンネル「OrientalDS オリエンタルDS」です。都心部だけではなく、最近、重慶近郊の観光地なんかをアップしてくれています。中国の豊かさの証明のように、観光業が、とっても上昇している姿を垣間見せてくれています。それが、とっても新鮮なのです。上海などの沿岸部ではなく、重慶という内陸部であることが、一層、黄紺の心根をくすぐります。そもそもは、1年前のコロナ禍の重慶を配信されているということで、アクセスするようになったチャンネル。中国のロックダウンの実態を教えてもらった、そういった大事な思い出を持つチャンネルの1つです。やはり、凄まじいまでのロックダウンが、今の元の生活を実現しています。日本の惨状とは、えらい違いです。そういったアフター・コロナ、そうなんです、ここは、「With」ではなく「After」です、そういったコロナ絡みを観るだけではなく、件の観光地、観光業の様子が観れるのが嬉しい。めっちゃ、消費意欲を掻き立てるものを感じます。だから、楽しい、観ていて。ソウルの明洞に、日本人観光客同様、大挙して、中国人観光客が押し寄せるわけ、こういった動画を観ていると判るような気がしてきます。同じテイストのものの売り方してるから、異国でありながら、親近性も同時に感じられる楽しさがあるのだろうと、感心させられてしまうのです。ホント、中国、行ってみたくなってきている黄紺です。「電脳紙芝居」の制作、ちょこっとだったので、昨日は、Dの古い写真探し。タイムマシーンに乗ったⅮが、バイキンマンと、初めて会ったときに遡るときに、どんどんと、Ⅾが赤ちゃんになっていくところに使う予定、そして、最後に、バイキンマンの縫いぐるみと並んで寝ている、しかも、そのバイキンマンと同じ大きさのⅮを観るという流れに使う予定のお写真のピックアップ作業、それをやってました。こういった作業、めっちゃ、楽しい、めっちゃ、可愛いんだもの。


2021年 5月 13日(木)午前 7時 35分

 昨日は、再び、巣ごもり生活に戻った一日。また、当分の間、こういった日が続きます。こう書いて、思わず、予定表に目をやってしまった。確実に出かけられる予定が入っているのは、2週間先だった。オンラインでのイベント参加はあっても、足を運ぶというものは、そうでした。でも、それも、100%かというと、正に 、コロナ禍の進捗状況では危なくなるかもしれない。ギリギリ開いているそうな映画館も、こういったときに限って、観たいと思うものはないから、行かない。そこまで狭められているのに、TVのニュース映像を観ると、人は出かけている。さほど減っていない。デパートが開けたというニュース映像、年寄りが、早速、足を運んでいる。インタビューを受けた婆さん、「デパートに来るのが好きなんですよ」、ま、黄紺が「博物館巡りするの、好きなんですよ」というのと同じだけど、黄紺は、大好きな民博には行ってないぞ、一昨日の大津市歴史博物館も、講演会があったから行ったんだぞ、今、高麗博物館で、「朝鮮の仏教美術」とかいう特別展やってるけど、行ってないぞと、突っ込んでしまってました。
 しかも、昨日は、昼から雨。天気予報を見ても、雨マークが、このあと、多い。「もう梅雨かよ」と言いたくなるほど、雨マークが多い。確かに、最近、よく雨が降る。カラッとした気持ちのいい晴天の日もあるけど、続かない。まだ、5月中旬なのに、これも、気候変動と関係があるのかな。いつか、気候変動関連のお話を聴いたとき、「梅雨の幅が北上している」という趣旨のことを言われていた。昔、東北から、特に北海道では梅雨はないと、学校で習った記憶がある。それがそうじゃないって言ってたから、やはり、それなのかと思ってしまっています。それだけ、梅雨前線が、北へ押しやられるから、もう、近畿辺りは、入り込んでしまってるのかもしまいません。そう言えば、こういった気候変動関連の講演会、最近、見当たりませんね。前に書いていた、そもそも企画を控えている、その例なのかもしれません。そんな天気のなか、昨日は、昼前は、通常のウォーキングができました。曇天もいいところだったので、気温以上に寒く感じました。歩いておれば温まるだろうと、薄着で出かけて、不正解。休憩&読書の時間を、さほどとれないほど寒かった。ま、風もあったしね。昼過ぎからは、雨。雨音も大きなものがあったので、夕方のウォーキングはダメかと腹をくくっていたのだけど、一応、買い物だけでもと思い、ウォーキングをする気で出かけると、ギリ傘さしウォーキングができそうだったので、敢行。先日のように引き返すこともなく、定番コースの1つを、通常通り、傘さしでできました。ま、これだったら、雨降りの鬱陶しさはあっても、良しとしましょう。
 午後の一時は、昨日も、「電脳紙芝居」の制作に充ててしまいました。本格的に作り出すと、癖になります。中毒性があります。ほどほどにしないと、また、肩こりがひどくなるので、ボーっとできることを、間に挟みながら続けることを心掛けねばと、ちょっと反省。あとで、自分が困るんだから。五条大橋で、牛若丸と弁慶の出会い、作れました。牛若丸が飛び回る姿を、ふんだんに入れることもできました。最後は、タイムマシーンを踏み台にして、ジャンプ、途端に動き出すタイムマシーンと、狙い通りです。次は、タイムマシーンは、息子の家の近くに到着。ここの画像をどうするか、、、最初は、こっそりと、息子に連絡して、写真を送ってもらおうかと思ってました。場所を指定して、写真を撮ってもらって。でも、いいこと思いつきました。Googleマップのビューイング画像を使うことを思いついたのです。念のために見てみると、なんと、半年ほど前に引っ越した、息子の新しい家が映っている。新築の家が映ってる。ということは、Googleカーが、この半年ほどの間に、息子の家の前を撮影をしながら走ったってことです。すっごいです、Googleさん! となれば、今後も、長らくお世話になります。いいもの、思いついたものだと、自画自賛、です。また、ここで、入れ込んでしまいそうで、さっき書いたところなのに、結局、肩こりに悩まされるのかな。


2021年 5月 12日(水)午前 7時 38分

 昨日は、貴重なお出かけ日。緊急事態宣言のおかげで、予定表に入っていたものが、相次いでキャンセル。その中から僅かに残ったイベントが、昨日のもの。滋賀県様々で、県境を越えての移動。こちらは、緊急事態宣言の対象にはなっていないため、イベントは、防御態勢を敷いての実施となりました。久しぶりに、大津市歴史博物館に行ってまいりました。湖西線にも、おかげで久しぶりに乗りました。いつの間にか、駅の名称が大津京に変わっていた。そこから、わりかし遠いと思っていたら、存外、そうではなかった。気持ちのいい湖西道路を歩き、高台に上がると、びわ湖を見下ろせる、とってもいい位置にある博物館、南には三井寺ですものね。以前行ったときは、確か、三井寺へ行った流れから、同博物館へ、そして、皇子山駅へ、皇子山は、京阪の方の駅名だったっけ、だったら、JRの方の古い駅名は何だったっけ、そないなことを思い出しながら博物館への道を歩いていました。今、こちらで、ミニ企画展「歴史資料でたどる大津事件」が開かれています。今年が、事件の130周年ということでの企画展、弟の話に拠ると、NHKが、それを紹介していたとか。その関連講座があったのですが、司会の方に拠ると、事件は、130年前の5/11、午後1時に発生だそうで、日にちは合わせたのだけれど、開演時刻は、博物館の都合で合わせられなかったと、ちょっと悪乗りの趣向。でも、おかげで、こういった企画に接することができました。小1時間ほど、余裕を見て博物館へ。そのミニ企画展を観るためにです。有名な、皇太子ニコライの血の着いたハンカチ、そして、津田三蔵が斬りかかったサーベルの展示がありました。漫画でもって、事件の様子を見せるという趣向も、おかげで判りやすいのだけれど、なんとなく馴染めないものも感じてしまいました。常設展の一角に作られた展示会場、ここの常設展、楽しめた記憶があったので、併せて観ることにしてありました。講演会場入りする前の一時には、丁度いい時間の確保ができました。で、肝心の講演、もちろん、この企画展の関連講座、題して「大津事件と津田三蔵」、講師は、元同館館長樋爪修さんでした。お話は、大審院判決から、これまた、有名な判決ですね。政府が圧力をかける姿が示されます。伊藤博文など、戒厳令を敷けば死刑にできると言ったそうです。まだ、明治憲法が発布されて半年くらい、「法というものに慣れていない」というのが当たっていると言われていましたが、司法の独立を守った以前の様相です。刑法では、大逆罪にできるのは、日本の皇室だけ、要するに、外国の皇室を、そもそも想定していない。そこで起こった事件。だから、死刑にはできない、その一方で、単なる「殴打創傷」では、罰が軽すぎる。この間で思い悩んだようです。大審院院長は、政府に、緊急勅令を出すことも打診しているそうです。それならが、法の埒外に持って行けるわけで、確かに、憲法に書かれている。これも、こういった事態を想定してなかったよう。結局、「謀殺」の「未遂」で「無期徒刑」にすることに。だから、「司法の独立を守った」などというのは、ちょっとした物語ですね。「目配りをしてバランスを執った」のが、有名な判決に至ったということのようです。津田三蔵の人となりは、書簡など、残されているものが多く、よく判っているようです。この辺りは、一般人には知られていないところ。さすが、研究者の独壇場です。印象に残ったのは、西南戦争への従軍経験、そこで、功を遂げ、勲章をもらっているそうで、これが、大きなアイデンティティであったようで、事件後、召し上げられてしまうため、かなりの衝撃を受けていたようです。士族の出だったそうなので、その感性に沿って看なければならないところです。事件当日、三井寺近辺の警備をしているときに、寺内の記念碑(西南戦争関係)に、ロシア人が敬意を示さなかった(解るわけがないにも拘わらず)ことを現認していることに腹を立てたと言われていることも、その観点で看なければならないのでしょうね。また、当時の風説として、西南戦争で、西郷は死んでいないで、ロシアに逃亡し、この皇太子来日に同行して、帰国するというものが流れていたとか。京都新聞の前身の日出新聞も伝えているようで、かなり、当時、信じられていたようです。それも、津田三蔵を刺激していたことも考えられるようです。そういった、事件の動機と思えるようなものを摘まみ出すのに、研究者は苦労されているようですね。大審院での審問では、ロシアに対しては、何やら不満をぶつようなこともしてないようで、そこまでの大意があったとも思えない、そういった見方をされていました。となると、精神状態はとなってきたのは、事件直後にも考えられた節を見つけることができると言われていました。津田三蔵の調書には、母親や妻に対し問い正していたり、事件の夜、元の勤務先に、その件を調べる電報が打たれ、その返報も残っているそうで、いずれも、ノーの回答だったとかで、原因追及は、詰め切れないようですね。事件が先にありきなのか、何かの衝動がさせた業なのか、でも、衝撃が大きく、処理を急いだということでしょうか。津田三蔵は、斬りかかったあと、皇太子を乗せていた車夫により、斬りつけられており、結構な深手を負っていたそうです。そういったなか、無期徒刑が決まり、釧路に収監、「徒刑」ですから、労働が待っています。でも、事件後、僅か4ヶ月で「肺炎」で亡くなります。でも、ここにも謎が付きまとうようです。やれ、深手が係っているとか、だったら、そう書けばいいわけですから、自死の可能性もあるようですね、また、収監されている者により謀殺された可能性も否定できないようです。事件が事件なため、そういったことが監舎内部で起こったとしても、闇に葬られることは、十分にありそうですものね。その辺りの結論部分で、マイクを使わなくなった講師、エキサイトしちゃったのか、単なるボケたのか、よく判らないまま終演。後味が悪かったな。会場には、NHKも取材に来ていたようで、1時間半、カメラを回していました。でも、こういった周年の年にこそ、聴けるお話。貴重なお話を伺え、大津まで出かけた甲斐がありました。
 昨日は、このお出かけが、ウォーキング替わり。そのため、帰りは、30分以上かかるJR大津駅まで歩いてみました。こちらまで出た方が、距離は変わらないのに、運賃が安いこともあり、一石二鳥。自宅の最寄駅1つ手前で降りて、マートに寄り迂回することで、距離を稼ぐ、これもいつものこと。びわ湖ホールに出かけたときと同じということです。自宅に戻ると、いつもの夕方のウォーキング終了時間と同じということで、貴重なお出かけの一日は終わりました。


2021年 5月 11日(火)午前 6時 58分

 昨日も、巣ごもり生活。日に2回、ルーティンにしているウォーキングの際に、外出しただけ。昼前は、銀行の1つの口座の残高が気になったので、ウォーキングがてら、その銀行に行くと、すごい列。このご時世なのに、人が多い。皆さん、平気なんだろうか、でも、銀行だから、どうしようもないのでしょうね。思わず、「なんだ、これ」と呟いてしまうと、傍にいた警備員のお兄さん、何とも言えない目で、こちらに目をやりました。あの目は、「俺も、こないなとこ、嫌」という目をしてました。警備員の仕事って、派遣される場所により、運不運があるだろうなと思わせられる、悲しそうな目を向けられました。黄紺は、たまらんので、速攻で、機会を改めることにしました。夕方のウォーキングついでには、弟の家に、久しぶりに寄りました。先日来、相次いで、2回、姪っ子の子ども2人と、ウォーキング途中、会いました。すると、弟のRが、黄紺の顔を見るなり、「タイ焼き欲しい」と言ったのですが、近くに、そないなものを売ってないはずと思ったので、受け流してしまいました。ちょっと、罪なるものを感じ、昼間の銀行を諦めたあと、近くにお菓子専門店があったはずと寄ってみると、狙いの「お菓子の詰め合わせ」を見つけた。それを、タイ焼きの替りとしようと考えたので、買い求めたものを、もちろん、お姉ちゃんのHの分と2個、弟の家に届けに行ったのでした。タイ焼きのわけを、そのとき、弟の嫁さんから教えられました。週に水曜日だけ、タイ焼き屋さんが出るそうで、その事情も教えてくれましたが、そないなことが判らないRは、水曜日でなくても、近くを通ると、「タイ焼き」を口にするそうです。でも、そのタイ焼き屋さんの出るポイントからは、我々が出会ったポイントは、結構、離れてたのですが、でも、Rの頭の中は、タイ焼きで満たされていたものと思われます。ホント、子どもって、おもしろい!
 息子のところのDもSもおもしろいということで、「電脳紙芝居」制作ををしてるんだけど、昨日の午後の一時は、思い切って、その製作時間に充てました。ここ数日、ちょっとした時間を見つけると、制作作業に手を出してたんだけど。なんせ、時間がかかるものだから、僅かずつしか進まないので、進み方が遅いのがおもしろくないのです。スライド1枚進めばラッキーでは、フラストレーションが溜まるというやつで、ならば、午後の一時を、まるまる当てようではないかというところでした。昨日は、大坂城の場面。お城、侍、古い大坂の街を表すもの、合戦、燃える大坂城を表すための火、そういった素材探しが、なかなかの苦労。夏の陣を表すために、葵の紋の付いた幟、桐の紋は旗に付けました。全て、見つけました。透過になった素材を、ばっちり見つけました。火が出る大坂城を、地震を表したときと同じアニメーションを使い、大坂城を揺らしました。何度か揺らしたあとに、天守閣に停まっていたタイムマシーンが転がり落ちるのも、ばっちり。転がり落ちてから、スイッチが入って飛び去るというアニメーションにしたかったのですが、これも、フリーハンドで軌跡を指示すれば、絶妙の動きになり、なかなかの出来栄え。その替わり、めっちゃ、たくさんのアニメーションを入れたので、そのスライド、重くなり過ぎてはと、これも工夫で乗り切りました。その次は、五条の大橋。このイラスト素材探しも進んでいます。でも、弁慶が可愛い過ぎるので、困っています。いかつい弁慶、中性的な牛若丸を使いたかったのですが、そうは、うまくいきません。そんなで、只今、制作中です。中途半端に時間を取るのではなく、集中した方が賢明、これが、昨日の教訓でした。


2021年 5月 10日(月)午前 6時 20分

 昨日は、自分的には、何もない一日。ほんと、何の変哲もない一日。幸い、いいお天気。気温も、かなり上がり、屋内が寒いという不安も、解消することができました。となると、ウォーキングがてらの休憩&読書では、場所選びをしなければなりません。日陰探しですが、見つけても、昨日初めて、虫の攻撃を受けてしまいました。雑草が伸びる季節になると、虫が出てきます。その初っ端ですね、昨日が。だから、いい日って、ホント少ない。昨日を境にして、虫を避けることに神経を使う日々となるのですね。これはこれで、嫌ですね。靴下の上から、ズボンの上から、虫は、容赦なく刺してきます。寒さの心配が消えると、あっと言う間に虫の心配をしなければならないってのは、余りにも割に合わないんだなぁ。
 トルコ・サッカーが大詰めを迎えています。一昨日から、同日同時刻での試合開始となりました。黄紺の知る限りでは、残り3節となったところから、こういった試合開始時間の設定ってなかったのじゃないかな。大概は、公平を旨に、最終節はそうだとインプットされていますが、こないに早くと言いたいのですが、優勝争いのみならず、降格争いも激化していますから、止むをえない措置なのでしょう。そういったなか、首位に立つベシクタシュが、3位のガラタサライに負けました。もう、今季はベシクタシュのものと思っていた黄紺には、まことにもって嬉しい知らせ。フェネルバフチェは勝ってるし、しかも、後半ロスタイムでの得点で勝ちました。何かが憑いていそうな結果でした。今節で、上位4位までが確定したようです。もちろん、上位3クラブは、残りの2節の出来次第で、順位は変動しますが。ここに来て、首位のベシクタシュに不幸が襲っています。ケガ人が多く出てしまっています。これに、出場停止が被ると、なかなか大変。次節も、アッティバ・ハッチンソンが累積警告でダメなんじゃないかな。上位4強が、いつもの4クラブで揃ったというのも、久しぶりじゃないかな。しかも、この4クラブの監督が、全員、トルコ人監督、しかも、有名人ばかリ。それはそれで、おもしろい。トルコ・サッカーの顔のような人物が並んでいる。この中から、来季は、ファーティフ・テリム監督が勇退しているかもしれません。今季、冒頭で、コロナに感染したのでしたね。もう1年前だ。著名人初の感染だったかもしれません。あのときは、トルコ・リーグを開幕できるのかとすら思いました。でも、単なる序の口でした。セルゲン・ヤルチュン監督も感染したし、あのとんでもない数の感染者を出した、しかも、肝心要のときに出したシワス・スポルのルザ・チャルンバイ監督も、そのコロナ禍に見舞われた1人でしたしね。来年の今頃も、同じこと、言ってる可能性出てきてますね。日本は、間違いない。確信のようなものが、最近は出ています。
 午後の一時は、レアルマドリードの「椿姫」を完走しました。が、始まった途端、お昼寝。コロナ禍での公演ですが、観客を入れていますから、アリアの後に拍手が入ります。そこになると、眠っていても、耳には違和感があるようで、我に戻るのですが、その後は、また、お昼寝。結局、2幕の後半からでしたから、ほぼ1時間、そのままで、時間は経過。ようやく、ラストは視聴しました。既に書いたように、ヴィオレッタの歌唱に説得力があるので、いいラストシーンでした。でも、欠けたところ、どうしよう。とりあえずは、昨日は、時間がないので、断念。後味悪し、です。その他は、合間合間に、「電脳紙芝居」の制作。これは、時間がかかるわ。合間にすることではありません。どこかで、時間を取らないと、アイデアが出ても、それを入れ込むのに時間が要るもので、遅々として進まない。アイデアがあるものだから、気になる。だから、合間に手を出す。これの繰り返し。どうも、片手間でする作業ではないのを、今更ながら認識しています。
 そんなで、結局、何の変哲もない一日ながら、することをしている。そして、ちょっとイラついてる。わりかし、頭を刺激しているのかもしれませんね。


