忙中閑あるかな? 黄紺の日々


トルコのこと、キプロスのこと、こんなことを主に、日々思うこと。ときどき、韓国のこと、 日本のことも混じるかも? 仕事に忙しくっても、頭のなかは、トルコのこと、キプロスのこと考えてる。 頭のなかは、いたって長閑。それが、、、、、、

黄紺、なのさ。



2010年 5月 10日(月)午後 11時 49分

 今日は、昼頃から雨、それとともに気温は降下。何か引っ掛けてないと寒いくらい。でも、出掛けには、そないなものを持たないで出たものですから、肌寒いなか、繁昌亭に行ってまいりました。今夜は、繁昌亭で「第21回育っちゃったらくご!」があったので、外すわけにはいかないのです。ロビーに入ると、お遍路帰りの南湖さんが、常連さんとしゃべってたので、ちょっと私も、無事の帰還を祝福しました。今日の番組は、三金「あぶない理髪師」、南湖「美しきタトゥー(出世の纏)」、遊方「彫刻の腕」、あやめ「植木屋ムスコ」、(中入り)、三風「下町の散髪屋さん」、たま「景清」というものでした。「散髪屋さん」特集ということで、それにちなんだもの、更に、技術・芸術へと敷衍化したネタが、今日は並びますた。月曜日だから、関係の仕事をされている人が聴きに気安かろうという趣旨だそうです。三金のネタは、三枝作品。ただ、三枝作品にしては、小ぶりな印象。夫婦喧嘩ばかりをしている散髪屋に、町内の嫌われ者を行かせ、あぶない目に遭わせようというもの。ちょっと筋の運びに強引さがあります。南湖は、題名を変えて、古典を演じました。遊方は、やはり飛んでます。美術展に展示されている作品の腕を折った男が接着剤を買いに走って行ってる間に、折れた腕が、本体の横に置いてある姿を見て、素晴らしい芸術作品と看た男は、腕が折れてあることを良しとし、また、その作品の製作者は、折れた腕に驚き、この男も接着剤でくっつけようとする。その三者が、腕をくっつけたり、また折ったりを繰り返すというドタバタ噺。二者ではなく、三者が入り乱れるとしたことが、成功のカギ。ただ、遊方の口演は、途中でごちゃついてしまい、大変惜しいことに、なってしまいました。あやめもさすがに、懐が深く、いろんなアイデアが出てきます。題名は、古典落語「植木屋娘」を連想させますが、内容は、一切関係なく、題名だけのパクリ。それを、予め断ってからネタに入りました。植木屋の名家に生まれた息子が、家業に関心を示さず、美容師になったため、母親が、知り合いの女に頼んで、息子の働いている美容院に行かせて、難癖をつけさせ、さて、息子は、どういう反応を示したでしょうかという噺。遊方とあやめのネタが、甲乙付けがたいおもしろさでした。三風のネタは、もう3回目くらい。そんなにいい印象を持ってなかった作品。断髪式に向かう相撲とりの、この商店街での思い出とかを、きっちりと描いていないとダメですね。あとからの断髪式に現れる人や、その話が、あまりに唐突過ぎます。断髪式での司会が、葬儀屋さんというのでは、小春日団治の「職業病」を連想させるので、バットしません。とまた、このネタに対する不満を書いてしまいましたが、何度もかけている内に、だいぶとくすぐりがきれいに入るようになっていおり、今日のが、一番聴きやすかったことも事実です。問題作は、たまの「景清」。もう噺が変わっています。「景清」と題名をすること自体、抵抗を感じてしまいます。母親の目が、定次郎の目にするなら、もっと母と定次郎のエピソードを入れなくっちゃと思います。元来、落語的な荒唐無稽さがある噺ですが、たまの改変は、親子関係で閉じてしまい、噺自体が、落語的じゃなくなり、小さくなってしまったという印象でした。




2010年 5月 10日(月)午前 2時 10分

  大阪府枚方市(10)写真集

 今日は、午後から仕事の日でした。週3日勤務になっても、情け容赦なく日曜出勤が入ってきます。今日は、それが午後からでしたので、午前中にウォーキングを行いました。前々から計画を立てていた枚方の山田池方向を、「御殿山」駅を起点に実行に移しました。詳細なコースは、次のようになりました。京阪「御殿山」駅〜大阪府水道部磯島取水場〜枚方市民病院〜明倫小学校〜百済王神社・百済寺跡公園〜桜丘北小学校〜大阪府水道局村野浄水場〜韓国家庭料理店「えん」〜池之宮4丁目東交差点〜山田池公園〜JR学研都市線「藤阪」駅。ところが、今日は、大失態を演じてしまいました。午後からの仕事はわかっており、その開始時刻もわかっておりながら、タイムスケジュールの組み方を間違ってしまったのです。この1年で4回目です。今日を含めて内3回が、1時間遅い計画を立て、内1回が、その逆で、1時間早い計画を立て、実際に行動に移しました。いずも同じパターンで、次の予定開始時刻はわかってるのだが、1時間狂ってしまうのです。だいたいそういうときは、ゆとりがあり、お出かけまでに時間つぶしなんかをしていて、間違った予定に忠実に動いていたが、途中で気がつくのです。それも、たいがいウォーキングの終わりかげんに。今日は、山田池に着き、トイレから出てきて時計を見ると、ありえない時間をさしているのです。それまで、散々時計を見て、時間の経過を確認しておきながら、間違いに気がついたのは、あと20分余になってから。慌てて「藤阪」駅に急ぎました。山田池に行きながら、美しそうな公園を、ゆっくり眺めることもせず、引き上げねばならないという情けないことでした。ですから、今日のウォーキングは、2時間弱です。時間間違いをしてなくても、上記のコースは変わらないはずです。山田池公園の中を歩いて、なんせ広いところですから、たっぷりと歩いてから「藤阪」駅に向かうだけという、その直前に気がついただけですから。最初、「御殿山」駅から、まっすぐに枚方市民病院方向に向かわず、淀川方向にも足を向けたりしています。また、枚方市民病院から、出屋敷方向に直進する道をとらず、百済王神社方向に道を取り、山田池方向へは、結果的に迂回したことになっていますから、最短コースを取ると、もっと山田池周辺を散策し、「長尾」駅方向に出ることも可能かなと思っています。もちろん2時間のコ−スとしてですが。そないな意味で、これから幾つか試みるに足るコースかなと思っているということです。




2010年 5月 8日(土)午後 11時 9分

  大阪市遊歩(53)写真集

 今日は、朝からGWを思い出させるいいお天気。久しぶりのウォーキング敢行です。今日も、午後には落語会などを予定していましたので、あとの移動を考えてのコース設定です。一応、方向としては、「天満橋」から南下、「寺田町」を目指し、そのあとは、「東部市場」「平野」方向へ行けるところまで行き、時間のかかり方を睨みながら、あとは調整するというものでした。詳細なコースは、次のようになりました。京阪「天満橋」駅〜大手前病院〜大阪城・大阪府庁〜難波宮跡〜清水谷高校〜宝蔵院〜仏心寺〜東高津公園〜小橋町交差点・インド料理店「インドタイガー」〜大阪市立天王寺図書館〜大阪警察病院〜壽法寺(もみぢ寺)〜関帝廟〜久保神社〜河堀稲生神社〜JR環状線「寺田町」駅〜生野本通商店街〜生野八坂神社〜都橋〜神子橋〜大阪市東部中央卸売市場〜JR関西線「東部市場」駅。今日はいい天気でしたので、このコースの前半は、とってもいいところ。思わず大阪城の中に入ってみようかなの気分になりました。難波宮跡から南は、大阪であって大阪でない大阪カテドラルより一つ西の筋を南下。やっぱり一つ東の方が、若干いいですね。上本町を越えるためには、小橋町交差点を通り、再び西へ移動。今日は、これが大ヒット。偶然、もみぢ寺の横を通ったのです。もみぢ寺の場所を知らなかったものですから、この偶然に大感謝。墓地に入ると、お寺の関係者の方がおられ、噺家さんのお墓を教えてくださいました。歴代松鶴は固まってあり、7代目(松葉)だけ、そのすぐ左隣に。歴代文三、文吾、木鶴、そして、一番奥の「翁」の墓名入りが、三遊亭円馬だと聞かされ、まさかこんなに有名噺家さんのお墓が一堂に介していることに、大感動でした。もう、今日は、これだけで、今日は十分です。寺田町駅辺りで、残り30分ほどになりましたので、終点のチョイスは、「東部市場」か「美章園」となりましたが、大回りになる「東部市場」を選び、ジャスト2時間に近いコースとなりました。
 「東部市場」駅から天王寺乗り換えで、新今宮に移動。午後の行き先は、動楽亭でした。こちらでは、月初めから10日間、毎月「動楽亭寄席」という定席が行われています。今日、初めて行くことになりました。1回は行っておかないとの気持ちで、他の行き先も考えたのですが、今日は、こちらをチョイスしたというわけです。昨日、米二の会で、GW中は、100人を超える客が詰めかけ、その後も、まだ余韻が残ってるかのようなことを言ってましたが、今日は土曜日だというのに、約20人と激減してました。米二なんか、一人で呼べる客は、こないなものじゃありませんから、GWの反動なんでしょうね。そうば「うなぎ屋」、佐ん吉「おごろもち盗人」、わかば「米揚げいかき」、米二「猫の忠信」、(中入り)、宗助「ちしゃ医者」、米輔「宿替え」というものでした。そうばは、繁昌亭の「ざこば一門会」で下ろしたもの。序盤の「梅干し」のくだりは、よく省かれるもの。そんなのも、きっちり入れながらやってくれるので、原型を学べるということでありがたいですね。佐ん吉と、あとで出てきた宗助は、恐らくこれだろうなと思うネタ。聴き慣れているために、ふっと気が抜けてしまい、佐ん吉の口演では、完全に、中ほどから吹っ飛んでしまいました。ちょうどウォーキング疲れが出たということもあるのでしょうが。わかばは不勉強のそしりを受けながらも、相変わらずのネタ。まさか「米揚げいかき」まで戻るとは思わなかったなぁ。最後、失敗するところはカットする変形の「米揚げいかき」でした。とここまで、だいぶと落胆気味。それを一層してくれたのが、米二。やっぱ、この人、へんこだわぁ。20人なんて客の前で、「猫の忠信」なんだから。繁昌亭での定番の「天狗裁き」か「替り目」「始末の極意」で下りちゃうんだろうと思ってたら、これ。大ネタをきっちりと正攻法でやるんですもの。ただ、一つ気になったのは、次郎吉が、稽古屋の中にいる男を、「常吉に似ている男」と言っていること。なかなか難しいところで、変な告げ口をしてごめんなさいの気持ちで、そう言う場合もあるのですが、今日の口演では、そこまで伺えなかったようにも思えました。宗助は、ネタに一、二カ所、ちょっと意外なくすぐりを入れるようになり、それが楽しみになってきていますが、今日もきっちりと期待に応えてくれました。赤壁周庵先生が、普段の宗助テイストじゃない濃〜い味付けで楽しませてくれました。そして、トリの米輔、「宿替え」でした。引っ越した家で、釘を打つ直前から始め、下げまでというハーフヴァージョン。隣の家へ行った男が関係のないことをまくし立てる聴かせどころで、本日第二波のうとうと。ちょっと体調不十分の動楽亭でした。
 動楽亭での会がはねると、動物園前から難波に移動。千日前のネットカフェで、約50分の時間調整。そして、夜は、心斎橋シネマートで、韓国映画「クロッシング」を観ました。夜の上映は、客が激減してしまうのが常の韓国映画にも拘わらず、今夜は、びっくりの入り。「クロッシング」は、北から南へ越えることを意味するはずだから、きっと政治的な問題を、エンターテイメント化するという作品かなというくらいの予備知識で、映画館に行ったため、これは、きっとスリルとサスペンスに富んだ映画なんだろう、年輩者以外の入りがあるから、こないな集客力を持っているのだ、こいつはおもしろい映画なんだと思った私は、なんておバカだったのでしょう。ストーリーは、いたって単純。北で厳しい生活を送っている夫婦と一人の息子の運命がたどられる映画です。結核の特効薬が、北では手に入らないため、危険を犯しながら中国に密入国する父親。だが、せっかく稼いだ金をなくしてしまったことから、金になると思い込み、脱北をしてしまい、韓国に着いてしまうが、金にもならないうえ、北にも戻れなくなってしまう。そなうなことをしてしまってる内に、妻は亡くなり、息子は路上生活をしているうちに、父親を追いかけて、中国密入国を企て捕まり、収容所に放り込まれてしまう。そこで父親は、韓国で働いて金を貯め、息子を、その筋に頼み、脱北をさせ、韓国に呼び寄せようとします。父親が脱北したときは、瀋陽のドイツ領事館に駆け込みましたが、息子の場合は、中国からモンゴルへの脱出です。とっても映画的になっちゃいます。要するに、この映画は、父親と息子が再会できるかに収斂して行っているので、引っ張るのです。領事館駆け込みは、瞬間的に結果が出ますが、こちらは砂漠の中を歩くので、引っ張るわ引っ張るわ、でした。ここにしか収斂しない映画であることが、だいぶと前から解ります。そこへ持って行くのを退屈させないで、合理的展開であるかが、客を退屈させないでもたせる腕の見せ所のはずです、金を取って、エンターテイメントを提供するならです。引っ張ろうかなの意図が見えると引いていきます。




2010年 5月 7日(金)午後 11時 13分

 昨日は、さすがにプチ旅行疲れが出てしまいました。仕事が終わると、家に直行。そして、あえなくダウン。十分に睡眠を取っても、まだ体がしゃんとしない今日一日でした。そして、朝から雨、気温も、平年並みに下がりました。GWのさかなとは、全然違います。今日は、ちょっとした所要があり、ウォーキングをする時間をとれませんでした。雨も強かったので、できなくて正解でした。午後からは、繁昌亭の昼席、夜も落語会と、久しぶりの上方落語づけの一日でした。繁昌亭、今日のお目当ては、中トリの可朝。その番組は、ぽんぽ娘「半分垢」、瓶二「親子酒」、珍念「二人癖」、渡辺あきら「ジャグリング」、福車「代書屋」、可朝「狸賽」、(中入り)、シンデレラ・エキスプレス「漫才」、千橘「夢八」、笑丸「湯屋番」、福団治「薮入り」というものでした。ぽんぽ娘は、徐々にネタを増やしてます。「半分垢」も、初遭遇でした。東京弁のままですが、噺になってきています。たいしたものです。瓶二は、初めてです。普段、東京を本拠地にしてますからね。自分の吐血体験をマクラで披露して、さっとネタに入りました。わりかし普通の噺家さんです。ネタは、浅草で聴いたのと同様、父親が酔っているところへ息子が帰ってくるという最短ヴァージョン。珍念スペシャルのラップ調落語、これの良さを解らない方が 悪いと、自分的には思っています。「代書屋」を聴いて、ここでもまた、浅草を思い出していました。権太楼の「代書屋」は良かったと。可朝は、肩すかしの「狸賽」。刈り込んでいるというより、細かく飛ぶので、ちょっとしたスリルがありました。今日は、千橘が、わりかし良かったなの印象。テンポとかが合わなくて、ときとして間延びすら感じさせてしまう人なのですが、確かに、今日もそのような場面もあったのですが、後半のドタバタぶりは、必見必聴の内容でした。ご飯を食べるところと、冒頭のやりとりを刈り込めば、すっごいいい「夢八」になるのにと思うのですが、なかなかそうならないのですねぇ。笑丸は、若旦那のキャラを作り過ぎています。番台での一人芝居になっちゃう噺ですから、それが、ずっと続いてしまいます。テンポがいいのでもったいないです。福団治の「薮入り」は、結構当たってんじゃないかなぁ。しっとりと聴かせていたはずなのに、えらくくすぐりが増えた感じがしました。噺の腰を折るほどと書きたくなります。噺は、子どもを風呂に送り出し、それを見送るところまで。ま、時間の関係で致し方ないことですね。色物では、渡辺あきらが初遭遇。指先で球を操る芸が新鮮でした。終わったのが、4時10分、外に出ると、嘘のように空は晴れ上がっていました。
 南森町から日本橋に移動。文楽劇場で前売り券を買ったりして、いつものネットカフェへ。1時間20分近い時間調整。この時間を利用して、トルコ・サッカーの最新情報漁りです。そして、夜はワッハの7階です。こちらでの落語会が激減したために、久しぶりでした。今日は、こちらで「第19回桂米二MINAMI出張所」があったのです。米二の会は、最近とんとご無沙汰。今日は、珍しいネタが並んだものですから、見逃すわけにはいきませんでした。その番組は、さん都「軽業講釈」、米二「四人ぐせ」、紅雀「さかさま盗人」、米二「百人坊主」というものでした。「軽業講釈」は、最近、さん都がネタ下ろしをしたもの。珍しいネタの一つです。講釈に磨きがかかっています。それは歓迎すべきことなのですが、このネタをするには、声量が欲しいですね。前回に聴いた第一感が、これでしたが、今回も同様でした。「四人ぐせ」は、普段しない噺と、米二。確かに、米二がネタ出しをしているのがないわけではないけどなという雰囲気。でも、仕草が入り分かりやすいので、学校寄席で、よく取り上げるそうだ。一方で、プログラムに「師匠から直接ネタ付けをされたのは、私しかいないはず」という自信作。米二のいいところは、癖をやり続けてくれること。「さかさま盗人」と「仏師屋盗人」は同じ? 「さかさま盗人」は大工だったけど。あっけらかんと明るい噺、また演じ方が可能な噺は、紅雀に向いてますね。いいネタを手に入れたものです。「百人坊主」は、長いということがあるからでしょうか、手がける人の少ない噺。でも、東京じゃ「大山詣り」ですから、そんなでもありません。噺の展開に意外性があり、どのような展開になるか、前のめり的に関心を引き出す語り手としては、米二は打って付けの噺家です。




2010年 5月 5日(水)午後 11時 16分

5月1日(土)

 朝8時22分の新幹線に乗って、予定より1時間早く、新横浜に到着。GWなので、時間が遅くなるにつれ、新幹線が混むのではと思い、早めに起きていたので、さっさと横浜入りしたのです。新横浜で時間つぶしをすのは難しいわ。ならばと、さっさとスタジアム入り。1日目の午後は、横浜の日産スタジアムで、Jリーグの試合観戦です。このスタジアムは、2度目。かつてのイメージと違い、トラックの部分が、めちゃくちゃ広く感じてしまいました。ゴールラインより僅かにゴール裏寄りだったので、ますます捕らえどころのない広さを感じてしまいました。今日は、マリノスとジュビロの試合。川崎のフロンターレの試合もそそられたのですが、試合開始時間の関係で、こちらを選んだ次第です。まあ、中村俊輔も復帰したことだし、不満があるわけではありません。試合は、ジュビロの方が優勢に進めていたっていう感じ。マリノスは、カウンターっぽい。すると、チャンスがめぐってくるけれど、細かくボールを回すと、ジュビロに囲まれてしまうというところかな。ジュビロは、ボールを取ると、単純だから速い攻め。後半25分過ぎくらいから、ジュビロは疲れたのかな、マリノスの時間になり、ここで取らないと、マリノスは点が入らないかもと思ってたら、きっちり左センタリングに合わせたふわっとしたヘディングシュートが、ゴールとなり、これが決勝点でした。チケットを買うとき、日差しの方向なんか分からずに買ったら、ずっと日陰。今日の日陰は、ちょっと寒かった。風があったしね。
 サッカーのあとは、一転して、クラシックのコンサート。いろいろと探していて、主だったものは、GWを避けている気配。その中で見つけたのが、読売日本交響楽団の新常任指揮者シルヴァン・カンブルランの就任披露コンサート。場所が、待望のサントリー・ホールだという ことで飛びつきました。まだ行ったこと、なかったのです。一見して、ヨーロッパの雰囲気、造りが揃っているというやつで、1階と2階が、別々になっており、もぎりの方も、別々に控えている。2階のもぎりの人がいる場所が、階段への上がり口。ロビーも、ホールへの入口ドアに面したスペースだけというのも、そのまんまですね。外に出て、インターバルの時間を楽しむ人がいるのも、基本的にロビーのスペースに余裕がないなんてのも、そっくり。中のスペースも、大阪のシンフォニーホールを見慣れている者からすると、明らかに小ぶり。この広くないというところに、贅沢さを感じます。色調は、テレビなどで観て想像していたよりも、かなり明るい。もっとシックな感じがしていたのにと、これは肩すかしを食った感じを持ちました。肝心のプログラムは、バルトークの「二つの映像op.10 」、モーツァルトの41番のシンフォニー、要するに「ジュピター」、ストラビンスキーの「春の祭典」というものでした。バルトークの曲は、全然知らない曲。一つ目は叙情的で、二つ目の曲は、よく解らなかったです。二つ目のモーツァルトが、なかなかの曲者。とっても統率のある演奏で、ドイツ風の骨格のしっかりした演奏というものではなく、色鮮やかな演奏というわけでもなく、軽やかさを持ちつつ、全編、そのコンセプトで作られているわけでもないのです。でも、しっかりと統率の取れたものなのです。何度も聴いてみるかというと、そうとはならない演奏なのです。パステルカラーに彩色しようとして、しきってない、そないな表現で、自分の感じたものを伝えきれてるとは思えないですが、表現のしようがなくて。「春の祭典」も、とっても統率のとれた演奏であることは認めるのですが、いわゆる躍動感という、内側からほとばしるエネルギーを、最後まで感じられませんでした、残念ながら。この曲は、超絶技巧のリズムが展開します。二拍子と三拍子が交互に現れたり、不規則に交代したり、それが、この曲に生命を吹き込んでいます。指揮者が、それを、どのように指示を与えていくのかも、大きな関心事でした。ルヴァン・カンブルランは、その複雑なリズムを指示するときは、やはり体全体で表現し、手では指示を出していませんでした。規則的に、二つのリズムが交代するところでは、違った二つのリズムの切れ目に指示を出していました。帰りは、新橋ではなく、目黒に出て権之助坂をうろうろ。目蒲線の目黒駅は、すっかり模様変え。地下鉄と相互乗り入れするなんて、40年前には考えられもしなかったこと。今や、地下鉄で、日吉直通なんてのが出ているんですね。へぇ〜としか言いようがありませんでした。

5月2日(日)