2021年 5月 9日(日)午前 7時 40分

 昨日は、久しぶりに、オンライン配信で、市民向け公開講演会を聴くことができました。4月に入ってから、こういったイベントが減っているという印象を持っています。3月までは、既に、予定していたため、それらを、何とか実施しようの気概を感じたのですが、新年度に入ってからは、リスクを避けることを考え、そもそも企画を立てない、控えているという印象です。昨日のオンライン配信も、元々は、対面で予定されていたもの。帝塚山大学の公開講座なのですが、ここは、以前から、密なスケジュールで続けておられたことで、大学の対面式授業に合わせて、公開講座も、いつものように対面式で行おうとされていました。ところが、大阪の感染拡大がひどく、オンライン配信に切り替えられたという流れ。3月までオンライン配信で行われていて、4月からは対面式に切り替えると意気込まれていたのが、こういった事態で、また、オンライン配信に逆戻りです。こういったリスクがあるだろうと、他は避けているのでしょうが、こちらの公開講座は、毎月2回のペースを、以前から守ろうとの気概があったことで、その恩恵にあずかることができました。そもそも、対面式だと、行こうと思えば行けないところではないのですが、やはり遠い、電車内にいる時間が長いことを考えると、対面式に戻ると、もう聴けないと思っていたものですから、黄紺的には。コロナ禍のおかげってことになってしまっています。で、昨日あった講演は、「吉野と大峰―山岳修験の考古学―」というお題で、元奈良市埋蔵文化財調査センター所長・奈良県立橿原考古学研究所共同研究員の森下惠介さんのお話を聴くことができました。「修験道」のお話を聴ける、これは嬉しいこと、山伏の世界、狂言では、随分といじられていますが、わりかし、そういった感じで身近に感じていながら、実際を知らない話題ですものね。しかも、修験道の本場、吉野、大峰がフィールドというのが嬉しいお題でした。根本に、山岳信仰・山林信仰があるのだろう、これは、とっても解りやすい。そこへ、仏教が入り、お山に入って修行して、神仏に近づこう、神仏の力を得たい、得ようの試み、更に、道教の「仙」の思想が重なって来て、霊力を得ることの「しるし」=「験」を修める、即ち「修験」が成立したとのことです。ただ、その道となると、この世界は、口伝という形で伝わっており、中身については「秘」となっていることが多く判りにくいということで、執られた手法が考古学的史料からの推測。この視点、目から鱗的な印象を受けました。山岳寺院が建立されていくのは、7世紀後半から8世紀にかけてだそうで、薬師如来像や龍神信仰に関わるものが出てきていることから、ここでの修行は、体力・精神力を鍛えるばかりか、薬草の知識、水に関わる知識を得ることも、重要なポイントだったようです。吉野の陀羅尼輔や越中の薬売り(立山の薬草が起源)というのは、こういった修験道起源と考えられると言われていました。これを悪用すると、狂言でからかわれる「まいす」になるのでしょう。山岳寺院の位置に注目されたのが、興味を惹く展開。大峰山系南部には、13世紀を遡る寺院はないということで、このルートが熊野に続くということで、熊野信仰の流行に伴い、このルートが開発され、これらのルートを巡る回峰、しかも、集団での行動が生まれてくると、そこに教団の成立を看ることができ、それまでの信仰とは、内実を異にしていったのだろう、12世紀に確立したと考えられる(それ以前の山岳信仰に留まる)修験道が、この集団化・教団化で、新たな段階を迎えるということです。真言・天台宗と言った密教系宗教も入って来るそうです。「拝む」「祀る」山という考え方が古墳以前の考え方で、そこへ、「修行をする」という考え方が入り、また、王家擁護を担う都の寺とは違った山の寺の存在は、その都の寺を補完する位置として存在していた、一方で、山岳信仰と仏教が合体して山岳寺院が生まれる、修行も、「参篭」から「回峰」へと拡がって行く、これは、熊野ルートとの関連で、そして、修験道、集団化・教団化の確立、「度数重視」という言葉が使われていました、「何度、回峰したか」ってやつですが、これが出て来るのが、この段階、やがて、そういった修験道のお山は、「参る山」へと変化するとともに、山伏の俗化現象や、教団の中にヒエラルキーや免許なるものが登場となっていくと、流れをまとめられました。なかなか、興味の尽きないお話。午後の一時ですから、時には、うとっとしながらの拝聴。でも、身近に感じられる、判りやすいお話だったもので、置いてけぼりはなしでした。ここの公開講座、日本史に疎い黄紺でも、ギリギリ、付いていけるものなので、嬉しい限りです。6月までは、オンライン配信が決まっていますので、せいぜい利用させて頂くことにしています。
 あとは、いつものように、日に2回のウォーキング。ちょっとした合間を見つけると、「電脳紙芝居」第2作目を、じわじわと制作中。パワーポイントで、新しい技を見つけました。アニメーションで使うキャラ画像を、スライドの外に置いておくというもの。すると、画面を横切ったりすることがスムーズになります。画面を横切らせる方法は、他にもあるのですが、こちらの方が、観ていてきれいです。「恐竜に追いかけられる場面」は完了。次は「大阪夏の陣の場面」に取り掛かったところです。


2021年 5月 8日(土)午前 6時 10分

 昨日は、2週間ぶりに出かけることにしました。かねてから狙いの映画を観るために、京都シネマにまで行ってきました。GW期間中から上映が始まっていた映画ですが、GWを避けたばかりか、上映時間が、黄紺のニーズに合う時間帯での上映が、昨日から始まったからです。どうしても、昼前に上映があると、二の足を踏んでしまいます。久しぶりの街中。それでも、人ごみを避けるようにして映画館に行くのですが、明らかに、京都の中心部の人出は減っていましたし、歩いているのは、ほぼ若い人。これが、今、囁かれている現象かと認識。たまに出る者には、社会勉強を兼ねています。で、映画は、沖縄在住の台湾人監督黄インイクの作品「緑の牢獄」。かつて炭鉱が存在した沖縄県西表島に生きた台湾人女性橋間良子さん(帰化されているので日本名)を追いかけたドキュメンタリー映画です。西表島に炭鉱があったことも知らなかったし、その炭鉱で、もちろん、戦前ですが、朝鮮人や台湾人が働いていたことも知りませんでした。その生き残りの人たちが、今も西表島に住んでいるだけで、この映画を観ようというモティベーションは、満開となった作品です。10歳のときに、義理の父親に連れられ西表島にやって来た女性、血がつながっていないということで、身内の男性と結婚、子どもを設けます。戦後、台湾に戻る一家、でも、長らく離れていた台湾に身寄りがあるわけでもなく、再び西表島に居つき、そのままの人生。育ての親は亡くなり、子どもは行方知れずも含めて、居ることは居ても、会う機会は稀なため、一人暮らしを続ける橋間さん。祖先を敬い、橋間姓を名乗りはしても、一家の墓には、「楊」姓が刻まれています。アデンティティは台湾にあることを、強く感じさせます。その女性の日常を、カメラは追います。その合間に、自身の生い立ちから始まり、西表島に来たわけ、そこでの生活、今は残骸しか残らない炭鉱のこと、一旦の台湾帰還から、西表島への再訪の苦労話、炭鉱は閉鎖されていますから、他の仕事をしないわけのは行きません。そういった過去の話が、ちょっとした再現ドラマや、残っている家族の映像を交えながらの進行。もちろん、普段の生活を追いかけながら、また、西表島の素敵な自然を挟みながら。なんとも言えない静かな映画です。そもそも、西表島自体の、しかも街中ではない地域が、映画の舞台になっていますから、一層の静けさが支配します。一番最後のシーンでは、もう、橋間さんの住んでたところが空き家の状態になっていたので、少なくとも、映画の撮影時の状態とは変わってしまったことを示唆して終わります。元々、義理の親は、台湾の炭鉱で働かれていたそうです。西表島に来なければ、どのような人生が待ってたのか、判るはずもないことですが、この辺境の地の片隅に住むよりは、違う人生があったことは間違いないと思われます。植民地支配がなければと思うと、なんとも言えない気持ちにさせられる映画でした。
 昨日、夜、韓国系YouTubeを観ていて、驚いたことをメモっておきます。外食系モッパンを配信の旨とされている日本人YouTuber氏(在ソウル)の動画で、インチョンの中華街でのモッパン動画でした。以前にも、一度、同じ地域で撮った動画を配信されていたのですが、新しい動画では、道案内が付き、しかも、鉄道のインチョン駅から始めてくれたので、びっくりしたのです。もう随分前のことですが、職場の同僚と3人で韓国旅行に行き、その日は、あとの2人と分かれて、黄紺一人で、1号線に乗り、インチョンに、初めてやって来ました。インチョンだから、1号線の終点駅インチョン駅で降りればいいと勝手判断。ところが、その前の東インチョン駅を出ると、そこは、大変な繁華街の様相だったのですが、その東インチョン駅を出ると、その繁華さが、どんどんと失せて行く。そして、インチョン駅、唖然、呆然というやつで、何もなかったのです。しかも、がら~んとしている。人も、さして見かけない。気を取り直して、駅近くを散策、同じ雰囲気でした。駅の近くに中華街があるとの情報は持っていたので、「歩き方」には、インチョン情報ってページはなかったと記憶しています、あったとしても、ソウルの後ろにちょっとだけだと思いますが、そんなで、探してみました。なんとなく、古風な造りで、韓国のものじゃなさそうくらいの建付けの家屋があったので、あれで、そう言っているのかなと、明確な「中華街」と言えるものを見つけられないまま、帰ることに。正直、「こんなところに居ても仕方がない」との思いで、立ち去った記憶。その後、2度、インチョンでは投宿していますが、インチョン駅には立ち寄ったことすらありません。2回の内1回は、東インチョン駅周辺、もう1回は、プピョン駅周辺で宿を取りました。その2箇所が、インチョンを代表する繁華なところだと、その後、知ったもので。ところがです、昨日観たYouTube動画、中華街は、何もなかったインチョン駅正面から始まってました。駅正面に、中華街の入口を表すかのように中華門が設えられており、そこをくぐれば、いかにもという店が並んでいました。まるで、街中に出現したテーマパーク。韓国お得意の食べ歩き街、色とりどりで、明るい雰囲気。かつて見た、どんよりと淀んだ空気など、微塵も感じさせない街になってます。あまりにも作られた感満載なので、ぜひ行ってみたいとは思わない光景でしたが、黄紺的には、昔との対比を楽しむためには、行ってみなければならないところだの気にはなってしまいました。でも、いつ行けるかが問題ですね。


2021年 5月 7日(金)午前 6時 55分

 GWが明けました。でも、黄紺の生活には、全く変化なし。幸い、昨日は、雨どころか、快晴の一日。もう、それだけで、気分が良くなります。いつもと同じような時間が流れます。トルコのコロナ情報により、他のことをする時間が変わるのと、前の日に、トルコでサッカーの試合があれば、サッカー情報の収集時間に、若干、変化が来るぐらい。そのトルコのサッカーですが、大詰めが近づいています。今週末にある、首位のベシクタシュと3位のガラタサライとの一戦が、天下分け目の試合。これに、ベシクタシュが勝てば、ほぼ今季は終わり。負けると、フェネルバフチェを加えて、三つ巴までの混戦というよりか、ベシクタシュとフェネルバフチェの争いというところでしょうか。しかし、今季の日程が凄まじかった。21のクラブでのリーグ戦、おまけにスタートが遅く、当然、カップ戦が入り、ヨーロッパの戦いもある。そこへ、コロナの感染者が出ると、惨憺たることになる。ヨーロッパでの戦いをしていたときのシワス・スポルは、もう見てられない惨状となったことも、懐かしい。リーグ戦にも跳ね返って来るので、成績は低下。でも、シワス・スポル、凄いです。最近、全く負けてない。後半戦で盛り返しました。エムレ・クルンチやメルト・ハカン・ヤンダシュが引っこ抜かれることを想定してのチーム作りができてたってことですね。一方、シワス・スポルと同様の運命にありながら、盛り返せなかったのが、バシャックシェヒル・スポル。最近、2勝したので、降格は免れそうという状態。両サイドバックが、昨季と比べて落ちた。ガエル・クリシーを引き留める財力がなく、替わりに取ったハサン・アリ・カルドゥルムは、フェネルバフチェが見切っただけのことがあったし、シーズン前に発生したカイチャラの故障は響いた。トルコ・リーグ最高の外国人選手だったエディン・ヴィスチャが、故障もあったけど、輝きに陰りが出てきている、デンバ・バは、やはり年齢的に難しい。アイクト・コジャマン監督は、見切っちゃいました。併用されるはずのクリヴェッリも、昨季の調子は失せてしまった。シュクルテルの故障、契約解除もあった、マフムト・テクデミルも萎んでる、そして、ついには、イルファン・ジャン・カフヴェジが出て行った。替わりにと考えたジュリアーノには、フェネルバフチェ時代の輝きがない。フェルナンデスがフィットしていない。結局、昨季の強かったバシャックシェヒル・スポルは、どこかへ行っちゃいました。そんなで、久しぶりに、イスタンブルの3強が凌ぎを削る展開に。アブドラハ・アヴジュ監督が就任したトラブゾン・スポルが、急追で追い上げたけれど、途中で息切れ、結局、3強の争いかと思っていたら、ベシクタシュが抜けちゃった。ベシクタシュが抜けた原因、黄紺的分析は、今季は、日程が大変だからと、選手構成にゆとりが持てるようにと、こういった持てるイスタンブルのクラブは考えたけれど、結局、その中から、最も、ベストの選手構成、交替選手が5人使える今季、その起用法を、一番早く固定できたベシクタシュが抜けたということでしょう。フェネルバフチェが2位なのは、ここに来て、ようやく、それができたからでしょうし、ガラタサライは、まだ、迷っているから、後塵を拝してる。そういった意味で、セルゲン・ヤルチュン監督が勝った、それをできる選手構成ができていた、一人一人の選手の質も高い、特に、ラシド・ゲザルは、今季一番の外国人選手でしょう。フェネルバフチェは、エロル・ブルト監督が、辞任間際に固めかけたかなと見えたんだけど、見限られました。エムレ・ベレズオウル監督は、その辺が解っていたから、固めたってことでしょう。タイミングが重なったこともあるのかもしれません、メスト・エジルやイルファン・ジャン・カフヴェジが傷み、この2人がいないと、選択肢が狭まるので選り分けがしやすかったことも作用しました。エネル・ヴァレンシア、ディミトリス・ペルカス、メルト・ハカン・ヤンダシュ、ホセ・ソーサを核にしました。2人の監督で、外そうとしなかった選手は、ぺルカスだけです。それだけ、このギリシア人選手が抜けてるってことでしょう。PAOKは、このぺルカスの抜けた穴を香川で補おうとしたってことは、日本では、全く知られてないことです。久しぶりに、サッカーのこと書いちゃいました。まだまだ、書きたいけど、今回は、このくらいで、おしまい。
 午後の一時は、昨日もオペラ配信。ネット上に公開されているオペラ配信を見つけるとメモってあるのですが、配信期間を明示してあるものは、それも併せてメモってるのだけど、それを点検するとき、見落とすことがしばしばあって、気が付くと配信期間が終わってるってことが、ままある。新たな配信は、それが危なかったもの。際どく、間に合いました。レアルマドリード劇場の「椿姫」(レオ・カスタルディ演出)です。なんせ、マイケル・ファビアーノ、アルトゥール・ルチンスキが出ているもの。ヴィオレッタ役のマリナ・レベカは知らないんだけど、あとの2人とのバランスから考えると、単に、黄紺が知らないだけで、キャリアを調べると、そこそこ見劣りのしないもの。確かに、表現力の、とっても豊かな歌手ですから、主役3人が揃っている。さすが、マドリードです。この劇場、前まで行き、サッカーの方を選んだ記憶があります。それは置いといて、この公演もコロナ禍でのもの。舞台後部にコーラスの人が動かないで歌うというスタイル。歌手陣は、舞台前部で、装置を出しての歌唱&演技。ですから、セミステージと言えばいいですね。演奏会形式よりは、より本物のオペラに近い。第一、オケはオケピットで、通常通り演奏してます。但し、マスク着用でというもの。客席は映してくれてないのですが、拍手が入るので、客を入れての公演です。そないな公演ですから、演出は、オーソドックスなもの。取り立てて変化はなしで、仕方ないでしょう。3人の主役では、アルトゥール・ルチンスキが抜けてるな。マイケル・ファビアーノは、1幕で、実際に聴いたときに比べ、声の張りが落ちるのが気になってしまいました。2幕のアリアは、カヴァレッタまで入れてという辺りで、黄紺の知る声になっていました。そう言えば、ベルリン国立歌劇場で聴いたとき、鬘を着けたマイケル・ファビアーノの顔が判らないで、代役が立ったのかと錯覚した思い出があるのを思い出していました。