 大井町という、これまた懐かしいところに泊まっているものですから、昔の「田園都市線」に乗り、懐かしい「大岡山」から「洗足」まで歩いてみました。そして、写真に収めておきました、懐かしいスポットを。ですが、10年ほど前にはあった家はなくなり、お隣の敷地と一緒になり、新しい建物に変わっていました。午後のコンサートまで、少し時間があったので、月島に回ってみました。佃島です。朝ドラでも、2年ほど前に、ここが舞台になるのを放映していました。だからでしょうね、「もんじゃ焼き」屋だらけ。自分的には、落語「佃祭」の舞台ということで、今回、足を運んでみることにしました。かつて東京に住んだことがあるにも拘わらず、いわゆる下町散策を怠ったために、このあたりを、全然知らなかったのです。築地本願寺を覗いて、あとの移動を考えて、「築地市場」駅までの散策。ここいら辺りまで来ると、様子を了解している黄紺なのです。そして、「両国」経由で、「上野」へ。午後は、東京文化会館小ホールであった「デァナ・ヨッフェ・リサイタル」に行ってまいりました。完全に、こちらの小ホールは、35年ぶりです。35年余前に、何を、最後に聴いたかまで覚えています。ちょっと音は固く響くけど、室内楽を聴くには、とってもいい雰囲気のホールだと思っています。今日のプログラムは、次のようなものでした。前半が、バッハの2番のパルティータと、ベートーベンの「月光」。後半が、お得意のショパンで、ノクターンを2曲、マズルカを3つ、最後に、4番のバラードでした。ディナ・ヨッフェという人のいいところは、タッチの素晴らしさですね。なんか触れているのかいないのかと思わせる高音の美しさは代え難いものを感じました。そっと撫でるというところまでもいかないタッチから、甘くて、ソフトで煌びやかな音が出ます。パルティータの一曲目なんて、どぎまぎしてしまうほど。その美しい高音に、残念ながら、中音以下は、普通の響きになってしまう、そういった居心地の悪さも感じました。月光や、ショパンのノクターンっていうのは、そないな感じで、そっけなく通り過ぎました。単なる音の流れではない何かを感じることになったのは、マズルカで。独特のリズムに乗り、聴いていて楽しいんですね、これが。こういった内面から浮かび上がるものを、音楽自体に感じ、そして、自分自身が共感できたのは、ここででした。ディナ・ヨッフェ自身も、自信があるのでしょうね、アンコール4曲全部が、マズルカでした。最後のバラードで、バランスの良さ、曲想への没頭という激しい感情移入を見た感じがしたのですが、ショパンの音の広がりとか、ふっと気を変えるような短いフェルマータが欲しいな。でも、最高に高音の美しさが生きていたのは、この曲かな。1時間半で終わるのではと思っていたこのコンサートですが、アンコール4曲で、1時間50分かかるコンサートとなりました。
 「上野」から、地下鉄で「田原町」に移動。夜の部は、浅草演芸ホールにまいりました。夜の部のトリが、小三治で、途中に、権太楼なんかが出るということで飛びついたものです。浅草演芸ホールは、昼夜入れ替えなしですので、到着したら、昼の部が終わってなくとも入るつもりで行ったのですが、まだ、昼の部が続いている段階で、チケット売り場にストップがかかり、発売を待つ人が列を作っていました。既に、夜の部目当ての客が相当数入り、中に入れることができる状態ではないということでした。黄紺は、幸い、1階の端っこの席をゲットでき、事なきをえましたが、一時は、かなりの座れない客が、後ろや横に立っていました。で、今日の番組は、次のようになりました。はな平「たらちね」、ろべえ「鈴ヶ森」、三之助「転失気」、ぺぺ桜井「ギター漫談」、〆治「親子酒」、文生「うだうだ」、ロケット団「漫才」、権太楼「代書屋」、さん吉「うだうだ」、小満ん「お花半七」、(中入り)、燕路「キセル」、花鳥世津子「マジック」、はん治「背中で泣いてる唐獅子牡丹」、文楽「権兵衛狸」、ホームラン「漫才」、歌之介「政界うだうだ」、和楽社中「曲芸」、小三治「長家の花見」というものでした。小三治は、まさかの「長家の花見」。だって、桜の季節なんてのは、東京では終わってんだもの。でも、下げまで、きっちりとやってくれました。今日は、マクラから、俳句ないしは川柳で、花のあるものを選りすぐっていましたから、ネタは、決めてから登場したんじゃないかと想像しています。大家さんの安定感が一貫しているのがいいなと思いました。権太楼は、こちらも、なんとと付けたい「代書屋」、米団治作品を、浅草で、権太楼からとは、ネタの力は凄いですね。もちろん、権太楼が、いや東京移入後の検討 で、徹底的ないちびり男に仕上がったんでしょうね。そういった変化は、それはそれで楽しめるものです。また、そのいちびりキャラが、権太楼に合ってるし、また、うまい。もう一つ、上方ネタが出ました。はん治の「唐獅子牡丹」です。言わずとしれた三枝作品です。このネタが、東京でかかっているということは知らなかったわけではないのですが、浅草で、三枝作品が、原型のままで演じられていました。 はん治っていう人も、ちょっとハスキーで、角刈りでと、ネタを彷彿とさせます。大変な受けようです。小三治の前に、和楽社中が出て、いい色変わりの役目を果たしましたが、実は、そこは、色変わり2連発になっていたのです。「政界うだうだ」と、上に書いた歌之介が、その色変わり。要するに漫談で降りるということだったのですが、この人のキャラは、印象に残ったなぁ。若さがあり、口調が甘えん坊風、聴いていて、この噺家さん、上方キャラやでぇと思ってしまいました。内容は、政治家を、様々に揶揄していく内容なんだけど、べたなものも含め、客を、ヒーヒー言わせていました。番組も、分かった上でのものと看ました。ちゃんとした落語を聴いてみたいものです。小満んが、中トリで、「お花半七」とは嬉しい選択。帰りが遅くなった二人が、おじきの家に泊めてもらい、雷の音で、お花が半七にしがみついたところで、「さて、このあとどうなるのか、この二人」なんて言って降りました。最高の緊張と緩和。場内、悲鳴とともに大爆笑、これ、いいっすねぇ。振り返ってみると、前とか後ろとか、出番に関係なく、時間の割り振りが同じようになされているのに、ちょっとびっくりでした。ですから、前座も、マクラを振ったりでき、ネタも、そこそこやってました。また、冒頭の二人が、しっかりしてました。はな平は、「たらちね」なんてやってる場合じゃないっていう噺家さんだったし、ろべえ(喜多八の弟子)なんて、三三そっくり、風貌も喋りっぷりも。三之助は、交替出演の相棒の一人が、一琴だから、もう三人目から真打ちの出番なんですね。文生は、川柳の代演。ラッキーと思ったら、漫談でしたが、内容的には、志ん生話なんかが出てきたので、許しましょう。さん吉(72歳)の漫談も、爽やかな毒舌で、○です。談志をこき下ろすでもなく、むしろ諌めるような感じで、批判的な内容は、耳がダンボでした。横道にそれたときに、福笑の「今日の料理」を絶賛してました。続けてくれと思ったのですが、簡単に、話さそれていきました。色もんは、多士多才、さすが東京です。ぺぺ桜井を知ってるのは、かつての波多野精一を知ってる気分です。「禁じられた遊び」を、ギターで弾きながら、演歌を歌う、最高です。ロケット団の、話がくるくる変わるネタもおもしろかったし、ホームランも、年季を感じるんだけど、若々しい展開が気に入ったし、花鳥世津子のマジックも、なんか朝太郎を思い出しながら見てました。たいそうなマジックをするわけではないけど惹かれてしまうというやつですが、朝太郎と違うのは、かなりカードについて研鑽を積んだ人だなという感じです。終演時間は、9時10分、トリの小三治は、舞台に、39分いたことになります。これは贅沢だよなと思うと、満足感でいっぱいでした。帰りは、「田原町」から「神田」経由で「大井町」へという、目黒時代と同じ帰路となりました。

5月3日(月)

 東京3日目。朝から、懐かしい場所その2として、田町界隈を歩いてみました。もう、かなり変わっているということは判っていましたので、よく歩いた道を辿るということになりました。お気に入りの喫茶店は、残っていたのですが、今回は、完全消滅。でも、40年前からそのままという喫茶店発見に、ちょっと感激。森永のパーラーのドリアがうまかったのにと思い出しながら、田町をあとにし、センチメンタル・ジャーニーの第3スポット、神田古本屋街に向かいました。今回は、「お茶の水」駅のニコライ堂側からの散策でした。ただ、少し時間があるかなと思い、これまた行ったことのない湯島聖堂と神田神社に行きました。湯島神社まで行くと、さすが方向転換になるかと思い、神保町に向かったのでした。神田も、久しぶりです。半分ほどが、祝日のため閉まってましたが、これは織り込み済み。九段下方向の方が、開けている店が、目につきました。しかし、北沢書店は立派になったものです。そして、いよいよ午後の部です。初めて行く「浅草木馬亭」、浪曲の定席を聴きに行きました。場所は、昨日行った「浅草演芸ホール」の近く。今回の東京は、下町づいています。今日は、こちらで、5月定席が開かれていたのです。番組は、玉川太福(玉川みね子)「大浦兼武」、鳳舞衣子(伊丹あきら)「八重」、太田ももこ(沢村豊子)「明暗舞台」、神田紅葉「大岡政談〜白子屋政談・お常の悪だくみ〜」、大利根勝子(玉川みね子)「妻多重と数右衛門」、(中入り)、国本武春(沢村豊子)「紺屋高尾」、東家浦太郎(伊丹あきら)「野狐三次」というものでした。玉川太福は、福太郎の6番弟子。「大浦兼武」は、田舎から出てきて警官を務めた男が、岩倉卿の目に止まり、出世をする話。「八重」は、「太閤記」もので、藤吉郎が、前田犬千代の結婚相手を嫁にする話。ここまでの二人は、ちょっと節が不安定で、聴きにくいところが、少しありました。「明暗舞台」は、歌舞伎の名優の舞台を見に来た監視のための警官が、舞台に感動し、声をかけたために、免職になり、ついには菊五郎の家に強盗に入るという、かなり無理筋のネタ。太田ももこで、急にグレード上昇。「白子屋」は、「髪結新三」。13話の内の第12話だと言ってました。「妻多重と数右衛門」は、「赤穂義士伝銘々伝」の「不破数右衛門」の内、妻の死に至る話。「高尾」は、おなじみの話。国本武春は、「赤穂義士」を用意していたらしいのですが、出てしまったので、得意ネタを出したみたいですが、これが、素晴らしい出来栄え。節と言い、演出と言い、最高水準の芸を披露してくれました。後ろにいた常連さんが、始まる前に、近くにいた人に、「次はおもしろいよ」と声をかけていましたが、正に、その通りでした。繊細な表現を自在にできるため、くさめの演出で、客を楽しませ楽しませ、尽くしてくれます。トリの「野狐三次」は、婚礼の席を抜け出したお糸が、江戸にいる三次の元へ行こうという途中、従者に裏切られ、また、そのお糸を助けた年寄りに命を狙われるという部分。だが、命を狙った年寄りが、実は、三次の育ての親だったということが判り、二人で江戸に向かうところまでの話でした。ま、典型的ないいとこ取りということで、浪曲らしいネタです。浦太郎は、二代目。襲名してから15年だそうです。ワッハのライブラリーで、ちょろっとだけ聴いたことのある浦太郎は、先代になるみたいです。当代は、いい声をしてますが、ちょっとスケールが小さいかなぁ。ネタが終わったあと、CD化している唄、これからするかもしれない唄を、3曲披露してくれました。「野狐三次」「曽根崎心中」「清水次郎長」ものでした。
 浪曲が終わると、地下鉄都営線を使って、浅草から両国に移動。夜は、お江戸両国亭であった円楽党による「両国寄席」です。東京の定席に出られない円楽党が、月の前半を、こちらで、一門以外から若干の助演を得て開催している寄席です。黄紺も、一度はと、かねてから狙っていた寄席です。ま、それが、今回実現できたというわけです。今夜の番組は、次のようなものでした。鳳笑「転失気」、きつつき「からぬけ」、吉幸「真田小僧」、世之介「天狗裁き」、京楽「あくびの稽古」、喜八楽「鮫講釈」、(中入り)、竜楽「荒茶」、春風亭美由紀「女道楽」、栄楽「ねずみ」。鳳笑は、番組表には載ってない前座。言葉と顔の表情が合ってないの、なんとかならないかなぁ。きつつきは、マクラと小咄で下りました。「からぬけ」というのは、出口に書かれていた題名です。吉幸「真田小僧」を聴いていて、三弥を、ものすごく見直してしまいました。同じネタを聴いて、技術で乗り越えられるもの、乗り越えらないもの、その両方で、三弥は上回ってる、両方で乗り越えられにくいものを、三弥に感じてしまいました。「天狗裁き」は、このように書いていいのか分かりません。天狗は出てきません。代官に処刑されてしまうという展開。そして、そこで起こされてしまいます。世之介、起こすところまで、この日一番の出来栄え。どうして、そのあと引っ張ってしまったのでしょうか。すこんと落とせるのに落とさない、惜しいと思うと同時に、なんて、センスが悪いんだろうと思ってしまいました。京楽の笑顔ってなんなんだと思ったら引きました。様々なあくびをして見せないのには、×印。しかも、実際に、あくびをする場面も、賛成できないな。長閑に、この世離れをした雰囲気がないと、ありえない噺にはならないと思うのですが。「鮫講釈」は、上方の「兵庫船」。問答は短め、仕掛ける男は、大阪弁。但し、喜八楽の大阪弁は、大阪弁になってないのが、つらいっすね。狙われたのが、講釈師の設定。最後に講談をと読み続け、釈台を叩くと、船が動く。鮫は、蒲鉾屋の職人かと思ったというのが、落ち。竜楽の「荒茶」が、今日一番の笑い声。講釈ネタですが、上方でもネタにしている噺家さんもいるし、元は誰からかはわからないのですが、落語にはうってつけな内容ですが、有名人が出てくるというのは、なんか合わないですね。竜楽は、2度目の遭遇。春風亭美由紀は花柳界出身なのかな。話している内容で、そないなことを考えてしまいました。とってもいい声に堪能。最後は、奴さんを踊ってくれました。そして、トリの栄楽。語り口は、違和感なくすんなり入ってくるんだけど、独特の間をとる人で、それが、のべつ繰り返されるものですから、徐々に、次の台詞を探してるのではと思ってしまうようになっちゃいました。それに加えて、途中でごちゃごちゃしてしまいました。肝心なところが飛んだり、気が付いて、なんとかしようとして、なんともならなかったりで、ネタを知らなければ、よく分からない部 分が出てきたと思います。要するに、ねずみ屋の主人が追い出されたわけを語る大切な部分で、そないなことが起こっていました。全体的に、B級落語会の雰囲気だったですね。

5月4日(火)

 東京4日目。徐々に、東京に住んでいた昔と同じような感じになってきています。今日は、横浜からスタートです。午後に「横浜にぎわい座」で、落語会に行くものですから、ならば、午前中は横浜を歩こうじゃないかと考えたわけです。横浜の中心部を散策するなんて、40年ぶりです。まるまる1年間、横浜に、日々向かっていたにも拘わらず、横浜の中心部っていうのは、ほとんど足を踏み入れたことがなかったのです。今日は、まずJR「桜木町」駅からスタートして、横浜美術館に行きました。「ポンペイ展」なんてのをやってたもので行ったのですが、開館時間を間違ってて、30分ちょっと、入口で待つことになりました。でも、開館時間を過ぎてからやってきたら、黄紺のことだったら、止めたでしょうね、入るのを。大変な人出でした。数は多くないので、正味35分で見終わりました。常設展も見てから、次は、神奈川県立歴史博物館へ。ただ、特別展で「彩色立面図に見る日本の近代建築 −銀行・オフィスビルから邸宅まで−」をしていたので入ってしまい、時間的に厳しくなり、駆け足で回ることになりました。機会かあれば、再度、常設展は来なきゃと思っています。そして、横浜へ行った本番、「横浜にぎわい座」です。「桜木町」駅からすぐですから、便利なところに、寄席小屋ができたものです。今日の午後は、こちらで「柳亭市馬独演会」があったのです。今回は、狙いの落語会が揃い、ホント充実しています。番組は、市也「狸の恩返し」、マグナム小林「ヴァイオリン漫談」、市馬「堪忍袋」、(中入り)、東京太・ゆめ子「漫才」、市馬「茶の湯」というものでした。市也の「狸の恩返し」は、「狸賽」と同じ始まり方をして、恩返しをする内容が異なります。賽ではなく、お金に化けます。あまりにもストレート過ぎて、聴いていて引き気味でした。マグナム小林は、元立川流の噺家さん。ヴァイオリンで、いろいろな音を出す芸が一つ。コンビニのドア音、行司の声、新幹線の音などを出します。もう一つは、タップを踏みながらヴァイオリンを弾きます。なかなかユニークな芸で、今回、新たに知った芸人さんです。もう一つの色もんの漫才は、東京太が、ホントにボケてるんじゃないかと思えるような芸風で、前半を引っ張って行きます。夫婦漫才だそうですが、一見しては、そうは見えなかったなぁ。東京太は、夫婦漫才をする前は、誰かと組んでいたはずと思うのですが、思い出せません。肝心の市馬ですが、ネタ出しをしていたので、チケットを買う前から判っており、そのため、噺としては、下世話なものが並んだので、一瞬ためらったもの。ですが、聴き終わってみると、「堪忍袋」は、黄紺の知る市馬の中では、ベストです。台詞回しの上手さ、目の位置どり、体のちょっとした向き、いずれをとっても、引き込まれてしまいました。袋を縫いながら、亭主にきつい言葉かけるところが真骨頂。「茶の湯」もいい出来栄えで、市馬ベストには名を上げるネタだと思います。隠居している老主人の落ち着きの一方で見せる、小さなわがままのような物言いがはまっています。相手は、定吉ですから、そないに威張り散らすと変ですし、借家住まいの人らに威張り散らしでもって、それは変ですしと、その辺を、市馬は心得ていているのが、よく分かります。定吉も、結構気のいく子どもですが、やっぱり子どもの知恵、それに満足している隠居もおかしい。まさに「市馬独演会」です。市馬のいいところが、十二分に出た会でした。
 「桜木町」から京浜東北線一本で、「御徒町」まで移動。ちょうど50分くらい。夜は、ゴールデンウィーク特別興行として「権太楼噺爆笑十夜」と銘打たれている「上野鈴本」に行ってまいりました。大変な豪華メンバーを集めた番組作り。その番組は、小菊「俗曲」、甚語楼「寄合酒」、喜多八「いかけ屋」、歌之介「転失気」、ホームラン「漫才」、菊之丞「元犬」、小三治「二人旅」、(中入り)、和楽社中「太神楽曲芸」、扇遊「人形買い」、ダーク広和「マジック」、権太楼「抜け雀」というものでした。まず、びっくりしたのは、前座なしで始まり、しかも、トップが色物という番組編成。実利を重んじる鈴本ならではというのは、うがった見方? 落語に入ると、春団治ネタが二つ続いたのに、またびっくり。「寄合酒」には、鯛のくだりは、全然出てきません。角の乾物物屋が、肴集めのターゲットになるというもの。火種を入れない話も出てきませんでした。「いかけ屋」は、春団治風演出が出てくるかと思うと、うなぎ屋の困るところまで。歌之介は、今日も、マクラ集かと思わせるおもしろ話を連発したあと、今日も出た「転失気」。前座がいないと、このクラスでもやっちゃうんですね。菊之丞は、控えめなしゃべり方で、おかしいことを発するというのが、繁昌亭で聴いたときの印象。だけど、やっぱ、アウェーとホームでは違いますね。客席とのいけいけの気合いで、高座を務めていました。「元犬」は、犬の時代に可愛がってくれたとかいう人物は登場してきません。これでもかこれでもかと、犬らしい行動をとる主人公。落語とは言え、過剰さが気になり出すと、気が引き出します。小三治は、今日はマクラを短めに、すぐにネタに入りました。「煮売屋」らしいフレーズが入ったりするネタです。ただ、旅をする二人の狙いは酒ですが。春の風景を描写するくだりが入り、「愛宕山」的雰囲気も入ります。和楽社中は、一昨日のメンバーと、和楽、和助は同じですが、小助の替わりに、女性が入ってました。和楽社中は、よく当たるのですが、女性が出てきたのは初めてですが、五階茶碗なんてのを見せてくれました。「人形使い」は、上方では、仁鶴一門しか聴いた経験のないネタ。5月の節句という、時節に合ったネタ選びです。ダーク広和という人、初遭遇でしたが、よく見てないと、何が起こったのか、、、本人さんは、「マニアックなマジック」と言ってましたが、気が付くと、今までに見たことのないネタ。一本の紐を使って、次から次へとおかしなことが起こりました。紐マジックにせよ、後半のカード・マジックにせよ、鈴本のような縦長の小屋では、かなり見にくいのが、玉にきずっていうやつです。そして、お待ちかね権 太楼。ネタ出しをして前売り券を売るというシステムでの興行。ですから、予め「抜け雀」とわかって、我々は行っていました。宿屋の主人がいいですね。ベースに人の良さ、これを漂わせます。女房に怒られ、客にバカ呼ばわりをされても、明るい、明るい。それと、客の侍の身なりがえぐいということを、冒頭の呼び込み風景の描写で、客に解らせます。件の宿屋以外は、相手にしないのです。そして、最強無敵の女房、これは、もう権太楼のお得意のところ。「抜け雀」を、こういったキャラを客の脳裏に染み込ませ、あすこまでの爆笑編に仕上げる噺家さんはいないでしょう。いや〜、堪能しました。

5月5日(水)