2021年 5月 6日(木)午前 6時 12分

 昨日は、雨の一日。この頃、ホントに、よく雨が降る。そんなで、閉じこもりの一日を、早々に決め込んだのですが、いつもの昼前のウォーキング時間よりか、遅めに買い物に出たところ、降っていそうで、さほどの強い雨ではなかった。家内から聞いていた雨音の勢いからすると、意外なほど、優しい降りに気をよくした黄紺、これなら、雨脚が進むようだと、すぐに戻れるように、自宅から離れないことを念頭に、傘さしウォーキングを開始。途中、屋根付き公園で休憩まで入れて、普段の8割方のウォーキングができました。これはヒットと思い、夕方も、それができるものと、高をくくって出発。出がけは、昼前と変わらないと思っていたのが、黄紺の観測不足。ものの10分も歩けば、足元の濡れ方がひどくなりつつあったため、引き返す羽目に。たまたま、そのときがそうだったのか、その辺は、よく判りませんが、結局、まともなウォーキングは諦めました。ついこないだは、雨で外出ゼロなんていう日があったしと、最近、雨に文句を垂れることが多いですね。
 外に出る時間を制限されたため、その制限された分は、「電脳紙芝居」の制作に充てることに。主役2人が、恐竜の時代に迷い込んだ箇所、大きな恐竜をスライドに収めるのが、なかなか苦労しました。更に苦労したのが、追いかけっこ。恐竜が追いかける、逃げる2人のタイミングが、なかなか大変。そこへ、BGMも射しこもうという欲張りな考えが、結局は、自分の首を絞めてしまいます。でも、作るの、楽しいな。Ⅾが、どんな反応見せるか、それを想像するだけで、楽しいのです。
 午後の一時は、オペラ配信。数日前に、半分ほど観てというか、居眠りしながら観てというか、とにかくは、半ばまでは行ったことになっていたピアチェンツァ歌劇場の「ジャンニ・スキッキ」。最初から観ることにしました。でも、今回も居眠り半分の鑑賞。最後までは行ったのですが、覚えてないところがあったので、観直しも、ちょこっとしてみました。プロダクションはオーソドックスなもの。黄紺的には、フィレンツェの街の姿が描かれた背景だけが浮かび上がるラスト間近の光景が、気に入りました。で、終わってみて、やはり、そうでした。このプロダクションも、コロナ禍で企画されたもので、視聴できる動画は、無観客で行われたもの。カーテンコールでのお迎えは、関係者とオケの人たちの拍手だけというのは、あまりにも寂しいものがありますね。「私のお父さん」もそうですが、ラスト一歩手前の恋人2人のデュエットは、さすが、プッチーニを思わせられるメロディ。うまくいかなくなっていた時代の作品とは思えないメロディ・メーカーぶりを見せてくれています。三部作って、プッチーニの名作群からは外れているけれど、こないないいメロディに、そのため、目が行かないのは悲しいことです。寂しいことです。三部作を通しで上演すると、量が進むもので、接触する機会が少ないのも事実。公開時、評判はいまいちだったなんてこともあり、現在の公演も少ない。DVDも少ないしね。そんななか、黄紺も、フランクフルト歌劇場で観ただけ。クラウスト・グートのプロダクションで、ルキッチが、「ジャンニ・スキッキ」と「外套」も歌ったという、大切な思い出を持っています。


2021年 5月 5日(水)午前 6時 26分

 昨日は、春真っ只中のいいお天気。もちろん、お出かけなしの一日。GW期間中は、出かける気もなし。出かける先は、考えていたところはあることはあるのだけど、もう、その気も失せてしまっています。今のところ、GW明けに、映画を1本考えているだけで、それまでは、巣ごもり生活継続です。だから、そういった身に、何が嬉しいかと言うと、いいお天気が、一番。日に2回のウォーキングは、爽快。昼前のウォーキングの時間は、その2時間余りの間に、気温上昇が激しいので、うまく上着を調整しておかなくては、出るときは涼しすぎたり、途中から汗ばんだりしてしまう季節。そういったことを考えているのが、一番いい季節なんでしょうね。途中休憩するとき、陽当たりを選ぶか、日陰を選ぶかを考えているときっていうのが。そんなで、昨日も、休憩&読書の時間が、気持ちがいいものだから、長めになってしまいます。西洋中世史の物語、今度は、フランソワ・ヴィヨンの物語、放蕩生活が軽快に描かれていましたから、ついついと読み進めてしまいました。
 午後の一時で、再び、「電脳紙芝居」の制作に入ることにしました。第2弾です。前回のように、根を詰めないようにしないと、肩こりがひどくなるので、ぼちぼちの感覚でと思っています。今度は、タイムトラヴェルもの。Dの初めての縫いぐるみが、バイキンマンだったことがヒントです。そのバイキンマンを、Ⅾのお友だちとして登場させます。バイキンマンのイラスト素材は、あっさりとゲットできました。ネット上に、無料で、そういった素材って、溢れかえっているのですね。ついでに、「森のフリー素材」で検索すると、これまた、選り取り見取りって感じで、選び放題に選べます。恐竜を登場させるつもりなんで、それに合った「森」も、あっさりとゲットできてしまいました。で、物語は、「バイキンマンの誘いで、初めて会ったときに出かける2人」「タイムマシンに乗り込んで、行先、時の設定をする前に地震が発生」「誤動作をしてしまったタイムマシンは、思わぬところを彷徨う」「その彷徨い先①恐竜の住む世界/友だちになろうとする恐竜、でも、それを判らないでタイムマシンに逃げ込む2人、恐竜に撫で撫でされ、誤動作するタイムマシン」「彷徨い先②大坂夏の陣末期の大阪城天守の上/のんびりと下の世界を望遠鏡で眺める2人、周囲に葵の紋の入った幟、お城からは桐の紋の入った幟、陥落寸前だと悟るバイキンマンが出発を指示するが間に合わないで天守から落下するタイムマシン、辛うじて、スイッチオン、またしても行き先不明」「彷徨い先③牛若丸と弁慶の出会う五条の橋/牛若丸を見つけたバイキンマンが、これからおもしろいことが起こるよと言うので、牛若丸と弁慶の対決を見物する2人、牛若丸が勝ち、橋の欄干から下に飛び降りるとき、タイムマシンを踏み台にしたものだから、その反動で動き出すタイムマシン」「彷徨い先④2人の知るB池/今度は、行先だけ入力できていた、喜ぶ2人、家の近くにやって来れたというので、早速、家に行ってみる、でも、3年ほど目的の時間より遅かった」「あとは、時間の調整で、目的地へと到着するだけ、時間を遡る、Ⅾの画像を、何枚も並べて、時間を遡る」「そして、到着、2人が並んで寝ているとっておきの画像(Ⅾと縫いぐるみのバイキンマンが同じ大きさ)を公開」、これに蛇足を加えようと考えています。「自分の将来を見たいとせがむⅮ」「条件を出すバイキンマン、未来を変えようとしてはいけない、いや、できない、だから、目に入った人に声を掛けてはいけない、未来へは1回だけ、行った先から帰ることしかできない」「約束をしたⅮは80歳になった自分を見る」「一人で散歩するⅮ、そこへ、年恰好の似た老人がやってきて、楽しそうに話しながら歩き出す」「最初の老人が自分だと教えられたⅮ、もう1人の老人の顔を見ると、2人がそっくりなのに気が付く」「思わず、弟の名前を呼んでしまうD」「途端に、作動するタイムマシン」「やっちゃったと、バイキンマンに言うD、逆に、いい姿だったと言うバイキンマン」「また、遊ぼと言って別れる2人」でエンディング。これ、蛇足かなぁ、今、迷っています。弟のSらしき人物を出せるというのが、いいところなんだけど、発端が達成されたところで終わりにした方が、あっさりと完結するかなとも思ってしまうのです。だから、蛇足だと。でも、未来の物語は作りにくいものだから、ここで入れておきたいなと、欲張った考えが出てきます。ちょっと作ってみて、前回作ったときに使った、アニメーションの挿入技術なんかは、そのときの技を参照すればいいのだから、一から作るよりは、簡単に進められることに気が付きました。存外、スムーズに運びそうです。序盤の技で躓くかもと思っていた、冒頭の「地震」の表現、ちょっとしたアイデアでクリアできました。デジタル・コンテンツって、コピーが使えるというのが大きいと、そのとき、つくづくと思ってしまいました。そんなで、少しずつ進んで行こうかと思っています。


2021年 5月 4日(火)午前 7時 42分

 変化のない日々が続いています。1年前の今頃もそうだったなの日々、あの頃は。同じコロナ禍であっても、何かが判らないままってことが多かったような気がします。それに比べると、ちょっとは判ってきた。だから、舐めてかかるような人も出て来る。ニュース映像を観ていると、マスクをしておればいいと、人ごみも厭わない人たち、その一方で、意図的にか、若い世代の患者を取り上げた映像で隔離生活の様子が流れている。人ごみに平気で行ける人たちは、こういった映像など観ない人たちなのか、それとも、観てもスルーできる人たちなのか、黄紺には判断できかねています。時々、京都市内へ出かけるとき、電車が混んでいる場合があるけど、こういった電車に、日々乗っていると、感覚がマヒするだろうなと思ってしまう。黄紺自身は、電車では立っててもいいから、人の少ない空間に居ることを、ついつい考えてしまってます。息子夫婦などは、毎日、そういった、黄紺が、たまに乗る電車の混み具合を超えるなか、通勤をしているかと思うと気が気ではありません。
 結局、昨日も、お出かけなしの一日。ようやく、半月ほど前に、気温が上昇したときの様相を呈してきました。もう5月なんですから、そうでなくては困ります。日に2回のウォーキングは、最高に心地よい環境です。休憩がてらの読書の時間は、ついついたっぷり取ってしまいます。アベラールとエロイーズに、クリュニーのペトルス・ヴェネラビリウス、クレルヴォーのベルナルドゥスが、各々が邂逅する12世紀屈指の物語の再生、なかなかおもしろいものだから、余計に時間を使ってしまいました。
 午後の一時は、京都大学の行っている「令和3年度春秋講義(春季)」のオンライン配信を観ることにしました。配信期間は、まだまだ先まであるのですが、そのメニューの中に、日本中世史を扱っていそうなテーマがあったので、2本ある内の、その1本を観ることにしました。お題は「“恐れ”を歴史から読み解く」というもので、同大学法学研究科准教授の高谷知佳さんのお話でした。コロナ禍に合わせたお題の設定、中世の人たちが感じた「恐れ」、それを、どのように処理していったかのお話です。中世では、何か災禍が発生すると、それを、神仏の怒りと感じる心性の存在、それには前兆があると考える心性です。疫病は、正に、その災禍を代表するもの。それを鎮めるために、例えば、祇園祭にように、疫病の神を娯楽でもてなす。そのための浄めの行いは、まるで、今日の公衆衛生のようで、また、祭は経済復興を促す、まるで、今日のコロナ対処法に重なって来る。こういった、神仏の怒り、前兆といったテーマに関するトピックとして、次のような事柄が上げられていました。疫病は「外部」からやって来る、前兆には、寺社での鳴動、崩壊、動物侵入なんてことがある、何の兆かと言うと、それは、疫病の発生以外では、戦乱、未知の恐ろしい出来事といったところ。そのあたりを、具体的な史料を使い、お話しいただけました。前兆があると、この先、何が起こるか分析しています、当時の人たちは。分析する社会でした。清盛が亡くなったときも、その前に各所で鳴動があり、更に、その後には、源平の合戦が待っていた。それなりの論理でリンクされていきます。そららの論理を利用したのが寺社、何やらの異変が起こったと発信をして、それらが、何やらの前兆と言い、政治を動かす種にもなりかねないことをしてたとか。国家鎮護の役割を担っていた寺社があった時代は、効果はあるでしょうね。こういったところで、前兆とされた不可思議な出来事、これを、現代の目で解読するという作業も披露されていました。鳴動は群発地震だろう、川が赤く濁るといったような色づくという異変は、赤潮や水温の異常な変化となる、とまあ、なかなかおもろしろいお話、展開。こういった考え方が消えて行くのは、江戸時代になってからだろうと言われていました。1つには、裁判制度が整い、寺社からの発信ができなくなったこと。作り事がばれてはいけませんものね。それと、神仏、妖怪が、娯楽として語られる心性が出てきたことを上げられていました。この視聴、実は、3回、観ました。なぜかは言うまでもなく、簡単にお昼寝に入ってしまったから。時間の余裕があったことで、また、おもしろいお話なもので、居眠りに入ったところに戻っては観ていたのです。こういった中世の民俗、生活史に関わるテーマは、洋の東西を問わず、黄紺の一の好みです。これと、現代を比較すると、近代の構造が見えてきます。


2021年 5月 3日(月)午前 6時 39分

 世間は、GW真っ只中の今日この頃、なのに、いつもと、全く変わらない時間が流れる自分の時間。昨日は、それに、寒さが加わっただけの一日。朝晩どころか、気温が上がらなかったですね。ルーティンにしているウォーキングのお出かけは、昼前ですら、3枚の重ね着。3月の中頃に、気温が上昇したのは、ウソみたいです。あの頃に、わざわざ出してきて、一番薄いトレーナーは、傍らに眠ったままです。見ただけで、寒そうに見えます。ウォーキングの際、休憩のために腰掛けるベンチを、日陰で取っていたのが、考えただけで、寒くなる。4~5日前に、去年の春まで使っていた電気ストーブを出してきました。空調を使うと、気温が上がり過ぎ、スイッチを入れたり切ったりの繰り返し、それをしても、足元が、なかなか暖まらない。そこで、身体の近くに置け、且つ、さほど暖まらない電気ストーブは、この季節には格好の暖房具になっています。
 昨日は、NHKプラスを使い、TV番組を2本も観た日。高々、1本観ればいい、黄紺の日常では、それを、2日連続というのは、珍しい。2本目が、コロナの変異種が扱われていたNHKスペシャルといういまどきのものだったのですが、1本目は、日曜美術館。これが楽しかった。たまたま、番組表を眺めると、「クールベ」がお題ということで、トルコのコロナ情報収集は中断して、慌てて観ることにしました。黄紺は、かつては、美術館に行って観るのは(わざわざ観に行くのはという意味)、ロココまでと言っていた、ウルトラ古典派好きだったのですが、もう20年ほど前になるかなぁ、リヨンの美術館で、大量に観た19世紀以後のフランスものに、初めて関心を持ったのがきっかけで、その時期以後のものも楽しむようになりました。それ以後は、お構いなしに観ております。ドイツへ、オペラ紀行に行くようになってからは、現代美術と言われる分野にも、足しげく通うようになったのだけど、クールベやセザンヌは避ける傾向に。だから、逆に、興味があったのです。どこを楽しめばいいのか、それを教えていただけると。人生がおもしろいですね、クールベって。ナポレオン3世の政治に抗い、パリ・コンミューンにも関わり、投獄を経験したり、多くの仲間を処刑されているのですね。しかも、気質が豪胆というか、大変な自信家だったとか。そのリアルな人間性が表れているのが、いや、リアルな人間の姿を表そうとしたのがクールベだというお話。そういったお話を聴いての、実際のクールベの作品を観ると、黄紺のお気に入りの表現主義時代の作家ケーテ・コルヴィッツに通じるものを感じ、これは押さえてないとダメなんだと、そういった認識を持てるようになりました。美術史的には、写実主義、そして、後の印象派へ繋がる作家と紹介されていました。今は、時節柄、休館措置が執られているそうですが、東京のどこやらの美術館で、クールベ展が開催されている時期だそうで、それのタイミングでのお題だったようです。
 午後の一時では、チューリヒ歌劇場の「フィデリオ」を完走。かなり半寝の状態での鑑賞でしたが、一応、配信期間内に完走できました。2004年の公演だそうで、カウフマンの声が、まだ野太くないのに対し、カミラ・ニルンドの声は、生で聴いたときの印象と変わらない。カウフマンの囚人姿はお似合いなんだけど、カミラ・ニルンドの男装はいただけない。どう見ても、女だろうという風情。一番の好印象は、この二人ではなく、迫真のドン・ピツァロのアルフレッド・ムフ。歌唱抜群、いかにもという悪者、芸達者な方です。演出的には、大きな装置は置かないで、大黒のホリゾントの開閉、開いた際は、一色の照明をホリゾントに当てるだけで、あとは、小物を出すことでの場面転換という簡素なもの。舞台左右も、大黒に使われる黒幕で覆われ、全体を黒で統一して、この物語の顛末を表していました。囚われのフロレスタンは、舞台前方に長く切られた溝に入り、解放されるまでは、そこで歌うという趣向、それで、囚われの状態を表していました。全体のコンセプトに似合う設定となり、この統一感が、いい雰囲気出していたなというところでした。