 東京5日目、最終日です。今日は、サッカーの日ですが、それは、午後の話。その前に、「新大久保」まで行き、「百人町」のフィールドワーク。異国人街という認識でしたが、違います。鶴橋よりすごいコリアタウンになっています。PCバンなんて看板が、駅を出たところに、でかでかと出ているのに、度肝を抜かれましたし、ヨーロッパによくある、インターネットを使った電話屋さんも、ちらほら。街を歩く人も、中国語を話す人がちらほら。次いで、センチメンタル・ジャーニーの極み、西武新宿線の「中井」駅界隈の散策をして、それから埼玉スタジアムに向かいました。今日の試合は、「浦和vs名古屋」というもので、ちょうど闘莉王が、浦和から名古屋へ移籍後、初めての埼玉での試合であること(実際にはサブメンバーにも入ってなかった)もさりながら、埼玉スタジアムでサッカーを観たいということで、チケットをゲットしてあったのです。「浦和美園」駅には、1時間前に着いておくようにとのコメントが、HPに載っていましたが、正に、その通りでした。スタジアムからは20分くらいかかりますから。コーナーフラッグの後ろになるという、横浜のときと、よく似た位置の席。でも、埼玉の方が、随分と観やすいでした。まあ、それは、ピッチが近い上に、スタンドの傾斜が急なのです。試合は、前半は名古屋のペース、後半は、浦和のペースと、きれいに分かれていました。浦和は、柏木とポンテのチーム、名古屋は、ケネディのチーム、そないな感 じでした。だけど、ともに優勝するにはふさわしいチームかと言われると、なんか頼りないですね。試合終了ですぐ、スタジアムを出て、1時間半もしない内に、銀座に到着できます。今回、南北線に世話になること3度です。東京に住んでたときに、これがあったらと思う路線です。最後に、銀座っていうのは、よくあるパターンですが、今回は、久しぶりの感。おいしいトンカツ屋さんを見つけました。銀座6丁目です。トンカツは、東京に限ります。目黒の某トンカツ屋に匹敵するお味。癖になりそうです。新宿のウナギ屋には、今回行かなかったんで、また次回とは思うのですが、新たにいいお店が増えると、目移りして困ります。なんてことで、GWプチ旅行は終わってしまいました。




2010年 5月 1日(土)午前 5時 16分

  大阪市遊歩(52)写真集

  GWの谷間の日ですが、昨日は勤務日ではありませんから、自分的には、GW真っ只中っていうところです。プチ旅行を、昨日から始めても良かったのですが、それではプチにならない。そして、旅行の計画を立てたときには、まだ、金曜日が勤務日ではないことがはっきりしてなかったのです。そして、金曜日が勤務日でないと判ったときの判断として、これじゃプチじゃなくなり、疲労だけが残ってしまうと思い追加はしなかったのです。そないなことで、昨日は、大阪で遊ぶということになったのですが、昨日は、午後に、先週同様、ワッハのライブラリーを楽しみ、夜は演芸との予定を組みましたので、必然的に、ウォーキングは午前中となりました。コース設定は、変化をもたらしつつ、ワッハのある難波への移動がスムーズなようにと、昨日は、淀屋橋から大正区を目指し、最後は、木津川を東に渡り、大国町、今宮方向に到達できればのコースを考えました。詳細なコースは、次のようになりました。京阪「淀屋橋」駅〜タイ航空〜坐摩神社〜ホテル日航大阪〜あみだ池公園〜大阪市立中央図書館〜地下鉄「西長堀」駅〜日吉橋〜大正橋・大地震両川口碑〜JR環状線「大正」駅〜三軒家交差点〜三軒家公園〜木津川大橋〜北津守小学校〜北津守4中交差点〜今宮工科高校〜花園北交差点〜南海「新今宮」駅。ドーム近辺は、何度も歩いたことはあるのですが、大正橋を、東から西っていう渡り方をしたのは、初めてだと思いますし、大正駅へ、北の方から入ったのも、初めてだと思います。大正橋を渡ったところで、1時間5分経過という感じで、木津川を渡る段で、残り30分を切ってしまいという展開でした。当初は、大正区内では、もう少し大回りができるかと思っていたのですが、今宮方向に行き、難波に出やすくするためには、大回りは無理と判断しらのが、それが正解でした。北津守から東へのコースは、初めて通る道です。とにかく、天気の良い日にウォーキングをするのは、気持ちがいいですね。特に水のある風景が気に入っています。公園などの緑も、春の日差しを受けて、この季節特有の爽やかさを感じさせてくれます。桜の木も、今は新緑をたたえている、実にいい季節です。
 「新今宮」からは、あっけなく難波に到着。昨日も、先週に続いてワッハの資料室へ。ライブラリーの利用です。昨日、試聴したのは、次の映像資料です。@NHK-TV「芸能8時館・師匠今夜は無礼講〜桂小文枝〜」ANHK-TV「東西浪曲選」、春野百合子(曲師:大林静子、琴:小泉玲紫)「藤十郎の恋(菊池寛原作)」、広沢駒蔵(曲師:小池菊江)「水戸黄門漫遊記〜ひょうたん屋の巻〜」B枝雀十八番のおまけ「桂枝雀生誕七十周年記念〜枝雀一門師匠を語る」CNHK-TV「日本の話芸」、枝雀「蔵丁稚」DNHK-TV「夜の指定席〜上方落語花形競演〜」、三枝「寝床」、仁鶴「不動坊」。先週、「文枝」で検索をして、@は見つけておいたもの。先週、同じ番組の「春野百合子」版を観ていたので、引き続きっていう感じで観たのですが、前回ほどおもしろいものではありませんでした。それは、文枝の落語をする時間をたくさん取ったために、証言コーナーが短か過ぎたのです。証言者は、矢倉悦夫(米之助)、いくよ・くるよ、和多田勝、簑谷幸治、文珍、こけ枝、つく枝でした。証言の中では、米之助が本名で出て、入門当時の話をしたのくらいかな、良かったのは。元噺家仲間の和多田勝は、何しに出てきたのでしょうね。なお、落語は「稽古屋」が演じられました。次いで、今日も、浪曲を二つ。今、DVDで観れるものでは、春野百合子ものとしては、最後になったのが、「藤十郎の恋」。近松ものとかを好んで取り上げる春野百合子、市井の話が、とっても格調高く読まれていきます。非常に素晴らしい表現力ですから、近松のむごい話が、よりむごく、より儚く響きます。春野百合子は聴きたいは、話は濃いというおころで、なかなかつらいところです。広沢駒蔵は、全く初の遭遇。ネタ自体の軽妙さに比例する軽妙な語り口かというと、残念ながら物足りない。天龍三郎、京山幸枝若ばりじゃないのが残念。次の二つが、枝雀関連。一つ目は、2009年発売という代物で、直弟子8人が、枝雀邸の稽古部屋に集まり、師匠の思い出話を語るというもので、40分ものに編集されていました。む雀も、椅子に座っての参加でした。兄弟弟子の仲の良さのようなものを感じさせてくれるものになっています。巷間言われていた「食へのこだわり」は、なんか鬼気迫るものを感じますね。天才と狂気、そないな言葉が、頭をかすめます。「蔵丁稚」は、いいっすねぇ。ここまで、人間を丁寧に、しかも過剰じゃない描き方をした「蔵丁稚」っていうのは、黄紺の辞書にはないぞと言いたくなります。「過剰じゃない」と、枝雀に感じるようになってきています。オーバーアクションに目が行き、それが嫌だった今までの黄紺の頭の中で変化が起きてきています。丁寧な人物描写の延長線上にあると思うようになってきているのです。必然なのです、今は。ですから、「愛宕山」のような、大きな動きが、そもそも必要なネタも。、いやそういったネタを率先して聴いてみようと考えています。芝居の部分の表現の繊細さにも、脱帽です。Dのお宝映像に気がついたのも、前回の検索。「人形買い」意外に、仁鶴が、珍品を演じた映像が収蔵されてないかを調べていて、Dを見つけたのです。お目当ては、三枝の古典です。ワッハのライブラリーには、多くの三枝ものが入っていますが、昨日、検索をしてみると、古典では、これだけでした。そして、仁鶴との競演、これはお宝です。口演に先だっては、お互いがお互いを紹介し合うという、そういった演出もされています。「寝床」は、久七が、まとめて報告をするところから始まります。一人一人の都合の悪さはカットです。三枝自身の考えなのか、時間の都合かは、定かではありませんが、この映像では、そうなっていました。そして、とっても、その後は、オーソドックスに進めてくれています。三枝も、丁寧に、場違いになって興ざめになりかねない言葉は、一切挿入しないという心遣いも見せています。ずっと続く強ばった顔の表情さえ気にしなければ、古典の教科書になりそうな出来栄えに、感嘆。一方の仁鶴も、全盛期です。体の動きも軽く、言い回しも軽く、とにかく溌剌としています。そして、「不動坊」の原型は、こんなものだったんだろうなと思わせるあっさり系の言葉が続きます。その辺のところは、米朝ものも聴いてみて、確認をしなければなりません。昨今の「不動坊」は、おいしそうなところを、こってりとするものだから疲れてしまうんだよねと、仁鶴の口演に、かなり拍手を送りたい気分の黄紺なのです。今回、聴こうと思っていた文枝の「菊江仏壇」は、「稽古屋」がわりかし時間を取って演じられたので、次回以降に回しました。先代南陵ものも、「木津勘助」が収蔵されていますので狙っているのですが、時間切れです。これも、次回以降です。また、今回。米之助を見かけたので、検索をしたところ、「兵庫船」が、映像では一つだけあります。これも、次回以降です。
 夜は、徳徳亭です。昨夜は、「流行る兆候の長講 第五講」という会がありました。これは、由瓶と南青という、噺家さんと講釈師さんの会ということで、以前からマークしてあったのですが、お邪魔をしたのは、昨夜が初めてのことです。番組は、由瓶・南青「トーク」、由瓶「胴乱の幸助」、南青「柳田格之進」というもので、長講を銘打つだけのネタ選びでした。「トーク」では、由瓶の引っ越し、再婚にまつわる話が。引っ越し屋さんの猛烈な仕事ぶりに、喋る者、聴く者、ともにびっくりです。「胴乱の幸助」は、全くのネタ下ろし。ネタ下ろしのために、かなりネタ繰りをしたあとが伺えるのですが、あいたいケンカをする二人が、まだ、由瓶の中で、描き切れてないっていう雰囲気。むしろ、中盤の稽古屋、終盤の帯屋の部分は、イメージが固まっているようなんですが、あいたいケンカのイメージが描かれているのか、表現に戸惑っているのか、いずれかは解りませんが、言葉をなぞったっていうところでした。生垂れた男が抜けてませんし、それに突っ込む男も曖昧。由瓶って、シャイなところがるのかなぁ、その辺の思い切りの良さが欲しい感じです。となると、表現への思い切りの問題になりますが。「柳田格之進」に遭遇できるとは、これは、とってもラッキー。南青が下ろしたのは判っていたのですが、なんせ長いですから、簡単には聴けないと思っていたら、呆気なく遭遇できました。このネタは、講談にあるのでしょうか? 場所を大阪にしてましたから、講談にあるのなら、これが原型? 南青の口演を聴いていて、一番気になったのは、事件が、早く起こりすぎるのです。その事件が、話の山ですから、そこへ行きたい気持ちは解るのですが、この話の基礎基本は、柳田と源兵衛の信頼関係だと思ってる黄紺は、そこのところに時間を裂いて欲しいのです。それがないと、この話の連関性が成り立ちません。そこまで思っています。もう一つ気になったのは、番頭の描き方です。確かに、番頭さえいなかったら、ややこしいことは起こらなかったかもしれないので、この話のヒールなわけですが、チンピラではないのです。忠義な男でもあるわけですから、あまりに、げすな小者には描いて欲しくないのです。この二つが修正されれば、南青にとっては、とってもいいネタをゲットしたなと思います。ここぞというときにかけられるネタをゲットしたなの気がします。




2010年 4月 30日(金)午前 7時 4分

 昨日の午前中は、明日からのプチ旅行の準備に、時間を開けておきました。絶好のウォーキング日和ながら、そのために、昨日は、ウォーキングはお休みです。ところが、実は、午後からの予定を、1時間間違っていたために、そないなことをしてしまったのです。このミスさえなければと、あとから振り返ってみると、十分にウォーキングはできたなと思っています。しかも、気づいたのは、電車に乗ってから。何気にチケットを見ると、開演時間と開場時間を間違っていることに気づいたのでした。お出かけの準備をしていたときも、チケットで、時間を確認したはずなのに、こないなミスをやらかしました。ミスに気づいて、もう一度家にUターン。まあ、そないなことをしながら行ったのは、シンフォニーホール。昨日は、マチネーで、マーラーの5番のシンフォニーが出るというので、ちゃっかりと押さえていたのです。このコンサートは、「関西フィルハーモニー管弦楽団第219回定期演奏会」(藤岡幸夫指揮)、プログラムは、前半が、チャイコフスキーの「ロココの主題による変奏曲 作品33(1876年 原典版)」、そして、後半がマーラーというわけです。チャイコフスキーは、チェロのソロが入ります。コンチェルトと考えればいい曲で、若干小ぶりの曲です。昨日のソリストは伊東 裕、現役の高校生で、日本音楽コンクールで一位を獲得した、大変な逸材とのふれ込み。確かに聴いてみて、まず第一音で、びっくり。とっても音が出る。パワー全開という感じではないのに、音が出る。これだけ音が出ると、人一倍表現に幅が出てくるというもの。音色が、明るくて、しっかりしていて、また、これが、なかなかいいのだ。ただ表現力となると、どうでしょうか。聴きながら、30年以上前に聴いたピエール・フルニエによる同じ曲を思い出していました。あのとき、フルニエは、実に軽々、楽しく弾いていたなぁ。こないに音は出てなかったけれど、音色も、ちょっとかすれるようなところもありだったけれどと。マーラーは、冒頭で決まるという部分があります。トランペットのソロを、どれだけ満足して聴けるか、オケのフル稼動のときの、指揮者の呼吸がどうか、それです。黄紺は、昨日のトランペットは×です。音が抜けきらない、抜かそうとする音色が変わり、響きがなくなる替わりに、変なバイブレーションが入るということで×なのです。次に呼吸ですが、ちょっとしたフェルマータなんかで、この葬送行進曲に、様々な思いが出てくるだろうにと思うのですが、まるで人工呼吸器を付けているよう。気を変えるような息づかいを見せてくれませんでした。1楽章、2楽章が、そないな推移をしていたのが、ホルンの移動のために、軽いインターバルを取ったのが関係あるのかないのか、ちょっとマーラーを聴いている雰囲気になってきました。でもな、レントラーからではなという突っ込みも入れたくなりました。まどろみは、苦悩、悲痛、そないなものがあればこそ、引き立つものじゃないのかなと思うのです。弦楽合奏だけのアダージェットで、うとうと気分に。もう少し暖かさが欲しいな、ほっこり気分も八分のところへ、木管が入ると、もう、そこは5楽章。フィナーレの始まりです。昨日は、弦が、とっても頑張ってくれたので、とっても迫力のあるフィナーレになりました。相変わらず、お気に召さなかったのが、トランペットにティンパニーというところでしたが、最後は、超ど迫力で終わりました。オケの配置ですが、ホルンを左奥に、パーカッションを正面一番後ろに、その前に金管を、更にその前に木管というものでした。パーカッションをサイドの奥に起き、金管を正面一番後ろに置くと、ソロトランペットに距離感が出たろうにと思うのですが、すると、自分的には×と書いたのも、そうじゃなくなるのではと考えながら聴いておりました。GWただ中の、しかもマチネーだからでしょうか、大変な入り。関西フィル始まって以来の入場者数を記録したそうです。




2010年 4月 29日(木)午前 0時 3分

  大阪府枚方市(9)〜寝屋川市(21)写真集

 今日は、仕事の日なのですが、自分的には、仕事がないというナイスな一日。そこで、体力強化も仕事の内と、ウォーキングを日中することとしました。今日は、気温の上昇もみられ、絶好のウォーキング日和。今日は、枚方を起点に、お昼ご飯を食べてみたいなと思わせられたお店がある寝屋川までを、そのコースとしました。詳細なコースは、次のようになりました。京阪「枚方市」駅〜一乗寺〜枚方カトリック教会〜意賀美神社・万年寺山古墳〜願生坊〜京阪「枚方公園」駅〜枚方公園〜京阪電車走谷踏切〜オアシス枚方出口点〜中振交差点〜木屋交差点〜AlPlAZA香里園店〜音羽町北交差点〜清水橋〜京阪「寝屋川市」駅。一度行ってみたかった「枚方市駅」から「枚方公園」までの京阪線沿い。小山のようになっていて、小山には木が生い茂っている、すぐ近くには、カトリック教会の立派な建物。ここが気になってたんですね、ずっと以前から。そして行ってみて、この小山が古墳跡だということを、初めて知りました。時々あることで、古墳の上に神社があるというパターンです。また麓の枚方公園側が、なんとも言えない古風な集落が残っているのもいいですね。ところが、そこを抜けてしまうと、今度は、味気ない無機的風景ばかり。京阪線の西側は、ずっとそないな光景が続くもので、あまり行こうとしない地域ですが、しゃーないですね。中振で、道を間違ってしまい、10分近くのロスをしてしまいました。京阪の駅で言えば、「光善寺」ですから、残り時間と照らし合わせて、かなり慌てました。香里園と寝屋川間は、昔は、もう一つ駅があったところですから、長い。もう手持ちの地図は見向きもしないで、最短距離を心がけて歩こうとすると、よくしたもので、これ以上ないコース取りができたようで、目の前に清水橋が現れ、道なりに行くと、見慣れた寝屋川駅前の遠景が近づいてまいりました。
 夜は落語会です。今日は、繁昌亭で、生喬の会もあり迷ったのですが、迷ったときは、入場料の安い方にということで、谷六の薬業年金会館であった「笑いのタニマチvol.89〜仁智の新作落語道場〜」を選びました。仁智が、新作を二本、二人のゲストが、新作を一本ずつ演じるというもので、毎回、仕事帰りのサラリーマンが、結構詰めかけるという、ちょっと珍しい会です。今日の番組は、笑丸「酒呑おっさん」、仁智「めざせ甲子園」、文鹿「8時ちょうどの『くろしお1号』に乗って」、仁智「ペットホテル(仮題)」というもので、内容的には、事前に予想されたことと言え、仁智と、あとの二人のステージの違いがありすぎて、前座や中継ぎにすらなってない、そないな落語会でした。笑丸のネタは、姉の子どもと留守番をしている男が、酒を呑みながら、一人しゃべりをしたり、何やら得意芸を披露して、我々客には、子守をしているように見せかけ、実は一人で勝手にやってたというもの。ただ一人しゃべりの部分のネタが続かなく、苦し紛れに笑丸自身のエピソードを入れたり、紙切りをして時間を持たせたりしていたっていうもの。落語の形以前かな。文鹿のネタは、近頃、見かけることがあるので、気にはなっていたのですが、気にするようなものではありませんでした。列車の名前は、どうでもいいのです。噺 は、車掌が検札をしようとすると、それに絡む客が出てくるという、それだけのもので、三組の客が出てきて、三組目と、何かあるのかと思わせておいて、三組目は、単に下げを言うためにだけ登場させたというものでした。一人目がおもしろかったのだけど、それをパーツに、どういったネタを作るか、再構築した方がいいんじゃないかなぁ。仁智は、格が違いすぎます。「めざせ甲子園」は、鉄板ネタ。自分的には、このネタへの当たりが悪く、ようやく遭遇できたなの感じです。ちょっとネタが短いと思ったのかなぁ、マクラでしゃべる「甲子園の思い出」は、出てくるわ、出てくるわで、大変なロングディスタンスに。一人一人を評価していくだりは、仁智落語の定番です。それを、本人自身が話していくというのが、本日の新作「ペットホテル」。人間世界に寄り添いながら生きている犬の目から見た人間世界の告発ともとれる内容でした。なかなかの秀作。この後も、どんどんかけていって欲しい逸品です。




2010年 4月 27日(火)午後 11時 50分

  大阪府守口市(20)〜大阪市旭区、東淀川区、淀川区写真集

 今日は、雨の一日という天気予報。昨日は、昼頃から肌寒くなっていきましたが、今日は、それを引き継ぎ、気温も低め。相変わらず異常気象が続いています。今日は、午後から繁昌亭三昧の日としましたので、繁昌亭に行きやすいように、午前中のウォーキングは、コース取りを考えました。雨という予報だったので躊躇したのですが、守口方向から淀川を渡り、南森町へは北から入るというコース設定にしました。最近、こちら方向は、無沙汰をしていましたのでね。ただ、ウォーキングをしている間は、雨は降らず、意外な外れとなってくれました。ありがたい誤算で、当初は考えていなかった淀川の河川敷も、この際とばかりに歩くこともできました。今日の詳細なコースは、次のようになりました。京阪「土居」駅〜土居駅前商店街〜守居神社〜太子橋中公園〜豊里大橋〜新豊里団地〜豊里南小学校〜東淀中学校〜大隅1交差点(瑞光院前)〜上新庄南地下道〜東淀川郵便局〜阪急千里線「下新庄」駅〜阪急「淡路」駅〜JR東海道線「東淀川」駅〜地下鉄御堂筋線「新大阪」駅。「土居」駅前は、淀川よりは、随分と賑やか。反対側しか知らなかったものですから見直しました。アーケード街に面して、守居神社がある光景にもびっくり。こないな光景は、余所では見ることのできないもの。これは、値打ちものです。その商店街を抜け、まっすぐ行くと、やがて淀川堤に突き当たります。もう、そこは、豊里大橋にすぐのところでした。橋を渡ってからは、橋から北西方向に向かったのですが、このコースは、2度目。前回も、目安にしていた北淀高校がわからず、道に迷ってしまったのですが、今回も、同じ北淀高校を目安にして歩き、結局わからずじまい。そして、また道に迷ってしまいました。今回は、特に東淀中学校と新東淀中学校を取り違えてしまいと、二重の失敗。気が付くと、瑞光寺前の交差点に出るという、およそ想定していなかったところに出てしまっていました。ウォーキングで、今回初めて、「下新庄」駅、及び「東淀川」駅方向に行きました。すぐ近くの「新大阪」駅に比べて、「東淀川」駅のレトロさはたまりません。線路の両脇にある駅舎が、ともに同じようなレトロさわ保っていますので、2倍楽しめることになります。阪急「淡路」駅の駅舎も、同様にレトロですね。くすんだ壁が、なんとも言えません。時間的には、2時間10分弱かかりました。2時間を超過しそうなのに、「新大阪」駅を、終点に選んだミスです。同じ御堂筋線の「新三国」駅をチョイスすべきでした。できるだけ、2時間に近いところで抑えるということをモットーにしてますので、自分の臨機応変さのなさを反省です。
 「新大阪」より梅田乗り換えで、南森町へ。あっさりと着いてしまったので、繁昌亭の前売りチケットを買ったりしていました。今日の昼席は、三枝がトリ。昼席に、三枝が出るのは火曜日が多いのですが、今までは行くことができなかったのですが、火曜日は、仕事のない日になったため、早速、三枝の出る昼席に行ってまいりました。今日の番組は、市楼「普請ほめ」、三扇「しの字丁稚」、うさぎ「うなぎ屋」、揚野バンリ「お笑い曲芸」、蝶六「ぜんざい公社」、鶴志「平の陰」、(中入り)、朝太郎「マジカル落語」、岐代松「手水廻し」、八天「饅頭怖い」、三枝「真心サービスおじんタクシー」というものでした。おなじみのネタを、繁昌亭にはかけるということを決めている噺家さん、それを型どおりにする人もおれば、マイナーチェンジを試みている噺家さん、いつも何をかけるか判らなく、マクラを聴きながら、何が出てくるか探るのが楽しみな噺家さん、いろいろである。今日の出番で言えば、おなじみのネタを型どおりに演じたのは、市楼、蝶六の二人。ま、市楼は前座だから仕方がありませんが。ただ、その位置で、15分間、これは、了解の上なんでしょうか? 蝶六の「ぜんざい公社」を聴いていて、今一番の「ぜんざい公社」を演じるちょうばのそれを思い出しました。ひょっとしたら、ちょうばは蝶六からもらったのでしょうか? 定番のネタながら、マイナーチェンジを楽しませてくれたのは、岐代松と鶴志。先日、楽珍で「手水廻し」を聴いて、やたら引っ張るのが気になったところなのですが、岐代松のそれは、刈り込みが行き届いているところへ、くさい演出を挿入します。手水を飲むところなどがそうだが、繁昌亭ヴァージョンなのかどうかは判りませんが、刈り込みがいい分だけ、許しちゃおうかな。鶴志までくると、何をされても許しちゃおうというものを感じさせる魅力があるからおもしろい。無筆の男が、お前に読んでやるのはお前を愛してるからだと繰り返します。こんなの前にはなかったフレーズだが、鶴志が言うと、なぜか可笑しいから不思議なのです。もう、大受けでした。ネタを変えてくれるのが、八天、三枝。怪談噺をカットして、うまく時間内にまとめたのが八天。三枝は、浪曲の部分を入れておじんを3人、きっちり演じてくれました。このネタで、たっぷり感を出すのだから、やっぱ元ネタの力と演者の力ですね。しかし、浪曲がうまい。これを聴けただけで大正解。どの分類に入れていいのか解らないのが、うさぎと三扇。いつも引き気味のうさぎが、ネタのせいでしょうが、えらく明るく、生き生きしていたのが印象に残ったのと、三扇の超レアなネタ選びにびっくりです。繁昌亭持ち時間には格好のセレクトです。旦さんを御寮さんに代えて演じていました。色物では、朝太郎は定番ですが、揚野バンリは初遭遇。5つ玉のジャグリングは、初めて見たような。箱を横に9つ並べるのは、ユニークな芸とか、何かスポーツを見ている爽やかさがあるのが、とっても印象的な芸人さんです。
 昼席が終わったあと、繁昌亭近くのコンビニで、芝居のチケットを購入。寄席に比べて芝居は高いなぁと考えつつ、南森町のおなじみのネットカフェへ。今日は、こちらで、ちょうど2時間、時間調整。その間に、雨は、またまた本降りに。繁昌亭の夜席は、「第2回長寿の会」がありました。歌之助の独演会です。頻繁に、繁昌亭で会を開く噺家さんの場合は、お気に入りの噺家さんでも、これはと思うネタを出されているときだけ覗くことにしています。歌之助の場合が、これに当てはまります。ただ、今日の会を聴いて、これからは、しばらくずっと追いかけねばという気持ちまでに高まっています。今夜の番組は、染吉「つる」、歌之助「野崎詣り」、生喬「笠碁」、歌之助「太鼓腹」、(中入り)、歌之助「桜の宮」というものになりましたが、ネタ出しをされていたのは、「桜の宮」だけでした。そして、この会は、毎回一つ、ネタ下ろしをする会とかで、今日のネタ下ろしは「太鼓腹」でしょうね。「桜の宮」ではないはずです。まず、「野崎詣り」は、このネタのベストと言ってもいい一つ。こごろうもいいのですが、歌之助のは外せない一つです。もう冒頭から惹きつけます。川堤を歩く人たちの描写が的確で、それを見るだけで、野崎詣りに行き交う人の賑わいを呈示してくれます。また、稽古屋の舟を出すのも、気に入っています。明るく、陽気に、賑やかに、これらが、春のうららを伝えてくれます。身体表現としての落語、歌之助落語について書くと き、黄紺が、いつも使う表現です。そういった歌之助の良さが、如実に表されたのが、「野崎詣り」です。そして、今日の出来というでも、これがベストだったと思います。今日の出来という意味で言いますと、次なる出来栄えと言えるのは、「太鼓腹」でした。ネタのチョイスという意味では、ちょっと意外性を感じました。幇間ものという、強烈すぎる個性というような登場人物に拘束されてしまいそうなのは、なんか歌之助のイメージに合わない気が、自分的にしていたのです。しかし、上手に扱うものです。雀松からもらったのだろうと思う感じぎしましたが、雀松テイストを排し、歌之助なりのキャラ作りに成功していたと思います。間合いとかが、きれいに決まっていくので、ネタ下ろしは、「桜の宮」かなとも思えたりしています。だけど、ネタ下ろしだと、ネタ出しはしないはずですしね。三つ目の「桜の宮」 が、あとの二つに比べると、流れたなぁの印象。どうなるんだろうというわくわく感を、ほとんど感じなかったのです。六部の格好をした定はんが、おじさんに捕まってしまうところに節目を感じさせてくれないとダメでしょうし、待ちくたびれているところで、花見客の賑わいや、そのスポットの明るさ、華やかさを感じさせて欲しいのですが、何かするりとかわされた感じがしてしまったのです。要するに流れてしまったのです。ゲストは、生喬。「よせっぴ」に、「笠碁」と出たのを見て来られた方がおられたらと、生橋が尋ねると、実際に、二人が手を上げたので、ネタは「笠碁」になってしまいました。生喬自身は、「竹の水仙」をするつもりだったようです。黄紺なんかは、昨日のまん我の会で、「笠碁」を出しているので、それだけはないだろうということで行ったんだけどな。正直言って、生喬の「笠碁」聴きたい度が低いのです。あまりに、先代小さん色の強いネタです。目に焼き付き、耳に残っているのです。その東京ネタを、上方に移植すると、どうしても濃くなってしまいます。その濃さが、引かせられてしまうのです。これは、生喬の初演のときに感じたことですが、それ以来、2度目を聴くのを避け、時間が経過したところで聴いてみようと思っていましたので、強制的に聴かせられるのを良しとしないのです。でも、強制させられちゃった。生喬が、このネタをもらった小里んがが、小さんの言葉として、「秋の感じが出せればいんだが」という観点で言いますと、雨の降り方は、秋と思ってるから秋だと思えました。初演時よりの大進歩は、秋雨の降る屋外を眺める目線です。この雨は、しとしとと降る続ける秋雨を連想させます。でも、すぐにそれを打ち消すかしましさが、生喬の口演にあるのです。でも、これは、生喬の責任じゃなくって、上方落語の様式で、このネタは、こうなっても仕方がないと思ってしまうのです。ちゅうことは、移植自体が、無謀だった? かもしれないし、そうかもしれない、今の判定は、その中途半端なところです。秋雨のイメージに合う語り口って、難しいぞ、、、今後の進化を見守りたいと思います。最後に、前座の染吉ですが、大進歩です。間合いといい、キャラ付けといい、大進歩です。でも、大ネタを演じるような間をとる甚兵衛さんには賛成しかねます。根問ものに不要なことは慎むのもセンスかと思います。でも、頼もしく感じさせたのは、大きな節目です。ちょっと注目を続けたいと思います。




2010年 4月 27日(火)午後 11時 50分

  大阪府守口市(20)〜大阪市旭区、東淀川区、淀川区写真集

 今日は、雨の一日という天気予報。昨日は、昼頃から肌寒くなっていきましたが、今日は、それを引き継ぎ、気温も低め。相変わらず異常気象が続いています。今日は、午後から繁昌亭三昧の日としましたので、繁昌亭に行きやすいように、午前中のウォーキングは、コース取りを考えました。雨という予報だったので躊躇したのですが、守口方向から淀川を渡り、南森町へは北から入るというコース設定にしました。最近、こちら方向は、無沙汰をしていましたのでね。ただ、ウォーキングをしている間は、雨は降らず、意外な外れとなってくれました。ありがたい誤算で、当初は考えていなかった淀川の河川敷も、この際とばかりに歩くこともできました。今日の詳細なコースは、次のようになりました。京阪「土居」駅〜土居駅前商店街〜守居神社〜太子橋中公園〜豊里大橋〜新豊里団地〜豊里南小学校〜東淀中学校〜大隅1交差点(瑞光院前)〜上新庄南地下道〜東淀川郵便局〜阪急千里線「下新庄」駅〜阪急「淡路」駅〜JR東海道線「東淀川」駅〜地下鉄御堂筋線「新大阪」駅。「土居」駅前は、淀川よりは、随分と賑やか。反対側しか知らなかったものですから見直しました。アーケード街に面して、守居神社がある光景にもびっくり。こないな光景は、余所では見ることのできないもの。これは、値打ちものです。その商店街を抜け、まっすぐ行くと、やがて淀川堤に突き当たります。もう、そこは、豊里大橋にすぐのところでした。橋を渡ってからは、橋から北西方向に向かったのですが、このコースは、2度目。前回も、目安にしていた北淀高校がわからず、道に迷ってしまったのですが、今回も、同じ北淀高校を目安にして歩き、結局わからずじまい。そして、また道に迷ってしまいました。今回は、特に東淀中学校と新東淀中学校を取り違えてしまいと、二重の失敗。気が付くと、瑞光寺前の交差点に出るという、およそ想定していなかったところに出てしまっていました。ウォーキングで、今回初めて、「下新庄」駅、及び「東淀川」駅方向に行きました。すぐ近くの「新大阪」駅に比べて、「東淀川」駅のレトロさはたまりません。線路の両脇にある駅舎が、ともに同じようなレトロさわ保っていますので、2倍楽しめることになります。阪急「淡路」駅の駅舎も、同様にレトロですね。くすんだ壁が、なんとも言えません。時間的には、2時間10分弱かかりました。2時間を超過しそうなのに、「新大阪」駅を、終点に選んだミスです。同じ御堂筋線の「新三国」駅をチョイスすべきでした。できるだけ、2時間に近いところで抑えるということをモットーにしてますので、自分の臨機応変さのなさを反省です。
 「新大阪」より梅田乗り換えで、南森町へ。あっさりと着いてしまったので、繁昌亭の前売りチケットを買ったりしていました。今日の昼席は、三枝がトリ。昼席に、三枝が出るのは火曜日が多いのですが、今までは行くことができなかったのですが、火曜日は、仕事のない日になったため、早速、三枝の出る昼席に行ってまいりました。今日の番組は、市楼「普請ほめ」、三扇「しの字丁稚」、うさぎ「うなぎ屋」、揚野バンリ「お笑い曲芸」、蝶六「ぜんざい公社」、鶴志「平の陰」、(中入り)、朝太郎「マジカル落語」、岐代松「手水廻し」、八天「饅頭怖い」、三枝「真心サービスおじんタクシー」というものでした。おなじみのネタを、繁昌亭にはかけるということを決めている噺家さん、それを型どおりにする人もおれば、マイナーチェンジを試みている噺家さん、いつも何をかけるか判らなく、マクラを聴きながら、何が出てくるか探るのが楽しみな噺家さん、いろいろである。今日の出番で言えば、おなじみのネタを型どおりに演じたのは、市楼、蝶六の二人。ま、市楼は前座だから仕方がありませんが。ただ、その位置で、15分間、これは、了解の上なんでしょうか? 蝶六の「ぜんざい公社」を聴いていて、今一番の「ぜんざい公社」を演じるちょうばのそれを思い出しました。ひょっとしたら、ちょうばは蝶六からもらったのでしょうか? 定番のネタながら、マイナーチェンジを楽しませてくれたのは、岐代松と鶴志。先日、楽珍で「手水廻し」を聴いて、やたら引っ張るのが気になったところなのですが、岐代松のそれは、刈り込みが行き届いているところへ、くさい演出を挿入します。手水を飲むところなどがそうだが、繁昌亭ヴァージョンなのかどうかは判りませんが、刈り込みがいい分だけ、許しちゃおうかな。鶴志までくると、何をされても許しちゃおうというものを感じさせる魅力があるからおもしろい。無筆の男が、お前に読んでやるのはお前を愛してるからだと繰り返します。こんなの前にはなかったフレーズだが、鶴志が言うと、なぜか可笑しいから不思議なのです。もう、大受けでした。ネタを変えてくれるのが、八天、三枝。怪談噺をカットして、うまく時間内にまとめたのが八天。三枝は、浪曲の部分を入れておじんを3人、きっちり演じてくれました。このネタで、たっぷり感を出すのだから、やっぱ元ネタの力と演者の力ですね。しかし、浪曲がうまい。これを聴けただけで大正解。どの分類に入れていいのか解らないのが、うさぎと三扇。いつも引き気味のうさぎが、ネタのせいでしょうが、えらく明るく、生き生きしていたのが印象に残ったのと、三扇の超レアなネタ選びにびっくりです。繁昌亭持ち時間には格好のセレクトです。旦さんを御寮さんに代えて演じていました。色物では、朝太郎は定番ですが、揚野バンリは初遭遇。5つ玉のジャグリングは、初めて見たような。箱を横に9つ並べるのは、ユニークな芸とか、何かスポーツを見ている爽やかさがあるのが、とっても印象的な芸人さんです。
 昼席が終わったあと、繁昌亭近くのコンビニで、芝居のチケットを購入。寄席に比べて芝居は高いなぁと考えつつ、南森町のおなじみのネットカフェへ。今日は、こちらで、ちょうど2時間、時間調整。その間に、雨は、またまた本降りに。繁昌亭の夜席は、「第2回長寿の会」がありました。歌之助の独演会です。頻繁に、繁昌亭で会を開く噺家さんの場合は、お気に入りの噺家さんでも、これはと思うネタを出されているときだけ覗くことにしています。歌之助の場合が、これに当てはまります。ただ、今日の会を聴いて、これからは、しばらくずっと追いかけねばという気持ちまでに高まっています。今夜の番組は、染吉「つる」、歌之助「野崎詣り」、生喬「笠碁」、歌之助「太鼓腹」、(中入り)、歌之助「桜の宮」というものになりましたが、ネタ出しをされていたのは、「桜の宮」だけでした。そして、この会は、毎回一つ、ネタ下ろしをする会とかで、今日のネタ下ろしは「太鼓腹」でしょうね。「桜の宮」ではないはずです。まず、「野崎詣り」は、このネタのベストと言ってもいい一つ。こごろうもいいのですが、歌之助のは外せない一つです。もう冒頭から惹きつけます。川堤を歩く人たちの描写が的確で、それを見るだけで、野崎詣りに行き交う人の賑わいを呈示してくれます。また、稽古屋の舟を出すのも、気に入っています。明るく、陽気に、賑やかに、これらが、春のうららを伝えてくれます。身体表現としての落語、歌之助落語について書くと き、黄紺が、いつも使う表現です。そういった歌之助の良さが、如実に表されたのが、「野崎詣り」です。そして、今日の出来というでも、これがベストだったと思います。今日の出来という意味で言いますと、次なる出来栄えと言えるのは、「太鼓腹」でした。ネタのチョイスという意味では、ちょっと意外性を感じました。幇間ものという、強烈すぎる個性というような登場人物に拘束されてしまいそうなのは、なんか歌之助のイメージに合わない気が、自分的にしていたのです。しかし、上手に扱うものです。雀松からもらったのだろうと思う感じぎしましたが、雀松テイストを排し、歌之助なりのキャラ作りに成功していたと思います。間合いとかが、きれいに決まっていくので、ネタ下ろしは、「桜の宮」かなとも思えたりしています。だけど、ネタ下ろしだと、ネタ出しはしないはずですしね。三つ目の「桜の宮」 が、あとの二つに比べると、流れたなぁの印象。どうなるんだろうというわくわく感を、ほとんど感じなかったのです。六部の格好をした定はんが、おじさんに捕まってしまうところに節目を感じさせてくれないとダメでしょうし、待ちくたびれているところで、花見客の賑わいや、そのスポットの明るさ、華やかさを感じさせて欲しいのですが、何かするりとかわされた感じがしてしまったのです。要するに流れてしまったのです。ゲストは、生喬。「よせっぴ」に、「笠碁」と出たのを見て来られた方がおられたらと、生橋が尋ねると、実際に、二人が手を上げたので、ネタは「笠碁」になってしまいました。生喬自身は、「竹の水仙」をするつもりだったようです。黄紺なんかは、昨日のまん我の会で、「笠碁」を出しているので、それだけはないだろうということで行ったんだけどな。正直言って、生喬の「笠碁」聴きたい度が低いのです。あまりに、先代小さん色の強いネタです。目に焼き付き、耳に残っているのです。その東京ネタを、上方に移植すると、どうしても濃くなってしまいます。その濃さが、引かせられてしまうのです。これは、生喬の初演のときに感じたことですが、それ以来、2度目を聴くのを避け、時間が経過したところで聴いてみようと思っていましたので、強制的に聴かせられるのを良しとしないのです。でも、強制させられちゃった。生喬が、このネタをもらった小里んがが、小さんの言葉として、「秋の感じが出せればいんだが」という観点で言いますと、雨の降り方は、秋と思ってるから秋だと思えました。初演時よりの大進歩は、秋雨の降る屋外を眺める目線です。この雨は、しとしとと降る続ける秋雨を連想させます。でも、すぐにそれを打ち消すかしましさが、生喬の口演にあるのです。でも、これは、生喬の責任じゃなくって、上方落語の様式で、このネタは、こうなっても仕方がないと思ってしまうのです。ちゅうことは、移植自体が、無謀だった? かもしれないし、そうかもしれない、今の判定は、その中途半端なところです。秋雨のイメージに合う語り口って、難しいぞ、、、今後の進化を見守りたいと思います。最後に、前座の染吉ですが、大進歩です。間合いといい、キャラ付けといい、大進歩です。でも、大ネタを演じるような間をとる甚兵衛さんには賛成しかねます。根問ものに不要なことは慎むのもセンスかと思います。でも、頼もしく感じさせたのは、大きな節目です。ちょっと注目を続けたいと思います。




2010年 4月 26日(月)午後 11時 37分

 自分的には、明日から、事実上のGW。そないなことが、前々からわかっていたのなら、明日出発で、日本脱出でもできたのにと思っても、後の祭り。そないなことになるとは知らないものですから、コンサートや落語会のチケットを買っていたのも、実際行こうとなると、壁ですね。来年は、これを、良き教訓に、GWの計画を立てようじゃないかと、もう1年後のことを考えています。で、今夜のお出かけは、昨日に続いて、精華小学校です。昨日、唐組の公演でもらったチラシの中に、今日の上映会の案内を見つけたのでした。昨日まで、今夜は落語会に行く予定にしていたのですが、急遽変更です。今日、上映されたのは、唐組最初の公演「電子城〜背中だけの騎士〜」(1989年作品)でした。これは、確か京都での公演、相国寺だったと思うのですが、観ています。「生きていたのか、大久保鷹」のキャッチコピーが、公演のちらしに踊っていた公演です。上映後に、唐組の役者さんとのトークがあり、そこでも、そのことに触れ、状況劇場以来13年ぶりの出演だったということです、もちろん大久保鷹のことです。大久保鷹が、ラーメンを口にほうばるシーンなど、目に焼き付いており、とっても存在感を感じたのを思い出しました。唐十郎も、当時49歳で、若々しく、声は朗々として歌は聴きものと言えます。物語は、当時、大人気だったドラクエをモチーフにしたもので、現実の人物が、ゲームの物語の中に入っていくというもの。そや、唐十郎も、こないな芝居を書いていたのだと、昨今の芝居探し、劇団探しで出会うものを思い出しておりました。