2021年 5月 2日(日)午前 6時 35分

 昨日も、相変わらず、お出かけなしの一日。でも、とっても変なお天気の日でした。天気予報では、お昼の12時台には、傘マークが付いているということで、お昼前のウォーキングは、傘を持ってのお出かけ。確かに、朝は太陽が出ていたのが、いつのまにか曇天になっているものだから、傘を持って出かけたのだけど、完全に余計なものになってしまいました。天気予報では、午後が、ずっと、傘マーク。でも、実際に、雨が降ったのは、ちょっと早めの夕立っていう感じの、激しい通り雨でしかなかった。短時間に、集中的に、しかも、雷を伴うもの。また、これが、オペラ配信を観ようとした、正に、その瞬間に起こった。急に激しい雨どころか、いきなりの雷鳴には驚かされた。黄紺宅のインターネットは、ケーブルでの接続なもので、慌てて、ケーブルを引っこ抜きました。被害には遭ったことはないけれど、雷に、ケーブルは弱いと聞いているのでの行動です。これで、オペラ配信は、その時間はボツ。半時間ほどで、雨は弱くなり、気が付くと雷鳴もしてないので、その後に、ようやく、オペラ配信に接続のため、実質、視聴時間は、半時間ほどになってしまいました。半日ほど続くと予報ではなっていた雨も、いつもの夕方のウォーキング時間には、すっかり上がり、太陽まで出る明るいい夕方になっていたので、結局、日に2回の定番のウォーキングは、そのままできました。変なお天気!
 その短時間のオペラ配信の視聴は、チューリヒ歌劇場の「フィデリオ」(ユルゲン・フリム演出)。今から20年ほど前の公演の映像で、タイトルロールをカミラ・ニルンドが歌い、フロレスタンをカウフマンが歌うという豪華版。短時間の視聴だったもので、カウフマンは、まだ出てきていません。何がいいと言っても、もう冒頭から、指揮のアルノンクールが全開って感じで、めっちゃ引き締まった音楽に魅せられています。この配信は、僅か3日間だけなので、今日明日で観なければなりません。
 昨日は、NHKプラスを活用して、TV番組を2本も観ました。最近、なかったこと。1本目は「ブラタモリ」、4ヶ月ぶりの新作です。再放送や再構成物は、NHKプラスでは視聴不可なもので、「ブラタモリ」を観ること自体、久しぶりでした。渋沢栄一絡みで、深谷が取り上げられました。関西人には、深谷という地名は判っていても、場所を特定できない町が、おもしろかったのです。町の成立&繁栄と地質話が絡むと、おもしろいですね。秩父に長瀞、もっと前にあった大宮や川越もそうだったけれど、埼玉ネタ、取り上げられたびに、おもしろいのが続きます。深谷が利根川流域だったこと、初めて知りました。さすが、関東を代表する大河です。昔は、江戸との舟運で活躍した大河ですから、人やものの流れとの関連で、話題が豊富です。そこへ、浅間山などの火山が絡んでくるものだから、おもしろい。地質の専門家の先生、いい感じの方ばかりがピックアップされてますが、秩父と長瀞で、めっちゃ好印象だった先生、久しぶりの登場。これも、嬉しかったな。自然堤防跡が、暴れ川利根川のおかげで、点在している地形、おもしろかったな、舟運の拠点になる地形的特徴の話、これも、いいネタ。いかにも、火山がもたらしたと見える石を拾い上げた浅野さん、大ヒットです。そういった火山ネタを、もう1本の番組で観ることができました。西之島の変化を追った番組、これも、とってもそそられました。小笠原の近くにある火山島の成長の記録です。めっちゃ大きくなっています。「大陸のでき方が判る」と言ってました。あの辺り、海底が浅いから軽い溶岩が噴出してくるために、プレートで沈み込んでも、また、すぐに噴火で海上に出て来るので、陸地が拡がって行くのだそうです。「太古の昔、地球に陸地、大陸が生成していった姿を再現している」と言ってました。生物学的にもおもしろい。何もないところから生物が棲みだす姿を追いかけようというのです。「土があった!」と、上陸での観測で歓声が上がっていました。海鳥に付いてきたような微生物が、海鳥の死骸を餌にして生き延びて来たのが基だそうです。凄いね、生命って。地質絡みの番組、こんなのがあると、喜んで観ている黄紺であります。
 これは、時間がなかったので、全部を観てないのですが、ミンスク在住ロシア人YouTuberが、そのミンスクからイスタンブル経由で日本に入った動画をアップしているのに、昨日、気づきました。この時期のトルコ航空機を観れるだけで、大興奮。ミンスクとイスタンブル間の飛行機内部は、いつもと全く変わらない風景。満席の光景にびっくり。イスタンブルの空港も、大混雑とのレポートが入っていました。ヨーロッパ内部の移動は、こんなだということなのでしょうか? これらのレポートには、正直、驚きました。そして、成田便はと言えば、よく飛ばしてくれているなと思うほどの乗客、でも、飛んでいます。飛び立つ前の日にPCR検査を受けに行くところから動画にしてくれています。まだ、成田に到着したところまでしか観れてないのですが、これは、貴重。続きは、今日のお楽しみです。日本在住のロシア人YouTuber氏も、ロシアへとの往復をしたときの動画をアップしてくれているので、手続きさえ踏めば、国際間の移動は可能だということですね。このYouTuber氏の在留資格とか、また、ミンスクからやって来たYouTuber氏の渡航目的とかが判らないので、その「可能」には、条件とかがあるだろうとは思うのですが、具体的なものは把握できてはいません。でも、知りたいですね。


2021年 5月 1日(土)午前 7時 41分

 昨日も、お出かけなしの一日。しっかりと、緊急事態宣言が、身に染みる日々となっています。隣家の方とも顔を合わせたときの挨拶の一つ、「どこにも出かけられませんな」。確かに、出かけられないことは出かけられないのだけれど、もう一つには、出かけようにも時間がないことも、事実。完全封鎖に入ったトルコ、インド型変異種が確認されたことを公表した保健省長官の言葉、こういった事態の変化があると、報道機関は色めき立つ。もう1年、コロナ禍の中でネタを探し続けてきたものだから、こういった目新しいネタが出て来ると、活気を呈してきます。いつものように、日々の情報が公開されているくらいだと、これが続くと、ネタ枯れしてしまうものだから、医学的情報、健康ネタとして、対処法だの、食事での工面だの、要するに、免疫力を高める方法だの、やたらと出て来る。めっちゃ、耳年増になった感じがするほど。でも、こういった新しいネタが出ると、めっちゃ膨らんでしまいますね。そのため、時間が取られて取られてで、それ以外の時間に制約がかかってしまうほど。今、逆に、お出かけ予定があると、日々の情報は、間違いなく、パンクしてしまうほど、関係の情報が溢れています。
 そういった中で、興味を惹かれたのは、丁度、NHKのニュースでも取り上げていたのですが、ワクチン接種を受けない人たち。NHKが取り上げていたのは、アメリカでトランプ支持者たちというか、共和党支持者で、そういった接種忌避活動をしているというのだ。昔ながらのワクチン拒否でなく、接種の自由を訴え、接種を強く求める政府に反感を向けているというコンテキストでのニュースでした。トルコでも、そういった人たちがいるのでしょうが、この問題を分析されていた論人に拠ると、1つはワクチン接種を急ぎ過ぎたことによる、副反応について懐疑的な人たち。本来の認可なら、数年の治験結果を踏まえるのにも拘わらず、短期でやっちゃたため、誰も、数年先に起こるかもしれない、もちろん起こらないかもしれないのですが、それを含めて、誰も知らないことがあることに対する懸念からくるもの。実は、黄紺自身はこの考えで、ワクチン接種を受けないつもりの一人なんだけど、ビオンテック社製ワクチンは、特に、今まで使われたことのない技術を使っていることが、大きな懸念になっています。もう1つは、伝統的なワクチン拒否に通じるものというよりか、情報不足により、何も知らないために、身体に何やら注入されることに対する不安、そこに、フェイクが重なると恐怖が生まれますから、結果、接種を受けない。トルコでは、25%ほどの人たちが、接種の順番が回ってきているにも拘わらず、受けてないというデータ、これも、保健省長官から公表されています。それに対し、これは、イギリスの報道機関が取り上げたそうですが、部分的に、ワクチン接種を受けるように説得する人たちが、組織的に動いているということが生まれているそうです。この動きの捉え方、難しいですね。アメリカの共和党支持者の動きも含めてですが。ワクチン接種を受けた人たちが増えないと集団免疫が上がることを阻害して、コロナ禍の乗り切りに障りが出てきます。一方で、個の判断を、集団圧力のような形でコントロールしていくのが気色悪い。共和党の場合は、それを逆利用して、ワクチン接種を政治問題化する材料に使っていると言えなくもないのだけれど、トルコの場合は、それは言えないと思う、、、。その一方で、トルコの知的格差の大きいのも事実。「キョイル」と言って、「田舎もん」として、洗練された知識に浴していないと忌避される人たちがいないとは、まだ言い切れないところがあるのが、一方で気になってしまいます。
 インド型ウイルス、5例、確認されたという報道は衝撃です。トルコでです。すぐに隔離されたそうですが、イギリス型確認のときもそうだったけど、蔓延は早かった。日本など、インド型の報道があっても、即、動いてない。エアインド機は成田に飛び続けている、これはひどい! インド型発見、発見されたということは、どないなものか判っているということだから、この変異は最強になる可能性、あくまでも可能性だけど、その可能性があるにも拘わらず、水際対策、なってない。これは、日本政府、酷すぎ、惨いわ。ビオンテック社製ワクチンは対応できると、ウーウル・シャヒン氏は言ったというのを、ちらりと見たのですが、どうなんでしょう? 報道の熱も、かなりトルコの方が、日本より熱いものを感じています。これも、日本らしい、ええかげんにせぇ!
 そんなで、午後の一時も狭まった。オペラ配信に、僅かですが手を着けました。新たに、チューリヒ歌劇場の「フィデリオ」を狙ったのだけど、アクセスできない。よく見ると、スイス時間で午後6時開始ということは、それに時差があるから、半日以上も先の公開でした。「4/30公開」とだけメモをしていたものだから、こうしたうつけたこと、やっちゃいました。代替は、ピアチェンツァ歌劇場の「ジャンニ・スキッキ」(レナート・ボナジュート演出)にしました。短時間の繋ぎの意味も込めてのチョイスでしたが、始まると、きれいにお休み時間に。結局、午後の一時は、お昼寝の時間になってしまいました。夕方のウォーキング時間が迫っていたので、結局、見直しもできずで、哀れなことに。また、「フィデリオ」後に挑戦します。


2021年 4月 30日(金)午前 7時 19分

 昨日は、かなり強い雨が、一日中、降った日。正に、天気予報通り。雨音が半端じゃなかったものだから、もうウォーミングは諦め、丸々一日中、家に居た。出かけたのは、昼前に買い物に行っただけ。祝日だというのに、いつも買い物に行くマート、がら~んとしてました。あんなに空いている姿を見たことがない、それほど空いていた。買い物も、ちょっと気を張って行かないと、また、一昨日のように、帰って来て着替えねばならない。ちょっとした距離なのに、そないなことを考えねばならない降りが続いたものだから、どうしようもありませんでした。日に2回のウォーキングを、両方ともに諦めたってことって、そうはないよ。
 それに見合ったかのように、昨日は、朝も夕方も、日に2回のトルコのコロナ情報収集が、半端じゃなかった。大統領府の閣議、専門家会議があると、当然、その後、内容についての発表がある。まず、これが大部になることが常、それに関わり、様々な情報が流れる。専門家が解説をする。署名記事が出る。この連鎖で、大部になってしまいます。昨日は、凹むほどの量だった。専門家会議があり、且つ、その前に出た大統領声明で、昨日の夕方から、トルコが完全封鎖に入ったものだから、その前の駆け込み的な動きの取材が入った。専門家会議関係では、ロシア製ワクチン導入の正式発表に反応したものが濃いものでした。ネタとしては新鮮だもんね。以前から、保健省長官は、ロシア製ワクチン導入に向け、交渉をしていることは言ってたけれど、正式発表となると、やはり、記事になります。これで、トルコは3種類目です。シノバック社製、ビオンテック社製に次ぐことになります。最近、とんとシノバック社製については、ニュースにならなくなっている。契約が済み、着々と接種が進んでいるからということでしょうか? それとも、何かあるのか? なんとなく漏れて来ているのは、契約通り、搬入されてないのではないかと思えること。遅れているということです。中国らしいと言えるかもしれないけど、今のこの時期、生産体制が追い付かないということが考えられます。ワクチン外交を展開し過ぎて、供給に支障をきたしているというのが、実態じゃないかな? ビオンテック社製ワクチンの確保には、トルコは、立ち遅れ感があるので、緊急確保には足らない。そこで、ロシア製ワクチンということになっていると思っていたのですが、そんなに単純なものではなかった。もう、去年の夏から、国内生産シフトを敷き、そのための資料作成を続けてきたという、関係者のレポートが出てましたから、ワクチン確保の戦略を立てた時点で、ワクチンの分散確保に走っていたことが明らかになっています。アストラゼネカや、ジョンソン&ジョンソン、モデルナと言ったところに手を出したという情報は出てきてないのは、運が強いですね。血栓の問題に向き合わなくて良いので。ただ、インド型変異種が話題になってきていますが、実態は、まだ、今後の分析に拠るのでしょうが、昨日初めて、この変異種には、不活化ワクチンは対応できないのではとの観測を書いているのに遭遇しました。もし、それが当たりなら、シノバック社製どころか、国産ワクチンの先頭を切るエルジエス大学製ワクチンはダメとなってしまうもので、ちょっと、ハラハラドキドキものです。
 昨日は、このコロナ情報収集に時間を割くことが多く、でも、普段と違い、丸一日巣ごもりだったおかげで、午後の一時ではなく、ちょっと遅めの夕方の一時に、読書時間とオペラ配信を楽しむ時間を取れました。読書は、アリエノール・ダキテーヌやら、アベラールとエロイーズの出て来る12世紀を扱う本をチョイス。舞台がフランス中世になったため、なかなかフランスの地名に慣れることができなくて、戸惑いながら読み進めています。オペラ配信は、前日の続き、ソフィア歌劇場の「アッチラ」です。これ、史蹟を使った野外公演だと判りました。オダベッラとフォレストという若い二人を柱に描こうというプロダクションなものですから、アッチラと対峙するエツィオの存在が、かなり希薄な描き方をしていると看えてしまいました。ですから、歌手の実力も、そういった方針に見合った配置。やたら、主役とされたオダベッラとフォレストが抜けていました。そんなで、珍しいオペラを観ることができたのですが、ヴェルディの初期作品は、やっぱ、台本がきつい。「ナブッコ」ほどではないにしても、設定や展開に無理があり過ぎです。それに、やたらと短調を使いたがる。勇壮な、ブンチャカブンチャカで使い過ぎ。初期作品を観ている聴いている感は満載でした。そういった作品を、大衆受けする野外公演で出すというのも珍しい。だけど、史蹟関連なんでしょうね、この作品を出したのは。おかげで、あまり観る機会のない作品を観ることができました。


2021年 4月 29日(木)午前 7時 7分

 昨日も、お出かけなしの一日。本来ならば、昨日は映画を観に行くはずだったことは、一昨日、既に書いたこと。それで、のんびりと、いつもの時間が流れて行ったのだけれど、昨日は雨の日。ほぼ一日中、降っていました。ほぼと言うのは、お昼前のウォーキングが、半分くらい、傘さし、あとの半分が、傘なしでできたから。この時間帯だけだったんじゃないかな、雨が止んでたのは。いつもの夕方の時間に、ウォーキングに出かけようとしたら、雨音が、急に上がりました。でも、なんとか、傘さしウォーミングをする気持ちが失せない程度の降り。そんなのが、ずっと続くと思ったのは、こちらの思惑外れ。屋根付き休憩所のある公園まで行き、しばし、スマホをいじっていると、雨脚が上がる。一時的だったけれど、かなりひどい降りに。結構な距離まで来ていたので、完全に後悔しました。それでも、若干、小止みになったのを見計らって、それ以上の遠出は無理と思いながら、ウォーミングに出たのだからと、迂回コ-スを採り、帰ることに。でも、ここで、また、雨脚が上がった。でも、迂回コ-スに入ってしまってたものだから、後悔するだけで進まねばならない。幸い、一時的なことだったので、助かったとは思ったのだけれど、自宅に戻り、しばらく経っても、左腕が冷たいまま。上着としてきていた薄めのジャンパーが濡れている、それを脱いで、下に着ていたトレーナーが濡れてる、更に、一番下に着ていたTシャツは、一番、判りやすかった。そこまで、ぐっしょり。そりゃ、いつまで経っても、冷たいはず。全部脱いで、着替えを用意する羽目に。それで、身体は冷えるわ、ウォーミングで温まった身体も、どんどんとクールダウンしていくわで、最後は、結局、空調のお世話に。もう、GWだよ、まだ、空調つけてます。
 午後の一時は、オペラ配信のお世話になりました。シュトゥットガルト州立歌劇場の「フィガロの結婚」の第4幕を観て、さっぱり、わけが解らなくなりました。ベッドの置かれてある小部屋の作り物が5つ、舞台に並び、そこを行き来する形での進行。何がどうなっているのか、黄紺には理解不能でした。そして、これ、観たかなぁの想いに。3幕は、やっぱ、これだったと思ったのでしたが、4幕は、完全に、黄紺の記憶から離れて行きました。わけが解らなくて、黄紺の記憶が拒否したのかもしれないのですが。これは、口直しに、他のプロダクションで、「フィガロの結婚」を観たいなとすら思っちゃいました。4幕だけだったので、時間はありました。そこで、次なるものをピックアップ。ソフィア歌劇場の「アッチラ」(プラメン・カルタロフ演出)です。これ、屋外公演です。屋外公演に「アッチラ」は、すごい。城門や城壁の装置を置き、めっちゃ高い位置にある城門の上から、アッチラの登場アリアなんかが歌われます。ちょっとショーアップ気味かと思いますが、「アッチラ」だから許しましょう。まだ、冒頭の40分程しか観てないのですが、総じて、歌手陣が、大向こうを意識したような、ちょっとくさめの歌唱。屋外公演ということで、そういった歌い方をしているのかもしれません。一昔前の、「声を聴かせるぞ」的な公演になっています。それはそれで楽しそうということで、残りが楽しみ。続きは、今日の午後です。
 夜半から、雨脚が強くなっています。天気予報では、今日の雨は、かなり強烈なものになるとか。ということは、今日は、完全に巣ごもりになりそうです。この降りじゃ、昨日の冷たい左腕を思い出すだけで、傘さしウォーミングの気は失せてしまっていますからね。この頃、雨が多いわ、これも、気候変動を関係があるのでしょうか?


2021年 4月 27日(火)午後 11時 40分

 今日も、お出かけなしの一日。そないな日が、今後も続きそうです。明日には、映画を観に行こうかと考えていたのですが、当の映画館が時短とかで、黄紺の狙っていた映画が、延期の憂き目を見ていました。で、あっさりとボツになったり、既に、判っていたのですが、アスニー京都が閉鎖で、公開講演もボツ、GWに行こうかと考えていた博物館も、全てを調べたわけではないのですが、調べたところは全滅。ということで、お出かけなしが、当分、続くかもと思っている今日この頃、です。一方で、TVのニュースを観ると、繁華街に人が溢れている。このギャップは大きいよね。
 今日は、昨日に比べて、気温は恢復、頃合いの気温となりました。この間までは、暑くなりすぎ、早々からといった印象でしたが、いざ、昨日のように寒くなると、やっぱ、寒いのは嫌。これほどまでも、寒さに弱くなるとは思っていなかった。ホントに、寒い。今日などは、外は、気温が上がったけれど、陽の当たらない家の中は、まだまだ春遠し。あと少しの我慢です。5月初旬までが、我慢のしどころです。
 午後の一時は、昨日から観ているシュトゥットガルト州立歌劇場の「フィガロの結婚」なんだけど、3幕に入ると、部屋の作り物が、4つ、舞台前方に横並び。これは、観た記憶があるのだけど、4幕に入った途端、何か、見知らない世界に。これって、実際に、シュトゥットガルトで観たものと同じとは思えなくなってきています。まだ、バルバリーナの冒頭の、短調の短いアリアまでなんだけど。ここに入った途端、「あれ?」って感じになってしまってます。時間の関係で、変なところで切っちゃいましたが、この後の展開が気になっているところです。
 これだけだったな。考えることもしていない。考えることと言えば、「電脳紙芝居」の第2作の構想くらい。狙いは、Dの初めての縫いぐるみとなったバイキンマンとの最初の出会いに戻る物語。だから、タイムトラヴェルもの。バイキンマンに誘われて、最初の出会いの場へと向かう、Dとバイキンマン。でも、タイムマシンに乗った途端、地震が起こり、タイムマシーンが誤動作。狙いの時間と場所に着けないという展開。恐竜の時代へとワープしてしまい、今度は、そこで、恐竜に追われ、ようやくタイムマシーンに戻ったら、追いかけて来た恐竜に体当たりされて、またまた、誤動作。これを、3回くらい繰り返している内に、偶然、Ⅾが、バイキンマンと出会った日と現在との中間的な時間に停まる、場所は、Dの育った場所。あとは、穏やかに、時間だけを操作して、ようやく、2人の最初の出会いの場へ。ここで終わってもいいのだけれど、Ⅾが、バイキンマンにおねだりする。「過去が行けたのなら、僕の未来も見せてよ」と。そこで、バイキンマンは、条件を出す。「未来は、1回しか行けない」「行ったところからは、必ず、現在にしか戻れない」「質問は、一切、禁止」「あとは、目にしたものから想像するだけ」ということで、80歳のⅮの世界へ。老いたⅮの傍らに、もう1人の老いた男、それは、誰かと聞けないⅮ、でも、それを、なんとなく、Sだと想像するⅮ、、、ここで終わるか、現在に戻して終わりにするかは思案中というところです。これ、なかなか、ハートウォーミングな物語になると自負しています。が、素材集めで苦労するだろうなと、ぼやーっと考えています。製作は、もう少ししてからです、作るにしても。今は、第1作で、めっちゃ肩がこってるからね。ちょっと、身体をほぐさねば、次に進めません。


2021年 4月 27日(火)午前 7時 10分

 昨日は、お出かけなしの一日。GW直前の平日の一日、何の変りもない一日を過ごしました。日に2回のウォーキング、昨日は、寒かった。風があるため、余計に寒く感じた一日。家の中が寒くて、空調のお世話になる時間、結構、あったのじゃなかったかな。かなり我慢して、着こんではみたけれど、結局、負けちゃったな、寒さに。いつもだと、家の中が寒くて、外に出ると暖かという、そのギャップを当然と思い、薄着で出かけて失敗。夕方のウォーキングでは、それで懲りたため、着こんでは出てはみたけれど、寒さの進行の方が、えぐかった。でも、時々、夕方のウォーキングをしていて、時間が経つにつれて、風が止むことが多いことに気が付いた。昨日は、止むということはなかったけれど、確実に弱まったので、「また、今日もだ」と思ったとき、ふと、頭を過ったのが、「これって、凪?」。考えてみれば、京都は大阪から40㎞の距離だから、地球的規模で見ると、ま、海岸に近いかなと思えて来て、凪だと決めつけました。昨日は、それでも、寒かった。
 緊急事態宣言が、あまり効果が出ていないという報道、黄紺が、肌で感じたとは違うもの。でも、報道映像を観ると、そう言わざるを得ない。原宿の竹下通のような、いかにも若い人たち、それも、何にも考えてなさそうな、選りすぐった場所を選んだ撮影だから、そうなのかもしれません。報道の流れは、完全に、「若いやつ、無視してる」ですから、「そのコンセプトに従っての報道をやりたい」からなのでしょうね。それとも、総じてそうなのか? 日本の報道を、全く信用してない黄紺ですが、都外へ買い物に、飲食に出かけているというのは、目新しい報道。それらは、確実に、「現政権の政策が功を奏しない」を指しています。僅か17日という設定自体、おかしな政策だしね。変異種にびびってるのは当たりで、それに対応してるなの雰囲気は出てるのだけど、この期間は、変異種をなめている。トルコの伸びを看てると、勢いが凄い。トルコで、2週間経って、がくんと減りそうな気配、でも、その前に、凄まじい勢いで増えてた。緊急事態宣言に入る前の上昇分にプラス、そこで感染した人が感染に気付くまでに2週間、そのときから、ようやく減り出す。そのときの数字は、恐ろしいものということを考えると、17日で終えられるわけがない。そこへもって、トルコ的な措置を執らないわけですから、ましてや、報道通りだとすると、「がくん」が来ない。減っても、なだらかな減少なら、解除できるわけがない。やはり、ダメ政権だけど、彼らにやってもらわなくちゃならない。で、どうするんだろう? これ以上の強力な措置に踏み切れる勇気があるやろか? 政権政党だけではなく、野党の協力もなければできない。どの政党が、どういった言動を執れるか、正念場ですね。建前捨てることのできる政党、出て来るやろか? ワクチン接種が進まないなか、1回だけじゃない、今のような状態。それを見越して、できるかどうか? その内、イギリス型だけやなくて、南ア型が蔓延したり、最近では、インド型が出てきてるそうで、威力も判ってないそう。まだまだ、序の口かもしれません。
 午後の一時は、オペラ配信のお世話になりました。シュトゥットガルト州立歌劇場の「フィガロの結婚」(クリスティアーヌ・ポーレ演出)です。コロナ禍の中での特別配信。短期限定公開ということでのピックアップ。でも、このプロダクション、生で観ているのです、黄紺は。かなり以前だということで、また、このオペラには、特別な思い出があることもありというので選んでみました。特別な思い出というのは、チケットに関するものです。当時、同歌劇場のウエブサイトで購入、そのときに送られて来るシートを持ち、チケット売り場で、チケットと交換というシステムになっていました。今のチケット・センターの建物に移った初期の頃のことです。ところが、シートを出しても、システムの中には、チケットがなかったのです。完全にシステム・トラブル。でも、謝らないドイツ人。好意的に言えば、呆然としていて、頭が真っ白というところでした。「あなたのチケットはない」と繰り返すばかり。しばらく押し問答。シートを出して、「じゃ、これは何だ」と言えば、黙るしかない担当者。また、真っ白、呆然。そこで、仕方がないので、「あなたの言っていることは判りました」「今、新たにチケット買えますか」と言うと、初めて、自分のしなきゃならないことに気付く始末。ハッとして、慌ててPCに向かってました。幸い、黄紺が買ったつもりだったと同じクラスのチケットが、辛うじて残っていて、事なきを得たという事件。そんな、ありえない事件、後にも先にも、、、もう1回、あった、アンカラで。でも、アンカラのときは、似ているようで似ていない。同じときに買ったイズミルの歌劇場のチケット購入との流れと違ったので、買えているか半信半疑でチケット売り場に確認に行っての判明だったから、似ているようで似てないけど、でも、似てる。で、実際のオペラは、やはり年月が経っていました、装置を記憶違いしてました。小さなボックスを横スライドだけで移動させて、装置の転換をしたものと思い込んでいたのが、もっと、奥行きのある動かせ方をしてました。そう言えばそうだったのかと思いながら、でも、似たイメージを持ち続けているということは、やはり、あの事件のおかげかなと思えました。とにかくは、2幕終了まで、かなり半寝状態でしたが進んでいます。


2021年 4月 25日(日)午後 10時 26分

 今日は日曜日。緊急事態宣言なるものが発令された日だとか。世間は、いざ知らず、自分的には、お出かけなしの一日。その理念型のような一日。2回のウォーキングだけが、外出時間。あとは、家事は別として、なすこともなく、穏やかな時間が流れて行きました。今回の緊急事態宣言、前回と比べると、えらく緊張感が先立っている。変異種対応ということでしょうが、この緊急事態宣言が出るタイミングが、ヨーロッパなどと、随分と違うなの印象。言うまでもなく、封鎖の仕方が違う、その様相が違う、効果も違う、それは判り切ったこと、それに加えて、ワクチン接種との距離が違います。日本は、ワクチン接種の見通しをできてないまま、緊急事態宣言の見通しを言っています。一定、ワクチン接種の効果を睨みながら、封鎖の仕方をいじっているヨーロッパとは違いますね。今、封鎖を解除しても、ワクチン効果と重なり、無茶な揺り戻しはなかろうというのと、今の日本の緊急事態宣言解除の目安とを比較検証すると、あっさりと明らか。たとえ、解除されても、ワクチン接種が進んでないものだから、また揺り戻し、そして、緊急事態宣言、このディスコースが見え見え、なのに、緊急事態宣言を出さねばならない。医療逼迫が切り文句ですから、宣言を出す。もう、コロナ禍は1年以上だよ。医療の改善、なんとかならなかったの? ヨーロッパや中国のように、緊急的に病院建てたって話って、聞かないしね。財政逼迫だとか言って、医療施設の縮小やったの、誰でしたかね。メンツなのかな、ごめんなさいが言えない、思い切ったこともできないくせに、ごめんなさいすら言えない政治って、なんなのでしょう。そう思うかと思えば、菅首相、緊急事態宣言を出すとき、一礼して、ごめんなさいしてた。初めて、菅首相に、「頑張れ」って言いたくなった。だって、謝る必要ないもん。長~い流れで問題にすれば、とんでもない政権かと思うけど、それにつけても、緩み、変な馴れも相当だと思う黄紺なのです。「緊急事態宣言が解かれたので、京都来ましたぁ」って、TVのインタビューに答えていた家族連れが、前にいたら張ったおすかもしれません。迷惑千万、その程度の輩に、頭下げる必要ないよと思い、菅首相に、「悪いのは、あんただけじゃない」って意味で、「頑張れ」と声を出しそうになりました。今日から緊急事態宣言だとかで、早速、夕方、ウォーキングの流れで行ったマートが混んでました。最近、日曜日の夕方って、マートが混まなくなっていると思っていたら、早速です。カップルで来ている、親子連れで来ている、そんなこと、普段してないのに、途端にやってる。出かけるところない、出かけにくいご時世で、マートに普段じゃない仕方でやって来てる、バッカじゃないの! これって、1年前にも起こり、都知事とかが呼びかけてましたね、「お買い物は人数減らして」って。それがまた、でも、それだけ、出にくいと感じている人が、さすが、今回は多いかなの証でもありまする。それにつけても、学習効果のない国民です、黄紺も、その1人ですが。
 今日は、午後の一時を確保しやすい時間の流れ、ならばと、久しぶりにオペラ配信。チューリヒ歌劇場が、この週末限定で配信している「王子王女」(イエンス・ダニエル・ヘルツォーク演出)を観ることにしました。フンパーディンクの珍しい作品。珍なるものは、もう、それだけで価値を持ちます。ヨナス・カウフマン出演ということも後押し。DVDで発売されいるものがソースだったようですが、黄紺は、それを持っていないので、好機とばかりに飛びついたのですが、これが大変。ネット上で調べても、きっちりとした梗概はなく、めっちゃざっくり系のあらすじが出ている程度。しかも、この配信、日本語どころか、英語などの字幕なしのソース。これはまいったな。また、そう思うと、待ち構えてたかのように、睡魔の登場。てなことで、せっかくのオペラ配信が、おじゃんとなってしまいました。書けば書くほど、同じことの繰り返しです。情けない気も起らなくなってきています。


2021年 4月 25日(日)午前 7時 32分

 昨日は、緊急事態宣言突入直前の際どいところで、駆け込み公演がされたコンサートに行ってまいりました。京都アスニーで行われたもの、「アスニーコンサート/3人の名手による華麗なるフランス音楽の午後」と題されたコンサートです。アスニー京都では、定期的にコンサートが行われているのですが、実際に行ったのは初めて。昨日は、好メンバーに惹かれて行ってまいりました。出演されたのは、(フルート)清水信貴、(クラリネット)小谷口直子、(ピアノ)西脇小百合の3人の方たちでした。狙いは小谷口さん。リサイクルをされても行く狙いのクラリネット奏者、京都市響の首席の方です。清水さんも著名な方ということで、これらの人の演奏を、アスニー京都で聴けるならと、前日にも、また、出かける前にも、HPで公園の可否を調べてからのお出かけとなりました。他所でもそうですが、緊急事態宣言は今日から実施ということで、昨日は、駆け込み公演があったようで、アスニー京都も、今日から閉鎖ということで、ぎりぎりの開催となりました。そのプログラムは、次のようなものでした。「F.シュミット:三重奏によるソナチネ op.35(Fl/Cl/Pf)」「E.ボザ:イマージュ(Fl)」「P.サンカン:ソナチネ(Fl/Pf)」「サン・サーンス:タランテラ op.6(Fl/Cl/Pf)」「ラヴェル:亡き王女のためのパヴェ―ヌ(Pf)」「A.ジョリヴェ:“アセーズ”より第1曲(Cl)」「D.ミヨー:デュオ・コンセルタン op.351(Cl/Pf)」「イベール:アリア(Fl/Cl/Pf)」「ドビュッシー:小組曲(Fl/Cl/Pf)」。各々の曲には、各演奏者から解説の入るというコンサート。メーンは小谷口さん。でも、皆さん、お話がお上手。とっても解りやすいもの。作曲家は、サンサーンス、ラヴェル、ドビュッシー、イベール、ミヨーまでは大丈夫だけど、あとは判らない。でも、その辺りは、小谷口さんから押さえがありました。サンサーンスを、一番の古株にして、同時代の、そして、それ以後にのパリには、綺羅星の如き作曲家、演奏家が集った時期があり、ここに登場する作曲家たちは、正に、そういった人たちなんだと。それはその通りですね。そして、競う合うかのように、新しい音楽を紡ぎだして行った。小谷口さんが、こうも言ってられました。「これらのフランス音楽は、決して耳に馴染む音楽が流れるわけではない」「でも、とってもオシャレ」、これって、いい押さえですよね。陽のフルート、陰めいたクラリネット、この木管2本の組合せが、いい雰囲気作ります。それが、一番光ったかなと思えたのが、冒頭の三重奏。明るく跳ねるフルートに影のように寄り添うクラリネットの音色が素敵でした。残念ながら、いずれも小品、こんな感じなんだと思い始めたら、もうおしまいという小物ばかりだったのが、残念。そんなで、昨日の午後の一時は、生で音楽を聴けたといことで、次に、音楽を、そういった感じで聴ける機会は、いつなでしょうね。今のところ、一つも、予定に入ってないよ!
 このアスニー京都への往復を、昨日のウォーキングに当てたため、帰り道、自宅最寄り駅一駅前で下車。夜に予定が入っていたこともあり、迂回もしないで歩いたため、昨日のウォーキングは、ショート版になりました。普段の8割くらいかな。で、夜の予定というのは、「電脳紙芝居」公開日でした。筋立てに、トルコを入れたり、ちょっとした謎解きを入れたのは、Dには難しかったですね。でも、自分が、画面上で歩き出したりすると喜んでくれました。Sがさらわれてしまう場面では、真顔になって観てくれたものだから、ちょっとハラハラ。Zoomの画面共有で行い、更に、お互いの様子が判るように画面設定をしていたため、Dの反応がストレートに伝わってくるものですから、そないなこともありました。結局、2回目をやらされました。2回目は、Dとの会話なしで、正に「紙芝居」調ですることに。昨日も、予め2回ほど練習をした成果を披露することができました。「電脳紙芝居」用に、もう1つ、筋立てが頭にあるのですが、どうしようかな、また、どこかで作ることにしましょう。Ⅾの初めてのぬいぐるみ「バイキンマン」に導かれ、Ⅾとの初めての出会いに遡る物語に、未来の物語を付け加える、タイムトラヴェル物語を考えています。いつか、できたら、ですね。