2010年 4月 25日(日)午後 10時 12分

  大阪市遊歩(51)写真集

 今日、一転して素晴らしい天気。気温も、昨日に比べると上昇。春らしい爽やかさが出てきました。でも、4月の下旬ともなれば、もっと高いはずとは思います。何はともあれ、絶好のウォーキング日和であることには違いありません。今日は、午後から、芝居を二本観る予定でしたので、その会場へのアクセスを頭に入れてのコース設定としました。今日のコンセプトは、大阪市のはずれから、市内中心部に入って行こうというものです。その起点として、「森小路」駅を選びました。詳細なコースは、次のようになりました。京阪「森小路」駅〜古市橋〜森小路入路交差点〜城東屋内プール〜鯰江公園〜皇太神宮〜極楽橋〜城運橋〜東中浜公園〜中浜小学校〜中本2交差点〜大阪府立成人病センター〜大阪府立公衆衛生研究所〜玉造稲荷神社〜大阪カテドラル聖マリア大聖堂〜難波宮跡〜大槻能楽堂〜地下鉄「谷町6丁目」駅。特に前半は、なかなか、途中で目立った建物が思いつかないコース。頑張って、自分の通ったところが判るように、目につきそうなものを探しながら歩いていました。今まで何度も近くを歩きながら、気付いてなかったですが、今福南というところは、随分と昔のまま残っているのですね。表通りから一歩中に入ると雰囲気の変わるところです。そして、第二寝屋川を超えると、またがらっと変わる。新しくなるのもいいけれど、変わらないのもいいものです。最後は、玉造で打ち止めにするには、時間が余るということで、頑張って、谷六まで歩きましたが、これで、所要時間2時間5分でした。ま、このくらいの超過は、コース設定のミスというものではありません。大阪カテドラルの南側の道は、なかなか落ち着いていて、ちょっと大阪でないみたいでした。
 「谷町6丁目」から、一駅だけ移動。谷九から歩いて行ける應天院が、まずの行き先でした。今日は、午後と夜、二本の芝居を観たのです。まず、こちらでは、「シアターシンクタンク万化」の「ホワイトライ」という芝居です。客の出足はいいとは言えなかったのですが、今日の最終的な入りは、大変なもの。一番端っこに、斜めにしつらえられた席もいっぱいで、一番最後に入ってきた客などは、立ち見をしていました。久しぶり(2年ぶり)の公演だそうで、こないなことになったのでしょうか。とにかく集客力に、びっくりです。芝居は、わからないことが、そこそこあるのですが、現実と夢の中の世界が混沌とする話です。その構造が分かりにくくしてあって、序盤は、なかなかついていけませんでしたが、慣れてくるにつれ、一人の少女の原体験を描くことにより、大人の女へと成長していく話だと分かります。むしろ、夢の中では、飛行機事故で失った兄が、妹を束縛する役目を果たしますが、それこそが、少女自身の中にあるこだわりであり、事故の起こった時点で、成長が止まってしまったかのようになっているということに、その少女が気づくことにより、芝居は大団円に向かいます。「普通に生きていくことの決意」を述べることに感動させられる構造になっています。夢の中で、死者にあった少女は言います。「いくら、私を待っていてくれても、たったの百年じゃない」「だから、私は普通に生きるの。普通に結婚して、元気に死ぬの」、わりかし気に入った台詞が続きました。劇団探しの中で、上位にしっかりと入り込む公演の一つでした。
 應天院から精華小学校へ移動。夜は、精華小学校のグランドで行われた「唐組」の公演です。以前と同じく、予め番号札に換えねばならないのですが、時間がなく、應天院での芝居がはねてからになりました。それから、30分余り、ネットカフェで時間調整をしてから、再度、精華小学校へ。近頃行く芝居の客とは明らかに違う客層。随分と年齢層が高いのです。唐組の公演は、久しぶりです。10年ぶりと言えば、大げさかもしれませんが、それに近いくらい観てなかったと思います。が、今回の公演は、ちょっとあかんね。第一、舞台の転換のために、時間を空けなくてもいいのに、10分の休憩を取り、その時間を差し引くと、正味1時間10分という上演時間は、少なくともダメでしょう。また、「百人町」という題名からして、新大久保の同名の町を意識しているのは、台詞の中にも現れてきます。ですが、異国人街的なモチーフなどは、全く出てこないで、土地を買い占めた病院の立ち退きを求める強引さに対する百人町の住人の連帯、及び、その闘いを描いただけでした。あとは、それに、競馬やギリシア神話のモチーフが絡められた言葉遊びが続くというもので、もちろん唐十郎ならではの、意表を突く演出はあることはあるのですが、内容的には、以前にも経験した駄作に出会ってしまいました。かなりの駄作です。役者も、随分と変わった感じで、アングラ的雰囲気を持った役者さんは、もういませんし、挿入歌を上手に歌える人もいなくなっちゃいました。そして、肝心の唐十郎は、ちょい役ですし、その動きから見ても、随分と老けたなの感じです。それに、BGMのレベルの違うのにも、あかんでぇの突っ込みを入れてました。なんか、いずれをとっても物足りない公演だったと言えます。




2010年 4月 25日(日)午前 8時 10分

  大阪府門真市(17)〜大阪市鶴見区〜大東市(10)〜東大阪市(10)写真集

 昨日の朝は、冷たい雨。ところが、どんどんと、お天気は回復。ウォーキングへのお出かけ時間を、10時前と定めていたのですが、その頃になると、かなりいいウォーキング日和となっていました。これで、しめたと思ったところ、途中から、また雨が降ってくるという嫌な天気でした。とにかく、変化の激しいお天気。気温は、春とは思えない低さ。とにかく以上天気が続きます。昨日のウォーキングは、安田の交差点辺りに、中国系のお店を発見したために、その辺りに住む知り合いに確かめると、その地域に、週末には、中国人が固まってると聞いたものですから、再訪したくなり、そこを通るコースを考えてみました。詳細なコースを書くと、次のようになります。京阪「古川橋」駅〜タイガー魔法瓶〜門真西高校〜門真自動車教習所〜北島大橋〜三島神社〜地下鉄「門真南」駅〜なみはやドーム〜中国食材店「華龍貿易」〜安田2交差点〜万代橋〜稲田三島交差点〜イタリア工房「くうくう倶楽部」〜楠根2丁目交差点〜長田東内介公園〜長田大師堂〜一乗寺・長田神社〜地下鉄「長田」駅。門真市内で、ちょっとうろうろコースを取ったりした関係で、近鉄線の駅に至るのは断念しました。あとの行動との関係で、無理はできないと、わりかし早くギブアップ。狙いの安田界隈は、何か、食材店以外には、中国関連のものを見つけられませんでした。丁寧に歩くということはしてませんので、定かなことを言えるわけではないのですが。その前の、北島大橋から三島神社に抜ける道が、わりかしお気に入り。2度目ですし、先週は、ちょこっとだけ、三島神社に入りました。環濠集落なんでしょうか、そんな感じがしてしまいます。なんか、北島地区を、丹念に歩いてみたくなりました。伝統的家屋も、数多く残り、すぐ近くには古川が流れ、そこからひいた水路が、集落の中を回っています。そこを抜けると、目の前に、第2京阪国道、その下をくぐって間もなく、なみはやドームという仕掛けで、変化が、とっても大きく目を楽しませてくれるところです。また、違ったコースと組み合わせてみます。
 「長田」からは、地下鉄で、堺筋本町乗り換えで、日本橋に移動。午後は、NGKの中にあるヨシモト∞ホールOSAKA(であった「よしもと花形寄席」に行ってまいりました。随分と、こちらの会には来れていませんでしたので、かねてから狙っていたのが、ようやく実現しました。昨日は、サブタイトルに「よしもとハンサム寄席」が付いているということで、三四郎、たま、花丸が名を連ね、洒落で、トリが楽珍となっていました。番組は、三四郎「刻うどん」、笑丸「ぜんざい公社」、花丸「煮売屋〜七度狐」、(中入り)、たま「軒付け」、楽珍「手水廻し」というものでした。ところが、前半が、ほぼダウンだったのです。一つはウォーキング疲れ、もう一つは、暖房。昨日は、気温が低かったため、入れてたんですね。もう「刻うどん」のばらしの部分から、記憶が飛んでいます。「七度狐」で持ち返したかと思ったのですが、川を渡るところまでで、あとは、飛び飛び。花丸は、ここ3回連続、「七度狐」に当たってしまったかと思ったのがいけませんでした。なお、この「七度狐」は、冒頭に「煮売屋」の、酒のくだりから始まりました。そして、かすかに残る記憶で言いますと、自分的には拒否反応のあった笑丸の口調が明瞭で聴きやすくなっているぞという収穫はありました。ちょっと意気消沈気味だったのを盛り返してくれたのが、たま。きん枝ネタを用意していたのだが、今の状態では、言ってはダメということで、早速ネタに。「隣りの桜」を用意していたのだが、落語ファンが多そうなので、初めてやるんですがと断って、「軒付け」を始めたのに、びっくり、そしてガッツポーズでした。確かに、たまが「軒付け」をかけたという記憶はなく、掛け値なしのネタ下ろしの可能性があります。最近は、福笑から言われて、福笑の持ちネタは避けているはずなのですが、「軒付け」は違います。これは、福笑の持ちネタの一つですので、そういった意味でも、びっくりだったのです。三味線の天さんを、三人がかりで支えるくだりは定番ですが、天さんを支えないと、こんなにバランスを崩すという天さんの姿を、実際に演じます。このアイデアは、とってもおかしい。ただ、実際に、浄瑠璃を始めると、笑いが減っていきました。「空き家」を、区切りながら読み上げるという工夫なんか、カットしない方がいいように思えましたし、「うなぎの茶漬け」も、調子を変える、ちょっとしたアクセントにならず、ついでにおもしろいくすぐりをちょっと挿入といった感じでないのが、響かない原因かも。全体的に、前半からフル稼働という感じで、肝心の軒付けの部分に入って下り坂という推移でした。たまは、敏感に感じ取っているでしょうから、次に聴くときが楽しみです。手入れが待ち遠しいですね。そして、それができる噺家さんだから、追っかけちゃうのね。最後の楽珍、時の人です。この人の、徳之島ネタは、ホント頬が緩んじゃいます。ましてや、話題の島ですから、可笑しくって。ネタは、えらい丁寧な「手水廻し」。丁寧としつこいは紙一重。楽珍の場合は、丁寧さを感じさせるが、でもしつこいとも感じる口演でした。
 落語会のあとは、昨日も、日本橋駅上のネットカフェで、30分余り、時間調整。そして、南森町で乗り換えて新福島へ。夜は、ABCホールでありました芝居を観に行きました。ここで、今、ABCホール自身がプロデュースする芝居が行われています。また、その中味が凝ったものです。一つの物語を、二つの角度から、別々の芝居に仕立てようとのコンセプトで作られた芝居なのです。ABCホールのHPを見ると、「両面のストーリー」という表現が使われています。その台本、演出も、両面で行われます。それを担当したのが、お〜い!久馬と「劇団赤鬼」と行澤孝。芝居の設定は、同HPによりますと、“舞台はとある「心霊スポット」。築100年を超える廃墟となった「ひなた荘」には、たくさんのゴーストが住み着いている。そのためか、何度取り壊しの工事をしようとしても原因不明で中断してしまう。そこで「超心理学のエキスパート」たちが乗り込んで行く。原因を追求、除霊をすることが任務”となっています。ゴースト側と除霊師側の双方から、一つの物語を拵えようというものなのです。黄紺が観たのは、除霊師側からの「Busters vs Ghost」版でした。赤鬼主体の方です。やっぱ、吉本がらみの方は、避けたい気持ちがありますからね。いろいろと制約があったのでしょうね、筋立ては、ちょっと単純だったかな。除霊師として集められた人物は、何かと曰くありげ、まやかしの人物が多い。中に科学者がいるのだが、それが、簡単に死んでしまう。だけど、その科学者が開発した機械を、PCマニアが復旧していくというお遊びがあるが、とどのつまりは、なぜ、霊が住み着いているかに行き着くわけですから、そこまでのお遊びが、楽しい芝居にするのでしょうが、、そこが、ちょっと物足りなかったかな。バラシの場面が、ちょっと早いなの実感を、実際に観ながら感じていました。吉本の芸人さんを当てにして、客は入っている可能性があるので、その辺は心がけつつ、バラシの部分で納得させる、そういった意味では楽しめる芝居だと思います。




2010年 4月 24日(土)午前 7時 43分

  大阪市遊歩(50)写真集

 21日の金曜日は、新たな職場の歓送迎会。余り呑んでないのに、宴会中に、居眠り模様。おまけに、帰りの電車で、またしても乗り過ごし。ホント、お酒が弱くなりました。そして、昨日は、 4月の下旬に入っているのに、また気温の低い一日、天気も、あまりいいものではありませんでした。昨日も、午前中はウォーキング、そして、午後からお出かけです。昨日も、先週同様、韓国映画を観ようなどという計画を、当初は立てていたのですが、ワッハが、どうなるかわからないということで、映画を中止して、ライブラリーの映像資料を観ることを選びましたので、あとで難波に移動しやすいコース設定を考えました。そのコースは、次のようになりました。京阪「北浜」駅〜西天満1東交差点〜タイ料理店「タイキッチンハウス」〜大阪駅前第3ビル〜桜橋交差点〜大阪四季劇場〜JR「大阪」駅〜梅三小路〜西梅田一番踏切〜シンフォニー・ホール〜浦江公園〜インド料理店「HARI」〜JR東海道線「とうかい228」橋梁〜台湾料理店「高雄」〜海老江八坂神社〜南桂寺〜阪神電車「淀川」駅〜大開市街地住宅〜高見新家公園・高見フローラルタウン〜千鳥橋〜阪神なんば線「千鳥橋」駅。大川と淀川の間を歩くというのは、道が、弧状になっているので、存外時間がかかります。昨日も、このコ−スで、あわよくば「弁天町」駅を、終点を考えていたのですが、とんでもありません。最後は、少し余裕があったのですが、初めてということもあり、「千鳥橋」駅を終点に選びました。嬉しかったのは、なかなか出会えなかった阪神「淀川」駅を発見できたことです。実際に発見したとき、思いました、これでは見つけるのは無理だなと。難関の駅です。
 「千鳥橋」から阪神なんば線一本で、難波に到着。午後は、4時間以上、ワッハのライブラリーに入り浸っていました。昨日、こちらで、一つの発見。ライブラリーだけの利用だと、ワッハへの入場料が要らないのです。昨日、係の方から知らされるまで、全然知りませんでした。入場料400円で入れるだけでありがたいと思っていたのですが、そないなサービスがあると知れば、今後、ますます利用しちゃいます。昨日、試聴したものを記しておきます。@テレビ大阪「初夢三夜長講上方落語」より、枝雀「三十石」(北浜コスモ証券ホール収録)ANHK「日本の話芸」より、松之助「莨の火」BNHK「東西浪曲特選」より、春野百合子(曲師:大林静子、箏:小泉栄子)「おさん茂兵衛」(脚色:住田八三嘉)、4代目天中軒雲月(曲師:酒井時枝)「決戦巌流島」(作:中川明徳)C朝日放送「六代目松鶴追善スペシャル〜甦る松鶴 笑福亭一門勢揃い〜」DEMI米朝全集DVD版、米朝「近江八景」。まずは、最近、一回につき一つは試聴しようとしている枝雀ものから一つ。EMIのDVDは後回しにして、テレビ放送の映像から観ようということで、テレビ大阪所蔵のものを試聴。「初夢三夜」と銘打ってますので、枝雀ものは、第二夜で、第一夜は、米朝「七度狐」だったと、冒頭で、司会の小米朝(現米団治)が言っているので、間違いありません。第三夜は、パソコン検索で調べると、南光の「宿屋仇」の可能性があります。あくまでも可能性ですが。枝雀の「三十石」は、「伏見人形」のくだりから始まり、清やんが、えらく人形屋に絡むという、あまり聴いたことのない演出。替わりに、船宿で名前を聴いたり、お女中に関する妄想、このくだりのしつこさを排除していました。そないな具合ですから、「伏見人形」のところの扱いが目立ちます。伏見の浜では、うどん屋まで登場。これは、初めてでした。全体的ににこやかで、徹底的に明るい高座です。下向きの目線は、全然見せていませんでした。次に「松之助」で検索すると、「莨の火」がヒットしたのには、びっくり。慌てて飛びつきました。序盤の籠屋のやり取りが長め、意外だったのは、その籠屋に近づいてくる男を、「飯の旦那」だとばらしてしまったこと。しかも、「暴れ大尽」だと言われる言われまで言ってしまいます。これでは、あとで起こることを、先に言ってしまったことになり、おもしろ味が落ちます。小判巻きも、伊八の提案で、しかも、伊八が巻きます。これも、気に入りません。途方もないお大尽が、考えられない遊びをするからおもしろいのであり、それを、伊八ごときの言葉に乗せられてでは、位が下がってしまいます。全体的に明るさが物足りなく、唯一、籠屋が籠をかくときに見せる表情だけが、ホットする時間帯でした。最近、このワッハでは、浪曲は、毎回、一つは聴くことにしています。昨日は、春野百合子の「おさん茂兵衛」の2度目でした。弟子の春野恵子が、このネタを下ろすときに聴きに行くことをしていますので、もう一度、聴いておこうということでの選択です。おたまのかわいらしさ、おさんの位、だが、茂兵衛と逃避行をするようになってから見せるおさんが変わります。その辺の描き分けの見事さ。春野百合子の浪曲には、常に気品があります。ホント、この人の表現者としての見事さは、素晴らし過ぎます。映像資料は、未見のものが、ワッハにありますから、まだまだ楽しみが続きます。1回に一つで楽しむことにしています。同じ番組に入っていた東京の天中軒雲月も聴きました。きれいなテナーから始まります。だみ声の浪曲なんてのが耳にある者からすると、とってもきれいな声に聞こえます。それが「巌流島」ってと思ったのですが、前半は、なかなか出かけようとしない武蔵が、絵を描いているところですので、そのようにしているのです。巌流島に向かう船中での船頭が、徐々に決闘へ雰囲気を盛り上げてくれます。船を漕ぎながらという体で演じますので、嫌が応にも盛り上がっていきます。それと序盤が好対照になるという演出。決闘の部分は、あっという間に終わりますので、ここが正念場になっていました。天中軒雲月、他に映像資料があれば、また観てみたいものです。次に、仁鶴ものを観ようと思い、検索をしていると、「松鶴追善」ものが引っ掛かり、それをチョイスしました。この手のものが、ワッハには、たくさん所蔵されています。検索を繰り返しながら、興味あるものをゲットしたいと考えています。昨日観た番組は、没後丸5年というところで放映されたもの。冒頭で、仁鶴、鶴光、鶴瓶の3人が出てきますので、この3人の総合司会で進むのかと思っていると、ではなくて、司会は鶴瓶(アシスタント:千堂あきほ)で、「クイズ松鶴グランプリ」が、番組中行われるという趣向。一門が4チームに分かれ、松鶴関連のクイズを出すというもの。その4チームは、次の通りです。(鶴光チーム)竹林・鶴松・福輔・鶴児、(福笑チーム)猿笑・忍笑・鶴笑、(松喬チーム)松枝・呂鶴・松葉・岐代松、(鶴志チーム)小つる・伯鶴・和鶴・伯枝。早押しクイズ、パネル・クイズ、シルエット・クイズと用意されていましたが、志ん朝と小さんがクイズを出すところがあったり、中でも、最大のヒットは、シルエット・クイズに、「手遊(おもちゃ)」を出したこと。これは大感動。もう35年ほど前に見たままでした。ましてや、成人した姿は、初めて見かけました。放映当時31歳です。最後は、閉館時間のことを考え、最近、全然演じ手のいなくなった「近江八景」を聴こうと、米朝全集から選びました。昔は、20分くらいで高座を降りようかというときは、米朝は、よくこのネタを出していましたが、もう聴かなくなってから30年くらい経つのではないでしょうか。聴き直してみて、ぞんなに古い噺ではなく、「近江八景」の織り込みがおもしろい、良くできた噺だと再確認しました。
 夜は、南森町へ移動し、茶論「無花果」で行われました上方書生節協会の公演「今甦る書生節?書生カンタービレ!」に行ってまいりました。ユニット名化している上方書生節協会は、南海さんと宮村群時さんのコンビで、書生節を聴かせてくれます。昨日は、西洋、いや世界を意識して作られた書生節、外国の曲に歌詞を付けた書生節、更に、浅草オペラのヒット曲、それに加えて、ウィーン公演の報告を入れての、2時間半以上の公演。元唄に加えて、世相をいじった替え歌も用意されるなど、準備が大変と思われるものでしたが、聴く者からすると、おもしろくて、楽しくって、とってもいい時間を持てました。冒頭は、「ベアトリ姉ちゃん」。最後も、「ベアトリ姉ちゃん」、その大合唱で終わりました。




2010年 4月 22日(木)午前 0時 6分

 水曜日は、自分的には、1週間の内で、最も勤務が厳しい日。去年は、こんなのが続いていたなと思い出しつつ、こんなのが連日続くというのは、もう無理かもと思ってしまうのです。少しでも体が楽な方に流れるとそう思うのは、人間の習性なのでしょうか。今日の夜遊びは、徳徳亭での落語会でした。今夜は、こちらで「ビバ☆佐ん吉」があったのでした。ワッハの4階では、おなじみの会ですが、今日は徳徳亭。客の入りは、少し減ってしまったかなというところでした。番組は、福丸「桃太郎」、佐ん吉「刻うどん」、佐ん吉「七度狐」、(中入り)、由瓶「禁酒関所」、佐ん吉「蔵丁稚」というものでした。福丸は、随分とオリジナリティが出てきました。怒った父親が、桃太郎の 物語の後半を猛スピードで言い抜けたり、「徳屋」に引っ掛けたくすぐりを入れたりです。まだまだ噺家口調というわけにはいきませんが。続けて、佐ん吉が二席でした。由瓶を、膝替わりに持ってこようということでしょうか。「刻うどん」が、ネタ下ろしだそうです。これは、あとから出た由瓶の弁です。これほどまでに、「刻うどん」をする噺家が増えているなか、佐ん吉までがの気分ですが、佐ん吉の「刻うどん」は、吉朝譲りの一人ヴァージョンでしたので、希少性から許しましょう。ただ、今日の佐ん吉は、うどんを食べる姿は、まだまだアマチュアの域。もうちょっと頑張らないとというところです。それと、あろうことか、下げを間違ってしまいました。10から始めてしまったのです。「七度狐」を含めて、平々凡々で、かなり退屈感にとらわれていました。ちょっとべたなネタが並んでしまったということからくるものでした。由瓶が出てくると、もう楽屋が大笑い。由瓶には、ネタ下ろしをする場合、その位置取りと、ゲストの位置取りを考えながら、ネタを並べるものという固定観念があるようで、それに加えて、自分の扱いはどうなのということが絡んで、トークを繰り広げたからです。楽屋には、出演者と三味線の豊田さん以外に、ひろば、吉の丞も詰めかけ、この由瓶トークに反応していたわけです。ところが、一転、侍口調で空気を変え、ネタに突入。これは、心憎い入り方。いい膝替わりになりました。そして、最後は芝居噺と、後半が充実。とまあ、今日は、コメントが書きづらいのです。やはり、疲労が大きく、全体を通じて、うつらうつらという状態で聴いていたが一つ、「蔵丁稚」の始まったところで、下が堅かったからでしょうね、お尻の痺れが異様な大きさになり、じっくり聴いてられない状態になったことが影響してしまいました。