2021年 4月 24日(土)午前 7時 7分

 昨日は、お出かけなしの一日。なんか、久しぶりに、ゆったりとした日だったなの実感。毎日、出かけてばかりいたわけではないのに、家にいても、トルコのコロナ情報が多くて、それを掌握するのに、やたらと時間が取られているのが、大きな要因。それと、「電脳紙芝居」の制作という縛りがあったのが、完成したということで、解かれたから、そないな感じになったよう。なんか、人ごとのようだけど、YouTubeの定番の動画すら、ほぼ観てなかったくらいだから。
 トルコに限らず、イスラームの世界では、今はラマザン。昔は、トルコに行けるタイミングが限られていたため、なかなか、その時期に合わせて行けなかったけれど、これが、夏に回って来たときは、毎年、それに合わせて行けるということで、浮き浮き感がたまらなかった思い出があります。最大の、自分的イベントは、日々のイフタールの時間。その時間に合わせて、どのように街が変わるか、どのスポットで、イフタールの時間を迎えると、最も、カルチャーショックに出逢えるか、そんなのを、昼間の内に探し歩いたりして。ジャーミーの傍らだったり、ロカンタが集中しているところだったり、狙いをつけるということ、やってました。しかし、大砲を撃つところがあっても、どこで撃つか判らない、だから、突然、その轟音が耳に入ると、舞い上がってしまう。シャンルウルファの街角で大砲の轟音が響いた途端、その辺にいたハトが驚いて、一斉に飛び上がったのには、いきなりの大砲にプラスされたものだから、二重にびっくりした。丁度、ビデオ設定のカメラのスイッチを押したところだったので、めっちゃ、ナイスな映像を撮ることができました。そないなことをしながらの中で、ついに大砲に遭遇するときがやってきました。トカトでのことでした。カンディルに当たる日だったようで、街の中心部のメイダンには、ずらりとイフタール用の席が並んでいた。正に、黄紺的には、絶好のスポット。だって、それだけの席で、一斉に、皆さんがイフタールの食事を始めるわけですから、壮観です。そして、時間がやって来ました。すると、大砲の轟音、それも、間近も間近、そのメイダンの一角に設えてあったのです。撃つところも、現認しました。音のする方角に、顔を向けるだけで現認できる距離で聴けました。でも、初めて見たイフタールの瞬間を待つロカンタの風景、これは、カスタモヌでだったけれど、このトカトの風景と並ぶ、最強のイフタールの風景かも。そないなことを書くと、いやいや、ディヤルバクルのオフィスにある、鉄道駅の空き地を使ったイフタール用のテントもインパクトがあった、アフヨンで、そういったテントに「ベレディエ」の文字が書かれていたのにも、驚かされた。「政教分離じゃないの」と突っ込んだけれど、それは当たり前だということに慣れてしまっているけれど、今はね、でも、初めて見たときの衝撃は、少なからずありました。内務省通達では、そういった、寄り集まって、イフタールの食事しちゃダメなんですよね。完全に文化が消えてしまっている、そないなラマザンの風景と言っても、なんもなしの風景でしかないけれど、それも、トルコで見ておきたいうのは、あまりにも勝手な考えですね。
 昨日は、久しぶりにゆったりとした気分になれたのに、今日が、「電脳紙芝居」の公開日なため、どうしても、最終調整をしてしまったため、結局は、いつものような午後の一時はなし。でも、DやSを思い浮かべながら作るのが、めっちゃ、楽しい。トルコなんて、Ⅾは、まだ解らないのが判っているのに、見せてやろうと思うのは、「ここで観た」「あのとき観た」という記憶だけでもつけてやりたいから。そう思うと、トルコ音楽のBGMを入れたくなった。当初は、手持ちのCDをかけようかと思ったのだけど、「そうだ、素材屋さんを探そう」と、ごく平凡な考えになり、トルコの素材屋さんを探すと、あっさりと、いいのかなとも思ったのだけれど、テオマンの「イスタンブルの秋」をゲット。サナート系で行こうなんて、最初は考えていたのだけど、止めました。そんなのを選んだり、それを、リンク貼ったりしていての最終調整。あとは、日に2回のウォーキングだけという一日。のんびりしたものです。


2021年 4月 23日(金)午前 7時 24分

 昨日は、なかなか忙しかった一日。昼間にお出かけありで、夜はオンライン配信のお世話になるというもの。そのため、時間の使い方が、かなりタイトなものに。予め判っていたので、予想できることは、場合分けに。そういったときって、存外、うまく運ぶ。考えていた振れ幅のわりかし振れない方で推移。そんな一日、昼間は、「文化パルク城陽プラネタリウム」へ。こちらであった「城陽で喬介 in プラネタリウム」に行ってきました。今、聴ける落語会として、黄紺には、とっても貴重な会。3ヶ月に1回というペースで行われている落語会。喬介一人だけの会、昨日は、ちょっとした間違いから4席の口演となりました。というのは、ネタ出しをしていたのを失念した喬介、前回に、そのネタを喋ってしたために起こったこと。その4席とは、「二人癖」「饅頭怖い」「犬の目」「竹の水仙」。「饅頭怖い」が問題の一席。そのため、おやっさんの怖い話はカットで口演。ま、ネタ出しをしている以上、やらないわけにはいかない、しかも、前回も来ている客がいる、その辺が、相場ですね。「二人癖」は、喬介で聴いた記憶があまりない。が、このネタは、先代松喬の得意ネタだと、一門の噺家さんが出すときは、それを言いますね。それだけ、何度も、先代の口演を傍らで聴いていた証かなと思ってしまいました。珍しく、ちょっと噛みながらの口演。喬介では、あまりないことだけに、それが珍しくて嬉しがっている黄紺です。「饅頭怖い」は、喬介十八番の一席ですね。師匠の現松喬が、喬介と出番が被ると、「このネタを出すのを控える」と、師匠の有難い配慮を、喬介本人が口にしたことを聴いたことがあるほどの十八番。この「饅頭怖い」が入ったので、短めということだったのでしょうか、「犬の目」で調整しました。ただ、これも、松喬門下では謂れのあるネタ。松喬門下では、最初に習うネタだということも有名なことですね。そして、黄紺的には、先代松喬を聴いた最後の口演。それは、先代生涯のラスト2の口演でした。その翌日の口演がラストですから。体つきからして、最後になるのが判った一席でした。そのときも、松喬は言ってました。「うちの一門に入ると、最初に教えるネタだ」と。そして、「犬の目」に関しては、もう一つ、考えてしまいました。というのは、びっくりのお披露目があったのです。喬介に見習いが入っているのです。それが、20歳の女子、高座返しに現れた姿を見て、「弥生の再来」と思った女子。見習いですから、落語会に連れて来ているわけですが、その見習いに聴かせる目的もあったのかなと思ってしまったのです。4席ですから、トリネタとしては、「竹の水仙」は、長さからして、また、トリネタとしての格好が付く、ベストのチョイス。口演の中でも、喬介自身が言っていましたが、梅団治からもらったもの。「竹の水仙」は、噺家さんの間で大人気ですが、大元の枝鶴よりか、梅団治からもらっている噺家さんが多いという印象ですが、喬介もそうでした。宿屋の主人に、ちょっといちびりを入れて、軽めにしてありました。ま、それが、喬介カラーってやつかな? 「ねずみ」のテイストではない味付けだったのが、おもしろかった口演でした。やはり、落語は生がいい。最近は、滅多に行けない、こうした生落語会、行くたびに、そう思ってしまいます。
 この城陽への往復が、昨日のウォーキング。普段よりは短くなるため、必要以上に迂回コ-スを採り、帰宅。それでも、かなり普段よりは、短めになりました。時間のことを考えると、致し方ありません。そして、夜は、京阪なにわ橋駅のアートエリアB1を使ったオンライン配信「ラボカフェ」。昨日は、「京阪沿線カフェ」と称して、京阪電車がイニシアティヴを執った企画。題して「オンライン花見!~さくらのお話しツアー~」。出演されたのは、カフェマスターとして、京阪ホールディングス株式会社経営企画室事業推進担当主幹の長瀧元紀さん、ゲストは、淀川河川公園管理センター植物管理課グループリーダーの岡村文博さんと背割堤サービスセンター担当リーダー佐藤健太郎さんでした。有名なお花見スポット背割堤の㏚といったものでした。その中で、背割堤の歴史が嬉しかった。黄紺の疑問も解いてくれました。この地は、三川合流ポイントの変化と関係しているのですね。暴れる川を制する、治水のために、合流点を変えたり、背割堤を作ることで、流れの勢いを変えたりとの苦労の結晶だということが判りました。有名な、山崎合戦の地でもあるわけですが、その合戦があった頃は、合流点は、今の淀駅辺りだったとか、それが、八幡の方に、今はシフトしていますから、それが、合流点を変えたことの大きな証拠。太閤堤を、秀吉が造ったときにいじられ、明治・大正期の洪水でもいじられといった具合だそうです。近代に入ってからの洪水は、遊水池の役割もしていた巨椋池の干拓との関連があるかもしれませんね。1918~1932年の改修工事で、背割堤が造られ、そこは松林に。そうなんです、黄紺の記憶では、ここは松林だったのです。映画のロケ地として重宝されたのは有名な話。なんせ、電柱など、余計なものが、一切ないですからね。それが、いつの間にか、桜の名所化してました。そのわけも判りました。虫の被害で、松枯れが起こったため、桜に替える事業となったというわけです。昭和40年代の後半に、その松枯れが出だしたと言われていましたから、桜は、それ以後です。納得です。今や、背割堤の入口には、展望台までできている。大変貌です。そないな歴史を聴けたのは、大収穫。あと、桜についての豆知識を教えていただけました。ソメイヨシノは、接ぎ木でしか増やせない、だから、クローンだ、そのため、同じ時期に一斉に咲く、正にお花見向き、でも、虫にやられると、これも一斉に被害を受ける、なるほど、クローンも良し悪しがあるのですね。ソメイヨシノの「ソメイ」は「染井」ですよね。これ、知ったの、確か「ブラタモリ」でだったと記憶しています。そこで、初めて「染井能楽堂」の「染井」と重なった、うつけた黄紺だったことを思い出しながら、そのお話聴いていました。お花見を掲げたトークながら、めっちゃ地味な仕上がり。もっと、背割堤の桜、映像、画像での紹介があっても良かったのじゃないかとは、残念ながら思ってしまいました。来月には、「太閤堤」を取り上げてくれるそうです。また、地味でも、観なきゃの気分でいるところです。


2021年 4月 22日(木)午前 8時 2分

 昨日も、お出かけはなしで、外出と言えば、ルーティンにしているウォーキングだけの日だったのだけど、前日同様、オンラインでのお楽しみを考えていました。先週に続いて、繫昌亭昼席のオンライン配信を視聴することにしていたのです。福笑、文之助、生喬と揃い、前座にりょうばが付いてくるという、めっちゃ好メンバー、これは外せないと、2週連続での視聴としました。その番組は、次のようなものでした。りょうば「ろくろ首」、愛染「うなぎ屋」、生喬「隣の桜」、遠峰あこ「アコーディオン漫談)」、文之助「天狗裁き」、(中入り)、そめすけ「えっ5」、米平「体紙芝居:シンデレラ」、福笑「コスプレ」。先代文枝からざこばへと伝わった「ろくろ首」、りょうばは、このネタ、前座役のときは、よく出しているようですね。もちろん、生で聴いたことがありますが、こうして久しぶりに聴いてみると、もちろん、時間に合わせて刈り込んでいましたが、とっても、噺が大きくなっている。大げさという意味ではなく、口演がという意味です。抑揚が、上手い具合に調整され、整った意味で、大きくなっているのに、びっくり。元来、達者なお喋りだったのですが、単なる達者さ以上のものを感じさせる好演。愛染と生喬のところで、居眠り、これは、予想されたこと。この2人のところでというのではなく、前夜の寝不足が激しかったもので、どこかでやらかすだろうと思っていたら、ここでした。ま、申し訳ないけど、愛染はいいとして、生喬はそのままじゃダメですから、夜に、アーカイブ視聴でやり直しをしました。ネタが「隣の桜」だったこともあり、その気になるわね。そして、やり直しは大正解。この口演、めっちゃいい。生喬の繊細さが、とっても良く出ている。下目使いの定吉、その目線がいい、時々、上げる目が、なめたようなずるさを見せます。隣家の学者は、上から目線をデフォルメ、これも、狙いが当たっています。そして、最後の、うきうき気分ではしごを掛け、それを昇って行く、そのうきうぎがスーパーでした! ええもん聴いた、それに尽きます。遠峰あこは初もの、いい声してます。そして、選曲がおもしろいというか、変なのをもってきている。いい色物さんです。文之助の「天狗裁き」は初もの。持っていたことも、幽かに記憶にある程度。そう言えば、独演会で出しててかな程度。逆に言えば、どんなだか、楽しみだったのですが、黄紺的には、いまいちでした。ライトなおしゃべりが流れ過ぎたなという印象。えらく単調に感じてしまったのです。こんなこともあるのですね、文之助を聴いて。おもしろかったのは、マクラ。夢の話をしたとき、枝雀ネタを出したこと。「息子、そこにおるでぇ」「あとで、2人で、どんな会話するのかな」なんて考えてしまい、思わず、笑みがこぼれてしまいました。そめすけは、三風からもらったネタ。よく出しています。そめすけの口演、聴くたびに思うこと、「真っ当に林家の噺を受け継いでくれてたらなぁ」、だって、この人、いいお喋りできるもの。米平の「紙芝居」、不思議なことに、繫昌亭の場で聴く方がおもしろいと思ってしまいました。尺に合わない広い会場の方が映えるように思えてしまいました。小さな画面で見ると、それが当たり前のように思えたからでしょうね。トリの福笑落語、これをPC画面で観ることができる幸せ。若干、老いが進んだかなと思える福笑ですが、マクラは健在、「良かったぁ」と思ってしまいました。でも、ネタに入ると、前半は、その老いを感じさせるもの。口演自体のテンポが落ちてしまいました。新作の内容や展開は、性の多様性をテーマにしながら、なんか、オールド・ボーイズ・クラブ的。これが、前半だったのですが、痴漢登場から、全開状態になった福笑、老いなど感じていたのがウソのような爆発を見せてくれました。内容的にも、「男と女の入れ替わり」という一点に絞り、セクシャリティやジェンダーの観点から突っ込まない方がいいかもと思うと、手が込んだ展開にらしさを感じました。70歳を超えた爺さん噺家であって、そうでないハチャメチャさ、この両義的な口演に、最後は呆然。やはり、福笑は凄かった!


2021年 4月 21日(水)午前 6時 57分

 昨日は、かなり、普段の生活のリズムが、夜半になり崩れてしまった日。夕方のウォーキングまでは順調。ですから、日々のルーティンにしているウォーキングは、ごく普通に通過。但し、半時間ほど早めに切り上げられるように戻ってきたつもりで、その通りになりました。問題は、そこからでした。昨日の夜は、オンライン配信の対談を視聴する予定にしていたのです。午後7時半開始ということでしたので、それまでに、少なくとも、トルコのサッカー情報、コロナ情報を収集しておこうとしたのです。ただ、初めて視聴する配信だったため、家に戻ると、最初に、配信を受けるための下調べをしたところ、この配信、会場に人を入れても行うために、まん防の影響を受け、1時間開始を繰り上げていました。午後7時半ではなく、午後6時半開始になっていたため、大慌て。気が付いたのは、開始10分余前。更に、配信が終わってから、わりかし大部なトルコからの情報収集となったため、それからが大変。これが、逆だったら、即ち、午後7時半開始のままだったら、オンライン配信を捨てていたかもしれません。オンライン配信で潰れる1時間半を考えると、その日に終わるかというものだったのですから。1日の内の最大の楽しみ、晩酌をすると、確実に眠くなるので、下手すると、翌日持ち越しになってしまいそうだったのですから。結果的に、途中、居眠りをしたため、そうなってしまいましたが。結局、時間が狂うと、寝つきが悪くなり、深い眠りができない夜を過ごし、極端に睡眠時間を削られるということになってしまいました。
 オンライン配信での対談というのは、京阪なにわ橋駅のアートエリアB1を使ったもの。こちらで、定期的に、こういったイベントが行われていることを、どこで得たのか思い出せないのですが、告知のチラシで知りました。大阪の中之島は、元来、大阪大学があった土地だからでしょうか、大阪大学と京阪電車が共同で企画・運営しているイベントです。昨日は、ラボカフェと称して、「美術館のいま(9)~滋賀県立美術館~」がありました。対談をされたのは、カフェマスターとして、大阪大学共創機構産学官連携オフィス准教授の木ノ下智恵子さんと、ゲストとして、滋賀県立美術館ディレクター[館長]保坂健二朗さんのお二人でした。「近代」が取れた「滋賀県立美術館」、以前、当館のYouTubeチャンネルで、再開に関し、その任に当たられたデザイナーさんとの対談を、保坂さん自身が行われているのを視聴しましたが、基本的には、その内容と、ほぼ被るものとはなりましたが、正に「美術館のいま」を知るには、格好の素材であり、また、保坂さん自身は、国立西洋近代美術館で学芸員として実績を残されてきた方でもあるということで、今、注目の文化人の1人でしょう。そないなことで、被ることは多くても、前の対談以後のお話、続編をお聴きできるのではないかとの期待が、黄紺にはありました。できるだけ、被るものは避け、出てきたお話をメモっておきたいと思います。①「近代」は、県議会の議決を得て正式なもの、発案は保坂さん、これは、前に聴いている、②コンセプトは、「かわる かかわるミュージアム」、これは、既にお聴きしていましたが、それを活かしたミッションステートメント(運営方針)を、「CALL」の4文字で表す、「C/Creation」創造「A/Ask」問いかけ「L/Lokal」地域「L/Learn」学び、だそうです。「C」は、再開に当たりということでしょう、2つの「L」は、地方の美術館の定番といったところ、おもしろいのは「A」、「これをアートと呼んでいいですか」の「問いかけ」だそうです。確かに、「アール・ブリュット アート」などを手掛けて来られた保坂さんらしさが出ています。③入ったところに、カフェとショップ、これの実写の姿を見せていただけました、日本の美術館は、文化財を展示することから、展示室とカフェは離さねばならなかったが、県立美術館は、構造が変則的で、回廊部があるため(1980年代のポストモダン的、バブルを反映)、両者が離れているので、外国のミュージアムのようなことができる、実際に、イギリスのミュージアムの姿を見せていただけました、「公園の中のリビングルーム リビングルームのような美術館」を可能にするものとなる、展示を観る体験と他の体験のミックスができる、それが大事と言われていました、④県立美術館でよくあることだが、収蔵品と企画展との乖離が起こらないようにしたい、実際、閉館期間が長かったが、一方で、開館以来、収集してきた豊かな収蔵品がある。また、閉館期間中も、それらの収蔵品を外部で公開したり、学芸員も実践力を高めている、この学芸員さんのお話が出たとき、嬉しくなりました、閉館期間中、学芸員さんが講師になって行われていた講演会の質の高さに舌を巻いていた黄紺は、彼らの力量が活かされると、嬉しくなったのでした、⑤会館以後の企画展の紹介、滋賀県関係のアーティストが並ぶものになっていました、これは初出です、⑥展示の構想的なお話、例として挙げられたことがおもしろかった、照明を、再開に当たりLEDにしたことで、色、温度の調整が可能になったため、美術作品の見方を変えながら鑑賞できる、角度を変えるだけですら、違った顔を見せる作品、そんなことを楽しめる展示があれば、楽しい、⑦館長は、専門職か行政職か?、、、主なものは、こないなところかな。新たに美術館の再建に立ち会えるいい機会です、ましてや、かなりの実績を引っ提げての館長就任ということで、どうしえも耳目を集める存在になっているかと思います。同美術館のYouTubeチャンネルには、保坂さんが、新たな対談をされているのを目にしましたので、近々、時間をとり視聴の機会を作るつもりでいるところです。
 時系列的には逆になってしまったけれど、午後の一時を使い、「電脳紙芝居」完成です。物語が、淡白なところと、濃~いところと、分かれすぎているので、公開日までに、まだいじることがあるかもしれないのですが、ひとまず、完成です。かなりのエネルギーを使っちゃいました。


2021年 4月 20日(火)午前 6時 58分

 昨日も、お出かけなしの一日。ルーティンとしているウォーキングを入れながらという平凡な一日ではあったのですが、なんせ、「電脳紙芝居」の公開日が決まったということで、そこに精力を注ぎ過ぎて、若干、変則的になりました。少しだけ、生活のリズムを崩してしまった日となりました。昼前のウォーキングまでは、通常通り。昨日は、さほど、トルコのコロナ情報に関しては、多くの情報が流れたわけではなかったので、それでしわ寄せが来ることもなく、予定した時間に、コーナンでの買い物をコ-スに入れたウォーキング。ちょっとした生活用品の買い物の必要があっただけです。そして、午後の一時を、昨日は、たっぷりと「電脳紙芝居」制作に当てたのです。たまたま、CNNトルコでの情報集めの最中、「暖かくなりました、カルス」「すっかり飾られました」なんて記事に出会い、カルスの郊外の放牧風景、お花畑風景が画像何枚かで紹介するものを見つけてしまったもので、それらの画像を取り込み、「電脳紙芝居」に活用しようと画策。Dの画像と組み合わせた合成画像を作るのに、かなり時間を割いてしまい、遅々として進まない。細かなアニメーションを入れると、順番が判らなくなり、せっかく作りかけたものの一部をチャラにしてやり直すことが2回。もう、かなりの量になっている、特にアニメーションを入れ過ぎているために、ファイルが重くなっているからかもしれないけれど、でも、黄紺の操作が未熟なのか、どうも動きがスムーズでない。どうやら、後者の方で、気が付くと、アニメーションを入れる順番を、ミスから消しているものが出てきてしまっているために、せっかくうまく進んでいた箇所にも変調がと、もう、パニクってしまったのが悪く、気が付くと、かけた時間のわりには進んでいないことに気が付いたものだから、制作に使う時間と決めていた時間を、軽くオーヴァー。その結果が、夕方のウォーキングに、夜の時間にしわ寄せ。昨日は月曜日だから、YouTubeの米朝事務所公式チャンネルで【㊙ワールドニュース】がある日なのにと思っても、後の祭り。でも、上手い具合に進むものです。幸か不幸か、夕方収集のヒュリエット紙によるトルコのコロナ情報が少なく、そこで、調整できました。マッチの情報は、朝に収集してましたから、トルコのサッカー情報の方は、さらりと収集できましたからね、これもラッキーな点でした。おかげさまで、アーカイブの方でですが、無事に、昨夜の内に、毎週お楽しみの【㊙ワールドニュース】も観ることできました。
 実は、「電脳紙芝居」の制作を急いだのは、公開日が決まっただけではなく、今週の予定を眺めると、わりかし詰まっていて窮屈になっているのです。それで、これはヤバいぞと思ってしまっていたのが根底にあったのです。オンライン配信でのお楽しみもある、生落語を聴く日もあり、コンサートまで行く予定が入ってしまっているのです。考えてみれば、トルコのコロナ情報が集中したこともあり、最近、あまりYouTubeで動画を観てないなの実感あります。あれも観てない、これも観てないと、簡単に思い浮かびます。考えてみれば、巣ごもり生活で、「窮屈な時間を送ってます」と言えるのは、ま、有難いことかなと、慰めているところです。


2021年 4月 19日(月)午前 7時 56分

 昨日も、お出かけなしの一日だったのですが、前日に続き、オンライン配信での講演会を聴くことができました。これで、この週末は、金曜日のライヴでの講演会を合わせると、3日連続で、市民向け公開講演会を聴くことができました。昨日は、午前中の配信だったため、金曜日のときと同様、普段の生活のリズムを崩さねばならないのが痛いところ。朝から押さえたトルコのコロナ情報、収集は終えることができていたのですが、その中身の掌握までには至らず、半分ほどは、それが終わってから。でも、さほど、大きな変化が起きなかったのは、ラッキーでした。で、講演会ですが、京エコロジーセンターが「開館19周年記念イベント」として行った講演会でした。題して、「持続可能な社会を創る~アフターコロナの視点から~」、講師は、国立研究開発法人国立環境研究所社会システム領域領域長の亀山康子さんでした。こちらの講演会、すっかり、コロナ時代に対応、会場に出かけても良し、オンラインでも良し、講師は、昨日の場合は筑波から参加というものでした。黄紺は、朝が早くなければ、出かけて行ってもいいのですが、やはり、午前10時開演となると、時間の節約を考え、毎度、オンラインでの参加となっています。講演の内容は4本立て、①気候変動の現状②気候変動への対応と日本社会③わたしたちにできること:持続可能な社会の構築④質疑応答。亀山さんは、冒頭。参加者に中学生も混じっているということで、①②は、中学生にも解るようにとの前置き。でも、最後まで通して聴いてみて、③も同水準の内容で、且つ、中学生向けと言われたお話も、それで、黄紺には十分有難い内容で、総じて、とっても解りやすいお話に終始しました。①②では、その前置きが活かされていたという材料が使われていました。これは、黄紺的には初見の資料で、また、それが、とっても解りやすく作られていたもので、有難かった。アメリカのゴア元副大統領は、この気候変動に大きな関心を寄せているということは、どこかで聞いた記憶があるのですが、その関心を、具体的な活動で見せてくれています。ここで、使われた資料というのは、そのゴア元副大統領のチームが作った啓蒙用の資料だったのです。正直、使っている画像や映像、解りやすい、正直、お金もかかっている。その中で気になったことで、メモっておいたことを、ここに転記しておきます。①では、海水温上昇は、北極や南極の氷が解けるからだけ起こるのではなく、温度が上がることで起こる海水の膨張も原因となる(言われて初めて気づくうつけさです)、気温上昇で、穀物生産が落ちるのは、だろうなと思うのですが、「栄養素も落ちる」という情報は、新鮮、「消えつつある」と聞くチャド湖の干上がって行く様子を、空中写真で見せていただけました、永久凍土消えつつあることで、地中に閉じ込められていたメタンが出て来る、このことを映像で見せていただけました、もちろん、ゴアのチームの作った映像でですが、叢がふわふわになっている映像は衝撃的です。②では、「1.5度目標」のトピック、アメリカは、とにかく、トランプからバイデンに替わり、ホッと一息、2030年目標を出すだろうとのこと、排出量は、そのアメリカが横ばい、EUが減に入っている、やはり、問題は中国、後追いしそうなのがインド、日本は、東日本大震災で、削減傾向がイレギュラーになり、2013年が排出のピーク、2030年目標を、そのピーク時の「26%減」に置いたが、2019年で「19%減」まで進んでいるので、もっと減らせる、日本は住宅の改善で遅れている、いくら省エネの空調で発展しても、家の断熱効果がダメ(正に黄紺宅がいい例です)、減らす方法 脱炭素化、省エネ、節エネ、森林保全&CO2以外の温室効果ガス対策(メタン、フロン)。③他の環境問題とセットして考える、「プラネタリーバウンダリー」というもの、有名と言われていましたが、初めて知りました、気候変動が他の環境問題の原因になっている、例えば、乾燥・高熱が、森林の劣化、森林火災に繋がり、洪水を防ぐために、堤防を作り、そのために自然破壊が起こり、土地のない日本は、メガソーラー設置のために、森林伐採が起こっている、再生エネルギーの進展は蓄電池増が求められ、結果として鉱物資源の需要増を呼んでいる、各国の取組としては、イギリス市民会議、アメリカのトランプ政権時に州知事独自の動き、日本では、自治体炭酸ガス排出減宣言、ここでも、京都市や横浜市の名前が先駆的都市として上がっていました④「海の酸性化」について質問があり、カルシウムが溶け、貝類がダメになると答えられていました。お話を聴きながら取ったメモからのチョイス、でも、自分の書いたメモで、既に、読み直して解らない箇所が数件、しっかりと理解できてないまま、また、メモに、うまく転換できてなくて、解らなくなっているのだと思います。こうやって振り返ってみると、わりかし、知っているトピックが多かったのかなと思いながら聴いていたつもりですが、とんでもないですね。気候変動のお話を聴くたびに、いつも思うこと、イマジネーションの大切さの再確認、「そこまでイマジネーション拡がらないよ」と、毎度、思ってしまうのです。未知の領域だからこそ、このイマジネーションって大事なはずですよね。昨日も、同様でした。この先、どうなって行くのでしょうね、先を見届けたいな、SDGsの話題も、当然出てきてましたから、そちらと併せて、そう思ってしまいます。ま、無理でしょうが、、、、。
 昼前の時間を、このオンライン配信に割いたため、いつものウォーキングはミニに。仕方ありません。夕方は通常通りだったのですが、昨日は、寒かった。スマホに出て来る気温表示を見て、余計に寒くなってしまいました。タイツを出し、真冬並みに着込んでのウォーキング。冬物はしまいこんだので、なんとか春物の重ね着をめいっぱいして乗り切りました。午後の一時は、トルコのコロナ情報の残り半分ほどと、「電脳紙芝居」の制作。夕方、息子から電話があり、ちょろっとだけ、DとSとお話。「電脳紙芝居」の公開が、今週の土曜日と決まりました。あと少し、頑張って、作りましょう!


2021年 4月 18日(日)午前 7時 38分

 昨日は、朝から雨、かなり、雨脚は強かった。屋内で、外の雨音を聞いただけで、鬱陶しくなるほど。この頃、よく雨が降ります。こういった強い雨が降ると、ホント、嫌になってしまう。特に、昨日のようにお出かけなしだと、鬱陶しさが増します。とにかく、午前中のウォーキングは断念。雨音を聞いただけで、こりゃだめの感覚。傘さしウォーキングに出かける気にもならなかった。おまけに、冷える。起きた頃は、さほど寒さを感じなかったけれど、昼間になっても、ほぼ、そのままじゃなかったかな? でも、この機会とばかりに、制作中の、Dに見せる「電脳紙芝居」作りに頑張りました。この週末には間に合わないけれど、1週間先だと、間に合いそうな雰囲気。昼過ぎまで、これを、やっちゃいました。黄紺のPCには、古臭いソフトしか入ってないから、そして、何年も触ってないソフトを使うため、思い出すのにも時間がかかるので、とにかく、時間がかかる、時間はかけても不可という結果が出ることもあり~ので、なかなか、大変。でも、終盤近くまでできました。
 昨日は、そないなことをしながら、午後は、オンライン配信での講演会を聴く日でもありました。同志社大学一神教学際研究センター主催の公開講演会があったのです。弟から知らされて、初めて存在を知った講演会、舞台は、もろにトルコ。題して、「赤い河の畔のヒッタイト都市」というもので、(公財)中近東文化センター附属アナトリア考古学研究所研究員&トルコ共和国アーヒー・エヴラン大学准教授の松村公仁さんでした。黄紺は、ボアズキョイに残る、ヒッタイト王国の都跡には行ったことがあるのですが、このお話は、それ以外の、ヒッタイト関連遺跡として注目のビュクリュカレ遺跡の発掘調査結果をレポ-トしていただけるというものでした。場所は、クルクカレの近くだから、中央アナトリアということになります。ボアズキョイからすると、南方にあたるヒッタイト遺跡。かなり大きな都市遺跡、その発掘調査中のレポートです。掘らなくても、地中に隠れている遺跡の姿が判るのですね。ですから、掘ったところ、そこから出て来るもの、そして、磁気調査で調べた未発掘のところを合わせても、かなり大きな都市遺跡だということが判ります。この遺跡の傍らに赤い河が流れています。鉄分が溶け込んでいるから赤いそうですが、その河の狭くなった傍らに遺跡があることから、渡河ポイントに造られた都市だということは明らか、実際、出土するもの、それは、植物、動物といった、食べたものと考えられるものも含めて、この地では産出しないものが含まれていることからも、この都市が、立地点を活かして、交易で栄えたことが判るというもので、また、そういった立地のため、ヒッタイトだけではなく、何層も遺跡が重なっていることから、当然、放射性炭素年代判定法で、時期が判りますから、この地が、様々な民族が来ては、また消えて行ったのでしょう。中には、火災を示す(磁気が強くなるそうです)跡もあり、そこから想像できるのは、戦いの痕跡。そういったポイントで、ヒッタイトを基準にして観ると、それ以前にいたアナトリアの土着の民の遺跡がある。その上にヒッタイトがある。その出土品、例えば、赤色土器などは、ヒッタイトでも出て来る、言語にも、随分と、ハッティ語(土着民の言語)が混じっている。ガラス製品出土も看られる。今のように、ガラスというと透明だという感覚は、もっと後の時代のもので、同じ材料を使い、表面には彩色して使われていた時代のガラスが出て来る。これって、別に珍しいトピックではないけど、この紀元前2千年紀のアナトリア中央部に出て来ると、当時、北メソポタミアで栄えたフリ文化の影響を看ることができたり、北メソポタミアと言えば、当時、ミタンニ王国があったわけですから、そういった地域との交易、交流が盛んだったことが判って来るようです。また、地下室を作る文化は、北のボアズキョイで観られている、祭祀跡を確認できる排水溝のようなものが出てきているそうで、その箇所からは、西アナトリアで生まれたと考えられているルヴィ語で書かれた象形文字が大量に出てきており、この地域との交易、交流を伺わせると、正に、様々な文化の寄り合い所帯のような、要するにごちゃ混ぜ文化遺跡だというのです。で、それが、ヒッタイト帝国だったのではないかと考えられてきていると言われていました。これは、目から鱗。「ヒッタイトは、よく判らない帝国だ」「本当に、ヒッタイトなんてものがあったのか」なんてことを耳にしたことがあります。これだったのですね、実態が。ごちゃ混ぜがヒッタイトだとすれば、そういった言説、納得です。これが解っただけでも、大成果を残す講演となりました。当地には、日本の支援でミュゼができているとか。各国の様々な分野の研究者が分担をしながら解明に当たる姿も垣間見える、一大プロジェクトです。ここが判ると、いろいろと興味あることの解明が進むはずです。なんせ、ヒッタイトはエジプトまで攻め入ったこともある大勢力になる時期があります。そのヒッタイトとは何だったのか? 印欧語族の展開にも影響が出てくるかもしれません。鉄の使用も、既に、アナトリアであったことも、お話の中で、ちょこっとだけ出されていました。ヒッタイトの滅亡にも謎が多いと言います。後半期の様子が判って来れば、アナトリアの歴史に変化が出てくるかもしれません。この辺りの歴史って、歴史全体からして、かなり重みを持っていますから、興味津々ってところです。


2021年 4月 17日(土)午前 6時 35分

 昨日は、5日ぶりのお出かけ、しかも、朝の8時半辺りで出かけねばならない。この朝のお出かけは久しぶりなものだから、ちょっと緊張。すっかり、同じリズムで、1日が続くものだから、こういったイレギュラーな時間設定になると、緊張というか、ストレスというか、そんなものを感じてしまいます。それまでに、朝の定番となっている作業を済まさねばならないということが付いてきますからね。うまい具合に、いつもより早めに起床。おかげで、若干の余裕を持って出かけることができました。まだ、この時間帯は、朝のラッシュの名残のようなものがあるところへ、コロナ禍のためか、後ろにずらして、通勤なり通学をしているようで、以前に比べて混んでるんじゃないかな。それも、緊張、ストレス。ホント、この1年で、人アレルギーが進みました。ちょっとした距離に敏感になってしまっています。で、お出かけ先はアスニー京都。昨日は、こちらで、「アスニー特別講演会」がありました。コロナ禍のなか、対策を施して、事業を精選して、こうしたイベントを続けてくれている、有り難い話です。「With コロナ」を地で行ってくれてるってところかな。昨日の講演会は、「裏面より見た平安王朝―平安京の真実―」という演題で、京都歴史資料館館長/京都市埋蔵文化財研究所理事長/京都産業大学名誉教授の井上満郎さんのお話がありました。ところが、これが、とんでもないことに、、、! だって、2ヶ月ほど前だったかな、こちらで聴いた講演と瓜二つ。演題、講師、これを眺めた段階で、気が付かなかった黄紺がおバカでした。主催者は違ったと思いますが、会場は同じ、募集はアスニー京都のHPで案内で、同じ内容、やっちゃ、まずいやろというやつです。早良親王ネタから「平安京」という呼称、華麗な平安京の和歌、それから一転する「宇治拾遺物語」「御伽草子」といった説話集を使った、街の実態。うんこ話が続きます。めっちゃおもしろいのだけど、同じ話を2度出されては、戸惑うばかり。こういったときに限って、居眠りが出ない。そんなで、久しぶりのお出かけが、とんでもないことになってしまいました。
 アスニー京都への往復は、これまた定番で、ウォーキングを兼ねている。帰りは、自宅最寄駅から1つ手前の駅で降り、マートに迂回してというコースを採ると、いつものウォーキング歩数の3/4ほどは、こなしてしまっている。時には、それだけで、1日のウォーキングをおしまいにしたこともあったけれど、最近、閉塞感があって、ずっと、PCに向っているという感じがしているので、何か物足りなさが残り、昨日は、夕方のウォーキングを敢行。ちょっとミニだったけれど、ひたすらフルに近いミニ。これで、かなり、すっきりしました。
 短かったのですが、午後の一時も確保。と言っても、朝のお出かけがあったものですから、トルコのコロナ情報を拾えてはいたのですが、さすがに時間がなくて、読み切れなかったものを読み、そのあとは、「電脳紙芝居」の制作に。パワーポイントにアニメーションを入れたり、音入れをするものだから、相変わらず遅々たる進行。「怪獣が出て来る直前」「出て来たところ、真っ暗画面へ」「Sがいなくなった」、この場面を作ることができました。ここから、Dをトルコに飛ばさねばならなかったけれど、また、それは、今日以後の作業となりました。