2010年 4月 20日(火)午後 11時 24分

  京都市遊歩(12)写真集

 今日も、また雨です。せっかくいいお天気の週末だったかと思うと、またひいやりした気温で、且つ、雨。でも、そないななか、ちょっと早めのお昼を食べ、ウォーキングに出発しました。今日は、夜には、京都でコンサートに行く予定でしたので、一日中、京都を出ずの日となりました。それも、久しぶりのことですし、京都でウォーキングすること自体が久しぶりです。今日は、京阪「七条」駅を起点に、西の方向を目指してみました。久しぶりの京都ですので、距離感覚が鈍っていますので、それこそ、2時間というお時間に合わせてのウォーキングとなりました。詳しいコースは、最終的には次のようになりました。京阪「七条」駅〜正面橋〜眼科・外科医療器具歴史博物館〜きこく邸〜十松屋〜東本願寺〜大谷ホール〜堀川五条〜小野寺十内烈婦丹女之墓〜壬生寺〜カトリック西院教会〜阪急「西院」駅〜西院春日神社〜京都外国語大学〜葛野大路三条〜猿田彦神社〜嵐電「天神川」駅〜蚕の社〜嵐電「蚕の社」駅〜地下鉄東西線「太秦天神川」駅。結構強い雨足に打たれながらのウォーキング。半年ほど前にも、西大路方向を目指したて歩いたときも、かなりの雨だったことを思い出しました。どうもついていません、このコース。今日は、一旦、「西院」を目指して歩こうということで歩き出しました。どの道をとるかは、そのときの気分次第。こういった行き当たりばったり的な歩き方がしやすいのが、京都の街。やはり碁盤の目状になってるので、間違いようがありません。南の方から、四条通に近づいてくると、大宮から西は、嵐電が通っていますので、取る道が限られてきます。あれ、見か けたところと思ったら、壬生寺の近くに出ていました。壬生狂言が、明後日から始まるようで、境内には、既に、見学者規制の用意が整っていました。わりかし早めに、四条通に出ましたので、四条通は、結構な距離を歩くことになりました。昔は、四条大宮から、京都外大のあるところまで、トロリーバスが走っていて、「西院」から西は、かなり落ち着いたというか、ひっそりとしたものですが、今は、全然違いますね。大型店なんかができ、喧騒は耐えることはありません。しかし、外大の横の道を北上すると、徐々に太秦の雰囲気が出てきます。地下鉄が西進してできた嵐電の「天神川」駅、そして、地下鉄の終点駅「太秦天神川」駅、いずれにしても、自分的には初物。雨で困りはしたものの、この初物は嬉しい遭遇でした。
 ウォーキングが終わると、今日は、時間もあるということもあり、一旦自宅に戻り休息。その頃になると、雨が上がるという皮肉なことに。家では、ウォーキングのあとなので、迂闊に眠ると、夜の部に差し支えるので気をつけながらくつろいでいました。平日に、こないな時間を持てるようになったのが、4月からの新しい出来事です。そして、5時半を目安に、お出かけ。今夜は、京都コンサート・ホールであった「大阪フィルハーモニー 京都特別演奏会〜大植英次スペシャル〜」に行ってまいりました。京都コンサート・ホールに行ったのは、ホント久しぶりです。2〜3年は空いてるんじゃないかな? 今日は、お休みの火曜日だということだけではなく、大フィルの常任指揮者の大植英次が振るということで、大変ベタなプログラムだったのですが、行ってみたくなったのです。そのプログラムは、ロッシーニの歌劇「泥棒かささぎ」序曲、ショパンの第2番のピアノ協奏曲(pf.菊池洋子)、それと、チャイコフスキーの6番のシンフォニー、即ち「悲愴」というものでした。席が、舞台横、それも、舞台の一番奥横ということで、サウンド的には、良くないところですが、今日は、指揮が大植英次ということで、彼の指揮ぶりを、斜め前から、たっぷりと楽しむことができました。非常に多彩な指揮ぶりを見せる人だとは、背中から見ていても、そのように捉えていたのですが、前から見ると、一層、その様子が、よく解りました。ときとして、いや、そのときが多いのですが、非常に知られたメロディーや、ムーディーなメロディーが現れると、アウンザッツだけ、ちょいと指示を出して、あとは振りません。自分が、音楽に酔っているというポーズを繰り返したり、節目のところで、ちょいと顎を動かしたりと、なんか観客の立場。リズミカルな場面に来ると、細かな指示を出していくといった案配。ヴィジュアル的には、とっても楽しむことができます。まあ、オケの方も、弾き慣れた曲だから、そないな感じでいけるのでしょうね。以前、ショスタコービッチの7番のシンフォニーを間近で聴いたときは、細かな指示を、体いっぱいを使って出していたという記憶が残っていますから、こないな指揮ぶりは、やはり手慣れた曲だということなのでしょうね。もちろんコンチェルトのときは、そうではありません。逆に、半分体を回転させ、常にソリストを見ながら、指揮を続けるということを徹底させていました。そこまで、丁寧にする指揮者は見たことないなぁの印象です。最近の指揮者は、様々な効果を考え、オケの配置を、いろいろといじってくれます。今日は、「泥棒かささぎ」で、小太鼓を、舞台一番前の両端に配置したり、「悲愴」では、コントラバス8つを、舞台最後方正面に、横一列分に配置し、パーカッションは、舞台右端、但しコントラバスよりは前に置き、コントラバスの前に、木管を並べ、木管の左にホルン4つを、ボックス状に置き、残りの金管を木管の右に置くという配置でした。黄紺の席は、コントラバスの真横。ですから、どのような音楽的効果があったかは不明のまま。今日は、かなりの不入りでしたので、当日券で、好きな席を選べば、そないなところはクリアできたのでしょうが、大植英次指揮ということで、万全を考え、前売りを買うと、席を選べないという仕掛けです。肝心の「悲愴」ですが、部分的なおもしろさではなく、全体像を見渡した上で、それぞれのパーツがある、そのような曲作りがなされていたように思いました。一例を上げますと、インテンポで、ぐいぐいと邁進する替わりに、テンポを揺らした方に、部分的にはおもしろい、第1楽章の第2主題が出てくる直前を、インテンポで引っ張ります。すると、第2主題は、なんと素晴らしい静寂の音楽になったことでしょう。第2主題は、繰り返し現れるメロディーですから、ここで、静寂のテーマが埋め込まれると、それとの相対性で、一つの音楽の骨格が、自然と組み上がるという仕掛けです。正面から指揮者を見れるということで、第2楽章の5拍子を、どのように振るかというのを楽しみにしていたのですが、ここは、先ほど書いたように、全然振ってくれない。ただ、大植英次の体の動きからして、2拍子と3拍子の組み合わせで振るんじゃないかと推測はできました。京都コンサート・ホールの中に入るまでに、まわりくどい道になっていますが、あれって、すぐに現実に戻らないで、しばしの余韻を楽しむのに貢献してるなと、ヴァチカン美術館を想起させる螺旋通路を歩きながら考えていました。




2010年 4月 20日(火)午前 6時 14分

 出勤の日であるにも拘わらず、朝3時に目が覚め、僅かの二度寝ののちに出勤。午後も、時間が過ぎるにつれ、そのダメージが大きくなっていってしまった昨日。でも、夜は繁昌亭。昨夜の繁昌亭は、「第18回桂ざこば一門会」。しかも、ネタおろしで臨むというもの。そんなわけで、最近ご無沙汰の会を覗いてみました。でも、ちょうばは、半月前に既にネタおろしをしていましたし、わかばは、12.3年前に手がけ、そのあと放っておいたというネタを出しました。一番、ネタを広げないわかばが、これではあかんな。しかも、その話、ホントかいなの?付きです。で、番組ですが、そうば「うなぎ屋」、ちょうば「風邪うどん」、都丸「天狗裁き」、(中入り)、わかば「持参金」、ざこば「鴻池の犬」というものでした。「うなぎ屋」は、ざこば自身、自分が広めたネタだと言っていました。そうば曰わく、前座ネタで、演じ手の少ないネタ。確かに、そう言えますね。あまりに、落語っぽいので敬遠されるのかななんて考えていました。でも、これを聴くと、どうしても、喜丸を思い出します。それだけ印象的な「うなぎ屋」を残したのですね。しかも、ざこば一門会で、これを聴くと格別です。ぬか箱のくだりなどは出ないあっさり系の仕上げでした。「風邪うどん」は、酔っ払いが弱いです。もうそっと酔っ払ってもらわないといけません。小声での会話も、一工夫が欲しいな。吉朝の小声の出し方で大きく言うというテクニックを参考にして欲しいな。「天狗裁き」を、都丸までがネタおろしをしなくってもと思うのですが、そう思うと、うとうとと来てしまいました。わかばは、相当な早口。「口合小町」をするときの調子を思い出しました。「持参金」は、ネタの力というものを感じさせられます。いつ聴いても。しっかりと聴いている落語ビギナーを、噺の力で笑わせることができるからです。ざこばが「鴻池の犬」をするということが、最大の楽しみだったのですが、冒頭の挨拶のところから、弱気。途中で切り上げて、荒筋だけ言って降りるかもと言ってましたが、最後まで持って行きました。ただ、ひやひやしながら聴かねばなりませんでしたが。一つ一つのシーンが替わるたびに、次は大丈夫かと、そして、実際、ざこばは緊張した感じで言葉を探している風情を垣間見せもするのですが、大丈夫でした。次回が、「猫の災難」をネタ下ろしするそうです。このネタ選びが、とっても気になっています。いいネタを手に入れるかもの予感です。人情噺だけではなく、こういった人に合ったと、一方で思えるネタだからです。なお、「鴻池の犬」は、米朝、勢朝の音源から覚えたと、ざこばは言ってました。勢朝は、子どもの出てくる噺がいいですから、目の付け所が気に入りました。




2010年 4月 19日(月)午前 4時 47分

  大阪府門真市(16)〜守口市(19)〜大阪市鶴見区、城東区写真集

  昨日は、寝過ごしませんでした。おかげで、絶好のウォーキング日和を堪能できました。昨日も、午後から予定を二つ入れていましたので、午前中が、ウォーキングの時間帯です。昨日は、先週の「門真市」駅出発と、最初は同じコース。が、今回は、近畿自動車道の西側。そして、近畿自動車道が、東方向に曲がり出すと、近畿自動車道から離れ、寺方錦通を南進し、鶴見緑地に向かい、そこを出たあと、昨日は、京阪のいずれかの駅にたどり着ければと思っていたのですが、目標としていた「京橋」までは、ちょっと時間が足りず断念しました。詳しく、コースを書くと、次のようになりました。京阪「門真市」駅〜(寺方錦通)〜焼野1交差点〜鶴見緑地〜関目自動車学校〜大阪 信愛女学院〜「北菫橋」〜京阪「関目」駅〜関目聖マリア幼稚園〜JR城東北貨物線「じょうとう011」橋梁〜JR城東北貨物線「雲月」橋梁〜蒲生中学校〜京阪「野江」駅。桜が終わり、新緑がとってもきれいな季節となってきました。鶴見緑地は、ホント、うきうきするところです。緑地西橋を出て、関目自動車学校に向かう道がいいですね。前に、そこを通ったときは大雨でと、半年ほどの前のことを思い出していました。最後は、中途半端な時間となってしまったため、「野江」を大回りに回るというコースで、ジャスト2時間かと思っていたら、きっちり蒲生中学校で間違ってしまいました。これも、以前、横を通っていたので、間違いに気がつきました。
 京阪「野江」駅から天満橋駅まで移動をして、谷町筋沿いで、お昼ご飯。更に、谷町筋を歩き、午後の部の会場、大阪歴史博物館に向かいました。昨日は、こちらの4階の講堂を使って、「テノヒラサイズ」という劇団の公演がありました。この講堂を使っての公演というのは、おそらく初めてでしょう。150以上は入る会場ですので、一定集客力のある劇団にとっては、格好の会場じゃないかな。昨日は、「飴と鞭と罪と罰」という芝居が上演されましたが、こちらの劇団、思わぬ場所、時に、芝居の舞台を設定し、そこから自由に物語をでっち上げることが得意なようです。場所は、富士山の頂上、時は近未来。そこに集う、富士山再開発プロジェクトに係わる業者、国土省のお役人が登場人物です。半年間、同じ場所で働いてきた人たちが味わう売り込み競争、人間関係、中には、ドロップアウトして、富士山の模型ばかりを作る人もいる。ありえない舞台設定をして、そこでは、結構、日常起こりそうなことが起こっている。そないな感じに、ちょっと前半は、半寝状態。ウォーキング疲れの方が勝ってしまってましたが。非日常性の部分が勝ち出す中盤から、俄然、盛り上がっていきます。富士山は、活火山なのですとまあ、設定の部分で、お約束の流れへとなってくるところから、異様な設定が勝ち出します。富士山の地中にエレベーターを設置してあり、そこで作業する人たち、及び、自分たち自身の救出作戦が展開されることにより、様々な思惑を持った人たちの協力関係ができていく。そこのテンポの良さがいいですね、この劇団。台本的におもしろかったのは、富士山の動きを、自身の体内に具現している人物を登場させたこと。その男を怒らすと、富士山の活動が活発化するという荒唐無稽なことを考え出したこと。ありえない設定に相応しいありえない現実、それを案出した、最大のヒットです。役者さんが、とっても充実。段ボール箱を使った見立て芸的お遊びも冴え、観客動員があるのに納得です。エンターテイメントに徹する芝居が大流行です。どういったことを思いつくか、発想の柔軟さを求められるのが、今の芝居です。韓流と、そういった意味では同じだな、そう感じている黄紺です。
 芝居が終わると、日本橋へ。まず、文楽劇場で、1枚のチケットを買い、いつものネットカフェで、1時間余りの時間調整。夜の部は、「隕石少年トースター」という劇団の公演を観に、in→dependent theatre 2ndに行ってきました。従って、昨日は、芝居漬けの1日というわけです。こちらの劇団に目を付けたのは、こちらの役者さんを、他の劇団の公演で知ったこと、もう一つは、客演されている役者さんの公演を観たからという、よくきっかけとすることからです。「今宵、宇宙エレベーターの厨房で」という芝居だったのですが、こちらの芝居も、ありえない空間を設定しました。時代は近未来、地球から月まで宇宙空間を、エレベーターで移動する、そのエレベーターの厨房というのが、舞台設定なのです。ですから、昼間の芝居と全く同じことが言えるわけです。どれだけ、ありえないことをでっち上げ、客を、無理矢理、その時空に引っ張り込むかが勝負なのです。そういった意味では、かなり苦しい。エレベーターに乗り込むことを躊躇うなんて、飛行機嫌いの男でしかないし、シェフの搭乗が遅れるということで話を持たせる意味のない、芝居の中で意味のないことで時間稼ぎをしたり、「フィガロの結婚」で使われる机の下に隠れ見つかりそうになるプロットを使ったり、これはあかんでぇという突っ込みばかり。要するに、こないな設定でなくてもいいじゃない、でっち上げができてないのです。演出家も気付いたのでしょうね、そこで、異様なハイテンションという、違った角度から芝居に活を入れようとした。最初は、オーナー一人の異様さだったのが、そこから伝染していき、全員がバランスの取れたハイテンション芝居に持って行きました。これは成功。台本の至らなさをカヴァー。それができる客演の個性が光ります。そのハイテンション芝居の中で、ようやく設定の妙が呈示されました。でっち上げで喜ばせる展開へと入っていってくれました。ミジンコターボの公演に参加した役者さんのキャラに合わせた芝居を書けばいいのに、ハイテンション芝居に貢献したのは、客演さんというのは、寂しいですね。終わったときに、大きく空いていた穴が、かなり詰まっていたのが救いですが、これは、この劇団の力とは、残念ながら思えないのであります。
 芝居が終わりますと、息子の大阪での住まいを覗いてみました。黄紺も、それを見て、大阪市内に同じような部屋をゲットしたくなりました。帰りは、今日は、京都に戻る息子の車で、また、門真に戻り、第2京阪をすっ飛ばして帰ることになり、これじゃ、ふりだしに戻るじゃないかと思っていたら、空いていた高速では、あっという間に京都でした。




2010年 4月 17日(土)午後 11時 10分

 昨晩も、また同じことが起こっちゃいました。4時に目が覚めてしまい、起き上がって、またまたパソコンいじりをしながら、二度寝をしたいので、酒を呑む。それで、確かに二度寝はできることはできたのだが、今度は寝過ごしてしまいました。全く昨日と同じ。ただ、学習効果というものはあるもので、今朝は、慌ただしくならないようにと、目覚ましをセットしてから二度寝に入りました。ここまでは狙い通りだったのですが、なんと、タイムスケジュールの勘違いで、目覚ましのセットを1時間遅くにしてしまった。黄紺のすることは、こないなものです。昨日は、同じ寝過ごしでも、まだ辛うじて予定をこなすことができたのですが、今日は、どうしようもない。午後に入れているものは、二つとも予約を入れているものばかりですので変更が効かないものですから、午前中に予定していたウォーキングは中止。気温は低いのですが、爽快なお天気。こないなウォーキング日和を逃すなんてと、かなり朝から落ち込んでおりました。替わりに、家の片付けに割く時間はできたことはできたのですが、歩く快感を知った今は、やはり悔しさが先に立ってしまいます。
 で、今日のお出かけは、結果的に12時を少し回ったところ。まず、今日は、京阪「淀屋橋」駅近くにある御霊神社であった「第二回超古典落語の会」に行ってまいりました。この会は、小佐田センセらが、絶えてしまっている古典を、独自の脚色を施し、復活を試みるという会で、今日が2回目となります。前回は、他の会とバッティングをして行けなかった、なかなか貴重な会です。今日の番組は、阿か枝「百人一首(荻田清脚色)」、花丸「くさめ茶屋(初代桂文治原作・くまざわあかね脚色)」、九雀「これこれ博打(小佐田定雄脚色)」、雀松「指仙人(初代桂文治原作・荻田清脚色・小佐田定雄補綴)」、(中入り)、出演者全員&脚色者全員「大座談会」というものでした。阿か枝の「百人一首」は、円都の持ちネタの再現。根問いもので、百人一首に関して、喜ィ公が、ボケながら、甚兵衛はんに聴いていくというもの。天智天皇、持統天皇、小野小町、西行らが出てくるのですが、西行のくだりが長い。中には「鼓ヶ滝」も出てきました。円都の家で、荻田氏が、解説を交えながら収録した音源を基にした再現で、極力、円都口演のままの再現を、阿か枝に依頼したそうで、解りそうで解りにくいくすぐりが入っていました。「くさめ茶屋」は、お茶屋に風邪の神さんがやってきたために、お茶屋の人間が、次から次へと、体調を崩していくというけったいな噺。モチーフだけ残っていたのを、くまざわさんが肉付けをしたもの。「これこれ博打」は、以前、文我で聴いたことがあるネタ、九雀の口演を聴き出したところで、ちょっとは思い出しました。最後は、手の動きで落とすという珍しい噺です。喜ィ公のボケ方がいいのかな、九雀の口演が異様に盛り上がっていました。「指仙人」も変わった噺です。放蕩が過ぎ、親から勘当され、ついには乞食になった若旦那が、昔のなじみのたいこ持ちと再会するところから始まります。そのたいこ持ちから路銀をもらい、こないなことをしていたらどうしようもないということで、木曽の山中に行き、仙人になろうとする噺です。この飛躍が、どうしようもなくついていけませんが、更についていけないのは、そこで、かつて新町で、若旦那がなじみにしていたお女郎さんと再会します。その女は、指を使いこなし、思い通りのものを出す仙人になっており、仙人修行がうまくいかない若旦那に、いろいろと欲しいものを出していくという展開。ちょっと飛んでいるというか、とんでもないというか、「くさめ茶屋」ともども、質的に、他の二つに比べ落ちる感じがしました。ともに、文治作というのが、気になります。座談会では、小佐田センセは、かつて米朝師のやってきた作業を引き継いでいけたらという趣旨で開いていると言ってました。会の新鮮さ、まだ見ぬ古典への関心からでしょう、とっても多くの人たちが詰めかけた会となりました。
 落語会が終わると、本町駅から難波に移動。千日前のネットカフェで、1時間弱の時間調整。夜は、トリイホールであった「浪曲乙女組」に行ってきました。このユニットの会との巡り合わせが悪く、ようやく行けたという感じです。まず、冒頭では、三人の曲師さんが舞台に座り、主役の三人が、それぞれ舞台後方から、順次歌いながら登場するという趣向。全員が舞台に上がると、今度は、今日、自分の相方を務める曲師を紹介。奈々福と沢村豊子が同居していたことがある話と、沢村さくらが、酒をたくさん呑む話が大盛り上がり。番組は、春野恵子(一風亭初月)「樽屋おせん」、菊池まどか(沢村さくら)「阿波の踊り子」、玉川奈々福(沢村豊子)「寛永三馬術〜間垣と度々平〜」でした。「樽屋おせん」は、いいです。前にも書きましたが、これあかんでぇという人間が出てきて、筋立てを振り回すネタは、願い下げです。今日は、この口演を撮るために、TVクルーが入ってました。昼の公演のあとだったからでしょうか、春野恵子の声の調子が、ちょっと落ちてました。それと、大阪弁、やっぱしんどいですね。菊池まどかのネタは、初遭遇。持っているのは知っていたのですが。春野百合子からもらったと言ってました。「樽屋おせん」を聴いたあとからでしょうか、一旦、またかと思ったのですが、ホッとする話です。幕末の争乱状態の中の話ということで、わりとリアリティを感じてしまいました。基になる話があるのでしょうか? 時期を、えらく限定しちゃったので、そないな感じがするのですが。この「乙女組」の公演は、昼が「男」を、夜は「女」をテーマにしていたのですが。奈々福は、出てくるなり、「女」の話は、自分的に、前の二人の口演を聴いて飽きてしまったので、「男」の話をします、私は、浪曲界で一番顔が長いからというわけではないのだが、馬の話を多く手がけるとことわり、「寛永三馬術」へ。「愛宕山の昇り降り」「大井川の乗り切り」と来て、「寛永三馬術」は三つ目となります。昨日、ワッハで京山幸枝若で聴いた「大井川の乗り切り」にも出てくる度々平と間垣平九郎の出会い、及び、度々平のケンカまで続きました。後半のケンカの場面で、ようやく度々平の正体が語られます。なかなか正体の話が出てこないので、このパートでは、それが眼目ではないのかと思ったくらいでしたが、ちゃんと出てきてホッとしました。丸亀を出る話から、「大井川」は始まりましたから、何か、度々平のケンカというものが関係あるかもしれません。この「寛永三馬術」、なかなかおもしろいです。講談でも出会えたらいいのですが、遭遇体験は少ないですね。奈々福の声はクラシックの歌手のような伸びがあります。とっても魅力のある声です。「シンデレラ」を聴いたときには聴けなかった声を聴かせてくれました。それだけ、幅広い声を持っているということです。もっと聴いてみたいです。