2021年 4月 16日(金)午前 6時 19分

 昨日も、お出かけなしの一日。トルコのコロナ情報収集に、かなり追われてしまっています。そのため、他にも影響が出るほどに。せわしなく、時間が足らないという日になってしまいました。そういった日こそ、ウォーキングが大事と、こちらは外せない、でも、家事も放置できないと、なかなかうまくいきません。結局、午後の一時に、時間を割くことが削られていきます。せっかく、作り始めた「電脳紙芝居」制作が、遅々として進まないのが、なんとも悔しい一日。ま、細かな、根気の要る作業なもので、もとより遅々たる進行が判っているだけに、更に時間が圧縮されると、ストレスがたまるってやつです。他にもしたいことがある。現に、今日も含めて、週末は、お楽しみも用意されているのが見えているので、この圧縮は、ストレスです。そないな一日、朝晩の寒いのもイラつきますね。まだ、暖房が要ります。年々歳々、暖房使用が、後ろまで食い込む。春分を過ぎ、昨日も、夕方のウォーキングをしていて、終わる時間になっても、まだ薄暮状態なもので、「もう、夏至も近い」と思ったのに、夜になると冷え込む。なんか、めっちゃちぐはぐな感じですね。結局、このメモも圧縮です。


2021年 4月 15日(木)午前 7時 34分

 昨日も、お出かけなしの一日。ただ、今日は、ちょっとした計画がありました。午後の時間、繫昌亭昼席のライヴ配信を観ようとの計画です。でも、昨日の朝は、前日の専門家会議を受け、大統領のもと閣議が開かれ、ラマザン月の対策についての発表のある日。まず、その中身から把握しなければならない。トルコのコロナ情報です。単に大統領声明が出るだけではなく、それに付随して、内務省、教育省が、詳細について通達を出す、その反応が、専門家から出る、各県の反応が出る、それに加えて、健康面からに情報が流れるといった具合に、昨日も大部な内容。昨日は、おまけに、週初めに出されるはずの単位人口当たりの感染者数まで、この声明に合わせて出された。ますます、大部なものに。でも、2日連続で、予定していたことを取り消すことに抵抗があったこと、昨日はオンライン配信だから、外に出かけて、関係場所まで行かなくていい、要するに、余計な時間が、一切奪われないということから、繁昌亭昼席を視聴するということを前堤に動くことにしました。おまけに、PCの前に座っている時間が増えそうなので、ウォーキングを欠いてはダメということで、いつものお出かけなしの一日から1つだけ省きました。ウォーキングは歩くだけ、これで行けました。ホット一息、おかげで、1ヶ月ぶりくらいかな、繫昌亭昼席を覗くことができました。
 昨日の繫昌亭昼席をピックアップしたのには、わけがありました。「桂よね吉 第15回繁昌亭大賞受賞記念ウィーク」と銘打たれた特別な興行だったのです。この1週間、よね吉がトリをとり、しかも、ネタ出しまでしている。当初は、大物ゲストが雀三郎という一門の大御所が出る土曜日を希望していたのですが、土曜日には、他の予定が入ったため、中止。やはり、アーカイブに残されて、後から視聴できるとはいえ、寄席はライヴ配信で観ることに越したことはないということで、土曜日を断念、もう1つの配信日である昨日を選んだというわけでした。で、その番組は、次のようになりました。染八「軽業」、二乗「阿弥陀池」、恭瓶「癇癪」、Mr.オクチ「コメディマジック」、松喬「月に群雲」、(中入り)、<記念口上=よね吉、恭瓶、松喬、花丸、司会:二乗>、花丸「狸の鯉」、よね吉「幸助餅」。記念の昼席は、トリが噺家を選べると聞きます。前座は、順番もあるのでお任せだったかもしれませんが、2番手からは、これは、よね吉自身、二乗以外について言ってましたが、正に選んだ顔ぶれ。恭瓶は九州繋がり、松喬は、先代と師吉朝が懇意にしていた間柄、「ちりとてちん」関係で、染丸からネタをもらったりしている(幸助餅自体がそう)ことで林家からということで花丸、それと、二乗は、これは、以前から聞き知っていたのですが、二乗が入門する際、よね吉から深いアドヴァイスを受けた間柄ですので、何ら、個人的な繋がりがあると看ています。口上の司会を頼むというのも、そういった関係があるからということでしょう。そんなで、わりと珍しい顔合わせになったのじゃないかな。トップの染八は、最早、前座にするには、貫禄が出てしまっています。この10年ほどに、随分と大きくなったものです。安定の「軽業」を、お時間に合わせた刈り込みで、ばっちり。二乗は、「癪の合薬」ではありませんでした。密かに、期待するという、マゾの気分にもなっていたのですが、そういったときに外すのが二乗らしい。二乗の「阿弥陀池」、聴いたことあります。定番の連続的ボケが出るところ、そのままするのが照れくさいのかなぁ、いじってしまったため、可笑しさが減退、前にもそう思って聴いていたことを思い出しました。ちょっと人に合わないネタを選んだな、これも、前に感じたことでした。恭瓶は、何と、師匠鶴瓶の私落語を披露してくれました。恭瓶からすると、大師匠の6代目が主人公となる噺です。私落語を受け継ぐなら、これしかできないでしょうし、この噺だけは、6代目を知らない人が喋ると変でしょうから、ぎりぎり、鶴瓶直系だけができる、そういった特権を活かしたなの印象。それに思い至ったことがヒットだと思いました。恭瓶落語最高の口演じゃなかったかな、知っている人を描く、知っているからこそデフォルメできる、そういった特権が生きている口演、花◎だと思います。松喬は、小佐田センセの傑作を出してくれました。盗人ネタが得意な松喬を念頭に置かれて書かれたネタ、大好きなネタで、でも、なかなか遭遇できない、久しぶりの遭遇となり、バンザ~イ、でした。口上は、めっちゃ、まとも。恭瓶の名前が出て来ない二乗、松喬に、自身の紹介の仕方を突っ込まれる二乗、らしさが出ていたのが、一番、笑えました。花丸は、位置を考えてのネタ。「狸の鯉」は、花丸の口演では初めてです。お喋りはもちろん、目線一つとっても、身体のちょっとしたこなしをとっても、何から何まで、上手い! そういった口演も注目だったのですが、1年間、生花丸を観てなかったもので、おつむの進化の激しさに、びっくり。好青年も、いつのまにか変異を遂げてしまっています。そして、「幸助餅」。何回も書いてきましたが、講談で聴いても、落語で聴いても、好きになれないネタ。幸助というキャラが、どうしても嫌なのです。ダメ人間過ぎる、気が付くの、遅いやろと思ってしまうのです。ところが、このよね吉の口演で、幸助を、今までで、一番嫌にはならなかったのです。筋立ては同じですから、ダメ人間に変わりはないのですが、今まで感じていたほどには嫌にはならなかったのです。そういった意味で、「幸助餅」一番の口演だと思えました。新町で、2人が遭遇する場面、刈り入れをしていたかもしれません。雷の態度の大きさを強調したからかもしれません。幸助のダメさを、ガツンと、短的に描いてしまったのが大きかったのじゃないかな? そうなると、よね吉の技量が冴えわたります。「演じている」ということが消えます、それだけ、聴いているものを、噺の世界に没入させる力を、この口演は持っていました。正に、大賞に相応しい高座だったですね。終演時に、番組が画面に出され、思わずうなってしまいました、「いい番組!」とも呟いてしまったいました。大満足のライヴ配信でした。


2021年 4月 14日(水)午前 7時 43分

 昨日は、予定としては、歴彩館に行き、講演を聴くことにしていた日。まん防が出ているため、実施されるか不安だったため、日曜日に京都コンサートホールに行った帰り道、同館に寄り、実施の有無を確認までしていたのですが、中止しました、自分的に。わけは簡単、トルコのコロナ情報を集めたところ、昨日の朝には、専門家会議が開かれたあと、保健省長官の会見があり、その報道を掴めたからです。ラマザン前に開かれた会議ということで、ラマザン月を想定した大部な見通しが出るだろうということで、かなり覚悟をしていたのですが、それが大当たり。いつもなら、格式ばった講釈を立てる長官、今回の場合は、感染拡大がめっちゃ進むトルコで、その余裕を見せず、データをふんだんに出し、状況を伝えるということをしたため、メモることが多すぎて、早々に、歴彩館行きは断念。午後の一時の多くも食いつぶされてしまいました。もちろん、午後の一時は、この長官の会見ではなく、一つ、こういった会見が入ると、それ関連の報道が流れるものですから、簡単には看過できないものが多い日となったわけでした。専門家会議は、状況分析が主たる仕事で、対策といった政治的判断を伴うものは、その専門家会議を受けて行われる閣議で決められます。それが、昨日行われ、これを書いたあと、CNNトルコのサイトで確認することになります。これも、ラマザン月用に大部な変更が出ると思われ、今日も、かなり覚悟の要るトルコのコロナ情報確認作業です。
 トルコの感染拡大は、もはや爆発的なもので、ここまでの感染拡大のなかでも最大のものですね。原因は、いろいろと探られているようですが、1つに変異株の蔓延、クラシックな株を、完全に凌駕していることを、長官はデータで示してくれました。感染力が高いということです。2つ目に、日本でもそうですが、国民の意識がだれてしまっているという点。1年も続いているわけで、もたない人でいっぱいというやつです。外出禁止となっていても、食料品を手に入れるは出ることができますから、「買いに出ている」という口実で外出、イスタンブルの一部地域では、人が溢れていたりするようです。週末の外出禁止が解かれると、元の木阿弥状態。日本で、そんなに守られていないけれど、緊急事態宣言が解かれると、それを口実に旅行に出かける人が出るのと、大差ありません。なかには、外出禁止期間は、友人たちとホテルで過ごし、外に出られない分、ホテル内で大騒ぎをするとか、抜け道を探す輩も。ラマザンでは、イフタールとサフルでの会食が気になります。特に、イフタールは、時間的に集まりやすいので、密が気になります。その時間に合わせて、帰宅を急ぐ人で、密が生じます。集団での会食が、この時期の習慣、テントが張られ、そこでの振る舞いが行われる、密です。密を防ぐためには、こういった習慣を止めに行かねばならない、「去年もそうだった、今年も、、、!」、だれていきます。「ワクチン接種は、どうなってるんだ」という声が聞こえてきそうです。そのワクチンですが、長官から接種率が出ました。医療従事者の接種率80%台、65歳以上の人たちの接種率は70%強、これは、何を意味しているのか? ワクチンを忌避する人は、ある程度います、でも、こんなに多いわけではない。となると、コロナのワクチンに対する拒否となると、2つ考えられますね。急ぎ過ぎる承認&実行、中国製だという点でしょうね。日本では、中国製が、1つのレッテル化していますが、トルコでもそのようです。「不活化ワクチン」だからというのが、保健省長官からの説明で、自らが、第1号接種者となってまで示しても、拒否反応が、国民の間にあるのでしょうか? 今、トルコでは、シノヴァック社製のものだけではなく、ビオンテック社製ワクチンも接種が始まっています。人気が、こちらに偏っているという報道がありましたが、なんせ保管の大変なワクチンですから、限られたポイントでしか接種を受けられないという、国内格差が生まれてきています。そないなことも接種率に関わっているかもしれません。ワクチン拒否的なことに原因を求めることとは別に、接種予約の問題があると思います。日本は、この点でも踏み切れなかった、IT後進国を露呈してしまいましたが、トルコでは、ネット予約になっています。これがネックになっていることが考えられます。予約に必要性を理解できない人、そのシステムを知らない人、PCやスマホ操作のできない人、彼らには、周りの人の支援を求めていますが、これが、どの程度行き届いているのか、これが問題ですね。これができれば、日本、何やってんだと言い切れるのですが。さて、日本でも、ワクチン接種が始まりました。NHKの報道では、離島での接種が取り上げられていました。トルコと同じことやってるので、思わず、おいおいと突っ込んでしまいました。「雪のなか」「こんな山奥まで」「車も行けない集落へ」、それを、「ドローンで撮るな」と突っ込んだ映像は、オランダの放送局が取り上げたというので、トルコ大喜びと、同じスタンスです。それで、初日が千件余、なめてます。
 午後の一時は、無理やり作り出した感じで、ちょっとだけ、紙芝居制作。片手間でしていると、いつまでかかるか判らない代物です。これも、デスクワークなもので、雨空なのに、昨日は、頑張って、ウォーキングの時間は、しっかりと確保。目が疲れ、肩がこりこりなもので、これは大事と、ウォーキングだけは譲らず、時間を確保。夕方のウォーキングの半分ほどは、傘さしウォーキングにはなりましたが、普段同様の時間、歩数は確保できて、こちらは成功。でも、もっと時間が欲しい、ホント、欲しい。


2021年 4月 13日(火)午前 7時 41分

 昨日は、お出かけなしの一日。いつものように流れたようで、ちょっとだけ、普段と違った時間が流れました。流れ的には同じなんだけど、使い方に、ちょっとした変化が出たってことです。いつもは、午後の一時は、オペラ配信なり、YouTube配信といった動画を観ることが、普段の時間の使い方ですが、昨日は、パワーポイントを使い、Dに見せる紙芝居を作ってみました。数日前から、ちょっとした時間を使っては始めてはいたことなのですが、結構、時間を食うものだから、遅々として作業が進まないものだから、これから、しばらくは、これに集中しようかなと考えています。パワーポイントを使ったのって、もう5年はやってなかったから、使い方を思い出すことから始めねばならなかったため、余計な時間が経ったのでしょうが、アニメーションで音入れ、自由な軌跡を、キャラ画像に描かせたり、BGMをリンクさせることも思い出しました。あとは、画像が替わっていくときのセンス、ちょっとした文字を入れるときのセンスが、どれだけ戻るかで、出来が決まって来ると思っています。物語はできています、頭の中で。「Dが旅に出る」「Sが追いかけて来る」「2人で旅をすることになる」「そこへ怪獣が現れSをさらっていく」「怪獣は世の中から光を奪い真っ暗にするというキャラ」「怪獣が何やら落としていく」「それはナザールボンジュ」「そこでトルコに飛ぶD」「トルコでナザールボンジュを見せながら探すD」「ナザールボンジュに書かれている文字に仕掛けがある」「カルスに行くと何かが判るとなっている」「カルスに飛ぶD」「カルス城から助けを呼ぶSの声」「カルス城に上がって行くD」「待ち構える怪獣との対決」「真っ暗のなかの対決」「Ⅾは武器のけん玉を投げる」「けん玉が当たった瞬間、Sを抱くパパの姿がチラッと見える」「パパが怪獣だったかと戸惑うD」「もう1回、けん玉を投げる」「同じことが起こり泣き始めるD」「そこへ、パパがDをせかす声」「朝、なかなか起きようとしないDを起こすパパ」「ようやく全てを知るⅮ」。ちょっと自慢のストーリー。でも、長い、まだ、ほんの入口、SがDを追いかけてきたところまでしかできていない。めっちゃ、時間がかかります。でも、アニメーション入れないとおもしろくないし、、、。2つの画像を組み合わせて動かすとなると、目の前がくらくらしてくる、どれとどれを組合すのか、順序をどうするのか、どのタイミングで動かすのか、、、面倒なことをやり始めたものですが、でも、作ってやりたいのです。息子家族全員出演というのがミソの紙芝居です。
 昼前のウォーキング、ポカポカが戻ってきたので、もう日陰を求めて休憩&読書。「バーゼル美術散歩」的な本、なかなか難解だけど、おもしろい。セバスティアン・ブラントで、また、みっともない失念。彼はストラスブール生まれで、ストラスブールで大半を過ごしたようですが、ヒット作「阿呆船」は、バーゼルで出版したそうで、完全にバーゼル繋がりでの登場となりました。バーゼルが15世紀末辺りでは、かなり出版の中心的な存在だったようですね。となると、「阿呆船」の挿絵の大半を描いたデューラーも来てなきゃ、おかしい。20歳そこそこの、このニュルンベルク出身の男は、バーゼルにやって来てたそうです。これで、バーゼルに集う文化人が2人も増えました。そう言えば、ニーチェも、バーゼルでしたよね。また、増えた。そんなで、この本は、なかなか含蓄があります。最近、美術本を読みたい願望が高まってきているんだけど、あまり持ってないなだなぁ。いつの時代も、美術本は、お値段が高いと相場は決まっているので、手が出なかったのでしょう。さりとて、また、新たに買うと、溜まるばかりだから、それはなしですからね。表現主義辺りの20世紀ものの知識を増やしてみたいという、これは、かなり強い願望はあるのですが、、、。





進む メイン・ページ 戻る