2010年 4月 17日(土)午前 5時 10分

  大阪市遊歩(49)写真集

 一昨夜は、明け方の4時に目が覚め、またまた勤務のない日の恒例のことかと思い、酒を呑み直しながらパソコンいじり。そしたらどうでしょう、二度寝がバッチリどころか、今度目が覚めると、10時前。ガッツポーズです。むしろ、その後の動きに支障が出かねない大爆睡でした。結局、家の片付けは一切できず、お出かけです。昨日は、まずウォーキング、次に映画、そして、夜は講談会というスケジュールを組みました。まず、雨中ウォーキングです。昨日は、「桃谷」駅から環状線の外を目指し、南北の巽あたり、場合によっては、近鉄線のいずれかの駅を目指し歩き始めました。その詳細なコースは、次のようになりました。京阪「天満橋」駅〜大阪府庁〜NHK大阪放送局〜難波宮跡東辺碑〜大阪カテドラル〜大阪女学院〜イタリア料理店「GRANATO」〜出雲大社高津分祠〜夕陽丘高校〜JR環状線「桃谷」駅〜プール学院〜生野温泉〜圓妙寺〜舎利寺小学校〜生野俊徳橋〜巽公園〜上下之田橋〜コリアンキッチン「李朝園」〜法泉寺〜熊野神社旧跡碑〜地下鉄千日前線「北巽」駅。昨日のコースでのお気に入りは、大阪カテドラルや大阪女学院を通っている通り。街中で、とっても落ち着いた雰囲気で、大阪に、こないな閑静なところがあるとは知りませんでした。森ノ宮から入ったところから、違った雰囲気を感じました。その道を、森ノ宮からずっと南下をしたわけですが、近鉄線のガード下をくぐると、ぐっと庶民的になります。そして、夕陽丘高校に近づくと、また落ち着いてきます。これは、なかなか得難い道ですので、これからも活用していきたいものです。それに反して、「桃谷」駅以後は、とっても庶民的。表通りを通らなかったこともありますが。そういった雰囲気から解放してくれるのが、巽公園。なかなか広く、桜も、まだ若干ながら残っていました。花見には、要マークのポイントです。
 「北巽」から千日前線で、難波乗り換えで、心斎橋に移動し、スケジュールとしては、韓国映画を観るつもりをしていました。ところが、難波駅で、一旦御堂筋線に乗り込んだところで、急にワッハの資料館で演芸資料を観ることに、気持ちが傾き、地下鉄を飛び降りました。結局、今日の午後は、3時間半近く、ワッハのライブラリーを利用することとなりました。400円で、あれだけのものを観れるのは、とっても得難いことです。昨日、視聴できたものを記しておきます。@NHK「芸能8時館」の「師匠、今夜は無礼講〜春野百合子〜」ANHK「東西浪曲特選」より、天龍三郎(三味線:古川春光、ギター:安井久雄)「紀伊国屋文左衛門〜みかん売り〜」、京山幸枝若(三味線:藤信初子・小池菊江)「寛永三馬術〜大井川乗り切り〜」B桂枝雀「雨乞い源兵衛」(東芝EMIのDVD)CNHK「日本の話芸」より、桂吉朝「抜け雀」。まずライブラリーに行くと、「春野百合子」で検索。ガードされているものがあり、全部は観れないのが現実。そないななか思いがけない番組を発見。春野百合子を囲んで、縁の人たちが、春野百合子の素顔を暴こうという番組。その証人となったゲストは、中村美津子、内海英華、正司敏江・玲児、暁照夫、二葉百合子という人たち。暁照夫の証言が可笑しかったな。暁照夫は、自分の店を店を持ってますから、そこに現れ、お酒を嗜む春野百合子を再現してくれました。最後に、5分だけ、大林静子の三味線で、「高田の馬場」を披露していました。天龍三郎と京山幸枝若の浪曲は、同じ番組に入っていたので、一挙に観ることができました。「紀伊国屋文左衛門」は、嵐の海を乗り越えたあとの話。なんの前触れもなく、江戸で、みかんが高騰しているとなっていました。これ、あかんやろという省略形です。浪曲が、得てして犯す省略です。皆が知っているという前提なのか、その部分さえおもしろければ良しとの考え方なのか、浪曲に関して感じる疑問、不満です。軽妙な語り口、おかしみを引き出す構成、幸枝若、天龍三郎は似ています。春野百合子とは好対照、でも、いろんな芸風があるから、浪曲は楽しいのでしょうね。幸枝若は、当然、先代です。当代の幸枝若と、芸風はそっくり。柔らか味を、より感じる当代の方が、自分的にはお好みです。そして、枝雀。もう最高に気に入りました。先日、三三の会で、しん吉が、このネタを出したものですから、急に聴きたくなったのです。枝雀は、オーバーアクションだけではなく、全身、これ、落語です。身体的に有機的に機能している、これは、枝雀に対する最大の賛辞だということが解ってきました。その中心は、目の動き、目の表情です。オーバーアクションにばかり、目が行っていた自分を恥じ入る目の動きです。これが、身体表現の全てと有機的に繋がっています。これは、すごい。「雨乞い源兵衛」は、その良さを凝縮して示してくれました。今後、聴き慣れたネタを、枝雀は、どういった身体表現をしているかを追いかけたくなって、うずうずしています。それを観たあとだったからでしょうか、吉朝が、普通すぎる噺家さんに見えてしまいました。確かに、吉朝的味付けの見えないネタでもありました。どっちかというと、米朝が背後霊として控えているような口演でした。「狐芝居」を観ようと思ったのですが、「雨乞い源兵衛」という小佐田作品を観たあとでしたので、ちょっと変化を求めて、「抜け雀」を選んでしまいました。
 今度は、日本橋駅から、谷九乗り替えで谷六へ移動。薬業年金会館へ移動。そそられる会の多いなか、前から楽しみにしていた「神田愛山独演会IN大阪」に行ってまいりました。いい雰囲気を持った講談師神田愛山を、大阪で聴ける嬉しさ、何はさておいても行かねばなりません。番組は、南海「家康の最期」、神田愛山「天保水滸伝〜笹川の花会〜」「ポッタン(露地野裏人・作)」「修学旅行(露地野ぼん子・作)」となりました。南海さんの前講に続いて、愛山が、3席、高座を降りることなく、連続3席を演じました。南海さん、30分、愛山1時間ジャストという会でした。「家康の最期」は、南湖では聴いたことがあったのですが、南海さんでは初めて。微妙に違う演出。特に、家康が刺される部分は、軽めにしたのが南海さん。それに、幸村の影武者が現れるくだりは、南海さん風の洒脱なお遊びが続きます。お目当て愛山の白眉は、「天保水滸伝」。浪曲の音源や講談本から、自身で起こしたものと言ってました。ま、浪曲は、講談からいいとこどりをしたものでしょうから、元は講談なんでしょうが、浪曲で有名になりすぎたということなのでしょう。逆輸入は珍しい。侠客者らしく、男気がテーマです。これが、愛山の語り口が合いますね。師の山陽からも、「天保水滸伝」を勧められた由縁は、黄紺にもなんとなく解りますし、また、それを眼前に示してくれた宵となりました。それに反して、あとの二作は、新作、それはいいとして、あまりに小品。露地野ぼん子作品は、以前から、愛山は、大阪に来るたびに披露してくれているものですが、着想はおもしろい。でも、骨格だけという感じがします。遊びを入れなくっちゃです。すると、必然的に、時間稼ぎができます。前講30分、「独演会」の当人が、1時間は、ちょっともの足りませんね。大阪と東京の感覚の違いでしょうか?




2010年 4月 15日(木)午後 11時 42分

 今日は、冬に逆戻り。着て出るものに困ります。夜になっても、暖かくなりませんでした。そんな夜、今日は、芝居を観に行ってきました。ちょっと芝居づきます、この週末は。今日は、西大橋の「カフェシアターNyan」というところであった「トランスパンダ」という劇団 の公演に行ってまいりました。「君と旅」という芝居が上演されたのですが、そもそもこの劇団をチョイスしたのは、こちらの劇団の役者さんが、他の劇団に客演をされていて、こちらの劇団の存在そのものを知ったのでした。新たな劇団開発の手は、この一手ですね。で、肝心の芝居ですが、芝居のスペースは、カフェです。椅子などを取っ払って、客席が作られ、舞台は、当然、同じスペース上で、しかもカウンターがあるという状態でした。ですから、そういったカフェ備え付けの備品を、そのまま使った芝居となりました。ひょっとしたら、このスペースは、本来は、カウンター方向が客席で、客席が舞台として、芝居が上演されるところかもしれません。カフェを使った芝居、カフェが一貫して、芝居の舞台となっていました。マスター、アルバイトで働く女の子、常連さんが二人で、一人は、マスターの幼なじみ、もう一人はバリスタでコーヒーを入れるのが、とても上手となっています。この芝居、とにかく半ば以上まで、進行が鈍く、同じような日常の繰り返しで、ホントにまいりました。堅い椅子も我慢しなければならなくて、かなり苦痛なうえに、眠たい。そして、お尻の痛み以上の睡魔に負けてしまい、とろんとしてしまったところで、思いがけない展開。気が付くと、アルバイトで働く女の子は、自分の双子の兄が好きになった男の子に会いに、このカフェにやってきたということだったのです。双子の男の子は、女の子の心を持ち、双子の女の子は、男の子の心を持っていたので、ある日、双子は、男と女の服を取り替えたということがあり、そのとき、女の子の格好をした男の子は、このときをチャンスと思い、日頃、好きだっ男の子に告白に行き、その帰り道に、交通事故に会い亡くなってしまったのでした。その最後の様子を知りたいと思った双子の女の子の方が、大人になってから、告白をされた男の子、即ち、カフェのマスターを訪ねてきたのだという話になっていたので、びっくり。韓流映画的展開です。ですが、韓流との違いは、ネタばらしまでの展開が雲泥の差。もっとうまくネタ振りをしようよ、フェイントっぽい話も噛ましておいてよと、バリバリに突っ込ませてもらってました。以前に一度、東京で、住宅展示場での公演を観たことがありましたが、そのときの雰囲気にそっくり。非常に限られたスペースのため、自ずと動きに枠がかけられてしまい、その辺も退屈になってくる原因でした。着想は、とってもおもしろいのですが、その素材を生かし切ったという感じには、残念ながらなりませんでした。




2010年 4月 15日(木)午前 5時 47分

 昨日は勤務日。15年ほど前に、同じ職場にいた方と、幾人か、新たな職場で再会したのですが、一人だけは、なかなか再会できず、しかも、その方から仕事の引き継ぎを受けねばならないこともあり、ちょっと焦っていたのですが、昨日、ようやくお会いすることができ、旧交を温めたのですが、肝心の仕事の引き継ぎのためのアイテムは、他の人に預けてあると言うのです。それには、びっくり。だって、預かった人は、自分がしないのに、手元に持ったままだったのですから。そんなで、ちーと焦り気味に仕事をするという日となりました。夜遊びは、映画です。シネヌーヴォで上映されているハンガリー映画「ウィニング・チケット〜遥かなるブダペスト〜」を観に行ってきました。ハンガリー動乱が起ころうかというときに、サッカーくじを当て、100年分の給料を手に入れた男の運命を描いた作品です。それまで、工場でフォークリフトの運転をしてきた男には、それだけの金額を使う術が分かりません。また、そのお金の保管場所にも困り、近くの墓地に埋めたために、新しい墓が掘られると大慌て、そのような、思いがけないことが起こったことによる戸惑いのエピソード集的だった進行に、曲がり角が登場します。ソ連軍の本格的な侵攻も近づき、日ごとに危険度が増してくるブダペストを出ようとしない男の家族が、突然、遠く離れた地に避難してしまいます。男が、家に戻ってくると、家はもぬけの空で、間借りをしていた女だけが残っていきます。男は、大金を手にしてみれば、逆に失うものが大きかったのです。友人も、その直後、狙撃され失った男は、金を積み、レストランを借り切ってパーティーをしますが、孤独は癒えるものでなかったからでしょうか、その隙間を埋めてくれたのが、間借りをしていた女です。束の間の安らぎを覚えたからでしょうか、女を守るという意味合いがあったのかもしれません、二人で、住み慣れた家をあとにしようとします。女が、もう少しだけいたいからと言うので、男は外に出て待ちがてら、壁に向かって立ち小便をします。あれ、おかしな間だなと思っていると、やはり起こりました。最後は、ホントに記憶をなくしたのか、自ら消し去ろうとしているのか、観る者には、両様取れるような感じで終わっていきますが、とってもやるせない映画です。暗い気持ちにしかならないよなという映画です。それが、ハンガリー動乱というものであり、ソ連の侵攻だったという捉えることもできる映画でした。




2010年 4月 13日(火)午後 11時 51分

  大阪府寝屋川市(20)〜四条畷市(4)〜大東市(9)写真集

  今日は、お休みの日。となると、6時前に、目が覚めてしまう。休みの日の恒例になってしまってます。最近、遊び回っていたということで、午前中には、家の片付けと、夏のトルコに向けて、飛行機の予約完了。実は、ヘルシンキ経由+バルト三国狙いをしていたのですが、あっけなくゲットできなくなってしまってました。気が付いたときに、さっさと事を運ばないと、ダメですね。ということで、細かなことは、あとから考えるとして、往復の航空券だけは押さえました。そないなことをしていたので、ちょっと慌ただしく、お出かけ。前の職場に行かなければならないことがあったので、3月まで、毎日、お昼を食べていたお店で、お昼。お店の方も、転勤をしたことはご存知ですので、その辺のお話を、ちょこっとしました。またの機会をということで、ちょうど切れたポイントカードを、新たにいただいておきました。所用を済ませたあとは、ウォーキングです。天気は、かなり悪かったのですが、天気予報を信じ、傘を持たないでのウォーキング。天気予報は、ばっちりでしたが、いかんせんどんよりと曇っていたので、どうかとも思ったのですが、最近行ってなかった深北緑地に立ち寄るコースを考えてみました。詳しいコースは、次のようになりました。京阪「寝屋川市」駅〜寝屋川トレンドホテル〜寝屋川市立しらゆり保育所〜新家橋〜南寝屋川公園〜蔀屋交差点〜メイプルホール四條畷〜深北緑地〜新深野橋〜江端南交差点〜赤井交差点〜住之井橋〜大阪産業大学専用バスターミナル〜JR学研都市線「住道」駅。当初は、深北緑地から四條畷市内の中心部、更に野崎方向に行くことを考えていたのですが、深北緑地の南端に近づいたあたりで、あと50分ほどあることに気づき、このくらいあれば、「住道」駅まで、余裕を持って行けるのではと思い、実際に、そのコースは、まだ採ってなかったというか、途中で断念したことがあったので、チャレンジしてみました。江端南交差点まで、時間がかかりましたが、存外、赤井交差点までは、時間がかかりませんでした。日曜日には、赤井交差点に西から入り、今日は、北から入ったことになりました。今までのコース取りでは、この赤井交差点が、不思議とネックになっていましたので、ちょっと満足感が出ています。赤井交差点で、2時間までに、10分ちょっとありましたので、「住道」駅を遠回りに回って、南方向から駅に向かうコースを取りました。
 「住道」からJR一本で、南森町に移動。おなじみのネットカフェで、約50分の時間調整。そこから、北区民センターに移動。夜は、「第192回天満講談席」に行ってまいりました。番組は、南斗「越ノ海勇蔵」、南青「楠木正成の初陣」、左南陵「ご存知虎造十八番〜お蝶の焼香場〜」、南海「親鸞上人御一代記〜越後の巻〜」というもので、なかなか重量級のネタが並びました。南斗は、ますます声が出てきていますが、この人、普通にしゃべると、なんか変。照れがあるのかなぁ。まっすぐにしゃべれない感じ。ですから、ネタとして稽古を積んだところはいいのですが、ふっと気を変え、常の雰囲気でしゃべるところで、すべってしまいます。南青くんは、「太平記」にこっています。前半の、正成幼年期の話は大丈夫だったのですが、そのあと、本日一番のダウンを喫してしまいました。左南陵のネタ「清水次郎長伝」は、東京の講釈師さんは、よく出しますが、旭堂にはない話。ですから、左南陵は、広沢虎造の音源を起こして、構成しなおしたようです。CD7〜8枚分を、25分にまとめたと言ってましたが、実際は36分。あとから出た南海さんが、きっちりと突っ込んでいました。お蝶という女性が、次郎長にとって大きな役割を果たしたとは出てきますが、それが説明だけでしか出てこないのが、話の抑揚としては物足りない。ましてや、タイトル・ロールなんだから。恐らく、前段の部分で語られているのでしょうね、ロングヴァージョンでは。その辺が、刈り込みの悩ましいところです。たまあ、ちょっと文句を垂れましたが、努力賞ものです。ない話をあるようにしてもらえたのですから。南海さんは、前回でしたか、前々回でしたかに続いての口演です。独特のメロディーを付けての仏教講話風です。ここでも、前半に悔しいダウン。あの癒し系のメロディーのせいです。鎌倉新仏教弾圧ということなんでしょうね、越後に流されるところは、ばっちり。鬼と言われた流刑の地で、信奉者を獲得していく話へと展開していきました。何でも、講談化しちゃう南海さんの度量の深さを、またもや知らされてしまいました。




2010年 4月 13日(火)午前 0時 51分

 今夜も繁昌亭。3日連続となってしまいました。気に入った会が続くものだから仕方ありません。今夜の夜席は、「繁昌亭夜席〜繁昌亭創作賞受賞者の会〜」があったものですから外せなかったのです。その番組は、三四郎「17才」、たま「胎児」、遊方「クレーマークレーマー」、三風「あぁ、定年」、(中入り)、三風・遊方・たま「座談会」、福笑「宿屋ばばぁ」というもので、今までの繁昌亭大賞の創作賞受賞者の内、三金を除いての登場となりました。ちなみに、三金は、師匠三枝について、ハワイに行っているそうです。三四郎のこのネタは、久しぶり。エピソードのおもしろさだけから、噺を聴いているという感じになりました。お兄ちゃんのおもろい世間話からの脱出です。三四郎の古典を聴いていると当然のような気もしますが、そこが、新作の難しいところなんでしょうね。たまの「胎児」も、ホントに久しぶりです。帯を使った形態模写に、落語のさわりを持ち込んだりと、とにかく笑いへの追求にすごいものがあります。逆子を表す倒立での会話、逆立ちが小さくなったのは、どうしたのでしょうか。「クレーマークレーマー」の前に出したクレーマー実話をたっぷりとマクラで。中には、アブナい話も。ネタ的には、ほぼクレーマーと苦情処理係との対話で進みます。尾ひれを付けて、クレーマーが苦情を言うのですが、嘘も入っているために、どんどんクレーマーが困っていきます。その困りを楽しむ噺かな。「あぁ、定年」は、前に聴いたとき同様、前半と後半は、別の噺みたいです。今回も、気になってしまいました。定年をコンセプトにしながら、定年でなくてもいいじゃないと思ってしまうのが後半なのです。3人の受賞者の中では、たまと遊方の弾けた感じに軍配です。座談会は、秋田で、すべり切ったたまの話が傑作。繁昌亭の昼席に対する見方も、おもしろい。噺家さんからすると、ベタな笑いと、この会に来る客に対する演じ方との違いに苦労するようで、こういった幅のある演じ方の勉強ができるのも、繁昌亭効果のようです。福笑のネタは、第一感、「入院」だったのですが、外れました。「宿屋ばばぁ」って、町おこしの噺じゃなかったっけ? 今日の展開は、単に、秘境の温泉場の宿屋のけったいな女主人でしかありませんでした。変さだけを追いかけるというのは、福笑落語としては、肩すかし。それはそれでおもしろいのですが、単線落語になってしまってました。




2010年 4月 11日(日)午後 11時 18分

  大阪府門真市(15)〜大阪市鶴見区〜大東市(8)〜東大阪市(9)写真集

 今日は、暖かだったのですが、朝、目が覚めたときは雨。お出かけ時間ちょっと前に、雨がやんだものですから、一日中、傘を持ったまま動き回っていました。そしたら、まさかと思った雨に、夕方遭い、助かりました。これには、びっくりでした。で、朝のお出かけは、8時半をメドにして、午前中はウォーキングに当てました。もちろん、午後の予定に合わせてのコース設定です。午後が、繁昌亭でしたので、今日は、学研都市線のいずれかの駅に到達しようと、京阪「門真市」駅を、スタート点に選びました。その詳しいコースは、次のようになりました。京阪「門真市」駅〜アドプト・ロード・まつお〜桑才新町交差点〜三ッ島大橋側道橋〜三島神社〜なみはやドーム〜大阪市営茨田大宮住宅〜関電大東変電所〜赤井交差点〜JR学研都市線「住道」駅〜住道中学校・住道南小学校〜灰塚地区〜大阪府営東大阪鴻池住宅〜鴻池新田会所〜JR学研都市線「鴻池新田」駅。今日のコースの前半は、近畿自動車道に沿って、なみはやドーム近くに行く。次は、大東の中小企業団地内を歩く。後半は、「住道」駅から「鴻池新田」駅まで歩く。とまあ、この三つに分かれています。いずれをとっても、殺風景なところが続くというのは、当初から判っていたこと。ですから、あとで撮った写真を見ても、冴えないこと限りなしです。桜のポイントも少なかったし、公園自体も少ないという地域です。「住道」駅到着までが、1時間25分。最初、そこから「鴻池新田」駅まで、残りの35分では際どいと思い、最短コースを採ったところ、10分前に到着。「鴻池新田」駅周辺を散策していると、鴻池新田会所の入口を発見。駅と反対側だったのですね。その出で立ちは、まるで映画のセットみたい。やはり、ここは、別枠で、時間をとり行かねばならないと、再認識です。余裕を持って、ウォーキングをして、終点を、こちらにして、ウォーキングを終えたあとに見学、これを、マジで考えなくっちゃです。桜は、もうかなり散っています。散りそめた桜も多数です。最後の方で歩いた学研都市線沿いの道(灰塚地区)は、見事な桜並木です。ですが、ほとんどは、既に葉桜になっておりました。来年のために、覚えておきましょう。
 「鴻池新田」駅からは、JR一本で、繁昌亭の下に到着。食事をして、ちょっと待つと開場となります。ということは、15分に一本しかない学研都市線に、うまい具合に乗れたということです。今日の昼席は、たまが、繁昌亭大賞創作賞受賞記念ウィークということでしたので押さえてあったのです。今日の番組は、松五「つる」、扇平「閑所板」、三象「鯛」、染雀「うしろ面」、小つる「天神山」、たま「憧れの人間国宝」、(中入り)、めおと楽団ジキジキ「音曲漫才」、文三「ちりとてちん」、吉次「鹿政断」、鶴志「千早ふる」というものでした。松五は、ちょっと久しぶり。その間に、随分と上達。口舌が、だいぶとはっきりしてきた上に、明るさが出てきました。扇平は、しゃべくりは、やはりうまいですね。たっぷりと方言ネタをふってから、ネタへ。もっと、いろんなネタを聴かせて欲しい人ですね。三象の噺家としての才能を、今日は感じてしまいました。自分らしい「鯛」を見せてくれたのです。ベラが逃げるときには、体をずらして、足で尾っぽの格好をしてみたり、死にかけの鯛の様子をしてみたり、ヴィジュアル的に見せ、その姿が決まってるのです。踊りができる人のいいところを示してくれました。下げもオリジナルでした。染雀の「うしろ面」、微妙に進化したように思えました。小つるの「天神山」にはびっくり。あとが、たまの新作だという配慮でしょうね。こういう連携プレーが、定席のいいところです。時間の関係で、胴乱の安兵衛が出てきたところで切りました。たまは、掴みのマクラに続いて、ショート落語で、自分のペースに引き込み、ネタへ。ショート落語のトップは、「銃撃戦」というのは定番でしたが、最後に「B29」を持ってきました。最後に、もう一度盛り上がる鉄板ネタだけに、とっても懸命な順序です。そして、ネタが大受け。聞き取りにくい会話の通訳が、ベタながら、特に受け方がすごかった。中入りに入ると、各所で、このたまの高座が話題に。相当なインパクトを残した高座となりました。文三の「ちりとてちん」は、何度となく聴いてきましたが、どんどんとくさくなってきています。笑いのツボのところを引っ張ろうという嫌な心根が見えすいてくるのです。客席もわかったのかな。文三にしては、鈍めの反応だったんじゃないかな。吉次の「鹿政断」は、位の問題かな。いつもの感じで登場し、マクラをふり始めては軽くなります。途中から重くしようとしましたが、ちょっと手遅れかな。鶴志がトリネタとしては、ちょっと物足りないネタでしたが、これが、なかなか笑えるものであると同時に、原型を伝えるものではないかと思うのです。娘が、大宮さんへのご奉公で、百人一首を覚え、わけを聞いてきたという発端の自然さ、竜田川の訪ねた郭は新町なんてのが、自然な感じがします。傑作なのは下げ。「とは」について、三つ上げて、これではあかんと、それぞれを否定していって、最後に、本来の下げで落とすという前代未聞のことをやってくれました。否定した三つの一つは、ウルトラマンの「トワ〜」というすごいのも、用意していました。こういったお遊び満載の改作、好きなんだわぁ。
 南森町から日本橋へ移動。今日も、日本橋駅上のネットカフェで時間調整後、トリイホールへ。今日は、トリイホールでは、午後から二部制で「三三独演会」が行われました。その夜の部だけにおじゃましたというわけです。その番組は、弥太郎「子ほめ」、三三「こんにゃく問答」、(中入り)、しん吉「雨乞い源兵衛」、三三「明烏」というものでした。三三は、まず一席目で、弥太郎や弥生という吉弥の弟子に引っ掛けて、自分と師匠小三治の関係、先代小さんと先々代小さんの関係に触れ、そういった師弟関係に触れたあと、自身の余興体験を、随分と時間を取っておしゃべりをしたので、きっと一席目は、短めのネタかと思ってると、なんと「こんにゃく問答」。結局、三三は、一席目は、45分くらい高座に座ってたんじゃないかなぁ。このおなじみのネタを聴いていて、三三という人、とっても声に豊かな表情を持っていることが、この人の特徴だなぁと了解できました。それに、手慣れてんでしょうね、淀みがない。一人がしゃべってる間に、もう一人が感じたことを、三三の体内に感じると言っていいほど、淀みがないのです。昔、「鰍沢」を聴いたときとは、随分と印象が違ってきています。それだけの精進があったのでしょうね。今日の二つのネタには、ともに異質な人物が、それぞれ出てきます。「こんにゃく問答」の問答僧、「明烏」の若旦那ですが、三三は、それらを鮮明さにこだわって描きます。これが大成功のもとで、話の骨格が、見事にクリアになります。もう狙い通りの展開に持ち込める術を心得ているのが、よ〜く解りました。「明烏」の若旦那が、お茶屋で泣くところは、クリア過ぎたかなと思うほどでしたが。その分、廓噺特有の意気さとか、軽妙さみたいなものに、ちょっと物足りなかったかな。弥太郎の高座は初遭遇。言葉の運びだけを見ると、楽しみだなぁとは思うのですが、対話のテンポに変化がなかったり、身体と台詞のズレを感じたり、目線の持って行き方に物足りないものはあったことはありました。しん吉は、「大阪では珍しい噺」と言って始めたので、ちょっと色めき立ったのですが、「雨乞い源兵衛」でした。枝雀のネタですが、黄紺自身は、初遭遇だったような気がします。三三は、枝雀体験の最初が、このネタだと言ってました。小佐田センセの作品です。




2010年 4月 10日(土)午後 11時 23分

  大阪市遊歩(48)写真集

 土日になると寝不足。今日も、3時半に目が覚めたまま寝られずで、4時には起き上がって、パソコンいじり。朝9時前には出かけて、今日の予定に取りかかることにしてましたので、二度寝はかなわないままのお出かけになりました。午前中はウォーキング、午後は浪曲、そして夜は繁昌亭という、なかなか濃密なスケジュールです。そないなこともあり、一心寺に行きやすいように、ウォーキングのコース設定をしました。今日は、とにかく一段の気温上昇で、初夏を思わせる陽気で、ウォーキングの途中からは腕まくりをして、背中は汗という状態でした。今日は、アーバンウォーキングです。地下鉄の中央線の「今里」より東の駅のいずれかを目指し、時計を睨みながら歩きました。「小路」駅までと、ちょっと欲張りかけたため、近鉄線の南側までは、一応出たのですが、時間の超過幅が大きくなりそうでしたので、最後の最後で、到達点の変更をしました。そのコースの詳細を記すと、次のようになります。京阪「淀屋橋」駅〜伏見町3交差点〜西船場公園〜靫公園〜地下鉄「西大橋」駅〜大阪西労働基準監督署〜堀江公園〜御津八幡宮〜トルコ料理店「NAZAR」〜ウィングフィールド〜大阪市立中央スポーツセンター〜東堀橋〜からきゆちょう公園〜鎌八幡(円珠庵)〜成道寺〜宝国寺〜真田山公園〜玉津南公園〜南弁天橋〜近鉄大阪線「今里」駅〜片一橋〜大今里南公園〜地下鉄「新深江橋」駅。一旦、西に向かい、それから東に向かったのは、あまりまっすぐに目標に向かって歩くと、到達予定地点に早く着きすぎると思い、敢えて迂回コースを設定したのでした。本日一番の桜は、堀江公園かな。
 「新深江橋」からは、谷九乗換えで夕陽丘四天王寺駅へ移動。今日の午後の部は、「一心寺前浪曲寄席4月席」の第1日目に行ってまいりました。最近、月1回のこの寄席は欠かせません。今日は、菊池まどかが出るからでしょうね。早々と客が詰め掛けびっくりです。受付では、歌手としてのデビューアルバムが売られていました。黄紺は、浪曲の方のCD&DVDを買ったところ、菊池まどかのサイン色紙をいただきました。家に飾っておきます。今日の番組は、真山広若(真山幸美)「北方の故郷」、京山倖若(沢村さくら)「奥州奴」、菊池まどか(虹友美)「祐天吉松」、松浦四郎若(藤信初子)「秋田蕗」というもので、この席は、菊池まどかが、3日とも三番手として登場し、あとの3人が日替わりでトリを務めるという布陣になっています。菊池まどかの扱いが、こないに大きくなってるとはとびっくりです。松浦四郎若は、芸術祭で受賞後、この席には初登場です。自分的には、真山広若が初遭遇、京山倖若はこっけいな地の部分が楽しみな方。と、なかなかの楽しみな顔ぶれでした。真山広若は、歌謡浪曲でした。しかし、ネタがネタです。北方領土がらみのネタで、そして、その内容が、別に北方領土でなくてもかまわないというもので、自分的には、ちょっと引いてしまいました。故郷喪失者が酒びたりになり、妻を亡くし、子どもを邪険に扱い、そして、子どもの事故で目覚めるという、あまりにベタなんだなぁ。京山倖若は、谷風の少年時代の話。無頼漢の男、そのボスを、うまくかわし、それとなく力持ちだということを挿入しています。倖若の、無頼漢をこけにする言い方が滑稽で、楽しくって。「祐天吉松」は、ちょうど半年ほど前に、師匠の小円嬢で聴いたところ。相変わらず、このネタに関しては、エッセンス取りの悲しさを思い出しましたが、菊池まどかの背後に、どうしても小円嬢が浮かびます。あの自在な表現が浮かんでしまって、、、。声の迫力は、菊池まどかはいいんだけどと、損をしてしまいました、今日は。「秋田蕗」が、ネタも良かったし、トリネタとして堪能しました。殿中での刃傷かというところまで発展するお国自慢、秋田の巨大な蕗をせせら笑う安芸の殿さんに対するしっぺ返しですが、それを、まともにすると腹を切らねばならないという嫌な時代ですね。ですから、また。物語が生まれるのでしょう。松浦四郎若という人、2回目なんだけど、そんなに突出した声を持ってるわけじゃないけど、なんか引き込まれますね。それが、芸なんでしょうが、まだまだ勉強中の黄紺です。
 夕陽丘四天王寺からは、谷町線一本で、南森町に移動。おなじみのネットカフェで、1時間半以上の時間調整。夜は、もちろん繁昌亭です。今夜は、「天満の銀座〜12丁目〜」がありました。銀瓶は、毎月、繁昌亭で、自分の会を開いていますが、覗いてみるのは、今日が初めてとなります。番組は、喬介「寄合酒」、銀瓶「隣の桜」、春蝶「紙入れ」、(中入り)、ビックリツカサ「マジック」、銀瓶「一文笛」となりました。喬介は、慣れたネタでも、また、喬介で、前に聴いていても、前のめりに聴いてしまいます。天然系なんだけど、噺はしっかりしている、なんか、感覚の違いを楽しめる、そないな魅力があります。春蝶は、避けています。好きではないのです。変にひねてしまったという感じがしてしまって、そないになってしまうのです。そんななか、「紙入れ」は、春蝶の才能を、一方で感じました。素材はいいんだけどと、また、突っ込みそうなんですが、「紙入れ」のそこかしこで挿入される言葉が、的を得ていて、才能を感じてしまうのです。だけど、かげんは解って欲しいな。酔っ払いの小咄って、不要でしょう。いい言葉を入れてるんだから、素っ頓狂な声は不要でしょう、そないに思ってしまいます。やっぱ、いいところと、悪いところを見てしまいましたが、このネタについては、いいところが余りあって凄いと思いました。で、肝心の銀瓶、お目当ては「隣の桜」。序盤の、旦那と丁稚の掛け合い、次の丁稚と漢学の先生の掛け合いも、なかなか期待通り。人物の描き分けの確かさ、中でも漢学の先生の早口っぽい言い方が、ちょっとした生意気さみたいなものを出していて、グー。でもね、この噺って、桜に浮かれた陽気の良さを感じさせて欲しいんだよね。仕返しの終盤、もっと引っ張って欲しいな、それに、同時に、壁に上がるという緊迫感が欲しいな。何が起こるか判らないというわくわく感がないと、つまらないっすよ。「一文笛」は、銀瓶の静かな語りがいいですね。銀瓶は、「立ち切り」の成功後、そういったしみじみ系語りに、自信を持っていますね。「菊江仏壇」なんてのに、手を着けてくれないかなぁなんてこと考えながら聴いていました。




2010年 4月 10日(土)午前 5時 36分

  大阪市遊歩(47)写真集

 昨日は、お休みの日ですので、朝からちょっとお酒などを呑みながら、今年2回目の韓国旅行の予約を完了。いつも使っている旅行社が、今回も一番お手頃かなと思って、予約完了寸前に、自分のメルアドを入れようとして、メールの受信ボックスを開けたら、なんと他の旅行社から「お誕生日プレゼント」で、最大3千円引きのメールが入ってたので、慌てて、この旅行社に変更。それに、朝っぱら、結構手間取っておりました。お出かけは、朝から。七芸で行われている「韓国映画特集」の一本「今、このままがいい」を観ました。この分だと、今回上映されている4本とも全部を観てしまいそうです。なんせ、上映期間が長いもので。まず、肝心の映画ですが、ほとんど主役の二人だけの映画と言っていいと思います。その一人が、「魔王」「最強☆彼女」「キッチン 〜3人のレシピ〜」などのシン・ミナ。その義姉を「天軍」「家族の誕生」などのコン・ヒョジンが演じます。話は、二人の姉妹のす母が亡くなったところからスタート。突如、妹の方が、実父探しに行くと言いだし、姉に同行を求めます。二人は、普段から仲が良くないのですが、姉はついていきます。この「ついていく」というのが、大切な伏線だということは、最後に判ります。二人は、性格も逆で、姉は社交的で、妹は生真面目。姉は、シングルマザーで、その息子は、父親がいないと言っては、いじめられている。その姿を、自分の幼い頃を思い出されるとして、また、妹は姉をきらいます。その二人が、口論しながら、車に乗っていたものですから、交通事故を起こしてしまいます。幸い大事には至らなかったのですが、姉が妹を看病するというシテュエーションが、徐々にしっとりと話をしていく機会を与え、その中で、姉は知っていたのですが、妹が知らなかった父親に関する重大な情報に気づきます。姉が、ラスト前で言う台詞が心に沁みます。「昔からずっと、皆、あんたの周りにいたんだよ」。妹の肩肘張っていた心が、その言葉に吸い取られるように氷解していきます。うーん、いい映画なんだけど、あまりに設定が特異で、唖然とするしかありませんでした。その種明かしがされたとき、黄紺の頭をかすめたのは、柳家喬太郎の新作落語。あれは、母親が、父親に成りきって子育てをする話。ちょっと似てますね、この映画。
 十三から梅田と難波で乗り換え日本橋へ。若干早かったので、いつもの日本橋駅上のネットカフェで時間調整。カウンターで待っていると、先客や支払いの人。なんとなく耳に入る中味を聞いて、びっくり。昼の1時くらいから10時間パックで入る人。11時間何分ということで、支払いをする客。30歳くらいかなぁ。何時に入って、この時間まですることないんかいと突っ込んでしまいました。昼の部は、文楽劇場の小ホールであった「第309回公演記録鑑賞会」に行きました。今まで、平日の昼間にあるということで行けなかったのですが、これから曜日さえ合えば行けます。超一流の公演を、しかも無料で観ることができる、こんなにありがたいことはありません。昨日は、歌舞伎で「妹背山婦女庭訓〜吉野川の場〜」(1996年 国立劇場公演)が上映されました。ちょうど、文楽で「妹背山婦女庭訓」を観たところでしたので、グッドタイミングです。例の「妹山背山の場」です。舞台の作りから筋立ても、文楽にそっくり。完全にパクってます。舞台を、川を入れると、三つに分けるわけですから、妹山、背山が、ともにスペースが限られてしまうところが、文楽では惜しいと思いました。なんせ、一つの人形に三人ですからね。スペースがなくて動きが小さくならざるをえませんでした。お三輪ののびのびとした動きと好対照でした。ところが、歌舞伎だと、そないな心配が要りませんから、デフォルメされた演技には好都合。鴈治郎が動くわ動くわ。その動に対して、背山の方は、静を保つ対照的な配置。久我之助なんて、腹に九寸五分を突き刺したまま、どれほど、そのままなんでしょうね。雛鳥の首が渡ってきてからも、まだまだそのままです。主役4人が、簡単に死を口にし、そして、子どもの方ばかりが死んでいきます。どうしても、惨たらしさが先に立ってしまいます。会場からすすり泣きが聞こえましたが、自分的にはついていけない感性です。しかし、鴈治郎と幸四郎の演技は、歌舞伎素人の黄紺にも、見応え十分です。見栄を切ったりして、大仰な演技も、有機的な身体の動きができてると、くさくもないし、とっても自然に見えてしまいます。そういった意味で、すごいな、この二人と思ってしまいました。主な配役を、記録として記しておきます。(大判事)幸四郎、(久我之助)時蔵、(小菊)幸太郎、(桔梗)鴈乃助、(雛鳥)芝雀、(定高)鴈治郎。
 文楽劇場を出て、すぐに、そこを起点にウォーキングに取りかかりました。ほぼ4時スタートです。陽が長くなってきたので、こういった時間帯にウォーキングができるのは、1日を長く使えるようで嬉しい限りです。昨日は、木津川を越え、大正区に入り、お時間に合わせて、そこではコース設定を考え、最後は、帰りのことを考え、環状線の「大正」ではなく、「弁天町」まで行きたいなと考え歩き始めました。結局、大正区内では、千島公園が、最も海に近づいたポイントとなり、頑張って尻無川を越えないと歩いていますと、存外、時間がかかりませんでした。うまく歩けば、大正高校辺りから「弁天町」駅まで、20分はかかりませんね。詳細なコースは、次のようになりました。文楽劇場〜タイ食材店「タイマーケット」〜黒門市場〜大阪府立体育館〜難波八坂神社〜敷津松之宮〜JR環状線「今宮」駅〜浜津橋交差点〜木津川〜下の宮八坂神社〜南泉尾公園〜大正区役所〜千島公園〜大正北中学校〜泉尾浜公園〜大正高校〜尻無川水門〜尻無川〜地下鉄中央線「弁天町」駅。ウォーキングを始めてから知った「水都大阪」の風景を見たくなると、こういったコース設定をします。昨日のように、文楽劇場などというところが起点となると、こういったコース取りができるチャンスなのです。巨大な水門がある光景は、見慣れてないものからすると、一種の恐怖です。横には関連設備も見受けますから、そんなのを見ると、黄紺には、とても住むことができない地域です。




2010年 4月 9日(金)午前 5時 58分

 昨夜は、文楽です。チケットを買うときには、どの曜日が勤務日じゃなくなるのかが判っていなかったため、間違いなく休暇を取れる木曜日のチケットを買っておいたのでした。演目は、今月は通し狂言ですから、その「妹背山婦女庭訓」の後半です。「二段目 鹿殺しの段・掛乞の段・万歳の段・芝六忠義の段」「四段目 杉酒屋の段・道行恋苧環・鱶七上使の段・姫戻りの段・金殿の段」が、具体的な内容です。奈良の言い伝えが盛り込みながら、蘇我入鹿討伐の物語に収斂していくのですが、まず、鹿殺し物語から始まりました。鹿殺しと言えば、落語「鹿政断」にも挿入される三作石子詰のエピソードのアレンジが入ります。更に、鹿殺しの鹿が、「入鹿」の鹿に関連して、鹿を殺す意味がでっち上げられます。この入鹿もそうだし、一方のヒーロー鎌足も、ともに安倍晴明、諸葛孔明のような力を持っている存在として描かれていますが、入鹿が、そういった能力を持ったのは、嫡男を得るために、呪いをかけるときに、鹿の血にお世話になったので、 また、その力を弱めるためにも、鹿の血が要るのだというわけなのです。ただ、それだけではダメで、もう一つ、嫉妬に狂った女の生き血が必要だということで、もう一つの物語が展開します。それが、お三輪という女を登場させ、惨たらしい扱いとなるわけです。観るに耐えないと言ってもいいストーリーです。文楽には、こういったムカムカと気分の悪くなるようなストーリーが多すぎるので、ワン・オブ・デメで済むのかもしれませんが、そういったなかでも、えげつなさではトップランクです。今回は、お三輪が殺されるところで終わりました。当然、あとには、鎌足と淡海親子による入鹿征伐話がくるはずです。超能力者同士の対戦となるわけですから、どないなスペクタクルな展開、舞台が見れるのか、気にはなるところです。嶋太夫さんは、最後のお三輪が殺される「金殿の段」の担当です。嶋太夫さんだから、 余計に惨たらしく感じるのかもしれません。「妹背山婦女庭訓」が、有名な演目に数えられるというのは納得です。多くの人が知っている「大化改新」に至る物語を、奈良縁の物語で彩りながら、大胆に脚色し、劇画チックに大仰に描いているからでしょうし、「妹山背山の段」のヴィジュアル的に分かりやすく華やかな舞台は、とっても印象的でした。また、この公演は、「吉田簑助文化功労者顕彰記念」と銘打たれていました。蓑助さんは、前半で雛鳥、後半で鎌足で登場ですが、お目当ての「妹山背山の段」は、舞台が二つに分かれるために、動きを着けにくいせせこましさがあるため、あまり目立たずです。むしろ、後半のお三輪の動きは派手で、いや過剰で、「妹背山婦女庭訓」の中で、最も目立つ役柄かと思ったのですが、そちらは勘十郎さんでした。楚々としたお三輪が乱れれば乱れるほど、惨たらしさが強調される嫌な物語です。




2010年 4月 7日(水)午後 10時 46分

 今夜は、仕事帰りに落語会の日です。東梅田教会であった「第121回まるまる出丸の会」に行ったきたのですが、ちょっと久しぶりですね、こちらの会は。まめな出丸は、毎月、こちらで自分の会を開いているのですが、その日のネタや、他の会との関係などで、ちょっと足が遠のいていたというわけです。今日は、さん都が、最近ネタ下ろしをした「軽業講釈」と、出丸が、大変な芝居噺にチャレンジするということで、まず第一に考えた会となりました。雀のおやどでは、文華の会があったのですがね。で、その番組は、さん都「軽業講釈」、出丸「つる」、米二「始末の極意」、出丸「淀五郎」というものでした。が、今日の調子は最悪。極端な寝不足ではないのですが、もう開演前からボーっとしているのです。始まったら、あのうるさい「軽業講釈」を聴いていて、睡魔が襲ってきます。辛うじて持ちこたえたかと思ったら、そこまで。「つる」は、ネタの入口でダウン。「始末の極意」なんて、マクラの途中でダウンしてました。一つの高座が終わると正気には、一応返るのが、我ながら不思議なことです。ようやくお目当ての「淀五郎」で、少しはまともになったのですが、肝心の淀五郎が諭されるところあたりは飛んでしまっています。ただ、出丸には、「淀五郎」は向いてないなの感じはしました。なんか、素の自分が入ったり、現代的な物言いが入ったり、流れが悪く、地の部分で前に引っ張っていくという噺に向かないんじゃの感じになりました。ハードな仕事をしたわけじゃないのに、こないなダウンに終始するとは、心外も著しい話です。まいったなぁ。帰りの電車の中も、完落ちでした。




進む メイン・ページ 戻る